ルール
●名前には、必ずニックネームを書く
●書き込みは、次に書く人を指名せず、とりあえず輪番にもしないで自由に
書き込みが1000件に達したため、続きは「リレー小説2」に書き込みます。
続きをご覧になりたい方、書き込みしたい方は「リレー小説2」でお楽しみください。
<物語の設定>
家族1:太郎と花子夫妻,子は小次郎と桃子
家族2:トムとエミー,子はジョンとエマ
A (金曜日, 17 4月 2015 23:06)
太郎と花子夫妻は喧嘩をしたことがありません。
いつも仲良く,2人の子どもにも恵まれて,幸せに暮らしていました。
D(金曜日, 17 4月 2015 23:22)
実は太郎には秘密がありました。花子も知らない…
中学教師をしている太郎
日に焼けたスポーツマン
二枚目半の顔立ち
同僚や生徒たちにも信頼され
なんの悩みもないかと…
B (土曜日, 18 4月 2015 06:16)
その太郎の秘密を唯一知っているのがエミーでした。
太郎とエミーは高校時代の同級生。
太郎は、悩みをエミーに話すのであった。
その悩みとは・・・昔、高校時代に太郎が密かに想いをよせる女性がいて・・・
その女性から「赤い手紙」が届いたっことからだった。
A Cの番だけど (土曜日, 18 4月 2015 06:33)
高校を卒業してから30数年が経ったある日,太郎の職場に赤い封筒に入った手紙が届いた。
差出人は,高校時代に太郎が好きだったR子。
手紙には驚くべきことが書かれていた。
B (土曜日, 18 4月 2015 06:41)
R子が手紙に書いて、太郎に伝えたことは・・・
R子の娘が嫁ぐことになり、淋しい気持ちで毎日を過ごしていた。
そんなある日、高校時代の卒業アルバムを見ていたら・・・
D (土曜日, 18 4月 2015 08:39)
実は…
R子は太郎に密か想いを寄せていたのだ
しかし、エミーに頼んだはずのプレゼント
太郎には届かなかったのだ
30年経つた今
何だか気になって、あのときのことを確かめたくなったのだ。
いっぽう太郎は、R子の気持ちなど知らず
今日もヒサロ、ジム通い?
そうなんです。
肉体改造けいかくを
R子に次回逢うときまでに
細マッチョになる密かな計画をしていたのです
D (土曜日, 18 4月 2015 09:46)
太郎の肉体計画は、着実に進められた。
ヒサロは、しっかり効果が現れたが…
マッチョには、なかなかならなかった。
E (土曜日, 18 4月 2015 11:04)
マッチョにならない太郎であったが、真面目に教師生活を送っていた。
そんな中…R子は、確かめたい気持ちをおさえられずに
8時ちょうどの夜汽車に飛び乗ったのであった
F (土曜日, 18 4月 2015 11:42)
地元に~♪帰ろぉ~♪
静かなはずの車内のどこからともなく数年前の流行り歌が聞こえてくる。
気持ちは逸るばかりだ・・・
A (土曜日, 18 4月 2015 11:59)
降車駅まで数駅となり,ボーっと景色を眺めるR子の前に誰かが立った。
「失礼ですが,R子さんではないですか?」
そこにいたのは,仕事帰りのエミーであった。
F (土曜日, 18 4月 2015 12:22)
お互い面識はあるものの会話するのは初めてだ。
面影は残るが老いは隠せない
この30数年何があったのか・・・
R子はしみじみエミーのほうれい線をみた
D (土曜日, 18 4月 2015 12:35)
そのほうれい線に吸い込まれるようにR子は30年前のあの日あのときあの場面に…
セーター服を着ている自分がいて
確かに18才の自分
でもでも、中身は確かに50才
D (土曜日, 18 4月 2015 12:49)
何を間違えたのかセーラー服
とても珍しい黒地に白の三本白線のはいったセーラー服
2時間目の授業の鐘が鳴った
鼻が詰まったような声のピーマンと呼ばれている女教師の大きな声が聞こえてきた
早く席につきなさい
今日はかつおのたたきをつくります
魚やさんが実演してくれますから
皆さん前に集まりなさい
わあーすごい
よくみたら、近所の魚やさんのおじさんだ
F (土曜日, 18 4月 2015 14:47)
ピーマン女史を嫌っている生徒は多かったけど、私は好きだった。
魚を買ってくると必ず思い出す。きれいに洗って塩を振り、ざるに移す。
あのピーマンの口癖のおかげかな、作業中口角がふと緩む。
F (土曜日, 18 4月 2015 14:51)
そんなことを思い出しながら、エミーに促されるまま近くのファミレスに入った。
F (土曜日, 18 4月 2015 15:10)
エミーの携帯の着信音が響く
娘のエマだ。
県立博物館がたった今、入館者500万人目を達成との速報ツイートを見てかなり悔しいという内容だった。
普段ならすぐに返信するが、今はそれどころではない。
B (土曜日, 18 4月 2015 19:27)
エミーは、R子の何か想いつめた雰囲気を察して…
何気ない会話をし始めた。
ねぇ、R子 知ってる?
同級生のH美 ほら、税務署に務めたH美がさ、最近、スッゴいやせて
どうして、そんなにやせたの?
って聞いたらさ
なんと、これがびっくり!
C (土曜日, 18 4月 2015 20:57)
首の骨、ずらしたの分からないで、グルグル回してたら回らなくなっちゃったんだって!
そのあと、頭痛や吐き気で食べられなくなっちゃったらしいよ
B (土曜日, 18 4月 2015 22:29)
そんな何気ない会話で、時間が過ぎた。
R子は突然、
ねぇ、エミー私たちが高校生のとき、私があなたにお願いしたプレゼントのこと覚えてる?
ねぇ、もしかしたら…
Z (土曜日, 18 4月 2015 22:35)
H美、かなり可愛い子だったなあ
R子はまたもや昔のことを思い出そうとしていた
確か、H美は太郎に想いを寄せていたB子の親友だったから話しとかしたいなあと思っていたけど近づけなかったんだ
痩せて綺麗になったH美に何だか30年ぶりに会ってみたくなったR子であった
そして太郎にも…
z (土曜日, 18 4月 2015 22:37)
エミーは
知らなーい?
そんなことあったっけ
D (土曜日, 18 4月 2015 22:51)
いやいや忘れたとは言わせない…
R子はエミーを問い詰めた
ごめんなさい…
実は…
F (土曜日, 18 4月 2015 22:55)
エミーのすっとぼけた返事に、なんとなく察したR子だった。
F (土曜日, 18 4月 2015 23:10)
が、感情が先走る。
どうなの?
YOU!そこんとこ詳しく言っちゃいなよ
B (日曜日, 19 4月 2015 05:44)
そんな緊張した場面に
「もしかしてR子さんではありませんか?もし、間違えていたら大変失礼なのですが」
と、声をかける男性が
黒く日に焼けた顔は、誰から見ても、赤く紅潮していた。
「どちら様?」
R子のそんな返答に、その男性は勇気を振り絞って
「自分、高校時代に野球部で、とても目立たない存在だったので、分からないと思いますが…」
と、その男性が名乗ろうとしたその瞬間にR子は…
「K君でしょ。ごめんなさい。あまりにも突然に声をかけられ、私も…」
D (日曜日, 19 4月 2015 06:00)
そんな二人の会話を、そばで聞いていたエミーは
「K君とは、一度も話をしたことはないので、私のことは知らないと思うけど、私は…」
Kは、自慢気に
「O,Sさんですよね?」
とんちんかんなKの返答に、R子とエミーは、顔を見合せて、クスクスと笑った。
「確かにエミーとSちゃん、双子のように似ていたわよね」
そんな二人の会話に
Kの顔は、さらに紅潮していった。
B (日曜日, 19 4月 2015 06:14)
あまりにもの恥ずかしさから、その場にいられなくなったKは
「ご、ごめんなさい。自分、きっと失礼なことを言いましたね。本当にごめんなさい」
と、走り去ろうと振り返った
そのときKの腕をつかんで
「待って!K君。30年ぶりの再開よ。」
また、振り返った先には笑顔でKを見つめる・・・
Z (日曜日, 19 4月 2015 06:27)
H美であった。
そう。エミーH美を電話で呼び出していたのであった。
H美は、kに
「昔からK君は、恥ずかしがりやさんね。この歳になっても?」
紅潮した顔でKは口をひらいた。
「自分・・・」
こうしてR子、エミー、K君、H美の四人が、30年ぶりの再開をはたした
まさしく、その瞬間に
「こんばんは!」
太郎が現れたのであった
B (日曜日, 19 4月 2015 07:30)
「こんばんは!」
とても細マッチョとは、言えない太郎の風貌であったが、その笑顔は高校時代とまったく変わっていなかった。
そして、何かを暗示するかのように、店内のBGMは…
ショー・ミーが流れていたのであった。
Z (日曜日, 19 4月 2015 09:00)
何かに導かれるように
店内に入ってきた二人
その二人は、すぐに五人がいることに気がついて
「あれ~どうしたの?みんな揃って」
TとS子であった。
Tは、高校時代に自分の家の商品をクラスメイトに売って、こずかいを稼いでいたT
Sと、ばったり会って、お茶でもと来たのであった。
エミーとR子と同じクラスだったS子が、矢継ぎ早に昔の話をし始めたのは、想像するまでもなかった。
F (日曜日, 19 4月 2015 22:06)
どれだけ時間がたったのだろう・・・
3人のお喋りを遮ったのはS子の携帯電話
どうやら皐月賞を逃した旦那からのようだ
窓の外は雨…あの日とおなじ
時間を確認すると集まっていた7人は、小雨の降る中を三々五々ファミレスを後にした
残ったのは・・・!
B (月曜日,20 4月 2015 7:21)
大量のお皿
そのほとんどはH美が食べたものだった!
END
コメントをお書きください
トトロ (月曜日, 20 4月 2015 08:47)
猫の額ほどの庭には、いつの間にかドクダミが覆っていた
ドクダミを引っこ抜く作業を始めたが、思うようにならない地下茎に苛立ちはじめた彼女は、適当に切り上げて買い物に出掛けることにした
冷蔵庫の野菜室が空っぽだったことを思い出したのだ
久しぶりの天気のよい休日
あんまり気持ちがよかったので、いつものスーパーではなくデパ地下にしようと考え、車を走らせた
何度も固形石鹸で手を洗ったが、ドクダミ臭はまだ抜けきってはいなかった
この日、それを後悔する事になろうとは夢にも思わずに…
ビク (月曜日, 20 4月 2015 20:28)
車の中では、サザンの栞のテーマが流れていた。
ドライブを楽しもうと、いつもとは違った道を。愛車のセリカが彼女の自慢だった。
滝谷町の交差点で信号待ちをしていると、一組のアベックが、楽しそうに会話をしながら横断歩道を歩いている。
「えっ?」あの人・・・
それは、他人の空似だった。でも、彼女の昔の恋人を思い出すには、十分すぎる容姿。
「なんか、懐かしいなぁ。あの人、今頃どうしているんだろう」
と、笑みを浮かべ、信号が青になることを確認してアクセルを踏み込んだ。
デパートの立体駐車場に車をとめ、デパートの地下へと。
エスカレーターが進み、彼女の顔が鏡に映し出される。
「今の私を見たら、あの人、どう思うだろうなぁ」
そんなことを考え、買い物籠を片手に、色鮮やかな野菜が並ぶコーナーについた、その時
「すみません。もし間違えだったらごめんなさい。千里さんではないですか?」
振り返る彼女の前には・・・
tororo (月曜日, 20 4月 2015 21:25)
そこに立っていたのは,素足にデッキシューズ,ボートハウスのパーカーを羽織った,ナウい格好の青年だった。
チェリー (月曜日, 20 4月 2015 22:06)
君は?
千里さんがk中で教育実習していたとき
教えていただいた拓哉です
千里さん全然変わっていなかったから
すぐわかりましたよ!
何とまあ…
あの時の悪がき拓哉!
それにしても、こんな成長して
しかもジャニーズ系だし
ビク (月曜日, 20 4月 2015 22:50)
「久しぶりねぇ、拓哉君。」
千里は、こんな偶然があるのかと、すぐに、さっき見かけたアベックを思い出した。
拓哉は、千里の元カレの一番下の弟であった。
「千里先生、ねぇ、お茶しようよ」
千里は、拓哉の誘いを受けたかったが、
ドクダミ臭が抜けきっていない自分の手を見つめ
「ごめんねぇ、拓哉君。ちょっと時間がないのよ」
拓哉は、千里のちゅうちょした表情を見逃してはいなかった。
「少しでいいんだ。ちょっとだけお願い。兄貴の話もしたいしさ」
千里は、その時の拓哉の表情に、胸騒ぎを覚えた。
そして・・・
としちゃん (火曜日, 21 4月 2015 21:00)
『先生、無理なお願いしちゃってごめんなさい』
『・・・』
言葉に詰まってしまった千里は、拓哉が立ち去る後姿をただ呆然と見つめるだけだった。
千里に残ったのは、「兄貴の話もしたいしさ」と淋しそうに語ったときの拓哉の表情だけであった。
『研二・・・』
千里のくちびるが、そう動いた。
チェリー (水曜日, 22 4月 2015 00:32)
「拓哉くん待って!」
千里は、我を忘れてダッシュした
あのひとのこと、やっぱり聞きたい…
「千里さん、大丈夫ですか?息きれてますよ」
拓哉は心配そうに千里の顔をそーっと覗き込んだ。
「もう、足は がくがくよー」
二人はオリオン通りを抜けて釜川沿いの小さな喫茶店に入った
「何だか懐かしいわねこの店、まだ残っていたんだね。」
高校時代よく通った本当に懐かしい店だった
あの頃アフロヘアーだったマスターも今では白髪の品のよい初老になっていた
メニューは変わっていないかなぁー
あった!クランベリージュース
あの頃は何かハイカラに思ってよく注文していた
「俺 昔 千里さんに憧れていたんですよ でも、兄貴の彼女だし 諦めるしかない…って。」
「えー、そうだったの?ありがとね」
千里は 拓哉の言葉をさらっと受け流した
「ところで、研二は今どうしているの?」
話をすり替えられた拓哉は…
tororo (水曜日, 22 4月 2015 05:52)
「それよりも,千里さんこそ今何してるんすか?
なんとなくドクダミの臭いするけど…」
鋭い切り返しだった。
ビク (水曜日, 22 4月 2015)
(ケントス店内)
「おいおい、清隆~、そこ違うべぇ」
音あわせをするメンバーたち。
「清隆~、本番は間違えるなよ」
と、いつものとおりメンバーに優しいバンマス
「もう一回、行こう!」
研二がスティックでリズムを刻む。
こんなやりとりは、毎日、本番のステージ前にみられる光景であった。
「さぁ、今日も最高なステージで、お客様に喜んでもらおうぜ!」
研二たちメンバーは楽屋へと消えていった。
トトロ (水曜日, 22 4月 2015 10:57)
おしゃべりな拓哉の声は研二によく似ていた。
聴いているだけなら心地よかった。
研二は千里の前から消えた、突然に。
すべての関係者の前から・・・
としちゃん (水曜日, 22 4月 2015 12:10)
「兄貴はね・・・」
突然、拓哉が研二の話をしだした。
「兄貴、ケントスでドラム叩いていたんだけど、突然、失踪しちゃったんだ。ポニーテールの良く似合うボーカルのシェリーっていう彼女がいたんだけど・・・」
拓哉は話を続けた
「兄貴、もしかすると、どこか体を壊していたのかもしれない。一度、中都賀病院の袋から薬を出して、なんか思いつめたように飲んでいたところを見かけたことがあって・・・」
さっき感じた胸騒ぎは、このことだったのかと、気持ちを抑えられなくなった千里は、矢継ぎ早に拓哉に研二のことを聞き出した。
研二のことを心配しても、何も始まらないことは分かっていた千里であったが。
tororo (水曜日, 22 4月 2015 21:20)
「なんの薬?」
「顔色はどうだった?」
「何か連絡なかったの?」
「ねえ…」
ビク (水曜日, 22 4月 2015 21:51)
ヒカリビルの前でたたずむ千里
ケントスの看板が消えた。
ポニーテールの女性が階段を下りてくる。
「すみません。あのぉ・・・」
千里がその女性に声をかける。
「大変失礼なことお尋ねしますが、シェリーさんですか?」
「あ、はい」 シェリーであった。
「私、千里っていいます。突然ぶしつけなことをお聞きして申し訳ないのですが・・・」
シェリーから、意外な返事が返ってきた。
「千里さん? やっぱりそうね。」
千里には到底想像もつかない返事であった。
「えっ?どうして私の名前を?」
シェリーは優しいまなざしで
「昨日、拓哉くんが私のところにきたのよ。拓哉君、お兄さんのこと探しているみたいで・・・」
「あなたのことも話していったわ。兄貴の元カノにあって・・・って」
「なんか、拓哉が体を壊していたかも・・・って。なんの薬かもわからなくてって。いろいろ聞かれたんだけど、答えられなくて。って」
「もしかしたら、千里さんっていう女性も訪ねてくるかも。って言っていたのよ。本当に来たのね。」
シェリーは、こう続けた。
チェリー (水曜日, 22 4月 2015 22:39)
薬のこと聞いたことあるんだけど
なんにも答えてくれなかった。本当のところ
私 何にも分からないの
ごめんなさい
もしかしたら命に関わる病気じゃないのか
とか…勝手に悪い方向に考えちゃったんだよね
そのうち研二は出ていっちゃったんだ…
彼女失格だよね
何にも気がついてあげられなかった
千里さん、あの人に逢ったら伝えてね
今までありがとうって」
シェリーの気持ちが痛いほどわかる千里だった
絶対に探しだす
研二のこと…
千里は強く強く決心するのであった
ローラ (水曜日, 22 4月 2015 23:17)
眠れない夜…何度も何度も目を覚ましたけれど、いつの間にか眠りについていた千里はカーテンの隙間から射す朝日で目覚めた。まだ5時だ。
昨夜のシェリーの言葉を思い出した。
「命にかかわる病気…あの研二が?」
千里は頭を振った。その言葉を消し去るように。
研二の白い歯、優しい笑顔、ドラムで鍛えた太い腕。そのひとつひとつのすべてが今でも鮮明に思い出される。
熱いシャワーを浴びて、冷蔵庫からブラッドオレンジジュースを取り出したその時、千里はひらめいた。
「もしかして研二はあそこいるのかもしれないわ!」
トトロ (水曜日, 22 4月 2015 23:33)
・・・と、同時に何もお使いしていないことに気がついた。
ま、いいか
点滅の始まった信号を視線の先にとらえると、猛ダッシュで渡りきりその先のコンビニに入って行った。
ビク (水曜日, 22 4月 2015 23:47)
(シェリーの部屋)
シェリーは、一人で朝食を食べていた。
昨夜の出来事を思い出しながら。
「あの千里とかいう子・・・なんで?元カノでしょ!?」
「わざわざ私のところまで、研二のこと聞きにきたりして」
「まだ、何か関係が続いてるっていうの!」
研二のことを忘れようとしていたシェリーであった。
が・・・
三面鏡の引き出しに大切にしまっておいたタクティクスを取り出し
「研二・・・私、今日はあなたのにおいでステージに立つわ」
と、研二から初めてプレゼントされた髪飾りをポニーテールに添えた。
そしてシェリーは
「研二・・・」
昨日までのシェリーとは、まったく別人のような明るい表情で、部屋を出た。
トトロ (水曜日, 22 4月 2015 23:48)
のは、シェリーと別れた後の事。
チェリー (木曜日, 23 4月 2015 00:50)
シェリーを訪ねてから数日が過ぎていた
千里はまた庭のドクダミを抜いていた…
貧血気味の千里にとってドクダミは
薬なのだ
臭くても飲むし
小さい頃母が教えてくれた思いでの薬草だから…
とし (木曜日, 23 4月 2015 08:24)
(ケントス店内)
♪ロコモーション
♪ダイアナ
♪VACATION
♪オンリー・ユー
常連客は、曲は同じでも、何かいつもとは違う雰囲気を感じていた。
お客様のリクエスト曲が続き、今日最後のステージでシェリーが、メンバー紹介を
はじめた。
「それでは、メンバー紹介するね!」
「ギター 洋介~」
「キーボー ミハル~」
「サックス 清志郎~」
「オン ベース 清隆~」
そしてドラムス・・・・・
「拓哉~」
「そして、ボーカルはシェリーでした」
ちょうど募集をしていたことを知った拓哉が、メンバーに加わってきたのであった。
ある目的をもって・・・
そしてこの後始まる「恋の嵐」を予感するかのように
最後の曲が流れた。
ビク (木曜日, 23 4月 2015 12:20)
今日、最後のステージが終了した。
楽屋には二人の影がみえる。
「ねぇ、拓哉ぁ・・・」
拓哉に声をかけてきたのは、キーボードのミハルであった。
「拓哉の演奏 最高!」
「よく私たちのメンバーになってくれたよ!ありがとね」
と、愛しそうに拓哉を見つめるミハル
「そういえばさ、拓哉の前のドラマー 研二っていうんだけど
なんか雰囲気似てる!」
とほほ笑むミハル
「自分は・・・」
と、次の言葉を言いかけたところに・・・
「な~に、二人で仲良くしてんのさぁ~」
シェリーが楽屋に入ってきた。
シェリーは拓哉に向かって
「ねぇ、拓哉ぁ 今日のステージ最高だったし、今晩、飲みにいかない?」
「ふ た り で ・・・」
拓哉は・・・
tororo (木曜日, 23 4月 2015 16:52)
「え、あ、あの…」
唐突なことで、返事に困る拓哉。
そんな姿を横目で見るミハル。
としちゃん (木曜日, 23 4月 2015 21:52)
「拓哉、どうして黙ってるの?」
「今日は、私と飲みに行くのよね!」
ミハルが、困惑した表情の拓哉に向かって、語り掛ける。
「・・・・・」
返事をせずに、黙っている拓哉
そんな拓哉をあざ笑うかのようにシェリーは
「そうなんだ。わかった。」
「じゃぁ、ミハルにいいこと教えてあげる」
「拓哉はね・・・研二の弟なのよ!」
「えっ・・・」
ミハルの表情が、あきらかに変わった。
チェリー (木曜日, 23 4月 2015 22:31)
研二の弟…だったんだ
ミハルは研二をめぐりシェリーと恋のバトルを
繰りひろげたことを思い出した
また同じことを繰り返すなんて悪夢じゃん
「さあ、メンバーで打ち上げいこう!」
結局 打ち上げは 梅子さんの店にメンバーで行くことになった…
tororo (木曜日, 23 4月 2015 23:27)
「いらっしゃい!」
梅子さんはいつもと替わらぬ笑顔で迎えてくれた。
メンバーの母親くらいの年齢なのだが,そう見えないくらい若々しい。
いつも明るく,ケラケラとよく笑う。
大きな声とほっぺたのえくぼがトレードマークだ。
「ミハル,元気ないね。何かあった?」
屈託のない笑顔でそう話しかける梅子さんに,ミハルは目も合わせずにこう言った。
ローラ (金曜日, 24 4月 2015 00:31)
「何にもないわよ、なにもないから嫌なのよ!」
メンバーと少し離れたテーブルで、ミハルはすでに2杯目のグラスを空けていた。
シェリーから聞かされた、衝撃の事実。
「研二…」の名前をつぶやきながら右に目をやると、シェリーが拓哉の隣で楽しそ
うに笑っている。それに拓哉も応えている。
前にもこんな光景を、こんな気持ちで見ていたことがあったっけ…
このところ研二を忘れかけていた自分に気づき、自己嫌悪に陥ったミハルは
梅子さんにもう一杯お酒を頼んだ。
拓哉
ビク (金曜日, 24 4月 2015 05:37)
店の外は、少し明るくなっていた。
はしゃぎ過ぎたのであろ、シェリーは、カウンター席で居眠り。
ミハルとたわいもない話をしていた拓哉であったが、
「ねぇ、ミハルさん・・・」
「自分、ミハルさんに聞きたいことがあるんです」
「兄貴のこと なにか知りませんか・・・」
突然、真顔で研二のことを聞いてきた拓哉。
「えっ?拓哉、研二のことを探しているの?」
ミハルは、シェリーがカウンター席で居眠りしていることを確認するかのように目をやり
「研二はね・・・」
そう言いかけたミハルは、次の言葉を飲み込むかのように
「ねぇ、私も研二のこと話したいしさ、付き合わない? これから」
店をでた三人は、それぞれの帰路についた。
一人、歩く拓哉の脇に一台の車がとまる。
「拓哉ぁ お待たせ」
ワインレッドのZ 助手席の窓が降り、運転席で微笑むミハル
「ミハルさん、運転大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。もう酔いもさめてるわ」
「どこに行くんですか・・・」
少し不安そうな表情の拓哉に、 ミハルは
「研二との思い出の場所よ!」
二人を乗せたZは、東京街道を南進していた。
としちゃん (金曜日, 24 4月 2015 06:21)
〖トントントン トントントン〗
千里の包丁の音。
研二がどうしているのか、毎日、そればかりを考えている千里
「今日は、どうしようかぁ・・・」
千里の27回目の誕生日であった。
部屋には、綺麗に整理されたカセットテープが並んでいる。
千里は、マクセルのテープを取り出しラジカセにセットする
長渕の”素顔”が流れはじめ、包丁を置く千里
「研二・・・逢いたい」
涙ぐむ千里
〖ピンポ~ン ピンポ~ン〗
千里の家の呼び鈴が鳴る。
少し躊躇した千里であったが、玄関のドアを開けると
そこには・・・
ぺこちゃん (金曜日, 24 4月 2015 07:29)
「おはよーございまーす」
宅配便のお兄さんが笑顔で立っていた
「品川千里さん宛にお荷物です」
大きな荷物…
差出人の名前は…
としちゃん (金曜日, 24 4月 2015 12:05)
差出人は、千里の実家の母親であった。
「お母さん、私の誕生日を・・・」
嬉しそうに小包を開ける千里
箱の中には、千里の母親が育てたであろう野菜や、果物が
一つ、そしてまたひとつ箱から取り出す千里
千里の頬をひとすじの涙が
「お母さん ありがとう」
仕事が忙しいからと、母親に会いに行けない理由をじぶんなりに決めていた千里には
箱にひとつ一つ入れている母親の顔が思い出され
千里の顔は涙で溢れていた。
「お母さん、わたし・・・」
としちゃん (金曜日, 24 4月 2015 12:24)
東京街道を進むZ
ミハルの車と運転のギャップに、少し安堵感を覚えていた拓哉に、多少の睡魔が襲ってきていた。
それに気づいていたミハルは、何かを吹っ切るような表情をして拓哉につぶやいた。
「ねぇ、拓哉 どこかで休んでいこうか・・・」
困ったような表情にも見受けられる拓哉は
「うん」とうなずいた。
お昼は軽く過ぎていたであろう。
総合グランドの駐車場
シートを倒して爆睡する二人。
それもそのはず。オールで飲んでいたのだから。
「ねぇ、起きてください。ミハルさん」
「あれ?研二との思い出の場所ってここなの?」
と、ここに来ることとなった昨夜、いや実際には今日の出来事、ミハルが言った言葉や表情を思い出している拓哉であった。
チェリー (金曜日, 24 4月 2015 13:43)
ぞろぞろお母さんに逢いに行こう
千里は久しぶりに母に逢いに実家へと向かった
「お母さん、ただいま」
「あら、千里荷物着いたの?」
「ありがと、お母さんの自家製野菜は最高」
梅子は、ひさしふわりの娘の帰省に戸惑いながらも
ビク (金曜日, 24 4月 2015 18:58)
梅子は、少し躊躇した表情で
「ねぇ、千里」
「あなたに、お見合いの話がきているの」
「私もお店の常連さんに頼まれて断れなくてね。ごめんなさい千里」
「それとも、千里」
「もし、好きな人でもいるなら断ってもいいのよ」
マコ (金曜日, 24 4月 2015 20:31)
「わかった、お見合いするわ」
千里は母親に返事した。
としちゃん (金曜日, 24 4月 2015 21:03)
「おはよー拓哉 今、何時?ちょっと寝過ぎちゃったかしら」
あっけらかんと微笑むミハル
「ミハルさん・・・兄貴との想い出の場所にって言ってましたよ。ここがその場所なんですか?」
「あぁ・・・その話は、また今度にしましょ」
ミハルは、突然、子供の頃の話をし始めた。
小学校時代の、お楽しみ会で「白雪姫」をやることになって、ブルーのドレスを用意していたのに、別の子のわがままで、泣く泣く役を変わってあげたこと。
中学時代には、好きな人に三股かけられていたこと。
高校時代には、ふられた彼氏に中島みゆきの「うらみます」を60分テープに全部吹き込んで、最後にプレゼントしたこと。
・・・
ただ、ミハルの話を聞いているしかない拓哉だった。
「帰りましょ、ミハルさん」
・・・「ごめんごめん。拓哉は研二のことを聞きたかったのよね」
「研二はね、いま・・・」
運転席の窓を開けて、ミハルは研二のことを語りだした。
チェリー (金曜日, 24 4月 2015 22:05)
「研二はね 静かなところにいきたくなったと…言い残して、この場から消えたの
だから失踪の原因は全くわからない
研二って高校時代野球やっていたみたいね?
ここの野球場は思い出が一杯あるからとよく連れてこられていたわ
バンドと平行しながらやっていたのね
そう言えば梅子さんのところに来ている常連さんが、コーチだったんだって
梅子さんの同級生で、いけてる親父みたいなひと
ビク (金曜日, 24 4月 2015 22:07)
「はじめまして 俊樹といいます」
「今は、ウナギで有名な“村中”というお店で修行をしています」
「将来は、実家の清軍というお店をつごうと考えています」
千里のお見合いの相手は一見真面目そうな好青年であった。
千里は、シックな洋服で化粧も控えめであった。
二人で、日本庭園を歩きながら、ごくごく普通のお見合いの時間を過ごしていた。
「千里さん、趣味は何ですか?」
ありがちな質問に千里は
「庭のドクダミを引っこ抜くことです」
俊樹は、そんな千里の受け答えに・・・
トトロ (金曜日, 24 4月 2015 23:38)
「匂いは苦手だけど、よくみると真っ白で可憐な花ですよね」
素直に返す
千里はまんざらでもなさそうだ
その表情を俊樹も感じ取っていた。
トトロ (金曜日, 24 4月 2015 23:39)
「五反田さ~ん、五反田研二さ~ん!」
少し目じりがつりあがった看護師が研二を診察室に導く
検査の結果は彼の思うほど深刻なものではなかった。
が、
気持ちは決まっていた。
なけなしの預金を下ろし単身渡米したのだ。
以前から興味のあったブラックミュージックを学ぶためだった。
・・・あれからまだ1年半・・・
研二はいま、
お遍路の旅の途中にいる
「親孝行とセンター返し」
謎の言葉をつぶやきながら・・・
としちゃん (土曜日, 25 4月 2015 00:29)
研二は、会計と薬を待ちながら、
窓から見えるニューヨークの街並みを眺め
高校時代に師と仰いだ堂島剛コーチの言葉を思い出していた。
「いいかぁ研二、良く聞け!」
「お前は親の支えがあったから、大好きな野球を続けられたんだ」
「親に感謝の気持ちを持てる人は、全てのことに感謝のできる人間になれるんだ」
「素直になれ!」
「お前の得意なバッティングだろう」
「コースに素直にバットを出す」
「そうだ、研二 センター返しだよ」
「何事に対しても素直に受け入れ、お前の思うように人生を歩いていけ 研二」
ミスターGOTANDA
会計で研二を呼ぶ声がした。
としちゃん (土曜日, 25 4月 2015 06:48)
「俊樹さん 変な質問してごめんなさい」
「俊樹さんのお父様とおじい様って・・・」
「ハゲていますか?」
「それと、俊樹さん・・・今は大変スリムでいらっしゃいますが
将来、太ったりしませんか?」
「わたし・・・ハゲとデブは嫌いなんです」
千里は真顔で俊樹に聞いた。
俊樹は、これまでの受け答えやいまの質問で、千里が今日のお見合いに、どんな気持ちで臨んでいるのか、ようやく気付いた。
「千里さん・・・」
としちゃん (土曜日, 25 4月 2015 07:20)
二人は、黙って庭園を歩き続けていた。
俊樹は、千里に笑顔でこう語りかけた。
「そういえば、映画の予告版で・・・確か、今年の冬に公開になるやつだったと思うんですが」
「アベックが、桜の綺麗な公園でのプロポーズのシーンで・・・同じようなやりとりをしていました」
「ハゲとデブは嫌い!って」
「映画のタイトルが、僕と同じ名前だったので興味があったんです」
『としちゃんの旅』
「あ、あまり多くの人は、その予告版を見ていないと思うんですが」
「そうなんですか」
「俊樹さん・・・自分のことを”としちゃん”って呼ぶんですか」
「・・・」
千里の態度は、時間がたつにつれて冷たいものになっていった。
マコ (土曜日, 25 4月 2015 10:11)
「梅ちゃん、ちわっ」
剛が店に現れる。
「あら、剛ちゃん、いらっしゃい」
「梅ちゃん、明日よろしくね!」
「そうね、明日は同級生のゴルフよね。楽しみしていたのよ」
えくぼが、より一層梅子の可愛さを引き立てていた。
剛は、一人でお店を頑張っている梅子に
同級生以上の想いをよせ、週に一度は飲みにきていたのであった。
店内は、剛と梅子だけであった。
「ねぇ、梅ちゃん、そういえば娘さん… 千里っていったっけ」
「どうしてる?いろいろあって一人暮らしを始めてさ、元気にしているの?」
梅子は、返事に戸惑いながらも、口をひらいた。
「千里には、かわいそうなことしちゃってさ・・・」
千里がお見合いをして、その後大変な思いをしたことを
語りだした。
管理人(代理) (土曜日, 25 4月 2015 11:07)
と、一旦ここで登場人物の整理をしよう。
(十分に理解できている人は、スルーして)
品川千里(27歳) 一人暮らし 研二の元カノ 愛車はセリカ
趣味は、庭のドクダミを引っこ抜くこと
品川梅子(52歳) 一人暮らし 千里の母親 スナック経営
えくぼが可愛い(誰かに似てる?)
五反田研二(27歳) 千里の元カレ(現在、ニューヨークに)
(元ケントスのドラマー) 重篤な病?
五反田拓哉(22歳) 研二の弟 千里の教育実習時の教え子
何かの目的でバンドに加入(ケントスのドラマー)
シェリー(27歳) 研二の元カノ(ケントスのボーカル)
ミハル(27歳) シェリーと研二をとりあった(ケントスのキーボード)
今は、拓哉に想いをよせてる? 愛車はZ
堂島剛(52歳)研二のことを高校時代に指導した野球コーチ
アパッチ野球軍団の監督と同姓同名
梅子に想いをよせてる?
中田俊樹(27歳) 千里のお見合い相手
将来は割烹”清軍”のあととり息子
この後、どんなストーリーが展開されるのか
それは、あなた次第! どんどん書き込みよろしくね!
ローラ (土曜日, 25 4月 2015 23:20)
「千里ったら週末になると庭のドクダミを抜いてばかりで、休日に外出なんてほとんどしてかかったのよ。良かれと思ってお見合いをさせたんだけどね…千里だって納得のもとよ、もちろん。でもね、
それが逆効果だったようなのよ。
お見合い相手にはげだのデブだの気持ち悪いまで言って怒らせちゃって、あちらか
ら願い下げだって。そりゃそうよね。。。
その日は私には研二しかいない、ってひとこと言って部屋に篭っちゃったの。
研二君のことが忘れられなくなっちゃったみたい、っていうか、
千里は今まで一時も研二君を忘れたことがなかったのよ、剛ちゃん。」
梅子の話を聞きながら、剛は右手で持ったグラスをじっと見つめていた。
チェリー (日曜日, 26 4月 2015 00:22)
梅ちゃん…
俺何となく千里ちゃんの気持ち分かるよ
研二のこと振ってみたけど
好きだと思えば思うほど辛くなることもあるよな
別れてはみたものの 忘れられない人に…
なっちまったのかな
何てね
俺もなぁー いまだに独身
梅ちゃーん 俺の奥さんになってくれよ
なによ!どさくさに紛れて
酔ったふりして本音をはいている剛に
梅子の心は…
沈黙の時が少し続いた
剛さん、いいわよ
私でよければ
お嫁さんにしてよ!
予想外の答えに戸惑う剛であった
シングルマザーを決め込んで生きてきたこの27年…
ここいらへんでシングルも卒業
喜びも悲しみも半分こして
共に白髪ははえているから
うーん?
生きていければ幸せなんだろーな
などと思いながら涙が溢れそうな梅子だった。
俺さ研二探しにアメリカに行こうかと思うのだけれど、梅ちゃん一緒に行ってくれないか?
新婚旅行がてら…
ビク (日曜日, 26 4月 2015 02:02)
「自分の病状は、進行していない」
そう、研二は思っていた。
それは、渡米して1年半
まだまだ英語での会話が苦手な研二が、
ドクターの「すぐに大きな病院で精密検査を受けなさい」
という、言葉をちゃんと理解できていなかっただけであった。
最近は、ドラム演奏もままならないほど
体力もおちてきた研二
肉体労働、安いアルバイト、一日一個のハンバーガーでは、
研二の体が日に日に弱っていくのは至極当然のことであった。
研二は、日本に帰りたいと思っていた。
が、
飛行機代など、溜まるはずもなかった。
今日も疲れて、眠りにつこうとする研二
目を閉じ、細い声で
「ちさと・・・」
そして、深い深い眠りについた。
「
ローラ (日曜日, 26 4月 2015 11:25)
「おい、拓哉!
お前、朝帰りはいいけどさ、寝るなら自分の部屋で寝てくれよ!!」
就活が始まって、スーツを着込み、髪をきちっと7:3にまとめた慎吾が鬱陶しそうな
表情で言った。
チェリー (日曜日, 26 4月 2015 23:43)
朝帰り…
卒業
就活
兄貴
ドラム
色んな言葉が拓哉の頭の中をかけ巡っていた
何かすべてが中途半端な
同級生は髪を切り戦闘服を着て社会に
戦いを挑んでいるのに…
情けねえ
って兄貴がいたら言われちちまうんだろうな
トトロ (月曜日, 27 4月 2015 01:21)
御徒町トキ子は疲れていた。
入院中の舅の紙おむつの補充を言い訳に、
排泄物と消毒薬の混じった独特の臭いがする病室を抜け出した。
財布片手に近くのアーケード街に向かった。
途中、立派な料亭の店先で水を打つ青年に目がとまる・・・
俊樹だ
高校時代の同級生、久し振りの再会だった。
介護疲れに加えて化粧っけもなくエプロン姿・・・
「どぉしてなっのぉ~♪今日にかぎってぇ~、安いサンダルを履いてた~」
脳内にユーミンが無限に流れる・・・
なのに俊樹は昔のままで受け答えしてくれる。
優しい奴だ。
体裁を気にしている自分がちょっと恥ずかしかった
何気ない短い会話だったが、トキ子の疲れを癒すには充分だった。
アーケードに向かう道すがら、次はきっとイイ女にめぐり合えるよ!
と、小さくエールを送った。
tororo (月曜日, 27 4月 2015 05:55)
ミハルは拓哉に向かって話を続けた。
「研二はね,今,アメリカにいる。
一人で向こうにいって,どっかのバンドでドラム叩いてるはずだよ。」
「そうなんだ。でも,それならそうと言ってくれればいいのに…。
なんで黙って行っちゃったんだろ。」
「それはね…」
ビク (月曜日, 27 4月 2015 12:35)
「きっと・・・拓哉のことを思ってじゃない!」
「研二・・・」
「自分には、もう時間がないんだ!って言ってた」
「なんか、急にやせちゃって・・・」
と、これ以上は話したがらないミハルだった。
ビク (月曜日, 27 4月 2015 12:55)
「トントントン トントントン」
梅子が朝食を作っている。
テーブルに二つの茶碗を並べ終えた梅子は
「剛、起きて」
初めて二人で迎える朝だった。
「梅ちゃん、おはよう」
「俺・・・昨日は・・・」
言葉を探している剛に梅子は
「いいから、朝ご飯食べよう。何にも買い物していなかったから、あるもので作ったよ」
剛は、お味噌汁をよそっている梅子の後姿をみながら、昨夜のことを思い出していた。
梅子が激しく自分を求めたこと、自分もそれに応えたこと。いままで、ずっと自分を想っていてくれたこと。背中にホクロがあること。梅子の声。梅子のしぐさ。
腕枕して眠りについたこと。梅子の寝顔。
「今日もお仕事でしょ。頑張ってね。」
「私は、今日はちょっとでかけるところがあるから・・・」
梅子は、剛を送り出し、部屋に戻った。
そして書棚の引き出しから、あるものを取り出して・・・
「さようなら・・・剛」
と、つぶやいた。
としちゃん (月曜日, 27 4月 2015)
梅子が引き出しから取り出したものとは・・・
先日、江野町に1号店がオープンした
『元気寿司』の優待券であった。
自分がとっても大食いなことを剛に知られたくなかった
梅子は、内緒で食べに行きたかったのであった。
あまりにもの興奮状態から、なぜか
「さようなら」の言葉がでてしまうほどの梅子であった。
「すごいコウフン!コウフン!」
「だって、お寿司が、なんかぐるぐる回ってるんでしょ!」
「私も一緒に回るの?」
「え?どう回ってるんだろう?食べてお皿を返しちゃえば、わかんないのかな?」
「やっぱり”つう”はギョクからよね!ギョクに始まりギョクに終わる」
「てあんでぃ」「江戸っ子だってねぇ」
「あぁ、早く食べたい!食べたい!」
まったく、意味不明。
女性の食べ物に対する執念はすごいものだと思わざるを得ない梅子の言動であった。
元気寿司でたらふく食べた梅子は、すぐ隣のコーヒー専門店に入って
「サンドイッチセット」を注文したのであった。
tororo (月曜日, 27 4月 2015 20:38)
しかし、それでもまだ物足りなかった梅子は、その足でステーキ宮に向かった。
「この前は200gで足らなかったから、今日は250gにしようっと!」
それをぺろっと平らげる梅子であった。
としちゃん (月曜日, 27 4月 2015 21:52)
梅子のポケベルが鳴った。
剛からのメッセージ
『0840 』
『114106』
『724106』
梅子は、食べることと、剛からのポケベルが、今の生きがいになっていた。
ビク (火曜日, 28 4月 2015 06:55)
梅子と剛は、元気寿司のカウンター席に並んで座っていた。
剛は、初めての“回るお寿司”に興奮ぎみ
梅子は、剛にあることを伝えたくて、あえて楽しいにぎやかな雰囲気の場所を選んだ。
「梅ちゃん スゲー スゲー!」
「おいら、寿司と一緒に客も回るのかい?って思ってた」
なんとも、似たものの二人。 考えることまで同じであった。
と、思いきや
「女性の寿司職人が少ない理由を知ってるかい?女性は男性よりも体温が高くて、寿司を握ると味が落ちるからなんだよ」
意外と、雑学も知っている剛であった。
5皿目のギョクを嬉しそうに食べながら、梅子の顔を見た剛
「どうした?梅ちゃん。あまり食べないねぇ」
「なんか元気ないぞ」
「・・・・・あのね剛」
「私のお腹にね・・・」
「なんだい、昨日のステーキ300gがまだ残っているのかい?」
「・・・・・」
「どうした梅ちゃん」
その日、初めて剛が真顔になった。
「わたし・・・剛を父親にしてあげたい」
「妊娠したの。絶対に大丈夫だから・・・」
「生みたい」
女性のことに知識のない剛ではあったが、梅子の
「絶対に大丈夫だから」
の、言葉の意味するところは、理解できていた。
「梅ちゃん・・・」
トトロ (火曜日, 28 4月 2015 10:50)
「・・・へ・・へい?・・」
婦人科医の言葉は、若いつもりの梅子にはあまりにも衝撃的だった。
20数年振りのマタニティライフを思いめぐらせていたのだから・・・
でも、会計を待つ間にそれは意外にすんなり受け入れられた。
「ま、いいか、」
ただ剛になんと説明したらよいものか、
梅子は頭を抱えた。
マコ (火曜日, 28 4月 2015 12:05)
婦人科医の言葉とは・・・
「梅子さん、双子ですね」
であった。
予定日は、3月12日
としちゃん (火曜日, 28 4月 2015 12:07)
今日のステージの相談しよう!と、ミハルは、拓哉を誘ってドライブにでかけた。いわゆる“ながし”である。
あてもなく、走っていたZであったが・・・ミハルは、あの駐車場に向かっていたのであった。
そして駐車場につき、数分間の沈黙のあと、ミハルは意を決したように話しだした。
「ね、拓哉・・・」
「メンバーの誰にも言っていない“秘密”があるんだけど・・・」
「わたし、シングルで、1歳になる子どもがいるの」
「・・・研二の子よ」
「研二はもちろん、この事は知らないの」
「研二がアメリカに行く前に、一度だけそういうことがあって・・・」
「え?兄貴の彼女ってシェリーさんじゃ・・・」
「そうなの。でもね、研二が、すごく悩んでいる時期があって、話を聞いてあげたりしていたの」
「シェリーは、気の強い子だから・・・ミハルに聞いてほしい。って」
「わたし、研二とは、もう二度と合わない決心しているの」
「でも・・・研二の体が心配なの」
「だから、五番街へ行ったならば、研二の家へ行き、どんな暮らししているのか見てきてほしいの」
拓哉は、思った。
自分は、無精ひげと髪を伸ばして、学生集会へも時々でかけたりしている。
でも、慎吾は、
就職が決まって、髪を切ってきたときに
「もう若くないさ」と言い訳したりしながらも、しっかり新たな道を歩み始めている。
拓哉は、ミハルの願いを受け入れる決心をして
ゆっくりうなずいた。
「わかった。」
マコ (火曜日, 28 4月 2015 12:08)
(成田空港ロビー)
千里が、チケットに目をやる。
行先はJohn F. Kennedy International Airport
アメリカ行のチケットであった。
これから始まる、恐ろしい出来事を暗示するかのように
空港の外には、“らいさま”が光っていた。
マコ (火曜日, 28 4月 2015 21:06)
「えっ、千里先生・・・」
そこには、拓哉が立っていた。
「拓哉君・・・あなたこそ、どうしたの?」
二人は、お互いがなぜ空港にいるのか
そしてアメリカに行くのか
理解し合うのに、さほど時間を要しなかった。
「先生、きっと兄貴の導きで、同じ飛行機に乗れ!っていうことなんだよね」
千里も、不思議な偶然を、今の拓哉の言葉で片付けるしかなかった。
空港の外では、まだ”らいさま”がひかり続けていた。
としちゃん (水曜日, 29 4月 2015 09:37)
らいさまが去って、二時間遅れで、二人を乗せた飛行機は成田空港を飛びたった。
らいさまが去ったことで、恐ろしい出来事も去っていた。
ケネディ空港
二人は、お互いに今日の宿が決まっていないことを知った。
「どうする?拓哉」
二人で一緒に研二を探すことを約束していたことで
同じホテルに泊まることは、至極当然の成り行きであった。
「プリーズ、エクスキューズミー、アンダスタンド、スリープスリープ、ヒヤ、ヒヤ」
拓哉の身振り手振りの英語は、何とか通じたのだったが・・・
何故か、ルームキーは
一つ
千里さん、部屋が一つしか空いてないって
と、拓哉は微妙な表情で千里にキーを渡そうとしている。
千里は・・・
マコ (水曜日, 29 4月 2015 23:24)
「もおぅ~、拓哉ったらぁ」
「仕方ないな!」
千里は、フロントに自ら行き
丁重な英語で、しっかり別の部屋のルームキーを手に入れた。
「よく、その英語で単身アメリカに来る気になったもんだ」
「こいつぅ~」
と、でこピン!まるで子供扱い。
フロントで別れた二人は、それぞれの部屋で眠りについた。
チェリー (木曜日, 30 4月 2015 08:11)
千里が眠りについた頃…
梅子のもとに一通の手紙が届いた
差出人の住所は、アメリカ
差出人の名前は…
懐かしい…
涙が溢れてきた
どうしてこのタイミングに…
渋谷 慶一
千里の父親だ
恐る恐る 梅子は手紙の封を開けてみた
わあー
30年ぶりの同窓会のご案内だった
でも、何故
慶一が代表に?
そして、何故アメリカ?
梅子の心は揺れ動いていた
ビク (木曜日, 30 4月 2015 12:32)
渋谷 慶一・・・
梅子の元カレである。
28年前・・・梅子と慶一は将来を約束して付き合っていたが
慶一は、自ら経営する会社「渋谷機工」を大きな会社にする野望を持っていた。
そして・・・
「俺は、世界に羽ばたく渋谷機工にする」
「3年待ってくれ!梅子」
そう言い残して、アメリカに渡ったのであった。
梅子が千里を妊娠していることも知らずに
サッカー小僧で、あだ名は「毛沢東」
どんな人からも愛される慶一であった。
アメリカで事業に失敗して消息不明に・・・
梅子は、それ以降の慶一の話を耳にしたことはなかった。
そして、シングルとして千里を育ててきたのであった。
「同窓会?しかもアメリカで?」
「アメリカで同窓会なんか開いたって、出席できる訳ないじゃない!」
そう思って、何度も何度も
「同窓会のお知らせ」を読み返す梅子
「慶一・・・」
としちゃん (木曜日, 30 4月 2015 12:54)
梅子が悩んでいたのは・・・
妊娠を確かめるために、産婦人科を受診する前の日・・・
「梅子さん、双子ですね」
そう、医者から告げられる『夢』をみた。
しかも
受診した結果は、
妊娠ではなかったこと。
妊娠という梅子の告白に、剛が喜び
そして、妊娠ではなかったという追い打ちの告白に
剛の落胆は大きく、二人の関係は、ギクシャクした状態であること。
そこに、慶一からの手紙
慶一を嫌いになって別れたわけではなかった梅子は
「慶一に会いたい」
そう、思うようになっていた。
そして
梅子は、周りの同級生にも、手紙が届いていたのか、そしてアメリカに行こうとしているのか、確認の電話をしはじめた。
美容師のアン、花屋の葉月、税務署勤務のモン、OLのチョキ子、セレブ婦人のクラリオン、金庫、サンボ・・・
みんな、高校時代のあだ名のまま呼びあっていた彼女たちからは
梅子が予想だにしなかった答えが返ってきた。
としちゃん (木曜日, 30 4月 2015 17:33)
「今日でサヨナラね、今までありがとう」
最後の営業を終えて、店の看板の電気を消した。
「スナック梅干し」と書かれた看板に目をやる梅子。そして、電気の消えた店内を眺めている。
二十数年、梅子が営業してきたお店の最後の日に
一番、通ったはずの剛の姿はなかったが、梅子の表情に寂しさは伺えなかった。
剛と梅子は、別れたのであった。
千里が、ずっと思い続けてきた研二を探しに
単身、アメリカに渡ったことに、自分を置き換え
いま、まさに今、慶一のところに行こうとしている梅子
お店をたたんだのは、同窓会に出席するためではない。
慶一に会って、慶一が、梅子にどんな言葉をかけるのかもわからない。
それでも梅子は、アメリカ行きに自分の将来をかけてみたかった。
日本に帰ってこなくてもいいようにお店をたたんだのであった。
女性の想いって・・・
そこまで女性を動かす慶一って・・・
たった一通の手紙が、梅子の人生を大きく変えようとしていた。
同窓会案内の手紙が。。。
「きっと、渋谷機工は、世界に羽ばたいているはず。」
「きっと昔のまま、長身でスリム、長めの髪、つぶらな瞳、素敵な慶一のままでいてくれるはず」
「自分のことよりも、人の幸せを願う慶一、その優しすぎるぐらい優しい慶一は、きっと変わっていない、はず。」
そして・・・
「私が慶一の前にあらわれれば・・・慶一は、私のところに戻ってきてくれる」
梅子、52歳
お肌の曲がり角。
全て失ってもいい。
梅子はそう決意し、旅たつ。
梅子の同級生を巻き込んで、アメリカでの物語が、いま、はじまるのであった。
トトロ (木曜日, 30 4月 2015 18:43)
旅立つ前夜のこと・・・
梅子の同級生モン、こと大崎紋子は呼び出された回転ずしにいた。
店内には『寿司食いねえ』が流れている
「そういやさぁ・・梅子って誰が好きだったっけ」
「えっ?」
「ほらぁ!シブがき隊よぉ」
「シブがき隊?・・ってなんだっけ?」
「ほ~ら~!、やっくん、もっくん、ふっくんだって!」
「あぁ~、・・・それなら私は田尾さんが好きだったわ」
「何言ってるの?田尾さんてだれよ!」
「矢沢・モッカ・藤波なら、田尾ッて言ったのよ!!」
「・・・」
手に負えないと感じた紋子は、黙ってナスの浅漬けの握り3貫を一気に口に入れた・・・
梅子・・ほんとうに大丈夫かしら
不安とともに食欲が増すモンだった
トトロ (木曜日, 30 4月 2015 21:14)
皆にはサッカー小僧と呼ばれていた慶一だったが、中学までは剛とバッテリーを組んでいた。
高校初日、野球部部室から聞こえてきた梅子の声
「マネージャーの品川です!よろしくお願いします」
幼馴染の3人。
いつからか剛と梅子をめぐり気まずい関係になった慶一は、隣のサッカー部の扉を叩いたのだった
梅子は慶一が入部するものと思っていただけにショックだった
そして3人はそれぞれに真剣に部活に励んだのだ
マコ (木曜日, 30 4月 2015 23:03)
「ピンポーン」
千里は、寝坊助の拓哉の部屋訪れ
「拓哉 今日はどこに行く?」
「とりあえず、ライブハウス回りして、日本人ドラマーの情報を集めようか」
研二を探す手がかりは、唯一、ドラムをたたく日本人。
それだけであった。
寝ぼけまなこの拓哉は、千里の一生懸命な表情をみて、アメリカに来た自分の目的をあらためて、思い出したのであった。
チェリー (金曜日, 01 5月 2015 06:38)
千里は 何となく…
研二に逢える気がしていた
別れてから かなり月日が流れてはいたものの
根拠の無い自信があった
こんなところは 母梅子とそっくり
まさか、母まで アメリカに来るとは夢にも思っていなかったのだが…
千里は知らなかった
自分の父親は死んだものだと思っていた
母梅子の卒業アルバムに写る長身で優しげな瞳
の青年だけが唯一千里が知る父親だった
拓哉と研二探しの旅が始まった
助手席に座る千里…
なにやら苛立ちがとまらない
運転が慎重すぎる拓哉
ここはアメリカよ!もっとaboutに!
もっとスピーディーにいこうよ!
と思ったけれど 何か言えなかった。
我慢、我慢
車庫入れは一回で入れようよ!
はぁー
疲れたら運転交代するわよ
とは言ってはみたものの 拓哉は異国の地で
千里を守ろうと必死で
大丈夫、千里さん!俺頑張るから…
拓哉が意地らしく思えた
街の中のライブハウスを片っ端からまわったけれど 全然研二の情報は見つからなかった
もう5日も回ったのに何の手がかりもない
夕暮れが近くなり今日も一日終わるか…
車を走らせていると
街から少し離れた所に 小さな木立にか困れたカフェの灯りが見えた
とても優しい灯りに導かれるように …
ふたりは小さなカフェの小さなドアを開けた
長身で少し白髪混じりの男性が
カウンター越しに
いらっしゃいませ!
え、日本のかたですか?
はい!おじさんですがね…笑
こんなところで日本人に逢えるなんて
いい加減日本が恋しくなっていたので 何とも嬉しさが隠しきれない千里と拓哉だった…
気がつくとそこはジャズ喫茶
心地よい音が流れ この五日間の疲れを癒してくれるような優しい空間
軽い夕食をとり
カフェを飲みながら 千里は 見ず知らずの
この店主に アメリカにきたいきさつを話し始めた…
としちゃん (金曜日, 01 5月 2015 12:17)
千里の話を聞き入る店主。しばらくして店主は、二人に向かってゆっくり優しく語りかけた。
「千里さんと、拓哉君といったね。」
「二人はきっと、研二君に会うことができるよ。そう、信じなさい。」
と、店主が優しく微笑み、そして続けて、二人にこんな話をしだした。
すべての人には、とてつもない力が平等に備わっているんだ。でもね、その力は普段、外からは分からないものなんだよ。
例えば・・・女性は、第六感といわれる感覚が優れていて、あの人どうしているかな?と思うと電話が掛かってきたり、夢で見た事が現実に起きたり、突然アイデアがひらめいたり・・・不思議な事がたくさんあるだろう!?
と、優しいまなざしで千里をみる店主
それから、潜在能力っていう言葉があるだろう。それは、まだ見ぬ力のこと。
実はこの「潜在能力」は誰にでも、そう。
千里さんにも、拓哉君にも、もちろん研二君にもあるんだ。
と、力強いまなざしで二人をみる店主
自分のまだ見ぬ能力の存在を知った人は、どんどんその能力を開花させていくんだ。だって、何でもできる気がするだろう!?違うかぁ?
新しい自分の力を知ることはとっても楽しいし、一言で言えば、自分にはこんな能力があったんだ!と自信がみなぎるんだよなぁ。
君たち二人、いや、研二君もこのアメリカという自由の国に来た。
そして、それぞれ目的は違うにしても、何かをつかもうと努力している。
何もしない人には、何事も始まらない。
「どうせ無理だから」
「私にはできっこない」
「できなかったら恥ずかしい」
「努力なんてしたくない」
「忙しくてやってる暇が無い」
世間体や自己イメージ、もっともらしい『やらない理由』だな。
物事に前向きの人は、考え方も前向きだし、明るく楽しく人生を過ごしている。
物事に前向きの人は、いろんな事にチャレンジする。でさ、失敗しても平気なんだよな。いつも明るく積極的。
ひとつ。又ひとつと、ゆっくりかもしれないけど、確実に一歩一歩階段を上っていく。そして、階段を上るたびに新しい人とめぐり合う。
勇気をもらったり、また新しい知識を吸収したり。
君たち三人は、夢を叶えるために行動を起こしたんだ。
だから必ず、夢は叶う。大丈夫!
千里と拓哉は、店を出て歩きだし、そして立ち止まった。
そして、店に向かって振り返り、
千里がこうつぶやいた
「一期一会」
「ありがとう・・・マスター」
管理人(代理) (金曜日, 01 5月 2015 17:04)
千里は、拓哉と一緒に研二を探し続け
梅子は、慶一に会うためにアメリカに旅立とうとしている
慶一は、アメリカで梅子たち同窓会参加者の到着を待ち
そして・・・
研二は、無事に生きているのであろうか。
動き出した『それぞれの運命』
複雑に絡み合い、引き寄せられていくのだろうか
それは、誰もまだ知らない。
千里と拓哉が、運命に導かれて向かう先は・・・
梅子は、同級生たちと無事に同窓会に出席できるのか。
慶一は、今、どんな男に。
そして
まさか、研二と拓哉の父親が・・・
ーーー 前編・完 ーーー
これから始まる後編
たくさんの方の書き込みで、いろんな登場人物を増やしていきましょう。
梅子グループの珍道中?
もちろん男子組だって同窓会に?
どこからでも参加してね。
自虐ネタなんか大歓迎!
ビク (土曜日, 02 5月 2015 05:18)
「なぁ、マコト、同窓会の話、聞いたかよ?」
「あぁ、案内の手紙届いたよ。慶一から」
そう会話するのは、『アイト』と『マコト』であった。
アイト:高校教諭
マコト:青果店店主
「なに考えてんだっぺよ?慶一のやつ。アメリカっちゃ、あのアメリカだっぺ?」
「あぁ、ほんとだよなぁ。行ける奴なんかいるけぇ?」
栃木弁丸出しの二人
しばし無言になる二人であったが、
アイトが口火を切った。
「初めてだよなぁ、同窓会。みんなで集まるのなんて」
「”産地直送事件”とかさ、店のカップラーメン売って小遣い稼いでたこととか、話してぇな。懐かしいよな」
マコト
「・・・よく覚えてんなぁ、そんな話。はぁ忘れてくれよ~」
と、苦笑い
「なら、アイトの顔面マウス落書き事件とか”つられゲロ事件”とかあっぺよ」
アイト
「おいおい、つられゲロ事件は俺じゃねぇし」
そんな会話をしながら”たまごっち”にエサくれしているアイト
「なんか、行きたくなっちったなぁ・・・アッメリィ~カァ」
急に、変なイントネーションでしゃべりだすマコト
「こんなことになるんだったら、真面目に英語の授業、受けとくんだったなぁ」
「授業で思い出したけど、ほとんどの授業、居眠りしてたあいつ、元気にしてんかなぁ」
慶一からの手紙は、同級生たちのつながりを復活させるには十分な威力を持っていた。
そして懐かしい話を続けるのであった。
ビク (土曜日, 02 5月 2015 08:35)
アイトが、産地直送事件を語りだした。
マコトの親父って青果店の店主らしい豪快で楽しい人だったよなぁ。
あれは、俺たちが高校生の時、陸上部の修二の家がトマト農家でさ、マコトの家に泊まりに行くのに、手ぶらじゃ悪いと思って
「これ、みなさんで食べてください」
と、修二の家でとれたトマトを土産に持っていったはずなのにさ
次の日の朝・・・
青果店の店先に並んであったんだよな。しかも
”産地直送”と書かれて
確かに、産地直送だわ!と、笑うしかなかったよな。
まっ、本当に優しくて楽しい親父だったよな。マコトの親父さんは。
その商売人の血を受け継いだマコトは、店のカップラーメンを持ってきちゃって、しっかり俺たちに売って、小遣い稼ぎしてたもんな。
しかし、楽しかったよなぁ・・・高校時代
そんなアイトとマコトは、女子と一緒に宿泊で行く旅行に参加するためだけに
生物部に所属していた。
マコトは、東大合格を目指しながら。。。
としちゃん (土曜日, 02 5月 2015 10:45)
「ね~ぇ、モン!まだ食べてんのぉ~」
と、花屋の葉月
「ねぇ、モンは行くでしょ!同窓会」
「・・・モグ・・・モグ・・・」
しゃべれない税務調査官モンは、うなずいて行くよ!と返事している。
「しっかし、よく入るよねぇ。さっきの女子会でたっぷり食べたじゃん」
「帰りにお茶しよ!っていうから、付き合ったけど、しっかりサンドイッチセット頼んでるんだもん。びっくりよ」
食べ盛りモン 52歳であった。
チャコ (土曜日, 02 5月 2015 17:06)
一方、アメリカに住む同級生たち12人は、慶一代表を中心に同窓会の準備を着々と進めていた。
チャコ (土曜日, 02 5月 2015 17:11)
年金生活の先生たちの旅費は、慶一が全て払うことになっていたのです。
さすが、世界に羽ばたく渋谷機工ですね。
ビク (土曜日, 02 5月 2015 20:16)
千里と拓哉の研二探しの旅は、十日目になっていた。
「拓哉、わたし日本に帰ろうかと思うの」
疲れた表情の千里が言った。
「あきらめる。もう無理よ。これだけ探して、何ひとつ手掛かりも見つからないのよ」
ジャズ喫茶のマスターの言葉を思い出して、涙ぐむ千里であった。
でも千里は、自分が帰ると言ったことで、拓哉は止めてくれる。
半分は、そう期待していた。
拓哉が止めてくれたら、もう少し頑張ろうと思っていた。
拓哉は、涙ぐむ千里をみて・・・
としちゃん (土曜日, 02 5月 2015 21:31)
拓哉は、帰りたいと言う千里に、どう返事したらいいのか悩んだ。
もともと千里に憧れていた拓哉
そして、十日間一緒に旅をしていたことで、千里に対する想いは
より一層深まっていた。
もし、ここで
「研二には、ミハルという女性とのあいだに1歳になる子供がいるんだよ」
と、伝えて、そして自分の千里に対する想いを・・・
「・・・うん???・・・あれ???」
「ミハル???」
拓哉は、ふと、ミハルに頼まれていたことを思い出した。
「五番街へ行ったならば、研二の家へ行き、どんな暮らししているのか見てきてほしい」
そう頼まれていたことを。
「ねぇ、千里さん。明日行きたいところがあるんだ。だから、あと一日だけ」
「どこ?」
拓哉は、うまくごまかして、五番街に行ってみなさいと、言われていたことを千里に説明した。
「こらぁ!拓哉」
千里に羽交い絞めされる拓哉
「千里さん・・・ボインだ」
真っ赤な顔の拓哉
「明日ね、拓哉。おやすみなさい」
千里の部屋に入っていく後姿を見つめるだけの拓哉であった。
「おれ・・・」
マコ (日曜日, 03 5月 2015 06:52)
五番街を歩く千里と拓哉
五番街は古い街で、昔からの人が住んでいる街で
いつもとは、少し勝手の違った二人であった。
そして・・・
その時は、とうとう訪れた。
一軒の喫茶店風の店に入り、千里はいつもの通り
「I am looking for Kenji」
千里が、どれくらいの回数口にしたのか分からない、いつもの英語
そして同じ回数返ってくるのは
「I do not know Kenji」であった。
が・・・
千里の会話の様子が、いつもとは違っていた。
英語が、まったく分からない拓哉は
千里が興奮しながら会話を続けているのを見守るだけだった。
「千里さん・・・」
千里は、今の会話を拓哉に説明した。
「研二・・・いたよ。五番街に」
「研二は、いま五番街には住んでいないらしいけど」
「五番街で住んだころは、長い髪をしてた」
「マリーという娘と遠い昔に暮らしてた」
って
「拓哉、わたし・・・」
チェリー (日曜日, 03 5月 2015 08:07)
わたしTVにでる…
千里の言葉に拓哉は何も返せなかった
兄貴がアメリカに来てまで女性と暮らしていた
日本に子供もいる…
そんな兄貴のことを思ってくれている千里のけなげさに
改めて いとおしい気持ちがこみ上げてくる拓哉だった
とにかくあのジャズ喫茶のマスターに相談にいこう
空は茜色に染まりまた夕暮れ時が近づいていた
木立にみえる優しい灯りがふたりを迎えてくれた
こんにちは!
よくいらっしゃいました
長身の少し白髪のマスターは、ふたりが来るのを知っていたかのようだった
千里は息もつけないほどの勢いで話し始めた。マスターの言葉に励まされ研二探しが続けられたこと、五番街に研二が住んでいたこと、TVにでたいこと…
カフェを飲んで少し落ち着きなさい!
少し酸味のあるアメリカンだった
話しはわかったよ!
実はここで高校の同窓会をやるんだ
私が代表になっているのだが
本土にいるTV局で働いているやつがいるから話してあげるよ
日本からも沢山同級生が集まるんだ
観てごらん。卒アルだよ!
千里は息をのんだ…
としちゃん (日曜日, 03 5月 2015 19:26)
千里が息をのんだ理由
それは、見覚えのある卒アルだったからである。
「マスター、私この卒業アルバム知ってます!」
千里の言っている意味の分からないマスターは
「え?どうして・・・」
「私の母親も郷合高校卒業なんです」
「・・・千里さんの母親って」
「品川です。品川・・・」
千里が言いかけたと同時にマスターは
「う、梅子さん?」
「そうです。アメリカに来て、しかもお母さんの同級生にこうして会えるなんてすごいですぅ。マスター」
マスター
そう。28年前に、梅子に「3年待ってくれ」と伝え
その後、結局なんの連絡もしていない
渋谷慶一である。
日本とアメリカ10,000㎞の距離
そして27年間の時間を経て
いま、父と娘が一冊の卒業アルバムで、全てを知ろうとしている。
「梅子さんの娘さんなんだぁ」
「そういえば、なんとなく面影が・・・」
千里が嬉しそうに卒業アルバムを開け
「あ、私の父親、もう亡くなっていないんですけど」
「母と同級生なんです。」
「マスター、分りますか、この人なんです」
千里が10組のページを開け
そして千里の綺麗な指がさした先に・・・
チェリー (月曜日, 04 5月 2015 06:32)
俺……
俺だ………
何てことだ
この子は俺の娘……
何も知らなかった
きっと梅子は苦労してこの子を育ててくれたのだろう
しかも 大好きだった森中千里の名前をつけてくれていたなんて
すべてが 梅子らしい
一瞬のうちに慶一の決意は固まったのだった
としちゃん (月曜日, 04 5月 2015 17:32)
慶一は、自分が父親であると千里に打ち明けることをためらった。
28年前
「慶一、いいよ。慶一の夢を追いかけて」
「すまない梅子。必ず事業を成功させて、三年で梅子を迎えに来る。約束する」
そう二人は、硬い約束を交わし、慶一はアメリカに渡った。
そして、渋谷機工の事業拡大のため、睡眠時間を削り、努力した。
しかし、同級生の高木誠二という男にだまされ、渋谷機工を乗っ取られてしまう。
全ての目標を失い、ましてや信頼していた高木誠二にだまされたことで
慶一は、自殺をはかったのだった。
一命は、とりとめたのだが、慶一は五年間も眠り続け
奇跡的に復活したのだった。
復活した慶一が、高木誠二から渋谷機工を取り戻すのに、それから十年をついやした。
慶一が、梅子との約束を忘れてしまった訳ではなく
梅子を迎えに行けない状態で、18年も過ぎた訳である。
慶一は、渋谷機工を年商2700万ドルの会社にまで成長させ、あとは、信頼できる男に会社を任せ、今は、ジャズ喫茶で、好きな音楽と、人との会話を楽しみながら静かに暮らしている。
そして
アメリカに住む同級生たちに声をかけ、同窓会を企画したのであった。
チャコ (月曜日, 04 5月 2015 19:46)
その頃日本では、恩師全員のもとへ慶一からの手紙が届きました。
その手紙には、報復航空券が同封されていました。
そして、恩師たちは、全員が参加に印をして、慶一のもとへ返事をしました。
ビク (月曜日, 04 5月 2015)
ニューヨーク州ニューヨーク市 Fifth Avenue(五番街)
セントラル・パークを眺望できる高級マンションや歴史的な大邸宅が立ち並ぶ、ニューヨークの裕福さを象徴する通りである。
その五番街にあるTV曲
ディレクター席の電話がなった。
「This is mazuka speaking.」
間塚久司が、電話にでると
「間塚かぁ」
「おぉ、その声は慶一だろ」
しばし二人は互いの近況報告をしあったあと
慶一が、TV出演したい日本人がいることを説明すると
間塚は、それを快諾し
「OK!任せてくれ。慶一」
「慶一の頼みじゃ、きかないわけいかないだろう」
「俺の番組に12PMっていう番組があって、人探しコーナーがあるから、そこに出演させるよ」
「アメリカ在住の日本人向けの番組で、司会は徳三和彦さんだ。ま、お涙ちょうだいって感じのコーナーなんだけどな」
千里に、自分が父親であることを伝えるタイミングを逸している慶一であったが、千里の本気の願いを現実のものにしてあげたのであった。
マコ (火曜日, 05 5月 2015 07:03)
一方、日本では梅子グループのアメリカ出発の準備が進められていた。
くれぐれも、忘れないでほしいことがある。モン!
アメリカに渡るのに、絶対必要なもの。
違う違う!
食糧ではない。
パスポート!
モンは、空港まで行ってパスポートが必要であったことに気付いた。
とき、すでに遅し。
と、ならないことを願う。
チャコ (水曜日, 06 5月 2015 07:47)
すみません。私の書き込み87は
報復航空券ではなく、往復航空券の間違いです。
トトロ (水曜日, 06 5月 2015 12:00)
その緑色の小さな老人は、研二の誰にも言えなかった病への恐怖心について話を始めた。
≪恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛にかわる。
怒り、恐怖、敵意、それが暗黒面だ!
心の中にたやすく生まれる
暗黒面に落ちればそれに喰いつくされる・・・≫
すると、いきなり
『僕には秘密がある。ぼくはいつでも怒っているんだよ!』
そう叫ぶと小さかった筈の緑色の老人は巨大で狂暴な野人へと化した。
野人の振りおろす拳が見えた。
気付けば深い井戸の底にいる。
身体は痛みで動くこともままならない。
遠く頭上に小さく明りが見えるだけだ
無数のコウモリが一斉に飛び立つ
声にならない悲鳴が漏れる
『研二!人は何故落ちる?』
『人は何故落ちる?』
『這い上がるためだ!!』
聞き覚えのある声に記憶を辿る
恐怖心を払い、這い上がろうとするが身体が思うようにならない
全体重を支える指先は痛みを超えて感覚がない。
・・・鈍い頭痛で目を覚ました・・・
どれだけ眠っていたのだろうか
そこはマリーの家だった
マリーにはすでに新しい家族がいた
どれほど迷惑を掛けたのだろうか・・・
安易にマリーに連絡したことを猛省した
考えるほどに胸が痛む
マリーと夫の献身的・無償の愛に触れることで
シェリー・ミハル・千里
無責任な愛で彼女たちを傷つけてきたことにも気付かされる。
徐々に回復してゆく中で、
あのセリフが研二の好きな映画のワンシーンであることに気付く
まだやり直しは出来るのだろうか・・・
あの小さな老人の言葉を思い出す
『やってみる・・・ではない、やるのだ!』
チャコ (水曜日, 06 5月 2015 12:45)
TV曲
間塚久司と千里の打ち合わせ
千里さんの気持ちは、分かりました。
でも、千里さん、それはちょっと難しい相談です。
間塚は、千里が番組出演した際の願い事を受け入れませんでした。
ローラ (水曜日, 06 5月 2015 14:09)
間塚久司は研二を知っていたのだ。
知っている、というよりは通り過ぎた、という表現がふさわしい。
「五反田…研二…」
去年の夏のこと、
セントラルパークを散歩していると、
「おい、君は日本人か?
あそこに日本人らしい青年が倒れているぞ!」
見知らぬ人からそう言われた。
駆け寄ってみると、血の気のない顔をした青年がぐったりしていた。
生きているのか…それさえも疑わしい状態だ。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!!」
「わかるか、いったいどうしたんだ!」
「君の名前は!?家族はいるのか!!」
何度も何度も頬を叩いているうちに、朦朧としながらも意識が戻った。
カバンからはステックが覗いている。
「…ああ… すいません…
僕は…五反田研二と言います…」
目も虚ろな研二は、かすかな声で、やっとの思いで名前を告げると、
また気を失った。
間塚は救急車を呼び、隊員に彼を任せた。
「きっと彼はだめだろうな…」
そんな気持ちで救急車を見送ったことを鮮明に思い出した。
千里を悲しませないために、この話を受け入れるわけにはいかないのだ。
としちゃん (水曜日, 06 5月 2015 15:56)
マリーは、大学生時代に日本でホームステイしていたことがある。
だから、日本人の「人に対する無償の愛」は、ある意味日本人よりも知っていた
あることをきっかけに、自分の夢を叶えようと頑張っていた研二と知り合い、そして、救いの手をさしのべることになったマリー
ただ、
もう少し…
ほんのもう少しだけ早くマリーと研二が知り合ってさえいれば・・・
間塚久司の直感は・・・
「ちさと…」
力ない声で研二は千里
ビク (水曜日, 06 5月 2015 19:26)
「ねぇ、葉月ぃ」
「葉月は同窓会の余興、決まった?」
同窓会では、参加者全員、何か余興をやろう!
と、案内状に書いてあったのだった。
葉月は、モンの質問にこう答えた。
「私ね、参加女子全員分のプリザーブドフラワーを準備しようと思うの」
「そして、男子から好きな女子に渡してもらうの!」
「どう思う?モン」
「さすがね。葉月」
そう答えたあとに、モンの言葉
その言葉に葉月は自分の耳を疑った。
「葉月ぃ、私ね・・・」
「実は、慶一から司会に指名されたの」
「だからね・・・」
「セーラー服着て、司会やろうと思うんだ!」
「・・・」
「いぃ、い、い、いいんじゃない モン」
そう答えるのが精一杯の葉月であった。
52歳 モン 一世一代の晴れ姿となりますように。。。
12月30日、16時25分
梅子グループ
美容師のアン、花屋の葉月、税務調査官のモン、OLのチョキ子、セレブ婦人のクラリオン、金庫、サンボ
8人を乗せた飛行機が成田空港を飛び立った。
しかも、男子グループ10人も同じ飛行機に搭乗していたのであった。
ビク (木曜日, 07 5月 2015 12:19)
飛行機内
梅子グループ8人、男子グループ10人
さらには、恩師6人も、同じ飛行機に搭乗していた。
しかし、狭い空間にいながらも、まだ互いが同じ飛行機の中にいようとは夢にも思っていなかった。
成田を飛び立って、1時間半ぐらいが経っていたであろうか
男子グループのこんなやりとり
梅子グループのこんなやりとりで
互いのことに気が付くのであった。
「なぁ、アイト、俺どうしても試したいことがあるんだよ。」
「何をだよ、マコトぉ」
「あのスッチャデスのお姉さん、外人さんだろ!?」
「俺の英語が通じるかさ、試してみたいんせ」
アイトはやってみぃとマコトの背中を押した。
「プリーズ、掘った芋いじるな」
「It is 6:00 p.m. now」
マコトの喜ぶ声は、前後5列ぐらいまで届いた。
※念のための解説
「掘った芋いじるな」=「What time is it now?」
マコトとスッチャデスのお姉さんとのやりとりとほぼ同じころ…
「ねぇ、モン まだ食べてるの?」
葉月の分まで食べていたモンは、5列前にいたスチュアーデスに
「プリーズおかわり、機内食!」
「・・・・・」
「ねぇ、あの喜んでる男の人・・・マコトちゃんじゃない?ほら、学校でカップラーメン売ってた…」
「なぁ、あのおかわり婦人、モンじゃねぇ?ほら、バトン部で双子がいるって有名だった…」
そして・・・
同時に「マコトちゃん?モン?」
その二人の会話に気付いた恩師の春沢先生
それをきっかけに、飛行機内での同窓会がスタートしたのであった。
としちゃん (木曜日, 07 5月 2015 21:38)
恩師、女子、男子がそれぞれに席を替え、昔話で盛り上がっているなか
梅子だけは、一人、思いにふけっていた。
慶一にどんな顔で逢えばいいんだろう。
まずは、慶一に平手打ちしよう。
もしかしたら、慶一は自分のことを分からないかもしれない。
連絡をくれなかったのは、きっと深い理由があるはず。
それとも…金髪のアメリカ人と幸せになっているのかもしれない。
様々な思いが、交錯し梅子の眼からは、自然と涙があふれていた。
そんな梅子に気付いたアイトが、梅子の隣の席に座った。
高校時代から、プレイボーイで有名であったアイトであったが、慶一とは無二の親友。
もちろん、梅子をおいてアメリカに渡ったこと、アメリカでの出来事まで、慶一から聞かされ、知っていたのであった。
ただ、千里の父親が慶一であることは、アイトも知らなかった。
「梅ちゃん、久しぶり アイトです」
気付かれないように、涙をふいた梅子であった
それに気づかないふりをする、優しいアイト
アイトは、ごくごく自然な同級生話だけで、梅子をわずかな時間だけでも笑顔にした。
慶一から、もし梅子に会うことがあったとしても、自分のことは話さないでほしいと約束していたため、梅子の涙の理由が慶一のことにあると分かっていたアイトであったが、親友との約束を守ったのであった。
ビク (金曜日, 08 5月 2015 12:14)
一方、飛行機のなかで始まった同窓会では、それぞれが昔話で盛り上がっていた。
「春沢先生、大変ご無沙汰しております。クラリオンです」
「あらぁ、まったく変わらないわねぇ。確か、調理実習の時、卵を中庭に埋めて叱られたのは、あなただったわよね!?」
「・・・先生、それは私ではありません…」
「違った?ごめんなさい。あっ、進学が決まらないのに郵便局でアルバイトして叱られた…」
「先生・・・それも私ではありません」
さすが春沢先生、つかみはOKであった。
「広沢先生、ご無沙汰です。お元気そうで」
「おぉ~、確かラッタッタで通学していた“マコト君”だね」
「おぉ~、そっちは授業中は常に熟睡、たまに起きていると思えば“にぎりっぺ”ばかりしていた“城川くん”」
「おぉ~、そっちは応援団長の“若”」
「あれ、つられゲロは来ていないのかね?」
先生とは、すごいものである。
32年が経っても、昨日あったことかのように、記憶がよみがえってくるのであった。
(もっとたくさんのネタをほしがっている先生たちであった。)
としちゃん (金曜日, 08 5月 2015 22:02)
マリーの家
「KENJI あなたは、病院は行く。早くを希望します」
マリーは、ベッドで横になっている研二に
学生時代に覚えた日本語で一生懸命語り掛けた。
研二は、少し笑みをうかべて
「マリー、ありがとう。」
その言葉を口にするのが、精一杯の研二であった。
研二は、ベッドに横になったまま昨日みた夢を思い出していた。
老人が自分に言った「やるのだ!研二」
「もう一度、思いっ切りドラムをたたきたい・・・」
そして眠りについた。
翌日の朝、研二は
「今までありがとう」
と、書き置きを残しマリーの家を出た。
そして、ある場所へ向かったのだった。
もうすぐ28歳の誕生日を迎える松坂桃李似の五反田研二
千里がすぐそばまで来ていることさえ分かっていたならば・・・
カタ (土曜日, 09 5月 2015 00:18)
白川勝也通称ガッツ!遂に登場
この男がこれから色々な所でキーマンとなる。
実はこの男、今回の同窓会の影の発起人である
この男を巡ってこれから少しづつ触れて行こう♪
ビク (土曜日, 09 5月 2015 06:15)
「間塚か?慶一だ」
「千里から聞いたよ。TV出演NGなんだってな。理由はなんだい?」
間塚は、おそらく慶一から、かかってくるであろう電話に、答えは用意していた。
「いやぁ、ちょっと見つけ出すには、難しいかと思ってな・・・」
慶一は、娘がどんな思いで、研二を探し続けていたのか…
慶一は、歯切れの悪い間塚らしくない返事に、食い下がった。
根負けした間塚は、
「慶一・・・実はな」
間塚は、TV出演にNGを出した本当の理由を慶一に伝えた。
「そんな・・・」
千里からは、明日、日本に帰ると聞かされていた。
そして…
明日は梅子たちがアメリカに着く日でもあった。
千里は、梅子がアメリカに向かっていることを、知らされていない。
慶一は、幾つかの選択肢から、一つを選ばなければならない。
慶一は、決断した。
としちゃん (土曜日, 09 5月 2015 21:31)
千里の研二探しの生活、最後の夜
その日の千里の表情は、とても晴れやかだった。
千里は、もちろん研二と逢いたいという想いでアメリカまで来た。
でも、ずっと研二への想いを捨てられずにいた自分と決別することも覚悟していたのも事実。
間塚からTV出演を断られたときに、千里の気持ちは固まったのであった。
「研二のことは、あきらめる」
ホテルの最上階にあるラウンジ カウンター席に二人並んでカクテルを飲む千里と拓哉
「千里さん、兄貴探しの旅。結局、兄貴のことは見つからなかったけど…」
「拓哉ぁ、今日は研二の話はしないことにしよ」
「別の話をしましょ」
拓哉は、千里の本当の笑顔を始めてみたきがした。
拓哉は悩んでいた。
千里に対する想いを、今日、伝えるべきかと
としちゃん (日曜日, 10 5月 2015 07:40)
「Mr.MADUKA・・・」
TV局にいる間塚のところに、マリーからの電話
マリーと間塚は、共通の知人を介して知り合いとなり、今では何でも話し合えるほどの仲になっていた。
間塚は、笑顔でマリーとの会話を楽しんでいたが
マリーの話しに、途中から間塚の表情は一変した。
それは、
千里から依頼された研二が、実はマリーの家にいたこと
彼は、重い病を抱えてすぐにでも入院すべきな状態であること
そして昨日の朝、書き置きを残して出ていってしまったこと
自分の勝手な推察で、電波を使って研二を探す機会を逸してしまったことをマリーに伝え、そして謝った。
マリーは、間塚にこうお願いした。
「Mr.MADUKA・・・」
ビク (月曜日, 11 5月 2015 12:15)
同窓会参加者を乗せたJALL0055便は、もうあと2時間もすればワシントン空港に到着するところまで空路を進めていた。
梅子とアイトは、隣り合わせの席で楽しそうに会話を続けている。
慶一との約束を守り、梅子には何も話さなかったアイトであったが・・・
変な義務感からなのか、アイトのプレーボーイの血が騒ぎだしてしまった。
そのさまは、高校時代のアイトそのものであった。
機内で飲んだお酒の勢いもあったのであろう。アイトの言動は挙動不審になり始めていた。
周りの同級生たちは、二人が共に独身であることを理由に、アイトらしいなとただ見守るだけであったのだが・・・
唯一、その二人を別の想いで見つめていた男が一人いた。
ガッツである。
ガッツは、高校時代に梅子に一度ふられていた。それでも梅子に対する想いはずっと持ち続けていたのであった。けなげというか、ただのバカ男というか。
今回の同窓会の最初の発起も、本音の部分では、梅子に逢えるのでは・・・
という想いからであった。
周りの女子グループは、知っていた。ガッツが梅子をずっと想い続けていたことを。
特にモンは、ガッツのけなげな想いを、なんとか成就させてあげたい(半分は、ガッツの照れるさまを見たい)と、ガッツの背中を押したのだが、シャイなガッツは「無理!絶対無理!」と、梅子と二人で会話しようとはしなかった。
いい歳して照れるか?どこまでバカなガッツ 52歳。
しかし・・・
いま、アイトが梅子を口説き落とそうとしている。しかもガッツから見れば、ただの遊びのため。そうガッツの目には映った。
ガッツは勇気を振り絞って、梅子の座る席に近づき
「失礼します。あのぉ・・・」
いかにも体育会系のガッツらしく低姿勢で梅子に声をかけた。
梅子は
「ごめんなさい、いま、アイトと話しているから・・・」
ガッツ 撃沈である。
その様子を見つめるモンと葉月たち。
それから、30分ぐらいが経ったであろうか。
アイトが、梅子と会話していた席で、眠っている。
アイトの両隣が空席になっていることを確認した葉月とモンは、席を移動した。
そして、アイトの寝顔に可愛い「マウス」のペインティングを施してあげたのであった。
さすが自由の国 アメリカ
入国手続きをする際のアイトの顔には「マウス」が描かれたままだった。
ビク (月曜日, 11 5月 2015 12:27)
ガッツは、梅子にそっけなくされて落ち込んでいた。
落ち込む彼を見れるのは珍しことであった。
落ち込むぐらいなら、なぜ早く梅子のところに行かない?そう言いたくなるのだが。
そんなガッツを心配してか、あるいはガッツをからかいたかったのか、それはどちらでもよい。
いずれにしても、葉月とモンがガッツの隣の席にきた。
「ねぇ、ガッツ・・・」
元気のないガッツにモンは、こうお願いした。
「学生時代のように『にぎりっぺ』して!」
ガッツは、こう答えた。
「しない」
ガッツのにぎりっぺには、ちゃんとした理由があり、決まった男にしかかがせなかったのである。
それは、臭いで何を食べたかを当てさせることと、自分の健康状態をチェックしてもらうための行為であったからだ。
「のり悪いぞ!ガッツ」
って、もう少しましな声かけの方法はなかったのか、モン!
ただ、復活も早いガッツであった。
そしてガッツは、マコトと同窓会での余興の相談を始めた。
二人の話は、慶一の店の楽器を借りて、何か演奏しようぜ!という内容であった。
そして、
ガッツのいかにも残念そうにつぶやく声が聞こえた。
「ドラムたたけるやつがいればなぁ・・・」
としちゃん (月曜日, 11 5月 2015 20:24)
ホテル最上階ラウンジ
客は、カウンター席の千里と拓哉だけになっていた。
拓哉は、千里に自分の気持ちを伝えるか、それとも伝えないまま帰国して、それぞれの人生を歩んでいくべきか悩んでいた。
そして・・・
拓哉は、人生の賭けにでることにした。
もし、ラウンジを出るときに千里が少しでも自分を頼ってくれる素振りをしてくれたら…その時は千里にアタックしよう。
もし、そうでなかった時には…自分は千里を忘れよう。
そう賭けに出たのであった。
そして、そのときは、拓哉が決意した次の瞬間に訪れたのであった。
「拓哉ぁ、わたし、すこし酔っちゃったかなぁ。部屋まで送ってくれる?」
「今日は、最後の夜だもんね。拓哉」
拓哉は、今だ!と思った。
そして「千里さん、ぼく、千里さんを・・・」と想いを伝えようとした
まさにその瞬間
二人の背後から、ある男性の声が聞こえた。
「千里くん・・・」
間塚久司が息を切らして立っていた。
マリーから、もう一度千里に会って研二探しを続けてほしいとお願いされた間塚は、自分の勝手な推察で一人の青年の命が…
そう考え、千里の宿泊先に足を急がせたのであった。
間塚が訪ねてくる時間が、あと数分でも遅かったら・・・
全ての人の人生が大きく違っていたであろうに。
誰もそのことを知るすべはない。
それぞれの運命が違う道へと動き出そうとしていた。
としちゃん (月曜日, 11 5月 2015 20:32)
間塚は、マリーから聞いた研二のこと全てを千里に伝えた。
研二が、最後に千里に逢いたがっていたことも。
そして、マリーから渡された研二の写真を千里に渡した。
その写真には、マリーとベッドでよこになっている研二が写っていた。
その写真を見せられた千里は・・・
写真に少し目をやり、そして写真を間塚に返し、こう言った。
「間塚さん、わたし、もう研二のことは忘れました。」
「拓哉と一緒に日本に帰ります」
間塚は、予想だにしなかった千里の返事に愕然とした。
「拓哉、私はあなたが好きよ。好きになっちゃったの」
「私を幸せにして 部屋に帰ろう 拓哉」
そう言って千里は、間塚の静止を振り切って部屋に帰ろうと歩き出した。
次の瞬間であった。
「千里さんのばかっ!」
拓哉は、目に涙をいっぱいためて、千里の右腕を握り、行こうとする千里を止めた。
「俺は、千里さんが好きだ。本当に」
「でも・・・」
「俺だって兄貴に会いたい。でも、千里さんの方が絶対に逢いたいはずだ」
「どうして、自分の気持ちに嘘をつこうとするんだ!」
千里はこらえきれずに、
「拓哉…」
そして千里は、その場にしゃがみ込み大声で泣きだした。
「研二・・・研二に逢いたい」
間塚は、千里にこう言った。
「いま、研二くんを救えるのは、千里くんしかいないんだよ」と
カタ (火曜日, 12 5月 2015 00:03)
ここでガッツの学生時代の話を少ししよう。
野球に夢中な彼は当然野球部に入り
日夜練習に励んでいたが
アイトとマコトとは仲良くて
何故か土曜の夜は他の仲間も呼んで高校生なのに毎週のように
飲み会をしていた!
しかも飲むのはコークハイ!
当然飲み過ぎてゲロを吐く(笑)
当然介護する友人がいる。
背中を擦る友人もその匂いを嗅いでやっちまう。
それが噂のツラレゲロ事件である。
汚ない話になって申し訳ないが
まだまだ彼の話は尽きない!
また後で色々と紹介するが
そんなガッツがやはり好きだったのが
あの梅子だったのである。
慶一に想いを寄せる梅子、そこへ手を出そうとするプレイボーイのアイト、
健気にどうしても梅子を忘れられないガッツのこれからの動向に注目したい!
チャコ (水曜日, 13 5月 2015 09:35)
ガッツとマコトは、同窓会の余興で歌うオリジナル曲を作ろうと、詩を書きだしました。
それは、ガッツが梅子に対する思いの丈をこめた詩でした。
♪涙をふいて あなたの指で 気づいたの はじめて
あの頃の私 今日までの日々を見ててくれたのは あなた
わがままばかりでごめんなさいね 恋人と別れて
あなたの部屋で 酔いつぶれてた そんな夜もあった
想い出せば 苦笑いね 淋しさも悲しみも
あなたのそばで 溶けていった いつもいつの日も
もしも逢えずにいたら 歩いてゆけなかったわ
激しくこの愛つかめるなら 離さない 失くさない きっと・・・
この後の詩が思い浮かばないガッツでした。
ここで、タイムオーバー
残りは、宿についてから仕上げることになりました。
ビク (水曜日, 13 5月 2015)
マリーの家を出て研二が向かったのは、ドラマーとして演奏していたライブハウスであった…
最期に自分の夢を追いかけていた場所をみるために。
どれくらいの時間であったろうか。研二は、中に入ることなくライブハウスをただ眺めていた。
ちょうどそれと同じ時刻に、千里と拓哉がTVで研二へのメッセージを送っていたのであった。
よって、二人のメッセージが研二に届くことはなかった。
しかし、二人がTVで一生懸命に訴えている姿を食い入るように見ていた男がいた。
「研二 拓哉・・・」
その男は、二人の名前を聞き、そして研二の写真を見たことで
二人が自分の子供であることを確信した。
高木誠二である。
誠二は、慶一を裏切り、渋谷機工を乗っ取った男
千里がずっと想い続けている研二は、自分の父親を死の淵まで追いやった男の息子であったのだ。
誠二は、研二を見かけた者からの連絡先が、慶一の店であることに、さらに驚いた。
もちろん、千里が慶一の娘であることなど、知るはずもなかったが
何か、運命めいたものを感じた誠二であった。
自分の息子が、二人ともアメリカに来ている。
兄の研二は、なにかの病で苦しんでいる。そしていま消息を絶ち、その兄を弟の拓哉が探しだしたいと涙ながらに訴えている。
しかも、その連絡先が、二度と会うはずもない慶一のところ
誠二は、ブラウン管に映る千里をみて
慶一が日本に残してきた梅子のことが頭によぎった。
「この千里という子、なんか梅子に似てないか・・・」
シェリー (木曜日, 14 5月 2015 08:08)
梅ちゃんどうしているんだろうな
きれいなのにお茶目で男前な性格
そんな梅子のことは、男子みんなが好きだったよな
この娘、梅子の娘だ
なんとなくだけれど
確信した
梅子を独り占めにした慶一のこと
誠二は許せなかった
いつかあいつのすべてを奪ってやろう
誠二も年を重ね郷愁を感じるようになっていた……
日本に帰りたい
自分は何てひどいことをしてきたのだろう
結果、自分の息子、そして好きだった梅子の娘であろう千里まで苦しめることに
俺が今できること
それは、研二を探し出すこと……
一方、梅子たち御一行は慶一の店に
遠くに見える優しい灯り
あそこに逢いたくて仕方のなかった慶一がいる。
千里を育てることが、慶一への想いのすべてだった梅子、長い月日を経てあの人に逢える……
どんな顔して逢えばよいの
そんな梅子に
ガッツは
「梅ちゃんどうしたの?」
「がっちゃん、何だかどきどきするのよ!」
少女のような表情に、ガッツはまたもや
恋心をいだくのだった
としちゃん (木曜日, 14 5月 2015 12:44)
ガッツは考えた。今、この俺が梅ちゃんにしてあげられること・・・
しばし悩んだガッツは、満面の笑みを浮かべて梅子にこうつぶやいた。
「梅ちゃん、目を閉じて!」
ガッツの言うことをきいて、目を閉じる梅子
そして、ガッツは梅子の背後にまわり
梅子の鼻の前で、握りしめた右手を開いた。
「く、く、くさ~い」
「何したの?がっちゃん」
「元気がでるおまじないだよ。にぎりっぺ!」
その二人のやりとりを冷ややかな目で見る女性陣
もうちょっとやり方があるでしょ!とつぶやいて、モンと葉月もただあきれて見守るしかなかった。
ただ・・・
「もう、がっちゃんのばかぁ!あぁ、なんか緊張しているのもばからしくなった」
と、梅子の顔に笑顔が戻ったのはガッツのお手柄であった。
ビク (木曜日, 14 5月 2015 20:47)
慶一の店の電話がなった。受話器をとる慶一
「慶一か・・・誠二だ」
しばしの沈黙 その間、なぜ、いま誠二が自分に電話をかけてきたのか…
様々なことが、頭のなかを駆け巡る慶一
「慶一、頼む。切らないで聞いてくれ」
「きっと、慶一は、まだ俺のことを許していないだろうし、許してほしいと電話したわけではないんだ。ただ・・・」
「いまTVをみたよ。研二という青年を探しているんだってな」
誠二は、受話器のむこうで無言のまま聞いている慶一に
研二と拓哉が自分の息子であることを伝えた。
そして・・・
「なぜ、慶一のところが情報をよせる先なのか、いろいろ考えてな」
「慶一が渡米するとき、梅子と付き合っていたよな」
「よく二人で飲んで、梅子の話をしたよなぁ」
慶一はずっと無言のまま誠二の話を聞いている
「でな、あの千里という娘さん… 梅子の若いころに・・・」
そこまで話をした誠二を静止させるため、慶一が初めて口を開いた。
「誠二・・・」
それは、優しい慶一の口調ではなかった。
としちゃん (金曜日, 15 5月 2015 12:26)
梅子たち御一行様が、慶一の店の前まできた。
「ねぇ、梅子 いよいよだわね」と、葉月が優しいまなざしで梅子に語りかけた。
「は、は、葉月ぃ わたし・・・」
「大丈夫よ!さぁ、入ろう。このドアの向こうには慶一が待っているのよ」
「わたし… 少し時間をちょうだい。みんな先に入って。私、あとから入るから。慶一には、うまく説明しておいて」
「・・・うん。わかった。早く入ってきなさいよ 梅子」
御一行様は、梅子一人を残して、ドアの向こうで待つ旧友たちのところに向かった。
「パン、パン、パーン」
みんなを歓迎するクラッカーであろうか ドアの向こうから聞こえてきた。
その音で、さらに梅子の緊張が増した。
どれくらいの時間が経ったであろうか
梅子は、固まったように店に入れないでいた。
と、そこに
「梅子・・・」
梅子の背中越しに男性の声がした。
「あなたは・・・」
ビク (金曜日, 15 5月 2015 20:56)
「ねぇ、梅子 いい加減遅いわよね」
「そうね、見てこようよ」
と、葉月とモンは店の外にでた。
いるはずの場所に、梅子の姿はなかった。
「ねぇ、梅子がいないのぉ」
葉月とモンが店内に慌てて戻ってきた。
そして慶一のところに行き
「慶一、さっきは梅子は今日は体調崩して、ホテルにいるよって言ったんだけど・・・」
「本当は、店の外で、気持ちの整理をしてから入ってくるって…」
「ねぇ、梅子 どうしたんだろう、どこにもいないの」
それまで、旧友との32年ぶりの再会に賑わっていた会場が静まり返った。
慶一が小さな声で
「まさか・・・」
梅子がその場からいなくなったその真実は、梅子と梅子に声をかけた男しか知らなかった。
としちゃん (土曜日, 16 5月 2015 09:05)
「おれ… どうすっぺ」
「おれが、にぎりっ・・・」
「違うから!」
セーラー服姿のモンが、ガッツを静止させた
ずっと考え事をしていた慶一は
「まさか・・・」
「なぁ~んてね。大丈夫」
「梅子からは、ちゃんと連絡もらっているから」
「みんなに心配させちゃったねっ、ごめん。続けよう 同窓会」
それは、騒ぎになってしまった会場をなんとかしようと苦し紛れに出した言葉であった。
トトロ (土曜日, 16 5月 2015 15:40)
そんな騒ぎなど耳に入らぬ者もいる・・・
この日のため、いや
この余興のため、衣装をあつらえダイエットに励んできた
エステにもいった
顔を濃茶に塗りアフロヘアーのカツラを被る
映画『ドリームガールズ』のビヨンセになりきった女がそこにいる
三人組のはずだが、どうやらあと二人引き込むことに失敗したのだろう・・・
曲と同時にミラーボールが回り始める
We're your dreamgirls♪
Boys~♪
we'll make ya happy...yeah!
気持ち良さそうである
ビヨンセ・・・と、いうよりは
どうみても渡辺直美だ(笑)
やりきった・・・
本来あがり症のはずの彼女だったが、このために克服するためのマニュアルもこなした
感動だ!
それを唯一知る友人、美容師のアンはそっと涙をぬぐった
ビク (土曜日, 16 5月 2015 21:10)
梅子に声をかけた男
それは、高木誠二であった。
慶一に、もう二度と電話をしてくるな!と、冷たくあしらわれた誠二であったが、風の便りで、同窓会が慶一の店で開かれることは知っていたのであった。
もしかしたら、梅子に会えるかもしれない…そう思って現れたところに、一人たたずむ梅子がいたのであった。
「梅子・・・」
「あなたは・・・ もしかして誠二君?」
久しぶりの再会のあいさつもそこそこに
誠二は、いま起きていること、アメリカでのこれまでの出来事
その全てを梅子に語った。
それは・・・
千里という娘が、研二という青年を探してアメリカにきていること。
その千里という娘が、梅子の娘なのではないかと思っていること。
千里は、なんらかの理由で慶一とつながっていること。
そして、研二と、いま千里と一緒にいる拓哉が、自分の息子であること。
慶一は、梅子を捨てたのではないこと。だから慶一を責めないでほしいこと。
それと・・・
信頼していた自分に裏切られたと思い込んで自殺を図ったこと。
慶一は、それが原因で、今でも誠二を憎んでいること。
ただ・・・会社を乗っ取るようになってしまったのは、誠二の側近がしたことで、誠二は、慶一のことを悪の組織から守るためにやったこと。
慶一の命を奪うと脅されていたため、真実を話すことができず…慶一に恨まれても自分が悪者になったこと。そしてそれを今でも貫いていること。
梅子は、冷静に誠二の話を聞いていたが、千里が慶一となんらかの理由でつながっていること、自殺をするまで追い込まれていたこと、自分は捨てられたのではなかったこと・・・
そんなことよりも、一刻も早く研二を探しにいかなければならないのではないかと、それが一番に思えた。
そして、梅子も誠二にすべてを語った。それは
千里は想像通り自分の娘であること。しかも慶一との子であること。
ただ、千里に父親の名前は教えたが、すでに亡くなっていると伝えてあること。
だから、なぜ、千里が慶一とつながっているのか、想像もつかないこと。
そして・・・
「誠二君 ありがとう。慶一をずっと遠くから見守っていてくれたのね」
「しかも、慶一は、誠二のそんな優しさを知らずに、あなたを憎み続けているんでしょ」
梅子の顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「ねぇ、誠二君・・・
研二君を探しに行かなきゃ!今すぐ」
「ところで、千里はどこにいるのか知ってるの?」
「あぁ、知ってる。間塚って覚えてるか?いま、こっちでTV曲に・・・」
「説明はあとだ。千里さんが泊まっているホテルが、すぐそばにある」
「行こう!誠二君」
二人は、千里のいるホテルに向かった。
としちゃん (土曜日, 16 5月 2015 23:12)
同窓会会場では、恩師の挨拶や参加者全員の近況報告、余興が続いていた。
「なぁ、アン どうかしたのか?」
アイトが涙をふくアンに気が付き、声をかけてきた。
「なんでもないよ。元気だよ」
「ただ、彼女の涙ぐましい努力の日々を思い出しちゃってさ」
と、アフロヘアーのカツラの彼女に目をやった。
「それよりもアイトぉ・・・顔を洗ってきたら?」
「なんだよ、せっかく心配して声かけたのに、顔洗って出直してこいってないだろうよ」
二人とも、笑顔でのやり取りであったが、
まだ、アイトは気付いていなかったのである。
顔に「マウス」が描かれたままであることを
ビク (日曜日, 17 5月 2015 12:17)
千里の部屋、拓哉の部屋にフロントから呼び出しの電話が
「フロントにお客様がおみえになっています」
「千里・・・」
「え、おかあさん・・・どうしてここに?」
梅子は、千里になぜここに来たのか丁寧に説明した。
それを理解できた千里は
「そちらの方は・・・」と、誠二の方をみて尋ねた。
誠二は、拓哉にお詫びの気持ちを込めて丁寧に語りかけた。
自分が研二と拓哉の父親であり、
なぜ、研二と拓哉を置いてアメリカに来なければならなかったのか。
なぜ、二人の母親と別々の道を歩む選択をしたのか。
なぜ、ずっと連絡を取らないでいたのか。
なぜ・・・
・・・
父親の記憶があまりない拓哉であったが、誠二の話を冷静に受け入れることができた。
少しの時間であった。拓哉は下を向いて考えていたが
「お父さん・・・研二兄さんを探してほしいんだ」
「あぁ、分ってる」
父と子は、前を向いていくことを選んだ。
そして
「研二が行きそうな場所、その場所に心当たりがあるんだ」
「研二はまだ10歳の頃、一度、アメリカに連れてきたことがある」
「お父さんが、辛いことがあったときに、必ず訪れる岬だ」
梅子が
「それって・・・」
「行こう。すぐに」
四人は、ハイヤーを呼んで、岬に向かった。
チャコ (月曜日, 18 5月 2015 06:55)
車中、梅子は千里に聞きました。
『ねぇ、千里 ジャズ喫茶の』
『あっ、マスターのこと?お母さん、ねぇねぇ、聞いて』
『それがさ、たまたま立ち寄ったお店のマスターがさ、お母さんと高校の同級生なんだよ。お母さんと同じ卒業アルバム見せてもらった。とても親切にしてもらってるんだよ』
『マスターには、私のお父さんも同級生で「渋谷慶一」ですって教えたんだ。驚いていたよ』
『あれ、そういえばマスターの名前聞いてなかったな。ごめんお母さん』
梅子と誠二は、黙って千里の話を聞いていました。
としちゃん (月曜日, 18 5月 2015 12:43)
梅子は、黙って考え事をしていた。
慶一にいよいよ逢えるという緊張感を感じていた時からわずか一時間ぐらいの間に、あまりにも多くのことを知った梅子であったのだから、至極当然であるが。
慶一が自殺未遂をしていたこと
自分が捨てられたのではなかったこと
娘の千里が、彼を想い続けアメリカまで来ていたこと
その彼が、自分が想い続けてきた慶一をずっと見守っていてくれた誠二の息子であること
その息子の研二が、もしかしたら自ら命を絶とうとしているかもしれないこと
それと…
慶一が誠二を憎み続けていること
梅子は、研二を探し出せることを信じて疑わなかった。
「父親と、彼を想い続けアメリカまできた千里が探し出せないわけがない!」と
梅子が一番悩んだのは・・・
千里から自分の父親の名前が渋谷慶一だと告げられたにもかかわらず
なぜ、自分が父親の慶一だよと名乗っていないのか。
その理由が一番知りたかった。
「慶一は、もう私のことを・・・」
そう考えるのが一番自然であることを梅子自身は分かっていた。
そして
「ねぇ、千里」
「研二君、なにか体調を崩しているって聞いたわよ。今日絶対見つけて、すぐに日本に帰って大きな病院に連れていこうね。私も一緒に帰るから・・・」
「いいよね、誠二君」
「えっ? お母さん、同窓会楽しみに来たんでしょ?行かないの?皆さんのところに」
そばにいた誠二は、今、梅子が何を考え、ゆえに涙し、そして今の言葉になったのか容易に理解できていた。
そして誠二は無言のままうなずき、こころの中で梅子に語りかけた。
「俺が、慶一に話をしてあげられるものだったら・・・ごめんなぁ梅子」
としちゃん (火曜日, 19 5月 2015 12:18)
四人が向かったのは、マンハッタンから車で約二時間半、ニューヨーク州最東端の街、モントークにあるニューヨーク州最古の灯台、「モントーク岬灯台」であった。
四人を乗せたハイヤーが、灯台駐車場に着いた。
もうすぐ日が暮れる。研二を探すのにも時間的な余裕がないことを四人は十分に感じていた。
「拓哉は、むこうに。梅ちゃんと千里さんはあっち。自分は、岸壁の方を探す」
誠二が、その場で指揮し、四人がそれぞれに走り出した。
人影はまったくなかった。それでも四人は
「アニキ~ 研二さ~ん ケンジ~ 」
名前を呼び続けた。
誠二は、研二が子どもの頃に一緒にこの場所に来た時の思い出を
拓哉は、研二が学生時代に白球を追っていた姿を
千里は、二人で五天山球場の桜の下で、一緒にお弁当を食べている姿を
それぞれに思い出しながら、探し続けた。
それから一時間後ぐらいであったろうか。
四人が元の場所にそろったのは。
「すまなかった。自分の予想は、外れたみたいだ。」
誠二は、三人に謝った。
千里は精一杯に涙をこらえ、
「仕方ないわよ。他に探すあてもないんだし。帰りましょう」
みんなへの感謝とお別れの気持ちをこめて、笑顔で誠二の責任ではないことを口にした。
「ハイヤー、呼んでくるね。」そう言って千里は車の方へ・・・
あたりは、もう真っ暗であり、三人が自分のことを見ていないことを確認した千里は・・・
車の方ではなく、岸壁の方に向かったのであった。
ビク (火曜日, 19 5月 2015 21:46)
「わたし・・・あきらめないんだから」
千里は、何かに引き寄せられるかのように、岸壁の方へ向かったのであった。
「ちさと・・・」
小さな声であったが、確かにその声は「ちさと」と聞こえた。
「え? だれ?」
「千里か・・・研二だよ」
暗闇のなか、灯台の光で研二の顔が千里の目の中に飛び込んできた。
少しやせたせいか、松坂桃李似とは言い難い研二が立っていた。
千里は、その男が研二であることを確認すると、すごい勢いで駆け寄り、研二の胸の中で泣きじゃくった
千里が、少し落ち着いたのを見計らって研二は
「さっき、俺の名前を呼んでいたのは親父だろ?」
「まさか、千里まで俺のことを探しに来ていてくれたとは」
「いたのなら、なんで返事しなかったのさ」
「・・・・親父となんか逢いたくないさ」と研二は答えた。
「親父…まだいるのか?」
「わかんない。わたし黙ってここに来ちゃったから」
千里は、なぜここに研二の父親と来たのか、はじめから研二に説明した。
そして、弟の拓哉も来ていたことまで説明し、
拓哉が誠二から聞かされた、なぜ、二人の息子と離ればなれに暮らさなければならなくなったのか、その理由を研二に丁寧に伝えた。
千里の話が終わるころには、研二は千里に背を向けて、肩を揺らして泣いていた
そのときだった。
「千里のばかぁ…まだ探したかったのなら、そう言っていきなさいよ」
梅子が、千里の肩にやさしく触れ、微笑みかけた。
「よかったわね。千里」
「ごめんなさい、お母さん」
そして
「研二・・・」
「あにき・・・」
誠二と拓哉も、そばに立っていた。
誠二に対する誤解の解けた研二は、今までとは別人の表情で
「おとうさん・・・」
「拓哉…久しぶりだな」
誠二が先に謝罪の言葉を口にした
「研二 本当にすまなかった。千里君が見つけにアメリカまで来てくれたことで、お前とこうして会えることができたんだな」
「ずっと会いたかった。まさかニューヨークにいたなんてな」
「一日たりとも二人、そしてお前たちのお母さんを忘れたことはなかったよ」
少しの間をおいて
「なぁ、研二・・・」
「お前、どうしてこんな場所にひとりで・・・」
「体調が悪いということも聞いているぞ」
研二は黙っていた。
その時だった
「研二、私には本当のことを言って」
そう、千里は、今までで一番大きな声で研二に詰め寄った。
マコ (水曜日, 20 5月 2015 06:18)
この時に別のことを考えていたのは拓哉でした。
『あにき・・・兄貴にはミハルさんとの間に子供が・・・』
まだ千里にも知らせていない自分しか知らない秘密を
いつ伝えたらいいのか、知らせないのがいいのか拓哉は悩みました。
『僕は、こうしてお父さんと会って良かったと思える』
『ミハルさんの子どもだって・・・」
自分の決断で、多くの人の人生が全く別のものになってしまうのだろうと
拓哉は思い悩みました。
としちゃん (木曜日, 21 5月 2015 12:38)
その頃、慶一の店では同窓会のお開きの時間が迫っていた。
ずっとセーラー服姿で司会を頑張っていたモンも、ドレスに着替えていた。
モン…
すごく綺麗であった。
なぜ素敵なドレスがありながら、セーラー服姿で頑張っていたのか・・・
そう聞きたくなるほどに、綺麗なドレスに身をまとい、クラスメイトと談笑の時間を楽しんでいる。
素敵なドレスは、彼女自身をありのままに映し出した。ありのままに。
本当に綺麗なモンである。可愛いという表現もあっているのかもしれないが。
「馬子にも衣装」という言葉が合っているのだろうか?
よく分からない。うまい言葉が見つからない。
が…とにかく綺麗なモンであった。
そして、お開きの時間になったときであった。
最後の仕事としてモンが、代表の挨拶をするよう慶一を促した。
慶一がマイクを使って、参加者全員に代表としての挨拶を始めた。
ただ、その挨拶のなかで慶一が口にした言葉は、
参加者がアメリカに渡り、目にした綺麗な夜景やイルミネーションよりも光り輝き、
これまでどれほどか感動した場面よりも思い出に残る言葉を、
参加者全員に聞かせたのであった。
「みなさん、今回の同窓会で・・・」
ただ…その慶一の語った言葉で、傷つき立ち直れなくなった人間がいたことも事実であったが。。。
ビク (金曜日, 22 5月 2015 12:16)
「研二、私には本当のことを言って!」
そう千里に詰め寄られた研二は
千里、誠二、拓哉に自分のこれまでのことをゆっくりと語りだした。
「心配かけて、ゴメン・・・」
「アメリカに渡って、ドラマーとして一流になろうと、頑張ったんだ」
「もちろん、音楽だけで食べていけるほど甘くはないのも分かってた。だから、力仕事もやった。いろんなバイトもした。夢を叶えるまで絶対に諦めない!って」
「ただ・・・」
「自分の体が思うように動かなくて・・・」
「兄貴、日本にいるときから・・・」
拓哉は、そう言いかけて途中で黙った。
薬を飲んでいたことを聞いたと話せば、誰から聞いた?と千里に言われると思った拓哉は、そのあとのミハルとの子どもの話までするようになってしまうのではないか・・・と思い、話をやめたのであった。
しかし、当然、それを見逃す訳のない千里
「え?拓哉君、何か知ってるの?」
「・・・・」
「なんなのよ!もう、私には全部本当のことを言って!」
泣きながら訴える千里
拓哉には何の責任もないことが分かっていた研二は
「すまない、話すから聞いてくれ」
と、話を続けたのであった。
「日本にいるときから、言われていたんだ」
「お前の病気は治らないよ!」
と
ビク (土曜日, 23 5月 2015 07:43)
研二は、ためらいながらも話を続けた。
そこにいた誰もが、ある程度の覚悟で研二の言葉を待っていたが、
研二が発した病名とやらを聞いた四人は、その後の言葉を失ったのであった。
『先天的音楽機能不全』
その後、研二が続けたドラマーとして致命傷である理由の話は、四人には、もうどうでも良かった。
ただ、確認がしたかっただけであり、幸いにもその確認したいだけの時間を誠二が終わらせてくれた。
「なぁ、研二」
「もしかして、お前も・・・」
「オ・ン・チ……か」
「父さんもなの?」
そんな親子の会話に、突っ込みを入れる言葉すらなかった、千里、拓哉、梅子であった。
それは
「研二、お前が目指したドラマーって……C・C・Bか?」
という、突っ込みの思いより
不治の病でなくて良かったという気持ちが上回ったからである。
ただ、後で分かったことであるが、研二が日本にいたときに友人に言われた
「お前の病気は治らないよ」
とは、
「お前の女ぐせの悪さは、一生治らないよ」
という意味で言われていたのであった。
千里はすでに、次の「なんで」を聞きたい気持ちに変わっていた。
ビク (土曜日, 23 5月 2015 15:52)
千里ももちろんのこと
そこにいた四人全てが、知りたかったのは、なぜ、一人こんな場所にいたのか?
である。
どうやら、研二の話によると
彼が、どうしても優勝したかった、新人ドラマーコンテストで、他を寄せ付けないドラムテクニックを持ちながらも、
彼の最大の欠点である「オンチ」が災いし、プロの道を絶たれたらしい。
やはりオールマイティのプレイヤーとして、バックコーラスも欠かせないものらしい。
やけになった研二は、ろくに食事もせず、アルコールにおぼれ……
悲惨な生活をみかねたマリーが研二を立ち直らせようと、マリーの家に住ませていた。
なぜ、この岬に?
それは、今の自分を変えたい!と、子供のころの思い出の場所でもある、ニューヨークの最東端のこの地に来たということらしい。
いずれにしても、研二を立ち直らせ、また元の彼に戻すには、そう大変ではないことを
千里は理解した。
としちゃん (日曜日, 24 5月 2015 06:26)
梅子は、千里と拓哉のそんなやり取りを見届け
やっと我にかえった。
「そういえば・・・」
「わたし、同窓会に出席しているメンバーに何も言わずに来ちゃったんだ…」
梅子は、岬の駐車場にあった公衆電話で慶一の店に連絡した。
おそるおそる
「あのぉ…」
「梅子、電話待ってたよ」
梅子が想像もしていなかった受話機からの返答であった。
まずは叱られて当然であるのに・・・
さらに、梅子の想像をはるかに超えることを、受話器の向こうの葉月が口にしたのであった。
「気をつけてきなよ!」
それは、いまから慶一の店においでということ。
あれから、もう四時間以上経っていたにもかかわらず、葉月たちは待ってるよと言っている。
「え?・・・」
「梅子・・・来れば分かるよ。っていうか、来なきゃだめ!」
梅子には、到底理解のできない葉月の言葉であったが、
梅子は
「うん。わかった」
そう答える他に選択肢はなかった。
電話をきった後、梅子は千里、研二、拓哉
そして誠二にも・・・
慶一の店に一緒に行くことに理解を求めた。
ある程度予想はついていたが、案の定、誠二は
「自分は・・・行けないよ」
無理言わないでくれという誠二の表情と返答であった。
梅子は思った。
慶一を守るためにどれほど誠二が苦しんできたか
そのことを慶一に伝えるのに、このチャンスを逃したら・・・
そう考えた梅子に、もう迷いはなかった。
としちゃん (日曜日, 24 5月 2015 09:17)
葉月が、なにも
梅子が、連絡する一時間ほど前に、同窓会会場でこんな出来事があったからである。
としちゃん (日曜日, 24 5月 2015 09:34)
131番、書き込み直し
葉月が、梅子になにも聞かずに待っているね!
と、言った理由は
梅子が、連絡する一時間ほど前に、同窓会会場でこんな出来事があったからである。
同窓会も後半に入り、モンがドレスに着替え、会場がエレガントな雰囲気に変わってきた
そんなとき、ある男が突然に会場に入ってきたのであった。
「みんな、ご無沙汰」
その男は、間塚久司であった。
間塚は、一通りの挨拶をすませると、梅子たちが、研二という青年を探しに行ってることを
丁寧に説明したのであった。
その後の話である。
慶一が、参加者全員を感動させる話をしたのは。
そんなことが、同窓会会場で起きていることを知らない梅子であったために
何故、理由も聞かずに
「待ってるよ!」
と、言われたのか分からなかったのである。
そして、梅子、千里、拓哉、研二
もう一人 誠二を乗せたハイヤーが、同窓会会場に到着したのであった。
ビク (月曜日, 25 5月 2015 12:45)
梅子たちが到着する前に、同窓会会場で慶一が参加者全員に語った言葉とは…
「今回の同窓会に梅子がアメリカまで来てくれた。」
「もしかすると、28年前までの僕と梅子のことをご存じの方もいるかもしれないけど・・・」
「僕は、このアメリカで渋谷機工を・・・」
慶一は、梅子を置いてアメリカに渡ったこと
梅子を迎えにいけなかった理由まで語った。
ただそれは… ある意味高木誠二を誹謗中傷するものにもなっていた。
そして
「もし梅子が僕を受け入れてくれるなら、僕は今日、皆さんの前で彼女にプロポーズします」
会場は、一瞬静まり返ったが、すぐに拍手と「がんばれ!」という声援が巻き起こっていた。
しかし・・・
参加者の中には、高木誠二がそんなことをするはずがない!
と、複雑な思いをしているものもたくさんいた。
それでも、慶一の言葉は、ずっと一人の女性を思い続けてきた男の生き様として、光り輝いてみえた。
複雑な思いをしている者は、慶一と梅子の祝福をする機会だけになることを願っている者さえいた。この会場に誠二が現れずに。
ただ・・・
唯一、一人だけ違った想いと、違った行動をとった男がいた。
ガッツである。
ガッツは、梅子への想いを捨てられずに34年間生きてきた男。
今の、慶一が語った言葉で、すでに放心状態
しかし、そこはガッツ!
ただでは起き上がらないのが彼の最大の良さ。
「おれ…ちょっと席外すわ」と言って、一人で楽屋に向かった。
その後ろ姿をみたマコトは、彼のあとを追ったのであった。
「なぁ、ガッツ、何するんだ・・・」
「おれ・・・」
マコトは、ガッツの言葉に驚きながらも黙ってうなずいた。
ビク (火曜日, 26 5月 2015 12:41)
慶一の話を聞いた葉月とモンは、梅子たちを乗せた車が到着するのを窓越しに眺めながら待っていた。
そして、車が駐車場に着いた。
「行こう、葉月」
モンは、そう言って小走りに店の外へと出ていった。ロングドレスの裾を持ち上げ、何気に可愛い走り方で。そして、それを追いかける葉月
駐車場で
「ゴメン、黙っていなくなって・・・」と謝る梅子に
「ぜんぜん」と微笑む葉月。そして千里に目をやり
「千里ちゃんじゃない。綺麗になったわねぇ。分かる?私のこと」
「おばんです。葉月さん。ご無沙汰しています。」
・・・おばんです?あ、こんばんわだ(笑)
と、苦笑いの葉月が、梅子親子とそんなやりとりをしているなか
モンは、誠二に駆け寄っていた。
そして
「高木君・・・久しぶり。変わらないわね」と、半分泣きべそ顔
慶一の話を聞いて、「誠二は、そんな悪い人間ではなかったんだけどなぁ」と、幾人かは思っていたのだが、
モンの場合は、唯一、他の人とは違っていた。
「高木君は、絶対にそんな人じゃない!」
そう信じて疑わなかったのである。
「久しぶり・・・」
ごく普通の再会の挨拶を済ませた誠二は
「なぁ、早く梅ちゃんたちを店に案内してやってくれ」
「自分は、ここで帰るから。研二と拓哉は、今日は自分が連れて帰るよ」
と、梅子に向かって言った。
実は、その時点で梅子もまだ悩んでいたのである。
それは…慶一が千里に会っていながら、しかも父親の名前が渋谷慶一だと聞かされていながら、名乗り出ていないこと。
それが、どういう意味なのか。
千里を、慶一の前に連れて行くべきなのか・・・と
梅子、千里、研二、拓哉、そして誠二も少しの時間考えていた。
どうすべきなのかと。
しかし、みんなのそんな悩みをいっぺんに吹き飛ばすような声を発したのが、モンであった。
「全員、入ろう!」
大丈夫!私がいるんだから。。。
って、根拠のないモンの自信に、誰もが同調しようとした。が、
誠二だけは、そこは譲らなかった。
「自分は、入れない。みんなに合わせる顔がないんだ・・・」と
そして、そんな誠二の言葉を聞いて、梅子はやっと決心がついた。
その決心とは…
慶一と人生をやり直すこと
慶一に千里の父親であることを名乗り出てほしいという思い
その両方とも、もうどうでもいい。諦める!
「わたしは・・・誠二のために慶一に会う」と
わずか数時間ではあるが、男としての本当の優しさを持つ誠二と一緒にいて
誠二に対する想いが芽生えていたことに、梅子自身、気が付いていなかったのであった。
気持ちが固まった梅子は、すごく凛としてみえた。
「誠二君、お願い。私と一緒に来て。千里、あなたも来なさい。
あぁ・・・研二君と拓哉君は・・・
・・・ついでに来なさい。」
そして、全員が店に入っていった。
ビク (金曜日, 29 5月 2015 12:42)
梅子たちが会場に入ったことで、慶一の店にようやく同窓会参加者の全員が揃ったのであった。仲間の全員が。
そして・・・
感動の同窓会から3日後
ワシントン空港から、参加者メンバー帰国組を乗せたJALL0055便が飛び立っていった。アメリカ在住の仲間たちが、デッキで手を振り見送るなかを。
飛行機がアメリカをあとにして2時間が過ぎたころ
「ねぇ、モン・・・」
「わたし…同窓会に参加して良かった」
「そうね、私もよ」と、葉月の言葉にモンが答える。
「でも、さすがだったよ!葉月。あの場面でのプリザーブドフラワーの花束贈呈式の演出」
「モンの司会がうまかったおかげだよ」と笑顔の葉月
「男子から、女子へのプレゼント! 女子みんな幸せそうな顔してたよね」
「そうね。サンボは若からもらってたし。クラリオンは、マコトからだったわね。
アイトなんか・・・
春沢先生だったわね」と、二人顔を見合わせて微笑む。
ただ・・・男子一人余っちゃってガッツだけ渡す相手がいなかったのであるが…
「ねぇ、モン・・・いろいろあったわねぇ、今回の同窓会」
「モンはさぁ、どの場面が一番印象に残ってる?」
「そうねぇ・・・」
「今回の同窓会の全てを象徴するんじゃないの? あの場面であの曲を作り、そしてアンに歌わせたガッツ」
「アンの歌声もすっごく良かったけど、ガッツ、ギター弾きながら泣いていたわよね」
「ほんと、ガッツって・・・バカがつくほど正直で、不器用で、でもストレートに分かりやすい奴よね」
「梅子に対する自分の想いを込めて書いた詩のはずだったのに…」
「あの場面で、楽屋にいってあの二人のために歌詞も変え、そして最後まで仕上げてさ、そして、アンが歌えるように楽譜まで書き上げて」
「何より…二人のために、この曲贈ります!って、言ったときのガッツの顔、忘れられないわ。」
「きっと、全員だったわよね。アンの歌に涙した人」
「・・・全員、幸せになれたんだよね」
「そうね」
「幸せになってほしいわね。あの二人」
「それと、あっちの二人もね!なるに決まってるじゃん!」
「ガッツのことは・・・日本に帰ったら私たちが面倒みてあげよ!仕方ないじゃん。同級生なんだから」
と、顔を見合わせて微笑むモンと葉月
「今回の同窓会が果たした役割って、すごいね」
「そうね」
そして、少しの時間をおいて、葉月が何かを悟ったかのようにモンに同意を求めてきた。
「ねぇ、モン」
「ひと、それぞれに“幸せのかたち”があるのね」
「そうね、ひとそれぞれに」
その会話を最後に、二人は眠りについた。
それから2年後
棚橋真梨子さんが新曲を発表した
「For You・・・」
作者不詳として
としちゃん (木曜日, 04 6月 2015 12:36)
感動の同窓会から2か月が経ったある日のこと
「ねぇねぇ、聞いてよ!」
と、葉月が右手に持った受話器のむこうからモンの弾む声がする
「ねぇ、エアメールでアメリカから手紙が届いたのよ!誰からだと思う?」
「誰って・・・」
葉月の頭の中には、当然のように「慶一からでしょ」という言葉が浮かんでいたが、ここはあえて違う人の名前を言ってみようと
「研二くん?」
「ぶっぶぅ~残念!」
そんなの分かってるしと言いたかったが、葉月は「誰よ~」と、モンを持ち上げてみた。
するとモンが答えた人物は、意外や意外
思いもよらぬ別人の名前であった。
としちゃん (金曜日, 05 6月 2015 21:06)
「間塚君よ、間塚久司ちゃん!」
「へぇ~ 間塚くん帰ってくるんだ。って、いつ?一時帰国でしょ?」
モンは、自分が手紙をもらった優越感からなのか
もったいぶって・・・
「それがさぁ・・・」
としちゃん (金曜日, 05 6月 2015 21:16)
「それがさぁ・・・」
って・・・
「え?なんで・・・今、日本に帰ってくるって言った?」
葉月は、一瞬、しまった!と
「ごめん、モン」
「実は、私にも手紙届いたのよ。今日」
「・・・・・」
「そなんだ」
モンの優越感は、一瞬にして吹っ飛んだ。
「なら、話は早いわね」
「一緒に行こうよ!ねっ」
「・・・・・行く?どこへ?」
葉月はモンの言葉の意味が理解できなかった。
「行くって、どこに?」
としちゃん (木曜日, 11 6月 2015 20:26)
「次の駅で降りるぞ」
「すごい素敵ね。感動!!」
「いいなぁ、こんな素敵な街に住んでいるんだ!」
江ノ電 稲村ケ崎駅で降りた面々は、南方面に歩き出した。
サーフィンのメッカとして有名な七里ヶ浜が目に飛び込んできた。
「七里ヶ浜は、鎌倉時代からの砂鉄の産地としても有名なんだって。」
「ほんと、砂浜が黒いわね」
面々は、鎌倉の景色に見とれながら目的の場所へと向かった。
としちゃん (金曜日, 12 6月 2015 22:54)
稲村ケ崎駅を降りたって15分ぐらい歩いたであろうか。
面々は、鎌倉の景色を楽しみながら歩いてきたおかげで、そう時間は感じていなかった。
「ここだぁ、ついたぜ」
一軒の古民家 表札にはしっかりと仲間の名字が書かれていた。
としちゃん (土曜日, 13 6月 2015 22:43)
「おぉ~来たか」
出迎えに現れたのは、半年ぶりに見る間塚であった。
「間塚く~ん、来ちゃったよ。みんなで」
そう答えたのが、同窓会以来、すっかりダイエットにはまっている
モンであった。
「あれ~、モン、やせたか?」
「まっ、それはいいとして、入ってくれ。疲れたろ~よ」
間塚は、アメリカでのTV局の仕事を辞めて帰国
日本で、ドラマの制作会社を立ち上げたのであった。
日本をしばらく離れていた間塚が、日本に戻ってきて、そして住居に選んだのが鎌倉だったのである。
「今、隣人が来てるんだけど、気にしないでくれ」
「ぜんぜん、気をつかう人じゃないから」
そう言って間塚は、面々を家の中へと案内した。
「・・・・」
「こ、こ、小泉今日子?」
と、誰もが口を揃えて言いたくなるほど
間塚のいう隣人とは、小泉今日子似の女性であった。
「みなさん、こんにちは 真子です」
「同級生のみなさんのお邪魔になってはいけないので、私は消えるね。間塚君」
「おっ」
「後で、みんなで茶しに行くよ。準備しといてくれ」
真子は、間塚の家の隣で喫茶店を営む女性であった。
チャコ (日曜日, 14 6月 2015 12:08)
『間塚君って、長いこと独身だわよね』と、チョキ子が切り出しました。
『うん。そうね』と金庫が答えました。
『さっきの真子さんって、間塚君の彼女かしらね』
女性陣の興味は、すっかりそこの一点に集中していました。
ビク (月曜日, 15 6月 2015 12:30)
それは、面々が到着して30分ぐらい経っていたであろうか。
間塚の近隣住人の一件よりも、さらに面々を驚かすことが起きた。
「ごめん、集合時間に遅れちゃった」
「みんな、久しぶり~」
一人の女性が、現れた。
予想もしない展開に、そこにいた誰もが固まった。
その女性は・・・
梅子であった。
ただ、間塚だけは梅子が来ることを知っていたのであろう。
「よっ。梅ちゃん。ようこそ」
誰もが、梅子はアメリカで慶一との生活を始めたと思っていたのだから、
全員が驚くのも至極当然であったのだが。
梅子と再会できた喜びと、慶一とはどうしちゃったの?という思いで、
梅子にかける言葉を探していた面々であったが、
人間、驚きもピークに達すると、案外、とんちんかんなことを口走るのであった。
誰もが、「梅ちゃ~ん元気?、 おぉ、梅子・・・久しぶり~」
動揺を隠しながら、そう言葉を発したのに対し、
モンは…
「梅ちゃ~ん いただきま~す」
・・・モンは、自分の一番好きな言葉を口走ってしまったのであった。
まっくろくろすけ (火曜日, 16 6月 2015 00:16)
間塚の携帯に喫茶店に戻ったはずの真子から連絡が入ったのは、その時だった。
「はいはい!準備できたのか?・・・どうした?
な・・に?
け・・・っこん?
・・・したい?って、、、おいっ?」
間塚が驚くよりさらに、その場のレディーたちが一斉にツッコむ
「なんだってぇーーーーー!?」
「真子ぉーーー!」
叫びながら間塚は飛び出して行った
「とにかく追うわよ!」
梅子を先頭に、全員が後を追った。
まっくろくろすけ (火曜日, 16 6月 2015 00:48)
外にでると真子の店のまわりで、赤いパトライトが眩しいほどくるくる回ってる。
神奈川県警の聴取に丁寧に答える真子の姿もあった。
とぎれとぎれに聴こえる様子から、近所の公園あたりで行き倒れが見つかったらしいが、真子の店の前の舗道から血痕らしきものが発見されたとか、されないとか・・・
「血痕ねぇ・・・」
静かに踵を返し、一斉に間塚の家に走り込む
勘違いに気付いた女たちが、ドアを閉めるまでに笑いをこらえることはできなかった。
としちゃん (火曜日, 16 6月 2015 12:39)
間塚の家で、面々が、やっと落ち着ける雰囲気になったとき
どうしても「知りたい!」という欲望を抑えきれないモンは、勇気を出して間塚に問いかけたのであった。
「ねぇ、間塚君 聞いていい?」
「真子さんって・・・」
「おぉ、みんなにちゃんと説明してあげなきゃな」
と、間塚は、笑顔で真子のことを語りだした。
「友達だよ。」
「一般的に想像するような、男と女じゃなく、う~ん、男と女とか、そんなの関係ない、それを超えた友達っていうのかな」
「なんか、彼女が言っていたのは・・・」
「友達の前じゃなくて、男の人の前で泣きたいとき… そんなとき、俺にそばにいて欲しい。そんな存在らしいよ。俺って」
「本当に悲しい時じゃなく、泣きたいときに」
間塚はさらに続けた。
「俺には、女心ってやつを理解できないんだけど・・・」
「悲しい時と、泣きたいときって、違うんだって」
「悲しい時って、人を頼って泣かないの?かな?女性って」
「一人でも泣いちゃうけど・・・そうじゃなくて誰かの前で泣きたいとき・・・
う~ん、無条件で優しくされたいとき・・・そういうときって・・・」
「みたいなこと言ってた。
「俺にはわからん」
「・・・・うん。わからん」
「なんでも言い合える飲み友達だよ」
そういって、間塚は笑った。
としちゃ (水曜日, 17 6月 2015 12:35)
「ありがとなぁ。 元気でな。 素敵なドラマつくってよ~」
稲村ケ崎駅
面々は江ノ電の車窓から手をふった。
そして、間塚と真子は、面々を乗せた江ノ電の影が見えなくなるまで、見送った。
「しかし、楽しい人達だね」
「間塚君の一声で、15人も来るなんて、信じられないよ」
「しかも、強行日程。間塚君宅に2時間いて、それでとんぼ返りだなんてさ」
「すごい、いい仲間だろ。34年ぶりに同窓会で再開したやつがほとんどなんだけどさ、34年の時間なんて、一瞬で縮まったもんな。」
「みんな分かっているんだよ。仲間の大切さを」
「きっと、あの面々で、さみしくない奴なんかいないと思うよ。人生はいつか終わってしまう事にみんな気付いているから。」
「その終わりは誰とも分かち合えないからな。」
「だから楽しい時には思いっきり笑いたい。悲しい時にも思いっきり泣きたい。」
「どちらも大切な時間だってことをさ・・・分かっているんだよ。みんな」
真子は、とてもうらやましいと思った。
と思う反面、どうしても理解できないこともあったのだが。
としちゃん (水曜日, 17 6月 2015 21:22)
「ねぇ、間塚君 ひとつ聞いていい?
私には、どうしても理解できないのよ。貴方たちの同級生の関係っていうか・・・」
「うん?何が理解できない?」
「あの、遅れて来た梅子さんって、想い続けていた人に、海を渡って会いに行ったっていう人でしょ?よく、間塚君が話してくれた人だよね?」
「あぁ、そうだよ」
「でさ、仲間だったら、どうして日本に戻ってきたのか・・・普通、知りたいでしょ? っていうか、心配して聞くよね?友達だったら・・・」
「あぁ、そうかもなぁ」
そう言って、間塚は笑った。
「きっと、梅子が元気で、それでいて、前と変わらない梅子のままでいてくれたことで、みんな満足したんじゃないかな」
「梅子が、自ら話すまで待ったんだと思うよ。」
「・・・・ふ~ん、そうなんだ」
「男子がそうするのは、分るような気がするけど・・・」
「女子は、確認するのが好きなんです。世の男性は、女性の “確認作業好き”
にきちんと応えないから、問題が起こるんです」
「って、少し話がそれちゃったけどさ・・・」
「女子は、確認作業好きかぁ・・・なるほどね」
そして、間塚はドラマを制作する仕事人らしい言葉を語りだした。
「みんなさ、大人になるということは、それだけ多くの選択をしてきたということだよな。」
「何かを選ぶということは、その分、違う何かを失うことで、大人になって何かをつかんだ喜びは、ここまでやったという思いと、ここまでしかやらなかったという思いを、同時に思い知ることでもあるよね。」
「でも、そのつかんだ何かが、たとえ小さくとも確実にここにあるのだとしたら、つかんだ自分に誇りを持つべきなんだと思うよ」
「勇気を出してなにかを選んだ過去の自分をほめてあげなきゃ。」
「よく頑張って生きてきた。そう言ってやらなきゃ」
「で、何が言いたいかって・・・」
「梅子も、みんなも、仲間だから…だからみんな笑顔でいてくれたことで満足」
「何かを求めるのだとしたら、自ら行動する。そして、仲間はそれに応える。」
「梅子が、求めくれば、ちゃんと応えるのさ。あいつらは」
真子は、間塚の言葉の重みに、ただ感心するだけであった。
チャコ (木曜日, 18 6月 2015 06:41)
『わたしなら、絶対に知りたいと思います。』
『・・・きっと、梅子さん自身か、他の誰かが語ってくれますよね?』
『間塚君あのね・・・ 私は、答えを出すことを男性から ”ゆだねられる” のって、嫌なんです』
この場においては、鈍感な間塚には真子の気持ちは届いていませんでした。
ビク (木曜日, 18 6月 2015 22:07)
「そうだね。誰かが梅ちゃんのことは語ってくれるよ」
「さっ、帰ろう。帰ってドラマの脚本チェックしないと」
二人は、肩を並べて家路についた。
トトロ (金曜日, 19 6月 2015 01:47)
千里はまたどくだみを抜く作業に汗を流していた。
フッ、っと思い出し笑いをしながらつぶやく
「それにしてもお母さん、物好きよね~」
「ちょっと、ちょっと!物好きとは失礼ね」
背中あわせに作業する梅子は、腹を立てながらも口角は緩んでいる
どくだみの地下茎と格闘しながら、千里は久し振りの実家を満喫していた。
「で~、堂島さんとヨリでも戻ったの~」
「そんなんじゃないけどさ・・・」
冗談のつもりがマジな回答に千里の手が止まる
「へぇ~」
「・・・みんな勝手に勘違いしてただけなのよ、慶一のことはね、とにかくも一度顔をみて話をしなきゃだめだと考えてたことだから」
「それにね、きちんと事実確認できたし。
あなたには、驚かせちゃったけどさ」
「研二のこともでダブルパンチよ!」
「そうそう、あんただって研二くんとはどうなってんのyo~?」
「なにちゃかしてんのよ!
・・・そりゃミハルさんに子どもがいるって聞いたら普通に悩むでしょうが!」
「ダ・ヨ・NE~♪」
「またぁ~!!
・・・てか、母親と恋愛話とかキャラじゃないのにわたし何しゃべってんだろ」
「時間はあるわよ、よ~く考えたらいいわ。
さ~てと、お昼ごはんなんにする?」
ビク (金曜日, 19 6月 2015 21:25)
鎌倉への小旅行から、二か月が経ち、久しぶりに「男子会」がひらかれ
men'sは、焼き鳥『江戸』に集まっていた。
「なぁ、ガッツよ、梅子になんで聞かなかったんだよ?」
「慶一とどうなったのか?って」
ほどよくアルコールがまわってきたころ、アイトが口火をきった。
「するかぁ・・・その話を」
ガッツは、願わくばその話題に触れてほしくなかったが、覚悟はしていた。
隣にいたマコトも話に入ってきた。
「ガッツ出してアタックすれば良かったのに!」
「ガッツは、ところどころ優柔不断なところがあるからなぁ…」
「ずっと想い続けてきた気持ちをぶつけてみろよ」
「あぁ、そうだな・・・それもありなのかもしれないなぁ」
「だけどさ、優柔不断って、悪い言葉でもないよな」
「優柔不断って、『優しい』 『柔らかい』 『断らず』 って書くべ。
全部、いい言葉だんべよ。」
「・・・・」
「まっ、今日は飲むぞ、ガッツ!」
そう言って、その日、もう誰も梅子の話題には触れなかった。
トトロ (日曜日, 21 6月 2015 01:22)
千里が悩んでいると同時に、子どもの存在を知った研二もどう受け止めていいのか思いあぐねていた。
そして、あの緑色の老人に言われた言葉をおもいだす
『やってみる・・・ではない、やるのだ!』
ミハルのアパート付近のコインパーキングへと車を止め、大きく息を吸い込みキーロックをかけると
キュッキュッ、っと愛車が返事をした
応援されたような気がした。
もう一人、悩める青年がいた。
良かれと思い真実を告げた結果、兄貴も千里さんもなんだか変になっちゃって・・・
そこまで話すと、
「それで呼び出したのか?」
やっと内定を貰い、慣れない仕事で頭がイッパイの慎吾はくい気味に話し始めた
「拓哉・・・そんなことよりさ、仕事に就けよ」
「兄貴達の事はさ、お前が言った言わないの次元じゃなくぶつかる壁だったんだ」
「心配してるようにもみえるけど、おまえ兄貴を困らせたかっただけだろ?
兄貴の後ばかり追っていたって追い抜くことはできないぜ」
「俺、明日も早いんだ、今日は帰る。わりぃな!」
矢継ぎ早に話すだけ話すと、慎吾はアイスコーヒーを一気に飲み干し店を後にした。
としちゃん (水曜日, 24 6月 2015 12:28)
間塚と真子は、よく二人で酒を飲みながら語り合った。
と、いうよりも互いの考えを”ぶつけあった”といのが、周りからみれば適した表現かもしれない。
はたから見れば、とてもうらやましいほど、言いたいことを言い合える二人であった。
そして、アルコールがある程度まわってきた今日も、いつもの『バトル』が始まった。
今日の真子の主張はこうだった。
「人間って生き物は、子孫を残してから長生きしすぎなのよ。
だって、ほかの動物は孫の顔なんて見ないで死んでくのよ。
人間だけ。だから、夫婦も時間を持て余しちゃうわけよ」
「今、わたしは自由よ!」
バツイチである真子らしい主張に対して、当然に反論する間塚
「自由っていうのは、ひとを犠牲にして手に入れるものじゃないんです。
自分を犠牲にして手に入れるものなんですよ」
「それと・・・・」
「・・・・・・・」
結婚した経験のない、間塚は夫婦のことについての反論が出来なかった。
二人のバトルが始まると、それはどちらかが睡魔に負けるときまで続くのであった。
毎晩のように。。。
としちゃん (水曜日, 24 6月 2015 21:15)
翌日の夜も、間塚と真子のバトルが繰り広げられた。
ただ… 今日の二人は、いつもとはちょっと違った。
それは、真子の聞いたことが、間塚にはとても辛い過去を思い出さずにはいられない内容であったからである。
「ねぇ、間塚君・・・間塚君って、死ぬほど好きになった女性はいないの?」
その質問に、いつもの間塚なら普通に返答するはずなのだが…
その時の間塚は、なぜか言葉を濁してしまった。
間塚には、将来を誓った女性がいたのである。
ただ・・・その女性は、忽然と間塚の前から姿を消し、すでに20年もの月日が経っていたのである。
理由も告げられず、行先も何も知らされないまま、彼女を失った間塚は、それからというもの、二度と恋をしないと誓っていたのであった。
あいまいな返事の間塚に、業を煮やした真子は、間塚の地雷を踏んでしまう。
「なんか、男らしくないな!」
バトル開始。間塚が、反撃した。
「女らしくなくたって、素敵な女性ってたくさんいますよね。
でもね、男らしくないって言われたら、これもう完全に否定。
もう完璧な否定ですよ。男らしくなくて、素敵な男性って見たことあります?」
「そういう真子さんは、どうなんですか?50歳を過ぎて、一人で寂しくないですか」
これもまた、真子の地雷であった。真子もスイッチが入った。
「基本、男の前で泣いたら負けだと思って生きてきましたからね」
「私は、一人でも全然寂しくなんかありません」
「女はね、寂しくならないためには、なんだってするんです」
「大人になればなるほど、傷つくことは多くなるし、傷の治りは遅くなります。だから、痛みに鈍感にならないと、生きていけないんです」
それから、二人のバトルは夜中遅くまで続いた。
それでも、二人がやっと同じ意見に達したのは、間塚の言葉であった。
「人生とは自分の未来に恋をすることだと思うんです。
独りでするのがつまらなければ、誰かと一緒に未来に恋をすればいい。
友であれ、恋人であれ、夫婦であれ、家族であれ、
隣に気の合う誰かがいてくれさえすれば、人生はさらに楽しくなるはずです」
チャコ (木曜日, 25 6月 2015 20:52)
今日は、真子の誕生日です。
いつもと変わらない一日のスケジュールをこなした真子は、
夕方になって、少しだけ贅沢な酒の肴を準備しました。
自分へのご褒美として。
いつもなら、お酒を抱えて間塚が現れる時間になりました。
けれども、間塚は来ません。
「こんな日に 限っていない 間塚かな」 真子
そんな川柳遊びの一人笑いで区切りをつけて、真子は一人で祝う誕生会を始めました。
ビク (金曜日, 26 6月 2015 06:35)
真子の一人誕生会が、終わりに近づいてきた頃になり、ようやく間塚が現れた。いつものようにお酒を抱えて。
ただ、その日ばかりはいつもと様子が違って、何やら鍋を二つ持ってきた間塚であった。
間塚が、今日に限って遅れて現れた理由は、真子の誕生会に栃木の郷土料理を食べさせたく、自分で調理していて遅れたようである。
「こんばんは。これ食べてみて。」
間塚が、差し出した料理は、もちろん真子には初見の料理。
「インド煮」
どうやら、間塚の説明によるとインド煮とは・・・
昔、鹿沼市の給食センターの人が考えたメニューらしく、今ではほかの県の学校給食にも伝播し、給食メニューになっているところもあるらしい。
煮物は子供たちにあまり人気がない。
子供たちに喜んで食べてもらえるようにはどうしたらいいかを試行錯誤して、
ウズラの卵や厚揚げ、鹿沼名物のこんにゃく、そしてケチャップ、カレー粉など、
子供が好きなものを合わせて煮込んだもの…
そして、カレーといえばインド!名前はインド煮でいこう!と、なったそうな。。。
「え?それってインド人は知ってるのかな? インド人もビックリ!かな」
少し、お茶目なところをみせ、味見をする真子。好評であった。
ただ・・・二品目が、また二人のバトルの”ネタ”になってしまうのであった。
「しもつかれ」
真子は、得体のしれない食べ物、そしてその匂いに・・・
その後のバトルの説明は、割愛する。
二人で祝う真子の誕生会は、間塚のこんな言葉で締めくくられた。
「誕生日には、お祝いすることが2つあるんです。
1つはもちろん、あなたがこの世に誕生してきたこと。
もう1つは・・・いま、あなたが元気で生きていること」
としちゃん (金曜日, 26 6月 2015 12:34)
今日の間塚は、仕事でさぞかし嫌なことがあったのであろう。
真子の前では、自分をさらけだし、本音を語る間塚のはずが・・・
どうやら、仕事に行き詰ってしまっている。
そのことに気付いた真子は、普段の間塚のお株を奪うような言葉で、間塚を癒してあげたのであった。
「ねぇ、間塚君… 働き過ぎじゃないの?
少し止まって休んでもいいんじゃないの」
「ほら、少し止まることで「歩く」になるでしょ!
大丈夫。ちゃんと進んでいるよ。間塚君は」
自分が発した言葉に酔いしれていた真子が、
なにやら間塚の返答がないことに気づき、横にいた間塚を視野にいれる。
間塚は爆睡していたのであった。
実りそうにない二人の関係、その時、真子は
「こんなところが、いいんかな。間塚君は」
そう言って、背中に上着をかけてあげたのであった。
トトロ (金曜日, 26 6月 2015 14:01)
かけてある上着をそっとハンガーからはずし、うやうやしくお辞儀すると、研二は感情を抑えながらミハルの部屋を後にした。
誠心誠意対応するつもりでやってきた
だがミハルは明言を避けた
確認は出来なかったが俺の子だと研二は思った
ミハルはすでに新しい生活を始めていた
子どもは優しそうな青年によく懐いていた
その青年に出会ってからなのであろう、
ミハルの眼差しも棘のある昔のそれとはまったく別物になっていた
通りに出て振り向くと子どもを抱き見送るミハルの姿があった
逆光にうかぶミハルが千里の母、梅子とダブって見えた
ビク (月曜日, 29 6月 2015 12:33)
真子にとって間塚は、なくてはならない存在になっていた。
無論、間塚にとっての真子も同じ存在に。
はたからみれば、夫婦以上に仲の良い男女であろう。
それでも、男と女の間柄ではなく、何でも言い合える二人
それが、片方が男で、もう片方が女
性別が異なるだけ…
二人とも異性として意識していない訳ではなかった。
もちろん、間塚、いや、真子でさえ、間塚を異性として受け入れたいという想いは、ごくごく自然にあった。
真子は、二人の今の関係がずっと続くことを願いつつ、それでも間塚にもっと愛されたいという感情も芽生え始めていた。
今晩も、いつものようにアルコール摂取量がある数値に達したときに・・・
真子が勇気を出して切り出した。
「ねぇ、間塚君… もう20年も経つんでしょ・・・ この先もずっとその女性を待ち続ける気なの?」
「その女性? 礼子のことだね・・・」
「真子さん、教えてくれません?
俺ね・・・なんか礼子のこと嫌いになってないんだよね。たぶん。
いや・・・もちろん好きじゃないよ! 好きじゃないけど嫌いじゃないんだよね。
これってなんだろう? 教えてください・・・」
真子の瞳には、間塚の寂しそうな表情が映し出されていた。
真子は、間塚の本音が聞けたことに対する喜び・寂しさ・礼子に対するジェラシー・・・
いろいろな思いが頭を駆け巡り、すぐには返事が出来なかった。
ふと、我に返った真子は、間塚からこれ以上聞き出して、自分はどうしたいのか?
分からない自分に、そして、それ以上の勇気と間塚を求める言葉がでない自分にいらだちを覚えた。
トトロ (月曜日, 29 6月 2015 15:59)
「愛だけじゃ結婚できないわ、女には勇気と努力が必要なのよ
・・・って、ミス・マープルが言ってたわ
男はひたすら忍の一字
・・・って言ってたのはサンボのご主人だったかしらね。」
風呂上がり、洗濯物を干しながら千里は梅子のアドバイスを思い出していた。
相変わらずアガサ・クリスティが好きなのね・・・
それにしてもお母さんの同級生ってオモシロキャラだらけよね、一度進路相談受けたいもんだわ
そんなことを口にしながら、いつものように冷蔵庫からブラッドオレンジジュースを取り出し一気に飲み干した。
扇風機に向かい髪を乾かしながら
「あ~~っ!
勇気も努力もまだまだ覚悟なんか出来てないわよ~!!」
叫びながらタオルで髪を乱暴に拭いた。
としちゃん (木曜日, 02 7月 2015 12:19)
今日も真子は、毎日の生活の一部となった間塚との時間を過ごしていた。
毎度のパターンの時間に差し掛かってきたころ…
「ねぇ、間塚君・・・ そういえばさ、次回のドラマ、どんな内容にするのか、まだ決まっていないって言ってたわよね」
「あぁ」
「私から提案しちゃおうかな」
と言って、真子は茶目っ気たっぷりの表情で、予想だにしないことを言ってのけた。
「今度のドラマ・・・間塚君の同級生たちの話をドラマにしちゃいなよ」
「・・・俺たち?」
「そう。間塚君の同級生たちって濃いキャラクターの人がたくさんいるじゃない。
それに、間塚君だって波乱万丈な人生おくってきたんだし・・・」
「・・・・」
「でも、誰が主人公に?」
真子は、待ってましたと、即答した。
「間塚君!」
「お、お、俺?」
実は、真子の提案には密かな狙いがあった。
ドラマで間塚の人生が脚本化されることで、間塚自身にも、自分の人生に向き合ってもらいたい
そして私の存在に・・・というものであった。
「でもなぁ、サスペンスにはならないだろうし…」
「ごくごく普段の生活をおくっているだけの俺たちなわけだし・・・」
「それで、いいんじゃないの? 普段の52歳の生活。思っていること。
願ってること。出来そうで出来ないこと。
それと・・・恋愛 とかさ」
「恋愛? あるかな?」
どこまでも鈍感な間塚ゆえ、ここで真子の気持ちを理解しろということ自体に無理があるのだが。
そして・・・間塚からも、予想外の返事が返ってきた。
「分かった!じゃ、俺が脚本書くよ!」
その日、二人が交わした会話は、翌日、早速実現化に向けて始動したのであった。
唯一、間塚の心の中で決まっていたことがある。
それは・・・あのアメリカでの同窓会のときにガッツが作って、アンに歌わせた“あの曲”をドラマの主題歌に、それが無理でも挿入歌として世に送り出すこと。
そして間塚は、すぐに動き出したのであった。
としちゃん (日曜日, 05 7月 2015 10:49)
間塚は、まずキャスティングから考え始めた。
日本に来て間もない間塚であったが、アメリカでのその活躍は、日本の芸能関係で
知らない人はいないとまで言われていた。
そのため、大手の芸能事務所も間塚の依頼はすんなり受け入れてくれた。
間塚がこだわったのは、自分たちをテーマに脚本を書く以上、その配役には
自分たちと“同級生”であることにこだわった。
従って、女優・俳優とも同級生から選んでいくことにした。
女性陣の持つ間塚のイメージは、こうだった。
葉月役・・・山咲千里さん
チョキ子役・・・高木美保さん
クラリオン役・・・秋本奈緒美さん
サンボ役・・・叶 恭子さん
金庫役・・・香坂みゆきさん
アン役・・・浜田麻里さん
そして重要なポジションを担うモン役・・・
片桐はいりさん
男性陣というと
アイト役・・・天宮良さん
マコト役・・・宇梶剛士さん
若役・・・温水 洋一さん(自分たちより2歳下であるが)
慶一役・・・三上博史さん
ここからの配役に苦労した。
ガッツ役と自分の役を同級生の俳優から適任者を見つけること出来なかった。
仕方なく、間塚は一つ上の学年で妥協することにした。
結果、ガッツ役には柳沢慎吾さん
そして主人公である自分、間塚役には中井喜一さんを指名した。
真子役は、小泉今日子さんに悩むことなく決まった。
としちゃん (日曜日, 05 7月 2015 11:18)
間塚は、意外にも脚本がすらすらと書ける自分に驚いた。
それも、そうかもしれない。なにせキャラクター揃いの面々なわけで。
いじって、笑いをとりたい時には、マコトとモンがいるわけで。
その点では、ネタに苦労しなかったのだが。
間塚には、少し迷いがあったが、ここは背に腹は代えられない。
同級生の面々に、鎌倉に住んでもらうことにした。
もちろん脚本の中であるが。
さて、いざ、本筋の間塚のことになると・・・脚本が進まなかった。
そこで、間塚が思い出したのは真子の言った言葉であった。
「いいんじゃないの。普段の52歳の生活・・・」
かろうじて、日々の真子とのやりとりをそのまま
文章にしてみた。
振り返ってみると、間塚も、真子も同年代たちに、共感を得るような言葉を
日々、発していることに気付いた。
並行して、主題歌の手配も始めた。
アンが歌った雰囲気を、あのときのまま再現できる歌手は・・・
真っ先に、棚橋真梨子さんの名前が思い浮かんだ。
あとは、ガッツに連絡して・・・
ところが、ガッツは間塚の依頼を断ったのであった。
それは・・・
ずっと梅子を想ってきたガッツであったが、どうやら
その想いを断ち切ったということが理由らしかった。
それを知った、間塚は・・・
ビク (月曜日, 06 7月 2015 17:20)
間塚は、脚本の骨組みを書き始めた。
ストーリーは、間塚(中井貴一)と真子(小泉今日子)を中心に展開していくが、
同級生たちの普段の生活での出来事が、二人と複雑に絡み合って流れていく。
モン(片桐はいり)は、夫のデビー(トム・クルーズ、52歳)と国際結婚。
妻として、母として、おばあちゃんとして、そして税務調査官の四役をこなしている。
モンの唯一の楽しみは、葉月(山咲千里)の営む花屋でのティータイム
遅い時間になっても、特盛の食材を持参し、女子会を開く。
女子会でどんな会話を? 間塚には知り得なかった。
ただ、このドラマにとって、女子会での会話が果たす役割が、いかに大きいか
間塚は分かっていた。
そのため、女子の誰かが教えてくれることを期待した。
葉月にとってもモンの“食”のための訪問は、重要な時間であった。
それは・・・
念願であった花屋を開業させた葉月であったが、様々な苦難が訪れる。
それでも頑張っていられるのは、「友」の存在であることに気付く。
この歳になり、これほどまでに同級生の存在が、ありがたく
また、支えになると思っていなかった葉月。
しかも、モンと葉月の友としての交流は、あの同窓会開催がきっかけ
モンが登場する場面は、ほぼほぼ食べているシーンとなる。
しかし、食べながらにして、葉月を癒す語りかけをするモンであった。
葉月は葉月で、モンが食べている時のこの上ない
幸せそうな表情を見ているだけで幸せな気分になれた。
ただ・・・
間塚は、モンの現実とかけ離れた食べっぷりを、そのまま映像にできるのか
ただ、それだけが不安であったのだが。
としちゃん (火曜日, 07 7月 2015 12:37)
52歳にして、様々な人生を歩む同級生たち
間塚は、ストーリーの中で起きる出来事は、実話にこだわった。
ある日、ガッツが緊急入院、緊急手術を受ける。
そのことは、わずかな時間のうちに連絡網で仲間に伝わる。
マコトが、真っ先にガッツを見舞う。
その時、ちょうど病室に居合わせたナースのつぶやきが、
その後のガッツの生涯の伝説を作ってしまうことになる。
「ガッツさん、体調はどうですか?」
「な、な、なんとか」
と、細い声でガッツは答える。
「看護婦さん、ガッツ、すぐに元気になりますよね?」
心配そうに、マコトがナースに問いかけると…
「はい。心配いりませんよ。ガッツさんは、腸に異物が詰まってしまい・・・
それを、緊急手術で取り除きましたから」
「なんか“栗みたいな形”だったんですよね!ガッツさん」
ガッツに微笑みかけるナース
その“栗みたいな形”と言ったナースの言葉が、事の始まり
見舞いから帰ったマコトは
「ガッツ、なんか栗を飲んで、それが腸に詰まっちったみたいだぞ」
マコトは“栗みたい”を“栗を飲んで”に変えてしまう。
それを聞いたアイトは
「ガッツ…ケツから栗を入れて詰まっちったみたいだぞ」
それを聞いた○○は
「ガッツ…いが栗を飲んで腹切ったみたいだぞ」
「そこまでして、笑いをとりに行ったか。ガッツ!」
当然、病室のガッツを見舞った者は、聞いたとおりに質問する。
切腹したてのガッツにとって「笑い」は、一番の敵であった。
伝言は、その人間のイメージまでもが加えられ
変わっていってしまうということが実証された出来事であった。
そして、いまだに「栗の伝説」を背負ってガッツは生きている。
ビク (水曜日, 08 7月 2015 12:33)
一方、
間塚は、あの曲を使うことを諦めなかった。
そして、ある計画を練り、それを葉月にお願いした。
「葉月ちゃん?」と、受話器の向こうで間塚の声
そこそこの世間話をした間塚は、本題に入った。
「ガッツのことで、お願いがあるんだけど・・・」
今、間塚が考えている“自分たち同級生の物語”を
ドラマ化することも葉月は説明を受けた。
そして
「ガッツをなんとか立ち直させるために、梅子も誘って
みんなで・・・・・」
「うん。分かった」
数日後
葉月のところに間塚が手配したディズニーランドの入場券
10人分のチケットが郵送されてきた。
葉月の声掛けに、10人のメンバーはあっという間に集まった。
毎年のように行っていたランドも、今はもう子育ても終わり行かなくなった者
間塚が用意してくれたんじゃ!と、喜んで参加表明した者
一度も行ったことないので。と、連れて行ってください状態の者
参加メンバーはそれぞれであったが、
皆、52歳の修学旅行気分で、その日が来るのを楽しみに待った。
ただ、葉月とモンだけは、今回の一番の目的の重みに
プレッシャーを感じていたのだが。
出発準備は順調に進んだ。
この歳での修学旅行は、相当にインパクトがあったのであろう。
それぞれが、役割を買ってでた。
旅行のしおり作成担当
車内でのバスガイド役 などなど
バスはマコトが準備し
当日の“おやつ当番”は・・・ もちろんモン!に決まった。
そして、旅行当日の朝を迎えた。
ビク (水曜日, 08 7月 2015 22:52)
「おはよう」
「良かったよね。最高の天気だよ~」
と、梅子
「ホントねぇ~」
クラリオンが笑顔で答える
「さて、出発すっぺ!」のマコトの声に
「待って!まだ、来てない人がいるのよ。」
焦った様子でモンがマコトを静止した。
「誰か来てねぇ人がいんのけ?」
「・・・葉月とガッツ」
しばしの沈黙の後、サンボが何かに気付いた様子で
「そういえば、葉月・・・
昨日電話したら、今晩やることがあって徹夜かも
って、言ってたの。」
「おぉ、そういえばガッツも、
葉月にお願いごとしたんだ。だから、葉月と一緒に集合場所に行くから
って、言ってたわ」
面々は、とりあえず二人を待つことにした。
「・・・んでさ」
「迎えに行っちった方が早くね?」
若にしては、めずらしく良いことを提案した。
間塚もアイトも納得し、面々はバスで葉月の店に向かった。
実は、間塚もこの旅行に参加することになっていたのである。
それは、当然のことながら、この旅行で起きる全てのことを
ドラマのネタにするためであり
自分の目で確実に見ておきたかったのであった。
バスは、15分も走ったであろうか。
ようやく葉月の花屋さんの前に着いた。
ガッツが血相を変えて、店から飛び出してきた。
「すまね~ 待たせて。」
続いて、“人形”を大事そうに抱えた葉月も出てきた。
「ごめんなさい。手間取っちゃった。」
ようやく、全部の参加メンバーが揃った。
バスが走り出すなり、葉月が何故遅れたかを説明し始めたのだが
ディズニーランドに行くという52歳にとっては
通常のMAXを大きく超えたテンションで説明するものだから
誰一人として、葉月の説明を理解することができなかった。
どうやら、徹夜して人形を作ったらしいということだけは、理解できた。
続けて、ガッツが神妙な面持ちで、その人形の説明をしようとした。
瞬間、間塚は「人形」と「ガッツが頼んだ…」が結びつき
「あっ、ガッツが話していた・・・」
その場を取り繕うかのように間塚は、ガッツを静止させ
「ねぇ、葉月 名前は決まってるの?」
「もし、決まっていないのなら・・・」
「そうだ!今日は10月4日だから
と(10)し(4)ちゃん。としちゃん!で、どうだい?」
ガッツは、間塚の提案した理由を瞬時に理解し
「ありがとう。間塚」
とだけ、つぶやいた。
一瞬にして、としちゃんは面々のマスコットになり
“同級生と一緒に旅をする”という存在にすると決められた。
10人、そして、としちゃんを乗せたバスは、
マコトの運転でディズニーランドへと向かっていった。
ビク (木曜日, 09 7月 2015 12:42)
バスの中は、おる意味、異様な雰囲気とも言えた。
それは・・・
ミニーのカチューシャをつけたクラリオン
梅子とサンボは、ごく自然なカジュアル姿であったが
葉月は、赤の水玉のジャンバースカートとカチューシャ
モンにおいては・・・
すでに『プーさんのポップコーンバスケット』を3つも抱えている。
まっ、彼女たちにとっては、30数年ぶりの修学旅行
無理もないかと、男性陣はその容姿を受け入れることにした。
一方、男性陣と言えば
間塚と若はごく自然な遊び姿であったが
マコトは、オーバーオール
アイトにおいては、スリーピースのスーツ姿
ガッツは・・・
ジャージ姿であった。(彼の一張羅のジャージであるが)
52歳の面々
スーツ姿からジャージ姿の男たち
ミニーのカチューシャをつけた女子二人がいてくれたことで、かろうじて
「あぁ、ディズニーランドに行くんだな」
と、周りに理解してもらえた。
間塚といえば・・・
視聴者に理解できんのかな?と、面々をこのまま演出できるのか不安になった。
現実、自分の同級生たちがこうなのであるから、これは仕方のないこと。
このままドラマで演出することを決めた。
しかし、間塚は一つだけ事実と異なる表現で脚本を書くことを決めていた。
それは・・・会話
鎌倉に住んでもらっている設定である以上、栃木弁を丸出しにはできなかった。
ちなみに…52歳の修学旅行生たちが、目的地に到着した時の会話
マコト 「はぁ、着いたんかい?」
「いっやぁ~ たまげたね。すんげぇ~車じゃね!」
アイト 「さっ、行こう!」
マコト 「アイト、なぁに、しこってんだや!ノバくれっぞ」
「この、でれすけが!」
直訳すると、こんな感じになるのであろうか。
『もう、着いたのかな?』
『わぁ~ 驚いたね。たくさん車が止まってるね』
『さて、行くよ!』
『アイト、なに気どっているのかな。一人にしてしまいますよ』
『おばかさんね!』
久しぶりに、こんな栃木弁にふれた間塚は、素朴な疑問を口にした。
「栃木の人って、みんなこんな喋り方するんだっけ・・・」
間塚のつぶやきを聞いたサンボは、ただ無言で首を大きく二度横にふった。
入場ゲート前でチケットを手にした面々
さっ、いよいよ入るよ!という瞬間に葉月が
「みなさん、はい。しおりを見てください」
「そこには、今日一日のスケジュールが書いてありま~す」
しおりに目をやる面々
誰もが、一瞬にして顔を赤らめたガッツに気付く
「さっ、皆さんここに書いてある通り行動してください!」
ガッツの「あ、あ、あのぉ・・・」
の言葉は、葉月が一蹴した。
葉月が作ったしおりには
まずは、二人組になって好きな場所に行く。
集合は12時、ブルーバイユー・レストラン(「カリブの海賊」から見えるレストラン)
ガッツが赤面したのは、もちろん葉月の仕組んだ
「梅子&ガッツ」ペアーで半日行動!に気付いたからであった。
間塚は、葉月とペアーとなった。
「いよいよ始まるね。ガッツのプロポーズ大作戦が」
「そうねぇ。うまく喋れるといいんだけど。ガッツ」
「・・・・」
「ねぇ、こっそり二人についていこうか?」
「・・・・」
「葉月… こっそりは無理だと思うよ。
その赤い水玉のジャンバースカートとカチューシャ(52歳にして)…じゃ」
「・・・たしかに」
葉月のしおりに書かれた二人組は
それぞれに好きな場所へと向かった。
何を隠そう、アイトはディズニーランドに初めて来たのであった。
それゆえ、スーツ姿であったのだが、アイトは全く気にせず颯爽と歩いている。
さらに、アイトとアベックで歩くのはモン
モンは、行く先々でポップコーンバスケットを買う。
すでに5つのバスケット(味は全て違うらしい)を首にぶら下げている。
そんな二人を見かけた間塚は・・・
「これは演出上、カットだな。。。」
ビク (木曜日, 09 7月 2015 17:30)
ガッツと梅子は・・・
それなりに良い雰囲気でランドを楽しんでいた。
『ウエスタンリバー鉄道』で、電車の旅気分。
『蒸気船マークトウェイン号』で、船の旅行気分
『カントリーベア・シアター』でミュージカル気分を味わい
梅子のリクエストで
『イッツ・ア・スモールワールド』
そして、仕上げは
『空飛ぶダンボ』で空の旅気分を味わった。
と、こんな感じの行動であった。
幼稚と言えば、それまでであろうが、52歳の行動として考えてみれば
何気に可愛い二人とも言えよう。
梅子は、ランドを楽しんでいながらも、
バスの中でガッツが言いかけた、としちゃんのことが気になっていた。
そして、『蒸気船マークトウェイン号』で船の旅をしているとき梅子が
「ねぇ、ガッツ・・・としちゃんのこと聞かせてほしいな」
「きっと、何か理由があるんでしょ」
ガッツは、ためらった。
としちゃん (木曜日, 09 7月 2015 21:08)
ガッツは、話題を変えるように
梅子も知るガッツと共通の同級生の話をしだした。
ガッツは、無二の親友を8年前に亡くした
その友人との思い出を語りだした。
18歳で一緒に就職し、仕事を終えるとよく二人で飲みに行った
二人で飲んだ日は、必ず彼の家に泊まった。
次の日は、二人で仕事場まで歩いて出勤した。
宇都宮まで飲みに行った帰りに、二人ともタクシー代が無いことに気付き
払えるギリギリのところまでタクシー
残りは、二人で二時間歩いて帰ってきたこともあった。
“一杯のかけそば話”もあった。
旅行もした。北海道、沖縄・・・何度も出かけた。
そこまでは、明るく話していたガッツであったが・・・
8年前の話になると…
静かに話を続けた
寒い日の朝、電話を受けたガッツは
病院にかけつけた。もちろん“何かの間違いだ!”と思いながら
間に合わなかった。
何度呼びかけても、返事をしてもらえなかった。
それからずっと、ガッツは、友人のそばから離れなかった。
そして、友人宅にかけつけてくれた多くの同級生を迎え、彼に会ってもらった。
ガッツは、友人のためにあることを考えた。
それは・・・
自宅をでて、葬儀場に向かう途中、彼に仕事場を最後に見せてやりたい
そして、仕事場の仲間たちに見送ってもらいたいということだった。
ガッツは、仕事場のトップ(ガッツにとっては雲の上の存在)に直談判した。
もちろん、ダメだ!と言われることを覚悟して。
でも、仕事場のトップは違った。
「彼が、到着する時間になったら、庁内放送して、みんなに知らせてやれ!」
ガッツは、深々とトップにお辞儀をしてトップの部屋をでた。
あとは、多くの同級生たちが、そのことをお願いしに頭を下げてまわってくれた。
でも、下げる必要もなかった。行く先々で
「なんで、そんなに頭を下げるんだい?
お前らの同級生たちはすごいな。いい仲間だよ。
現役で亡くなった先輩が何人かいたけど・・・こんなの初めてだな。
お前らみたいな仲間がいてくれて、奴は本当に幸せだよな」
そう言って、頭を下げる必要などないと言われた。
あらためて“彼の人徳”だと思った。
そして、多くの仲間たちに見送られ、彼は仕事場をあとに葬儀場に向かった。
葬儀には、会場に入りきれないほどの人が、彼との別れに訪れてくれた。
最期の別れ
会場にいた全ての人が、彼に別れを告げた。
ガッツは花を握りしめ順番に進んでいったが、
柩の前で立ち止まり、それ以上進めず、肩を揺らして泣きじゃくった。
彼の母親に“ガッツが最後だよ。ほら、待ってるよ”と泣きながら促され
ようやく歩き出した。花を彼の胸の上におき
「またな」
と、だけ語りかけた。
遺骨も彼の妻にすすめられ、係の人と最後に拾わせてもらった。
ガッツは、今でも彼が使っていた筆記用具など、全てを引き受けて
大切に使っている。
そして、何か悩みがあるときは、
墓前で、彼とおしゃべりしているのであった。
彼の一周忌、命日には多くの仲間が、「彼を忍ぶ会」に集まってくれた。
それも、多くの同級生たちが、全てを段取りし
集まった人たち(80人)は、みんな口をそろえて
「こんな会をやってもらって、本当にあいつはすげぇ奴だったよな」
彼の家族もその会に出席してくれた。
その時、彼の長男は小学生になっていた。
そして、彼の長男は、今、彼と同じテニス部に所属し
元気に中学校に通っている。
そして、命日の集まりは「とらうさぎ会」のメンバーが引き継いでいる。
ガッツは、彼とある約束をしていた。
50歳になったら、同窓会一緒にやろうな!と
その約束は、志半ばでなくなった。
それでもガッツは、友人との約束を守った。多くの仲間と同じ志をもって
そんなガッツの話を聞いて、梅子は全てを悟った。
「としちゃんが、これから多くの同級生と旅するの… 楽しみだね」
「私も協力しなくっちゃ」
と、ガッツに微笑みかけた。
そして・・・
「ガッツの心に、私の入るすきなんてないわね」
梅子は、勝手にそう決めてしまったのであった。
ビク (金曜日, 10 7月 2015 12:25)
アイト&モンの二人組は、ファンタジーランドで
次のアトラクションを何にするか相談していた。
すると・・・
ランドでは、なかなか見かけない「上下ジャージにミッキーの毛糸帽」のおやじと
ドナルドダックのカチューシャをつけた女子が近寄ってきた。
「おぉ~アイト、モン。楽しんでるかい?」
ガッツ&梅子組であった。
上下ジャージのおやじとスリーピースのスーツ姿のおやじ
とてもランドの周りの景色とはマッチしそうもない出で立ちの二人
それでも、ここはディズニーランド
オールオッケーである。(二人のために…)
梅子が、ポップコーンバケット5つを首から下げているモンに微妙に反応し
「あら、モン。 たくさんぶら下げてるのねぇ・・・」
モンは、はいきたぁ!とばかりに、
「これがキャラメル味、しょうゆバター味、カレー味・・・」
梅子は、最後まで聞いてあげたのだから偉かった。
互いのこれまでの行動を語り合い、そしてモンが
「ねぇ、ガッツ ちょっとこっちに来て!」
そう言って、ガッツの右腕を引っ張り、耳元で
「ねっ!ガッツ ちゃんとやってるの? 梅子に話したの?」
モンは、ガッツが梅子にちゃんと気持ちを伝えたのか、心配でならなかった。
するとガッツは
「あぁ、話したよ!」
と、モンにとっては予想外の返答が返ってきた。
「え?本当に・・・やるときはやるのね ガッツ!」
「よしよし! それなら良い!」と、
モンは、ポップコーンを頬張りご満悦顔
そして・・・
二人組での行動時間も間もなく終わるころ
10人ととしちゃんは、ブルーバイユー・レストランに集まり始めた。
モンは、葉月を見つけるなり駆け寄って
「ねっ、ねっ、聞いてよ! ガッツ…(はぁ、はぁ・息切れ中)
やったよ!やった!」
「・・・・・?」
「何をやったの?」葉月はチンプンカンプン
「ガッツ、梅子に告白したって!」
そう言って、とちちゃんを囲んで
みんなで談笑しているガッツと梅子に目をやった。
ビク (金曜日, 10 7月 2015 21:33)
葉月とモンは、少しの不安はあったものの
とりあえず、今回の修学旅行の第一目的が達成されたことを喜んだ。
「でも、すごいよね。ガッツ」
「あっ、間塚君にも報告しなきゃ!」
元をただせば、このディズニーランドへの修学旅行は
ガッツがつくった“あの曲”をドラマの主題歌として…
そのために、間塚が企画したものであり、葉月のいうとおりである。
「そうね。じゃ、さっそく」
「間塚く~ん」
モンは、“気みじっか”であった。
二人からの報告を受けた間塚は
「ふ~ん、そうなんだ…」
と、意外にも冷静な反応をみせた。
「え~、なに 間塚君。もっと喜んでくれると思ったのに…」
間塚の反応にモンは不満顔
「ねぇ、葉月・・・ここまできたらさ、私たちが
恋のキューピット役っていうの? やっちゃうか」
と、余計な心配をはじめたのであった。
ただ、葉月にはある企みがあり、モンの言葉に
「そうね!」
と軽く返事をして、受け流したのでった。
そして、葉月の企みが実行されるときがきた。
チェリー (金曜日, 10 7月 2015 21:44)
ガッツ!すごいね
とうとう告白したのか……
で、梅ちゃんの答えは?
葉月は目を丸くしてモンに問い詰めた
としちゃん (金曜日, 10 7月 2015 21:59)
と、問い詰めたふりをした葉月であったが・・・
実は、”葉月の悪巧み企画”は、すでに仕組まれていたのであった。
ブルーバイユー・レストランでの食事会が始まった。
入店前と、今のアイトには明らかな“変化”があった。
「アイト~ カッコいいじゃん!」
同じテーブルに座る者としては
どうしてもスリーピース姿が・・・
そこで梅子が、せめてもの飾りつけとして、
ドナルドダックのカチューシャをアイトに貸してあげたのであった。
アイト、ご満悦
上機嫌のアイトであったが、食事のオーダー決めで
全員をドン引きさせてしまう。
「なま~」
「・・・・・」
葉月とモンは、ガッツと梅子の様子が気になって仕方なかった。
ガッツは、今、クラリオンと向かい合わせ
クラリオンの娘さんが、最近嫁いだらしく
寂しくしていることを、受け止めてやっている様子
ただ…モンにおいては、ガッツに対する心配は
目の前に食事が運ばれてきた瞬間、どこかに消え去っていた。
「ねぇ、モン…」
「うん?なにぃ?葉月 これ、すんごい美味しいね。」
「・・・・」
…葉月も食事に集中することにした。
食事中、高校時代の思い出やら近況報告やら
この上ない楽しい時間を過ごした。
食事会も中盤になろうとしたとき葉月が
「はい、みなさん。聞いてください。」
「テーブルの上に“しおり”を出してください!」
「おぉ~、そうだそうだ。しおりの中に袋とじのページあった。
昼食の時間まで開封厳禁!っていうページ」
「袋とじ・・・」
面々は、急いでしおりを取り出し、葉月の次の言葉を待った。
「はい、それではみんさん、どうぞ!開封してください」
全員が一斉に袋とじのページを開けた。
すると・・・
そこには全員が驚く仰天企画が書かれていたのであった。
としちゃん (金曜日, 10 7月 2015 23:12)
「えぇ~ うそぉ~ まじかぁ~」
誰もが、そのどれかの言葉を第一声として使った。
葉月は、ちょっと得意そうな表情で
「はい! これは、間塚君のご厚意でディズニーに来ている
私たちとしては、当然、これに応える義務があります」
「え?これ…間塚が考えたんか・・・」
「あ、あ、そうだよ」
と、慌てて取り繕う間塚であったが、
誰がどうみても間塚も驚いた表情を隠せないでいるのだから
“葉月の悪巧み”であることは明白であった。
誰もが、半分納得。でも半分困惑のなか
ガッツから視線を外さない人がいた。
梅子である。
ガッツは、この仰天企画を目にしたとき
もう答えを決めたように、ひとつ、深呼吸をした
その様子を、梅子は見逃さなかったのである。
「さっ、それじゃ行くよ!」
葉月は、この上ないハイテンションで、企画を進めていった。
としちゃん (月曜日, 13 7月 2015 12:23)
「えぇ~ 待って待って!」
クラリオンが、葉月の暴走を止めた。
「うん。分かった。分かったし、正直に答えるから・・・」
「ちょっとは考えさせてよ~」
そして、妙な空気が流れた。
男子は女子を、女子は男子を見定めるかのような時間が流れた。
なぜ???
それは・・・葉月が作ったしおりの「袋とじページ」に
こう書かれていたからである。
じゃ~ん! はい、みなさん。昼食タイム企画担当の葉月です。
題して・・・
『私の質問に答えてちょ』やるよ!
質問は、私が勝手に考えたよ。高校時代の秘密や、今、私がどうしても知りたいこと。ズバリ聞くよ!
必ず正直に答えてね!この場には、気の合う仲間10人しかいません。
決して、隠し事や嘘はやめましょう!
一人、ひとり指名するよ。私の無茶ぶり質問に絶対答えること!
どんな質問されるか?って心配だろうから、少しだけ教えるよ。
ただし・・・その質問を誰に指名するかは・・・私のさじ加減。
「私の機嫌を損ねると・・・たいへ~ん! かもよ」
(そう書かれていた。そりゃ、読んだ誰もが
「えぇ~、うそぉ~、まじかぁ」と言いたくなるのも分かる。)
それじゃ、幾つか教えて差し上げよう!
Q.卒業アルバム・・・ なぜ、二人だけ・・・?
Q.あなたの“初恋”の年齢、相手の名前
Q.あなたのファーストキッスの年齢
Q.無人島に1年間暮らさなければならなくなります。あなたなら、誰と行きたいですか。目の前にいる異性からお選びください。
あとの質問は・・・お楽しみに!
その文章を全員が読んだため
互いに、相手を見定めるかのような妙な時間が流れたわけである。
「もぉ~いい? はっじめるよ~」
といいながら、葉月は企画を始めた。
第1門 卒業アルバムを見ていると、どうしても気になることが二つあります。まず一つ目
なぜ、二人だけ「赤パン」をはいて写っているのですか?
回答者は・・・モン!
モンは答えた。
「サイズが・・・自分に合うサイズが赤しかなかったから・・・
と、言ってました」と、濁して答えたが…
全員、納得の答えに拍手
葉月は続けた
第2門 どうしても不釣合いな人が生物部にいます。
なぜ、生物部を選んで入部したのですか?
回答者は・・・マコト君!
マコトは・・・正直に答えた。
「年に一度だけ、泊りの合宿があって・・・女子と一緒に
泊まれるぜ~ と、アイトに誘われたから」
アイトが意義を申し立てる間もなく、全員が納得の拍手
第3門 あなたの“初恋”の年齢、相手の名前を教えてください。
回答者は・・・間塚君!
「5歳。 相手は・・・あ、あ、アン!」
おぉ~の歓声と一緒に全員が拍手
第4門、第5門・・・第7門まで終わった。
誰もが、”もう時効だろ”と、すべて正直に答えた。
なかには、へぇ~そうだったんだ!と、52歳になって初めて知ったことや
なんだぁ・・・その時に分かっていたらなぁ…
私の人生違っていたかも~!
などと、楽しそうに、今の時間を全員が楽しんでいた。
残すは2人
さっ、あと二人だね。いくよ。
第8門 無人島に1年間、誰と行きたいですか。今、目の前にいる人の中から選んでください。
回答者は・・・
ガッツ!
みんな、その質問が自分のところに来るのが一番不安であったが、
いよいよその質問が、ガッツに向けられた。
当然、葉月としては、梅子に告白したガッツなのだから
期待通り答えてくれるものと思って。
そして、ガッツは、ゲームであることを忘れて
真剣に答えたのであった。
「俺は・・・」
チェリー (月曜日, 13 7月 2015 21:01)
俺は……
クラリオン?
いや梅ちゃん?
いや、モン?
あーわかんねぇー
トトロ (火曜日, 14 7月 2015 15:07)
「無人島に一緒に行くなら絶対TOKIOの山口くんよね~♪」
ガッツの声にならない心のつぶやきが聞こえたかのように
すかさずサンボがちゃちゃをいれる
お前…何知ってんだよっ、てな顔で覗き込むガッツににっこりほほ笑むサンボ
その目は、正直に白状してしまいなさい!
・・・と、言っているようにガッツには見えた
チェリー (水曜日, 15 7月 2015 04:56)
さんぼにしても
がっちゃんにしても
他の皆にしても……
実は真剣に無人島の相手を密かに空想していた
ここで葉月はモンとともに重大発表をした
告白タ-イム
としちゃん (水曜日, 15 7月 2015 12:58)
「そ、そ、そうきたか…」
ガッツは、初めて自分の本当の気持ちを打ち明けようと
「俺は・・・」
と、今まさに言いかけたのであったのだが…
次の言葉を飲み込んでしまった。
これまで、アメリカの同窓会での出来事もそう。
あの曲も”梅子のために書いた”とされてきたが・・・
それは、周りの全ての人間が勝手に決めつけて
そう思っていただけであり・・・
ガッツの本音は・・・
誰一人としてその真実を本人の口から聞かされたことがなかったのである。
「告白タイム?」
「楽しそうだね。」
「全員白状していくんだね」
と、全員が、そんなことになって
この上なく、喜んだガッツであった。
ただ・・・次の瞬間
ガッツは、あることに気が付いた。
「そ、そ、それって・・・」
そうである。
今、まさにガッツが言いかけた女性の気持ちも、
いやおうなしに知ることになってしまうことにガッツは気が付いた。
そして・・・
「や、や、やっぱりやめよう」
「俺が、この場で無人島に誰と?の質問に答えれば…」
「それでいいよね。
う~ん、俺は「とし」と行くよ。無人島」
「・・・・・」
誰も聞いちゃいなかった。
そんな、ガッツの言動を優しいまなざしで
見つめる一人の女性がいたことに
ガッツは、気が付かなかったのである。
ビク (水曜日, 15 7月 2015 20:14)
皆、どうしたものかと考えを決めかねていたが・・・
サンボが、突然切り出した。
「ねぇ、告白タイムはいいけどさぁ」
「みんな旦那や奥さんもいるわけだし・・・」
「それに…52歳にしてさ、愛だの恋だのってガラでもなくない?」
ガッツに告白させちゃえ!と、考えて発した言葉が
結果、自分の身に返ってきたことに、微妙に動揺するサンボであった。
そんなサンボの動揺を強制的に打ち消すかのように梅子が
「ねぇ、告白ってさ…ここにいないメンバーへの告白でもいいの?」
「あとはさ、例えば・・・高校時代に告白された。告白した。
そんな話も楽しいよね。もう、時効でしょ。」
と、全員に同意を求めた。
確かに。それは聞いたら楽しい話ではある。
ただ、皆、正直に話すのだろうか。
そこで、全員一致でまずは言い出しっぺの葉月から!
とういことになった。
葉月がどう語るかによって、皆がついていくか。
トップバッターの話は、重要であった。
葉月が、えぇ~・・・ と、照れながら静かに語りだした。
「最近ね、わたし、時々夢をみるんだ。
どんな夢かというと…私の足からタケノコがはえてくるの。
そのタケノコを一所懸命引っこ抜くんだけど・・・」
皆が、それと「告白」とどう結びつくのか興味津々で聞いている。
誰もが聞きながら、でも、自分はどう話せばいいのか…
次は自分の番かも!と不安と期待?と
しかし、ここにいる面々
ただでは転ばない。
「自分の次には、○○ちゃんを指名しちゃお!」
と、全員が企んでいたのだから、これまた面白い。
そして葉月は、タケノコ話を続けた。
としちゃん (木曜日, 16 7月 2015 12:34)
葉月の「タケノコの話」は、決して恋ばなではなかった。
が・・・
皆、共感できる話であった。
皆が共に感じたことは…
この歳になり、体をしっかり労わらないとね!
無理はきかなくなったね。
だった。
葉月のタケノコ話が終わり、葉月が次に指名した梅子から、
それぞれ指名が渡り、それぞれが、結局、告白にまつわる話ではなく
これまでは、語ることができなかったような内容の話を語っていった。
いやぁ、これが結構、過激で他言できない内容であり
この場においては、モンやサンボの名誉のために
文章に残すことはやめておくことにする。
この場にいた者の特権で
そこにいたメンバーのみぞ知る話として。。。
(とても語れません。。。本人のために)
そして、最後のガッツの番になった。
「最後は、任せろ!」と、語りだした。
「俺も告白の話ではないんだけど・・・
高校3年、12月
自分は、就職が決まっていたので、アルバイトしたりして
卒業までの間、遊んでいたんだ。
そんな、ある日、○組のK君から
「なぁ、日光に初日の出を見にいくべ! 俺、兄貴から車借りるからさ。
女の子も2人、もう行くって返事もらってあるから」と、
人数合わせ?で誘われたんだ。
生まれたのが、自分よりたかが半月早かったことで
免許を取得できていたK君
ぎりぎり、お正月の運転が間に合わなかった自分としては、
悔しい気持ちもあったが・・・
俺は、元旦の朝にはトラウマがあって
できれば家にいたくないということもあった。
なので、二つ返事で、誘いを受けた。
大晦日の夕方、自分とK君、女子2人で日光に向かった。
東照宮で初詣を済ませ、目的の初日の出までには、まだ時間があったので
日光駅前の駐車場で、時間をつぶすことになった。
そ、そ、そこからが
地獄の始まりだった。
としちゃん (金曜日, 17 7月 2015 12:44)
車を白線内にしっかり駐車させたkが
いきなり、耳を疑いたくなるようなことを言い放った。
「わりきっと、エンジン止めっから!」
「はぁ?」
Kの説明によると、Kの兄貴から借りた車は
空冷式らしく、駐車したままエンジンをつけておくと
オーバーヒートを起こすらしい。
「空冷?」
その当時、スポーツカーゆえ、空冷式だったらしく
でも、そんなことは自分たちには、まったく関係のないことなのだが
いこじにエンジンをかけないK
ただ、無言で寒さに耐えるしかない4人であった。
「トイレ行ってくるわ」
「じゃ、あたしも連れてって」
と、自分とA子が駅舎の屋外トイレに向かった。
歩く姿は、寒さでロボット歩行
「ふむ、ふむ。それで」(一人食事を続けるモンの合いの手)
数分後に車に戻ってきた二人に待っていたのは・・・
信じがたいことが起きていた。
「???KとY子は? いない」
「しかも、車はロックされてるし」
その先の話は、その場で聞いていた面々の特権としよう。
とてもこの場で、文章に残せる話ではないので。。。
しかも、あまりにも話に盛り上がった昼食会
店員さんから、「もうそろそろ・・・」
と、やんわりと切り上げを促されたので。。。
葉月のしおりによると、昼食会の後は10人一緒に行動することになっていた。
ブルーバイユー・レストランを出て、10人はジャングルクルーズに向かった。
昼食会で暴露された「そこにいた者しか聞けない話」の余韻で
1時間待ちの行列も、面々には苦にならなかった。
葉月、モン、間塚は
「もう、いいか。ガッツの告白!とか」
「そうだね。みんな本当に楽しそうだし」
間塚は、もう”あの曲”に対するこだわりも薄れていた。
今の面々を見ているだけで、そして、その中に間塚自身も
一緒にいられることの幸せを感じていた。
ただ・・・
唯一、勘が鋭いサンボだけは
「あの二人って・・・」
と、ちら見で観察を続けていたのであった。
チェリー (日曜日, 19 7月 2015 06:03)
サンボは…
いつも冷静に物事を判断し
そして、ひとの心を読み取る力があった
これは、生まれたときから実は備わっていたのである
大人になって さらに磨きがかけられ
50過ぎた頃には 人生相談所を開設して 多くの相談者が彼女のもとに訪れていた
このメンバーの中でも重要な存在となっていた
としちゃん (日曜日, 19 7月 2015 07:40)
ジャングルクルーズを楽しんだ面々は、次に「ピーターパン空の旅」に向かった。
ランドに着いたころの面々と、この頃の面々では
明らかに変わっていた。
今にも、腕を組んで歩きそうなぐらい男女の仲は接近しだしていた。
ただ・・・モンだけは「両手にチュロス」
らしかった。
ただ・・・
彼にとっては、このピーターパンに向かったことが、人生を大きく変えることになるのであった。
「ねぇ、ねぇ・・・あの3人組・・・」
「え~、うそぉ~」
梅子とサンボの会話に気づいたクラリオンが
二人の視線と同じ方角に目をやる。
「え?あれ温子じゃない? あぁ、それに文子と千代子でしょ」
それは、まったくの偶然の再会であった。
千代子が、面々に気づいて
「え~ サンボ? え?梅子? え~間塚君に・・・」
3人で女子旅行していた千代子たち。
「うそみた~い。こんなところで会えるなんて」
と、卒業以来の再開に歓喜の声
自然の成り行きで、同級生13人で行動することになった。
ただ・・・このことで、カップル風にみえるぐらいまで接近していた
男子5人と女子5人のバランスが崩れていくのであった。
チャコ (日曜日, 19 7月 2015 12:47)
偶然で片付けるには、あまりにも簡単すぎる再会でした。
千代子は、間塚君
温子は、ガッツ君に
高校時代に”お熱”だったのです。
こんな千載一遇のチャンスを見逃しませんでした。
ましてや文子とマコト君は、高校を卒業してから
少しの間、付き合ったことがあったのです。
ビク (日曜日, 19 7月 2015 22:42)
「マコト・・・ 久しぶり」
「おぉ、文子・・・」
別れて30年もの時間と、奇跡的ともいえる偶然の出会い
ディズニーランドという夢の世界での再会であったことで
二人は、なんのわだかまりもなく、会話することができた。
男子と女子の違いとして、よくこんなことが言われる。
女子は、恋愛が終わった時に涙を流すが、
すぐに新しい出会いや恋愛へと切り替えるのも早い。
それに対して 男子はいつまでも昔の彼女の事を想い続ける。
誕生日プレゼントや記念品などの贈り物を
大事にとっておくのが多いのも男子の特徴
だと。
ただ・・・この二人の場合は違った。
それは、二人が別れた理由が、マコトの心変わりによるものであったからだ。
文子は、少しの会話で
昔の優しいマコトのままであることを悟った。
としちゃん (月曜日, 20 7月 2015 11:07)
文子とマコトの会話は付き合っていた頃の話になった。
「ねぇ、マコト… あの頃は二人とも若かったよね。
些細なことでケンカしたりさ、お互い言いたいこと言い合っていたね」
そう言って文子は笑顔でマコトをみた。
「あぁ、そうだったな」
と、言って次の言葉を探していた。
「ねぇ、マコト…わたしね・・・」
「わたし、あなたに嫌われたことで自分を変えようとしてさ・・・」
文子は、その当時の辛かった記憶が鮮明に蘇ってきたのか
涙で言葉を詰まらせてしまった。
男子は・・・
どうして女子の涙に弱い生き物なのであろうか。
マコトは、一瞬にして文子を大好きだった頃に戻ってしまった。
「なぁ、文子… 今は幸せに暮らしているんだろ?」
その答えに唖然とするマコトであった。
そして、これから始まる愛憎劇にマコトは巻き込まれていくのであった。
ビク (火曜日, 21 7月 2015 00:09)
13人は、「ピーターパン空の旅」に並んだ。
昼食会の余韻なのか、面々はもっぱら「男と女」の話に盛り上がっていた。
ここで、皆を感心させる話を聞かせてくれたのが、
人生相談所を開設しているサンボだった。
サンボが語りだした。
「若いころさ、『仕事と私、どっちが大事なの?』
とか聞いて、相手を困らせたりしなかった?
男子はね、遠くのものに対して愛情を感じることが多いんだよ。
う~ん、例えば・・・
大きな仕事を成功させたい!社会の役に立ちたい!社会を変えたい!
とかさ。
そういった夢のために心血を注ぎ、家族や身近な人間を顧みないこともあるのが男子なのよね。
狩りに出てより大きな獲物をとるという、雄としての本能なのかもしれないね。
目は遠くを見つめているのよね。
だから、どっちが大事なの?なんていう質問には答えられないのよ。
決して、家族や身近な人間が大切ではない、というわけではないんだけどね。
って・・・この歳になると、どっちが大事?なんて聞かなくなっちゃったかな」
さらに、男子の価値観とやらについても語り出した。
「価値観や好きなものが一緒だと、喜ぶ男子は多いよね。
これはね、決して女子と同調しているんじゃないのよね。
同じであることを喜んでいるんじゃなく、
『自分がとても肯定されている』
『自分自身が素晴らしいと認められたような気分』
になることが嬉しいのよ。男子って
でも、女子って男子に同調を求めてしまうけどさ。
男子を喜ばせるためには、男子を理解してあげれば簡単
男子は、同じであることそのものを強調されるよりも、
『あなたのおかげで成長できた』と言ってほしいのが男子
男子が行動した成果を認めて、褒めてあげることが大切よ。
だから、永く愛される女子は、
『彼女に認めてもらっている』
と、心地よさを感じさせてあげるのが上手なのよね。
それで男子は、『彼女と一緒にいると幸せ』、同じ心地よさをもう一度味わいたくなるのよね。
そして、女子のために、必ずまた同じ行動を起こしてくれるのよ。
男子は、単純なのよ!」
その場で聞いていた男子は、全員
「うん。うん。まったくその通り!」
自分たちは、単純です!と言って笑った。
チェリー (火曜日, 21 7月 2015 05:59)
サンボの話を食い入るように聞いていた女子たち…
たしかに男子は、単純なのかもしれないね
若い頃 の姿の自分で中身は今の自分だったらいろんな失敗しなかったのに……
みんな心の中で そう思った
でも 色んな事経験して はじめて今の自分がいるわけだから 仕方無いのだろう
ピーターパンの空の旅に乗る直前まで
話しは盛り上がっていた
としちゃん (火曜日, 21 7月 2015 12:57)
「あ~ぁ、今のサンボの話、若いころに聞かされていたらなぁ・・・」
と、文子がつぶやいた。
「ホント・・・」
女子の皆が、今思っていることを口にしだした。
「この歳になったら、もう間に合わないよね……」
「そう言えばさ… 愛してるよ! な~んて、もう何十年も口にしてないよね」
「最近、いつ言った? もう二度と異性に対して口にしない言葉かも」
「・・・・」
「愛情は、ぜ~んぶ子どもに行っちゃってるしね」
「あ~ぁ・・・
若い頃の姿の自分で中身は今の自分だったらいろんな失敗しなかったのに……」
男子たちは、そんな女子たちのネガティブな話をただ聞くしかなかった。
と、突然・・・どこかのスイッチが押されてしまったのだろうか
ガッツが女子たちに向かって体育会系らしく熱く語りだした。
「そんなことないっす!気持ちのところは、よく分かんねきっとが
今の皆さん、すげー素敵っす!今の自分に自信持ってくださいよ」
「今の自分を好きでいなかったら、絶対ダメっす!」
「今の自分が好きでいられたら、絶対に人に優しくできると思うんすよ」
「若い頃? いつ頃っすか。高校時代っすか?
今の中身のままで今のままの皆さんが一番いいっす!」
「今まで生きてきた全部が染みついている中身とその姿が」
「みんな…ボインだし」
(それ…死語だし。と葉月は心の中でつぶやく)
(と、ガッツはチュロスを頬張るモンに目をやり)
「食べたい物食べられて、遊びたいときに遊べて・・・で、そのために頑張って」
「今まで生きてきて『あの時、こうしていたらなぁ』って思うことって
たくさんあると思うんすよ。誰にも。」
「でも…逆に、それがない人生って、いいように思えるけど
つまんないと思うんすよ。いろんなことに目をそむければ、後悔も少なくて済むんだし」
「人をうらやましいと思ったらきりがないし
なんか、よく分かんねんすけど・・・こうして同級生で集まって
楽しい時間を共有できてることが、すげー楽しいし」
(ガッツは、としちゃんに目をやり)
「神様が、あと何年生きていなさいと言ってくれるのか分からないけど
「神様が、あなたは生きていなさいというからには、
生かされている理由があるからなんだろうし、
なら、それに応えなきゃだめだと思うんすよね。
辛いことにも耐えて」
それと
「人に優しくできる人には、自分が辛いとき、悲しいときに
必ず誰かそばにいてくれるもんすよね」
「それが家族だったり、恋人だったり、友人だったり…」
「自分は、友人に助けられることが、すげーたくさんあって・・・
感謝しっぱなしっすよ。ちゃんと返さないと…」
「人生って、たくさん辛いことあったりして、
結構しんどかったりするけど・・・
それと同じ分、楽しいこと与えてもらえると思うんすよね。」
「絶対に」
やっと、ガッツのどこかのスイッチがoffになった。
サンボは、気が付いていた。
異性として意識している人の前では
ガッツは、同級生でも中途半端な丁寧語で話す!
ということを
そして・・・
ガッツのどこかのスイッチがoffになったのと同時に
話を聞いていた文子の“愛憎”のスイッチがonになってしまったのであった。
ビク (火曜日, 21 7月 2015 19:47)
空の旅の時間が近づいてきた。
その時
「ガッツぅ~、私と乗ろうよ!」と、梅子が声をかけてきた。
と、同時に
「ガッツさん、私と・・・」
クラリオンのその声に気付いた梅子は、
「ガッツ、クラリオンと乗りなよ!」
「あぁ… 俺は・・・」
(こんなとき、絶対に自分で決められない優柔不断なガッツ)
(例の『優しい・柔らかい・断らず』の話とは、ガッツの場合は、ちと違う)
そんな梅子の気遣いに
「わりぃ、梅子」
そして
「俺でいいんすか。クラリオンさん」
周りでそのやりとりを見ていた葉月とモが
「よっ!ガッツ~」と、ちゃちゃを入れると
「うっせ~!からかうなよ葉月、モン!」
そんな光景をみて
「ガッツって、やっぱり分かりやすい男!」とサンボはつぶやいた。
ただ・・・真実は
ガッツと梅子の最初も… 実は、丁寧語での始まりであった。
ガッツの場合は、女子に対して馴染むまでは、ほぼ丁寧語なのだった。
それゆえ、ガッツの素性を知らない女子は、
「ガッツは、あの人と気軽に話して・・・特別扱いしている」
とか、「私との話し方が違う。もしかしたら私のこと邪魔に思っているのかしら」
と、思われてしまうのである。
理由は簡単であった。
シャイなだけであった。
確かに馴染む前と、馴染んだ後では、まったく別人のガッツ
時々、周りから気兼ねしないで普通に話してあげなよ!と言われるのだが
それが、なかなか出来ないガッツ。
世の男子には、ガッツのような奴が時々いる。
そのことが、クラリオンには理解できていなかったため
「私とは、仲よくしてくれないのよね」と不満に思っていた。
全部をみていたサンボと間塚が、こんな会話をした。
「ガッツは、あの性格を直さない限り、一生独身のままだな」
「私もそう思う。でも、あの性格は治らないんじゃないの…」と
一方、
「ねぇ、私と一緒に乗ってくれるよね マコト」
「あぁ、もちろんだよ」
文子の希望を、簡単に受け入れたマコト
というより、文子と一緒にいたいよ!と、
思わせぶりな「もちろんだよ」という言葉を選んだマコトであった。
千代子は、念願の間塚の隣の席をゲットした。
13人ととしちゃん(モンの両手のチェロス)は
ピーターパンの空へと旅立っていった。
ビク (火曜日, 21 7月 2015 21:19)
暗がりを進む船
二人きりの世界となったことで、異常なまでの緊張感がガッツを襲った。
アトラクションを終えたあとで知れたことであるが…
船に乗っている間、クラリオンの問いかけに、ほぼほぼ
「あっ、はい。 あっ、はい」
としか、答えなかったガッツだった。
そのあと、クラリオンからガッツを誘うことは二度となかった。
一方、マコト組は、まるでデート気分で肩を寄せ合い
時間の流れに身を任せていた。
それは、マコトが文子にした
「幸せに暮らしているんだろう?」
の質問に文子が
「わたし…あなたのことが忘れられずに・・・
いまでも一人でいるの。今でもあなたのことが・・・」
という、こんなシチュエーションでありがちな
女子の常套手段に、まんまとだまされたからであった。
ただ、文子としては、まさかマコトが自分の冗談を
まったく信じ込み、しかも自分に対して申し訳ない気持ちを
抱いてくれようとは、思ってもいなかった。
決してだますつもりで発した言葉ではなかった。
でも、申し訳ない気持ちを抱かれたことじたいが、気に入らなかった。
そんなことを言われて、悪い気分になる男はめったにいない。
マコトも当然、そんなに俺のことを…と、
別れたことを後悔するかの勢いで、
昔の仲良かった頃の思い出を引き出しから
一つ一つ見つけ出していたのである。
マコトにフラれたことの「憎しみ」の気持ちは
時間が和らげてくれていた。
だから、今日このランドで笑顔で再会することができたはず。
しかし、サンボの話を聞きながら
「わたし…そうだよね。私は頑張っていたよね。一生懸命に好かれようと・・・」
「それなのにマコトは・・・」
文子の心の奥底に封印してあったマコトに対する憎しみが
サンボの話で、世に解き放たれてしまったのである。
二人の船は、さらに奥へと進んでいった。
マコトがした一つの質問
「なぁ、いま、どこに住んでいるんだ?」
文子が「石橋町だよ」と答えたことが
二人の事情を一変させてしまう。
「い、い、石橋?」
マコトには、決して忘れられない石橋にまつわる苦い思い出があった。
二人の空の旅、後半にあっては
ほぼ文子の声が、マコトには届かなかった。
それは、マコトの頭の中で走馬灯のように蘇る石橋の思い出が
文子の声の侵入をさえぎったからである。
文子が、その間、マコトに問いかけていた
「大切な質問」を無視された形になってしまった文子
そんなマコトに業を煮やした文子は、意を決して
「ねっ、マコト・・・
キッスして」
と、マコトの左腕を自分の胸に引き寄せたのだった。
チェリー (水曜日, 22 7月 2015 05:17)
マコト50代にして心臓の鼓動が……
ドキドキ ときめいていた10代の自分になっていた
文子の大胆なこの行動がのちのちマコトの人生を大きく左右するとは夢にも思わないまま 夢の世界と誘われていくのであった
一方 間塚と千代子
千代子には同じ歳の夫がいた
全く別の高校出身で、30年経った今でも彼女にベタ惚れ
彼女の行動が気になり 後をつけることもしばしば
妻を信用していない いつも不安な男であった
そんな夫にいささか愛想がつきた千代子
久々に逢った間塚が 頼もしくて格好よくみえた しかも独身貴族……
足元までお洒落が徹底していて感動すら覚えていた
そんなウキウキしていた千代子の目の前に
……
夫 雅道の姿が
何であんたがいるのよ?
おまえさあー文子ちゃんとランドに行ったはずじゃないのか?何で男といるんだよ
かと思いきや いきなり雅道は 間塚の襟首をつかみ
うちの嫁とどういう関係だ?
間塚は、よく分からないこの状況のなか ただの同期生ですと答えるしかなかった
お騒がせな千代子 そして文子
せっかくの夢の国への遠足
どうなっていくのであろうか
ビク (水曜日, 22 7月 2015 12:26)
ガッツが、旦那の前にたった。
そして、静かな物言いで
「誰も何も悪いことしてねーよ。」
「もちろんあんたの奥さんもな」
「お前の大好きな奥さん連れて、早くこの場から去ってくれ!」
「いや、すまない。俺たちがこの場から去るよ」
「旦那さんよ。一つお願いがあんだけど」
「あんたの奥さんの同期生のよしみできいてくれたらだけどな。
少しは、自分の奥さんを信用してやれよ!」
「って、あんたら夫婦の問題だけど」
「おぉ、ついでにもう一つだ。」
「あんた、もう二度と俺たちの前に現れないでくれ。
それと… もし、あんたの奥さんが同級会に参加したいと言って
あんたにお願いしたとしたら・・・
できれば、その願いを叶えてやってくれ。」
(ついでに2つお願いしてんじゃん!と葉月の心の中でのつっこみ)
「あんたら、決して変な夫婦じゃねーよ」
「自分の奥さんを大切に思うなら、一人の女性としても大切に見てやれよ」
「それと、あんた自身、自分に自信を持てよ」
「奥さん、愛してんだろ。奥さんを幸せにしてやりたいんだろ
それとも自分が幸せならいいのか?違うだろ!」
「奥さんの話を聞いてやれよ!
そしたらあんた、もっと愛されると思うよ。あんたの奥さんにな」
そして・・・ガッツは、女子3人組に深々と頭を下げた。
面々の方に振り返り
「次のところに行っちっけ。次は・・・」
「あぁ~ チュロス買いに行きた~い!」とモン
3人組との再会で始まった“別の夢の話”は、
ガッツが、その全てを断ち切った。
次に向かう途中、歩きながらクラリオンが
「ガッツさん、カッコよかったよ」
ガッツは、顔を赤らめて
「あっ、はい。あっ、はい。」
そしてガッツは、クラリオンに
「あのぉ~・・・お願いがあります」
「次の同級会が決まったら… そんときは、さっきの3人に連絡してほしいんです」
「同級会に参加してください。って」
一瞬、クラリオンはためらった。
そんな二人の会話を聞いていた葉月が
「クラリオン、ガッツってあんな奴なんだよ。」
「変な奴!」
「ホントね」と微笑み
「次の同級会、絶対に連絡してあげようね。文子、千代子、温子にさ」
マコトは、やっと我に返り
「やっべ、船が表に出て周りが明るくなるタイミングが、もう少し遅かったら・・・」
「次の同窓会に文子が来てくれたら、ちゃんと話して、この先、同じ同級会のメンバーとして仲よくできるようにしないとな」
「なんか申し訳ねっ、ガッツ。あんがとな」
そう、心の中でつぶやいた。
そして面々は、プーさんのハニーハントに向かった。
途中
間塚が独り言をつぶやいた。
「真子・・・なにしてるかな、今頃」
としちゃん (水曜日, 22 7月 2015 20:12)
プーさんのハニーハントの列に並んだ面々
さっきの一件もあり、10人が一緒に会話をする雰囲気になっていた。
梅子が、ふとつぶやいた。
「ねぇ、私たちって…なまっているのかな?」
「え~、なんで、どうして急にそんなことを・・・」
「いや、マコトやガッツの話を聞いてると、
『はぁ』とか、『・・・きっとが』とか。って
クラリオンが続いた。
「わたし、東京に住んで30年になるけど
栃木に帰ってくると、本当になまりが戻っちゃうときがあるのよ」
「でも、やっぱり故郷っていうか、親しみはあるわよ」
マコトとガッツは、自分たちだけ特別扱いされたようで
嬉しいような、いや、悲しいような。複雑な心境だった。
「ねぇ、ねぇ、マコトとガッツで、何か会話してみてよ」
「私たちが理解できるかどうかさ」
と、クラリオンに無茶ブリされた二人は
「しゃぁんめ。やっちっけ」と会話を始めた。
マコト
「おばんです(こんばんは)」
「よぉ、おめぇよ(あなたは)、こないだ(先日)いしゃさま(病院)に
いってきたんだって? どしたん?(どうかしたのですか?)」
ガッツ
「酒飲みやっててよ、友達にむけぇに(迎えに)きてもらったんせ(来てもらったのです)」
「居酒屋出て、横断歩道つっきってよ(横切って)、
道路でぶちかって(座って)待ってたんだきっとがよ(待っていたのですが)
なかなかこねくってさ(来てくれなくて)
したっけら(そしたら)、こうもり(傘)忘れたこと思い出してよ
あわてて、取りに戻って、また待っててさ
したっけら、やっとこさ(ようやく)友達来てくれて
うら(うしろ)に乗れや!って
んで、乗るときによ、ドアに手をぶっちめっちってさ(挟んでしまって)
あげくのはてによ、友達がてれんこてれんこ(ノロノロと)運転するもんだから、いじやけっちってよ(イライラしてさ)」
「この、でれすけが!(お馬鹿さんね!)って、言ってくれたんせ」
「そしたら、友達が
お~、おっかねおっかね(怖い怖い)。
ガッツ、今日は、えんがみたな(ひどい目にあったね)ってさ」
「しゃぁねから、布団ひいて(敷いて)寝っちったよ(寝てしまいました)」
「次の日、すんげぇ(すごく)指がはれっちったんで
しゃぁね、いしゃさま行ったんせ」
マコト
「そぉ~けぇ。(そういうことでしたか)」
「んで、もうだいじけ?(大丈夫ですか)」
「んでもよ、骨、おっかかなくて(折らなくて)えがったなぁ(良かったですね)」
「へたこくと(悪いことになると)、骨、ちゃぶれっちゃうとこだっぺよ(つぶれるとこだったね)」
「手に包帯まいてあっと、なかなか、はかいかなかんべ(はかどらないでしょう)」
「まぁ、コーヒーでも飲めや。ミルク入れて
よくかんましてな(かき混ぜてくださいね)」
「よっ、余ったミルクは、がめんなよな(泥棒しないでくださいね)」
「って、手についたミルク、なびんなや(なすりつけないでください)
「おめぇは、きかねかんなぁ(悪がきですよね)」
ガッツ
「このコーヒー、うんめ(美味しい)」
「ってよ、今の話は、ちくらっぽなんせ(うそですよ)」
マコ
「へでなしこくなや!(いい加減な話しないでくださいよ)」
「この~ ぶっくらすぞ!(ひどいめにあわせますよ)」
「とうむぎ(トウモロコシ)、むぎって(収穫)こさせっと(させますよ)」
「そろそろおわすけ(終わりにしましょう)」
「はっこ!(こちらにきてください)」
半分以上、外国語のような会話であった。
ビク (水曜日, 22 7月 2015 22:03)
面々は「片思い」の話を始めた。
10人中、9人が片思いの経験があったことが分かり
互いに、その頃どんな気持ちであったのか語りだした。
それまでポップコーンバケットとチュロス以外に興味を示さなかったモンが、
片思いの話になった途端、会話に参戦してきた。
「ねぇねぇ、片思いには二種類あるのよね」
「はい、マコトくん。その二種類とは?」
マコトには答えられなかった。
「あっ、わたし分かるよ!」と、
助け船を出してくれた人がいた。
ビク (木曜日, 23 7月 2015 21:20)
自分は今でも現役のプレイボーイだぜ!と自負しているマコト
「俺が片思いなんかする訳ねーだろー!」
と、唯一、その経験がないと言い張ったため
モンは、あえてマコトを指名したのであった。
モンの突然のふりに、困った表情のマコトを救ったのは
葉月だった。
「いまよ葉月!マコトを救えるのは私しかいないのよ!」
と、エースをねらえの竜崎麗香なみに瞳に星を輝かせ
自分に言い聞かせた葉月。しかも平静を装って
「あっ、わたし分かるよ!」
と、両手の人差し指を頬にあてて、一歩前に進んだ。
そして、少しうつむきながら
乙女チックに自分の考えを語った。
「あのね、わたしの中では、厳密に言うと三種類になるのかなぁ・・・
片思い・・・
一つは、思いを告げてその結果失恋に終わる片思い
二つ目は、思いを告げない片思い
三つ目は、結果を知らされない片思い
二つ目と三つ目は・・
永遠に続く片思い
そうなる可能性が高いよね」
モンが、
「正解!」
「っていうか・・・わたし以上の答えだよ葉月」
「ねっ、三つ目って・・・」
「そうね。三つ目の“結果を知らされない片思い”
それって何?って思うよね。」
「あのね、わたしね・・・」
葉月の片思いの経験談を聞かされた面々
深く、うなづいて「なんか、ステキ。葉月」
と、女子の中には涙を浮かべる者もいた。
葉月の、生涯忘れることのできない片思い
彼女の大切な想い出であるので、
文章に残すことは控えたい。
永久(とわ)に続く葉月の片思い
女子たちは、片思いを続けることができる葉月のことが
とてもうらやましかった。
決して罪にも誰の迷惑にもならない
“心の中の宝物”があることが。
ビク (金曜日, 24 7月 2015 12:29)
面々の会話は、男と女の違いの話題になった。
「ねぇねぇ、男子ってさぁ…
女子には理解できないことたくさんあるよねぇ~」
そんな梅子の言葉で、バトルは開始された。
(誰の発言であるかは省略する)
(あくまでも言っておくが、決してケンカはしていない。
互いに言いたいことを言い合える仲間なので)
「なんで、男子ってさ、勝つことに異常なまでにこだわりを持つのかな
(なぜあんなに対戦ゲームに熱中できるの?)」
「女子はさ、ストレスに対してよくしゃべるよな。男子は黙るけど」
「女子はさ、男より欲望が大きい、図太い神経で持続力があるよな」
「え~、女子は繊細なのよ!他人のごくわずかな気持ちや態度の変化に敏感だもの」
「あぁ、女子は男の嘘を見抜きやすく、男をだましやすいよな。」
「確かに!そのてん、男子はボディーランゲージに弱く、女の嘘を見抜ぬけないことが多いけど」
「え~・・・」
(ヒートアップ ↑ )
「男子って、ギャンブル好き!つきあいが、からっとしている! 威張りたがる!
名誉を重んじ、順位や勝敗が気がかり!」
「それに男子って、自分の興味のあることにしか向かないでしょう!(しょうがない物に夢中になるし)」
「おぉ~、でも女子はさ、小集団を作り、うわさ好きで、思いこみが激しく、言葉の意味にこだわりやすいよな」
「話を聞かない男・地図が読めない女!」
「・・・・それって」
(クールダウン ↓ )
「女子はさ、かけられる言葉から親しみを感じるけど、男子は?・・・」
「おっ、それなら男子は、共に行動することで親しみを感じるんだよ」
「育てる事への関心が強いのは女子の方だよな。(タマゴッチは女の子が流行らせたし)」
「なるほど、そのてん、男子は“もの”に興味があるんだね。(動くおもちゃが好きだもんね)」
「そっか、だから人形が好きな女子は“人”に興味があるのね」
「女子の行動ってさ、それをとどめる(心の中の自己規制)のは「恥ずかしさ」だよね。きっと、ほとんどの女子が気にするのは「人からどう思われているか」ということだもの。」
(男子チーム・・・そ、そ、そうなんだ)
「男子って、自分にないものを持っている女子を好きになったりするよね・・・」
「あぁ…細身の男子がぽっちゃり系女子を好んだり?」
「・・・って、それもあるかもしれなけど」
「え~、じゃぁさ、似た者夫婦ってどうなんだろうね?」
「それは、また違うんじゃない?」
「あ、妻が旦那に似ていくっていう話も聞いたことなるな」
(妻、あるいは旦那のいる者は、いま一所懸命想像中)
「いずれにしてもさ、人生
男子と女子しかいないんだし、
それぞれに違いがあってさ、考え方とか、好き嫌いとか…
だから、面白いんだよね。きっと
時にはぶつかったり、そして理解して認め合ったり
相手を尊重したり、相手から尊重されたり。
男子だけ!でも、女子だけ!でもつまらないよね」
「ずっと尊敬しあえる相手がいいよね。。。」
葉月が、最後は締めくくった。
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015 17:46)
面々は、再び片思いの話で盛り上がった。
だが、一人、話題に入れず、寂しそうにしている男子がいた。
マコトである。
さっきは、葉月に助け舟を出してもらい、事なきを得たマコトであったが、
片思いの話に盛り上がる面々の輪に加われないことが
普段の根っからの明るい男を、一人寂しそうにさせていた。
どうやら、彼の「俺は片思いなんかしたことがない!」
というのは、まったくのちくらっぽのようだった。
♪街の唄が聴こえてきて
真夜中に恋を抱きしめた あの頃
踊り続けていた
夜のフラッシュライト浴びながら
時の流れも感じないまま・・・
マコトは一人、鼻歌を口ずさんでいた。
どうやら、マコトが失恋したときに、救われた曲のようだ。
「マコトぉ・・・どうした? らしくないぞ。 こらっ!」
と、葉月はマコトの鼻のてっぺんを人差し指で触れた。
そして、葉月はマコトにさらに近寄り、さっきの曲の続きを
今度は葉月が歌ってみせた。
♪窓辺にもたれ 夢のひとつひとつを
消してゆくのはつらいけど
若すぎて何だか解らなかったことが
リアルに感じてしまうこの頃さ・・・
「マコト、昔の曲っていいよね。わたし、大好き」
そう言って、マコトとの距離20センチの近さで微笑んだ。
「ごめん、葉月。さっきはありがとな」
「ぜんぜん。大丈夫だよマコト。
あのさ・・・わたしは、めちゃめちゃ明るいマコトが好き」
と、うわっ!私、どさくさに紛れて何言ってんのよ!とあわてて葉月は
「そうだ! ね、昔の曲、一緒に歌おうよ!」
「おっ、おぉ~そうだな」と、やっと笑顔に戻ったマコト
じゃ、私からね。
♪やさしくしないで。君はあれから
新しい別れを恐れている
僕が君の心の扉を叩いてる
君の心がそっとそっと揺れ始めてる・・・
葉月は、何故にこの曲を選んだのか・・・
自分自身気付かないままの選曲であった。
「おぉ、いい曲だよな。今度は俺の番な」
♪今なんて言ったの? 他のこと考えて
君のことぼんやり見てた
好きな人はいるの? こたえたくないなら
きこえないふりをすればいい・・・
いい感じで、二人の“懐メロタイム”は過ぎていった。
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015 18:27)
葉月とマコトの二人の様子を見つめる男がいた。
間塚である。
「よし、いいぞ!」
「やっと来たな。この時間が」
そう、つぶやいて二人に近寄る間塚
「俺のことも、すえてくれよ!」(僕も加えてくださいな)
いつのまにか間塚も栃木弁に犯されていた。
そして
「ガッツ、はっこ!」(ガッツも来てください)
4人で懐メロタイムが継続された。
間塚の狙いはこうだった。
「ガッツに、もう一度、歌ってほしい!」
ガッツは、アメリカでの“あの曲”を演奏、歌って以来
一度として、歌うことが無くなっていたのであった。
もちろん、自ら曲を作ることも無くなっていた。
間塚は、願わくばガッツの曲をドラマの主題歌にしたい
やはり、その願いは消えていなかった。
いつの間にか、懐メロタイムは、10人全員の輪になっていた。
52歳の面々
懐かしい曲でありながら、誰かがしっかり歌詞を覚えていた。
「え~、それ2番の歌詞だよ~」
そんな、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015 21:56)
「あぁ~懐かしい この曲。よく歌ったよね~」
「私、好きだったなぁ 西城秀樹!」と、クラリオン
「うっそ!ホント?」
話題は、あの頃のアイドルの話になった。
面々は、それぞれに自分の“1番”のアイドルの名を語り
そして、いつしか話題は「どっち派?」になった。
それは、ガッツが
「自分はピンクレディーのケイちゃんなんすよ」
と、言ったのがきっかけだった。
「え~、なんでぇ~ 絶対にミーちゃんでしょ!」
ガッツ、敗北であった。残り9人がミーちゃんに挙手した。
キャンディーズ、当然のように男子全員が蘭ちゃんに投票
フォーリーブス! やはり北公次派が圧倒的だった。
おニャン子クラブ・・・さすがに好みが分かれた
新田恵利、河合その子、城之内早苗(しぶぅ~)岩井由紀子
渡辺満里奈、工藤静香
さすが、アイト! 会員番号29番 渡辺美奈代!
たくさんのアイドルの名前があがった。
そして
ザ・リリーズ! ・・・って、それ双子じゃね?
で、どっち派の遊びは終えた。
間塚は、ずっとガッツの様子を気にしていた。
どっち派?のような時は、一緒に楽しんでいたガッツであったが
やはり、歌は一度も歌わなかった。
間塚は、一か八かの勝負に出ることにした。
「なぁ、ガッツ・・・
アメリカでの同窓会でガッツが作って皆に聞かせてくれた曲…
もう一度聞きたいんだけど・・・だめかぁ」と
全員、固唾をのんでガッツを見守った。
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015)
ガッツは・・・
「ゴメン。忘れっちった」と笑って、この場をやり過ごそうとした。
と、その時梅子は
「ねぇ、ガッツ・・・」
「私ね、あの時の曲… ありがとう・・・
本当に嬉しかった。
私… わたしの人生であれだけ感動する曲
初めて聴かせてもらったの」
「それなのに、わたし・・・」
間塚は焦った。決して、そんなつもりではなかったのだが
歌を贈られた当人の梅子がいたこと…、すっかり頭から抜けていた。
この場で、梅子と慶一のその後の話
それを問いただすような場面ではないことぐらい
間塚は承知していた。
しかし、言葉に詰まる梅子に対して
間塚は、声をかけられなかった。
するとガッツが
「梅ちゃん・・・ 大丈夫、大丈夫。」
「俺ね、実はあの曲・・・も、も…」
しかし、ガッツも次の言葉を飲み込んでしまった。
すると・・・
♪涙をふいて あなたの指で 気付いたの はじめて
あの頃の私 今日までの日々を 見ててくれたのは あなた
葉月が、歌い始めていた。
驚いたことに、続いてサンボもクラリオンもモンも
♪わがままばかりでごめんなさいね 恋人と別れて
あなたの部屋で 酔いつぶれてた そんな夜もあった
想い出せば 苦笑いね 淋しさも悲しみも
あなたのそばで 溶けていった いつもいつの日も
この場にいた女子たち、すごかった。
何がすごいって、
一度しか聞かなかった曲
皆で、涙を流して聴いたアンの唄声
その記憶を、ずっと残したいと思った女子たちは
同窓会を終え、日本に帰る飛行機の中で
皆、協力しながら、その時の記憶を掘り起し
歌詞をすべて書き残していたのであった。
そして、葉月のお店で夜な夜な開かれている女子会で
最後のしめは、この曲を皆で歌っていたのであった。
そして、曲は“さび”にさしかかろうとしていた。
女子たちは、ガッツが歌ってくれることを
ただ、ひたすら願って歌い続けた。
そして・・・
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015 22:39)
「こんにちは~ はい、お待たせしました。」
「何人のグループ様ですか?」
ぷーさんの旅の時間になっていた。
「じゅ、じゅ、10人です・・・」
面々はぷーさーんと一緒に
再び夢の国へと旅立っていった。
あわててグループを編成したため、
自分のお目当てメンバーと一緒に!
という訳にはいかなかった。
ガッツとペアになったのはモンであった。
これまで、大食いモン!のように、
ただひたすら食べてばかりいるモンを語ってきて
モンの実際のところに触れてこなかったのだが・・・
実は、モンは、すごく気のきく優しい女子であった。
高校時代の名残りで、いじられキャラをずっと受け入れてきたモンであるが
いつも、一歩下がって、冷静に面々の行動を見届け
ここは自分が!という場面では、ピエロを演じ続けてている
そんな女の子であった。
そして・・・
ここで、一つのルールが崩れた。
ガッツとモンは、昔から馴染んで、気の知れあっている仲である。
なので、葉月やサンボと一緒にいる時のモンに対しては
丁寧語でもなく、ごく自然に同級生としての
振る舞いをしてきたガッツであった。だが・・・
何故か、二人で夢の国へと進んでいったときのガッツは
「あ、あ、あのぉ~ さっきは途中で唄…
終わっちゃったですよね・・・」
モンは、普段の言葉遣いと違うガッツに
直ぐに気付いた。
「はぁ~ なに? ガッツ 気持ちわるぅ~」
「何か、こんたんがあるの? 普通にしゃべりなよ!」
ガッツは
「あっ、はい。」と、
そして、もう普段のガッツには戻れなかった。
唯一、ガッツがしゃべったのは
「紺の洋服… 似合っています」と
としちゃん (金曜日, 24 7月 2015 23:04)
葉月は、マコトとぷーさんの国を楽しんでいた。
「ねぇ、マコト… ガッツとモン
うまくやってるかなぁ」
「だいじじゃね! くらねよ。 あの二人なら」
「モンがうまく取り繕ってくれてるはずだべ」
ガッツがモンと二人きりになったことで
一言もしゃべれないほど、緊張しているとは
夢にも思っていなかったマコトと葉月であった。
「ねぇ、ねぇ、さっきさ、ガッツが言いかけて
途中でやめた言葉・・・気にならない?」
「そうだな。まぁ、でもさ、ガッツはガッツだよ」
「いつも、あいつは、あんなだべ」
「俺も、あいつにはたくさん世話になってきたからなぁ」
「あ、昔さ、一人の女性を二人で奪い合いしたことあってさ・・・」
「結局、あいつはその好きな子に告白しなかったんだよ」
「俺は、行け!って言ったんだよ。正々堂々と
二人で勝負しようぜ!って」
「でも、ガッツは
俺、別に好きな子ができた!って、言って・・・
で、告白して直ぐにフラれた!って言ってた」
「俺は俺で、頑張ってその子に告白したんだけど・・・門前払い」
「二人とも若かったよなぁ」
「あ、でも、こうして今でも仲よく遊べる仲でいるんだから
それで良かったんだけどな」
と笑った。
そして、マコトは続けた。
「あ~、でも、もしガッツが告白していたら・・・
わかんなかったかもなぁ」
「なんで、別の子に告白したんかな? 急に」
「真剣に好きだ!って言ってたんだけどなぁ・・・」
「ま、でも、あいつも
今でも同級生で集まれる仲でいるんだから良かったんだろうけどさ」
と、面々がいる方に目をやった。
葉月は、恐る恐るその子の名前を確かめた。
「ね、その子って・・・」
チェリー (土曜日, 25 7月 2015 03:12)
ここにいる?もしかして……
ガッツの事だから自分の気持ちを殺して
マコトに彼女のことを託したんじゃないのかな……
と、葉月は不意にそう思った。
でも、その大好きだった彼女とは
マコトは、ガッツの名誉のために言わないでおこう
と、思ったけれど
ま 30年も経ってるし
モンだよ
葉月の驚いた顔が見たくて
マコトは、言ったつもりだったのだが
意外と葉月は冷静で
やっぱりね~
そうだと思ってたよ
モンのことよーくわかっている私だからさ
ガッツの気持ちもよーくわかるよ
今からでも始まれるんじゃないの?
モン 今 フリーだし
でもさ、昔 二人ともモンのこと好きだったとはね~
ところで マコト……
君って一見イケメンでイケイケタイプだけれども 本当は違うんじゃないの?
高校時代は話す機会もあんまりなかったから、外見からの先入観であまりいい印象なかったけれど 意外とさみしがり屋で友達思いのいい奴じゃん
この歳になっちゃったけど 誤解が解けてよかったね
葉月は いつしか自分の片想いの話を
始めていた
私ね、未だに独身どうしてかな?
マコトわかる?
マコトは、全く分からんという顔をしていた
大好きだった人のことを想っていたら
今の歳になってしまったの
彼が今どこで何をしているとか
全くわからないのだけれど
風の便りでは 一度結婚したけど別れて
独りで世界中まわって仕事をしているらしい
いつかまた逢えたら 気持ちを伝えようか
それとも生涯伝えずに終わるか
などと想っていたらもうこんな歳になっちゃったし、自分の生きてきた道に何の曇りもない ゆったりとした長い坂道を登ってきたような人生だから 登りきるまで このままでいいのかなあ…
孤独との戦いで辛くて
くじけそうになった頃 すごーく優しい人に出会って婚約したのだけど、彼は実は結婚詐欺師だったの
あり得ないでしょ
知らない間にお金とられちゃったし
やっぱり独りがいいって
そう思った
としちゃん (土曜日, 25 7月 2015 07:35)
そして葉月は、続きを
一人で口ずさんでいた。
♪もしも逢えずにいたら 歩いてゆけなかったわ
激しくこの愛つかめるなら 離さない 失くさない きっと・・・
あなたがほしい あなたがほしい・・・
周りが明るくなった。そして
「おかえりなさ~い」
ぷーさんの旅が終わった。
ガッツとモンが先に降りて待っていた。
モンは、葉月に近づき、
『私は不満。』と、言いたいんだよ!
と、からだ一杯で表現し
「もう~、ガッツったらさ、つまんないの!」
「せっかく、二人きりの時間ができたと思ったのに・・・」
「ほとんど、しゃべってくれないんだよ」
葉月は、そのモンの表情をみて、はっとした。
「え? え? もしかして・・・」
葉月は、このタイミングだからこそ
確認しようと考え
「ねぇ、モンはさ、ガッ・・・」
その時だった
「おぉ~ 葉月、モン 次いくべ!」
と、ガッツが近寄ってきた。
その様子をモンは、しっかりと見届け
「そっか。やっぱりそうだよね。
ガッツの心の中には・・・
葉月がいるのね。
あの曲も、葉月を想ってかいた曲だったのね・・・」
そして、10人が揃って
次は、ファンタジーランドでのショーを見るための
席を探しに歩き始めた。
モンは、一人で歩いていた。
そして、モン葉月と同じように
唄を一人で口ずさんでいた。
♪もしも傷つけあって
夜明けに泣き崩れても
激しくこの愛見つけた日は
忘れない 失くさない きっと・・・
「ねぇ、モン・・・」
「え、なに?」
葉月の言葉に対して
モンの返事は、いつもの明るい口調ではなかった。
心のなかでのモンの返事は
「なんなのよ、葉月」
であった。
としちゃん (土曜日, 25 7月 2015 22:00)
ショーを見る席を見つけた面々
クラリオンが用意してくれたシートに
女子たちが順に座っていったのだが、
どうしても一人座れない広さであった。
(女子たちの名誉のために言っておくが、決して、おし○が大きいからではない。今、想像した人は、謝ってほしい。赤パン・モンに!)
どうやって座るかと、頭を痛めていると
「シート買ってこようか?」
と、間塚が。それに反応したサンボが
「ショーが始まるまで、一時間もあるし・・・」
「お土産でも見に行こうよ。交代で!」
という話になった。
ガッツは、お土産を買っていく人もいなかったので
「おれ・・・お土産ないから、みんなで行ってこいよ」
と、
モンは、ガッツを一人にしてまで、お土産には・・・
と、思ったが、「お土産」の言葉を聞いた瞬間に
アソーテッド・クッキー
チョコレートクランチ
ベイクドチョコレート
コーンフレーク&ナッツチョコレート
・・・
もう、頭の中は、食べ物に占領されていた。
「大丈夫だって。行ってこいよ!俺、のんびりしてるから」
「じゃぁ、悪いな。」と、皆、歩きだした。
5メーターぐらい歩いたところで
後ろ髪を引かれる思いで、モンが振り向くと
「わたしも、休んでるね。少し疲れちゃった。横に座ってもいい?」
と、ガッツに語りかける一人の女性の姿が、目に飛び込んできた。
クラリオンであった。
としちゃん (土曜日, 25 7月 2015 23:10)
「ピーターパン…楽しかったね」
と、クラリオンがガッツとの会話の口火をきった。
「あぁ、なんか俺・・・緊張しちゃって・・・ごめんなさい」
「いえ、大丈夫。わたし、聞いていたから」
「ガッツさん… 気心知れた人以外とは、あまり話さないんだよ。って」
「え? そうなんですか・・・」
「それそれ! その話し方。ねぇ、ガッツさん・・・」
「違う。ねぇ、ガッツ・・・
「私の名前、呼んでみて」
「えっ・・・」
「は・や・く」と、微笑むクラリオンに
「クラリオンさん」
「だめ!」
「どうして、さんをつけるの? もう一度」
「ク、ク、クラリオンちゃん」
「もっとだめ!」
「わたし・・・葉月やサンボ、梅子にモンと同じようにされたいの」
「ク・ラ・リ・オ・ン」
ガッツのその声は、周りでショーを待つ人たちの会話に
うち消されていた。
「聞こえない!もう一度」
「クラリオン」
「良かった。これで皆と同じ気心知れた友達になれたわ」
シンデレラ城を照らすあかりに、クラリオンの笑顔が映し出されて
ガッツの心臓は、その脈拍数が限界値を超える寸前まで上がっていた。
それからは、二人は、ごくごく自然な会話をするようになった。
普通の仲のよい友人として。
だが、クラリオンがした一つの問いかけに
ガッツは一変してしまう。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「わたし、知りたいな。アメリカで聴かせてもらった、あの曲」
「誰を想ってつくった曲だったのか・・・わたし
どうしても知りたい」
「ねぇ、ガッツ わたしね・・・」
ビク (日曜日, 26 7月 2015 00:02)
今頃、ガッツはクラリオンと二人きりなんだ!と、
居ても立っても居られない気分のモンであった。が・・・
頭の中に、天秤を思い描き
チョコレートクランチ VS ガッツ&クラリオン
はっけよ~い。。。
チョコレートクランチの勝ちであった。
実は・・・
モンは、さっきの、ぷーさんの旅で起きた
ある出来事を、ガッツの口からクラリオンに
話されてしまうのではないかと、気が気ではなかったのだった。
ただ、「まっ、いっか。仕方ないや。話されても」
と、チョコレートクランチが勝利したのであった。
その出来事とは・・・
ぷーさんの旅を終えて、出口で
「ねぇ、さっき写真撮られたわよね。見て行こうよ」
と、ガッツの手を引っ張り、その場に行ってみると
「・・・・・・」
「ガッツ、行こう! 見ないでいいから」
そう言われて、見たくならない人間は、そういないであろう。
「え、俺も見たいよ」
「だめーーーーーーーーーーーー!」
すでにガッツは見つけていた。
「・・・・・・なるほど」
その写真には
シマリスが、木の実を食べるときにも
これほどまでに、ほっぺたは伸びないだろう!
と、いいたくなるぐらい
モンのほっぺたは、チュロスでいっぱいであったのだった。
旅中は、飲食禁止であるはずなのだが…
旅を終え、葉月に対して、いつもの口調と違った返事をした理由も
「ガッツのやつ、絶対、葉月にちくる!」
そう、勝手に決めつけ
ゆえに機嫌が悪かったのであった。
「あいつ・・・クラリオンにちくったら・・・」
「う・め・る」
モンの気持ちの切り替えは早かった。
葉月には、正直に”出来事”を説明した。
「あいつを… う・め・る」とも。
葉月は・・・
「わたし、勘違いもはなはだしい?」
そう、笑うしかなかった。
「あぁ、でも、違うの?」
「ガッツは、マコトとモンを同時に好きになり
そして、それからもずっとモンを想い続けていたんじゃないんだ・・・」
と、
「まっ、いっか。今は、お土産!お土産!」
そう言って、赤の水玉のジャンバースカートをひるがえし、
買い物に没頭したのであった。
ビク (日曜日, 26 7月 2015 00:57)
お土産を両手に持ち、8人は満足。
そして、場所取り役の二人のもとへ、戻っていった。
すると、サンボが立ち止まり、全員の歩みを静止して
「ねぇ、あれ見て!」
8人の視線の先には
指切りをして、さらにハイタッチをする
クラリオンとガッツの姿があった。
「なに、盛り上がってんだよ!あいつら」
アイトが、そう言って駆け寄ろうとした。
「待ちなよ!アイト。邪魔するんじゃないよ」
サンボは、もう一度アイトを止めた。
「あぁ~ おかえりぃ~」
クラリオンが8人に気づき、ハイタッチのために挙げていた両手を
そのまま8人に向けて、嬉しそうにふった。
アイトは黙っていなかった。
「な~に、二人で盛り上がっていたんだよ?」
困った表情を、そのままあらわにするガッツを気遣いクラリオンは
「ないしょ!」
「二人だけの秘密だよ。」
そう言って、ガッツに視線を向けて
「ねっ、ガッツ」と、
今日一番の笑顔をガッツに贈った。
クラリオンの長くて綺麗な髪が
ディズニーランドの風に吹かれた。
嬉しい時の、女子の表情は、
この上なく、素敵であった。
その場にいた、女子たちでさえうらやむ
クラリオンの笑顔であった。
チェリー (日曜日, 26 7月 2015 02:29)
あのうたが大好きになって 帰国してからもずーっと歌ってたの
素敵すぎて こんなに想われている人って誰だか知りたくなったの
ガッツは忘れてしまったのかも知れないけど 高校時代あなたにお手紙を出したことあるのよ♪
ファンレターのようなものかしら
返事がこなかったので諦めたけど
あなたが高校最後の試合でサヨナラホームラン打った姿みて一感動しちゃったの
光る汗と笑顔とガッツポーズ決め込んで
ベースを蹴る姿は最高だったわ
アンと葉月とサンボと四人で観に行ったのよ
みんなかなり興奮していたわ
ガッツは あの日のことを鮮明に覚えていた
自分がヒーローになった青春のひとこま
あの日あのとき クラリオンが 俺をみていてくれたんだ
しかし、ファンレター?
見た覚えがない?
いったい?
青春時代の行き違いって
誰しにもあるけれど
信じがたい行き違いならば
運命を呪いたくなるガッツであったが
としちゃん (日曜日, 26 7月 2015 08:05)
それは、行き違いでも、なんでもなかった。
ファンレターは、野球部に毎日のように届いていた。
エースで5番の『ドラ』が一番人気。
キャプテンの『温水君』が、それに次いで多かった。
ガッツになど、ほぼ届かなかった。
それも、そのはず。
1年の時から、毎日のように寝坊で遅刻。
そのため、登校の時に他の同窓生の目にふれることのなかったガッツ。
授業中は、もちろん。
休み時間も寝ることしか、能のなかったガッツであったからだ。
しかも・・・3年間、男子クラスを通したのだから。
ガッツの存在など・・・同窓生の女子には、ほとんどに知られるはずがなかった。
授業中に居眠り?進学校じゃなかったんだ?
いや、今思えば、皆が通った高校は、進学校と言えよう。
それは、クラスで就職したのが、唯一ガッツだけであったことに裏付けされよう。
ファンレターの話に戻るが…
たまにガッツの元に届いた手紙といえば・・・
「しっかりドラ様をリードしてください。
昨日の練習試合で、ドラ様がタイムリーを打たれたのは
ガッツさんのサインが悪かったんだと思います」
のような手紙ばかりであった。
ドラの女房役を務めていたガッツには
一番つらい内容の手紙であった。
そして、クラリオンが
本当にガッツあてにファンレターを出してくれていたとしても
それが3年、最後の大会の時であったのなら・・・
それは、誰のせいでもなく
ガッツのもとには、届くはずがなかった。
大会前1か月になると
その全てを野球部マネージャーが
選手には読ませないまま、処分していたからである。
野球に専念させるために。。。
そして、ガッツは
「クラリオンが、自分に手紙を・・・」
「そうだったんだ。しかも、その事を、34年間も知らされずにいたんだ・・・」
それを知ったガッツは、勇気を振り絞って
クラリオンに、こう言った。
「クラリオン・・・お、俺・・・」
としちゃん (日曜日, 26 7月 2015 08:33)
その二人のやり取りは、
8人が、お土産を両手いっぱいにぶらさげて帰ってきて…
サンボが、二人の指切りと、ハイタッチする姿をみつけた
その、10秒前のことだった。
クラリオンが、
「誰を想ってつくった曲だったのか・・・わたし
どうしても知りたい」
「ねぇ、ガッツ わたしね・・・」
その次に言った言葉が・・・
「わたし、誰のために?は、別に誰でもいいから・・・
ガッツのギターで歌ってみたいの!一度でいいの!」
ガッツは
「俺のギターで?」
「お、おぅ、いいよ。」
「じゃぁさ、今度、同級生のカラオケ部つくるから
そこにおいでよ。そこでギター弾いてあげるよ」
「え、ほ、ほ、ホント?」
「やったー!約束ね。ガッツ」
「指切りしよ!」
クラリオンの小指は
とても、柔らかく、とても綺麗な指であった。
ガッツは・・・
34年間、想い続けてきた人の指に初めて触れた。
そして、ギター演奏を約束したのであった。
その曲が、クラリオンを想ってつくった曲であったから。。。
クラリオンは、嬉しかった。
「してやったり!」
「えへっ。言ってみるもんね。野球応援に言ったのよ。
手紙書いたのよ。あなたに!が、効いたかな」
「ごめんなさいね。ガッツ。応援に行ったのは事実だからね」
「あなたを見るためじゃなかったんだけど・・・」
ビク (日曜日, 26 7月 2015 22:33)
「さっ、ショーが始まるよ。座ろうよ」
「あれ?・・・シートは?」
間塚、ただひたすら皆に謝る。「忘れた。ゴメン」と
結局、シートに女子が皆、少し無理をして座り
男子は、地べたに座って、ショーをみた。
男子が、女子の後ろに陣取ったため、
ミッキー、ミニー、ドナルやグーフィーに
精一杯に両手で手をふり応える女子の姿を
男子たちは、目を細めて見ることとなった。
おそらくは、その声は届くことはないのだろうが
「ミッキーーーーー!」
「グーフィーーーーーーー!」
と、名前を呼んでは、手を振る女性陣
ランドは、年齢に関係なく、全ての人を受け入れてくれる
”夢の国”と呼ばれるに相応しいところであった。
ショーも後半にさしかかったとき
「ガッツ、良かったよな。みんなで来てさ」
と、間塚が声をかけてきた。
次の瞬間、間塚は「聞き違い?」かと、思う言葉をガッツから聞かされた。
「なぁ、間塚よ。なんか俺たちをモデルにしてドラマ作るって言ってたよな」
「好きに使ってくれよ。あの曲」
間塚は、一瞬「なんで急に?」と言おうとしたが
「クラリオンと、何かあったんだな」と、すぐに理解し
「そっか。ありがとうガッツ」
と、だけ返した。
ガッツが、さらに間塚に返した言葉が、何を意味していたのか
この時点では、ガッツにしか分からない言葉であった。
「おぉ、だって、みんな仲間だもんな」
「ずーっと、な」
チェリー (月曜日, 27 7月 2015 06:58)
夢の国ともお別れの時が来た
楽しいことは一瞬にして終わる
子供の頃 嫌というほど味わった
大人になっても同じ……皆そう想っていた
帰りのバスの中
何故かガッツの隣にサンボが座っていた
サンボは、冷静に今日の出来事を日記におさめていた
ガッツは横目で見ながら、今日一日の素敵な出来事に浸っていた
間塚の隣にはクラリオン……
ワイン好きなクラリオンは間塚を
時々 横浜の海の見える高台のバーに
呼び出しては一緒に飲んでいた
クラリオンの嫁ぎ先は中華街にある大きな豚まん屋さん
若かりしころ クラリオンの美しさに
大金持ちの紳士である今の夫に見初められ嫁いだのであった
太川裕介似のその当時アイドルみたいな
同級生たちも羨むベストカップルだった
しかし……
彼には前妻の子供が5人もいたのだ
結婚式に知った衝撃の事実
クラリオンは愕然とした
あれから30年
血の繋がらない子供たちを
五人の子供たちを一人前に育て上げ
夫の会社をサポートし
末娘の桜を嫁がせて
そんなクラリオンに太川裕介似の夫は頭が上がるはずなかった
鎌倉の海岸で たまたま間塚と再会してからというものは
……この事は誰も知らなかった……
時々飲みに行っていたのである
一番後ろのサロン席にはマコトを囲んでモン
葉月
機関銃みたいなモンと葉月の会話に意外と心地よさそうなマコト……お酒がまわってきて
ほろ酔い加減
いつしか、モンの膝枕で眠ってしまった
今回影が薄かった若と梅子
若は、いじられキャラ
案の定 梅子にやられていた
アイトはスーツ姿でバスの運転
一行は夢の国から、夢の中へと……
としちゃん (月曜日, 27 7月 2015 12:49)
「アイトぉ・・・ 眠くねぇか?」
「すまねぇな、運転代わってやれなくて。大型の運転は、マコトとアイトしか・・・」
「おぉ、大丈夫だよ。9人の大事な仲間の命を預かっているんだからな」
「それより、ガッツこそ、ありがとな。俺の眠気撃退役」
「そんなことより、楽しかったなぁ、今日一日。
みんな、いい顔して眠ってるよ」
そう言って、後部座席の方に目をやるガッツ
ガッツの目には、いろんなことを理解するには十分な光景が映っていた。
モンの膝枕で眠るマコト
そのモンは、チュロスを握りしめたまま、とても可愛い寝顔(あらためて、モンは可愛いなとガッツは思った)
高校時代のままの少女のような葉月は、赤いジャンバースカートのなかで“あぐら”をかいて眠っている。でも、葉月も可愛い寝顔であった。
若たちも、皆、それぞれに“自分は満足です”と言いたそうな寝顔で。
そして・・・
間塚の肩に、ほほを寄せて幸せそうに眠るクラリオン
そのクラリオンの両手は、間塚の左腕をしっかり掴んでいた。
ガッツは、後部座席に向けていた視線を、また前方に戻し
「良かった。みんな」
とだけつぶやいた。
しばらくしてアイトが
「なぁ、ガッツ… 間塚から聞いたよ。 あの曲、ドラマで使ってくれって言ったんだってな」
「あぁ…」
間塚と同じように、本当は「何で急に?」と聞きたいところだったが、それは封印して、アイトは
「なぁ、ガッツ…この際だから、ガッツが歌って、自分でデビューしちまえよ」
ガッツは、大笑いした。
「デビュー? ば~か、ビジュアルっていうものがあるだろうよ」
「俺の顔は、テレビに耐えられる顔じゃねぇよ」
するとアイトは
「いや、ヤマタツとか・・・ あ、“ケイ・オグラ”なんか、テレビに出て、すげーいい曲歌ってるじゃん」
「アイトよ、それは俺のビジュアルが・・・ 確かに!
そう、言っていることになるよ。ヤマタツ、ケイ・オグラ・・・って」
心の中では、そんな風に思うガッツであったが、事実そうなのであるから、仕方ない。
そして、ガッツは本当の気持ちを打ち明けた。
「間塚が、ドラマの主題歌に!って、そこまで惚れ込んでくれたんだし」
「それに、今日驚いたのは、
女子たち…歌詞まで完璧に覚えていて、皆で歌ってくれて・・・」
「もう、俺一人の曲じゃないんだな~って思ってさ」
「皆と一緒にいたからこそ、生まれてきてくれた曲なんだよな!って、思ったからさ」
あわせて、クラリオンとの指切り、ハイタッチの理由まで語った。
「みんなで、歌おうぜ!カラオケ部作ってさ」
ガッツは、そう言って、首都高を走るバスの車窓に目をやった。
アイトは、ガッツのその言い方が、とても寂しそうに感じてならなかった。
そして、もう一人アイト同じように、寂しさを感じ取った女子がいた。
「そう・・・そんな風に思っていたのね。ガッツは。
でもいいの?クラリオンのこと・・・」
ガッツの横で眠っていたサンボが
二人の会話に気付き、目を閉じたまま聞いていたのであった。
「なぁ、アイトよ。少し、会話を中断しても眠気は大丈夫か?」
「あぁ、もちろん大丈夫だけど・・・どうした?ガッツ」
「いや、少し曲を書きたくなってな・・・」
「今、想い浮かんでいる歌詞を書き留めておきたいんだ」
そう言って、ガッツは、大切なノートを取り出し、歌詞を書き始めた。
隣で、サンボは… ガッツの様子を薄目でみていた。
ガッツは、すでに1曲のメロディーが頭の中に出来上がっていた。
ノートには、思いついたまま、順不同に殴り書きし、そこから、1つの曲として仕上げていくのであった。
♪君に恋した夏があったね
短くて 気まぐれな夏だった
・・・君はとっくに知っていたよね
戻れない安らぎもあることを♪
そこまでは、すらすらと書き込んだガッツ
しかし、次からは、書いては消し、また、書いては消しているガッツ
その部分が、サンボの心には、熱く届いたのであった。
♪淋しくて淋しくて 君のこと想うよ
離れても胸の奥の友達でいさせて
もう二度と会えなくても 友達と呼ばせて
僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ♪
「えっ?ガッツ・・・」
サンボは、あふれる想いを抑えることが出来なかった。そして
「ガッツ・・・ゴメン」
「わたし、ガッツの詩・・・黙って読ま・・・」
「おぉ、起こしちゃった? ゴメンゴメン。うるさかったかい?」
ガッツは笑ってサンボに
「ちょと、また曲をつくろうかと思ってさ。読みたいかい?」そう言って、大切なノートを渡した。
サンボの目は、もう涙でいっぱいになっていた。
人の心がよめるサンボであればこそ。。。
としちゃん (火曜日, 28 7月 2015 12:43)
その時のサンボの涙の理由は、
「ガッツのやつ、今日、私の知らないところで誰かにフラれたのね。
それなのに、♪離れても胸の奥の友達でいさせて♪
そんな歌詞を書いたりして・・・あ~ぁ、なんて哀れなガッツなの。かわいそうに」
と、流した涙であった。
ただ・・・
まだ順不同に殴り書きされた歌詞であり、ガッツの本当の想いを知り、そして完成した歌詞を全部読んでいれば
サンボは、違う涙を流すことになっていたであろうが。。。
「読みたいかい?」というガッツの言葉に
「わたし、ゆっくり読ませてもらってもいいかな?」
そう言って、サンボは、別の空いてる座席に移動して
一人で、ガッツのノートを最初のページから読ませてもらった。
そこには、おそらくは、クラリオンを想って書いたのであろう歌詞が、たくさん綴られていた。
ただ、この時点でのサンボは、その歌詞の想いの相手がクラリオンかな?
と、疑いをかけてはいたが、確信は持てていなかった。
人生相談所の主であっても、確信がもてないような
「一体、この人は何考えてるの?」と言わざるを得ないガッツであったと言えよう。
ガッツのノートには、大切な人を想えばこその優しい気持ちが、ストレートに綴られていた。
「私も、誰かにこんなに愛されてみた~い」
と、つぶやきながらノートのページを進めていった。
と、あの曲を書き綴ったページを見つけた。
何度も、何度も消しては書いたのであろう。
そのページに限っては、ノートの紙が薄くなっているのが分かった。
サンボは、アメリカでのアンの唄声を思い出しながら歌詞を読んでいった。
歌詞は全て暗記してあるサンボであったため
途中までは、アメリカでの様子と歌詞が合致して
心地よく歌っていけた。
しかし、さびの部分に入いろうとしたとき
「えっ・・・?」
そこには、その曲を梅子のために書き換える前の歌詞が
残されていたのであった。
その歌詞を読んで、サンボは驚いた。
と同時に、一気に下まぶたに貯めきれなくなった涙が
行き先を失って、サンボのほほを濡らした。
サンボは、バスの中に仲間がいることを承知しながらも
それを抑える手立てを見つけることが出来なかった。
サンボは、
「どうして、気が付かなかったの…わたし」
「ガッツは、クラリオンのことを・・・」
サンボが、そう確信を持つことができる歌詞が書かれてあった。
それと同時に
サンボは、その曲のタイトルが
「For You・・・」
と、つけられた本当の理由を悟ったのであった。
「ガッツのバカ!」
「あなたっていう人は・・・」
そして、次の瞬間、サンボは、ある不安にかられた。
それは・・・さっき、ガッツが書いていた歌詞のなかに
♪僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ♪
というフレーズがあったことを思い出したからであった。
サンボは、
車窓を眺め、おそらくは歌詞の続きを考えているのであろうガッツを見つめ
「あなたは、これからどうしたいの・・・」
「私が、そばにいてあげてもダメ?」
サンボの二種類の涙・・・一度目の涙を流したことを反省するかのように
サンボは、二度目の涙を決してぬぐおうとはしなかった。
おりく (火曜日, 28 7月 2015 15:41)
かばんの中に今朝
つめこんだはずの
大きめのポーチから、梅子は
暴食のモンに胃薬を渡した
走るバスの中、それぞれに疲れを癒していた
坐骨をさすったり
けいれんするふくらはぎを揉んだり、
んふふ
なんとも滑稽である
寄る年波には勝てぬのである
www
としちゃん (水曜日, 29 7月 2015 12:30)
ディズニーランドの一日。52歳の面々には、思いのほか体力を要したのであろう。
ふくらはぎを揉んだり、胃薬で消化器系を強化したりと、それぞれの方法で体を労わった面々は・・・再び深い眠りについていた。
皆は、眠りについたのだが、ガッツのことが気になるサンボは、
これまでのガッツの行動や、ガッツが皆に言ってきたこと
その全てを思い出そうと、記憶の隅々までを掘り起こしていた。
「あの時の、あのガッツの言葉は・・・」
「あの時の、ガッツの行動は・・・」
「今日の、あの時のガッツの表情は・・・」
サンボは、人生相談所の長としてのプライドなど、もう、どうでも良かった。
ただ・・・
いま、私がガッツにしてあげられること
してあげなければならないことを考えていた。
そして、
♪僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ♪
♪離れても胸の奥の友達でいさせて♪
という歌詞の意味するところを
ちゃんと理解してあげなければならないと思った。
仲間として
しかし!であった。
サンボは、さっきまで、自分が置かれていた状況をすっかり忘れていた。
「ガッツ、なぁ、休憩どうする?」と、アイトが聞いてきた。
二人のそんなやり取りが、耳に入ってきたサンボは、あわてて涙をふいた。
が、当然に間に合うはずがなかった。
サンボがサンボであるために施した顔の装いは
大量の涙により、原形をとどめていなかった。
「お願い! このまま休憩せずに行って!」
サンボの心の中での叫びと願いは・・・無残にも散った。
「おぉ~ トイレー!」
バスの最後列からマコトの声が。
その声で、皆が目を覚ましたのだった。
「はいよ~。あと2キロでSAだからな!」とアイト
「2、2、2キロって・・・」
諦めるしかなかったサンボ
しかし、そこはさすがのサンボ
機転をきかし、「ここは、お肌のためにスッピンに!」
を理由にしようと、ウエットティッシュで生まれたままのサンボに早変わりしたのであった。
そして“たぬき”を演じ、その場をやり過ごそうと…
しかし、悪い予感は、的中するのが世の常。
「あれ~、サンボ すでにスッピン?」
梅子に気付かれてしまった。
サンボは、思った。
「良かった。私だと気が付いてくれて」
「あぁ、でもこのまま・・・ 行って!梅子、お願い」
そこは、仲のいい梅子。サンボを見捨てたりはしなかった。
「サンボ、休憩よ。起きて!」
「ここで、メロンパン買うって言ってたでしょ!」
(もちろん、胃袋を胃薬で修復済みのモンは聞き逃さない)
サンボは、もうメロンパンはどうでも良かった。
で、もう無理だと判断したサンボは、すっと立ち
「男子諸君!聞いてくれたまえ。我は今、生まれたままの姿に変身している。我の正体が世にバレた場合、私は宇宙に帰らねば・・・」
男子たちは、こういう時は意外と?紳士であった。
「分かった。分かった。一番先に降りなよ。」
「で、また元のサンボに変身してきな」
そんな優しい男子たちの気遣いで、サンボは事なきを得た。
「早く、早く考えなきゃ。そして、今日のうちにガッツに話をしてあげなきゃ!」
その思いが、サンボを走らせた。
走れ!サンボ
としちゃん (木曜日, 30 7月 2015)
休憩からバスに戻ってきた面々は、出発して5分もしないうちに再び眠りについた。
それぞれが、休憩前と同じポジション、同じシチュエーションで。
『なんで、そんなにくっついてんの?』と、そのカップルに対して、
それを正そうとする者は、もう、一人としていなかった。
皆、互いが互いのことを「仲良くやれよ!」と、きっとそんな思いであったのであろう。
ガッツは、間塚の肩で幸せそうに眠るクラリオンを確認すると、
間塚に向かって小さな声で「美男美女のカップルで、似合いあだな」と、微笑んだ。
そして隣に座るサンボに向かい
「サンボ、さっきは焦ったろ。良かったな、みんな優しい奴らでさ」
「楽しかったなぁ、今日は。最高の仲間から最高に楽しい思い出をもらったよ。」
「これからも、みんなで仲良くやっていけよ」
そう言って、サンボに優しく微笑みかけた。
「えっ?」
「なに? どういう意味?」
「仲良くやっていくに決まってるけど・・・ いけよ!って、どういう意味よ」
「あっ、そっか。やって行こうな!だね」
ガッツは、自分の間違いに、素直に謝る表情をつくり、そして微笑んだ。
そしてサンボは、ノートをガッツに返して
「ガッツ、ノート、ありがあとう。全部素敵な詩だった。」
「私は…こんなに大切に思われたことないから・・・」
サンボは、ガッツのクラリオンに対する深い想いに気付いてやれなかったこと
そして、いま、そのクラリオンが間塚の肩を借りて、幸せそうに眠っている現実
そして、さっき書いていた歌詞の意味・・・
そのことにふれて、ガッツにいろいろ確認したいと考え、次の言葉を選んでいたのであった。
そして、「あっ、それとさ、ガッツ・・・」
その声を、ガッツは、あっさりとかわした。
それは、「詩を読めば、サンボは自分のことを変に心配する」
そのことを解っていたからである。
そして、ガッツは
「おっと、そうだ。さっきの続き、忘れないうちに書き留めておくよ」
「サンボは、アイトのこと頼むな。みんなの命を守るアイトのことをさ」
そう言って、ガッツはノートを開いた。
サンボは、ガッツのそんな姿が、寂しそうに見えて仕方なかった。
サンボは、ガッツが書き終えるまで待ち
「ねぇ、次はどんな曲になるの?」
「きっと、また素敵な曲になるんだろうなぁ。楽しみ」
と、明るさを装って、ガッツの返事を待った。
「楽しみ? そっか。ありがとね。」
「仕上がったら、サンボに歌ってもらおうかな?」
そう言って、いま書きあがった歌詞をもう一度読み返したガッツは
膝の上にいた“としちゃん”を抱き上げて
「これが最後の曲のつもりで書いたぜ!とし」と。
そして、
「いろいろ、ありがとな。」とサンボに向かって微笑んだ。
この時の会話が、二人の最後の会話になろうとは、サンボは知る由もなかった。
ローズヒップ (木曜日, 30 7月 2015 23:14)
夢の国の旅から半年の月日が流れていた
皆それぞれの 変わりない日常のなかに
時々ふと思い出す あの日の思いで……
遂にプロデューサー間塚によって制作されたドラマが放送される日がやって来た
としちゃん (木曜日, 30 7月 2015 23:50)
その日は、間塚が待ちわびた日であった。
他の面々も皆、楽しみにその時を待っていた。
ただ・・・
その日に、そんなことになろうとは、夢にも思っていなかった。誰もが。
その日、間塚のところに1通の手紙が届いた。
ガッツからの手紙であった。
間塚は、「なんだ?珍しいな」と、封を切り手紙を読み始める。
読み進めるのに合わせるように、間塚の手紙を持つ手が震えていく。
皆への別れの手紙であった。
「間塚が、この手紙を読む日は、ドラマが始まる日の頃かな?」
「俺も、楽しみにしていたんだけど・・・」
「見れそうにない。すまないなぁ・・・ドラマのヒットを祈ってる」
「あとは、すべて間塚に託す」と。
「今まで、いろいろありがとな 間塚」
そして、
手紙には、ガッツから間塚への二つの願い事が書かれていた。
一つは、クラリオンに謝っといてほしい。
ギターを弾いてやる約束を守れなくてゴメンと。
もう一つは、サンボにこの曲を最初に歌わせてやってくれ。
というものだった。
手紙には、楽譜が同封されていた。
♪ Hello my friend ♪ とタイトルが書かれた楽譜であった。
手紙と楽譜の歌詞を読み終えた間塚は、肩を揺らして号泣した。
歌詞の最後には、こう書かれていた。
♪もう二度と会えなくても 友達と呼ばせて♪と。
おなじ日、おなじ頃、もう1通のガッツからの手紙が葉月のところに届いた。
やはり別れの手紙であった。
ただ、願い事が一つだけ書かれていた。
「としちゃんを頼む」と。
ガッツから手紙が届いたことは、すぐに仲間に伝えられた。
いつもの仲間たちは、すぐに集まり、そして、ガッツの家へと向かった。
それまで誰一人として、ガッツがどんな生活をしているのか知らなかった。
手紙に書かれた住所を頼りに、ガッツの家を探した。
そこには、古びたアパートが建っていた。
そこの住人にガッツのことを尋ねると
「あらぁ、お二階のガッツさんのお友達なの?」
「ガッ、ガッ、ガッツは? このアパートに住んでいるんですか?」
「あぁ・・・住んで…いましたよ。三日前に引っ越していかれましたけど・・・」
「で、ガッツはどこに行くか、言っていましたか?」
その返事に、皆は愕然とする。
「あぁ、自分の病は、もう治らないから・・・」
「海の見えるところで、余生を過ごすって」
「あ、あと・・・なんか、“としさん”って言ったかな?
としさんのところに行くんだって、おっしゃっていましたよ」
皆、言葉を失った。
ガッツは、養護施設で育った天涯孤独の身であった。
それは、皆、分かっていた。分かってはいたけど・・・
アメリカに行ったころのガッツより、ランドに行ったときのガッツは
やせ細っていたが「ダイエット中だぜ」というガッツの言葉を信用していた。
面々は、ガッツのアパートをあとにした。
歩き出した面々、誰一人として言葉を発しなかった。
それぞれに、おそらくは同じことを考えていたのであろう。
唯一、マコトが「嘘だろ!おい、ガッツよ!」と
その言葉に対しても、誰も反応すらできないほど、皆の頭の中は混乱していた。
皆、ガッツとの高校時代のことや、いつも変な行動をしていたこと、栃木弁丸出しの会話、アメリカでの出来事、ランドで楽しそうにしていた様子などを思い出していた。
そして、少しずつ・・・
「どうして相談してくれなかったんだろ」
「病ってなんだよ… 治らないってなんだよ」
「どうして、一人を選んだのよ。どこに行ったのよ」
「なんで、今日なんだよ・・・ 今日は皆が楽しみしていた・・・」
「もう、会えないのかよ…ガッツーーーーーー」
人は、二度死ぬと言われている。
『一度目は肉体的な死、二度目は友人が語らなくなる死』であると。
理由も告げずに、仲間の前から姿を消したガッツ。
その彼を、ずっと思っていてくれる仲間がいるであろうか・・・
それは、誰にもわからない。。。
と、
ここまでなら、ガッツの美談で終わったのであろうが。。。
世の中、そんなに甘くはなかった。
「みんな、先に行ってて。わたし、最後にガッツが、住んでいた家をもう一度だけ、見ておきたいの」
そう言って、サンボがガッツのアパートに戻っていった。
この際だから、ガッツの部屋を見たいと、アパートの二階まで上がって行った。
その行動でサンボは、ガッツの本当の姿を知ることになる。
階段を上り、一番奥の部屋の前までいくと、そこには・・・
ドアに無数に貼られた張り紙が、サンボの目に飛び込んできた。
「ガッツさ~ん、お金かえしてくださいよ~」
「ドロボー 金返せー 逃げても無駄だぞー ・・・・」
サンボは、それを見て全てを理解した。
「ダイエット中? あぁ、お金がなくて、ろくに食べていなかったのね」
「病は治らない? あぁ、金癖が悪いのは治らないということね」
「海の見える? としさんのところ?」
「あ、彼女ね。銚子に住む敏子のことね」
「って、敏子のところに逃げていった、ただの“ヒモ”じゃん!」
「・・・残念」
「あんな素敵な曲を作れる人なのに・・・」
そして、サンボは最後にこう言った。
「ガッツよ、今までありがとう。達者でね!」と
パンダ (金曜日, 31 7月 2015 01:03)
ドラマは、アメリカでの同窓会の話からスタートした。
同級生たちは、皆、葉月の店に集まり一緒にドラマを楽しんだ。
もちろん、モンは大量に持ち込まれた食糧もお目当ての一つとして。
皆、同級生たちは、ありのままのストーリーであることに驚いた。
「あ、あの時、確かに言ったわよね。葉月が。」
「あ、言った言った。
それに、しっかり食べてるよ!モン役の片桐はいりさん」
「マコト役の宇梶剛士さんも、いい味だしてる~」
「えっ・・・間塚君の目には、そんな風に映っていたの。ガーン」
と、同級生たちは、一喜一憂しながらドラマを見ていた。
ただ・・・ガッツ役の柳沢慎吾さんのセリフには
誰一人として、反応しなかった。
サンボが、自分の目で確かめてきたことを皆に伝えていたため
「裏切られた。騙されるとこだった。」と誰もが思っていたからである。
それまでは、仲間たちにとって、必要なキャラのガッツであったのだが・・・
ガッツのしたことは、それまで、どれだけの仲であった者でさえも、決して受け入れられるものではなかった。
どれだけの仲間であっても、許されるものではない。
間塚も、すでに第5話まで撮影してあったものを変える訳にもいかなかった。
何より、ガッツがした行動は、第6話からの脚本を大きく変えざるを得なくなり、そのことは間塚を苦しめた。
「ガッツよ、どうしてくれんだよ。
あの曲と…もう1曲も、ドラマで使おうとしていたんだぜ」
第6話は、ガッツのギターでアン役の浜田麻里さんが歌うシーンが予定されていたのである。
しかも、第8話までの脚本の仕上げまでには、あと3日しかなかった。
第8話には・・・真子との話が中心になってくる。
そのことが、間塚を苦しめたもう一つ理由であった。
それは・・・
としちゃん (金曜日, 31 7月 2015 12:44)
どうにも行き詰ったときの間塚は、必ずある人に意見を求めるのであった。
それは、間塚が尊敬する脚本家
『ふぞろいのミカンたち』を書いた、“山田太いーちさん”だった。
山田は、間塚の話をいちから聞いてくれた。
間塚も、仲間たちとの出来事、高校時代の思い出やアメリカでの同窓会、ディズニーランドの様子、そしてガッツのことも・・・その全てを語った。
既に、次の日の朝になっていた。
やっと話を終えた間塚は、1本のカセットテープを取り出した。
「先生、聞いてもらっていいですか?」
そう言って、自分で用意したラジカセにテープをセットし、再生ボタンを押した。
聴こえてきたのは、アンの唄声であった。
聴き終えた山田は
「おぉ~なるほど。この曲が、アメリカでの同窓会のときの・・・」
間塚は、続けて次の曲も再生した。
サンボの唄声であった。
アンとサンボ…二人とも、間塚のためにデモテープの作成に協力していたのであった。
ただ・・・2曲目においてサンボは「嫌よ!ガッツの曲なんか」と断ったのだった。いったんは。。。
楽譜は、サンボのほか葉月やモンも読んでいた。
何度も楽譜を読むうちに・・・
葉月が、
「ねぇサンボ、この歌詞、もしかしたら“としちゃん”あてに書いたラブレターじゃないのかな・・・」
♪Hello my friend 君に恋した夏があったね
短くて 気まぐれな夏だった
Destiny 君はとっくに知っていたよね
戻れない安らぎもあることを
悲しくて悲しくて 帰り道探した
もう二度と 会えなくても 友達と呼ばせて
Hello my friend 今年もたたみだしたストア
台風がゆく頃は涼しくなる
Yesterday君に恋した夏の痛みを
抱きしめるこの季節走るたび
淋しくて淋しくて 君のこと想うよ
離れても胸の奥の友達でいさせて
僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ
悲しくて悲しくて 君の名を呼んでも
めぐり来ぬ あの夏の日 君を失くしてから
淋しくて淋しくて 君のこと想うよ
離れても胸の奥の友達でいさせて
悲しくて悲しくて 君のこと想うよ
もう二度と会えなくても 友達と呼ばせて♪
葉月は、ガッツのとしちゃんへの想いを一番知る人物であった。
ただ、この時の葉月には、どうしても意味の解らない個所があった。
♪僕が生き急ぐときには そっとたしなめておくれよ♪
という部分である。
何度読み返しても、その部分だけが、何か特別な理由があるのではないかと・・・
しかし、葉月の心の中でのガッツは、すでに“裏切り者!であった。
「ガッツ… こんなにもいい曲を書いて、とっても仲間を大切にしていた奴だったのに、それなのに・・・」
よく知っておいてほしい。
どんなにか仲の良い仲間であっても、裏切られた者に対する想いは
“親愛”から“憎しみ”に変わるのだということを。
葉月のガッツに対する憎しみは、日を追うごとに増していた。
ただ、としのことも良く知る葉月であったがため
この曲を否定すると、としのことも否定することになってしまうのではないかと思った葉月は、
サンボにその思いを伝え、サンボもデモテープの録音に、渋渋協力することを決めたのであった。
パンダ (金曜日, 31 7月 2015 21:34)
サンボの唄声は、山田のまなこを涙でいっぱいにさせた。
「いい曲だねぇ・・・間塚さん」
「・・・はい」
そのとき山田は、
「さすが、ガッツ君だな」と小声でつぶやいた。
それに気付いた間塚は
「えっ? 先生、ガッツのことをご存じなのですか?」
「いやいや、もちろん知らんよ。ガッツ君の話を聞いて、どんな曲を作れる人なのかな?と、興味を持っていたんでな。」
「1曲目も2曲目も・・・このドラマに欠かせないと思うがね。私は」
さらに山田は
「なぁ、間塚さん。そのガッツ君とやらは、今どうしてる?」
間塚は、一瞬戸惑った。
「どうして、ガッツの今を聞く必要があるのだろうか」と
そして間塚は、冷たい口調で
「・・・知りません」
「そっかぁ・・・」
山田は、ひとつため息をついて、そして笑った。
「ガッツ君のことは、よしとして・・・」
「ところで、君は、僕にどうして欲しいんだい? ・・・間塚さん」
間塚は答えられなかった。
続きの脚本を書き上げる自信を既に失っていた間塚は、
「先生、お願いします。続きを書いてください」
そう頼みたかったのだが、その言葉を口にする勇気がなかった。
「なぁ、間塚さん。君は、何か僕に話していないことが、あるんじゃないかね?」
「・・・いやぁ、ないと思います」
そう答えた間塚であったが、その時の間塚は頭の中で
クラリオンを想っていた。
「そっか、ないのか・・・では、君に一つアドバイスを贈ろう」
「間塚さん、いま、私に話したこと、その全部とは言わんが、それぞれに面白い話なんだし、それをありのまま書くといい。ありのままでな。」
「君には、悩んで書けない理由が一つあるはずだ」
「それを、君自身が避けようとしているのではないかい?」
「君は分かっているんだろ?」
山田は、そう言って葉巻に火をつけ
「大丈夫だ。君には、素晴らしい仲間がいるじゃないか」
「頑張りたまえ。なっ、間塚さん」
間塚は、山田と書かれた表札に目をやり
「ありがとうございました」
と、深々とおじぎをし、山田の家をあとにした。
としちゃん (金曜日, 31 7月 2015 22:30)
山田のところから戻った間塚宅では、真子が待っていた。
帰ってこない間塚をずっと待ち、そのままソファーで眠ってしまっていた真子。
「おはよ~」
「52歳の朝帰り!お盛んね~~~」
何故か、こういう場面になると女子という生き物は、その言葉を使いたがる。
当然、その言葉で間塚が切れた。
二人のやりとりは、割愛するが、真子が言いたくなる気持ちも分からなくもない。
それは・・・ディズニーから帰った後の間塚には、微妙な変化が現れていたからである。
間塚と真子の間で、三日前にもこんなやりとりがあった。
「夕べも同級生と飲んでいたの?」
「あっ、あ、そうだよ。マコトに、アイト、若とか・・・」
それは、明らかに嘘と見破られるような間塚の返事の仕方であった。
横浜の海の見える高台のバーで、クラリオンと飲む機会は以前の倍以上の回数になっていた。
帰りの時間も回数を重ねるたびに遅くなっていたのだから、真子が気付かない訳はない。
真子が、一番許せなかったのは、間塚の返事が、あいまいであったことにである。
ただ・・・真子は、こうも思っていた。
「わたし、間塚君の行動をとやかく言える立場じゃないんだよね」
「妻でも、彼女でもないんだし・・・」
口げんかを終えた二人は、もう疲れきっていた。
そして、間塚は、脚本家・山田の言葉を思い出していた。
「脚本を進められない理由・・・君は分かっているんだろ?」という言葉を
そして、間塚は「あっ!」
と、言葉を発したあとに「よし、これで大丈夫だ。書ける!」
と、自信を取り戻した表情をみせた。
それは、山田が言ったあの言葉を思い出したからだった。
としちゃん (金曜日, 31 7月 2015 22:44)
間塚が、想い出した“山田が言ったあの言葉”とは
「ありのままを書きなさい!ありのままを」という言葉だった。
間塚は、クラリオンとの深まる関係と
間塚を間塚のままでいさせてくれる真子の存在に揺れていた。
そして、その時に間塚が出した結論が
「そのまま書けばいいんだ!それを観るものがどう感じてくれるのかとか、受け入れてくれないのではないかとか…余計なことを考えず、ありのままの自分たちを描写しよう」と
ものすごいスピードでドラマの脚本は書かれていった。
ただ・・・1か所を除いては。
ビク (土曜日, 01 8月 2015 07:16)
その一か所とは・・・ガッツの夜逃げの話である。
仲間たちは、誰一人としてガッツのことを話さなくなっていた。
間塚も同じであったのだが。
脚本を進めるには、どうしてもガッツの“成れの果て”に触れない訳にはいかなかった。
悩み苦しむときの間塚は、必ず、あることをして自分を落ち着けるのであった。
『アイロンがけ』である。
そして、冷静を取り戻した間塚は、高校の卒アルやランドの写真を見ていた。
「いい笑顔してるよなぁ、みんな」
と、ランドの写真では、ガッツだけ笑っていないことに初めて気付いた。
「あいつ…今頃どうしてんだろ」
そんなことを考えていたときだった。
間塚は、山田のところに相談に行った時のことを、ふと思い出した。
「そういえば、あの時の山田さん、ガッツのことは・・・知りません!と答えたときに、何故、ため息をついて、そして笑ったのだろうか・・・」
それを思い出した間塚の足は、自然と山田のところに向かっていた。
山田は、間塚が再び自分のところに来ることを分かっていたかのように間塚を家のなかに通した。
「どうかね。脚本は無事に書けているかね?」
間塚は、そのとき思った。
「この人・・・もしかして、俺たちの全てをお見通しなのかもしれない」と
直感的に思ったのであった。
「先生・・・」
「ガッツ君のことかね?」
「えっ、どうして・・・」
山田は、笑った。
「いや、こないだの君の話を聞いていて・・・なんとなく分かっていたんだよ」
「君が、二人の女性の間に挟まれているんじゃないか
もし、そうだとしても君なら、ありのままを描写するだろうな。と」
「そして、おそらくは…ガッツ君の夜逃げの話で、また、つまずくのではないかな。と」
全て山田に見透かされていたことに、間塚は返す言葉もないまま、ただ、うなずいた。
そして、山田は間塚に問いかけた。
「間塚さん、君は、ガッツくんのことをどこまで分かっているつもりかね?」
「・・・あぁ、仲のいい友達だったかなと。分かっていたつもりですけど・・・」
「友達として、彼を信じたいという気持ちはあるのかい?」
間塚は、ドキッとした。
「信じる? あんな裏切り者を?」 考えもしなかった。
「先生・・・それって、どういう意味ですか?」
「意味もなにもないよ。彼を信じていたのか?と聞いているのじゃよ」
「・・・・」
「私なら、自分の目で確かめるよ。それで、ちゃんと受け入れるだろう。」
「なぜに、多額の借金をしたのか。なぜに逃げなきゃならなかったのか」
「いや、もしかしたら別の理由があったのかもしれない・・・」とかね。
「君は、そこの部分で納得がいってないんじゃないのかね?」
「もし、そうだとするならば、自分自身を納得させるがよい」
そして山田は、間塚にこう言った。
「もう一度、友を信じてあげなさい」
「それが結果的には、もう一度裏切られることになろうとも」
山田の家を出て、去っていく間塚の後姿を見つめる山田は、
「すまんな、間塚さんよ。」
「今の私にしてあげられるのは、ここまでじゃ」
「本当のことを言ってやれなくてすまない。」
「君たちを悲しませたくないというガッツ君の想いだ。許してくれ」
そう言って、間塚の姿が見えなくなるまで見送った。
ビク (土曜日, 01 8月 2015 07:50)
間塚は、山田の家を出たその足で、ガッツの住んでいたアパートに向かった。
「あの時の人に話を聞こう」そう思い、1階の住人、表札に『二品』と書かれた部屋のドアをたたいた。
70歳は軽く超えているであろう二品ばあさんが出てきた。
「あれ、あなたは確か・・・」
「そうです。二階に住んでいたガッツの同級生で…間塚といいます」
「それで、なにか?」
間塚は、これまでのことを短めに話した。ドラマのことも
「へぇ~、すご~い。あのドラマ、この歳の私にも楽しくてねぇ。見ていますよ」
「それで、なんですって、あの柳沢慎吾さんが演じているのはガッツさんのことなんですか? へぇ~」
「あぁ、そういえば確かにアメリカに行ってきたって話されていましたよ」
「・・・あぁ、でも・・・ガッツさんって、柳沢慎吾さんのような方ではないですけどね。」と
間塚は、意外な展開になったなぁと思いながらも
「違うんですか?ガッツは・・・」
間塚は、思った。「あいつは俺たちの前では、いいカッコしていただけだったのか!」と
ただ、間塚の「ガッツは、借金をこしらえて逃げたようなんですけど・・・」
の質問で、二品ばあさんの表情が一変した。
「ガッツさんを悪く言うなら、わたしは、もう何もしゃべりませんよ」と部屋に入ろうとした。
それこそ、何がなんだか分からない、二品ばあさんの言葉と態度であった。
「ま、ま、待ってください」
「お気を悪くされたのなら、謝ります。ただ、自分は、ガッツがなぜ借金をこしらえて、そして・・・」
二品ばあさんは、ご老人特有の“自分に言い聞かせるときの独り言”を、なにやら、しゃべりだした。
間塚の目には、しっかりその行動が分かった。
おそらくは、しゃべってはいけないこと、あるいは、こう聞かれたら、こう答えてくれと。
それを確認している様子に、誰がどう見ても分かる態度であった。
間塚は、二品ばあさんの言葉を聞くほかないと思い、それを待った。
二品ばあさんは、すでに涙でいっぱいになっていた。そして
「私はね、ガッツさんを悪くいう人は嫌いです」
それから、二品ばあさんが間塚に話してくれたのは、
ガッツが、養護施設で育ち、天涯孤独で
同じアパートに住む人たち、皆、70歳を超えた人たちがいた時は、その面倒をみて
自分の食事も削って、養護施設に毎月、少しずつ仕送りをしていたということであった。
そして、二品ばあさんのこの言葉で、二人の会話は終えた。
「病気にさえならなかったら・・・
私だって、ガッツさんに会いたいんですよ。
もう一度だけでいいから。もう一度だけでも・・・」
しばらくの間、二品ばあさんは、涙で話ができなかった。
「これ以上は話せないんです。ガッツさんから頼まれたんですから」
と、言って部屋の中に入り、ドアの向こうで今度は声を出して泣いていた。
普通であれば、二品ばあさんが最後に言った「頼まれたのだから」という言葉は、言ってはいけない言葉であろう・・・・約束したのであれば。
でも、とても優しそうな二品ばあさんには、それは出来なかった。
それほどまでに、ガッツは二品ばあさんに慕われていたのであろう。
間塚も、これ以上、二品ばあさんを問いただすことは出来ないと思った。
間塚は、ガッツは、病のためにこのアパートを出たことが事実であったことを知った。
間塚の目も、涙でいっぱいであった。
「すまなかった、ガッツ 信用してやれなくて」
「ガッツよ…あの張り紙は・・・
俺たちに、探させないための自作自演だったのか?」
パンダ (土曜日, 01 8月 2015 20:50)
ガッツの住んでいたアパートは、4戸建てであったが、二品ばあさん以外の他の3部屋は空き家になっていた。
そのことで、間塚はガッツのその後を確認する手立てを失った。
間塚は決心した。
「山田先生の言葉だ。ありのままに!だ」
家に帰って、脚本を仕上げ、なんとか撮影に間に合わせた。
アンの歌った曲も、無事に仕上がった。
今日は、第6話の放送日
いつものように葉月の家に集まっていた女子チームは
今日のストーリーが、梅子と慶一、そしてあの曲が・・・
皆、そのシーンを待った。
♪あなたが欲しい、あなたが欲しい、愛が、すべてが欲しい♪
棚橋真梨子さんの歌声は、とても澄んで、女子チームのすべての者を涙にさせた。
(曲のイメージから、最終的には、棚橋真梨子さんが歌うことになった。
のちに、CDが発売され、ミリオンセラーの楽曲となったのであった。
作者不詳の曲がミリオンセラーの楽曲に)
しかし、この時、サンボだけは、違う涙を流していた。
「あなたは、知らないのよね。この曲は、あなたを想って書かれた曲なのよ・・・クラリオン」
「まったく・・・ガッツったら。あなたは馬鹿よ!大馬鹿者だわよ!」
「私たちを騙して、そして逃げたことは絶対に許せないけど…
なぜ、あなたは、自分の想いを伝えずに終えたの?」
「この曲…何度聞いても、ガッツ、あなたの愛おしそうにクラリオンを見つめる瞳が思い出されるのよ。」
「あの時のガッツは、なんだったの?嘘で固められた虚像だったの?」
葉月の横で、ドラマを食い入るように見つめるクラリオンは、
間塚に対する尊敬の思いで、ドラマを見守っていた
「なんか、これ、本当に私たちが体験したことなのね…すごい」
「あの時、みんな泣いていたわよね。ガッツのギターとアンの歌声に」
「・・・・・」
「でもさぁ、ガッツなんて、ほんと嘘つき!ギター弾いて私にもこの曲、歌わせてくれるって約束したのよ!」
「それなのにさぁ~」
誰も、何も答えなかった。いや、答えられなかったと言うべきか。
第6話が終わった。
今日の誰もが、いつもとは様子が違っていた。
その原因を知りたいかのように、クラリオンが小声で言った。
「ねぇ・・・」
「なにかが足りないと思わない? 今の私たち・・・」
きっと誰もが同じことを考えていたのであろう。
「どんな時でも、ガッツは、私たちのために・・・」
「ガッツ…いまどうしているの・・・」と
棚橋真梨子さんの歌声が、皆を騙す前のガッツを思い出せていたのであった。
パンダ (土曜日, 01 8月 2015 21:02)
ドラマは金曜日の10時に放送されていた。
同級生たちは、皆、その金曜日を待ちわびていた。
「え~、今日は、みんな何を持ってきてくれるのかなぁ・・・」
それはモンだけであったのだが。。。
第7話の放送日になった。
そんなモンも、今日は、ちょっと様子が違って緊張していた。
それは、今日からディズニーの話になるからである。
「間塚君、どんなふうに私たちを見ていたのかなぁ」
そして、緊張している理由はもう一つあった。
今日は、男子たちも葉月の店で一緒に観ることになっていたからである。
そして、面々が揃い、ドラマはスタートした。
途中、皆、腹を抱えて笑うシーンが映し出された。
ただ、このシーンを撮影するのに、どれほどまでに苦労したことか。
それは、間塚しか知らなかった。
シーン35、モンとガッツの想いでのシーン!
本番、入りまーす。それでは、片桐(はいり)さん準備お願いします。
「すみませーん。片桐さん、もう少しです」
「・・・・」
「いや、もうちょっとですよね? 間塚P」
間塚は、こだわった。「ありのままに」を
「はい。すみません片桐さん、もう少し頑張ってもらえますか・・・ごめんなさいねぇ」
「・・・・」
間塚は本当にこだわった。
「片桐さん・・・本当にもう少し頑張ってください。もっとなんです」
片桐は、いよいよ切れた。
「これ以上、伸びません! 私のほっぺた!」
その時の間塚は、これで、妥協するか、あるいは、モン本人を連れてきて
撮影するか。どちらかの選択しかないと思ったが・・・
「ごめんなさい。片桐さん・・・失礼します!」
そう言って、チュロスを口の中に押し込んだのであった。
こんな風に、間塚の脚本・演出は「ありのまま」に、こだわったものであった。
第7話も後半になり、帰りのバスの中のシーンになった。
想像しなくても分かると思うが、ここからが、バスの中でのカップルの話に進展するところである。
マコト、モン、クラリオンあたりが、緊張モードになった。
これまでのストーリーが、「ありのまま」で演出されていたことを考えれば、バスの中でのシーンも、きっと・・・そのままに
しかし・・・帰りのバス中のシーンでは、そこにいた誰もが知らない、想像もしていなかった展開になっていった。
それは・・・
間塚しか知らない“真実”の話であった。
パンダ (土曜日, 01 8月 2015 21:04)
ドラマのモデルとなっている、その当の本人達でさえも驚く話が・・・
「え!で、どうなるのよ!」
「やめてー、ここで次週っていうのだけは…」
想像通り、連続ドラマ特有の終わり方をむかえた。
しかも、今回に限っては、次週予告もなし!
第7話にして・・・間塚しか知らないことがあったのか・・・
皆、そう考えだしていた。
それと、さらに皆を、がっかりさせることを葉月が言った。
「ねぇ、第8話ってさ、オリンピックが終わってからの
9月末になるんじゃなかった?2か月先よ!」
「ガーン」
しかし、そこは、ただでは転ばない面々であった。
すぐさま、間塚に電話をいれた。代表で葉月が。
「ねぇ、何よ、あの展開・・・」
「私たち、知らない・・・」
「あぁ、きっとみんなのことだから、電話してくるだろうなと思ってたよ」
「でさ、あと2か月なんか待ってられない…ってさ。みんな」
こういう時の女子は、このような言い方で、自分は優しいから言わないよ!でも他の人がね~みたいな雰囲気をかもしだす生き物である。
「そっかぁ・・・」
「あぁ、でもちょっと理由があってさ・・・」
「今は、話せないなぁ」
受話器の向こうで考えていた間塚が、今度は、突拍子もないことを言ってきた。
「じゃぁさ、こうしよう!」
「次のプチ同窓会が9月19日、土曜日、午後6時から、辺呂であるからさ、
そこで、話してあげるよ。」と
葉月は、仕方なく承諾した。
そして間塚は、皆にこう伝えてくれとも言った。
「次週以降の話に興味のある人は、プチ同窓会のときに
“教えて幹事長”と言ってくれ」と
「そこで、聞けば、話は全部つながるからね!」と
パンダ (土曜日, 01 8月 2015 21:05)
ドラマは、今日で終わった。
視聴率は、最後まで驚異の30%超えをキープし続けた。
ただ・・・最終回を観た視聴者のほとんどが
「なんだろうなぁ…結局は、同級生に真子を含めた仲良しさんの話で終わり?」
と、最終回の終わり方に、少しだけ不満を持った。
ある者は「きっと、なにかあるのよ!あ、映画化されるんじゃない?」
そんな期待をもつ者まで現れる社会現象になった。
ただ・・・プチ同窓会に参加して“ガッツの真実”を知った者たちだけは
最終回の最後の最後に、間塚役の中井喜一さんが言ったセリフに号泣したのであった。
「忘れんなよ!俺たちは、みんな仲間だぞ!」
北海道の海の見えるホスピス
ベッドの上で最終回を見たガッツは、
「ありがとなぁ、間塚」
そう言って、深い眠りについた。
その時、その部屋には Hello my friendが流れていた。
ガッツ編 完
パンダ (月曜日, 03 8月 2015 12:30)
オマツと、その担当ナースである看護師長の登美子が、用を済ませてオマツの部屋に戻ってきた。
すると・・・
「おやおや、また寝てしまいましたね~ ガッツさんったら」
オマツは、そう言って優しく微笑んだ。
登美子は
「ごめんなさいねぇ、オマツさん。今、起こしますからね!」
そう言って、ガッツの枕元でHello my friendが流れているラジカセの停止ボタンを押し、ガッツを起こそうとする。
するとオマツは
「いやいや、いいんですよ。登美子さん」
「このまま寝かせてあげましょうよ。」
「ほらぁ、今日のガッツさんの寝顔… なにか、いいことでもあったんじゃないでしょうかねぇ」
「とっても、いい寝顔」
そう言って、ガッツを起こそうとする登美子を止めた。
しかし登美子は、少し厳しい口調で
「いえ、そうやってオマツさんがガッツさんを甘やかすから・・・」
「ガッツさんは、このホスピスに雇われている従業員なのですから」
「しかも、その従業員が、患者さんのベッドを占領して、寝てしまうなんて・・・ありえません!なので、ここは、厳しく・・・」
オマツは、優しそうな眼差しで登美子に
「ガッツさんには、私のわがままでこのホスピスに来てもらったようなものなのだし・・・」
「私が、天涯孤独で、その最後も一人で・・・ということをガッツさんに知られてしまったために、ガッツさんったら、こうして北海道まで・・・」
「私が、一人で住んでいたアパートには、ガッツさんの他に、二品ばあさんという人もいてねぇ、どうしていますかねぇ、二品ばあさん。
きっと、ガッツさんがいなくなってから、寂しい思いをしていることでしょうねぇ、ガッツさん、二品ばあさんにも、とっても優しくされていましたからねぇ」
「なんか、申し訳なくて…二品ばあさんに」
「私の病のために・・・」
そう言って、涙ぐむオマツであった。
その時の登美子は、もう優しい表情に変わっていた。
「そうでしたねぇ、何でもやるから、雇ってくれと・・・」
「うちの院長も、あのガッツさんの熱意に負けて、結局、住込みのおそうじオジサンで安い給料でねぇ・・・」
結局、その夜オマツは、登美子の仮眠用のベッドで、登美子が見守る中休んだ。
ただ・・・
翌朝、ガッツが、登美子にどれほど叱られたのかは、言うまでもない。
(ナレーション)
こうして『続・ガッツ編』はスタートしたのであった。
これから始まる続編で、前編の幹事長がプチ同窓会で語った“ガッツの真実”・・・ドラマの最終話で皆が号泣した理由、その全てが明らかになっていく。
ドラマが終わったことで、いろいろなことが、すでに大きく動き出していた。
そして、この北海道には、ガッツの命を狙う者の影が、近くまで忍び寄ってきていた。
そのことをガッツは、まだ知らない。
ビク (月曜日, 03 8月 2015 21:24)
実は、最終話をむかえる前に、こんな出来事があったのである。
「は、は、初めまして。ぼ、ぼ、僕がマコトです。」
「おぉ~ 自分がイメージしていた通りの人だ」
そう言って、宇梶剛士さんはマコトと握手を交わした。
「あなたが、モンさん?・・・あらぁ、私よりずっと可愛い方なのね・・・」
「おかげ様で、撮影の半年で5キロも太らせていただきました。片桐です。でも、ずっと会いたかったわぁ~ よろしくね」
そう言って、片桐はいりは、モンとハグをした。
部屋の、あちこちでそれぞれ 自分が… 私が… という挨拶が交わされていた。
そして、間塚Pがマイクをとって、挨拶をはじめた。
「えぇ~、今日は、ドラマのクランクアップの打ち上げです」
「出演者のみなさん、本当にありがとうございました。お疲れ様でした。」
「おかげ様で、大変高い視聴率のまま、放送もあと2回を残すところまで来ました」
「私の“ありのまま”へのこだわりで、大変無理言った演出にも応えていただき、大変、感謝しております。。。。え~ 特に、片桐さん・・・」
(片桐)「ホントよ、ホント。私の登場シーン…ほとんど食べているシーンだったもんね。あのチェロス押し込みもキツかったわよーーーー」
皆、大笑い。
モンはというと…既にオードブルに手が伸びていたのだから、さすが我らのモン!であった。
「え~今日は、出演者のみなさんが、演じていただいた、その張本人たちにも来てもらいました。全員、私の高校時代の同級生です」
「で・・・出演者のみなさんたちも、ほぼ同い年かと思います。」
「同じ時代を育ってきた者どうし、今日は楽しく過ごしましょう」
続いて、ドラマの主役であった中井貴一さんが挨拶をした。
そして、会場はいよいよ乾杯の時間となった。
司会から、案内されたのは、ガッツ役を演じた柳沢慎吾さんだった。
「あ~ばよー!」
「おっと、違うか。ここは乾杯の音頭だったな」
「え~、皆さん、それぞれのご本人様と楽しい時間を過ごしましょ!」
「って・・・自分だけ、ガッツ君がいないのは、本当に残念なのですが・・・」
「それでは、全員俺についてこい! カンパーーーーーイ!」
「あ~ばよー!」
会場には、俳優のアイト役の天宮良さん、慶一役の三上博史さん、若役の温水洋一さん。
女優さんでは、葉月役の山咲千里さん、チョキ子役の高木三保さん、クラリオン役の秋本奈緒美さん、サンボ役の叶恭子さん、アン役の浜田麻里さんもいた。
もちろん、真子も、そして真子役の小泉今日子さんもいた。
途中、さすが間塚Pと、言えるような演出があった。
生バンドがステージ上にセットされた。
そして、スポットライトの中に登場したのは、棚橋真梨子さんであった。
当然、for you・・・が
1番を歌い終わった真梨子さんは、クラリオンのところまで来て
「ステージに行こう、クラリオンさん。歌いたかったのですよね」
そう言って、クラリオンをステージに
突然のことに驚きを隠せなかったクラリオンであったが、
皆の期待通り、そのあとを歌い上げた。
そして、このあと、サプライズが起きた。ほとんどの者が驚くサプライスが。
それは、曲が終わって、その余韻にしたっていた皆の前で棚橋真梨子さんが
「クラリオンさん・・・あなたは、知らないようですね。
間塚Pから、今日、私から伝えてくださいと頼まれたので、お話ししますが・・・
この曲は、ガッツさんがあなたを想って書いた曲なのですよ」と
「やったわね。さすが間塚君」そうサンボがつぶやいた。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 12:54)
「この曲は、私のために・・・ガッツが私のことを・・・」
そのことよりもクラリオンにとっては、棚橋真梨子さんが口にした
『間塚から頼まれた』が、どういう意味を持つことか
それは、女子ならすぐに分かることであった。
当然、それ以後の間塚との関係は終わった。
もう一人、真梨子の言葉に別の関心をもつ者がいた。
「そっかー」
「クラリオンさんだったのねぇ。 なんかホッとした」
「私のガッツさんに対する親近感が、また増したわ」
と、小泉今日子さんが、謎が解けてよかったという表情をみせた。
小泉は、この曲を作った、ガッツに、
『私も曲を作ってほしい』と思っていた。
小泉は、自分で作詞も手掛けていたが、作曲は、有名どころでは「高見沢俊彦さん、久保田利伸さん、氷室京介さん」など、数多くのアーティストに楽曲を提供してもらっていた。
小泉から、その希望を聞いた真子は、間塚にそのことを伝えた。
しかし、ガッツの行方が分からないことには、その願いも叶わないことと、諦めざるを得なかったのだった。
そして・・・
サプライズは、棚橋真梨子さんだけでは終わらなかった。
ドラマの最終話で流れることになる Hello, my friendが流れはじめた。
その曲を、聞かされるのが初めてであった出演者たちは、固唾をのんで歌手の登場を待った。
スポットライトが照らし出したのは“フーミン”であった。
同級生たちは、初めて間近でみるフーミンに大興奮。
フーミンの歌声は、とても澄んでいた。フーミンそのものを現わしているかのように。
曲も、後半にさしかかるころには、出演者たちのほとんどが、涙をながしていた。
それはフーミンの歌声だけではなく、ドラマのストーリーに合った歌詞にであった。
歌い終わったあと、出演者たちに拍手で迎えられたフーミンは、皆と一緒のテーブルに座り、ドラマの話で盛り上がった。
しかし
ここで、こらから始まるこのやり取りが、この小説がサスペンスとして発展していく幕開けとなるのであった。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:05)
そのやり取りとは・・・
フーミンの所属するレコード会社の社長らしき人がステージにあがり、なにやら、芸能言葉で、Hello, my friendのCD発表に関する説明をしだした。
どうやら、この曲は、ガッツではなく、フーミンが作った曲として世に発表されるので、くれぐれも!ということのようであった。
もちろん、その場に同席していた、同級生たちは芸能・音楽の、そういった「裏事情」とやらには、まったく無縁の人たち。
当然、「え~、なんで? この曲はガッツが・・・」
・・・音楽業界とは、そういうところらしい。
間塚が同級生の面々に深々と頭をさげ
「本当に申し訳ない。そういうことになってしまったようだ。
このことは、たかがいちプロデューサーには、どうにもできない世界のことなんだ。俺も、今、初めて知らされた。」
「みんな、本当にすまない。なによりガッツに対しては言い訳もできないな」
「・・・すまない みんな」
面々は、間塚を責めることなど出来ないと、瞬時に判断した。
そして
「間塚、いいじゃん。俺たち仲間達だけは、ガッツの曲だよ!」
「それで、いいじゃん。ガッツだって、怒りはしないよ」
「それに、間塚の好きに使ってくれって、ガッツの手紙に書いてあったって言ってたよな」
「大丈夫。ガッツなら」
そう言って、同級生たちは、皆、心を一つにしたのであった。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:07)
≪注意≫
この書き込みは、小説の続きではありません。
小説の表現に『松任谷由実』さんが想像されるような表現があるようなので、ここで、きちんとした説明をしておきます。
そもそも、【Hello,my friend】という楽曲は存在しませんでした。
ただ・・・既に【Good-bye friend】が楽曲として完成していました。
その楽曲を聴いた当時のドラマのプロデューサーが気に入り、月9のドラマの主題歌に起用したいという話をユーミン側に持ち込みました。
しかし、【Good-bye friend】はユーミンと親交のあったアイルトン・セナが事故死したことへの追悼歌としてユーミンが作った楽曲だったので、この楽曲の起用は断わられました。
ただ、サビだけはそのままに楽曲を新しく制作するのであれば・・・・という事になり、【Hello,my friend】が出来たのです。
だから、サビだけが一緒で途中は全く違うものになっています。
Goog-bye friendの歌詞に出てくる「君はとっくに知っていたよね・・・」の君は【アイルトン・セナ】の事を意味し、
Hello,my friendの中の「悲しくて悲しくて 君の事思うよ・・・・」の君は、愛する誰かを意味します。
後は聞く人の解釈で大きく変わるでしょう。
親愛なる松任谷由実さんのことを皆さんが、万が一にも勘違いされると困るので
あくまでも、小説です。。。
続きを読む場合にも注意してください。くれぐれも
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:09)
音楽業界の裏事情など、自分たちには何の関係もなかった同級生たち
ただ…世間では、ドラマの“本人”である、皆のことがちょっとした騒ぎになっていた。
皆、「自分たち、有名人になったね」と喜んでいた面々であった。
中には、毎日のようにチュロスを届けてくれるおばあちゃんまで現れた。
その大量のチュロスをモンがどうしていたのか… それは、ご想像にお任せする。
葉月においては、その愛くるしい笑顔が、街をにぎわし、ファンクラブもできた。
面々は、少し有頂天になっていたのであったのだが・・・
昔の人は、よく言ったものだ。
「ひとの噂も・・・」
世間の熱は、すぐに冷めていった。
ある一つのことを除いては。。。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:21)
「ある一つのこと」とは・・・
ドラマで流れた2曲を誰が作ったのか!で、あった。
♪for you・・・♪、♪Hello, my friend♪とも、ドラマの中では、ガッツが作ったと、そのまま脚本化されていた。
にもかかわらず、発売されたCDは、
♪for you・・・♪が、「作者不詳」
♪Hello, my friend♪がフーミン作詞作曲となっていたことが、世間の様々な憶測をよんだのであった。
それだけ、話題になり、人の心をつかんだ曲であったと言えよう。
ただ、世間の憶測だけで終わりにならなかったことが、このあと起きる事件を呼び起こしてしまうのである。
「ねぇ、この2曲を聴いているとさ… あの人の曲に、どこか似てるような気がするんだよね~」
そんな世間の噂は、瞬く間に広がっていった。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:24)
世間の噂は、当たっていた。
そうである。
ガッツは、シンガーソングライターとして爆発的な人気の
「奥幡竜水(おくはた・りゅうすい)」の
ゴーストライターであったのである。
奥幡竜水は、ガッツと同じ養護施設で、兄弟のように育った。
同い年の竜水とガッツは、
街のはずれの“オリオン座通り”で、よく歌っていた。
ある日、いつものようにガッツと竜水が唄っていたところ
たまたま通りかかった芸能プロダクションの『兵藤』の目にとまったのであった。
兵藤は、直感的に
「この子は売れる。 この子は!」
「君… うまいねぇ、いい声してるよ」
「曲も最高だ。一瞬にして、心をつかむ歌詞とメロディーだ」
「あ、ありがとうございます」
「どうだい、デビューする気ないかね?」
「はっ? デビューですか? 僕たちが?」
「いやぁ、う~ん、僕たちじゃなく、僕!かな」
隣で聞いていたガッツは、すぐにその言葉の意味を理解した。
そうである。ガッツはビジュアル的に・・・それは自他ともに認める事実
「いや、それはないです。僕たちが唄っている曲は、全部このガッツが作った曲ですし・・・」
「なので、そんなお話は聞けません。し、デビューなんか考えたこともありませんから!」
竜水は、兵藤の誘いをきっぱりと断った。
そんな兵藤との出会いから、3日がたったころから
兵藤の養護施設に対する嫌がらせが始まった。
毎日のように、竜水のところに来ては
「どうだい? デビューする気になってくれたかい?」
「なんか、最近、施設の方でも大変なことが起きてるんだって?」
「困ったねぇ~、何が原因なんだろうね・・・」
「ま、また明日来るからね。考えてよ、デビュー」
次の日も、また次の日も兵藤は竜水のところに訪れ、
そして、施設に対する嫌がらせもエスカレートしていった。
「なぁ、ガッツ・・・俺、どうしたらいいんだろう」
ガッツは、竜水をこれ以上苦しめたくなかった。
「なぁ、竜水・・・俺はさ、お前の唄が大好きだよ。お前が唄っているところを想像するだけで、いろんなメロディーも浮かんでくる」
「だから、俺が作ってきた曲は、全て、お前が一緒にいてくれたからなんだよ」
「なぁ、竜水・・・」
「もし、俺のことを気にして、唄いたい気持ちを抑えようとしているなら、それはやめてくれよ。」
「大丈夫だよ。竜水、お前ならできるよ。」
「そして・・・もし俺の作った歌を唄いたいというなら、ずっとお前のために曲を作ってやるよ。まかせろ!」
ガッツは、そう言って、悩み苦しみ肩を揺らして泣く竜水の両肩に手をそっとおいた。
パンダ (火曜日, 04 8月 2015 20:34)
ガッツと竜水の高校卒業の日がきた。
「これまで、ありがとうな ガッツ」
「竜水こそ、元気でやれよ」
そう言って、二人はそれぞれの人生を歩んでいくため養護施設を出て行った。
竜水は、デビューに向けて都内のマンションへ
ガッツは、町工場への就職が決まっていた。そして、オマツと二品ばあさんがいたアパートへ住み始めたのであった。
兵藤のいる芸能プロダクションは、竜水に一つだけ条件をつけた。
今後、いっさい、ガッツとは連絡をとらないこと。
その約束は、ガッツにとって、なにより辛かった。
竜水とは、親友として、いや、兄弟として人生を共に歩いていきたかった。
でも、ガッツは、竜水のためにその思いを封印した。
竜水の曲は、デビュー曲からいきなりヒットした。
出す曲、出す曲、すべて売れた。
それは、すべてガッツと一緒に路上で歌っていた曲であった。
ガッツは、なけなしのおこずかいで竜水のレコードを買った。
ジャケットには「作詞・作曲:奥幡竜水」と書かれていた。
「よかったなぁ、竜水。やっぱ、お前の曲は最高だな!」
ガッツは、レコード盤がすり減りやしないかと思われるぐらい聴いた。
ガッツの部屋には、生活するために最低限必要な家具、電化製品しかなかった。
薄っぺらな布団、その横には、一枚の小さな写真立てが置いてあった。
ガッツは、竜水のレコードを聴き終えると、必ずその写真に向かって語りかけた。
「ねっ、すごいでしょ。竜水! 」
それは、一枚だけ持っていた高校時代の集合写真であった。
その写真には、小さく、クラリオンの笑顔が写っていた。
ビク (火曜日, 04 8月 2015 23:18)
竜水がデビューしてから3年が経った。
ある日、兵藤が、ガッツのアパートに訪ねてきた。
用件は、竜水のためにゴーストライターになれ!
それは、脅しとも思える命令口調であった。
「お前が、竜水のために曲を作り続けないと・・・」
「もちろん、竜水は破滅するし、お前の育った養護施設だってな・・・」
ガッツは、兵藤の怖さを知っていた。
いや、この時のガッツは、兵藤を怖いと思ったからではなく、
ガッツを突き動かしたのは、あの時の約束だった。
「もし俺の作った歌を唄いたいというなら、ずっとお前のために曲を作ってやるよ。まかせろ!」
ガッツは、竜水の活躍が生きがいだった。
なにより、竜水の声が好きだった。
ガッツが作った曲は、ガッツのものではなく、竜水のための曲だった。
だから、ガッツ自身の曲だとは、一度も考えたことがなかった。
なので、兵藤の言う
「お前が、もし、ゴーストライターであると名乗り出た時には、竜水がどうなるか分かっているな!」
そんな言葉は、ガッツには必要もなかったのであった。
それなのに・・・
ビク (火曜日, 04 8月 2015 23:56)
世間の噂は、ドラマの2曲と竜水の曲が似ているというものだった。
竜水の熱烈なファンであれば、なおさら、曲から感じ取れるものが、竜水の曲に・・・
普通であれば、あの曲は、素人のガッツが作ったのではなく、もしかして竜水が作ったのか?と、なるところであろう。
ところが、実際にあったことが、ドラマ化された。だから、あれだけの感動的なドラマになったという世間の風潮。
しかも、ガッツと竜水が路上で歌っていたことを覚えている者もいたがために
「わたし、覚えてるよ。竜水の隣でギター弾いていた人」
「私も聞いたことある。曲は、ギター弾いてる人が作ってるって」
噂は、あっという間に広がった。
週刊誌の記者が、竜水への取材攻勢を始めた。
芸能プロダクション社長の兵藤は、竜水を隠した。
決して、取材には応じさせなかった。
竜水は、すでに昔の竜水ではなかった。
レコードを売って、都内に高級マンション、高級外車、ドンペリ・・・
そんな音楽業界で働く者のための“一商品”でしかなかった。
それが、シンガーである。
竜水は、言われるがまま、行動するしかなかった。
噂は、おさまらなかった。
それがため、兵藤は、動かざるを得なかった。
「おい、ガッツは、もう邪魔だな」
「消せ!」と
としちゃん (水曜日, 05 8月 2015 20:28)
ところで・・・
間塚が、プチ同窓会で何を語ったのか。
それは、間塚が脚本家の山田から、ガッツの真実を聞かされたことに始まる。
「なぁ、間塚さん。君に伝えたいことがある。」
そう言って、山田は語りだした。
「今から話すことは、君が、業界人であればこそ、ガッツ君の親友だと思えばこそ、そして君を信用しているからこそ話すことだ」
「ドラマが当たるか、思ったほど当たらないか… それは主題歌の良し悪しで決まってしまうことがある。脚本家としては、むなしい思いをすることも度々だ。」
「ところで、君は、奥幡竜水という歌手を知っているかね?あれだけの売れっ子シンガーを知らない訳ないか」
「いい青年でなぁ、奥幡竜水という男は」
「実は、私はな、その奥幡君に、ドラマの曲を作ってくれないか?と、お願いしたことがあるんだ。」
「だが、事務所が、承諾してくれなかったんだよ」
「どうも、私の書く脚本と、奥幡君のイメージが合わないとかで」
「それで、諦めていたのだが、ある日、奥幡君に直接会うことができてな」
「そこで、しばらく彼と話をしたんだ」
「彼は、私の書く脚本が好きだと言ってくれたよ。ぜひ、曲を作りたいですとも言ってくれた」
「ただ、その時の彼が、なにかすごく疲れた様子でな。唄を歌うことを辞めたいんだとも言うんだ」
「そこで、いろいろ話を聞いてやっているうちに、彼の秘密を私に打ち明けてくれたんだよ」
「その秘密というのが・・・ガッツ君が奥幡君のゴーストライターであるということなんだよ」
間塚は、驚きで、何も言えなかった。
山田は、話を続けた。
「私は、ガッツ君という男にどうしても会いたくなってな」
「彼の住むアパートを見つけ出し、やっと会えたんだ。」
「君も知っているだろうけど、ガッツ君という男は、なんだなぁ、同性のわたしからみても、不思議な男だよな。欲がないというか・・・」
「友達思いの、一言で、いや二言で言えば…バカな男だよな」
間塚は、涙目で大きく二度うなずいた。
「それでな、奥幡君が悩み苦しんでいることもガッツ君に話したんだ」
「そしたら、しばらく考え込んでな」
「山田先生、竜水のことは竜水自身が決めることです。」
「彼には、彼の人生を歩いてきた“道”があります。」
「その竜水が残してきた道を、どうするのか、それは彼自身が決めることだし・・・で、もし、自分のことをこれからも必要としてくれるならば、自分は、竜水のために曲を作り続けるだけです」
「と、こう言ったんだよ」
「実はな、私は、かすかな期待を持って、ガッツ君に会いに行ったんだよ」
「私のために、曲を作ってくれないか。と」
「だが、そんなことを考えた自分が恥ずかしくなってな。」
「彼は、彼が大切に思う人のためにしか曲を作らない、いや、作れない男なんだろうなと思ったからだよ」
間塚の目から、大粒の涙が流れた。
「なぁ、間塚さん。ガッツ君は、ドラマの放送が始まる直前に姿を消したと言ったね」
「それで、その理由は分かったのかい?」
間塚は、二品ばあさんから聞いたことを語ったが、山田はそれを笑った。
「それじゃ、半分の答えだな。おそらく」
「私が、ガッツ君から聞いた話、彼の竜水君に対する思いから想像すると・・・」
「ドラマが始まり、そして自分の曲がドラマで流れたときに、万が一にでも竜水君に迷惑がかからないように、姿を消したのではないかと思うんだ」
「きっと、辛かったろうね。君たちに嘘の手紙まで出して、身近なところまでだましてでも、きっと竜水君のことを守りたかったんだろうな」
「そして、探されるのは困るので、金返せの張り紙もしたのだろう。
なかなか出来んよな。自分を悪者にすることは」
「ただ、今、間塚さんが言ったように、オマツさんのそばにいてやりたいという気持ちが一番だったのかもしれんがな」
「どうだ、間塚さん。私が考える「ガッツ君なら・・・」という想像は、違ってると思うかね?」
間塚は、もう涙で上を向けなかった。
そのため、下を向いたまま
「先生の言うとおりだと、今は、自分もそう思います」
「先生、それほどまでに私の友達のことを思ってくれて、ありがとうございます」
「途中まで、ガッツを裏切り者と憎みかけていた自分が、本当に情けないです」
その間塚の言葉を聞いた山田は
「君には、ずっと話せなくて申し訳ないと思っていたんだ。すまない。許してくれ。」
「私は、君がとてもうらやましかった。君が2曲を聴かせてくれた時、間違いなくドラマはヒットすると確信したよ。素晴らしい仲間たちだな、君たちは」
「まぁ、しかしだ。彼のしたことを理解しろというのは無理だろうな」
「なぁ、間塚さん。私はさっき言ったよね」
「ガッツ君は・・・
次の言葉は、間塚もそろえて、言った。
「バカな男だから」と
山田は、間塚に最後にこう言った。
「いつか、私のためにも曲を書いてほしいと伝えてくれ」と
間塚は、ぐちゃぐちゃな顔で笑顔をつくり「はい」と答えた。
としちゃん (水曜日, 05 8月 2015 20:49)
プチ同窓会の日
間塚は、仲間達に“ガッツの思い”が無駄にならない範囲で
ガッツが消えた理由を仲間たちに伝えた。
仲間たちは、皆、口をそろえて
「ほ~らねぇ、やっぱり」
「絶対になにかあると思ってたよ」
と、言っていた。
が・・・
誰もが分かっていた。
それは、「すまなかった」と、謝ることを望むようなガッツではないことを
仲間たちのガッツに対する、精一杯の『ゴメンナサイ』であった。
ただ、女子たちは涙をこらえきれずに、号泣した者もいた。
間塚に、今後のドラマのストーリーについて、聞こうとするものは、もう誰もいなかった。
間塚の作ったドラマが、最後まで高視聴率で終えることだけをただ願うことにしたのであった。
間塚は、あらためて仲間の素晴らしさを実感した。
そして、早くガッツに会って、謝りたいと。
パンダ (木曜日, 06 8月 2015 07:19)
ドラマが終わって、3か月が過ぎようとしていた。
ガッツは、オマツにずっと付き添って、話し相手をしていた。
度々、看護師長の登美子に叱られながら。
そんなある日、オマツが
「なぁ、ガッツさんよ、あなたは、北海道に来て、もうすぐ8か月になるね」
「私のことを心配で、そばにいてくれるのは、ありがたいんだが・・・」
「実は、私の娘と連絡がついてねぇ、来週からここに来て付き添いしてくれることになったんだよ」
「それでなぁ、ガッツさんには、言いにくいことなんだけど・・・」
その時のオマツの説明によると
どうやら、ガッツがずっと付き添いをしてきたことを娘が知ると、もしやガッツは隠し子?と、娘に変な誤解をされては困る。
だから、ガッツには、もう付き添いはやめて、栃木に帰ってくれというものだった。
そこに一緒にいた看護師長の登美子までもが、
「ガッツさん、娘さんがくるから、オマツさんのことは大丈夫よ」
と、言ったことで、ガッツは、その話を聞かざるを得なかった。
翌日、笑顔の自分を見せて別れを言いたかったガッツであったのだが
あふれ出る涙は、どうにも抑えられなかった。
52歳のオヤジが、人目をはばからずに。
「オマツさん、元気でいてよ。娘さんと仲よくしてよ」
何度も何度も、その言葉を繰り返したガッツ
そして、ガッツは病院を出て行った。
病室の窓から、ガッツの後姿を眺めるオマツと登美子
「本当に、あれで良かったんですかオマツさん」
「いいんだよ。私は、娘に看取られて・・・と思っていてほしいからね」
「私一人で、ガッツさんをこれ以上、引き留めておくことはできないよ」
「私の精一杯の愛情だよ。ガッツさんへの」
そう言って、窓のカーテンをつかんで体をささえ、
そして、ガッツの姿が見えなくなるまで窓から離れなかった。
看護師長の登美子は
「私まで一緒になって、あなたに嘘をついてごめんなさいね」
「本当は、娘さんなんか来ないのよ!と、言いたかった」
「ごめんなさい、たくさん叱ったりして。
あなたほど、オマツさんを思ってくれた人はいないわ」
「ありがとうございました。ガッツさん」
「オマツさんは、私が」
そう心の中でガッツに言葉を送った。
そして、オマツの隣で一緒にガッツの姿が見えなくなるまで見送った。
としちゃん (木曜日, 06 8月 2015 19:01)
一方、その頃、同級生の面々は・・・
「おはよー モン」
葉月からの電話であった。
機関銃のように打ち放たれた葉月の話は、どうやらガッツの夢を見たのだという。
モンが、「また、タケノコを引っこ抜かれた夢?」と、先にツッコミをいれた。
「ちがうよ、違う。」
「みんなでフレンチレストランに行こうってなって 車で」
「ほら、金座通りに新しくできたお店あるでしょ・・・」
「運転していたのが…ガッツでさぁ」
「ガッツがさ、いろいろしゃべるんだけど、それがとってもリアルでさぁ・・・」
で、で、どうしたの? と、モンは、フレンチレストランに過剰に反応した。ガッツにではなく。。。
「結局、お店が見つからなかったの…そこで夢は終わり」
「・・・・」
「そ、そなんだ」
と、モンは夢の中でさえも、きっとフレンチを食べたかったのであろう。
それでも、「どうしているんだろうね…ガッツ」
二人の会話は、ガッツを案じる話になっていた。
その時葉月は、ふと、考えた。
「そう言えば… ディズニーランドでマコトから聞いた話」
「ガッツとマコトで、モンを奪い合ったことがあるのよ!ガッツはモンを想っていたことがあるのよ!って・・・結局、モンには教えていなかったわよねぇ」と
「いま、そのことをモンに話したら・・・どうなるんだろ」
「・・・え? うそ? いやぁ、ないな」
「うん。絶対にない。 ・・・ないはず」
「だって、わたしは・・・好きだし」
「モンのこと」
そのモンはというと
国税調査官としての勤務先が変わり、通勤時間も長くなったことで、最近は電車で小説を読むようになっていた。
今は、芥河賞を受賞した『花火』を読んでいるらしい。
モンという一人の女性をこれまで多くの場面で“いじられ役”として登場させてきたが…
一度は、ガッツとマコトから同時に愛された女性
ガッツとマコトの名誉のため、一度、きちんと説明しておく必要があろう。
なぜ、これまでに素敵な女性が、いま、フリーでいるのか、その理由には、さまざまな憶測が飛び交っていた。
が、その真実はモン以外に知る者はいなかった。
ドラマでは、間塚は、モン役として片桐さんを指名したが、それは、モンの容姿と、モンの食いっぷりに、あまりにもギャップがあり、間塚も、悩んだ末に片桐さんを指名したのであった。
ドラマのクランクアップの時のご本人様とのご対面に発した片桐の
「あなたが、モンさん?・・・あらぁ、私よりずっと可愛い方なのね・・・」
その言葉は、片桐の本音であった。
モン
顔は、堀北真希さんにそっくり。おそらくは、そっくりさんのTV番組に出れば、間違いなく優勝するであろうほど、似ている。(決して、髪型だけではなく)
体型・・・脚は森高千里さん、いやそれ以上に綺麗であった。
(顔と脚の中間の説明は・・・割愛する)
モンは、皆といるときは、常に紺色(ネイビーというのかも)の洋服をまとい、目立たないようにしている。
それぐらい、おしとやかで、非の打ち所がない女性である。
しかも、性格がいいのだから、ずっとフリーでいる理由が、見当たらない。
男子から、好かれるのは当然
いや、それ以上に同姓から愛される女性である。
えっ、同姓から???
いや・・・
そ、それが、モンがフリーでいる理由とは聞きたくないので、先に進めよう。
間塚は・・・
同級生が、最近オープンさせた「一本松」というパン屋さんに足しげく通い、皆に一生懸命PRしている。
マコトは・・・
最近、料理に凝っていた。7月の土用の丑の日には、ウナギをさばいた。
意外と?慣れた手つきで、何かぶつぶつと言いながら
「ガッツ・・・ どうしてんかな、今頃あいつは」
「やつに、ウナギでも食わせてやりてぇな」
「・・・って、やつは、ウナギは苦手だったか?」
「ガッツは、魚、食わねぇんだった。」
「なんだっけ、その理由・・・」
「おっ、思い出した。魚が可哀そうだって。食べられるときに、やめてくれ~、食べないでくれ~って、その時に、魚は、手も足もでないんだぜ!可哀そうだべ!」
「って、訳わかんねぇこと言ってたよなぁ、あいつは」
「今日は、丑の日かぁ
「十二支の、子(ね)、丑(うし)、寅(とら)、兎(う)・・・」の丑(うし)のことで、丑の日にちなんで、“う”から始まる食べ物を食べると夏負けしないって、ウナギが食べられるようになったのに・・・」
「ガッツじゃ、きっと、“牛肉”食ってるかもな」
そんなこと言いながら、手も足も出さずに、ひたすら動き回るウナギと格闘していたマコトであった。
パンダ (木曜日, 06 8月 2015 20:14)
病院を出たガッツは、ヒッチハイクで、ようやく札幌までたどり着いた。
ガッツには、北海道から栃木に帰るお金は、なかった。
病院のお掃除オジサンの安い給料で、オマツに毎日のように
大好きな夕張メロンやカニを食べさせていたのだから、無理もない。
ガッツは、なんとかして旅費を貯めなければならないと思っていた。
それは、二品ばあさんのことが心配であったからだ。
普通であれば、仲間に連絡して、旅費を借りることも考えるであろう。
だが、ガッツはそれをしなかった。
ガッツは、札幌で住み込みの仕事を探した。
しかし、世間は簡単にガッツの願いを受け入れてはくれなかった。
今晩もガッツは、寝床を探して公園を歩いていた。
すると、街灯の下で歌っている高校生らしき二人組が目に留まった。
ガッツは、その二人の前までいき、芝生に体育座りをして二人の唄を聴きはじめた。
一人が、ギターを。もう一人がボーカル
それは、ガッツと竜水と同じであった。
ガッツは、竜水と一緒に歌っていた頃を思い出していた。
「もう一度、あんなふうにギター弾いてやりたいよ」
「竜水・・・」
パンダ (木曜日, 06 8月 2015 20:57)
芸能プロダクション、兵藤の事務所
「だめです、兵藤さん」
「タッチの差で、病院を出て行ったようなんです、あの野郎」
「なんだとぉ」
兵藤は、テーブルを蹴り上げ、怒鳴りちらした。
「それで、のこのこと帰ってきたのか、てめぇは」
「す、すみません 兵藤さん」
「たぶん、まだ北海道にいるのではないかと・・・
いま、しらみつぶしに探させていますので、いましばらく」
竜水のゴーストライター疑惑騒動は、いまだ冷めずに、兵藤は焦っていた。
「あいつは、おそらく金もないはずだ。そこまで分かっているのに、なんで見つけられないんだ!」
「きっと、都会で小銭を稼いで、栃木に戻って来ようとするはずだ!」
「徹底的に探せ!」
「見つけたら・・・
分かっているよな!」
兵藤とその部下の会話を、部屋の外で聞いている男がいた。
「北海道? 病院を出た? そうだったのか」
「ガッツは、いま、北海道にいるのか・・・」
その男は、そうつぶやいて、足音を立てずに、部屋から離れていったのであった。
ビク (木曜日, 06 8月 2015 23:47)
竜水は、兵藤が用意したホテルに隠れていたのだが、見つかるのも時間の問題であった。
そんな気配を感じ取った竜水は、兵藤に連絡をした。
「兵藤さん、竜水です。」
「どうやら、自分がこのホテルに隠れていることが、バレたようなんです。」
「夜中に、すきを見て別のホテルに逃げた方がいいと思うんですが…」
「それで、逃げるあてはあるのか?」
「1か月は、何も仕事を入れていない。この際だから、ゆっくり休むといい」
竜水に対する兵藤の言葉は、とても優しかった。
竜水が、兵藤を信じているのも、こんなやりとりがあればこそであった。
「1か月ですか? それは有難いです。」
「それなら、沖縄でホテルを経営している友達がいるので、そこに行こうと思います」
「まったく、こんな馬鹿バカしいことで、破滅するわけいかないですから」
「自分には、もうガッツは必要ないですよ。っていうか、この騒動が治まったとしても、世間の目は、しばらく厳しいですよね」
「兵藤さん・・・誰か新しいゴーストライター見つけて下さいよ」
「ガッツだって・・・
自分が売れ続けることを、一番に願ってくれるはずですから」
兵藤は、そんな竜水の言葉に
「お前も、ようやくこの業界のことが理解できるようになってきたな。それでいいんだ。俺に任せておけば、お前はずっと売れっ子シンガーだ」
「よろしくお願いします、兵藤さん。頼りにしています」
竜水は、音楽業界の厳しさを、知っていた。
それ故に、今回の行動を選択した。
そして、竜水は、その日のうちにホテルを出ていった。
としちゃん (金曜日, 07 8月 2015 12:47)
ドラマの放映が終わってからというものの、間塚Pのところには、様々なオファーがきた。
映画会社の竹松からは、早速、映画化の話がきた。
しかし、間塚は時期尚早と判断した。それは、映画化となれば、ガッツのその後について語らない訳にはいかないことを分かっていたからである。
そのため間塚は
「今すぐには、無理です。そのお話は、時期が経って、またご縁がありましたら・・・」と、丁重に断った。
二つ目は、昼ドラの撮影場所として、ぜひ葉月のお店を使わせてほしいという依頼であった。
間塚が、ドラマの内容を尋ねると、花屋さんを舞台にした『ドロドロの愛憎劇』だという。
その話は、直接葉月に向けられた。葉月は、さすがにドロドロ愛憎劇は・・・と、この話も丁重にお断りしたのであった。
すでに、葉月の花屋さんには、地元ラジオ局の取材や、情報誌の“Hanako「ごほうび、週末旅」特別編集版”に取り上げられるなど、その活躍は、目覚ましいものがあった。
何より、皆の疲れた心を癒す空間として、その役割を担い、仲間たちにとっては、なくてはならない居場所になっていた。
三つ目の話は、フードファイター「モン」のTV出演依頼である。
愛くるしい笑顔と、その食いっぷりのギャップは、視聴者のハートをつかんで離さなくなるだろうという。
これは、間塚は二つ返事で承諾した。
何故なら・・・「ねぇ、間塚君…わたし、もしね、もしもだよ…大食い選手権みたな番組にお誘いとかきたら・・・」
既にモンから、そう頼まれていたからである。
人は、「欲求」で動いていく生き物である。
欲求とは、それを満たすために何らかの行動・手段を取りたいと思わせ、それが満たされたときには“快”を感じる感覚のことである。
ところで、「人間の3大欲とは」と聞かれて、どう答えるであろうか。
もし、「食欲・性欲・睡眠欲」と答える人がいるとするならば、それは、『動物の3大欲』であることを知っておいてほしい。
人間の3大欲と聞かれたときの回答としては、『金銭欲、権力・名誉欲、性欲』と言われているので。
ふと考え、いま、自分は3つともないかも・・・と思ってしまった人がいるとするならば、それはそれで・・・まぁ・・・
いま、ここで欲求について説明した理由は、
モンの大食いは、食欲からではないということを知っておいて欲しいからである。
モンは、仲間と一緒にいるときに、自分が幸せそうに食べているところを見せて、皆を幸せな気分にしてあげたいという、サービス精神からなのである。
それは、何度となく言ってきたつもりであるが、ここにきて、フードファイター「モン」誕生となれば・・・
あえて、説明させてもらった次第である。
一人でいるときのモンは、すごく小食なのである。 (たぶん)
さて、4つ目の最後のオファーが、間塚を悩ませたのであった。
それは、あのドラマの「小説」を出したいというオファーだった。
普通であれば、小説が先で、その後にドラマ化、映画化されるというのが、一般的であろう。
しかし、今回のオファーは、ドラマを観た者が皆、口をそろえて、あの仲間達のことが、小説でもっと知りたい!と、言っているのが理由であった。
間塚が悩んだのは、そのオファーは、名の知れた作家さんに書いてもらうというところであった。
それでは、自分たちの真実は書けないことは容易に想像できた。
悩んだ間塚は、結論を出す前に、ある男に相談した。
パンダ (金曜日, 07 8月 2015 22:05)
「間塚だ。ご無沙汰、元気していたか?」
「おぉ~ 久しぶり。どうした急に?」
互いの近況報告を済ませてから、間塚は本題に入った。
「実はな・・・」
あのドラマを小説にというオファーが来ていることを伝えたところ
間塚が想像もしていなかった返事が返ってきた。
「それなら・・・自分に書かせてくれないか」
「実はな、もう書き始めているんだよ」
「ほとんど書き上がっているんだけど… あとは、ガッツの部分がなぁ・・・」
「それでな、おれ、来週、北海道に行って来ようと思っているんだ」
「ガッツが、見てきた景色を肌で感じたいんだよ、俺もな」
間塚は、驚きと、ガッツに対する思いへの感謝の気持ちで
返す言葉が見つからなかった。
受話器を置く間際に、ようやく
「頼むな、アイト」
そう言って、電話を切ったのだった。
パンダ (金曜日, 07 8月 2015 22:08)
モンは、フードファイター
アイトは作家として
二人は、人生の転機を迎えた。
このことが、この後の展開に大きく影響し、そして、これから起きる事件が、モンとアイトの人生を大きく方向転換させようとは・・・
その時の二人には知る由もなかった。
そして、もう一人、ガッツを知る者が、今後の展開に大きく影響を与えるのであった。
実は、間塚Pへのオファーは、もう一つあったのである。
パンダ (金曜日, 07 8月 2015 22:10)
間塚とアイトが電話で話していたのと、ほぼ同じ時刻
あるオーディションが開催されていた。
「はい、次の方どうぞ」
「88番、増田恵子です、よろしくお願いします。」
「今回、私が応募させていただいた理由は、同級生がドラマ制作の世界で働く姿を間近で拝見し、女優という職業に大変興味をもちました。
私が目指したい女優さんは・・・・・・・です。よろしくお願いします。」
「はい、ありがとうございました。ところで、増田さん、同級生がドラマ制作の世界でとおっしゃっていましたが」
「はい、あのドラマの間塚Pさんです。彼のことは、大変尊敬しています。その仕事ぶりは妥協を許さず、どんな小さなことにも・・・・だからです。」
「分かりました。それで、何故、オーディションにまで出ようと? 間塚Pさんにお願いすれば、女優の道も近いとは、考えなかったのですか?」
審査員の心を射止めたのは、自分の力で女優業に挑戦したいという増田の思いと、その言葉であった。
オーディションは、5人を残して、増田で切り上げられた。
それは、増田をみた瞬間に、合格者が決定されたからである。
「増田さん、あなたに決定しました。これが台本です。大丈夫ですね、出来ますよね。」
「ほ、本当ですか・・・ありがとうございます」
「早速、来週からロケが始まります。覚悟してください!」
「分かりました。ロケは、どちらへ?」
「北海道です」
増田は、早速、仲間に電話をして、その喜びを伝えた。
「葉月ぃ~ ねぇ~ わたし合格しちゃった!」
「ホント~? すごーい。よかったわね~ クラリオン」
増田恵子とは、クラリオンの本名であった。
実は、間塚へのオファーとは、クラリオンを女優としてスカウトしたいというものであった。
間塚とクラリオンの関係は、もとの友達関係に戻っていた。
というより、少し距離をおくようになっていた。
以前、間塚は、クラリオンから女優になりたいという夢を聞かされていた。
今回のオファーは、その夢を叶えるには、もっとも近い道のりとなるであろう。
クラリオンを女優としてスカウトしたいというのだから。
間塚は、そのオファーに対して、オーディションを開催してくれれば、と、クラリオンが申込みするよう後ろで動いたのであった。
ただ、合格したのはクラリオンの女優としての素質が認められたからであるが。
クラリオンが合格であったことは、すぐに間塚のところに連絡がきた。
間塚は、「そうですか。彼女なら、きっといい女優になれると思います。彼女が自分の実力で合格したこと、同級生として誇りに思います」
と、そう言った。
パンダ (金曜日, 07 8月 2015 22:33)
人が生きていくうえで、こんな偶然な出来事が二度も。
いや、偶然という言葉では、片づけられない運命的な出来事が起きるものであろうか。
「え~ なんでぇ~ ここにいるの?」
「おい、おい、お前こそどうして・・・」
そんな二人の会話に気付いたのはクラリオンだった。
「え~ うそーーーーー」
それは、羽田空港出発ロビーでの出来事だった。
アイトは、小説を書くため、ガッツの足取りをたどろうと。
クラリオンは、ロケ地に向かうために
もう一人の・・・
「わたし、フードファイターになったの。北海道の“カニの大食い選手権”に行くのよ!」
人間というものは、こういう場面に遭遇すると、一瞬にして、それにちなんだ場面を思い浮かべる生き物である。
モンの食べっぷりが、数々と思い浮かばれたが、それと、TV番組の大食い選手権の映像とが重なり・・・
「なるほど」
と、二人は納得した。
それぞれが、人生の転機として新たな道を選んだことを語り合った。
「私たちのこれからの人生って、間塚のドラマがきっかけで・・・」
その一言だけで片付けるには、少し無理があるかもしれない。
人生というものは、そういったちょっとしたことで、右にも、左にでもいくものなのかもしれない。
ただ、この3人に限って言えば、
皆、自分の道を自分で決めたのである。
そして、3人とも先をみて歩いて行こうと、いま、その出発地点に立っているのである。
アメリカでの同窓会、そこへ向かう飛行機内での再会は、その行き先と時期が同じであったのだから、同級生の面々が同じ飛行機に乗ることも十分にあり得たであろう。
しかし、この3人は、そのきっかけも、理由も全て違っている。
にもかかわらず、同じ飛行機に乗ることになろうとは。
仲間というものは、なにかしら、見えないもので繋がっている!
そう思わなければ、こんな偶然が起きることを説明できる者は、誰一人としていないであろう。
ビク (土曜日, 08 8月 2015 00:58)
3人を乗せた飛行機が、羽田を飛び立った。
クラリオンとモンは、隣り合わせの席に座ることができた。
「ねぇクラリオン、機内食、楽しみだね」
満面の笑みでモンが言った。
「ねぇ、モン・・・羽田~千歳間で機内食が出るのは、プレミアムクラスの朝・夜の時間帯だけよ、残念だけど」
「・・・私、聞いてない」
「聞いてくれれば、ちゃんと答えてもらえたと思うけど・・・」とクラリオンの心の声
二人は、ガッツの話をしていた。
気が付いているであろうか。いま、並んで座っている二人とも、ガッツの愛しの君なのである。
というより、近いうちにTVで人気者になる二人である。
女優として。かたや、フードファイターとして。
「ねぇ、モン・・・あの曲」
「私ね、ガッツが私を想って書いてくれたなんて、まったく知らなくてさぁ」
「ガッツが、私との約束破ったこと、あ、ギターを弾いてくれるという約束ね。それを守らなかったこと、みんなの前で、悪く言ったりしちゃってさ、私、恥ずかしい」
「そうだったね、あなたを想って書いたって」
「でもさ、ガッツは守りたかったと思うよ。それに、まだこれからだってチャンスあるじゃない。大丈夫よ、クラリオン。いつか叶うわよ。」
「そうだよね。きっと叶えてくれるわよね。ガッツってそういう人だよね」
そんな会話をしていた二人であった。
ただ・・・
その願いは、決して叶わないことになってしまうことを
この時の二人は、まだ知らなかったのである。
パンダ (土曜日, 08 8月 2015 05:26)
一方、アイトは
芥河賞を目指す勢いで、片っ端から小説を読んでいた。
飛行機内なら、なおさら読書には最適な場所であると思われがちだが・・・
今日に限っては、スチュワーデスとの会話を楽しんでいた。
コールボタンを10分おきに押して。。。
これまで、アイトについて多くを語って来なかったので、ここで彼の正体を語っておこう。
アイト、52歳
高校時代には、数々の女性遍歴を残してきたアイト。本人の名誉のためその説明は割愛するが。
高校時代から、バイクをこよなく愛し、休みの度にツーリングに出かけた。
先に書いたので、想像つくと思うが、バイクには、必ず自分の背中に女子を乗せて出かけた。
その癖が、いまだに抜けないのであろう。
この歳になって、女子とのハグは“背中から抱きついてくれ”とお願いするのである。
意外と頑固な面も持ち合わせている。
それは、先日の同級生の飲み会での出来事だった。
同級生の飲み会には、必ず、モンチッチが同席する。
もちろん、モンチッチは人形(マスコット)であるので、皆が楽しく飲んでいる様子を眺めているだけの存在であるのだが…
そのモンチッチのパンツが脱がされていたことがあった。
誰が脱がせた?と、その疑いは、アイトにかけられた。
その疑いに対して、アイトは一切引かなかった。
誰がなんと言おうが
「チッチが自分から脱いだんだよ! 俺は、やめろって言ったよ~ やめろって言ったんだ! 」と
チッチが、自分で???
と、そんな趣味も持っているアイトではあるが、皆からは絶大な信頼を得ている。
10歳以上離れた妹をとても可愛がるいい兄貴でもあり、一言でいう“いい男である”男子からも、女子からも。
そんなアイトが、作家を目指す、その自信はどこから来たのであろうかと、ひも解いてみたが、唯一、思いついたのは
「俺の、恋文で、おちない女子はいないぜ!」
と、その言葉しか見当たらなかった。
いずれにせよ、皆の期待を一手に引き受けて書く小説
その出来上がりに期待せざるを得ない。
アイト、モン、クラリオンの3人は、千歳空港で別れた。
それぞれに、1週間は北海道に滞在する予定であることを確認し、
そして、タイミングが合えばの条件付きで、この地での再会を約束したのであった。
また、3人が無事に会えることを願いたい。
としちゃん (土曜日, 08 8月 2015 06:27)
小説を読み進めていくときには、誰しもが同じルールのもとに読んでいる。
それは、残りわずかなページのところまで読んできたときに
「終わりが近いという告知を受けながら、読み進めるというルール」
それは、早く結論が知りたい、推理小説なら、早く犯人が知りたいと
いよいよだぞ!と、ここまで読んできた自分を褒めるとともに、自分に労いの言葉をかけるものだ。
しかし、小説によっては、結末が知りたいと思いながらも、このまま続いてくれやしないかと、まだこの主人公と一緒にいたいという不思議な気持ちになる時がある。
小生は、後者の一人であるが・・・
読む者・書く者と同じルールのもと、小説の終わりを迎えよう。
あと、数回での書き込みで、この小説が終わるというルールで
異論がある者がいれば、書き込みされたし
カタ (日曜日, 09 8月 2015 00:24)
としちゃん!
そんなこと言わずにまだまだ
書いて下さい。
本当に面白い!
私も書き込みしたいけどあまりの面白い内容でしかも良く出来てて入り込めない!
私は文章力もない!残念
これからも楽しみにしてるから
終わらせないで!
又吉みたいに芥川賞取れるよ♪
としちゃん (日曜日, 09 8月 2015 06:34)
そっと肩(カタ)に手を置き
大丈夫です、任せて下さい。みんな仲間ですから。
そう言い残し、アイトは病院をあとにした。
チェリー (日曜日, 09 8月 2015 06:53)
フードファイター モン
彼女を応援するため
美容師のアン、人生相談員のサンボ、
携帯電話会社の夏子、最近またお店を再開したい梅子、花屋の葉月、OLのチョキコ
カフェの枝弥子……
同期生女子会一行は、一足遅れて北海道へと向かっていた
この歳になって わくわくどきどき
楽しいことを共有できるなんて
モン そして間塚 ガッツに
感謝しなければいけない……
口には出さないが皆 そう思っていた
に違いない……
アンは、モンにどんな髪型で登場させるか
思案していたが
なかなかイメージがわかず
楽しいはずの旅も
彼女だけは少し違っていた
衣装係りは、サンボ
すでに準備万端
ニコニコ笑顔のサンボであった
女子チーム一行とは別に
男子チームも?
誰が取りまとめ?
としちゃん (日曜日, 09 8月 2015 08:01)
それは、8月3日のこと
アイトは、空港でモン、クラリオンと別れたあと、直ぐにオマツさんのいる病院を訪ねていたのであった。
アイトが、何故、オマツのいる病院の場所を知っていたのか・・・
それは、北海道に行く前にアイトは、二品(ふたぴん)ばあさんを訪ねていたのである。
ガッツから強く口止めされていた二品ばあさんであったが、アイトの熱意と、仲間たちのガッツを案じる気持ちに負け、全てを話してくれたのであった。
そして、オマツを訪ねてきたアイトから
「・・・そうだったのですか。一週間前に・・・」
「なら、ガッツはどこへ・・・」
そのアイトの言葉で、ガッツが栃木に帰っていないことを知らされたオマツは
「わたしは、なんてことを・・・」
と、看護師長登美子の手を借り、ようやくベッドから起き
あふれる涙をぬぐおうともせずに
細い声で何度も何度も「お願いします」と、ガッツを早く探してほしいとアイトに頭を下げたのであった。
アイトは、一瞬にして、ガッツがどれほどまでにオマツを大切に思ってきたのか
そしてオマツもガッツを我が子のように思ってきたのか分かった。
そしてアイトは心の中で
「誰も何も悪くないのに・・・」
「ガッツよ、どこに行ったんだよ!」と、叫んだのであった。
そして
「大丈夫です、任せて下さい。みんな仲間ですから」
と、その言葉をオマツに残し、アイトは病院を後にしたのであった。
アイトは、病院を出て直ぐに間塚に連絡した。
間塚は、アイトの連絡に驚いたが、そこは決断の早い間塚
「分かった。俺も明日には北海道に行く。一緒に探そう!」と返事したのであった。
一人でも人数が多い方がと・・・
だが、すでに北海道に女子チームが向かっていることを知った間塚は
男子チームを揃えた。
結果、明日には、
アン、サンボ、夏子、梅子、葉月、チョキコ、枝弥子
そこに、モンとクラリオン
男子は、アイト、間塚、マコト、若
そこに新参者の設備屋の木曽、韮屋の純平も加わった。
もちろん、としちゃんは、葉月がしっかり連れてきていた。
女子9人、男子6人ととしちゃんでガッツを探す旅が始まるのであった。
パンダ (日曜日, 09 8月 2015 09:17)
アンは、基本的なある事に気付いた。
「そっか、髪型は、衣装も考えないと・・・」
羽田を飛び立ち、ようやく安全ベルト装着のボタンが消えたことを確認したアンは、サンボの隣の席に移動し
「ねぇ、モンの髪型のことなんだけどさ、衣装に合わせようと・・・」
サンボは、「うん。もう準備万端だよ。私が縫ってきたの」と、そう言って少しいたずらな表情を見せた。
「え~すごい! どんななの?」
その時のアンは、自分たちは『昭和の星よ』と、何故だか分からぬが、変な使命感に燃えていたのであった。
そして
「なんだろう・・・ ハマトラ?バルーンスカート?マリンルック?コンサバ?ジャンパースカート? あ、ジャンパースカートは葉月のトレードマークだから違うね。う~ん、まさか、ハイレグ?ボディコン? ボディコンは、ちょっと・・・」
「髪型は、もちろん昭和を出さないとね! モンのイメージだと
マッシュルームカットか、狼カット、リーゼントとパンチパーマは無いだろうから… あとは、サーファーカットかお姫様カットあたりかなぁ・・・」
次のサンボの言葉にアンは、一瞬たじろぐが、そこは、さすがのアン。返事も早かった。
サンボが、衣装はね・・・
「モンペよ! だって、モンだもの」
アンは、
「じゃぁ・・・真知子巻きね!」
モンが喜ぶ、喜ばないは、関係ないのである。
モンは、我らが代表なのである。
『昭和の星』としての
この仲間達がやることは、個人の意思は関係なし。
仲間が、どう考えるか!
それで、決まるのがルールであるようだ。。。
収録当日
番組プロデューサーが、泣いて喜び、仲間達に感謝したことは、言うまでもない。
としちゃん (日曜日, 09 8月 2015 17:28)
8月4日
“カニの大食い選手権” IN 北海道
番組タイトルコールで収録は、始まった。
女子チームの見守る中、モンは堂々と入場してきた。
ジャイアント黒田、ギャル根曽、キング山木など、並み居る強豪に交じって、一歩も引けを取らない雰囲気をかもし出していた。
ただ、8月に真知子巻きは・・・
と、思ったりもしたが、なーに、衣装や髪型など関係のない“モンの笑顔”が、見ている者の心を一瞬にとりこにしてしまった。
それもそのはず。52歳の堀北真希がモンペを着ているのだ。
本当に、我らが “ヒロイン・モン” 可愛かった。
誰にでも、一度や二度、経験があるのではないだろうか。
身近にいるがために、その可愛さ、優しさ、真の女性らしさに気づかない。
だが、世界の違うところで見たときに、はじめて
「えっ、こんなにも可愛い人だったのか、女性らしい女性であったのか」
と、気づくこと。
ややもすると、そんな時に、人は恋に落ちたりするものである。
おそらくは、男子チームの面々が、この場にいたならば・・・
しつこいようだが、本当に可愛いモンであった。
女子チームが応援に駆け付けてくれたことも、モンにとっては、とても心強いものであった。
もちろん本番前には、
「え~ やだぁーーーーーーー」
と、仲間達の心のこもった振る舞いを、快く『断った』のだが、先に説明した通り、モンの気持ちはお構いなし!
番組プロデューサーも、ぜひ、お仲間さんのご用意されたお仕度で!という後押しもあり、“モンペのモン”は完成した。
ただ、その時にモンが、承知した本当に理由は
「えっ、モンペって、お腹がふくれても、窮屈にならないのね」
と、フードファイターには、うってつけの洋服であることに気付いたからであった。
実は、それはサンボの計算であったのだが。
番組は、平成の怪物と昭和の星の戦いの構図で進んでいった。
カニ三昧の料理が、続々運ばれてきた。
焼きガニ、カニのクリームパスタ、蟹玉、カニコロッケ、カニあんかけ炒飯、カニとレタスのスープパスタ、タラバガニのグラタン・・・
モンの闘争心に火をつけたのは、この次々に出されてくる違った料理であった。
おそらくは、焼きガニだけの戦いなら、ギャル根曽などの足元にも及ばなかったであろう。
「え~、次の料理美味しそう! た・べ・た・い!」その気持ちが、モンの箸を進めた。
制限時間、残すところ1分となった。
ここで、モンスペシャルが炸裂する。
「司会者の、残り1分」の声に、モンが出した“技”とは・・・
分かった人は、この小説の真の愛読者と言えよう。
ここは、司会者の言葉で紹介しよう。
「さぁ、残すところ1分となりました。おっと…
お~っと、新人選手のモンが、口の中にどんどんカニを押し込んでいます。
まるでシマリスのように・・・」
「タイム・アーーーーップ! 優勝は・・・」
結果は・・・惜しくも優勝には手が届かなかった。
モン、生涯で初めての
『出されたものに、手が伸びなかった』という経験
これまで、食べ物を前にして、そこに手が伸びないなど、あり得なかったのだが。
惜しみない拍手が、準優勝のモンに送られた。
ビク (日曜日, 09 8月 2015 20:02)
収録を終え、モンは女子チームと合流した。
「ありがと、応援 わたし、頑張ったんだけど…ごめーん!」
明るい表情で、走ってきたモンを拍手で迎え、それぞれにハイタッチした。
「モン、あなたのおかげで、こうして私たち、北海道まで来れたんだよ。ありがとうは、私達のほうだよ」
そう言って、互いが、いまこうして一緒にいることに感謝の気持ちを口にし合った。
「ねぇ、まだまだ続けて欲しい!という言葉もいただいたんだし、私達の話… もう少し広げていこうよ」
と、梅子からの提案があり、皆、それに同意したのであった。
早速、そこにサンボが参入してきた。
「今日はさ、モンの準優勝の祝勝会を兼ねて、女子会しよ」
「私ね、みんなのために・・・」
そう言ってサンボは、唐草模様の風呂敷を広げた。
すると、そこには、綺麗な“浴衣”が幾枚も
「みんなの分、縫ってきたからね」
皆、驚きと歓喜の声で、すでに気持ちは“うなじ美人”を描いていた。
もちろん、その時に
「よっしゃ!任せてよ。髪結いは」とアンの目が輝く。
それから、2時間後・・・
8人の女子が皆、浴衣姿で女子会会場へ向かっていた。
女子たちの浴衣姿は、街の雰囲気にマッチしていたのである。
それは、明々後日に“七夕”を控えた街には
七夕飾りが、仙台の街ほどではないものの、色鮮やかな短冊、あみかざり、吹流しが飾られていたのである。
話がそれて申し訳ないのだが、
いま、浴衣で揃えた女子たちが、街を歩く姿を想像している。
絶対に楽しいであろうと思う。小説だけで終わらずに、実現しないものだろうかと、望んでいる筆者なのであった。
話に戻るが
会場につき、乾杯用の飲み物をそれぞれにオーダーし
「おめでとう、頑張ったねモン。次回は優勝だぁ!カンパーーーーイ」
男子の飲み会は、ほぼほぼ麦の色で揃っているのだが、女子会の乾杯は、色鮮やかである。
早速、メニューを手にして、食べ物を物色している者がいた。
もちろん、モンである。他の女子たちは、そのところには、一切手をつけようとはしない。
どんなときにも“食”に関してはモンが担当するのである。
どんな飲み会の時であっても、オードブルを取り分けてくれているのは、いつもモンと葉月であった。
理由は、簡単である。
いつも入口付近に座っているからなのであるが、男子たちの飲み物に関しても、モンが常に気にかけていてくれるのであった。
何故か感謝の気持ちが、乗り移ってしまうことに若干の反省をし
いよいよ本論のところに戻ろう。
いま一度言うが、今日は8月4日
翌日には、男子チームとの合流
そして
運命の出来事は・・・
七夕の夜に起きるであった。
パンダ (月曜日, 10 8月 2015 20:20)
モンの準優勝祝賀会女子会が、開かれていた日
クラリオンの女優初仕事としてのロケが、札幌のとある公園で行われていた。
夜の撮影であったため、その場で何かの撮影が行われていることが、遠くから見てもすぐに分かった。
「おやぁ、今日は何かやっているんですか?」
「公園には、入れませんか?」
撮影の妨げにならぬよう、撮影隊スタッフが、公園の四方に立ち、野次馬を排除していたのである。
「今日は、公園には入れませんので」
その言葉を聞かされ
「そうですか。分かりました。」
「なんだぁ、残念だなぁ。今日は、あの子たちの歌、聴けないんだ」
そう言い残して、帰っていく男がいた。
ガッツである。
ガッツは、度々、その公園を訪れ、高校生二人組の歌を聴いていたのであった。
もしも、撮影風景を遠目にでも見せてもらえていたなら・・・
おそらくは、クラリオンの姿にガッツは気付いたであろう。
運命とは・・・
と、聞かれて、あなたは、どう答えるであろうか。
普通に答えるとするならば、
運命とは、人の意思や想いをこえて人に幸・不幸を与える力であると答えるだろうか。
では、宿命とは・・・
30年以上も想い続けた人が、わずか20m先にいたのである。
竜水のレコードを毎晩のように聴き、そして語りかけていた写真の小さな笑顔
その笑顔の持ち主であるクラリオンが、この広い地球上で、たった20mの距離にいたのである。
それでも、ガッツに与えられた『運命の書』には、
この日、この時、この場所で
クラリオンに再会しても良いという、許可文は書かれていなかった。
人は、自分の『運命の書』に、自分の願いを書き込むことは、神から許されてはいないのだろうか。
では、人の言う『運命を変える』とは、どういうことなのであろうか。
もしも、この時、クラリオンとガッツが再開できていたなら・・・
この先に起きる事件の話を、書かなくて済んでいたであろう。
「書きたくない」
それが本当の気持ちであるのだが、どうやら『運命の書』によると、それは許されないことのようである。
そんなことを考えているうちに、ガッツの姿を見失ってしまった。
ガッツの姿は、札幌の街に消えていった。
撮影用のライトと都会の灯りが、その日、消えることはなかったが。
としちゃん (月曜日, 10 8月 2015 21:09)
8月5日
札幌大通り公園 さっぽろテレビ塔前の西四丁目噴水の前で同級生達は待ち合わせをした。
この時の面々の様子を詳しく説明する必要はないだろう。
それは、この場に集まった誰もが、何のために、今、ここにいるのかを分かっていたのだから。
アイトは、オマツから聞かされたガッツのすべてを皆に語った。
その場にいた全ての者が、黙ってアイトの話を聞いた。
その時の女子たちが、アイトと同じ
「誰も何も悪くないのに・・・」
その言葉と一緒に涙ぐんでいた。
するとマコトが
「なんだよ、みんな。ガッツが・・・ おかしいじゃん!泣くところじゃねぇよ!」
「絶対探せばいいんじゃん!」
そう言ったマコトが一番泣いていたのであるが。
間塚の推理で、札幌と函館、その二か所を手分けして探すことになった。
ディズニーで撮った集合写真が皆に渡され、ガッツ探しの旅は始まった。
アイト、若、梅子、モンの4人
マコト、純平、葉月、枝弥子の4人
この8人が2台に分乗し、函館に向かった。
少しだけ、車内の様子を語ろう。
函館に向かう道中、これでもか!と、モンを誘惑したものがいた。
それは、アイト? それとも若?
もちろん両者のいずれでもなかった。
モンを誘惑したものは、フルーツ街道を過ぎてもなお続く
様々な食べ物を写真付きで知らせる看板であった。
いかめし、チーズオムレット、いかすみロール、函館トラピストクッキー、
函館ラスク・・・
運転手のアイトは気付いていた。
「きっと、ガッツのことを考え、食べ物のことは、考えないようにしているんだな。偉いぞ、モン!」
そうに違いないと思っていたアイトであったのだが、そのモンを思いやる気持ちは、あっさりと裏切られる。
「なぁ、モン・・・」
「モン??? 梅ちゃん??? あれ?」
二人とも、女子会の飲み過ぎ食べ過ぎを言い訳として、爆睡していたのである。
もちろん、函館に着いてから女子たちが一生懸命に行動したことは、言うまでもないのだが。
どうやら、人は食欲と睡眠欲が同時に訪れた時には、
睡眠欲が勝るようである。モンが実証してくれたのだから、誰もが信じても裏切られることのない真実であろう。
さて、別の車内の様子も語っておこう。
ふと、枝弥子がこんなことを言い出した。
「ねぇ、葉月・・・わたし、ガッツさんとは、あまり話したことないの」
「ガッツさんって、私の顔を見て話してくれないんだよね」
「それに、すごく余所余所しくてさ・・・」
運転中のマコトと葉月は、笑った。
そして、マコトがいたずらに余計なことを言ってしまった。
「ガッツは、好きな女子の前にいくと、それが、たとえ同級生であっても、急に余所余所しい丁寧語になるんだよ!」と
(正直に打ち明けよう。この文を書き込んでいる小生は男である。
であるがゆえに、この後、女子について適当なことを書くので許されたし。)
自分のことを好きだと言われて、嫌な気持ちになる女子はいない。
なおかつ、こういった時の女子は、変に意識をしてしまうものである。
「えっ、ガッツさんが私のことを・・・」
その時の枝弥子の変化を、葉月は見逃さなかった。
「ガッツさんが、私を???」
「しかも、ずっと丁寧語で私と話していたということは・・・」
「ずっと、私のことを・・・ずっと・・・」
「え~・・・もしかしたら、私もガッツさんのことを・・・」
「あ~ 私も…好きかも!」
運転するマコトの助手席に座る葉月は
「知らないよ!わたし。マコトが、なんとかしな!」
ここでマコトは、しっかり男をみせた。
あの曲が、クラリオンのために書かれた曲であったこと、30年もの間、クラリオンを想い続けていたガッツの真実を枝弥子に伝えた。
もちろん、その後に枝弥子と葉月の
「男子って、単純っていうか、ほんと、あきれるくらい騙されやすいのね!」
「まったくだね、枝弥子」
その二人の会話で、ようやく、からかわれたことに気付いたマコトであった。
それでも、車内ではガッツのことばかりが、話題になっていた。
おかげで、マコトは、初日の出・日光駅駐車場事件の真相まで白状させられていたのであった。
としちゃん (月曜日, 10 8月 2015 22:14)
8月5日のガッツ探しは、何の収穫もなかった。
簡単に見つかるだろう!という、根拠のない皆の自信は、初日にして簡単に崩れた。
ホテル、飲食店、工事現場などの思いつく場所は、札幌組、函館組とも、街の隅々まで聞いて歩いたのであった。
「なぁ、明日はどうしよう」
皆に残された時間は、あと二日しかなかった。
間塚が、皆をまとめた。
「今日は、それぞれにゆっくり休もう。そして明日は、札幌にしぼって探そう」
「男子は、夜の繁華街も探してみよう」
「明日には、クラリオンも合流できると連絡があった」
「俺さ・・・なんか、これまでのガッツの生き様を考えると…クラリオンが合流してくれることで、きっと、いい方向に向いてくれるんじゃないかなと思うんだ」
「何故だか、そんな気がするんだ」
パンダ (火曜日, 11 8月 2015 19:53)
8月6日 ガッツ探し、二日目
間塚の提案通り、全員で札幌の街を探した。
二人組となり、それぞれにエリアを設けて、責任を持つことにした。
おそらくは、そのエリア内だけで数百の飲食店やホテルなど、果てしなく存在するのであろう。
決して楽な行動ではなかった。
思いのない者には、出来なかったであろう。
訪ねては頭を下げ、そして期待外れの返事、その連続なのだから。
枝弥子は、マコトとペアを組んでいた。
行く先々で、一生懸命に頭を深くさげ、頼み込むマコトの真剣さに、熱くこみ上げるものを感じていた。
枝弥子は、アメリカでの同窓会には参加できなかった。それは、自分の店のオープンの時期と重なり、断腸の想いで不参加を決めざるを得なかったのである。
今回の北海道への女子会ツアーも、モンの応援が一番の目的ではあったが、残りの三日間は、道内の観光を楽しみにしていた一人である。
しかし、いま、ガッツ探しのために、楽しみにしていたはずの三日間を犠牲にしている。
だが、その時の枝弥子には、「せっかく北海道まで来たのに」という思いは、全くと言っていいほど消えていた。
それは、梅子やチョキ子、葉月、そしてクラリオンでさえ、高校時代にはガッツとの交流は、ほとんどなかったはず。
それなのに・・・と、同窓会に不参加であったがゆえに、参加した者たちの“変化”に気づいていたからである。
「ねぇ、マコト・・・」
「どうした?枝弥子」
「わたし、ガッツのこと、良く知らなかったんだけど・・・」
「他の女子たちも、知らなかったはずだよね。それなのに・・・」
「・・・って、俺ものことも、知らなかったじゃん」
そう言ってマコトは微笑んだ。
「もう、ここに来ている誰もが『仲間』なんだよ」
「それは、あの同窓会がきっかけとなったのは、事実そうなんだろうけど・・・」
「みんな、このつながりを、とっても大切なものだと思っているんだろうな」
「そうでなかったら、文句の一つや二つ、出てるよな」
「枝弥子は、どうだい? せっかく来たのにって、普通なら思って当然だぜ」
「・・・正直、はじめは思ってた。 けど・・・」
「私も、これから仲間になれるのかな」
「ば~か。何言ってんだよ」
「ずっと前から仲間だろ。少しの時間、それぞれに離れていたかもしれないけど、同窓会をきっかけに、また、身近な友達になってさ」
「俺たちは、昔から、今も、そしてずーーっと仲間だよ」
「いて欲しいと思うときに、そばにいてくれる仲間だよ」
「ガッツも、思っているはずなんだよ。同じようにな」
その時のマコトは、さぁ、頑張ろうぜと言いたそうであったのだが・・・
「なっ、腹へったな。なんか食おうぜ」
そう言って、マコトは、交差点の角にある小さな定食屋さんらしきお店を指さしたのだった。
そして、その時がいよいよ訪れた。
パンダ (火曜日, 11 8月 2015 23:45)
「いらっしゃい」
そこは、昔ながらの定食屋であった。
女性に対して、失礼であるのだが
この店は、70歳にゆうに手が届きそうな感じのおばさん一人で切り盛りされているようであった。
ただ、見ただけで、その表情から、優しい店主であるに違いないと感じとれた。
店の壁に無造作に貼られた数々のお品書きを見て、しばらく、悩んでいた二人であったが
「どれも旨そうなんだけど…なにか、おススメは?」
と、マコトが尋ねると
「お客さん、もしかしたら、栃木から来たのかい?」
と、唐突に返事が返ってきた。
「そ、そうです。 え、でもどうして分かったんですか?」
「そのしゃべり方だよぉ」
「いや、こないだもお客さんぐらいの歳の栃木のお客さんが、いらしてくれてねぇ」
マコトも枝弥子も、その話に驚くのと同時に写真を取り出していた。
「もしかしたら、この男ではないですか?」
「あれ~、そうだよ。ガッツさん」
店主は、ガッツの名前まで分かっていた。
その時の二人の喜びようは、あえて語る必要もないだろう。
「お客さんたちこそ、なんで・・・」
マコトは、全てを説明し、そして店主からガッツの居場所を聞けることを期待して尋ねた。
「ガッツは・・・」
店主の答えは、「分からない」であった。
三度、食べに来ていたらしく、最後は三日前
そのたび、店主といろんな話をしていったという。
「ちょっと話しただけで、優しい人だと分かりましたよ。ガッツさん」
「そこの席に座って、私の作った料理を、ウマい!ウマい!って、喜んで食べてくれてね」
「仕事を探しているんだけど、なかなか見つからないと」
「仕事が見つかったら、毎日来るからねと言っていましたけど・・・」
「もう三日・・・」
「ちゃんと食べられているのなら、いいんですけど」
「出世払いでいいから、食べにおいでとも言ってあげたんですけどねぇ・・・」
「早くお金を貯めて、栃木に帰らないとならないんだと言っていましたよ」
マコトは、オマツさんと二品ばあさんの話をして、ガッツがオマツさんの病院を出てきた理由と栃木に早く帰りたいと思ってる理由まで店主に話した。
店主は、涙にくれ
「ガッツさん、どこに行ったのでしょうかねぇ」
「たくさんのお友達が、この北海度まで来ているというのに・・・」
「早く会えること、願っていますよ」
「ガッツさん、いまにも、「こんちわ」って、来てくれそうな気がするんですけどね・・・」
「ガッツいるんだよ。この札幌に」
「必ず、見つけよう! いるんだよ、札幌に」
マコトは、悲しいのか、嬉しいのか分からない言い方で、枝弥子に、そして自分に言い聞かせた。
このことは、直ぐに間塚に伝えられ、そこからは、皆が集まり、そして、その近辺を集中的に聞いて歩いた。
マコトと枝弥子は、その店の閉店まで、待たせてもらうことにした。
壁に書かれた閉店時間は、とっくに過ぎていたが、店主は店を閉めようとはしなかった。
マコトは、店主の名前を尋ねた。
「あのぉ、自分はマコトといいます。彼女は枝弥子です。
お名前を伺っても・・・」
「私は、ヤスといいますよ」
「ヤスさん?」
その時、マコトは言葉に詰まった。
それでも思い直し、
「ガッツの母親も、たしかヤスさんというお名前だったと聞いています」
「ガッツのお母さん、ずっと病弱で・・・」
「そのためガッツは、養護施設で育ったんです。」
「そのお母さんもガッツが12歳のときに・・・」
「きっと、ヤスさんの作った料理が、母親の味に思えたんじゃないですかね」
枝弥子は、初めてその話を聞かされた。
その話でガッツの生い立ちと、オマツさん、二品ばあさんに対するガッツの思いがつながった。
「ガッツ・・・」
「どこにいるの」
としちゃん (水曜日, 12 8月 2015 06:43)
19時、約束の時間となり、全員、同じ場所に集合した。
ガッツが三日前には、間違いなく札幌にいたという情報をつかんだことで、誰もが、もう少しでガッツに会えると思っていた。
ホテルのロビーで、互いの情報交換をしていると、そこにクラリオンがやってきた。
「みんなぁ」
「お疲れ様ぁ、クラリオン」
「話は聞いたわ。みんなも一日お疲れ様でした。ごめんなさいねぇ、わたし、お手伝いできずに」
女子たちは、女優になったクラリオンに初めて会い、大盛り上がりであったが、今の状況から、一応に平静を取り戻した。
間塚のリーダーシップで、これからの行動が決められた。
「クラリオンの女優初仕事の報告会。と、行きたいところなんだけど・・・」
「自分は、夜の繁華街を探す。誰か・・・」
「なに、水臭いこと言ってんだよ!」と、結局は男子全員で探すことに。
「じゃぁ、これからの時間は、男子に任せてくれ。」
「女子たちは、クラリオンの女優初仕事の報告会に!」
「明日の朝、いい報告が出来るように男子は頑張ってくる!」
「クラリオンの話は、あとのお楽しみにさせてもらうよ。」
すると、クラリオンが、こんなことを言った。
「私の初仕事は、夜の公園でのロケだったのね」
「そこで、ギターを抱えた高校生二人組をみつけてさ・・・」
「あぁ、ガッツも高校生のときに、あんなふうに歌っていたのかなぁと考えていたんだ」と
男子たちは、足早に夜の街へと消えていった。
ロビーに残った女子たちは、集合の時間を決めて、一度部屋に戻ることにしたのだが、その時サンボが、
「クラリオンの浴衣もあるんだ。今日も着ちゃう?」と
9人の浴衣美人が、街に繰り出した。
昨日よりも街が綺麗に飾られているように思えた葉月は、
「明日は、七夕ね。『おりひめ』と『ひこぼし』が、一年に一度だけ、天の川の上でデートをする日よ」
「ガッツ・・・ あなたも大好きな人に会っていい日なのよ!」
そう言って、もしやガッツがいやしないかと、後ろを振り返ったり、道の反対側を歩く人たちをみたり、街の中にガッツの姿を求めながら歩いたのであった。
パンダ (水曜日, 12 8月 2015 20:53)
間塚は、クラリオンの言った、
「そこで、ギターを抱えた高校生二人組をみつけてさ・・・」
「あぁ、ガッツも高校生のときに、あんなふうに歌っていたのかなぁと考えていたんだ」
という、話を気にかけていた。
もう一つは、
「これまでのガッツの生き様を考えると…クラリオンが合流してくれることで、きっと、いい方向に向いてくれるんじゃないかなと思うんだ」
という、自分の直感を結びつけた。
そして
「なぁ、マコト 俺とペアーを組んでくれ」
「そして、路上ライブや、ギター片手に好きに歌えそうな場所・・・一緒に探してくれ。頼むマコト!」と
間塚とマコトは、クラリオンが高校生二人組を見かけたという公園に向かった。
「この公園だな」
と、言った矢先に、ギターを抱えた高校生らしき二人組の少年が歩いてきた。
「すみません。ちょっといいかな」
と、声をかけると、少年達は急いでいたのか、間塚の声を無視して行き過ぎようとした。
「ちょっと待ってくれないか、聞きたいことがあるんだ」
「この男を見かけたことないかな?」
その問いかけに、まるで怯えるように
「ぼ、僕たち、知りませんから。失礼します」
と、逃げ去ろうとしたのであった。
どうみても、その態度は普通ではなかった。
「待ってくれ!」と、追いかけた間塚に、少年は
「なんなんですか・・・」
「もう、勘弁してください。僕たち何も関係ありませんよ」
間塚は、ゆっくり少年達に事情を説明し、何故に、そんなに怖がるのか聞いた。
少年達の話によると、二人でいつものように歌っているところに、人相の悪い二人組のおじさんが来て、間塚がしたのと同じように写真を見せ
「こいつを見たことはあるか?」と聞かれ
知っていると答えた途端に豹変し、胸倉を掴まれて、
「どこにいるんだ!」
知らないと答えたのだが、執拗に責められ、殴られそうにもなったのだという。
少年達は、さっきの二人組と、間塚が関係のないことが理解できたのか、ようやくガッツのことを話し始めた。
「その人、ガッツさんですよね」
「よく、僕たちの歌を聴きに来てくれるんです」
「すごくいい人で・・・僕たちの歌が好きだと言ってくれるんです」
「そこの歌詞は、こうしてごらん。そこのコードは、Ⅾのがいいかもよ」
「そんな感じに、いろいろアドバイスをしてくれて・・・」
間塚は、少年達に全てを話した。すると
「そうだったんですか、ガッツさん・・・」
「明日は金曜日だから、必ず聴きにきてくれますよ。僕たちもガッツさんに褒められたくて、頑張ってるんです」
間塚は、少年達に
「そっか、いい人と巡り合ったな」
「ガッツは・・・」
竜水の曲を全部作ってる、すげーやつなんだぞ!と言いたかった。
が、それは、さすがに言えなかった。その代わりに
「ドラマの曲を作ったすげーやつなんだぞ!」と
少年達の驚きは尋常じゃなかった。
「早く、会いたいですよ。ガッツさんに」
間塚は、自分たちも明日、聴きに来ることを約束して少年達と別れた。
「マコト・・・ついに見つけたな。ガッツのこと」
「やっぱり、ガッツにとってクラリオンの存在は、必要ってことなんかな」
「そうかもな」
「でもさぁ、なんだろう。俺達以外にも、ガッツを探してる人がいるってことだぞ」
マコトが
「まさか、変なところから借金して、追われているんじゃねぇよな・・・」
二人は、嫌な予感と、でも、必ず明日にはガッツと会えるという喜びと
この二日間、探し続けたその労いの思いから
その時の二人は、ガッツに会えるという喜びの方が勝っていたのであった。
兵藤の指図でガッツの命を狙っている者がいようとは・・・
としちゃん (水曜日, 12 8月 2015 23:51)
8月7日 朝
ホテルのロビーに全員集合していた。
間塚は、昨日の少年達の話をし、そして
「俺は、昨日の少年達が言っていたことを信じる。必ずガッツは来る」
「夕方から、俺がその公園に行って来ようと思う。それに賭けてみる!」
「二日間、本当にお疲れ様。今日は、みんな自由に過ごしてほしい」
すると
「俺にも行かせろよ!」と、マコトが
「私にも行かせて、私、まだ、何もお手伝いしていないから」と、クラリオンが言った。
間塚は、
「分かった。ありがとう。マコトは、ガッツに一番近いやつだし、クラリオンは・・・」
「まっ、ガッツが一番喜ぶかな、男子だけじゃ、がっかりだよな」と、笑いを誘った。
その話を黙って聞いていた葉月は
「そうよね、今日は七夕様だもんね。ガッツ・・・あなたの好きな人に会える日なのよね」
「あなたの好きな人・・・」
他の何人かが、自分も!私も!と、言ってきたが、間塚は
「それじゃ、ガッツが困るよ! みんなが、自分探しのために三日間とも潰したと分かったらさ」
「だから、ガッツのためにも、今日は、自分のための一日にして欲しいんだ」
皆、間塚の話を受け入れた。
そして、日帰りでは忙しいことを承知のうえで、旭山動物園に出かけていった。
間塚、マコト、クラリオンの3人は、札幌の街をのんびり歩いた。ガッツ探しも兼ねて。
その時のクラリオンは、間塚への想いを捨てきれずにいたのであった。
ただ、一念発起、女優になったことで
新たな人生を歩き始めた自分を感じていたのである。
少し歩き疲れた頃、マコトが
「腹減ったな。飯食いにいこうぜ!」と
三人は、マコトが昨日訪れた定食屋にいた。
「良かったですねぇ、ガッツさん」
「あなた達の仲間を思う気持ちが、ガッツさんを救ったんですね」
マコトが
「おばさん、それを言うなら…救うかな。まだね」
そう言って笑った。
「おばさん・・・絶対にガッツを見つけるからね。 ご馳走様でした」
そう言って、店を出た。
クラリオンは
「美味しかったぁ。ガッツが三度通ったのも分かる気がする」
「素敵な店主よね。ガッツのお母さんも、きっと、あんな感じなのかしらね」
そう言って微笑んだ。
もちろん、その時のマコトは、ガッツの母親のことは、あえて話す必要は無いかなと思っていた。
そして、
三人は、ガッツと再会できるはずの公園に向かった。
としちゃん (木曜日, 13 8月 2015 01:23)
「あぁ、おじさん!」
「約束守ってくれたんだね」
「おっ、なんか、早く来ちゃってさ」
「この場所で、良かったのかい?」
「はい。いま、すぐに準備しますね。たっぷり聴いていってください」
「あれ、今日は、おじさんの彼女も一緒だ。なんてね」
そう言って、少年達は、笑顔で準備を始めたのだが
きょろきょろと、あたりを見まわし
「今日は、遅いなぁ…ガッツさん」
と、残念そうな表情をみせた。
おそらくは、いつもの曲順で歌っていたのであろう。
5曲終わったところで
「おじさん、ごめんなさい。ガッツさん・・・ 来ないねぇ」
「どうしたんだろう。いつもなら、もう来ている時間なんだけど」
と、間塚達に謝るのと一緒に、自分たちも残念である気持ちを伝えてきた。
「あぁ、道でも迷ったか? 大丈夫だ。ガッツは来るよ! 必ずな」
「それよりさ、昨日、ガッツに手直ししてもらった曲があるって言っていたろう」
「その曲、聴かせてくれよ」
少年達は、はい、分かりました!と、今日一番の笑顔をみせ、その曲を歌いだした。
曲の一番が終わり、間奏になったときに
「この歌詞、このフレーズ・・・ガッツの曲だよ」と、マコトがつぶやいた。
二番を聴いているときには、三人とも涙していた。
年齢のせいなのか、いや、それとも、ガッツの歌詞に心を奪われたせいなのか
三人は、涙を拭きとろうともせず、最後まで聴いていた。
「ありがとう。もとは君達が作った曲なんだろう?」
「いい曲だよ」
「ガッツさんが、二か所だけ直してくれたんだ。僕たちのナンバーワンの曲です」
そう言って、とても嬉しそうな顔をした。
と、その時である。
「あっ、ガッツさんだ!」
パンダ (木曜日, 13 8月 2015 12:30)
三人とも、とっさに「まずい!泣き顔だ!」と、思ったのであろう。
機転をきかした間塚は
「ガッツ来たぞ! 振り向かないで、あいつが隣に座ったら驚かせてやろうぜ!」
少年達は「ガッツさ~ん」と手を振っている。
と、少年が
「あっ・・・」
「ガッツさん・・・ えっ・・・ 危ない!」
の声に三人が振り返ると、目の前には信じられない光景が
ガッツの背後からナイフを持った男が、ガッツに向かって走っている。
「危ない、ガッツーーー うしろぉーーーー」
叫び声を、マコトが発した。
それと同時に、ナイフの男の背後から、もう一人の男が飛び出してきた。
その男は、ナイフの男に気付き、それを止めようとしていた。
飛び出してきた男は、ガッツを突き飛ばして、ナイフからガッツを守ろうと・・・
ナイフは、ガッツの右腕を傷つけ、そして、飛び出してきた男の背中に刺さった。
吹き出る血に、ナイフの男は、さらに発狂し、
ナイフを引き抜いて、そして、ガッツの腹部を
刺した
ナイフの男は、走って逃げ去った。
「ガッツーーーーーーー」
三人は、ガッツのところに走り寄った。
「ガッツ、 ガッツーーー ガッツーーーーーーー」
クラリオンの泣き叫びながらの呼びかけに、
ガッツが目を開けて応えることはなかった。
クラリオンの手は、ガッツの血で真っ赤に染まっていた。
それが、ガッツとクラリオンの『七夕の夜』の再会だった。
はなはな (木曜日, 13 8月 2015 19:34)
「ガッツー」
「ガッツー」
「ガッツーーー」
クラリオンはどれだけ泣き叫んだだろう…
救急車のサイレンに揉み消されながら…
×××----------------?????
ん?なんの音?
い、び、き……?
間塚とマコトとクラリオンは顔を見合わせた
そして、背中を刺された飛び出した男が声を振り絞った
としちゃん (木曜日, 13 8月 2015 23:22)
8月9日
「警視庁捜査一課だ。 兵藤だな」
「お前に、逮捕状が出ている」
「私が、何をしたっていうんですか、刑事さんよ」
兵藤は、ふてぶてしい態度で刑事に食ってかかった。
「ふざけんじゃねー! 事件の真相は、全部分かってんだ!」
その時の刑事は、冷静さを欠いていた。
そして刑事は、兵藤に向かってこう言った。
「部下に、殺人を命じたよな。お前の部下は、もう全部白状しているんだよ。観念しろ!」
「兵藤さんよぉ、『罪を憎んで人を憎まず』という言葉があるのは、俺だって知ってるよ。」
「でもな、兵藤! てめぇみてぇな奴のこと、俺は絶対に許さねー!」
「まったく罪のない者を・・・」
「連れてけ!」
兵藤は、手錠をかけられ連行されていった。
その後、兵藤は警察の取り調べに対し、容疑を認めた。
そして起訴、有罪判決、刑に服したのである。
事件は、すべて解決した。
そして・・・
としちゃん (木曜日, 13 8月 2015 23:25)
事件から半年が経った。
今日は、アイトの書いた本の発売日であった。
高視聴率ドラマの小説化、事件の真相、その全てが書かれているとあり、その注目度はすごいものがあった。
日本全国、どこの書店でも、長蛇の列ができていた。
同じように、栃木の、とある書店でも長蛇の列ができていた。
その列の最後尾で二人の女性が、こんな会話をしていた。
「普通さぁ、くれるよね! 小説に書かれた本人までも、並んで買え!って、あり得ないよね」
「ホントね。」
葉月とモンであった。
「ねぇ、結局さぁ、アイト・・・ 私たちにも小説のタイトル、最後まで教えてくれなかったわねー」
「まったく、ケチなんだから!」
「だけど…こういう本の売り出し方もあるのね。」
「小説のタイトルを知らされないまま、発売日を向かえるなんてさ」
開店の時間がきた。
二人が並んでいた列は、順調に進んで行った。
「いよいよね!」
の葉月の声とほぼ同時であったろう。
店員さんが
「申し訳ございません、売り切れとなりました。」
「お並びいただいていた方には、本当に申し訳ないのですが・・・次の再版は未定とのことです。誠に申し訳ありません」
葉月とモンの手前で完売となった。
二人は、言葉を失い、小説を手にして喜ぶ人たちを、ただ茫然と眺めるしかなかった。
ただ・・・
次の瞬間、二人は、彼女達にしか味わうことのできない喜びを感じることができたのであった。
本を手にして、嬉しそうに微笑むご婦人
その手に持たれた小説のタイトル名が、二人の目に飛び込んできた。
そこには・・・
ビク (金曜日, 14 8月 2015 00:21)
『仲間』
と、書かれていた。
小説を買うことができずに、普通であれば肩を落として帰るはずの葉月とモン
でも、アイトが書いた本のタイトルが『仲間』となっていたことを知り、あふれ出る喜びでいっぱいになっていたのである。
二人は、店を出た。
「葉月・・・」
「なに、モン」
「私たち・・・みんな仲間だもんね」
「うん。そうね」
それ以外の言葉は、今日の二人には必要なかった。
葉月は、遠い北の空に目をやり
「ガッツ…あなたは、私に、本当にたくさんのことを教えてくれたよね」
「ありがとう、ガッツ」 と、小声で言った。
二人は、帰宅した。
帰宅した、二人の家には、それぞれに小包が届いていた。
差出人はアイト
おそらくは、ほぼ、同時刻に二人の叫び声が発せられていたであろう。
「贈ってくれるなら、言っておけよ!バカーーーー!」
そう言った次の瞬間には笑顔になり、二人とも大切なものを扱うように、そっと本を取り出した。
こんな時は、人は、同じような行動をするようだ。
本を左手に持ち、右手で『仲間』の二文字をなぞった。
そして、同じ言葉を口にしたのであった。
「みんなに会いたい」と
本は、何度も再版され、累計発行部数は50万部に達していた。
近年であれば、吉又さんの書いた芥河賞受賞作品の「花火」が35万部と言われているなか、それと比較すれば、どれだけ話題になったのか、容易に想像できよう。
本の印税の話は避けよう。
「アイトは、印税を当てにしてHONDAの高級車に乗り換えた」
というのは、あくまで噂話であるので。
本は、小説として売り出されたが、中身は、葉月が言った言葉のとおりと言えよう。
「この本ってさ、私たち『仲間』の自叙伝よね!」
“事実は小説よりも奇なり”という言葉がある。
この本に書かれていることの全てが小説のように思えるであろう。
実際、
「同窓会のためにアメリカまで行くかぁ?」
「52歳にもなって、10人揃ってディズニーランドに修学旅行するかい?」
「同級生が、行方不明だからと、旅費を払って北海道まで探しにいくかぁ?」
と、信じがたいことが次から次へと展開されてきた。
だが・・・
それが全て事実なのであるから、この仲間たちのやってきたことが、いかにすごいものであったのかと言えよう。
さて・・・
いよいよ、その時が来たようである。
千里、拓哉、研二で始まったこの小説
仲間達のアメリカでの同窓会、東京ディズニーランドへの修学旅行
それがドラマ化され、ガッツを探しに北の大地へ
そして、いま、その全てを語る本まで完成したのである。
ただ・・・ この小説では、まだ語られていないことがある。
あの日、あの場所で起きたこと。
そして、ガッツはどうなったのか・・・
私は、ガッツの“いちファン”として、ガッツのその後を語ることが、どうしてもできない。筆が進まないのである。
よって、
『仲間』の結末を読んでいただくことで、お許し願いたい。
あとは、読者のほとんどの者が涙した
『仲間』の結末に、ガッツの全てのことを託す。
ビク (金曜日, 14 8月 2015 22:47)
小説『仲間』(アイト著)より
8月8日
梅子が、
「あと1センチずれていたら・・・って、本当に良かったわよね、ガッツ」
「まったくだよな」と、マコトが
「俺は、あの時、もう駄目かと思ったよ。でも、無事に手術も成功してさ、良かったよなぁ」
「しかし、あいつさ、手術が終わって、麻酔からさめて、みんながいることに驚いたくせに、最初に誰に何を言うのかと思いきや…
クラリオンに向かって「お誕生日おめでとう」だもんな。まったく!
どさくさに紛れて、告白しちゃった感じだよな」
そんな会話をしていたところに、搭乗手続きを済ませた間塚が帰ってきた。
「さぁ、帰ろう。」と
飛行機の中で、クラリオンはずっと黙っていた。
隣に座る葉月が、「クラリオン・・・」
そっと、声をかけたことで、それまで我慢していたクラリオンの想いが、全て外にあふれ出した。 「わたし・・・」
葉月は、精一杯にクラリオンを励ました。
「大丈夫よ!きっと、ガッツのことだから、約束守るために、リハビリとか頑張っちゃったりしてさ・・・ ねっ、クラリオン、そう思うでしょ」
葉月の言う「約束」とは、ガッツが、クラリオンにギターを弾いてあげるということを指すのであるが、
ガッツは、犯人のナイフで腕の神経を切断され、ドクターからは、もう動かないことも覚悟してくださいと宣告されたのであった。
クラリオンは、泣きながら
「わたし、ずっと知らなかったのよ。 あの曲のことだって。」
「それに、わたしは、ガッツに・・・
何もしてあげられないの」
葉月は、
「・・・そっか、 何もないのか…」 と、次の言葉を探した。そして
「ねぇ、クラリオン、ガッツなら大丈夫だよ。」
「ガッツは、これからも、大切に思う人のために・・・それがガッツで、この先もガッツはガッツのままだよ」
その時の葉月は、クラリオンを慰めているのか、それとも自分自身に言いきかせているのか・・・よく分からない気持ちになっていた。
だから、どうして涙が溢れてくるのか、自分自身その理由が分からなかった。
それでも最後に、葉月は、皆の思いとガッツの気持ちを代弁したのである。
「これからもずっと仲間だよ!」と
事件から二週間が過ぎた。
「ガッツさん、良かったですね。竜水さん、いま、意識が戻りましたよ」
「竜水さんが、あなたに会いたいって言っています。行きましょう」
看護師に車いすを押してもらい、ガッツが竜水のいる部屋に入ってきた。
「ガッツ・・・」
人工呼吸器のマスク越しで、余計に聞き取りにくい言葉であったが、確かに竜水はガッツの名を呼んだ。
「竜水・・・」
「ありがとう、お前に助けられたよ」
「ばかだなぁ、あんなことして。 痛かったろうよ。」
「ガッツ、おれ・・・」
竜水に次の言葉を言わせないようにガッツは
「いいんだよ。早く元気になってさ、また俺の作った歌を唄ってくれよ」
二人とも涙で、もう交わす言葉が見つからなかった。
竜水は、兵藤が、ガッツを殺害するように部下に命じていたところを事務所のドア越しに聞いていたのであった。
沖縄の友人のところに行くと言い、実は、ずっと部下の行動を見張っていたのである。そして、この北海道にも後をつけてきていたのであった。
そして、ガッツを救おうとして・・・
竜水が意識を戻した次の日、
「竜水、そばにいてやれなくてすまない。本当にゴメン。早く良くなって退院してくれよ。本当にゴメン、竜水」
ガッツは、そう言い残して病院を出て行ってしまった。
看護師長の登美子も、あきれるしかなかった。
「いくらなんでも、相部屋はないでしょ!」と
ガッツは、オマツのいる病院へ転院したのであった。
ガッツとオマツはベッドを並べ、いろんな話をした。
たくさん、たくさん話をした。
消灯の時間、登美子が見回りをすると、
二人は電気をつけたまま
眠っているようだった。
登美子が、ふと、ガッツの枕元に目をやると、そこには、1枚の写真が置いてあった。
「この人ね。ガッツさんの愛しの君は。ずっと片想いのままの」
写真には、優しい笑顔のクラリオンが写っていた。
浴衣姿の
『仲間』 完
続・ガッツ編 完
としちゃん (土曜日, 15 8月 2015 00:17)
「今日のゲストは、
女優のクラリオンさん
元、フードファイターのモンさん
そしてこの度見事に“芥河賞”を受賞されましたアイトさん
この三人の方に、お越し頂きました。」
「今日は、みなさんにいろいろお聞きしていきたいと思いますので、どうぞ、よろしくお願いします。」
三人は『哲子の部屋』に出演したのである。
『哲子の部屋』とは、76年から放送されているテレ夜の冠番組。
さすがに、芸能界の大御所「哲子」を前にして三人は緊張していた。
いつものように、「たまねぎ頭」の哲子
以前、こんな話を聞いたことがある。
哲子の“たまねぎ頭”は、毎日髪形を変えると、視聴者の関心が哲子の髪に集中してしまってゲストの方へ行かなくなるので、毎日同じ髪型で!というのが理由であると。
「あの頭の中に、入ってみたい!」と思ったことがあるのは、私と“目玉のおやじ”ぐらいかもしれないが。。。
ここで、この三人が何故に「哲子の部屋」に出演できたのか?を語っておく。
話は、簡単である。
あのドラマが評価され、間塚Pはテレ夜からヘッドハンティングされたのである。
その時の間塚は、一つだけ条件を出した。
「私と一緒に働いてもらっているスタッフ全員をテレ夜に入社させること!」と、間塚らしい条件の付け方であった。
間塚は、TV界を大きく動かせるBIGな男に成り上がっていたのである。
ごくごく一般的な哲子からの質問に、三人とも丁寧に答え、収録は無事に終わった。
いや、ちょっと待ってくれ!
一つ気になることがある。
モンが「元、フードファイター」と紹介されていたではないか。“もと”と
女優や作家として新たな道を歩み始めた者
北海道から戻った面々のその後
ドラマを見て、俺も!私も!と、仲間に戻ってきた者
と、話が尽きない仲間達である。
仲間達は、これからどのようになっていくのであろうか。
まさに今が“いじりどき”である。
それぞれの話は、それぞれに進んで行く。
面倒見のいい仲間たちは、ときどき、他にチョッカイを出しながらも、一度いじった者を、しっかり面倒を見ていくのであった。
もし、一度、いじられながら、捨てられそうになった者がいれば・・・
それは、誰かが救ってくれる。そこが、この仲間達のいいところである。
そして
それぞれの話は、最後には、間塚のもとに集められるのである。
この先の話に大きな期待を寄せて
いま、「愛と・誠 編」が、切って落とされた。
モモ (日曜日, 16 8月 2015 21:35)
はじめまして。
ぼく、ラビ太
葉月ママのペットのウサギです。
僕ね、最近ちょっと心配なことが、あるんです。
葉月ママが、『北海道』と書いてあるお土産袋をさげて、帰ってきてから、少し元気がないんです。
あのとき、ママがずっと帰って来ないから、僕、淋しくて淋しくて
でも、ラビ太ーーって帰ってきてくれたときは、すごく嬉しかったんだ。
その日は、ご飯もいーっぱい食べたんだよ。
ママ、次の日から、お仕事が大変みたいで
毎日夜遅くまでお仕事してるみたい
僕のお家は、そんなに広くないんだけど、そこで、毎日、ママの帰りを待っているんだ。
ママが帰ってくると、僕のお家から出してもらって
ママに甘えられるんだよ。いいでしょ。
僕は、ママがお仕事から帰ってきた時の匂いが、大好き。
季節で、変わるんだよ。お花の匂い。
今日も、ママはお仕事みたい。
少し、元気がないのが心配だから、ときどき、僕のお話聞いてね。
としちゃん (月曜日, 17 8月 2015 21:57)
三人の「哲子の部屋」の収録は、無事に終了したと言ったが、実は、収録中こんなことがあったのである。
「はい、すみません。一旦止めます!」
そう言って、間塚Pは哲子に近づき、何やら話しをする。
哲子は少し、けげんそうな顔をしたが、間塚の話を受け入れた。
「それでは、哲子さん、お願いします。」と、収録は再開された。
収録中の、こんなやりとりは、珍しいことでもないと思われるだろう。
だが、このやりとりが、後に大きな波紋を呼ぶことになるのである。
間塚が、収録を一度止めた理由は、クラリオンへの質問の際に、ガッツの話題になったためであった。
間塚Pは、今日の収録では決してガッツのことに触れないこと!という条件を出していたのである。
『仲間』を既に読に終えていた哲子は、その後に控えるアイトへの質問にも、ガッツの話題は、必要不可欠と思っていたのだが・・・
間塚Pの言うことに哲子は従った。
その三人が出演した「哲子の部屋」の放送後、
間塚はテレ夜の社長に呼ばれた。
「間塚君、君ね・・・」
「視聴者から、大変なクレームだよ!」
「普通なら、ガッツ君とかいう人の話題を出すだろうと!」
間塚は、社長に対して、たんかを切った。
「ガッツ編は終わりましたから!」
「ガッツの話に続きはないんです!」
「気に入らないなら、どうぞ、自分を首にしてください!」と
社長は、返答に困ったが、これまでに自分に逆らう社員をみたことがない社長は、
「仕方ない、私が見込んでヘッドハンティングした男だ。」
「きっと、間塚Pなりに、なにか考えがあってのことだろう」
と、それ以上は、間塚に何も言わなかった。
上司と部下の関係とは、意外とそんなものだろうか。
分からず屋の上司が、自分を認めてくれると、部下も上司を認めようと努力したりするときがある。
その時の間塚も、そのようであった。
社長にだけは、その本当の理由を告げたのである。
「そうだったのか・・・」
「それじゃ、話せないのも分かる」
「すまなかった。君を信じ切れていなかったな。私は」
「しかし…そうだったのかぁ・・・」
と、社長は間塚の話に、驚きの色を隠せなかったのである。
としちゃん (月曜日, 17 8月 2015 22:00)
一方、アイトは芥河賞受賞作家として、しばらくの間は、もてはやされていた。
のだが・・・
世に「出る杭は打たれる」とい言葉がある。まさしくアイトは、他の作家から、その杭の対象とされ始めていた。
それもそうであろう。
人のフンドシで相撲を取ったようなものである。
ありのままを、そのまま書いただけで芥河賞受賞作家になれたのだから。
しかも、処女作での受賞となれば、なおさらであった。
様々なアイトの側面が、ばれ始めた。
あえて一つ紹介するとするならば、
♯260で書かれているので、支障ないと思われるので、話しをするが・・・
「チッチが自分から脱いだんだよ! 俺は、やめろって言ったよ~ やめろって言ったんだ!」
そんなの、誰がどう聞いても嘘だと分かろう。
なぜなら、チッチが、自らパンツを脱ぐことは100%ないのだから。
しかし、それを、堂々と言い訳している動画が、世間に出回ってしまったのである。
出回った原因は・・・
“としちゃんの旅”に、その様子が収められていたようで、それが、出回ったようである。
よく、「有ること無いこと言われて!」と聞くが、
アイトの場合、「有ること有ること」が世に出回ってしまった。
仲間の中にアイトに対して悪く思っている奴が?
いや、それはあり得ない!
なぜなら、仲間の中で、彼は必要な存在であり、信頼できる男である。
仲間から悪く思われることなど、あり得ないのだ。
そんなアイトは、出版社から次の本のオファーを当然のように受け
それに苦しんでいたのであった。
アイトは悩んだ末に、ある考えを思いついた。
ただ、それは
「柳の下にいつもドジョウはいないよ」と、言ってあげたい気もするのだが・・・
としちゃん (月曜日, 17 8月 2015 22:01)
ある日、マコトは石橋町にいた。
石橋町は、グリム童話をイメージした『グリムの館』が建てられるなど
マコトが若かりし頃に来た時とは、えらく様変わりしていた。
マコトは、待ち合わせの時刻を確認するのも含め、石橋駅のロータリー内にある『グリム時計台』に目をやった。
「変わったなぁ・・・」
マコトはそう、つぶやいた。
マコトが、石橋町にくるのは32年ぶりであった。
いま、マコトがこの石橋駅にいる理由
それは、文子と会うために、いま、ここにいるのであった。
以前、仲間で「スタンダード決めアンケート」というのをやったことがある。その際に、「待つ派」or「待たせる派」の質問で
96%の者が「待つ派」と答えたのであるが、マコトも、やはりそのうちの一人であった。
ただ、マコトが、約束の時間より30分も早く待ち合わせ場所に来たのは、
おそらくは、道が空いていたからであろう。他意はなかったはずである。
文子は、高校時代、テニス部の中でも目立たない方の女子だった。
ところで、文子とは? 分かっているだろうか。
そうである。ディズニーランドで偶然にあった女子三人組「温子、千代子、文子」 その文子のことである。
テニス部時代は、マコトとは普通の友達であったのだが、卒業後、お互いに魅かれるものを感じ、少しの間、付き合った。
もちろん、別れた時も、両者納得しての別れであった。
マコトが、ふたたび『グリム時計台』に目をやると、約束の時間まで、時計の長針が、残すところ、あと18度となっていた。
この歳になり、異性と二人きりで会うことなど、なかなかない者にとっては、その時のマコトの心臓の鼓動が、どれくらいのものであったのか、
想像するしかないのであるが。
今日の二人の行動を、とりあえず「デート」と呼んでおこう。
当事者の二人には、そういうイメージはなかったのかもしれない。
だが、その方が楽しいであろう。今後の二人の行動を期待する者には。
今日の、二人のデートは、文子からの誘いであった。
文子は、ディズニーランドで千代子の旦那の一件で、途中で分かれるしかなかったことを残念に思っていた。
さらには、ドラマを見て、皆が仲よくしていることを知ったがために、自分も・・・と、考えての文子の行動であった。
ピーターパンの空の旅で「キッスして」とまで言った、その文子であるのだから、これからどうなることか。
「お待たせ~」
車の窓をノックする者がいた。
文子であった。
ビク (火曜日, 18 8月 2015 12:31)
「よっ!文子」
「マコト、お待たせ」
こういう時の男は、何故か
「いや、ぜんぜん待ってないよ。5分ぐらいかな」
と、自分も時間通りに来たことをアピールする。
女子に対する、気遣いなのか、あるいは、嬉しくって早くきたのかと思われるのが嫌なのか、それは、本人いに確認しないことには分からないのだが。
「さて、これからどうする?」
「マコトにお任せするよ!」
自分は女子ではないので、出来ればご教授願いたいのだが、
「お任せする」という女子の心境とは・・・
この時点では不明であるので、ただ考えるのが面倒なので、あなたが考えて!ということで、そう言ったことにしておく。
文子が、シートベルトをつけたのを確認したマコトは、車を走らせた。
マコトは、行先も決まらないまま旧4国を南下した。
左手に、自治医大病院が見えてきたところで文子が
「ねぇ、マコト、覚えてる?」
そう言って、マコトの顔を覗き込んだのであった。
としちゃん (火曜日, 18 8月 2015 20:53)
マコトは
「何を? 何を覚えてるって?」
といいながら、予習してきたことを、今一度思い出していた。
こんな場面での男子は、前日のうちに予習をしておくものである。
予習というのは、高校時代や付き合っていた頃のいろんな記憶を
一つ一つ『引き出し』に詰め込む作業のことである。
マコトは、「さぁ、どこからでも来い」とばかりに、文子の質問に備えたのであったが・・・
この時の文子は、マコトが準備しておいたそれを、はるかに超えるボリュームで、昔話を繰り出してきたのである。
マコトが、デートコースに選んだラーメン屋でも、二人の会話は、果てしなく続いた。
と、昔の仲間が揃うと、懐かしい話に華が咲き、あっという間に制限時間になってしまう。
結局は、ラーメン食べて、「いやぁ、楽しかったな」
「ま、それぞれ元気でやっていこうぜ」
「次の同窓会の集まりには、必ず来いよ」
「またな」
で、終わった二人のデートであった。
マコトにふられて、悲しい思いをした恋の傷は、30年という時間が癒してくれていた文子であった。
マコトは、石橋からの帰り道
『二人の楽しかった再会の時間』という引き出しを作って
心の中に、しまったのであった。
モモ (木曜日, 20 8月 2015 12:32)
ラビ太です。みなさん、こんにちは。
あのね、夕べのことで、分からないことがあったので、誰か、僕に教えてくれる人いませんか。
それはね、夕べ、モンさんが葉月ママのお店に遊びにきて、ママと何か、お話していたんだけど
僕ね、ママの話すことは、ぜーーーんぶ理解できちゃうんだ。
けど、モンさんのお話は、ちょっと、分からないんだ。
理解できるママはすごいな!って思ってるんだ。
それはね、モンさん、お話するとき、いっつもお口の中に食べ物が入っいて
「モグモグ・・・○☆∥Д¢$・・・・」
って、僕には、聞き取れないんです。
ママが
「ねぇ、モン、どうしてフードファイターやめちゃったの?」
「いま、なにしているんの?」
そしたらモンさん
「モグモグ・・・○☆∥Д¢$・・・・」って
僕も、なんか心配なんだ。いつもなら、5人分?って思えるぐらいの食べ物を食べていたモンさんなのに
最近は、なんか少し減っちゃったみたいだし。
ママも、最近少し元気ないみたい。
僕・・・どうしたらいいか、誰か教えてください。
時間どろぼう (木曜日, 20 8月 2015 15:10)
・・・ラビ太くん・・・
こんにちわ、はじめまして
ふふっ
わたしはフェアリー
棚に飾られているフェアリードールよ♪
なにかとっても知りたがり屋さんみたいね
疑問をもつのはとってもいいことね
・・・そうね
ママたちが抱えてるもの
解決できない壁みたいなものかしら
それは低いものも、うんと高くてごつごつしてるのもあるかもね
そうね・・・
私たちができることはたのしくうたうこと♪
うたえばお花が綺麗に咲くの
花が美しく咲けば、人は穏やかに暮らせるのよ
あとは時間が解決するわ
ふふっ・・・
ちょっとラビ太くんには難しかったかな?
はなはな (木曜日, 20 8月 2015 21:46)
・・・ラビ太くん・・・
葉月ママは
いーーーーーっつもみんなの幸せばかり考えているから少し疲れちゃったのかな…
葉月ママの魔法は、お花でみんなを笑顔にしちゃうから…ちょっと充電も必要かもね
葉月ママにとっては、きっとラビ太くん達の存在が癒しになってると思うよ
モンさんは心配ないよ
だって…聞き取れないくらい食べてたんでしょ?
大丈夫!大丈夫!
モモ (金曜日, 21 8月 2015 06:27)
モンさんは、フードファイターに見切りをつけて
ツアーコーディネーターになりました。
営業から手配、そして添乗までこなす
スーパーツアーコンダクターに。
半年というフードファイター活動でしたが、
彼女の屈託のない笑顔で、“ただ食べたい”という欲求に素直に向き合う彼女の、その姿が皆の心をワシヅカミにしたのです。
モンが企画した『食べる!食べる!そして・・・食べまくるツアー』と、注目をあびて
彼女の“食”に関する豊富な知識を活かしたツアー企画は、あっという間に完売になりました。
そして、彼女の転職(天職)によって、
この先、行く先々で様々な出会いが待っていたのです。
チェリー (土曜日, 22 8月 2015 08:00)
暑かった夏も終わりをつげようとしていた
異常発生した蝉の抜けがらが
何となく虚しく感じられた……
今年の夏は酷暑で、とうとうエアコンを
購入したが工事待ちで取り付けたお盆過ぎは かなり涼しくなって
悔しいのでギンギンに冷えきった部屋で
眠ったら 翌朝 すっかり風邪を引き
えらい目に遭ってしまった
何て間が悪いと言うか ついていないのか
いつもそう
そんなマコトの様子を
ハムスターのベンジャミンは
しっかりみていた
としちゃん (土曜日, 22 8月 2015 21:49)
ベンジャミンには、
「この人には負けたくない!」と思うライバルがいた。
それは、マコトがベンジャミンに見せたビデオに原因があった。
マコトは、ディズニーランドで撮影してきたビデオを毎晩のように見ていたのである。
そして、見るたびに、その映像をベンジャミンに見せ
「おい、ベンジャミン見ろよ!」
「お前より、ほっぺた 広がってるだろ!」
「お前、負けてんぞ。」
「・・・って、僕はシマリスじゃなくハムスターなんだけど」
と、マコトにお語りするけど
どうも、僕の言葉はマコトに伝わっていないみたい」
仕方なく『回し車』を回転させ続けるベンジャミンであった。
そして
「いつか、必ずこの人に勝ってやる」
そう、言って、今晩もビデオをながめるベンジャミンであった。
モンのビデオを
ビク (月曜日, 24 8月 2015 12:52)
ところで、モンがツアーコーディネーターとして最初に企画したお店が
また、これがモンらしかった。
日光から、日足トンネルを越え、群馬県の富弘美術館へ
帰り道は、粕尾峠を通って
途中、誰もが一度は味わってみたい
ウナギの名店に立ち寄ったのである。
その店には、宴会場に”ヨロイ”が飾られていた。
本物である。
ツアーのバスが、その店に立ち寄って、いよいよメインの食事となった。
モンが、こんにちは!と店主に声をかけた。
としちゃん (月曜日, 24 8月 2015 19:55)
店主は・・・
アイトであった。
「こんにちは」
「ようこそ『清軍』へ」
「今日は、心を込めて、おもてなしさせていただきます」
アイトは、そう言って、
「お・も・て・な・し~ おもてなし!」
という、仕草をした。
「アイトも大変ね。マコトが突然、行方不明になってから、ずっと店番しているんでしょ」
「どこで、何してるんだかねぇ、マコトは・・・」
「ベンジャミンと消えちゃってさ」
「きっと・・・」
マコトは、2か月前に「アイト、店を頼む」とだけ言い残し
蒸発してしまったのであった。
アイトは、
「いま、料理長を連れてきますから。ちょっとお待ちください」
そう言って、店の中へ入っていった。
すぐに、料理長らしき人が、姿を現した。
なんと・・・梅子であった。
「梅子ぉ~ 久しぶり」
「今日は、美味しい料理、楽しみにしてるね。よろしく」
なぜ、この二人が、こんなことになっているのか・・・
とにかく、店主代理がアイト、料理長は梅子
このコンビで、ウナギの名店「清軍」は、営業されていたのであった。
小説家になった、アイトであったが、それも行き詰まり
マコトの頼みを聞くには、そう悪いタイミングではなかったのである。
「モン、今日はありがとね」
「たくさん食べて行ってね」
そう微笑むアイトにモンは
「って、・・・何が言いたいの?」
「はいはい、足まで太りました!」
モンは、前日、置き去りにしてきた自家用車を取りに、駅駐車場まで歩き、
そして、サボり癖のついた運動不足を・・・と、少し走り始めたら
途中で、イタタタタ
まさかの靴ずれであった。
「え~、もしかして、足まで????」
そんな悲しい思いをしたばかりであったのである。
「そんなこと・・・思ってないんだけど」
と、困った表情のアイトであったが、二人はそんな会話をして、互いに微笑んだのであった。
しかし、いま、マコトは今、どこで何を・・・
チェリー (木曜日, 27 8月 2015 04:11)
クラリオンには、15年間生活を共にしている相棒がいた。ミニチュアダックスの宗さんである。最近 宗さんは葉月の相棒ラビ太とマコトの相棒ベンジャミン、そしてアイトが最近飼い始めた熊のBと動物テレパシーで連絡を取り合っていたのである……
宇宙界には 人間が理解出来ない不思議なことが沢山ある……
ビク (木曜日, 27 8月 2015 12:09)
ピピーッ、ピピーッーーーー (テレパシー通信中)
青葉城にあるアンテナで、二人のテレパシー通信が始まった。
「宗さん、こんにちは」
「最近、どうよ。相棒のクラリオン」
「元気している?」
「はい~、ラビ太 こんにちは」
「うん。女優の仕事も慣れてきて、元気にしているよ。うちの相棒クラリオンは」
いつも、二人の会話は主人を案じる言葉から始まる。
相棒たちは、いつも主人を案じているのである。人が思っているより、はるかに。
互いの、近況を話して、本題はやはり互いの相棒の最近の様子を心配する会話になった。
実は、この相棒たちは、主人以上に“自分の本当の気持ち”というものを知っているのである。本音の部分を
「最近、クラリオンはさ、毎晩のように1枚の写真を眺めては、涙ぐんでるんだ」
「いろいろあるんだろうけど・・・」
「どうして、正直になれないのかなぁ、好きなら「好き!」って言っちゃえばいいのになぁと思うんだけど」
「そっかぁ、宗さんの方もなんだ」
「実は、うちの葉月も同じでさ・・・」
「毎晩、写真眺めてる」
「もう、北海道から帰ってきてからというもの、めんどくさいね」
「葉月に僕から一生懸命話しかけてるんだけど」
「他の言葉は、ちゃんと分かってくれるのに、そのことを話すときだけ、首をかしげて、???何? ラビ太って」
「僕の言葉が、伝わっているのに、知らん顔するんだよ」
「まったく、子どもだよね。僕たちの相棒は」
「でもさ、困ったね。 うちの相棒と、ラビ太の相棒が、同じ人を好きになっちゃうなんてさ・・・」
としちゃん (木曜日, 27 8月 2015 12:13)
マコトが、蒸発してしまった理由
それは・・・ 今は、誰も知る由がなかった。
ただ、その事実だけは、他の面々の心を深く傷つけてしまったのである。
いや、実は・・・
傷などついていなかった。
この仲間たちは、本当にすごい仲間である。
それは・・・
北海道から帰った面々は、ある計画に動きだしていたのである。
それは
「丘の上の小さな家“55”」の建設計画
老人ホームの建設である。
老後を案じて、互いの出資金で、老人ホームを建て
そして、一緒に暮らそうという計画である。
北海道から帰って、早速、その計画は実行に移された。
面々は、毎月少しずつ積み立てを始めたのである。
実は・・・その会計が、マコトであった。
以前、マコトは銀行の窓口で、好きになってしまった行員に
「これ、定期でお願いします!」
と、1万円を差し出したことがある経験から
「銀行なら俺に任せろ!」
と、自ら名乗り出て、会計を任されていたのであった。
そして・・・
マコトは、その積立金を持って、蒸発してしまったのである。
ある理由により。
ビク (木曜日, 27 8月 2015 22:15)
仲間たちは、老人ホーム建設の夢を諦めなかった。
それで、やはりこういう時に頼りになるのは、チョキ子だった。
「わたしが、会計やるね」
チョキ子の笑顔は、誰をも和ませてくれた。
マコトは勢いで決められた会計であったが、チョキ子の場合は違う。
皆からの絶大なる信頼があった。
老人ホームの建設は、誰か一人の出資ではなく
皆で共同経営を目指すものだった。
それゆえ、仲間の団結は、絶対不可欠なものとなる。
普通で考えれば、今回のマコトの行動が起きたことで
ここから抜けようとする者もあるだろう。
しかし、この面々は違った。
マコトを信じていたのである。
「絶対に何か理由がある。必ず、帰ってくる」と
しかし、もう老後の心配をするのか?この人たちは・・・と思うであろう。
この仲間達は、
将来を心配するというよりも、先のことに目をつぶらず、変な期待も持たずに、将来のことを考えている者たちなのである。
初老という言葉が、40歳の異称であるように
また、一昔前であれば、面々は、あと3年で定年退職する歳
老後の心配をし、着々と人生設計に沿った道を歩きはじめなければならない歳になっているのである。
消して早くもなく、遅いくらいかもしれない。
そのことを面々は分かっていた。
仲間たちが考えたのは、高額な入居一時金を支払って入居する豪華な有料老人ホームではなく、自分たちのことは極力自分たちでなんとかする!
そんなホームであった。
メンバーの中には、今は、持家である者もいる。
その者たちは、家を処分して、将来はこのホームへ夫婦で入居するのだ。
今の家では、将来は、夫婦だけの暮らし、あるいは、一人暮らしになることが分かっているから。
おそらくは、順に体も動かなくなっていくであろう。
車にも乗れなくなり、行動範囲は極端に狭くなるであろう。
中には、そんな先のこと今から考えていたって仕方ないよ!
そんな先のこと考えたら、いまが、楽しくないぜ!
そう言って、離れていった者も当然いた。
残った面々が考えたのは
毎日の生活に生きがいを感じ、そして、互いに支えあうこと。
ただし・・・
この仲間たちは、先のことも考えるが
もちろん今のことを、一番大切にする者たちであった。
そのため、「今」、様々なことにチャレンジした。学んだ。観た。味わった。そして楽しんだ。
先を考えればこそ、いまを楽しんでいる。
その考えの結集が
「丘の上の小さな家“55”」の建設なのである。
あと数年で第一線を退く者には、考えさせられる話である。
としちゃん (木曜日, 27 8月 2015 22:18)
ところで、ウナギの名店『清軍』を任されていたマコトと梅子はどうしているのやら
「梅子、明日は予約も入ってないし、休みにしようぜ」
「え~、ほんと。嬉しい」
「じゃぁ、どこかお出かけしようよ」
二人は、休日を利用してドライブに出かけた。
車は、HONDAの高級車
ということは、あの時の噂は・・・それは、ヨシとしよう。
この歳になってのドライブもなかなか楽しいものである。
出るは、出るは、高校時代の話
テニス部時代の梅子、葉月、文子の話
野球部にも、ユニークな奴が多かった話
野球部・・・
「馬手男(まてお)という奴がいたよな。」
「野球部のくせに、すぐにバテてさ」
「そういえば…馬手男は、絵が上手かったよなぁ」
「どんな絵を書いたっけ?」
「あぁ~、私はよく覚えてないなぁ」
「間塚君なら覚えてるんじゃない? 馬手男さんと仲良かったし」
「○○のパンツの話とか、覚えてるんじゃないかな」
そんな会話をしながら、アイトの車は
58キロ、68キロ、78キロと
なぜか、8の数字にこだわったスピードで走っていたのであった。
本来であれば、当然、40キロ代で走らなければならない道を
「うわー アイト・・・だめよ!まずいってば! 68キロは!」
「ジャンプ出来なくなっちゃう!」
「・・・・・」
ビク (金曜日, 28 8月 2015 07:15)
アイトと梅子がドライブで向かったのは、益子の陶器市だった。
アイトは、宇都宮の市街地を抜け、さらに車を東進させていた。
途中・・・
アイトが、突然無口になった。
そして、しばらく二人の沈黙の時間が続いた。
突然、アイトが、意を決したように梅子に向かって
「なっ、いいだろ 梅子。俺の好きなところに行って」
「もちろんよ、アイト」
「アイトにすべてお任せよ」
その返事をもらったアイトは、少しだけアクセルを深く踏み込んだのであった。
そして、アイトは、あるところに立ち寄った。
そこは
『Cafe ゆーるり』だった。
枝弥子の店である。
アイトとしては、サプライズのつもりであったのだが・・・
当然、梅子には予想がついていた。
梅子は、車を飛び下り
「枝弥子ぉ~ 突然のご来店。梅子・・・・・& アイト参上!」
「きゃー、嬉しい。。。梅ちゃん、 おぉ~、ついでにアイト君」
梅子は、初めて来れた『Cafe ゆーるり』に感動しきり。
しばし、再会の挨拶を交わし
アイトと梅子は、店の一番奥の席に座った。
ビク (月曜日, 31 8月 2015 12:24)
店内の様子に興味津々の梅子
「梅子、気が付いたかい? 壁には、ちょっぴり仕掛けがあるんだって」
「・・・・ ・・・・ あっ、ホンとだぁ」
「なんか、素敵~ 癒されるね」
二人は、店内に流れるジャズを聴きながら、料理を待った。
梅子の前に料理が運ばれてきた。
和風あんかけハンバーグ、油を使わないヘルシー料理
黒ごまが目一杯乗っていて食感もプチプチして美味しい。
スープは根菜のポタージュ。
アイトの前には、アジア風カレー
味に深みがあってしかもボリュームたっぷり
デザートには、シフォンケーキとTAMAZOコーヒー
梅子とアイトは、枝弥子の料理を堪能した。
料理とは、不思議なものである。
同じ食材、同じ調理器具、同じレシピ同じ調理法・・・
全ての行程が同じであっても、調理する者の中に
「美味しく食べてもらいたい」
というスパイスをたくさん込めた料理と、そうでない料理とでは
不思議と味が違うのである。
同じ条件で作ったにもかかわらず
また、その料理をいただく者が、それを調理した者に対して深い愛情を持つ場合には、なおさら味が増すのである。
一人分を調理した時と、美味しく食べてもらいたいと思う人の二人分を調理した時の料理の味が違うのも、きっとそんなものだと思う。
「枝弥子、すごく美味しかった。」
「ごちそうさま。ありがとう枝弥子」
その言葉が、食べ終わった二人が感じたものとして、自然とでてきた言葉であった。
二人には、枝弥子の笑顔がすごく輝いて見えた。
食事の後は、他のお客さんもいなかったことで、3人のプチ同窓会になった。
「そういえば、梅子は、いま、アイトと一緒に清軍で・・・」
「うん、そうなんだ。いろいろ事情があってね。でも、毎日楽しいよ。マコトのつくる“うな重の味”は、なかなか出せないんだけど… お客様に美味しいって言ってもらえるのが、なによりよね」
「今日、枝弥子の料理をいただいて・・・・」
「私も、頑張らなきゃ」
そう言って、梅子は笑った。
しばらくしてアイトが
「マコトのやつ・・・もう2か月だよなぁ。」
枝弥子が心配そうに
「マコトちゃん、どこに行ったの? 本当はアイト、知ってるんじゃないの?」
「いや・・・知らないよ、本当に」
その返事には、一瞬のためらいが感じられた。
実は、アイトだけはマコトの事情を知っていたのである。
仲間に話したくても、話せない事情を。
そんなアイトは
「すぐ、帰って来るよ。俺も、小説家になって、なかなか次の作品が書けずにいるし、梅子と一緒にいられて楽しいしさ」
「だから、梅子、もう少しだけ手伝ってくれな」
「大丈夫よ、私なら」
梅子は、そう言って微笑んだ
・・・枝弥子には、その時の梅子の行動が
『マコトのためにではないんだろうなぁ』と、感じとれたのだった。
としちゃん (月曜日, 31 8月 2015 12:31)
モンは、飛行機の中にいた。
「さっ、次は降りますよ~」
・・・って、バスや電車ではないので、たぶんに、飛行機の行き先「千歳空港」で降りるのだと思うが。
今回のツアーは、北海道グルメツアー
「あなたの知らない世界、お見せします!」である。
一体何を見せてくれるのじゃ!と、今回のツアーも定員いっぱいに。
モンが北海道を選んだ理由・・・
そうである。ガッツを見舞いたいというものだった。
モンは、ツアー中、コーディネーターの仕事の合間をぬって、ガッツの病院へ向かった。
病院に着いて、真っ直ぐ受付に向かった。そして
「あのぉ~ ガッツさんという人がまだ入院しているはずなんですが・・・」
「たしか…オマツさんと相部屋だった・・・あのガッツさんですね。」
「3日前に退院されましたよ」
「そ、そうなんですか」
とても残念そうな表情のモン、そして、ガッツを案じる気持ちを察した受付の人は、モンに親切に話し始めた。
「ガッツさんの事件のことは、私たちも聞かされていました」
「竜水さんと、一生懸命にリハビリされていましたよ、ガッツさん」
「普通ならリハビリも途中のある程度のところで、諦めるところを、あのお二人は・・・」
「退院のときは、ミニコンサートでした。ガッツさんがギターを弾いて、竜水さんが唄ってくれたんですよ。患者さんたちの前で」
「素敵なお二人です。」
「あの二人でなかったら・・・右腕は二度と動いていなかったでしょうね」
「あっ、それと・・・
モンさんとおっしゃいましたよね?」
「これを」
それは、1通の手紙であった。
「ガッツさんから、お預かりしていました」
「もし、自分のところにモンという人が見舞いにきてくれたときには、これを渡してほしいと」
それは、ガッツから、モンあてに書かれた手紙であった。
手紙は、何故かモンあてのものしかなかったのである。
手紙を受け取り、深々とお辞儀をし、モンは病院のロビーでガッツからの手紙を読み始めた。
手紙も2枚目にさしかかるころには、モンの目には涙があふれていた。
「今になって、それを言うの?」
「どうして・・・私なの?」
「で、なんで・・・」
結構な時間が経っていたであろう。モンが、うつむいて涙していた時間
そのモンの様子を受付の人がずっと心配そうに見ていた。
受付の人は、おそらくは、ある程度、手紙の内容が想像できていたのであろうか。
受付の席から、優しく微笑みかけられたモンは、
涙でいっぱいなことを気にせず、
「ありがとうございました」
そう言って、お辞儀をした。
「さよなら、ガッツ。元気でね」
そう言って、モンは病院をあとにした。
その手紙の内容は、ガッツとモン、二人だけの心の中にしまわれたのだった。
としちゃん (水曜日, 02 9月 2015 12:41)
ピピーッ、ピピーッーーーー (テレパシー通信中)
「ラビ太ーーー おーーーい!」
「Bだよ」
「はーい、B君、ハチミツ食べてるかい? 相棒のアイトは元気かい?」
「僕もアイトも元気、元気。アイトは、HONDAの新車も気にいって乗ってるし」
「あっ、こないだなんか、こっそり乗せてもらっちゃったよ。助手席に」
「え、まじ? いいの? 熊が車に乗って・・・」
「まっ、そこんところは、気にしないで」
「ところでさぁ、ラビ太よ、なんか、この僕たちのテレパシー通信が
どこかに漏れてるみたいなんだよ」
「えっ、盗聴?」
「なんで、そう思ったの?」
「あ~、なんかね、僕たちの知らないところで、靴ずれとか、○○パンツとか、68キロの話とかが、されてるんだって」
「ふ~ん・・・ 確かに靴ずれとか、○○パンツの話したよな。」
「それが、別のところで?」
「ふ~ん、そうなんだぁ・・・・・」
その時のラビ太とBは、おそらくは、同じことを考えていたのであろう。
最近、テレパシー通信を何度送っても応答が返ってこないベンジャミンのことを
そして、ラビ太とBは、同時に言葉を発した。
「ベンジャミン・・・」
はなはな (水曜日, 02 9月 2015 20:10)
「ベンジャミン…」
「どこ行っちゃったんだろ…」
「マコトと一緒に」
「もう」
「2か月…」
「アイトは何か知ってそうだけど…口を開かないんだ」
「宗さん、知らないかな…」
テレパシー会話は続いた
ビク (木曜日, 03 9月 2015 12:53)
「今日も、僕の話をしているんだね」
「ゴメン、みんな・・・ 通信に応答できなくて」
それは、ベンジャミンであった。
応答はしていないが、しっかり仲間の声は、ベンジャミンに届いていたのである。
ペット達は、ご主人様が絶対なのである。
それは、
ご主人様が ”よし” というとき以外に声を出すと、すぐに叱られる。
美味しそうなご飯をすぐに食べたいのに、「右手」、「左手」、「ふせ」をして、そしてご主人様に ”よし” と言われてからでないと食べられない。
お散歩のとき、前から可愛い女の子が来ても、仲よくできない。
もっと遊んでいたいのに、そんなときに限って、すぐにつながれちゃう。
全てのことに、ご主人様の”よし”が必要なのである。
そのストレスを、ご主人様への愛情で打ち消して暮らしているのである。
でも、ペット達は、ご主人様が一番に好きである。
それは、自分のことを一番に可愛がってくれるから。
ご飯の心配もしてくれるから。
遊んでもくれるから
そして、ちゃんと分かっている。ご主人様なしには、生きていけないことを。
そして何よりも
ペット達は、相棒であるご主人様のことを、誰よりも心配しているのである。
誰よりも、誰よりも。
今のベンジャミンもそうである。
相棒マコトへの愛情から、仲間からの通信に応答しないのである。
相棒としては、環境の変化と、マコトの言葉を聞いていれば、
今のマコトの置かれた状況が、容易に想像できていたから。。。
はなはな (木曜日, 03 9月 2015 22:08)
「ねえ!いまベンジャミンの声、聞こえなかった?」
「気のせいじゃない?」
「ごめん…って…」
「ベンジャミンのこと心配し過ぎて、風の音もベンジャミンの声に聞こえるんじゃない?」
「いまのは確かにベンジャミンの声だったと思うんだけど」
「ラビ太、ごめーん!アイトが車で出かけるみたい…僕もついて行くから…またね」
としちゃん (金曜日, 04 9月 2015 12:55)
「あっ、わかったぁ。またね、B君」
「・・・って、おいおい、この真昼間から車に乗ってでかけるのかよ~」
「B君…確か・・・体重160キロぐらいあったよなぁ」
「ということは・・・ちょうど「モ○」が4人乗ってるってことだろ?」
「・・・・・・」
「まっ、仲のいいアイトとB君だから、仕方ないか」
ラビ太の独り言であった。
アイトの車中
アイトは、運転しながらいつもBに語りかけるのであった。
「なぁ、Bよ。マコト・・・どうしてると思う?」
「あいつ、アメリカに一人で行って、ちゃんと生活しているのかな」
「マコトの場合、特に会話が心配だよなぁ」
「相変わらず、銀行に行って、定期お願いします!を『掘った芋いじくるなぁ』とか、言ってんかな」
「しかし… あいつらしいよなぁ」
「誠二のためにさ・・・」
「なんかさ、テレパシーみたいなやつで、あいつと会話できるといいのになぁ」
マコトは、高木誠二のために渡米していたのであった。
誠二を助けるために。
B君は、悩んだ。
今、相棒のアイトから聞かされたことを、ラビ太に話していいものか。
アイトに確かめようと、Bは、ハチミツ味のチュッパチャプスを一旦、口から出し、交差点の赤信号で車が止まるのを待ち
「アイト、今のことをラビ太に話したいんだけどいいかい?」
そう、語りかけたのだったが、
アイトは、街を歩くワンレンボディコン女子に気をとられ、Bの送った言葉に気付かなかったのである。
ビク (金曜日, 04 9月 2015 21:03)
「もぉ~ アイトはいつもそうなんだから・・・」
「女の子がいると、いつも僕の話なんか、聞いちゃくれない!」
「もう、いいや。ラビ太に教えちゃおうっと」
ピピーッ、ピピーッーーーー (テレパシー通信中)
「ラビ太ーーー Bだよ」
「はいB君」
「昨日は、途中でゴメン」
「でさ・・・「ベンジャミンの声、聞こえなかった?」って言ってたよね」
「もしかしたら、僕たちの声、ベンジャミンには届いているのかも・・・」
そして、Bは、少し強めにテレパシー通信を送った。
「おーーーーい、ベンジャミン」
「僕だよ、B」
「あのな、昨日、相棒のアイトとお出かけしたんだ」
「帰り道、マックでドライブスルーしたら、店員さん、びっくりして腰抜かしちゃったんだけど・・・って、それはどうでもいいや」
「でな、僕の相棒アイトが、君の相棒マコト君のこと、すごく心配しているんだ」
『掘った芋いじくるなぁ』
とか、変なこと言ってた」
「もし、聴こえているなら応答してくれ」
「おーーーーい、ベンジャミン」
「It is midnight 3:00 now」
「こっちは、夜中の3時だよ、B君」
「あ、それとラビ太。ゴメンな、ずっと応答しなくて」
ベンジャミンは、B君の呼びかけに応えた。
そして、なぜ、ずっと応答しなかったのか、その理由を丁寧に説明した。
「そうだったんだ、でも良かった。ベンジャミン元気で」
「心配していたんだ、ずーーーっと」
途中、
「ねぇ、僕も心配していたよ!」と、
宗さんも、加わり、4人は互いの相棒の話で盛り上がったのだった。
そして、この時の4人の通信が、この先の展開を大きく変えるのであった。
ビク (土曜日, 05 9月 2015 14:44)
葉月は、店の仕事を終え、帰宅した。
「ただいま、ラビ太」
「ラビ太、ご飯だよ。今日はね、新鮮なキャベツだよ」
そう言って、大きな葉っぱを丸ごとラビ太の前に置いた。
その時のラビ太は、4人で通信したことを、なんとか葉月に伝えようと思っていた。
ラビ太は、前に置かれた大好きなキャベツを、普段なら全部をたいらげるところ、今日は、周りを1周かじっただけで、そのほとんどを残したのだった。
実は、それがラビ太から葉月に対するメッセージであった。
葉っぱの形は・・・ アメリカ大陸の形になっていたのである。
一方、
「ただいま、宗さん」
「クラリオン、おかえり」
女優の仕事も慣れてきたクラリオンであったが、不規則な時間でのロケが続き、疲れもたまっていた。
宗さんも、4人で通信したことをクラリオンに伝えるチャンスを伺っていた。
そして、ついにその時がきた。
TVで、アメリカの事件を伝えるニュースが流れた。
すると、宗さんは、スタスタと小走りにクラリオンのベッドへ。
そこから、クラリオンが毎日眺めている写真たてを加え、帰ってきた。
写真たてをクラリオンの前に置き、そして、TVに向かって、小さく声を発した。
「うん? なに、宗さん。写真がどうしたの?」
「それと、なに、TV」
「写真とTVと、何か関係があるの?」
その時の宗さんは、クラリオンが気付いてくれることを、ただただ願って、ずっとクラリオンの顔を見ていた。
少し、うるんだ瞳で。そして
「クラリオン、気付いて!大好きなマコトの居場所が分かったんだよ」
「毎日、マコトの写真を見て、涙ぐむクラリオンを、僕は見ていられないんだよ」と
一方、
ラビ太も同じように、葉月に語りかけていた。
同時に一人の男を愛してしまった葉月とクラリオン
そして、同時に互いの相棒が、その居場所を伝えようと頑張っている。
二人の恋の行方は・・・
としちゃん (日曜日, 06 9月 2015 21:16)
さて、葉月とクラリオンが、なぜマコトに想いをよせるようになったのか。
それを語らずして、この先の話は進まないであろう。
それは、北海道での出来事にあった。
ガッツが、刺された時、犯人に飛び掛かっていったのがマコトだった。
結果的に犯人は、逃げてしまったのだが、その時のマコトの勇敢な行動が、クラリオンのハートを射止めた。
女子は「勇敢」という、自分には無いものを持っている人に魅かれるらしい。
一方、葉月は
「俺のウナギ、一度食べてごらんよ」
「え~、わたし、ウナギ大好物なの」
と、その一言のリップサービスがきっかけだった。
北海道から帰ったマコトは、毎日のように葉月の店にウナギを届けた。
それは、料理人としては、これ以上のないエネレギー「美味しかったぁ」の一言。葉月がマコトに与えた笑顔エネルギーは、計り知れなかったようである。
だから、マコトは毎日ウナギを届けた。
それで、次の日も頑張れた。
葉月は、そんなマコトの優しさにふれ、自然と想いをよせるようになったのである。
女子は、「優しさ」という、男の最大の武器にふれたとき、心が揺れるらしい。
ただ、これは別に語らなくてもいい情報であるのだが、
毎日のようにマコトからウナギが届いたのを見計らって、モンが・・・
それ以上語るまい。
マコトという男は、結構、でれすけな言動が多いのだが、いざ、女子のことになると、まめな男なのであった。
今晩も、同じ写真を眺め、眠りにつく葉月とクラリオンだった。
ビク (日曜日, 06 9月 2015 21:54)
ピピーッ、ピピーッーーーー (テレパシー通信中)
「宗さーん、ラビ太だよ」
「はい、ラビ太」
「ねぇ、どうした? ラビ太の相棒は、気付いてくれた?」
「だめぇ、気付いてくれない」
ラビ太が、アメリカとマコトの伝達手段(キャベツ食べ残し作戦)を宗さんに説明すると、
「あちゃぁー、それは無理かもなぁ」
「難しいよ。その方法で気付いて!っていうのは」
「そうだよね。おかげさんで、大好物を残したと、胃薬飲まされちゃった」
「ところで、宗さんの方はどうよ?」
「いやぁ、やっぱり駄目だった。アメリカをどう説明するか、それが難しいよ」
「写真を取ってきたことで、何かは感じてくれたんだけど・・・」
相棒たちは、いつも、こんな風にご主人様を心配しているのである。
もし、この小説を読む者の中に、相棒を持つ者がいるとするならば、
仲間の相棒同士でテレパシー通信していることを、知っておいてほしい。
ふと、仲間を思い出すことがあるとするならば、それは、互いの相棒同士で通信している時なのである。
そして・・・ラビ太が
「僕ね、一つ、いい方法を考えたんだ」
「こないだね、葉月ママの身内で、元気な男の子が産まれたんだよ」
「3,450gだって。ママが卒業した高校に入れて、甲子園目指すんだって、張り切ってる」
「でね、その前にお勉強だ!って、アンパンマンの「あいうえお教室」っていうおもちゃを買ってきたんだわ」
「まだ、早いよね? って、思ったけど」
「なんか、しゃべるんでしょ? あのおもちゃ」
「あのおもちゃなら、僕の足で「ま・こ・と・あ・め・り・か」って踏めばいいでしょ」
「ただ・・・」
宗さんは、なるほどいい考えだと思っていたが
「ただ、なに?」
「箱に入ったままなんだよ」
「でさ、僕には、箱から出せないから、箱をかじるしかないって思ってるんだ」
「ラビ太、それ、無謀だよ。お腹こわすよ!やめなよ!」
「でも、僕、どうしても葉月ママにマコトのこと教えてあげたいんだ」
「絶対にダメだからね。やめるんだよ! ラビ太」
宗さんは、ラビ太の体を心配して、きつく注意したのであった。
ただ、ラビ太の葉月ママに対する思いは大きかった。
パンダ (月曜日, 07 9月 2015 12:27)
ところで、
マコトが、アメリカにいる誠二のところに?
高木誠二の久々の登場に、戸惑いを感じたことであろう。
高木誠二
そう、渋谷慶一の会社を乗っ取った男である。
ただ、それは悪の組織から慶一を守るためだったことは覚えているだろうか。
そして、研二と拓哉の父親でもある。
誠二とマコトは、高校時代からの親友である。
あの、「トマト産地直送事件」のトマトを持っていった奴、そう陸上部の誠二である。
あの同窓会後、誠二は慶一との交流を再開し、二人で、アメリカで頑張っていた。そして、誠二の会社も順調に成長していた。
誠二は、さらに会社を大きくするため、アメリカで「ウナギ」のチェーン店を展開しようと考えたのである。
それを誠二から聞いたマコトは
「俺が、アメリカに本当のウナギを広めてやるよ!」
そう言って、自らアメリカに渡ったのである。
マコトの焼くウナギは、日本一である。
信じない者がいるとするならば、一度、食してみるとよい。
ただ・・・今、清軍では、アイトと梅子が焼いているのだが。。。
マコトは、皆に内緒で渡米した。
皆の将来のために積み立てていたお金を、一時的にお借りして。
実は、
マコトが自ら渡米したのには、もう一つ別の目的があったのである。
それは・・・
ビク (月曜日, 14 9月 2015 07:08)
「よし!僕はママのために・・・」
ラビ太は意を決し、自分の寝床を抜け出して、おもちゃ箱に向かった。
箱をかじる。もちろん、それは自殺行為である。
ペットたちは、人間には到底信じがたい
自分の命を犠牲にしてまでも、相棒に想いを伝え
そして、相棒の幸せを願う
そういう行動をするのである。
実は、その時のラビ太は、テレパシー通信機能のスイッチをoffにしていた。
そうである。ラビ太は覚悟を決めていたのであった。
そして、一つおおきく深呼吸をしてラビ太が、かじり始めようとした、と、その時
「ラビ太…ラビ太… ラビ太・・・」
ラビ太は、テレパシー通信機能を停止させているにもかかわらず
聴こえてきた声に戸惑った。
「えっ、だれ?」
「君の兄貴のラビ助だよ」
「えっ、僕にお兄さんなんかいないよ・・・」
「そうだな、君は知らないだろうけど…
僕は、君の前に葉月ママの相棒をしていたラビ助」
「君は、18番目の相棒」
「僕は、17番目の葉月ママの相棒さ」
「見てられないよ。天国から、ずっと君のこと見守ってきたけど」
「君のやってることは、めちゃくちゃだな」
「そりゃぁ、大好物のキャベツを食べ残せば、胃薬飲まされるさ、君のこと、大切に思ってくれている葉月ママだもん」
「なぁ、ラビ太 君は本当に葉月ママのことが好きなんだな」
「でもな、僕も葉月ママには、たくさん愛されたんだぞ!いいだろう」
「って、それはどうでもいいけど・・・」
「なぁ、ラビ太・・・君が、今しようとしていることは、葉月ママを悲しませることになるんじゃないか?」
「君は、葉月ママが悲しむことを望むのか?」
「・・・だって、ぼく・・・」
「あぁ、ちゃんと分かってるよ。君の気持ちはな」
「なぁ、ラビ太・・・」
「君も、いつかは、僕のいるところに来るだろうけど、そして来れば分かるんだろうけど・・・」
「・・・・・」
「天国にいる僕にも、ママに想いを伝えることが、一度だけできるんだ」
「一度だけな」
「ただ・・・」
「えっ?なに? ただ、なんなの? ラビ助兄さん」
「いや、いいんだ。いいんだよ。大好きな葉月ママのためだから」
「君も、今の僕の立場なら、きっと同じことをすると思う」
「その一度きりのパワーを使うとな・・・」
使うと、どうなるのか・・
それは、人間は決して知ってはならないことなのだ。
「ねぇ、ラビ助兄さん…また、僕とお話しできるの?・・・」
人間には、二人の会話は、そこまでしか知ることができないのだ。
ただ、決して悲しむべきことではないので、変な思いは抱かないでいただきたい。
二人の会話は終わった。
そしてラビ助は、葉月ママに最後のメッセージを送ったのだった。
としちゃん (月曜日, 14 9月 2015 12:24)
そして、その日の夜のこと。。。
「ただいまぁ、ラビ太」
ラビ太には、葉月ママが、いつもより元気に帰ってきたように思えた。
ラビ太の感は、当たっていた。
「ラビ太、ご飯よ。」
「ねぇ、ねぇ、聞いてラビ太」
「マコトがね・・・」
嬉しそうにマコトがね・・・と、話し始めた葉月ママの声は
もうラビ太には聞こえていなかった。
その時のラビ太には、ラビ助がどうやってママに伝えたのか…
そのことで頭がいっぱいであった。
ラビ太は、いつもより目を真っ赤にして
ママに気付かれないよう、ご飯を食べ始めた。
そして、葉月ママが、ラビ太の前から離れたころを見計らって
「ラビ助兄さん・・・ありがとう」と、上を見上げてつぶやいた。
ラビ太、ラビ助、ミッフィー、ローズマリー、けんしろう、めろん、こたろう、いちご、みるく・・・と、
葉月ママから、たくさんの愛情をもらった相棒たちは、いつも葉月ママを心配しているのである。
たとえ、それが、生きる者の宿命の時を迎えた相棒たちであっても
今でも、葉月ママを見守っているのである。
そして相棒たちは今日も
「ママ、最近、いろいろ大変なんだぁ 大丈夫かなぁ
ママの周りには、たくさんの仲間たちがいるんだから、少しは頼ってほしいんだけどなぁ」
「ママ、あんまり無理しないでね」
「ママの仲間たちを頼ってね」
そんな思いで、葉月ママを見守っているのであった。
としちゃん (日曜日, 20 9月 2015 18:11)
ここは、アメリカ合衆国、カリフォルニア州サンフランシスコ。
高木誠二は、比較的に日本人が多く住む街での出店を考えていた。
ウナギ専門店第1号店のオープンに向けて
マコトによる、調理人の修行が始まった。
「Mr.マコト アナタノ・ウナギ・ツクルハ・サイコウデス」
「マナビタイ・ヤキカタ・ウナギノ」
片言の日本語をしゃべるアンジェリーナは、マコトの技術を全て習得したいと思っていた。
アメリカではアメリカウナギの稚魚の価格が高騰していた。
結果、高価な食べ物になるのだ。
その値段に見合う味を提供しなければならない。
マコトは、ウナギのさばき方、焼き方、その全てにこだわった。
そして、当然、修行も厳しいものになった。
「違う!アンジェリーナ」
「それじゃ、だめなんだ!」
「・・・・・」
「今日は、もう終わりにしよう!」
アンジェリーナは、マコトの厳しい教えに、歯を食いしばって耐えた。
修行には、厳しかったマコトであったが、
それ以外のところでは、アンジェリーナに優しく接していたのだった。
「アンジェリーナ… 今日は疲れたろう」
「どうだ、今晩俺に付き合うか?」
「ハイ・Mr.マコト ツキアイマス」
アンジェリーナの車で、二人は出かけていった。
そして、しゃれた店に入っていった。
「さぁ、アンジェリーナ、遠慮せずに シャブってくれ!」
ビク (月曜日, 21 9月 2015 08:35)
「マコト、オイシイ」
「そっかぁ、どんどんシャブってくれ」
「日本人は、これをポン酢で食べるんだよ」
二人は、しゃぶしゃぶの店にいた。
ただ・・・いくらしゃぶしゃぶと言っても
「シャブってくれ!」
・・・って、ちと誤解を受けてしまいそうな。。。
(注:プチ同窓会でのネタをぶち込んでしまい申し訳ない)
アンジェリーナは、
シングルマザーで二十歳になる一人娘のシンシアと暮らしていた。
「マコト・・・ アナタ・クル・ワタシノイエ」
「ハナシタ・アナタ・ヤサシイヒト・シンシア・アイタイ・マコト」
「そうなんかい、うんじゃ、行ってみっけ」
せっかくなら、アンジェリーナには、正しい日本語を学んで欲しいところだが、
マコトは、アメリカにいても、やっぱりマコトであった。
この勢いだと、サンフランシスコ中に栃木弁が蔓延しそうだった。
「cynthia I'm home!(ただいま、シンシア)」
「Welcome home.」
「はい、どうもない。マコトです」
とても可愛らしい娘・シンシアであった。
この時のマコトとシンシアの出会いが
アイト・マコト編の物語の本当の始まりだった。
ビク (月曜日, 21 9月 2015 08:53)
マコトは、幼い頃から「オリビア・ニュートン=ジョン」に憧れていた。
そうである。あの「ジョリーン」や「カントリー・ロード」、「フィジカル」を唄ったあのオリビアである。
初めて、オリビアをTVで見たときのマコトの衝撃はすごかった。
「髪の毛が金色だ!」
それ以来、マコトはオリビアを想い続けていた。
子どもながらに「僕は金髪の人と結婚する!」と、決めていたのである。
もし、今に至っても「金髪の人と結婚する」と、思っているとするならば、周りの人間からすれば「おい、会話はどうすんだよ?」と、心配したくなるのだが。
実は・・・
その想いは52歳になった今でも、消えていなかったのだ。
マコトは、52歳になっても生涯独身でいいやと考えていたのだが、
梅子の勇気ある告白、慶一との幸せそうな様子を目の当たりにし、
自分もお嫁さんがほしいと思うように変わっていったのであった。
そして
「アメリカには、金髪の人がたくさんいる」
「そうだ!アメリカに行こう!」
誠二を手伝ってあげたかったのも事実であるが、
それが、渡米のもう一つの目的であったのである。
そんな嫁さがしを兼ねた渡米であったため、皆には内緒にして旅立っていたマコトであった。
もし・・・
葉月、クラリオンが完璧な金髪になっていたのなら、どうだったのか。
それは、誰にも分からない。
葉月の金髪?
とても素敵だと思うのだが。。。。。
そして・・・
マコトの前に現れたシンシアが、
オリビア・ニュートン=ジョンの若いころにそっくりだった。
としちゃん (月曜日, 21 9月 2015 18:17)
「そうだったんだ」
「うん、分かった。考えてみるね。任せて」
葉月からの電話に、そう答えたモンであった。
「アメリカかぁ・・・」
「よし!葉月のためだ。一肌脱ぐか」
「一肌・・・・?」
「ウエスト何センチ減るのかなぁ・・・」
「って、真面目に考えてあげなきゃね」
「しかし、マコト… アメリカに行っていたとはねぇ」
「さてと、どんな旅の企画にしようかな」
実は、葉月は、アイトにマコトの居場所を白状させたのであった。
「アイト!白状しないと、あの事バラすわよ!」
「さぁ、言いなさい!」
「分かった、分かったから、あの事だけはバラさないでくれ」
「こんな所に、書き込みされたら・・・」
「・・・・・マコトは、アメリカに行って、誠二の手伝いをしてるよ」
マコトに逢いたい気持ちが、日に日に強くなり
アイトが、必ず理由を知っているはずだと考えた葉月
こういう時の女子は、普段と違って強気であった。
「マコト・・・」
「わたし、行くよ。アメリカ」
「でも、一人じゃ心細いから、モンに頼んでね」
としちゃん (月曜日, 21 9月 2015 18:19)
「しかしさぁ、間塚君の同級生たちって、みんな面白い人達よね」
真子は、久しぶりに間塚との二人の時間を過ごしていた。
「で? どうしてそう思う?」
「えぇ~、だってさ・・・」
「結局、想いは届かなかったんでしょ?クラリオンに」
「そっか、そこか」
「まぁ、ガッツは、ガッツだからな」
「竜水さんも可哀そう。」
「だけど・・・世間の評価は、半々よ」
「これからも歌ってほしいという意見と、偽物!もうお前の歌には感動できるか!って、両意見」
「どうするのかなぁ、あの二人」
「いっそのこと、今度は、二人でデビューしちゃうとかさ、ないのかな」
「それは、ないわ!」
「ガッツが、人前に出ることは・・・ないわな」
そして、間塚は、写真に目をやった。
そこには、ベッドを中心に、同級生が大勢写っていた。
ガッツと同級生たちで北海道からの帰り際に撮った写真であった。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「今度はマコトなんだよ」
「マコトがいなくなっちゃってさ・・・」
ちょうど、そんな時だった。
「間塚君、久しぶり」
モンからの電話だった。
葉月からアメリカツアーの企画を頼まれたこと
そして、葉月の想いを間塚に伝え
これから、どうしたらいいのか相談したのであった。
「分かった。任せておけ!」
こんな時は、やっぱり間塚が頼りの仲間達であった。
としちゃん (月曜日, 21 9月 2015 18:27)
テレ夜の敏腕プロデューサーになった間塚は、電話一本で、テレ夜の社長に了解を取り付けた。
それは、ドラマの続編の制作だった。
「仲間 ~ セカンド・ラブ ~」である。
実は、間塚は、続編の制作は、ずっと考えていたことだった。
そのために、女優になったクラリオン、元フードファイターのモン、“芥河賞”を受賞したアイトが、『哲子の部屋』に出演した際に、多くを語らせなかったのである。
間塚は、時は来たと思った。
そして、間塚は社長に、仲間達にまた新しい出来事が起きていること。
それが、アメリカで起きていること。
続編のドラマは、アメリカロケからスタートしたいこと。
それを、瞬時に判断し、社長に直接交渉したのだった。
社長からすれば、待ってました!であったろう。
あれほどまでに話題を呼んだドラマの続編
しかも、ストーリーがつながっているとなれば、反対する理由がなかったであろう。
ただ・・・
社長から、間塚に対して、一つだけ注文がついた。
それは・・・
ビク (火曜日, 22 9月 2015 07:11)
テレ夜社長が間塚に出した条件とは・・・
ガッツ。
ガッツと竜水のことを、仲間達で救ってやってくれというものだった。
社長は、竜水の曲が、自分の人生において
なくてはならない存在であったのだと言う。
ガッツと、竜水の悲しい運命のなか
それでも、また親友として出会えたその後
世間では、竜水を悪く言う声が圧倒的であったが
間塚とその仲間達なら、必ずガッツ達を救ってくれるはずだと考えたのだった。
「間塚君、頼む」
「もう一度、ガッツくんの作った曲を、竜水くんに歌ってほしいんだ」
「これを頼めるのは、君たち仲間しかいないんだ」
「ガッツくんが、もう歌を作ってくれないなど、私には考えられんのだ」
「それが、叶うなら、全て君の好きなようにやってもかまわん」
間塚は、二つ返事であった。
なぜなら、それは社長に頼まれるまでもなく
自分たち、仲間の全てが願っていることだと思ったからだ。
ただ・・・
そうは言っても、ガッツは、いまどこにいるのか・・・
間塚は、不安はあったが、何故かガッツなら、また自分たちの願いを叶えてくれるはずだ!と、考えていたのである。
だが、この時の間塚の判断が、自身を失脚させることになろうとは
夢にも思っていなかった間塚であった。
としちゃん (火曜日, 22 9月 2015 23:31)
「モン、間塚だ」
間塚からの電話であった。
「悪いが、モンのアメリカ旅行の企画は中止してくれ」
「・・・え~、なんでぇ」
「間塚くんなら、なんとかしてくれると思ったのに・・・」
「違うよ、モン」
「旅行の企画は中止して、俺と葉月と一緒にアメリカに飛んで欲しいんだ」
「旅費は、全てテレ夜でもつ」
「行こう。マコトのところに」
「ひゃ~、びっくり。ホントに?」
「すごーい! でも、どうして?」
間塚は、ドラマの続編のことをモンに伝えた。
脚本化するには、これから起きることを自分の目で確かめておきたいのだと。
「あ、それからモン・・・あと何人か連れていきたいんだ」
モンは、その言葉で直ぐに、ある男の顔が浮かんだ。
それは・・・ガッツであった。
北海道の病院を出て、その後が分からないガッツであったが
モンに手紙を残し、あることをモンに託していたのであった。
モンは、そのことを一人で抱えてきた。
「どうしよう・・・わたし」
間塚のアメリカへの誘いは嬉しかったが、
仲間を何人か連れていきたいという話と
さらには、ガッツにまた歌を作ってもらうことが
ドラマの続編を制作する条件なんだと、間塚から聞いてしまったモンは、
「間塚くん・・・ それは無理よ」
「ガッツは・・・」
モンは、一人で悩むしかなかった。
としちゃん (水曜日, 23 9月 2015 12:56)
そんなモンのところに、突然、一枚のDVDが送られてきた。
差出人は、『としちゃんCO.』
モンには、初耳の名前だった。
実は、小説でモデルになってもらった仲間達へのお礼として
アイトが『としちゃんCO.』にお願いし、記念に制作したDVD
「リレー小説 ・ 仲間 ~ガッツ編~」であった。
その仕上がりを確認したアイトは、少し困った。
それは、ガッツの次に物語の中心にいたモンのことであった。
モンの「大食い」が、そのままに表現されていたのであった。
そんなアイトは、
「これは・・・」と、まずはモンにだけ送ったのだった。
モンのところに送られてきたDVDには、短い手紙が添えてあった。
「これを世に出すには、モンの許可が必要かと・・・アイト」
?????
モンは、何それ?と思いながらもDVDを観てみた。
小説『仲間』を、そのまま文章と映像で再現し、そして、懐かしい音楽が流れていた。
途中、涙する場面も編集されていた。
そして、モンは手紙が意味するところを瞬時に理解した。
「なるほどね」
「・・・で、私の許可が必要?」
すでに、葉月にお願いし、皆に渡してもらえる準備は整っていた。
アイトは、モンからの返事を待った。
ただ・・・
お蔵入りになる覚悟もできていた。
そんな作品だったのである。
「DVD:リレー小説 ・ 仲間 ~ガッツ編~」は。
としちゃん (水曜日, 23 9月 2015 20:14)
モンは、三日間悩んだが、やはり結論はNGだった。
「アイト・・・モンだけど」
「ゴメン、無理」
「あぁ、そんな気がしていたよ」
アイトの返事もあっさりとしたものだった。
「だって・・・」
モンは、次の言葉を飲み込んでしまった。
DVDを世に出したくないと思った本当の理由をアイトに告げなかった。
実は、一か所だけ、小説とは違う編集になっているところが
どうしてもモンには許せなかったのだった。
他の人なら、簡単に「あぁ、そうだったっけ」と、やり過ごすであろうことが
モンには、どうしても「違う!」と
それは、ガッツの今を知っているモンであればこそ、
許せない違いだった。
「DVD:リレー小説 ・ 仲間 ~ガッツ編~」は、葉月の店からも姿を消した。
ただ・・・
モンは、このDVDを観たことで、ある決意を固めたのであった。
としちゃん (木曜日, 24 9月 2015 20:29)
モンの決意とは、
「ガッツが、もう曲を作ることはないよ」と
間塚に、しっかり伝えるということだった。
ただ、それは間塚が窮地に追い込まれることになってしまうことを
モンは分かっていた。
アメリカ行きは、モンが企画するツアーで
葉月の依頼を叶えることにして。
ガッツがもう一度、曲を作ることを条件とされた続編制作は、間塚には断念してもらおうと。
そう考えたモンであった。
そして、意を決してモンは間塚に電話した。
すると・・・
まったく予想外の返事が間塚から帰ってきたのだった。
ビク (木曜日, 24 9月 2015 20:49)
アンジェリーナの娘、シンシアは、とても気立てのいい女の子であった。
日本語が、ほとんど分からないシンシアであったが、
マコトのじゃべる言葉で、一つだけ覚えたのは
「はい、どうもない」だった。
シンシアとアンジェリーナが、なにやら話している。
その、所々に「ウナギ」が出てきていた。
マコトも、ウナギだけは分かったが、あとは、ちんぷんかんぷん。
すると、アンジェリーナが
「マコト・ウナギ・オミセ・ナマエ・ハイ・ドウモナイ・ヨイ」
「え? お店の名前を『はい、どうもない』にしろってか?」
「あぁ~、悪くないかもなぁ」
これは、嘘のような本当の話であった。
マコトは、早速、誠二に相談した。
そして、サンフランシスコでの一号店の名前は
「High Doughmonai」に決まった。
ビク (木曜日, 24 9月 2015 20:58)
ベンジャミンは、今日も回転車を回しながらマコトを監視していた。
「大好きなお酒も飲まずに、最近は、モンのビデオも見せてくれないんだよなぁ」
「見たいのにさ、モンのビデオ」
「あれを見ると、シマリスには負けていられねぇーって、ハムスター魂に火がつくんだけどなぁ」
「最近は、どういう風の吹き回しか、相棒は熱心に勉強してるなぁ」
???
マコトが勉強を?
マコトは、シンシアと話したかったのである。
そのために、高校時代にもほとんど勉強しなかった英語を
52歳にして学び始めたのであった。
今までアンジェリーナとは、英語でコミュニケーションをとろとしたことなど無かったマコトが、
シンシアとは、一所懸命に英語で会話をしようとするマコト
そんなマコトの変化を、アンジェリーナは敏感に感じていた。
実は・・・
アンジェリーナは、マコトに対して
ウナギの師匠以上の想いを寄せ始めていたのである。
としちゃん (金曜日, 25 9月 2015 22:47)
間塚が、モンに返した予想外の返事とは・・・
「ガッツは、もう曲を作らない?」
「モン、心配いらないよ。それは十分に覚悟しているさ」
だった。
そして、間塚はこう続けた。
「ガッツと竜水の二人の時間を、俺たちのために使わせる気はないさ」
「きっと、ガッツと竜水は、失った時間を取り戻すように、今を生きているんだと思う」
モンは、間塚のそんな思いに共感したのだが
「え、でも間塚君… ドラマの続編制作の条件じゃ・・・」
「大丈夫だ。俺を信用してくれ」
モンは、間塚のその言葉を信用することで
アメリカ行きを決意したのだった。
「うん、分かった間塚君」
「さーてと、一緒に行くメンバー考えなきゃね」
ビク (火曜日, 29 9月 2015 12:21)
モンは早速、葉月に連絡し、間塚とのやりとりを説明した。
「間塚君がね・・・
だから、みんな一緒にアメリカへ行こう!」
葉月は、快諾した。
どのような方法であれ、マコトに逢えるのであればと。
「でさ、間塚君が、私と葉月以外にもアメリカへ行けるメンバーを見つけてくれって言うのよ・・・」
葉月は、真っ先にアイトの顔が思い浮かんだ。
それは、脅迫に近い形でマコトの居場所を白状させたことが
アイトに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのである。
そして・・・
間塚、アイト、葉月、モンは4人で集まりアメリカ行きの相談をすることになり
何故か、台の原公園に集まったのである。
「ねぇ、葉月・・・なぜにして台の原?」
と、不思議がるモンであった。
4人が集まる日
その日の葉月は、はやる気持ちを抑えられずに、時間よりも1時間も前に
台の原の駐車場へ行った。
「ちょっと、早すぎたかな?」
「まっ、いっか」と、駐車場に車を止めた葉月
そこには、1台の車に女性が一人乗っていた。
すると、その車の横に、男性が運転する車がぴたりと止まった。
何気に横目で、その2台の車の様子を伺う葉月
すると、男性が車から降り、そして女性の車に乗り込んだ。
「えっ!あの人・・・」
と、葉月は思わず声を発したのだった。
としちゃん (水曜日, 30 9月 2015 12:32)
そして、葉月の頭の中に4文字の言葉が浮かんだ。
「あれは… あ・い・び・き」という言葉が。
なかなか古風な言葉を使う葉月であった。
おそらくは、今どきの若い人に、この言葉を言っても
「?????? はっ? 」
「ウィンナー?」
・・・それは「あらびき」のことだと思うのだが。
葉月は、自分がOL時代の頃を思い出していた。
「そういえば・・・この公園、あいびきの待ち合わせ場所で有名だったのよね」
「しかも、今になって思えば、丁度、私たちぐらいの年代の人たちだったのかもね」
そんなことを考えていたところに、モンがやってきた。
「お待たせ」のモンの言葉と同時に
「ねぇ、ねぇ、あいびき、あいびき」
「はぁ~」と、ちんぷんかんぷんなモンに
一所懸命に説明する葉月
「あの車、あの車!」
「・・・・」
「ねぇ、葉月、特別なことじゃないでしょ!あいびきなんて」
そういったことに、まったく興味を示さないモンであったのだが・・・
男性が乗ってきた車を、その場所に停車させたまま
二人は女性の車で出発していった。
そして、二人の横を通り過ぎる運転席の女性の顔をみたモンは
「え~~~~! あれ!
え~~、チョ、チョ、チョ・・・」
興味がないどこの騒ぎではなくなったモンであった。
としちゃん (木曜日, 01 10月 2015 12:57)
「トントントン」
葉月の車の助手席で、パニック状態のモン
そのドアをたたく音がした。
「ア、ア、アイト~」
「なに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてんだい?」
葉月の車の後部座席に乗り込んだアイトに向かってモンは
「ねぇ、ねぇ、あいびき、あいびき」
それは、さっき、葉月がモンに言った言葉そのものだった。
「はぁ~」と、ちんぷんかんぷんなアイトに
一所懸命に説明するモン
「あの車、あの車!」
って、その場所には、置き去りにされた男性の車しかなかった。
と、思った瞬間
さっきのアベックの車が戻ってきた。おそらくは、男性の車に、何か忘れ物でもしたのであろう。
モンが、
「あの車、あの車!」
まったく興味を示さないアイトであったのだが・・・
通り過ぎる助手席の男性の顔をみてアイトは
「え~~~~! あれ!
え~~、カッ、カッ、カッ・・・」
興味がないどこの騒ぎではなくなったアイトであった。
ビク (木曜日, 01 10月 2015 20:04)
「Mr.マコト・シゴト・ヤスミ・ソーリー」
アンジェリーナからの電話であった。
「High Doughmonai」の開店まで一週間となっていたこともあり、マコトは突然の休みの連絡に、アンジェリーナに休む理由を問い詰めた。
「ソーリー・ソーリー」
それだけしか言わないアンジェリーナにマコトは
焦る気持ちも重なって、怒鳴ってしまう。
電話の向こうで、アンジェリーナが泣いていることに気づいたマコトは
我を取り戻し、これまで一所懸命に技術の習得のために頑張ってきたアンジェリーナを思い出し、そして休むことを承諾したのだった。
しかし、アンジェリーナの休みは翌日まで続いた。
何か、あったのではと心配になったマコトは、アンジェリーナの家に行くのであった。
ビク (金曜日, 02 10月 2015 12:52)
アンジェリーナの家に着いたマコト
ノックをするが、返事がない。
しばらく、待ったマコトであったが、諦めて帰ろうとする。
すると、隣人が出てきて
「アンジェリーナ? ДшЗ●♂§∮・・・・・」
当然、英語でマコトに話しかけてきた。
マコトは、シンシアとの会話のために、一所懸命に学び始めた英語で
なんとか、理解しようとしたのだが、
さすがに本場アメリカ人のしゃべる英語が理解できない。
マコトは、必死に尋ねた。
「アンジェリーナ、ウエア?ウエア?アイ・サガス・アンジェリーナ・ガチ・リアル・・・」
ほぼほぼ英語でも日本語ともいえない会話であったが
隣人は、唯一、「ウエア・ウエア」の単語を拾ってくれたのだ。
マコトには3つの単語だけ理解できたのだった。
「イエスタデー・シンシア・ホスピタル」
マコトは、これまで休むことなく頑張ってきたアンジェリーナが訳もなく休むはずがないこと、そして、隣人のシンシア・ホスピタルで
ほぼ、事情を察したのだった。
「シンシア・・・」
マコトは、熱意だけで、隣人との会話を成立させ、
そして、シンシアのいるであろう病院の名前を聞き取ったのだった。
としちゃん (金曜日, 02 10月 2015 20:43)
葉月の車の中で三人が大騒ぎしているところに
ようやく間塚が到着した。
この時のアベックが、誰であったのか
それは四人の秘密としてしまわれてしまった。
ただ、変な誤解のままでは・・・
単身赴任中の旦那が、東北に出張途中に立ち寄り
夫婦で、買い物にいくために待ち合わせしていただけであったのだった。
そして
四人のアメリカ行きの相談は、そう時間を要せずに終了した。
ビク (土曜日, 03 10月 2015 00:27)
間塚、アイト、葉月、モンの四人はサンフランシスコ行きの飛行機に乗っていた。
四人並んで、座ろうとチケットに記された番号を探して進んでいくと
中年風の女性が、なにやらキャビンアテンダントに文句を言っていた。
どうやら、片足を失い、松葉杖を使う青年の横になんか座れない!と、露骨に文句を言っているようだった。
するとキャビンアテンダントが
「申し訳ありません。本日、あいにく満席で、お客様のご要望には、応じられないと思われますが、いま、機長に確認してまいります」
そう言って、操縦室の方へ向かった。
少しの時間で、そのキャビンアテンダントが戻ってきた。そして、不機嫌そうな顔をして待っていた中年風の女性にこう言ったのだった。
「お待たせして、申し訳ありませんでした。」
「いま、機長に確認してまいりましたが、やはり本日は満席でお客様のご要望には応じられないとのことです。」
「ただ、不愉快な思いをして、飛行機の旅を楽しめないお客様がいるのは、当社としましても本意ではない。」
「ファーストクラスに席を用意できるので、もしよろしかったら、ファーストクラスにご移動いただければ幸いですと、機長が申しております。」
キャビンアテンダントは、そう言って松葉杖の青年に向かって
「ご案内いたします。お荷物は、私どもでお持ちさせていただきますので、どうぞ、ファーストクラスへのご移動をお願いできませんでしょうか」と
機内には、拍手が巻き起こっていた。
四人は、そんなキャビンアテンダントの神対応に感銘を受け
とても、あったかい気持ちで、アメリカへ飛び立っていったのであった。
としちゃん (日曜日, 04 10月 2015 21:48)
成田空港を飛び立ち、やっと落ち着いた四人
「ねぇモン、こないだバーベキューしてきたんだって?」と葉月が聞くと
「うん。行ってきたんだ。千葉まで!」
「ち、ち、千葉ぁ~?」
「うん。」
「ずいぶんと遠くまで行ったのね・・・」
「うん。そこに肉があるから」
葉月は、思った。自分は千葉までは行けないと。
そんな二人の会話のなか、間塚とアイトは爆睡していた。
「そう言えば、アイト・・・同窓会に向かう飛行機の中で、マウス君になったよね」
と、2年前の同窓会を懐かしむ二人だった。
ビク (月曜日, 05 10月 2015 12:28)
葉月は、思った。
「あぁ~、アイトにも『学習能力』は、あったのね」と
爆睡から目をさましたアイトは
「かがみ、鏡貸してくれよ」
自ら「俺は、同じてつは二度踏まないよ」と
明らかにアピールしていることが、葉月とモンには
たまらなくおかしかった。
それが分かっているくせに、アイトをからかう二人
「なんで? いつもカッコいいよ!アイトは」
その言葉で、アイトは二人の行動を察した。
「また描いたな」と
アイトは、飛行機の窓にかすかに映る自分の顔を見て
「やったな!」と
葉月は、正直に謝った。
「でも、今度はマウスじゃないよ」
「ほ~、なるほど。」
「・・・って」
「ミッキーもネズミだろうが!」
とても、50過ぎの大人がやることではないと思うだろうが、
アイトが落書きされたのは・・・事実
その写真もしっかり残っている。
いつまでも少女のようなモンと葉月であった。
世の中、どこを探しても、こんな同級生たちはいないことだろう。
そして、飛行機は、サンフランシスコ国際空港に到着したのだった。
としちゃん (木曜日, 08 10月 2015 21:06)
マコトは、病院の待合所でうなだれて一人座っていた。
マコトは、アンジェリーナから、シンシアが手術が必要な病であることを知らされたのだった。
そして、その手術には大量の輸血が必要である。
だが・・・
シンシアの血液型は、100万人に一人の確率というもので
いま、アメリカでは、その血液がないという。
一日でも早い手術が、必要でありながら、それが出来ずにいるのだった。
シンシアの病状は、日に日に悪くなっていた。
マコトには、どうすることもできなかった。
そして、自分の無力さを思い知らされ
ただ、呆然とうなだれているだけのマコトだった。
としちゃん (金曜日, 09 10月 2015 12:14)
ふと、想い出した。
「あれ・・・ この小説のタイトルは、なんだったっけ?」
「・・・仲間」
「しかも、今は『アイト・マコト編』ではないか!」と
そうである。
いま、アイトがマコトのところに向かっている。
これまで、たいした働きのなかったアイト
せいぜい、顔に落書きされて、受け狙いの描写しかなく、
いつも、美味しいところだけを、かっつぁらっていき
芥河賞まで手に入れた、あのアイトが。
そろそろ本当の意味での活躍を期待したい。
アイトがマコトの元へ行くことで、物語は大きく動き出すのであった。
シンシアを助けることができるかも・・・しれない。
そう期待したい。
ビク (金曜日, 09 10月 2015 19:56)
サンフランシスコに到着した四人
その日は、ゆっくり休むことになった。
葉月は、ホテルの部屋からゴールデンゲートブリッジを眺めていた。
「マコト・・・」
間塚は、高木誠二に連絡をとり、事情を説明
そして、マコトの居場所を聞いていた。
翌日、四人は早速にマコトがいるであろう「High Doughmonai」に向かった。
道中、言葉少なく緊張している葉月の様子を察したモンは
「葉月、食べる?」と、それまで車中、一人で食べていたチェロスを差し出した。
「いらない」
葉月の緊張は、尋常ではなかった。
四人を乗せたタクシーが、「High Doughmonai」の前に着いた。
「お~、ここか」
店には、3日後のオープンを知らせる張り紙があった。
ビク (金曜日, 09 10月 2015 20:06)
マコトの姿は、そこになかった。
どうしたものかと、悩んだ四人であったが、店の前で待つことを選択した。
二時間は過ぎていたであろう。
いよいよ、四人は、そこで待つことを諦めかけていた、その時だった。
「ねぇ、あれ・・・マコトじゃない?」
モンが、指さした方向に目をやると
マコトが、うつむきながら歩いてきた。
「マコト!」
葉月が、走り寄った。
「は、葉月じゃないか。」
「なんで、こんなところに?」
そんなやりとりも、今のマコトには、喜びとして表現できなかった。
「マコト・・・なんか元気ないよ」
心配そうに、ながめる四人に
マコトは
「実は・・・」と、全てを語った。
ビク (金曜日, 09 10月 2015 20:18)
マコトの話を聞き、
店のオープン3日前にして、マコトが大変な状況にあることを直ぐに察した四人であった。
すると、それまで黙って話を聞いていたアイトが
「なぁ、マコト・・・」
「そのシンシアという娘さん、血液型が100万人に一人とか言ったよな?」
「あぁ。アメリカ全土を調べても、いま、その血液がないんだそうだ」
「だから、手術も・・・」
「なぁ、マコト」
「もしかすると、日本に、その血液型の人・・・」
「俺、知っているかもしれない」
それを聞いたマコトは
「本当か、アイト」
「なぁ、どこにいるんだよ、その人は」
「アイトが、良く知っている人なのか」と、詰め寄った。
「あぁ」
「知ってる」
「そいつは・・・」
ビク (土曜日, 10 10月 2015 20:34)
アイトは、その男の名前を言うことをためらった。
マコトは
「どうしたんだよ、アイト」
「知っているなら、聞かせてくれよ」
アイトが、次の言葉を発するまでに、少しの沈黙があった。
そして、一人の男の名前を呼んだ
「・・・ガッツだよ」
マコトも、そこにいた間塚、葉月、モンも
一瞬にして、事の大変さに気づいた。
「ガッツ・・・」
仲間達の誰もが、いま、ガッツがどこで何をしているのか知らなかったからだ。
アイトは、
「でも、ガッツとシンシアが同じかどうか・・・」と、つぶやいた。
マコトは、諦めようとはしなかった。
そして・・・
五人は、シンシアのいる病院に向かったのだった。
ビク (土曜日, 10 10月 2015 20:35)
病院の待合所で、間塚、葉月、そしてモンが待っていた。
しばらくして、マコトとアイトが病院の奥から姿を現した。
三人の前まで来たマコトが、口を開いた。
「いま、ガッツが手術を受けた北海道の病院に確認をしてもらったよ」
「同じ血液型だそうだ。」
そこにいた誰もが、同じことを考えていた。
それは・・・
ガッツと竜水を探し出すことは、無理だろうと。
五人は、病院の待合所で、次の言葉を探していた。
「ガッツを探そう!」
その言葉を言いたかった。でも、簡単にマコトに期待を持たせていいものか。
それを考えると、言葉が出なかった。
ただ、間塚だけは違うことを考えていた。
それは、ドラマの続きの脚本のことであった。
それでも、間塚は
「俺・・・なに、ばかなことを考えていたんだ」と、
意を決したように、皆にこう言った。
「俺に、任せてくれ」
「俺は、いまから直ぐ、日本に帰る」
「そして、ガッツを必ず探し出すよ」
モンが心配そうに
「間塚君、どうする気なの?」と
すると、
「大丈夫だ。任せてくれ。それより、マコト・・・」
「お店は大丈夫なのか?3日後にはオープンなんだろう?」と
話題を変え、皆を心配させぬようそれ以上は語らなかった。
ビク (土曜日, 10 10月 2015 20:37)
アイトが、口を開いた。
「マコト、そう言えば清軍なんだけど・・・」
マコトは、うつむきながら
「アイトには無理なお願いをして、すまなかった」
アイトは、マコトを元気づけようと
「いま、梅子が頑張って店を守っていてくれるから、安心してくれ」
「梅子、結構気に入って、ウナギ焼いてるよ」
マコトは、ようやく我に返り
「そうだったのか。本当に皆に迷惑かけちまって、申し訳ない」
アイトが続けた。
「なぁ、マコト」
「店のオープン・・・アンジェリーナも大変な状況なんだし・・・」
「俺が、手伝うよ」
すると葉月も
「私にも、お手伝いさせて」と
一人残ったモンは、チェロスを食べることを中断し
「・・・じゃぁ、私も」
マコトは、皆の優しさに涙をこらえることが出来なかった。
「ありがとう。」
「でも、みんな日本に仕事があるんだし、だから気持ちだけもらっておくよ、ありがとう。大丈夫だよ」
そう言って、いつものマコトの笑顔を見せたのだった。
ビク (土曜日, 10 10月 2015)
「いらっしゃいませ~」
モンの明るい声で、無事にオープンした High Doughmonai
調理場では、マコトとアイトが忙しそうにウナギを焼いていた。
モンと葉月
なるべくなら、そこには触れないでほしかったと言われそうだが・・・
何故か、二人のコスチュームは、
日本なら、まるで「メイドカフェ」のようだった。
・・・・決して、想像しないでほしい。
何故にして、その衣装をまとったのかは、謎である。
お店には、オープンを待ちわびていた人達であふれていた。
「よかったね、みんな本当に喜んでくれてるよ」
そう話したメイドの二人
52歳にして、メイドが勤まることを証明したモンと葉月であった。
葉月は、もうマコトに対する「仲間」以上の感情を持つことをやめようと決めていた。
ずっと、このまま仲間でいたい。
ずっと、何があっても支え合える仲間でいようと。
忙しく、ウナギを焼いているマコトであったが
マコトの頭のなかは、シンシアの病気のことでいっぱいであった。
その時のマコトは
「間塚・・・」
「間塚の言葉を信じよう。間塚ならなんとかしてくれる」と
ビク (土曜日, 10 10月 2015 20:46)
アメリカで、High Doughmonaiがオープンした
ちょうどその日
間塚は、帰国し、そしてテレ夜の社長と会っていた。
社長室
間塚は
「自分は、社長の期待を裏切ることになってしまいました」
「ドラマの続編は、作れません」
そう言って、社長の前に辞表を差し出した。
テレ夜の社長は、一瞬、驚きの表情を見せたが
「理由は、この私にも話せないことなのかね? 間塚君」
間塚は、ゆっくりうなずいた。
「君は、簡単なことで、仕事を途中で投げ出すような人間ではないことは、自分が一番分かっているつもりだよ」
「君が、そう決めたからには、きっとそれなりの理由があるのだろう」
「アメリカで、何かあったんだね?」
それでも、間塚は理由を話そうとはしなかった。
すると社長は、ゆっくり、間塚に語りかけた。
「君たち仲間同士が、強い絆で結ばれていることは承知している」
「それをありのままに脚本にした、それが受け入れられドラマがヒットした」
「本当に、素晴らしい仲間を持って、君は幸せ者だ」
「君が、会社を辞めるとまで言いだしたのは、きっと仲間達のためなんだろうと思う」
「間塚君・・・」
「一つだけ君に尋ねる」
「私と、君は・・・」
「仲間ではないのかね?」
「私が、君の力になってやることは、出来ないのかね?」
その時の間塚には、予想もしていなかった社長の言葉だった。
ビク (日曜日, 11 10月 2015 23:52)
間塚は、深々と頭をさげ謝罪し、
そして、アメリカであったことの全てを社長に話した。
間塚が、テレ夜の退社を選んだ理由
それは・・・
自分の間違いに気が付いたからだった。
ドラマの脚本のために、仲間達に次々と起こる苦難を
どこかで期待していた自分の愚かさに気づいたからだ。
間塚は、自分にはもうドラマを作る資格などないと
そして、社長に改めて、退社を申し出たのだった。
としちゃん (月曜日, 12 10月 2015 19:21)
間塚の話を聞いた社長は、ゆっくりと語りだした。
「なぁ、間塚君・・・」
「君の仲間達がしてきたことは、何か見返りを求めてしてきたことだと、君は思っているのかね?」
間塚は、言葉に詰まった。
「そ・・・そんなことないと思います」
「だろうね。」
「君の力になれると思うなら、協力をいとわない人達なんだろうな」
「そして・・・」
「君もそうだろう!」
煙草に火をつけ、少し考えたそぶりをみせて社長は続けた。
「ところで、君はガッツ君を探し出すと約束をして
日本に帰ってきたんだろう?」
「はて、いったいどうやって探し出そうと?」
社長のその質問で、これまでの間塚の考えが
あきらかになるのだった。
間塚は、ゆっくりと語りだした。
としちゃん (火曜日, 13 10月 2015 07:00)
間塚は、いったいどんな考えでいたというのだろうか・・・
実は、
クラリオン、モン、芥河賞受賞のアイトが『哲子の部屋』に出演した時に
ガッツの質問をさせなかった時から、間塚のドラマ続編の構想はあったのだった。
ガッツと竜水の事件の真相は、世間には明らかにされていなかった。
それを続編のドラマの中で脚本化しようと考えていたのだった。
もちろん、そうすることは
竜水が音楽業界への復帰を断つことになりかねない。
間塚も、さすがにそれは出来ないし、望んでもいなかった。
間塚は、北海道から仲間達と帰ってきた後
実は、何度も一人で竜水を見舞うために北海道へ飛んでいたのだった。
「竜水君、真実を直ぐに世に知らせるべきだよ」
「そして、また僕たちに君の歌を聴かせてほしい」と
竜水からの返事は、間塚が期待するものではなかった。
「間塚君・・・ 僕は、君に感謝しているんだ」
「僕は、ガッツから曲が届くたびに、辛かったんだ。」
「もう、人前で歌うことはしないし、できないと分かっている」
「それに・・・」
としちゃん (火曜日, 13 10月 2015 12:27)
「それに?」
間塚は、竜水に次の言葉を促した。
「それに、ガッツだって望んでいないと思うんだ・・・」
竜水のその言葉を聞いた間塚は
「竜水君! それは違うと思うな」
「ガッツは、小さい頃から一緒に育ってきた兄弟のような君に、君のために曲を作っていたんだ。」
「決して、自分のためでもなく、君のために」
「君のためなら、この先も曲をかいてくれるはずだよ。ガッツは、そういう男だ!」
「ガッツは、言ってたよ。君の歌が大好きだって」
「毎晩、毎晩、レコードを聞いて過ごしていたって。工場の安給料で買った君のレコードをな」
「全部、自分で作った曲なのに・・・」
そう言って、笑みを浮かべた。
そして、
ガッツがドラマのために作った2曲のいきさつ
その2曲をドラマで使うことで、竜水の存在が危ぶまれるのではないかと、ガッツは心配していたこと
そして、もし、竜水とガッツの関係が、世間に明らかになってしまった時のことを考え、仲間達を騙してまで、姿を消していたこと
ガッツがしてきたことの全てを竜水に伝えた。
竜水の目は、涙であふれていた。
少し、落ち着く時間をあけ、間塚は竜水に尋ねた。
「竜水君・・・君はこれからどうしようと思っているんだい?」
「退院したら、とにかくガッツのところに行くよ」
「置いていかれちゃったからさ」
と、ようやく笑みを浮かべる竜水
「そうだな。君は、ふられたんだもんな! オマツさんに負けたんだよな」
と、竜水をちゃかす間塚。
「きっと、今頃、オマツさんというガッツの母親のような人と、たくさん話しているんだろうなぁ・・・ガッツ」
そう言って、竜水は窓に目をやった。
そして、間塚はこう続けた。
「なぁ、竜水君・・・」
「君の気持ちは分かった。」
「ガッツに会いに行って、ガッツとの時間を取り戻してくれ」
「そして、もし、僕たちが・・・」
そこで、間塚は言葉に詰まった。
間塚の目には、涙が浮かんでいた。
しかし、勇気を振り絞ってこう続けた。
「また、僕たちが君とガッツの曲が必要になったときには
君たちのところにお願いに行く。」
「また、歌ってほしいと」
「なぁ、竜水君・・・」
「竜水君も、俺たちの仲間になってくれ」
「・・・っていうか、もう仲間だよな、竜水!」
「お、おぅ、ま・づ・・・間塚」
二人は、握手を交わし、
竜水は、間塚に笑顔でうなずいた。
竜水の手をつかんだまま間塚は
「頼むな、ガッツのこと」
その時の二人は、笑うしかなかった。
「ガッツだもんなぁ・・・仕方ないよなぁ、世話焼けるけど」と
としちゃん (火曜日, 13 10月 2015 19:43)
その時の間塚は、二人が退院後にどんな暮らしをしようと考えているのか、それと、二人の行き先もあえて聞かなかったのだった。
それは、
間塚の都合で、音楽活動を再開してもらうのではなく、
二人が「また歌おうぜ」と、その気持ちの変化のタイミングで再開してほしいと願ったからだ。
この時に、竜水から行き先を聞いておこうものなら、すぐにでも飛んで行って「歌ってくれよ!」と、頼んでしまいそうだったから。
間塚は、そのいきさつも社長に全て伝えた。
社長は
「なるほどなぁ」
「君たちの仲間を思う気持ちは、我々には真似できんよ!」
「間塚君、私は、君に話したと思うが・・・」
「竜水君の歌が、これまでの私の人生を支えてきてくれたと言っても過言ではないんだよ」
「竜水君、いやガッツ君の曲は、決して『聴いてくれ』、『どうだ!いい曲だろう』という、今どきの歌とは、まったく違うんだ」
「素直な思いを、ストレートに、まさしく今の君たちのように、互いに支え合うことの大切さを、私に教えてくれた。私の、支えだったんだ。本当に・・・」
しばらくは、社長も間塚も黙って考えていた。
そして、社長が
「なぁ、間塚君、彼らの曲を私と同じように人生の支えにしてきた人はたくさんいると思うんだ」
「そして、私がそうであるように、竜水くんの歌を、もう一度聞きたいと思っている人がたくさんいるはずだと思う」
「ならば、その人たちのためにも、今、私たちがやるべきことがあると思うんだ!どうだ、間塚君、君もそう思ってくれないだろうか・・・」
社長は、そう言ってテーブルに置いてある辞表を
そっと、間塚の方へ戻した。
しかし間塚は、
「社長、これは受け取ってください。」
と、間塚は、社長の「会社に残ってほしい」という言葉を受け入れなかったのだった。
としちゃん (火曜日, 13 10月 2015 21:49)
辞表を受け取らなかった間塚であったが、
社長に対して、一つのお願い事を語りだした。
「社長、図々しいことをお願いして申し訳ないのですが・・・」
「私に、退職金を払ってください」
「そして、その退職金で・・・」
社長は、意外な展開に
「退職金? なぜだ、なぜ、君は私の思いを聞いてくれずに、そして、君らしくもないお金の話などするのかね?」
と、厳しい表情をみせた。
間塚は、臆せず続けた。
「私の退職金を使って、そのお金で特番を組んでください」
「特番?」
「そうです。ガッツと竜水を救うための特番です。その番組で全てを明らかにします」
「なぜ、ガッツが竜水のゴーストライターの道を選んだのか」
「なぜ、事件が起きたのか」
「そして、いま、仲間がアメリカでガッツを待っている」と
「ただ・・・」
「これを放送することで、ドラマの続編の脚本は全てなくなります」
「だから、テレ夜に対しては、おおきな損失となる訳です」
「だから、私は、テレ夜に対して申し訳ないことを・・・」
「だから、会社を辞めさせていただくことにしました。」
社長は、あらためて間塚のすごさに驚いた。
「そんなことを考えていたのか、君は」
間塚は、社長なら自分の想いを聞き入れてくれるものと確信していた。
だが・・・
社長の返事は、間塚の期待とは全く違った返事だった。
「あぁ、それは、大変な損失だな」
「おそらくは、前回の視聴率を大きく上回るドラマになるだろうな、続編は。私のこれまでの経験から言って」
「そんな、大きな損失を受けようとしているのに、「はい、分かりました」と、簡単に聞き入れるほど、自分はできた人間ではないよ、間塚君」
その瞬間に、間塚のガッツを探す手立ては失われたのだった。
間塚は、目の前が真っ暗になった。
としちゃん (水曜日, 14 10月 2015 21:30)
間塚は、自分の考えが甘かったことに気付き、そして打ちのめされた思いで、うつむいたまま、社長の顔を見れずにいた。
すると、次の瞬間だった。
社長が、
「君は、私の大切な質問に、まだ答えておらんじゃないか」
「だから、勝手にその答えを私なりに決めさせてもらうよ、間塚君」
そう言って、社長は少し自分の気持ちを整理するかのようなそぶりをし
「私と間塚君・・・
・・・・君と私は仲間だよな!」
「困っているときには、互いに助け合う仲間だ」
そう言って、テーブルにある辞表を破ってしまった。
「間塚君、申し訳ないが、君の退社は許可するわけにはいかん」と
そして社長は
「私の退職金を使って、特番を組んでくれたまえ」
「私の退職金、全てを使ってな」
「これは、社長命令じゃ」
「全てを、君に任せる」
「社長の?・・・」
間塚は、驚きのあまり、次の言葉を失ったが
「社長が・・・」
「社長・・・社長が会社を退くということですか・・・」
「そ、そんなこと、出来ません」
社長は、間塚の次の言葉を制止させ、そして話を続けた。
「なぁ、間塚君」
「竜水君に、また歌ってほしいとか、自分のために特番を君に頼むんじゃない」
「分かっているな?」
「あぁ、そうだ! そのシンシアという子を一日でも早く助けてあげてくれ」
「それが、君の仲間が望むことなのだから」
「それに、ガッツ君と・・・
・・・いや、ガッツと竜水が、それで救われるのなら」
「私は、そのために社運をかけても構わん!」
「私の進退のことは気にせんでいい」
「私も、一度きりの人生、仲間のために、役に立ってみたくなったんだよ」
「私のわがままかもしれんがな。」
「君は、私の前に現れ、そして仲間の大切さを教えてくれた」
「できれば、もっと早く君たちに出会いたかったがな」
そう言って、微笑む社長であった。
「社長・・・」
としちゃん (水曜日, 14 10月 2015 23:29)
翌日、社長は役員会を招集し、辞意を伝えた。
社長は、特番の放送をもって辞任すると自ら決め、そして役員もそれを受け入れた。
特番は、3日後のゴールデンタイムの20時からの1時間と決まった。
スポンサーは、社長
それは、1時間の番組中、一切のコマーシャルがないことを意味した。
TV業界では、前代未聞の出来事だった。
間塚のプレッシャーは、並大抵のものではなかった。
テレ夜関係者は皆、間塚に協力した。
そこからは、ものすごいスピードで作業が進められた。
間塚は、ドラマの続編のキャスティングで
竜水役に「久保田利伸」を考えていた。
久保田に、早速連絡が入った。
全ての事情を知った久保田は、
「自分は、竜水君とも同い年で、そして仲間だと思っていたし、
竜水君を救えることにもつながるのなら・・・」と、そのオファーを快諾した。
ガッツ役の柳沢慎吾も、事情を知り、すでに入っていたスケジュールを全てキャンセルして、特番に対する協力を買ってでた。
ガッツと竜水の養護施設での暮らしぶり、学生時代に路上で歌っていたころ、
事件後の様子など、全ての再現VTRが準備された。
そのVTRは、柳沢・久保田が二人の役を演じてくれた。
あたかも、ドラマの続編のように。
二人の演技は、当時のガッツたちの行動を美化するものでもなく
ありのままを再現する演技であった。
間塚が演出したのだから、それは至極当然である。
一方、
アメリカにいるマコトにも間塚から連絡が入った。
「マコト・・・衛星生放送だぞ!」と
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 00:34)
マコトは、びびった。「衛星?」
「な、な、生放送?」
実は、その時の間塚も、正直不安だった。
「なぁ、マコト・・・生放送だし、できれば標準語で話してほしいんだけど・・・」
間塚が心配するのも当然であろう。
「しゃぶってくれ!」とか、普通に誤解されるような会話を、当たり前に使うマコトである。
ただ・・・マコトに標準語を?
土台、それは無理な相談であった。
間塚は、「生放送だから、テロップを入れるわけにもいかないしなぁ」と
しかし、そこは百戦錬磨の間塚、さすがであった。
「なぁ、葉月・・・ マコトがしゃべったことを隣で通訳してほしいんだ」と
しぶしぶ葉月は、承知した。全てはシンシアのためだと。
そして、モンには・・・
間塚から、はっきりとした役割は伝えられなかったが
モンは、放送までの三日間で
ダイエットと、エステに通うことを決意した。
そもそも、
「来週、人間ドックなんだ!」
と、言いつつ、仲間を連れ添い、『一本松』のパンを買い出しに。そして、たらふく食べまくるモン
そこに肉があると分かれば、千葉まで行って肉を食べまくるモン
熱を出して寝込んでいれば、仲間から食料が届くモン
そんなモンであるが、彼女の努力は認めてやってほしいと思う。
わずかな距離でも、小走り。
靴ずれをつくってまで、少しでも歩こうとする気持ちは持ち合わせているのだ。
努力はしているのだ!
だから・・・
最近、髪をきって、とっても綺麗になった。
素敵な52歳に。そう、52歳に。
追伸
まさか、メイドの洋服を着て出演しないよな!と、思いたいのだが・・・
(メイド姿のモンを想像することは、法律で禁じられています)
アメリカからの衛星中継には、間塚Pがアメリカで働いていた時の仲間が手伝ってくれることになった。
その一方で、テレ夜からは、
「緊急特番! 竜水の真実」というタイトルで、3日後に生放送で特番が放映されることが告知された。
テレ夜の告知は、すごいものだった。
朝の芸能ニュースでも取り上げられた。
「あのドラマの裏側が、全て明かされる」
「音楽業界から姿を消した竜水、その竜水の真実が語られる」と
舞台は整いつつあった。
あった。
のだが・・・
特番の発表を聞いて、世間のうわさは、思わぬ方向に行ってしまうのだった。
間塚にも予想できなかった、思わぬ方向に。
それは・・・
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 12:29)
間塚が予想もしなかった“世間のうわさ”とは、
棚橋真梨子さんが歌ったFor You・・・のことである。
For You・・・は、ドラマ終了後から今でもロングヒットし、おば様方に絶大な人気を得ていた。
ドラマでは、ガッツが高校時代から想いをよせる人のために書いた詩を梅子のために替えて歌ったという、真実をそのままドラマで演出したはずなのに・・・
世のおば様方は
『高校時代のあこがれが何年も続き、そして、あんな詩がかけるはずがない!クラリオンではない、誰か他の女性を想って書いたのよ!』と
『52歳独身男性の、そんなピュアな想いが、現実としてあるはずがない!』と、簡単に受け入れてはいなかったのだ。
そのうわさを知った間塚は
「おいおい、そこかよ~」
「まったくもって、めんどくせーなぁ、世のおば様方は」
「女性たちの教科書には、“見返りを求めない愛”は、存在しないものだということなのかよ」
と、そうはいいつつも、何事をするにも世のおば様方を敵に回して、いいことなどないと間塚は、身をもって知っていた。
間塚は、「なら受けてたとうじゃないか」と、クラリオンに番組出演のオファーを出した。
クラリオンの事務所は、事情を聞いてもちろんそのオファーを断った。
しかし、クラリオンは
「私、その番組に出る。だって、私の仲間たちが、今、苦しんでいるのを
黙って見ているわけにはいかないもの」
「そもそも、今の女優という私が存在するのも、仲間たちの支えがあったからなの」
そう言って、事務所に出演依頼を受けるよう頼んだのであった。
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 12:56)
一方、アメリカでは・・・
間塚から中継を任されたデイヴィッド
デイヴィッドは、間塚の元で働いていた頃から、その感性は優れていた。
間塚が信頼をよせる男だった。
間塚は、全てを説明した。この中継が一番大切な放送になることも。
そして
「デイヴィッド・・・お前に全て任せる」と
早速、デイヴィッドは四人と打ち合わせを始めた。
「ヘイ、マコト、イキナリデ、ゴーメンナサイ」
「カメリハ、ヤルネ、オネガイ、ジュンビ」
「ヨーイ、スタート!」
「は、は、は・・・」
「はい、どーもない」
「ストーーーーップ!マコト」
「ジャパニーズ・ピーポウ、ミル、タクサン、マコト、ナマリ、ヨクナイ!」
「シンシア、マコト、タスケル」
「ワカッテルアルカ?」
デイヴィッドが言うには、マコトの「はい、どーもない」という“なまり”が、ふざけているように映るというのだ。
無理もない。マコトを良く知る者でさえ、「はぁ?」と、聞き返さなければ会話にならない「なまり言葉」のマコトなのだから。
デイヴィッドは、先に進めた。
「スミマセン、アイト・・・」
「アイト、ヤッテミル、ジュンビ」
「スタート!」
「日本の皆さん、こんばんは。芥河賞を受賞したアイトです」
「ストーーーーップ!アイト」
「シコッテル!」
デイヴィッドよ、お前もなまってるだろう!
そう、突っ込みを入れたかった。
間塚からの影響なのだろうか。デイヴィッドの片言日本語は、栃木弁バージョンであった。
「ハヅキ、プリーズ!」
「ハヅキ、カメリハ、ジュンビ」
「スタート!」
「・・・・」
ちょうど、15、6歳ぐらいの女子高生の表情を浮かべ、ただ、笑って立っている葉月。
「ストーップ!」
デイヴィッドは、先が思いやられた。
すると、モンが
「デイヴィッド、プリーズ、カメリハ、ミー」
「ミー・・・ ミー?」
「モン、OK! アナタ、ヤクワリ、アル、デイヴィッド、カンガエ」
デイヴィッドによる打ち合わせと、カメリハは当日まで続いたのだった。
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 20:58)
そして、特番・生放送の日がきた。
総合司会は、徳光和夫さんが。
ゲストには、柳沢慎吾さん、久保田利伸さん、クラリオン、そして間塚自身が出演した。
後で分かったことであるが、番組視聴率は驚異の50%を超えていた。
それだけ、ドラマの人気と、竜水の真実への関心の高さを裏付けるものだった。
徳光とテレ夜の社長は、昔からの親友であった。
「徳光くん、よろしく頼む」
「私の、最後の仕事だ。」
「社長・・・ 分かりました。間塚Pから全てを聞いています」
「私に任せてください」
二人は、本番前に固い握手を交わし、社長はスタジオの一番うしろに下がった。
そして、放送が始まった。
「それでは、本番10秒前、8、7、6、5・・・・」
スポットライトで、徳光だけが浮かび上がった。
「奥幡竜水」
「彼は、突然に音楽業界から姿を消しました」
「世間の噂では、事件に巻き込まれ、また、彼の曲は、実は別の誰かが作っていたのではないかと」
「様々な憶測が飛び交っているようです」
「私事になりますが、彼の歌は、私の人生にとって、なくてはならない存在でした」
「きっと、いま、この番組をご覧になっている方のなかにも、私と同じように彼の歌に救われてきた人が、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか」
「奥幡竜水の全てが、今日、語られます」
徳光から、ゲストが紹介され、そして番組は間塚のこの言葉から始まった。
間塚は、ゆっくりと語った。
「奥幡竜水」
「彼には、ゴーストライターがいました」
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 21:25)
間塚は、少しの間をとり、そして続けた。
「私は、間塚久司、テレ夜の社員です」
「あのドラマの脚本を書いたのは自分です」
「私には、人に自慢できる仲間達がいます」
「番組の最後には、その仲間達から、皆さまにお願い事があります」
「どうか、最後までお付き合いください」
最初の間塚の言葉を聞いて
竜水のファンは、おそらくは相当なショックを受けたことだろう。
なかには、興味本位に「やっぱりな!」と、世間のうわさを信じていた者もいたであろう。
それでも、間塚の真摯な態度で言った言葉に
誰もが、どんな理由があったんだと、視聴者は、テレビの前で釘づけになり、固唾をのんで番組を見守った。
間塚は、ガッツと竜水が養護施設で暮らしていたことから語りだした。
準備されていた再現VTRが映し出された。
路上で歌っているシーンでは、竜水のデビュー曲を歌う二人の様子が再現された。
竜水をスカウトした兵藤が、養護施設に対して嫌がらせが始まった頃には、
それを見た誰もが、大方の予想をし始めた。
「もしかしたらガッツが・・・」
竜水にデビューを勧め、そしてゴーストライターになることを選んだシーンが映し出された時には、もうすでに徳光さんは、目頭を押さえていた。
間塚の話と、VTRは続いた。
ガッツが、町工場に勤め、毎晩のように竜水の曲を聞いていたシーンでは
自分が演じていたにもかかわらず、柳沢、久保田も涙していた。
ガッツと竜水が刺された事件のことだけは、再現Ⅴは用意されなかった。
その部分は、間塚がうまく語った。
実は、間塚が北海道に竜水を見舞った時に聞いていたのだが、
竜水は、何度も何度も兵藤に対して、自分は曲を作っていない!と、世間に公表させてほしいと頼んでいたのだった。
しかし、兵藤は決してそれをさせなかった。
ガッツが、どうなっても知らんぞ!と、脅して。
番組も進み、もうその頃には、見ていた者の全てが、竜水とガッツを責める気持ちはなくなっていた。
竜水のいちファンでもあった徳光は、司会でありながら号泣して
うまく台本が読めない始末に。
だが、ドラマの続編を期待していた者のなかには、
「なんだぁ、これならドラマの続編で見たかったわね」
と、人は、身勝手な生き物だ。
真実が分かったからこその、「続編でやってくれれば良かったのに」
そう思い始めていた。
番組も後半にさしかかると、司会の徳光は、
「奥幡竜水の『いちファン』として、意見を言わせていただきたい」
「私は、ガッツさんが竜水のために作った曲を、もっと聴きたいと思います」
「今、こうして真実が間塚さんから語られ、悲しい運命の中、曲を作り続けたガッツさん、その曲を歌い続けた竜水」
「二人の曲が・・・」
「この二人であったからこそ、私は、私の人生は、二人の曲に支えられてきました」
「そして、この先も、二人の曲を必要としています」
「どうか、お願いです。戻ってきてください」
涙ながらに、訴えた。
実は、この時の徳光のコメントは台本になかったのだった。
としちゃん (木曜日, 15 10月 2015 21:31)
込み上げてきた熱い思いにつられ、つい台本から外れてしまった徳光
そして、我に返った徳光は、台本の最後のページに目をやり
「え~、最後に間塚さん、なにか、お願い事があるようなのですが・・・」
いよいよ、アメリカと中継がつながる時がきた。
さぁ、頑張れ、マコト・アイト・葉月・そしてモン
としちゃん (金曜日, 16 10月 2015 21:53)
間塚は、ゆっくり噛みしめながら説明した。
高木誠二を手伝うために渡米したマコト
そのマコトが知り合ったシンシアという娘が、血液を求めていること
その血液型が、100万人に一人というものであること
ガッツが、その血液型であること
この放送が、ガッツに届くことを信じていること
そして、ガッツの居場所を知る人がいるならば、仲間達が待っていると伝えてほしいと
(さすがに、マコトは金髪の彼女を探しに、さらに、葉月はマコトを追いかけて渡米したことは語られなかった。)
間塚が、最後に仲間達が待っていることをガッツに向けて呼びかけた時だった。
タイムキーパーから、残り10秒のサインが間塚へ
10秒は、まずいと、間塚は急いで
「アメリカにいる仲間達を紹介します」と
もちろんデイヴィッドにも、同じタイムキープが
機転をきかせたデイヴィッドは、やむを得ず
「カメラ、ランプ、ツク、ワラウ、ガンバレ」と
日本と中継がつながった。
さらに機転をきかせたアイトは
「ガッツ、待ってるぞ!」と、シコって言った。
マコトも、「は、は、はいどーもない」と
葉月は、笑顔で「ガッツ~」と手をふった。
・・・・
モンの姿は、なかった。
店の奥でセーラー服を着た女の子が、テレビカメラの方に振り向こうとした
その瞬間に中継は終わった。
デイヴィッドと、幾度もやったカメリハは
何も役に立たずに、わずか10秒の中継で全てが終わった。
苦笑いの間塚であったが、
放送が全て終わったと、安堵の大きなため息をついた。
だが、実は、放送は終わっていなかったのだ。
としちゃん (土曜日, 17 10月 2015 08:32)
画面は、テレ夜のスタジオに戻った。
そして、
「放送をご覧いただいた皆さん、ごめんなさい」
「2分間だけ、私にください」
「いや、私にではなく、テレ夜のスタッフ全員に」
そういって、徳光のアップが映し出された。
「ご覧いただいた皆さん、一時間の番組、一度もCMがなかったこと、もうお気づきだと思いますが・・・」
そう言って、社長が仲間のために、そしてシンシアを助けたいがために、進退をかけ、この番組を放送したことを語ったのだ。
そして、カンペを持った10人のテレ夜社員が映し出された。
そのカンペには、
「提供」
10社の企業名が、それぞれに書かれていた。
そうである。
社長を辞任させたくないと思った徳光が、テレ夜社員とスポンサーを集めていたのだった。
10社のスポンサーは、CMが流れなくても構わない!
社長のためなら・・・と
スポンサー料を快く出してくれたのだった。
徳光は、最後に社長をスタジオの中央へ招いた。
社長は、涙をふきながら
「徳光さん・・・」深々と頭をさげ
最後に、精一杯にこう語った。
「私は、幸せ者です」
「それは、私の人生にガッツくん、竜水くんの歌があったからです」
「どうか、ガッツくんに仲間の思いが伝わりますように、どうか・・・」
「私は、素晴らしいスタッフに恵まれて・・・」
社長は、それ以上、涙で言葉がでなかった。
放送は、全て終わった。
としちゃん (土曜日, 17 10月 2015 18:15)
「ねぇ、葉月」
「なぁに、モン」
二人は、成田行きの飛行機に乗っていた。
「よかったね、シンシア」
「無事に手術終わって」
「ホントそうね」
「でもさ、マコト・・・ちょっと可愛そうな気もしたけど」
「大丈夫よ、マコトなら」
二人は、そんな会話をして、「一休みしよっか」と、眠りについた。
間塚の呼びかけは、残念ながらガッツと竜水には届かなかった。
なぜ、二人は現れなかったのか・・・
それは、誰にも分からない。
何処にいるのか、何をしているのか
もしかしたら・・・そんな噂も
そして・・・仲間達がガッツの話をすることは、なくなった。
ガッツと竜水は現れなかったが、
放送後に「自分はシンシアと同じ血液型かもしれない」という二人からテレ夜に連絡があり、その二人が渡米して、シンシアを救ってくれたのだった。
シンシアには、しっかり彼氏がいて、
アンジェリーナは、このことをきっかけに元旦那とのよりが戻ったのだった。
マコトは・・・
シンシアとアンジェリーナが幸せになれたことを心から祝福した。
「High Doughmonai」は、アンジェリーナとよりを戻した旦那の手によってしっかり守られることになった。
マコトは、やっと肩の荷がおりたとアイトと帰国しようと考えていた。
そんな時だった。
「マコトか? ニューヨークにもウナギ専門店を出したいんだ、頼むな!」
と、高木誠二からの連絡がきたのだった。
マコトとアイトは、
「・・・・」
「しゃぁねか、行くかニューヨークに」
それから二か月後、ニューヨークにウナギ専門店がオープンした。
その店の看板には・・・
『AITO ☆ MAKOTO』と書かれてあった。
仲間
~アイト・マコト編~
完
ビク (土曜日, 17 10月 2015 21:25)
「お~、そうなのか」
「・・・・って、ま、まじか!」
「どうかされましたか? 間塚副社長」
その問いかけに間塚は
「いや、私の仲間がな・・・」
そんなやりとりで、いま
仲間 ~完結編~ の幕が切って落とされた。
ビク (土曜日, 17 10月 2015 21:28)
それは、週に一度の間塚副社長の出社を迎えに来た車中での会話だった。
車に乗り込んだ間塚は、鞄から一通の手紙を取り出し、そして封を切り
「あいつからの手紙・・・久しぶりじゃないか。」と、車の後部座席で、ゆっくりと読み始めた。
「お~、そうなのか」
「・・・・って、ま、まじか!」
「どうかされましたか? 間塚副社長」と、助手席の秘書が問いかけると
「いや、私の仲間がな、結婚することになってな」
「60歳にもなって、いまさら結婚式やるのか!と思うのだが・・・」
「そうでしたかぁ、間塚副社長のご友人が」
「それは、おめでとうございます」
「そうだなぁ、めでたいことなんだよなぁ」
「めでたいことなんだがなぁ・・・」
そう言って、間塚は車窓に目をやり、何かに思いをはせている様子だった。
しばらくして、助手席の秘書が
「間塚副社長、おかけしてもよろしいですか?」と
間塚は「あぁ、頼む」
スピーカーから聴こえてきたのは、竜水のデビュー曲だった。
それは、間塚が出社する時の、ルーティンになっていた。
間塚は、深く目を閉じて、竜水の曲を聴いていた。
テレ夜本社、六本木ヒルズが見えてくると
「間塚副社長、本日のスケジュールでございますが・・・」
と、秘書の説明に、この日の間塚は、うわの空で聞いていたのだった。
次の交差点を曲がると、六本木ヒルズに着くところまできた時に間塚は
「なぁ、森下君・・・」
「お母さんは、元気にしているかね?」
と、秘書に話しかけた。
副社長の突然の質問に森下は
「あ、母は元気にしています。」
「そっかぁ、君の母親、呼び捨てにしてすまんが、文子は高校時代にテニス部でな、みんなの注目の的だったんだ」
「懐かしいなぁ・・・」
何故に、急に高校時代のことを言い出した間塚だったのか
そんなやりとりも束の間
「間塚副社長、到着しました」
そう言って、森下は車を先に降り、間塚のドアを
「お母さんに、間塚がよろしく!と、伝えておいてくれ。」
間塚は、そう言って副社長室に向かったのだった。
ビク (土曜日, 17 10月 2015 21:31)
副社長室
自席についた間塚は、一息ついてから、一本の電話をかけた。
「真子か?」
「どうしました、あなた」
「朝、君から渡された手紙・・・あれ、結婚式への招待だったよ」
「そうでしたかぁ、それはおめでたいことじゃないですかぁ」
「それでな真子・・・」
「忙しく働いてきて、真子とは旅行にも行けなかったし」
「どうだ、自分たちの新婚旅行を兼ねて、一緒に行ってくれないか?」
「この歳になって、新婚という言い方もなんだけど・・・」
「わかりました、あなた」
「あなたとなら、何処にでもご一緒いたします」
「あなた・・・私たちはずっと新婚ですよ」
「ずっと変わらない気持ちで」
「そっか、ありがとうな 真子」
「それで、どちらへ?」
「フランスだよ」
「わかりました、あなた」
ビク (土曜日, 17 10月 2015 21:49)
「ただいまぁ、ラビ丸」
「おりこうさんにしていた?」
「はい御飯よ」
そう言って、葉月は、今日届いた手紙を読み始めた。
「久しぶりだわぁ、元気にしていたのかな」
その時の葉月は、あの時の間塚と同じリアクションをみせた。
「へ~、そうなのかぁ」
「おめでとう」
「・・・・って、ま、まじか!」
「うひょう~、みんなどうするんだろう、行くのかな、フランスに」
「ラビ丸、どうしよう・・・」
「あなたを連れてはいけないし」
「困ったなぁ」
葉月は、早速、仲間に相談した。
「梅子ぉ」
「葉月? 私も電話しようと思っていたところ」
「もしかして、フランス行きのこと?」
「そう・・・」
「驚いたけど、でも良かったよね、あの二人」
「そうよね。 ねぇ、葉月・・・ 行こうよ!フランス」
「いまね、アイトさんと、そう話していたところなのよ」
「ちょっと待って、いまアイトさんと代わるわね」
「あなた、葉月よ、電話代わって」
「もしもし、アイトです」
60歳になっても、相変わらずシコっているアイトであった。
「聞いたよ。めでたいことだ。どうかね、皆で一緒に行こうじゃないか、
うん?どうかね、葉月君」
「僕と梅子も、歳をとってからの結婚だったし、新婚旅行気分で行こうかと、いま、話していたとこなんだよ」
「清軍は、少しお休みにするよ。葉月君も、ずっと仕事に追われてきたんだし、休養を兼ねてさ」
「こんな機会でもなきゃ、行けんだろう、フランスなど」
「・・・う、うん
・・・考えてみるね」
ビク (土曜日, 17 10月 2015 21:58)
「クラリオンさん、ちょっと難しいです、やっぱり」
「そっかぁ、でも、なんとかならないかなぁ」
「ごめんねぇ、調整するのが、大変なのは、分かっているのよ」
「でもねぇ・・・」
「私が、こうして女優を続けてこれたのも、この仲間達がいてくれたからなの」
「なんとかならないかなぁ スケジュール」
クラリオンのマネージャーは困った。
それは、普段、どんなきついスケジュールであっても、文句ひとつ言わず、黙ってこなしてくれていたクラリオンが
今回に限っては、どうしてもフランスに行きたいと
マネージャーも、もう一度調整してみますと、返事をせざるを得なかった。
「もしかしたら、あの人に・・・」
「逢えるといいなぁ、逢いたい」と、クラリオンは優しい笑みを浮かべて手紙を鞄にしまった。
ビク (土曜日, 17 10月 2015 22:15)
ジャズ喫茶
店の営業も終わり、一人片付けをしながら慶一はつぶやいた。
「アイトと梅子もくるのかなぁ」
渋谷慶一と梅子は、あの同窓会で、よりが戻ったと思われていたのだが、結局のところは、それぞれの道を歩んでいくことを選んだのだった。
それは、決して喧嘩をしてということでもなく、ずっと連絡を取り合ういい仲間として、これまで付き合ってきていた。
だから、梅子から、アイトと結婚すると聞かされたときにも、二人の幸せを心から願った慶一であった。
千里も、日本での生活を選び、研二と仲よく暮らしていた。
慶一は、国際電話で千里と久しぶりに話した。
「千里、何か聞いているか?お母さんから」
「なにを?」
「フランスに行くとか、行かないとかって」
「聞いてる。聞いてる。アイトさんと行くって言ってたよ」
「って、なんで? 直接聞きなさいよ、もう、お父さんったら」
「聞き辛いことは、みんな私に聞いてくるんだから」
そう言って、受話器の向こうで笑う千里
「お父さんとお母さんたちって、ホント不思議よね。お互いが好きだと分かっているくせに、それぞれの道を歩いてきてさ」
「ホント、不思議。アイトさんと結婚する時だって、男の友情みたいな感じで、固い握手したりして・・・」
「今でも好きなくせにさ!」
「おいおい、そう茶化すなよ、千里」
「そっか、お父さんもフランスに行こうかと思ってさ」
「ま、千里の声が聞きたかったんだよ」
「そっか」
そう言って、二人で笑ったのだった。
としちゃん (日曜日, 18 10月 2015 19:29)
多くの者にフランスから届いた『手紙』
その手紙によって、再び仲間達が集まろうとしていた。
間違いなくしていたのだ、この時は。
日本にいる仲間達が、フランス行きを考えていた頃・・・
「なぁ、ガッツ」
「明日は、お前の誕生日だな」
「俺の?」
「ふーん、そうだったっけ?」
「おいおい、ボケたのかよ~」
「自分の誕生日ぐらい覚えておけよー」
そう言って竜水は笑った。
「なんか、最近、物忘れが激しくてな」
その時のガッツの顔に、笑みはなかった。
翌日になり
「おめでとう。ガッツ」
「ガッツも、いよいよ還暦ってやつだな」
すると、ガッツは
「え? おめでとうって?」
「おいおい、ガッツ」
「昨日、明日はお前の誕生日だって、話したばかりだろうよ」
「なに、ふざけてるんだよ」
「あっ、さては、いよいよ60代になったこと、嫌なのか?」
「ふーん、そうだったっけ?」
「昨日、そんな話をしたんだっけ・・・」
その時の竜水は
「ガッツ、少し疲れているのかな?」
と、そんな思いで、ぼーっとしているガッツをみていた。
としちゃん (日曜日, 18 10月 2015 19:39)
「なぁ、ガッツ」
「そう言えば、完成したのか?」
「よかったら、聞かせてくれよ」
「本当なら、今日はガッツの誕生日なんだし、俺がガッツに曲を贈れるといいんだけど・・・」
「何年経っても、お前のような曲は作れないしな」
と、竜水は笑った。
「曲? あっ・・・・ か、完成したよ」
「でも・・・」
「今、聴きたいのか?」
「もったいぶるなよ!ガッツ」
その時のガッツは、少しちゅうちょしたが、
「わかった」と
普通であれば、ガッツが新しい曲を初めて竜水に聴かせるときは、
嬉しそうに「この曲は、誰を想って書いたんだ! こんな思いで書いたんだ!」と、曲の説明をしてから「じゃぁ、行くぞ!」と、歌いだすガッツ
だが、この時のガッツは、いつもとは違って
そっとギターを持ち、目をとじたまま歌いだした。
♪ 次の季節が来たから ここで離れ離れだね
ずっと一緒にいたいけれど それぞれのみちを歩む
いつもと同じ帰り道 無理に普通のふりして
でも別れ際 交差点で「じゃあな」と言い出せなくて
泣いたり笑ったり いろんな時をすごしたね
ありがとう ありがとう 最後に今伝えたい
今、君を 今の君を いつまでも忘れないから
泣かないで笑ってよ 一番の笑顔見せてよ
新しい日々の中で 君は忘れていくかな
でも少しくらい覚えていてほしい 一緒に過ごしたときを ♪
曲が終わった時には、竜水は下をむいたままで動こうとはしなかった。
曲の素晴らしさに感動してなのか
あるいは・・・
竜水の目には涙があふれていた。
すると
「暗いかなぁ」と、久しぶりにガッツが笑ってみせた。
「なぁ、ガッツ・・・」
「ガッツが、別れの曲を何曲も作ってきたのは、俺が一番知ってる」
「俺が、歌ってきたんだから」
「それでも、この曲は、今までの曲とは、まったく違う」
「説明してくれよ、いつものように笑って」
「誰に贈るための曲なんだよ?」
その時のガッツの言葉は、竜水が予想もしていない返事だった。
「誰を想って?」
「・・・・分からないんだ。覚えていないんだよ」
「おい!ガッツ」
「ちゃんと答えろよ!」
「お前が、人を感動させる曲を作ったときは、必ず誰かを想って作ってきた」
「お前は、そういう奴だ、ずっとお前と一緒にいた俺が一番知っている」
「今の曲だって・・・」
「おい!ガッツ」
「ちゃんと答えろよ!」
「・・・・分からないんだ。」
次の瞬間、竜水のこぶしが、ガッツの左のほほに
そして
「いい加減なこと言いやがって!」
「俺と一緒に暮らすことに疲れたのなら、曲じゃなく、はっきりそう言えよ!」
そう言って、竜水は部屋を飛び出してしまった。
としちゃん (月曜日, 19 10月 2015 20:05)
部屋を飛び出した竜水は、ホーチミン市の街中を
ただあてもなく歩き続けていた。
「ガッツのやつ、あいつ、なんか最近おかしいと思ってたけど・・・」
「ときどき、ぼーっとしてたり・・・」
「曲を聞いて、分かったよ」
「・・・・」
「なんで、変わっちまったんだよ・・・ガッツ」
竜水は、歩くことをやめずに、
これまでの二人の事を思い出していた。
ガッツと竜水は、北海道の病院でのリハビリを終えたあと、
少しの間、北海道粕雄郡粕雄村大字粕雄字下粕雄の山中に暮らしていたのだった。
山での生活は、二人の体の傷を癒すには最高の場所だった。
猿、イノシシとの陣地争いはあったが、それなりに先住の動物達ともうまく暮らしていた。自給自足の生活で
世間の騒がしさから解放され、山での二人の生活は、至極楽しいものだった。
畑仕事を終えると、必ず、ガッツのギターで歌った。
もちろん、毎晩その歌を楽しみにしているお客様だっていたのだ。
猿、イノシシ・・・
二人にとっては、とても大切なお客様だった。
粕雄村での生活も半年ぐらい経っていたであろうか
世間も竜水のことを騒がなくなってきたころだった。
ガッツが
「なぁ、竜水」
「あのな・・・」
何か言い辛そうなガッツだったが
「どうした、ガッツ?」
「あのな、竜水、ここの暮らしなんだけどな・・・」
「春になって、ちょっと・・・」
「どうしたぁ、ガッツ」
「これから、野菜とか、種まきのシーズンになったんだぞ!」
「そ、そうなんだけど・・・」
「あれ!」
ガッツが、そう言って指さした先をみると
ヘビがとぐろを巻いて、気持ちよさそうに日向ぼっこしていた。
「・・・あ、そう言えばガッツ」
「お前、ヘビが何よりの苦手だったよな」
「あぁ、ヘビと慣れない女の人と話すのは・・・ちょっと苦手かも」
竜水は、「分かった、分かった」と、大笑いしてガッツを優しく見つめていた。
としちゃん (月曜日, 19 10月 2015 20:32)
竜水は、自分のマンションを処分して、わずかではあったが蓄えがあった。
そのお金で
「なぁ、ガッツ・・・」
「どこか、俺たちの知らない国に旅をしようか」と
「旅?」
「楽しそうだなぁ」
「・・・でも、長い旅になるのか?」
「だとしたら、毎日遊んでいるのは嫌だなぁ」
「なんでもいいんだ。仕事は出来るのか?その国で」
「あぁ、ガッツなら、そういう事を言うと思ったよ」
「旅に出て、たくさんの人から、いろんなこと学んでさ」
「いろんな仕事もしてさ」
「あ、ガッツ、そしたら、またいい曲が作れるかもな」
そう言って笑い
二人で、とぐろを巻いて気持ちよさそうに眠るヘビを眺めた。
いや、ガッツは・・・見ているふりをした。
竜水は、
「さて、どこがいいかな。」
「田舎がいいよなぁ」
「田舎? ヘビがいないなら、どこでもいいよ」
と、ガッツは、「竜水、早く!早くなんとかしてくれよ!」と、目で合図を送っていた。
竜水は、いたずらな顔をして
「え? 今日から家族にするんじゃないのか?ヘビちゃん!」
「おーーーーーい 竜水!」
「あいつ・・・何よりヘビが苦手だったよな」
と、竜水は、あの頃のガッツとの思い出を一つ一つたどっていた。
熱くなった目頭を押さえながら、さらに歩き続けた。
ビク (月曜日, 19 10月 2015 22:55)
二人の旅が始まった。
竜水は、最初の国に、タイを選んだ。
タイに向かう飛行機の中で
「なぁ、竜水・・・」
「俺、仲間達とアメリカでの同窓会に参加したとき、初めて飛行機ってやつに乗ったんだけどさ」
「あ、あの時が最初で、今回が二回目なのか」
「そう。でさ、なんでこんな重たい物体が空を飛べるんだよ?」
「俺は、この機械ってやつが、どうも信用できなくてな」
竜水は、笑うしかなかった。
心の中で「相変わらず、昭和な男だな」と
それと、ガッツは竜水にどうしても聞いておきたいことがあった。
「なぁ、竜水・・・」
「どして、タイを選んだんだい?」
竜水は、「おっとぉ、やっぱり聞きたいかぁ」と
この時の竜水は、つまらないジョークでごまかした。
「一度、行きタイ! な~んてね」と
竜水がタイを選んだ本当の理由が
「ガッツが行っても、現地人と違和感がないと思ったから」
と、さすがに、それは言えなかったのだった。
単純なガッツは、
「なるほど」と、納得したのだから、ガッツ自身も
結局のところは、竜水が選んだのだからと、たいして気にしていなかったのだった。
歩きながら竜水は、「ガッツは、俺の言葉を何でも素直に聞いてくれたよな」
「もう、あの時から8年も経つんだなぁ」
と、ガッツが自分のために作ってくれた曲を歌いながら歩いていた。
♪ 動き出した最後の時間
君に伝えたい言葉
涙 邪魔して空を見上げたら
春の音 聞こえた
道、君と歩いた今日まで
かすかに動くくちびる
特別な時間をありがとう
心、勇気、友、笑顔
嬉しすぎて溢れ出した涙がとまらない ♪
歌詞のとおり、その時の竜水の涙は、とまることはなかった。
ビク (火曜日, 20 10月 2015 12:34)
タイでの滞在は、長くは続かなかった。
それは、仕事を探すことが出来なかったからだ。
やむを得ず二人は、お隣の国、カンボジアに行ったのである。
「そう、タイの次はカンボジアに行ったんだよなぁ」
と、竜水は、タイでの出来事を思い出していた。歩き続けながら。
二人は、その国のたくさんの人に支えられながら暮らしていた。
カンボジアには、日本語を学びたいという子どもたちがたくさんいた。
二人は、日本でいうところの小学校で、日本語を教える仕事についた。
わずかな報酬で。その頃の二人は、食べるだけで精一杯であった。
でも、とても幸せを感じていた。二人とも
竜水は、あたかも元教師であったかのように、子どもたちにしっかり日本語を教えた。
しかし問題は、ガッツであった。
竜水は、時々思うことがあった。
「ガッツって、進学高校に合格したんだよなぁ・・・」
「よく、あの高校に入れたよなぁ」
「まぁ、クラスで唯一就職したのもうなずけるけど…」
と、親友の竜水にも“ダメだし”されるほどの『バカ』であった。曲を作ること以外では。
さらに、竜水の心配は、ガッツの学力ではなく、違うところでの心配が現実のものになってしまう。
それは・・・
言わずとも知れた、そう、なまりが邪魔をしたのである。
「そりゃ、ちがかっぺ!」
「?????」
竜水は、このままではまずい、クビになる!と思い
「なぁ、ガッツ・・・」
「お前は、子どもたちに何かスポーツ教えてあげなよ」と
その時のガッツは、水を得た魚のようであった。
「よっしゃ!」と
早速、ガッツの体育の授業が始まった。
やはり・・・野球だった。
「そうだ! こうして、バァーっと腰まわして、ダァーって振って、ガァーって走って、オリャーって投げて・・・」
「ほっら、そこーーー! 根性だ!根性!立て~~」
「・・・・・ガッツよ、それって・・・野球の技術は伝わっているのかよ?
それに・・・その教え方は…昭和だよ」
と、竜水もあきれるしかなかったが、それでもカンボジアの子どもたちは、ガッツの熱意にひかれていった。
子どもたちは、「ガッツー ガッツー」と、竜水がやきもちをやくほど、子どもたちに慕われた。
としちゃん (火曜日, 20 10月 2015 17:53)
何とか、ガッツのクビはつながっていた。
あるとき
下校の時間になり、子どもたちは皆、帰り始めていたが
一人の女の子がガッツに近寄ってきて
「ガッツー、ウタ、ウマイカ?」と、尋ねてきた。
「オ、オー、ウマイゾ、ガッツ、ウタ」
「ウタッテ、ニホン、ノ、ウタ」
そのお願いにガッツは、その女の子と一緒に道端に座り
そしてアカペラで歌い始めた。
今になって思えば、「何故?なんでその曲?」と言いたいところだが
ガッツは、
♪ オサケワ ヌルメノ カンガイイ
サカナワ アブッタ イカデイイ ♪
きっと、日本の歌をと言われ、その時のガッツはとっさに「演歌だ」と、思ったのであろう。
そう言わざるを得ない。うん。それしかない。
女の子は、涙を流していた。
それは、決して歌詞を理解したからではなく、ガッツが優しく歌ってくれたことに。
もともと、ヘビと慣れない女の人に話しかけることが苦手なガッツ
それは、小学生まで年齢が下がっても「女の人」として同じであった。
決して、男女で差別しているのではない。
ガッツは、女の子には積極的には話しかけられないのだ。
その女の子は、目立たない存在で、ガッツともほとんど会話をしたことがなかった「サラ」である。
「ワタシ、サラ」
「ガッツー、ワタシ、オボエタイ、ウタ、タクサン」
サラは、決して裕福な家庭の子ではないことは、サラの身なりと、やせ細った体型をみれば、容易に想像がついた。
ガッツは「ワカッタ サラ タクサン ウタ オシエル」
と、サラと握手で約束を交わしたのであった。
それがきっかけでガッツは、音楽の授業を時々手伝うことになった。
「あの時のガッツ、本当に楽しそうだったよなぁ」
と、竜水も何故だか
♪ オサケワ ヌルメノ カンガイイ ♪
と、歌いながら歩いていた。歌えば歌うほど涙があふれてくる竜水だった。
としちゃん (火曜日, 20 10月 2015 18:16)
ガッツは、翌日からギターをひいて音楽の授業を手伝った。
その時の竜水は、『日本の童謡』を教えることをガッツに勧めたのだが、ガッツは
♪ 思い込んだら 試練の道を 行くが男の ど根性
真っ赤に燃える 王者のしるし・・・ ♪
「言っても無理か、ガッツには」と、苦笑いの竜水
勉強熱心な子どもの中には、ガッツにではなく
「リュウスイ、コンダラ、ッテ、ナンダ?」
と、尋ねてくる子どももいた。
「コンダラ?」
子どもたちには、
♪ 重いコンダラ ♪
そう思ったようだった。
カンボジアの教師たちは、
「どうして、あんなに子どもたちが一所懸命になるのか」
と、不思議がるほど、子どもたちはガッツの授業に無我夢中になっていた。
ただ、それを正しいとは思っていない教師も多かった。
それは、ガッツの教えは
「イインダ テキトウデ カシ テキトウ キモチ キモチ」
「オンテイ? イインダ キモチ キモチ」
と、できるまでの歌唱力で、背伸びせずに無理せず歌うこと
それが、ガッツの教え方だったからだ。
おそらくは、それは教育にはなっていない!と、カンボジアの教師たちは思っていたのであろう。
としちゃん (火曜日, 20 10月 2015 18:27)
ガッツのなまりは直らず、子どもたちも正しい日本語を覚えられずにいた。
それと、ろくなことを教えていない!
と、竜水は、学校からガッツをなんとかするよう注意を受けていたのだった。
「なぁ、ガッツ・・・」
「今日も、学校から言われたぞ!」
「お前、日本の礼儀だと言って、子どもたちに“にぎりっぺ”を教えたらしいな」
「まずかったかな、竜水・・・」
「すまない。あくまで、仲間どうしでの親愛のしるしだと・・・」
「ゴメン、竜水、これからは気を付けるよ」
その時の竜水は、ガッツを怒っていた訳ではなく、
「まぁ、それがガッツだからなぁ」と、
でも、あきらめでもなく、いつまでもガッツらしさを失ってほしくないと、そう願っていた。
その時の竜水は。
「でも、あの時に・・・」
「あの時に、俺がガッツを止めていたら、あんなことにならなかったのに」
と、竜水は歩きながら、次の出来事を思い出していた。
サラは、下校の時間になると「ガッツー」と近寄ってきて
帰りの道端に二人で座って、いつもガッツと二人で歌っていた。
とても素直なサラ、サラはガッツが大好きだった。
そのサラが、ある日を境に、突然、学校に来なくなってしまった。
カンボジアの学校では、日本のように学校に通うことを義務としていなかったため、子どもの家庭の事情により、登校してこなくなる子どもも、たくさんいた。
「なぁ、竜水・・・」
「うん? どうしたガッツ」
「あのな、サラのことなんだけど・・・」
「ガッツ、この国では仕方ないことなんだよ。サラの家も、きっといろんな事情があるんだろうよ」
「ここで、無理に登校するように言う訳にもいかないと思うぞ、ガッツ」
だが、そんな竜水の言葉は、ガッツには届いていなかった。
ガッツは、サラが登校してくるのを、ずっと待ち続けていた。
そんなある日、サラの弟と妹は、変わらずに登校していることをガッツは知ったのである。
「なんで、サラだけが・・・」
ビク (火曜日, 20 10月 2015 23:01)
カンボジアの田舎では、男女を問わず子どもたちが上半身裸で暮らすのが普通である。
すぐに汚してしまうからという理由や、貧しくて多くの服を買えないといった理由からなのだが、親も娘が上半身裸で歩いても気にもしないのだ。
ガッツたちが暮らしていた農村地域では、多くの家庭が大家族で生活している。
大人数の家族がひとつの屋根の下
幼い男の子たちでも、新婚夫婦の夜の動きをしっかり観察していて、興味津々になる。
そして「いつかは同じことを試してみよう」と考える男の子が、より幼い女の子をレイプする事件も多発しているのだ。
サラの住んでいた村には、サラが「お兄ちゃん」と慕う5歳上の男の子がいた。
その男の子が・・・
・・・サラは、抵抗できなかった。
サラは、そのことが原因で学校に行けなくなってしまったのだった。
サラの小さな心は、深く傷ついていた。
「私は・・・大好きなガッツには、もう会えない」と
サラの母親は、サラに学校に行くよう説得していたのだが、
結局は、急に行かなくなった理由も分からずままに、サラの
「学校には行かない!」を、受け入れるしかなかったのである。
「なぁ、竜水・・・」
「俺、明日、サラの家に行ってみようと思う」
「ガッツ、やめとけよ。言っただろう、いろんな事情があるんだからと」
「でも、サラの弟と妹は学校に来ているんだ!」
「サラだけが来ないのは、何か理由があるはずなんだ」
「俺は、サラに学校に来て、友達と楽しく勉強してほしんだよ」
竜水は、歩きながら
「あの時に、俺がもっと強く止めていれば、あんなことにはならなかったのに・・・」
「ゴメン、ガッツ」
と、自分を責める気持ちで、たえきれずに
「おーーーーーーーーー」と
大きな声を出した竜水だった。
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 00:52)
翌日
ガッツは、竜水の「行くな」の言葉を聞き入れずに
学校が終わったあとにサラの家を一人で訪ねた。
「ここかなぁ、サラの家は」
と、ガッツが唯一覚えたカンボジア語の「こんにちは」を
「チョムリアップ・スオ」と、ぎこちなく言った。
すると、家の中からサラのお母さんらしき女性がでてきた。
おそらくは、「どちら様ですか」と聞かれたのであろう。
「ガッツです。学校、先生、サラ、アイタイ」と
その時だった。
サラが家の奥から、血相をかえて走り寄ってきて
母親を家の中に引きよせ、戸をしめてしまったのだ。
ガッツは、家の外で「サラ サラ サラ―・・・」と、名前を呼び続けた。
家の中で、泣きじゃくるサラを見た母親は、一瞬にしてサラが学校に行かない原因を勝手な解釈で決め込んでしまった。
「サラが急に学校に行かなくなったのは、この先生が、原因だ」と
ガッツは、家の外でサラが出てきてくれるのを待ったが、サラがガッツに顔を見せることはなかった。
サラは、家の中で泣き続けていた。
「ガッツ、ウタイタイ、イッショ二」と
それでも、サラは母親に真実を話せなかったのだった。
翌日、サラの母親が学校に来て、
「ガッツが娘にちょっかいをだしたのが原因で、娘が学校に行きたくないと言っている。ガッツを辞めさせてくれ!」と
竜水が
「ガッツ・・・」
「校長が、お前を呼んでいるよ」
竜水は、校長からガッツには辞めてもらうと聞かされていた。
校長は、一言だけガッツに伝えた。
「ガッツ、ヤメレバ、サラ、ガッコウ、コレル」と
ガッツが戻ってきた。
その時の竜水は、ガッツを信じていた。
だから、校長にもちゃんと真実を話せば、先生も続けられるものと思っていた。
しかしガッツの口からは
「竜水、ゴメン」
「先生、続けられなくなっちゃったよ」と
竜水は、ガッツの思いを黙って受け入れた。
「お前が決めたのなら・・・ それでいいんだよな、ガッツ」と
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 00:55)
その日のガッツの授業は、全て別の授業に変えられた。
子どもたちは
「ガッツ コナイノカ ウタイタイ ガッツト」
と、カンボジアの先生に
すると、その時の先生は
「ウルサイ! ガッツ ガッコウ ヤメタ」と
子どもたちは、騒ぎ出した。泣き出す子もいた。
竜水を見つけた子どもたちは、
「リュウスイ ガッツ ドコニイル」と聞いてきた。
竜水は、答えられなく黙っていた。
すると、一人の男の子が、
校門を出ようとするガッツを見つけた。
「ガッツーーーー!」と
校舎から、ほとんどの子どもたちが出てきてガッツに駆け寄った。
「ガッツー ヤメナイ」
「ヤメナイ ガッツー ガッツー」と
ガッツは、涙を必死にこらえ
「シゴト ミツケタ センセイ ヤメル バイバイ」
と、子どもたちに、たった一度だけ嘘をついた。
ガッツは、子どもたちの呼びかけに、決して振り向かずに歩いた。
振り向けなかったのだ。涙で
竜水は、一瞬立ち止まり、こうつぶやいた。
「なぁ、ガッツ・・・」
「俺な、実はな、次の日から登校してきたサラに打ち明けられたんだよ」
「サラの身に起きた悲しい出来事のことを」
「サラは、泣きながら、ガッツに逢って謝りたいって」
「俺は、そのことを、ずっと黙っていたんだ」
「そのことをお前には話せなかったんだ」
「だって、次の日からサラが登校してきたとお前に話した時の
あの時のお前の嬉しそうな顔が・・・」
「あの時のお前の顔は、忘れられないよ」
「俺は、そんなお前が大好きなんだ」
「ガッツ・・・」
「俺は、お前に、ずっとサラのことは黙っていようと思う」
「ごめんな、ガッツ」
竜水は、星空を見上げて
「サラ、それにあの子たち、元気にしているんだろうな」と
そしてまた竜水は、歩き続けた。
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 12:45)
ガッツが学校を辞めてから半月が経った。
竜水が学校から帰ってくると、毎日必ず
「サラも、ほかの子どもたちも元気だったか?」
と、その日の学校の様子を竜水から聞くのがガッツの唯一の楽しみだった。
ガッツの次の仕事は、見つからなかった。
村は、ガッツを受け入れなくなってしまったのだった。
竜水は、そんなガッツを見ているのが辛かった。
そして、間もなくして竜水も学校での教師生活に別れを告げた。
「なぁ、ガッツ・・・」
「また、旅にでよう」と
その時のガッツは、少しの時間考えたが、黙ってうなずいた。
そして竜水に向かって
「ありがとう、竜水」
「俺、この地で暮らせて良かった」
「子どもたちと出会えて良かった」と
竜水は、ガッツの優しさに耐えきれず、涙で
「ガッツ、俺もだよ」と
歩き続けていた竜水は
「なぁ、ガッツ・・・」
「お前は、自分を犠牲にしてまでサラを守ったんだよな。理由も聞かずに」
「だけどさ、俺が、あの時ちゃんとお前を「行くな」と、止めていたら・・・」
「なぁ、ガッツ・・・」
「あの時にお前が作った「旅人」という曲、たくさんの意味と願いを込めた歌詞で、俺は好きだよ」
そう言って、歌い始めた。
♪ 涙したあの人に 何を言えばよかったろう?
笑ってほしかったのに 何をしてあげられたろう?
与えられてばかりだ 教えられてばかりだ
愛されたいと嘆いては 愛する人を遠ざけていた
傷つく人に出会って 自分の傷の意味を知った
痛み分かち合えるって 光に思えた
始まりも終わりも知らされず 誰もが今を歩いている
巡り合う命のつながりを 人は愛と呼ぶ
いつか帰るべき故郷を探し続ける旅人
君のこと 今もこの街のどこかで待っている人がいる ♪
1番を唄い終えた竜水は、また立ち止まり
「そして、このベトナム・ホーチミン市に来たんだよな、ガッツ」
そう言って、すでに夜景の灯りも少なくなった街を眺めた竜水だった。
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 22:46)
「あなた、今日も一日、お疲れさまでした」
「あぁ、ありがとう 真子」
それは、間塚久司 58歳、真子55歳の時だった。
真子は、間塚と一緒になったことで、これまでの「間塚君」が「あなた」へと変わり
副社長と暮らすことになったことで、社会的にも高い地位の人生を歩むようになった真子であった。
の、だが・・・
人生の歩み方は変わっても、「人」は、そう簡単には変わらないものなのだ。
夜のアルコールが入ると、二人の真骨頂ともいえる「バトル」が始まるのだった。結婚前と何も変わらないバトルが
ただ、この日のバトルは、真子の独り舞台だった。
「ねぇ、間塚君」
『なんだい、真子』
「ガッツ君、どうしているのか、私は心配なんだけど」
『あぁ、それは俺だってもちろん心配だよ』
「心配? なら、どうして探そうとしないの?」
『・・・そ、それは、ガッツの人生なんだし、それに竜水だって、ガッツと一緒に歩んでいく人生を選んだのだから』
「へぇー、なんか、言い訳じみてるけど」
『そ、そんなことはないさ』
「ねぇ、間塚君!」
「忘れちゃったの? ガッツ君が仲間たちに残してくれたものを」
「ねぇ、間塚君」
「あの6年前の緊急特番で、間塚君が辞表まで出して、ガッツ君を探そうとしたのは、なぜ?」
『それは、アメリカのシンシアを救うために・・・』
「間塚君のうそつき!」
「自分に嘘をつかないで!」
「間塚君は、ガッツ君と竜水君を救ってあげたいと思っていたはず」
「もちろん、シンシアさんのことは本当だよね」
「事実、それで、シンシアさん無事に手術ができて、助かったんだもの」
「あの時の間塚君は、竜水君の真実を伝えて、ガッツ君が竜水君のためにまた歌を作り続け、そして、みんなを幸せにしてほしいと願っていたはず」
「ずっとそばで間塚君を見守ってきた私だから・・・ 」
「間塚君だから・・・間違いなく、そう思っていたはず」
「ねぇ、間塚君」
「このまま、みんなが竜水君とガッツ君のことを忘れていくのを、黙って見ているつもりなの?」
「間塚君は、もう仲間じゃなくなっちゃったの?」
『・・・真子』
その時の間塚は、脳天を撃ち抜かれた思いだった。
少しの時間、グラスのしずくをふき取りながら考え込む間塚
そして『なぁ、真子』
そう言って、隣で安い焼酎を飲み続けていた真子に目をやると
(-_-)zzz (-_-)zzz
言いたいことを言うだけ言って、真子は爆睡していた。
間塚は、爆睡する真子のほほに優しくキスをして
「ありがとう 真子」と
しかし、次の瞬間には
「あぁ、ったく!」
「重たいんだモン、爆睡する真子は」と
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 22:49)
それから直ぐに、間塚の“新たなる戦い”が始まった。
竜水がシンガーとして活躍していた時の所属事務所は、社長の逮捕で既に倒産していた。
ましてや、本人の竜水が行方不明になってしまったことで、結果的に、竜水の曲は、世で聴くことが出来なくなってしまったのである。
メディアでの使用はもちろん、カラオケ配信など、全ての音楽界から竜水の曲は姿を消していた。
真子の言った
「このまま、みんなが竜水君とガッツ君のことを忘れていくのを、黙って見ているつもりなの?」
その言葉の意味も、このことに含まれていたのである。
間塚は、竜水の曲が使えるように裁判で戦うことを決意した。
相手は、もちろん逮捕された元社長の兵藤だ。
相当に厳しい裁判になるのは必須であった。
間塚は、悩んだが、この裁判をガッツの後輩である左山弁護士に託すことを決意した。
左山は、まだまだ駆け出しの弁護士だった。
高校時代、同じポジションだったこともあり、左山は、ガッツから一番可愛がられた選手だった。
高校を卒業し、明示大学、軽王大学大学院に進み、一発で司法試験を突破したという、ガッツの卒業した高校の逸話を残した選手だった。
「左山、ガッツのためにも頑張ってくれ」
と、間塚からの依頼に応えようと、左山は必死に頑張った。
左山は、そのことを父親に伝えた。
「お父さん、ガッツ先輩覚えてる?」
「おー、同じキャッチャーだった、そして、竜水の曲の・・・って、あのガッツ先輩か」
「うん。その竜水さんに関する裁判の弁護を引き受けたんだ」
「そっか。それはやりがいがあるな。弁護士人生をかけて頑張れ!」
「・・・弁護士人生をかけて????」
「って、まだ、弁護士になったばかりなんだけど・・・」
左山の父は、ガッツに負けず劣らずのぐーたれ者だったが、
男気のある、いいオヤジだった。
「お前な、どれだけガッツ先輩にお世話になったのか、分かっていて、それで、引き受けたんだろう。」
「世間の注目も、相当なものになるだろうよ」
「いいか、負けたら許さんぞ!」
「どれだけの人が、竜水の歌を待っているのか・・・」
「寝ずにやれ!」
「お父さん・・・ありがとう」
「お父さんらしい励ましだよ、Yellだよ」
左山の父親が言うとおり、世間の注目を集めた裁判になるのであった。
としちゃん (水曜日, 21 10月 2015 23:01)
それは、異例の裁判だった。
どう考えても間塚側には勝ちの見えない訴えだった。それは
「曲の著作権を、ガッツのものにすること」
「楽曲の使用権を、竜水のものにすること」
「そして、楽曲使用によって生じる印税は、ガッツ本人と竜水本人が現れるまでの間は間塚が代理で受領し、全国の児童養護施設に寄贈すること」と
突拍子もない提訴内容だった。
そして、いよいよ裁判が始まった。
日本の裁判制度が始まって以来最高の、28,675人が、
30席の傍聴席を求めて集まった。
回を重ねるたびに、傍聴席を求める人の数は増えていった。
裁判は、大方の予想通り、原告側の不利なまま進んで行った。
心無い者からは
「あの弁護士じゃだめだ!あんな若造には、無理だ」と
その声は、直接間塚にもぶつけられた。
間塚も苦しむ左山をみかね、
「これ以上あいつを巻き添えにしては、あいつの弁護士人生に・・・」と
考え始めていた時だった。
「間塚先輩、僕は、やり遂げます」
「勝敗は、分かりません。相当厳しいとは思っています」
「でも・・・途中で投げ出したりしたくないです」
「あとで、ガッツ先輩に、けつバットされますから」
「って、けつバットなんか、されたことないですけど」
と、一生懸命、笑顔を作ろうとする左山をみて、
「分かった。お前に任せる」
「お前が、納得いくようにやってくれたら、それでいい」
そう言って、左山弁護士とグータッチを交わした。
判決の日がきた。
間塚は負けた。
左山の落胆は、尋常ではなかった。
「俺に、もっと力があれば・・・」と
それから5日が過ぎた時だった。
左山の弁護士事務所に、山のようなダンボールが宅配業者によって届けられた。
宛名は、左山弁護士あてだった。
左山は、恐る恐る、箱を開けた。
としちゃん (木曜日, 22 10月 2015 12:33)
それは、この裁判に対する嘆願書だった。
箱の中には、間塚と左山弁護士あてにも手紙が添えてあった。
「間塚さん、左山弁護士、どうか上告して私たちの願いを叶えてください」
「私は、竜水さんの曲があったから、これまで頑張ってこれたのです。」
「どうかガッツさんと竜水さんの曲を、もう一度・・・」
左山は号泣していた。
「竜水さん ガッツさんを想う人がこんなにも・・・」
毎日のように嘆願書は届いた。その数は、想像の域をはるかに超えた。
嘆願書は、悪くすれば裁判官の目に触れることもなく雑書綴りに綴られて終わりとなることもあるのだ。
それでも、世間には、「二人のために何かを」と考えた者がたくさんいたのだった。
誰かが号令をかけた訳でもなく、何の損得も考えずに街角での署名活動が行われていたのだった。
「間塚先輩!」
「左山!」
二人は、大いなる力を得て、もう一度立ち上がった。
しかし・・・
上告された裁判でも原告側が不利なまま進んだのだった。
裁判官の判決には、情状酌量というものがある。
多くの者が、裁判官のそれに期待を寄せていた。
判決の日がきた。
結果は同じであった。
間塚は負けたのである。
625,668人に及ぶ署名をした者の思いも、法治国家においては、届くことはなかったのだ。
中山治夫裁判長が、判決理由を述べ、裁判は全て終わった。
法律によって、人の幸せは、守られているのだ。
日本は、そういう国なのである。
としちゃん (木曜日, 22 10月 2015 19:47)
中山治夫裁判長の判決理由の朗読が終わった時
それは、突然だった。
裁判長が
「兵藤さん、ちょっと私の話を聞いてもらえますか」と
兵藤は服役を終え、人としてのすごみは、もうなくなっていた。
兵藤は「は、はい」と、席に座った。
「兵藤さん、一つ、あなたに聞きたいことがあります」
「あなたは、竜水さんの曲が好きですか?」
「あ、はい、もちろん」
「それは、良かった。実は、私も大好きなのです」
「それで、好きな理由は、ビジネスとしてあなたを潤わせる物だからですか?」
「いえ、違います」
「こんな私でも、竜水の曲に、何度救われたことか」
「そうでしたか。何度も」
「この法治国家において、間塚さんの訴えは、到底認められるものではありません」
「ですが・・・」
と、裁判長は山積みにされた嘆願書に目をやり
「実は、私もこの嘆願書に署名したいと思った一人です」
「私の置かれた立場では、それは許されないことですが」
裁判長は、涙を必死にこらえていた。
「兵藤さん、これは、裁判長としてではなく、一人の人間としてのお願いです」
「そして、間塚さんにもお願いがあります」
「兵藤さん、どうか、この嘆願書が意味するところを今一度、考えてはいただけないでしょうか」
「そして間塚さん・・・ ガッツさん、竜水さんの行方はわからないようですが、どうか・・・ どうか・・・」
裁判長は、こらえきれずに涙で次の言葉が言えなかった。
法廷にいた全ての者が、中山裁判長の話に涙した。
としちゃん (木曜日, 22 10月 2015 19:49)
「ねぇ、あなた」
「うん? どうした真子」
「今度のドラマの主題歌、なかなかいい選曲でしたね」
「私のお友達から、ご主人にお礼を言っておいてと言われましたよ」
「そっかぁ、みんな喜んでくれたのなら、良かった」
「いや、プロデューサーから相談された時には、正直、悩んだけど」
「ドラマのストーリーを聞いた瞬間に、この曲しかないって思ったよ」
そんな会話をしながら、間塚と真子は
そのドラマを、一緒にソファーに座って見ていた。
ドラマも後半になり、最高に盛り上がるシーンになった時だった。
バックに流れてきたのは、
竜水のデビュー曲だった。
二人で一緒に口ずさんでいると
曲もこれからという時に、CMになってしまった。
「も~~~ 何よ、このプロデューサー」
「ここで、CMにする?」
「あなた、このプロデューサー駄目!」
「クビにしてください!」
「おいおい真子」
そう言って、二人で見つめ合い、そして笑った。
ドラマが、来週の予告まで終わると真子が
「今度は、あなたの番ですね」
「そうだな」
「中山裁判長の言葉を、兵藤さんは、ちゃんと受け入れてくれた」
「次は、俺の番だ」
「ガッツと竜水をな」と
間塚は、最近になって良く歌うようになった
大好きな竜水の曲を、真子に歌って聴かせた。
♪ おとなだろう 勇気をだせよ
おとなだろう 知ってるはずさ
悲しいときも涙なんか 誰にも見せられない
おとなだろう 勇気をだせよ
おとなだろう 笑っていても
暗く曇ったこの空を
かくすことなどできない ♪
「頑張って、あなた」
「あぁ、真子」
「あなたには、たくさんの仲間がいるのですから」
「あなた」
そう言って、真子は間塚の肩に寄りかかった。
ビク (木曜日, 22 10月 2015 23:20)
竜水が、ガッツを殴り、家を飛び出してからまる一日が経っていた。
「あれ? そう言えば竜水は、どこに行ったんだっけ?」
それは、ガッツの独り言だった。
その時のガッツは・・・
竜水との昨日の出来事を忘れてしまっていたのである。
ガッツは、一睡もせず、ギターをひいて、歌い続けていたのだった。
と、ちょうどその時の竜水は、
「俺・・・どれくらい歩いてきたんだろう」と
まる一日歩き続け、一つ一つたどってきたガッツとの思い出も
ようやく、つい最近にあった出来事のところまできていた。
それは、10日前のことだった。
「ガッツ、遅いなぁ、あいつどこまで買い出しに行ったんだ?」
と、帰りの遅いガッツを心配し始めた竜水
夜になって、ようやく
「ただいまぁ」と、ガッツが帰ってきた。
「ゴメン、竜水・・・」
「やっと買った中古のバイク、壊しちゃった」
「どうしたんだ、ガッツ」
と、額をすりむき、足を引きずって帰ってきたガッツに
「その傷、どうしたんだ? 転んだのか、バイクで」
「うん。ゴメン」
「飛び出してきた子猫を守ろうとして・・・」
「そっか、そっか、バイクなんかどうなってもいい。体は大丈夫なのか?」
「う、うん 大丈夫」
「ガッツらしいよなぁ、子猫をかばってさ」
「あの時にバイクは壊れちゃったけど、ガッツが無事でよかったよな」
竜水は、立ち止まり道端に腰を下ろした。
そして
「ガッツとは、いつも一緒に、そしていろんなことをしてきたんだよなぁ」
「いつも一緒に」
「二人の思い出を全部たどってきたけど・・・ガッツに嫌われるようなことしてこなかったよ、俺、していない」
「それなのに、あいつは・・・」
「今のいままで、俺に嘘なんかついたこと一度もなかったのに」
その時だった。
「嘘なんか一度も・・・嘘なんか・・・」
「え? もしかして、あいつ・・・」
「本当に忘れてしまったのか?」
「ここのところ、ぼーっとしていたり」
「何か、首をかしげて、困ったような顔をしていたり」
「もしかして、バイクで転んだときに・・・」
「ガッツ・・・」
竜水は、立ち上がり
「ガッツ、待ってろ」
「いますぐに帰るから」
竜水は、走り出していた。
ビク (木曜日, 22 10月 2015 23:27)
竜水は、走った。
そして、休むことなく走り続けて、ようやく家に戻ってきた。
“バタッ”
「ただい・・・」
「ガ、ガッツ・・・」
ガッツが、ギターを抱えたまま倒れていた。
「おい、ガッツ、ガッツ・・・」
「どうしたんだよ」
「おい、起きろよ! ガッツ」
ガッツが、目をゆっくり開けた。そして
「竜水・・・ おかえり」
「仕事、大変だったか? おつかれさん」
「なぁ、竜水、どうした? 頭でも痛いのか?」
「それで、寝込んでいたのか?おい、ガッツ」
「うーん・・・」
「竜水、お腹すいてないか?」
「なんか、俺、お腹ペコペコな気がする」
そう言って、ガッツが笑ってみせた。
「ガッツ・・・ うん? お腹すいた? お前、昨日からずっと何も食べていないのか?」
竜水は、深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
そして
「ゴメン、ガッツ・・・殴ったりして」
「うん? 殴った? 誰かを殴ったのか? 竜水が?」
その時のガッツの返事で、竜水は理解せざるを得なかった。
「ガッツは、記憶を失っている」と
ビク (木曜日, 22 10月 2015 23:33)
二人は、まずは食事を済ませた。
「やっぱり、うめーな! 竜水の作るご飯は」
と、ガッツは、さっきより元気になった様子で笑った。
少しの時間をおいて、竜水は恐る恐るガッツに尋ねた。
「なぁ、ガッツ」
「ガッツの同級生の写真あったよな、見せてくれないか」と
ガッツは『おう、いいよ』と写真をだした。
竜水は、写真をガッツから受け取り
「お~、ガッツわけーな!」と、そして
「なぁ、ここに写ってる人の名前教えてくれよ」
ガッツは、「おう」と写真を手に取った。
竜水は祈る思いで、ガッツを見守った。
『あれ・・・』
『あっ、一番右に写っているのがモンだよ』
『あとは・・・ あれぇ、知らない人だ』
竜水は、必死に涙をこらえた。
その時の竜水は
「でも、どうして・・・」
「モンのことは、ちゃんと分かっているじゃないか」
と、余計に不安が増した。
でも竜水は、逃げずに続けた。
「へぇ、この人がモンっていうんだ?」
『食べることが好きでさ、すごく優しい子・・・って、竜水は知ってるくせに、いまさら聞くなよ』と笑った。
「なぁ、ガッツ、他に写っている人は?」
『う~ん、知らない。』
『あ、でもすげぇ、この人、女優さんみたいに綺麗な人だな』
と、クラリオンをさして、そう言った。
「この一番左に写ってる人は?」
竜水は、間塚をさして聞いた。
『う~ん、知らないなぁ』
『でも、俺と一緒に写ってるんだよなぁ・・・』
『度忘れしたか』
と、ガッツは笑ってごまかした。
「なぁ、ガッツ 俺、晩御飯の買い出しに行ってくる」
と、足早に外にでた竜水
竜水は、それまでこらえていた涙を、人目もはばからずに流していた。
「ガッツ・・・」
少し歩いた。
そう、少し歩いたところで、竜水は直ぐに立ち止まった。
その時の竜水の決断は早かったのだ。
「まずは医者に・・・」
「でも、それは無理なんだよな」
「そんなお金ないよ、ガッツと俺には」
「・・・間塚」
「間塚に相談しよう」
「助けてくれ、ガッツを」
電話をかければ、早いのは分かっていた。
それでもそのお金もない竜水は、テレ夜の間塚あてに手紙を書いた。
今の竜水に出来るのは、それが精一杯だったのだ。
としちゃん (金曜日, 23 10月 2015 06:12)
「間塚副社長、本日もたくさんのお手紙が届いています。こちらです」
「そっか、しかし、すごい反響だな」
「みんな、それだけ、竜水の歌を待ちわびていたんだろうな」
「まぁ、みな同じ内容のお礼の手紙だろう、読まなくてもいいんじゃないか」
「そうですか、分かりました」
そう言って、秘書はその手紙を持って部屋を出て行った。
そうである。
秘書が持っていた約30通ほどの手紙の中に、竜水からの手紙が含まれていたのだった。
決して、この時の間塚を責めることは出来ない。
それだけ、間塚は大変な仕事に追われていたのだし、これまで届いた手紙は、それなりに目を通してきて、義理は果たしてきたのだから。
ただ・・・この時に間塚が竜水からの手紙に気が付いていてくれたならば・・・
竜水が間塚に手紙を出してから、2週間が過ぎていた。
「間塚・・・」
「届いているんだろう?俺の手紙」
「それとも、届いていないのかもしれないね、間塚」
「間塚・・・あきらめるよ。大丈夫、俺がなんとかする」
と、別の方法でガッツを救うことを考え始めた竜水だった。
としちゃん (金曜日, 23 10月 2015 06:14)
そんなことがあってから、1週間後のことだった。
「あなたぁ」
「うん?どうした真子、珍しいじゃないか、仕事場へ電話してくるなんて」
「あなた、ガッツさんが・・・」
それは、真子からの電話だった。
間塚あてに届いたお礼の手紙を、一つ一つ丁寧に、真子が読ませてもらっていたのである。
「すごい、ベトナムからよ」
「・・・・えっ?」
真子は、急いで封を切り、手紙を読んだ。そして
「ガッツさん・・・」
真子は、急いで間塚に電話をしてきた。
「・・・・えっ?」
「分かった。真子」
「今、秘書を家に行かせる。手紙をその秘書に渡してくれ」
秘書から届いた手紙を読み終えて間塚は
「1週間も前に届いていたのか・・・」
と、悔いるしかなかった。
こんな時の間塚は、決して慌てずに冷静な対応を考えるよう努める男だった。
「確か、あいつが今、ベトナムにいるはずだ」
「たしか・・・」
としちゃん (金曜日, 23 10月 2015 06:18)
間塚は、デスクに置いてあるインターホンで秘書の森下を呼んだ。
「森下君、頼みがあるんだ、来てくれ」
間塚は、事情を説明し、ベトナムにいるはずの「橋駒ドクター」の居場所を探しだし、連絡がとれるようにしてくれと森下に命じた。
橋駒ドクターは、間塚達の高校時代の同級生である。
医療の、人的国際支援として多くの国で活躍している脳外科医である。
「頼む、森下君」
「分かりました、間塚副社長」
「私は、竜水様、ガッツ様に対する間塚副社長の思いを、ずっとおそばで見てまいりました。ここで、ガッツ様たちを救うために、私もお手伝いできることが大変幸せなことですし、責任の重さを感じております。それでは早速に」
「頼むな、森下君」
森下は、様々な手段で、情報を収集した。
間塚が、第一秘書として認めるだけの人物であった。
「ありがとう。良かった」
森下は、橋駒ドクターの居場所を突き止めた。
早速、テレ夜ベトナム支局に連絡し、その日のうちに橋駒ドクターにアポを取り付けた。
ベトナム支局員が、橋駒ドクターのいる病院に行き、日本からFAXで送られてきた竜水の手紙と、間塚からの手紙を橋駒に渡した。
「・・・まずいな」
橋駒は、当然、間塚とガッツを覚えていた。
「あいつ、ベトナムにいたのか」
「で、ガッツは、いまどこに?」
「今すぐ、ここに連れてきなさい」
「どうした!」
橋駒の口調は、荒かった。
橋駒ドクターの言葉に支局員は、苦悶の表情で
「はい、それが・・・」
「それがって?」
「もう、この手紙が書かれてから3週間も経っているんだぞ!」
「どうしたんだ?早く答えろ! おい!」
ビク (金曜日, 23 10月 2015 12:25)
そのころ、フランスのパリでは
「なぁ、俺たちの結婚式、あとちっとだな」
「そうだねぇ」
シャンゼリゼ大通りのカフェで、二人は食事をしていた。
「驚いたべな、あの手紙」
「突然に送ったからなぁ」
「しかしさ、来てくれると思うか? あいつら」
「来てくれるわよ、絶対!私のカンは当たるんだから」
「だって、まだ誰からも返事来てねーぞ」
「あの人たちは、返事なんかよこさないって」
「それで、突然来るのよ、フランスに。 きっとね」
「そっかもしんねな」
と、笑うマコトとモンであった。
その時のモンは、
「どうしようかなぁ、葉月には連絡しておこうかなぁ・・・」
と、悩んでいたのだった。
ビク (金曜日, 23 10月 2015 12:35)
副社長室
「家留辺専務を呼んでくれ」
と、間塚が秘書に命じた。
「お待たせしました。間塚副社長、なにか御用でございますか」
「家留辺君、すまないが・・・」
「・・・・かしこまりました」
「副社長のお留守は、自分が責任を持って会社をお守りいたします」
「どうか、お気をつけて」
「すまない、家留辺君・・・ありがとう」
それでは失礼いたしますと、部屋を出ようとした家留辺は、ドアの前で立ち止まって、そして振り返り
「副社長・・・」
「うん? なんだ」
「どうか、よろしくお願いします」と、深々と頭を下げた。
「・・・君も、竜水の、いやガッツの歌が好きなのかね?」
「はい、今の私があるのは・・・」
「そっか、分かった、分かった、ありがとう」
「今の私に出来るのは、一日でも早く、ガッツと竜水を探し出すことだ」
「会社のことは、君に全て任せる」
「頼むな、家留辺君」
「はい、間塚副社長」
その時の家留辺は、涙をこらえて、間塚の言葉に答えるのが精一杯であった。
ビク (金曜日, 23 10月 2015 12:56)
ベトナムに飛ぶことを決意し、身辺整理を終えた間塚は、葉月に電話をした。
「もしもし・・・ あぁ、間塚君」
「葉月、久しぶりだな」
「珍しいんじゃない、間塚君が電話してくるなんて」
「マコトとモンの結婚式のこと?」
「いや、違うんだ」
「冷静に聞いてくれ、葉月」
「あのな・・・」
「・・・・えっ?」
「うそ、うそつかないで!間塚君」
「俺だって、嘘だと言いたい。でも本当なんだ」
「それで、明日からベトナムに行ってくる」
「それで、マコトとモンの結婚式のことなんだけど・・・」
「・・・うん、分かった」
間塚が電話を切る音がしたが、葉月は、受話器を持ったまま立ち尽くしていた。
「ガッツ・・・」
翌日、間塚はベトナムに一人で飛んだ。
ちょうどその頃、モンは、葉月に電話をしたのだった。
「葉月ぃ~」
「・・・えっ、モン?」
葉月の頭の中は、一瞬にして混乱した。
それは、間塚と「ガッツのことは、マコトとモンには、しばらく内緒にしておこう」と約束していたからだ。
「どうして、このタイミングで、電話してくるかな」と
「ねぇ、葉月ぃ・・・」
「フランスに来てくれるの?」
と、明るくモンが聞いてきた。
「う、うん・・・そのつもり」
モンは、普段の葉月とは違うと一瞬にして気付いた。
モンは「今、話した方がいいかも」と思い、明るく
「ジャーン、発表します」
「私は・・・・・・・」
「・・・・・えっ?」
「モン、それ、ホント?」
「モン・・・モンのバカーーーーーーーーー!
「バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、馬鹿、バカ、バカ、馬鹿、バカ、バカ、バカ、バカ、馬鹿、バカ、馬鹿、バカ、バカ、『葉月』、バカ、バカ、馬鹿、バカ、バカ、馬鹿、『ねぇ葉月』、バカ、バカ、バカ、馬鹿、バカ、バカ、『葉月ー--』」
モンが止めて、やっとおさまった。
「モンのバカ!」
葉月は、こらえていたもの全てを「モンのバカ」にぶつけて
そして、声を出して泣き出した。
「モン・・・わたし」声にはならない泣き声で「モン」と
「ねぇ、葉月ぃ・・・どうしたの」
としちゃん (土曜日, 24 10月 2015 01:06)
ようやく葉月が落ちついたころ、モンはあらためて葉月に謝った。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「悪ふざけがすぎました、本当にごめんなさい」
モンが明るく発表したのは、こうだった。
「私は・・・・・・・ マコトとは結婚しませーん」
「あれは、仲間達とフランスで集まれたら楽しいかもねと、マコトと話しているうちに・・・」
「よし、最大のジョークで、みんなをフランスに呼んじゃえ!と」
「びっくりしたかぁ、まいったかぁ、葉月ぃ」
「・・・・・えっ?」
「モン、それ、ホント?」
「モン・・・モンのバカーーーーーーーーー!」
「ごめん、葉月」
「ち、違うの、モン」
「あのね、ガッツが・・・・」
「・・・・・えっ?」
今度は、受話器の向こうでモンが声を出して泣き始めた。
「わたしと、マコト・・・ 大ばか者だよ」
「ガッツが、苦しんでいるときに、なんていうことを」
「モン、仕方ないよ。それよりさ・・・」
「うん、分かった。」
その言葉で、電話を切った。
それは、間塚の電話を切ったときの葉月と同じ光景であった。
受話器を持ったまま、立ち尽くすモンであった。
としちゃん (土曜日, 24 10月 2015 01:08)
マコトとアイトは、ニューヨークの「AITO☆MAKOTO」を成功させた。
店が軌道に乗ったことを確認したアイトは、日本に帰国し、しばらくして梅子と結婚したのだが、マコトは、次にフランスに渡ったのであった。
フランスでの事業も、順調に進み、マコトの役目もほぼ終わりを迎え
10年ぶりに日本に帰国しようと考えていた頃だった。
一方、モンは、ツアーコンダクターとしてフランス支社に転勤、支社長として日本人観光客に喜ばれる仕事を続けていたのである。
たまたまではあるが、一緒にフランスで働くことになったマコトとモンは、時々、一緒に酒をくみかわしていたのだった。
ある時、
「ねぇ、マコト 私たちもいよいよ還暦だね」
『あぁ、そうだなぁ』
「なんかさぁ、私たちもいよいよ現役を引退するって感じだよね」
『う~ん、まぁ、寂しいけど遅かれ早かれ、その時はやってくるしな』
「マコト、アメリカでの同窓会覚えてる?」
『あぁ、あたりまえじゃん。楽しかったよな』
「もう、あんなふうに、みんなで集まれることなんか、出来ないんだろうね」
『あれは、32年ぶりの同窓会!っていう、なんか半強制的な力が、みんなの背中を押してくれて、それでアメリカに勢いで行けたんだよな』
「勢い?」
『あぁ、なんか、それを理由にしてみたいな、それと、この機会を逃したらみたいな、行かなきゃだめだって思わせてくれたんだろうな』
その時だった。いたずらっ子の顔をしてモンが
「ねぇ、マコト、いたずらしちゃおうか」
「二人がさ・・・・・・」
『おー、そりゃ、おもしれーよ』
『やっぺ!』
『ま、その気にさせて、直前に「うそでーす」って、白状してさ』
『ったく! せっかく準備したんだから、行くか! みたいにさ』
そんな二人の思いで、今回の結婚うそつきツアーを企んだ二人だったのである。
二人を決してかばう訳ではないが、二人が考えそうな、仲間からすれば嬉しいいたずらだったのかもしれない。
ガッツが、こんなことになっていなかったとしたら・・・きっと実現していたことだろう。
としちゃん (土曜日, 24 10月 2015 01:10)
間塚が、ホーチミンの「タンソンニャット国際空港」に着いた。
「長旅、お疲れ様でした、間塚副社長」
「あぁ、迎えにきてくれていたのか、ありがとう」
ベトナム支局員の出迎えに間塚は
「ガッツはまだ見つからないか」
「・・・はい、申し訳ありません」
「そっか。いや、君たちが責任を感じることはない。手をつくしてくれているのだろうから」
「分かった、引き続きよろしくお願いする」
「それとな、一つお願いがあるんだ」
「自分が、ベトナムにいる間は、その間塚副社長という呼び方はやめてくれないか」
「・・・・いや、でも副社長」
「いいんだよ、間塚さんで」
「自分は、半分は私用で来ているんだから」
「テレ夜の社長は、緊急特番をやった責任は君にある!だから、竜水君とガッツ君を見つけ出すまでは、ベトナム支社勤務を命ずる!とか、言っていたが」
少しだけ笑みを浮かべて
「なぁ、頼む。間塚さんと・・・」
「分かりました、間塚さん」そう言って支局員も笑顔を見せた。
間塚は、空港から直ぐに橋駒ドクターのいる病院へ向かった。
「橋駒・・・」
「間塚・・・久しぶりだなぁ」
そう言って、二人は固い握手を交わした。
「早速だけど・・・」
と、間塚は、ガッツの病状について橋駒の意見を聞いた。
橋駒は、ゆっくりと語りだした。
「まぁ、竜水君が出した間塚あての手紙に書いてあったガッツの様子から、あくまで推測するしかないが・・・」
「私が、一番心配しているのは、頭を打ったことで脳内に出血を起こしていて、それで一時的に記憶がなくなって」
「ただ、私は、そういう患者をたくさん診てきたのだが、ガッツの場合・・・」
「ガッツの場合、なんなんだ?」
「いや、ちょっと私にも理解できない症状なんだよ」
「間塚も竜水からの手紙は読んで知っていると思うが」
「同級生達と一緒に写っている写真を見て、マコトやクラリオン、そしてお前のことも忘れてしまったというのに、モンのことは全部分かっている」
「・・・あり得ないんだよ」
「普通であれば、記憶を失くすとしたら、全て同じように消えるんだ」
「きっと、何か理由があるんだと思うのだが」
「だから、そういう症状から推測すると・・・」
その時の橋駒は、次の言葉を明らかに飲み込んだ。
「なんだよ、橋駒、言ってくれ」
「・・・命にかかわるところで、出血している可能性が高いんだ」
「だとしたら、一日でも早く手術をしないと」
「ただ・・・」
「ただ、なんだ!橋駒、 橋駒!」
「手術が出来ない可能性が高い」
間塚は平静を装った。そして
「手術出来ないと、どうなるんだよ」
「そう、長くは生きられない」
「分かった。とにかく一日でも早く、お前のところに連れてくる」
「あ、それと」
「ガッツの血液型は・・・」
「分かった。それは、すぐ手配する」
「橋駒、頼む」
「間塚、頼むな、早く」
橋駒ドクターの部屋を出た間塚は、
「俺が、自分のところに届いた時に竜水の手紙に気が付いていれば・・・」
と、自責の念で泣き崩れたのだった。
としちゃん (土曜日, 24 10月 2015 01:12)
「どうしたんだい、モン 急に?」
「ゴメン、マコト・・・急ぎで伝えたいことがあって」
葉月から事情を聞いたモンは、マコトをすぐに呼び出した。
「マコト、ガッツが・・・・」
「・・・・・えっ?」
「おい、悪い冗談はやめろよ! おい、モン!」
怒りの気持ちをあらわにして、マコトがモンにせまった。
「マコト、本当なの」
泣き崩れるモンを見て、マコトも
「なぁ、やめてくれよ、本当に、なぁ」
マコトは、他の言葉が見つからなかった。
パリの景色が、初めてにじんで見えた。
「なぁ、モン、それで・・・」
「良かった、同じ気持ちだ。俺も」
「だとしたら・・・」
「明日だ! 明日」
「だめなら、置いていく!」
「うん。分かった」
二人は、ベトナムに向かうことを決意したのだった。
としちゃん (土曜日, 24 10月 2015 01:15)
「ただいま、ガッツ」
『あぁ、おかえり 竜水』
「どうだ、頭は痛くないか?」
『頭? ぜんぜん痛くなんかないよ。なんで?』
「あぁ、ならいいんだ」
「すまない、ガッツ、これが今日の晩御飯なんだ」
「本当にすまない」
と、小さなパンを一つガッツに渡し
「今日は、どんな一日だった?」
『あぁ、今日はいまいちだったな。なかなか、いい曲が浮かばなかった』
「そっかぁ、じゃぁ、また明日も頑張ってくれよ」
『なんだかさぁ、俺は曲を作って、お前は働きに出てって・・・』
『不公平だろう? 俺も働きに出たいんだけどなぁ』
「ガッツは、最近、曲を作ってないだろう」
「俺は、お前の曲がないと頑張れないんだよ」
「俺のことを思ってくれるなら、お前は、曲作りが仕事だ」
『そうなのかぁ、なんかなぁ・・・』
と、パンをかじりながら
『なぁ、竜水、お前はちゃんと食べているのか?』
「あぁ、俺は力仕事をしているんだからな」
「悪いけど、帰り道、お腹空いたから、先に食べちゃったよ」
もちろん、それは嘘だった。
竜水の体力は、もう限界に近づいていた。
間塚からの返事を待っていた竜水であったが、それをあきらめ
働いて、ガッツを病院に連れて行くお金を用意しようと考えた竜水
そのために、それまで住んでいた家を出て、今は、公園のブルーシート小屋の中で暮らしていたのだった。
竜水は、昼間と夜の仕事にも出て、ただひたすらお金を用意しようとしていた。
ベトナム支局員が、二人を探していることなど知る由もなかったのだった。
としちゃん (日曜日, 25 10月 2015 23:07)
それは、運命的ともいえる出来事だった。
間塚がベトナムに渡って、二日目
ベトナム支局員の努力も報われず、二人を見つけることが出来ないでいた。
間塚は、今後のことを相談しようと、その日も橋駒のところに訪れた。
橋駒が診察をしている間、待合所で待っていた。
すると、その間塚の前を二人の看護師がおしゃべりをしながら通り過ぎた。
「ねぇ、今日、救急で運ばれてきた人、あの奥幡竜水さんなんだって」
「え~、ベトナムに来ていたの?」
明らかに、二人の看護師の会話は「奥幡竜水」と言っていた。
間塚は、二人の看護師に駆け寄り
「いま、いまなんて言いました? 奥幡竜水と・・・」
もちろん患者のプライバシーから、看護師は答えなかった。
「分かった、ちょっとここで待っていてくれ、看護師さん」
そう言って間塚は「申し訳ない」と発し
「すみません、本当に申し訳ありません」と、深々と頭を下げ
診察中の部屋に入り「橋駒!」と
事情を察した橋駒が診察室から出て、その場で待っていた看護師二人に
「聞かせてくれ」
「奥幡竜水さんが、どうしたって?」
看護師は、事情は分からなかったが、ドクターの命であればと
「今日、緊急で運ばれてきた患者さんです」
「たまたま看護師長が、ご存じで・・・」
「仕事中に倒れたようです」
「意識がなく危険な状態であると・・・」
「分かった」
「すまん、急患だ、診察は後に・・・」
そう言って、間塚を連れ救急病棟へと走った。
としちゃん (日曜日, 25 10月 2015 23:12)
ちょうど、それと同じ頃
ホーチミンの「タンソンニャット国際空港」に着いたマコトとモン
ベトナム支局員の迎えで、橋駒のいる病院へ直行した。
病院に向かう途中、二人は、支局員から竜水の話を聞かされた。
「おぉ、無事に着いたのかマコト、モン」
見るからに申し訳なさそうな表情の二人に間塚は
「いいんだ、今は竜水の回復を信じよう」
そう言って、窓越しに眠る竜水に目をやった。
「間塚・・・」
「どうなんだ、竜水は」
「あぁ、仕事中に倒れて・・・そして高いところから落ちたらしいんだ」
「ガッツは?」
「・・・・・」
「分からない」
「きっと、竜水の帰りを一人で待っているんだろうと・・・」
「俺たちに出来ることはないのか・・・間塚」
「・・・あぁ、残念だけど」
モンは、両手をあわせ、ただ竜水を見つめていた。
「竜水さん、お願い。私たちとガッツを逢わせて、お願い竜水さん・・・」
「ガッツ・・・」
涙をこらえ、ただ竜水を見つめるモンであった。
としちゃん (日曜日, 25 10月 2015 23:15)
竜水が運ばれてきてから、二日が経った。
ずっと、竜水の集中治療室の前から、離れないマコトとモンであった。
その時の出来事を誰一人としてとがめることは出来なかった。
だが、その時のマコトの行動が・・・
マコトが急に立ち上がり、集中治療室のガラス窓を両手でたたき出した。
「竜水、竜水、竜すーーーい」
「お願いだ、意識を取り戻してくれー」
すぐに医師がマコトに駆け寄り、マコトは羽交い絞めに
「やめてください!」と
だが、その時だった。
竜水が、目を閉じたまま唇をかすかに動かした。
それにマコトが気が付いた。
「竜水・・・」
橋駒が、竜水に近寄り、その言葉を確認したのである。
「ガッツ、公園、ブルー・・・」
それは、直ぐに間塚からベトナム支局員へ
それから1時間後であった。
「・・・・えっ?」
としちゃん (日曜日, 25 10月 2015 23:20)
ガッツが支局員に連れられて、歩いてきたのだった。
「ガッツ・・・」
「えっ?」
「もにかして・・・モンじゃないか」
「どうして、ここに・・・」
モンは、ガッツの質問に答えることもせず、ガッツの胸の中に飛び込んだ。
「ガッツーーーーー」
きっと、泣くなと言われても、それは無理な相談であったろう。
モンは、ガッツの胸で泣き崩れていた。
「なぁ、モン・・・・」
「竜水は?」
集中治療室の竜水に気づいたガッツは
「竜水!」
まだ、竜水の意識は完全には戻っていなかった。
マコトのとった行動に、ガッツの居場所を発したのには、橋駒も奇跡であるとしか言えなかったのである。
としちゃん (月曜日, 26 10月 2015 12:45)
病院にガッツが現れ、モンは涙の再会を果たした。
そして、モンは今、ガッツと一緒に竜水を見守っている。
しかし、マコトと間塚は、少し離れたところから、その二人の後姿を眺めることしかできなかった。
あれだけ仲の良かったマコトとガッツ
様々なことを二人でやり遂げてきた間塚とガッツ
ガッツの怪我さえなければ、マコトも間塚も「ガッツーーーーー」と駆け寄り、いつもの仲間の再会となっていたであろう。
その時のマコトも間塚も覚悟は決めていた。
でも・・・
かすかな期待を持っていたのも事実だった。
「もしかしたら、自分たちを思い出してくれるのではないか」と
しかし、二人のそんな期待は、一瞬にして崩れた。
マコトと間塚に気づいたガッツが
「あれぇ? モンの知り合いの人ですよね?」
「自分とモンが写っている写真に入っていた人でしょ?」
と、笑って語りかけてきた。
マコトは、
「あっ、あぁ、ガッツさんですよね」
「マコトと言います。こっちは間塚。どうも」
「竜水さん、早く意識をもどしてくれるといいですね」
よそいきの言葉づかいを発した自分が悲しかったマコト
マコトは、もうそれ以上は、ガッツを見ていられなかった。
マコトは涙をこらえられずに、その場を離れてしまった。
病院の外まで出て
「やっぱり・・・ ガッツ」と、拳をにぎりしめて
辛い気持ちと、悲しい運命におかれたガッツと
悔しい気持ち、様々な思いで、涙がとまらないマコトであった。
としちゃん (月曜日, 26 10月 2015 21:24)
それから数時間が過ぎ、竜水の意識がしっかりしてきた。
橋駒の質問に、竜水が問題なく答えられることを確認し、ガッツが呼ばれた。
竜水のベッドの隣にきたガッツ
『竜水・・・』
「ガッツ、ゴメン心配かけたな」
橋駒が、診察を始めた。
「ガッツさん、私のことが分かるかね?」
『・・・いいえ、初めてお会いする先生かと』
「さっき、病室の外で二人の男性に会いましたね。知らない人でしたか?」
『はい。あ、でもモンは知っています。モンは、少しも変っていませんでした。』
「モンさんとは、どんな知り合いですか?」
『高校時代の同窓生です。32年ぶりに同窓会があり、一緒にアメリカに行って、そのあとには、ディズニーランドにも一緒に行った、とっても大切な仲間です』
「分かりました。それでは竜水さんにもお尋ねします」
竜水は、ガッツがバイクで転んだことから、その後の様子を丁寧に説明した。
ガッツは、その時に初めて自分が普通ではないことに気が付かされたのだった。
『なぁ、竜水・・・俺』
「大丈夫だ、ガッツ 心配するな」
「お前は、きっとバイクで転倒した時に、少し頭を打ったんだと思う」
「ほら、いま、部屋の外で僕たちを心配そうに見ている男の人いるだろう」
ガッツは、病室の外で、ガラス窓越しに心配そうにみつめる間塚とマコトに目をやり
『さっき、あいさつした。マコトさんと間塚さんって・・・』
「あぁ、そうだよ。ガッツ・・・お前の高校時代からのとても大切な仲間なんだ」
「ほら、一緒に写っていた写真あるだろう。あそこに写っていたのは、全部、お前の仲間だ」
ガッツのほほを、涙が流れ落ちた。
そんなガッツを見た竜水は、
「大丈夫だよガッツ。少しだけ記憶が飛んでいるだけで、きっと元に・・・」
ガッツは、うなずくこともなく黙ってしたを向いていた。
橋駒が
「そうですね、ガッツさん。いま、竜水さんが言った通りです」
「大丈夫。事実、こうして竜水さんとモンさんのことも分かるんだから」
そして、橋駒は笑顔で
「実はな、私もガッツさんとは、高校時代の同窓生なんだよ・・・」
「・・・ガッツ、久しぶりだな」
ガッツの目には、悔し涙があふれていた。
大切な仲間を分からない自分が、悔しかった。
橋駒は続けた。
「一つ、大切なことを聞く」
「ガッツが、他に記憶している人の名前を教えてくれ」
「ガッツ・・・思い出してくれ」
少しの間、記憶をたどったガッツが、少し辛そうな表情をみせ、そして
『自分のことは、しっかり分かるんだ。竜水のことも、モンのことも』
『それと・・・・』
その時のガッツは、二人の女の人の名前を言った。
「・・・・分かった」
「じゃぁ、ガッツは外に出て、看護師の指示に従ってくれ」
「レントゲンと脳波をとらせてもらうぞ」
ガッツは、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
橋駒は
「・・・ガッツ」
「大丈夫だ、俺を信じてくれ」と
としちゃん (月曜日, 26 10月 2015 21:27)
部屋の外にでたガッツ
マコト、間塚、そしてモンの3人が暖かく迎えた。
「ガッツ・・・」
ガッツは、深々と頭をさげ
『ゴメン・・・』
と、涙にくれていた。
マコトは、抑えきれずに、でも、その時のマコトが、一番マコトらしかったのかもしれない。
「ガッツ、くらねよ!」
「くらねって! ぜってー治っから」
看護師が「ガッツさん、こちらへ」と、病院の奥に連れていった。
間塚も
「・・・ガッツ、待ってっから」
と、もうその時の間塚には、テレ夜の副社長という肩書は微塵も感じられない、仲間といる時の間塚の表情になっていた。
としちゃん (月曜日, 26 10月 2015 21:32)
橋駒は、竜水に質問を続けた。
「竜水さん、今、ガッツが言った人・・・」
「ガッツが記憶を失うことなく、覚えている人達に、何か共通点はあるかね?」
竜水は、少しの時間、ガッツとたどってきた道のりと
覚えている人達を重ね合わせ、ゆっくりと記憶を整理した。
そして「うん。きっと間違いない」と
「先生、モンさんをここに呼んでください」
「うん? どうしてかね?」
「共通点を確認したいんです」
「分かった」
モンが呼ばれ、そして竜水のいる部屋に入ってきた。
そして、橋駒から呼ばれた理由を聞き、椅子に座った。
竜水が、モンにゆっくり語りかけた。
「竜水といいます。初めまして」
『お会いしたかったです。モンです、よろしくお願いします』
「いま、ガッツが記憶を失うことなく覚えている人達には、何か共通点があるはずだと橋駒先生に言われて・・・」
「これまで、ガッツは、私のために多くの曲を作ってきてくれました」
「実は、曲がガッツから送られてくるたびに、必ず手紙が添えてあったんです」
「その手紙には、『竜水、お前を想って書いた』と、書いてありました」
「ほとんどの曲が、私とガッツ自身を自ら応援するような曲でした」
「なかには、失恋したときに人生に挫折することなく頑張れるような、そんな思いで書いた曲だよというのもあったのですが・・・」
「今、橋駒先生の質問に、ガッツは記憶を失っていない二人の名前を教えてくれました」
「それは・・・」
「オマツさんと、サラです」
「ガッツは、オマツさんとサラを想って曲を作っています」
「それで、モンさん・・・聞きたいことがあるのです」
「ガッツが誰を想って書いたのか・・・知らない曲が2曲だけあります」
「それは、みなさん達をモデルにして作られたドラマで使われた、あの2曲です」
「間塚さんから聞いたことがあります。それはクラリオンじゃないかなと」
「モンさん・・・もし、知っているなら教えてください」
「ガッツは誰を想って書いたのですか? やはりクラリオンさんですか・・・」
としちゃん (月曜日, 26 10月 2015 21:35)
橋駒も固唾をのんでモンの返事を待った。
その時のモンは、すでに涙でいっぱいだった。
モンは、一通の手紙を鞄から取り出し
「これを読んでください」と、あふれる涙をぬぐおうともせずに、竜水に手紙を手渡した。
その手紙は、モンが北海道の病院にガッツを見舞いに行き、その時に病院の受付から渡されたガッツからの手紙であった。
竜水と橋駒は、一緒にその手紙を読んだ。そして
「ありがとう。モンさん」
「大切な想い出を、教えてくれてありがとう」
その時の、橋駒は、硬い表情をみせ
「どうして・・・」と
その硬い表情のまま
「そろそろ、脳波とレントゲンの結果がでるころだ」
そう言って、竜水の部屋を出て行った。
その時の橋駒の表情に、不安な思いを抱かずにはいられなかったモンと竜水であった。
としちゃん (火曜日, 27 10月 2015 12:52)
モンは、竜水のいる部屋を出て、マコトと間塚のところに帰ってきた。
目を真っ赤にして。
「モン・・・」
心配そうにマコトが呼んだ。
モンは、待合所の椅子に座って、一つ深く呼吸をした。
そして、全てをマコトと間塚に話し出した。
「あのね・・・」
「ガッツが、今も記憶を失うことなく、分かっている人が5人いるの」
「それは、ガッツ自身と、竜水さんと、北海道の病院で亡くなったオマツさん、それとカンボジアで知り合った「サラ」という女の子」
「そして、残りは・・・この私」
「そして、この5人には共通点があるの」
「それはね・・・」
「ガッツは、曲を作るときに、必ず誰かを想って詩を書くの」
「その誰かを想ってというのは・・・
ガッツ自身と竜水に対する人生の応援歌であったり、
自分の母親のようなオマツさんを想い、母親への愛情を曲にしたり
旅の途中で知り合った、歌の大好きな少女サラを想って、旅人の気持ちを歌にしたり…と」
「あと・・・」
モンは、そこまで語って
「この手紙を読んで」
「ガッツが私にくれた最初で最後の手紙なの」
「ごめんなさい、ずっとみんなに内緒にしてきたことなの」
と、マコトに手紙を渡した。
マコトと間塚が読み始めて、すぐだった。
マコトも間塚も、そのほほを涙が流れていた。
「・・・そうだったのか」
と、マコトも間塚も深く呼吸をして
「ガッツらしいな。いやガッツの人生そのものだよ」と
その手紙には
For You・・・それとHello,my friend
2曲とも、モンを想って作ったよと書かれてあった。
仲間達は、「For You・・・は、クラリオンを想って作ったのだろう」と言っていた。
ガッツがそれを否定してこなかったのは、モンへの気持ちを隠すために都合がよかったのだった。そして、モンもずっと隠してきたのだった。
ガッツは、モンの優しさに助けられてきた。
モンの優しさにふれると、自分も人に優しくできた。
それでも、モンが仲間たちのアイドルである以上、自分が出る幕など微塵もないと思っていたのだった。
手紙には、最後にこう書かれていた。
「モン・・・これまでありがとう」
「モンの頑張る姿をみて、自分もこれまで頑張ってこれた」
「自分はこの先、竜水と歩いていく」
「竜水を守るためには、仲間達と離れて暮らさなければならない」
「自分は、マコトや間塚、アイト・・・
みんなと“親友”ではなくなっちゃうけど
みんなとは“心友”でいさせてほしい、ずっと」と
最後にこう書かれていた。
「モンは、俺にとって大切な人だったよ、ありがとう」
「バイバイ」と
としちゃん (水曜日, 28 10月 2015 00:23)
間もなくして橋駒が、レントゲン写真と診察の結果が書かれているような書類を手にしてやってきた。
「間塚・・・結果が出たよ」
「なぁ、間塚・・・
確かガッツは天涯孤独で、家族はいないと言っていたよな?」
「・・・あぁ」
「なぁ橋駒! なんで、今この時にそんな聞き方をするんだ?」
と、橋駒の普通の様子とは違う雰囲気を感じ取った間塚が強い口調で言った。
「すまない」
「ガッツ本人に伝える前に、お前たちに聞いてもらうよ、検査結果を」
「この先のことを相談したいんだ、お前たちに。」
「ガッツは、バイクで転倒した際に、脳を損傷していた」
「出血もある。今はおさまっているが、いつ、また出血するか」
「私は、脳外科医として多くの患者さんを診てきた。だが、どうしても理解できないんだ。5人だけの記憶を失わないでいられることが」
「それだけ、曲とその人とのつながりが大きいということなのか・・・」
「・・・・それにしても、理解できない」
「神がガッツに与えたことなのかもしれないな」
「みんな、冷静に聞いてほしい」
「ガッツは、すぐにでも手術が必要だ」
「ただ・・・」
「ただ、なんだ、橋駒!言ってくれ」
としちゃん (水曜日, 28 10月 2015 00:27)
間塚の言葉に、橋駒は続けた。
「手術をすれば、この先の出血は抑えられ、もちろん助かる」
「ただ・・・ 出血している場所が悪いんだ」
「手術をすることで、ある程度の運動機能を失うことになる」
「それは・・・歌うことも含めてだ」
「おそらくは、曲をつくるなど、もう出来なくなるだろう」
間塚とマコトは言葉を失い、
何も考えられないと、ただ茫然と聞いていた。
モンは・・・泣き崩れた。
「記憶は、どうなんだ? 手術をすれば俺たちのことを、もう一度思い出してくれるのか?」と、マコトが
橋駒は、答えた
「それは、分からない」と
マコトは、橋駒にさらに詰め寄った
「なぁ、手術をしないとどうなるんだ」
少しの時間をおいて、橋駒は
「はっきりは言えないが、5年、いやもしかすると3年・・・」
「間違いないのか?」
「20年、30年と、これから一緒に生きていきたいんだ、ガッツと一緒に!」
そのマコトの願いの言葉にも橋駒は、黙って首を横にふった。
「なぜだ、なぜ、自分たちに相談したんだ?」
「俺たちに、どう答えてほしいんだ、なぁ、橋駒」
と、間塚の言葉に
橋駒は、落ち着いて答えた。
「今の記憶も、この先、消えてしまうかもしれない」
「もしかすると、自分自身のことも、分からなくなる時がくるかもしれない」
「今が、奇跡なんだよ」
「俺は、手術をしてやりたいんだ」
「ただ・・・」
「ただ、お前たちの考えを聞きたいのは、手術をすることのリスクをガッツ本人に伝えるべきか、それとも・・・」
「私は、思うんだ。それは、さっき竜水君にも聞いたことだ」
「ガッツは、リスクを聞いたら、手術は受けないだろうと」
「だから、困っているんだ。」
「できれば、お前たちにガッツを説得してほしいんだ、手術を受けるように」
その時だった。モンが、口を開いた。
「ねぇ、私たちのガッツは、これまで幾度も奇跡を起こしてきてくれたよね」
「私たちにも」
「そんなガッツが・・・・・・あと3年だなんて」
「・・・ガッツから歌を奪ったら、もしかしたら、自分自身のことも、竜水さんのことも分からなくなってしまうかもしれないでしょう?」
その時のモンの言葉は、泣き声で聞き辛かったが・・・
「ガッツから、歌を奪うなって私にはできない!」と
としちゃん (水曜日, 28 10月 2015 12:34)
モンのその言葉で、もう誰も何も言えなくなった。
「ガッツから、歌を奪えるのか」と
間塚が、マコトとモンに向かって
「なぁ、俺たちが責任を負うしかないだろう」
「俺は、橋駒の言うとおりだと思う」
「ガッツに、手術を受けたあとのことを説明すれば、あいつは絶対手術を拒むだろう」
「ガッツには、何も説明をしないで、手術を受けさせる選択肢もあるんだ」
橋駒と間塚たちは、結論の出ないまま竜水の部屋に来た。
ガッツは、看護師が別の部屋で休ませていた。
橋駒から全てを聞いた竜水は
「少し、考えさせてください」と、ベッドに潜り込んだ。
それは、間塚達に涙を見せたくなかったからだ。
1時間ほど経っていたであろう。部屋の外で、待っていた間塚達を竜水が呼んだ。そして
「モンさん・・・お願いがあります」
「ガッツのことは、あなたが決めてください」
「ずっと、二人で暮らしてきたときも、いつも話すのはモンさん、あなたのことばかりでした」
「ガッツの人生は、あなたが決めてあげてください」
竜水の目は、涙で腫れ上がっていたが、その言葉を言ったときの表情は、はれやかであった。
予想もしなかった竜水の言葉に
「えっ、わたしが・・・」
マコトも間塚も、そして橋駒もうなずいた。
「モン・・・モンが決めてあげなよ」
「俺たちは、モンが出した答えがどうであれ、それがガッツにとって一番の幸せな結論だと思うよ」
「頼む、モン」
「たのむな、モン」
最後に、橋駒は
「医者の立場から言わせてもらえば、手術をすることしか考えられない」
「でも・・・・」
「これまで仲間達で過ごしてきた思いも、大切なんだと思う」
「延命だけが、人の幸せではないこともある」
「ガッツが“心友”であり続けることを望んでいたように・・・」
「モン、君ならガッツのための結論を出せると信じている」
モンは橋駒に最後に一つだけ確認をした。
「手術が成功して、それで、ガッツが歌を奪われなくても済む方法はないの?」
橋駒が、ゆっくり答えた。
「それは、ない」と
モンは、一つ深く呼吸をして
「・・・・・分かった」と
としちゃん (金曜日, 30 10月 2015)
ガッツは、別の部屋で眠っていた。
モンは、ガッツの隣に座り、ベッドによりかかってガッツの寝顔を眺めていたが、それまでの疲れもあり、いつの間にかうとうとしてしまった。
しばらくしてガッツが、目をさました。
『モン・・・
ありがとう、そばにいてくれたんだね』
「あっ、ゴメン、うとうとしちゃった」と、モンは笑顔で答えた。
ガッツは、そんなモンの優しい笑顔を見て
『なぁ、モン・・・』
「うん? なぁに」
『俺・・・ 竜水と一緒に日本に帰りたい・・・』
『もっともっと竜水のために曲を作ってあげたいんだぁ』
その時のモンは、ガッツに手術を勧めるべきか、まだ決めかねていた。
『俺の怪我の具合は、自分ではよく分からない』
『ただ、記憶のほとんどが消えちゃっているのは間違いないんだよな』
『でもね・・・
こうしてモンのことが分かるんだから、俺は幸せ者だよ』
ガッツは、ゆっくりと病室の窓に目をやり
『きっと、モンたちは橋駒ドクターから俺の怪我の具合を聞いているんだろうなぁ』
『もし、そのことで、モン達が苦しんでいるんだとしたら・・・』
『・・・だから、俺自身で答えを出すよ』
『モン・・・俺、みんなのそばにいたいよ』
『きっと、マコトや間塚とも、何でも話せる仲間だったんだろうなぁと思う』
『あの二人を見ていると、そんな気がするんだよ』
『そうだろう? モン』
モンは、絶対にガッツの前で泣かないと決めていたが、ガッツのその問いかけには、どうしても耐えられなかった。
あふれる涙をそのままに「うん」と、うなずいた。
『俺が、あとどれくらい俺自身を理解して生きていけるのかも分からないけど・・・』
『たとえ、それがどんなに短い時間であっても・・・』
『俺は、竜水と・・・それと・・・』
そこまでガッツの思いを聞いたモンの気持ちは、もう決まっていた。
決まっていたからこそ、モンは、泣きながら、それでも、いたずらな表情を浮かべて
「竜水さんと・・・それと・・・・? はい! そのあとを言って!ガッツ」
ガッツは、一瞬黙った。そして、とぼけた顔をして
『忘れた。記憶がない。あぁ、記憶喪失だ!』と
モンは、やっと笑顔になり
「帰ろう・・・日本に」
「ね、ガッツ」と
その二人の会話を、竜水も間塚もマコトも橋駒も部屋の外で聞いていた。
マコトも間塚も肩を揺らして、泣いていた。
そして、ガッツの言葉を聞いた橋駒が
「間塚・・・ 頼むな」と
「あぁ、分かってる」
「いざという時は、日本一の名医に頼むよ」
「橋駒より、もっともっと名医にな」
そう言って
間塚は、あふれ出る涙をぬぐおうともせず
「ありがとう、橋駒」
「あぁ、間塚」
すると・・・
場を読めないマコトが、その時もマコトらしい行動をしてしまう。
いや、それは、場を読めなかったのではなく、気持ちを抑えきれなかったマコトだった。
「はい、どうもない、ガッツ」
と、ガッツとモンのところへ
仕方なく、遅れて竜水も間塚も橋駒も入ってきた。
「はい、どうもない、ガッツ」と
するとガッツも・・・
「はい、どうもない」と皆に笑いかけた。
その笑顔は、昔のガッツの笑顔そのものだった。
その時のみんなの行動で、ガッツには、大方の察しがついた。
ガッツにとっては、それも仲間達の優しさだと思った。
そして、ガッツは竜水に向かって
「竜水 俺、日本に帰りたい」
「これからも、竜水のために曲を作り続けるよ」
「そして、仲間達と新しい記憶を作っていくんだ」
「・・・分かった、ガッツ」
「なぁ、ガッツ・・・」
「俺、お前の曲を、また日本で歌いたい」
「もし、許されるなら・・・」
間塚が、間髪をいれずに言った。
「竜水! テレ夜で特番やるぞ!」と
としちゃん (金曜日, 30 10月 2015 08:50)
10年後
仲間達は、積み立ててきたお金で作った老人ホーム『丘の上の小さな家“55”』に一緒に暮らしていた。
「今日は、モンと葉月が70歳になったお祝いだね」
「それと、今日は、間塚と真子も、ここに住み始めるお祝いも兼ねているんだよね」
「晩ごはんは、ウナギのスペシャルメニュー!」
「こんな時は、アイトと梅子が腕を振るって」
「ほんとだね、あの二人には料理当番ばかりお願いして申し訳ないんだけどさ」
「あ、そういえば、竜水とマコトも、なんとか間に合うって言ってたよ」
「仙台での『ライブ』を終えたら、飛んで帰ってくるって」
「マコトは、ちゃんとギターひけているのかな?」
「大丈夫でしょ。ガッツから相当特訓を受けたんだし」
「なかなかいいグループになったよね。竜水とマコト」
「ただいま、間に合ったかな?」
「おぉ、おかえり~ 竜水、マコト」
「それじゃ始めようか」
「ま、待ってくれ!」
「どうした竜水」
「心友のビールが・・・」
「おーい、忘れるなよ! 心友のビール」
「ちゃんと置いてやれよ、写真の前に」
「じゃぁ、そろったか?」
「それじゃカンパイだ」
「仲間達に乾杯」
「ありがとう、
仲間達」
その日の宴は、いつまでもいつまでも続いた。
リレー小説 「仲間」 ~完結編~
完
ガッツ (金曜日, 30 10月 2015 09:04)
あとがき
今日までの約6か月間、多くの方に書き込みいただきましたが
終わりの頃は、リレーになっていなかったこと、深くお詫びいたします。
「これじゃ、リレー小説じゃないんだよなぁ」と、思いつつも
通勤途中の電車の中や、家事を終えて一息ついた時になどと
小説を毎日の楽しみにしてくれている人もいて・・・
その人達が待ってんかな?と、思い
結局は、書き続けてしまいました。
最初は、次に書く人を指名でリレーすることも考えましたが、それでは負担になってしまう可能性があるだろうと、この形でやってきました。
リレー小説の持つ本来の楽しみが欠けた、普通の小説になってしまい、本当に申し訳なかったです。反省しきり。
追伸
小説のように「仲間達」が、いくつになっても互いに支え合える、そんな55会であり続けることを願っています。
~~ リレー小説言い出しっぺ 東京に向かう車内より ~~
ヒロ (月曜日, 02 11月 2015 12:34)
君は「転生」を信じるか・・・
リレー小説 「仲間」 ~ネバーエンディングストーリー編~
いま、新たな「時代(とき)」を迎え、小説が再開された。
西暦2085年
幹世(みきよ)は、科沼高校の入学試験に臨んでいた。
科沼高校は、1925年創立、160年の歴史を持つ科沼市で唯一の高等学校である。
約100年ほど前、昭和55年頃には定員450人、10クラスというマンモス校であった。
科沼市には、多い時には5つの高校があったが、少子化の進行で、それも統廃合され、唯一、市内に残ったのが科沼高校だけとなっていた。
幹世は、科沼市街地から人里離れた山間部に住む、いなか小僧であった。
幹世は、粕雄中学の“自称エリート”
都会育ちの者には、絶対に負けないというプライドだけは持っていた。
ヒロ (月曜日, 02 11月 2015 19:47)
幹世は、同じ粕雄中の「若森」と二人で科沼高校を受験した。
二人が初めて見る科沼高校、校舎は全面ソーラーの窓に覆われ、全てが、初めてみる世界であった。
町場にある中学校からの受験生は、自動運転の自家用電気自動車で受験に来ていたのに対し、幹世と若森は、2時間かけて「ちゃりんこ」で受験に来ていた。
きっと、一生懸命にちゃりんこをこいで来たことも原因の一つであったのであろうが、二人と町場の生徒とは、明らかに違いがあった。
それは、二人のほっぺたが、妙に赤かかったのだった。
入試が始まった。
最初の科目「国語」のテストが終わったときの幹世の表情は、自信に満ち溢れていた。順調な滑り出しだった。
幹世には、心配なことがあった。
それは、数日前に風邪をひいてしまったこと。
国語のテストでは、危うく鼻水が答案用紙に、こぼれ落ちるところだった。
次の数学の前に、その危険を回避しておこうと、幹世は・・・
「ない・・・」
「ハンカチも・・・ない」
仕方なく、幹世は、普段通りに学生服の袖口で鼻水をふき取った。
幹世は、数学のテストの50分間、ずっと、鼻水をすすり続けていた。
答案用紙が集められた時だった。
「それは、癖ですか?」
と、左隣の女子生徒が無表情で聞いてきた。
その生徒は「福島」だった。
幹世は、福島の可愛らしさに驚いたが、無表情に聞かれたことに、拒絶反応を示してしまい、「違います」と、言葉少なに返しただけだった。
ヒロ (月曜日, 02 11月 2015 19:49)
幹世には、科沼高校に合格するという絶対的な自信があった。
自信はあったのだが・・・
右隣の生徒が、気になって仕方なかった。
「あいつは、絶対、優秀な奴に違いない」と
それは、社会のテストの時だった。
それまでは、自信たっぷりに回答を導き出していた幹世であったが、
「次の地図の正しいものを選べ」の問いに悩んだ幹世
やむを得ず、適当に番号を選んだのだったが、
答案用紙を集める際に、「隣の秀才の答えは?」と、気になり
右隣を覗き込むと・・・違う回答であった。
幹世は「落ちた」と、瞬間的にそう思った。
「あの秀才と答えが違う」と
“自称エリート”の自信は、音を立てて崩れ落ちたのだった。
数日後・・・
幹世の思った秀才は、不合格、幹世と若森は無事に合格していた。
この時に幹世は思った。
「俺は、やっぱりエリートなんだ!そうだ、東大へ行こう」と
ヒロ (月曜日, 02 11月 2015 19:52)
科沼高校は、甲子園の常連校。
また、バスケット部もインターハイ優勝と、スポーツの盛んな学校である。
バスケット部に憧れて、入部してくる者も数多くいた。
それは、特に女子バスケ部
そんな憧れを抱いて、一人の女子が入学してきた。
「ミナミ」である。
ミナミは、「私も、いつか、あの赤パンをはく」と女子バスケ部への入部を決めていた。
科沼高校女子バスケ部にとって、赤パンは100年間も続く伝統であった。
それは、キャプテンとエースのみぞ許される「赤パン」なのである。
高校でバスケをやる女子で、“科沼の赤パン”を知らぬ者はもぐりだと言われるほど、赤パンは、高校女子バスケの象徴であった。
「ねぇ、ミナミ・・・入るの? バスケ部」
「うん、もちろんよ」
「そっかぁ・・・」
ミナミの親友の「ホノ子」は、少し心配そうな顔でミナミを眺めた。
「どうしたの? ホノ子」
「うん? ミナミ・・・少しさぁ・・・少しだけ痩せようよ!」
「・・・・・・・・・・・うん、そうだね」
ミナミ自身も分かっていた。
中学3年で受験勉強に専念していた半年で、体重は(秘密)キロまで増えていたのだった。
ヒロ (火曜日, 03 11月 2015 07:27)
科沼高校は、サッカー部も全国レベルであった。
お調子者の「タクト」は、そのサッカー部への入部を決めていた一人である。
タクトは、科沼東端中学校を全国優勝に導き、将来の日本サッカー界を背負う選手として、期待されていた。
タクトの唯一の欠点は、お調子者であること。
「モー、タクトやめてよ!」と、女子からダメ出しされるのもしばしば。
でも、誰からも愛される人気者であった。
ヒロ (火曜日, 03 11月 2015 08:19)
それぞれの希望を胸に180名の生徒達が、に入学してきた。
その180名の生徒の中に、5名のクローン人間がいた。
日本で、クローン人間が法的に認められて20年が経っていた。
クローンの中には、その精子提供者の遺伝子のまま、スポーツ界で活躍する者もいれば、まったく違った人生を歩む者もいた。
クローン人間は、才能を引き継いで当然であると、否応なしにその宿命を背負って生きていかなければならない。
科沼高校に入学してきたその5人も、それは同じであった。
ヒロ (水曜日, 04 11月 2015 20:01)
クローン人間
昔は、様々な問題があった「クローン人間」
寿命が短い、外見の全く同じ人間が世の中に何人も存在する、クローン人間には普通の人間並みの人権を認めない、などなど
それらの多くの問題に対し、生命維持の点では何年もかけて研究され、また、法整備もしっかりされ、直系姻族以外の者からであれば、誰からでも提供を受けられ、人権の点でもしっかり個人が守られるようになったのである。
男性は精子を、女性は卵子を保存しておくことで、永久にクローン人間を作り出すことができる時代になっていた。
一番の進歩は、外見は全く違って生まれてくることが出来るようになったことである。
従って、「お前は、誰々のクローンだろ」と、言われる心配はなくなっていたのである。
西暦2085年においては、新生児の約1割が、クローンにより誕生した。
昭和の時代の卒業式には
「○○君、制服の第2ボタンちょうだい!」
「ごめーん、○○ちゃんにあげる約束しているから・・・」
と、そんな光景であったようであるが、
今は、
「○○君、卒業式の日には、あなたの精子ちょうだい!」
と、何人の女子から言われるかが、モテ度のバロメーターになっていたのである。
女子たちは、将来に向けて多くのイケメンから、とりあえずは精子をもらっておくという風潮だったのである。
嘘だと思う者もいるだろうが・・・事実である。
クローンは、特別な人ではない時代になっていたのである。
決して、特別ではなかったはずなのだ。
ヒロ (水曜日, 04 11月 2015 20:04)
ミナミと一緒にバスケ部に入部した「ユキ」
タクトと一緒にサッカー部に入部した「ゴン」もクローン人間である。
ユキもゴンも、その身体能力は、桁違いであった。
二人とも自ら「私は、俺は、○○の遺伝子をもらったクローンだよ」
と、チームメートに明かし、その自信は半端ではなかった。
タクトは、そんな自信満々のゴンに対し、初めからライバル心をむき出しにした。
それは、決してサッカーの技術ではなく
「あいつとは、キャラがかぶる」と、お調子者のゴンには、負けたくないという気持ちだった。そして練習に励んだ。
ある意味、それはそれで良いことだった。
ミナミとユキは、早々に友達になった。
「ねぇ、ミナミ、居残り練習していこうよ!」
「・・・う、・・・うん」
ミナミは、全体練習についていくのがやっとだった。
それは・・・まだ、重たかったからである。
「わたし・・・赤パン・・・はけないかも」と、自信を失いかけていたミナミであった。
この時のミナミは、まだ・・・
まだ、「赤パン伝説の起源」を知らなかったのである。
ヒロ (水曜日, 04 11月 2015 20:07)
幹世は、生物部に入った。
それは「タギト」からの誘いだった。
「なぁ、幹世・・・」
「お前、野良部だよな? 生物部に入らないか?」
その時の幹世は、タギトをこう思っていた。
「あいつ・・・しこってる」と
「・・・え? 生物部?」
「あぁ、そうだ。生物部だよ! 生物部は、年に一度、女子と一緒に旅行に行けるんだ」
幹世は「タギトと一緒にいれば、可愛い女の子と友達になれるかも」
と、瞬時に思った。
「あ、あぁ、分かった。入るよ生物部」
幹世は
「タギト・・・話したらいい奴じゃん」と、
二人はすぐに親友になった。
(もし、生物部に入部していた者がいるならば、教えていただきたい。
生物部って、部活の時間に何をやっていたのかを)
それからというもの、幹世はタギトのそばを離れなかった。
学校への登校も一緒だった。
他の生徒からすれば
「あれ?幹世は何でタギトの家の方角から登校して来るんだ?」と、不思議でならなかった。
しかし・・・
その本当の理由は、トップシークレットである。
ヒロ (水曜日, 04 11月 2015 20:24)
西暦2085年
ロボットが人間の役割を担う時代になっていた。
看護、介護、保育・・・
様々な業界でロボットが、人と同じ働きをしていた。
しかも、この時代には、ロボットが人と同じ感情を持つようになっていた。
科沼高校では、1年生が入学してくると、各クラスに1人(台)のロボットが、与えられるのである。
クラスは、3年間、そのロボットと仲よく過ごすことになる。
クラスの仲間達の扱いで、そのロボットの「性格」が形成されるのだ。
各クラスの初めての学級会で、ロボットの名前が相談され、幹世のクラスのロボットは「ガッツ」と名付けられた。
それは、幹世が「・・・え?」と、思った次の瞬間に
「ガッツっていう名前がいいよ!」と、口走った。
すぐに、クラス全員が「いいねぇ~」と
タギトが「なんで、ガッツがいいと思ったんだ?」と幹世に尋ねた
すると、幹世は
「・・・う~ん、なんか、そう聴こえた気がするんだ」
と窓から空を見上げたのだった。
クラスの仲間たちは、早速「ガッツ、ガッツ」と
すると、ロボットが初めてしゃべった。
「ボク・・・ガッツ。ミンナヨロシク」と
そして、至極当然な成り行きなのであるが、幹世がガッツの世話役責任者に任命された。
「よろしくな、ガッツ 俺、幹世」
「ヨロシク ミキヨ ボク ガッツ」
ヒロ (水曜日, 04 11月 2015 21:04)
他のクラスのロボット達も、それぞれに名前が付けられ、ロボットとしての役割を全うしていた。
掃除は、もっぱらロボット達の仕事だった。
生徒たちが下校した後にロボット達は夜通し働いていた。
世話役責任者に任命された幹世には、一つだけ問題があった。
一つだけではあるが、とても大きな問題であった。
それは・・・
その事件で、クラスの仲間達が初めてそれに気付かされた出来事だった。
ミナミが、机の脚につまずいて、教室内で転んでしまったときのことである。
(ミナミが転んだのは、決して重かったからではない)
幹世が
「だいじか?」と
すると、それまで教室の一番後ろで、お行儀よく立っていたガッツが、幹世に近寄り
「ミキヨ ツメタイ ミナミ二 ダイジカ ッテ」
「ミナミ二 アヤマレ」
と、まだ、学習機会の少ないガッツは、機械的な発音で、そう言った。
「え?なんで謝るんだよ! ガッツ」
「お前、ポンコツか?」
すると、驚くことにガッツの目から、一粒の液体が流れ落ちた。
それに気付いたミナミは
「・・・え? ガッツ・・・泣いてるの?」と
幹世の怒りは収まっていなかった。
「ロボットが、泣くわけねーべ」と
しかし、その時にタギトが気付いてくれたことで、全てが落ち着いた。
「もしかしたら・・・」と、タギトはガッツに
「なぁ、ガッツ ダイジカ?ってどういう意味だと思う?」
ガッツは、きちんとタギトの方を向いて返答した。
「コロンダヒト二 オオゴトカ ト キク ミキヨハ ツメタイ」と
タギトは、
「聞いての通りだよ、幹世」
「なるべく・・・なるべくだけど標準語で・・・」
ガッツの誤解であった、いや、ロボットとしての経験値の少ないガッツが、幹世のなまりをすぐに理解できるほど、そこまではプログラミングされていなかったのだ。
「・・・ガッツ・・・ゴメン」と幹世
ガッツも「ミキヨ ジブンモ ゴメンナサイ」と
幹世は、ガッツの前に立ち
「ガッツ・・・泣いていたのか」
と、鼻水だらけのハンカチで、ガッツの涙を拭いた。
「ミキヨ トモダチ ミキヨ トモダチ」
と、せっかく拭いてもらった涙であったが、止まらなくなっていた。
そんな出来事で、幹世とガッツは、ロボットと人間という関係ではなく
男同士の友情のようなものが芽生え始めていたのであった。
ヒロ (木曜日, 05 11月 2015 00:11)
クラスの仲間達も、ガッツをロボットとしてではなく、「仲間」として接するようになっていった。
そのことで、ガッツは他のクラスのロボットよりも数段人間ぽく成長していった。
それは、しゃべり方にも現れ、目をつぶって聞くと、それがロボットだと分からないほど、人間ぽい、人間くさいロボットになっていった。
「ねぇ、ガッツ・・・」
『どうした?ミナミ』
「わたし、どうしたら痩せられるかなぁ」
『それは、消費カロリーより摂取カロリーを少なくすること』
「・・・分かってるし」
まだまだ、質問に対してプログラミングされている通りの回答を導き出すガッツではあったが、その言い方には思いやりがあった。
『なぜ、そんなに痩せたいんだ?』
『今でも十分に可愛いから大丈夫』
「・・・それは、知ってるし」
「わたし・・・」
『わたし』
「す・・・」
『す』
「あのさ、繰り返さなくいいから!」
『ゴメン』
「好きな人がいるの」
『誰だ?』
「あのさ、ちょっと、ストレートに聞きすぎ!」
『ゴメン』
「いちいち、謝らなくていいから」
『ゴメン』
『誰か分からないと、ミナミに何もしてあげられない・・・』
「あなたに、何かをしてもらおうとは思っていないから大丈夫」
『そうなのか?』
「うん」
「ただ、聞いてほしかったんだ」
『ただ、聞いてあげるだけでも、ミナミの役にたっていることになるのか?』
「うん」
『そうなのかぁ、何か役に立ちたいんだけど・・・』
『僕は、素直で明るいミナミが大好きだよ』
「ありがとう。 あぁ~あ、人間もそんなふうにストレートに自分の気持ちを相手に伝えられたらいいのになぁ」
ミナミのその言葉で、ガッツは急に黙った。
「・・・え? ガッツ、なんで黙っているの?」
もう、そのころのガッツは、感情が顔に現われるようになっていた。
その時のガッツは、明らかに悲しそうな顔をしていたのである。
そのガッツの悲しそうな表情を見て、ミナミは、ようやく気付いた。
「・・・あっ」
「ゴメン、ごめんなさいガッツ」
「わたし、そんなつもりで言ったんじゃ・・・」
ミナミのその言葉で、ガッツもようやく顔を上げた。
『いいんだ、ミナミ・・・』
『ボクハ ヤッパリ ロボット ダカラ』と
ミナミは、自分で言っておきながら、その言葉を悔いた。
「ごめん、本当にごめん」
「わたし・・・」
もう、それ以降、ミナミがガッツをロボットだと思うことはなくなった。
ヒロ (木曜日, 05 11月 2015 12:48)
幹世は、必死に勉強した。
それには、理由があった。
「幹世、テストで赤点とった奴は、生物部は除名だからな!」というタギトの言葉だった。
それはそれで、結果的に幹世を必死に勉強させたのだから、タギトのお手柄だったのだが。
この頃の幹世は、真剣に東大合格を目指していた。
「俺は、学年トップをとってやる」と
科沼高校からは、毎年一人は、東大合格者が出ていた。
県内でも3本の指に入る進学校で、その学年トップをとるのは、至難の業だった。
そんな幹世に最大のライバルが現れた。
クローン人間の「スティーブ・ジョブズ・花子」である。
そうである。あのリンゴ社の創始者の遺伝子を引き継いだ花子である。
花子は、塾には一切通わず、家での予習復習もやらずにして、最初のテストで学年トップの座についた。
授業で一度聞いたことは、忘れない頭脳を持っていたのである。
「くそっ!二位かよ」
「クローンの頭脳には、敵わねーのかよ」
と、幹世は初めて挫折を味わった。
ただ・・・立ち直りも早かった。
「そっか! 赤点なしだ。生物部の宿泊合宿に参加できるぞ!」と
それでも、落ち込んでいた幹世をみたガッツは
「幹世、くらねーよ 次、頑張っぺ」
と、すっかり幹世のなまり言葉が移っていたガッツであった。
ガッツは、少しずつ幹世色に染まり始めていたのである。
ヒロ (木曜日, 05 11月 2015 20:12)
科沼高校には、フォークソング愛好会があった。
そこに入ったのが「サワコ」と「オカコ」である。
サワコとオカコは、大親友。
二人とも、間違いなく5本の指に入る可愛さの女の子
ある日
「ねぇ、ガッツ・・・」
『どうした? サワコ』
「わたし、ギターが、なかなか上手くならないんだぁ」
『そうなのか・・・』
その時のガッツは、ギターがどういうものであるのかはプログラミングされていたが、その演奏方法までは知らなかった。
『なぁ、サワコ・・・ギターを演奏している人のビデオを見せてくれ』
『それを見て、僕が演奏方法を習得し、それでサワコに教えてあげるよ』
早速、ガッツは、ギター演奏の教材ビデオを見た。
ガッツの頭脳であれば、見た次の瞬間には、同じ体の動きができる。
・・・はずだった。
しかし、あることを理由に、思う通りに演奏できなかったのである。
それは、ガッツが初めて味わう「出来ない」という感覚だった。
数日が経った。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「約束していたギター、演奏できるようになったんでしょ?」
「早く私に教えてよ」そう言って、サワコは
「はい、よろしく」と、ガッツを座らせ、その前にガッツに抱きかかえられるように座った。
サワコの背中が、ガッツの胸に
サワコのぬくもりが、そのままガッツへ伝わった。
ガッツが、初めて味わう女の子の温もりだった。
『あっ・・・』
「早く、早く」
『・・・ゴメン、サワコ まだ、出来ないんだ』
「え?うそ?そうなの? なんだ、がっかり」
そう言って、サワコは部屋から出て行ってしまった。
そのサワコの後姿を、ただ見つめることしかできないガッツであった。
ヒロ (木曜日, 05 11月 2015 20:31)
「どうしたんだよ、ガッツ・・・元気ないぞ」
幹世の声掛けにも、いつもとは違った反応のガッツ
「みずくせーな、言えよ、ガッツ」
「なんかあったんだろ?」
ガッツは、サワコにギターを教えてやる約束をしたが、それが出来ないでいると打ち明けた。
「ガッツにも出来ないことがあるなんてなぁ・・・」
「・・・おい、何か他に理由があるんじゃねーのか?」
「ガッツが、弾けないはずねーだろう」
「よし、俺が弾いてやるから、見てろよ」
そう言って、二人で音楽教室に行き、幹世はガッツの前で「クリエーション」の♪スピニング・トー・ホールドを演奏した。
するとガッツは『やってみる』
そう言って、ガッツは幹世からギターを受け取り、ファズをセットして
幹世の今の演奏を真似て・・・
それは、幹世の演奏より上手かった。
「おい、おい、それ俺より上手いだろうよ」
と、幹世は苦笑い
「・・・で、なんで?」
「なんで、サワコの前では弾けないんだ?」
『・・・分からない』
次の瞬間だった。
「ガッツ、お前まさか!」
幹世は焦った。それは、焦ったというレベルをはるかに超えていた。
「おい、ガッツ、駄目だ! 絶対に駄目だからな!」
ヒロ (木曜日, 05 11月 2015 20:54)
ロボット達には、一つだけ「人間様に対する危険回避プログラム」がセットされていたのだった。
それは・・・
ロボット達は、人に対して“好きだ”とうい感情を持つことはできる。
しかし・・・
それが“愛”に変わった瞬間に、自動的に爆破するようにプログラミングされていたのだ。
そう、「自爆装置」だ。
それは、「取扱説明書」にも明記され、幹世達にもしっかりと伝えられていた。
ロボット達の感情に“愛情”が芽生えた時、愛のためなら何をしでかすか分からないという科学者達の勝手な決めつけによるものだった。
” 科学者達の責任回避だ。”
確かに、人間もそうかもしれない。
愛するが故に人を傷つけたり、剥奪したり
人間でさえ、その感情をセーブすることができない時があるものを、ロボットにできるはずがないと考えられたのだった。
実は、この時のガッツの自爆装置センサーは、すでにレベル8までに達していた。
残すは、あと2レベル
恐らくは、ちょっとしたきっかけで、ガッツのそのレベルは上がってしまうだろう。
もう時間の問題であった。
自分の若い時の頃を思い出していただきたい。
気になっている女の子、男の子と、ちょっとした出来事がきっかけで、好きで好きでたまらなくなってしまったこと
一度ぐらいは、あったのではないだろうか。
胸の中で “キュン” と音をたてて
ガッツは、サワコのことを・・・
幹世は、そのことに気付いたのだった。
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 00:34)
幹世は悩んだ。
それは、ガッツに対して人として接していた幹世であったればこその悩み方だった。
「ガッツ・・・お前はロボットなんだから、サワコを愛しちゃダメなんだ!」
と、そんなことは親友として言えないと思ったのである。
幹世は、クラス会で皆に相談した。
幹世は、皆、なんとか考えてくれると思っていた。
しかし・・・
クラスの生徒達の大半は
「それは、どうにもならないんじゃないの」
「ガッツが自爆しても、新しいロボットと取り換えてもらえるらしいよ」
「幹世の世話が悪かったんだよ、あきらめろよ!」だった。
幹世は、返す言葉がなかった。
それでも、わらをもつかむ思いでサワコに
「サワコは、どう思う?」
すると、サワコまでもが
「ギター、教えてくれないし、新しいロボットになってもいいかな」と
幹世は、誰も責めようとは思わなかった。
それは、当然かもしれない、ガッツはロボットなのだから。
だが、その時の幹世は、決してあきらめなかった。
「せっかく、あいつと仲良くなったんだ」
「俺が、なんとかする」と
その時の幹世の考えは、子どもじみていたが、それでも幹世が考えそうな方法であった。
「よし!これだ」と
幹世は、ガッツに手紙を出した。
正確に言えば、ハガキであるのだが
「私には、好きな人がいます。だから、あなたに言い寄られるのは迷惑です」
書く内容を決めて、いざハガキにと思った幹世は
「あっ、女の子なんだから、赤いペンで書いてあげよ」
これで良し!投函!
「ガッツは、これでサワコのことを諦めるはずだ!」
次の日、学校に送られてきたそのハガキは、教員全員に見られてしまった。
「へ~ あのロボット、そうだったのか」
「でも、面白い女の子だな、ロボットに手紙出してくるなんて」
「次のロボット、注文しておいた方が良さそうだな」
「良かったねぇ、まだ保証期間中だし、交換も無料ね」
教師たちは、言いたい放題であった。
ハガキは、ガッツに渡された。
ガッツは、差出人がサワコであることに驚き
一度、目を閉じて、そして読みだした。
読み終えた時には、ガッツの目から涙があふれていた。
ガッツが涙した理由は・・・
それが、幹世が書いたものだと、直ぐに分かったからである。
幹世も、女子に頼んで書いてもらえば良かったものを
そのハガキは、あからさまに幹世が書きましたと分かる文字だった。
幹世を親友と慕うガッツが、気がつかない訳がなかった。
ガッツは、幹世のところに行き
「幹世・・・ありがとう」
「・・・え?何が?」
「ハガキ・・・」
「??? なんのことだ? ハガキがどうしたんだ?」
幹世は、最後までしらを切った。
だが、ガッツは
「幹世、ありがとう。幹世に逢えて嬉しかった」
「もう、無理だ。自分の気持ちは・・・」
幹世は、慌ててガッツの口を両手で押さえた。そして
「やめろ!やめるんだ、それ以上言うな!ガッツ、言っちゃだめだ!」
ガッツは、ゆっくりと幹世の手を外して
「いいんだ、幹世」
「幹世だけだったよ、自分のことを本当の人間と思って付き合ってくれたのは」
「俺・・・人を愛することで、自爆装置が作動することも知っているよ」
「でも・・・・・」
「幹世が教えてくれた、人の優しさを」
「人と違う生き方をするくらいなら、自分は消えてしまった方がいい」
「サワコのことを・・・」
「やめろ!ガッツ、お願いだからやめてくれ!」
幹世の制止は、間に合わなかった。
ガッツの最後の言葉は、聞きとれなかったが・・・・・
ガッツは、ゆっくりと両目を閉じた。
「ガッツーーーーー!」
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 00:48)
科学者達がロボットに人間と同じ感情を与えたことを、間違いであるとは言いたくない。
だが、人間と同じ感情を与えた以上、ロボット達にも「権利」を与えあげて欲しかった。
しかし・・・いくら技術が進歩しようが、人間の“愛”という力は
どんな科学であろうと、解明できない力が宿る。それも認めざるを得ない。
それでも・・・・・
動かなくなったガッツを見つめる幹世
「ガッツ・・・」
「もう、お前と話せないんだな、一緒に笑えないんだな」
「ゴメンよー、ガッツ」
「なぁ、ガッツよ・・・」
「俺・・・ 決めたよ」
「人を愛することが出来るロボットを作ってやる!」
「約束するよ、ガッツ」
「そして、またいつの日か・・・」
そう言いかけて、幹世は思いとどまった。
「どれだけ優秀なロボットを作ろうが、もうガッツとは・・・」
幹世は、涙をいっぱいためて、そして動かなくなったガッツを抱えた。
「ゴメン・・・俺が早く気が付いていたら」
「お前と同じようなロボットとは、二度と逢えないよな」
幹世は、肩を揺らして号泣した。
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 12:37)
・・・・と、その時だった。
「幹世、なんで、俺の事を抱えているんだ?」
それは、ガッツの声だった。
「ガ、ガッツ」
「お前・・・」
ガッツが、サワコに対する気持ちを言った瞬間に、自爆装置のレベルは間違いなくレベル10まで達していた。
そしてその瞬間に、自爆装置のスイッチもONへと変わっていた。
しかし・・・
最終的な「破壊」に至る前のプログラム解析の結果、レベル9に戻ったのである。
そして、ガッツは目をさましたのだ。
それは、コンピューターにも予想されていなかったことで、解析に時間を要したため、わずかな時間ではあるが、その間、ガッツの機能は停止していた。
結果、導き出された結論は、ガッツの愛には、一つ足らないものがあると判断されたのであった。
それは・・・
ガッツのサワコに対する感情が“無償の愛”だったからだ。
コンピューターは、無償の愛を「それは愛ではない」と認識したのだった。
愛した人から何も求めない愛・・・そんなものなどあり得ないと。
いかにも、ガッツ達を作った科学者達らしいプログラムだった。
とにかく、ガッツは蘇った。
「なぁ、幹世・・・」
「ガッツより優秀なロボットを作るからな!って、言ってたけど・・・」
「俺は、そんなにポンコツか?」
と、泣き笑いするガッツ
幹世も負けじと
「耳は、動いていたんかい」
と、言って泣き笑い。
そして幹世は
「ガッツ、お前な、俺を好きになれよ!」
ガッツは
『・・・やだ』
二人が本当の親友になった瞬間だった。
生徒たちが下校した後の校舎
二人で掃除をする幹世とガッツだった。
教室の窓から差し込む西日が、二人の影を長く伸ばしていた。
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 20:07)
この時代の高校生たちのブームは、「夢先案内人」であった。
「ねぇ、ミナミ」
『なぁに? ユキ』
「今日さ、練習終わったら久しぶりにカラオケ行かない?」
『・・・う~ん、ゴメン、ユキ。 今日ね夢先案内人借りられたの』
「そっかぁ、じゃぁしょうがないね。で、どんな夢みるの?」
『えへっ!内緒』
この時代には、睡眠中に自分で希望するストーリーの夢をみることができる機械が発明されていたのである。
それが“夢先案内人”だ。
まだ高価なものであったため、ミナミは友人から時々借りていたのである。
ミナミは、足早に家に帰り、早々にベッドに
夢先案内人に向かって、ストーリーの入力を始めた。
『さってと! 今日の夢は・・・』
『まずは、女子会でたらふく食べて・・・あ、その後はコメダ珈琲店に行ってサンドイッチでしょ。コーヒーたっぷりで! それから家に帰って夜食には・・・アリス開運堂のメロンパンがいいな! う~ん、まだ足りないな・・・・』
『これでよっし!』
『おやすみなさ~い』
ミナミの寝顔は、この上なく幸せそうだった。
おそらくは、相当に美味しそうな食べ物が夢に登場してきたのであろう。
技術は進歩していた。していたのだが、人間の不思議はまだまだ解明できないことがたくさんある。
例えば、ミナミが自分で描いた通りの“たらふく食べまくりドリーム”をみた翌日の朝には、体重が(秘密)キロ増えていたこと。
その理由は・・・どんな優秀な科学者であっても解明できないであろう。
・・・・涙がでちゃう、だって女の子なんだもん。
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 20:32)
夢先案内人は、優れものだった。
「ねぇ、ねぇ、ミナミ」
『なぁに、ユキ』
「私、今晩、夢先案内人の初体験なんだ」
『わぁ、素敵! で、どんな夢みるの?」
『えへっ!内緒』
と、ミナミは、ユキにとっけしをとられた。
ユキは、足早に家に帰り、早々にベッドに
夢先案内人に向かって、ストーリーの入力を始めた。
「へぇ~、いろいろコースがあるのね」
「おまかせコースかぁ、これじゃ、どんな夢になるか分からないし・・・やっぱりこれね」
「・・・で、お相手は・・・」
「これでよっし!」
「おやすみなさ~い」
ユキの寝顔は、この上なく幸せそうだった。
しかも、途中、ユキのほほが赤くなって・・・
ユキが見た夢のストーリーは、こうだった。
「ユキ・・・僕は、君さえいれば、他に何もいらない」
「ユキ・・・君がいるだけで幸せだよ!俺じゃダメか?」
「ユキ・・・そのままのキミが好きだ!世界で一番愛している」
『・・・でも・・・わたし・・・えっ? だめよ、タギトさん』
「今夜また夢で逢おう」
「ユキにひとつだけ言っておく事がある。俺にホレちゃだめだ! 幸せにしかなれないから」
『タ、タ・・・タギトさん』
ちなみに説明しておくが
この夢先案内人は、夢に登場する人物が夢の中で話す言葉は、その本人が実際に口にしたことのある言葉しか出てこない仕組みになっていたのだ。
さすが、タギト
いや、さすが、夢先案内人
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 20:34)
この学年のテニス部は、可愛い子揃いだった。
「ねぇ、桜子」
『なぁに、睦月』
二人は、仲良し。いつも将来の夢を語り合っていた。
「ねぇ、葉月、今晩なにしてるの?」
「う~ん、今日はね、ラビ太郎の話を聞いてあげるつもりなんだ。最近、うるさいのよ、話きいてくれって」
「そっかぁ・・・」
もうこの時代には、動物と普通に会話できる機械が発明されていたのである。
「なにかあったの? 桜子」
「いや、なんにもないよ。ただ、最近つまらなくて・・・」
「なんか、楽しいことないかなぁと思ってさ、今度カラオケ付き合ってね」
「うん。分かった、行こうね」
桜子は、とても真面目な女の子
真剣に、将来の日本のことを考えていた。
でも、将来を危惧する高校生は、桜子だけではなかったであろう。
西暦2085年には
地球温暖化が進み、地球全体の平均気温が100年前と比較して2.5度上昇していた。
簡単に2.5度と言うが、温暖化により海水面が約80cm高くなり、沖縄や伊豆諸島なども、島の半分が海の中に沈んでいたのである。
台風の数と年間雨量も2倍になっていた。
そんな世界になっていたのだが、桜子には大きな夢があった。
それは、医療の道で活躍するというものだった。
老化を完全にストップできるなら、いつか死もなくなるのではないか。
桜子は、いつか人間は永遠に生きられるようになると信じていた。
医療技術の進歩がこれを可能にする。
だから、自分はその世界で働きたいと
一方、睦月は・・・
「わたし、お嫁さんになる!」
と、それはそれでとても素敵な夢だった。
ヒロ (金曜日, 06 11月 2015 20:38)
今日は、学級会
話し合いは、来月に迫った「文化祭」についてだった。
「楽しみだよね、睦月」
「うん、ほんとねミナミ」
「桜子は、彼氏を呼ぶの?」
「わかんない」
「ねぇ、ガッツ・・・ガッツは文化祭って分かる?」
「はい、もちろん。僕にも手伝わせてください」
「お~いガッツ、お前にはいろいろ手伝ってもらうからな」と幹世が参入
「俺のファンが、押し掛けてパニックになったらゴメン、先に謝っておくぞ」
「・・・あ、そう・・・さすがね、タギトの人気は」
「俺だって!」
「無理するなよ、タクト」
「・・・・・・」
そんな時だった。
ガッツが、おもむろに立ち、そして何か語りだした。
その頃のガッツは、いろんなことに気づかいの出来る奴に成長していたのだ。
「なぁ、ヒロ」
「お前、としちゃんの反省文を読んだのか?」
「このまま、お前が書き続けると、としちゃんと同じことになっちまうぞ!」
「どうだ、ヒロ・・・」
「3人、うん。誰か3人が書き込みしてくれるまで、待っていろよ」
「マ、マ、マイクのテスト中!」
「え~、ガッツです」
「読者の皆さん、ヒロを手伝ってあげて下さい」
「文化祭の話など、なんでもいいので話を続けてくれませんか?」
「鉄のパン○の話とか」
「僕の仲間を増やしてくれませんか?」
「お願いします」
「これで、いいか?ヒロ」
「・・・う・・・うん」
「ありがとう、ガッツ」
「それでは、皆さんよろしくお願いします」
ヒロ (水曜日, 11 11月 2015 21:48)
美咲は、ヒロにメールした。
「ご無沙汰~ 元気?」
「ねぇ、ネバーエンディングストーリー編を書き込みしてきた“ヒロ”って、あなたでしょ?」
「HPに書き込みしようと思ったんだけど・・・直接メールにしちゃった」
「まだ、誰からの書き込みも無いみたいだね。早く再開してほしくて、待ってるんだけど」
「まさか・・・このまま終わりにしようなんて思ってないよね?」
『美咲、ご無沙汰だね。』
『最近引っ越したんだってな。どうだい、そっちの住み心地は?』
『あっ、下野新聞読んだよ! 美咲すごいんだなぁ、頑張ってるじゃん』
『ところで、どうして“ヒロ”が俺だって思ったんだい?・・・まぁ、バレてたんじゃしょうがないけど・・・』
『美咲が読んでくれてたなんて知らなかったよ』
『・・・って、じゃぁ、美咲が手伝ってくれよ。今のままじゃ、リレー小説じゃないからさ、頼むよ』
「ゴメン、私には無理だよ~」
「ここまで全部読ませてもらったよ。この先どうなるの?って毎日楽しみでさ」
「途中は、いじるだけいじって、それで、話をつなげて、で、またいじって・・・」
「でも、完結編で最後に全て話がつながって、そうだったんだぁってなってさ」
「あれを読んじゃうと、途中で話を変えられないと思っちゃうよ」
「それに、きっと今の話と昔の話がつながるんでしょ?」
「だから、私には無理!」
『そんなことないよ。途中で話が変わったら、そのまま変わって進んでいけばいいんだし』
『それが、リレー小説の醍醐味じゃん!』
『リレーしてみんなで書き込みしていくのが楽しい訳だし』
「・・・分かるけど」
「じゃぁ終わりにしちゃうの? この先が気になるじゃん! 責任とってよ! 私のこのもやもや感。」
『こうしちゃった責任はあるけど・・・』
『また、最初から始めるっていう選択肢もあるからさ』
「えっ、初めから?」
『うん。まったく違う内容の小説で、最初から』
『それなら、みんな昔のように書いてくれるかも・・・』
「そうだねぇ」
「・・・って、でもさ、ここまで読んできちゃったから、この先が気になるよ。 あの転生っていう言葉の始まりも」
「あーーーーーー!!!」
「も~う、ぐちゃぐちゃ言ってないで」
「途中で、きっと誰か書き込みしてくれるよ! だから、再開して!」
「再開しないと・・・私もセーラー服着て、外出するわよ!」
(実際は、美咲は言ってません。が、・・・そう言いそうな雰囲気だった)
『ま、まじか・・・』
『わ、わ、分かったよ』
『美咲も、気が向いたら書き込みしてくれよな』
・・・と、ヒロは再び書き込みを続けることにした。
西暦2085年
この時代には、「一夫多妻」が当たり前の時代になっていた。
もちろん、「一夫多妻」を認める法整備もされていた。
少子化が、予想以上に深刻な問題になっていたからだ。
世の中は、「結婚して夫婦で子育てしたい」という人が減り、
それでも「子どもは欲しいけど、旦那はいらない」、「父親になりたいが、子育てに時間をとられたくない、子育ては母親だけに任せたい」といった、身勝手な者達が圧倒的に増えていたのである。
やむを得ず政治家が導き出した少子化対策が、一夫多妻の法整備であったのだ。
苗字は当然、夫婦別姓
親子関係を持たせるために、戸籍には全ての妻の名前が書かれた。
相続権は、人数に応じて按分することに。
母親と子供の暮らしは、国が全て責任をもった。
子ども一人に対して、月額65万円(平成の頃の金銭価値でいえば、月額約38万円程度)が支給され、それなりの暮らしができたのである。
母親は、全く働かなくても、子どもと二人で暮らしていける時代になっていた。
これは、世の中が“子どもを育てる者”と“働いて納税する者”とに二極化されたことを意味している。
ヒロ (水曜日, 11 11月 2015 21:51)
実は・・・
ミナミと睦月の父親は同じであったのである。
そう。 二人は『異母姉妹』なのだ。
異母兄弟は、この時代においては、ごくごく自然な「兄弟・姉妹」なのである。
ミナミと睦月の場合、二人の誕生日が一日違いであったことから、
父親と二人の母親、そして睦月とミナミの5人が集まって一緒に誕生会を開いていた。
二人は、子どものころから双子のように育てられ、大きくなってきた。
(注意:大きくなってきたとは、大人に成長していったという意味である。)
「睦月お姉ちゃん、今日は、お姉ちゃんのお家に行くよ」
「うん、分かった。早くおいでね、ミナミ!」
そんなやりとりもしょっちゅうだった。
睦月は、たった一日だけ早く生まれたことで、お姉ちゃん扱いされた。
ミナミは、いつも睦月のぶんのおやつまで食べてしまった。
それでも睦月は
「我慢する。だって、お姉ちゃんなんだもん」と、文句も言わずにずっと耐えてきた。
睦月は、そんな“我慢のできる女の子”だった。
そう。この時の睦月は、そんな女の子だったはずなのだ。
二人が同時に同じ人を好きになってしまうまでは。
ヒロ (水曜日, 11 11月 2015 21:53)
ガッツは、クラスの仲間達から、よく相談を受けた。
ガッツの言葉は、とっても人情味あふれ、へたすれば親友より適切なアドバイスをしてくれていた。
ある日
「ねぇ、ガッツ・・・」
『どうした? 睦月』
「私ね、好きになっちゃったみたい」
『そっかぁ・・・』
その翌日には
「ねぇ、ガッツ・・・」
『どうした? ミナミ』
「私ね、好きになっちゃったみたい」
『そっかぁ・・・』
と、二人から同じ相談、しかも二人が好きになってしまった相手が、同じ生徒だった。
『なぁ、睦月・・・』
「うん?」
『それで、どうしたいんだ? 告白して、お付き合い始めたいのか?』
「・・・それは、思ってない。ずっと仲良く友達のままで、そばにいてくれたら・・・・・」
一方ミナミは
『なぁ、ミナミ・・・』
「うん?」
『それで、どうしたいんだ? 告白して、お付き合い始めたいのか?』
「うん!もちろん、そのつもり。誰にも渡さないつもりだよ!」
ガッツは、このままでは睦月とミナミの友情が崩れると思った。
二人とも
『誰か、他に相談したのか?』
「・・・ガッツだけだよ」
ガッツは、責任重大だと困り果てた。
互いが、互いの気持ちを知らない
睦月とミナミは異母姉妹でありながらも、大親友。
二人が一人を奪い合うことで、必ずその関係は崩れてしまうだろう。
ガッツには、どうすることも出来なかった。
ヒロ (水曜日, 11 11月 2015 21:55)
睦月とミナミが同時に好きになってしまった相手とは・・・
野球部の『矢塚』だった。
そう言えば、クローンの残り2人の話がまだであった。
残り2人のクローンは野球部の
『ダルビッシュ・バテオ』と『都下弁(トカベン)』である。
ダルビッシュ・バテオは、20年に一人の逸材と将来を嘱望されたエース候補
都下弁も、120キロという体格から繰り出すバッティングは、将来のジャパンの正捕手候補と期待されていた。
ところで、ダルビッシュ・バテオって面白い名前だと思われたであろう。
ダルビッシュは、投げることについてその技術は神懸かり的な実力を備えていたのだが、いかんせん、少しの練習ですぐにバテたのである。
よって、ダルビッシュ・バテオのバテオは、チームメートがつけたあだ名である。
名前はハイカラであったが、顔は山猿
女の子にすぐにチョッカイをだすようなお調子者だった。
科沼高校硬式野球部は、進学校でありながら、その練習は、他の追随を決して許さないような厳しいものだった。
矢塚は、その練習についていくのが精一杯であったが、決してくじけずに頑張っていた。
ある日のこと
「ねぇ、矢塚君・・・」
『どうした? ミナミ』
「これ食べてよ」
と、手作りのお弁当を差し出すミナミ
それを少し離れたところから、親指と人差し指で丸をつくり、それを自分の両目に・・・
赤影状態で、眺める睦月
「ミナミったら・・・え? 自分のお弁当を?」
「でも、違うわよね・・・わたし、バカみたい。」
「これって、ジェラシー?」
「やだ、やだ。」
ミナミからの手作りお弁当攻撃は、次の日も続いた。
『悪いなぁ、ミナミ』
『自分のお弁当は、大丈夫なのかよ?』
「大丈夫、大丈夫」
実は、ミナミは、自分のお弁当を矢塚に渡していたのであった。
しかし・・・
まさしく、こういうことを“一挙両得”というのだろうか。
自分の昼食は矢塚へ、そして自分は昼食を抜いたことで、みるみる体重が減っていったのである。
『ミナミ・・・最近、痩せたか?』
「女の子に、それは禁句よ」
『そっか、ゴメンゴメン』
『でも・・・ミナミ、急に可愛くなってきたような・・・』
ミナミは、矢塚のその言葉で、こころの中でガッツポーズをとっていた。
女の子は、恋をすることで、ドーパミンという快感の伝達物質が分泌され、脳の視床下部にある性中枢神経が刺激されるのだ。
そして、摂食中枢や満腹中枢などの“食欲”に関係する中枢が刺激されることになり、結果、食欲がなくなるのだ。
恋とは、不思議な力をもたらす“生き物”なのだ。
ミナミは、クラスのほとんどの生徒が認めたように、急速に可愛くなっていった。
もともとが、可愛いミナミ。
優しくて明るいミナミは、クラス女子の絶対的な存在になっていった。
ヒロ (木曜日, 12 11月 2015 20:04)
「ねぇ、ガッツ・・・」
『どうした? 睦月』
「ミナミってさぁ、もしかしたら矢塚君のこと好きなのかもしれないね?」
「ガッツは、どう思う?」
『ぼ、ぼ、僕は・・・』
『分からない』
ガッツの機械でできた頭脳は“嘘”を選択した。
睦月のために、嘘でこの場をやりすごすことを選択したのだった。
いや、そこには、もう一つの嘘があった。
それは、もちろん睦月のためでもあるが、ガッツ自身の保身のための嘘でもあったということ。
ロボットは、人間の“ずるさ”を学習するのだ。
決して、世話役責任者の幹世が、嘘つき男だったということではない。
いたるところで、人間はいろいろな嘘をつく。
誰々のため、何々のためと、いろいろな口実をつくって
あるいは・・・口実ではなく、本当にその人のために嘘をつく。
それを目の当たりにしているガッツは、自然とそれを学習していたのだ。
ガッツの頭脳は、人間とまったく同じ判断をし、感情を持つように成長していたのである。
しかも・・・
ガッツが学習していたのは、感情だけではなく、人間のコントロールできない部分まで習得していたのである。
願わくば、そういう部分は真似をしたくないと思いつつも
ガッツは、人間の良いところ、悪いところ、面白いところ、全てを習得していたのだ。
そのことで、睦月はすぐにガッツの嘘に気付くことになる。
その時のガッツは・・・目が泳いでいたのだった。
「ガッツ・・・あなた、私に何か隠しているでしょ!」という睦月の追い打ちに
『・・・いやっ、なんにも・・・』
ガッツの目は、さらに泳いだ。
「分かりやすい人、ガッツって」
ヒロ (木曜日, 12 11月 2015 22:37)
「ガッツ、白状しなさい!」
「何を隠しているの?」
『睦月に相談されたことと同じことを相談された。ミナミも矢塚と付き合いたいって』
と、ガッツは白状した。
「・・・・・」
「どうして、それを黙っていたの?」
翌日・・・
睦月は登校してこなかった。
「ねぇ、ガッツ」
『なんだい、ミナミ』
「睦月がお休みしているんだけど、何か聞いてる? メールしても電話しても返事がないんだよ」
ガッツは、また嘘をついた。
『知らないよ』と
その翌日も、また次の日も睦月は登校してこなかった。
事件は、睦月の不登校が始まって4日後におきた。
「ガッツ! ちょっと来て!」
ミナミが、見るからに“私は怒ってる”の形相で
「ガッツ、私に嘘をついたのね!」
「昨日、睦月の家に行ってきたの。全部事情は聞いたわ」
「私、あなたに相談したわよね。矢塚君のこと」
「どうして、先に睦月から同じ相談されていたこと、言ってくれなかったの?」
「私、睦月の気持ちを知っていたら、矢塚君にアタックしなかったわよ」
「だって、睦月は、そういう子だもん」
「絶対に、身を引いて・・・そういう子だもん」
「睦月は、学校やめるって言ってるのよ」
ガッツは、なにも返事できなかった。
助けてほしかった。せめて幹世には
しかし、幹世もミナミには逆らえなかった。
幹世までもが
「ガッツ、やっぱりお前はロボットなんだよな・・・」と
その日から、ガッツと話す生徒はいなくなった。
ヒロ (木曜日, 12 11月 2015 22:40)
いつの頃からだったであろうか・・・
ガッツと話す生徒がいなくなる前には、ガッツも、生徒達と一緒に授業を受けていたのだった。
もちろん、他のクラスのロボット達は、授業中には教室の一番後ろで、行儀よく立っているだけなのだが、ガッツに限っては、机に座って皆と一緒に授業を受けていた。
「おい、ガッツ」
『なんだい?タクト』
「次の授業の宿題、忘れっちったんだけど、なんとかならねーか?」
『ずるは駄目だよ!タクト』
「ガッツは、変なところだけ真面目なんだよなぁ・・・ケチッ!」
そんな会話は、日常茶飯事だった。
ガッツの席替えは、クラスの仲間達と平等であった。当然であるが。
席替えで、教壇の目の前になってしまったガッツ
誰もが、一番嫌がる席なのだが・・・
ガッツには、最高のポジションだった。
教科書を持ち、何故か、微動だにしないガッツ
そうである。居眠りをこいていたのだ。
居眠りこくぐらいなら、なぜ、授業を受けた?と聞きたいところなのだが。
「なぁ、幹世・・・」
「なんだ?」
「普通さぁ、居眠りするかぁ、ロボッ・・・」
「おいおい、それは言わない約束だぜ」
「そうだったな」
と、一番後ろの席で幹世とタクトは小声で笑った。
「あいつ・・・少し、こらしめてやるか!」と、いたずらな顔をする幹世だった。
幹世は、ガッツを少しこらしめてやろうと・・・
化学実験室に忍び込み、ある物を拝借してきた。
それは、ガラス管2本だった。
そして、授業の合間の休み時間に、普段であればバカ話をしているはずの幹世は、なにやら一生懸命に消しゴムで机を綺麗にしていた。
「おい幹世、綺麗好きなのか? 偉いな、机を磨くなんてさ」
「あ、あぁ、そうだろう。大切な机だからな」
と、意味ありげな笑いを浮かべた。
小村先生の国語の授業が始まった。
幹世は、ガッツの動きを観察していた。
やはり、予想は的中した。
教科書を両手に持って・・・
「よし、始めようぜ! タクト」
「おぅ」
休み時間中に作った消しゴムの“かす”を丸めて、そして拝借してきたガラス管に詰め込み、吹き矢のように
「プシュッ!」
一発目は、外れた。そして二発目だった。
「ウッ!」
見事、ガッツの首に命中した。
何が起きたのか理解できないガッツは、再び教科書を両手に持ち・・・
「あいつ、こりねーな」
「いくぞ!」「おぅ」
「プシュッ!」
「イテッ!」
幹世とタクトは、ほくそ笑い。
ガッツは、気が付いた。「幹世だな」と
それでも、ガッツにとって授業は子守唄
再び・・・
幹世も、こりなかった。「今度は連射だ」
その一発が、小村先生に命中してしまった。
「誰だ!」
幹世とタクトは、おい誰だよと知らん顔
すると、おもむろにガッツが、右手を挙げて
「僕です」と
「お前、ロボットのくせに授業まで受けて、真面目に聞いているならともかく、いたずらしやがって」
と、おかんむりな小村先生
が、シャレの分かる小村先生「まぁ、そんなロボットがいても楽しいかもな」
と、事なきを得た。
そんな楽しい光景のクラスだった。
それなのに・・・
睦月のことがあって以来、幹世もタクトも他の生徒までもが加わって、
消しゴムかす弾が、起きているガッツにめがけてあびせられるようになった。
ガッツは、ただ、だまって机に座り、消しゴムかす弾をあび続けた。
「僕は・・・ロボットなんだから」と
ヒロ (木曜日, 12 11月 2015 22:44)
睦月は、誰からの連絡も絶っていた。
ミナミは、朝、毎日睦月の家に寄り「学校に一緒に行こうよ睦月~」
睦月の部屋に向かってそう呼びかけ続けていた。
無論、返答はなかったのだが。
2週間が過ぎたある日のこと
学校のロッカーに置いてあった鞄が、どうしても必要になった睦月は
皆が、放課後の部活動の時間に、鞄を取りにこっそりと登校した。
睦月が教室に入ると、そこには
一人で教室の窓から野球部の練習を見つめるガッツがいた。
「いいぞ、うまいぞ矢塚 頑張れバテオ、そうだ、いいぞ」と
ガッツは、クラスの生徒の姿を追って、小声で応援していたのである。
睦月は、どうして?と理解できなかった。
なぜなら、ガッツは部活の時間には、野球部の練習に加わり
ボール拾いから、道具の手入れ、グランド整備までこなす“スーパーマネージャー”をしている時間のはずだったからだ。
それが、一人、教室から・・・
睦月は、声をかけるべきか悩んだが、どうしても我慢できずに
「ガッツー」
「あっ、 睦月・・・」
おそらくは、睦月の姿が目に入った瞬間だったのであろう。
ガッツの目は、涙で覆われていた。
「どうしたの? 部活に行かないの?」
その時のガッツは、また嘘をついてしまう。
「あぁ、ちょっと、体のメンテナンスの日で・・・」
「・・・ふ~ん、そうなんだ」
実は・・・
ガッツと睦月は堅い約束をかわしていたのだった。
それは、『睦月に相談されたことと同じこと・・・ミナミにも相談された』
と、ガッツが睦月に白状した後のこと
『ミナミから同じ相談をされたんだけど・・・僕、どうしていいか分からなくて』
「そうだったの、ごめんねガッツ」
「辛かったでしょ」
『・・・いや、睦月のほうが・・・』
「私なら、大丈夫」
「それより私ね・・・」
そこで睦月は、言葉に詰まった。
『どうしたんだ、睦月・・・』
「わたし・・・学校を辞めないといけなくなっちゃったんだ」
『え? どうして?』
「その理由は、聞かないで」
「その理由を言ったら、ミナミまでもが・・・」
『理由は、聞いちゃいけないのか?』
『どうにもならないのか?』
「・・・うん」
「ガッツ、私、どうしたらいいと思う?」
「ミナミには、絶対にやめる理由を知られたくないの」
『それは、ミナミのためなのか?』
「・・・うん」
『本当か?』
「・・・うん」
『睦月は、辛くないのか?』
「・・・辛いよ、もちろん。みんなと別れたくないよ」
「でも、どうにもならないんだ。 どうにも」
『ぼ、僕にできることは・・・』
ガッツは、必死に考えた。そして導き出した言葉が
『睦月・・・嘘を言いなよ。ミナミに』
『ガッツに裏切られて、学校が嫌になったとか、その理由は任せるから』
「でも・・・」
『大丈夫だよ、睦月』
『僕は、睦月を守るから。』
「・・・ガッツ、ありがとう」
「・・・・・・」
「ガッツ・・・ガッツにだけは学校を辞める理由を話すね」
「わたし・・・」
『・・・そうなのか』
『・・・分かった。睦月』
そして、ガッツは睦月に最後の嘘をついた。
『明日から、また部活に参加するんだ』
『みんな、相変わらず僕に優しいんだ』と
まさか、それが、ガッツの嘘であり、ガッツがクラスの生徒達から相手にされなくなり、しかもいじめを受けていたとは、夢にも思っていなかった睦月だった。
「さようなら、ガッツ 元気でね」
『うん。睦月も元気で』
ヒロ (木曜日, 12 11月 2015 22:49)
ガッツと睦月が、別れの言葉を交わした次の日
朝の学級会の時間、先生から睦月が退学したことが告げられた。
クラスの生徒達は、ショックで言葉を失っていた。
しかし、ミナミだけは
「先生、理由はなんですか、どうして睦月は・・・」
「あぁ、先生も家の事情でとしか聞いていないんだ。睦月君とも会えなかったんだよ」
ミナミは、その日部活を休み睦月の家に向かった。
そこで、ミナミが目にしたものは
睦月の家にかけられた「売買物件」という看板だった。
睦月家族は、既に引っ越した後だった。
ミナミは、ただ茫然と睦月の家を眺めて立っていた。
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 12:45)
今になって思えば、この時が始まりだったのかもしれない。
ミナミは、睦月がいなくなってからというもの、勉強も部活もおろそかになっていった。
そして、その時のミナミは、“食”に走ったのだった。
夢先案内人で見た夢を正夢として実現もした。
女子会の後のコメダ珈琲店・・・と
食べても食べても食べられた。
悲しい出来事が、ミナミをそうさせてしまったのである。
だから、ミナミのことは責められない。そう、ミナミ自身は悪くないのだ。
結果は、おのずと想像できるだろうが、バスケで走れなくなっていった。
その時のバスケ部のキャプテンは、2学年上の『渡嘉敷』
ある日、渡嘉敷キャプテンがミナミに
「ミナミ・・・あなたのこと、私はずっと期待していたのよ」
「どうしたの? それじゃ走れないでしょ!」
「しかも、なに? そのジャージは!」
「もしかしたら、紺色パンツが入らなくなったの?だからジャージで練習しているの?」
「・・・あなたには、これを渡すわよ!はい、これなら入るでしょ!」
と、赤パンを差し出す渡嘉敷キャプテン
ミナミは
『・・・えっ? こ、これは・・・』
「そうよ! 科沼高校伝統の“赤パン”よ」
『キャプテン・・・これは、私に使う資格はありません』
「いいのよ! 私は、100年の伝統をぶっ壊すのよ。」
「きょうから、赤パンはあなたの物、そうよ“ミナミの帝王”伝説になったのよ!」
って、よく意味がわからないのだが・・・・
その日から、新たな赤パン伝説が始まったのであった。
確か・・・昭和55年の頃にも、このような光景があったような・・・
これって・・・
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 20:09)
赤パンを渡嘉敷キャプテンから引き継いだミナミは、また、バスケにエネルギーを注ぎ始めた。
だが、やはり睦月が自分に何も言わずに去っていってしまったショックは大きく、立ち直れずにいた。
そんなミナミのある日のこと
ミナミは、学校の図書室で勉強をしていた。
図書室など、観察したことのなかったミナミであったが、珍しく室内を見渡した。
「へ~、よく見たら色んな物が置いてあるのね」
と、DVD保存コーナーに目がとまった。
「何かしら、これ」
と、数あるDVDの中から、1枚気になるものを手にした。
そのDVDには『としちゃんの旅2015編』と書かれてあった。
「へ~、なんだろう・・・70年も前に作られたDVDだわ」
と、早速プレーヤーにセットし再生すると、そこには、2015年当時の同窓会の思い出をつづった内容の映像が
「へ~、時代だね。2Dなんだ」
と、テレビは3D以外目にしたことのなかったミナミは、2Dの映像に興味深々
勉強しにきたことをすっかり忘れ、DVDに見入った。
「へ~、すごい、この人たち。 いろんなことやって集まっていたんだわ」
と、その時のミナミは・・・
「私達も、50歳、60歳になったとき、クラスの仲間達で集まれるのかなぁ」
と、自然と、涙があふれていた。
そうである。自然と睦月のことを思い出していたのだ。
DVDも後半になると
「おもしろ~い、このモンっていう人」
「すごい、大食いなのね」
「・・・え? モンっていう人、私達の大先輩なの?」
次の写真に、ミナミは驚きを隠せなかった。
「昭和の時代に、もう赤パンをはいている人がいたの?」と
その映像は、昭和の時代に撮影された女子バスケ部の写真だった。
しかも、ふたりだけ赤パンが写っているではないか。
この時のミナミは
「なんか、この人・・・とっても身近に感じる。他人じゃないみたい」
と、赤パンを堂々とはくモンに、感動を覚えたミナミだった。
さらに、DVDを見続けると
『リレー小説・ガッツ編DVD完成』と、アナウンスが流れた。
ミナミは「そっちも楽しそう!」と、
としちゃんの旅2015編を途中で止め、リレー小説・ガッツ編のDVDと取り換えて見始めた。
リレー小説のストーリーが、流れていき
その中に、ガッツという一人の男のことが、語られていた。
「うちのクラスの“おんぼろロボット”と同じ名前なのね・・・」
と、いいながらも、そのストーリーに引き込まれていった。
ミナミの目には、涙が溢れていた。
「このガッツっていう人・・・」
「私達と仲よく過ごしていた頃の“おんぼろロボット”と、なんか似てる・・・」
「自分のことより、人のことばかり気にして・・・」
しかし、ミナミは、何かを吹っ切るように
「ふん! なんか、バカみたい、このガッツっていう人」
その時のミナミは、この言葉を選ぶことで、“おんぼろロボット・ガッツ”に冷たく接するようになった自分達を正当化したかったのである。
「ガッツなんか、ただのバカロボットよ!」と
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 20:12)
ミナミ達のクラスは、睦月がいなくなってから、そして、ガッツに冷たく接するようになってからというもの、なにか、明るい雰囲気が消えていた。
休み時間も、ただ、参考書を読むだけの者や、机にもたれて居眠りする者
ただ、黙って次の授業を待つ者と
以前の、明るい雰囲気のクラスは、見る影もなかった。
そのことを誰も、何も言わなかった。
“ここは科沼高校、進学校なのだから”
“仲間同士で、楽しく過ごすことなど無意味なことだ”
と、クラスの生徒達は、変わってしまったのだった。
それは、幹世もタクトも例外ではなかった。
そのことを肌で感じていた者が、一人だけいた。
そう。ガッツである。
ガッツの頭の中には、楽しかった、明るかった頃のクラスの雰囲気が好きだとインプットされていた。
その記憶と、今のクラスが明らかに違っていて、ガッツには、それがとても悲しいことだと思えたのである。
それでも、ガッツにはどうすることも出来なかった。
「幹世・・・前の幹世らしく、明るくバカやってくれたらいいのになぁ」
と、教室の一番後ろで行儀よく立っているだけのガッツであった。
ただ・・・もう一人だけ、今のクラスの雰囲気に淋しさを感じていた者がいた。
ミナミである。
ミナミは、図書室でDVDを見て以来、仲間で互いに支え合い、楽しさも悲しさも苦しみも分かち合っていた昔の人達が、うらやましく感じていたのであった。
ミナミの時代の高校生には、仲間で支え合うという概念は、全くなかった。
淋しいことだが、そういう時代になっていた。
そうである。一人で生きていける時代になっていたからだ。
それでも、笑顔にあふれて、楽しそうにバカをやっていた昔の人達が、何故かミナミのハートをつかんで放さなかったのだ。
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 20:15)
ミナミは、睦月のことを思い出していた。
想い出されるのは・・・
何故か「睦月・ガッツ・自分」と、楽しい思いでのシーンばかり。
睦月と自分のそばには、必ずガッツがいた。
ミナミは、一生懸命に他の思い出を探した。それでも、そこにはガッツがいてくれた。
睦月の笑顔と楽しそうにはしゃぐガッツの顔が、頭から放れなくなっていた。
実は、その頃のミナミは、
「そうなのよね、分かってる。」
「睦月が学校をやめた理由が、ガッツに騙されたことが原因であるはずがないのよね・・・」
「だって、そんなことで辞めるなんて・・・」
と、誰かに責任を押し付け、楽な道を選んで自分を納得させてきた自分のことが、嫌いになり始めていたミナミだった。
全ての授業が終わり、生徒達が教室から出ていくときには
ガッツは、「お疲れ様、気を付けて」と、生徒全員を見送るのだった。
それでも、ガッツの声掛けに返事する者など、一人もいなかった。
その日のミナミは、一番最後に教室を出ようと、ずっと机に座っていた。
ガッツは、そんなミナミを見たことがないと
「ミナミ・・・どうした?部活動に行かないのか?」
「みんな待っているよ」と
おそらくは、そのタイミングしかなかったのであろう。
「ガッツ・・・ゴメンね」と、また仲のいい二人に戻るタイミングは
しかし、ミナミは、その言葉が出なかった。
「なんでもないの、ほっといて!」と、教室を出て行ってしまった。
それでも、ガッツは嬉しかった。
ミナミが、自分の言葉に返事を返してくれたことには違いないからだ。
ガッツは、走り去るミナミの背中をみて
「・・・ミナミ」
「睦月のことが、今でも忘れられないのか」
「ごめん、ミナミ・・・ 睦月との約束なんだ」と
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 20:17)
そんなミナミであったが、部活動では渡嘉敷キャプテンから譲り受けた“赤パン”をはくようになってからというもの、目覚ましくその才能を開花させていった。
練習試合では、相手チームに
「ねぇねぇ、あの1年・・・ほら、あそこの赤パンよ」
「科沼高校の伝説の赤パンを1年のくせにはいてるなんて・・・」
と、試合前から相手に脅威を与えた。
ミナミのガードはすごかった。
ちょっとやそっとのぶつかりじゃ、ミナミを倒すことは出来なかった。
相手チームも、赤パンという先入観に押されて
そのプレーは尻滅裂となった。支離滅裂と言うかのかもしれないが。
また、別の高校に遠征した時には、相手チームから
「え? 同じ顔の選手がいる!」
「どこどこ?」
「ほら、あの赤パン1年と同じ顔した選手が!」
「・・・ホントだ。きっと双子ね!間違いないわ」
「え~、顔はそっくりだけど、○○いわね、もう一人の子は・・・」
と、いずれにしてもミナミの存在は、他の学校から注目され、科沼のスーパールーキーと噂されるようになっていった。
ミナミは、部活動に集中することで、様々な思いを打ち消していたのであった。
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 20:20)
学校祭が近づいてきた。
他のクラスは、ここぞとばかりに生徒達がまとまり、様々な企画を練り始めていた。
しかし、幹世達のクラスは・・・
学級委員長の『スティーブ・ジョブズ・花子』も、いまいち気合もはいらず、だらだらと時間ばかりが過ぎていった。
「ねぇ、花子」
『なぁに、ミナミ』
「学校祭だけどさぁ・・・どうしよう、クラスで何か考えないとね」
『ミナミは、学校祭に興味があるのね? じゃぁさ、ミナミが中心になって考えていってよ。お願い、ミナミ、頼むわよ!』
自分から言い出したこともあり、引くに引けなくなってしまったミナミ
「・・・う、うん、分かった」と
こんなときに睦月がいてくれたらと、あらためてクラスの中に親友がいないことに淋しさを痛感したミナミだった。
「どうしよう・・・わたし」
同じバスケ部のユキ、テニス部の桜子にも相談してみた。
しかし、返事はミナミの予想通り冷たいものだった。
幹世は?
その頃の幹世は、家業の商売の手伝いで頭がいっぱいであった。
幹世は、田舎の「何でも屋」の二男として生まれ
将来は、家業を継ぐことを決めていた。
そうである。入学して、3か月で東大進学は、諦めていたのだった。
幹世は、マジソンバックいっぱいにカップラーメンを詰め込み
「安いよ!安いよ! さぁ、買った買った。うちのカップラーメンは、ひと味違うよ」
と、休み時間に商売していた。
それが、どれぐらい家業の手伝いになっていたのかは、不明であるが、幹世のラーメンは飛ぶように売れていた。
まさか、それで自分のこずかい稼ぎをしていた訳ではないと思うのだが。
タギトは?
タギトは、女子生徒に走っていた。
他のクラスの子までテリトリーを広げ、ホークⅡで遊びに出かけていたのである。
全くあてにならなかった。
矢塚は?
野球で、それどころではなかった。
タクトは?
タクトは・・・とにかく、あてにならなかった。
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 22:29)
ミナミは、幹世が自分の店のカップラーメンを売っている姿をヒントに
「そっか、売店をやろう」と考えた。
ミナミが生徒達の役割分担を決め、ようやく学校祭当日を迎えることができた。
迎えることは出来たのだが、その日が、もし雨でなかったら・・・
今さらそれを考えても、どうにもならないのだが
ガッツもミナミから役割を与えてもらっていた。ガッツは、嬉しかった。
ガッツは、それを全うしようと決めていた。
そのガッツの仕事とは・・・
校門で看板を持ち、売店の案内をするという簡単な仕事だった。
しかし、その日は朝から強い雨
もともと、雨に濡れることなど想定していない作りのロボット
当然、雨は大敵である。
それでも、ガッツはミナミに言われた
「お客さんがたくさん来るように! あなたの役割は一番大切だから」と
雨のなか、ガッツの頭のなかでは、ミナミのその言葉だけが、エンドレスに流れていた。
「僕、頑張らないと・・・ミナミが困るから」と
冷たい雨だった。
雨は、ガッツの頭部から徐々にしみ込んで
時間がたつにつれて、ガッツの視界は奪われていった。
それでも、ガッツはその場から離れようとはしなかった。
ほんの少し、もう少し早くガッツを雨に濡れない場所に移動させていてくれたなら・・・
しかし・・・
誰一人としてガッツが、雨の中で立っていることなど、気にかける生徒はいなかった。
ヒロ (金曜日, 13 11月 2015 22:33)
それは、やっと売店のお客さんが落ち着いてきたころだった。
中学生の男の子がミナミのところによってきて
「あのぉ、このお店の看板を持ったロボット・・・」
「校門のところで、倒れていましたよ!」と
ミナミは、ハッとした。
「え? ガッツが・・・」
ミナミと幹世は急いで校門に向かった。
そこには、ガッツはいなかった。
ミナミも幹世も、安堵の表情を浮かべた。
「さっきの中学生の間違いだったみたいね」と
校舎にもどり、昇降口で靴を履き替えようとした時だった。
「幹世君だね、君は、君のクラスのロボットの世話役責任者だったよね?」
そう、幹世に話しかけてきたのは、教頭先生だった。
「あ、はい そうです」
「君は、大変なことをしてくれたね」
「君たちのクラスのロボット・・・」
幹世も、いや、幹世以上にミナミは、教頭先生の次の言葉に絶句した。
「君たちのクラスのロボット、壊れたよ」
「校門のところで、倒れていたよ、君たちのクラスの看板を握りしめたまま」
「ロボットを、雨の中で立たせておくなど、ありえないだろう!」
「まったく動かなかったから、おそらくはもう直らないと思うがね」
「とりあえず、いま、業者を呼んだよ。」
「とんでもないことをしてくれたな」
教頭先生は、えらい剣幕で、幹世とミナミを叱った。
「教頭先生・・・私なんです。ガッツに校門で立っているように命じたのは」
「申し訳ありませんでした」と、ミナミは泣きながら謝った。
「先生・・・ガッツは?」
「ほら、そこに置いてあるよ」
教頭先生の指さす方向に目をやると、ガッツが、無造作におかれてあった。
おそらくは、校門から入ってきた車の『しっぱね』であろう
ガッツの体は、泥だらけだった。
「ガッツ、ガッツ・・・」
微動だにしないガッツに、ミナミは名前を呼び続けた。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015)
『ミナミ・・・』
幹世の小さな声は、ミナミの耳には入らなかった。
『ミナミー!』
「あ、幹世・・・」
「私ね・・・」
「わたし・・・ 本当はガッツに謝りたいと思っていたの」
『え?何をだい?』
『ずっと、怒っていたじゃん。もちろん今でもガッツのこと許していないんだろう?睦月のことで』
「幹世・・・ 違うの」
「私、本当は分かっていたの。いや、分かっていたというよりも、もしかすると私たちの知らない何か理由があったんじゃないかと」
「だって・・・」
「だってさ、どう考えても睦月がガッツに裏切られたことが原因で、それで学校をやめるなんて・・・あり得ないよね」
「それなのにわたし・・・睦月が私に黙って、相談もなしにやめたことを、何かの・・・そう、ガッツのせいにして・・・」
「だって・・・」
そう言って、声をだしてミナミは泣き出した。
『・・・そ、そうだよな』
『俺も、落ち込むミナミを見ていられなくて、それで、俺だけガッツと仲良くしているわけにもいかずに・・・』
『・・・って、それも俺の言い訳だよな』
二人は、泥だらけになったガッツの体を、ハンカチでふきながら
「ごめんよ、ガッツ・・・なぁ、動いてくれよ、ガッツ」と
しかしガッツは、まったく動かなかった。
幹世は
『俺・・・俺が一番お前の理解者でいてあげなきゃならなかったのに』
と、昇降口の冷たいコンクリートに両ひざをつけて肩を揺らして泣き続けた。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 18:05)
学校祭は終わった。
幹世とミナミは、ガッツのそばを離れなかった。
夕方になって、ガッツを納品した業者が、ガッツを引き取りにきた。
「あり得ないねぇ、雨の中に立たせておいたんだって?」
幹世とミナミは、黙ってうなずいた。
「君たちには残念な話だが、もう直らないよ、おそらく」
そういって、三人がかりでガッツをトラックに積み込んだ。
「あ、あのぉ、ガッツは? ガッツはどうなるんですか?」
「あぁ、使える部品だけ取り出して、あとはスクラップして、溶解炉で溶かして、ってそんなところだな」
それを聞かされたミナミと幹世は、自然と体が動いていた。
トラックの荷台に乗り込み
「いやです、お願いです。やめて下さい。お願いします、お願いします」と
泥だらけのガッツに抱き着いて、離れようとはしなかった。
困り果てた業者は、教頭先生を呼んできて、二人を説得するしかないと
「君たち、これ以上私を困らせないでくれ!」
「君たちだろう! 壊したのは」
二人は、トラックの荷台から降りるしかなかった。
トラックは、校門を出て行った。ガッツを荷台に乗せて
二人は、トラックが見えなくなるまで見送った。
「ごめんなさい、ガッツ、ガッツーーーーー」
ミナミの声が、ガッツの耳に届くことはなかった。
それが、ガッツとの別れだった。
ミナミと幹世、担任教師もその責任ありと、厳重注意を受け
あとは、ペナルティとして、クラスには新しいロボットは与えられなかった。
教室、トイレ、校庭と放課後の掃除は、大変だった。
「ガッツ・・・これを全部一人でやっていたんだな」
と、あらためてガッツがやってくれていたことの大変さに気づいたクラスの生徒達だった。
ガッツを失って、落ち込むミナミを、さらに追い込むように
クラスの生徒達は、「ミナミのせいで・・・」と、自分たちがやらなければならなくなったことに対して、そのやりばを全てミナミに向けたのだった。
西暦2086年
進学校の生徒に、友人は必要ない時代になっていたのだった。
ミナミと幹世の高校1年生は、終わった。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 18:09)
そのことも原因の一つではあるが、幹世はまったく変わってしまった。
眉毛をそり、45度のメガネをかけ、ズボンはボンタン、もちろん、学生服とその裏地の刺繍にもこだわった
昭和の時代には、龍や虎が流行ったと聞いたことがあるが
幹世の学生服の裏地は、キティちゃん
マジソンバックを持ち、中には愛読書の「明星」が常に入っていた。
自動二輪の免許も取得し、単車を乗り回した。
愛車は、ラッタッタ
夜中には、自宅近くの農道を、ラッタッタで走り回っていた。
幹世は、何故か昔の古き良き時代に流行った代物を好んで愛用したのだった。
一方、ミナミはというと
部活動も休部届をだし、ただ、学校と家の往復だけの生活になっていた。
ただ、ガッツのことが頭から放れず、すっかり食欲も・・・
いや・・・
食欲だけは、以前よりも増して、食べても食べても食べても食べられた。
良かったぁ(^^♪
少しだけ、体重も増え、体形は100・100・100に
普通の女子高生生活を送っていたのだった。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 21:59)
二年生になり、後輩が入学してきた。
後輩達は、見るからにガリベンタイプばかりで、科沼高校は、より一層大学に入るためのただの通過点的存在になっていった。
1年生にも当然、クラスに1台のロボットが与えられた。
そのほとんどが、掃除などの雑用ばかりを言いつけられ、生徒達と仲良く過ごそうといったロボットは1台もなかった。
ミナミは、「ガッツみたいなロボットなんて、もういないんだなぁ」と
しみじみ思っていた。
ある日、ミナミが体育の授業のため、教室を出て、体育館に向かい階段を降りていくと、最後の1段を踏み外して、転んでしまった。
「いたーい」
その時だった。
「だいじか?」と、1年6組のロボットがミナミに声をかけてきた。
「・・・え?」
「いま、だいじか?って」
それは、よくガッツがミナミを心配して言ってくれた言葉と、全く同じイントネーションだった。
声をかけてくれたロボットに目をやると、とても心配そうにミナミを見ている。
「あなた、1年生のロボットでしょ?」
「うん、そうだよ・・・・・・・ミナミ」
「え?」
「どうして私の名前を知ってるの?」
「それは・・・」
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 22:51)
イントネーションは同じでも外見はガッツとは全く違っている。
それなのに・・・どうしてミナミの名前を知っていたのか
それは今から、5カ月前のこと
「なぁ、さっきの高校生の二人・・・今どきの高校生にしては、珍しいな」
『なにがだい?』
と、壊れて動かなくなったガッツを引き取りにきた者達が、トラックを走らせながら会話を始めた。
「連れていくな!って、あんなに泣いてロボットにしがみついてさ」
『あぁ、確かにな。大切な友達を連れていかないでくれって、俺たちに訴えていたもんな』
「ロボットに、あんなに情がうつるものか?」
『いや、いままでそんな報告受けたことないよな』
「いくら知能を持たせたロボットとはいえ、あそこまで大事に思われたロボットは、いまだかつてないだろう。」
『・・・帰って、いろいろ調べてみるとするか』
ガッツは、すぐに研究施設に運ばれ、記憶データの全てが調べられた。
研究員は、驚いた。
「おい、このロボットのデータ・・・どれだけ詰め込まれているんだよ」
「これじゃ、今晩、徹夜になるぞ」
と、言いながらも、研究員にはガッツのデータの多さに興味津々だった。
こういったデータ分析は、ロボット開発のために頻繁に行われており、珍しいことではなかった。
しかし、ガッツのデータ量に限っては、他の同じタイプのロボットの2,000倍以上もあったのである。
データ分析が終わった頃は、すでに朝になっていた。
研究員は、分析票を見て驚いた。
「え? ロボットが? ・・・信じられない」
ロボットの知能には、喜怒哀楽の感情を持つことが出来るようにプログラミングされてあった。
しかし、研究員が驚いたのは、ロボットには起きるはずのない、感情をガッツが持っていたからだ。
それは、少し難しい言葉を借りて言うならば
“殺身成仁{さっしんせいじん}”
自分を犠牲にし、世のため人のために尽くすという感情であった。
「おい、驚いたぞ、このロボット」
さらに、研究員はデータ分析を続けた。
研究員は、全ての結果の分析を終えてこう言った。
「人間にだって、こんないい奴いないよ!」
「あの高校生たちが、泣いてすがる訳だ」
「驚いたよ、睦月という女の子の秘密を守るため、自分はどんなことにも耐えるんだと、そう記憶されていたよ」と
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 22:56)
研究員は思った。
「きっと、辛かったろうな、このロボット」
そして研究員は
「そういえば、あの二人・・・ガッツと呼んでいたよな」
「ガッツ・・・待ってろ!」
「お前の頭脳・・・ 俺が必ず元のお前に戻してやるからな」と
研究員たちの思いは、研究のためではなく
自分たちが作りだしたロボットが、人と同じ、いや、人の感情よりも暖かい感情を持ったことに、親として、我が子を何としても直してやるという思いだった。
その時、研究員はあることに気づいた。
「あっ!」
「今年、型をモデルチェンジしたんだっけ」
「まぁ、許せガッツよ。少しだけ美形にしてやるんだからな」
と、笑ってガッツに語りかけたのだった。
新学期の始まる4月までに完成させるため、研究員たちの作業は夜を徹して進められた。
そして、ガッツの出身校である科沼高校に納品されたのだった。
研究員たちは、納品の日
「ガッツ、お前は無事に元通りになったぞ!」
「え?そうなんですか」
「僕は・・・」
「あぁ、今日からまた科沼高校で頑張ってもらうよ!」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます。」
「お前は、1年生のクラスに入るけど、チャンスがきたら、驚かせてやるがいい」
「ミナミ達をな!」
「あ、はい。」
ガッツは、研究員と握手をして研究所をあとにした。
“ガッツは生まれ変わった”
そして今、階段の踊り場でミナミと再会したのだった。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 23:00)
「ミナミ、僕だよ。ガッツだよ」
と、転んだミナミに手を差し出し、立たせてやった。
「え? でも・・・」
ガッツは、研究員から聞かされた話をミナミに語った。
「ほ、ホントなのね! ガッツ―」
と、ミナミはガッツに抱き着いた。
ガッツは
「く、く、苦しいよ、ミナミ」
さすがに、ガッツであっても100・100・100の抱き着きは、辛かったようだ。
「なぁ・・・幹世は、元気なのか?」
『あぁ、あなたの親友ね・・・』
「ど、どうしたんだ? 朝、校門で登校する生徒を全部チェックしていたんだけど、幹世が見つからないんだよ」
ミナミは、少し困った表情を浮かべ
「・・・ガッツから言って頂戴! お昼休みに連れてくるから」
幹世との再会は、もちろん感動的であったが、そこそこに
ガッツは
「ミナミ・・・黒のサインペン持ってきて」と
ミナミが、取ってきたサインペンをガッツは奪い取るようにして
次の瞬間には、45度のメガネを90度に捻じ曲げ
そして、幹世の眉毛をサインペンで書いていたガッツだった。
幹世は、ただ黙ってガッツにされるがまま
そして、ガッツは幹世に向かって
「真面目にやらんかい!われー」
ミナミは、必死に笑いをこらえて
「ガッツ、関西弁どこで覚えてきたの?」
「研究所に関西人がいて、すっかり気に入っちゃったんだよ」
ミナミも幹世もガッツも
三人で泣き笑いの、その日の昼休みだった。
ヒロ (土曜日, 14 11月 2015 23:39)
書き込みナンバー470の追記となりますが、
リレー小説 「仲間」 ~ネバーエンディングストーリー編~のうち
~幹世・ミナミ・ガッツ編~は、『完』となります。
伏してお詫びいたします。
ヒロ (日曜日, 15 11月 2015 20:34)
人は、この世に生を受けてから、天国に召されるまで
“人生”という1本のレールの上を歩んでいく。
その人生というレールは、既に生まれたときから、その全てが決められているのかもしれない。
いま、
パソコンの前にいて、あるいは携帯電話を片手に小説を読んでいるのも
自身が決めてそうしているかと思えるだろうが・・・
それも、いま小説を読むようにと引かれたレールに従っているだけなのかもしれない。
小説を読み終えて
「さて、風呂入って寝るか。」
「アリス開運堂のメロンパン食べよっと!」などという行動の全てが
既にもう決められていることなのかもしれないのだ。
人生には、大きな分岐点が何度も訪れる。
高校入試の当落や大学進学、就職試験・・・結婚、出産・・・
これまでに「あぁ、あの時、受験に成功していたら・・・」などと考え、
そして
「あの時に、こうしていたらなぁ・・・」と
悔やんでみたり、そのことに八つ当たりしてみたり
人が、勝手に「あの時が、自分の人生の分かれ道だった」と、決め込んでいることは、決して分岐ではなく、その道を選んできたことなのだ。
導かれるままに。
悪い結果だったと、その時は思ったであろう、感じたであろう。
でも、それは決して悪い結果だったのではなく、
それが、自身にひかれた最良のレールだったのだと思いたい。
幹世は、52歳になっていた。
幹世は、自宅の隣に完成した子供の家を眺めながら、いろんなことを思い出していた。
「あの時、就職試験に合格していたら・・・」
「間違いなく、妻とは結婚していなかっただろうなぁ」
「そしたら、子どもたちも生まれてきてくれなかったんだよなぁ」
「あの時・・・・」
「・・・だよなぁ」
「あの時・・・・」
「・・・そうだよなぁ」と
そして幹世は、いろんな出来事を振り返りながらも最後には
「俺の人生、楽しいことたくさんあったよな」
「これからも、まだまだ!」
と、子どもが建てた家を笑顔で眺めた。
決められたレールとは言っても、全ての人間には、そのレールを切り開いていく力が与えられている。
それが“夢”と“希望”である。
夢に向かっての目標は、どんな人にも自身で決めることができるように、平等にその権利が与えられている。
だが、夢を持つ持たない、あるいは、夢に向かって、努力するのもしないのも、自己責任なのだ。誰も手助けはしてくれない。
また、そのレールを丁寧に歩いていく力も与えられている。
それが、“慎重”と“予防”である。
これを怠ると、レールが勝手に曲がることがある。
そして、人には
人生のレールをいい方向に導いてくれる者が、必ず目の前に現れる。
幹世が、子どもの家を眺めて、最初に思い出したことが
「あの時、ガッツにサインペンで眉毛を書かれていなかったら・・・」
「きっと、高校も卒業出来なかったかもしれないなぁ」
と、それもその導きの一つである。
人間にとって、仲間は絶対に必要な存在なのだ。
仲間は、互いに互いの人生を幸せにしてくれる存在なのだ。
ただ・・・
天国においては、少しだけこの世のルールとは異なることがある。
いま、『トシ&勝也編』が始まった。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 19:41)
モンや葉月、マコトやアイトら仲間達でディズニーランドに行ったときに
一緒に行った“としちゃん”を覚えているか?
覚えていないのなら、読み進める前に「書き込み168」を読み返しておくことをお勧めする。
『トシ&勝也編』が始まった。
それは、仲間達が「丘の上の小さな家“55”」に住み始めて数年が経ち
ガッツが、仲間達より少しだけ早く天国に行った時のこと
ガッツが永眠してから50日がたち、ようやく天国にたどり着いたときだった。
「勝也・・・」
「おい、勝也・・・」
「・・・え?」
「俺だよ、トシだ」
「来たのか、勝也も」
それは、20数年ぶりの再会だった。
まだ、自分が天国にきたことを上手く理解していなかった勝也であったため、
その時の勝也は、トシとの再会に、狐につままれたような顔をしていた。
優しい笑みを浮かべてトシは、勝也に語りかけた。
「勝也、久しぶりだな」
「いま、お前がいるここが天国という場所だよ」
「ほら、下を見てごらんよ」
「お前の仲間達が、あそこに見えるだろう」
勝也は、トシの指さす方を見ると、確かにマコトやアイト達が丘の上の小さな家“55”で暮らしている様子が見えた。
その時の白川勝也は、
あだ名の「ガッツ」ではなく、久しぶりに本名で呼ばれて、少し面食らっていたのだった。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 19:44)
トシと勝也は、高校時代に知り合い、それ以来の親友だった。
勝也が養護施設を出て、町工場で働き出し、竜水のゴーストライターを始めた頃からは、トシは勝也の心の支えだった。
「勝也・・・良かったなぁ、竜水」
「すごいじゃないか、お前の作った曲で、いきなりヒットしたな」
「おいおい、今度の曲もすごい良い曲だぜ!」
と、勝也が竜水のゴーストライターであることを知る“唯一の友”だった。
勝也は、曲が仕上がると、まずはトシに聴いてもらい、その感想を聞いた。
トシは
「いいねぇ、いいねぇ」
と、ほとんどがそればかりで、勝也も、決して「ここはこうした方が良いだろう!」というような答えは、トシには求めていなかった。
ただ、トシの「いいねぇ、いいねぇ」が、心の支えであり、勇気をもらっていた。
勝也にも、曲作りにスランプのような時期があった。
決して、簡単に次から次へと曲が出来上がっていた訳ではなかった。
そんな時トシは、必ず勝也のそばにいて見守っていた。
時には「勝也、ガッツ出せ!竜水のためだ、ガッツだ!」
と、応援したり・・・
そしていつしか、トシは勝也を「ガッツ」と呼ぶようになっていた。
そう、ガッツの名付け親がトシなのである。
トシは、結婚して父親になり、幸せな家庭を築いていった。
それでも、竜水のために曲を作り続ける勝也を応援し続けた。
トシがいてくれなかったら、竜水の曲は生まれてこなかったと言っても過言ではないだろう。
トシと勝也の“逸話”を語っていると、それだけで1冊の本が書けるほど、二人はいつも一緒に、いろんなことをやってきた。
勝也にとってトシは無二の親友だったのだ。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 19:49)
そんな二人であったが、ある日、二人に突然の別れが訪れる。
それは2月の寒い日の朝だった。
その日も勝也は、早朝から工場に出て働いていた。
そこに1本の電話が
それは、「トシが亡くなった」という連絡だった。
勝也は工場を飛び出し、トシがいるといわれた病院に向かった。
病院に着いた勝也がどんなに呼びかけようが、トシが返事をすることはなかった。
トシは、急病でこの世を去った。
勝也は、2日間泣き続けた。
それでも「トシのために出来ることはないのか・・・」と
勝也が思いついたのは、
「あいつ、家族のために真面目に働いて・・・」
「最後に、その証をトシとトシの家族にも見せてあげたい」と
勝也は、トシのいた会社のナンバーⅡに、お願いに行った。
もちろん、そんなことが許されるのかと思いながらも。
門前払いを覚悟で、ナンバーⅡに会いにいった。
勝也は、会社に事情を説明し、ナンバーⅡの部屋に入ることを許された。
そして、ナンバーⅡに向かって
「最後にトシに、自分が頑張ってきた会社を見せてあげたいんです。」と
その時の会社のナンバーⅡの返事に勝也は涙することになる。
「社員のために、そのようなことをしたことは、いまだかつてないんだ」
その言葉で、勝也は下を向き、分かりましたと返事しようとした瞬間だった。
「しかし、トシ君は、いい仲間を持っていたんだね。それも彼の仁徳だな」
「もちろん、許可をするよ。トシ君が来る時間になったら、庁内放送を入れても構わんよ」と
勝也は、「・・・え?」と、驚いた顔のまま
そして、庁内放送だけは丁重にお断りした。
深々と頭をさげ涙ながらに「ありがとうございます」と、ナンバーⅡの部屋をでた。
勝也は、仲間に頼んで会社の全部署にお願いに歩いた。
「トシが、3時に会社の前を通ります。その時に、見送っていただきたいんです」
どの部署からも、返ってきた言葉は「トシのためだ、もちろん参列させてもらうよ」だった。
トシが自宅をあとにし、告別式の会場に向かう途中に会社により、そしてロータリーに入ってくると
おそらくは、ほとんどの社員と思われる人数の人が、トシを見送るために、寒空の下、駐車場に立っていた。
トシを乗せた車は、ロータリーを廻り、そしてトシが働いていた新館の前も通っていった。
その間、多くの社員が涙し、トシを見送ってくれた。
勝也は、その時あらためて
「トシって、そういう奴だったんだなぁ」と、多くの人が見送ってくれたことと、そんなトシと親友でいれたことに感謝し、大粒の涙をいくつも流した。
トシの家族が、その社員達の姿をみて、どう感じてくれたのかは、語る必要もないところだろう。
トシは、そんな男だった。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 19:58)
告別式では、多くの仲間達がトシとの最後の別れに来てくれた。
司会の「最後にお別れの言葉をかけたい方は、前にお進みください」のアナウンスに
会場の全員が列をつくり、トシに花を、そしてそれぞれの言葉をかけた。
勝也は、肩を揺らしながら、前に進めずに立ちすくんでいた。
もう、誰もがトシとの別れを済ませた。
勝也に気付いたトシの母親が
「最後に、勝也さんが別れを言ってあげてください」と
やっとの思いで勝也は3歩前に進んで
最後の言葉を精一杯探した。
そして握りしめたお花をトシの胸の上におきながら
「またな、トシ」と
それから2時間後、トシの姿は変わっていた。
係の人が、最後の作業を一人で行っていることに気付いた勝也は
「手伝いをさせてもらえますか」
係の人は「ぜひ、そうしてあげてください」と
最後のふたを勝也がしめたのだった。
最後の最後まで、勝也はトシのそばを離れなかった。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 20:25)
そんな勝也は、その時以降は、写真のトシと語り合ってきたため
笑顔で話すトシとは、20数年ぶりのことだった。
やっと、自分が天国にきたことを理解しはじめた勝也は、しみじみとトシを眺め
「俺、トシと交わした最後の約束・・・守れたんだな」
トシは
「あぁ・・・お前だけだったよ。俺をおくってくれたたくさんの人のなかで
『またな、トシ』って、言ったのは」
「あっ、だからこうして、天国にきたお前を、出迎えに来てあげたんだけどな」
と、トシは微笑んだ。
ようやく勝也にも笑顔が戻った。
勝也は、丘の上の小さな家“55”の仲間達を眺めながら
『俺・・・そうだよな、あいつらに見守られながら、天国への階段を登ってきたんだよな、・・・・・49日かけて』
そんな勝也の言葉にトシは優しく応えた。
「あぁ、そうだな。」
「幸せな人生だったろう、仲間達と一緒で」
「ずっと、ここから見守っていたよ、勝也たちのこと」
「なぁ、勝也・・・」
「ありがとうな」
『うん? 何が?』
「いや、みんなよりも少しだけ先にここに来て・・・」
「でもお前が、事あるごとに墓参りして、いろんな話を聞かせてくれて・・・おかげで少しも淋しくなかったよ」
「“としちゃん”っていう存在まで作ってくれて」
「墓参りも、命日には必ず仲間達と来てくれてさ」
「お前たちのおかげで・・・忙しかったよ」
「ありがとうよ」
と、大きな目でトシは笑った。
ヒロ (月曜日, 16 11月 2015 23:58)
勝也は、そんなトシの笑顔をみて、心から良かったと思った。
しかし、直ぐに表情を曇らせて
「あっ、俺、一つだけお前との約束を果たせなかったことがる」
と、とても申し訳なさそうな表情で、トシをみて
「トシと約束していた“50歳になったら同窓会やろうな”っていう約束を・・・」
トシは、
「あぁ、分かってるよ。」
「大丈夫さ、結局は、仲間達が叶えてくれたじゃないか」
「それに・・・俺も約束を守れなかったんだから、おあいこだろ」
トシは、全てを承知していた。
同窓会のあと、仲間達が互いに支え合い、励まし合い、そして助け合ってきたことの全てを
「勝也、言ってたもんな。同窓会をやって、また友好を再開したいんだよって」
「お前の言っていたとおり、同窓会以降は、いろんなことをやれて良かったな」
「いつも、見守っていたよ」
「時々、おいおい、食べ過ぎじゃねーか、モン!って、心配しながらな」
それを聞いた勝也は、すごく心が安らいだ。
「そっかぁ、見ていてくれたんだな」と
するとトシは
「おいおい、それは、ちょっと違うな!」
「勝也、お前が見ていてくれ!って、墓の前で毎度毎度頼むから、仕方なく・・・」
「あっ、そうだったな」
と、互いに笑った。
ヒロ (火曜日, 17 11月 2015 12:35)
しばらくは、二人で思い出話をしていたが、勝也が突然に言った。
『なぁ、トシ・・・』
「どうした? 勝也」
『俺・・・かあちゃんに会いたい』
少し困った表情を浮かべたトシは
「お前のおふくろ、ここにきてどれくらい経つんだ?」
『もう、50年以上経っているよ』
「そっかぁ・・・」
少し考えて、トシは
「その前に、勝也に教えておきたいことがあるんだ。時間は、たくさんあるんだ、ゆっくり教えていくよ」
と、そう言って、トシは、少しずつ天国でのルールみたいなことを勝也に語り始めた。
「勝也・・・よく聞くんだぞ」
「人は二度死ぬと言われているんだ」
「一度目は、心臓が止まり、天に召される死」
「そうだ、お前は今回一度目の死を向かえたんだ」
「そして、二つ目は、全ての人から忘れ去られたときに訪れる死だ」
「勝也・・・ ほら、周りを見渡してごらんよ」
「笑顔の人がたくさんいるだろう」
「あの人たちは、いま、残してきた家族とか、友達とか、恋人とか・・・
会話しているんだよ」
「なかなか、下にいる人達には、ここにいる人達の声は、直接は聴こえないことが多いんだけどな」
「それでも、会話している。下からの言葉は、全て届いているんだ」
「それはな、残してきた人たちが、天国にいる自分たちに話しかけてくれているから、会話ができるんだよ」
そして、トシはまた周りを見渡して
「なぁ、勝也、あそこにいる人は、すごく淋しそうにしているだろう、笑顔もなく」
『・・・あぁ、そうだな すごく淋しそうに見える』
「あの人は、下から話しかけられるのを、思い出してもらえることを、おそらくはずっと待ち続けているんだと思う」
「ここにいる人達は、決して残してきた人に、こっちからは話しかけられないんだ」
「ところで・・・勝也は、お前のおふくろさんの命日や、お彼岸、お盆には、お墓参りをしていたのか?」
『もちろん』
「そっか、良かった」
「勝也のおふくろさんは、きっと、それを喜んで待っていただろうし、その都度、お前と会話を楽しんでいたはずだよ」
「だけどな・・・」
『だけど? だけどなに? なにかあるのか、トシ』
「あぁ・・・」
「勝也・・・冷静に聞いてくれ。もしかすると、勝也はおふくろさんには会えないかもしれない」
「この先の話は、落ち着いて聞いてくれ」
「勝也・・・」
ヒロ (火曜日, 17 11月 2015 12:57)
「ところでさ、俺はお前のこと勝也と呼んでいるし、お前も俺のことをトシと呼んでいる」
「お前さ、ここに来るときに、新しい名前を授かってきたろう?」
『・・・あっ、うん。戒名というありがたい名前を授かってここに来た』
「あぁ、そうだな。もちろん俺もありがたい戒名を授けられてここに来た」
「でさ、俺とお前で会話するときなんだけどさ・・・」
「いいよな、トシと勝也で」
『あぁ、ぜひそうしたい。』
「ただしな、俺以外の方に名前を尋ねられたら、きちんと戒名を名乗るようにするんだぞ、それがここのルールなんだ」
『分かった、ありがとう教えてくれて』
「じゃぁ、少し歩こう、勝也」
『あぁ』
二人は、途中、ときどき会釈を受けながら、天国を歩いていた。
『なぁ、トシ・・・』
「うん? どうした勝也」
『いろんな方がいるんだなぁ。ときどき、すごい若い方がいたり・・・』
「・・・あぁ、そうだな」
「でもな、みんなの表情を見てごらんよ!悲しそうな表情をしている人は、そうはいないだろう。みんな、残してきた人と会話を楽しんでいるんだよ」
「それに・・・」
『それに? なんだい? トシ』
「あ、あぁ・・・・・待っているんだよ」
「待っていると聞くと、早く来てほしいと願っているんだと思われると困るんだけど・・・」
「ごくごく普通に、人生を生き抜いて、そして、この天国にきたときに再会できることを待っているのさ」
「俺が、勝也が来るのを待っていたようにな」
『そうなのか』
「あぁ」
二人が、歩いてたどり着いたのは、トシの家族の家の上だった。
「俺の家族だ」
「妻も、子供も孫たちもみんな元気にしているんだ」
「俺にとっては、それがなにより嬉しいことなんだ、ここにいるとな」
しばらくの間、二人はトシの家族を目を細めて見ていた。
ヒロ (火曜日, 17 11月 2015 20:02)
トシは、勝也の「かあちゃんに会いたい」という話にふれた。
「勝也・・・」
『うん?』
「お前、かあちゃんに会いたいって、言ってたよな」
「そして、勝也はおふくろさんには会えないかもしれないと、さっきは言ったが・・・」
「それは・・・実は、俺にも分からないことなんだ」
「勝也、お前は、33回忌という言葉を知ってるか?」
『あぁ、もちろん知ってるよ、俺のかあちゃんの33回忌も、ちゃんと・・・』
「そっか、それならいいんだ」
「勝也が、どこまで知っているか分からないけど」
「33回忌とはな、弔い上げとも言って、これをもって年忌法要を終了することを言うんだ」
「仏教の世界では、どんな人でも三十三年たてば無罪となり極楽浄土に行くことができると考えられている」
「亡くなった人はこの三十三回忌をもって個人としてではなく先祖の霊として祀られるようになるんだよ」
「勝也のおふくろさんの時はどうだった?」
『あぁ、そう言えば、そう教えていただいて、仏壇からは戒名を記した位牌を片付け、「先祖の霊」と記された位牌を祀らさせてもらったよ』
「そうだろう」
「その33年というのが、この天国においては分かれ道になるんだ」
『・・・え? 分かれ道が、この天国にもあるのか?』
「あぁ、そうだ。あるんだよ」
「それでな、お前のおふくろさんが、どう選んだのか・・・それは、俺には分からない」
『選ぶって? 分かれ道って? どういう選択肢があるんだい? トシ・・・』
「あぁ、それはな・・・」
ヒロ (火曜日, 17 11月 2015 20:04)
「勝也・・・」
「“転生”っていう言葉を聞いたことがあるか?」
『・・・転生?』
『言葉は聞いたことがあるけど、意味はよく分からないよ』
「そっかぁ」
「あのな、転生とはな・・・」
「簡単に言えば、生あるものが死後に生まれ変わること、再び肉体を得ることなんだけどな」
「昔の書物では、「生まれ変わり」の理念型を「現世で生命体が死を迎え、直後ないしは他界での一時的な逗留を経て、再び新しい肉体を持って現世に再生すること」と定義されているんだ」
「そしてな、勝也・・・」
「この天国においては、残された者に33回目の命日を弔ってもらったときに、転生により、俺たちは、生まれ変わることが許されるんだよ」
「転生により、生まれ変わっている間は、ここに魂だけはあるのだが、その形は、俺たちにも見えなくなってしまうんだ」
「だから・・・」
『トシ・・・・分かった。大丈夫だよ』
『俺のかあちゃん、生まれ変わっていて、ここには魂しかいないかもしれないということだろう?』
「・・・あぁ、そうだ」
『それなら・・・いいんだ』
『だって、かあちゃん、ずっと病弱で・・・』
『新しい人生も、ずっと病弱でっていうことはないんだろう?』
「あぁ、もちろんだ。」
「ただ、昔の記憶は、全くないまま生まれ変わるんだ」
「だけどな、その者の考え方や、性格など、それは生まれ変わっても同じような人間に生まれ変わるんだよ」
『トシ・・・ありがとう。気を使ってくれて』
『大丈夫だ、かあちゃんには会いたい。会いたいけど・・・』
『かあちゃんが、生まれ変わって幸せな人生を歩んでいてくれるなら、それでいいんだ』
「勝也・・・」
勝也は、それでもトシと時間をかけてゆっくりとかあちゃんを探してみようと思ったのだった。
ヒロ (火曜日, 17 11月 2015 20:08)
「なぁ、勝也・・・」
「お前は、お前のおふくろさんが、ここでどんな思いでお前を見ていたと思う?」
「・・・・・」
勝也は、何も返せなかった。
それは、養護施設で暮らしてきたことや、どんなにか、かあちゃんに会いたかったか
辛い時がどれほどあったか・・・
そんなことばかり思い出されて、考えたくはなかったが、かあちゃんが元気でいてさえくれたら・・・と
そして、急にふられたトシからの質問に、答えが用意できていなかった勝也であった。
「勝也・・・お前、もしかしたら、おふくろさんのこと憎んでいるのか?」
『トシ、それだけはないよ。大丈夫だよ』
「そっか、それなら良かった」
「なぁ、勝也・・・お前も徐々に分かってくると思うけど、ここでは、お前が大切に思う人を守ることが出来るんだ」
「危険なめにあうようなことがあれば、お前の力で、それを救ってあげることもできるんだ」
「だから・・・お前のおふくろさんも、間違いなく守ってくれていたはずなんだよ・・・ガッツをな」
「・・・・・・」
「・・・え? トシ・・・いま、ガッツって」
トシは笑っていた。
「あぁ、なんかさぁ、やっぱりお前と話していると・・・ガッツの方がしっくりくると思ってな」と笑いながら
「ガッツのかあちゃん、お前の多難続きの人生、守るのに大変だったんだぞ!」
「ガッツ! かあちゃんに、感謝しろ!」
「どれほど、かあちゃんに心配かけ続けていたのか、自分の人生を振り返ってみろよ」
「お前ほど、自分を犠牲にして、はらはらさせて・・・俺から言わせてもらえば・・・」
そこからは、トシも涙でいっぱいになり
「心配で、心配でしょうがなかった人生をおくってきたやつなんか・・・いねーよ!」
そして、少し考え込んでトシは胸に手をあて
「・・・・・ごめんなさい、お母さん、約束を破ります」
「許してください」と
そして、トシはガッツを見て
「お前のかあちゃんは、いま、ここにいるよ!」
と、トシは右手で拳をつくり、自分の心臓のところに
『・・・・え?』
「全てをお前に話すよ」
「お前のおふくろさん・・・お前のおふくろさんの33回忌が過ぎたあと、俺を探して会いにきたんだ」
「トシさんですね?と」
「そして、こう言ったんだ」
「トシさん、あなたが一番に勝也のことを思っていてくれる人だと、ずっと勝也のやってきたことを見守りながら・・・」
「わたしは、生まれ変わって、また、勝也のような子どもを授かって・・・・今度は、今度こそは、その子を幸せにしてあげたいんです」
「お前のおふくろさんに、何度も何度も深々と頭をさげられてお願いされたよ」
「勝也のことを、どうか私に代わって守ってあげてください…ってな」
「ガッツ・・・黙っていてすまなかった。お前のおふくろさんと約束したんだ。頼まれていたんだよ」
「もし、ガッツから母親のことを尋ねられても、内緒にしていてほしいと」
「できれば、自分の口からお前に話をしたかったんだそうだ」
「それでも、自分が病弱で、お前に本当に苦労をかけたことを申し訳なく思っていて、だから、あえて・・・あえて生まれ変わることを選んで、今度は子どもを幸せにしてあげたい、って、そう言ってたよ」
「ずっと、泣きながらな」
「だから・・・俺からお願いしたんだ」
「お母さんが生まれ変わるときに、お母さんの魂を自分に預からせてくださいって」
「ガッツ・・・だから、ここにいるんだよ、お前のおふくろさんは・・・ここにな」
そう言って、今一度、胸に拳をあてたトシだった。
ガッツは、泣き崩れて、それでも
「ありがとうございました、かあちゃん・・・おかあちゃん」
「トシ・・・」
「・・・ありがとう」と
トシは、やっと肩の荷が下りた気がした。
それは、ガッツを見守ることが大変だったからではなく、ガッツの母親のぶんまで、ガッツを守ってきたからでもない。
ガッツのおふくろさんの思いを、ガッツに伝えられることが出来たからだった。
「お母さん・・・いいよね」
「ガッツは、あなたの子どもでした。あなたと同じように、とっても優しい気持ちの男です」
「これからも、お母さんの魂と一緒に、ガッツのそばにいようと思います」と
ヒロ (水曜日, 18 11月 2015 07:13)
それから、トシはガッツを見守っていてくれた多くの人のところへ案内した。
ガッツの父親、ガッツの兄弟、ガッツの恩師、ガッツの旧友・・・
もうその時のガッツは、それぞれに、自分を見守っていただいたお礼を言えるようになっていた。
数日が経ったある日、ガッツとトシが二人で歩いていた。
歩いていると、様々な光景が目に飛び込んできた。
『なぁ、トシ・・・』
『あの人、とても辛そうにしていないか?』
「あぁ、そうだな。きっとのどが渇いているんだろう」
「ガッツは、仏様に毎日、お茶やお水を供えていたろう?」
『あぁ、先祖様に毎日な』
「あの人は、きっと何かの都合で、そういったことがやってもらえなくなってしまったんだろうと思う」
「お腹も空いているのかもしれないな」
「あっ、そう言えば、今、思い出した。」
「ガッツ達が、俺の墓前に供えてくれた“電気ブラン”や、ワイン・・・美味かったなぁ」
「ときどき、変な気をまわして『今年は大福にしてみたよ!』っていう年もあったけど」
「・・・ガッツよ、余計な気を回すな! なんて、思っていたけど・・・」
「・・・って、」
「いや、いやっ誤解しないでくれ。それはそれで、美味しくいただいたよ、大福」
『・・・なら、いいけど』
二人とも、笑いたいところであったが、一方では辛い思いをしている人の前では、それはできなかった。
ガッツは、しみじみと
『お墓参りとか、毎日のお供えとか、とても大切なことなんだな』
「あぁ、そうだな」
「でもな、それは残された者の気持ちなんだよ、一番大切なところは」
「いろんなことで、お墓参りをしたくても、それができずにいる人もたくさんいるんだ」
「だけどな、ここでは決してそれをとがめたりはしないんだ、」
「残された者が、俺たちを思ってくれてさえいれば、ここでは幸せに暮らせるんだ」
「だから、残された者にとって、一番大切なことは、その人を忘れないということなんだよ、思い出してあげることが供養なんだ」
「ガッツの作った曲には、そういう思いが込められた曲が、たくさんあったな」
「ガッツは、たくさんの曲を残してきたことで、多くの者の心の中に生き続けていくことになるだろうな」
「ガッツが生きてきた一つの証としてな」
『ふ~ん・・・』
『俺・・・そんなこと少しも考えずに、ただ竜水のために曲を作っていただけだよ?』
「あぁ、それでいいんだ」
「見返りなど求めない、それが、一番の美しい気持ちなんだよ、それはここでも同じなのさ、ガッツ」
ヒロ (水曜日, 18 11月 2015 20:09)
二人は、さらに歩き続けていると、ガッツは、何かを思い出したように急に立ち止まり
『なぁ、そう言えばさ・・・』
「なんだ?ガッツ」
『あのさ、俺・・・まだなんだけど・・・』
「何がまだなんだい?」
『まだなんだよなぁ・・・ 乙姫様のごちそうに、鯛やひらめの舞踊り』
「・・・・・・ガッツ、それは竜宮城???相変わらずだな、お前のボケは!」
『・・・やっぱり、そうか?』
住む世界が変わっても、性格というか、ボケというか、そういったものは、どうやら変わらないようだ。
『ゴメンゴメン。ちょっとボケてみた』
『とし・・・一つ教えてくれ』
「なんだい? もうボケるなよ!」
『おっ、おう。 あのさ、俺のことはこうしてトシが迎えてくれたけど、出迎えの人は、誰が来てくれるルールになっているんだい?』
「そのことかぁ・・・」
「ガッツ、それは簡単だよ。ここに来る時に誰との再会を望んでいたか」
「それだけだよ」
『・・・そうなのか?』
『なら、欲張りな人がいて、たくさんの人に会いたいと願ってきた人がいるときは?』
「もちろん、会いたいと思われていた者、全員で出迎えるのさ」
『やっぱり、そうなんだ』
と、ようやくガッツもここのルールみたいなものが、少しずつだけど理解できるようになっていた。
そして、ガッツらしい質問がさらに続いた。
『なぁ、もし、もしもだよ、誰も会いたいと思える人がいない人がここにきた時は、どうなるんだい?』
「あぁ、その時は、ボランティアで、交代で出迎えるのさ」
「ガッツも、少し慣れてきたら、そのボランティアをやるがいい」
『・・・わかった。いろいろ聞いてすまなかった。ありがとうトシ』
ヒロ (水曜日, 18 11月 2015 20:54)
ガッツとトシの再会から、幾年もの月日が流れた。
ガッツの仲間達は、何年も何年もかけて天国に召された。
「竜水・・・」
「おい、竜水」
「俺だ、ガッツだよ」と
その時の様子は、ガッツがトシと再会したときと、まったく同じ光景であった。
生涯独身を通したマコトもガッツとの再会を願ってきた。
「マコト・・・」
「おい、マコト」
「俺だよ、ガッツだよ」
『・・・ガッツか? ・・・俺・・・』
「久しぶりだな、マコト。 あぁ、マコトはみんなに送られて、たどり着いたのさ」
「大往生だったな、お疲れ様、マコト」
『・・・ここに来たら、またガッツと会いたいと願っていたけど・・・』
『願いは叶ったんだな』
「あぁ、マコト」
もうすっかり高齢であるため、ボケは炸裂しなかったが、マコトとの会話は、昔と何一つ変わらず、出迎えた時の会話だけで、一週間かかったのだった。
間塚も皆に出迎えられた。そして間塚の後を追うように、真子も
ここに来てからは、忙しく働いてきた仕事人間とは、うって変わって、のんびり過ごした二人だった。
アルコールは無くても、言いたいことを言い合える二人は、ここに来てからも健在であった。
葉月は、皆よりもずっと遅れてきた。
葉月よりも少しだけ先にここに来た者達は皆、葉月が綺麗に飾りつけてくれたいっぱいのお花に囲まれて、見送られてきた。
葉月のお花の飾りつけは、その者を想って、他の誰にも真似のできない飾りつけだった。
見送ってくれた全ての人が、そのお花に感銘を受け、言い方はおかしいかもしれないが、寂しさをまったく感じさせない別れの時だった。
葉月がここに来たときには、ラビ太、ラビ助、ラビ丸・・・も、出迎えに現れた。
それは、葉月が決して彼らを忘れることがなかったからだ。
いつしか、仲間達が、みんなが集まっていた。
しかし・・・ 中には、意外と昔のことを根に持ったまま来た者もいた。
「私のことを、いつも大食いだ!大食いだ!って・・・」
「今頃言っても遅いんだけど、私は、いじられ役を演じるために、無理して食べていたんだからね!」と、どうしてもその事を言うんだと決めてきたモンであった。
出迎えた仲間達は
『・・・・・』
仲間達は、まったく変わっていなかった。
モンは「無視するなーーー!」と
『はい、はい』
『しかし、モンは良く食べていたよなぁ』
『モンが寝込んだときには、いつも仲間達が食料を届けてくれたよな。』
『栗の純生クリーム大福、揚げ餅煎餅、ヨーグルト・・・必ずお花と一緒にさ』
そんな会話をしながら、下をみると
『ほら、今日もモンの墓前には、たくさんのお供え物だよ』
「・・・えへっ! ごめんね、わたしだけ」
『いや、いや、大丈夫だよ、モンだけじゃなく、みんな同じように供養してもらっているんだから』
ガッツは、少しだけ真面目な顔をして
『なぁ、モン・・・片頭痛に時々悩まされて辛かったろう・・・』
「・・・え?」
その時、初めてモンは「見ていてくれたんだぁ」と、そして
「・・・う、うん」
『俺、一生懸命に、痛いの痛いの飛んでけ~って、やっていたんだけど・・・』
「・・・・・・もう少し、まともに見守っていてくれたと・・・思った私が馬鹿だった」
と、思ってはみたが、それでも他の仲間達までもが
『あぁ、俺だって・・・私も・・・やっていたのよ! 痛いの痛いの飛んでけ~って』
ここで一番の長老のトシが
『モン・・・』
「・・・あっ、トシ君」
『あぁ、久しぶり』
『ここでは、もう片頭痛に悩まされることはないから、心配しないで大丈夫だから』と
モンは、仲間達の言葉の全てが心に届いて、胸の奥の方が暖かくなるのを感じた。
「ここにきても、こんなに暖かい気持ちでいられるんだ」
と、不安の全てがなくなったのだった。
モンは、心配事を語りだした。
「私達って、いろんなことをしてきたよねぇ」
「共同菜園で一緒に畑を耕したり、部活動だぁって言って、いろんなことにチャレンジしたり」
『あぁ、そうだな』
「でもさ、なんか、今どきの高校生って、どこかクールでさ・・・」
「なんか、その子達の将来がすごく気がかりで・・・」
「将来の日本は、どうなっちゃうんだろうって心配」
『みんなで、見守ってあげるしかないよ、モン』
「うん・・・そうね」
仲間達は、場所が変わってからも、昔と何一つ変わらない付き合いを続けていった。
ヒロ (水曜日, 18 11月 2015 20:57)
ガッツには、とても気がかりなことがあった。
それは、トシが生まれ変わることを許されるまで、残りわずかになっていたことだった。
そのことを、ガッツはトシに聞けずにいた。
聞けば、余計な思いをして、トシが自分の選ぶ道を変えてしまうのではないかと
もちろん、頭の中では理解できていた。
「ここで暮らしてきた年月が、仲間達、それぞれに違うのだから」と
ガッツは、自問自答していた。
「ガッツよ、お前は仲間達と別れて、また別の世界に行くか?」と
ガッツ自身、答えが見つからなかったが、
トシが、みんなより早くここに来ていたぶん、トシが望むことをみんなで快く受け入れて送り出してあげるべきなんだと。
その時のガッツは考えていた。
だが、ガッツが、絶対に守らなければならないルールを犯してしまうことで、全てが狂っていってしまうのだった。
ヒロ (木曜日, 19 11月 2015 12:42)
ガッツは、トシに教えてもらったボランティアを積極的にやっていた。
ちょっとしたくい違いで、最後の階段を登りきった時に出迎えが一人もいない人が、まれにいたのだった。
そんな人が来たときには、ガッツは積極的に出迎えて、その者を安心させ、そして、本来なら出迎えに来ていたはずの人のところに、連れて行っていたのだった。
しかし・・・そのボランティアを、好んでやる者はいなかった。
それはそうである。それなりに大変な思いをするのだから。
そして・・・
その日もガッツが出迎えをすることになっていた。
ガッツのいる場所から、小さな女の子が、最後の階段を登ろうとしている姿が見えた。
「小さな女の子なんだぁ・・・」
そうである。勝也はカンボジアで知り合った『サラ』を思い出していた。
「こんにちは」
「淋しかったね、階段を一人で登ってくるのはね」
「おじさんは、ガッツっていうんだ」
「名前を教えてもらってもいいかい?」
女の子は、ガッツの問いかけに一切返事をしなかった。
「大丈夫だよ、心配しなくても」
「おじさんが、ついているから」
と、ガッツなりに精一杯の優しそうな表情をつくり、女の子に声をかけ続けた。
それでも、女の子は返事をしようとはしなかった。
ガッツは、下を見渡し、この女の子をおくってくれた人達を探した。
が・・・
誰一人として、見つけることが出来なかった。
「この子・・・誰にも見送られずに、一人でここまで来たのか・・・」と
ヒロ (金曜日, 20 11月 2015 12:43)
ガッツが、そんな思いをしていたころ・・・
マコトは
「俺は、ここに来たらどうしても会って、問いただしたい奴がいるんだ!」
と、すこし不機嫌そうに仲間達に説明していた。
間塚が
「どうした?マコト なに、そんなに息巻いているんだい?」と
マコトが、一生懸命に説明したことを要約すると、
ようは、マコトが生前中に「でれすけサギ」にあったらしく
しかし、その犯人に先立たれて、文句のやりばがなくて、それをどうしてもその犯人と話をしたいということだった。
「・・・でれすけサギ?」
その頃は、栃木に住む高齢者を狙って
「この、でれすけが! 俺だよ! 身内を忘れたのか!」と
マコトは、すっかりその「でれすけが!」で、信用してしまい
お金を・・・ということだったらしい。
そんな二人の会話を聞いたトシが、皆にここのルールを説明しだしたのである。
「あのな、マコト よく言いてくれ。みんなも一緒に聞いてくれ。」
「ここのルールとしてな・・・」
「もう、ここに来た人は皆、生前の悪行等を悔い改めたからこそ、ここに来ているんだよ」
「だから、生前の罪をここでは、とがめたり、とがめられたりはしないんだ」
「・・・そうなのかぁ」
「あぁ、でも・・・よく、俺は悪いことをしてきたから、天国には行けないみたいな言い方をしていたろう? それはどうなんだい?」
「そのことかぁ・・・それはな、ここにいらっしゃる一番偉い方が、お決めになることで・・・」
「もし、ここの最後の階段を登ることが許されない人は・・・別の場所で33年間暮らすことになると、聞いたことがる」
「それとな・・・」
トシは、この際だから仲間達にきちんと説明してあげた方が良いと判断し
「ここに来てからも、たくさんのルールがあって、もしそのルールを犯す者がいたときには、偉い方がご判断され、やはり別の世界にいかされるのだそうだ」
「あぁ、だから、マコト・・・罪を犯した者を、ここでとがめるようなことをした者も、その処罰の対象になるらしいぞ!」
「どうする?」
「・・・ありがとう、トシ」
「それなら、分かった。これからは、穏やかな気持ちで、ここで暮らしていこうと思う」
「そっか、なら良かった」
それから、トシは、自分が知り得る“やってはいけない決まり事”を、仲間達に教えてあげたのだった。
だが・・・
もし、その時一緒にガッツもトシの話を聞いていたならば・・・
それは、いまさら言っても後の祭りであった。
ヒロ (金曜日, 20 11月 2015 20:28)
ガッツは、少女をとにかく落ち着かせようと
「ここに座りな」
と、優しく語りかけた。
聴こえているのかどうか、その時は分からなかったが、
少女は、一向にガッツの話を聞こうとはしなかった。
少女は、何がどうなっているのか、まったく分からない様子
おそらくは、小学生になったか、ならないかぐらいの背丈で
不安にかられて、震えていた。
ガッツは、こんな時の強い味方としてモンの顔が思い浮かばれた。
「モンに相談しよう」と、そして
「ここで待っていてくれよ、おじさん、すぐに戻ってくるからね」
と、言い残し、モンのところに向かった。
「・・・うん。分かった。連れてって」と、モンはガッツと一緒にその少女のところに戻った。
それは、ほんのわずかな時間であったにも関わらず、その少女は、そこにはもういなかった。
「・・・えっ、いない」
「どうしよう・・・俺」
「あの子、どこかに迷っちゃったら」
そのガッツの心配は、現実のものとなってしまう。
周りを探して、戻ってきたガッツは
「いないよ、モン・・・どうしよう」と
「ねぇ、仲間達に応援を頼もうよ」
二人は、仲間達に事情を説明し、手分けして少女を探し始めたのだった。
ヒロ (土曜日, 21 11月 2015 07:55)
仲間達が少女を探し始めてから三日目のことだった。
「ねぇ、あの子・・・一人で、しかも裸足で歩いてる」
と、葉月が少女を見つけた。
「ガッツを、すぐに読んできて!」
葉月と一緒に探していたマコトが、ガッツのもとへと走った。
それから半日後にようやくガッツが息を切らしてやってきた。
「ガッツ、あの子・・・」
「あっ、間違いない、あの子だ」
少女は、ただ訳も分からず歩き続けていたのだった。
「なぁ、モン・・・」
「俺の呼びかけには、一切返事してくれないんだよ、あの子 だから・・・」
「うん。分かった、任せて」
少女に近づき、モンが
「こんにちは」と、声をかけた。
少女は、え?という表情を見せたが、やはり何もしゃべろうとはしなかった。
やむを得ず、ガッツも
「心配していたんだよ、おじさん」
「ずっと、一人で歩いて来たのかい?」
「疲れたろう、ここに座ろう、ね」
と、ガッツが出来る最上級の笑顔で、語りかけた。
少女は、よほど疲れていたのであろう。倒れこむように、ガッツの指さす場所に座り込んだ。
仲間達は、とりあえずは見つけられたことに一安心した。
ガッツと一緒に、その少女のそばにいたいと思った仲間達であったが、ちょうどその日が彼岸の入りであった。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「戻らないといけないのよ、お彼岸だよ」
「・・・え? そうなのかぁ、今日は」
「うん、分かった。俺はこの子と後から戻る、だからみんなは先に戻ってくれ」
そうして仲間達は、後ろ髪を引かれながらも、二人を残して帰路についたのであった。
ヒロ (日曜日, 22 11月 2015 00:08)
ガッツと、少女は二人でしばらく座っていた。
少女は、ようやくガッツが、自分のことを心配してそばにいてくれていることを理解したのであろう。
座っている間、ずっとガッツの手を握っていた。
「のど渇いていないかい?」
やっと、ガッツの声に、口を動かした少女であったが、声にはなっていなかった。
「えっ? もしかしたらこの子・・・」
その時のガッツは、きっと何かのショックか何かで、声が出せなくなってしまっているのだと考えたのであった。
「歩けるかい?」
ガッツの優しい声に、少女は立ち上がり、大きくうなずいた。
ガッツは、自分で着ていた洋服を破り、足袋のように、少女の足に巻き付けた。
「よし、これで少しだけ歩きやすくなったね」と
二人での帰り道は、三日では済まなかった。
それは、少女の歩く速さに、合わせて帰ってきたからであった。
ガッツは、仲間達から言われた「ガッツ・・・お中日までには、どんなことがあっても戻って来なきゃだめよ」という言葉を思い出していた。
もちろん、その日がどんなにか大切な日であることは、ガッツにも分かっていた。
お参りいただく者たちと、すぐそばで会話する日であり、それは、ここにいる者たちの、役目であり、年に数日、とても待ち遠しい日であるのだ。
しかし・・・
結局は、彼岸の中日にも間に合わず、五日目に、ようやく戻ってきたガッツと少女だった。
ガッツは「申し訳ないことをしてしまった」と、自分の墓に目をやると、そこには少しだけ枯れ始めたお花が供えられているだけだった。
お供え物は、ここにいる人たちによって、お供えしてくれた者の気持ちと一緒に、すぐに食されるのだが、その後に、近くにいる動物たちに片づけられることで、形が消えるのである。
このお彼岸にも、たくさんのお供え物がガッツの墓前に供えられていた。
動物達は、まさかガッツが食していないことなど、知る由もなく、いつもの通り、片付けを済ませてしまったのであった。
ガッツは、そのことはすぐに想像していた。
それゆえ、お参りしてくれた者たちに、お詫びの気持ちで深々と頭をさげたのだった。
しかし、よくみると、ガッツのお墓には動物達には片付けをすることが出来ないお供え物が、一つだけ形あるまま残っていたのだった。
そして・・・
少女を思う気持ちの強さから、この後、ガッツは“決してやってはいけないこと”をしてしまうのであった。
ヒロ (日曜日, 22 11月 2015 00:10)
「お腹すいたろう、これを食べな」
と、ガッツのためのお供え物を少女に食べさせたのだった。
実は、このことが、ここにおいては決してやってはいけないことだったのである。
お供え物は、それを供えてくれた者の思いと一緒に食するものであり
お供えをしてくれた者に断りもなく、それを別の者が食するなど、決して許されるものではないのである。
その時のガッツは、一番大切なことを忘れてしまったのである。
それは、お供えをしてくれた者に対する感謝の気持ちと、少女に食させることへのお詫びの言葉が抜けてしまったのだった。
それだけ、早く少女に・・・という気持ちが優ってしまっていたのだった。
美味しそうに食べる少女を、嬉しそうに見つめるガッツであった。
すると、次の瞬間だった。
ヒロ (日曜日, 22 11月 2015 19:32)
急に、「うっ」と、声を発し、ガッツが頭を押さえだした。
そして、ガッツは意識を失い、少女の前に倒れてしまった。
少女が、ガッツの胸に両手をあて、おそらくは「どうしたの? ねぇ、どうしたの?」という思いで、ガッツを起こそうと
しかし、ガッツが動くことはなかった。
少女は、聞こえない鳴き声で、涙を流しながらガッツを揺らし続けた。
ガッツが、動かなくなってしまってから、二日が過ぎた日
モンがガッツと少女を心配して訪ねてきた。
少女の前に倒れているガッツに気づいたモンは
「えっ? ガッツ・・・」
「ねぇ、ガッツはどうしたの、なんで倒れているの?」
「なんで?・・・」
と、幾つもの質問を一気に少女にしたモンであったが
少女は、泣き疲れて、何も考えられないような表情をしていた。
モンは、少女の様子をみて、少しは状況が飲み込めたのか、反省し
「どうしたの、ガッツのおじさんは・・・」
と、少女にゆっくりと聞いた。
少女は、口は動かすが、やはり声にはなっていなかった。
「・・・え? もしかしたら」
モンは、ゆっくりと両手を使って、うろ覚えの手話で
「わ・た・し・の・な・ま・え・は・も・ん・で・す」と
すると少女は・・・
ヒロ (月曜日, 23 11月 2015 11:39)
手話によって、モンは、ようやく少女と会話することが出来た。
そこに一足遅れてトシやマコト、間塚達も1週間前に別れたガッツと少女を心配して、やってきた。
横たわるガッツをみて、この場所での約束事のほとんどを承知しているトシは、
「・・・ガッツ」
『トシさん・・・』
「あぁ、モンさん・・・」
「大方の予想は出来ます。きっと、ガッツは少女に・・・」
『そ、そのようです』と、モンがうなずいた。
「そうですか・・・」
『トシさん、ガッツは、ガッツはどうなるのですか・・・』
少しの間、トシは考えていたが、
「正確にはわからないけど、おそらくは、ガッツは、この場所で一番にお偉い方と話をしているのだと思う」
「そのお方からの、お呼び出しによって」と
『・・・えっ?』
「はい、きっとガッツの犯した過ちについての処分を言われるのだと・・・」
『処分? 処分ってなに?』
その会話をしながら、仲間達はトシから聞かされていた“別の世界に”という言葉を思い出していた。
すると、ガッツの身体が、みるみるうちに影が薄くなりはじめ
倒れているガッツの身体の下の地面までもが、かすかに見え始めていた。
それに気づいたマコトは
「なぁ、トシ! ガッツが・・・」
「なぁ、トシーーー!」
「おい、なんとかしてくれよ! トシーーー」
ゆっくりと、そう、ゆっくりとトシが口を開いた。
「誰にも、どうにもならないことだ」
「・・・それが、ここのきまりだから」と
ヒロ (月曜日, 23 11月 2015 19:19)
ガッツが、気を失ってから三日目のこと
「目をお覚ましになられてください」
という言葉に意識を戻され、そしてガッツはゆっくりと目を開けた。
周りを見渡してみたが、今まで一度も見たことのない世界であり、その見えるものの中に、自分の身体が存在しないことに、ガッツはすぐに気が付いた。
そうである。
いま、ガッツは身体を持たず、魂だけで「目を覚ましなさい」という言葉を聞いたのである。
「あなたに尋ねなければならないことがあります」
「ゆっくりと尋ねますので、正直にお答えになられてください」
それは、とても優しい声であった。
ガッツには声だけが聞こえ、その声の持ち主の姿は、まったく見えないのでる。
その声の主は、この場所にいる全ての者の声に耳を傾けていただけるお方で
そう、この場所において、一番に偉い方であったのだ。
「あなた様と私は、いま、魂と魂で話をしています」
「あなた様は、大変な過ちを犯されました」
「その犯されたことへの報いとして、あなた様の身体と魂を分離させて頂きました」
「そのことに対しましては、ご理解を頂かざるを得ないことでございます」
「それは、あなた様が犯したことが、到底、この場所に置いて許されないことであるからです」
「理由はいずれにせよ、あなた様に対する供養のお気持ちを、無下になされたという過ちは、決して許されるものではないのです」
ヒロ (月曜日, 23 11月 2015 19:30)
少し、下の世界のことにふれるが、
自然環境は、それぞれの命が影響を与え合い絶妙なバランスの上に成り立っている。
森から昆虫が消えれば、森のすべての生命体は危機に瀕してしまうように。
世の中のあらゆるものは、すべてがお互いに影響を与え合って存在しているのだ。
世の中のあらゆるものは変化を繰り返していて、不変なものや絶対的なものは存在しないのだ。
世の中の物事は常に変化を繰り返し、同じ状態のものは何一つ無いにも関わらず、人は、やっと得た地位や名誉、また人間関係や自分の肉体にいたるまで、自分を取り巻く様々な環境に対して不変を望み、このままであって欲しいと願う。
ある教えでは、このことを〝執着〟と呼び、この執着が苦の根本の原因であると説いている。
執着により、様々な争いが起きる。
嫉みや、憎しみの思いも
ただ、
ガッツに限って言えば、その生き様は・・・
そのことを、いま、ガッツが話をしている方には、お見通しのはずなのである。
今回の罪も、決して自分のためにではなく、自分が食すべき供え物を少女に与えただけなのである。
それでも・・・
ここにおいて、一番偉い方は、それは罪でしかないのだと。
そして、ガッツに処分を言い渡したのであった。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:07)
そのお方は、ガッツを諭すように話し出した。
「ガッツさん、もう一度最後に確認のためにお尋ねいたします。」
「あなたは、ご自分の犯した罪をお認めになりますか?」
ガッツは
「はい認めます。本当に申し訳ないことをしたと悔いています」
「どんな処分でも受けたいと思っています」と
「分かりました」
「それでは、心の中で目を閉じてください」
「そして、ご自身がいた元の場所を思い浮かべてください」
「あなたのお仲間達が見えてくるはずです」
ガッツは、心の中でゆっくりと目を閉じると、鮮明に仲間達が思い浮かばれてきた。
「お見えになりましたか?」
「はい」
「それが、あなたのお仲間達の今の様子です」
「ずっと、あなたから離れずにいたようです」
「ガッツさん・・・」
「そこから、少し離れた場所に、急な坂道があるのがお分かりになりますか?」
「その坂の頂上は、私の一番近くまで来て、そして多くの方が、私に願い事をするところなのです」
「・・・はい。見えました」
「その坂を、お年を召された女性が、一生懸命に登っている様子が見えますか?」
「はい」
「・・・あっ!」
「誰なのか、お分かりなられたようですね」
「ガッツさん、あの女性が今登っているのが、ちょうど100回目なのです」
「わたしは、いまの今までにあの苦しい坂道を100度、登ってこられた方など、記憶にありませんし、しかもあのお年で・・・」
「下の世界では、お百度参りをなさる方は、たくさんにいらっしゃいます」
「しかし、ここにきてまで、百度も私のところにお願いごとをされる方など、おりませんでした」
「あの女性は、ガッツさんの魂がここに来てからの三日間、ずっと休むことなく、登り続け、そして私に願い事をし続けてきました」
「ご覧なさい、ガッツさん」
「これから、ちょうど100回目の願い事を、お話しになられると思います」
「ガッツさんにも、その願い事の言葉をお聞かせします。」
「私と一緒に、お聞きになってください」
そして、その老婆は100回目の最後の願い事をはじめた。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:13)
老婆は、憔悴しきった顔で最後のお願いをはじめた。
「わたしは、オマツといいます」
「北海道からガッツさんに会いに来ました」
「本当に、長い道のりでした」
「それでも、どうしてもガッツさんに会って、お礼が良いたくて・・・」
「やっと、たどり着いた時には・・・
もう一日早く着いていればと、悔しい思いでいっぱいです」
「わたしは、ガッツさんに助けられ、支えられて生きてきました」
「最期までわたしのそばで見守ってくれました」
「ガッツさんの優しい気持ちのおかげで、わたしの人生、本当に悔いないものでした」
「ガッツさんは、後先を考えずに行動することがたくさんありました」
「それでも、それは皆、自分のためではなく・・・」
「ガッツさんは、罪を犯したようです。それもまた人のために・・・」
「もし、お許しがいただけるなら・・・」
オマツは、最後の力をふりしぼって、ようやく次の言葉を続けた。
「私が罰を受けます。」
「どうか、どうか、ガッツさんをお許しいただきますようお願いします」
オマツは、最後のお願いを終え、体力の全てを使い果たして、その場に倒れてしまった。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:23)
「ガッツさん、お聞きになりましたか?」
ガッツは、涙でいっぱいになり、ようやく「はい」と答えた。
「あなたが、どれほどまでにオマツさんに優しくなされてきたのか、生前の様子は全て承知しています」
「あなたのお母さんのような方でしたね」
「オマツさんは、あなたに代わって罰を受けたいと申し出ています」
「どうされますか? 私がオマツさんの願いを受け入れるなら、あなたの代わりにオマツさんを処分することになりますが・・・」
「いいえ」
「私は、大変な過ちを犯しました」
「それが、いくら少女のためであったとしても」
「お参りいただいた方への感謝と、そしてお詫びの言葉を忘れるなど、あってはならないことです」
「オマツさんの気持ちは、大変嬉しいです。本当に」
「オマツさんのこと・・・今でも母親のように思っています」
「ですが、オマツさんが処分を受ける理由など、何一つありません」
「そうですか」
「ガッツさん、最後に一つお尋ねします」
「少女にしたことを悔いていますか?」
ガッツは、ためらうことなく
「いいえ、悔いていません」と
「そうですか、分かりました」
「さて・・・、
わたしは、どうしてもあなたを処分しなければならないのです」
「オマツさんの気持ちは、受け取りましたし、あなたがしたことには、理由がありました」
「それでも、やはり、あなたのしたことは許すことはできないのです」
「それは、分かりますね?」
「それに、自分が処分されるのが分かっていても、少女にしたことを悔いていないと、あなたはお話しされました」
「はい」
「ならば、処分を言い渡します」
「厳しい処分となりますので、心落ち着けて聞いてください」
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:28)
そのお方は、ガッツにゆっくりと優しい声でお話しをされた。
「あなたが犯した過ちの罰として、ガッツさん、あなたの“魂”をあなたの“身体”に戻します」
「すぐにオマツさんの元に行き、救っておあげなさい」
「オマツさんを救ってあげられるのは、あなたの他にはおりません」
「そして・・・
あなたには、もうひとつの罰として、今後、一切の“転生”を認めないこととします」
「あなたは、困っている人を、ずっとずっと救い続けなければなりません」
「それがどんなに大変なことであるか、辛いことも多いと思います」
「それでも、あなたは、やり続けなければなりません」
「できますか? ガッツさん」
「・・・はい・・・・、
でも、それでは罰にはなっていないのでは・・・」
「ご不満ですか?」
と、そのお方は、ゆっくりと次の話をお続けになられた。
「私は、久しぶりにあなたのような方とお会いしました」
「いや、正確に言うと、あなた方のような仲間達に」
「あなたは、自分が処分されるのが分かっていても、少女にしたことを「悔いていない」とおっしゃいました」
「実は、ガッツさんと同じような過ちを犯して、ここでお話を尋ねた方が、たくさんおりました」
「その全ての人が、私からの問いかけに、自分のしたことを『悔いている』と返事をされました」
「それは、処分されるくらいなら、やらなければ良かったという思いから『悔いている』と、返事をされたと思います」
「しかし、ガッツさんは違いました」
「少女の空腹を満たしてあげられたことを、真に心から嬉しく感じていたからこそ、そのことには悔いはないと返事されました」
「たとえ、そのことで自分の身に何か不都合が起きようが、それはまったく別のこととして」
「人は、良かれと思ってしたことも、その結果が悪ければ、どこかに何かの原因を見つけ、そのことを“悔い”の『やりば』としてしまいます」
「それが、普通の人なのかもしれませんが」
「わたしは、人には平等に権利を与えてきました」
「努力することも、相手を思いやる気持ちも・・・様々なところで、人には平等に」
「それでも、人は努力を怠り、時折、“神も仏も・・・”などという言葉を使って、自分の怒りや醜い気持ちを、ぶつけようとしたりしてしまいう人もいます」
「ですが、私はその人達を決して非難をしたりはしません」
「なぜなら、人は弱い生き物だからです」
「何かに、理由を求めて自己解決しなければ、先に進めないからです」
そして、そのお方は、ガッツに仲間達の今の姿を思い浮かべるよう促された。
ガッツが一緒に仲間達の様子をみていると
「ご覧なさい。あなたの仲間達は、あなたと同じことを考えているようです」
「ほら、トシさんが、言っていますよ、あなたのことを」
『ガッツなら、もし俺が止めていたとしても同じことをしただろうよ』
『ガッツは、どんな処分を受けようが、女の子にしてあげたことを、決して後悔などしないんだろうな』
『だって、俺たち仲間は、そうやっていつも損得関係なしで付き合ってきたんだもんな』
「トシ・・・」
「あなたのお仲間さんたちも、優しい気持ちを持った方たちのようですね」
「はい」
と、その時のガッツの返事は、とても嬉しそうであった。
そのお方は、お話をお続けになられた。
「人は、本当に弱い生き物です」
「だから、ガッツさんもそうであったように、仲間を大切にします」
「仲間には、いろんな存在があります。同じ年に生まれた仲間、同じ仕事をしてきた仲間、同じ思いをもった仲間なども」
「仲間をどれだけ大切にするかで、その人自身に、どれほどのことが返ってくるのかが決まります。」
「ただし、返ってくることを目的にしたことは、そこには真の愛情はありませんし、当然、返ってくることにも愛情は存在しません」
「それは、ただの“お付き合い”と言います」
「もちろん、お付き合いも大切なことのひとつではありますが」
「わたしは、人の生きる世界が、あなた方のような仲間を大切にする人ばかりになることをずっと願い続けています」
「そうすれば、争いごとなど起きずに・・・それで苦しむ人もいなくなると」
「わたしは、人には、それぞれに個性というものを与えました」
「それぞれの個性を大切に生きて行ってほしいと願っています」
「一番大切なことは、互いが互いの個性を認め合うことです」
「ただ、それが難しいことなのですが」
「私は、信じています」
「いつしか、全ての人が全ての人を認め合う時がくると」
「そのために、わたしは、これからも皆を見守り続けていくのです」
「ガッツさん・・・」
「あなたには、大変辛い罰を与えてしまいましたが、どうかお許しください」
「はい」
そして、そのお方とガッツは、しばらくの間、仲間達の様子をみていた。
すると、
「さて、わたしの勤めとしての話を終わりにしたいところなのですが、あなたに“転生を認めない”と言った理由が知りたいですか?」
ガッツは、少し考えて
「はい、 でも・・・」
「でも、どうされましたか?」
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:34)
ガッツは、自分が転生を許されなくなった理由よりも、別のことが知りたいと尋ねたのであった。
『自分は、そのことよりも知りたいことがあります』
「それは、どのようなことですか?」
『はい・・・あの少女のことが心配で、どうして一人で・・・』
そのお方は、微笑まれ
「ガッツさん、あなたらしい思いですね」
「分かりました。それでは、お教えいたします」
「少女は、母一人、子一人で暮らしていたようです」
「そして、山中で交通事故にあい・・・」
「母親は、まだ、ご自身のことを理解しておらず、やり残した数々への未練から、ここまでの階段にたどり着いていないようです」
『え? それでは・・・』
「大丈夫です、ガッツさん」
「あの親子のことは、わたしが責任をもって、もとの親子で暮らせるようにいたします」
『・・・ありがとうございます』
と、ガッツの魂は、姿がないにもかかわらず、涙をながしているようだった。
「ところでガッツさん・・・わたしが、あなたに転生を認めない話は、聞きたくないのですか? ガッツさん」
「わたしは、あなたのような方は初めてですよ」
「仲間達が思っている通りの方です、あなたは」
「お世話がやけます、本当に」
『申し訳ありませんでした』
そのお方は、ガッツには聞こえぬよう小声で
「これが、ガッツという男なのですね」と
「ガッツさん、それではお話しいたします」
「正直、わたしは驚いています」
「それは、転生を認めないと言った言葉に、あなたは何の悲しみを感じなかったことです」
「幾人かの方に、そのような罰を申し伝えたときには、皆、一様に深く落胆されていました」
「それでも、あなたは・・・」
「わたしが、あなたに転生を認めない理由は・・・
ずっとここにいて、仲間の大切さを皆に教えていただきたいからです」
「あなたが、あの少女に接したように、少しずつで構いません。あなたのお友達のような優しい気持ちで暮らしていける仲間達を、増やしていっていただきたいのです」
しかし、その時のガッツには、そのお方のお言葉が難しく聞こえたのだった。
『わたしは・・・私には、なにも出来ないかもしれません』
そのお方は微笑まれ
「そう返事をなさると分かっていました」
「それで、いいのです」
「相手を思いやる気持ちをもって接すれば、相手も優しい気持ちで接してくれるようになるのです」
「わたしは、そのことをガッツさん、あなたにお願いしたいのです」
『今の自分のままで出来ますでしょうか』
「大丈夫です」
「ただ、覚悟は必要になりますが・・・」
「おそらくは、あなたの仲間達が転生を選ばれていくなかで、ひとり残されるときが必ず訪れるはずです」
「その時は・・・」
『私なら覚悟ができています』
「本当ですか?」
『はい』
その時のガッツは、トシを思い浮かべていた。
トシとの二度目の別れが近づいていたからだった。
「分かりました」
「わたしの願いが少しずつ叶っていくことを、深く願っております」
「それではガッツさん、自信の身体に戻って、オマツさんを救ってあげてください」
「あなたの、ここでの記憶は、オマツさんを救うことと、もう一つ・・・」
「自分は生まれ変わることができない」
「それ以外のここでの記憶は全て消されます」
「わたしと、話したこともです。」
「さぁ、お行きなさい、ガッツよ」
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:37)
ガッツが戻るように命じられた時だった。
「なぁ・・・見ろよ!」
ずっとガッツから離れずにいたマコトが、声を発した。
ガッツの身体が、ゆっくりと元の姿に戻っていった。
仲間達が
「おい、ガッツ! ガッツ!」と
ガッツは、目を覚ました。
「ガッツーーー!」
トシが、ゆっくりとガッツの手をとり
「戻ってこれたんだな、ガッツ」
「・・・あぁ、・・・なんか夢をみていたような・・・」
するとガッツは、何かを思い出したように
「俺、あの坂の上まで行ってくる」
トシが
「何か、お願いごとでもしたいのか?」
「いや、違う、違うんだ。夢でみたんだ、あの坂の上に・・・」
その時のガッツは、唯一、仲間達の中でオマツを知るアイトに
「なぁ、アイト・・・一緒に来てくれないか?」
「あぁ、分かった。行こう」と
二人が、坂の上まで息を切らして登っていくと、そこにはオマツが倒れていた。
「オマツさん、オマツさん」と
オマツがゆっくりと目を開けると、そこにはガッツの笑顔があった。
「ガッツさん・・・わたし・・・」
オマツは、上を見上げて深々と頭をさげ、肩を揺らして泣きだした。
アイトは、その光景をみて、ここでの暮らしがどんなにか素敵な世界であるのかと、全ての理由は分からなかったが、
なぜか、様々な出会いと別れが、ここの場所まで繋がっていることに、改めて感銘をうけたのであった。
ガッツとアイトは、オマツを連れてゆっくりと坂を下りてきた。
ガッツが仲間達に向かって
「みんなに紹介します。オマツさん。俺のお母ちゃん」
「・・・みたいな人」と
間塚やマコトたちも、この人がオマツさんなのだと
ガッツが、オマツさんのために北海道のホスピスに住み込みで働いていたことや、あの事件のことまで思い出していたのだった。
「良かったね、会えたのね、オマツさんに」
と、モンは、一人で北海道の病院へお見舞いに行ったときのことを思い出していた。
「そう言えば・・・ガッツったら、私にラブレター置いていったのよね」
と、そのことを懐かしく思い出すと、
「今度、生まれ変わったら・・・もしかしたら、わたし、ガッツと・・・」
と、あのモンが乙女チックに?と、思いきや
「ガッツと一緒に、食品会社作って、一緒に食べ放題の店で働いているかもね」
「だって、ガッツはいつも“好きなだけ食べろ”って、言ってくれていたモン」
って、やっぱりそこだった。
もちろん、その時のモンは、ガッツと一緒に生まれ変わることはないことを知る由もなかった。
オマツは、一人ひとり丁寧にお辞儀をして
「北海道の病院にいたときは、よくお話しを聞いていました、皆さんのことは」
「ガッツさんは、本当に皆さんが大好きだったようで、思い出して話をしているだけで、少しも淋しくないんだって言ってましたけど・・・」
「本当は、皆さんのおそばで一緒に楽しく暮らしたいんだろうなと思っていました」
「だから・・・わたしなら大丈夫だから、皆さんのところへ戻るように幾度も話をさせていただいていたんです」
「いただいたんですが・・・ まったく言うことを聞かなかったんです、この子は!」
オマツは、ガッツを今でも我が子のように思っていたのだろう。
いつしか、ガッツを「この子は」と
マコトが、ガッツのことは全部知ってるぜと自慢したいかのように
「ガッツは、頑固者だから」と、皆の笑いを誘った。
だが、一人として笑う者はいなかった。
一同「うん、うん」とマコトの言葉にうなずいていたのだった。
オマツの記憶は、すごかった。
自己紹介をする皆の名前を聞いて
「あ~、あなたが大食いの・・・ あ~、あなたが店のカップラーメンを売ってこずかい稼ぎしていた・・・ あ~、あなたが足からタケノコがはえてきた・・・ あ~、あなたが幼稚園時代のアンの初恋の人・・・」
と、仲間達は、どれだけオマツにチクってたんだよガッツは!と
それでもみな、仲間達の昔の楽しい記憶であった。
オマツは、感慨深く言った。
「皆さんがいたから、この子は楽しい人生をおくれたんですねぇ」
「皆さんに支えられて」と
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:39)
ガッツは、少女と暮らしていた。
オマツも、少し体力が回復するまでと、ガッツのそばで暮らしていた。
そんなある日のことだった。
ガッツとサチが、手をつないで散歩をしていると、
「サチ? サチなの?」
と、一人の女性が声をかけてきた。
そうである。
その女性は、ガッツと暮らしていた少女の母親であった。
少女は、泣きながら母親に駆け寄り、思いきり抱きついた。
「ごめんねぇ、サチ・・・」
「淋しかったよね」
しばらくの間、親子は、抱き合って泣き続けた。
落ち着いた頃、少女は手話で母親と会話をはじめた。
母親は大きく、うなずき、涙をながしながら、ガッツのそばにきた。
「ありがとうございました。」
「いま、サチから事情は聞きました」
「すごくお世話になったと、ご迷惑をおかけしたのではないかと・・・」
ガッツは、母親に軽く会釈をしてから
「サチ・・・」
と、少女に向かって、初めて少女の名前を呼んだ。
すると、サチはガッツに駆け寄り、ガッツの胸の中で肩を揺らして、泣き出した。
「ごめんなぁ、ガッツのおじさん、手話ができなくてなぁ」
「サチという名前だったんだね」
「お母さんに会えて、本当に良かったね」と
そして、母親に向かって
「迷惑だなんて、まったくそんなことないです。自分もサチと一緒に暮らせて幸せでした」と
母親は
「きっと、サチは、あなたに慣れるまでも、相当に時間がかかったのではないかと・・・」
「人から、こんなに優しくされたことがないんです、私達、親子は」
「ましてや、見ず知らずの人に・・・」
ガッツは
「とても気持ちの優しい娘さんです。言葉はうまくかわせなかったけど、サチの目をみていると、気持ちが伝わってきました」
「サチは、ずっとお利口さんにお母さんを待っていましたよ」
母親は泣きながら
「大変、ご迷惑をおかけして・・・」
「お母さん・・・そのご迷惑という言葉は、もう、やめてください」
「サチが、一人で困っていた。淋しかった。自分はそばにいただけで、迷惑でもなんでもないです」
すると、そこにモン達もやってきた。
サチは、ガッツのときと同じようにモンに駆け寄った。
モンが、立っていたために、サチの顔がちょうどモンの腹部に当たり
サチは、弾き返されそうになったが、すかさず、モンは受け止めた。
おそらくは『モンばーちゃーん』と言って抱きついたのであろう。
母親が「こちらのみなさんは?」と
ガッツが
「僕の大切な仲間達です」と、笑顔で母親に伝えた。
母親は、不安な気持ちでガッツのところに来ていたことを、もうすっかり忘れていた。
そして母親は、自分の祖父母のところに、これから行くのだと言った。
そのことをサチと手話で会話していると、母親は困った表情を浮かべた。
その様子をモンが、親子の手話での会話を読み取り
「ガッツと別れるのが嫌なんだって、サチが言ってるよ」と
ガッツは、モンの手を引っ張り「こっちに来て」と
そして「通訳!」と
「サチ・・・いつでも遊びにおいで。ガッツのおじさんも、ここにいる仲間達も、みんな待ってるから」
そう、笑顔で言ったあと、モンに「さぁ、通訳!」と振り返ると
モンは、すでに同時通訳を済ませていた。
サチが、ガッツの背中に勢いよく抱きついたものだから、ガッツはよろめいて
「分かった、分かったサチ」と
そしてガッツは、サチにもうひとつの思いを伝えた。
「サチを一番に幸せにしてくれるのは、お母さんだよ」
「そしてガッツのおじさん達は、サチとお母さんの仲間だからね」と
ガッツは、すっかりモンが通訳していてくれているものと安心していたが
モンは、そんな光景をみて、号泣中
「おーーーい、モン、通訳しろ~」と
でも、その必要はなかった。
母親が、サチと会話していた。
サチは、自分の手で、ガッツに語りかけた。
その後ろで、モンが
「あ・り・が・と・う・ガッツ・の・おじさん」だって、と
これ以上大きくはうなずけないだろうというぐらいに、ガッツは大きくうなずいた。
その様子を、上からずっとご覧になられているお方がいた。
「良かったですね、お母さん」
「これからは、人との繋がりが、どれほど大切か、そして仲間の存在がどれほどありがたいことかを感じながら暮らしていけるでしょう」
「ガッツの仲間たちから、それを学びましたね」
「娘さんをしっかり、守り続けてあげてください」
と、優しいお声でお話になられたのであった。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:43)
サチが、母親と旅立って一週間が過ぎた頃
「ガッツさん、私はそろそろ北海道に戻らないとならないんです」
と、オマツが淋しそうにガッツに言った。
『娘さん?』
「はい。娘も大往生、私の元に・・・」
「そろそろ旅にでないと、娘の出迎えに間に合わなくなってしまうんです」
『そっかぁ・・・』
『オマツさん・・・娘さんと会って、たくさん話をしてよ、昔のぶんまで』
「はい、そうできることを願っています」
『・・・じゃぁ、俺が送るよ、北海道まで』
「え? いや、ガッツさんに長旅をさせては、お仲間さんたちに申し訳ないから」
ガッツは、その時あることを考えていた。
そのガッツの淋しそうな表情をオマツは、ただ見守ることしか出来なかった。
それでもオマツは、
「ガッツさん・・・トシさんのことだね」
『・・・え?』
「私と長旅をしていたら、トシさんの旅立ちのときに立ち会えなくなるんじゃないの?」
『・・・・・』
「ガッツさんは、トシさんと突然に別れて、それでもずっと忘れることなく“としちゃん”までそばに置いて、それで・・・」
すると、ガッツはオマツの話を制止して」
『いいんだ、オマツさん』
『あいつには、ちゃんと別れを言っていくし、それに・・・』
ガッツは、次の言葉を飲み込んでしまった。
オマツは、ガッツがどれほどまでにトシを頼りに生きてきたのか、トシの話をベッドの上でたくさん聞いて知っていたのだった。
それは、ここにきてからも同じで、事あるごとにトシに相談していたガッツの姿を、オマツはずっと見守っていたのだった。
ガッツは、おそらくは無理をしてであろうが、笑顔でオマツにこう言った。
「トシ、生まれ変わって幸せになるんだから、とても嬉しいことなんだよ」
と
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 12:51)
二人は、三日後に北海道に旅立つことになった。
相変わらずの頑固者ガッツは、一度決めたことを決して変えなかった。
オマツも、長旅の自信がなかったことから、ガッツの言葉に甘えざるを得なかった。
「ちゃんと、トシさんに話すんだよ、ガッツさん」
『あぁ、大丈夫だよ』
だが、ガッツはオマツとの約束を守らなかった。
誰にも、無論トシにも何も話さず、旅立ちの朝を迎えた。
「どうしたんだよガッツ、みんなに集まってくれって?」
「何かあったの? ガッツ」
仲間達は、それぞれに普段とは違う様子のガッツが心配になっていた。
その場にいたトシは、なんとなく察しがついていた。
「あいつ、北海道まで・・・」
「それに、あいつは、ここのところ、俺と普通に接していたつもりだろうけど・・・」と
ガッツが、明るく皆の前で
「オマツさんを北海道まで送ってくる」
「オマツさん、娘さんとの再会が待っているんだ」
「往復で1年以上かかると思うんだ」
「ボランティアとか、みんなにお願いしようと思って」
「留守中、みんなよろしく!」と
みんなは、ふ~ん、そうなんだと
そして、「気を付けてな、オマツさんもお元気で」と
ガッツが、少しだけ表情を変えて次の言葉を言った。
「あ~ それと・・・」
勇気を出して言ったつもりの言葉だった。
だが、そこで、ガッツは先に進めなくなってしまった。
そんなガッツを気遣ってか、トシが
「どうしたんだい? ガッツ」
「何か、他に言いたいことでもあるのか?」と
ガッツは、ひとつ深く呼吸をして
「あー、トシのことなんだけど・・・」
「トシが、来月、めでたく生まれ変わる時を迎えます」
「みんな、拍手ーーー!」
仲間達の誰もが、息をのんだ。そして、ガッツの言葉に誰も反応が出来なかった。
ガッツは続けた。
「トシ・・・ トシは、みんなより早くここにきて、それで、たくさんのことを俺たちに教えてくれた」
「どんなに、助かったことか」
「それで、みんなより早く来たぶん、早く生まれ変わるんだ。」
「俺は、今日で・・・」
と、その時だった。
「おい、ガッツ!」
「お前、俺のこと、勝手に決めてんじゃねーよ!」
「俺が、いつ言ったよ?」
「すぐに生まれ変わるなんて、ひとことも言ってねーよ!」
「ふざけるな!」
するとガッツも
「おい、トシよ!」
「お前、何勘違いしてんだよ!」
「その時がきたから、生まれ変わる。これ当たり前の成り行きだよ」
「お前こそ、勝手なこと言ってんじゃねーよ!」
二人は、勢いよく走り寄って・・・
取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
互いの拳が、互いの頬に命中するたびに、鈍い音が仲間達の耳に届いた。
それを見ていられなかったマコトが
『おい!やめろよ』
と、間に入って止めようとしたときだった。
「マコト・・・やらせてやれよ」
と、間塚がマコトを止めた。
『おい、だって、見てられねーよ!』
間塚は、ゆっくりと確認するように言った。
「二人とも、気持ちのやりばがなくて、それで、互いに互いの想いをぶつけ合っているんだよ」
「二人とも、自分の拳に想いを込めてな」
『だって・・・間塚・・・』
「いいんだ、二人ともちゃんと分かっているんだよ」
「自分たちには、どうにもできない運命だっていうことを」
オマツと仲間達は、二人を見守るしか出来なかった。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 20:20)
「もう、そろそろいいだろう」と、間塚が
「ガッツ、トシ・・・」
「お前たちの気持ちは、誰もが分かっているよ」
と、二人の殴り合いを止めた。
後でマコトが気が付いたことだが
「あれ?結局、美味しいところ、間塚に持っていかれたか?」と
そう思えるには、相当の時間を要したのであったが。
間塚は、続けた。
「なぁ、トシ・・・」
「俺が、決めることじゃないけど・・・」
「ガッツの気持ちをくんでやってくれないか」
トシは、深く呼吸をして自分を落ち着け
「あぁ、間塚・・・すまない」と
そして間塚はガッツに
「ガッツ・・・」
「ちゃんとトシに言葉を残して行けよ!」
「あぁ、間塚・・・すまない」と
そして、ゆっくりと二人は立ち上がり、そしてガッツはトシに向かって
でも、ガッツはしばらく、立ちすくんだままで、言葉が見つからなかった。
それでも、最後の最後に
「・・・・・またな、トシ」
と、その言葉だけをおくった。
トシも
「あぁ、ガッツ またな」
とても短い二人の言葉であったが、
ガッツの「またな」には、仲間達の誰もが涙した。
それが、一度目にトシを見送ったときにガッツがトシにおくった言葉だと
仲間達の誰もが知っていたからだった。
ガッツとオマツが旅立つときがきた。
「ほんじゃ、行ってくるわ」
オマツも「皆さんには、本当によくしていただいて、なんとお礼を申し上げてよいやら」
と、深々とお辞儀をして、二人は皆に背中を向けて歩き出した。
ずっと、ずっーと見守る仲間達
葉月がトシの横に立ち
「ねぇ、トシ・・・」
「今しかないよ、言ってあげなよ・・・いま思っているトシの想いを」
少しためらったトシであったが、葉月に促され、少しだけガッツの方に走り寄り
「ガッツーーーーー ありがとなーーーーー」と
ガッツは、振り向かずに右手を上げて、トシの言葉に応えたのだった。
ガッツは、振り向けなかった。
トシに涙をみせたくなかったから。
仲間達は、ガッツとオマツの姿が見えなくなるまで見送った。
ヒロ (木曜日, 26 11月 2015 22:07)
丘の上の小さな家“55”
「え~~~、そこで終わり?」と、葉月のがっかりした声に、
皆も「ほんと、ほんと」と、同調した。
「う~ん、でも本当にここで目がさめたんだよ」
と、ガッツが、少し申し訳なさそうな表情で、でも、どこか嬉しそうな顔で仲間達の一人ひとりの顔を見た。
実は・・・
ガッツ達がベトナムから戻ったあと
橋駒ドクターは、ひたすらガッツの治療の研究を続けていたのだった。
橋駒の努力と、さらには医療器具の目覚ましい進歩により
ガッツの手術が可能になったのだった。
そして、橋駒はベトナムからガッツの手術のために帰国した。
そして、「俺を信じろ!」という橋駒の言葉と仲間達の説得により、ガッツは手術を受けたのである。
手術は20時間を要した。
その手術の間、ガッツは、ずっと夢をみていた。
その夢は、ガッツの大好きな仲間達と、生まれ変わっても、また同じ高校に入学し、そして、また仲間として巡り合える話
もう一つの夢は、大好きなトシの夢だった。
夢の途中で麻酔からさめたガッツだったが、ガッツにはそれがどういうことなのか分かっていた。
「まだまだ、元気でいろよ!ガッツ」
そう、トシに言われたんだと。
それとガッツがトシに約束した「またな」という願いは必ず叶うんだと。
そして
「続きは、二人でな」
そう、トシに言われたんだと。
申し訳なさそうにしているガッツをみて、葉月が気をまわし
「でもさ、こうしてチョキ子の誕生日にガッツが退院してこれて、何よりだよね」
「今日で全員が70歳でしょ」
「その日に全員が揃って、しかも全員が元気で、それだけで幸せなことだよね」
「あらためてだけど、退院おめでとう、ガッツ」
間塚が、橋駒の方をみて
「お疲れ様。大変な手術だったなぁ」
梅子が
「ほんと、橋駒君がベトナムから帰ってきてくれなかったら・・・」
「ガッツ、ちゃんと感謝してるの?」
ガッツは
「おれ・・・ボケてないかい?」と、おどけてみせた。
そんなガッツをみて仲間達は、前のガッツにすっかり戻っていると、あらためて思った。
モンが
「すっかり、ガッツの夢の話に聞き入っちゃって・・・」
「さぁ、チョキ子の誕生会の準備始めようよ」
「みんなは、テーブルのうえ、片づけて」
ガッツが、あるものに気が付いた。
「なぁ、俺の写真が、なんでそこに置いてあるんだよ?」
マコトは、すっかり記憶が戻ったガッツの言葉が、何よりも嬉しかった。
「いやぁ、入院中も、ガッツの顔を忘れないようにさ」と
「・・・あ、そっけ」と、ガッツ弁もすっかり戻っていた。
チョキ子の誕生会が始まり、仲間達はガッツの夢の続きを、それぞれに話していた。
「きっと、ガッツの行いが認められて、お許しをいただいて、それでみんな一緒に生まれ変わるよね」
その意見に異議を唱える者は、一人もいなかった。
そして夢をみた当の本人も
「うん。俺もそう思う」と
「かんぱーい!」
と、その時だった。
橋駒が、こそこそと隠れて何かをしようとしていたガッツに
「おい、ガッツ!」
「お前は、ジュース!」
「・・・あ、そっけ」と
誕生会が始まって、少しの時間が過ぎたときだった。
竜水が、ガッツに向かって
「なぁ、ガッツ・・・」
「頼みがあるんだ」
『なんだい、竜水』
ヒロ (金曜日, 27 11月 2015 19:19)
実は、ガッツに頼み事を言う前に竜水は橋駒に相談していた。
「ドクター、ひとつ聞いてもいいかい?」
「あぁ、竜水、なんだい?」
「ガッツ・・・」
「・・・ギター弾けるかな?」
橋駒は、竜水の質問に、はっきりとした自信がなかった。
「正直、分からない」
「手術の前にも、本人から同じ質問をされて、同じように分からないと言ったんだよ」
「手術は、成功しているし、記憶もそのほとんどが戻ってきている」
「運動機能は、まったく問題ないはずなんだ」
「すぐに弾けるかもしれないし、時間がたてば弾けるようになるかもしれない、あるいは・・・」
「あとは・・・本人の逃げない気持ちも大事になるだろうな」
「ひとつだけ、間違いなく言えるのは、いつかはトライするだろうな、ガッツは」
「・・・なぁ、ドクター」
「もし、弾けなかったときには、相当ショックを受けると思うんだよ、ガッツ」
「でも、俺があいつを支えてあげなきゃならないと思うんだ」
「だから・・・今日、あいつにチャレンジさせてみようと思うんだ」
「いいか?」
橋駒は、少し考えたが
「あぁ、分かった。俺からも頼むよ、竜水」
「ガッツを守ってやってくれ」
そして、竜水がガッツに向かって頼み事を言った。
「ガッツ・・・ギター弾いてくれないか?」
仲間達は、竜水のその言葉に、戸惑いの表情を浮かべた。
「だって、手術の前には、まったく弾けなかったのよ」と
仲間達は、固唾をのんでガッツの返事を待った。
しかし、仲間達の心配は、中途半端に肩透かしを食らった。
「おぉ~、あらたまって何をお願いするのかと思ったら、それかい」
と、ガッツは笑った。そして
「う~ん、今日は勘弁してくれ」と
竜水は、何故に断ったのか、理由を質したいと思ったが、橋駒が竜水の思いを察して二度首を横に振ったのをみて、思い留まった。
竜水は
「分かった。ガッツ」
「今度、一緒に歌おうな」
と、その場を収めたのだった。
チョキ子の誕生会も終わり、仲間達は、それぞれの部屋に戻って眠りについた。
だが、誕生会で少し食べ足らなかった(ほんの少しだけ足らなかった)モンは、
「今日の晩御飯、なんか少なかったよねぇ?」
「あ、そっか。今日はガッツと橋駒君の二人が増えていたから・・・」
「おーい、しっかりやってくれよ~ アイト!」
ここで、その責任を押し付けられた料理番のアイトもたまったものではない。
しっかり、二人分を増やして作っていたのだから。
「お夜食、お夜食」
と、部屋を歩きまわり、食べ物を物色するモン
「そう言えば、ガッツ・・・どうして今日は勘弁してくれって言ったのかしら?」
「なんか気になるなぁ・・・」
「まだ起きているかなぁ、ガッツ」
「よっし! お夜食持って行っちゃえ」
と、ガッツの部屋に訪れたのだった。
「ガッツー」
「え、私が来てあげたのに、寝やがったか?」
「入るよ~」と、ガッツの部屋のドアを開けると、ガッツは既に布団の中にいた。
「え~、はやっ!」
と、ドアを閉めて帰ろうとしたモンであったが、ガッツの枕元にノートが置いてあるのが目に入った。
モンは、それが気になって仕方がなかった。
「え~、気になるしぃ・・・」と
この後、驚きの展開になるのだった。
ヒロ (土曜日, 28 11月 2015 19:02)
気になって仕方がなかったモンであったが、
さすがに部屋に入って、黙ってノートを読む訳にもいかず・・・
ゆっくりと眠るガッツの寝顔をみて
「ガッツ・・・手術成功おめでとう。よかったね」
と、ドアを閉めて自分の部屋に戻ろうとした。
が、その時だった。
『モンでしょ?』
『入ってきなよ』
と、いう声がガッツの部屋から聞こえてきた。
モンは「え?」と、思いながらも、その声に素直に従ってガッツの部屋へ
モンの両手には、
五家宝から東ハトオールレーズン、S&B5/8チップ、フィンガーチョコ、開運堂のメロンパンまで
両手に持ちきれないほどのおやつが
「しつれーしまーす」
と、部屋に入ると、モンは自分の目を疑った。
「え?なんで?」
『モン、いらっしゃい』
と、葉月がガッツの隣に布団をひいて、ガッツの枕元のノートと同じ種類のノートを読んでいた。
「なんで? なんで葉月が隣に寝てんの?」
『え? 今日は私が当番なんだよ』
「当番?」
『そう、当番。 ・・・って、モン、もしかしたら橋駒君の話を聞いてなかったの?』
「・・・・・・聞いてない」
『あぁ、あんた橋駒君が話してるとき、食事に夢中で・・・』
『まぁ、いいから私の布団に入りなよ!』
「・・・う、・・・うん」
と、モンはおやつを置いて、葉月の布団の中へ
「ねぇ、当番ってなんなの?」
『あんた、本当に何にも聞いてなかったのね・・・』
『これから、毎日、誰かがガッツの隣で一緒に休むのよ』
「・・・え? なんで?」
ヒロ (日曜日, 29 11月 2015 09:16)
『橋駒君が言うには、退院はしたけれど、術後の管理が必要なんだって』
『・・・それに、服薬も続けなければならないし、まだまだ安心は出来ないんだって』
『だから、夜は交替で隣に・・・』
『今日の男子たちは、全員お酒を飲んで、あてにならないから・・・今日は私が』
「そうだったのかぁ・・・」
そう言って、モンが布団を首まで引っ張って、向きを変えたものだから、葉月の布団までもモンに奪われて
さすがに三幅(みの)布団は、大人が二人で入るには、少し小さかった。
『モンも、今日はここにお泊りする?』
「うん」
と、モンの嬉しそうな返事に、「布団取るなよ!」と、少し複雑な葉月だったが、ガッツになにかあったら、という不安が和らいだのだった。
モンが、葉月に
「ねぇ、そのノートは?」と
『あぁ、このノート?』
『・・・う~ん、モンも見て』
と、葉月が、少し曇った表情でガッツのノートをモンに手渡すと、モンはさらにくるりと体を回して「うつ伏せ」になって、読みだした。
葉月の布団は、全てモンに奪われた。
モンは、フィンガーチョコを食べながら、ガッツのノートを読みだした。
最初の頃は「うん。うん。そう、そう」と、笑顔で読んでいたが、少し、口の中が甘くなったのか、途中から東ハトオールレーズンに
読み始めて、少し経ったころ
「・・・え? うそぉ、違うでしょ」
「なに言ってるのガッツったら・・・」と
葉月は、モンに奪われた布団を少しだけ奪い返して、二人は背中合わせ
モンの背中からは、「うそー」という声と、体の振動も、そのまま葉月の耳と背中に伝わった。
「そうなんだよ・・・モン」
と、流れる涙を布団でぬぐおうとした・・・が・・・やむを得ず、シーツでぬぐった葉月だった。
ヒロ (日曜日, 29 11月 2015 19:09)
モンが読んでいるガッツのノートとは
ガッツの『記憶張』だった。
実は、ガッツは手術のあと、自分自身が驚くほどに、記憶が蘇ってくるのが分かったのであった。
ガッツはそれをノートに記していたのだった。
書き残していた単語と人が結びついた時の喜びを、楽しみとしてガッツはノートを書いていたのだ。
ただ・・・
どうしても記憶と記憶、記憶と人がつながらないものもあったのだ。
それは、日を追ってつながらない記憶が増えていた。
ノートの最初の頃には、こんなことまで思い出したんだと、そのノートを読んだ葉月もモンも、目を細めて、時には笑える話も記されていた。
間塚・・・・・ドラマ制作をしていた。真子は奥さん
アイト・・・・・高校教師をしていた。『仲間』という小説を書いて芥河賞を受賞、なぜか清軍でウナギを焼いていた。高校教師を辞めたのは・・・誰かのパンツを脱がせた???
マコト・・・・・青果店店主、産地直送事件、カップラーメン販売疑惑、日光駅閉じ込め事件、なまってる、金髪好きでアメリカに???
などと、バイクで転倒し頭を打って失くしていた記憶は、橋駒の手術の後には、奇跡ともいえるように回復していた。
高校時代の記憶も蘇っていたのだった。
ガッツの手術前の記憶では、曲を作ったときに、想って書いた人のことは、理解していた。
竜水、オマツ、サラ、そしてモンのこと。
だが、モンのことに限っては、何故か手術前よりも・・・
それに、女の子の記憶もバラバラになっていた。
シマリス・・・・・葉月が美味しそうに食べている様子
赤パン・・・・・梅子が、テニス部ではいていた・・・ような???
クラリオン・・・・・???
足からタケノコ・・・・・モンが、少しでもダイエットのためと、駅まで小走りに走ったときに
と、記憶が結びつかなかったり、思い出せない部分にはクエスチョンマークが記されてあった。
間違った記憶もあった。
・・・でも、クエスチョンマークはついていなかった。
それは、ノートが先に進むにつれて増えていたのだった。
そして、モンが一番に「え?」と思ったのが
北海道の病院・・・・・オマツさんのそばにいた、お掃除のオジサン、葉月への手紙を託して退院。
「・・・え? 葉月への手紙?」
「・・・なんで?」
そして、二人が涙した理由は、ところどころに“ガッツの想い”が記されていたからだった。
ヒロ (日曜日, 29 11月 2015 19:10)
ガッツのノートには、端っこのところに
「もし、間違えていたらゴメン・・・」
「だめだ! 思い出せなくてゴメン・・・」
「自分にとって都合が悪いことだから、思い出せないのか?・・・悔しいよ」
と、いったように自分を責める言葉や、悔しい気持ちも記されていたのだった。
モンは「ガッツ・・・」と、言いながらノートのページをめくり続けた。
ところどこに、おそらくはガッツが好きな誰かの詩のようなことも書かれてあった。
『自分の番』
うまれかわり
死にかわり永遠の
過去のいのちを受けついで
いま自分の番を
生きている
それがあなたの
いのちです
それがわたしの
いのちです
うまれ変わり死に変わり、いのちからいのちへ、無量の過去からつづいてきた『いのちのバトン』を受けついで、いま、ここに生かされているこのいのち、そういう重いいのちを生きているのが、自分たち一人一人のいのちなんだ。
しかも、いまここに『自分の番』を生きているんだ。ひと(他人)の番じゃない自分の番。あとにもさきにも、かけがえのない大事な『いのちのバトン』を受けついで。このバトン、絶対に落としてはいけない。この世で一番大事な自分のいのち。だからすべての他人のいのちが平等に大事なんだ。
人間のいのちの尊さを骨身にしみて感ずる人間が世界中に増えれば、暴力や戦争はおのずから無くなるはずなのだから。
きっと、それは手術中にみた夢と、なにか重なる想いがあったのであろう。
生きることに、ガッツがあらためて決意を示した時に書いたのであろう。
そして、モンは気になるガッツの言葉を見つけたのだった。
ヒロ (日曜日, 29 11月 2015 19:13)
「ねぇ、葉月・・・」
その時の葉月は『そろそろ、見つけるころだと』思ってた。
でも、雰囲気的にシビアになる場面なのであろうが・・・
『ねぇ・・・モン』
そう言って、自分の上に、まったく布団がかぶられていないことを指さすと
「え? 葉月、暑いの?」
『・・・・・・』
「あっ、東ハトオールレーズン?」
『・・・・・・』
「ねぇ、そんなことよりさぁ・・・」
葉月は、その場は布団を諦め、おそらくは同じところが気になったであろうモンの話を聞くことにした。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「もしかして、私たちと・・・」
葉月は「やっぱり気になったよね」と
『うん。そうみたいね』と、小さな声で返したのだった。
ヒロ (月曜日, 30 11月 2015 12:44)
その場は、モンが言ったセリフで、収まってしまったのだった。
「とりあえずは、二人だけの秘密にしておこう・・・」と
朝まで、ガッツはゆっくりと寝ることができた。
一番先に目覚めたガッツが目にしたのは、隣で眠る二人のすさまじい寝姿だった。
「え?モンもいてくれたんだ?」とガッツは、二人の寝姿を目を細めてみていた。
モンのお腹の上で、葉月の「ふくらはぎ」が居心地良さそうに
葉月の頬の上には、モンの「二の腕」が
寝ている間に、どれだけ布団の奪い合いをしたんだ?と聞きたくなるぐらいに、二人がかぶっていた布団は、上下180度、表裏180度回って、結局は部屋の隅に追いやられていた。
朝方は、少し冷えたのだろう。ほぼほぼ体を密着させて二人は眠っていた。
枕元には、モンが持ってきたおやつの残骸が・・・
高校生の修学旅行でも、ここまでの様は、ないような気がするのだが・・・
「あ、おはよう」と、葉月が目覚めた。
「どう、具合は?」
ガッツは、心配かけて申し訳なさそうに
「あ、うん。 体調はいいよ」と
葉月は、急いでモンの二の腕を振り落し、モンをゆすり起こした。
「モン! モン! ねぇ・・・モン!」
ようやく目を覚ましたモンは
「え? 朝ごはんなの?」と
ガッツは、そんなモンをみて
「おはよう、モン」
「ありがとねぇ、そばにいてくれたんだね」と
こういう時のモンは、何故かピエロを演じるのであった。
「あ、ガッツ、おはよう」
「私は、ゆるキャラ系“モン”」
「葉月が、一人で不安だというので・・・」
「しかも、葉月が一人で食べ過ぎては大変と、すこしだけおやつの処分をお手伝いにきたのです」
「今日も、一日、頑張ろう!」
ガッツのその視線の先で、葉月がどんな顔をしていたかは説明するまでもないので割愛するが、
ガッツは「仲良しでいいな、双子のような二人」と、とても気が安らいだ。
そんなモンの朝からのテンションで、今日もいい一日になる予感がしていた3人であった。
ヒロ (月曜日, 30 11月 2015 18:46)
仲間達は、それぞれに起きてきて、すでに食堂に集まっていた。
梅子が、調理場で“トントントン”と、朝ごはんの準備をしていた。
アイトは・・・どうやら二日酔いで、グロッキーのようだった。
三人は、葉月を先頭に食堂に入ってきた。仲間達が一斉に
「おはよー」と
ガッツも「みんな、おはよう」
「こんな嬉しい朝を迎えられて・・・幸せだよ俺は」と
すると、1泊で帰る予定の橋駒が
「ガッツ、今日、俺はベトナムに帰るからな」
「いいか、ガッツ、とにかく無茶な行動をしないこと」
「しっかり食事して、しっかり睡眠」
「仲間達が、お前のそばにいてくれるんだから、しばらくは仲間達に甘えて」
「それと・・・」
「・・・それとな、もし、記憶が曖昧だったり、思い出せなかったり、記憶がつながらないことがあっても・・・・」
「・・・心配するな」
「お前は、徐々に・・・うん、少しずつ良くなっているんだから」
「いいな!ガッツ。これはドクター命令だぞ!」
そして橋駒は、仲間達を一人ひとりみて
「頼むな、みんな」
「何かあったら、すぐに日本に帰ってくる」
そう言い残して、橋駒はその日のうちにベトナムに帰っていった。
橋駒がベトナムに帰り、数日が経った。
その日は、穏やかな日だった。ガッツは
「少し、運動のために散歩してくる」
と、一人で近くまで散歩にでかけた。
手術前とは、幾分、街の様子が違ってみえた。
「え? こんなところにお花屋さんがあったんだ」と
それは、閑静な坂のある住宅街
ちょうど、坂の頂上付近に、小さなお花屋さんを見つけたガッツだった。
「ここは、お花屋さんだったんだなぁ、ちょっと見、気が付かなかったんだけど・・・」
と、ガッツは、ウッドチップが敷き詰められた庭先を通って、店へと向かった。
「こんにちは」
と、店のドアを開けると、そこで出迎えてくれた女の子をみて、ガッツは驚いたのだった。
そこにいたのは・・・
ヒロ (火曜日, 01 12月 2015 12:58)
出迎えてくれた女の子は・・・
葉月にそっくりだったのである。
世に「瓜二つ」ということわざがある。
瓜を縦に二つに割ると、二つの切り口が同じ形をしていることから、親子や兄弟などの容貌が似ていることのたとえとして、使われることわざであるのだが、
その時にガッツが目にした女の子は、あたかも双子の姉妹であるかのような、葉月と瓜二つの女の子だった。
女の子は、
『こんにちは』
と、笑顔で出迎えてくれた。
ガッツは、慌ててあいさつを返した。
「あっ・・・こんにちは」
何か、言葉を続けなければと思ったガッツは
「散歩中に可愛いお店だと目に留まったものだから、寄らせてもらったよ」と
ガッツは、その女の子と視線を合わせることが出来なかった。
その時のガッツには、その女の子に既に“ある感情”が芽生えていた。
それは・・・
「恥ずかしい」だった。
ガッツの、その性格は、仲間達とディズニーランドに行った頃と、何ひとつ変わっていなかった。
初対面の女の子と、ましてや二人きりで会話をするなど、あり得ないのだった。
場違いなお店によってしまったと、後悔の念に駆られたガッツ
慌てて、帰ろうとしたが、どうにも、店に入って直ぐに「お邪魔しました」と出ることも出来なかったガッツは、勇気を振り絞って店の中を見渡しながら
「私は、近くの丘の上にある老人ホームに住んでいる者なんだけど・・・」
と、怪しい者ではないと、必死にアピールした。
すると
『はい、よくお見かけしていましたよ』
と、笑顔で返してきた。
「え? 見かけてた?」と、ガッツは予想外の返事に驚いた。
『はい。よく“モー姉ちゃん”にお花をお願いされて、それで、配達に行った時に・・・』
「え? モー姉ちゃん?」
ガッツの頭の中に『熊谷真実』の顔が思い描かれた。
おそらくは、ガッツは『まー姉ちゃん』を想像したのであろう。
「・・・モー姉ちゃんって?」
ガッツの言葉に、女の子は、笑みを浮かべて
『あぁ、モンさんのことですよ』
『一緒にお住まいになられていますよね?』
ガッツは、焦った。
「なぜ・・・どうしてモンが自分の部屋に1泊したことを・・・」と
そして、ガッツは
「あっ、あれは、自分が知らないうちに、モンが部屋に勝手に入ってきて、食うだけ食って食いっちらかして、それで爆睡して・・・」
ミクはキョトンとしていた。
きっと、何か勘違いしているんだなと分かったミクは、大人の女の子。そこはうまくガッツのトンチンカンを補ってくれた。
ミクはうまく、話をそらし
『あっ、私は『ミク』と言います、よろしくお願いします』
と、優しく笑顔で語りかけ、そして
『よかったら、お茶でも・・・』
と、店の奥にあるテーブルを案内したのだった。
ガッツは、恥ずかしさから、一刻も早くこの場から逃げたい衝動にかられていた。
が、次の瞬間だった。
「・・・・・お姉ちゃん」
「・・・お姉ちゃん」
「お姉ちゃん」
ミクの言った「お姉ちゃん」に、ガッツの頭の中にモンの記憶が鮮やかに蘇ってきたのだった。
「お姉ちゃん・・・モン・・・モン・・・お姉ちゃん」と
そうである。ガッツが思い出したのは、モンの「お姉ちゃん」という言葉に対する異常なまでの執着心を思い出したのだった。
ガッツは、恥ずかしさを振り切って
「じゃぁ、少しだけお邪魔させてもらうね」
「それと、少し、テーブルをお借りしても・・・」と
ミクは、
「いま、お茶を」
「どうぞ、お使いください」と、ガッツに優しく微笑んだ。
ガッツは、常に持ち歩いているノートを取り出した。
そう、ガッツの『記憶帳』である。
そして、ガッツは、今、蘇ってきた記憶を急いでノートに書き記していった。
「お姉ちゃん・・・モン・・・モン・・・お姉ちゃん」と、独り言をいいながら。
ヒロ (水曜日, 02 12月 2015 12:42)
ガッツが、ノートにモンの記憶を書き込んでいると、
珈琲の良い香りが漂ってきた。
お店に置いてあるお花の、ほのかな香りと珈琲の香りがあいまって
ガッツの気持ちを、すごく落ち着かせてくれた。
ミクが『どうぞ』と珈琲をガッツの前に置いてくれた。
「すごくいい香りです」
ガッツのその言葉に、ミクはこの上なく嬉しそうな笑顔をみせた。
『ありがとうございます』
『これ、お店のオリジナルの珈琲なんです』と
ガッツは、カップをゆっくりと手に取り、珈琲を飲んだ。
窓の外に見える庭の木々達の鮮やかな緑も目に飛び込んできた。
ガッツは、自分の気持ちがさらに穏やかなものに変わっていくのが分かった。
驚くほどにその珈琲は、美味しいものだった。
「お、おいしいです」
『お口にあってよかったです』
そしてミクが『日記ですか?』とガッツに尋ねた。
ガッツは「・・・いや」
と、少し困った表情を浮かべてしまったものだから、ミクは
『あっ、なんか私、余計なことを・・・』
ガッツは、困った表情のミクを見て慌てて「これは・・・」と、ノートの意味を正直にミクに伝え始めた。
「このノートは、記憶帳なんだよ」
と、自分が事故にあい、仲間達に救われ、仲間達に勇気をもらって手術を受け、そして、いま、記憶を取り戻している最中(モナカではないよ!モン)なんだとミクに話していった。
ミクは、ガッツの話を真剣に聞いてくれた。
時には、涙し、笑いもありで、あっという間に時間が過ぎていった。
ガッツの話の途中に「あぁ、ガッツというお名前なのね」と、気付いたミク
おいおい、自己紹介ぐらいしろよガッツと、言いたいところだったが
一生懸命なガッツの話の腰を折ることは、したくなかったミクだった。
『ガッツのおじさん・・・』
「あれ、どうして僕の名前を?」
『今のお話で、ご自身のことをガッツと呼んでいましたよ』
と、微笑むミクにガッツは
「あれっ? そっけ?」と
「長居しちゃったね。申し訳ない。ほんと、美味しかったよ珈琲」
「ありがとう、おじさんの話を聞いてもらって・・・」
『いえ、わたしの方こそ、楽しかったです』
『モー姉ちゃんの話も聞けたし』
そして、モンのお姉ちゃんに対する執着心の話は、何故か二人だけの秘密ということになったのだった。
ヒロ (水曜日, 02 12月 2015 20:14)
5月のゴールデンウィークも過ぎ、今日はアンの誕生日だった。
丘の上の小さな家55にある、そこは、美容ルーム
ここでは、アンが仲間達の理容・美容・着付けを請け負っていた。
その日は、マコトがアンに髪の毛をカットしてもらう割り当ての日だった。
マコトの頭髪は、歳を追うごとにその面積が狭くなっていたため、カットの時間も人の半分の時間で済むはずなのであるが・・・
マコトのリクエストは、しゃらくせー注文が多かった。
「若かりし日の渡辺徹風にしてくれ!」
『・・・う、うん。分かった』
と、マコトのリクエストを承知するアンであったが、出来上がりは
『いいよ、マコト。 いいねぇ~ カッコいい!』
その言葉で、マコトはすっかりその気になってくれるのだから、扱いやすい奴といえば・・・まぁ、扱いやすいマコトだった。
「アン・・・お誕生日おめでとう!」
『ありがとねぇ、マコト』
「いくつになった?」
『・・・あなたと同じ・・・に、ちょっとだけ誕生日が早いだけだから』
「おぉ、誕生日が早いのは、全てにおいて有利なんだぞ!」
『・・・・・???』
「免許証も早く取得できるし・・・(もう何十年も前に取ったし)」
「年金だって、人より早くもらえるんだし・・・(確かに早くもらえたけど)」
「それに、高校の特待生のほとんどは誕生日が早いんだぜ!・・・・(?????)」
『なに?その特待生の話?』
「お~、知らないのかい?」
と、マコトは、どこの誰から聞いた情報かは不確かであるが、得意そうに
「高校生の特待生とかって・・・そのほとんどは、誕生日を見て決められるんだぜ」
『・・・え? そうなの?』
「あぁ、そうだよ。昔、咲心学院が甲子園で全国ベスト4ベスト8と強かった時代の選手たちは、実は、特待生よりも一般入部の選手が多くベンチ入りして・・・」
「その選手の中に、早生まれの選手は一人もいなかったんだ。それに、活躍した選手は、多くが次男だった。これ、有名な話だぞ!」
『・・・どこで、有名なの?』と言いたかったアンであったが
なぜか、マコトの言葉に「誕生日が早いのも悪くないかもね」と思ったのだった。
もともとは、女の子に歳を聞くな!という話なのだが
マコトも、十分に話をして、少し落ち着いたと思ったアンは、
ようやく、自分が話せる頃になったかなと
『ねぇ、マコト・・・』
「なんだい? アン」
『最近のガッツさぁ・・・』
『毎日、散歩に出かけて、たまにお花を持って帰ってきたりしてるみたいなんだけど・・・』
『どこに散歩に行ってるんだろうね?』
「あれ?知らなかったのかい? アン」
「たぶん、それは坂の頂上にある花屋さんだよ」
「ガッツのお気に入り散歩コースでな」
「なんか、俺にだけって言ってたけど・・・なんか店主が葉月に瓜二つなんだって」
『えっ、・・・葉月に・・・瓜二つの花屋の店主?・・・』
驚くアンであった。
ヒロ (水曜日, 02 12月 2015 20:26)
アンは、シェービングのカミソリを振りかざし
『マコト!』
『もう1回言って! 本当に葉月に瓜二つの店主なの?』
「あっ、そうみたいだよ・・・でさ、その・・・カミソリ・・・」
やっと、自分を取り戻したアンは
『あ、ゴメン』とカミソリをテーブルの上に置いた。
しかも
「なぁ、アン・・・この蒸しタオルも取ってくれねーか?」
アンは、何か考え事をしていたのだろう。マコトのタオル取ってくれの言葉も、ちゃんと届いていたのか、いなかったのか
蒸しタオルを、マコトの顔からとって、マコトの顔を拭きながら、黙って考え込んでいた。
「アン」
「・・・アン!」
『あ、ゴメン』
「おい、どうかしたのかよ? 葉月とその花屋さんと何かあるのか?」
『・・・・・・』
アンは、また考え事をしていて、マコトの問いかけに返事をしなかった。
そして、しばらく考えていたアンは
『ねぇ、その花屋さんって、どこにあるの?』
「あぁ、閑静な住宅街の坂の上の頂上付近にある、花屋さんで、オープンしてもうすぐ3年ぐらいになるらしいぞ」
『・・・ふ~ん、そうなんだ』
ヒロ (木曜日, 03 12月 2015 12:53)
ガッツの術後のリハビリは、それなりに順調だった。
その日からは、もう、夜も一人で休む予定だった。
『ガッツー、起きてる? わたし、アンよ』
「あ、どうぞ、入りなよ」
『お邪魔するね。どう体調は?』
「あ、あぁ。みんなに支えてもらって、本当に感謝してる。おかげさまで、記憶の方も順調に」
『そっか、それは良かった。 ねぇ、ガッツ・・・』
「うん? なんだい、アン」
『今晩から、一人なんでしょ?』
「・・・うん」
『今日は私が泊まってあげる! いいでしょ?』
「あ、もちろんいいよ。よろしくお願いするよ」
その時のガッツは、ほっとしていた。
実は、まだ時々、夜中に夢を見て飛び起きる時があり、夢と現実の世界が区別がつかないときがあるのだった。
例えばドリーム・Ⅰ
大きなネズミに、頭をかじられる夢(恐怖で目を覚ますと、隣でおやつを食いっちらかしている人がいるんだモン)
例えばドリーム・Ⅱ
足からタケノコが出てきて、それを一生懸命に引っこ抜く夢(その夢を見る時は・・・)
例えばドリーム・Ⅲ
毎週月曜日には、綺麗にアレンジメントされた花束を持ったご婦人がJR鹿沼駅に現れる。
それはとても美談なのだが・・・
そのご婦人が、駅の待合所で花束を直していると、少年がやってきて「おばさん、この輪ゴムあげる!」と。
ガッツは夢の中で「受け取ってあげなぁ」と語りかけるのだが、ご婦人は少年を無視する。「おい、受け取ってあげろよ!」と叫ぶのだが、ご婦人は少年の「ねぇ、おばさん・・・」の呼びかけを無視し続けるのだった。
「いいかげんにしろよ!かわいそうだろう!」と、ガッツが叫ぼうとした時だった。
「ねぇ、お姉ちゃん・・・輪ゴム・・・」
するとご婦人は「あらぁ、ありがとう」と満面の笑みで輪ゴムを受け取ったのだった。
ガッツの隣に三幅の布団をひき(しき?)、アンは布団に入った。
『ねぇ、ガッツ・・・』
『最近、よく散歩してるんだって? どのあたりまで散歩してるの?』
「あぁ・・・あっちこっち。散歩していると、街の中にいろんな物があることに気付いたりして、結構楽しいんだよ」
『ふ~ん。あのさ・・・時々、お花を持って帰ってくるって聞いたけど』
『お花屋さんにでも寄ったりしてるの?』
「・・・いや、・・・な、ないよ」
その時のガッツは、明らかに動揺した返事だった。
それをアンは、見逃さなかった。
『なにか、隠してる!』
そう思ったアンであった。
ヒロ (木曜日, 03 12月 2015 20:43)
それは、突然に始まった。
『ガッツちゃん、さぁ、白状して! 何か隠してるでしょ!』
「・・・な、なにを?・・・何にも隠し事なんかしていないよ!」
『じゃぁ、いい! 坂の上のお花屋さんに行ったことはあるでしょ?』
「・・・あぁ、あるような、ないような・・・あ、あれ、また記憶が・・・あ、あれ?・・・」
『ガッツーーーーー』
「はい、・・・ごめんなさい。 あ、あります」
『よろしい。で、そこの店主の話を聞かせてちょうだい!』
「あ、あれ、また記憶が・・・あ、あれ?・・・」
『ガッツーーーーー』
「・・・はい、ごめんなさい。 ・・・ 葉月に瓜二つの女の子です。ミクさん」
『・・・やっぱりね。 ガッツ、明日、わたしをそのお店に連れてって!』
「なにか、あるの? アン・・・」
アンは、くるりとガッツに背中を向けて
『いいの、あなたは! 私を連れていってくれさえすれば』
『おやすみ』
ガッツは、その晩、眠れなかった。
「バ、バレたのかな?・・・あの事が」と
『おはよう!ガッツ』
『さぁ、起きて! 朝ごはん食べ終わったら、すぐに出発よ!』
『お花屋さんに』
もう、ガッツの「き、記憶が・・・」は、通用しなかった。
「・・・はい」と、素直に返事するしかなかったガッツ
ガッツは、散歩中、何度か抵抗を試みた。
角にコンビニのある交差点まで来たときだった。
ガッツが
「え~っと、この交差点を・・・あ、下に降りていくん・・・」
『はい、ガッツ君!』
『あなたは、坂の上って言ったでしょ!どう考えても、ここを降りていくのは不自然だけど・・・』
「・・・はい」
当然、そんな茶番劇が通じるアンではなかった。
また、歩き始めた二人。 そこが坂道であったこともあり、ガッツの歩くスピードが極端に遅くなっていた。
『あんたさ、いい加減に諦めなよ!』
「・・・はい」
もう少しで、お花屋さんに到着するところまできた。
「あ、こんなところに喫茶店が!」
「アン・・・お茶して・・・」
『もうすぐ頂上ね。行くよ!ガッツ君』
「・・・はい」
お花屋さんが見えてきた。
『あ! ここね!』
と、アンがお花屋さんに気付いたのだった。
ガッツは、祈った。何を祈ったのかは、分からないが
すると、その意味不明なガッツの祈りが通じたのか
『え?・・・本日定休日?』
ガッツに、神が舞い降りた。
「今日は、木曜日だ!」
こんな時のガッツは、異常なまでにテンションが変わるのである。
「えーーー、定休日? せっかく来たのにさぁ」
「残念だなぁ、なぁ、アン」
「また、今度にしようぜ!」
ガッツは、ほっとした。実は、ここに来るまでは、今日が木曜日であることなど、考えてもいなかったのだ。が、とにかくほっとした。
しかし、次の瞬間だった。
ヒロ (木曜日, 03 12月 2015 20:53)
「アン姉ちゃん・・・」
アンの名を呼ぶ声がした。
ミクだった。
『ミク・・・』
ガッツは、自分のところに舞い降りてくれた神が、今度はアンにも舞い降りたのだと思った。もう、まな板の鯉状態のガッツだった。
「アン姉ちゃん・・・」
『久しぶりね、ミクちゃん』
「ご無沙汰しています」
ミクは、おどおどしながら二人の様子を見ているガッツに気付いて
「あぁ、ガッツのおじさん、こんにちは」
と、明るく挨拶をしてくれた。
その時のガッツは、何故か右手の人差し指を1本だけ立てて、その人差し指を自分の口の前に立てていた。
世間でいうところの「しーしー」「しゃべるなよ」「内緒、内緒」的な行動をしていたのである。
ミクは、ガッツに軽く「うん」と笑顔をみせ
「アン姉ちゃん、入って」
と、そして「あ、ガッツのおじさんも」と
ウッドチップが敷き詰められた庭を歩きながら
『今日は、お店、お休みじゃなかったの?』
「はい。でも、ちょっと片付けとかあって・・・」
お店のドアを開けると、そのお店の造りと、装飾、隅々まで店内を見渡したアンは、涙でいっぱいになっていた。
『ミクちゃん・・・』
何故に、アンが涙しているのか、ガッツには全く分からなかったが、振り向くとミクも涙していた。
二人にしか分からない世界だった。
何故かは分からないのだが、ガッツは、アンとミクの二人にして上げるべきだと勝手に思った。
そしてガッツは
「なぁ、アン・・・」
「俺・・・いつもの習慣で、散歩を途中で中断すると、体調が悪くなっちゃうんだよ!」
「もう少し、歩いてくるよ!」
と、まったくもって白々しい嘘だった。
それでも、そんなガッツの思いをアンは受け取り
『分かった・・・ありがとう・・・ガッツ』と
そして、ガッツは
「ちょ、ちょっとミクさん」と、ミクを店外に呼び出し、なにやらひそひそ話を始めた。
「あの事は、内緒で」
『はい、分かりました。ガッツのおじさん』と、明るく返事をして、ミクはアンのところに戻ってきたのだった。
ガッツは、花屋さんをあとにした。
二人は、店の奥のテーブルに腰を掛け、互いの顔をみた。
「ミクちゃん、元気にしていたの?」
『あ、はい。』
「それでも、どうして?・・・ミクちゃん」
ヒロ (木曜日, 03 12月 2015 21:00)
ミクは、アンの「どうして?」の質問に、うまく返事が見つからなかった。
アンも、いきなりの質問を反省したかのように
『ねぇ、ミクちゃん・・・』
『わたし、泣けちゃったじゃない』
『だって・・・』
と、アンは店の中を見渡した。
「あ、・・・はい」
「なんか、同じになっちゃいました」
「・・・母と」
『ほんと、だって、お店の造りや飾りつけまで、一緒だよ。葉月と』
その時のミクは、とても嬉しそうな表情を浮かべたのだった。
『さっき来た、へんなおじさん! あ、ガッツ』
『よく来るの?』
「・・・・・」
と、返事に困っていたミクだったが、
「あとで、ゆっくり話しますね」と、笑った。
『ねぇ、ミクちゃん・・・』
『やっぱり、許せなかったの?・・・お母さんの事』
「・・・・・」
『こんな近くに住んでいるのに・・・』
『でも、葉月のことを許せていないとしたら・・・葉月と同じお花屋さんを、していないはずよね』
『もう、許しているんでしょ? ミク』
ミクは、アンの問いに返事をせず黙って下をみていたのだった。
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 12:46)
アンの言う「ミクが許す」というのは・・・
葉月が若かりし頃、
孤独との戦いで辛くて、くじけそうになったとき・・・すごーく優しい人に出会って、婚約した葉月・・・
結局、その男性が、結婚詐欺師だったという話は、以前、葉月自らによって語られてきたことだが
実は、語られていない、もうひとつの真実が・・・
それは、婚約はしたものの、事情があってその男性と駆け落ちすることになったのだった。
その時・・・娘のミクを残して行ったのだった。
もちろんミクを残して行かざるを得ない事情があってのことなのだが
葉月は、必ずミクを迎えに行くつもりだった。
だが、好きになった男性に裏切られ、傷心しきった葉月は、娘を一度は裏切ってしまったことを悔い、結局は、ミクを迎えに行けず、葉月一人で生きていくことを選んだのだった。
ミクが、ようやく口を開いた。
「アン姉ちゃん・・・」
「わたし・・・お母さんの事、憎んでないよ」
「お母さんには、幸せになって欲しかったし」
「それに・・・」
アンが、ゆっくりとミクに続きを話すようにと
『それに?・・・』
「お母さんの居場所が分かった時には、もうアン姉ちゃんたちと一緒に暮らしていることが分かったから・・・」
「だから、せめて、お母さんの近くに住んで、遠くから見守ってあげられたらと思って・・・」
アンの目は、涙でいっぱいだった。もちろんミクも同じように。
そして、ミクは
「あ、このことは、お母さんには、言わないでください・・・」
『・・・それでいいの? ミク』
「・・・はい。」
二人は、しばらく昔の懐かしい話をした。
アンが、ある事に気づいた。
『え?でも、ガッツが、気付いたんじゃないの?』
「・・・いいえ、ガッツのおじさんは、まったく気づいていないと思います」
「あの、おじさん・・・なんか、人のことは気にしないというか・・・あ、変な意味じゃないですよ」
と、笑みを浮かべ
「なんか、不思議です。あのおじさん」
「突然に、お店に来たんです、2か月ぐらい前に」
「最初は、入ってきたとたんに、わたしを見て、真っ赤な顔になって・・・」
「よほど、恥ずかしかったんだと思います」
「さぁ、逃げろ!って、逃げる気満々だったんです」
「それでも、珈琲を美味しい、美味しいって飲んでくれて・・・」
「それからは、時々、遊びに来てくれて、一緒に暮らす仲間達の話を、よく聞かせてくれたんです。・・・もちろん、お母さんのことも」
「ガッツのおじさん、仲間達の話をするときは、本当に嬉しそうに・・・」
『そうだったんだぁ』
アンが、思い出したように
『そう言えば、さっき、ガッツに何をお願いされていたの?』
『どうせ、ガッツのことだから、しょうもないことでしょ?』
「あぁ・・・内緒な!って、言われたんだけど・・・」
「ガッツのおじさん・・・」
と、少し心配そうな表情を浮かべて、アンを見たのであった。
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 21:02)
ミクは、心配そうな表情のまま、話を続けた。
「お店に来るようになって少し経ってから、ガッツのおじさん、自分を働かせてくれないか?って」
「このお店では、人を雇ってまでお願いする仕事は無いって、断ったんだけど・・・」
「時給100円でいいから!って」
「だから、鉢植えの植え替えとか、庭の除草とか・・・時々お願いしているんです」
「・・・でも、なんか、わたし・・・」
「なんか、ちょっと気になるんです」
「一緒に住む仲間達に迷惑をかけているから・・・ずっとこの街には住んでいられないんだぁって」
「あ、でもその後、もうすぐ娘さんが栃木に帰ってくるから、そしたら一緒に住むって言ってましたけど・・・」
『娘?・・・と?』
アンは、夕べのガッツとの会話を思い出していた。
「俺・・・町工場の安給料で働いていたし、それにベトナムとか行ってるときにも年金を納めていなかったから・・・」
ガッツの言うのも当然であった。
もともと、“丘の上の小さな家55”は、仲間達の積立で建設したもの。
当然、そこにガッツは加わっていなかった。
普通であれば、一緒に暮らす権利などないのだ。
それでも仲間達は、誰一人として文句も言わず、ガッツを受け入れていたのである。
しかも、普段の生活費も、皆は年金から出し合っているのだが、ガッツには、それすら出来ないでいたのである。
そのことを、ガッツは至極気にしていた。
夕べも、そのことをアンに話したガッツだった。
「皆に、迷惑をかけている・・・」と
『仕方ないよ、ガッツ。みんなに甘えちゃえばいいんだよ』
アンの言葉に、ガッツは返事をしなかった。
『ねぇ、ミク・・・ガッツが、娘さんとって言ったの?』
『・・・娘なんか、いないくせに』
『もしかして・・・』
『いや、いや、ガッツを探して皆が旅に出る展開は、もういいからね』と
アンは、みんなが支えているんだから大丈夫と、何故か不安な気持ちにはならなかったのだった。
それよりも、
その時のアンには、「ミクと葉月のことをどうにか出来ないものか」という方が重要だった。
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 21:04)
お花屋さんからの帰り道
一人で歩いていたアンには、ひとつの疑問がわいていた。
『なんで? モンは? ミクにお花の配達をしてもらっているのよね?』
『モンが、ミクに気付かない訳がないし・・・』
『きっと、なにかあるのよ・・・』と
アンが、丘の上の小さな家55に帰ってきた。
『ガッツーーー』
と、アンは、先に帰ってきているはずのガッツを探した。
ガッツは、帰っていなかった。
それでも、あいつ、どこかに寄り道してるのねと、深く気にはせず
アンは、早速、疑問を解きにモンの部屋に向かった。
『モン? アン』
と、なにか、響きの面白い名前の呼び合いであるが
・・・モンの返事はなかった。
長い距離を久しぶりに歩いたアンは、疲れもあって
『まっ、いっか。明日にしよう』と、自分の部屋に戻ったのだった。
部屋で、眠ってしまったアン。3時間ぐらいは経っていたろうか、アンは、まだ熟睡していた。
すると、アンの部屋に、チョキ子が入ってきた。
「アン!ねぇアン! 起きて!」
『え?どうかしたの?』
「ねぇ、今日、ガッツと一緒だったんだって? ガッツのこと知らない?」
『あぁ、散歩に出かけた時は一緒だったけど、帰りは別々で・・・』
と、寝起きの目をこすって時計をみると、すでに夜の8時になっていた。
『もしかして、まだ帰ってこないの?ガッツ』
「・・・うん。」
「ちょっと困ったことに・・・」
「ガッツには、きっちり時間通りに服薬してもらわないとならないの」
「どうしても薬を飲んでもらわないと・・・もう、決められた服薬の時間は、とっくに過ぎていて・・・」
『・・・え? そうなの?なんで?』
チョキ子が、静かにアンに説明した。
「その薬で脳が刺激されていることで、ガッツの記憶は、維持されているんだって」
「だから、時間通りに薬を飲まないと、これまでの記憶が・・・」
『え?記憶がなに?』
「全部、消えてしまうんだって」
「橋駒ドクターから、必ず、本当に必ず守るように、そして、ガッツの服薬を仲間達で支えてやってくれって」
『そ、そうだったの?・・・』
アンは、一度深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
『わたしは???・・・
あ、モンにミクのことを聞きたかったんだ』
『そして???・・・
ミクと葉月を合わせてあげたいって・・・』
『それと???・・・』
『あっ!』
『・・・わたし・・・
ミクに「ガッツのことが気がかり」って言われていたんだ』
『それなのに・・・
私ったら、ミクの言葉を軽く考えて・・・』
と、深い後悔の念にかられたアンであった。
チョキ子は焦っていた。
「ねぇ、アン・・・アンの思い当たる場所とかないの?」
「他の仲間達には、それぞれに思い当たる場所を探しに行ってもらったの」
「ねぇ、アン!」
その時のアンには、ガッツの行きそうな場所は、唯一、あの場所しか思い浮かばなかった。
「チョキ子・・・私、行ってくる!」
「うん。分かった。あ、アン! これ!この薬持って行って!」
そして、アンは、その場所に向かおうとした。
と、その時だった。
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 21:07)
「アン・・・」
アンを呼び止める声がしたのだった。
アンの部屋に、モンと葉月
そして、最後にミクが入ってきたのだった。
『えっ?』
アンは、頭の中が混乱していた。
『は、葉月・・・ ミク・・・』
実は・・・
ガッツは・・・
ミクが葉月の娘であることに気付いていたのだった。
そして、そのことを真っ先にモンに相談していた。
モンは・・・
ガッツよりも先にミクのことに気付いていて、そして、アンと同じようにミクの気持ちを聞かされていた。
そして、ミクとの約束を破り、葉月に全てを伝えていたのだった。
葉月は・・・
モンから、ミクのことを知らされたが、ミクの気持ちが痛いほど分かっていたから、あえて、ミクの気持ちを大切にしたのである。
モンが、お店にお花を買いに行かずに、あえてミクに配達させていたのは
ミクの元気な様子を葉月に見せるために、毎週、月曜日には、ミクにお花を配達させていたのだった。
ミクは、葉月に気付かれないようにと、帽子を深々とかぶり、お花をモンに届け続けていた。
葉月は、自分の部屋から、ミクの様子を見ていたのである。
柱の陰から、市原悦子のように。。。
ガッツは・・・
とにかく不器用なガッツは、アルバイトをさせてもらいながら、そして、仲間達の話をするようなふりをして、葉月の様子をミクに一所懸命に伝えていたのだった。
ミクは、そんなガッツがしてくれる葉月の話を聞くのが、なによりも楽しみだった。
そんな不器用なガッツであったが、
ミクのお店で、ガッツ自らミクに相談事もするようになっていった。
「ミクさん・・・俺ね・・・仲間達の前で、ギターを弾く約束しているんだぁ」
いろいろと、ガッツの話を聞いているうちに、ミクは
『・・・ねっ、もしかして、ガッツのおじさん・・・奥幡竜水さんの・・・』
ガッツは正直に「うん。」と
ミクは、竜水の歌が大好きだった。
そして、ギターを弾くことをためらっていたガッツに
『ガッツのおじさん・・・ ここでギター練習すれば?』
『きっと、また前のように弾けるようになるよ!』と
それから、ガッツはミクのお店でギターの練習を始めたのだった。
仲間達には内緒で。
このことは、モンにもアンにも言わずに、二人だけの秘密だった。
『あぁ~、違うなぁ』
ミクのダメ出しは厳しかった。
それでも、ガッツは、いつの日か仲間達の前で、前のようにギターを弾いて、そして竜水に唄ってもらうことを夢見て、練習に励んだ。ミクに支えられて。
ギターは、前のように弾けるようになってきた。
それでも、ガッツには、最大の欠点が残っていた。
それは・・・
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 21:09)
ガッツは、人前で演奏、歌う時に、目を開けて立っていられないという欠点があった。
目を閉じていなければ、とてもじゃないけど、恥ずかしくて人前には立てないのだ。
それが、どういうことを意味するかというと・・・
楽譜を見て演奏できないということになるのだ。
それは、いまの記憶が、完全につながっていないガッツには致命傷だった。
ギターは弾けるようになったが、記憶はまだ追いついていかない。
昔のように記憶だけでは、どうしてもコード進行に間違いが・・・
ならば、仲間達の前で演奏するには、目を開けて立ち、楽譜を見ながら演奏しなければならない。
二人の猛特訓が始まった。
『はい、駄目! 目を開けて!』
ガッツの目の前1メートルにミクが座り、そこで、ガッツが演奏する。
・・・ガッツには、出来なかった。
『はい、そっちを見ない! 見るなら私を見なさい!』
『なんでぇ~、どこが恥ずかしいの?』
『違う~、そのコードじゃないでしょ!目を閉じるからでしょ!』
と、ミクの駄目だしにガッツは耐えた。
厳しく接することを決めていたミクであったが、心の中では、ぼろぼろと音をたてて涙を流していたのだった。
『ガッツのおじさん・・・頑張って』
『竜水さんのために、ガッツのおじさんの大好きな仲間達のために・・・』と
ミクの支えで、ガッツは自信を取り戻しつつあった。
あったのだが・・・
ガッツには、竜水のためにギターを弾きたいという思いと
このままみんなに迷惑をかけ続ける訳にはいかないという強い思いもあったのだった。
ヒロ (金曜日, 04 12月 2015 21:19)
その日のガッツは、アンと一緒にミクのお店に行きアンと別れたあと、
ひとり先に帰る途中、『万手山公園』に行ったのだった。
もうすぐ閉園時間であったこともあり、ガッツの目に入ってきたのは、それまでここで楽しく過ごしていた親子連れが帰る姿だった。
祖父母に手を引かれ「ばーば、じーじ、またこようね」と可愛い子どもの笑顔が眩しかった。
ガッツが、ふと視線をあげると、そこには小さな観覧車があった。
「あ、この観覧車が、“恋空”で有名になった・・・」
と、意外と、そんなつまらない情報も、ガッツの記憶として残っていた。
「乗ってみようかな・・・」
と、ポケットの中を探ったが・・・ガッツには、チケット代の50円がなかった。
ガッツのその姿に気付いた年配の係の方が
『良かったら、お乗りになりなさい』と
ガッツは、深々と頭を下げて、係の方の言葉に甘えた。
その高さが、わずか17.5メートルという小さな観覧車であったが、頂上付近までいくと、街が一望できた。
そして、ガッツの目に、“丘の上の小さな家55”が、目に留まった。
「みんな・・・」
そして、それは突然であった。
ガッツの頭の中に、メロディーが浮かんできたのだった。
それは、まだ竜水に曲を作ってあげられていた頃の、それと同じように
突然に、メロディーが浮かんできたのだった。
「えっ?」
と、驚いたガッツであったが、急いで、そのメロディーをノートに書き記した。
不思議と歌詞も思い浮かんできた。
約5分間の空中散歩は、あっという間に終わった。
終わったのであるが、ガッツは、終わったことに気付かずノートに向かっていた。
係の方が、「お疲れ様で・・」と、声をかけ、ゴンドラのドアを開けようとしたが
一生懸命にノートに向かっているガッツに気付いた係の方は、笑みを浮かべ・・・
ドアを開けることなく、そのまま二周目に。
その時の係の方の優しい笑顔が印象的なシーンであった。
係の方に、深々と頭をさげ「ありがとうございました」とガッツが降りてきた。
おそらくガッツは、観覧車が3周していたことも知らなかった。
係の方が「また、いらしてくださいね」と優しく微笑んでくれたのだった。
その後、ガッツは、公園にある「お堂」の軒下に座って、続きの歌詞を書いた。
書き終えた頃には、あたりは暗くなり始めていた。
そして、ガッツはノートを持って、ある場所に向かったのだった。
ヒロ (土曜日, 05 12月 2015 08:02)
ガッツが、向かったのはミクのお店だった。
ガッツがミクのお店についた時刻は、もう仲間達が「ガッツが帰ってこない!」と騒ぎはじめていた頃だった。
「ミクさん・・・」
『あ、ガッツのおじさん・・・』
ミクは、まだ片付け事をしていた。
突然、ミクの店に戻ってきたガッツは
これまでのモンと、自分がしてきた事
そして、葉月が見守っていた事をミクに伝えた。
するとミクは
『モン姉ちゃんから配達をお願いされていた理由も、ガッツのおじさんが一所懸命にお母さんの話をしていてくれた事も・・・実は、分かっていました』と
ガッツは、自分の母親が中1の時に亡くなったこと
そして、親孝行できなかった事が一番悔しいと
だから、ミクには後悔してほしくないと
そして、「お母さん・・・待ってるよ」とミクに伝えた。
ミクは、戸惑っていた。
『いまさら私から・・・』と
するとガッツは、ノートをミクの前にだし
「ここに来る前に作った曲なんだ。聴いてくれないか?」と
ガッツは、ミクの前に立ち、ギターを弾いて歌い始めた。
♪ なまぬるい風に吹かれながら 東京の空眺めてたら
遠くで暮らしてるあなたの事をふと思い出す 元気ですか?
夢を追いかけて離れた街 見送ってくれたあの春の日
頼りなかった僕に「後悔だけはしないで」と
優しい言葉 ぬくもり その笑顔 ずっと覚えてるよ そして忘れないよ
今 心からありがとう
返しても返しても返しきれない この感謝と敬意を伝えたい
頼りなかった僕も少し大人になり 今度は僕が支えていきます
そろそろいい年でしょう 楽してください 僕ならもう大丈夫だから
あなたの元に生まれて本当によかったと 今こうして胸を張って言い切れる
あなたの願うような僕になれていますか? そんな事を考える
今 心からありがとう ♪
ミクは、直ぐに気づいた。
『僕って・・・私のことなんだ』と
ミクの目からは、生まれて初めてと思えるくらいの涙が溢れていた。
『ガッツのおじさん・・・ありがとう』と
ガッツはギターを置き
「ミクさん・・・これ」
と、ノートをミクに渡した。
『え?・・・これは、ガッツのおじさんの大切なノートなんでしょ?』
「お母さんに渡してほしいんだ」
「自分は、これから行かなきゃならないところがあるから・・・」
と、店を出ていった。
「ミクさん・・・ガンバレ!」とだけ言い残して
ミクは、すぐにモンのところに電話をした。
「ガッツのおじさんが・・・」
モンは
「ねぇ、ガッツは? ガッツは、今、そこにいるんでしょ?」と
事情の全部を聞かされたミクは、直ぐに店を飛び出し周りを探したのだが、ガッツの姿を見つけることは出来なかった。
ミクは、ガッツのノートを持って、丘の上の小さな家55に向かっていた。
葉月とミクの感動の再会は、その時の葉月にもミクにも、どうでも良かった。
ガッツを探さなければと
そして、アンとチョキ子の前にモン、葉月、ミクの3人が来たのだった。
アンは
「わたし・・・ミクにガッツのことが心配って言われたのに・・・」
と、不安と後悔の涙を流していた。
モンが
「アンだけじゃないよ。私達も同じ!」
「私達だって、ガッツが苦しんでいたこと、気づいてあげられなかったんだもの」
葉月が、ミクに
「ミク・・・ガッツから渡されたノート見せて」と
アンの部屋で5人は、もしかするとノートにガッツの行き先が書かれているのではないかと、何かメッセージが書かれている事を願ってノートを読み始めた。
仲間達が、ひとり、またひとりと丘の上の小さな家55に戻ってきた。
モンも葉月もアンもチョキ子も、そしてミクも1階の食堂で仲間達を待っていた。
電話が鳴るたびに、誰かが走って受話器を取った。
ガッツからの電話であることを願って。
間塚とマコトも戻ってきた。
モンが
「これ・・・ガッツのノート」と、間塚達に読むように差し出した。
それを読んだ誰もが、涙にくれた。
「ガッツのやつ、俺たちのこんなことまで、記憶に残そうとしていたのかよ・・・」
そして、ガッツのノートの最後のページには、仲間達へのメッセージが書かれていたのだった。
「みんなに迷惑ばかりかけて、ごめん」
「俺みたいな奴の面倒をみてくれて、ほんとうにありがとう」
「みんなと仲間になれて、ほんとうに良かった」と
ヒロ (土曜日, 05 12月 2015 08:05)
ミクの店を出たガッツは・・・
悩み、そして苦しい時に、いつも二人きりで、語り合ってきた仲間のところに向かっていた。
店を出て、来た時とは逆の方へ坂を降りて行った。
坂を降りて左に、鉄道の下をくぐって、ゴルフ場の方へと向かった。
ゴルフ場を左にみながら、ガッツは歩き続けた。「もう少しだ」と
すると、ガッツの頭の中に、仲間達、一人ひとりの笑顔が浮かんできたのだった。
数々の思い出が浮かんでは、消えていった。
自然と涙が、あふれてきた。
消えていった思い出や、仲間達の顔までもが、薄れていき
そして、もう思い出せなくなっていった。
もう少しのところまで来た。
ガッツは、いま、自分がどこにいるのか
どうして、いま、何故、歩いているのか分からなくなっていった。
それでもガッツは、ただ気力だけで歩いた。
「どうしても奴と話しがしたい」と
暗闇の中、ようやくたどり着いた。
ようやく
ガッツは、薄れゆく記憶の中で、そっと口を開いた。
「みんなに、迷惑かけちまったんだ・・・ゴメン」
「俺・・・約束守れるのかな・・・」
「トシ・・・」
目を閉じたガッツに声が聞こえた。
「あぁ、ガッツ」と
ご愛読、ありがとうございました。
仲間 (日曜日, 06 12月 2015 01:34)
「ヒロ・・・」
「ご愛読、ありがとうございました」 って、なに?
「おいおい、忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「俺達、仲間の存在を!」
丘の上の小さな家55の食堂
仲間達がガッツを探すことを諦めかけていた時だった。
マコトが急に立ち上がり
「なぁ、 俺達は、ガッツのことを分かっていたつもりでいたけど・・・」
「1か所だけあるだろう! ガッツが行きそうな場所がさ」
「どうして、気が付かなかったんだ、俺は」
「行こう! 全員でだ」
仲間達は、3台の車に分乗して、マコトの「ガッツは必ずそこにいる」という場所に向かった。
仲間達が着いてすぐだった。
「おい、ガッツだ! ガッツがいたぞ!」
ガッツが倒れていた。
「ガッツ、ガッツ・・・ガッツーーー」
仲間達の呼びかけに、ガッツが返事することはなかった。
仲間達が、いくら呼んでもガッツが目を覚ますことはなかった。
チョキ子の薬を握りしめていた手も震えていた。
「間に合わなかったのね・・・」と
「バカやろー! 諦めるな!」
「く、く、クスリは?」
マコトの声にチョキ子が、「ここにあるわ」と、マコトに差し出した。
「無理よ! マコト・・・」
マコトは、それでも諦めなかった。
仲間達を全員見渡し、マコトが思う人に視線をあわせて
「なぁ、ガッツに飲ませてやってくれ!」
「お前しかいない!」
「え? 私が?
・・・ど、どうやって?」
「自分の口に含んで、口移ししかないだろう!」
「・・・え?」
「バカ野郎! お前しかいないだろう!」
「・・・うん。分かった。やってみる」
と、そう言って口移しで薬をガッツの口の中に、ゆっくりと
仲間達は祈った。
「おい、ガッツ・・・ガッツ・・・」
すると、ガッツが「うっ」と
ガッツは、意識を戻した。
仲間達の「ガッツ、ガッツ、ガッツ・・・」の呼びかけに・・・
もちろん、その時の仲間達は、ガッツが全ての記憶を失っていることも覚悟していた。
が、意識が戻ったガッツは
「え? どうしたの?みんな」
「え?なにしてんの モン・・・マコト・・・葉月・・・間塚・・・」と
モンは、マコトに命令した。
「縄!」
「縄を持って来て!」
「なーーーーわ!」
「そして、ガッツの首に付けて、連れて帰るよ!」
「・・・承知しました」
「って、縄はないので・・・肩車で」と
仲間達は、ガッツを連れて丘の上の小さな家55に戻っていった。
帰りの車中でミクが葉月に
「お母さん・・・」
『うん? なぁにミク』
「お母さん、今、幸せでしょ!」
『うん。もちろんよ』
ミクも葉月も同じことを考えていた。
「こんな仲間達と一緒にいれて幸せだよ」と
ヒロ (日曜日, 06 12月 2015 21:56)
ガッツが、戻ってきてから、1週間が過ぎた。
その日・・・
ミクは、ガッツと竜水を店に呼んでいた。
「ミクちゃん・・・なんだろうな?」
「俺とガッツに、お店に来いってさ?」
ガッツは、ミクが二人をお店に呼んだ理由が、おそらくはと想像がついていた。
「いらっしゃい。竜水さん、ガッツのおじさん」
ミクは、店の奥のテーブルに二人を座らせ
ガッツの大好きな珈琲を出した。
「う~ん、これかぁ、ガッツが言っていた珈琲って」
と、竜水も至極気に入った様子だった。
珈琲を飲み終えた二人をみてミクは
「ガッツのおじさん・・・」
と、自分が二人をここに呼んだ理由が分かるでしょ!と言わんばかりに
ガッツに微笑みかけた。
ガッツは「あぁ!」と
そして・・・
「竜水! 待たせて済まなかった」
「一緒に歌おうぜ!」と、ギターを持った。
「ガ、ガッツ・・・」と、驚きの表情をしたが、直ぐに「あぁ!ガッツ」と
ミクひとりのためのリサイタルが始まった。
竜水もガッツも涙を流していたが、それでも笑顔で互いの顔をみて歌った。
ミクは、竜水とガッツの前、1メートルの特等席で、二人が10年ぶりに一緒に奏でる歌を聴いた。
溢れる涙をぬぐおうともせずに。
そして、リサイタルが終えると、ミクは、葉月に電話をかけたのだった。
ヒロ (日曜日, 06 12月 2015 23:09)
その日は、アンが電話当番だった。
「葉月ぃ~、 ミクちゃんから電話よ~」
受話器を受け取った葉月は
「はぁ~・・・???」
「ねぇ、なんなのよ? ミク」
『いいからいいから、お母さん』
ミクは、葉月に理由も言わずに
「今から、お母さんのところに行くね」
「みなさんを食堂に集めておいて!」と
ミクと竜水、ガッツの三人が、丘の上の小さな家55に着いた時には
仲間達全員が、食堂に集まっていてくれた。
ミクを先頭に竜水、そしてギターを持ったガッツが仲間達の前に
「えっ?」と、誰もが思ったが、直ぐに、これから起きるであろう出来事を理解したのであった。
「ガッツ・・・」と
ミクは、何も語らずに、葉月の隣に座った。
そして、仲間達の前に竜水とガッツが立ち・・・
ガッツが、仲間達に向かって
「おれ・・・みんなに支えられて・・・」
「迷惑ばかりかけて・・・何も役に立てない自分だけど・・・」
「・・・だけど・・・」
と、次の言葉に詰まってしまった。
誰からともなく
「早く聴かせてよ~」と
竜水がガッツの方を向いて
「さぁ、ガッツ」
「あぁ!」
竜水のデビュー曲で、二人のリサイタルがスタートした。
そう、間塚の一番のお気に入りの曲から
仲間達は、ガッツのギターで唄う竜水の姿を10年ぶりに見た。
みんな、二人の演奏に酔いしれた。
5曲が、あっという間に演奏された。
そして二人が、リサイタルを閉じようとした時だった。
「ガッツ・・・ わたし、あの曲が唄いたい!」と
アンが立ち上がり、そしてガッツに懇願したのだった。
その曲は、ガッツがモンを想って書き上げていた曲を、梅子のために書き換えた曲
もう、あれから20年近く経っているのである。
ガッツがアンの頼みをきいてくれるものと、仲間達の誰もが思っていた。
しかし、ガッツは、その曲は演奏出来ないと断ったのだった。
ヒロ (火曜日, 08 12月 2015 07:33)
アンの予想を反して、ガッツが断ったことで
せっかくの雰囲気が、一瞬だけ、壊れかけてしまった。
そんな時は、しっかり大人対応のできる葉月の出番であった。
「まぁ、まぁ、ガッツも少し疲れたでしょ。少し休もうよ」
「私達には、時間はたっぷりあるんだからさ」と
仲間達も「おぉ、そうだよな」と
アンも、少し無理なこと言っちゃたかなと、笑顔で「エヘッ」と
しかし、二人の女の子だけは、複雑な思いをしていた。
梅子は、「慶一・・・」と
そして、もう一人は・・・モン
モンは・・・
と、そんな時
世の中に、こんな偶然があるものかと、思いたいぐらいのことが起きた。
「こんにちは~」
と、来客がひとり
クラリオンだった。
女の子達は、一斉に「クラリオ~~ン」と、玄関までお出迎え。
「突然で、みんなを驚かせちゃったかなぁ、ごめんなさいね」と、その笑顔は、何年経ってもクラリオンそのままだった。
「わぁ、皆さん、お揃いなのね」と、食堂に入ってきて、ようやくメンズたちも
「久しぶり~」と、会話に加われた。
クラリオンは、女優を続けていた。サスペンスの女王として。
普通に考えれば、大女優が同じ部屋にいる、とってもすごいことなのだが
クラリオンは、女優であることは、あくまでも仕事であり
仲間達といるときは、普通の女の子として接していた。仲間達も
食堂で、一息ついたクラリオンは、部屋の隅のギターと、マイクが2本立ててあることに気づき
「なにか、やっていたの?」と
「リサイタルだよ!」と、クラリオンの知らないこれまでの出来事を葉月が説明してあげたのだった。
クラリオンは、「そうだったの・・・」と
そして、次に言ったクラリオンの一言で、また、仲間達に大きな“嵐”が吹き荒れることになるのであった。
クラリオンは、
「わたし・・・」
ヒロ (火曜日, 08 12月 2015 12:54)
その時に言ったクラリオンの言葉とは・・・
「わたしも、ここに一緒に住みたい」だった。
その言葉を聞いた仲間達は、それぞれに思いを巡らせていた。
ある者は、単純に仲間が増えて、より楽しくなるだろう。
ある者は、部屋がないから、それは難しいかもなぁ。
また、ある者は・・・
ガッツがいなければ・・・だった。
もちろん、ガッツ自身、来る時が来たと覚悟していた。
それは、どういうことかというと・・・
丘の上の小さな家55は、建設の時点で、仲間の誰かが遊びに来た時に、宿泊できるように、客室として1室多く建設された。
そうである。ガッツは、その客室を使って生活していたのである。
建物も10年過ぎ、修繕も必要になってきていた。
その修繕費をどう捻出するか、仲間達も頭を痛めていた。
そして、ちょうどそこにクラリオンからの入居の申し込みが。
当然、クラリオンは、それ相応の資金を出しての入居を申し入れてきたのだった。
ここから、仲間達の意見が割れて、大騒動に発展していくのであった。
ヒロ (火曜日, 08 12月 2015 19:31)
クラリオンが帰ったあと、早速、相談会が開かれた。
これは、丘の上の小さな家55のルールで、全員に影響のあることは、全員で相談する約束になっていたのである。
もちろん、ガッツは、出資者ではないことから参加資格を持っていなかった。
議長の間塚の言葉で、相談会が始まった。ガッツを除いて。
【議長:間塚】
「それでは、クラリオンこと、増田恵子さんが、丘の上の小さな家55に入居を希望していることに対して、相談します。」
「経過説明を、経理担当のチョキ子から説明願います」
【経理責任者:チョキ子】
「今回、クラリオンこと、増田恵子さんから、芸能生活20年を機に、芸能界を引退し、この丘の上の小さな家55に入居したいという申し込みを受けました。」
「入居に当たっては、当初、全員が負担した額にさらに途中入居に対する額を加算したいと、その額については、こちらに任せるということです」
「本人の希望としては、一日も早く入居したいということです」
【議長:間塚】
「皆さん、ここまでで、質問は?」
「・・・・・・」
「無いようですね」
「それでは、クラリオンこと、増田恵子さんが入居するに当っての課題を・・・チョキ子、続けて説明願いします」
【経理責任者:チョキ子】
「課題はひとつです。部屋がありません。」
「もともと、この建物の設計段階から、夫婦二人部屋は、間塚・真子夫妻とアイト・梅子夫妻の二部屋のみです」
「一人部屋は、10部屋」
「うち、一部屋は、客室として、仲間の誰がきても宿泊してもらえるように、準備していたところですが、皆さん、ご承知のとおり、現在、ガッツこと白川勝也さんが、入居しています」
【議長:間塚】
「分かりました。この際ですので、今、抱えている経理的な課題もお願いします」
【経理責任者:チョキ子】
「はい。建築後、10年が経過したことで、浴室を含め、水回りの大掛かりな修繕が必要になっています」
「その費用の見積もりを徴取したところですが、概算で1,000万円を大きく超えることになりそうです」
「一人当り、100万は覚悟していただくことに・・・」
そのチョキ子の説明で、相談会の雰囲気が一変したのだった。
「ひゃ、ひゃ、百万?」
「そりゃ、おったまげたっぺよ~」とマコトが、異常に反応したのだった。
【議長:間塚】
「はい、みなさん、ここで、私から皆さんにお知らせしますが・・・」
「クラリオンこと、増田恵子さんからの入居費用をいただくことで、その修繕費の問題は、全て解決することになります」
「それを承知したうえで、この後の意見を述べてください」
「さて、ここまで分かったことで、誰か意見を述べてください。誰からでも結構ですよ」
誰もが、意見を言えずにためらっていた。
それは、解決策はあって、無いようなものであり
もし、解決するとするならば、それはガッツに出ていけということ。
そのことを分かっていたために、誰もが、その口火をきることを避けたかったのだった。
時間だけが、過ぎていった。
議長の間塚も、とりあえずは各自考えて、また相談会を開こうと意見しようとした、
その時・・・
「はい、議長!」
「お、アイト・・・どうぞ」
【アイト】
「みんな、実際は思っているんだろう? ガッツが出て行ってくれれば、誰もが助かる。というよりも、もともと、ガッツには、ここに入居している資格が無いんだからって」
「みんな、百万だぞ、出せるのか? 俺は、正直辛いよ。梅子と二人で二百万先の支出は・・・」
「どうなんだい? 腹を割って話そうぜ」
「みんな、自分からその意見を言うのは、嫌だ。誰かが言ってくれよって思っているんじゃないのか?」
「もし、そうだとするならば、俺がその口火を切ったから、俺を悪者扱いにすればいい」
「俺の意見と同じ奴はいないのか?」
「俺は、いると思う」
「手を挙げてみてくれよ」
「ガッツが、出て行って、クラリオンから入居費用をもらって、それで修繕費に充てればと思ってるやつ・・・いるだろう?」
ヒロ (水曜日, 09 12月 2015 00:10)
しばらくは、皆、黙っていたが、アイトが言った言葉も、皆、心の奥底にあるのも事実だった。
葉月が、ぽつりとつぶやいた。
「ガッツ、どこに行くの?」
「家族もいなんだよ・・・」
その事も、誰もが考えていたことだった。
しばらくの沈黙が続いたが、今度は、間塚が口を開いた。
「福祉事務所に相談することになるのかな・・・」
「生活保護を受けて、近くのアパートにでも暮らすことに・・・」
「あ、でもさ、仲間の付き合いは続けられるよな、アパートでの一人暮らしになっても・・・」
間塚の言葉が、一番に現実的な話であったのであろう。
それでも、誰も「それがいい!」という言葉を言えなかった。
言えなかったが、ガッツが路頭に迷うことなく暮らしていけるのなら、現実、有りな話なんだろうと考えていた。
この時のモンは、二つの事を考えていた。
ひとつは、「私と葉月で、ルームシェアもありなのかなぁ・・・」
もうひとつは「葉月がミクと暮らし始めれば・・・いや、でもそれは・・・」
考えがまとまらなかったモンは、結局は
「間塚君の言ったことが一番なのかな・・・」と
その日の夜は、誰一人として「もう寝ようぜ!」と、言わなかった。
皆、ガッツとの思い出をたどっていた。
アメリカでの同窓会をきっかけに、再開した仲間達の交流
ガッツの曲が、仲間達をひとつにしてくれたこと。
ディズニーランドへの修学旅行
間塚が帰国した時に暮らし始めた鎌倉への旅行
ガッツを探しに行った北海道
橋駒の手術を受けるように、全員で説得したこと
そして、ほんの1週間前には、首に縄を付けて、連れ帰ってきたこと
思い出と一緒に、ガッツの作った曲が、頭の中で流れていた。
だが・・・ふと我に返ると、目の前の現実が
「ガッツは、馬鹿なやつだよな。結局は・・・」
「・・・結局は、仲間達に・・・」
「見捨てられるんだぜ・・・」と
誰もが、そんなことを考え、そして、そんなことを考えている自分が嫌いになりそうだった。
沈黙は続いた。
間塚の次に口を開く者は、いなかった。
それは、誰も何も言わなくなってから1時間近くが経った時だった。
とうとう、丘の上の小さな家55のタブーを犯してしまう者が現れたのだった。
耐えきれずに
決して、選んではいけない方法を選んでしまうのであった。
「俺・・・」
ヒロ (水曜日, 09 12月 2015 12:46)
「俺・・・」
と、その男が話し始めようとしたが、その時は次の言葉を飲み込んでしまったのだった。
いろんな思いを察した間塚は、
「なぁ、みんな・・・急いで決めることじゃないだろう」
「また、ゆっくりみんなで考えていこうぜ」
と、その日を収めたのだった。
2日が過ぎた。
モンは、葉月とのルームシェアを真面目に考え始めた。
「私が葉月の部屋に行くのは・・・」
「うーん、ちょっと無理よね」
「だって、葉月の部屋は、たくさんのプリザーブドフラワーと・・・
それに、ラビ丸・ラビ代・ラビ太郎が同居しているんだもの・・・」
そして、モンは自分の部屋を見渡してみた。
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・無理だよね・・・」
モンの部屋には、7つのカラーボックスが置かれ
そこは、「おやつ」で埋められていたのだった。
いや、それは筆者の失言かもしれない。だって、モンは
「非常食よ!いつ何時、食糧不足になるか分からないでしょ!」
と、言っているのだから。
さぁ、おやつに囲まれたモンの部屋を想像するがいい。。。。
よし、想像できたようなので先に進めよう。
「どうしよう・・・わたし・・・」
と、思いあぐねていたが、モンは、清水の舞台から飛び降りる思いに匹敵するぐらいの決断をしたのだった。
「やってみなきゃ分からないでしょ!」と
ひとつ、また、ひとつ、おやつを胃袋の中へ収めていった。
ふと気が付くと、涙が流れていた。
それは、ガッツを心配して? いや、違う。葉月とのルームシェアを夢見て? いや違う。
美味しかったのだ。
美味しい、美味しいと、次から次へとおやつを胃袋に収めていった。
あまりの美味しさに、うれし涙を流していたのだった。
2つのカラーボックスが、空になった。
さすがに、少しお腹が満たされてきたのだろう。
モンは、少しのお昼寝タイムをとった。
30分が経った。うなされるように飛び起きたモン。
「そうだ!食べなきゃ」と
3つ目のカラーボックス・・・4つ目の・・・
完食したモンは、空になったカラーボックスを見つめた。
モンは、頑張った。踏ん張ろうと・・・頑張れ!モン
しかし・・・体が自然と反応してしまっていた。
モンは、コンビニ…ヤオバン…カワツ薬局…シャトルーゼ… はしごしていた。
戻ってきて、買い出ししてきた非常食を、カラーボックスの元の位置へ。
落ち着いた。ほっとした。
「これが、私の部屋なのよね」
「わたしって・・・エンゲル係数 高っ!」
そんなことを思いながらも、モンは、また、お昼寝をしたのだった。
ヒロ (水曜日, 09 12月 2015 20:27)
実は、マコトもモンと同じようなことを考えていたのだった。
「俺の部屋に、ガッツを呼んでやればいいんじゃねーか」と
ただ、マコトには、モンと同じ?ように、それを思いとどまらせる事情があったのだった。
その日も、その女の子がマコトの部屋にやってきた。
『ねぇ、マコト・・・』
「うん?なんだい?」
『まさかさぁ・・・ガッツとこの部屋で一緒に暮らそうとかって考えていないよね?』
マコトは、ハッとした。慌てて
「ないよ!そんなこと考える訳ねーべ」と
実は、マコトの部屋に夜な夜な『夜ばい』をしてくる女の子がいたのだった。
ここで、お詫びしなければならないのだが、その女の子の名前は、ここに記すことができないのだ。
それは、不覚にもマコトからお金を握らされてしまっているので・・・
「絶対、しゃべるなよ!」と
『夜ばい』は、女の子にとっても、とても大切なことだった。
その日も
『はい、始めるよ!』
「あぁ」
二人のいつもの“行い”が始まった。
「おい、次、どうすればいいんだい?」
『ひねって!』
「了解!こんな感じかい?」
『上手よ!マコト』
二人は、毎晩『編み物』をしていたのだ。
ボケ防止も兼ねて。
女の子は、マコトが好きだった。二人きりでいる時間が、なによりもの楽しみであり、二人で同じ物を仕上げていくことに生きがいを感じていたのだ。
編み物は、1日2時間と決められていた。
女の子は、マコトからいつものご褒美をいただいて、その日も帰っていった。
『はい、マコト』と、頬をマコトの顔の前に
マコトは、優しく頬にキスをするのだった。
恋愛という感情ではなく、仲間同士の挨拶として。
女の子が出て行ったあと、マコトは
「ガッツ・・・申し訳ない」
「無理だわ。お前をこの部屋に呼ぶのは・・・」と
ヒロ (水曜日, 09 12月 2015 20:32)
次の日の夜
夕食を済ませた仲間達は、部屋には戻らず、食堂に集まり団らんしていた。
ただ、ガッツだけは、少し頭痛がすると・・・先に休んでいた。
アンが、その時間としては珍しくTVをつけた。何気に。
すると、驚いたことに20年前に間塚が作った仲間達のドラマが再放送されていた。
「えっ?これって・・・ 知らなかった! ねぇ、みんな・・・」
『どうしたんだよ、アン』
仲間達が皆、TVの前に集まってきた。
「え~、これ最終回じゃない?」と
「ねぇ、この放送・・・葉月のお店で見たのよねぇ、みんなで・・・」
仲間達は、一同に同じ記憶を蘇らせていた。
皆、TVに見入った。
柳沢慎吾さん(ガッツ)が、ギターを弾き、浜田麻里さん(アン)が、仲間達の前で歌い始めた。
誰もが、ドラマの映像とともに、実際のアメリカでの同窓会を映像として重ね合わせて思い出していた。
皆、涙を流していた。その当時と同じように。
アンは、浜田麻里さんに合わせて歌を口ずさんでいた。そして
「どうしてだろう・・・ガッツと竜水が、ここでリサイタルを開いてくれたとき、私のリクエストを「今日は歌えないんだ」って、断ったの?・・・何か理由があるんだろうなぁ」と、答えを探していたのだった。
梅子は、慶一を思い出していた。
慶一は、今でもアメリカに住み、ジョディ・フォスター似の金髪美女と結婚し、幸せに暮らしていたのだった。マコトには実現できなかった金髪お姉ちゃんとの結婚を
「慶一・・・元気にしているかな」と、笑顔でその当時のことを思い出していた。
葉月、モン、マコト、アイトも涙していた。
それは、ガッツのことを思ってだった。
放送が終わった。
ふと、葉月が口にした。
「ガッツはさ、クラリオンを想って作った曲を書き換えて、梅子に贈ったのよね・・・」
「結局・・・ガッツはクラリオンに一度も自分の想いを伝えずにいるのよね・・・」
「それがさ・・・
そのクラリオンが、この丘の上の小さな家55に入居することで、ガッツは出ていくことになるの?・・・それって、あんまりだよね」と
仲間達、全員が黙って葉月の言葉を聞いていた。
誰も何も言わなかった。言えなかった。
だが、マコトと間塚と竜水だけは、知っていたのだった。
もちろん、当人のモンも。
「葉月、みんな・・・実は、違うんだよ」
「あの時の曲は・・・私を想って・・・」
モンの心の中の声だった。
モンも、当時のドラマをみて、
あの頃、二人でバカやっていたこと…
互いの逸話を語り合って、いじりあっていたこと…
北海道の病院で読んだ手紙…
ベトナムでのこと…
全ての事が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。
「ガッツ・・・」
「わたし・・・頑張る!」
「おやつは・・・食堂で食べることにする!」と
「葉月とラビ丸君達と、暮らすことにするから!」
その時のモンは、真剣だった。
「いま、みんなの前で?」
「いや、違う。まずは葉月に相談してからよね」
「バカバカ、モンのバカ」
と、とても乙女チックなモンに変わっていたのだった。可愛いところもあるのだ。
歌が、人の気持ちを変える・・・歌が、人に勇気を与える。
まさしく、そんな瞬間だった。
だが、せっかくのモンの変化も、役にたつことなく、ある男が、その場の雰囲気を一変させてしまうのだった。
そうである。今日こそ、その男によって
丘の上の小さな家55のタブーが破られる時がきてしまうのだった。
「俺・・・」
ヒロ (木曜日, 10 12月 2015 22:15)
その男とは、竜水だった。
そして、丘の上の小さな家55のタブーとは・・・
いかなる理由があろうとも、決して、途中で、退所してはならないという決め事である。
その約束事は、建設時に、何度も何度も皆で話し合って決めたことだった。
建物の所有権をそれぞれの持ち分で登記してあるため、途中での退所は、所有権を別の誰かに売買しなければならないことになり、つまりは、金銭のやりとりが発生してしまうことになるからだ。
実は、竜水は、ベトナムからガッツと帰ってきた時に、最初は丘の上の小さな家55への入居を断ったのだった。
それは、もちろん入居費用の問題だった。
竜水は、ガッツと同じように一文無しだった。
だが、間塚が兵藤を相手に起こした裁判で、敗れはしたものの、兵藤が竜水の曲の権利を全て放棄し、さらには竜水に対して、それまでの印税を渡してくれたのだった。
そのことで、竜水の入居費用の問題は、無事に解決したのである。
当然、別の高校に通っていた竜水は、仲間達の誘いを、ありがたいとは思ったのだが、遠慮すべきではないかと悩んだ。
だが、仲間達がガッツを受け入れることを決めたと同時に、同じ仲間として一緒に暮らして行く事を勧められ、竜水は、生涯、ここで暮らしていく決心をしたのである。
そんな竜水は、自分がここに残り、ガッツだけが出て行く事を、どうしても受け入れることが出来なかった。
仲間達の前に立ち、深々と頭を下げて竜水は
「俺・・・」
「ガッツと一緒に出ていく」
「分かっている。それは、丘の上の小さな家55に住む者にとって、決して許されないことだっていうことを」
「それでも・・・」
「ガッツ一人だけを追い出して、俺が、ぬくぬくとここで暮らしていくなんて・・・出来ない、俺には」
誰もが、一番恐れていたことだった。
ヒロ (木曜日, 10 12月 2015 22:21)
間塚が口を開いた。
「竜水・・・気持ちは分かるが・・・やはり、それは困るんだ」
竜水は、
「みんなに迷惑はかけたくない。だから、持ち分所有権は放棄する」と言った。
昔、国税調査官であったモンが
「あぁ、それだと贈与税の対象になるかも・・・」
とっさ的に、そんな言葉が出てしまったが、TPO的に、ちょっと違ったかなと、反省するモン
間塚は
「誰か、一人でもそれを許すとなると・・・」
と、葉月の方をみた。
実は、間塚は葉月から「私が出ていく。ミクと一緒に暮らしたいの」と、相談されていたのだった。
もちろん、間塚は葉月に思いとどまるよう説得していたのだった。
その間塚の言葉と、葉月をみたときの表情で、モンは事情を察したのだった。
「葉月ったら、私に一言の相談もなしに、間塚君に申し入れしていたのね、許せない!」と
仲間達の絶対的な信頼感に亀裂が生じていくのであった。
モンが
「葉月! なによ!」
「もしかしたら、私たちに相談もしないで、出て行こうとしていたわけ?」
葉月は、黙っていた。
返事もしない葉月にモンは
「返事しなさいよ!」と
いまだかつて見たことがない、モンの口調
優しく、気立ての良いモンに限って、しかも葉月に対して・・・
すると葉月も、まったく同じ口調で
「え? なんで? どうしてモンに相談する必要があるの?」
「私の人生・・・あなたに決めてもらう必要がどこにあるのよ!」と
ヒロ (金曜日, 11 12月 2015 12:36)
あの葉月とモンが・・・
竜水は、どうしていいのか分からなかった。
「お、俺が・・・、約束を破ろうとしたばかりに・・・」
と、二人の険悪なムードを取り繕うと試みた。
が、しかし、二人は目も合わさずに自分の部屋に走っていってしまった。
誰も、口を開かなくなった。
それは、葉月の気持ち、モンの寂しさ、もちろん竜水の思いも、全て分かっていたからだ。
少しの時間が経ってから間塚が
「竜水・・・お前の気持ちは、ここにいる全員が分かっているよ」
「辛かったろう・・・」
と、竜水の肩に手を乗せ、「大丈夫だ」と
間塚は、皆の前で語りだした。
「なぁ、みんな聞いてくれ」
「竜水は、この丘の上の小さな家55の約束事を破りたいと言った」
「どれほどまでに竜水が思い悩み、そして口にしたことか・・・、ここにいる誰もが、理解してくれていると思う」
「なぁ、みんな・・・」
「約束事ってなんなんだろうなぁ・・・」
「俺が、兵藤との裁判で敗れたように、人の権利を守るためにあるものとして、法律っていうのもあるけど・・・」
「法律って、俺たち、人間が作ったもので、人の都合のいいように決められている」
「そして、必要に応じて新たに作ったり、改正したり、終わりにしたり・・・と」
「・・・って、なんか、法律の話なんかしちゃったけどさ」
「俺たちが作った約束事って、どうして決めんだろうなぁ?」
「・・・その一番の目的ってなんだろうと考えてみたらさ、それは仲間達がずっと仲良くやっていけるために作ったものなんだよな」
「だけどさぁ・・・、
俺たち、何か大切なものを見失ってはいないかい?」
ヒロ (土曜日, 12 12月 2015 02:02)
「その大切なものってさ・・・」
「仲間を大事に思い仲間のためにと、自分を犠牲っていうか、正直な気持ちを抑えてっていうか・・・」
「まずは、自分のことを大切に思ってもいいんじゃないか?」
「決して、それは、自分のわがままを通すっていう意味じゃなく、家族がある者には、まずは家族を大切にして」
「だから・・・葉月にとって大切なミクちゃんが葉月との同居を望んでいたり、あるいは葉月がミクちゃんとの同居を望んでいたり・・・」
「俺達、仲間がそれを妨害や、我慢させたり・・・」
「そんなの、本当の仲間じゃないよな」
「・・・俺・・・間違っていた」
「だから・・・」
すると仲間達が、
「間塚・・・俺達だって、今、同じ思いだよ」
「そうよ、間塚君・・・間塚君ひとりで決めたことじゃないでしょ」
そう言って、仲間達は、同じ方向を見ることができたのだった。
「ねぇ、葉月のところに行こう!」
「・・・いや、その前にモンのところだろう!」
「そうね、モンを連れて葉月のところに行こう!」
仲間達は、モンの部屋に行き、
「モ~ン、ねぇ、モン、返事してよ」
モンの部屋から返事は、なかった。
いや、しなかったのではない。返事が出来なかったのである。
仲間達は、嫌な予感がした。
「・・・モン・・・ 開けるよ!」と
仲間達が、そこで目にしたものは・・・
ヒロ (土曜日, 12 12月 2015 08:35)
仲間達の嫌な予感が当たってしまったのだった。
「えっ? モン・・・」
「おい、よせ! モン、 モーーーーーン!」
モンは、シマリスの倍の大きさに頬をふくらませ、おやつを食べていたのだった。
「おい、それ以上入れるな!」
「・・・・・・・」
「ぶっ、あぁ~~・・・呼吸が止まるかと思った」
と、ようやくモンがしゃべった。
「・・・あのさ・・・モン・・・」
すると、どうやら、美味しさのあまり流したものとは違った涙が、モンのほほを濡らしていた。
そして
「わたし・・・分かっているの・・・本当は。 でも、つい、あんな口調で・・・」
「葉月は、私に申し訳ない気持ちが先に出ちゃって、それで、何にも言えなかったんだよね」
「これまで、みんなで支え合って、共同生活をしてきて・・・」
「葉月・・・辛かったと思う」
「それなのに、わたし・・・」
みんな笑顔で、
「モンだけじゃないよ、私たちも同じ」
「モンは、正直に自分の気持ちを葉月にぶつけただけでしょ」
「みんな一緒。だからさ、葉月をみんなで送り出してあげよーよ、ねっモン」
モンは、「うん」と、うなずいて、もう一口だけ残っていたおやつを完食したのだった。
「モン、行こう! 葉月のところへ」
そして、仲間達は、葉月の部屋に向かったのである。
しかし・・・
本当の事件は、ここから始まるのであった。
そして、物語は、いよいよ終わりへと・・・
ヒロ (土曜日, 12 12月 2015 10:34)
仲間達が、葉月の部屋の前についた。
「モン、 あなたでしょ!」
と、仲間達は、モンに葉月を呼ぶように促した。
「うん」と、モンがうなずき「葉月ぃ・・・」と
返事がなかった。
モンは何度か試みてみたが、さすがに夜も更け遅い時間でもあったので、「寝ちゃったよね。明日にしよう」と、仲間達に同意を求めた。
皆、「そうね」と
仲間達は、それぞれの部屋に戻っていった。
部屋に帰ったモンは、なかなか寝付けなかった。
それは、決してお腹が空いていたからではなく、布団に入って目をつぶると、これまでの様々な出来事が思い出されてきて、モンの睡眠を許さなかった。
モンと葉月は、同窓会をきっかけに、その付き合いが深まっていった。
モンは、毎週のように葉月の店に出かけていった。
もちろん、手ぶらではなく、たくさんのおやつを小脇に抱えて。
「葉月のお店が・・・葉月がいてくれたから、あの頃の私は、全てに頑張れたのよね」
モンが、まだ勤めていた頃は、毎週、月曜日には、葉月が作ってくれた“お花”を持って、出勤していた。
「葉月・・・心を込めて、作ってくれたのよね。月曜日… また、一週間が始まると、憂鬱な私を、ガンバレ―って・・・」
モンが、熱を出したりして寝込んだりすると、葉月が心配して見舞ってくれた。
「葉月・・・たっくさんの食べ物を届けてくれたのよね・・・こんな私でも、さすがに食欲もなく・・・でも、不思議と葉月が届けてくれたものは、本当に美味しくて美味しくて…涙がでちゃったなぁ・・・本当に助けられたもの」
若かりし頃の葉月は、毎日のように夜遅くまで働いていた。
それは、葉月の店に通ってくれるお客様に、少しでも喜んでいただきたくて。
モンは、遅くまで働く葉月が心配で、居ても立っても居られずに、手伝いにも行った。
葉月は、仲間たちに、いろんなことを教えてくれた。
クリスマスシーズンになると、キャンドルリース作りとか
「不器用な私に、一生懸命に教えてくれたのよね・・・クリスマス気分を味わってもらおうと、トナカイさんまで呼んでくれたこともあったよね」
二人の誕生日は、一日違い。
仲間達が、サプライズでケーキを用意して、二人の誕生日を祝ってくれたりもした。
「美味しかったなぁ・・・あの時のケーキ。初めてだったよ、あんな誕生会」
「わたし・・・葉月がそばにいてくれたから、いろんなこと、頑張ってこれたの」
そう言って、ようやく眠りについたのだった。
ヒロ (月曜日, 14 12月 2015 12:39)
その翌朝
みんなより、少し早めに目覚めたモンは、まずは、私から話したいと、葉月の部屋にひとりで行ったのだった。
「葉月ぃ~ おばんです」
「あ、違う、おはよう」と、ひとりボケと突っ込みを
おどけて、普段通りのあいさつがしたかったモン
しかし、葉月の部屋からは、何度呼んでも返事がなかった。
モンのその声に気付いた、アンとチョキ子が起きてきた。
「・・・モン・・・」
「ねぇ、葉月、まだ寝てるのかなぁ、何度呼んでも返事がないの」
「・・・・・開けてみようか、心配だから」
と、三人で葉月の部屋に入ると・・・
部屋には、葉月もラビ丸たちもいなかった。
そして、テーブルの上に、置手紙が・・・
「えっ? 葉月・・・」
と、誰当てに書かれた手紙であるかも確認せずに、モンが手紙を読み始めた。
書き出しは、“みんなへ”だった。
読んでいくうちに、顔がこわばっていくのが分かった。
その顔は、あたかも、ウサギの耳をつかんで、こっちをにらんでいる熊のような形相だった。
怖かった。アンも、チョキ子も
アンの
「ねぇ、モン・・・どうしたの、怖い顔して・・・」
その、呼びかけに返事もすることなく、これを読めば分かるよと、手紙を二人に差し出したのだった。
ヒロ (月曜日, 14 12月 2015 21:45)
アンとチョキ子は、並んで一緒に葉月の置手紙を読んだ。
そして
「・・・葉月・・・ゴメン。分かったよ、葉月の好きにすればいいよ」と、深いため息をついたのだった。
葉月からの手紙は、三人には、正直、驚きの内容だった。
手紙の内容は・・・仲間達への別れを告げるものだった。
書き出しは、仲間達と暮らしてきた思い出など、楽しかった事が綴られていた。
しかし、娘のミクとの再会により、自分はミクと一緒に暮らしたい思いが芽生えた。
しかし、仲間達は、葉月のそんな思いを考えることもなく、丘の上の小さな家55の約束事を守ることしか、頭になかったことが、葉月には、どうしても許せなかったのだった。
手紙には、ここ書かれていた。
「みんな・・・どうして私に、娘と同居するように、言ってくれなかったの? 私は、とっても淋しかった。」
「仲間で、仲よく暮らしていても、結局のところは、他人なのよね!」
「私は、そんなみんなが、もう、仲間とは思えなくなりました。」と
モンも、深いため息をついた。そして
「それが、分かったから、こうして今・・・」
「それなのに・・・また、勝手なことするのね、葉月は・・・」と
確かに、葉月の言う通りだったのかもしれない。それでも、一言、自分の正直な気持ちを言ってくれてさえいれば・・・と、モンは、それが残念でならなかった。
最後に葉月の手紙にはこう書かれてあった。
「わたしは、もう仲間達との付き合いをしたくない。」
「ミクと暮らしていくことも、もう望まない。」
「私は、ここを出て、一人で暮らしていきます。」
「クラリオンが私の後に住むように、様々なことを進めてください。」
「荷物は、後で、引っ越し業者を向けます」と
その時のモンもアンもチョキ子にも
「葉月はどうする気なんだろう・・・」そんな、思いもあった。
が、しかし、もう既に葉月に自分を否定された思いでいっぱいになっていた。
だから、アンとチョキ子から出てきた言葉が
「葉月の好きにすればいいよ」だったのである。
悲しいことだが・・・
モンも二人と同じ思いになっていたのだった。
ヒロ (火曜日, 15 12月 2015 12:40)
その日の朝食のとき、仲間達の前で、葉月の手紙のことが報告された。
他の仲間達は、モンやアン、チョキ子の様子を伺っていたが、決して、葉月の行動を止めようとする気配も感じないことに、仲間達は、驚きを隠せなかった。
だが、葉月と仲良しの三人が何も言わないのなら・・・と、その現実を受け入れることしか出来なかったのである。
唯一・・・マコトだけが、モンに向かって
「いいのかよ? これで・・・モン」
モンは、マコトの方を向くこともなく
「いいんじゃない、葉月の好きにさせれば」と
マコトは、そんなモンに変わってしまったことが淋しくてならなかったが、それだけのことが書かれていた葉月の手紙であったことから、
「モンが、いいって言うんじゃ、しゃーねーか」と
マコトも納得したのだった。
仲間達は、それぞれに分かっていたのだ。
いくら仲間であっても、これが、毎日の共同生活となり、それぞれの事情も、仲間達との付き合いを第一優先しなければならないことに、いつかは、無理が生じるであろうことを。
そして、葉月が、そのことを声に出して行動しただけのことで、葉月がやらなければ、他の誰かが、そうなっていたであろうことを。
その時の、モンは自問自答していた。
「仲間達での共同生活なんて、やっぱり無理だったのかな?」と
答えの出ないモンであったが、心のどこかでは、葉月の行動は必然的に起きたことで、この先も、他の誰かも同じように離れていくのかもしれないと、覚悟を決めたのだった。
ヒロ (火曜日, 15 12月 2015 23:42)
その日、朝食を終えたアンは、ミクの店へと急いで向かったのだった。
「お母さん、出ていっちゃったよ。 ・・・これを残して」
と、ミクに葉月の手紙を見せた。
ミクは、冷静に全てを読み終えのだが、驚く様子もなく
「分かりました。皆さんには母の勝手な行動でご迷惑をかけて申し訳ありません」
と、アンに謝ったのだった。
「・・・ミク・・・驚かないの?」
と、アンはミクに問いただしてみたが、やはりミクの反応はアンが予想していたものとは違った。
その時のアンは、
「せめて親子で一緒に暮らせばいいのに!」と、ミクに伝えるつもりだった。
しかし、ミクの態度をみて、その言葉も言えなくなった。
「なにかあったのかなぁ・・・」と、思いつつも、娘も納得しているんじゃ仕方ないと、何も言えなかったのだった。
ミクからは、「荷物は、私が預かります」の言葉だけだった。
帰り道・・・アンは、
「みんなおかしいよ。 せめて葉月が、これからどうやって暮らしていくのか・・・」
「って・・・どうして、それが心配にならないの?」
と、これまで、あれほどまでに何でも相談し合い、励まし合い、支え合って暮らしてきたことが、全て否定されているような気がして、淋しさのあまり、アンは涙しながら、歩いて帰ったのだった。
アンが、帰ると、ガッツが待っていた。
ガッツは、今起きていることを仲間達から聞かされ、葉月のことが心配で、ずっとアンが帰るのを待っていたのだった。
ガッツは、アンが帰ってくるなり
『アン・・・ミクは、なんて言ってた?』
「・・・・・」
「・・・荷物は、自分が預かるって。それだけ」
『えっ? なんで? 葉月のことは?』
「・・・本人の好きにさせてやってください・・・って」
『で、葉月は・・・葉月はどこに行ったの?』
「ミクも知らないみたい」
『そんなぁ・・・』
ヒロ (火曜日, 15 12月 2015 23:44)
次の日・・・
さっそく、ミクの手配した引っ越し業者が葉月の荷物を運びに来た。全ての荷物を
その様子を唯一、ガッツだけが見守っていた。
葉月との思い出が、他人の手によって壊されていくことが、ガッツには許せなかった。
せめてという思いから、引っ越し業者の作業を手伝うガッツ
すると、その様子を見ていたモンが
「ガッツ、そんなことする必要ないでしょ! 葉月は、勝手に出ていったんだから!」と
ガッツは、悲しかった。どうしてモンがここまで変わってしまったのか
葉月に支えられ、葉月を応援し、互いに励まし合ってきた、葉月とモン
それが、どうしてここまで・・・
ガッツは、その時に決意したのだった。
「葉月を絶対に探し出す。そして、前の葉月とモンに戻ってもらうんだ」と
そして・・・
その日から、ガッツの葉月探しの日々が始まったのだった。
手術をしてからのガッツは、車はもちろん、自転車に乗ることさえも橋駒から、禁止されていた。
そのため、ガッツは歩いて、葉月探しを続けたのだった。
次の日も、その次の日も・・・雨の日も雪の日も・・・
葉月の写真を持って
毎日、ミクの店に行き、「葉月は? 連絡ないの?」と
モンは、朝早く出かけて行くガッツの後姿を毎日見送り
夜遅く疲れきって帰ってくるガッツの顔を、ただ毎日眺めているだけだった。
ヒロ (水曜日, 16 12月 2015 12:41)
いつしか、丘の上の小さな家55から、葉月の話題が消えていた。
間塚は、今回の騒動を引き金に、皆が、バラバラになることを一番恐れていた。
だが、ほとんどの者が、戻るところなどなく、ここでの生活を終身続けていくことを決めて暮らしてきた者達
結果的に葉月騒動が、仲間達の生活を大きく変えることはなかったことに、間塚は、ほっと安堵の胸をなでおろしたのだった。
1カ月が過ぎたある日、クラリオンの入居日が決まったという連絡が入った。
仲間達は、素直にその事を喜んだ。
クラリオンが、早々に入居費用を支払ってくれたことで、丘の上の小さな家55の修繕が行えることになった。
どうせなら、クラリオンが入居する前にと、一気に、クラリオン受け入れ体制が整えられていった。
そして、すっかり建物の修繕も終わり、あとはクラリオンが来るのを待つだけとなった。
そんなある日・・・
「もしもし、私は、『女性エイト』の記者で、宮下といいます。」
「そちらに取材にお伺いしたいので、よろしくお願いします。」
と、1本の電話が入った。
その電話を受けたマコトは
「なんだか、分かんねきっとが、来たらよかんべ!」
と、宮下記者の取材申し込みを受けたのだった。
この時の電話が、このあと仲間達に起きる騒動の始まりだったと、マコトは知る由もなかったのである。
ヒロ (水曜日, 16 12月 2015 20:01)
翌日、さっそくに宮下記者が訪れた。
「はい、どうもない」と、マコトが応対した。
「女性エイトの宮下です」と、名刺を差出した。
その時のマコトは、「いやっ、どーーーも、可愛い姉ちゃんだわ」と、心の中でつぶやき、「何でも取材しとこれ」と、笑顔で名刺を受取った。
宮下が、取材を始めた。
「ここは、どういった家なのですか?」
『ここは、丘の上の小さな家55って言って、55年度卒の仲間達が共同生活をしてんせ』
「ここで暮らしている方々は、20年前に大ヒットしたあのドラマの主役の皆さんだとお聞きしたのですが・・・」
『あれ~、良く知ってんない! そなんせ』
「そうですか、で、あなたが宇梶剛士さんが演じていたマコトさんなのですね?」
『あれ~、良く知ってんない! そなんせ。いい男だべ!』
「あ、はい。(汗)」
「で、こちらにはそのドラマに出ていた他の方も、ご一緒に?」
『あ~、そなんせ。間塚夫妻、モン、アン、ガッツ、アイト・・・それとマコトだな』
「そうですかぁ、みなさん、本当に仲良しでいらっしゃって、うらやましいです」
「・・・あれ、そう言えば、山咲千里さんが演じていた・・・???」
『あ、葉月かい? 葉月なら・・・1か月以上も前に出て行ったよ』
「え? それは、何か理由があってのことですか?」
『よく、分かんねんせ。わりぃない』
「・・・そうですか」
ヒロ (水曜日, 16 12月 2015 20:07)
1週間後・・・
「ねぇ、これ見てよ!」
と、血相を変えてアンが仲間達を集めた。
アンは、1冊の週刊誌を差し出し、「これ、この記事みて!」と
仲間達は、そのタイトルだけを見て愕然とした。
「サスペンスの女王クラリオン、女優引退後は、仲間達との共同生活を」
「そのために仲間を追い出す!?」と
仲間達が、記事の細かな内容を、まだ読み終えていないうちに
「ピンポーン♪」玄関の呼び鈴の音がした。
窓の外をみると、数人の芸能記者たち。
仲間達が玄関から顔をだした瞬間の写真を撮ろうと、大勢のキャメラマンが待ち構えていた。
間塚が、
「ど、どういうことなんだよ?」
「なぁ、マコト・・・お前、取材を受けたって言ってたけど」
「クラリオンのことは、絶対に話さないって決めていただろう!」
「まさか、マコト、お前、記者に話したのか?」
『もちろん話してねーせ! クラリオンが入居してくるかと聞かれたけど、一切、しゃべらなかったよ・・・信じてくれ』
「・・・あぁ、分かった、信じる」
「いずれにしても、もうこうなったら、葉月が出て行ったこととクラリオンの入居は、まったく関係ないことだと、説明するしかないだろう。俺が、記者の対応をする」
そう言って、間塚が記者の前に出て行ったのだった。
ヒロ (水曜日, 16 12月 2015 21:59)
間塚が、記者たちの前に立った。
たくさんのシャッター音が鳴り響いた。当然、TVカメラもまわっていた。
記者の先頭で、質問をぶつけてきたのは女性エイトの宮下だった。
「あなたは、間塚さんですね。元、テレ夜の副社長までお勤めになった・・・」
『はい、そうです。みんさん、大勢でどのようなご用件でしょうか?』
「今日発売の週刊誌をまだ、ご覧になられていませんか?」
『・・・拝見しました』
「それなら、話が早いですね。あの記事について、コメントを頂きたいのですが」
『コメント? 何に対するコメントですか?』
「もちろん、サスペンスの女王・クラリオンさんが、この家でみなさんと一緒に暮らすために、仲間のお一人を、追い出したということについてですよ」
『・・・事実無根! いい加減な記事を書かれて、困っているところです』
「は? 事実ではないと?」
「私達は、あなた方がここで共同生活をおくっていることを否定する訳でもありませんし、逆に、素晴らしいお仲間さんたちでうらやましいとさえ思っています」
「ただ、クラリオンさんが、女優を引退したあと、ここで、暮らすために、それまで一緒に暮らしてきたお仲間さんの一人を追い出したとなると、話は全く違ってきます」
「私達は、そのことを確認にきています」
「事実、おひとり、ここから出て行かれていますよね?」
『・・・・・』
「答えてください!間塚さん」
『・・・はい、います』
「そうですよね! では、その方がここを出て行ったことには理由があったはずです。それをお聞かせください。 間塚さん、どうですか!」
『そ、それは・・・』
間塚の答えを、固唾をのんで見守る記者たち
『理由は、言えません。ただ、言えることは葉月、本人の問題です』
『ですから、クラリオンが入居するために、葉月が出て行ったのではないということだけは、間違いありませんので、そのことは、しっかり世間に伝えてください』
『このままでは、間違った報道で、私達、仲間の関係まで、おかしくなってしまいます!』
そう言い残し、他の記者たちの矢継ぎ早の質問には答えることなく、家の中に戻った間塚であった。
ヒロ (木曜日, 17 12月 2015 12:46)
「間塚君・・・」、「間塚・・・」
仲間達が、玄関で待っていた。
「大変なことになっちまったな・・・」
と、間塚はそのまま食堂に行き、大きくため息をついて座り込んでしまった。
仲間達は、食堂で何することもなく、ただ、ぼーっと時間を過ごしていた。
家の外には、まだ数名の記者が、誰かが出てくれば、そこで話を聞かせてもらおうと待ち構えていた。
その日、誰一人として外出する者はいなかった。
その翌日も、また、その翌日も・・・
TVのワイドショーは、どこでもそのニュースを取り上げていた。
仲間達は、皆、“一躍時の人”になった。
3日も過ぎると、ようやく記者たちは顔をみせなくなった。
やっと食材の買い出しにも行けるようになったのだが、街の住人達までもが、仲間達に興味本位に聞いてきた。
「ねっ、葉月っていう人のこと、本当はクラリオンが追い出したんでしょ?」
「本当は、どんな暮らしをしているの?まさか宗教とか、そういうんじゃないんでしょうね?」と
特に、仲間達と同年代の者には、20年前のドラマの主人公たちが、共同生活をおくっていることに、異常なまでに興味を示したのだった。
“幾つになったとしても、男と女が同じ屋根の下で生活しているんだぜ!何も起きない訳ないよな”
“テレ夜の副社長まで務めた男が、あんな小さな家に住むか?不自然だぜ”
“噂じゃ、あの竜水とそのゴーストライターだったガッツという男も一緒に住んでいるらしいぜ”
“ガッツは、なんか気がふれて、もう曲は作れないんだってさ”と
仲間達の同級生からは、心配の声と一緒に迷惑だという声も連日届いた。
丘の上の小さな家55に住む者たちと、ただ高校時代に同級生だったというだけで、根掘り葉掘りいろいろ聞かれて、迷惑なんだという声が。
仲間達は、日に日に追い込まれていった。
その頃、芸能記者たちは、執拗にクラリオンを追いかけまわしていた。
その後、発売された週刊誌では、仲間達のことまでもが、おもしろおかしく書かれていた。
ある事、無いこと。 週刊誌が売れるための記事が・・・
間塚は、決断のときが来たかと思い始めていた。
「もう、この生活は無理かな・・・最初から無理があったんだよな・・・」と
そして、とうとう物語は、エンディングを向かえるのであった。
ヒロ (木曜日, 17 12月 2015 22:01)
5日が経った。
その日の夕食は済んだが、仲間達は自分の部屋にも戻らず食堂にいた。
そのとき、丘の上の小さな家55の電話がなった。
モンが、その電話にでると・・・
それはクラリオンからだった。
『クラリオ~~~ン・・・』
モンは既に涙を流していた。
クラリオンが、ゆっくりと話し出した。
「モン・・・それにみんなにも・・・」
「わたし、本当にみんなに迷惑かけちゃった」
受話器の向こうで、泣いていることが分かった。
「葉月が、出ていったなんて知らなくて・・・」
「ただ純粋に、みんなと共同生活がしたいだけだったの・・・わたし」
「ねぇ、モン・・・ ごめんねぇ、あなたと葉月を引き離しちゃったのは、私なのかも・・・」
『ち、違うのよ! クラリオ・・・』、「いいの、モン」
「葉月が出て行ったことには、なにかしら理由があると思うの。もしかしたら、それは私にも関係するのかもしれないって思っているの、・・・わたしは」
『えっ?・・・』
クラリオンの言った言葉にモンはハッとした。
その時のモンは、葉月のことが信じられなくなっていたからだ。
『クラリオン・・・』
モンは、黙ってしまった。
そんなモンの様子を察して間塚が「代わるよ!」と
『間塚だ。クラリオンに迷惑かけちゃった、ごめんなぁ』
「間塚君、ごめんなさいを言うのは、わたしの方よ!」
『いや、俺に責任があるんだ。葉月のことをちゃんと説明しておくべきだった。言い訳に聞こえるかもしれないけど、クラリオンに心配かけたくなくて話さなかったんだ。許してほしい。クラリオンには、芸能生活の最後の数か月を、それに専念してもらおうと、仲間達で相談して決めたことなんだ』
「ま、間塚くん、みんなぁ・・・」
「今回の騒動は、私のところから始まっちゃったの」
「私のマネージャーが、女性エイトの宮下っていう記者に、鎌をかけられて、つい喋っちゃったようなの」
「もちろん、マネージャーのことを責める訳にもいかないし・・・」
「宮下記者は、最初はね、引退した女優が、高校時代からの仲間達と共同生活を始めることを“美談”として取り上げたいっていう気持ちだったみたいなの・・・」
「でも・・・そこに、たまたま葉月が出ていったことが重なって・・・」
「だから、謝らなきゃならないのは、私の方なの」
「でね、間塚君・・・」
「私、明日、記者会見でちゃんとお話ししようと決めたの」
『えっ? 記者会見?』
『・・・クラリオン、その記者会見・・・俺にも同席させてくれないか? 記者達は、葉月のことを、そして当然、丘の上の小さな家55のことも聞いてくるはずだから。 それを、クラリオンに背負わせるわけにはいかないよ!』
「間塚君、嬉しいけど・・・ でも、これは女優である故の宿命なのよ。だから・・・」
『クラリオン! 頼む、同席させてくれ!』
「・・・・・」
『なぁ、クラリオン・・・俺たち、仲間だろう!』
「・・・間塚君」
受話器の向こうで、間塚の前では我慢していた涙が、一気にあふれ出て、肩を揺らして泣くクラリオンの様子が伺えた。
『クラリオン・・・明日な!』
と、間塚は受話器を置いたのだった。
ヒロ (金曜日, 18 12月 2015 00:17)
受話器を置いた間塚は、しばらく動こうとしなかった。
しばらく考え込み、そして意を決したように仲間達に話し出した。
「なぁ、みんな・・・」
「俺・・・正直言って疲れた」
「みんなは、どうだい?」
誰も何も言わずに黙っていた。
間塚が続けた。
「今回の騒動は、もとはと言えば、葉月が勝手にやったことだと、言い方は悪いが、俺達が葉月を見捨ててしまったことが、原因のひとつだと思う」
「葉月は、確かに俺たちの元を離れて行った。」
「でも、そのことを責めることはしないと決めたよな」
「もともとが、俺たちが間違った約束事を決めてしまったからだよなって」
「俺は・・・みんな同じ気持ちだったんだろうなと思ってる」
「俺は、葉月がいなくなって、寂しかった」
「みんなも、そうだろう?」
「その寂しさを、どこにもぶつけられず、葉月に戻ってきてほしいと、声に出して言うこともできずに・・・」
「だから、葉月のことを気にしないようになってしまったんだと思う」
「自然とな」
「明日、クラリオンが記者会見を開くそうだ」
「俺も、同席させてもらうように、クラリオンに頼んだ」
「そこで・・・」
「・・・そこで、記者達からどんな質問を浴びせられるか、分からない」
「それでも、真実だけを語ろうと思っている、真摯にな」
そして、間塚はずっと悩んできたことを、とうとうその時に口にしたのだった。
「なぁ、みんな、 突然な話だけど・・・」
「この丘の上の小さな家55での共同生活を・・・」
「やめようと思う!」
「解散だ!」
「建物を売却して、お金は持ち分で分配して、それで解散しよう」
仲間達は、驚きもあったが、間塚なら考えそうなことだと、変に納得して聞いていた。
「俺たちが、仲間でどんな共同生活をおくろうが、世間の見方は、もう冷たいままだと思う」
「周りにそんな目で見られながら・・・」
「それでもみんなに、一緒に暮らして欲しいとは・・・」
「正直、俺には、もう言えない、耐えられない!」
アン、チョキ子 ・・・涙を流し始めていた。
だが、誰も間塚の言葉に反論もできなかった。
「明日の、記者会見で、それを言うことになるかもしれない」
「みんな、覚悟を決めておいてほしい」
ただ、その時のモンだけは、さっきのクラリオンの言葉が、耳から離れずに、間塚の言葉を簡単には受け入れられなかった。
「わたし・・・せめて・・・」と
そしてモンは、間塚に申し出た。
「間塚君・・・」
「私も、その記者会見に同席させて。 丘の上の小さな家55の女の子を代表して!」
「私は、葉月のことを最後まで友達として、思ってあげられなかった。」
「このまま解散したら、それまでの思い出も、全て消えてしまいそうなの」
「わたし・・・わたしは、もし、許されるなら・・・」
「葉月とまた友達に戻って、そして、この家を出たい」
と、その場に泣き崩れてしまった。
丘の上の小さな家55での生活が終わりを迎えることになるが、最後まで仲間を大切に思う自分でありたい、・・・いや・・・自分に戻りたいと思ったモンだった。
その様子をみて間塚は、
「分かった。モン・・・頼むな。仲間達の名誉を守ろう」
「なぁ、みんな・・・」
「俺たちは・・・
別の暮らしを始めることになっても・・・仲間だよな!」
と、そう言って間塚も、そして仲間達全員も泣き崩れてしまったのだった。
ヒロ (金曜日, 18 12月 2015 12:36)
記者会見の日を向かえた。
会見は、午後3時からだった。
当然、TVのワイドショーでの生放送が予定されていた。
その日も、全員で朝食をとった、 いつものように。
食事を終えると、間塚とモンが仲間達の前に立ち
「じゃぁ、行ってくる・・・行ってきます。」と
すると、仲間達は、
『なに、勝手なこと言ってんだよ! 間塚、モン』
「・・・えっ?」
『俺たちも一緒に行くんだよ』と、アイトが
『私達だって』と、アンが
だが、間塚は、その言葉に
「だめだ!」
「記者たちは、興味本位にいろんなことを俺たちに聞いてくるだろう」
「そんな場所に、連れて行くわけにはいかない!」
「いい、さらし者になるだけだ」と
すると、その言葉に対してアイトが
「なぁ、間塚・・・」
「お前、昨日、最後になんて言ったのか、もう忘れたのか?」
「俺たちは、仲間だ!って、そう言ったろう!」と
その言葉で、間塚の気持ちも決まった。
丘の上の小さな家55に残って、なにか起きた時のための留守番と
ミクにも危害が及ばないよう、ミクの家に行く者と役割を決めて、全員で臨むことにしたのだった。
間塚が
「みんな・・・ありがとう」
「全員で、クラリオンを守ろう。」
「頼む!」
その時、マコトが珍しくいいことを言った。
「間塚に頼まれて、動くわけじゃねーべ」と
そのマコトの言葉で、みんな笑顔になった。
それが、丘の上の小さな家55での最後の笑顔になろうとも
それでも、仲間達は前を向いた。
新たな旅立ちの門出に、相応しい仲間達の笑顔であった。
ヒロ (金曜日, 18 12月 2015 17:24)
仲間達が、記者会見の開かれるホテルに着いた。
会場の入り口に置かれた案内板をみて、仲間達はそこで初めて今日の記者会見の趣旨を知ったのだった。
そこには
「クラリオン様、引退会見会場」と書かれてあった。
すでに会場に用意された座席が、記者たちで全て埋め尽くされていた。
その様子をみた瞬間に、素人の仲間達の緊張は、MAXに達していた。
間塚が、優しく微笑んで「モン、大丈夫か?」
「まだ、間に合うぞ! やめるなら今だぞ」と
モンは、正直、悩んだ。だが、
「・・・わたし、不安だよ、正直言うとね」
「でも、これは、私自身のけじめでもあるの」
「だから・・・頑張る」と
フードファイターとして、幾度となくTV出演をしてきたモンであったが、これまでに多くの記者たちの前で、しかも生放送となると、さすがに緊張の色は隠せなかった。
会場の中を伺っていると
「間塚さんですか?」と、係の人が声をかけてきた。
その者がいうには、クラリオンとの打ち合わせもなしに、会見を始めることになるのだという。
間塚もモンも覚悟を決めていたことで、二つ返事で了承したのだった。
係の人に案内されるまま、ひな壇席に二人は座らせられた。
二人が座ると同時に、多くのキャメラマンがシャッターをきり始めた。
二人には、そのフラッシュが、とてもまぶしかった。
「始まるのね、間塚君」
『あぁ、ガンバレよ、モン』
ようやく、会場を見る勇気のでたモンは、記者たちが自分たちのことを話しているのに気づいた。
「元、テレ夜の副社長だよな・・・彼女は元フードファイターだぜ」と
深く呼吸をして、落ち着かせようと試みたモンであったが、正直、その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
間塚が、
「モン・・・今日のモン、特別に可愛いよ」
と、視線をモンの髪に向けた。
そうである。
ここぞという時の堀北真希風の髪型に。朝早起きして、アンがセットしてくれていたのだった。
「目元にラメとか入れちゃう?」のモンの言葉に
「・・・って、あなた、主役じゃないから(-_-;)・・・」と、アンも、これなら大丈夫ねと笑顔でセットをしたのだった。
もちろん、洋服は一番好みの紺色をまとった。
間塚は、モンを同席させたことを、席についてからも「本当に良かったのかな?」と、可愛そうなことをさせてしまったのではないかと考えていた。
ただ、何故だか、頭の中に“仁王立ちするモン”のイメージが浮かび上がっていたのだった。
おそらくは、堀北真希風の髪型に、昔の記憶が蘇ってきたのであろう。
モンが、会場の全てに視線を向けると
会場の一番後ろで、飛び跳ねる者、大きく両手を挙げて手をふる者・・・頑張れ!とジェスチャー付きで応援してくれている仲間達がいた。
「みんな・・・ ありがとう」
「わたし、頑張るからね」
仲間達の「俺達、私達がついているからね!」の合図を見て、不安も和らいだモンであった。
と、その時、会場の雰囲気が一変した。
クラリオンが、会場に入ってきたのだった。
クラリオンは、女優らしく歩いてきて、間塚とモンに笑顔をおくり、そして中央の席に座った。
司会の言葉で、会見が始まったのだった。
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 08:30)
クラリオンが席について直ぐに、TVカメラの赤ランプがついた。
それは、ワイドショーの生中継が始まったことを意味していた。
テレ夜アナウンサーの笹山百合さんが、ADの合図を確認して会見をスタートさせた。
クラリオンは、ひとつゆっくりと深く呼吸をしてから、話しを始めた。
「わたくし、クラリオンこと増田恵子は、今日で女優のお仕事、芸能界のお仕事から退くことになりました。」
「これまで、たくさんの方に支えられ、どうにか女優というお仕事を務めてくることができました」
「この場をお借りして、その方々にお礼をのべさせていただきます」
「本当にありがとうございました」
と、立ち上がり、会場内全てを見渡して深々と頭を下げた。
途中、会場の一番後ろの壁にくっついて、両手を大きく振り「俺だ!俺だ! マコトだ~」と、クラリオンにアピールする姿が目に入った時には、思わず吹き出しそうになったクラリオンであったが、なんとか持ちこたえ、記者達への挨拶は事なきを得たのだった。
こころの中では、「相変わらずね、マコト」と、おかげで、リラックスできたクラリオンであった。
クラリオンは、席に座って話を続けた。
「私が、52歳になって女優になろうと思った最初のきっかけは、同じ高校に通った仲間達との同窓会でした」
「仲間達は、それぞれに様々なことを抱えながらも、それでも自分の人生を一生懸命に生きていました」
「最初、私は32年という時間の溝が、簡単に埋まるのだろうかと心配していました」
「ですが、私の仲間達は、そんな私の不安を一瞬にして消し飛ばしてくれました」
「自分のことは二の次に、同窓会に全力投球してくれた幹事長、
参加した女子全員に、サプライズのお花を贈ってくれた心の優しい女の子、
場を盛り上げようと、自らセーラー服をまとい、仁王立ちになり『次回も出るんだぞ!』と、頑張ってくれた女の子・・・」
「その他にも、多くの友が、多くの時間を割き、当日も友のために同窓会を支えてくれたおかげで感動の同窓会となり、その場にいた私を優しく包んでくれました」
「実は、その時に、私の人生を大きく変える出来事があったのです」
「それは、みなさんもご記憶にあるでしょうか、あのドラマで語られた出来事です」
「私は、まさしくその場にいて、あのドラマの主題歌を聴きました」
「人が、人を想ってすることの素晴らしさ、歌があれほどまでに人を感動させられるものなのだと知りました」
「その時に、私も何か人を感動させられるお仕事につきたいと思ったのです」
「そんな思いが始まりで、縁あって女優の道に進みました」
「人との出会い、人と人との支え合いがあって、今の私があるのです」
「同窓会は、仲間を“ひとつ”にしてくれました」
「仲間達には、本当に感謝しています」
「その仲間達のうち、二人が、今、この場所にいます」
「私の女優としての最後の晴れ舞台に同席してくれています」
そう言って、間塚とモンの座る方向に視線を向けたのだった。
しかし、こんな時でも・・・
モンは、ある事が気になって仕方がなかった。
間塚の隣で、ぼーっと考え事をしていたモンだった。
それは・・・
「ねぇ、ここは高級ホテルでしょ。なんでぇ~・・・」
「なんで、オードブルとか並んでないの~?」と
そうである。
記者会見という舞台に上がってはいるものの、まだ、スイッチが入っていなかったモンであったのだった。
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 09:26)
クラリオンの挨拶が終わり、笹山アナウンサーの誘導で記者たちの質問が始まった。
「クラリオンさん、お疲れ様でした。サスペンスの女王として数々のドラマ、映画とご活躍されてきましたが、特に印象に残っている作品はありますか?」
『はい。やはり、東村京太郎サスペンスシリーズですね』
「女優業を引退すると決意された一番の理由はなんですか?」
『特にこれと言った理由があった訳ではないんです。女優をしていた時には出来なかったことを、これからたくさんしてみたいと思いまして、その時間を持つためにですね』
「クラリオンさんの引退を、残念がる方も多いようです」
『たいへん、ありがたいお言葉です。』
「引退された後に、何か、されたいことが決まっているのですか?」
『いえ、まだこれと言って決めていません。ただ、普通の女の子に戻って、普通に暮らして普通にいろんなことをしてみたいと思っています』
と、そんな風にいい雰囲気で会見は進んでいった。あの女性エイトの宮下が質問するまでは。
そして、いよいよ女性エイトの宮下の質問がクラリオンに向けられた。
「いま、多くの方が関心を持たれている、クラリオンさんの引退後のお住まいのことについてお聞かせください」
間塚の表情もこわばった。モンもようやくスイッチが入った。そして、クラリオンの答えを固唾をのんで待った。
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 10:21)
クラリオンの口が開いた。
『今回の騒動で、私は、丘の上の小さな家55に住む仲間達に大変な迷惑をかけてしまいました』
『みなさんが、私から聞きたいのは、葉月という女の子を私が、追い出したのか?ということだと思います』
『そうです。私は、仲間達と一緒に暮らしたいために、私が、葉月に出て行ってもらいました』
会場は、騒然となった。その時のクラリオンの表情を収めようと多くのフラッシュが光った。
TV中継では、クラリオンの表情がアップで映し出されていた。
間塚もモンも、何も言えずに、ただ呆然とクラリオンを見ていた。
会場の一番後ろにいた仲間達も、
「えっ? クラリオンが・・・」と、その場に立ちすくんでいた。
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 19:08)
(テスト送信)
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 22:29)
クラリオンは、話を続けた。
『みなさんに、お伝えしたいことがあります』
『私の仲間達が暮らしている丘の上の小さな家55について、いろんなことが報じられているようですが・・・』
『みなさんにも、一度、あの家に住んでいただければ、お分かりになると思います』
『仲間達で支え合い、とっても素敵な生活をおくっています。誰からも非難されるようなことはありません』
『だからこそ、わたしも一緒に・・・』
『ですが、仲間達にこれほど迷惑をかけてしまいましたので、丘の上の小さな家55には住めません』
『こんな私に、仲間達と一緒に暮らす資格などありません』
『どうか、丘の上の小さな家に住む仲間達をそっとしといてあげてください』
『わたしは・・・・私は、仲間達が大好きなんです』
そう言って、クラリオンは抑えきれなくなった涙を流した。
それを聞いた間塚は、クラリオンが言った言葉の意味をすぐに理解した。
「クラリオン・・・俺達を守ろうと・・・葉月が出て行った理由まで自分のせいにして」
「クラリオンが一緒に暮らすことで、仲間達が世間からずっと注目され続けてしまうことを避けるために・・・」と
宮下が、今度は間塚に質問をぶつけてきた。
「今の、クラリオンさんのお話について、どう思われましたか?」
「一緒にお住みにならないのですか?」
間塚は、どう返事したらよいのか悩んだ。
クラリオンの言ったことが、もしかすると事実なのかもしれないと。
記者の質問に答えない訳にもいかず
「実は、クラリオンの気持ちをいま初めて聞かされたものですから・・・」
「仲間達にも、なによりもクラリオンとも相談しないことには・・・」
と、言葉を濁したのであった。
宮下のえげつない質問は続いた。
「では、質問を変えますが・・・葉月さんは、いま、どこで何をしているのですか?」
「それが・・・
・・・・・・・分からないんです」
「置手紙で、ただ出ていくと・・・」
宮下は、さらに間塚を追い込む質問を続けた。
「どこに行ったか分からない? それで、クラリオンさんの言う“支え合う素晴らしい仲間”と言えるのでしょうか?私には、とても冷たい感じがしますが・・・」
その宮下の言葉で、モンの堪忍袋の緒が切れる音がした。
「ブチッ!」
ヒロ (土曜日, 19 12月 2015 22:41)
その音が隣に座る間塚の耳に届いたかのように
「モン・・・我慢しよう」
「俺達が、何を言われようが・・・今日は、クラリオンの晴れ舞台の席なんだ」
と、間塚が小声でモンに伝えた。
モンも、我に返った。
「言われても仕方ないんだよね、事実、探そうともしなかった私だもの」と
ところが、もう一人、堪忍袋の緒を切ってしまった者がいたのだった。
それはマコトである。
「おい、宮下さんよ、俺達仲間のことを非難して、何が面白いんだい?」
と、ひな壇に向かって歩き出した。
当然、マコトは警備員二人に両腕を押さえられ、会場の外へ
警備員が、マコトを押さえたまま会場入り口のドアを開けた時だった。
「えっ?」
そこに四人が立っていたのだった。
このあと、とんでもない放送事故が起きてしまうことになるのだった。
ヒロ (日曜日, 20 12月 2015 22:45)
そこに立っていたのは、
ガッツ、竜水、ミク・・・
そして、葉月だった。
四人が、クラリオンの引退会見会場に現れたのである。
なぜ、そこに四人が現れたのか。
それは、約1カ月も前のころから説明しなければならないのだが・・・
ガッツの葉月探しは、一日も休むことなく続けられていた。
竜水は、毎日疲れて帰ってくるガッツが、心配でならなかった。
「ガッツ、お疲れさん。どうだった? 何か手掛かりでも?」
『いや、今日も収穫なし。俺って、感が悪いのかもなぁ』
時には、竜水も一緒になって、街で葉月の手掛かりを探した。
ある日、二人で歩いていると、あるものが二人の目にとまった。
それは、古い映画の街角のポスターだった。
「みんなで一緒に見たよなぁ・・・あの映画」
「竜水も覚えているだろう?」
『あぁ、もちろんだよ、あの時は、ずいぶんと歩いたよな』
「あぁ、歩いた」
それは、丘の上の小さな家55に住む仲間達で、年に一度の楽しみに、全員で映画に行った時の思い出だった。
その映画は、いわゆる恋愛ストーリーもので、涙、涙の連続
最後は、男女が結ばれる話なのだが、映画に感動した仲間達は、余韻に浸りながら帰ってきたのだが、思い出しては涙、私なら…と、考えては涙
結局、電車もバスにも乗ることも出来ずに、ずっと歩いて帰ってきたのだった。
気持ちの優しい葉月とモンは、ずっと泣きどおしだった。
モンが
「もう若くはないから・・・」
と、映画のような恋は出来ないと言えば
「何、言ってんのよ!まだまだこれからじゃない」と、葉月が
「懐かしいなぁ、あの頃が」
ガッツのその言葉に竜水が、ぽつりとつぶやいた。
『あの頃は、仲間達は、ひとつになっていたよなぁ・・・』と
その竜水の言葉を聞いたガッツは、急に立ち止まり
「なぁ、竜水、少し休もう」
「ちょうどいい、そこに座って・・・」
河川敷の大きめな石を見つけて、二人はそこに座った。
「これ、竜水が食べてくれ」
そう言ってガッツが差し出したのは、味噌のおにぎりだった。
「梅子が、毎日、作ってくれているんだ」
と、ひとつしかないおにぎりを竜水に渡した。
『おいおい・・・』
結局は、二人で半分にして食べたのだが、ガッツは座るなりノートを取り出して何か書き始めたのだった。
ヒロ (日曜日, 20 12月 2015 22:48)
竜水は、ガッツの表情を見て、直ぐに気づいた。
「ガッツ・・・詩を書いているのかも」と
ノートを書き終えたガッツが、竜水に
「ありがとう、竜水」
「竜水が、仲間達のことを言ってくれたおかげで、それをヒントに歌詞が完成したよ」
そう言って「読んでくれ」と、ノートを竜水に差し出したのだった。
その歌詞を読んだ竜水は、涙が止まらなかった。
『ガッツ・・・お前・・・』
「あぁ・・・、」
「必ず葉月は帰ってくる、俺は、そう信じている」
「メロディは、もう完成している」
「この曲・・・葉月が帰ってきた時に、モンと葉月のために唄ってほしいんだ、竜水に!」
『あぁ、もちろんだ、二人のために唄わせてもらうよ』
ガッツは、モンへの思いを語った。
「モンは、普段、あんな言い方をしてるけど・・・」
「実は、ずっと葉月のことを探し続けているんだ」
「高校時代の同級生や、中学時代・・・連絡がとれる人に片っ端から電話して・・・」
「それでも、見つけられないのが、決してそうではないのに、あたかも自分が悪いからだと考えて・・・」
「モンほど、葉月を心配している人はいないんだ」
「葉月が理由もなしに、仲間達を裏切ったりするはずがない」
「それは、誰もが分かっているんだよ」
「それでも、丘の上の小さな家55の生活を守りたい気持ちもあって・・・」
「みんな辛い葛藤に苦しんでいるんだ」
「葉月は、必ず帰ってくる。竜水もそう思うだろう?」
『あぁ、俺も信じているよ』
『じゃなきゃ、こんないい曲が、お蔵入りだもんな』
と、竜水は笑った。
そして、ガッツは最後にこう言ったのだった。
「なぁ、竜水・・・」
「葉月が戻ってきてくれたら、俺は、丘の上の小さな家55を出ようと思っている」と
それを聞いた竜水は、ガッツのその言葉を既に知っていたかのように
「俺と一緒にな」と、笑ったのだった。
ヒロ (日曜日, 20 12月 2015 22:58)
それは、クラリオンの記者会見から三日前のことだった。
ガッツは、いつものように街を歩いていた。
すると「すみません・・・ガッツさんですよね?」
と、とても綺麗な女性が声をかけてきた。
「あっ、はい」と、顔を赤らめ、視線も合わせられずに、とりあえずは返事をしたガッツ
その女性は、笹山アナウンサーだった。
笹山は、クラリオンの引退記者会見の司会を、自ら立候補して受けたのだった。
それは、笹山の母親から事前に頼まれていたからだった。
「百合・・・もしも、クラリオンさんの記者会見が開かれるとしたら、あなたに司会をやってもらいたいの」
『えっ、 どうして? お母さん』
「私は、クラリオンさんと同い年なの」
「20年前のドラマは、クラリオンさんと、その仲間達をモデルにして、その脚本は全て真実に基づいて書かれたものなのよ」
「私は、いま、世間が変に騒いでいることが許せないの」
「あの仲間達は、お母さんたちの仲間の憧れであり、目標でもあるの」
「だから・・・クラリオンさんが、会見で辛い思いをしないように、あなたに守ってもらいたいのよ!」
『・・・うん、分かった、お母さん』
それから、百合は母親が残していた、20年前のドラマのビデオを全て観たのだった。
「なるほどね・・・本当に素敵なお仲間さんたちなのね」
と、涙し、そして「お母さん、わたし、頑張る。アナウンサーとして、真実を導き出すね」と
ドラマを観た百合は、どうしてもガッツに逢いたくなった。
「どんな人なんだろう・・・」と
そして、取材をしていくうちに、いろいろな事が見えてきたのだった。
ようやく、ガッツと会えた百合は、何故、逢いにきたのかをガッツに伝えた。
「話を聞かせてください!ガッツさんの仲間達のために」
その言葉には、ガッツも了承せざるを得なかった。
四季という喫茶店に入った二人
とても落ち着かない様子のガッツをみて百合は
「もしかして、まだ、女性の人の前では・・・変わっていないのね」
と、優しく笑みをうかべて
「コーヒーで、よろしいですか?」と
ガッツは
「あ、あのぉ・・・レスカを」
「????????はっ?」
その時の百合は、
「本当だ、お母さんと同じ年なんだ、ガッツさんは」
と、笑みをうかべたまま、店員さんに珈琲とレモンスカッシュをオーダーしたのだった。
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015 12:49)
百合は、丘の上の小さな家55での暮らしぶりに、すごく興味をもっていた。
世間での、変な噂が本当なのか、あるいは嘘なのか。
そのことも、アナウンサーとしては、しっかりと確認をしておきたいと考えていた。
百合には、ガッツがとても不思議に思えてならなかった。
20年前のドラマの話の後のガッツの人生を聞いた百合
北海度での事件のこと、ベトナムでの暮らしのことも
百合には、到底理解できない人生をおくってきたガッツ
ガッツだけではなく、仲間達の献身的な、自己犠牲的な生活も
だが、ガッツの言葉に嘘はないと思えた。
百合は、ガッツの言葉の全てを信じた。
ガッツが、葉月が必ず帰ってくると信じていることを知った百合は
「葉月さん・・・きっと帰ってきますよ」と
するとガッツは、ノートを取り出し
「葉月が帰ってきたら、これを竜水に唄ってもらうんだ、仲間達の前で」と
歌詞を読んだ百合の目には、いっぱいの涙が光っていた。
「これ・・・モンさんと葉月さん・・・いや、仲間達全員のための歌詞ですね」と
仲間達の生活ぶりを理解し、今回の葉月の件、クラリオンの同居の件も、この仲間達ならではの、何かの理由があると確信した百合
だが、百合はどうしても、その事を確認しておかなければならなかった。
「葉月さんが帰ってきたら、お部屋の問題がありますよね・・・」と
ガッツは、嬉しそうな顔で、
「大丈夫だよ、俺達なら」と
それまでの話を聞いた百合は、ガッツに最後の質問をしたのだった。
「まさか、ガッツさんが出ていく訳じゃないですよね?」と
ガッツは笑って
「あぁ、大丈夫、俺達なら」と
その答えは、百合の質問に対する答えになっていなかった。
「まさか、ガッツさん・・・」と、思った百合は
「本当ですか? ガッツさんが出ていくようなことがあったら、皆さんが悲しむことになりますよ! わたしは、なんか嫌です。ひとりでも欠けることなく・・・」
ガッツは、百合と初めて視線を合わせ
「大丈夫だよ、百合さん・・・ありがとう」
その時のガッツの表情をみた百合は、こう思った。
「ガッツさん・・・最後に初めて私に隠し事をした」と
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015 21:10)
百合が、ガッツと逢ったその日の夜・・・
百合は、テレ夜の番組編成会議にいた。
「お願いします」と、百合は編成会議の大勢の前で何度も何度も頭を下げていた。
編成部長が、口を開いた。
『笹山君の企画書は、面白いと思う。』
『だが、明日の一日しかないんだぞ!』
『それに・・・もし、クラリオンが本当に自分のために葉月を追い出していたとしたら、どうする?』
『それに、間塚さんは、わが社の元副社長だぞ』
『事と次第によっては・・・』
その言葉に百合は
「わたしは・・・ガッツさんという方から話を聞いて、あの、丘の上の小さな家55に住む方々が、本当に素晴らしい仲間達であると確信しました」
「確かに・・・不安もあります。ですが・・・部長、わたしは、あの仲間達を信じます!」
「やらせてください!」
『・・・・・分かった。君の熱意に負けたよ。君の好きにするがいい』
『責任は、私が持つ』
「・・・部長、ありがとうございます」
そして、テレ夜全社あげて、クラリオンの記者会見に臨む体制がくまれた。
ガッツの話をもとに、それまでの仲間達の暮らしぶりを再現するVTRも作られた。
そして、クラリオンの記者会見の時を迎えたのだった。
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015 21:12)
一方、
丘の上の小さな家55のメンバーたちは、会見の日
アイトの言葉で、全員で会場に向かうこととなったのだが、
竜水が、丘の上の小さな家55で留守番を
ガッツが、ミクの店で最後まで葉月からの連絡を待つことにしていたのだった。
その日、ミクの店で葉月からの連絡を待っていると、ミクが突然、
「ガッツさん・・・わたし・・・」
と、なにか言いづらそうではあるが、どうしてもガッツに伝えなければならないという感じで、ガッツを呼んだのだった。
ガッツが、優しくミクに
『うん? どうした? ミクさん』と
すると、ミクは「わたし・・・ごめんなさい」と、泣き出してしまった。
ガッツは、女性の涙は特に苦手だった。どうしていいのか、まったく分からずに、ただ、ミクを見守ることしか出来なかった。
ずっと泣いていたミクであったが、勇気を振り絞って、話し出そうとした、まさにその時だった。
「ガッツ・・・」
『えっ? 葉月ぃ・・・』
「ごめん、遅くなっちゃった」
「ミク・・・」
『おかあさーん』
葉月に飛びついて、その胸の中で大泣きするミクを優しく包みこみ、葉月は
「ミクー ごめんごめん」
「私がガッツに話すから大丈夫よ」
「あなたには、本当に辛い思いをさせちゃって・・・」
ガッツは、葉月が帰ってきてくれたことに、二人の親子以上に大泣きしていた。
ようやく落ち着いたミクを、ゆっくりと椅子に座らせて、葉月が話し出したのだった。
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015)
葉月は、ガッツにこれまでのことを話し出した。
「ガッツ・・・わたしね・・・」
「実は、北海道の美瑛にいたの」
「ミクの父親のところ」
「私、結婚当初、ひどい嫁いびりにあっていて、ミクを連れて夫と家を出ようとしたんだけど、夫は親と畑を選んで・・・」
「それで、どうしても我慢出来ずに私は、そっと家を出ようとしたの」
「だけど、それが義兄にみつかってしまって・・・ミクと引き離されちゃったの」
「本当に、ミクには辛い思いをさせちゃったの・・・わたし」
「それで、ちょっと北海道で、いろいろあってね」
「今回の、クラリオンのこともあったから、わたし・・・」
「みんなに心配をかけたくなかったし・・・だから、わたし、みんなには黙って・・・」
「クラリオンに、丘の上の小さな家55で一緒に暮らしてほしかったから・・・」
「ミクには、そのことを全部内緒にしてもらっていたの」
「仲間達に心配をかけるから・・・って」
「きっと、ミクは辛かったと思う、ミクの大好きなモンや、みんなに話せないことが」
ミクは、その言葉に大きくうなずいた。ながれる涙と鼻水をふきながら。
「ガッツ・・・ごめんなさい、わたし・・・」
「良かれと思ってしたことが・・・クラリオンが大変なことになっているって、実は、昨日初めて知ったの」
「わたし、いてもたってもいられなくて・・・」
「それと・・・わたし・・・」
「もう北海道には戻らなくて大丈夫になったの」
「ミクは、もうすぐ結婚するの。だから、私と暮らしていくことも出来ないし」
「わたし、どうしたらいいと思う? ねぇ、ガッツ・・・」
ガッツは、大きく呼吸をし、ミクに向かって
「辛かったね、ミクさん」
「あ、それと・・・おめでとう。結婚が決まっていたなんて、知らなかったよ」
そして、今度は葉月に向かって
「葉月・・・おかえり」
「みんな待っていたよ」
「大丈夫だ、何も心配するな!」
「それより・・・クラリオンを守りに行こう!」
「みんな、待ってる」と
ガッツは、すぐに竜水に電話をし、事情を全部説明した。竜水は、
「ガッツ・・・お前の信じる仲間達って、みんなすごいな」
「俺も、そんな仲間達と暮らせてきて、本当に良かった」
「なぁ、ガッツ・・・」
『・・・あぁ、頼む、持ってきてくれ』と、ガッツは答えた。
竜水がタクシーに乗ってミクの店にきた。
「さぁ、行こう!葉月、ミク」
すると葉月は「ちょっとだけ待って!」と
その葉月の様子をみてガッツは
「さすがだよ、葉月」と、微笑んだ。
ガッツが、その時目にしたのは、クラリオンに贈る大きな花束を、葉月とミクでこしらえている様子だった。
四人は、記者会見の会場に急いだ。
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015 21:19)
そして、話は、先のマコトが警備員に抱えられ、連れ出された時に戻るのである。
マコトは、警備員を振り払い
「は、葉月・・・」と
『マコト・・・ごめんなさい』
『まだ、記者会見、終わっていない?』
『みんな、中にいるの?』
「あ、あぁ、全員そろってるよ」
「って、・・・俺は、ちょっと追い出されちゃったんだけどな・・・」
記者たちが、二人のその会話を聞きつけ、騒ぎだした。
「おい、葉月が来たってさ!」
TVカメラが葉月をとらえた。
葉月は、会場の中に入ってきて、ひな壇にいるクラリオンを見つけた。
その手に、大きな花束を持って
笹山アナウンサーは、すぐに理解した。
「ガッツさんだわ・・・」と
葉月が、ゆっくりとひな壇に向かって歩き出すと
もう、その時にはすでに、この後の放送事故となることが起きていた。
ひな壇から降りて、間塚がモンを羽交い絞めにし、モンの口を百合が押さえていたのだった。
百合は「モンさん、我慢してください、ちょっとだけでいいから・・・お願いします、モンさん・・・」と、ひな壇の下で、モンと格闘していた。
葉月は、ゆっくりとひな壇にあがり
「お疲れ様でした。クラリオン」
と、大きな花束を渡した。
「葉月ぃ・・・ありがとう」
クラリオンは大きな涙を流した。
たくさんのフラッシュの中、葉月が記者の方を向き、凛とした表情で
「たくさんの方にご心配とご迷惑をおかけしたこと、深くお詫びします」
「わたしは、クラリオンに、どうしても丘の上の小さな家55に一緒に住んでもらいたくて・・・それで・・・」
「今回、私は、仲間達にも内緒で勝手な行動をしてしまいました」
「クラリオンが、今日、この場で、どう話をしたのか、分からないのですが・・・」
「クラリオンの性格を考えると、おそらくは、私のことを守るようなことを言ったのかもしれません」
「今回のことは、私自身がひとりで考え、ひとりで行動したことです」
「もし、クラリオンのことを誤解なされている方がいるとするならば、どうか、クラリオンには全く責任がないことを、信じてください」
「クラリオンは、私たちの大切な仲間なのです」
そう、言って深々と頭をさげた。
たくさんのフラッシュの中、クラリオンが葉月に近寄り、二人は泣きながら抱き合った。
と、ここまでは、感動的なシーンで、各局のTV中継は、それを映し出していた。
そして、いよいよモンの登場となったのである。
ヒロ (月曜日, 21 12月 2015 21:22)
モンは、間塚の羽交い絞めを振りほどいた。
百合も、葉月の“挨拶の儀式”が終わったことで、モンの口をふさぐことを止めた。
モンは、ひな壇の下で仁王立ちになり
「私の怒りはMAXよ!」というオーラを出した。
北斗の拳のケンシロウのようなオーラを
そして
「はづきーーーーーーーーーーーーー!」と
葉月に向かって、歩き出した。
あぁ、人は、怒りながら歩くときは、ガニマタで歩くのだと、あらためて知らされた瞬間であった。
間塚は、「まずい!」と、モンを止めようとした。
すると、百合が
「間塚さん・・・きっと大丈夫ですよ、あの二人なら」
「見守ってあげましょうよ」
『いや、でもTV的に・・・』
『・・・もう無理だわな、好きなようにやらせてあげよう』
『それだけ、葉月のことを心配してきたモンなのだから』
と、間塚はモンを行かせたのだった。
モンの怒鳴り声が、会場に響き渡った瞬間には、
各局とも放送事故が起きる前にと中継を止め、ワイドショーの画面は、既に別のことを報じていたのだった。
だが、テレ夜だけは、百合の
「中継を止めないで! 私を信じて! あの二人なら絶対に大丈夫だから!」
と、百合の言葉を信じて放送を続けていた。
葉月の前まで行ったモンは
「葉月、あんたね・・・」
もう、その時の二人は涙でいっぱいになっていた。
『ごめん・・・モン』
「あんたね、許さない! 一発、殴らせて!」
百合の「お願い!モンさん、それだけは我慢して!」
だが、百合のその心の叫びは届かなかった。
モンは、大きく手を振りあげて、葉月の・・・
百合は、目を閉じた。
しかし、モンの手は、葉月のほほの寸前で止まっていた。
そして、二人は抱き合って、人目をはばからずに大泣きした。
「ばかぁ・・・ゴメン・・・ばかぁ・・・ゴメン・・・ばかぁ」と
仲間達が、全員集まってきた。
「葉月・・・」
「みんなゴメン」と
会場の外に出されていたマコトは
「なにしてんの? 早くあんたも行きなよ!」
と、警備員に促され、ようやく仲間達のところにやってきた。
テレ夜だけは、その様子をずっと放送し続けていた。
ヒロ (火曜日, 22 12月 2015 00:35)
百合は、ガッツを探した。
「ガッツさん・・・」
ガッツと竜水だけは、仲間達の様子をミクと一緒に会場の一番後ろで見守っていたのだった。
ガッツの手にギターがあることを見つけた百合は、司会席に戻り
「記者の皆さん・・・お分かりになられたでしょうか・・・」
「クラリオンさんと、丘の上の小さな家55に住む方々が、どれほどまでに素晴らしい仲間達であるのか」
「こんな場面に立ち会えたこと、私は、そのことに感謝したいと思います」と、司会の仕事を再開したのだった。
そして、百合は会場の一番後ろにいるガッツに目で、合図を送った。
ガッツは軽く、うなずいた。
百合は、仲間達に目を向け
「葉月さん・・・おかえりなさい」
「クラリオンさん・・・良かったですね」
「実は、今日、葉月さんのために・・・モンさん、そして仲間達みなさんのために、ガッツさんと竜水さんからの贈り物があります」
「どうか、受け取ってください」
その百合の言葉の意味を、その時の仲間達は、まったく理解できなかった。
テレ夜のスタッフが、竜水とガッツを、百合の指示で準備してあったステージに導いた。
竜水が、百合からの「よろしく」という目での合図を確認して、マイクに向かった。
「葉月・・・おかえりなさい」
そして、記者達に向かって、語りだした。
「奥幡竜水です」
「記者のみなさん・・・いま、後ろでギターを持っているのがガッツです」
「皆さん、ご存じだと思いますが、私のゴーストライターを、何年間もやってくれていた男です」
「私の曲は、全部この男が作ってくれたものです」
「ガッツは、なんの見返りも求めずに私のために曲を作り続けてくれていました」
ガッツは、目を閉じて、少しうつむいて竜水の話を聞いていた。涙をいっぱいにためて。
「私は、一度、人前で歌うことを止めました。ですが、間塚やいまここにいる仲間達の支えがあって、また、歌うことを始めました」
「私が、いま、ここに立っていられるのは、ガッツと仲間達がいてくれたからなのです」
そして竜水は、今度は、葉月に向かって話し出した。
「葉月・・・ずっと、みんな葉月を心配していたよ」
「ガッツは、毎日、葉月を探し続けていたんだ。決して諦めずに」
「この先の話は、本当は・・・」
と、竜水は、振り向いて後ろに立つガッツを見たが、また仲間達の方を向いて
「この先は、本当は、ガッツに話させたいんだけど・・・みんな知っているとおりの男だから・・・」
「ガッツが、葉月を探しながら、葉月が帰ってきたときのためにと曲を作ってくれたんだ」
「ガッツにお願いされたんだ、葉月が帰ってきたときに、歌ってほしいと」
「歌詞を聞いてもらえば分かると思うけど・・・葉月、モン、そしてみんなへの気持ちが込められた曲になっている」
「その曲を、今から歌わせてもらう」
そう言って、振り向き、ガッツに
「ガッツ・・・いくぞ! 高校時代の路上で歌っていた頃のように、歌おうぜ!」と
ガッツは、笑顔でうなずき、ギターを弾き始めた。
それをみて、マコトが
「なぁ、ガッツ・・・ 楽譜を見なくて大丈夫なのかよ」と
そうである。ガッツは、元のガッツに戻っていた。
記憶だけで、演奏ができるまでに、復活していたのであった。
会場の誰もが、二人を見つめた。
そして、テレ夜をみている者全てが、注目する中、ガッツのギターがなり始めた。
ヒロ (火曜日, 22 12月 2015 00:39)
葉月の両隣には、モンとクラリオンが並んだ。
三人は、手をつないで、ガッツのギターを聞き入った。
そして、竜水が、目を閉じて歌い始めた。
♪ ひとりぼっちにさせてごめんね
もう二度と 離さない 離れない 離したくない
君によりそい そばに生きるよ
もう二度と 忘れない 忘れさせない 忘れたくない
悲しみは どこからやってきて 悲しみは どこへ行くんだろう
いくら考えても 分からないから 僕は悲しみを抱きしめようと決めた
ひとつになって ずっと一緒に共に生きる
ひとつになって 君と生きる 共に生きる
月のしずくが 涙にゆれて 海に光る
逢いたくて 逢えなくて それでも僕は探した
星が降る夜 君を想い ずっと歩いたよ
明日きっと 明日きっと 幸せになれるね
永遠の幸せは どこからやってきて 永遠の幸せは どこに行くんだろう
いくら考えても分からないから 僕は悲しみを抱きしめようと決めた
ひとつになって ずっと一緒に共に生きる
ひとつになって 君と生きる 共に生きる ♪
会場にいた全ての者が、涙した。
クラリオンの引退会見は、全て終わった。
テレ夜のスタッフたちは、百合のところに集まり
放送が成功したことを、喜びあっていた。
すると、女性エイトの宮下が百合に近寄ってきた。
それに気づいた百合は、優しい表情で
「私の仕事は、真実を視聴者に、宮下さんのお仕事は読者に」
「これからも、お互いに頑張っていきましょう」と
その言葉に宮下は、
「わたし・・・」と、こらえきれずに涙し
「ありがとうございました。笹山アナウンサーのおかげで、私は救われました」
と、頭を深々と下げた。
百合は、そんな宮下を気づかって
「私たちって、幸せ者ですよね、あんな素敵な方たちと巡り合えて」
と、笑顔で宮下にも笑顔を誘ったのだった。
翌日の朝・・・
「ねぇ、みんなきて~~~」
と、アンが食堂で仲間達を呼んだ。
「どうしたんだよ、アン」と、仲間達が集まってきた。
「これ、見て!」
と、差し出したスポーツ新聞の1面
見出しは、『クラリオン、感動の引退会見』と、書かれていたのだが
1面を大きく飾った写真は、クラリオンではなく、葉月をビンタするモンの鬼の形相だった。
「訴えてやるーーーーーーー! スポニッチーーーーー!」
「私は、葉月を殴ってない!」
「で、で、電話! まずは電話してから押しかけてやる!」
今日は、アンとチョキ子がモンを羽交い絞めしたのだった。
ヒロ (水曜日, 23 12月 2015 00:11)
いつもと変わらない仲間達の朝食だった。
いや、メンバーは同じであったが、昨日までとは、明らかに会話の数が増えていた。
それは、怒りが収まらないモンが、一人で騒いでいたからではなく
明らかに仲間達の表情が変わっていた。
「明日は、クリスマスイヴね」
梅子が、みんなに
「明日は、腕によりをかけて料理するからね」と
そして、モンに向かって
「ねぇ、モン・・・明日はたくさん料理をつくるから、そろそろ機嫌直して」
と、モンを和ませた。
「だってぇ・・・」
「スポニッチ・・・許せないんだもん」
まだ、機嫌が悪いモンであった。
少し離れたところでアイトが、
「なぁ、他のスポーツ新聞は隠そうぜ!」
その日のスポーツ新聞の1面は、全社、モンが飾っていたのであった。
そんな会話のなか、間塚がひとり立って、仲間達に真面目な話を始めた。
「なぁ、ガッツ・・・」
「それからみんなも聞いてくれ」
「ガッツは、丘の上の小さな家55では、“アブラムシ”になってもらうことに決めたから、よろしくな!」
その間塚の言葉を聞いてマコトは
「アブラムシか、いいな、その表現。 賛成だ」と
【解説】
子供の頃、鬼ごっことかドッジボールとか何か行事や遊びに参加するとき、ちょっとニブい子とか、年下の子とかにハンデを与える。そういう子のことをアブラムシと呼んでいた。
間塚は、その言葉を使って、生活費の払えないガッツを、全員で支えていこうと提案した訳である。
間塚は、続けた。
「明日のクリスマスイヴから、クラリオンが住み始める。それから葉月も戻ってくる」
「ガッツには、仲間達の部屋、交替で寝てもらう」
「文句あるやついるか?」
仲間達の「文句ねーよー」の合唱だった。
「で、早速だが、今晩は、我が家に」
『えっ? 夫婦の部屋も例外なし?』
と、チョキ子は真子を気づかって質問した。
すると、真子は
「私も、みなさん達の仲間でいいんですよね?」
と、笑ったのだった。
モンも、提案したのだった。
「時々、私は葉月と相部屋するから、そんな日は、ガッツはひとりゆっくり休んでね」と
その日の夜、いや、夜からクリスマスイヴを迎える朝まで
間塚と真子は、壁に持たれて、ぐったりとしていた。
それは、ガッツの寝相が、あまりにもひどかったからだった。
「申し訳ない、真子・・・・」
「いいんですよ、あなた」
「・・・月に何日か・・・我慢してくれ」
と、なんとも言えない表情で
「お~、また、こっちに来た、逃げろ」
と、二人でガッツの寝相から朝まで避難し続けたのであった。
この時の間塚は、ガッツが丘の上の小さな家55を出る決心をしていることを知らなかったのであった。
ヒロ (水曜日, 23 12月 2015 07:02)
今日は、クリスマスイヴ
♪雨は夜更け過ぎに・・・♪
クラリオンが、やってきた。
仲間達の歓迎ぶりは、クラリオンの胸を熱くさせた。
葉月も、ミクの家に数泊し、戻ってきた。
モンは葉月の荷物を手に取り
「おかえり、葉月」
「ねぇ、今日はさ、私、葉月の部屋にお泊りしてもいいでしょ!」と
そして、ガッツに向かって、
「今日は、私の部屋で、ひとりゆっくり休めるからね」と微笑んだ。
ガッツは、どこか緊張した表情で
「あ、うん。 ありがとう、モン」
と、普段とは、どこか違った雰囲気で返事をしたのであった。
梅子とアイトが仲間達に
「今日のクリスマス会は、7時から! 時間になったら全員集合!」と
それまでの時間、仲間達は、各自の部屋でクリスマス会の準備をすることになったのだった。
クリスマス会が待ちきれない者は、早い時間から食堂に集まり始めていた。
クラリオンは、赤いサンタ帽を
モン、葉月はトナカイのカチューシャを
アイトと梅子は真っ赤なサンタ服をまとい
間塚は、トナカイ?と思われる茶色の服を着ていた。
そして、あと5分で約束の7時になろうとしていた。
「あとは、ガッツだけかぁ」
「まっ、でも7時までは待とう」と
既に仲間達は、クラリオンと葉月を中心に、話を弾ませていた。
7時になってもガッツは食堂に現れなかった。
葉月が、「ガッツ、遅いね、どうしたんだろう・・・ねっ、モンの部屋にいるんでしょ? モン」と
するとモンは、
「うん。私の部屋」
「・・・・・・・」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
と、突然、血相を変えて、モンは自分の部屋に走って行った。
モンの様子でガッツの事が心配になった仲間達は、モンの部屋に向かったのだった。
そこで仲間達が目にしたものは・・・
ヒロ (木曜日, 24 12月 2015 06:45)
「ゴメン・・・ガッツ・・・」
「わたし・・・すっかり忘れちゃった・・・」
と、ガッツの首にくくりつけてある縄を、慌ててほどいているモンをみて仲間達は、
「忘れたんかい・・・」
「・・・・・・はい、はい」
と、モンを見捨てて、食堂に戻って行った。
実は、記者会見が終わったあと、
モンは、百合からある事を聞かされていたのだった。
百合は、モンにこう言っていた。
「ガッツさん・・・もしかすると、今度は自分が出て行こうと思っているのかもしれません」
「実は、クラリオンさんの記者会見の前に、ガッツさんから、みなさんのことを、いろいろ聞いたんです・・・真実が知りたくて」
「ガッツさん・・・本当に皆さんのことが大好きで・・・」
「でも・・・ 私に、自分はみんなに迷惑をかけて暮らしているんだと、おっしゃっていました」
「・・・私の感が、外れていてほしいと思いますが・・・」
「モンさん・・・」
「ガッツさんのことを守ってあげてください」と
そして、その日は、ガッツがモンの部屋にひとりでいることに
モンは、ガッツを自分の部屋に連れて行き、こう言ったのだった。
「ガッツ、そこに座って」
「ねぇ、ガッツ・・・」
「間塚君、ガッツのことを“アブラムシ”なんて言い方してたけど・・・」
「大丈夫だよね? 間塚君の気持ち…みんなの気持ち・・・ちゃんと分かってるんだよね?」
『あ・・・うん・・・』
「ねぇ、ガッツ・・・」
「笹山アナウンサーと、いろいろ話したんだって?」
『えっ? あ、・・・うん』
「笹山アナウンサー、ガッツを心配していたよ」
「葉月がしたことを・・・今度は、ガッツが・・・って」
『・・・・・・』
「ねぇ、ガッツ・・・“仲間”って、なんだろうね・・・」
「離れていても・・・友達でいられるよね・・・確かに」
「そう、あなたが作った♪Hello my friend♪ の歌詞のように」
と、モンは、カラーボックスの上にいる“としちゃん”を見つめた、そしてガッツも“としちゃん”をみて
『うん、いられるよ、友達で』と
「ねぇ、ガッツ・・・」
「どこにも行かないで!」
二人とも、涙でいっぱいになっていた。
ガッツは「行かないよ」と
モンは
「だめ!私の目を見てちゃんと言って!」
『行かないってば・・・』と、ガッツは答えたのだ。
だけど、モンは・・・
ヒロ (木曜日, 24 12月 2015 06:46)
「あぁーーーーー、あったまきた!」
「あのね、わたしは、あなたが嘘をつくときのクセを知ってるの!」
と、モンはガッツを連れ戻すときに使った縄を取り出し
「本当は、こんなことしたくないのよ」
「でもね、今日は、クラリオンと葉月の歓迎会でもあるんだからね」
と、ガッツの首に縄を・・・
「クリスマス会の時間になったら迎えにくるからね!」と
そして、ようやく縄をとかれたガッツ
モンに、トナカイの着ぐるみを強制的に着せられ
『・・・こ、これでみんなのところに行くの?』と
食堂に入ってきたガッツを仲間達は、
「はーい、ガッツ!」
「これで仲間達全員がそろったな!」と
間塚が、
「今日が、この丘の上の小さな家55の新たなスタートだ!」
「かんぱーーーーーい」と
クラリオンがガッツの前に来て
「ガッツ・・・よろしくね」と
ガッツは相変わらずに照れた表情で「あ、・・・はい」と
その様子をモンは、微笑ましい表情で見ていた。
仲間達の歓談は、ずっと続いた。
時刻は、あと30分ほどで、イヴから、クリスマスの日になろうとしていた。
すると司会進行役のアンが
「みんなぁ~、プレゼント交換タイムだよ~」と
仲間達は、思い思いに準備したプレゼントを取り出し、
笑顔で「さぁ、早く」と待ち構えていた。
だが・・・
そうである。
ガッツには、プレゼントを用意するお金など、なかった。
うつむいて立つガッツをみて、モンが隣にきた。そして・・・
「ねぇ、ガッツ・・・」
「あなたには、誰にも真似の出来ないプレゼントがあるでしょ」
『えっ?』
モンは、とても素敵な笑顔でこう言った。
「大好きな人のために唄ってあげて」と
ヒロ (木曜日, 24 12月 2015 06:50)
仲間達は、思い思いの相手とプレゼントを交換し合った。
すると、ガッツのもとへ葉月が近づいてきた。
「ガッツ・・・これ」
と、ちいさなブーケを差し出した。
「これ、ミクからだよ」
「お母さんが帰ってくることを信じ続けてくれて、毎日、毎日、私のところへ来てくれて・・・」
「それなのに、本当のことを言えずに・・・ごめんなさいって」
「ガッツのおじさんによろしく伝えてねって頼まれたんだ、ありがとうって・・・はい、ミクからです」と
プレゼント交換タイムが落ち着くとガッツが、ギターを持って皆の前に立った。
仲間達は、それまでの歓喜の会話をやめて、ガッツを優しく見守った。
ガッツは、悩んだ。
この場所で、いま、どんな曲を歌ったらいいのか
それでも、モンが言った「大好きな人のために唄ってあげて」という言葉を、頭の中で二度繰り返し
そして、ギターを弾き始めた。
その前奏は、仲間達が初めて耳にする曲だった。
その時、チョキ子がそっと小さな声で
「ねっ、雪だよ」と
ガッツの前奏を聴きながら、皆が窓に視線をやると
初雪が降り始めていた。
「すごい、ロマンチックね」とアン
仲間達は、これまでの幾つもの場面で、ガッツの歌に感動させられていたことを思い出していた。
ガッツが唄い始めた。
そして、いよいよこの曲で、小説はエンディングを迎えるのである。
ヒロ (木曜日, 24 12月 2015 23:28)
♪ 小さな頃聞いた 寒い冬のおとぎ話
プレゼントはいらないから どうか君の笑顔下さい
キラキラ街並みに似合わないこの重い空気
ここんとこは忙しくて すれ違いぎみのふたり
素直になれなくて ごめんね、いつも
こんなに好きなのにな
真っ白な雪がふいに 長いまつげに止まる
空がくれた贈り物に うつむく君も顔を上げた
かじかんだ寂しさに あたたかな灯がともる
ぬくもりを消さないように そっと手と手をつないだんだ ♪
一番が終わり、間奏になった。
「ねぇ、隣に行ってあげなよ!」と、葉月が言った。
『えっ?』
「これ、あんたへの曲だよ!」
「あんたも、本当にニブいわね」
と、葉月は「ほらっ!」と背中を押した。
仲間達は、二人を優しく見守った。
♪ 三度目のこの冬を 寄り添い歩く並木道
クリスマスが過ぎたなら 今年ももう終わりだね
この先も、ふたりでいたいと願う
君もおんなじかな
真綿のような雪が 静寂を連れてくる
ポッケの中の贈り物を確かめるように握りしめた
聖なる夜になんて ちょっとベタすぎるけれど
今ならこの気持ちすべて伝えられるような気がするんだ
真っ白な雪のように飾らないで届けよう
空がくれた贈り物に誓うよ 一度きりの言葉
寂しさを分け合って やさしさの灯をともす
うなずいてくれますように
ずっと手と手をつないでて ♪
曲が終わって、ガッツは目を閉じた。
仲間達は、願った。
次の瞬間に起きることを
そして、その願いは叶った。
「うん」
と、小さな声のあと、二人は手をつないだ。
そして
「ガッツ・・・どこにもいかないで」と
仲間達も
「どこにも行くなよ!ガッツ」と
するとガッツが、こうつぶやいた。
「毎晩、縄につながれるのかなぁ・・・」
「ガッツーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
翌年の6月13日
大地に爽やかな風が吹いていた。
美瑛の小高い丘の上にはまだ少し早いラベンダーたちがゆらゆらと揺れていた。
ガッツは、大きく深呼吸をした。
そして青く澄んだ空をみて、こう言った。
「みんな・・・ありがとう」
ガッツの手の中で“としちゃん”が笑ったようにみえた。
リレー小説 「仲間」 ~ 完 ~
ヒロ (金曜日, 25 12月 2015 12:31)
・・・・・・って、
な~~~にクリスマス気分で終わりにしてんだよ! (天の声)
・・・・・・って、
最後にガッツと手をつないだのは
クラリオン? それとも・・・モン?
まさか・・・・・・・、別の女性 ? (天の声)
~ 完 ~ ???
って、なんでガッツは美瑛に行ったんだよ?
最後の約半年間の話はどうしてくれんのさ! (天の声)
・・・・・・わかったよ
いま、
リレー小説「仲間」
~ 真実の結末編 ~ がスタートしたのである。
ヒロ (金曜日, 25 12月 2015 12:36)
「ふんっ! なによ、あの二人・・・手なんかつないじゃってさ」
と、ガッツの歌の後におきた出来事を、面白く思わない者がいた。
それは・・・文子だった。
そうである。
マコトの部屋に夜な夜な夜ばいして、編み物をしている
テニス部の文子だ。
先に話を進めるには、文子のことにふれない訳にはいかないのである。
これまで、マコトの部屋にガッツを招くことができない理由として
文子の名前を伏せて語ったが・・・
小説を続けるためには、文子のことを語らずして、先には進めない。
やむを得ず、一度は握らされたお金ではあるが、それをマコトに返済した。
マコトも、しぶしぶ了承してくれたのだ。
「ガッツ・・・ひとつも嬉しそうな顔してないじゃない!」
「顔・・・ひきつってるし」
と、文子は・・・いや、文子だけは、冷ややかにガッツを見ていたのだった。
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 12:38)
文子が、面白く思わなかった理由は、簡単だった。
うらやましかったのである。
「わたしも、あんなふうに・・・」と
イヴのクリスマス会も終盤
ガッツの唄で、会場は暖かな雰囲気となった。
葉月が、北海道の話をしだした。
「みんなにも美瑛の一面のラベンダー、見せてあげたいなぁ」
「私、一度でいいから行ってみたいと思ってたのよ」とアン
「・・・ねぇ、みんなで行こうよ!」とチョキ子
「い~~~いねぇ、じゃ、決まり!来年の6月だ!」と仲間達
もちろん、ガッツは、そんな皆の会話をただ笑顔で聞いていた。
ガッツは、アブラムシ。
当然、北海道に行く旅費などないガッツは、お留守番。
それが分かっていても、話の腰を折らないように、笑顔で皆の会話に参加していた。
そんな会話で盛り上がってきた仲間達
葉月が、急にこんなことを言い出した。
「ねぇ、明日のクリスマス・・・デートしたい」
『お~、いいねぇ・・・って、誰と?』と、マコトが聞き返すと
「・・・誰っていうか・・・デートがしたいの」
『おいおい、誰でもいいのかよ?』
「誰でもっていう訳じゃないんだけど・・・とにかくデートがしたいの!」
『デートかぁ、久しくその言葉とは無縁だよな、俺達の年代になると』
『なんか、俺もデートしたくなってきたなぁ・・・』
『よし、決まった! 明日は、みんなデートしようぜ!』
『で、その相手は・・・・・・・あみだクジ!』
マコトのこの発言に、誰も異論を唱えないところが、この仲間達のいいところでもある。
「へ~、面白そう! やろうよ! あみだクジ」と、アンものってきた。
こんな時に直ぐに行動を起こすのは、もちろん間塚だった。
「できたよ! あみだクジ」
『えっ?夫婦も参加するの?』
「もちろんだよ、いいよな? 真子」
『はい、仲間達とのデートですもの、楽しそうですよ、あなた』
と、いつも間塚のすることを支える真子らしい返事であった。
「さぁ、決まった!名前を書いて~」
順に名前を書いていくと、次はガッツの順番になった。
すると、ガッツは
「俺は・・・」と、名前をかくことをためらっていた。
『どうした? ガッツ』
『まさか、恥ずかしいから! とか、言うなよな!』
「いやっ・・・・・」
『さぁ、書いた、書いた』
ガッツは、申し訳なさそうに名前を書いた。
『え~、それでは発表します』
と、間塚が“一日限定アベック”となる二人の名前を読み上げていった。
『お~、いきなしかよ! 葉月は俺と』
『で、モンは・・・アイト』
『梅子は、マコト』
『ガッツは・・・お~~~』
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:02)
『ガッツは・・・真子』
と、間塚の目は「ガッツを頼むな」と真子に向けられていた。
アベックとなった二人は、それぞれに明日、どんなデートコースにしようか相談を始めた。
「スター・ウォーズ/フォースの覚醒を観にいくか?」
『わたし・・・あしかがフラワーパークのウィンターイルミネーションがいいなぁ』
「喜多方ラーメン、3軒食べ歩きツアーするか?モン!」
『なんかさぁ、わたし、久しぶりにオリオン座通りを歩いてみたいなぁ・・・』
『ディズニーランドは・・・いまからじゃ、チケットとれないよね・・・』
『わたし、那須の藤城美術館に行きたいの』
と、みんな、この時とばかりに、普段思っている希望を言った。
楽しい雰囲気で。
真子が、ガッツの隣にきた。
『ガッツさん・・・』
と、とても優しく微笑んでガッツを呼んだ。
「あっ、・・・はい、なんか自分とじゃ申し訳なくて・・・」
と、うつむくガッツ
真子は、ちゃんと分かっていた。だから
『ガッツさん、わたし、ガッツさんとお散歩がしたいです』
『なかなか街のなかを歩いたことないから・・・だから、いろんなところを私に教えてください』と
仲間達は、明日の“一日限定デート”を楽しみに!と
クリスマス会は終わった。
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:05)
12月25日 クリスマス
仲間達は、思い思いの場所に出かけていった。
最後に残ったのがガッツと真子だった。
『ガッツさん・・・おはようございます』
と、小泉今日子似の真子は、とても可愛いジャンバースカートを着ていた。
『ガッツさん・・・変ですかぁ・・・』
と、その笑顔が、ガッツにはとても眩しかった。
「あっ、お、おはようございます」
「いや、・・・あの・・・とっても可愛いです」
と、ガッツは、初めて体験する真子との二人の空間に、異常なまでに緊張していた。
『ガッツさん・・・もしかして緊張しているんですか?』
と、半分、茶化すような笑顔で、でも、そこには、私と一緒にいても緊張しないでくださいという思いも込められていることが、容易に理解できる言い方であった。
だが、ガッツに緊張するなということが土台無理な話なのである。
「あ、あ・・・いえ・・・あのぉ」
と、一張羅のジャージで
「あのぉ、ジャージでごめんなさい」
「せっかくのデートなのに・・・」と
真子は「ガッツさんは、ジャージでなきゃ、ガッツさんじゃないですよ」
「さぁ、出かけましょう!」
そう言って、二人は街中散策お散歩デートに出かけていった。
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:07)
二人は、ゆっくりと、街中の景色を楽しみながら歩いた。
「歩いてみると、いろいろなことが見えてくるんですね」
と、無口なガッツを、フォローしようと、真子が会話をリードした。
真子には、どうしても確認したいことがあった。
そのことを、今日、聞こうと思っていた真子は、まずは、ガッツの緊張をほぐしてあげようと、ガッツの昔の話など、とにかく会話した。
「え~、そうだったんですか」
と、真子が知らなかったことも、ガッツは話した。
ガッツの母親が、ずっと病弱で、中1のときに亡くなったこと
養護施設で竜水と暮らしていたこと
北海道のオマツの話
ベトナムでのサラの話
間塚から、少しは聞いていた真子であったが、あらためて本人から聞かされた話は、真子の胸を熱くさせた。
「ガッツさんって・・・」
ガッツが、ミクにブーケをいただいたお礼が言いたいと
二人は、ミクの店に立ち寄った。
突然の二人での来店に事情を聞いたミクは
「これを」
と、一輪の薔薇を真子に渡した。
「今日一日、楽しんでくださいね」と
ミクの家をあとにした二人は、万手山公園に行った。
ベンチに座って、ガッツが
「これ・・・」と
それは、梅子が作ってくれたお弁当だった。
梅子の思いやりがいっぱいに詰まったお弁当を二人はベンチで食べた。
それは、梅子が夕べ「ガッツ、明日ね、とびっきりのお弁当作るね」
と、用意してくれたものだった。
真子は『梅ちゃんも、ガッツのことを心配してくれているのねぇ』
と、お弁当を美味しそうに食べるガッツを目を細めてみていた。
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:11)
そして、真子は、この時とばかりに
『ねぇ、良かったね、昨日・・・』
「えっ? 何が?」
『素敵な曲でしたよ、ガッツさん』
『大好きな人と、手をつなぐことが出来て良かったですね』
すると、ガッツから思いもよらぬ返事が返ってきた。
「・・・・・俺・・・誰と手をつないだのか、分からないんだ。ずっと、目を閉じたままだったから」
『はぁ~~、本当に?』
「・・・・うん」
『どうしてぇ・・・・?』
「・・・・恥ずかしかったから」
どこまで、このガッツという男は・・・不思議な男である。
真子は、ふと思った。
ならば、「ガッツ、どこにも行かないで」という言葉も、この男には伝わっていないのではないかと。
『ねぇえ、ガッツさん』
『私には、正直に答えてほしいと思います』
『丘の上の小さな家55を出ようと、今でも考えているの?』
ガッツは、答えなかった。
答えなかったことが、真子には答えだった。
ガッツは、一所懸命に話題を変えようと、観覧車に視線をやり
「恋空で有名になった観覧車だよ」と
真子は、これ以上ガッツを追い込むことをやめようと思った。
だから、ガッツの手を握り
「乗ろう!」と、満面の笑みでガッツを観覧車に引っ張っていった。
丘の上の小さな家55では、元テレ夜副社長夫人として、大人の女性の姿しかみせてこなかった真子であったが
この時の真子は、明るく純真で無邪気な真子になっていた。
だから、ガッツも、このときばかりは、子どものような表情で観覧車に乗り込んだ。
少し茶目っ気な雰囲気で真子が
『ねぇ、ねぇ、ガッツさん』
『昨日、手をつないでくれた人・・・教えましょうか?』と
すると、ガッツは
「いえ、いいんです。知らないままで」
それでも真子は、諦めなかった。
ガッツを追及しているうちに、真子は気が付いた。
『えっ? そうだったの? 葉月さん・・・まったくの勘違いだよ』と
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:15)
真子とガッツは、どのアベックよりも先に帰って、晩御飯の用意をすることにした。
『ガッツさん・・・これを“さいの目”に切ってください』
「・・・・サイの・・・目?」
『・・・もしかして・・・』
真子は笑って、無理な注文をしてしまった自分を悔いた。
『あぁ、じゃぁ、お皿を並べてください』
と、ガッツにでも出来そうなことをお願いしたのだった。
『ガッツさん、あ~ん』と、味見をお願いされたガッツは
生まれて初めてのことにとまどった。
「あ、あ、・・・」
ちょうどそんなときに、アイトとモンが帰ってきた。
「美味かったぁ、いやぁ、食べた食べた」と、とても満足そうだった。
他のアベックたちも、二人で考えたデートコースを満喫して帰ってきた。
『おかえりなさい、あなた』
と、間塚を出迎えた真子
「ただいま、オリオン座通りを歩いてきたよ」
「昔ほど人はいなかったけど、懐かしかった」
「そっちは、どうだった? ガッツは楽しそうだったかい?」
『はい、たくさん歩いて、たくさんお話ししてきました』と
その時の真子は、間塚の隣に立つ葉月の顔をちゃんと見れなかったのだった。
「真子が作ってくれたのかい? 今日の晩御飯」
『えぇ、ガッツさんにもお手伝いいただいて』
「そっか、じゃぁ、みんな揃ったら晩御飯をいただきながら、今日の報告会とするか」
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:18)
食堂に全員が集まった。
「美味しいいよ、真子」と、晩御飯は皆に好評だった。
「さて、どのアベックから報告する?」と、間塚が
「んじゃ、俺から!」と、マコト&梅子ペアが、名乗り出た。
「・・・・ということで、最高に楽しかったです!」
「お~」と拍手
そんな具合に報告会は続いた。
最後に残ったのが、ガッツ&真子ペアだった。
真子は、もちろん覚悟していた。
「自分が発表しなきゃ」と
『え~私とガッツさんは、街中散策散歩デートをしてきました』
『あ、梅ちゃん・・・お弁当ありがとう。本当に美味しかった』
「いいえ、どういたしまして」と梅子
『途中、万手山公園の観覧車にも乗りました』
「お~」と、仲間達
そこで、真子はためらった。
観覧車の中で知ったことを、この場で言うこともできるのだと。
だが、真子は思いとどまった。
『ガッツさんが望んでいないのだから・・・』と
葉月の勘違いで、ガッツの想いが伝わらなかったことに
それでも、真子自身、私もまさか・・・と分からなかったのだから
葉月を責めることも出来ないと考えたのだった。
そんな仲間達のクリスマス一日限定デートは終わった。
仲間達は、
「また、いつか企画しようね」と
その時、皆に合わせて微笑むガッツに
『ガッツさん・・・一人で苦しまないでね』と、真子はささやいたのだった。
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 20:22)
12月28日
それは、突然だった。
丘の上の小さな家55の電話がなった。
「・・・え、え、NHK?」
それは、NHKのディレクターからだった。
ガッツと竜水がいることを確認すると、今から来るという電話であった。
NHKの佐藤ディレクターがやってきた。
「ガッツさんと、竜水さんにお話が・・・」
ガッツと竜水が、食堂に呼ばれた。
「佐藤です」
「突然に申し訳ありません」
「実は、急なお願い事が・・・」
佐藤は、NHK紅白歌合戦のチーフディレクターであった。
三日後に迫った「紅白歌合戦」の出演者に事故があり、急きょ、別のアーティストから出演者を選ばなくてはならなくなったNHK
先のクラリオンの引退記者会見を唯一、最後まで放送していたテレ夜で
竜水の歌った曲が、世間で大きな話題になっているというのだ。
しかも、CDなど、販売が予定されていないことから
あの時の曲を、ぜひ、もう一度聞きたいというNHKへの投書が、後を絶たないのだという。
「ぜひ、お願いします。みなさん、あの時の曲をもう一度、聴きたがっています」と
佐藤は、こうも言った。
「歌詞が、被災された方からも、大きな共感を得ています」と
竜水は、分かっていた。
「ガッツが受けるはずがない」と
しばらく沈黙が続いたが、執拗に頼んでくる佐藤ディレクターに、ガッツがようやく口を開いた。
「佐藤さん・・・」
ヒロ (月曜日, 28 12月 2015 21:00)
仲間達は、固唾を飲んでガッツの言葉を待った。
実は、仲間達は、最近になって「どうして?」という疑問がわき始めていたのだった。
何社からも、CD販売のオファーを受けながら、それを断り続けるガッツ
そうである。
仲間達が考えたのは、CDを出せば著作権による印税というものが入ってくる。
ガッツの作った曲を考えれば、相当数、売れるはずだ。
それさえあれば、ガッツは悩むことなく、この丘の上の小さな家55に住めるのに・・・という思いだった。
「ガッツ・・・」
でも、仲間達は、分かっていた。
これまで、様々な場面で曲を作ってきたガッツであるが、それが、どんなに素晴らしい曲であろうが、世に出そうとしないのである。
アメリカで作った「for you・・・」でさえ、未だに作者不明のまま、ロングセラーを続けている。
ガッツにとって、歌は、商売道具ではないのだ。
想いを寄せる人のために作り、そして歌う。
ただ、それだけなのだ。
今までがそうであったように、葉月が帰ってきた時のために唄われた曲は、
その時だけのために唄われ、そして、二度と聴くことができないと、仲間達は分かっていた。
だが、
ガッツの「佐藤さん・・・」
その次の言葉は、誰もが予想もしていなかった言葉であったのだった。
ヒロ (火曜日, 29 12月 2015 10:01)
ガッツが言ったのは
「佐藤さん・・・」
「あの時の曲は、もう僕の曲ではありません」
「葉月の曲です」
「ですから、葉月に聞いてください」と
突然にふられた葉月は
へたすると、「おかちめんこ」と言われてもしょうがない表情になっていた。
ようやく、我に返った葉月は、優しい表情に戻り
「ガッツ・・・」
「それは違うよ」と
藁をもつかむ思いの佐藤は
「葉月さん、ガッツさんが、そう言ってくれたのですから・・・お願いします」と
その時の竜水は、直ぐに断らなかったのには、何か理由があるはずだと思った。
竜水は
「なぁ、ガッツ・・・」
「何か、思いがあるのか?」
ガッツは、こう言った。
「もし、俺の作った曲で、被災された方が、少しでも勇気づけられるとするならば・・・」
「・・・でも、もう葉月の曲だから」と
そして、少し考えてガッツは
「佐藤さん・・・二つだけ条件があります、聞いてくれますか?」
『どうぞ、言ってください』
「一つは、歌詞を少しだけ変えさせてください。被災された方のための歌詞に変えます」
「もう一つは・・・」
「俺はギターを弾きません」
今度は、竜水が困った。
「ガッツ・・・どうして?」と
そのあと、弾けよ! いや、弾けない! 弾いてくれよーーーー! いや、無理!
そんなやりとりがあって、結局のところは、中継での出演と、ガッツをテレビに映さないことで決着がついたのだった。
仲間達は、「なんか、ガッツらしいな」と
ディレクターの佐藤は、「ガッツさん、竜水さん、よろしくお願いします」と、深々と頭をさげて帰っていった。
早速、NHKとの打ち合わせが始まり、ガッツは歌詞を考え始めた。
被災された方に届くようにと考えたのだが、結局は
「ひとつ」という言葉を「一つ」に変えただけだった。
竜水は、ゴーストライター発覚以来、二十数年ぶりの紅白出場となったのだった。
中継は、科沼高校のグランドで、竜水ひとりがライトアップされ歌うこととなった。
打ち合わせも終わり、竜水はガッツにこう言ったのだった。
「なぁ、ガッツ・・・俺は、お前の作った曲が多くの人に称賛される、本当なら、そうなるべきなんだと思う」
「でも、お前は、それを望まない」
「当日は、お前の思いが少しでも多くの方に届くよう、気持ちを込めて歌う。だから、お前もギター頑張ってくれ」と
ガッツは「あぁ」
そして、竜水にこう言ったのだった。
「紅白出場、おめでとう」と
その言葉で、ガッツの本当の思いを知ったのだった。
「ガッツ・・・お前ってやつは」と
ヒロ (木曜日, 31 12月 2015 13:06)
竜水は、特別企画枠での出演となった。
仲間達は、科沼高校で見守ることにした。
科沼高校野球部のメンバーが、整備してくれたグランドに竜水は立ち
スポットライトが、竜水を照らした。
会場で、司会の黒柳徹子さんが、今回の竜水の出演に至った経緯を説明した。
辛い思いをしていた仲間、被災された方々への思いも込めて、竜水の仲間が作った曲であるとも紹介された。
もちろん、約束通り、ガッツの名前は語られることなく。
画面は、竜水を映し出した。
ガッツのギターが流れ、竜水が歌い上げた。
ガッツと竜水の曲を、数千万人が皆、胸を熱くして聴いた。
途中、被災地からの中継もあり、歌詞に涙する人も映し出された。
仲間達は、クラリオンの引退記者会見以来、二度目であったが、
あらためて歌詞を聴き、ガッツの仲間達、葉月を思う気持ちが伝わってきて、皆、涙をこらえきれなかった。
その年の紅白歌合戦は、松田聖子さんの曲で無事に終わった。
ガッツも、仲間達も竜水とともに、仕事をやり遂げた充実感に浸った。
「ガッツ・・・ありがとう」
「あぁ、竜水・・・お前の歌は、今でも俺にとって唯一無二の存在だよ。お前の歌が多くの人に聴いてもらうことができて、良かった」と
仲間達は、全員で初詣に向かい、新たな年を迎えられたことに感謝した。
ヒロ (月曜日, 04 1月 2016 12:30)
1月1日
仲間達は、大晦日に自分たちに起きていた幸運を知らずに元日の朝を迎えていたのであった。
古河志山への“初日の出参り”を済ませて、戻ってきた仲間達
梅子が用意してくれたおせち料理に舌鼓を打ち、お屠蘇もいただいた。
そのあとは、食堂でニューイヤー駅伝を楽しんでいた。
元日は、新聞も遅めに届くのだが
「すげ~広告の量だなぁ」と、仲間達はくつろぎながら、元日特有の雰囲気に浸っていた。
毎年の光景であるのだが、アンがいつものように、それじゃ始めるよ~と
「あ~」
「だめかぁ~」
「うひょ~、おしい」
「あ~あぁ」
「今年もだめかぁ」
「もう最後の1枚だよ~」
と、その時だった。
「お~、5組! いいねぇ」
「1」
「5」
「2」
「えーいいぞー」
「えっ、3」
「うそ! 2」
「・・・・・・・・」
「・・・う、・・・う、嘘じゃ・・・ないよね」
ヒロ (月曜日, 04 1月 2016 18:40)
それは、去年の11月25日のことだった。
「今年も、発売開始日、同じ売り場で」と、仲間達は、グループ買いで年末ジャンボを購入するために宝くじ売り場に並んでいた。
アブラムシのガッツを除いて、9人が1人3,000円を出し合って、90枚を毎回買い続けていたのだった。
長蛇の列に並びながら、マコトが聞いた。
「なぁ、宝くじって、どれくらいの確率で当たるんだい?」
すると、アイトが元高校教師らしい説明を始めた。
『1等5億円が当たる確率は、1ユニット1000万枚とすると1000万分の1だよ!』
「1000万分の1って、どれくらいだい?」
『そうだなぁ・・・栃木県の人口が多く見ても200万人だからなぁ』
『栃木県、群馬県、茨城県、福島県、山形県の人口を全部足してもまだ1000万人に少し足らないぐらいか?』と
「ほー、んで、そこで何人当たるんだい?」
『・・・・・・』
『だから、その5県に住む人全部の中で、たった1人だけ当たるっていう確率だよ!』
『まぁ、買う人数だけで考えれば、一人平均10枚買うとすれば、その10分の1の確率の人に当たるっていう計算だけど』
「・・・・・・・」
それは、マコトの計算能力を超えていた。やむを得ずマコトは
「・・・・・う、うそ、・・・そなんけ・・・そりゃ大変だなやぁ」
「だけどなぁ・・・買わなきゃ当たらねーんだからなぁ」
『・・・た、確かに』
「ところでよ、みんな、一生懸命並んで買ってるけど、宝くじって、売り切れってあるんかい?」
『売り切れは、ないよ!人気があれば、なんぼでも増刷されるんだよ!』
「・・・へぇ、そなんかい」
「???んじゃ、なんで、こんな並んで急いで買うんだべな?」
『・・・確かにな』
『ちなみにだけど、当選金に税金はかからないからね』とモンらしいコメントもついた。
と、そんなやりとりをしながら、今年も“夢”を買っていた仲間達であったのだ。
アンが飛び跳ねて、
「やっ・・・やっ・・・やっちゃったよ、みんな!」
「嘘じゃないよ、2等・・・2等当たったよ!」
「ねぇ、2等だよ、1000万円!」
飛び跳ねる者、ガッツポーズを決める者、万歳をする者、抱き合ってほっぺたをつねりあう者と、仲間達はそれぞれに喜んだ。
ガッツも「良かったね、みんな」と、仲間達に訪れた幸運を一緒になって、祝った。
仲間達は、一瞬にして、その当選金の使い道を決めた。
「ねぇ、北海道に行く旅費が出来たよ!」
「あぁ、今年の6月! 決まりでいいよな!」
誰も反対する者はいなかった。
おそらくは、すでに頭の中で計算していたのであろう。
「え~、北海道への旅費を使っても、半分以上残るよ!」と
「良かったね、みんな。楽しんできてね」と
ガッツは、目を細めて仲間達をみていたのだった。
ヒロ (月曜日, 04 1月 2016 23:14)
そんなガッツの表情をみてか
葉月が、ガッツがグループ買いに参加していないことに気付いた。
「ねぇ、モン・・・」
『なぁに、葉月』
「あのさ・・・ガッツ・・・」と、視線をガッツに向けると
『・・・そっかぁ』
「わたし、ガッツだけを残していくなんて、嫌だなぁ」
『・・・うん、でもさ仕方ないんじゃないの・・・』
「ねぇ、当選金を9人で割ったら、それなりのお金になるわよね。わたし、ガッツの分も出してあげたい」
『葉月・・・、わかった! 私も、それに乗るよ!』と
二人は、そんな会話をしてガッツの隣に行った。そして葉月が
「ねぇ、ガッツ・・・ガッツも行こうよ、北海道」
「旅費は、心配しないで!」と
しかしガッツは、その言葉にもっともらしい嘘をついたのだった。
「えっ?」
「俺は、グループ買いに参加していないよ」
「それに・・・」
「・・・・・・」
「行けないよ。俺、頭の手術をしてからは、気圧の関係で飛行機には乗れないんだ」
「・・・ありがとう葉月」と
葉月もモンも、そのガッツの言葉には納得するしかなかった。
「そうなの? 本当に乗れないの?」
「・・・じゃぁ、・・・無理ねぇ」と
他の仲間達も、そのことを聞かされ納得した。
それからは、9人での旅行計画が練られていった。
ガッツがいないとき、いない場所で。
だが・・・
一人の女の子だけは、複雑な思いのまま、旅行計画の相談会に参加していたのだった。
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 12:48)
お正月気分も抜け始めたある日
竜水のところにNHKから「紅白の出演料を入金させていただきました」という連絡が来た。
紅白の予算は約3億円といわれている。
そのうち出演者に支払われるギャラが総額1,000万円と決められており、残りの2億9,000万円が、演出等のための経費である。
平均すると出演者1組当たりの出演料は23万円ほどになるのだ。
このギャラには、リハーサル2日間プラス本番1日の拘束料、衣装代・スタイリスト代なども含まれている。
民放に比べて驚くほどギャラが安いため、ほとんどの歌手は赤字になる。
もちろん大御所への分配が多く、最多出場の北島四郎で45万円~50万円、12回の浜崎歩で25万円~30万円らしい。
ちなみにAKBBなどになると、ひとり2,000円程度になるのだそうだ。
竜水の出演料は、最低限の金額の5万円だった。
竜水は、そのお金をガッツに全て渡そうとしたが、ガッツはそれを拒んだ。
竜水は、もちろん、ガッツがそう言うであろうことは想定内であった。
だからガッツに「生活費として、会計に渡すからな」と
竜水の紅白出演は、想像以上にすごい反響であった。
2006年の紅白で冬河雅史の「千の風になって」が、そうであったように
当然、放送後には毎日のように、竜水のもとに出演オファーがきた。
だが、竜水は、その全てを断ったのだった。
ガッツに相談することもなく。
それは、
「ガッツと一緒でなければ、あの曲を唄えない」
「ガッツは、絶対にテレビ出演を受ける訳がないから」
というのが、理由だった。
だが、この竜水の考えが、この後ガッツを窮地に追い込むことになってしまうのだった。
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 22:09)
ほとんどのTV局が、竜水の出演を狙っていた。
各局のプロデューサーからすれば、竜水が断る理由が謎だった。
いつしか、「どこの局が、一番先に竜水を口説き落とすか」と、業界の争いになっていた。
そんなとき、ガッツを誹謗中傷する記事が掲載された週刊誌が発売された。
それは、『女性エイト』の宮下の記事だった。
その週刊誌の記事によると
紅白出場を果たした竜水であったが、その曲を作ったと思われる男が変人で、その者が承知しないがために、竜水のTV出演が叶わないという記事だった。
その記事を知った竜水は、言葉を失った。
その記事は、芸能関係者にも衝撃を与えた。
当然、笹山アナウンサーの耳にも届いた。
「えっ? どういうことなの? 宮下さん・・・」
笹山は、記事を読んで、あの時に頭を深々と下げていた宮下を思い出していた。
いてもたってもいられなくなった笹山アナウンサーは、宮下に電話した。
「ねぇ、あの記事・・・真実なの?」と
宮下は黙っていた。
実は、宮下自身も、しっかりとした取材も無しに、記事を掲載することを拒んでいたのだった。
だが、「宮下! お前が、どうこう言える立場じゃないんだよ!」
「嫌なら、この会社を辞めてもらっても構わないんだ!」
上司の言葉に逆らえなかった宮下だった。
「わたし・・・」
笹山は、宮下のその一言で、業界の宿命的なことを直感した。
「分かったわ、何も言わないでいいよ・・・」
「これからも、頑張るしかないのよね、私たちは」
そう言って、笹山アナウンサーは、宮下を責めようとはしなかった。
そして、当然の成り行きとして、多くの記者達が丘の上の小さな家55に訪れて、取材攻勢が始まった。
竜水は、ガッツに謝った。
「すまない、こんなことになってしまって」
『竜水・・・いいんだ、お前が悪い訳じゃないよ』と
ガッツは、皆に申し訳なさそうに
「みんな、こんなことになって申し訳ない」
「このまま、俺がここにいたんじゃ、みんなにも、近所の方たちにも迷惑に・・・」
すると間塚が、
「おいおい、また始まったのかよ、ガッツ」
「お前が、何か悪いことしたのか? していないだろう」
「なら、どうして身を隠そうとするんだい?」
「正正堂堂としていろよ!」
「大丈夫だ、俺達なら」と
ガッツは、返事が出来なかった。
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 22:12)
笹山アナウンサーは、テレ夜の番組編成会議に呼ばれた。
「笹山君、君が何故、この会議に呼ばれたのか分かるかね?」
『いいえ、分かりません』と、笹山は答えた。
「君も知っているだろうが、いま、噂の奥幡竜水君の件だ」
「うちの看板番組であるミュージックステーションに、竜水君に出てもらいたいんだが・・・」
「今、世間で騒がれていることについて、君の意見を聞かせてもらおうか」
笹山は、凛とした表情でこう答えた。
『わたしは、ガッツさんという人が、自分の損得や、ましてや意地悪で動くような人ではないと信じています』
『クラリオンさんの記者会見では、仲間達の真の姿を放送することができました』
『ですから、あの方たちのことは、皆さん方にもご理解いただけているものと思っています』
笹山は、自分の思いを続けた。
『ガッツさんとお話しをさせていただいた時に、ガッツさんは、こうおっしゃっていました』
『自分が作る歌は、想いを伝えるもので、自分は、口下手だから、だからその想いを歌詞に込めて伝えてきたんだと』
『おかしいですよね、口下手な人が、あんな素敵な歌詞をかけるんですから』
『紅白で、ガッツさんがギターを弾いていたという噂も聞きました』
『紅白の時のVを見せていただきましたが、聴いた瞬間にガッツさんが弾いているのだと確信しました』
『きっと、竜水さんを思って、紅白出演を承諾したのだと、ガッツさんが考えそうなことだと思います』
「そっか、君の話はよく理解できた」
「それでだ・・・笹山君」
「竜水君のミュージックステーション出演交渉を、君に頼みたいんだが」
「ガッツ君にお願いするとか・・・君ならできるだろう!」
笹山は、返事が出来なかった。
それは、自分がガッツにお願いすれば、聞いてくれるかもしれない。
でも、それが、ガッツが望むことなのか
やもすれば、女性エイトの宮下と同じようなことを、自分がすることになってしまうのではないかと考えたからだった。
黙っている笹山に、冷たい言葉が向けられた。
「どうした笹山君、何故、黙っているんだい?」
「君は、テレ夜のアナウンサーだ」
「会社のために動くことが、嫌だというのかい?」
やむを得ず笹山が選んだ言葉は
「できるかどうか分かりませんが・・・」だった。
その時の笹山アナウンサーは、既に分かっていた。
実現出来なかった時には、自分も、自分の上司も責められることになるということを
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 22:15)
編成会議の会場を出た笹山アナウンサーは、その足で帰路についた。
翌日は、久しぶりの休日であったこともあり、シャワーのあと、バスローブに身を包み、ワイングラスを傾けた。
「どうするんだ? 百合」
そう自問自答するが、答えが出せない百合だった。
「こんな時は、どうしたらいいの? お母さん」
と、母親の顔が思い浮かばれた。
耐えきれずに百合は、受話器を持っていた。
「お母さん・・・」
百合の母親は、分かっていた。
百合が、どんな時に自分に電話してくるのか。
とりとめのない百合の話に母は、最後にこう言ったのだった。
「百合・・・お仕事つらくない?」
「あなたの好きなようにやればいいのよ」
「私は、あなたを信じているから」と
受話器を置くまで我慢していた涙が、百合のほほを濡らしていた。
そして「お母さん・・・ありがとう」と
翌日、百合はガッツの散歩コースに立っていた。
「ここで、ガッツさんに逢えたら、ちゃんと話そう」
そう、決めて。
その時の百合は、ガッツが現れないことを願っていたのかもしれない。
だが、神様は、ちゃんと分かっていてくれたかのように
「百合さん・・・」
ガッツが現れたのだった。
ガッツは、百合が自分の散歩コースで待っていたことで、全てを理解した。
いつか、百合が自分の前に現れて、テレ夜の全権大使としてお願いに来るのではないかと思っていたからだ。
ガッツは、その時の百合の表情で、百合の思いも察したのだった。
「待っていてくれたんですか? 百合さん」
ガッツは、優しく百合に微笑んで、こう続けた。
「クラリオンの会見のときは、本当にありがとうございました」
「百合さんのおかげで、みんな仲良く暮らしています」
二人は、歩きながら話を続けた。
『ガッツさんも、ご一緒にいらっしゃるのですよね?』
「あ、・・・はい」
『良かった』
「百合さん・・・もしかしたら、自分と竜水のことで、百合さんにご迷惑を・・・」
『いいえ、・・・ち、違います』
百合は、慌てて返事をした。
それでも百合は、この人には、自分も正直になって話をしたいと思い、正直に打ち明けたのだった。
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 22:20)
百合の話を全て聞いたガッツは、
「百合さん、ごめんなさいね。迷惑かけちゃったね」
「女性エイトの宮下さんのことも、責めずにいてくれてありがとう」
「きっと、宮下記者も辛かったんだと思うから」と
百合は、ハッとした。
「宮下記者のことまで・・・」
ガッツのその言葉で、百合は決心したのだった。
『ガッツさん、私、帰ります』
『帰って、会社に正直に話します』
『私は、ガッツさんにはお願いできません。と』
するとガッツは
「ちょっと待って、百合さん」
「あなたが、何か、悪いことをしましたか?」
『はい、しました。私が困っていることをガッツさんに伝えてしまったことで、結果的にはガッツさんを苦しめることに・・・』
ガッツは、初めて百合と視線を合わせて
「百合さん、私が、苦しんでいるように見えますか?」
「私は、あなたのような素敵なアナウンサーが、たくさん増えてくれることを願っています」
「百合さん・・・」
「あなたは、テレ夜の社員ですよね」
「会社のために働くのは、決して間違いではないと思います。社会人としての宿命だと」
「たとえ、それが、自分が納得のいかない仕事であったとしても」
「宮下さんのように、人を傷つけるようなことは、できれば無い方がいいと思いますが・・・」
「あなたの会社は、私の仲間である間塚が、一生懸命に育ててきた会社です」
「私の勝手な想像ですが、百合さんが会社に帰って、ガッツを説得できなかったと言ったとしても、おそらくは責められることもないと思います」
「間塚が育ててきた社員さんたちですから」
そう言って、ガッツは百合に微笑んだのだった。
そして、ガッツは持っていた鞄から、ノートを取り出し
「これを持って行ってください」
「竜水は、自分が責任をもって説得します」と
百合は、いま起きていることが理解できずに
「ガッツさん・・・これは?」と
それは、楽譜だった。
紅白では、ガッツのギターだけの演奏であったのだが、その楽譜は、キーボード、ピアノ、バイオリン、ベースの譜面が追加されていた。
それは、竜水がひとりでTV出演できるようにするために、ガッツが書き上げた楽譜だった。
ガッツは、テレ夜が百合を自分のところに向けるだろうと思っていた。
そして、百合が辛そうな表情を少しでもみせたときには、百合に渡そうと、楽譜を書いていたのだった。
ガッツは「竜水のために、最高の演奏ができる人を集めてください」
と、百合に伝えた。
『えっ? もしかしてガッツさんは?一緒にお出にならないのですか?』と
するとガッツは
「はい」
と、少しいたずらな表情で百合に答えたのだった。
そしてガッツは、最後にこう言ったのだった。
「百合さん、あなたのアナウンスを待っている人達のために、これからも頑張ってお仕事してください」
「間塚が育てたテレ夜も、お願いします」
そして最後に
「百合さん・・・竜水のこと、お願いします」と
百合は、自分が思い描いていた展開と、全く違ったことにとまどったが
ガッツの思いを、その言葉通りに受けようと心に誓ったのだった。
そして
『ガッツさんの思いは、しっかり私が受け取りました』
『ガッツさん・・・』
なぜか、喜ばしい出来事も、涙が止まらない百合であった。
深々と頭を下げて、去っていく百合の後姿にガッツは
「竜水のこと・・・お願いします」
と、つぶやいたのだった。
ヒロ (火曜日, 05 1月 2016 22:26)
百合は、その足で会社に向かった。
会社に着いた百合は、すぐに上司に報告した。
ガッツから預かった楽譜を渡して
「この楽譜で、最高の曲を仕上げてください」
「それが、この曲を作った人の一番の願いです」と
その時の上司が、百合にこう言ったのだった。
「笹山君、申し訳なかった」
「もしかして、すごく無理をしたのか?」
「私は、編成部長から、こう言われていたんだよ」
「もし、君が、竜水君の出演交渉がうまく出来なかったとしても、決して責めないでやってくれ」
「少し、厳しく言い過ぎてしまった、と」
その言葉を聞いて、百合は直ぐにガッツの言葉を思い出して
「ガッツさんが、言った通りでした」
「これが仲間を信じるっていうことなんですね」と
上司は、笹山の表情をみて、
「どうやら、ガッツ君と笹山君にしか分からないやりとりがあったようだな」
「君がガッツ君から託された思いは、必ず素晴らしいものとして、竜水君に返そうと思う」
「任せてくれ!」と
百合は、大きく
「よろしくお願いします」
「わたし・・・テレ夜のアナウンサーになれて幸せです」と言ったのだった。
ヒロ (水曜日, 06 1月 2016 12:47)
散歩から帰ったガッツは、その日の出来事を竜水に伝えた。
「今日、テレ夜の笹山アナウンサーと偶然会ったんだ」
「それで、竜水、あのな・・・勝手なことをして申し訳なかったんだけど、ミュージックステーションの出演オファーを受けてきた」
そう言ってガッツは、百合に渡した楽譜と同じものを竜水に手渡して
「これ・・・」
「お前が一人で唄えるように、アレンジも考えた」
「同じものを百合さんにも渡してある」
「きっと、すごいミュージシャン達を集めてくれるはずだから」
そう言って、ガッツは微笑んだ。
『えっ?』
「なぁ、竜水・・・」
「あの曲は、今は、もうお前の曲なんだよ」
「初めは、葉月を思って」
「紅白の時は、被災された方々への思いも込めて」
「そして、このアレンジは・・・お前のために書いたものだ」
「だから・・・お前の歌を多くの人に聴かせてやってくれ」
「俺には、もう何のこだわりもないんだ」
「だから、お前の好きなように歌ってくれ」
竜水は、黙って楽譜に目をやり
『ガッツ・・・』と
少し、考えていた竜水であったが
『なぁ、ひとつだけ教えてくれ』
『笹山アナウンサーからの依頼を受けたのはどうしてなんだい?』
ガッツは、
「笹山アナウンサーは、俺達の仲間だろう」と
竜水は『そっか』と、もう一度楽譜に目をやった。
すると、楽譜の最後の余白に
「竜水・・・頑張れ」と、書かれてあった。
それに気づいた竜水は
『大切にするよ、お前が作ってくれた曲』
そう言って、竜水は楽譜を強く握りしめた。
その様子を見守っていた仲間達は、
「楽しみがまたひとつ増えたね」と、皆、笑顔で
「竜水」
「竜水、頑張れよ!」
「竜水さん・・・ファイト!」
と、それぞれにエールを送ったのだった。
ヒロ (水曜日, 06 1月 2016 20:30)
それから、数日が経ったある日、都内某所の音楽スタジオ
ミュージックステーションで、竜水のバックバンドを務めるメンバーが集められていた。
ピアノに竹任谷正貴氏、バイオリンには博士太郎氏、アコギには坂崎幸之介氏、ベースには元ツイストの鮫島秀喜氏と、錚々たるメンバーが揃っていた。
全員が、楽譜に一度だけ目を通すと
「ほ~、楽しみだな」と
竹任谷の「じゃ、やろうか」の言葉で、竹任谷がピアノを奏でた。
そこに、博士のバイオリン、坂崎のアコギ、鮫島のベースが重なり合って
ガッツが書いたアレンジは、見事なまでに竜水の歌を包み込んでいた。
竜水は、竹任谷達が奏でる音に合わせて、気持ちを込めて唄った。
最高のミュージシャン達が集められ、たった一度譜面に目を通しただけで、直ぐに奏でられた、ガッツの曲
音合わせに同席していて、それを聴いた百合は、
「歌って、すごいんですね・・・、ガッツさん」
と、涙でいっぱいになっていた。
竹任谷は、音楽プロデューサー、アレンジャーでもある。
その竹任谷が、演奏を終えてこう言ったのだった。
「このアレンジは、誰が?」
竜水は
「僕の大切な仲間です」と
竹任谷は
「笹山さん、このアレンジ・・・聴いてもらった通りの出来栄えです」
百合は、大きく「はい」と、満面の笑みを浮かべた。
集められたミュージシャン達は、一同に
「こいつは、天才だよ」と
竹任谷が、竜水に向かってこう言った。
「私は、若いころから竜水さんの曲に、少なからず影響を受けて音楽活動を続けてきたんです」
「最高の演奏をしますから、任せてください」
と、言って楽譜をあらためて見たのだった。
ヒロ (水曜日, 06 1月 2016 20:33)
一週間後、ミュージックステーションの放送の日
朝、竜水は「ガッツ・・・行ってくる」
と、竜水は笑顔で、そしてガッツも「あぁ、竜水」と
その時のガッツは、何か言いたそうな表情であったが、それを飲み込んでしまったようだった。
それに気付いた葉月が
「どうしたの?ガッツ・・・何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「さっき、新聞を見て、何か叫んでいたみたいだけど・・・」
実は、その時の葉月は、ガッツが叫んでいた理由を知っていたのだった。
ガッツは「あ、いや・・・何でもない」
『今からでも、遅くないんじゃない! 一緒に行って、ギター弾いてきたら』
葉月はそう言って、ガッツの背中を押そうとしたが、ガッツは、石になっていた。
竜水は、皆に見送られテレ夜第一スタジオに向かった。
その日の放送は、2時間の生放送特番だった。
仲間達は、全員TVの前で竜水を見守っていた。
ガッツも、一緒に
放送が始まって、その日の出演者が順に登場してきた。
「お~竜水ーーー!」
マコトは、両手を口にあわせ「ホー、ホー」と、ふくろうの鳴き声を吹き、
仲間達は、TVの前で子どものようにはしゃいでいた。
竜水の隣には、森多可千里さんが座った。
ガッツがポツリとつぶやいた。
「と・・・と・・・となりかよ・・・」
森多可千里さんは、ガッツが若かりし頃から憧れていた人だ。
そのつぶやきを聞きつけた葉月が
「だから、一緒に行けって言ったのに」と、ガッツを茶化した。
いよいよ竜水の番になった。
司会の森田は、多くを語らずに、竜水の曲を紹介した。
静かに竹任谷のピアノが流れた。
竜水の歌は、紅白の時とは、別の曲であるかのように思われた。
歌い上げた竜水は、マイクから離れて
「ガッツ・・・ありがとう」と、口を動かした。
仲間達は、しっかりとそれを見届けた。
そしてガッツに「最高だぜ!」と
ガッツは、照れくさそうに
「なっ! おれ、もう必要ないべ」と、笑ったのだった。
ただ・・・
間塚の隣にいた真子だけは、そんなガッツの最近の一言一句が気になって仕方がなかった。
「ガッツさん・・・あなたは仲間達にとって、とても必要な存在なのですよ」
と、心の中でささやいたのだった。
ヒロ (水曜日, 06 1月 2016 20:48)
放送の翌日
間塚のところに1本の電話が入った。
それは、テレ夜の大下副社長からだった。
大下は、間塚がテレ夜の副社長時代に、間塚の右腕として働いてくれた、間塚が一番信頼をよせていた部下だった。
「間塚さん、ご無沙汰しております、テレ夜の大下です」
『お~、大下か。久しぶりだな』
「昨日のミュージックステーションは、ご覧になっていただけましたでしょうか」
『あぁ、もちろん観させてもらったよ』
「間塚さん、奥幡竜水さんの出演の件、ありがとうございました」
『はっ? ・・・どうして私に礼を言うんだい?』
大下は、笹山の上司から報告を受けていたのだった。
「ガッツさん・・・うちの笹山のために」
「それと、間塚さんが育ててきたテレ夜のためにと、おっしゃってくれたんです」
「それからガッツさん・・・もし、うちの笹山がオファーを断られたとしても、間塚さんが育ててきた部下たちが、責めるようなことはしないとまで、言ってくれていたようなんです」
「身の引き締まる思いです」
と、受話器の向こうで恐縮していた。
間塚は、初めてそれを聞かされて
『そうだったのかぁ・・・ガッツ』
「間塚さんが、お仲間さんたちと一緒に暮らしていらっしゃる理由が、少しだけ理解できたような気がします」
『そっか・・・、なぁ、大下、仲間って大切だよな』
「はい」
『大下も、いい部下を持って幸せだな、これからも部下を大切に育てていってくれ』
「はい、間塚さん」
間塚は受話器を置いて
『ありがとな、ガッツ』と、言いつつも
『そうだ・・・今日は、ガッツが俺の部屋に泊まる日だった』
『また、ガッツの寝相と闘う日なんだっけな』
と、間塚は苦笑いしたのであった。
ヒロ (水曜日, 06 1月 2016 20:50)
同じころ・・・百合は、母親に電話していた。
「ねぇ、お母さん・・・」
と、前に電話した時には話せなかった竜水の出演のことを、全て話したのだった。
明るい声の百合に母は
「良かったね、百合」
「あなたの想いが、ガッツさんに伝わったのね」
「これからも、変わらずに・・・ガッツさんの期待を裏切ることがないようにね」
『お母さんったら、もう』
二人は、明るく会話した。そして母は
「ねぇ、百合・・・久しぶりね、あなたがこんなふうに明るく電話してきたの」
『・・・うん』
『お母さん・・・いつも心配ばかりかけてごめんなさい』
「それは違うのよ、百合」
「親は、いくつになっても子どものことが心配なのよ」
「だからね、いいのよ、気負わなくて」
『お母さん・・・』
と、結局のところは涙になってしまった百合に
「こらこら、さっき明るく電話してきてって言ったばかりじゃないの」
『う、うん』
と、さらに、涙がこぼれてきた百合だった。
受話器を置いた百合は
「ガッツさん・・・わたし、頑張ります」
「ずっと、見守っていてください」
と、化粧台の上に置かれた竜水と竹任谷たちと一緒に撮った写真を見つめ
「ガッツさんは写ってないけど、ガッツさんの魂は、ここにあるんですよね」
と、微笑んだのだった。
ヒロ (木曜日, 07 1月 2016 12:48)
竜水のTV出演も無事に終わり、少し落ち着いた頃
その日は、風が少し冷たい日だった。
ガッツは、いつもと同じように散歩に出かけようとしていた。すると、間塚が
「なぁ、ガッツ・・・鍵を持って行ってくれないか」
「今日は、みんなそれぞれに用事があって、出かけるみたいなんだ」
「ガッツが散歩から戻った時に、誰もいないと困るだろうから」と
実はその日、仲間達は全員で旅行代理店に行き、北海道旅行を決めてくる日だったのである。
ガッツは「はいよ」と、鍵を受け取って散歩に出かけていった。
葉月は、出かけていくガッツの背中を見つめ
「ガッツ・・・ごめんね」と
だが、隣にいたモンは
「仕方ないじゃん、だって、飛行機に乗れないんだから、ねっ、葉月。気にしない気にしない」と
「でもさ・・・」
『なぁに?葉月』
「こんな寒い日なのに、よく散歩に出かける気になるね、ガッツ」
『・・・知らないよ、ガッツがなんでそんなに散歩が好きかなんてさ』
その時の葉月とモンは、いや、仲間達も
ガッツが毎日、趣味の散歩に出かけているのだと、信じて疑うことはなかったのである。
誰も、ガッツの毎日の行動を知る者はいなかった。
ヒロ (木曜日, 07 1月 2016 19:46)
ガッツが出かけてから間もなく、仲間達はバスと電車を乗り継いで、街に出かけて行った。
大手の旅行代理店「近畿三本ツーリスト」についた仲間達は、待合所の椅子に座って、順番が来るのを楽しそうに待っていた。
『お次の方、どうぞ~』
と、可愛らしい店員さんが、仲間達の方を向いて声をかけてきた。
「ここは私が!元、フードファイ・・・」
「いや、違う! 元、ツアーコーディネーターの私が」
と、昔取ったキネヅカで!とでも言いたそうにモンが、先頭に座った。
そして
「あのぉ、ほ、北海道お願いします」
「ラベンダー、美瑛・・・以上です」
仲間達は一同に、こう思った。
「・・・それなら、誰が先頭に座っても良かったんじゃね?」と
店員さんは、明るい笑顔で
『皆さん方で、行かれるのですか?』
『人数は・・・ひー、ふー、みー・・・9人でよろしいですか?』
その時のモンは、ラベンダー! 美瑛!を言ったことで、御役目御免状態
パンフレットを楽しそうに見ていて、店員さんの声は届いていないようだった。
慌てて葉月が
「・・・あ・・・は、はい9人です」と
その時の葉月は
「9人なんだよね・・・やっぱり一人足らない」と、思った。
『お見受けするところ、同級生の方たちですか?』
『仲良しグループの皆さんで行かれる楽しい旅になりますね』
「・・・そ、そうですね。仲良しグループのみんなで行くんです、・・・みんなで」
と、どうしてもガッツがいないことにためらいながらの、受け答えになってしまう葉月であった。
『美瑛のラベンダーでしたら、やっぱり6月の中旬ごろが一番お勧めになります』
「そうですよね、わたし、少し美瑛に住んでいたことがあるんですけど・・・」
『そうでしたか。とても綺麗ですよね、一面にひろがるラベンダー畑』
「泊まりは、美瑛でなくてもいいのですが・・・どこか近くで」
『それでしたら、星野リゾート・トマムなんか、どうでしょうか』
『宿泊は、ザ・タワー、35階建で、その見晴らしは最高ですよ』
『あっ、教会もあるんです。そこでの結婚式も人気なんです』
仲間達は一同に、そこでいいんじゃないのという表情で葉月に視線をおくっていた。
「じゃぁ、そこで」
と、案外すんなりと、決まったのであった。
葉月は
「教会かぁ・・・いいなっ!」と、渡されたパンフレットを食い入るように見ていた。
ヒロ (木曜日, 07 1月 2016 19:48)
申し込みを済ませた仲間達は、店を出た。
「ねっ! 私に任せて正解だったでしょ!」
と、北海道旅行が無事に決まったことに、ご満悦なモンであった。
「・・・えっ? あっ、うん、そうだな」と、仲間達は、とりあえずは、ほっと一安心という感じだった。
大通りの大きな交差点で信号を待っていると、モンが
「ねぇ・・・何か美味しいもの食べて行こうよ!」
「せっかく街に出てきたんだし・・・ほら、宝くじのグループ買いのメンバーが全員揃っているんだしさ」
と、既にいくつかの食べ物が頭の中で思い浮かんでいるらしく、とても嬉しそうな表情で仲間達を、モンの世界に引きずり込もうとしていた。
葉月が
『でも、ガッツが・・・』
モンは
「大丈夫よ、子どもじゃないんだし、自分でなんとかするでしょ!」と
『え~・・・』
モンの半分強引な勧誘で、仲間達は食事をして帰ることにしたのだった。
仲間達は、天から授かった幸運で得たお金で、豪華な食事を思う存分にいただいた。
食事を済ませた後、モンが
「ねぇ、唄いたくない? カラオケ行こうよ」と
意見は半々であったが、そこはまたモンが押し切った。
仲間達は、久しぶりのカラオケに、時間を忘れて、なつメロにマイクを奪い合うように皆が唄った。
その日ばかりは、仲間達のご褒美の日となったのだった。
ヒロ (木曜日, 07 1月 2016 19:52)
仲間達が、豪華な食事とその後のカラオケでご褒美を満喫していた頃
ガッツは、丘の上の小さな家55に一人でいた。
「誰も帰ってこないなぁ・・・あ、途中、みんな一緒になったのかな?」
「だとしたら、きっと食事でもしているんだろうな」
「いや、でもなぁ・・・」
「どーーーれ!」
と、一度は、皆の食事を、どうにかこうにか作ってみようと考えたガッツであったが
「俺・・・おかず・・・一品しか作れないんだった」と、苦笑い
「でもな、横文字の料理だぜ!」と
あたかも、そこに誰かがいるかのように
「横文字の料理って?」
「お~、聞きたいかい?」
「スクランブル・エッグだよ!」と、一人漫才で、一人の時間を、意外と楽しく過ごしていた。
結局のところは、梅子が炊いていってくれたご飯に、ガッツ卵をかけただけのご飯をいただいて、後片付けも済ませたガッツであった。
皆がいないことで、人目を気にすることなく自由に過ごせたガッツは
「今日は、チャンスだな」
と、おもむろに新聞紙が積まれているところに行って、なにやら探し物を始めた。
「う~ん、なかなか無いもんだな」
「・・・おっ、これでいいかな」
と、裏が真っ白な広告を手に取って、嬉しそうな表情を浮かべた。
そして、食堂に戻って、その裏が真っ白な広告に手紙を書き始めたのである。
お金がないガッツにとっては、紙質のいい広告は、最高の便箋になった。
「拝啓・・・」
漢字の苦手なガッツは、国語辞典を見ながら、必死に手紙を書いた。
アブラムシを自覚しているガッツは、皆に迷惑をかけまいと、部屋の暖房も使わずに、寒い食堂で、かじかむ手に息を吹きかけながら、手紙を書き続けた。
ふと時計を見ると、もう次の日になっていた。
「みんな、楽しんでるんだね」と、ガッツは笑みを浮かべた。
ガッツは、書いては消し、そしてまた書いては消し、と
なかなか、自分の思いを手紙にすることが出来なかった。
それは、その手紙に託す想いが、ガッツにとって、とても重要なことであり
だけど・・・
その手紙を受け取る者にとっては、重荷になってしまうかもしれない内容の手紙であったからだ。
ガッツは、言葉を選んで、でも、強い想いを手紙に託した。
ようやく手紙を書き終えることが出来たガッツは、
「頼みます。どうか、願いが届きますように」
「この願いさえ叶ってくれたら・・・」
と、広告の裏に書いた手紙を、両手で大切そうに持ち、自分の額にあてて祈るように目を閉じた。
ガッツの体力は、昼間していたことで、そのほとんどが既に奪われていた。
当然のように疲れきったガッツを睡魔が襲った。
ガッツは、仲間達を笑顔で迎えたいと思っていた。
だが、ガッツの体力がそれを許さなかった。
いつのまにか食堂のテーブルで眠ってしまったのだった。
ヒロ (木曜日, 07 1月 2016 19:54)
『ガッツ・・・ガッツ・・・起きて』
葉月の声にようやく目をさましたガッツは
「あっ、俺・・・ごめんなさい」
「みんなを迎えてあげたいと待っていたんだけど・・・眠っちゃったよ」と
『ばかねぇ、寒かったでしょうよ、暖房もつけないで』と葉月の言葉にガッツは
「あっ、いや・・・」と
するとモンが
「普通、迎える気持ちがあったら、部屋を暖かくしておくでしょ!」
と、冷たく言ったのだった。
「ご、ごめん・・・モン」
その時の葉月は
『え~、モン、どうして、そんな言い方するの・・・』
葉月がモンをみると、すでにモンは背中を向けて、自分の部屋の方に歩き出していた。
『ガッツ・・・気にしないでね』
「あっ、でも、モンの言う通りだよ」
「ごめん、葉月・・・みんな、ごめん」と
間塚が
「いやぁ、途中、偶然にみんな一緒になってさ・・・つい、遅くなっちゃって」
「遅いから、みんな休もうぜ」と、仲間達は各自の部屋へと戻っていった。
間塚と真子が、二人の部屋に戻ってくると
「あなた・・・」
『うん? どうした真子』
「ガッツさんに、正直に話をされた方がいいんじゃないですか?」
「ガッツさんは、私たちが北海道に行くことを知っているのですし・・・」
『・・・そうだな・・・すまん真子。次の機会には、ガッツにちゃんと留守番を頼んで行動することにしよう』と、少し反省した様子で言ったのだった。
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 06:44)
その日は、成人の日・祝日だった。
朝食の時に、アンが
「今日は、成人の日なのよね」
「私達の成人式・・・覚えてる?」と
そんな一言から、その騒動は始まったのだった。
「ねぇ、成人式の時の写真、見せっこしようよ!」
アンのその言葉に、女の子たちは「うん」と、なかなかの反応だった。
「じゃぁ、朝食が済んだら、みんな写真を持って集合!」
男の子たちは、「なんか面白そうなことが始まりそうだな!」
と、耳をダンボにして聞いていた。
女の子たちは、各自の部屋に戻り、部屋の奥の方にしまい込んである晴れ着姿の写真を探した。
「あったぁ!」
しばし、眺めていた葉月は
「男子に見せて、自慢しちゃおう」と
「はいはい、ここにありますよ・・・ほらね、あった」
「う~ん、可愛い可愛い、ピッチピチ!」と、モン
「確かここに・・・」
「ほら、あった」
「そうだ、そう言えば・・・」
「せっかくだから“へそくり”も確かめておこうかな・・・」
「・・・・・・」
「・・・えっ?・・・ない、・・・ないよ!」
それは文子だった。
文子は血相を変えて、食堂に走りこんできた。
「待ってたよ、文子」
「写真、持ってきた?」
と、アンの言葉に文子は
「ねぇ・・・わたしの部屋に泥棒が入った!」
『はぁ?・・・ 泥棒?』
「うん、“へそくり”をしまっておいたの、写真と一緒に」
「それが、ないの! なくなってるの!」
「誰? 誰が私の部屋に入ったの? どうして、そんなことするのよ!」
と、文子は大声を出した。
その時は、女の子たちの晴れ着姿のお披露目会を期待して、全員が食堂に集まっていた。
散歩に出かけたガッツを除いて。
「ねぇ、信じられない!」
「たいした金額じゃないけど・・・それでも盗むなんてあり得ない」
と、文子は、まだ怒りがおさまらない様子で息巻いていた。
間塚が
『なぁ、文子・・・まずは落ち着けよ』
『なにか、勘違いしてるとかないのか?』
すると、その間塚の言葉に
「えっ? なに? 私を疑うの?」
『いや、そういう訳じゃないけど・・・』
文子の次の言葉で、仲間達は黙ってしまうのである。
「わたし、家を空けたのは、こないだの旅行会社に行った日だけよ」
「その時は・・・」
「疑いたくはないけど、一人でこの家にいた人がいるでしょ」
「人を疑うなんてしたくはないけどさ・・・」
「ねぇ、他の人も何か無くなっていない? 確認してみたほうがいいわよ」と
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 12:40)
文子のような言い方をされると、意外と人は弱い生き物である。
「・・・え? そうなの?」
と、みんな自分の部屋に走っていった。
間塚も
「まぁ、一日限定デートの日に、全員、家を空けたときもあったからな・・・空き巣に入られたか?」
と、後を追った。
だが、葉月と真子は、その場に残っていた。
「葉月は、行かないの?」と、文子の問いかけに
『・・・うん、行かないよ!』
「なんで? 確認した方がいいわよ!」
『仲間を疑うようなことしたくないの』
「へぇ~、葉月って、お人よしなのね」
「真子さんは?」
『主人がいきましたから・・・』
『それに・・・一緒に暮らす人を疑って暮らすぐらいなら、私は、この家を出ます』と
葉月も真子も男前な性格だった。
葉月は、気をつかった言い方で文子に
『ねぇ、文子・・・お願い。もう一度だけ、よく探してみて』
『何か勘違いで、実は、別の場所にあった! な~んてことならいいなぁ』
と、葉月は一生懸命に笑顔を作った。
ふに落ちない文子であったが、間違いなく盗まれたと言い切るために
「うん、分かったわ」と、部屋に戻っていった。
仲間達が、一人ずつ食堂に戻ってきて
「大丈夫。何もなくなってなかった」
と、皆、安堵の表情を浮かべた。
モンも戻ってきた。
「私も、大丈夫でしたぁ」と、モンは硬い表情のまま、椅子に座ったのだった。
そして葉月に
「葉月はどうだったの? 大丈夫だった?」
『・・・・・』
「ねぇ、葉月ぃ、どうたったの? えっ? まさか・・・」
『・・・私は、確認しに行ってないから!!!』
と、私は不機嫌だから!と、露骨に分かる言い方で、モンに返事したのだった。
「え~、なに? なんで機嫌悪いの?」
葉月は、黙ったまま・・・モンの問いかけを無視した。
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 17:19)
それでも・・・
こんな時は、黙っていても、なんの解決にもならないと考えた葉月は
「ねぇ、モン・・・」
「あなた、もしかして、ガッツが盗んだのかもしれないって思ってるの?」
『・・・いや、・・・わたしは・・・』
「そうね、確かにガッツが一人でいたわよね。私たちだけで豪遊していた時にさ」
「だからと言って、ガッツを直ぐに疑うの?」
「もしさ、あなたがガッツの立場だったら、どう?」
「それって悲しくない?」
『・・・もちろん悲しいわよ』
『私のこと疑う人なんて・・・うん、・・・仲間なんて思えない!』
「・・・そう・・・なら、ガッツがモンや・・・」
その時の葉月は、周りにいる他の面々の顔もみて
「ガッツを少しでも疑った人がいるんだとすれば、ガッツに仲間じゃないって思われても仕方ないと思ってるのね?」
モンは、黙って下をむいたまま返事が出来なかった。
いや、部屋に血相を変えて飛んでいった者全てが、返事が出来なかった。
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 17:24)
するとマコトが
「俺・・・文子の部屋に行って、一緒に探してくるわ」
と、我にかえったかのように走っていった。
俺も、私もと、結局は皆、文子のところへ
「文子・・・入るぞ」と、マコトが声をかけたが、文子の部屋からは返事はなかった。
「文子・・・」
すると、文子が青白い顔をして部屋から出てきた。
「わたし・・・」
「ごめんなさい、葉月に言われて、もう一度冷静に探してみたら・・・」
と、千円札一枚をマコトに見せた。
「あぁ、良かったな、文子」
その光景を、皆が見守っていた。
「葉月・・・」
『うん? なに? モン・・・』
「わたし・・・」
すると葉月は、何事もなかったかのように
『さぁてと、私の晴れ着姿を、見たい奴はいるかぁ?』
『めちゃくちゃ、可愛いんだから! ハタチの葉月ちゃんに恋したい奴はいないかぁ?』と
ワンテンポだけ遅れてマコトが
「俺、見たい!」
「俺も」
「俺、恋しちゃうかも」と、男の子達が手を挙げた。
『なによ~、私だってみんなに自慢しちゃうからね!』
と、アンも葉月の気づかいに乗ってきた。
「戻ろう! 食堂に」
「モン・・・文子も行くよ!」と
葉月の優しさにふれモンは
「わたし・・・ごめんなさい」
そう言って、廊下にお嬢さん座りで泣き出してしまった。
この歳になって女の子が、お嬢さん座りで泣き出すと、結構やっかいなものがある。
すると葉月は、モンの晴れ着姿の写真をモンから奪って
「わお~・・・ピッチピチーーー!」
そしてモンに向かって
「さぁ、仲間達の成人式晴れ着姿お披露目会、始めるよ、モン」
「仲間達のね!」
と、言ってマコトと並んで歩きだし
「見る? マコト」
「ねぇ、モン、ピッチピチ、ムッチムッチだよ、ほらっ!」
『お、お~~~ マジか、やべっ! 可愛いじゃん』
『それに・・・やせ・・・』
『こらぁ、葉月ーーー!マコトーーー!』
と、ようやくいつものモンに戻って、葉月を追いかけてきた。
「行こう、モン」
『葉月・・・うん、・・・ゴメン』
「いいから!」
『ありがとう・・・葉月』
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 20:33)
女の子たちの晴れ着姿お披露目会が始まった。
どうやら、まずは、女の子たちが確認しあってから、男の子たちに見せるか、見せないか考えるということになったらしく・・・
男の子たちは、おとなしく指をくわえて待っていた。まるでモンチッチのように。
意外と、男の子たちも可愛いところがあるのだ。
「え~、やだぁ・・・うそぉ~・・・わお~・・・キャー!」
そんな悲鳴なのか、驚きなのか、感激なのか分からない女の子たちの声を聴かされるたびに男の子たちは
「・・・・・はやく・・・・・見せてよ・・・・・お願いだから」
と、高鳴る期待に胸がバクバクしていた。
「見たい?」
アンがいたずらっ子の表情で、男の子たちを挑発してきた。
『もちろん!』
「あぁ・・・でも、ただっていう訳にもいかないわ」
『え~』
アンは女の子たちに「ねぇー、高いわよね!私たちの写真」
「もっちろん!」
やむを得ずマコトは
「お嬢様たち、我々は何でもいたします」
「どうか、お嬢様たちの若かりし頃のお写真を、拝ませてください」と
アンの右目が“キラリ”と光った。
「のってきたわね」と心の中でつぶやいてアンは
「そうねぇ・・・じゃぁ、なにか、モノマネでもしてもらおうかな!」と
こんな時の男の子は、なりふり構わず何でもするのである。
男のプライド? そんなもの“へ”でもないのだ。
「俺たちは、あなた達を求めています」それが、女の子たちに対する礼儀なのだ。
いくつになっても、ここの男の子たちは“肉食系”なのだ。
肉食系を、色物と考えてはいけない。
肉食系とは、女の子たちに対する“礼儀”を知る者のことを言うのだ。
そして、男の子たちのモノマネショーが始まった。
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 20:35)
「1番、マコト」
「フクロウの鳴きマネをやります!」
と、両手を口にあて「ホー、ホー」と
審査委員長のアンは
「はい、だめーーー! つぎの方どうぞ!」
その瞬間に男の子たちは
「やっべぇぞ、ハードルたけーよ!」と気を引き締めた。
「2番、アイト」
「沢田研二で、勝手にしやがれ歌います」
「♪壁際に寝返りうって背中で・・・」
『はい、だめーーー! ジュリーは、そんなにシコってないから!』
「3番、間塚久司」
「セイウチやります」
「うぅ、うぅ、 ごろごろごろごろ・・・」
『はい、だめーーー!』
女の子たちも、男の子たちも、皆、大うけなのである。
それでも、合格を出さないアン
「えーー、18番、マコト・・・なんだっけ、19番だっけ?アイト・・・20番、間塚・・・」
と、延々とモノマネショーは続いた。
仲間達は、男の子たちのくだらない芸に、抱腹絶倒
仲間達は、皆、分かっていた。
ほんのわずかでも、ガッツを疑ってしまったことで、壊れかけた仲間達の絆
バカになって、修復しているのだと。
仲間達に言葉はいらなかった。
ただ、一緒に笑って、そばにいてくれれば。
ヒロ (金曜日, 08 1月 2016 20:45)
「25番、マコト」
「ガッツの真似をします。」
どうやら、学生時代に授業中居眠りしているガッツを一番後ろの席に座るマコトが吹き矢で起こすシーンを演じているようだった。
「痛っ!」
『はい、マコト おめでとう! 私のだけ見せてあげるよ!』
「ま、ま、まじか、やったー!!! と、大はしゃぎ」
「おーー、お~~~、やっべ超可愛いし」
すると、他の女の子たちは、どこか変なライバル心のスイッチが押されてしまったのであろう。
「なんか、アン・・ずるい! マコト、私のも見て!」
「私のも見てよ! ほらっ! ねぇ~マコト見てぇぇぇ~」と
仲間達の笑い声が、ずっと続いていた。
と、葉月の隣にいた文子が
「ごめんなさい、葉月・・・」
『うん? いいのよ、文子』
「私ね・・・ガッツに、なんか変なやきもちみたいな感情が・・・」
『うん、分かってる』
「えっ?」
『マコトが、私に言ってたの』
「なんて?」
『ガッツとマコトは一番に仲がいいでしょ』
『だから、お泊りも、自然とマコトの部屋に泊まる回数が多くなってて』
『それで、文子との“あやとり”の時間が少なくなってて・・・申し訳ないって』
「えっ・・・・マコトが?」
「そうだったの・・・」
と、こらえきれずに涙を流す文子
『文子・・・いまは、泣いちゃだめ』
『みんなを見てごらんよ』
『みんな、おんなじ気持ちなの』
『きっと、みんな色々な思いがあるんだと思うよ、色々な苦労も・・・』
『みんな支え合って、助け合って暮らしているんだもの』
『文子も、それを望んでここに一緒に暮らしているんでしょ?』
『ねっ、文子』
『今のこの時間って、私たちにとって、宝物でしょ』
「・・・うん、・・・ありがとう葉月」
『さってと・・・』
『ねぇ~、私の写真も見てよーーー!マコト』
『文子は? ほらっ! マコトに見せてあげたいんじゃないの?』
苦虫を噛み潰したような表情のアイトや間塚の前で、女の子たちに、もみくちゃにされるマコト
「ほら、アイトらも頑張れや!」
と、逆なでするマコト
それから、1時間近くも、チャレンジを繰り返すアイトたち
ようやく、アンのお許しをいただいたころには、もう昼食の時間になっていた。
葉月が
「ねぇ・・・ガッツにも見せてあげようね!」と
仲間達は
「あいつ・・・腰抜かすかもな! みんな可愛くて」
女の子たちは
「うん、あるある」と
そんな仲間達の成人の日であった。
ヒロ (土曜日, 09 1月 2016 07:45)
3月3日 雛祭り
節分の豆まきを終えた仲間達は、その後、直ぐに雛人形を飾った。
「え~・・・お内裏様は向かって右よ!」
「左だって」
「え~、右!」
確かに・・・京都のお雛様は、関東の並べ方と左右違うのだが、この仲間達に京都に住んだことのある者はいない。
男子たちからすれば、どっちでもいいんじゃねー!と思えた。
じれったくなったマコトは
「なぁ・・・もう何回も飾ってるんだし、書いておかなかったのかよ」と
すぐさま
『男子は黙ってて!』
「・・・は・・・い」
どうやら、この行事は、女子にとって、とても大切であり
しかも、みんなで飾りつけをすることに意義があるらしい。
だが、マコトは、懲りなかった。ただ、小声で言ったのだった。小声で
「なぁ、雛人形って、女の子がいる家で飾るんだよなぁ・・・」
すると、その小声で言ったマコトの言葉を聞きつけたモンが近寄ってきて
『なにか、文句でも?』
「・・・い・・えっ・・・ありません」と
結局のところは、治まりがついた雛人形並べ
マコトが「ボケ防止にいいかもな!」
アイトは「去年と逆だけど」と、ぽつりとつぶやいた。
そんな、大騒ぎで並べられた雛人形も、今日が主役の日
女子たちを祝う雛祭りの日になった。
『雛餅でしょう・・・雛あられでしょう・・・』
と、モンが雛人形の前に食べ物を山盛りに並べた。
葉月が、ぽつりとつぶやいた。
「ねぇ~え、どうして、5月5日は休日なのに、女の子の雛祭りは、休日じゃないの?不公平だよね」と
そんな疑問にお答えするのが、元高校教師のアイトの役目
待ってましたと、語りだした。
「それはな、葉月・・・
≪あまりにも長いので割愛≫
・・・ということで、5月5日がお休みなのは、その日が男の子の節句の日だからじゃなくて、法律で定められた“こどもの日”だからなのさ」
「その子どもには、もちろん女の子も男の子も両方とも対象になるんだよ」
「まぁ、あとは、どこかで、調べてくれ!」
・・・って、今の長い長い説明で十分だしと、思った仲間達であった。
だが、追い打ちをかけるように
「雛人形の片付けが遅くなると、結婚できない、婚期が遅れるって言われてるのよね」
『うん、私も聞いたことある。でもなんでだろうね?』
さぁ再び、アイトの説明師としてのスイッチのボタンが押された。
が、その時だった。
「アイト・・・後で説明聞くからね! 早く雛餅食べよ!」
『・・・・・・・』
どんな時でも、仲間達は、行事を大切にし、それを一緒に祝ったのであった。
ヒロ (土曜日, 09 1月 2016 07:49)
3月13日
実は・・・
この日を境に、物語は大きく動きはじめる。
そう、この日を境にして。
大きく動くことで、物語は、いよいよ・・・本当の結末に向かうのである。
長いこと、語られてきた仲間達の生き様も、もう、残すところ、あとわずかになってきた。
もう少し、ほんの少しだけ、仲間達を見守ってあげてほしい。
願わくば・・・幸せな結末となりますように。と
願わくば・・・
その日は、モンの誕生日
一日遅れで葉月との合同誕生会の日だった。
ガッツが、いつものように散歩に出かけようとしていると、真子が声をかけてきた。
「ガッツさん・・・今日は、葉月さんとモンさんの誕生会ですね」
『あ、そうだったですよね』
「皆さん、お二人へのプレゼントを買いに出かけるそうです、主人がそう言っていました」
『そうなんですか・・・』
『でも、自分は・・・』
「あっ、誤解なさらないでくださいね。わたし、決して変な意味で言ってるんじゃないんです」
そのことは、真子の優しそうな目で、ガッツには十分に伝わっていた。
「ねぇ、ガッツさん・・・」
「私とデートした時のこと、覚えていますか?」
『あ、もちろんです・・・すごく楽しかったです。観覧車にも乗せていただいて』
「ほんとに? 嬉しいですガッツさん」
少し、間をおいて真子は
「あのぉ・・・もしよかったら、今日、私とデートしていただけませんか?」
『えっ?今日・・・ですか』
『あっ、でも・・・今日は・・・』
真子は、ガッツがそう返事することはもちろん覚悟していた。だが、
「ガッツさん・・・わたし・・・今日がいいんです。今日、ガッツさんとデートがしたいんです」
「ガッツさん!」と
ガッツは、そんな思いつめたような、そして強引な真子に戸惑い、返事が出来なかった。
「どうして、僕と・・・」
ヒロ (土曜日, 09 1月 2016 21:46)
「ガッツさん・・・ごめんなさい」
「なんか、わたし・・・無理なこと言って」
『あっ、いや・・・無理なことっていうか・・・女の人からデートに誘われるなんて、生まれて初めてなので・・・』
ガッツは、次の言葉は、飲み込むしかなかった。
『本当は、毎日、散歩に出かけているのではなく・・・』
その次の言葉は、真子には言えなかった。
ガッツは、真子の屈託のない笑顔が大好きだった。
そして、間塚を支え、仲間達の暮らしを支えてくれる存在であると思っていた。
『真子さん・・・今日は、自分は、ちょっと用事があって・・・だからデートには・・・』
真子は、笑顔で
「はい、分かっています。」
「だから、ガッツさんの散歩の途中まで、私も一緒に歩いてもいいですか?途中まででいいですから」
『えっ? ・・・分かってる? 途中まで?』
ガッツは、真子の言葉に、驚きを隠せなかった。
もともと、真子にだけは、自分の言動が見透かされているようで
でも、自分のことを、いつも心配していてくれているんだと思っていた。
その時のガッツは、もう真子には隠せないのかもしれないと思った。
だからガッツは、
「真子さん・・・はい、一緒に行きましょう」と、真子と出かけることを受け入れたのだった。
ヒロ (日曜日, 10 1月 2016 19:32)
ガッツと一緒に出掛けることになった真子は、自分の部屋に戻って間塚に
「あなた、今日ガッツさんと出かけてきます」
「あのこと・・・話をしてきますね」
『そっか、よろしく頼むな、真子』
『真子になら、ガッツも本音を言ってくれると思うのだが・・・』
その日は、少し肌寒い日だった。
一緒に歩き始めた真子は、緊張している様子のガッツを和ませようと、とにかく会話した。
だが、何を話しても「あ・・・はい」と、「あ、ありがとうございます」
と、そんな受け答えしかしないガッツであった。
真子には、ひとつだけガッツに対して不満があった。
それは、ガッツは、何年経っても敬語であること。
「マコトやアイトは、私と“ため口”で話してくれるのに」と
真子がガッツを観察しているところによると、ガッツは、どんなに若い女性であっても、または、たとえそれが同窓生であっても、初めて話す人とは敬語である。
それはそれで、理解できるが・・・
もうひとつ言えるのは、その女性が、言葉は適切かどうか分からないが、いわゆる“おんなおんな”している女性とは、ずっと敬語なのだ。
男前な性格の真子には、それがすごく嫌だった。
だから、勇気をだして
「ガッツさん・・・お願いがあります」
「ガッツさんは、私とずっと敬語で話していますけど・・・それ・・・やめてくれませんか?」
「・・・っていうか・・・やめろ!ガッ・・・」
「ガッツ、お願い! な~んてね」
と、おどけて、でも、しっかりと思いを伝えた真子
『えっ?』
と、ちょっと驚いた様子のガッツであったが
『あ、・・・うん、分かった 真子さ・・・』
「真子!」
『・・・あ、うん・・・真子・・さ・・・』
「真子!」
真子は、その時初めてガッツが自分に向けてくれた本当の笑顔をみた。
『わかったよ、真子』
「あんがとね、ガッツ」
ヒロ (月曜日, 11 1月 2016 08:03)
それからは、吹っ切れたように、普通に話せる二人になった。
真子は、取り留めもない話で、まずはガッツとの距離を縮めようと思った。
「ねぇ、ガッツ・・・ガッツの初恋って、いつ? どんな女の子だった?」
『初恋?』
『・・・笑うなよ! 俺は、幼稚園、保育園には行ってないんだ』
「あぁ・・・ それは、知ってるけど」
『・・・そっか。だって、真子の旦那は、「俺の初恋は幼稚園の時に・・・」って自慢していたからさ』
「なに、そんな事を気にしてるの?」
『・・・気にするよ。俺にとって、幼稚園、保育園にも行ってないことが、コン…? コン…?』
「コンプレックスなの?」
『うん、それ! あっ、養護施設にいたからだからな』と、ガッツは、妙にそのことにこだわってから
『で、なんだっけ? あ、初恋だ』
『それが、初恋っていうのか・・・たぶん、小学校1年か2年生の時かな』
『隣の席に座っていた、目のくりっとした女の子・・・多江ちゃん』
「へ~、その多江ちゃんっていう人・・・今はどうしてるの?」
『分かんない・・・高校まで一緒だったんだけど・・・卒業してからは、一度も会ってないよ』
「逢いたい?多江ちゃんに?」
『う~ん・・・逢いたいかな』
「逢えたら、なんて言うの?」
『・・・どうも…って』
「なにそれ?それだけ?」と、真子は笑った。
思いのほか、二人の話は弾んだのだ。
「ガッツって、こんな人だったんだ」と、もっと色々な事を話したいと思ったが、その時の真子には、ひとつ心配事があった。
「今日のデートは、ガッツの散歩の途中までっていう約束なのよね・・・早く聞かなきゃ、時間がないわ」と
だが・・・
二人が、天仁町交差点まで来たときだった。
ガッツは、真子が思っていたのとは違う方角に向かって歩き出した。
「えっ? ガッツ・・・方角が違うんじゃないの?・・・」
と、つい、口走ってしまった真子
すると、ガッツは
『今日は、いいんだ・・・真子』と
真子は、ガッツのその言葉で、
「私が、ガッツの毎日の行動に気づいているって・・・ガッツも分かっているのね」
そう思った真子であった。
ヒロ (月曜日, 11 1月 2016 22:36)
その時の真子には、ガッツが昼間どこで何をしているかということよりも、どうしても今日中にガッツに伝えたいことがあったのだった。
二人は歩き続けた。
左手、奥の方に万手山公園の観覧車が見えてきた。真子は
「ねぇ、ガッツ・・・観覧車に乗ろうよ!」と
『あっ、・・・う、・・・うん』
と、おそらくは50円のチケット代を気にしていたかのような返事に
「いつも、素敵な歌を聴かせてもらっているお礼だから、ガッツ、気にしないでね」と
二人が、観覧車の前まで来ると、係のおばさんが
「あれぇ、ガッツさん・・・今日は、こないだの可愛いお嬢さんと一緒なんだね」と
ガッツは、慌てて
『お、おばさん・・・』と
実は、ガッツが気にしていたのは、チケット代もそうであるが、おばさんに声をかけられることも、気にしていたのだった。
「えっ? ガッツのお知り合いなの?」と、真子の問いかけに
『あれぇ、お嬢さん・・・ガッツさんは、以前、サービスで観覧車に乗せてもらった時のお礼だと言って、時々、お掃除の手伝いに来てくれているんだよぉ』
『彼女なのに、そんなことも知らないのかい?』
「おばさん!」と、ガッツは、それを隠そうとしたが
真子は
「彼女っていうのは・・・でも、そうだったのね」と、心の中で「ガッツらしいわね」と
『今日は、デートなんだろう?』
『なら、誰か他のお客さんが来るまで、好きなだけお乗りなさいよ、今日は、開店休業なんだよぉ』
と、係のおばさんは笑って、観覧車のドアを二人の為に開けたのだった。
ヒロ (月曜日, 11 1月 2016 22:38)
小さな観覧車ではあるが、丘の上の小さな家55も遠くに見える、ガッツにとって、いや、真子にとってもガッツとのデートの思い出の観覧車
真子が乗り込もうとしたときだった。
「あっ!」
と、動く観覧車にバランスを崩し、慌ててガッツの手を握った真子
「ご、ごめん・・・ガッツ、ありがとう」
握り合った手を、離さずに、真子を観覧車に座らせてから
『あっ、いえ・・・大丈夫ですか?』と
その時のガッツは、何故か敬語に戻ってしまっていた。
「はっ? なんで、また敬語に戻るの?」と
『・・・・・・ごめん、真子』
「おぉ、また戻った、良かった」
だが、そのちょっとした出来事が、この先の真子を積極的させたのだった。
ヒロ (火曜日, 12 1月 2016 12:37)
廻る観覧車
向かい合う狭い空間で、ひざが触れあう二人きりの世界
ハプニングで手を握り合ってしまった二人は
「照れるね」と
そして、真子は意を決したように
「ねぇ、ガッツ・・・」と
それが、旦那の親友であろうが、あるいは、仲良しの同級生であったとしても・・・
そこは、やはり男の子と女の子である。
身近に思い浮かぶ人と二人で観覧車に乗り、デートしていることを想像してみてほしい。
確かに、それは名目上のデートかもしれない。
だが・・・
「え~、あの人とそんな雰囲気になる訳ないよ」
と、絶対の自信をもって言えるだろうか。
「え~、でも、あの人だったら・・・もし、求められたらなぁ・・・」
「いや、そんな時って、意外と女の子の方が・・・」
しばしの時間・・・想像してみてほしい。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 01:27)
まだ、想像が足りていないように思われる。
真子は、いま、大きな岐路に立ち、悩んでいるのであるから。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:10)
女の子と二人きりという慣れない空間におかれた時のガッツは、“おどける”という常套手段を使うのである。
「なんだべや? 真子っち」
間塚との約束を果たすのは、今がチャンス!
と、真剣に話そうと考えた真子であったが、ガッツのそんな態度に、気が楽になり
「ねぇ、ガッツ・・・」
「今日は、葉月とモンの誕生会だね」と明るく言った。
『あっ、うん、・・・そうだね、楽しみだね』
「ガッツ、もしかして、また曲を作ったりして・・・」
『ないよ』と、ガッツは、そして「そうだよね」と、真子も笑った。
すると、ガッツは何かに気が付いたように
『そっか・・・みんな、二人にプレゼントを買いに行くのに・・・だけど、俺にはないからか・・・』と
真子は、慌てた。
「ガッツ、そうじゃないの・・・ごめん、ごめん、そうじゃないのよ」と
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:13)
その時には、わずか5分程度の空中散歩が終わろうとしていた。
真子は、場所を替えて仕切り直しだと観覧車の外をみると
係のおばさんは、ベンチに座って知らん顔
二人は、二度目の空中散歩にでかけることになった。
「あのね、わたし・・・もう一度、あの曲が聞きたいの」
『あの曲って?』
「ほらぁ、ガッツが手を握ってもらった時の・・・」
『あの時の曲を? ・・・歌えないよ!』
「え~なんで?歌ってよ!」
するとガッツは、笑って
『真子・・・あの曲はクリスマスソングだよ・・・それを、この時期にまた歌えないよ!』と
「だってさぁ・・・ガッツの想いを込めた詩だったんでしょ?」
「それなのに、ガッツが想っている人に、ちゃんと伝わっていないかもしれないんだよ」
「だからさぁ・・・もう一度唄って、気持ちをちゃんと伝えなよ!」
真剣な顔で、一所懸命に唄うよう説得する真子にガッツは
『いいんだよ』と
真子は、諦めずに
「ガッツは、好きな人にどうなって欲しいと思ってるの?」
『・・・ずっと笑っていてほしい』
「じゃぁ、ガッツ自身はどうなの?」
『・・・・・・』
「ねぇ、ガッツ・・・」
「どうして? どうしてガッツはそうなのよ! もっと自分のことを大切にしたっていいんじゃないの?」
「ガッツのわからず屋!」
真子の口調は、厳しかった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:15)
真子は、観覧車の窓を開け
「おばさん、降ります、開けてください!」と
そして、先に降りた真子は、おばさんに向かって
「おばさん、ガッツは、今日もお掃除のお手伝いをして帰るそうです」
「わたしは、これで」
「ありがとうございました」と
そして、ガッツに
「もう、知らない!」
「ガッツのバカーッ!」
そう言って、真子は小走りに帰っていってしまった。
「喧嘩でもしたのかい?ガッツさん」
『いや、いいんで・・・』
ガッツが、そう言いかけようとした時だった。
「あぁーーーーーいた、痛い・・・」
と、頭を押さえてガッツが、その場に倒れてしまった。
「どうしたんだい? ガッツさん・・・ガッツさん・・・」
ガッツが返事をすることはなかった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:18)
丘の上の小さな家55に帰った真子は
「私には、無理です」
「もう、ガッツさんのことなんて知りません!」
そう間塚に愚痴った。
『そっか・・・』
『大変な思いをさせて、すまなかった』
間塚は、一日限定デートのあと真子から
「ガッツさんと手をつないだ人・・・違ったみたいですよ」
と、言われていたのであった。
間塚は、「for you…」が、モンのために作られた曲だと知っていたために
クリスマス会で葉月が
「ほらっ、行きなよ!」と、クラリオンをガッツの横に立たせたのをみて
『えっ? 葉月・・・違うんじゃないか?』と、思っていた。
それでも、何も言わないガッツに
『まぁ、ガッツのことだから・・・』
と、気にしないようにしていたのである。
だが、それからのモンが、ガッツに対して冷たくあたる様子をみていて
真子と『あの二人・・・なんとかしてやろうか』
そう、相談していたのであった。
そして、今日はモンの誕生日
この日こそ、モンの誤解を解くチャンスだと思って、真子にお願いしたのであった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:19)
夕方になって
『ねぇ、真子・・・ガッツは? 今日、一緒だったんでしょ?』
葉月が、帰ってこないガッツを心配して真子に尋ねた。
「知らない!」
「なんか、ガッツは用事があるって言うんで、私は、途中からひとりで帰ってきたので・・・」と
二人の誕生会の時間になったが、ガッツは帰ってこなかった。
「そのうち、帰ってくるだろうよ、始めようぜ!」
と、二人の誕生会が始まり、仲間達が用意したプレゼントも葉月とモンに渡された。
「ありがとう」
ガッツは、結局その日帰ってこなかった。
その時の真子は、
「知らないわよ! あんなわからず屋」
と、気にもしなかったのであった。
仲間達は、ガッツが万手山公園で倒れ、救急搬送されたことなど知る由もなかったのである。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:21)
次の日
それは、ほぼ同時だった。
ひとつは、丘の上の小さな家55の電話がなり
「科沼大学病院ですが・・・白川さんは、そちらにお住まいの方でよろしかったですよね。昨日、白川勝也さんが、救急搬送されてきました」
という病院からの知らせの電話を葉月が受けたこと。
そして、もうひとつは・・・
丘の上の小さな家55を訪ねてきた人がいたこと。
「科沼市立図書館の上澤です」
「こちらは、ガッツさんのお宅でよろしかったですか」と
訪問者は、上澤と名乗る優しそうな女性で、図書館の館長であった。
「ガッツさんはご在宅ですか?」
という館長の問いかけと、
「ねぇ・・・ガッツが昨日昼間に倒れて病院に運ばれたって」
と、葉月が震える声で、仲間達に知らせる声が、ほぼ同時だった。
その声が聞こえてしまった館長は
「えっ? ガッツさん・・・ それで昨日は来れなかったのね・・・」と
慌てる仲間達であったが、この館長は、何か事情を知っている人だと察し
「あ、いま、聞いてのとおりです」
「私達も、何がなんだか、よく分からないのですが・・・」
と、訪ねてきた理由を聞いたのだった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:23)
図書館長が、皆に語ったのは
これまで、ガッツが、ほぼ毎日のように図書館に通っていたこと。
昼食の時間になると、どんなに寒い日でも、図書館の外に出て、ベンチに座り、
ひとつのおにぎりを美味しそうに食べていたこと。
それを、見かねて中でどうぞと声をかけたことで、顔見知りとなり、今では、いろんなことを話してくれるようになったということ
館長は、続けた。
「ガッツさん・・・一緒に暮らす仲間達には、すごく迷惑をかけていて申し訳ない」
「いつか、ちゃんと恩返しがしたいんだっておっしゃっていました」
「そのために、図書館に通うのも、仲間達には、毎日、散歩してくると言って来ているんだとおっしゃっていました」
「それで、図書館で何をしているのかとお聞きしたのですが・・・」
「ガッツさん・・・竜水さんという方と、あとは皆さんのために、これまでガッツさんが作った曲のアレンジを、最初から作り直しているんだと・・・」
「これが、出来上がったら、竜水さんに“新生竜水・ベストアルバム”でも出してもらおうかなぁと、楽しみされていました」
「竜水さんのCDが、たくさん売れるようにと、毎日、毎日頑張っていました」と
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:25)
そして、館長は
「これを・・・」
と、皆が見覚えのある『ガッツノート』を差し出し、
「ガッツさんは、その日の曲作りが終わると、ノートを毎日図書館に預けていたんです」
そして館長は、表情を曇らせて
「わたし・・・すごく心配していたんです」
「最近のガッツさん・・・時々、頭を押さえて、少し苦しそうな表情をする時があって・・・」
「病院にいって、診てもらったほうがいいですよと、何度か、言ったのですが・・・」
「それと・・・」
「昨日は、図書館に来る最後の日になるかもしれないとおっしゃっていたんです」
「どうしてですか?とお聞きしたのですが」
「いまの曲作りの作業も、ほぼ終わっていて、あとは、新しい曲を仕上げるだけだと」
「ガッツさん・・・この作業が、曲作りの最後だと決めていらしたようで・・・」
「最後に大好きな人の誕生日に、曲を贈りたいんだと」
「ただ、どうしても歌詞の一部分が決まらなかったようで・・・」
「それを昨日、仕上げにきますねって」
「大好きなモンさんという女性に一番ふさわしい花を選びたいんだって、嬉しそうにおっしゃっていました」
「昨日は、ずっと待っていたのですが・・・」
「最近、頭が痛そうな表情をされていましたし、昨日、いらっしゃらなかったので心配で、今日、お伺いさせていただいたんです」
と、もう、そのころには館長も涙でいっぱいになっていた。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:27)
一番、後ろで館長の話を聞いていた真子は
「わたしが・・・わたしがガッツを公園にひとりで置いてきたんです」
と、泣きだし
「どうして・・・どうして、ちゃんと歌を作っていたのなら、なんでそう言ってくれなかったの?」
「それに・・・昨日は、とても大切な日だったんじゃない」
「わたしに付き合っている時間なんて、なかったんじゃない」
「わたしが、ガッツを苦しめてしまったから・・・」
と、今度は取り乱して、そして大声で泣き出してしまった。
そんな真子を支えるように間塚が
「ガッツなら、大丈夫だ」
「心配するな」
「真子が悪い訳でもなんでもないよ、俺たちが知っているガッツそのものだよ」と
そこにいた竜水も泣きながら、ガッツノートをみて
「これを見てくれ」と
そこには、それぞれの曲の最初のページに、曲のタイトルと
「作詞:作曲:編曲・・・丘の上の小さな家55の仲間達」
と、書かれてあったのだった。
仲間達は、みな
「ガッツ・・・」と、涙でいっぱいになっていた。
モンは
「わたしは、ガッツに冷たく・・・」
と、泣き出して、そしてその泣き声は、嗚咽と変わり、仲間達の泣き声をかきけしたのだった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:28)
「なぁ、とにかく早くガッツのところに行こう」
と、間塚は
「俺・・・橋駒に連絡してから行く、みんなは、先に行ってくれ」と
仲間達が、病院についた時には、観覧車の係のおばさんが、ガッツがいる集中治療室の前で立っていた。
真子に気付くと
「あれぇ、お嬢さん・・・来てくれたんだね、良かった」
「ガッツさん、急に倒れて・・・直ぐにお嬢さんを追いかけたんだけど・・・」
「すまなかったねぇ」と
真子は、もう放心状態で返事が出来なかった。
マコトが代表して「真子から聞いています。大変、お世話になり・・・ありがとうございました」と
仲間達が集中治療室のベッドの上にいるガッツに目をやると
たくさんの管や線がつけられ、酸素マスクもつけられ眠っているガッツがいた。
「ガッツ・・・」
「ガッツーーー」と
看護師長が現れ、以前に手術した箇所にも関係があるかもしれない、これから、いろいろ調べていくと仲間達に伝えた。
仲間達は、病院の待合所で待つことにした。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:30)
モンは、待合所で、ガッツノートをそっと手に取った。
仲間達が館長から渡されたガッツノートは、10冊もあった。
これまで、ガッツが竜水のために作ってきた曲から、全ての曲が
アレンジを変えて、別の曲として仕上げられていた。
竜水がミュージックステーションで歌ったときのように。
そしてモンは、10冊目のノートの最後に
自分に向けられた曲をみつけたのだった。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:33)
その曲のメロディーは、すでに仕上がっていた。
そして、最後のページには、モンへの想いを込めた歌詞が書かれてあった。
♪ どうして君が泣くの まだ僕も泣いていないのに
自分より悲しむから つらいのがどっちか分からなくなるよ
ガラクタだったはずの今日が二人なら宝物になる
そばにいたいよ 君のために出来ることが僕にあるかな
いつも君にずっと君に笑っていてほしくて ♪
その次の箇所だった。
ガッツが「大好きな女性に一番ふさわしい花を選びたいんだ」と
そう館長が教えてくれた箇所があった。
そこには
♪(モンに似合う花の名前)のような まっすぐなその優しさを温もりを全部
これからは僕も届けていきたい
ここにある幸せに気づいたから ♪
そう書かれてあった。
モンは「ガッツ・・・」
と、涙を流しながら、2番も読んだ。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:36)
♪遠くでともる未来 もしも僕らが離れても
それぞれ歩いていくその先で また出会えると信じて
ちぐはぐだったはずの歩幅 ひとつのように今、重なる
そばにいること なにげないこの瞬間も忘れはしないよ
旅立ちの日 手を振るとき 笑顔でいられるように
(モンに似合う花の名前)のようなまっすぐなその優しさを温もりを全部
返したいけれど 君のことだから もう充分だよって
きっと言うかな
そばにいたいよ 君のために出来ることが僕にあるかな
いつも君にずっと君に笑っていてほしくて
(モンに似合う花の名前)のようなまっすぐなその優しさを温もりを全部
これからは僕も届けていきたい
本当の幸せの意味を見つけたから ♪
何度も何度も読んでモンは、
「ねぇ、ガッツ・・・この歌詞って・・・」
「ねぇ、ガッツ・・・どこかに行こうとしていたの?」と
ガッツの歌詞の深さを知るモンは、
「でも、私のために書いてくれた歌詞なのよね・・・ガッツ」
「わたし・・・」
その時のモンは、涙で、次の言葉が言えなかった。
肩を揺らして泣くモンに
「ごめんんさい、モン・・・わたし・・・大バカ者」
と、葉月もモンの背中に顔をうずめて、泣き崩れた。
ヒロ (水曜日, 13 1月 2016 22:39)
外は、すでに暗くなっていた。
誰も、何も話さなくなっていた。
仲間達は、交代で時々集中治療室の前までいって、ガッツの様子を見守っていた。
看護師長から
「今日は、もう、お帰りいただいて」と言われて、仲間達が、それに従おうとしたときだった。
「えっ? どうして?」
仲間達の前に間塚と橋駒が現れたのである。
橋駒は、「挨拶はあとだ」
と、ドクターのいる部屋へと消えていった。
葉月が「間塚君、どういうことなの?どうして橋駒君が、ここに?」と
間塚は、泣き疲れて、放心状態のモンをみて、少し言い辛そうな表情を浮かべたが
橋駒が、ここに来た理由をモンに伝えたのであった。
「モン・・・聞いてくれ」
「橋駒から聞かされたことなんだけど・・・」
「ガッツ・・・橋駒に手紙を送っていたようなんだ」
「モンが、時々、頭が痛い、痛いと言って動けなくなってしまうときがあるんだ」
「だから、もし、ベトナムでの仕事が終えたあとに、日本に帰ってくるのであれば、出来ればモンのそばで暮らしてほしいと書いてあったそうだ」
「橋駒が、そばで暮らしてくれれば、モンが少しでも安心して、暮らせるのではないかと」
「橋駒・・・それで、予定より早くベトナムでの仕事を上がって、今日、日本に帰ってきたそうだ」
「橋駒は、こう言ってたよ」
「広告の後ろに、何度も何度も書いては消して・・・」
「ずいぶんと俺にも気をつかって書いたんだと思うよ、ガッツは」
それを聞かされたモンは、もう、それに反応する力も残っていなかった。
「わたしのことなんか心配する前に、自分のことでしょ」
「ガッツのバカ」と
そう言って、集中治療室の方に何も言わず、放心状態のまま歩いていった。
仲間達は、祈るように橋駒を待った。
ヒロ (木曜日, 14 1月 2016 20:32)
橋駒が仲間達のところに戻ってきた。
その足取りと、表情をみて仲間達の心配は、不安へと変わった。
「橋駒・・・」
橋駒は、ゆっくりとこう言った。
「どうして、こうなる前に言わなかったんだ」
「俺は、悔しいよ」
「ガッツには約束させたんだ! 異常を感じたら必ず言うようにと」
「きっと、何日も前から、ひどい痛みがあったはずなんだ」
そして仲間達は、一番聞きたくない言葉を橋駒から聞かされた。
「手のほどこしようがない」
「ガッツの生きる力を信じて待つしかない」と
それを聞かされたマコトは
「おい、橋駒、なに訳のわかんねーこと言ってんだよ」
「お前、医者だろうよ! ガッツを救ってくれた医者だろうよ」
「なぁ、もう一度ガッツを救ってくれよ」
「頼むよ・・・なぁ・・・橋駒」
と、泣きながら橋駒の洋服の胸をつかみ・・・
もっとたくさんの事を橋駒に言ったのだが、そのマコトの言葉は、もう聞きとれなくなっていた。
ヒロ (木曜日, 14 1月 2016 20:36)
ガッツは、意識を戻すことなく、機械につながれて眠り続けた。
仲間達は、交代でガッツを見守った。
その日は、葉月がひとりでガッツを見守っていた。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「わたしね、ガッツに、みんなにも内緒にしていることがあるのよ」
眠るガッツに、葉月は話しかけ続けた。
「あのね、わたし、ガッツにも北海道に旅行してもらいたいと思って・・・」
「でも、あなたは飛行機に乗れないっていうからさ、電車で行ってもらおうと思って」
「一人じゃ寂しいでしょ。だから二人分のチケットを用意したのよ」
「だから、モンと行きなよ!」
「いいなぁ、なんかちょっとやいちゃうかも」
「ねぇ、ガッツ・・・」
「ガッツ・・・」
「ガッツ聞こえているんでしょ?」
「わたし・・・とんでもない勘違いしていたのね、ごめんなさいガッツ」
「あなたは、いつもそうなんだから」
「ちゃんと言ってよー、ほんとにいつも困らせるんだから、あなたは」
「でも・・・それがガッツなのよね」
「ねぇ、ガッツ・・・」
「私ねっ・・・モンのことが心配なの」
「モン、食事ものどを通らなくなっちゃって・・・」
「ガッツだって、心配だったんでしょ、モンが頭が痛い痛いって・・・」
「橋駒君だって、来てくれたのよ」
「あなたの頼みを聞いてくれたんだからね」
「でもね・・・ガッツ・・・」
「やっぱり、あなたが、そばにいて守らなきゃだめなの」
「ねぇ、ガッツ・・・」
「ガッツ・・・」
次の日は、モンが、ガッツのそばで見守った。
モンも葉月と同じように、眠り続けるガッツに話しかけていた。
「つまんないよ、 ガッツがいないと」
「丘の上の小さな家55は、あなたがいないと・・・」
モンは、たくさんのことをガッツに話しかけた。
「ねぇってば、ガッツ・・・」
モンは、もうこらえきれなくなっていた。
「ねぇ、ガッツ・・・返事してよぉ・・・」
泣いてはいけないことは、モンも分かっていた。
でも、大粒の涙がモンの頬をぬらした。
泣きながらモンは、ガッツが最後に自分に作ってくれた曲を
モンの気持ちを込めて、そして、ガッツに代わって全部を完成させたのだった。
「ねぇ、ガッツ・・・」
「とっても素敵な曲・・・ありがとう」
「わたし・・・あなたの“ひまわり”になる」
「ずっと、あなたの方を向き続けるひまわりに」
「だから・・・」
「だから、ガッツ・・・目を覚まして、お願いだから」
「ねぇ、ガッツ・・・」
そう言って、ガッツの手を握った。
「ねぇ、ガッツ・・・これが私の手だからね、もう間違えないでね」
「ガッツ・・・」
その時だった。
一瞬の奇跡が起きた。
ガッツがモンの手を握り返したのだった。
ヒロ (木曜日, 14 1月 2016 20:43)
6月13日
青く澄みきった空
大地に、かすかな風が吹いた。
その風が、美瑛の丘の上のラベンダーを揺らした。
美瑛に辿り着いたガッツは、大きく深呼吸をした。
ガッツは、少し高い処から仲間達の様子をみて
「みんなぁ・・・」と
そして、こう言った。
「葉月・・・ありがとう」
「モン・・・ありがとう」
「ありがとう・・・仲間達」と
そして
「トシ・・・約束は守るからな」と
リレー小説 「仲間・本当の結末編」
そして、物語の 『完』
~あとがき~
竜水が出した「新生竜水・ベストアルバム ~仲間~」という名のアルバムは、ダブルミリオンセラーとなった。
仲間達は、そのCD売り上げで受け取ったお金で、丘の上の小さな家55に二部屋だけ増築し、あとのお金は、全国の児童養護施設に全て寄付したのだった。
今日も丘の上の小さな家55には、「新生竜水・ベストアルバム ~仲間~」が流れていた。
「おはよう、モン」
『おはよう! 橋駒君』
「どうだ? 体調は」
『うん、私は元気!』
モンの笑顔は、ひまわりのように優しかった。
丘の上の小さな家55に住む仲間達、その笑顔が消えることはなかった。
いつまでも
いつまでも
千里 (土曜日, 16 1月 2016 20:22)
そして・・・
いま、まったく新たな物語が、ここに始まる。
「仲間・第二章 ~さらば青春のひかり編~」
それは、毎日の光景だった。
結衣は、エルメスバーキンからスマホを取り出してLINEグループの仲間達に
「おはよう」と一緒に、元気印のスタンプを送信した。
「おはよー結衣」
「オッス!結衣」
「今日から、また一週間、お仕事頑張って」
結衣は、仲間達からの返信に
「みんな、今日も元気だね」と
そして窓の外の流れる風景に目をやった。
脱いでいたハイヒールを右足から
新幹線を降りた結衣は、通勤ラッシュの人混みのなかに消えていった。
千里 (土曜日, 16 1月 2016 20:24)
その日の仕事も終えて
「今日も、つかれたぁ」
と、帰りの新幹線に乗り込んだ結衣
車窓から見える暗い街並みに目をやると、ふと、懐メロが頭の中に浮かんできた。
「この花は私です
やっと綺麗に咲いたのです
誰よりも先にあなたに見せたかったのです
窓辺に置きます 知らない間に そっと置いて帰ってきます
気が付いてくれるでしょうか
手に取って、ああ綺麗だと言ってくれるでしょうか
それとも・・・」
「・・・あれっ? これ誰の歌だったかしら?」
と、結衣はLINEグループに、そのまま送信した
「これ、誰の曲だった?」と
「あべ静江だよ~」と、琴美からの返信に
「お~、懐かしい あべ静江」と、浩市も同調
「しかし、なんで窓辺に置いたんだ? 俺じゃ気が付かないぜ」と、啓介が
もう、誰の歌でも良くなっていた仲間達だった。
LINEのやり取りも落ち着いたころ
結衣の頭の中には
「お元気ですか そして今でも愛しているといって下さいますか」
そんなフレーズが浮かんできていたのだった。
マンションに戻った結衣は、広い間取りのリビングの隅に置かれた淡い光の照明だけをつけてソファーに横になった。
自分へのご褒美にドメーヌ・デ・マロニエールを開けて読書の時間を楽しんだ。
週末のライブを楽しみに結衣は、一週間を過ごした。
結衣は、金曜日の夜が何よりも好きだった。
いつものように、ワインを片手に
翌日の大土井裕二さんのミニライブにそなえ
チェッカーズのCDを聞いた。
かつぼう (土曜日, 16 1月 2016 20:40)
チェッカーズ
アシメの髪型
あの当日衝撃的だった……
同世代としてもファッショリーダー
だった彼ら
同じ時代を過ごしているだけで幸せな
気持ちの結衣だった
千里 (日曜日, 17 1月 2016 23:45)
「二階堂君か? 阿部だ」
それは、結衣がワイングラスの残りの全てを飲み干したときだった。
「部長・・・どうされましたか? こんな時間に」
それは結衣の上司の阿部部長からの電話だった。
「二階堂君・・・すまないんだが、明日、会社に出勤してきてほしいんだ」
『あ、明日ですか?・・・分かりました』
電話を切った結衣は、楽しみにしていた大土井裕二さんのミニライブを諦めたのだった。
「でも、なにかあったのかしら・・・」
と、仕事には人一倍責任感のある結衣は、ライブに行けなくなったことよりも、急に休日出勤を命じられたことの方を気にかけていた。
ヒロ (月曜日, 18 1月 2016 12:57)
翌日は、朝方から関東地方全体で大雪だった。
結衣は、いつもより早く家をでたが、交通機関の麻痺は想像以上だった。
焦る結衣であったが、こればかりはどうにもならなかった。
いつもの出勤時間より、30分遅れで会社についた。
会社の前には、黒塗りの車とワゴン車が数台
何か、いつもと様子が違うことに結衣は気付いた。
「何か、あったのかしら」と、自社ビルの自動ドアから入ると・・・
そこには、背広姿の強面の男が数人、立っていた。
「あなたは?」と、聞かれた結衣は
『この会社の社員です』
「お名前は?」
『二階堂といいますが・・・』
その男は、東京地検特捜部の人間であった。
特捜部とは、独自の捜査権限を有している検察庁の中でも、大規模事件など、集中的に捜査を行う必要がある案件に取り組む機関として存在しているのである。
おもに、政治家汚職、大型脱税、経済事件を独自に捜査する組織であり、一般的な刑事事件は警察による捜査および被疑者の逮捕が行われるが、この類の事件では最初から特捜部が捜査・摘発する場合が多いのだ。
「東京地検です。今日は、会社はお休みのはずですが」
『あ・・・はい』
「すみませんが、こちらに来ていただけますか?」
『えっ?』
まったく状況がつかめない結衣であったが、地検の人間のあとをついていったのであった。
千里 (月曜日, 18 1月 2016 17:45)
結衣の勤務する会社は、大手ゼネコン
結衣は、そこで経理を担当する部署の課長
キャリアウーマンとして、その仕事ぶりは、誰もが認めるところだった。
結衣は、1階の応接フロアーで待たされていた。
『すみません・・・』
と、どうみても結衣を見張っているとしか思えない男に、自分がなぜここで待たされているのか聞いてみたが、その男は、返事をすることもなかった。
1時間ほど待っていると、別の男が、部下を二人付き添わせてやってきた。
結衣は、その男の顔をみて驚いた。
「えっ? 神崎君?」と
そこに現れたのは、結衣と高校時代にクラスメイトであった神崎遼祐だった。
神崎は、あきらかに結衣に気付いた。
だが、ほんのわずかばかりの表情の変化だけで、
「東京地検の神崎です」
と、結衣に手帳をかざした。
『ねぇ、神崎君・・・久しぶり』
そんな、普通の同級生の再会でかわす挨拶にも神崎は
「二、三、お尋ねしたいことがあります」と、結衣を無視した。
結衣は、その時に、ただならぬ事が起きていることをようやく認識したのであった。
千里 (月曜日, 18 1月 2016 17:47)
神崎の結衣に対する任意の聞き取りが始まった。
「あなたの勤務する会社が、ある事件に対して、取り調べの対象になっています」
「社員の方には、月曜日に出勤してきた時に、いろいろ聞かせていただく予定になっていいましたが・・・」
「二階堂さんは、なぜ、休日の今日、出勤されてきましたか?」
自分を無視した神崎をにらむ結衣であったが、神崎も部下に見守られての仕事中なのだからと、半分あきらめて、おとなしく質問に答えた。
『阿部経理部長に出勤してくるよう命じられたからです』
「そうですか・・・」
「二階堂さんの役職は?」
『経理第一課長です』
「この会社の経理のトップの課長ということですね?」
『トップということはありませんが、まぁ、一番の大きなお金を動かすところではありますけど・・・』
「唐突な質問で恐縮ですが・・・」
「二階堂さんと阿部部長とのご関係は?」
結衣は、神崎の質問の趣旨がまったく理解できなかった。
『はっ?』
「関係ですよ。上司と部下、それ以外でのことを聞いているのですが・・・」
『どういう意味の質問ですか?それは・・・』
『まさか、部長と私が、上司と部下のそれ以外で、例えば男女の仲だとでも聞いているんですか?』
「・・・そういうことになります」
『ばっかバカしい!』
『同級生とはいっても、あまりにも失礼な質問じゃないですか?』
「同級生? そんなことはまったく関係ありません。私は特捜部の人間です。質問に答えてください」
『まったくありません!』
「そうですか・・・」
「二階堂さんには、後日、また、伺うことがたくさんありますので、その時にはご協力願います」
結衣は、神崎のその言葉に返事もせずに席を立とうとした。
すると、そばで見張っていた二人の部下が結衣の肩に手をおき
「座っていてください」と
結衣は、訳も分からず、ただ、その場で待たされたのだった。
まるで、容疑者の一人でもあるかのように・・・
千里 (月曜日, 18 1月 2016 17:50)
それから、また1時間も経ったであろうか
また、神崎が結衣の前に戻ってきた。
「月曜日、また事情を聞かせていただくことになりました」
「今日は、もう結構です」
『はぁ? 結構です? って、何よ!その失礼な言い方は!待たせるだけ待たせておいて』
『私は、あなた達に事情を聞かれるために、今日、出勤してきたんじゃありませんから』
そう啖呵を切って、ようやく席を立つことを許された結衣は、そそくさと会社をでた。
『いったい、何よ! 何があったというのよ』
と、いいながら、阿部部長の携帯にすぐさま電話をしたのであった。
阿部の携帯は、電源が切られていたのか、つながらなかった。
『部長・・・』
午後には、その年初めて降った雪も、雨に変わっていた。
会社を出た結衣は、雨に目をやるとYVES SAINT LAURENTの傘をさし、歩き出した。
歩き出した結衣は、ふと、ちょうど今読んでいる小説のことが思い出された。
『え~、まさかぁ』
と、歩きながら、曲がり角を曲がって、急に立ち止まった。そして後ろを振り向いた。
そう、ちょうど今、結衣は推理小説にはまっていたのであった。
だれも結衣を尾行している者はいなかった。
「当たり前だよね」
と、結衣は歩き続けた。
結衣は、今の推理小説を読む前には、モンという女の子が主人公の「仲間」という小説を読んでいたのだった。
『なんか、素敵だよね。モン』
『私も、モンのように、向日葵のような女の子だ!って、そんなふうに言われてみたいなぁ・・・』
と、小説の最終ページを読み終えて、思った結衣だった。
結衣は、周りからは、到底53歳とは思えない若さと美しさを保っていた。
体型は、蛯原友里と全てが同じで、身長 168cm B 82cm . W 56cm . H 84cmであった。
よく矢吹春奈に似ていると言われる。
そんな結衣であるにもかかわらず、
何故、「私もモンのように」と、考えたのであろうか・・・
その時の結衣は、あるところに向かっていた。
千里 (月曜日, 18 1月 2016 17:52)
結衣は、新宿2丁目についた。
「あ~ら、いらっしゃい、結衣」
その声は、店主の“ピンキー”だった。
『清史~ 聞いてよーーー』
「結衣!あんたね、 突然来て、いきなり本名で呼ぶのはやめてくんない! それじゃ、昔の名前で出ていますになっちゃうわ」
ピンキーは、新宿2丁目にある小さなゲイバーの店主
結衣と高校時代の同級生の「中田清史」だった。
『あっ、ごめんごめん』
『だってさ、聞いてよ! 神崎君!・・・ほら、野球部だった神崎君』
「神崎って、なに? あの、野球部の“すけこまし”で有名だった、あの神崎?」
『そう、その神崎君に会ったのよ!だから、なんか、ピンキーのことも清史~って、昔のように読んじゃったのよ』
「で・・・どこで神崎に会ったのよぉ?」
『それがさぁ・・・』
と、結衣はその日の出来事を全てピンキーに話した。
「へぇ~、分かんないもんね。だってあの神崎でしょ? あの神崎が東京地検って・・・」
『私も、びっくりよ』
『ねぇ、ピンキー』
「なによ、結衣」
『わたし、今日は飲むからね!』
「分かったわ、あたいも付き合ってあげるわよ!」
他に客はいなかった。
最初は、カウンター越しに飲んでいた二人も、いつしか席を並べて、高校時代の話をしながら飲んだ。
そして・・・
『ねぇ、ピンキー・・・今晩、私のこと泊めてよ!』
「え? うちに来るの?あたいは構わないけど・・・まだ戸籍上は、男なのよ! あたいも」
『うん、知ってる! 襲っても構わないよ』
「ばーか、結衣・・・あたいは、男にしか興味がないのよ!」
『・・・でしょ!』
二人は店を出て、ピンキーのマンションに向かったのだった。
千里 (月曜日, 18 1月 2016 23:18)
キングサイズのベッドに、一緒に潜り込んだ。
枕を並べてからも、高校時代の話は続いていた。
『ねぇ、みんな元気にしているのかなぁ・・・逢いたいなっ』
「え~、あたいは無理よ! だって・・・」
『なにぃ・・・もしかして気にしてんの? 男?女?って』
「だって・・・みんな、あたいのこと分からないでしょ、きっと」
『う~ん、確かにそれはあるかも・・・』
『なんかさぁ、神崎君に会ったからじゃないけど・・・同窓会・・・誰かやってくれないかなぁ・・・』
『そうだ! こんな時はまずはこの二人ね』
と、いつもの仲間達にグループLINE
『急募! 同窓会やってくれる人』
『本日、結衣は中田清史君と、一緒に寝ていま~す』
と、結衣とピンキーのツーショット写真を送信
化粧を落としても、ほとんど変わらない結衣と
化粧をとったら、とても、この世の者とは思えない清史、いや、この場合はピンキーと言っておいた方がいいのだろうが・・・
夜遅くでも、仲間達は返信をくれた。
「きゃー!襲われないでよ、結衣」
と、琴美は、ピンキーの事情を知っていたが、まずは、ピンキーが戸籍上は男であることに釘をさした。
浩市、啓介からも返信が
「おーーい! ピンキー、うらやましいんだけど・・・」
と、浩市はピンキーにジェラシーのご様子
啓介も「結衣ーー! 気をつけろよー!(笑)」と
こうして、仲間達は、隠し事をせずになんでも報告しあうのだった。
「で・・・ところで、どうした? 結衣」
「同窓会? 急募って?」
『私ね、なんか高校時代のみんなに逢いたくなっちゃって・・・』
『だからさ・・・やって! 同窓会』
『浩市・・・啓介・・・♡』
「わたしも、やりたーい! 同窓会」と琴美も
すかさず啓介が
「おい、浩市の名前が先に書いてあるんだから・・・お前がやれよ!」
『・・・それ・・・関係ねーし!』
同窓会の話を突然持ち出した結衣だったが、ちゃんと反応してくれた仲間達に
『この二人なら、きっと・・・』
と、思った次の瞬間には、結衣はもう眠りについていた。
スマホを握ったまま。
結衣の寝顔とピンキーの寝顔・・・
不思議な二人の一夜だった。
千里 (月曜日, 18 1月 2016 23:21)
朝になった。
結衣は、キッチンにいた。
『起きた? ピンキー』
『昨日は、無理言って泊めてもらっちゃったわね・・・ごめんね、ピンキー』
「お・・・は・・・ようー、結衣」
朝の苦手なピンキーは、まだ寝ぼけまなこ
『朝食作ったのよ、一緒に食べようよ』
「え~、すごいじゃない結衣。うん、いま行くね」
少し視力の弱いピンキーは、枕元に置いた眼鏡をつけて結衣をみた。
Tシャツ一枚姿
大きさからいって、ピンキーのシャツを借りたのであろう。
細く白い脚をすらりと伸ばして立つ結衣の姿が目に入った。
「結衣・・・美人だわよねぇ・・・うらやましい」
そう思ったピンキーであった。
テーブルには、ピンキーには到底作ることが出来ないようなおかずが並んでいた。
「えっ? 材料は? こんなのあたいの家にはなかったはずよ」
結衣は
『いいから、食べよう』
と、笑顔でピンキーを見た。
そんな結衣をみてピンキーは、二人の中で、絶対に触れてはならないことを口走ってしまった。
「美味しい!」と、食べながら
「どうして、こんないい女を、世間は放っておくんだろ!」と
『ピンキー!(怒)』
「はいはい、ごめんなさい」
「あなたは、生涯独身を通すのよね」と
千里 (火曜日, 19 1月 2016 20:15)
二人は、朝食を済ませた。
キッチンで片付けを二人並んで一緒にしていると、ピンキーが
「あんた、やっぱり“いい女”ね」
「あたいと結婚しない?」と
結衣は、片付けの手をとめて
『ピンキー・・・あなた、それ何回目のプロポーズ?』
と、笑った。ピンキーは
「う~ん・・・3回目かな?」
と、結衣と視線を合わせて
「あたいは、男・・・でも・・・おんな」
「女の子の気持ちは、女の子じゃなきゃ分からないことも多いのよね」
「だからね、結衣がどれほどいい女なのか、人一倍分かるのよ」
と、キッチンから離れて、ソファーに座った。
「あ~ぁ、あたい・・・おんな・・・やめよっかな?」
「あっ、違うちがう! おんなのあたいと結婚してよ!」と
結衣は、キッチンからピンキーをみて
『ピンキー・・・そのプロポーズも何度も聞いたわよ』
『無理して、おんなをやめる必要もないし・・・』
『私は、今のピンキーが大好きよ』
『いいじゃない、ピンキーはピンキーのままで』
と、ようやくドリップの終わった珈琲を可愛いティーカップにそそいで
『はい、ピンキー』と
二人は並んでソファーに座って珈琲を飲んだ。
Tシャツの下から白く伸びた結衣の脚と、ピンキーの太い足がソファーに並んでいた。
千里 (火曜日, 19 1月 2016 20:17)
結衣は、ピンキーのマンションを出て、帰路についた。
新幹線に乗ってすぐに、仲間達にご挨拶LINE
『結衣は無事に朝帰り~(笑)』
仲間達は、待っていましたと、直ぐに既読、返信
「おかえり~ って? まだ新幹線の中かな?」と琴美の返信に
『は~い、そうです(笑)』と
浩市も啓介も笑顔のスタンプを返信してくれた。
浩市が
「なぁ結衣・・・同窓会の話・・・」
『あ、うんうん・・・やりたいよ真面目に』
「そっか・・・結衣に頼まれるとなぁ・・・」
『でしょ! 浩市なら私のお願い聞いてくれるかなぁって思ってた』
「おいおい、まだ“やる”って言ってないし・・・(汗)」
『そっか(笑)』
「でも、考えてみるよ・・・結衣の頼みじゃさ」
結衣は、ハートマークのスタンプで気持ちを返した。
啓介も
「まぁ、浩市一人で出来るもんじゃないだろうし・・・」
『ありがと!啓介』
「・・・結衣には敵わないよ(笑)」
一人だけ、ご機嫌ななめがいた。
『ねぇ・・・私もいるんだけど・・・(怒)』と、琴美
「すまん、すまん。 もちろん琴美にも一緒に考えてもらうし(汗)」
『ねぇねぇ、私だって、任せっきりっていう訳じゃないからね(汗)』
と、結衣も送信してきた。
四人のLINEは、結衣が新幹線を降りるまで続いたのだった。
千里 (火曜日, 19 1月 2016 20:21)
帰宅した結衣は、薄く塗られていた化粧を落としてから、ソファーに直行した。
ソファーに横たわり、結衣は目を閉じた。
結衣の頬を、一粒の涙が流れた。
結衣自身、理由も分からなかった。
なぜか、広いマンションに一人でいることに、ふと寂しさを感じたのかもしれない。
『あっ、そうだ』
と、独り言を口にして結衣は起き上がり、書斎に向かった。
『あったわ』
と、取り出したのは、高校の卒業アルバムだった。
結衣は、卒アルを愛おしそうに触れてから開いた。
自分が3年間通った学校の校舎の写真が最初に目に入ってきた。
『懐かしいなぁ・・・』
結衣は、ページを一枚一枚ゆっくりとめくっていった。
『あっ、琴美だ!』
『可愛いよなぁ、琴美。 ・・・フフッ、真ん丸ね』
『・・・おっと、このページは最後にっ!』
『お~、啓介じゃん・・・若っ!』
『お次は・・・はいはい、浩市! え~、ちょっとツッパリ君だったのね』
『で・・・お次は、文化部・・・そして運動部かぁ・・・ あっ、野球部の・・・神崎君は・・・いたっ!』
『ふ~~ん・・・優しそうな顔の神崎君なのになぁ・・・』
『・・・ところで、わたしは・・・』
と、結衣は、自分のクラスだけ跳ばしておいたそのページに戻って、
セーラー服姿で可愛く微笑む自分の写真を見つけた。
しばらく眺めていた結衣は
『お~~い、結衣~~!』
『あなたは、この頃、何を考えていたの?』
『今のような生活を夢見ていた?』
『お~い、結衣! ・・・返事してよ』と
そして・・・また、一粒の涙を流したのだった。
結衣の一人の空間には、“青春歌年鑑 80年代総集編”のCDが流れていた。
ダンシング・オールナイト、異邦人、ルビーの指環、大都会・・・メモリーグラス
CD1を全部聴き終えた結衣は、CD2に替えて、もしも明日が…からRomanticが止まらないまで全部を聴いた。
そして結衣は、
CD1に戻してトラック№12を選択した。
流れてきたのは「恋人よ」だった。
懐メロは、いくつになってもその歌詞が自然と思い出された。
結衣は、目を閉じて五輪眞弓と一緒に“恋人よ”を唄った。
テーブルには、ドン・ペリニヨンの空き瓶だけが置かれてあった。
千里 (火曜日, 19 1月 2016 20:23)
月曜日の朝・・・
結衣は、いつものように新幹線に揺られて会社に向かっていた。
結衣が会社に着くと、自社ビルの前には、土曜日より多い数の黒塗りの車が止まっていた。
「えっ?・・・なんか嫌だなぁ」
いつものように社員証をバックから取り出し、ビルに入ると
おそらくは東京地検の者であろう男たちが
「それでは、こちらへ」
「あなたは、こちらへ」と、社員を誘導していた。
結衣が入っていくと、神崎が近寄ってきた。
「二階堂さん・・・あなたはこちらに来てください」
と、結衣は他の社員とは違った方向に誘導された。
『え~・・・いきなりなの』
と、数人の男たちに囲まれて、結衣は小さな会議室に連れて行かれた。
神崎が
「座ってください」
そう結衣に言った神崎も結衣の前に座った。
「土曜日には、聞けませんでしたが、今日はいろんなことをお聞きします」
「嘘偽りなく、答えてください」
『どうして私が嘘をつかなきゃならないのよ!』と、心の中で神崎に言い放った。
神崎の質問は、まるで取り調べのようだった。
長時間にわたって、結衣は質問攻めにあい、そして最後に神崎から衝撃的なことを告げられた。
「二階堂さんの勤務する泉建設には、いくつかの容疑で強制捜査させていただいています」
「任意ではありますが、あなたの上司の阿部部長には、地検にご足労いただきました」
「阿部さんからの事情聴取によっては、二階堂さん…あなたにも地検にきていただくことになるかもしれません」と
そして、翌日からは、当分の間、社員は出勤できないことが告げられた結衣は、併せて自宅にいるように告げられたのだった。
千里 (水曜日, 20 1月 2016 00:26)
翌日・・・
出社できない結衣は、自宅マンションで、推理小説を読んで過ごしていた。
LINEの着メロが鳴った。
『誰だろ?』
と、アプリを開いてみると、それは浩市からだった。
「結衣・・・大変なことになったな」
『え? 何が?』
「おいっ! 自分の勤める会社のことだろ?」
『・・・えっ?』
「おいおい、ちょうど今、TVでやってるぜ!」と
結衣は、普段あまりTVを観ないながらも、マンションに似合いのSONYの4K・65インチのTVが壁にかけられてあった。
浩市からのLINEに驚いて、慌ててリモコンに手を伸ばした。
TV画面には
【大手ゼネコン泉建設 脱税及び汚職の疑いで東京地検強制捜査】
の見出しがつけられ、結衣が見慣れた泉建設の自社ビルが大きく映し出されていた。
『えっ?』
『どういうことなの・・・』
と、浩市への返信もせず、TVを凝視する結衣
『部長・・・どういうことなんですか・・・』と、結衣はつぶやいた。
結衣のスマホには、グループLINEで琴美も啓介からも結衣を按ずる言葉が届いていた。
結衣は、それに気付くことさえできなかった。
千里 (水曜日, 20 1月 2016 00:28)
結衣は、何も考えられず、ただ茫然と時間を過ごしていた。
「ピンポーン」
結衣の部屋の呼び鈴がなった。
インターホーンの画面には、浩市が写っていた。
『浩市ぃーーー』
結衣は玄関に走った。
ドアを開けると、浩市が神妙な面持ちで立っていた。
「結衣・・・」
『入って・・・浩市』
「うん」
玄関で結衣は、動けなくなった。
「結衣・・・」
と、浩市は、背中を向けて立ちすくむ結衣の肩に両手をのせた。
「大変なことになっちゃったなぁ・・・」
結衣は、振り向いて・・・
そして、何も言わずに浩市の胸に顔をうずめた。
浩市は、両手で結衣を抱きしめようとして・・・
そして、思い留まった。
「結衣・・・しっかりしろ!」と
浩市の胸に飛び込んできた結衣を、自ら引き離したのだった。
千里 (水曜日, 20 1月 2016 23:08)
『わたし、何してんだろう・・・ごめんなさい、浩市』
「あっ・・・うん。結衣・・・こういう時には、まずは落ち着かないとな」
と、浩市は笑った。
二人は、リビングに行き、ソファーに向き合って座った。
少し経った時だった。
「ピンポーン!」
インタホーンを見た結衣は
『えっ、誠也君じゃない?』
それは結衣、浩市の高校時代の同級生の宮崎誠也だった。
『どうして・・・』
玄関を開けると、不敵な笑みを浮かべて誠也が立っていた。
「久しぶり、結衣」
と、そして、隣に立つ浩市に気づいて
「え~浩市じゃないか」
「おれ? お前たち・・・いつの間に結婚したんだ?」
『冗談よしてくれよ、ちょっと遊びに来ていただけだ』
『それより誠也・・・おまえもしかして・・・』
「あぁ、さすが浩市・・・察しがいいな!」
『二階堂・・・取材に来させてもらったよ・・・あげてくれないか?』
「取材?」
誠也は、結衣の同意の返事がないうちに
「いれてもらうよ!」と
四系新聞の政治部記者である誠也が、事件の渦中にある泉建設に結衣が勤めていることを知っていて、早々に取材に来たのであった。
千里 (木曜日, 21 1月 2016 20:43)
汚職・・・
それは誰もが知る通り、議員や公務員などの公職にある者が、自らの地位や職権を利用して横領や不作為、収賄や天下りをしたり、またその見返りに特定の事業者等に対し優遇措置をとることなど…
そう、不法行為なのだ。
日本の政治は、他の先進国と比べて汚職事件が多い。
戦後、思い出される汚職事件で有名なところといえば、昭和電工事件、ロッキード事件、リクルート事件、佐川急便事件・・・
いずれの事件も内閣総辞職している。
ちなみに、イギリスやドイツなどでは、第二次大戦後には汚職により辞職した首相は1人もいないのだ。
個人・法人を問わず、己の利益への期待無くして金を出すことなど有り得ないだろう。
いや・・・、身を捨てて、誰かの役に立つことが快感だという人も中にはいるかもしれない。
そういう一方的な奉仕には、賄賂性が無いと見なすことはやぶさかではないのだが・・・。
だが、これが法人となれば違ってくる。
営利企業の場合、己の利益を度外視して政治家などに奉仕することは、株主に対する背任行為になるからだ。
企業献金のうま味から離れられない政治家には、なかなか自浄能力がつかない。
そんな日本の政治家は、「政党助成金」を編み出した。
「国が政治献金してやるから企業献金は諦めろ」というもので、既成政党が税金から何百億もの大金をむしり取る法律である。
ところが、その政治資金規正法は骨抜きにされ、企業献金は収まるどころか、より悪質巧妙に裏に籠もってしまっているのである。
結衣の勤務する泉建設を東京地検が調べ出したのだ。
近年で同じようなケースを想定するとするならば、N松建設のOBなどを代表とした政治団体を通じて大物政治家などへの違法な献金が行われた容疑でN松建設幹部と国会議員秘書など計5人が立件された事件がある。
この時の東京地検特捜部は、N松建設本社を家宅捜索し、その後、捜査が政界にも波及した。
その時の政治は、N松建設からの献金疑惑で起訴された小○元代表に対して、その疑惑をただす事なく放置したのは記憶に新しいところであろう。
そして、この時の政府高官は、記者団との懇談で「○○党側は立件できないと思う」と発言した。
この発言について四系新聞は社説で、「聞き捨てならない。中立公正であるべき検察捜査への疑念も招きかねない」「いかなる意図か。この高官に、公開の場での弁明を強く求める」と主張したのだ。
そう、その記事を書いたのが宮崎誠也だった。
浩市が誠也に聞いた。
「なぁ誠也・・・お前は、結衣に何を聞きにきたんだ?」
「お前は、仲間を心配して来たんだろう?」と
誠也は、ゆっくりと言った。『俺は、記者だ!』と
浩市は、表情を曇らせた。そして
「じゃぁ、お前は、結衣の敵になるかもしれないのか?」
『・・・なぁ、浩市・・・二階堂・・・』
『俺は、お前たちの敵でも見方でもない』
『俺は・・・真実だけを伝えるだけだ』
『悪いことは、悪いと言う!』
『それだけだ!・・・そう、それが俺の仕事だ』
『また、出直してくる』
そう言って、誠也は帰って行ったのだった。
千里 (木曜日, 21 1月 2016 20:45)
泉建設に対する捜査は、本格化していった。
結衣が出勤することを認められたのは、一週間後だった。
結衣は、久しぶりに出勤して経理第一課の部屋に入った。
『えっ?・・・』
結衣は、言葉を失った。
結衣が目の当たりにしたのは、地検によって書類が全て持ち出され、荒れ果てた職場の光景だった。
結衣が、自分のデスクにいくと、結衣のデスクの上にあるはずのパソコンも持ち出されていた。
結衣の目には、涙が光っていた。
『この先どうなるの・・・』と
結衣の部下たちが、次々と出勤してきた。
そして結衣がいることに気付くと
「二階堂課長・・・」と
結衣は、部下たちに、ただ黙ってうなずいた。
そして
『私たちは、与えられた仕事をこなすだけよ』
『みんな・・・不安な気持ちでいるだろうけど・・・一緒に頑張ろう』と
結衣が、一週間ぶりに出勤したちょうどその日だった。
結衣の上司、阿部部長が逮捕された。
その知らせが、職場にいた結衣たちに伝えられた。
ショックで泣き出す女子社員に結衣は
『泣かないの。現実を受け止めるのよ』
『会社なら大丈夫、心配しないで』
そう言った結衣であったが、実は、結衣が一番に泣きたかったのかもしれない。
結衣は、
『部長・・・部長は、私に休日出勤を命じて、何を伝えたかったのですか』と、主が座ることのない部長の椅子を眺めたのだった。
千里 (木曜日, 21 1月 2016 20:47)
各報道機関は、この事件を毎日大きく報じていた。
特に、四系新聞、宮崎誠也の記事は、切り口が鋭かった。
誠也のいる政治部
新聞社の政治部とは、国政を担当するのだ。そして、地方政治は各支局が。
政治部は記者の中でも出世コースとみなされ、政界とのコネクションも身につけられることもあり、後に政治家に転身したり、政治評論家になるケースが顕著だ。
政治家に転身した有名なところでは、安倍晋三氏、石原伸晃氏、自民党栃木県連会長の茂木敏充氏もそうである。
政治評論家では、手嶋龍一氏や俵孝太郎氏がそうだ。
ある政治ジャーナリストは言う。
「政治の質が落ちていった理由の一つに、政治ジャーナリズムに責任がある」と
そして、
「その原因は政治ジャーナリズムが政治と政界を混同しているために、世間との常識に隔離ができてしまうためと指摘しているのだ」と
誠也も、政界と多くのコネクションを持っていた。
だが、誠也は決して偏った記事は書かずに、悪いものは悪いと言い切る男なのだ。
そんな誠也の書く記事は・・・
泉建設を糾弾するものだった。
ヒロ (金曜日, 22 1月 2016 12:40)
結衣が仕事を終え、会社を出ようとすると、多くの記者達が待ち構えていた。
依然として、汚職事件にまつわる騒ぎは収まることはなかった。
ただ・・・誠也はその中にはいなかった。
逃げるように会社を出て、小走りに駅に向かう結衣
自然と、涙が流れた。
ようやく新幹線に乗り込んだ結衣は
『今日も一日頑張ってきました!元気印の結衣で~す(笑)』
『新幹線で、帰宅中』
と、仲間達にLINEを送信した。
琴美も啓介も、そして浩市も分かっていた。
結衣が、一生懸命に仲間達に心配をかけまいとしていることを。
だから、仲間達はあえて取り留めもない会話をした。
結衣も仲間達の気持ちに応えた。
その日のLINEは、ふとした会話の流れで、こんな会話になった。
『ねぇ、浩市って、S? それともM?』
「う~ん・・・ Sではないけど・・・」
『えっ? じゃぁ Mじゃん!』
『わーい、わーい Mいち君だ! エムッいち! エムッいち!』
「そういう結衣は、どっちだよ?」
『はい、もちろん“ドS”です! ド・エ・ス!』
「あぁ・・・確かに」
『琴美は?』
「もちろん、ドMよ」
『啓介は?』
「はいはい、俺は両刀!」
『・・・・・』
全員が、「確かに!」と
そんな何気ない会話であるのだが、結衣の心を癒してくれるのには充分であった。
千里 (金曜日, 22 1月 2016 20:41)
あと一駅で、結衣が新幹線を降りる頃
琴美は、結衣の身体を心配して
「結衣・・・ちゃんと食べているの?」と
ただ、そこの部分に関してだけは、仲間達の心配は不要だった。
『その点は、ご心配なく(笑)』
と、一緒にブタさんのスタンプの結衣の返信をみて、仲間達はホッとする。
それは、結衣が小説「仲間」を読んでからは、「モン」に対する憧れが、結衣の食生活を変えつつあったからだ。
結衣は、シマリスのように食べることも習得していた。もちろん少しずつではあるが。
・・・って、それは、まったくもってそうであろう。
人間の“ほっぺた”は、そんないきなり伸びるものではないのだから。
そう簡単には、モンにはなれないのである。
おまけに・・・
ずっと木製のチェストにしまってあったセーラー服を着だして
『浩市が、同窓会を開いてくれたら、絶対に着るからね!』
『でも、一人じゃ“さらしもの”になるだけだから・・・』
『そうだ! 二人を家来につけよう!』
『私の後ろに鎮座まさせる助さん格さんは・・・フフッ、やっぱりあの二人よね・・・相当抵抗するだろうけど…』
と、笑い、そして姿見鏡の前で自分に酔いしれる結衣であった。
そして
『二階堂結衣・53歳!』
『青春真っ只中!』
『・・・頑張れ、自分!』と
♪セーラー服を脱がさないで・・・♪ と、唄いながら結衣はセーラー服を脱いだ。
ふと、高校時代のことが思い出された。
『あの時も・・・』
『・・・・・』
『やだ~ぁ、わたしったら』
と、顔を赤らめて笑った。
結衣の名誉のために、言っておくが・・・
セーラー服を脱いで赤パンをはいたところを想像したのである。
そして
『それはモン様よね。』
と、そこまでモンを崇拝している結衣であった。
結衣は、セーラー服をもとのあった場所に戻そうと、チェストの引き出しを開けると、その奥に1枚の写真を見つけた。
『え~こんな処に・・・懐かしい』
それは、結衣の高校時代の写真だった。
どこの湖かは、記憶が定かではなかったが、湖畔に男の子4人、女の子3人の7人が並んで、それぞれがそれぞれの決めポーズで写っていた。
『楽しかったなぁ、あの頃』
『え~っと・・・』
『これが綾小路啓介君でしょ・・・橘浩市君でしょ・・・中田清史君、って、ピンキーは…フフッ、まだ男の子だね・・・そして西園寺収一君でしょ』
『女の子は・・・私と白鳥琴美・・・と・・・』
『・・・鈴子』
『あの頃は、友達だったのよね・・・私達は・・・鈴子』
千里 (金曜日, 22 1月 2016 23:31)
都内某所、ある弁護士事務所
「ねぇ、これはなに? しっかりしなさいよ!」
それは、弁護士の朝比奈鈴子の声だった。
鈴子は、結衣や浩市、啓介、琴美そしてピンキーや西園寺、神崎遼祐、宮崎誠也たちと同じ高校に通い、卒業後に何度も司法試験にチャレンジして合格。
苦労と努力を重ねてようやく自分の弁護士事務所を開いたのである。
鈴子は、柴咲コウ似
とても気持ちの優しい鈴子であるが、仕事には厳しかった。
それは、全て弱い者を自分が守るという信念からだった。
「しっかりしなさいよ、櫻井君」
『先生・・・すみません』
「私達の仕事にミスは許されないのよ!」
『はい』
「・・・って、いつもごめんね櫻井君・・・厳しく言って」
『いいえ、先生・・・自分は先生には本当に感謝しています。自分も早く司法試験に合格して、先生のような弁護士になりたいです』
「そう、頼もしいわ。頑張ろうね櫻井君」
鈴子と櫻井の二人しかいない、小さな事務所
その経営は、決して楽なものではなかった。
それは・・・
『先生、お電話です。先生とは高校の同級生だとおっしゃっています』
「はい、朝比奈です」
「あぁ、久しぶり~ 美子」
それは、一之瀬美子からの電話だった。
「そう、分かったわ。いつ来られる?」
「うん、分かった。大丈夫よ」
「でもね、私は、弁護相談ではなく、同級生として話を聞くからね」
「じゃぁ、またその時に」
そう言って、電話を置いた。
それを聞いていた櫻井は
『先生・・・またですかぁ・・・もういい加減、お友達はお友達として、弁護は弁護士として話を聞いてくださいよ』
『そうでないと・・・』
鈴子は「ごめんごめん、櫻井君」と笑った。
弁護士費用には法律相談料、書面による鑑定料、着手金、報酬金、手数料、顧問料、接見・面会費用、出頭日当、出張日当という9つの種類がある。
弁護士への相談は、決して安いものとは言えないのである。
鈴子は、同級生達や金銭的に苦しい人達からは、出来る限りその費用をかけずに弁護を請け負っていたのだった。
千里 (金曜日, 22 1月 2016 23:33)
一之瀬美子が、鈴子の事務所にやってきた。
『待ってたよ、美子』
と、鈴子が出迎えた。
すると、美子の後ろにもう一人の女の子が立っていた。
『えっ? なにぃ、範子じゃない。 なに? 一緒に来たの?』
美子は、慣れない弁護士事務所への訪問に、小早川範子を連れ添って来たのである。
『わぁ、感激!範子ぉ 久しぶりぃ』
その時の鈴子は、柴咲コウと同じように、とても神秘的であり、そして優しい笑顔であった。
『そこに座って』
美子の相談は、どうするの? と、聞きたくなるぐらいに、久しぶりにあった三人は、近況報告や他の仲間達の話をしていた。
そんな様子を知っていたかのように
「もう、先生ったら・・・」と、あきれて眺める櫻井だった。
随分と時間が経ってから
『あっ、そうだ! 美子、相談は?』
「あっ、そっか」
と、美子が言うには、自宅近くにカフェをオープンさせたいらしく、契約やらなんやらと相談をしたかったようである。
鈴子からは、いろんな注意点を教えてもらい、美子はホッと一安心。
『オープンしたら、必ず行かせてもらうね、頑張って美子』と
そして鈴子は
『範子も頑張ってるんでしょ?』
「うん。それなりに」と、範子は笑った。
『今度、一度、範子のお店に行きたいと思ってるんだけど・・・なかなかねぇ』
という鈴子に
「鈴子がきたら、最高に素敵なカットしてあげるね」と
千里 (土曜日, 23 1月 2016 22:19)
美子と範子は、帰っていった。
鈴子という強い味方に、勇気と安心をもらって。
鈴子の事務所を出て、二人は駅に向かった。
その途中範子は、急に立ち止まり
「ねぇ、美子・・・せっかく東京に出てきたんだからさ、ちょっと寄り道して行こうよ!」と
快く承諾した美子に、範子は行き先を教えないまま、二人は大江戸線に乗り込んだ。
二人は、新宿で降りた。
範子は、美子を連れてピンキーの店に向かっていたのである。
「いらっしゃぁ~い」
「あれぇ~、あらやだぁ、範子・・・美子も一緒じゃないのぉ」
「よく来てくれたわねぇ」
『久しぶりぃ・・・清史? じゃなくて・・・』
「ピンキー! ピンキーって呼んでよ」
そう言って、つけまつげをバタバタさせて、ピンキーは二人にウィンクした。
変わり果てた清史が・・・いや、ピンキーが突然に目の前に現れたことに美子は、ハトが豆鉄砲をくったような顔をして立っていた。
美子もようやく口を開いた。
「ひ、ひ・・・久しぶりね・・・えっと・・・」
『ピンキー!』
「あっ、うん、ピンキー・・・久しぶり」
『座ってよぉ~ん、二人とも』
そう言ってピンキーは、カウンターの中に入った。
千里 (日曜日, 24 1月 2016 22:55)
二人は、ピンキーとカウンターを挟んで向かい合わせに座った。
範子は、カウンターのハイチェアーに腰をおろしながらピンキーの店のことを知った理由を伝えた。
「結衣に教えてもらったんだ。でさっ、今度、一度行ってごらんよ!って」
『あらぁ、やだわぁ、結衣ったら、そうだったのね』
『でも、嬉しいわぁ・・・ありがとねぇ、来てくれて』
『何かお飲みになるぅ?』
慌てて二人は、アルコールは遠慮することを言って、アイスウーロン茶を頼んだ。
「このお店は、いつから?」
『う~ん、ここはもうすぐ1年になるかしら』
「こういうお店って、初めて来たんだけど・・・お客さんは、やっぱり男性が多いの?」
『う~ん、両方かなぁ・・・いろんな人が来てくれるのよ』
「・・・ふ~ん・・・そうなんだ」
ピンキーは、黙ってアイスウーロンを飲んでいるだけの美子に気をまわし
『ねぇ、美子・・・』
『カフェを始めるんだって? 結衣から聞いたわよ』
美子は、いまだに豆鉄砲で撃沈されたような表情のまま
「うん」と
その時の美子は、ただ清史がピンキーに変わってしまい、人間的にも変わってしまったのではないかと、それが、寂しく思えてならなかったのだった。
「ねぇ、ピンキー ・・・いや、なんでもない・・・ごめん」
と、美子は会話を途中で飲み込んでしまう。
ピンキーは、分かっていた。
自分の変わってしまった姿をみたときに、昔の友達のほとんどがする表情をしていた美子。
そんな時のピンキーは必ずこんな言い方をするのだ。
千里 (日曜日, 24 1月 2016 22:57)
『わたし・・・ブスかしら?』
『・・・って、どうみてもブスよね』
『もし、話にくかったら、よろしくてよ・・・清史って呼んでも』
と、笑った。
「い、い、いいの? ・・・清史ちゃん」
『あぁ、もちろん』
と、ピンキーは、あっという間に清史に戻っていた。
そしてピンキーは、清史になって二人に語りだした。
『俺を見て、みんな驚くんだよ』
『で、同じことをみんな俺に聴くのさ』
『どうして?・・・ってな』
『理由なんてないんだよ、気持ちが女の子! それだけなんだよ』
範子が、場を取り繕うとして
「美子も、びっくりするはずよ、だって、何も知らずに連れてこられてさ」
「うーん、だからさ、清史ちゃん…ピンキーのままで大丈夫よ、ねっ、美子」
美子も、笑顔を作って「うん、ごめんごめん」
そういって、ようやく三人は和やかに話すようになれたのだった。
三人の笑い声が、ピンキーの店に絶え間なく続いた。
美子が鈴子の話をするまでは。
ヒロ (月曜日, 25 1月 2016)
ピンキーの店に範子と美子が訪れて、三人で和やかに話していたのも、美子の一言で雰囲気は一変してしまうのである。
美子が
「今日ね、鈴子のところに行って、いろいろ相談にのってもらったのよ」と
すると、それまで楽しそうに話していたピンキーから笑顔が消えた。
そして『あ、そう』と、そっけないピンキーの言葉が返ってきた。
そんなピンキーの返事であったが、美子は話を広げようと
「あの頃、ピンキー達は、よく7人で遊んでいたのよね」
と、昔の事にふれると、ピンキーは
『ねぇ、美子・・・』
『あたいは、鈴子のことはもう忘れたのよ』
『鈴子の話がしたいんなら、他でやってくれないかな』
と、無表情で言った。
美子は、鈴子とピンキー達の間で起きていたことの、その詳しい事情を知らなかったのである。
範子は、そんな二人のやり取りをみて
「ピンキー・・・美子は、事情をよく知らないから・・・」
「ねぇ、ピンキー・・・」
「もしかしたら、まだ鈴子のことを・・・」
ピンキーは黙っていた。
そんなピンキーに範子は、
「ねぇ、ピンキー・・・」
「鈴子のこと、許してあげなよ」と
すると、ピンキーは
『・・・許す?』
『許すもなにもないわ!怒ってもいないし・・・』
『鈴子は鈴子の道を選んだ、ただ、それだけよ』
『それに・・・』
『私たちの仲間は、あいつが立ち直ってくれて、ようやく前を向いて歩きだしてくれた』
『ただ、それだけでいいのよ』
『だから鈴子のことは、私達にはもう関係ないのよ』と
範子は
「そう・・・ごめんね」と
雰囲気が一変してしまい、居辛くなってしまった範子は「帰ろう、美子」と
帰り際、範子はピンキーに
「ねぇ、ピンキー・・・みんな昔のように仲良くできる時が、また来るよね」
「わたし・・・そう願ってる」
「今日は、来てよかったよ。楽しかった・・・またね、ピンキー」と
ピンキーの店を出た範子と美子は、鈴子の話にはふれずに帰路についたのだった。
千里 (月曜日, 25 1月 2016 20:52)
その日は、朝方まで雪が降っていて、一日中風の強い寒い日曜日だった。
結衣は、久しぶりの休日で、茶居夢(チャイム)という喫茶店に行った。
「いらっしゃい、結衣」
『琴美ぃ~寒いねぇ、いつものオリジナル頂戴!』
そこは、琴美が営む小さな喫茶店だった。
結衣は『う~ん、美味しい』と、琴美が点ててくれた珈琲を飲んだ。
そしてカウンターに目をやると、そこには紫とピンクを基調に作られたアレンジメントが置かれてあった。
『すごい、綺麗ね』
「私が、作ったの。どう?」
『琴美が? え~、すごい素敵』
「うん! わたしねっ、フラワーデザイン教室に通うようになったの」
『え~、そうなの? すごーい』
久しぶりに琴美のお店にきた結衣は、飾られているお花がどんどん増えていることに気づいて
『このお花も綺麗』
と、結衣が目にしたのは“クリスマスローズ”と“フォックスフロント”という名のお花だった。
お花がなによりも好きな結衣は、最近の琴美の行動が、うらやましかった。
『ねぇ、琴美・・・フラワーデザイン教室って、どこに通ってるの?』
「花のアトリエTamazoっていうお店だよ」
『あぁ、Tamazo! へぇ、そうなんだぁ』
「Tamazoには、ワークショップもあるのよ。来月の15日にはね、ユリシス3Dボディジュエルのワークショップなのよ!」
『ユ、ユリシス・ボディ・・・ボディスペシャル?』
「(笑)・・・結衣、それじゃ、サザンになっちゃうよ!」
「ボディジュエルって言ってね、透明のシートにキラキラしたものを貼っていって、バックや携帯の装飾やアクセサリーにも素敵なのよ」
「結衣の結婚式のときには、結衣の綺麗な肌にぴったりかもよ~!」
琴美は、そう言って笑った。
そんな琴美の言葉に結衣は、ちょっとだけ怪訝そうな顔をして
『わたしが結婚? ないよ、そんなもん!』
と、キレ気味に返事をした。
「え~、なにマジになってんのよ!」
「冗談よ、冗談!」
「結衣には、私と・・・ピンキーっていう“心の夫”がいるでしょ!」
『・・・う~ん・・・確かに琴美は男前な性格だから夫かも・・・』
『でも・・・ピンキーは・・・“心の妻”ってところね』
と、言って笑い、切れかけた結衣であったが、ご機嫌をもどしてくれたのだった。
千里 (月曜日, 25 1月 2016 20:56)
カウンターの端に座って少しの近況報告をした結衣は、バックから1冊の小説を取り出して読み始めた。
茶居夢に来たときは、いつもそんなふうに時間を過ごしているのである。
「何読んでるの?」と琴美の問いかけに
『これよ!』と、差し出した本の表紙には、リレー小説「仲間」 著:アイトと書かれてあった。
実は、アイトによって“仲間・本当の結末編”まで小説化され、最近になって出版されていたのであった。
結衣は、心のどこかに寂しさを感じた時には、「仲間」を何度も読み返していたのである。
琴美は、結衣が差し出した本を受け取って
「仲間? どんなお話なの?」と
すると結衣は、堰を切ったように小説の内容を熱く語りだした。
結衣の話は、止まらなかった。そして、いつしか他のお客さんまでが結衣の話を聞き入っていた。
結衣の話の最後は、この言葉で締めくくられた。
結衣は、立ちあがり
『わたし・・・モン様のように向日葵のような女の子になるの!』と
自然と拍手がおきていた。
自分の憧れであるモンとその仲間達のことを、無我夢中になって話していた結衣は、他のお客さんからも拍手をいただいて、ようやく我に返った。
『わ、わたし・・・ごめんなさい、しゃべり過ぎちゃったみたい』と
すると店の端の席に座って、結衣の話を最後まで聞いていた常連客の八千代さんが
「いいお話を聞かせていただいたよぉ、ありがとねぇ、お姉ちゃん」と
八千代は、最近になって、茶居夢の近くに越してきたご老人で、ちょうど結衣や琴美の母親に近いぐらいの年齢だった。
琴美が
「私の高校時代の同級生で、結衣っていいます」
と、八千代さんに紹介すると
「はいぃ、八千代です」
「こんな年寄になってしまいましたが、よろしかったら、仲良くしてくださいねぇ」
と、優しそうな笑顔で両手を膝の上にあわせ、そしてゆっくりとお辞儀をした。
『八千代さん・・・結衣です』
『少し、おしゃべりが過ぎちゃって、ごゆっくりなさっていたところを、邪魔しちゃいましたね、ごめんなさい』
と、丁寧に挨拶をした。
「そんなことは、ありませんよぉ」
「わたしは、毎日が退屈な日ばかりですからねぇ」
「結衣さんのお話し、とても楽しく聞かせてもらいましたよぉ」
「・・・私にも、結衣さんぐらいの娘がいましてねぇ・・・」
そう言って、淋しそうな表情を浮かべたのだった。
千里 (月曜日, 25 1月 2016 21:04)
そんな八千代さんを見て結衣は、ゆっくりと席を立ち
『ここに座らせてもらってもいいですか?』と
八千代さんは、嬉しそうな顔をして
「あれぇ、そうですかぁ、嬉しいことで」
「どうぞ、お座りくださいねぇ」と、結衣は八千代さんの前に座った。
八千代さんは、ゆっくりと結衣に話しかけた。
「私も、以前はたくさん本を読ませていただいたんですよぉ」
「ですけど、白内障を患ってからは、もう小説を読むほどの視力もなくなってしまいました」
「たしか、今、結衣さんがお話になられた小説は、以前、芥河賞を受賞された本でしたよねぇ・・・続編が、あったのですねぇ」
「とても良かったです。最後には、そんなふうにしてお仲間さんたちは、一緒に暮らしていかれて・・・」
結衣は、ずっと八千代さんの顔をみて話を聞いていた。
「わたしは、ガッツさんというお方が好きでしたよぉ」
「あんなふうに他人に優しくできる方が、いらっしゃるのかなぁと思って読ませていただきましたよ」
そして八千代さんは
「結衣さんのお話しだと、ガッツさんは、最期には・・・」
と、悲しそうな顔で結衣をみた。
結衣は
『私は、ガッツも仲間達と一緒に暮らしていけたのだと思っています』
『そうでなかったら・・・悲しすぎますもの』と
八千代さんは、嬉しそうな顔で
「そうですかぁ、良かったですよぉ・・・結衣さん」
そう言って、もうすっかり冷めてしまった珈琲を背中を丸めて口にしたのだった。
千里 (月曜日, 25 1月 2016 21:09)
そして八千代さんは、結衣にこんなふうに聞いた。
「結衣さん達も、小説のように同窓会を開いて、お仲間さんたちと仲良くされているのですか?」と
結衣は『う~ん、あの小説のような同窓会は、残念ながらまだ・・・』だと
八千代さんは、窓の方に目をやり、少し淋しそうな顔で
「そうでしたかぁ。私のようなお婆ちゃんになってからじゃ、同窓会も開けないですよねぇ」
「私には、お友達もいなくて・・・わずかばかりの年金で、週に1度だけ、このお店に寄せてもらうのが、唯一の楽しみなのですよ」
「ここに来ると、琴美さんの笑顔が見られますからねぇ」
と、カウンターの中にいる琴美の方を向いて、笑顔をつくってゆっくりと会釈をした。
そして
「わたしは、オマツさんという方が、本当にうらやましかったです」
「息子でもないのに、ガッツさんのような優しい人に、最期までそばにいてもらえて・・・」と
結衣は、八千代が口にした「私ぐらいの娘が・・・」と言って、寂しそうな顔をしたことが気になっていた。
だから、寂しそうにしている八千代を励ますつもりで聞いたのだった。
『八千代さん・・・さきほど、私ぐらいの娘さんがおいでになると・・・』
八千代は、結衣が自分を想って聞いていることが分かった。だから正直に
「私は、娘が小さい頃に生き別れました」
『それは・・・?』と、ゆっくりと聞いた結衣に
「はい・・・」
と、八千代さんは目頭を押さえて、小さな声で話を続けた。
「わたしは、娘を産んだあと、もう子どもを授かることができない身体になってしまいましてねぇ・・・」
「わたしが嫁いだ先では、どうしても男の子の後継ぎがなくてはならないと・・・」
「それで、私は、家をだされてしまいました、娘とも引き離されて・・・」
『そんなぁ・・・』
結衣も目頭を押さえながら
『それで、娘さんとは会わせてもらえなかったのですか?』と
八千代さんは、ゆっくりとうなずいた。
結衣は、八千代さんにかける言葉が見つからなかった。
すると、琴美が「八千代さん・・・、これ良かったら食べてください、頂き物ですけど」
と、水羊羹を温かいお茶と一緒に八千代の前に置いた。
そして琴美は
「八千代さん・・・いつでもいらして下さいね」
「娘さんの代わりにはなれないかもしれませんけど、私でよかったら、話し相手にさせていただきますから」と
そして、琴美の顔を覗き込み視線を外さない結衣に
「あなたの分もあるから!水羊羹!」
『・・・よろしい!』
二人の息の合ったコンビネーションで、八千代を笑顔にさせるには十分な掛け合いだった。
「仲良しなお二人で、見ているだけで幸せな気持ちになれますよぉ」
と、八千代は笑ってくれたのだった。
ヒロ (火曜日, 26 1月 2016 12:48)
その日、家に帰った結衣は、ずっと八千代さんのことを考えていた。
『八千代さん・・・娘さんに会いたいんだろうなぁ』
と、そんなことを考えながら洋服を脱いで、鏡の前で入浴前のいつもの決めポーズ!
『ダッチュウノ!』
浴室に入って浴槽のふたを開けると・・・なんと、そこにお湯は入っていなかった。
『ギャー! §Φ*◆Λ§・・・』
と、一人で騒いで慌ててもう一度洋服をまとった結衣は
『なんか・・・わたし・・・モン様に似てきたのかも』
と、ひとりボケをかまして、そのことを早速仲間達にLINE
「ドジー!」
「ドエスのドジ子さん!」
「風邪ひかないでよ~」
そんな、やりとりを済ませて、もう一度浴室へ
浅くお湯をはった湯船で半身浴、そして、昔の「仲間」を読んだ。
小説を読みながら結衣は、あらためてガッツの存在が大きく思えてきた。
『ガッツって、今の私と琴美が思っているようなことを、自分の生活を捨てて・・・そして、オマツさんを最期まで支えたのよねぇ・・・すごい人』と
小説を読むにしたがって、自然とオマツさんと八千代さんが重なり合っていった。
結衣の半身浴は、2時間半
その間、ガッツとオマツとのくだりを何度も読み返した。
そして結衣は
『わたし・・・ こんな私にも八千代さんにしてあげられる事があるはずよ』
そう、心に刻んで湯船からでた。
普段なら、お風呂から上がったときにするはずの決めポーズ
『モーレッツ! う~ん、いい女!』
だが、その日に限っては、そんな素振りも見せずにバスローブに身を包んでソファーに向かった結衣だった。
千里 (火曜日, 26 1月 2016 20:21)
ソファーにゆったりと腰をおろした結衣
何故だか、結衣の身体はいつもと違ってアルコールを欲することはなかった。
結衣の頭から、八千代の寂しそうな顔が離れなかったからだ。
『娘さんを捜し出すことって、出来ないのかしら・・・』
と、ふと・・・
昔、島田紳助さんが司会を務めた“嗚呼!バラ色の珍生!!”のハイライトの決め台詞
「我々スタッフが一生懸命、一生懸命捜しました。八千代さん・・・、娘さん見つかりましたよ」
そんなことにでもならないのかしらと考えてみた結衣は
『なに、他力本願なことを言ってるんだろ、私ったら・・・情けなっ!』
と、バスタオルで濡れた髪をもみくちゃにした。
『しっかりしろ!結衣』
『・・・ガッツなら、こんな時にどうするんだろう』
『ねぇ、ガッツ・・・教えて』
ちょうど、そんな時、結衣の携帯が鳴った。
グループLINEの琴美からの送信だった。
少し長めの文章で、男の子二人に、今日あった出来事を報告
そして
「結衣・・・もしかして、八千代さんの娘さんのこと考えていたんじゃないの?」と
『琴美ぃ・・・当たりよぉ』
と、すぐに返信した結衣
啓介が
「なんか、とても悲しい話だね」
浩市も
「自分たちの母親ぐらいの人だと聞かされて・・・何かしてあげられないのかな」
そんなLINEのやりとりも、結局のところは、四人の結論がでることはなかった。
全員の「おやすみなさいスタンプ」で、その日のLINEを閉じた結衣は、琴美に撮ってもらった八千代さんとのツーショットを携帯の画面に映し出した。
八千代さんは、背中を小さく丸めて、何故か申し訳なさそうに、小さな両手を膝の上において、それでも優しく微笑んでいた。
『今度のお休みの日、また、会いましょうね、八千代さん』
そう言って、結衣は眠りについたのだった。
千里 (火曜日, 26 1月 2016 22:49)
一方、逮捕された阿部部長は・・・
阿部は、逮捕されてから最大の3日間、身柄を拘束され、そしてさらに最大となる20日間勾留された。
大手ゼネコン泉建設となれば、当然のように、顧問弁護士を雇っていた。
それが、東城弁護士である。
東城は、阿部部長とは高校時代の同級生でもあり、互いに信頼し合う仲間であった。
阿部の勾留中、東城は、高校時代からの仲間の無実を勝ち取るために、幾度となく阿部と接見を繰り返していた。
そんな東城が、阿部と接見するなかで、どんな話をしていたのか・・・
八千代のことで頭がいっぱいの結衣には、知る由もなかった。
千里 (火曜日, 26 1月 2016 22:52)
勾留期間の最終日、阿部部長は起訴され、それと同時に被告人となった。
同時に、阿部と一緒に逮捕されていた泉建設の会社役員3名も起訴された。
阿部の罪状は、特別背任罪である。
10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金という重い罪である。
阿部部長らが、自己のために国土交通省の幹部に利益を図り、さらには泉建設に損害を加える目的で、任務に背く行為をした。もって、会社に対して財産上の損害を加えたという容疑で起訴されたのである。
東京地検特捜部は、今回の事件で、この罪状で阿部を含む役員を逮捕し、政界との汚職については、阿部たちの逮捕を足掛かりに追い詰めていく狙いであったのだった。
千里 (火曜日, 26 1月 2016 22:55)
公判は、起訴されてから1ヶ月ほど過ぎた後に開かれるのが通常である。
だが、今回の事件では、政界の汚職事件にも波及する恐れもあることから、第一回公判が開かれるまでには2か月が過ぎていた。
そして、いよいよ阿部被告人に対する公判が始まった。
裁判官が阿部に対して、人定質問をした。
「阿部将司、59歳、本籍地・・・居住地・・・で間違いありませんか」
『はい、間違いありません』
次に、起訴状が朗読された。
検察官が朗読する起訴内容を阿部は目を閉じて聞いていた。
次に、裁判官から阿部被告人に対して、黙秘権の告知がされた。
「これからこの審理を始めるにあたって注意しておきます。あなたには黙秘権があります。従がって、話したくないことは話さなくても構いません。これからずっと話さなくても良いですし、話したいことだけ話しても結構です。ただ、あなたがこの法廷で話したことは、あなたにとって有利か不利かを問わず証拠となるので、それを前提としてお話しください。」と
次に、罪状認否となる。
裁判官は、ゆっくりと尋ねた。
「それでは被告人にお尋ねしますが、今、検察官が読み上げた起訴状の内容でどこか違っているところはありますか?」
すると、阿部の口から
「私には、全て身に覚えのないことです。私は、会社に対して損害を加えるようなことは一切していません」
そして弁護人である東城弁護士も
「被告人は犯行に関与しておらず無罪です」と
阿部被告人が無罪を主張して、公判は始まったのだった。
ヒロ (水曜日, 27 1月 2016 12:54)
阿部部長の公判が開かれていながらも、泉建設は、通常の仕事を取り戻しつつあった。
結衣は、事件前と変わらずに、朝早い時間に起床し、新幹線に揺られての通勤、そして自分の役割をしっかりとこなしていた。
そんな結衣は、次の休日を待ち遠しく待っていた。
若かりし頃の結衣は、休日と言えば、ゆっくり寝たり、ただ買い物をしているだけというありきたりな休日を過ごしていた。
しかし、50歳を超えたころからは、休日の過ごし方に対する結衣の考え方も変わってきていたのである。
人は、多かれ少なかれストレスをかかえて暮らしている。
だから、特に働く者にとっては、休日はとても大切な役割をもっているのだ。
ストレスへの対峙の仕方には、ストレスが引き起こす心身の変化にアプローチする方法と、原因となる問題に直接アプローチする方法に大別されると言われている。
ゴルフやカラオケなど、オフタイムの遊びで気晴らしや気分転換をし、ストレスを発散するのが前者である。
若い頃の結衣は、いつもその方法でストレスを洗い流していた。
ただ、それは一時的なもので、発散することが根本的な解決にはならないことに気付いてきた結衣は、オフタイムの遊びをストレス発散のためには使わないようになっていった。
結衣が考えたのは
それまでの自分がストレスを「-1」、オフの遊びを「+1」と考えて、「-1」と「+1」で「0」にする、しかしそれでは、いつまでたっても「0」のままであるのだと。
だから、「ストレスは、あって当然!」。
「-1」じゃなく「±0」と考えて、そこにオフの遊びで学んだり身につけたりしたことを持ち込めば、結果は「+」になるだろうと。
ストレスと対峙できる自分づくりのために遊ぶという発想の転換をしたのだった。
たとえば、ゴルフをするにしても、「目標のスコアを出せなかったら、女子会の後のコメダ珈琲のサンドイッチは食べられない!」とか・・・
結衣は、遊びのなかで、それなりにハードルの高い"ペナルティ"を自分に課すことで、あえて自分にストレスやプレッシャーを与えた。
そして、その中でなんとかいい結果を出す努力をした。
そして、いい結果を出し続け、結果、食べ続けた。
負けず嫌いの結衣だから。
頑張り屋さんの結衣だから。
“ストレスを抱えた者が、さらにストレスを自分に与えるのなど、バカバカしい”
そう思う者は、前者を選ぶべきである。
人それぞれに、ストレスと向き合う方法を考えれば、それでいいのだ。
今度・・・結衣とカラオケに行く機会があったら、採点機能付カラオケで
「90点以上だせなかったら・・・ダッチュウノ!」
そんな“天の声”が聞こえてくることだろう。
そして、普段、人前では見せない“ありのままの少女のような結衣”が見られることだろう。
千里 (水曜日, 27 1月 2016 20:15)
結衣は、休日だからこそ早起きをする。
多くの人は、仕事を第一に優先し、そして休日を余暇とする。
結衣は、休日をメインに考え、そしてその休日のスケジュールのために、仕事を頑張った。
結衣は、53歳になる。
もうあと数年で仕事を定年退職し、そして高齢者となるのだ。あっという間だ。
そして、毎日が日曜日、即ち、余暇となる。
結衣は、分かっていた。
余暇に何か自分の出来る事を見つけられるか、あるいは見つける事によって残りの人生に生きがいを見出す事が出来るかどうかという事を
だから、あえて仕事に追われ、忙しくしている今も余暇を大切にした。
仕事よりも趣味の方が楽しいのは当たり前。
楽しい遊びにすら真剣になれない人が、楽しくない仕事に真剣になれるはずがない。
遊びこそ真剣に手を抜かないと決めた結衣は、休日の存在をとても大事に思っていた。
そんな結衣が・・・
八千代さんと出会ったことで、自分の休日を八千代さんのために
そんなふうに思えたのだった。
結衣には、理由など必要なかった。
千里 (水曜日, 27 1月 2016 20:18)
『八千代さんに会ったら、どんな話をしようかな』
『八千代さん・・・元気でいるよね』
と、まるで自分の母親のように、結衣は八千代さんのことを案じていた。
それは、決して八千代さんを哀れむ気持ちからではなかった。
ようやく結衣が待ちわびていた休日になった。
その日の結衣は、早起きしてシャワーを浴び(もちろん、鏡の前で「ダッチュウノ!」の決めポーズ付きで)、薄化粧に紺色のカーディガンというラフな支度で茶居夢に出かけていった。
優しい気持ちでいるときの女性は、本当に美しい。
女性は年を重ねると、肌はシワとシミが出てきて、増えるのはくすみ・・・
高い美容液にも効果の限界があるだろう。
でも、心や内面は、磨けば磨くほどより輝きを増していく。
気持ちの持ち方次第で、女性はいくらでも美しくなるのである。
その日の結衣は、外見だけではなく心の美しい女の子、とても可愛らしかった。
千里 (水曜日, 27 1月 2016 23:57)
『琴美ぃ、おはよう!』
「おはよう、結衣・・・早いわね」と、琴美も可愛らしく笑った。
「琴美、朝食は? 食べていないんでしょ?」
『・・・うん』
「はい、どうぞ」
『えっ?ホント? ありがとう琴美ぃ~』
結衣は、うれし涙を流した。
それが、琴美の優しさに触れたからなのか、あるいは、目の前に予定外のご馳走が並べられたからなのかは分からないが。
いずれにせよ、結衣の指定席のカウンター端の席に座って、サンドイッチを頬張った。
『美味しいよ、琴美』
二人は、互いの近況報告をしながら八千代さんが来るのを待った。
千里 (水曜日, 27 1月 2016 23:59)
結衣は、八千代さんの娘さんのことが気になっていた。
『このままじゃ、八千代さんは一人淋しく・・・』
自分に何か出来ることがあるのではないかと考えてはみたものの、八千代さんに期待だけを持たせて結局のところは・・・と、そんなことを考えると、行動に踏み出せないでいる自分が嫌だった。
八千代さんは、いろんなことを話してくれた。
おそらくは、こうして人と話せることが何よりもの楽しみであったのであろう。
結衣も、自分の母親と話しているようで、すごく心地よかった。
『いまの私の気持ちって・・・ガッツもきっと同じだったのかもしれないなぁ』
と、そんなふうにさえ思えた。
そんな時だった。
八千代さんは、丸くなった小さな背中を少しだけのばして
「この歳になってですけど、私は、娘と暮らしてこれたなら、どんなにか幸せだったと思いますよぉ」
「きっと結衣さんのような、優しい子に育っていてくれることと」と
結衣は、勇気をだして聞いた。
『娘さんと会いたいですよねぇ』
高齢であることも重なり、涙もろくなっていた八千代さんは、涙ながらに「はいぃ」と答えた。
その時の結衣は、涙をこらえるのが必死で、八千代さんにかけてあげる言葉も見つからなかった。
少しの時間が経った。
すると八千代さんは、小さな巾着袋から1枚の写真を取り出して、結衣の前にそっと置いた。
「5歳のときの娘です。私には、この写真しか・・・」と
白黒で、しわの寄ったその写真には、若い頃の八千代さんと、女の子が二人で写っていた。
『娘さんなんですね・・・』
と、結衣は、そっと手に取り、涙目のまま写真をみせてもらった。
そして・・・
『えっ? この子は・・・』
結衣の遠い記憶に、その女の子の面影が思い出された。
『八千代さん・・・娘さんのお名前は・・・』
千里 (木曜日, 28 1月 2016 12:14)
【692と693の間の再送】
千里 (木曜日, 28 1月 2016 12:25)
【692と693の再再送】
千里 (木曜日, 28 1月 2016 20:43)
【692と693の再再再送】
千里 (木曜日, 28 1月 2016 20:47)
【692と693の再再再再送】
千里 (木曜日, 28 1月 2016 23:27)
[カランコロン]
茶居夢の入り口の鐘が鳴った。八千代さんだった。
「こんにちは、おじゃましますねぇ」
「いらっしゃい、八千代さん」
『こんにちは、八千代さん』
琴美と結衣の二人で八千代さんを出迎えた。
「あれぇ、結衣さん・・・またお会いできて、嬉しいことですよぉ」
琴美が、「どうぞ、こちらへ」と
八千代さんは、小さな歩幅でゆっくりと歩き、そして琴美が案内してくれた席に腰をおろした。
結衣は、当たり前のように八千代さんの前に座った。
『こんにちは、八千代さん』と
その時の八千代さんは、この上なく嬉しそうに、目を細めて笑顔で結衣をみたのだった。
千里 (木曜日, 28 1月 2016 23:28)
結衣は、八千代さんの娘さんのことが気になっていた。
『このままじゃ、八千代さんは一人淋しく・・・』
自分に何か出来ることがあるのではないかと考えてはみたものの、八千代さんに期待だけを持たせて結局のところは・・・と、そんなことを考えると、行動に踏み出せないでいる自分が嫌だった。
八千代さんは、いろんなことを話してくれた。
おそらくは、こうして人と話せることが何よりもの楽しみであったのであろう。
結衣も、自分の母親と話しているようで、すごく心地よかった。
『いまの私の気持ちって・・・ガッツもきっと同じだったのかもしれないなぁ』
と、そんなふうにさえ思えた。
そんな時だった。
八千代さんは、丸くなった小さな背中を少しだけのばして
「この歳になってですけど、私は、娘と暮らしてこれたなら、どんなにか幸せだったと思いますよぉ」
「きっと結衣さんのような、優しい子に育っていてくれることと」と
結衣は、勇気をだして聞いた。
『娘さんと会いたいですよねぇ』
高齢であることも重なり、涙もろくなっていた八千代さんは、涙ながらに「はいぃ」と答えた。
その時の結衣は、涙をこらえるのが必死で、八千代さんにかけてあげる言葉も見つからなかった。
少しの時間が経った。
すると八千代さんは、小さな巾着袋から1枚の写真を取り出して、結衣の前にそっと置いた。
「5歳のときの娘です。私には、この写真しか・・・」と
白黒で、しわの寄ったその写真には、若い頃の八千代さんと、女の子が二人で写っていた。
『娘さんなんですね・・・』
と、結衣は、そっと手に取り、涙目のまま写真をみせてもらった。
そして・・・
『えっ? この子は・・・』
結衣の遠い記憶に、その女の子の面影が思い出された。
『八千代さん・・・娘さんのお名前は・・・』
千里 (木曜日, 28 1月 2016 23:30)
八千代さんは、小さな声で娘の名前を言った。
「鈴子と言います」
結衣の記憶は正しかった。
『やっぱり・・・鈴子・・・なのね』と、心の中でつぶやいた。
琴美も、カウンターを出て結衣の隣に立ち、そして写真を覗き込んだ。
琴美も、結衣と同じように鈴子であると理解した。
琴美は、この時の結衣に話させるのは、あまりにも可哀そうだと思い、琴美が自ら八千代さんに打ち明けた。
「八千代さん・・・驚きました」
「私達は娘さんと同級生なんです」
「高校を卒業してからは、一度も会っていないのですけど・・・」
「風の便りで、たしか、今は都内で弁護士のお仕事をされていると」
八千代は、琴美の言葉を聞き逃すまいと、一生懸命に聞いていた。そして
「そうだったんですかぁ・・・皆さんのような優しいお友達に囲まれて・・・」
「それに弁護士先生のお仕事を・・・」
そう言って、古いタオル地のハンケチで両目をふさいで泣いた。小さな背中を揺らして。
琴美は、八千代さんにそれ以上のことは伝えられなかったのだった。
千里 (木曜日, 28 1月 2016 23:31)
朝比奈鈴子・・・
鈴子は、5歳のときに八千代さんと引き離され、そしてすぐに継母に育てられるようになった。
継母も、最初は鈴子に優しかった。
だが・・・、
父親と継母との間に長男が生まれると、継母の態度は豹変したのである。
まだ、その時の鈴子は、小学校2年生であった。
継母は、来る日も来る日も鈴子をいじめた。
ご飯もろくに食べさせてもらえなかった鈴子は、やせ細っていった。
鈴子が3年生になると、継母のいじめは、虐待となって、さらにエスカレートしていった。
「お父さん・・・助けて」と、すがったこともあった。
だが、鈴子の実父は、それを見て見ぬふりをした。
鈴子が、小学校の授業中に栄養失調で倒れたことで、継母の虐待が発覚
そして、鈴子は児童相談所職員の手で、児童養護施設に預けられたのだった。
鈴子は、施設に入るのと同時に転校させられた。
新しい学校の同級生達は、施設の子をバカにして、相手にもしてくれなかった。
だが、琴美と結衣だけは、そんな鈴子に温かく接してくれたのである。
「鈴子ちゃん、一緒に遊ぼう!」
「うん!琴ちゃん、ゆーちゃん!」
鈴子にとって、琴美と結衣が初めての“お友達”だった。
三人は、いつも一緒にいた。
鈴子を良く思わない男の子たち、女の子たちは、鈴子にいじめを始めた。
琴美と結衣は、盾になって鈴子を守った。
いつしか、その男の子たち、女の子たちは、琴美と結衣もいじめの対象にし始めた。
「鈴子をかばうなら、お前たちもノバにするからな!」と
学校からは、三人一緒に帰った。
三人にめがけて、石を投げてくる男の子もいた。
結衣は、その石に当って、ケガをしたこともあった。
そんな三人を救ってくれた男の子達がいた。
それが、啓介、清史、収一、そして浩市の四人組だった。
四人の男の子達が、悪ガキどものいじめに立ち向かってくれたのである。
「三人にこれ以上手を出すなら、俺達が相手になってやる!」と啓介が言った。
もちろん、その台詞のあとには、男の子たちの喧嘩が始まった。
だが、その啓介の台詞は「大ウソ」だった。
殴られても、蹴られても、絶対に手を出さなかったのだ。喧嘩の相手ではなかった。
四人組は、ただひたすらに痛みに耐えた。
悪ガキどもの、執拗な暴行は、通報を受けた先生が来たことで、ようやく終わった。
「啓ちゃん・・・」
『清史ちゃん、収ちゃん・・・』
「浩ちゃん・・・」
結衣は、キャンディーキャンディーのハンカチで
琴美は、エースをねらえのハンカチで
鈴子は、無地のタオル地のハンケチで男の子達の顔やひざ小僧を拭いてあげた。
そして鈴子は
「ごめんなさい、わたし・・・」と、泣き出してしまった。
そんな鈴子に啓介が
「鈴ちゃん・・・俺達も友達になりたいんだ」と
7人組が誕生した瞬間であった。
ヒロ (金曜日, 29 1月 2016 12:43)
7人組は、仲間になった“証”として、7人のグループ名をつけた。
それが、“スクールメイツセブン”である。
・・・って、
まぁ、そのまま訳せば、“学校の友達の7人”と、名前の通りであるのだが・・・
なんともハイカラな名前をつけたものである。
メンバーはそれぞれに、自分の役職とシンボルカラーを決めた。
「スクールメイツセブン、幹事長・柿色の啓介!」
『スクールメイツセブン、書記長・山吹色の琴美!』
『スクールメイツセブン、料理長・茜色の鈴子!』
もう、気が付いたであろうが、“チョウ”が付けば、なんでも良かったのである。だから
「スクールメイツセブン、文鳥・狐色の収一!」
「スクールメイツセブン、浣腸・どどめ色の清史!」
おとなしかった浩市は
「スクールメイツセブン、緊張・群青色の浩市!」
そして、動物が好きで、自分が可愛いと思っていた結衣だけは
『スクールメイツセブン、シマリス・ネイビーの結衣!』
「7人揃って、スクールメイツセブン!!!」
と、そんなふうに互いに支え合って、悪ガキどもに立ち向かっていったのだった。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 08:41)
「缶蹴り」、「高鬼」、「ケードロ」、「フルーツバスケット」、「石けり」、「ぽこぺん」、「ゴム跳び」、「天下町人」などなど
スクールメイツセブンは、いつも一緒に遊んだ。
自分たちの秘密基地もつくった。
小学生のときには、成長の早い女の子が遊びをリードしていた。
小学校も、高学年になったころからだった。
「ねぇ、手をつなごう!浩市」
と、浩市を好きな気持ちを抑えられない子がいた。
浩市は、「どうして僕と?」
と、不思議でならなかったが「・・・うん」と、手をつないだ。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 09:51)
そうである。
それは、清史だった。
清史は、もうこの頃から、男の子が好きだった。
浩市が、琴美や結衣と話していると、必ずそこに割って入ってきた。
まだ、小学生の頃は、それでも良かったのであるのだが・・・
スクールメイツセブンの面々は、同じ中学校に入学した。
それぞれが、思い思いの部活動に進んだことで、さすがに小学生の頃のように7人が一緒にいる時間は、少なくなっていった。
それは、鈴子を守る必要がなくなっていたことでもあった。
それぞれが、それぞれに友達を増やしていった。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 10:48)
それでも、7人の結束は固かった。
7人の中でも、それぞれの立ち位置が、自然と出来上がっていった。
男の子のリーダー的存在は啓介
女の子のリーダー的存在は結衣だった。
勉強も運動もずば抜けていた啓介は、女の子たちからの憧れの的だった。
収一は、ごくごく普通の中学生
清史は・・・
少しずつではあったが「自分は、他の男子とは違うのかもしれない」と、気づき始めていた。
引っ込み思案で、他のメンバーより頭の弱い浩市は、誰のいう事にも「うん」と、返事するような人畜無害な存在だった。
7人の中には、誰も口にはしなかったが“暗黙の了解”が存在していた。
それは・・・
7人を結びつけているのは“友情”であり
そこに“愛情は持ち込まない”というものだった。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 18:50)
だが・・・
中学2年生の頃にもなると、スクールメイツセブンの男女の関係が、少しずつ崩れ始めていくのであった。
そうである。
暗黙の了解は、もうメンバーの心の中で崩れ始まっていたのである。
中2の冬休みのことだった。
啓介に対して、他の男の子とは違う感情が芽生え始めていた結衣は
『私、啓介君のこと好きになっちゃったかもしれない』
と、琴美と鈴子に打ち明けたのだった。
「結衣ったら・・・自分で言ったのよ! スクールメイツセブンに恋愛の持ち込みは禁止だよって」
と、合点がいかない琴美だったが、鈴子も同じように結衣の言うことは、受け入れるしかなかったのだ。
『わたし・・・啓介君にチョコあげようかな』
と、バレンタインの計画を二人に打ち明けた結衣だった。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 22:39)
そんな冬休みも終わり、3学期が始まった。
『あっ! わたし、やっちゃった・・・、どうしよう』
と、結衣が新学期の始まりには、各自1枚ずつ持ってくる約束になっている「雑巾」を忘れたことを打ち明けた。
すると、それを聞いた浩市が
「結衣ちゃん・・・これで良かったら・・・」
と、雑巾を結衣に差し出した。
それを見た結衣は
『え~、なんか、すごい下手くそに縫ってある雑巾だわね』
と、一度は、浩市に返そうとした。
それでも浩市は
「結衣ちゃん・・・学級委員長が忘れ物しちゃ、いけないよ」と
結衣は
『それもそうね! じゃぁ、お言葉に甘えて。これで我慢するか!・・・でも浩市は?』
「あっ、俺は忘れ物の常習犯だから」
と、笑って雑巾を結衣に渡したのだった。
いつもの光景であるが、担任に叱られる浩市だった。
その雑巾は、下手くそな裁縫であるのは当たり前だった。
中学1年の時に、母親を病気で亡くしていた浩市が、自分で縫った雑巾であったのだから。
その日帰宅した浩市は、不器用な手つきで、もう一枚の雑巾を縫った。
「これでよし! でも、良かった。結衣ちゃんに忘れ物は似合わないもんな」
と、自分が仲間達の役に立てたこと、ただそれだけを喜んだ浩市だった。
千里 (土曜日, 30 1月 2016 23:35)
聖バレンタインデーの日になった。
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼると言われている。
当時、ローマでは、2月14日は家庭と結婚の女神「ユノ」の祝日だった。
その頃の若い男たちと娘たちは生活が別だった。
祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。
翌日、男たちは桶から1枚札をひくのだ。
ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。
そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚したのだった。
ローマ帝国時代の、こんな話から、キリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったのだった。
ちなみに・・・日本では、森永製菓の戦略によって作られた話は有名であるが。
結衣は、赤い包みの不二家のハートチョコを買った。
ピーナッツが入った、人気のチョコだった。
『やっぱり気持ちを伝えるには、これよね』と
その当時の、バレンタインデーは、義理チョコや本命チョコなどと言った言葉も無かった。
女の子にとってバレンタインデーは、好きな男の子に気持ちを伝えるという、一大イベントだったのである。
『ねぇ、付き合ってよ、琴美、鈴子も』
と、結衣は、いきなりの啓介への告白に、幾分、弱気になっていた。
「うん、いいけど・・・あのね・・・」
『えっ? なに?』
実は、
結衣が啓介にチョコをあげると聞かされていた琴美と鈴子は
「他の3人が可愛そうよね。私たちから、あげようよ」
と、相談していたのである。
「ねぇ、琴ちゃん・・・わたし・・・浩市君にあげたい」と鈴子が
「うん、わかった。じゃぁ、私は収一君と清史君にあげるね」と琴美が
琴美が結衣に
「私たちも、収ちゃんたち3人に渡したいの」と
『え~、聞いてないよ!』
「・・・うん・・・言ってなかった・・・けど、ほら、可愛そうじゃない、他の3人がさ」
『え~、私のチョコが、霞んじゃうでしょ!』
と、少しご機嫌斜めの結衣であったが、そのことよりも、もうすぐ啓介に渡す緊張感で、そこは、気にしないことにした結衣だった。
千里 (日曜日, 31 1月 2016 09:13)
ちょうどいい具合に、4人が揃って下校するところだった。
『啓介・・・これ!』
と、結衣が啓介にチョコを渡した。
「ほ~、ほ~」
と、清史が両手を合わせて、ふくろうの鳴きまねで、啓介を冷やかした。
そして「さすが啓介だよな! 五つ目じゃん!」と清史が
『えっ? 五つ目?』
と、驚く結衣に、さらに追い打ちをかける言葉が、啓介の口から
「清史たちにもあるんだろう?」と
結衣は、言葉が出なかった。
だから、結衣を救おうと
「あっ、もちろん」と、琴美が収一と清史に
そして、鈴子が浩市に
「浩市君・・・いつもありがとう、これ」
と、チョコを手渡したのだった。
鈴子が、とても照れながら渡すところをみた清史が
「ねぇ、浩市! これは仲間の標なのよ! 勘違いしないでよ!」
と、顔を赤くして照れている浩市に釘をさした。
仲間のまとめ役の啓介は
「さすがスクールメイツセブン!!!」と、その場を丸く収めた。
結衣のプロポーズ大作戦は、空振りに終わったのだった。
千里 (日曜日, 31 1月 2016 18:28)
結局のところは、以前の関係と何も変わらなかったスクールメイツセブンのメンバー達
3年生になり、部活動も夏の大会を終え、いよいよ受験モードに入っていった。
啓介、収一、清史、結衣、琴美は迷わず同じ県立の進学校を選択した。
児童養護施設から通う鈴子は、受験に失敗することは許されなかった。
「わたしは、県立でなきゃ・・・」
と、ワンランク上の高校か、或いは、安全圏である他のメンバーと同じ高校にすべきか、選択に悩んでいた。
問題は、頭の弱い浩市だった。
浩市の家は、ずっと病弱であった母親の入院費で、決して裕福とは言えない家庭であった。
大学に進むことなど、はなからあり得ないと思っていた浩市は、手に職をつけたいと、工業高校への進学を決めていた。
それなのに・・・
千里 (日曜日, 31 1月 2016 20:01)
誰しもが、いま、正しい道を歩んでいると胸を張って断言できるだろうか。
違った道を歩んでいた方が幸せだったかもしれないと、一度や二度は考えたことがあったのではないだろうか。
人には、どれだけの人が、“人生の道標”を示してくれるのであろうか。
助言をしてくれた人はいたことであろう。
相談にのってくれた人もたくさんいたことであろう。
それでも、最後は自分で何事も決めて進んできたはずだ。
人は、自分のしてきたこと、今していることが正しいと思いたいのだ。
だから、自分の考え方を正当化する。
自分の信じたものと違うものは、それを否定しようとする。
「違い」を否定しない自分自身を肯定するために、相手の価値観を否定する生き物なのだ。
工業高校に進もうと決めていた、この時の浩市には、人生の道標を示した教師がいた。
しかも、その示し方は、浩市の選択の余地はないかたちであった。
教師の価値観と自分の価値観が異なったことで、浩市は、その教師と大喧嘩をしたのである。
「浩市・・・お前は科沼高校に行って野球をやれ!」
『えっ? 先生、自分は大学には行けないので、進学高に行っても・・・』
「大学なら、自分でバイトしながらでも行ける。だから行け!」
『・・・行きません。工業高校に行って早く就職したいんです』
「だめだ!科沼高校に行け!」
『行きません!大学に行って、何が得られるっていうんですか?』
「浩市よ! いいから俺の言う事を聞いて科沼高校に行け!」と
『大学には、行かないんですから・・・だから行きません』
長い時間、そんな押し問答が続いた。
一触即発の教師と浩市
この時の浩市は、自分の考えが絶対に正しいはずだと、教師を殴りたい気持ちにもなっていた。
今の時代に、こんな教師がいるのか、いないのか分からないが
浩市の人生が大きく左右された瞬間だった。
最後に浩市は、その教師に啖呵をきった。
『分かったよ、先生・・・行ってやるよ!』と
浩市は、人生の中で、おそらくはこの時だけだったであろう。
受験までの半年間・・・“勉強した” のだ。
教師に啖呵をきったからだ。
千里 (日曜日, 31 1月 2016 20:03)
そんな事もあって、浩市の受験先が決まった。
それと、鈴子も仲間達と同じ高校を受ける事を決め、スクールメイツセブン全員が科沼高校を受験することになった。
仲間達は、ひたすら勉強に取り組んだ。
この頃は推薦入学もなかった。
だからという訳ではないが、ほとんどの生徒はいわゆる“すべり止め”として私立高校を受験した。
白新学院だ。
それは、私立高校の受験申込の締切日のことだった。
「おい、浩市・・・お前、私立の願書早く提出しろよ!」
『はっ? 先生、自分で言ったこと忘れたんですか?』
『自分は、先生の言う事をきいて科沼高校を受けるって言いましたよね』
「はっ? お前、馬鹿か? 私立の願書だよ」
浩市は、笑った。
『先生、私立は受験しません。自分は、科沼高校に行くので』
教師は、唖然とした。
おそらくは、浩市が受験に失敗した時に、行き先がなくなってしまうことに、“教師の責任”というものが、ちらついたのであろう。
教師が浩市を説得したのは言うまでもない。
だが、浩市は
『うちは、私立に行くお金はないですから』
と、笑って職員室を出て行ってしまった。
「おい!浩市・・・待てよ!」
浩市は、廊下を歩きながら、つぶやいた。
『先生の言う通りにしたよ。この先は、自分で道を切り開いていくよ』と
千里 (日曜日, 31 1月 2016 20:07)
白新学院の受験日のこと
120人の生徒のうち、118人が受験に行った。
学校に残って、1日自習をしていたのは、浩市と鈴子だけだった。
「浩市君も受験しなかったの?」
『・・・うん』
「自信あるのね!」
『いや、そういう訳じゃないんだけど・・・』
「うそ、うそ。分かってる。頑張ろう、私たちに失敗は許されないのよね」と
そして鈴子は
「浩市君・・・隣に座ってもいい?」
『えっ?・・・う、うん』
教師たちは、受験に行った生徒達に連れ添っていたため、広い教室に二人きりだった。
鈴子の長い髪から、「恋コロン 髪にもコロン ヘアコロンシャンプー」の甘い香りがした。
浩市は、鈴子が転校してきたときから、ずっとそばで見てきたはずだった。
それでも・・・
恥ずかしがりやの浩市にとっては、とても長い一日になった。
おそらくは、心臓に二日分の働きを強いたことであろう。
そんな浩市に、追い打ちをかけるように、鈴子が突然、
「ねぇ、浩市君・・・」
『うん?なに』
「浩市君は、誰か好きな子いるの?」
『えっ?・・・』
浩市は、黙って下を向いた。
「もしかしたら・・・結衣ちゃん?」
『はぁ? 結衣ちゃんは、お友達でしょう。好きとか嫌いとか・・・そんなのないよ』
「だってさ・・・」
結衣も下を向いてしまった。
『だって? なに?』
「だって、結衣ちゃんに雑巾をあげてさ・・・自分が先生に叱られて・・・ただのお友達なら、そんなこと出来ないよ」
浩市は笑ってこう言った。
『鈴ちゃんが忘れてきても、同じようにしてあげるよ』と
「・・・浩市君」
「浩市君は、優しいよね」
と、鈴子は、本当はその次に「誰にでも」という言葉をつけ加えたかった。
でも、鈴子はそれを飲み込んだ。
鈴子は、自分の気持ちの変化に気づき始めていたのだ。
ふと気が付けば、浩市がいつもそばにいてくれたこと。
見えない愛情に、優しく包まれていたことに。
そして、決して、正直な気持ちを口に出して言わない浩市だけど、どんなにか強く支えてくれた。
いろんな事に余裕のなかった自分に、浩市が時々くれた言葉が、冷えた心を溶かしてくれていたということを
だから、鈴子は
「浩市君・・・ありがとう、いつも私の事を守ってくれて」と
浩市は『あっ・・・う、うん』と、参考書に向けた視線はそのままに返事をしたのだった。
少しの時間、静かな時間が流れた。
すると、鈴子が意を決したように
「ねぇ、浩市君・・・わたし・・・」と
そして
「ねぇ、浩市君・・・、立って」
そう言って鈴子も浩市のまえに立ち
鈴子はゆっくりと目を閉じたのだった。
千里 (月曜日, 01 2月 2016 21:43)
卒業式の日になった。
式が終わり、仲間達は、両親と並んで思い思いに記念撮影をしていた。
少し離れたところから、鈴子と浩市はその様子を笑顔で見ていた。
でも・・・
「私も、あんなふうに写真撮りたいなぁ」と
やはり、学校に親が来る日は心の中では、寂しい想いをしていた鈴子だった。
それは、浩市も同じであった。
親子の記念撮影も一段落すると
「おい、浩市!みんなで写真撮ろうぜ!」と、啓介たちがやってきた。
啓介の学生服に目をやると、そこにはボタンが1個も残っていなかった。
「みんな、持っていかれたよ!」と、啓介は笑った。
すると、浩市に気づいた清史が
「あれ? まだ残ってるじゃない。もらうね!」
『あっ、・・・う、うん』と、浩市の第2ボタンは清史にはずされたのだった。
鈴子は、浩市らしいなと、その出来事を優しく見守っていた。
スクールメイツセブンの卒業式は終わった。
翌日、合格発表の日になった。
スクールメイツセブン、全員が無事に合格していた。
発表を見に来たメンバーたちは、仲間を見つけてはハイタッチをして、互いの合格を喜びあった。
鈴子が、浩市を見つけて走り寄ってきた。
「浩市君、これからも一緒にいられるね」
『うん』
「全員、合格して良かった。二人でお祈りした甲斐があったね!」
『うん』と、浩市は笑った。
鈴子と浩市、その二人のお祈りとは・・・
千里 (月曜日, 01 2月 2016 22:16)
その出来事は・・・
白新学院受験の日、二人で自習していた時に、いきなり鈴子が
「浩市君、立って!」
そして、鈴子が目を閉じて
「ねぇ、お祈りしよう! 今日の受験、みんな失敗しないように」
「あっ、それと本番の受験に、全員が無事に合格しますように! って」
『・・・あっ、・・・うん、分かった』
二人は、しっかりお祈りをして、そして自習中にかかわらず「お腹すいたね」と、二人で一緒に早弁したのだった。
無事に単願の高校に合格した浩市は、卒業式のあと中学校の教師に会いに行った。
「先生・・・合格したよ」
『そっか、おめでとう』
教師は、机の引き出しを開けて、浩市に大きな封筒を渡した。
「俺からの贈り物だ、受け取ってくれ」と
『えっ? 先生、これは?』
「奨学金の手続きをしといた」
それは、県で8人という奨学生に合格したという書類だった。
「返さなくていい奨学金だ。それで、野球頑張れ!」と
浩市は、「先生、ありがとう」と、言葉少なに礼をいった。
それが、その時の浩市には精一杯だったのだ。
だが・・・
先生への感謝の気持ちも、一瞬だった。
「なぁ、浩市」
「明日からだぞ!」
『えっ? 何がですか?』
「ばか、決まってんだろうよ、練習だよ、野球、高校の!」
『はぁ? 聞いてないですよ!』
「ああぁ、そうだろう、言ってなかったからな!」
『・・・・・』
浩市が、唯一楽しみにしていた入学までの春休みは、一瞬にして消え去った。
そして浩市は教師に連れられ、翌日から練習に参加させられたのだった。
こうして、新たな学び舎に進んだ仲間達は、新たな青春時代を歩み始めたのだった。
千里 (月曜日, 01 2月 2016 23:17)
高校に進んだ仲間達は、新たな友達の輪を広げていった。
琴美と鈴子は、同じクラスになった。
そこで小早川範子、一之瀬美子、宇都宮繁子と出会った。
結衣のクラスには、天宮多香子と、四系新聞政治部記者となる宮崎誠也がいた。
啓介と清史、収一のクラスには、朝倉潤一、八神一尚、望月小梅、冬山欽子が
浩市のクラスには津路昌也と玉袋真・・・そして、東京地検特捜部にいくこととなる神崎遼祐がいたのであった。
お調子者の神崎は、根っからの野球好きで、浩市とすぐに仲良くなった。
野球部では、一番小柄な選手であったが、浩市と一緒に一生懸命に練習に励んだのだった。
千里 (月曜日, 01 2月 2016 23:18)
高校生ともなると、自分で高校生活をどう過ごそうとするのか、幾つかのパターンに分かれるものだ。
まずは、勉強に意欲をみせる者。
これは、進学校であるが故、至極当然であろうが、科沼高校の生徒では、やはりこのパターンの生徒が一番多かった。
このパターンの生徒の場合、部活動も頑張る者も多かった。
いわゆる“文武両道”というものだ。
当時の科沼高校の場合、これを一番に推し進めていた。
啓介、収一、結衣、琴美、鈴子がこのパターンだった。
突然の“ちなみに”ではあるが、高校生になった途端、自己アピールを髪型に表現する男子がちらほら現れてくる。
それは、中学時代まで丸刈り坊主を強制されていた世界から、一気に解き放たれるからだ。
パンチ、リーゼント・・・45度の眼鏡とセットで。
だが、残念なことに、聖子ちゃんカット、ワンレン、シャギー、ボブ、ソバージュといった女子はいなかった。
・・・って、それは、彼女たちが高校を卒業してから流行った髪型だからだ。残念…
話は、戻るが
次のパターンは、異性に走る奴だ。
清史がそうだった。
??? 異性ではないのだが・・・
清史は、玉袋真に出会った途端に一気に恋に落ちた。
後に、応援部応援団長となる玉袋真は、人一倍に大人びていたのだ。
清史は、その大人びた真に憧れた。ただ、一歩間違えると、大人びたという表現は、“じじくせー”ということにもなるのだが。
この頃のスクールメイツセブンの他のメンバーは、まだ異性に走る者はいなかった。
まだ、この時点では。
残るは、浩市の場合だった。
浩市の場合、異色なパターンだった。
それは、入学式の当日に
「自分は、大学には行かないので、勉強はしません!」
と、担任教師に宣言してしまったのだった。
そんな浩市は、部活動をするために高校に通った。中学校の教師の言いつけを守って。
浩市の登校時間は、皆が授業を終え、下校時間になるころもしばしばあった。
当然、浩市は勉強では取り残され、中間・期末といったテストでは、赤点のオンパレードであった。
だが、浩市は、まったくそれを気にもしなかったのである。
千里 (月曜日, 01 2月 2016 23:22)
入学して、夏休みも過ぎる頃になると、少しずつ変化も現れ始めるのであった。
それは、スクールメイツセブンの面々の色恋事情のことであるのだが・・・
自分には感心がなくても、周りの男子が放っておかなくなっていくのである。
それもそのはずである。
何故なら、結衣、琴美、鈴子の三人は、可愛さランキングでトップスリーを独占していたのであるから。本当に可愛かったのだ。
この3人の場合、他校の生徒や上級生から注目されたのであった。
結衣には、東大に現役合格者を毎年輩出する高校から“前寺和也”という、イケメンが近寄ってきた。
だが、この時の結衣は、部活動に一生懸命で、その告白をあっさりと切り捨てたのだった。
琴美には、上級生の“西島秀俊似の東郷博巳”という同じ中学校出身の先輩から
鈴子には、やはり上級生の“さとう宗幸似の溝端順平”という剣道部のエースから
それぞれに告白された。だが、結衣と同じように、きっぱりと断ったのだった。
なかには、スクールメイツセブンの存在を知り、結衣・琴美・鈴子との交際を取り持ってくれやしないかと、啓介のところにお願いに来る者もいたのだった。
「啓介・・・頼む! 一生のお願い! 結衣と付き合いたいんだよ! 俺は、琴美! いや、絶対鈴子だよ!」
と、一度に三人の男たちが。
このセリフを言う奴に限って、何回も使っている気がするのだが・・・それはいずれにせよ
その時の啓介は
『えっ? 結衣と? 琴美? 鈴子????? なんでぇ・・・あいつら、ただの“おかちめんこ”だぜ』と
何故なのであろうか・・・。
同じ中学校に通っていた女子に対して、「好きだ」、「可愛い」という感情を持たなかった相手を他の中学から来た奴に“べたぼめ”されると、変に気に入らない時がある。
「へぇ~・・・」
「あいつら・・・可愛いのかぁ」
「じゃぁ、なんで俺はあいつらを可愛いって思えなかったんだ?」
「実は、思っていたけど、思っていないふりをしていただけなのか?」と
小さい頃から、常に一緒にいて、いろんな場面をみてきたからなのか、それとも、あまりにも身近すぎて、気が付かなかったのか。
理由は、うまく説明できないが・・・
啓介は、周りの同級生達から「結衣は可愛い、琴美は可愛い、鈴子は最高!」と言われるほどに、「そうなのかなぁ・・・」
と、・・・それ以来、今までにはなかった感覚で結衣達を見るようになってしまったのだった。
ヒロ (火曜日, 02 2月 2016 12:40)
ここで大きな問題が生じてきたのである。
それは、これまでのようにスクールメイツセブンの面々の間で『男女の友情が成立するか』ということだ。
小学生、いや、かろうじて中学生のときまでは成立していた。
だが、高校生になると・・・
男女の友情には、『愛情と友情の綱引き』のような力学が働いていると思った方がいいのかもしれない。
一線を越えないようにバランスが保たれているように見えても、きっかけがあれば簡単にバランスが崩れ、あれよあれよと一線を越えてしまう、そんな『愛情と友情の綱引き』の関係にあるのだ。
ただし、お互いに「男女の友情を固く信じている」場合は、一線を越えることは少ないようだ。
男女の関係を忘れ、お互いが「恋愛対象として」ではなく、『人間として素晴らしい人』だと思えている場合は、『男女の友情が成立する』と言えよう。
だが・・・「絶対に一線を越えない」という保証は、どこにもないのだ。
ここで、確認しておかなければならないのが、男女の友情の境界線が、どこにあるのかということだ。
男子の境界線は・・・「約束して2人で会う」が、境界線だ。
これはあくまでも、いち個人の思うところの境界線であるが、2人で会う時点で、女性として意識してしまうというのが、その理由だ。
2人きりの時間を共有した時に、男性は友情以外の感情が芽生えてしまい、友情の心は、なくなってしまうのだ。
一方、女子の場合は・・・手を繋いだり、体を近づけた瞬間が境界線らしい。
いずれにしても、男性にとっては、女性の友人は、いつ恋愛対象になってもおかしくない存在ということなのだ。
そして・・・
スクールメイツセブンの中で、『男女の友情』が、崩れ始めていたことに、まだ誰も気づいてはいなかったのであった。
千里 (火曜日, 02 2月 2016 20:47)
アベックが成立しやすい季節は「秋」、次は「冬」である。
これは、今も昔も変わらない。
何故?と、聞かれた人が答えに選ぶのは、
「冬に向けてアベック向けのイベントが多くなるから」
或いは、「寒くなるに連れ人恋しさも手伝って、恋人の不在が寂しく思える時期だから」
もっと言えば、「冷静さ」であろうか。
「一気に燃え上がる夏の恋のような激しさでは無く、冷静に相手の事を考え、その想いを温めるだけの余裕があるのが秋冬だから」と、なるだろう。
いずれにしても、女子からの告白が、男子との仲を良い関係に進展させる確立は、秋冬が高いと言えるのだ。
そして、その季節を待っていたかのように
練習もオフのメニューとなった浩市に・・・
それは、冬休みに入る2週間前のことだった。
『ねぇ、鈴子・・・』
「なぁに? 結衣」
『私のクラスの子にね、浩市のことが好きになっちゃった子がいてね・・・』
「えっ? 浩市君のことを?」
『うん、そうなの、よりにもよってあの浩市のことをだよ』
「・・・ふ~ん・・・それで?」
『あっ、それでね、小学校の時からの同級生の私に、仲を取り持ってほしいって言うのよ』
『でさ、考えたんだけど、私より鈴子の方が浩市と仲がいいっていうか・・・そのぉ・・・』
「もしかして、その役を私にやれって言いたいの? 結衣」
『うん、そういうこと!』
鈴子は、怪訝そうな表情を浮かべ、そして返事をしなかった。
何故か、胸の奥が痛くなった。それは
「ねぇ、結衣・・・あなたは、どうして気付いてあげられないの?」
「浩市君は、結衣のことが・・・」
鈴子は、何故だか涙がこぼれてきた。自分でも分からないまま涙が。
そして、少し強い口調で、こう言ったのだ。
「結衣! どうして、あなたは浩市君のことを、そんなふうにしか見てあげないの?」
「浩市君はね・・・浩市君は・・・あなたのことが好きなのよ!」
「どうして、気付いてあげられないの?」と
『えっ?』
『ねぇ、鈴子・・・あなた、なに訳の分からないこと言ってるの? 浩市が? わたしのことを?』
『ないない、あり得ないよ!』
と、結衣は笑った。
千里 (火曜日, 02 2月 2016 22:07)
恋は勘違いから始まる。
例えば、優しくされた時に、
あの人は私を好きなのかな?どう思ったのかな?というきっかけのような気持ちが妄想を膨らませ、それが恋に発展する。
ときに男子は、いや、女子も
好きな人に意識して欲しいときに、さりげなく優しくしたり、自分の存在をそれとなく視界に入るようにしたりして「あの人、最近私のこと気にしているのかな?」と思わせることがある。
そう、好きな相手に気にしてもらいたくて。
特に男子の場合、女子からの視線に気づいた時には、こう思うのだ。
「自分に気があるに違いない」と。
実際のところ、女子には特別な意識があるわけではないのに、その男子の勝手な勘違いが、恋につながっていく。
そう、自分に気があると思った男子は、それから女子に積極的なアプローチをし始めるからだ。
モテるから自分に自信を持ってアプローチをするのではなく、好かれていると勘違いをして、アプローチしてしまうのが男子なのだ。
髪型や服装などをかっこよく決めて「自分はモテる」と思って行動をするから、恋愛が成就する。
自分はモテると勘違いした人がモテるのだ。
「自分はモテる」と思えば、なんでもできる。行動力があるからだ。
勇気を生み出すのは勘違いからで、勘違いでも立派な勇気は出るのだ。
「自分はモテない」と思ったら、最後。
容姿が整っていても、行動をしなければ、ゼロ。
これから、恋をしたいと思う者は、まずは勘違いから始めるがよい。
だが、これまでの結衣は、どれほど浩市に優しくされようが、そんな勘違いは一切しなかった。
もちろん、浩市も結衣に好意を持ってもらうために優しくしたことなど一度もなかった。
そう・・・
この時は、鈴子の勘違いだったのだ。
だから、結衣の「ないない、あり得ないよ」は、正しかったのだ。
それなのに・・・
ヒロ (水曜日, 03 2月 2016 12:44)
結衣に笑われた鈴子は
「うん、じゃぁ分かった。私から浩市君に伝えてあげるよ」
「結衣も頼まれて引き受けてきたからには、そうしない訳いかないでしょ?」と
結衣は、今度は少し曇った表情で
『・・・うん、・・・そうよね』と
その日、結衣は家に帰って自分の部屋に直行した。
ベッドに倒れこみ、天井を見つめていると、自然と浩市の顔が思い出されてきた。
「浩市は、あなたのことが・・・」
と、鈴子に言われたセリフが頭から放れなくなっていた。
『浩市かぁ・・・』
と、小学生の頃から浩市としてきたいくつもの場面を思いだした。
もちろん、雑巾を忘れてきたときの浩市のしてくれた優しさも
結衣は、不二家のノースキャロライナをひとつ、口の中へ放り込んで
『ねぇ、浩市・・・ホントなの? 本当に私のことを?』
『違うよねぇ・・・』
『でもなぁ・・・浩市がいつもそばにいてくれたから、私は・・・』
そんな浩市を思う日は、幾日も続いた。
思い出すたびに、浩市の優しさがあらためて身に染みていった。
『ずっと、私のことを見ていてくれたのよね・・・浩市は』と
千里 (水曜日, 03 2月 2016 20:13)
始めて会った見ず知らずの人なのに、訳も分からずに、妙に親近感を覚えたり…
今まで行ったこともない場所で、何故だかとても懐かしい気持ちになったり…
そんな経験を一度や二度したことがあるだろう。
人は、それを「デジャブ」と呼ぶ。
デジャブは、脳の錯覚ではなく、人の潜在意識に貯えられている記憶の一端をたまたま垣間見たことから生じる現象なのだ。
実は、人は誰もが、こころの奥底では幸せになる方法を知っているのだ。
それは、自分の潜在意識が、自分の経験を全て記憶しているからであり、潜在意識に上手に働きかけ、幸せな記憶だけを引き出すことが出来れば、恋愛で悩むことを失くすことさえできるのだ。
この時の結衣は、まさしくその方法を選んでいた、自然と。
結衣は、夜眠る前に、スクールメイツセブンの記憶をたどりながら、浩市との出来事を思い出した。
そして、その場にしばらくとどまって、自分自身をじっくりと観察したのだ。
『うわっ、私だけ食べてるし』と、こればかりはどうにもならなかったのだが、その時の光景が、肯定的で楽しいものであった時は、その時感じた幸せな感情をかみしめた。
また、否定的な場面を思いだしたときには、その場で犯した過ちを素直に受け入れて、十分に反省し、自分が取るべきであった正しい言動を思い浮かべた。
毎晩、このことを続けたことで、結衣の潜在意識は書き換えられていった。
こうして、結衣は、潜在意識から浩市との幸せな記憶を取り出し、そして、浩市に対して持っていた否定的な思考を全て捨て去ったのだった。
そして・・・
結衣は、浩市のことが好きであるということに気付いたのだった。
そうである。
実は、気付いたのではなく、鈴子が浩市の気持ちを確かめることもないままに勝手に言った言葉によって、結衣が勝手に勘違いをしてしまったのである。
いずれにしても、結衣の勘違いは始まってしまった。
そして・・・
この勘違いが、長い時間、結衣と鈴子を引き裂くことになってしまう。
そのことを結衣も鈴子も、ましてや浩市も知る由もなかった。
スクールメイツセブンを動かしていた歯車が、ひとつだけ違う方向に動き出してしまったのであった。
千里 (水曜日, 03 2月 2016 22:54)
月曜日の昼休みだった。
結衣は、鈴子に
『私・・・浩市のことが好きだったみたいなの! だから、このあいだのお願いは、無かったことにして!』
そう、伝えようと鈴子のクラスに向かった。
『鈴子・・・』
結衣に声をかけられた鈴子の方から先に切り出してきた。
「結衣・・・ちょうど良かった! 今度の日曜日に、スクールメイツセブンの面々と多香子の8人でお出かけするからね!」
『えっ?』
「結衣から頼まれていたこと・・・浩市君にじゃなく、多香子に会って話したの」
「8人でお出かけして・・・その時に、多香子が自分から告白することにしたのよ」
『・・・えっ?』
結衣は、何も言えなかった。
そう、自分で蒔いた種であるからだ。
それでも、結衣は、現実をしっかり受け入れようと
『どこに行くの?』
「う~ん、まだ、そこまでは決めていない」
『そ、そう・・・分かった。・・・ありがとう』
結衣は、それ以上何も言わずに、自分の教室へ戻っていった。
廊下を歩きながら
『あっ、そう言えば今日、多香子は・・・』
多香子は、学校を休んでいたのであった。
翌日になった。
『おはよう、多香子・・・』
明らかにいつもの多香子とは様子が違っていた。
「結衣・・・今日、部活が終わったら話あるから!」
それだけを言って、多香子は自分の席につき、それ以降、結衣の視線を無視し続けたのだった。
千里 (水曜日, 03 2月 2016 22:56)
バレー部の練習も終わり、多香子が結衣のところにやってきた。
『多香子・・・』
多香子は、結衣の顔をみてこう言った。
「結衣・・・あなた、どこまで鈍感なの?」
『えっ?』
結衣は、直ぐに鈴子の言葉を思い出した。
そして、今は、その時の自分とは変わっているのだと。だから
『多香子・・・ごめん、違うの。私、分かったの、自分の気持ち』
『いや、分からなかったから、だから鈴子に頼んだの・・・だってさ、鈴子の方が浩市とは仲良しだし・・・だから・・・』
「はぁ??? 結衣! あなた、なに訳の分からない事言ってるの?」
「鈴子は、浩市君のこと好きなのよ!それなのに・・・」
『えっ?』
言葉の出ない結衣に、多香子は話を続けた。
「日曜日に、私の家に遊びに来てくれたの、鈴子」
「結衣に頼まれたからって」
「鈴子は言ってたよ、浩市君は結衣のことが好きかもしれないよって」
「でも、浩市君のことを好きになってくれた私のこと、応援するねって言ってくれたの」
「鈴子は、いろんな事を話してくれたよ」
「鈴子が転校してきて、結衣たちが友達になってくれたから、今の自分があるのって」
「浩市君は、とっても優しいって。ただ、少し不器用だからって」
「結衣、あなたにもいつも優しいし、私たちの事を守ってくれているのって」
「わたし、鈴子のそんな話を聞かされて、余計に好きになっちゃった、浩市君のこと」
「それでね・・・」
「わたし、浩市君のことを話すときの鈴子を見ていて、直ぐに気づいたよ」
「鈴子も浩市君のことが好きなんだ!って」
多香子は、ひとつ大きく呼吸をして
「ねぇ、結衣・・・」
「わたしね、結衣のこと怒っているんじゃないの」
「今回のことは、私から頼んだんだし」
「ただ、鈴子の気持ちを考えると・・・でもね、私は自分の気持ちに正直に生きていきたいの。だから、浩市君とはどうしても・・・」
「・・・うん・・・お友達でもいいの」
「ねぇ、結衣・・・私は結衣にはこれからもずっといいお友達でいて欲しいって思ってるし・・・それに、鈴子とも」
「ねぇ、結衣・・・結衣と鈴子もずっとお友達でしょ?」
結衣は、ただ『うん』とだけ答えた。
そして多香子は
「あっ、ゴメン! 私、塾に行かなきゃ。じゃぁね結衣」と
暗くなり始めた自転車置き場に、結衣は、ひとりたたずんでいた。
ヒロ (木曜日, 04 2月 2016 12:45)
帰宅した結衣は、今日はもう何も考えたくないと、何もせずにベッドに潜り込み、布団を頭の上までかけて、丸くなった。
当然、眠れなかった。
すると「結衣ぃ~、啓介君から電話よーーー!」
結衣の母親の声だった。
『えっ? 啓介から?』
結衣は、少しためらった。
それは、いま、啓介と話をしたら、自分がどういう感情でいられるのか、分からなかったからだ。
「結衣ぃ~、聞こえてるの? 啓介君を待たせてるのよ!」
結衣は『うん、聞こえてるよ』と、自分の部屋から出て、一階に降り黒電話の受話器を手にした。
『もしもし・・・』
「俺! なぁ、鈴子から聞いたろう? 日曜日のこと」
『う、うん・・・』
「バレー部の多香子も一緒に行きたいんだってな」
「スクールメイツセブン・プラスワンだな」と、言って受話器の向こうで笑った。
「でさ、行き先なんだけど・・・どこがいいと思う?」
「鈴子が、俺に考えてって言うんだよ」
結衣は、言葉を発することが出来なかった。
「おい、聞こえてんのかよ? 俺、すっげー楽しみなんだぜ!」
「みんなで出かけるなんてさ、久しぶりだろう」
「なぁ・・・どこがいい?」
『う? う~ん・・・』
「おい、どうした? なんかあったのか? いつもの結衣らしくないよ」
『あっ、ごめん啓介・・・ちょっと頭が痛くて寝ていたの』
「なんだ、そうだったのか、ごめんごめん」
「まだ、時間はあるからさ、いろいろ考えてみようぜ」
「すまなかった、早くやすめよ!」
そして啓介は、最後にこう言ったのだった。
「行き先とか、いろいろ考えていたら、なんか結衣の声が聞きたくなっちゃってさ・・・」
『えっ?』
「夜、遅くにわるかったな、おやすみ、結衣」と
『う、うん、おやすみ啓介』
受話器を持ったまま立っている結衣に
「結衣・・・どうかしたの? 啓介君からの電話なのに、いつもの結衣らしくないよ」
『えっ? あっ、お母さん・・・なんか言った?』
「もう、結衣ったら・・・もしかしてお腹空いたの?」
そんな母親のさりげない気遣いで、結衣は
『もう、お母さんったら!』
『お年頃の女の子には、いろいろあるの!』
『おやすみなさい、お母さん』
と、精一杯の笑顔を作ることができた結衣だった。
千里 (木曜日, 04 2月 2016 20:04)
結衣は、二階へと階段を駆け上がり、また、布団の中に潜り込んだ。
いろんな思いが、結衣の睡眠への道のりを断ち切った。
結衣は、布団の中から顔だけを出して、枕元に置いてあるラジカセに手を伸ばし、ラジオの周波数を1242kHzにあわせた。
オールナイト・ニッポンのオープニング曲が流れた。
「こんばんわぁ~」
その日のパーソナリティは、中島みゆきさんだった。
視聴者のハガキによる相談コーナーになった。
得てして、人生とはそんなものだ。今の結衣の悩みを、そのままダイレクトに突き刺すようなハガキが紹介されたのだ。
「え~、次のお葉書は・・・ペンネーム“サインはR”さんからです」
「こんばんは、みゆきさん!」、『はい、こんばんは』
「私は、高校1年生、県立高校に通う普通の女の子です」、『はいはい』
「私には、悩みがあります」、『ほ~、どんな悩みかな?』
「私の親友から、お願いごとをされたのですが、そのお願いというのが、ずっと私が好きな男の子に、他の女の子との仲を取り持って欲しいって頼まれたのです」、『お~、それは大変だ!・・・って、その親友は、あなたが、その男の子のことを好きだって知らないのかな?・・・うん、それで・・・』
「私が、その男の子のことを好きだということは、親友は知りません」、『おっと、ちゃんと書いてあったね、はいはい。それで・・・』
「私は、その男の子と特別な関係になりたい訳ではないのですが、他の女の子とお付き合いされるのは、正直、辛いです」、『だよねぇ~・・・それで?』
「私と私の大好きな男の子、そして親友を含めて、男の子数人、女の子数人で小学生の時からずっと仲良くしてきました。もちろんこれからもずっと仲良くしていきたいと思っているのです」、『お~、ちょっと難しくなってきたよ! 男女の友情ってことかな? はい、それで・・・』
「それと・・・私がずっと好きな男の子は、その親友のことを好きなのかもしれないのです」、『わぁ、だめだ、さらにもっと難しい・・・それで』
そのころには、結衣は
『え~、もしかしてこの葉書・・・うそ、違うよね!』
と、鈴子からの投稿ではないかという思いで聞き始まっていた。
「みゆきさん!」、『はいはい』
「私は、ずっと仲良くしてきた仲間達との付き合いを壊したくないんです。でも、好きな人を他の女の子にとられるのも嫌です。こんな私に、その男の子はとても優しくしてくれます。それは、全部の女の子にですけど・・・ わたし、どうすればいいと思いますか・・・みゆきさん」
『あちゃぁ~、これは困ったわね』
『えっと、じゃぁ、その男の子をA君として、じゃぁ、葉書のあなたはBちゃんね、そして、Bちゃんの親友がC子・・・で、あっ、もう一人のD子、D子はA君に告白したいのね』
『さぁ、それでだ・・・』
『A君は、C子が好きなの? それなのにD子とA君の仲を取り持って欲しいって、Bちゃんは、C子から頼まれちゃったのね』
『Bちゃんは、どれくらいA君のことが好きなんだろう? Bちゃんは、A君と特別な関係になることで、これまでの仲間達の付き合い方が狂ってしまうのではないかとも心配していて・・・でもD子にとられるくらいなら・・・あぁ、でもA君はC子が???』
『う~~~ん、困ったなぁ・・・これは何画関係っていうのかしらね?』
『でもパーソナリティの役目として、何かアドバイスしてあげないとね!』
千里 (木曜日, 04 2月 2016 20:08)
結衣は、
『だって、鈴子はもう多香子に伝えたんだし、8人でお出かけすることは決まっているんだから・・・、この葉書は鈴子からのものじゃないんだろうけど・・・でも、私達とまったく同じシチュエーションの話よね』
と、布団の中で丸まっていたのをやめ、体育座りになってラジオに耳を傾けたのだった。
みゆきさんは、鈴子に向けて、ゆっくりと語った。 公共の電波にのせて。
『Bちゃん・・・あなたが一番に大切に思うのはなに? 恋? それとも友情?』
『そのどちらかを選ばなければならないとするならば・・・それはBちゃん、あなた自身が決めることよ』
『確かにね、大人である私たちは、たくさんの経験もあるし、いろんな事を見て聞いて知っているのよ』
『あっ、だから、Bちゃんだって、私に相談してきているんだもんね』
『・・・でもね、これからのあなたの人生・・・こんな悩みはたくさん訪れるよ』
『その時に、人の意見に左右されながら進んでいくのも、悪くはないけど、もし、失敗したときに、それを自分ではなく、人のせいにして、現実から逃げようとする人が、たくさんいるのよ』
『あっ、Bちゃんがそういう女の子って言ってるんじゃないからね』
『みゆきさんはねぇ・・・、Bちゃんには、強い心を持った女の子になって欲しいな!』
『友情を選んで、恋に破れ、幾晩も泣き明かすもよし!』
『恋を選んで、友情がこわれても後悔しない!』
『両方、うまく収まることだって、あるかもよ!』
『さてと、そこでだ! 私ならこうするよって教えてあげるね』
『私ならね・・・』
『おっと、ここでね、1曲かける時間なんだって』
『・・・えっ? いいのかなぁ、このタイミングで、この曲?』
『まっ、気にしないで聞いてね』
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:12)
『それでは、おおくりいたします。中島みゆきで “わかれうた” どうぞ』
それは、その年の9月に発売されたばかりの曲だった。
曲は、とても大人の世界の歌詞であったが、そんな大人の世界もわからぬまま結衣は、ラジオから流れる“わかれうた”を口ずさんでいた。
『いつもめざめればひとり~』と
曲は終わった。
『はい、聴いていただきました』
『で・・・、そっか、私ならこうするって話よね、Bちゃん』
『Bちゃんのために、自分の体験談をしちゃおう!』
『まっ、わたしは、たくさん苦い経験なんかもしているから、それが歌詞に活かされてるってこともあったりして・・・って、まっ、それはそれとして』
『実はね・・・』
『私にも、Bちゃんと同じような経験があるの』
『その時の私はね、親友に譲ったのよ。大好きだった人をね』
『私はね、その時に“友情”を選んだわけよ』
『でも・・・、親友とその人は、その後付き合って、それであっさりと別れて・・・』
『その友情はね・・・結果的に親友を憎む気持ちに変わってしまったの』
『許せなかったのよね、私の大好きな人を、ボロボロに傷つけてさ・・・』
『だから、私に、今度また同じ事があるとするなら、友情よりも絶対に“恋”を選ぶわ!』
『Bちゃん・・・これは、あくまでも私の経験から言ったことよ』
『勘違いしないでね! 自分で決めなさいよ、若いんだから、たくさん悩みなさい』
『大丈夫よ、後悔しないための悩みは、あなたを大きくしてくれるはずだから』
『じゃぁ、次のお葉書を紹介するわよ・・・』
実は、その放送を別の場所で聴いていた女の子がいた。
『みゆきさん・・・ありがとうございました』
『でも・・・私は・・・
・・・“友情”を選びました』
その女の子は、ラジオを消して、部屋の外には聞こえぬよう布団に潜り込み、そして大きな声で泣きじゃくった。
鈴子だった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:14)
日曜日がきた。
仲間達が、新鹿沼駅前に集まり始めていた。
「おはよう、結衣」
『あっ、おはよう啓介』
「よぉ~っ!」収一だった。
「キャー、今日はよろしく~」琴美が
少しの時間をおいて「はぁ?」
二人の男子がこっちに向かって歩いてきた。
「オッス! 自分は、10組、玉袋真、応援部に所属しています、今日はよろしくお願い申し上げます。オッス!」
「連れてきちゃった」と、嬉しそうに清史が
残りの3人は、ほぼ同時にやってきた。
「寝坊したっす」と、浩市が
そして、ようやく
『ごめんごめん、お待たせ』鈴子と多香子が
「あのぉ、わたし・・・バレー部の天宮多香子です。今日は皆さんと・・・」
「はいはい、堅苦しい挨拶は抜きにして・・・」
「これで全員揃ったな! スクールメイツセブン・プラス・・・ツーだな!」
「行こうぜ!」と啓介が、メンバーが揃ったことと出発を宣言した。
すると、琴美が
「って、どこに行くの?」
収一も
「俺達・・・寒くない支度をして新鹿沼駅前集合! しか、聞かされてないし」
その二人からの問いかけに啓介が
「菖蒲ケ浜!」と宣言
『はぁ?????? ・・・今は冬だぜ!』
「いいから、いいから、さっさと切符を買って」
仲間達は、啓介に言われるがまま切符を買って、各駅停車の電車で日光駅を目指したのだった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:17)
琴美は、電車に乗って直ぐに、結衣と鈴子、そして同じクラスなのに多香子とも、どこか余所余所しいことに気付いた。
さすがである。気づかいのできる琴美らしい対応をする。
「ねぇ、多香子・・・よろしくね」
「多香子はバレー部よね、で、わたしは・・・」
『うん、知ってる。琴美ちゃん』
「お~、・・・でも、なんか違和感あるなぁ・・・琴美って呼んでよ!」
『あっ、分かった。ありがとう・・・琴美』
「ねぇ、多香子・・・スクールメイツセブンって知ってるの?」
『あっ、うん。 だって有名だよ、仲良し7人組って』
「そっか、なら話は早いわ」
「あいつが、啓介! うちらの、ボスってところね」
「で、その右隣が収一! なんか最近、あっちこっちの女の子にチョッカイ出しているみたいだから気を付けてね」
『そ、そうなんだ・・・』と、多香子も苦笑い。
「で・・・あの二人は・・・右が清史。どうやら・・・男の子に興味が有るらしいの。で、その隣が真君、応援部だって。二人の関係は・・・よく分かんない」
「それと・・・あっ、あそこで、立っているのが野球部の浩市よ」
「どうして座らないのか知りたい?」
『うん。わたしもどうして立ってるのって、聞きたかったの』
『もしかしたら・・・仲悪いの?』
琴美は、大笑いして
「仲悪かったら、一緒に来ていないでしょ!」
「きっとね、トレーニングしてるんだと思う」
「野球部の足腰を! ってやつじゃないの?」
「ほら、見てごらん。かかとを上げているでしょ!」
「浩市は、いつもあんな感じよ」
「でさっ、浩市と話したいなら・・・慣れるまでは大変だから覚悟してね」
「しばらくは、敬語でしゃべってると思うし」
「・・・まぁ、そんな奴! ・・・大丈夫! 人畜無害な奴だから」
『えっ? 人畜無害って・・・平凡でとりえのない人って意味だけど・・・』
「フフッ、 話せば分かるよ」
多香子は、楽しそうに会話をしている様子と、それを片耳で聞きながら、必死に車両の揺れと格闘している浩市をみて、
「本当に仲良しグループなんだなぁ」と、自分も早く溶け込みたいとあらためて願ったのだった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:18)
日光駅についた面々は、路線バスへの乗換所にきた。
その時には、自然とアベックで座ろう的な雰囲気が漂い始めていた。
収一が
「おれ、収一! 一緒に座ろうぜ! 多香子」と
『えっ?・・・わたし?・・・』
「そう、多香子! おれ、バレー部で頑張ってる多香子のこと、ずっと可愛いなぁって思っていたんだ」と
多香子は、一瞬、返事に困った。だが、
『ごめん、収一君・・・私、ちょっと野球部のことで聞きたいことがあって・・・だから、浩市君と・・・』
「おいおい、なんだよ浩市? 浩市となんか座っても会話は弾まないぜ!」
「・・・まっ、野球部のことじゃ、しょうがねーけどな!」
そして収一は浩市に向かって
「浩市! 多香子が一緒に乗ってくれってさ」
浩市は
「はっ? ・・・いやぁ、おれぇ・・・う、うん。分かった」
と、返事をしたが、その時には、明らかに結衣のことを見たのだった。
その時の浩市の視線の先に結衣がいたことを、鈴子はしっかりと見ていた。
「浩市君・・・」
あとは、それなりにアベックとなりバスに乗り込んだ。
浩市の隣に座った多香子は「浩市君・・・ごめんね、急に一緒に乗ってなんて・・・ずうずうしかったわよね、わたし」
『いやっ、そ、そんなことないです。大丈夫です』
多香子は、あらためて思った。
「これが、琴美が言っていた、慣れるまでは大変だよ、しばらくは敬語だよっていうことね」と
すると浩市の方から口を開いた。
『あのぉ、野球部の聞きたいことって、なんですか?』
「えっ? ・・・あれっ? なんか私も緊張しちゃったのかな? あれっ? ゴメン、思い出したら聞くね」
『あっ、・・・はい』
その後の浩市は、もう自分から話しかけることはなかった。
黙って窓の外に流れる景色を見ていた。
「どうしよう、わたし・・・何か話さなきゃ」
と、思えば思うほど、出てくる言葉が見つからない多香子だった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:22)
偶然なのか、あるいは意図的であったのかは分からないが、
浩市の前には鈴子が、そして後ろには結衣が座っていた。
もうすぐ“いろは坂”というところまで来た。
会話の無い後部座席の二人を気づかって、鈴子が「よかったら、どうぞ」
と、振り向いてロッテのイブを差し出した。
多香子は「あ、ありがとう~鈴子」と
ちょうど、そのタイミングだった。浩市が
『猿! 猿がいたぁ』と
どんな心境で、返事をしたのかは分からないが
「えっ? なにぃ・・・私ならここに居るけど!」
と、結衣が当たり前のように反応したのだ。
『えっ? 違うよ、猿だって! ほら、あそこ!』と
まるで間の悪い結衣のボケになってしまったのだが、全員がいろは坂の入り口周辺で、餌を求めて集まっていた猿の大群を見つけた。
「ホントだ!」
「すげ~数だな」
すると、興奮気味に浩市が多香子に向かって
『天宮さん・・・お猿さん達、まだ、冬眠していないんですね』
「・・・・・」
「浩市君・・・猿は冬眠しないんだけど・・・」
『えっ? そうなんですか? いつからですか?』
「えっ? い・つ・か・ら?」
「・・・ずっと前からだよ・・・浩市君」
琴美が、みかねてフォローしてくれた。
「多香子・・・直ぐに慣れるわよ! こんな奴だからよろしくね!」と
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:24)
バスは、いろは坂を登り始めた。
右へ、左へとバスは大きく揺れた。
「浩市君・・・わたし、少しバスに酔っちゃったかも」と
浩市が、多香子をみると、青白い顔をして、とても調子が悪そうだった。
『天宮さん・・・』
『みんなごめん、少し窓を開けてもいいかな?』
『天宮さん、少し風にあたってください』
そして浩市は、席を立ち、運転手の隣まで行って
『運転手さん・・・ちょっと車酔いで調子悪い人が・・・少し、ゆっくり走っていただけませんか』と
そして、振り向いて、一緒に同乗していた他のお客さんに
『すみません、次の停留所まででいいので、すみません、ゆっくりと・・・』
すると運転手さんが
「君、分かったから、席に戻って」と
そして、車内マイクを使って
「少しのあいだカーブが続きます」
「ゆっくりと走らさせていただくこと、ご理解ください」と
千里 (金曜日, 05 2月 2016 06:26)
ようやく、次の停留所に着いた。
浩市は、「啓介、いいよな、降りようぜ」と
「降りるよ、みんな」
啓介も
「もともと、目的地は、あってないようなものだったんだ」
「これも、いい思い出になるさ」と
多香子が、バスを降りようとすると、バスの先頭に乗っていた高齢のご婦人が
「お姉ちゃん、大丈夫かい? お姉ちゃんは、素敵なお友達に囲まれて幸せだねぇ」と
多香子は、その言葉に精一杯の笑顔で「はい」と答えた。
最後にバスを降りた浩市は、降り際に振り向いて頭をさげ
「ありがとうございました」
「運転手さん、ありがとうございました」と
『おだいじに、大切にしろよ! 彼女なんだろう』
「えっ? いやっ、・・・失礼します」と
仲間達は、明智平で下車した。
すっかり意気投合した琴美が、多香子を心配して
「大丈夫? あっ、あそこに行って少し休もう」と
そして、歩きながら
「多香子・・・ねっ、浩市って、あんな奴なんだよ。面白い奴でしょ」
と、笑った。
『でもさ、どうして人畜無害なんて言い方したの?』
「フフッ、浩市の口癖だよ! 自分は! ってね」
『ふ~ん、そうなんだ』
啓介が、みんなに
「なぁ、せっかく明智平に来たんだから、ロープウェイ乗らないか?」
と、呼びかけ、早速、面々は乗車券売り場に向かったのだった。
ヒロ (金曜日, 05 2月 2016 12:19)
琴美が
「多香子はどうする? ちょっと休んだほうがいいかもね」
多香子は
『うん、そうする。私はここで待ってるから、みんな行ってきて』
そこに結衣が近寄ってきた。
『あのね、私もここで待ってる・・・苦手なんだ、高いところが』
と、多香子の隣に座った。
浩市は、結衣が隣にいてくれることが分かると、何事もなかったように
「やっべ、初めてだぜ! ロープウェイ」
と、飛んで行った。
動き出したロープウェイの中で手を振る仲間達を見送った結衣と多香子
ベンチに座って、結衣が「これ飲んで、多香子」と、森永ネクターを差し出した。
「あ、ありがとう・・・結衣」
「ごめんね、みんなに迷惑かけちゃった、わたし」
結衣は笑って
『うちらのメンバーは、誰一人として思ってないよ、迷惑だなんて』
「・・・うん・・・でも・・・」
『大丈夫だよ。みんなは、もう切り替えてロープウェイを楽しんでるでしょ』
『そんな仲間なのよ・・・私達は』
『ところでさ、バスの中で浩市の隣に座って、緊張していたの?』
「・・・うん」
『浩市は、いつもあんな感じなんだよ、普通にボケかますし・・・』
『それでも、いつもみんなの事考えててさ・・・』
「うん・・・カッコよかった! 浩市君」
『えっ?』
「運転手さんのところに行って、お願いまでしてくれて・・・」
『・・・そっかぁ、初めての多香子には、カッコよく見えたのね』
「うん! カッコいいよ。私には出来ないもん、あんなこと・・・』
『なんかさぁ、小学生の時から一緒にいる私達には、浩市の行動って、ごく当たり前のことだと思っててさ・・・』
多香子は、結衣を見つめてこう言った。
「わたしも、結衣たちのように、浩市君に守ってもらいたい・・・ずっと」と
『えっ? それって・・・』
そして・・・結衣は、思った。
『浩市が多香子の方を向いてしまったら、私のことなんか、もう・・・』と
それを考えると、居ても立ってもいられない感情に駆られた。
だから、自分のなかで決着をつけようと、多香子に言ったのだった。
『ねぇ、多香子・・・私ねっ・・・』
こうして・・・
多香子が、鈴子に勧められ、スクールメイツセブンの仲間達と一緒に日光に遊びに行ったことも
多香子が、バスに酔い、明智平で途中下車したことも
仲間達が、ロープウェイで出かけたことで結衣と多香子が残されたことも
全て、運命によって導かれたことだったのである。
そして、結衣が多香子に向かって言った言葉によって、仲間達の運命が、大きく動きだすのであった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 20:56)
結衣は、木製のチェストの中でずっと眠っていた38年前に日光で撮ったスクールメイツセブンの写真を茶居夢のカウンターに置いて、
『あの時、日光で、私があんな言い方をしなければ・・・』
『そして・・・あんな事故さえ起きていなかったら・・・』
と、耐えきれずに涙を流した。
その言葉を聞いた琴美は
「結衣!」
「あの事故は、あなたのせいじゃないって、何回言わせれば気が済むの!」
「いい加減にしなさいよ!」
と、強い口調で結衣を叱った。
結衣は、返事をせずに涙を流し続けた。
「結衣ぃ」と、琴美はハンカチを差し出した。
そして、琴美は結衣に向かって、ゆっくりと話し出した。
「八千代さん、とっても嬉しそうだったわね、私たちが、鈴子と同級生だったと聞かされてさ」
「八千代さん・・・鈴子と会いたいだろうね」
「でもさ・・結衣もずっと辛い思いをしてきたのよね」
琴美は、結衣が置いた写真を手にとり、
「ねぇ、結衣・・・今度、八千代さんが来たら、この写真見せてあげようよ」
「八千代さんも辛い人生をこれまで・・・」
「・・・いいよね、結衣」
結衣は、黙ってうなずいたのであった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 20:58)
結衣は、次のお休みに八千代さんに写真を見せることを約束して帰っていった。
『またね、琴美』
家に帰った結衣は、半身浴しながら、八千代さんのことを考えていた。
『八千代さんが鈴子の母親だったなんて・・・』
と、何か運命的なものを感じていた。
入浴を終えて、軽くビールで喉を潤そうとキッチンに向かうと
呼び鈴がなった「ピンポーン」
結衣が、玄関を開けると
「書留です」と
結衣は、差出人を確認した。
『えっ?』
その書留は、裁判所からだった。
それは、結衣の上司、阿部部長の裁判への証人としての出頭要請だった。
青天の霹靂ともいうべき出来事だった。
顧問弁護士の東城から、なんの話もないままに、いきなりの要請だったからだ。
証人が意味するところは
判所が犯罪事実などの事実を誤りなく認定し、正しい裁判をするためには、問題となっている事実を見聞きした人を証人として直接尋問することが必要不可欠だ。
仮に、警察官などに対して、同じ趣旨の供述をしていて、調書が作成されている場合でも、伝聞証拠は同意がない限り原則として証拠とできないため、証人として公判廷で供述することが必要となるのだ。
念のために言っておくが・・・、
結衣が、わざと嘘の証言をすれば、偽証罪で処罰されることになる。
また、証言によって結衣自身が刑罰に問われる可能性がある事柄や、結衣の配偶者などの身内が処罰されるおそれのある事柄についても、証言を拒否することができるのであるが、それ以外の事柄は正直に知っているままを証言する義務があるのだ。
何より・・・結衣には、今回の出頭要請を拒否する権利はないのである。
ちなみにではあるが、裁判所から証人として呼ばれながら、正当な理由がなく出頭しない場合には、勾引といって強制的に裁判所に出頭させるための手続が採られることもあるのだ。
そんな難しいことは、結衣は当然知らない。
証人が、どんなものであるのか。
ましてや、証人として法廷にたち、どんなことを聞かれるのか・・・
その時の結衣は、自分が阿部部長の役に立てるのなら、聞かれたことに全て正直に話せばいいのだと、ただ、そう思っていただけなのであった。
千里 (金曜日, 05 2月 2016 20:59)
今回の裁判の場合、
結衣が、証人として呼ばれた理由として考えられるのは、被告人である阿部部長が無罪を主張している以上、阿部被告が、事件に関与していないということを結衣に証言してもらうのが目的だと考えるのが普通だ。
しかし、顧問弁護士の東城の狙いは別のところにあったのだった。
通常であれば、弁護人と証人は、事前に打ち合わせをし、弁護人からの質問の内容を証人にレクチャーし、その答えを準備しておくものだ。
ところが、結衣にはそういった事前の連絡は、まったくなかったのである。
裁判に対して、少しでも知識を有する者であれば、“どうして”と考えることもできたであろうが、結衣の場合は、証人として法廷に立つなど、当然初めてのことであったことと、阿部を信じていたがために
まさか、法廷の場で、顧問弁護士の東城からの質問によって、自分が窮地に追い込まれようとは、夢にも思っていなかったのであった。
公判の日になった。
裁判所についた結衣の前に、四系新聞政治部記者・宮崎誠也が現れた。
「二階堂・・・」
『宮崎君・・・』
「今日は証人として法廷に立つんだってな・・・俺も傍聴人として、裁判をみさせてもらうよ」
『そ、そうなの・・・』
結衣は、さすがに緊張していた。
そこは、同級生のよしみで誠也は言った。
「リラックスして、聞かれたことだけ、答えるんだぞ!二階堂・・・」と
そして、いよいよ結衣が証言台に立ったのである。
千里 (土曜日, 06 2月 2016 09:47)
証人尋問は、裁判官の言葉から始まった。
「証人は中に入って証言台の前に立ってください」
結衣が、傍聴席から入ってきた。見るからに緊張していた。
「証人は名前を、自分の声で言ってください」
『二階堂結衣です』
「生年月日を言ってください」
『昭和38年3月13日生まれです』
「台の上の紙を取ってください。それを自分の声で読んでください」
結衣は、裁判官のその言葉で、紙を手に取り、読み上げた。
『良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います』
それを読み上げたことで、結衣の証言は、裁判の証拠品として動きはじめたのだ。
主尋問が始まった。
それは、“味方”であるはずの弁護側からの質問だ。
東城がゆっくりと結衣に尋ね始めた。
「二階堂さん、あなたの泉建設における役職を言ってください」
『経理第一課長です』
「経理第一課とは、会社のどんなお金の経理を担当していますか?」
『工事に係るものや役員の報酬などが主なものです』
「ほ~、そうしますと、大変大きなお金を動かしている訳ですね? 億単位であるとか・・・」
『あっ、はい・・・そうです』
「今から、大切なことを聞きますので正直に答えてください。二階堂さん、あなたは被告人、あなたの上司である阿部部長が、不正な経理に加担したと思っていますか?」
『いいえ! 絶対にそのようなことはないと思っています』
「そうですか・・・」
「ならば、不正な経理は、誰が行ったのだと思いますか?」
『・・・えっ?』
「誰が行ったと思うかと聞いているのです」
『・・・わ、わかりません』
「あなたは、課長として、経理の責任者の一人ですよね?」
『そうです』
「阿部部長は、あなたが決裁したものを、信用して承認していたにすぎない、自分は一切不正な経理はしていないと言っているのです」
『・・・質問の意図がわかりません』
「そうですか、それでは、質問を変えます」
もう、そのころには裁判を何度も傍聴してきた誠也は、ただの主尋問ではないことに気付いていたのであった。
「二階堂・・・」
千里 (土曜日, 06 2月 2016 18:36)
東城は質問を続けた。
「二階堂さん、あなたは、随分と贅沢な暮らしをなさっているようですね? 高級マンションに、それと・・・なんですか、ドンペリを一日で飲み干すであるとか、ゼネコンの課長さんともなると、そんなにお給料がいいのですか?」
『・・・普通だと思います』
「普通? ほ~、私は顧問弁護士をしていますので、二階堂さんがいかほどのお給料なのか、聞いて知っていますが・・・ドンペリを好きなだけ飲めるほどではないですよね」
「なにか、泉建設からのお給料以外に、お金をいただけるようなことでもしているのですか?」
『いいえ、ありません』
「おかしいですねぇ・・・それにしては、あなたの生活は、ブランドのバック、洋服などなど、それに、異常にエンゲル係数も高いようですが・・・、普通のサラリーマンでは、とても真似をできるものとは・・・」
『わ、わたしには子どももいません。ですから・・・自分のお給料をどう使おうが、自分の自由だと思います!違いますか?』
「おっと、そんなに興奮なさらないでください。裁判官が、あなたを疑うようなことになっては、申し訳ないですからねぇ・・・」
「裁判官、以上で主尋問を終わります」
傍聴席が、ざわついた。
裁判官の「静粛に!」と、「検察官、反対尋問は」で、傍聴席も静まり返った。
検察官は、予想外の弁護側の質問に、動揺はしたが、そこはきちんと反対尋問を始めた。
「二階堂さん、おそらくは、想像もしていなかったことを質問されて、動揺なさっていることだろうと思いますが、落ち着いて答えてください」
『・・・はい』
「経理課長が決裁したものが、何か他の手段で、別の口座に振り込まれることや、あるいは、現金により、やりとりされるようなことはないですか?」
『・・・分かりません、私には』
「そうですか、あるかもしれないし、ないかもしれないということですか?」
『・・・・』
「質問の仕方を変えます。あなたは、経理第一課長として、正しい経理を行ってきましたよね?」
『はい』
それからの質問されたことは、結衣の記憶にはもう残っていなかった。
普通であれば、結衣が証人として、被告人をかばうような答えに対して、それを覆そうとするのであるが、検察側も予想外の展開に、質問も早々に切り上げたのだった。
公判は終わった。
千里 (土曜日, 06 2月 2016 18:36)
裁判所の出口よりもずっと手前で、誠也が待っていた。
「二階堂・・・」
『宮崎君・・・』
『ねぇ、なんなのこれ!まるで、私が不正な経理をしていたかのような質問されて・・・』
「二階堂、裁判とは、こういうものなんだよ!弁護人は、被告人を救うためならなんでもするのさ」
「それでも、まさか、顧問弁護士が、同じ会社の人間を、あたかも犯罪を犯したのではないかという質問をしたことなど、聞いたことないけどな」
「なぁ、二階堂・・・」
「俺は、お前を信じる」
「だから・・・」
「俺を裏切るようなことはしていないんだよな!」
『聞くんだ・・・』
「確認したまでだ」
「おれは“ぶんや”だ! 真実を伝えるのが仕事だからな」
結衣は、誠也の言葉に返事もせずに、黙って立ち去ろうとした。
それを、誠也は
「二階堂、待て! そっちは、記者が待ち構えているだろうから、こっちの出口から出ていけ!」と
誠也は、結衣の後姿をみながら
「二階堂・・・ おまえ、大変なことになるかもしれないぞ・・・」
と、言ったのだった。
千里 (土曜日, 06 2月 2016 18:38)
裁判所を出た結衣は、何も考えられずに、ただ街中を歩いた。
仲間達が、結衣の証人尋問を心配して待っていた。
結衣の携帯が鳴った。
いつものLINEグループ、琴美からだった。
「結衣ぃ~、おつかれ~」
「終わったんでしょ? 商人」
「って、何売ってきたんだい!ってか」
と、結衣を癒そうと、いつもの“ノリ”でコメントが書かれてあった。
「お~、結衣、お疲れさん! 真面目に答えてきたんだろうな」と啓介も
「ご苦労様、大変だったね」と、浩市からも
琴美のLINEアプリには「既読3」が表示された。
それは、結衣も読んでいることを明示する数字である。
仲間達は、結衣の返信が当然来るものと待っていたが、結衣からの返信はなかった。
翌日の新聞
「泉建設事件、経理課長も加担!?」の文字が、ほとんどの新聞に掲載されたのであった。
「えっ?・・・なんだよ、この記事は?」
仲間達は、絶句した。
千里 (土曜日, 06 2月 2016 18:39)
啓介の携帯が鳴った。
「琴美・・・俺も、電話しようと思っていたんだ・・・今朝の新聞の記事のことだろう?」
『うん・・・でもなに、いったい、何がどうなってるの? 結衣が悪いことするなんて、絶対にあり得ないのに・・・』
「・・・あぁ、もちろん分かってる。きっと昨日の裁判で何かあったんだろうな・・・結衣が疑われるような何かが」
『なにそれ? なんなの? 結衣は上司のために証言に行った訳でしょ? なんなの? ねぇ、啓介!』
「・・・落ち着けよ、琴美」
『結衣・・・昨日、返信もよこさなかったし・・・ねぇ、心配だからさ・・・』
「あぁ、分かってる。行こう、結衣のところへ!」
『うん』
琴美は、浩市に
『今から、直ぐに結衣のところに行くから! 浩市も来られるなら来て!』とLINE送信したが、返信はなかった。
琴美は、結衣のマンションに向かったのだった。
千里 (土曜日, 06 2月 2016 18:42)
琴美が、結衣のマンションまで来ると、駐車場でなにやら二人の男が言い争いをしていた。
関わりたくなかった琴美は、それを見ずに通り過ぎようとした。
「えっ? この声は?」
言い争いをする二人をみると、それは浩市と誠也だった。
「浩市、もう来ていたんだ・・・」と、近寄る琴美
浩市は、誠也に向かって強い口調で
「ふざけんじゃねーよ! 結衣がそんなことする訳ねーだろうよ!」
誠也は黙っていた。
「浩市・・・宮崎君・・・」
浩市は、琴美の声が聞こえていたが、誠也から視線を外さず、それはもう一触即発の雰囲気だった。
「ねぇ、浩市ってば!」
『琴美も来てたのか』
『こいつら新聞記者たちが、結衣のことを・・・俺は許せねぇよ!』
と、そこに啓介がやってきた。
「浩市、やめろ!」
「誠也は悪くないよ!」
『えっ?』
啓介は、浩市に向かって
「やめろ、浩市! 誠也の記事も読ませてもらったんだ」
「ここにくるまでに、コンビニによって、新聞全社読ませてもらったよ」
「浩市・・・誠也の記事だけは他社と違って、結衣のことを悪者扱いしていなかったよ」
『・・・そうだったのか・・・すまない誠也』
啓介は、誠也に尋ねた。
「どういう事なんだ? 知ってることがあるなら聞かせてくれないか?」と
誠也は、どうやら結衣を心配して、ここに来たらしかった。
誠也は、昨日の公判のことを説明し、そして・・・仲間達を不安にさせることを言ったのだった。
「結衣は、最悪、逮捕されるかもしれない」と
浩市が、また怒りだした。
「ふざけた事言ってんじゃねーよ、おい誠也」
と、いまにも誠也に殴りかかろうとしているのを、啓介が止めるので精一杯だった。
なんとか、落ち着いた浩市は
「なんでだ? どうして逮捕されなきゃならないんだ? 誠也」
『あぁ・・・、結衣は昨日の公判で、本来、味方になるはずの証人尋問で、何かを隠すような言動だったからな』
『そして、今日のこの新聞記事だ』
『検察だって、メンツがあるからな!』
「メンツ? メンツってなんだよ! コロッケみたいで、中が肉の・・・」
そんな時のツッコミは琴美の担当だ。
『浩市・・・それ、メンチ』
「針金とか切るやつか?」
『・・・それ、ペンチ』
「公園で座る・・・」
『それ、ベンチ!』
「結衣が高校時代にはいていた赤い・・・」
『パンツ!』
そろそろ琴美も疲れてきた。
『ねぇ、浩市・・・そろそろ物語を先に進めようよ!』と
浩市は、ぽつりとつぶやいた。
「悩んでるんだよ・・・」
『えっ? なにを?』
「このままだと結衣が逮捕されることになるんだろうなぁと」
「そしたら、晩御飯に波の花のボンゴレトマトラーメンBセットを食べて、そのままコメダ珈琲に行ってたっぷりデザートセット・・・と、ここまでなら今までと変わらないんだけど」
「コメダ珈琲のデザートセットで、さらに食欲が増し、晃望苑という焼き肉店に閉店間際に直行して、食べ放題コース・・・」
「そんなグルメ三昧の日々が一変してしまうと思ってさ」
『そっかぁ・・・確かに・・・』
『って、どうして時々さぁ、実話をぶち込むのよ? それって、私も同罪なんだけど・・・』
「あぁ、だから、少しボケて時間稼ぎして・・・そしたら、誰か結衣を救ってくれるんじゃないかと思ってさ」
「だから・・・少しの間、ボケてるよ」
『・・・うん、分かった』
『きっと、誰かが結衣を救ってくれるよね』
と、琴美は微笑んだのだった。
千里 (火曜日, 09 2月 2016 22:58)
公判に証人として立ち、そして、自分が勤める泉建設の顧問弁護士である東城に思いもよらぬ質問を浴びせられ、そしてあたかも
「お前が不正な経理に加担していたんじゃないのか!」と、責められた結衣
入社以来、自分を手塩にかけ育ててきてくれた阿部部長に裏切られた思いで、何をどう信じていいのかも分からなくなり、結衣の頭の思考回路は、正常に機能しなくなっていた。
ただ、ひたすら街中を歩き続け・・・、気が付けばピンキーの処に足が向いていたのだった。
結衣が、うつむいたまま店に入ってきた様子を見てピンキーは
「結衣・・・」
中間管理職として、社会の荒波にもまれ、そして、疲れたときに救いを求めてくる結衣を、ピンキーは、いつもただ黙って受け入れてくれるのであった。
店の扉を閉め、何も言わずに動こうとしない結衣
ピンキーは、結衣になにかあったことを直感し、そして、いつもより重症だと察した。
だから、カウンターを出て、結衣のもとに行き、そして
「結衣・・・おいで」
と、結衣を強く抱き寄せた。
結衣のその時の思考回路は、“涙”を選択した。
小さな声で「ピンキー・・・」と、だけ言って、そして、ピンキーの胸の中で泣き崩れた。
うす暗い店の中で、結衣は、ピンキーの胸から離れようとはしなかった。
しばらくの時間が経って
「ここにお座り、結衣」と、ピンキーはカウンターの椅子に結衣を座らせた。
結衣はようやく顔をあげ、そして初めてピンキーの顔を見た。
『えっ?・・・まだ清史?』
「あのね、結衣・・・まだ開店までには2時間もあるのよ!外見もピンキーに変身するのは、これからよ!」
と、初めて会話を交わした二人は、カウンターの椅子に並んで座った。
『ねぇ、ピンキー・・・何があったのか聞いてくれないの?』
「うん、聞かないよ」
『冷たいのね・・・』
「あぁ、私は冷たいのかもね。でもねっ、あなたは、私に聞いてほしい事がある時は、自分から話すでしょ!」
『そうかもしれないけど・・・』
『ねぇ、ピンキー・・・』
「なぁに、結衣・・・」
『わたし・・・もう、何もかも嫌になっちゃった』
それは、ピンキーが結衣から始めて聞いた“弱音”だった。
いつもなら、どんな嫌なことがあっても、前向きなセリフで、自分を奮い立たせようとする結衣であるはずなのに。
「なにがあったかしらないけど、結衣らしくないぞ!」
『私らしくない? 私らしいって、どんな私なの?』
『ねぇ、言ってみてよ!』
「・・・・・・」
『・・・ほらっ、言えないじゃないの』
と、結衣は、本当は優しく受け止めてくれているピンキーの思いやりが、痛いほど分かっていた。
それなのに・・・
結衣は、普通の精神状態ではなかった。
『ピンキーの役立たず!』と
その時の結衣は、今、突きつけられた現実から逃げ出したい一心だった。
だから・・・
『ねぇ、ピンキー・・・あなたは私のことを好きでいてくれるんでしょ?』
『それに・・・そう、あなたは清史、男の子』
『だからさ・・・結婚しようか・・・私達』
『今晩は、泊めてよ・・・私を好きにしていいから』と
ピンキーは、何があったのかは、分からなかったが、いま、支えてあげなかったら結衣が壊れていくと思った。
だから・・・
「結婚?」
「・・・いいのか?・・・分かったよ、結衣」と
それは、ピンキーではなく清史の眼差しだった。
千里 (水曜日, 10 2月 2016 06:29)
ピンキーは分かっていた。
結衣が、そんなことを言うには、よほどのことがあったに違いないと。
だから・・・
「話してごらん、結衣・・・何があったの?」と
結衣は、ピンキーに今日の公判のことを全て話した。
ピンキーは、結衣の話を聞いてあらためて
「そうだったの・・・分かった・・・」
「それで、嫌になっちゃったっていうことなのね」と
そして
「結衣・・・」
「こっちにおいで」
と、二人でカウンターの中に入った。
そして、ピンキーは結衣の頭を押さえつけ、水道の蛇口をひねった。
『ギャー!』
『なにすんのよピンキー・・・やめてよーーー』
「やめないわよ! あなたが、もとの結衣に戻るまでは・・・さぁ、しっかり頭を冷やしなさい!」
「人が信じられなくなったのは、理解してあげるよ! 結衣。だからと言って、どうして自分を大切にしないのさ! そんなの結衣じゃないわ!」
「私が、ホレているのは、本当の結衣なの! 失礼しないでよ! 結衣のバカ!」
結衣は、自分がピンキーを傷つけてしまったことに気付き、だから、抵抗することもしなかった。
水道水は、結衣の涙も一緒に洗い流してくれた。
結衣は、心の中で『ごめんなさい・・・ピンキー・・・ありがとう』
と、言い続け、ピンキーの愛のムチを受けた。
ピンキーは、水道を止めて、こう言った。
「あなたのことを信じている仲間達がいることを忘れないで」
「今日は、泊めてあげるよ、今のあなたには、私が必要だと思うから・・・」と
千里 (水曜日, 10 2月 2016 06:35)
結衣のマンションの駐車場で誠也と会い
そして、啓介の言葉で誠也に対する誤解が解けた浩市
「すまなかった・・・誠也」
『いや、いいんだ浩市』
『お前たちは、昔からの仲間なんだし・・・心配して当然だよ。気にするな』
『それよりも、結衣が心配なんだ。昨日も公判の後、少し話したが・・・相当、落ち込んでいたんだ』
琴美が、「早く行こうよ!」と
啓介、琴美、浩市、誠也の四人は、マンションに入った。
結衣の部屋の郵便受けに、まだ新聞が入ったままであることを確認し、エレベーターに乗り込み、結衣の部屋の前まできて呼び鈴を鳴らした。
当然、返答はなかった。
そのころ結衣は、ピンキーと一緒にベッドの中で眠っていたからだ。
「いないのかなぁ・・・」
『琴美から、電話してみろよ!』
「うん、わかった」
と、琴美が結衣に電話すると
「電源が入っていないか・・・だって」と
誠也が「結衣は、昨日帰らなかったのかもな・・・」と、その言葉に浩市が
「あっ! もしかしたら、ピンキーのところかもしれない。電話してみる」
と、ピンキーの携帯に電話した。
ピンキーの携帯が鳴った。
着信音は、なぜか“自衛隊の起床ラッパ”だった。
その着信音でピンキーは目を覚ました。
携帯の画面で、浩市からの電話であることを確認したピンキーは
「結衣・・・おはよう」
『・・・・・』
「こらぁーーー起きろ~ 結衣!」
『・・・お、おはようピンキー』
「ねぇ、浩市から電話なんだけど、出ていいんでしょ?」
『えっ?・・・浩市から?』
それを聞かされた結衣は、ピンキーから携帯を取り上げ、布団の中に潜り込んでしまった。
『ゴメン、ピンキー・・・出ないで』と
ピンキーは、
「いいけど・・・」
と、布団に潜り込んだ結衣を見て
「ねぇ、結衣・・・それって“頭隠して尻隠さず”じゃないけど・・・○○○丸出しよ!」
『ギャー!』
『えっちぃ~』
と、慌てて○○○も布団にくるまって隠した結衣。
浩市からの電話は切れた。
布団から出てきて、携帯を返す結衣を見てピンキーは
「あっ、そうだ! 結衣は、昨日、私の事好きにしていいよ! って、言っていたのよね!」
と、含み笑いを浮かべ
「それでは、お言葉に甘えて・・・いっただきま~す!」
と、結衣に飛び掛かった。
『ギャー! 助けて~』
「・・・ほら、みなさい! もう結衣ったら、結局は拒否でしょ!」
『だって・・・わたし、そんなこと言ってないもん!』
と、一度は“あらわ”になった○○○を布団で包みながら笑う結衣をみてピンキーは
「良かった・・・結衣が笑ってくれた」と
結衣は
『ピンキー・・・いつもありがとう』
と、ピンキーのほっぺに軽くキッスをした。
結衣の柔らかい唇から、結衣の体温が、ピンキーへと伝わった。
ヒロ (水曜日, 10 2月 2016 12:26)
その日は「建国記念の日」でお休みだった結衣は、何をして時間をつぶそうか考えていた。
『食べ歩きしようかなぁ・・・』と
それでも、ピンキーの顔を見ていると、離れたくないという衝動に駆られた結衣は、
『ねぇ、ピンキー・・・』
「なぁに、結衣・・・」
『ピンキーは、今日もお店だよね?』
「うん、そうだけど・・・」
『そっか、そ、そうだよね・・・』
と、ちょっと残念そうな顔の結衣を見てピンキーは
「・・・どこか行こうか? お店、お休みにしちゃってさ。うん! それがいい、行こうよ結衣」と
『ギャー! ホンと? まじで? 嬉しい』
と、ベッドから飛び出て、“私は嬉しい”を子どものように体で表現する結衣
「結衣、そこは“ギャー”は、おかしんだけど・・・」
「それにさ、わたしは結衣の“タニマチ”じゃないんだから、そこは勘違いしないでよ~」
「こらっ、結衣! 分かってるの?」
と、ピンキーが振り向いて結衣をみると、もうすでに赤○○をむき出しにして、浴室に向かっていた。
「・・・はやっ!」
「ねぇ、結衣~」
『なぁに? ピンキー・・・』
「私も一緒に入るわよ、待ってよ」
『今日は、ダメ~』
「え~、どうしてよ?」
『だって、今日のピンキーは、少し清史が入っているから~』
「え~、いつも一緒に入るのにぃ・・・って、??? 清史が入ってる?・・・ そうなの?」
その時のピンキーは、少しずつ変わり始めていた自分に、まだ気づいてはいなかったのだった。
シャワーを終えた結衣が戻ってきた。
するとピンキーが「はい、これ」と、下着と洋服を差し出した。
『えっ?』
「下着は、わたしので我慢しな」と
そして洋服をみると、それは、ネイビー色のニットのセーターとガウチョパンツだった。
『ピンキー・・・これは?』
「結衣に似合うと思って、買っておいたの。今日はこれを着て私とデートよ」
『やったー!!!』
と、飛び跳ねて喜んだものだから、まいてあったバスタオルが“スルリ”と
『ギャー!』
「・・・今日の結衣は、よく吠えるわね」
慌てて、バスタオルをまき直して結衣は
『・・・ねぇ、ピンキー・・・これは?』
と、差し出したのはピンキーのパンツだった。
「わたしのよ!」
『って、それは、さっき聞いたけど・・・小さすぎない?』
ピンキーは笑ってこう答えた。
「安心してください! 前後ろを逆にはいてますよ!・・・って、“安村”か!」と
結衣は
『・・・な・る・ほ・ど(だから収まるのね)』
『ブラもちゃんとしていたのね・・・しかも、私のよりキュートなんだけど・・・』と
千里 (水曜日, 10 2月 2016)
結衣は、ピンキーから渡された下着と洋服をまとい、姿見鏡の前に立った。
ニットのセーターとガウチョパンツが、結衣らしさを際立たせていた。
『可愛い・・・』
『ピンキー・・・私のことを知り尽くして、選んでくれたのよね』
と、結衣は涙をこらえることが出来なかった。
『いつも、ありがとうピンキー』と
浴室から出てきたピンキーが、姿見鏡の前で涙ぐむ結衣に気付いた。
「結衣・・・」
ピンキーは
「どうしたの? もしかしたら、余っちゃった? 詰め物する?・・・ブラに!」
と、茶化そうとしたが、結衣の涙ぐむ姿をみて、思いとどまった。
そして、結衣に向かって心の中で、こうつぶやいたのだった。
「今のあなたを見ると、心配しちゃうぞ、みんな」
「結衣・・・」
「あなたには、ずっと忘れられない人がいるのよね・・・」
「今も、あいつのことを考えて泣いているのかな?」
「でも・・・」
「今日は、私があなたを守るからね、結衣」と
そして、ピンキーは
「今日の結衣は、ブスだよ~ もっとブスになっちゃうから、笑った方がいいよ~」
と、バスタオルで濡れた髪をふきながら、結衣の横を通り過ぎて行った。
『分かってるもん! うん、間違いなくブスだよね』
と、夕べ流した涙のせいで腫れ上がったまぶたを、へこませようとした。
ピンキーがウォークインクローゼットから着替えて戻ってきた。
ピンキーが「今日は、これよ!」と
結衣が、ピンキーの姿をみると、細いデニムに、上はMA-1を着ていた。
『えっ?』
「そうよ、今日はデートだから、清史バージョンよ」と、笑った。
『も、も、持ってるんだ? 清史バ、バ、バージョンも・・・』
「当たり前じゃない! いつ、こうして結衣とデートするか分からないと思っていたからね」
「実際に、今日・・・」と、笑った。
結衣には、困ったことがひとつできた。
それは
『そ、そうなんだ・・・でさぁ、今日は、どっちで呼んだらいいの? ピンキー? それとも清史?』
その時のピンキーは「清史に決まってるじゃん!」と、言いたかった。
でも・・・、分かっていた。
自分がピンキーであるがゆえに、いま、こうして一緒に居られるんだということを。
だから「ピンキーに決まってるでしょ!」と、女の子らしい笑顔を作ったのだった。
結衣が、そんなピンキーの一瞬の戸惑いに気付くことはなかった。
だから
『うん、分かった、ピンキーね!』と
『でさ、どこに連れていってくれるの?』
結衣は、ピンキーから行き先を聞かされて愕然とするのだった。
千里 (木曜日, 11 2月 2016 09:05)
泉建設事件で、経理課長が不正な経理に加担していたのかもしれないと新聞で報じられたその日
そう、結衣とピンキーが遊びに出かけようとしていた頃
休日であるにもかかわらず、昨日の公判、今日の新聞報道を受けて、東京地検特捜部の会議室では、こんな話がされていたのであった。
「阿部の犯行であることは、間違いありません」
「今日の報道については、まったく気にする必要はないと思います」
と、神崎遼祐は、上司に進言していたのだ。
そんな神崎の言葉に上司は
「お~、たいそうな自信じゃないか」
「なにやら、その経理の女性課長さんとやらは、君の高校時代の同級生だそうじゃないか」
「うん? もしかしたら昔の友達をかばっているのか?」
『いえっ、それは違います!』
「そうだな、君は、私情に流されて仕事をするような男じゃないもんな」
「さて、そこでだ! 今後の騒ぎは想像ついているんだろうから、それに対抗していかなければならないことになる。 神崎・・・自信はあるのか?」
『大丈夫です。任せてください。二階堂結衣の周りは相当賑やかになることでしょう』
『それでも、我々は阿部の公判での有罪を立証するだけです。私はぶれませんから』
「分かった、頼むぞ、神崎」
『はい』
神崎は、結衣のことを考えていた。
『鉄の○○○の結衣かぁ・・・しっかりしろよ! 辛くなるぞ』と
千里 (木曜日, 11 2月 2016 09:06)
結衣のマンションに行った啓介、琴美、浩市そして誠也は、
結衣が戻ってきていないことを知り、電話もつながらないことで、やむを得ず帰ることにした。
「また私から、結衣に電話してみるね」
と、琴美の言葉に「頼むな」と男たち
啓介が
「結衣なら大丈夫だ! 誠也の前で言うのも気が引けるが、新聞の勝手な憶測による報道なんだし、あとは、結衣を信じて、結衣のことはみんなで守ろう!」と
それぞれに車に乗り込み、駐車場を出ていった。
ひとりの男を除いては
千里 (木曜日, 11 2月 2016 09:08)
『えっ? ピンキー・・・いま、なんて言ったの?』
「ディズニーランドだよ! 結衣」
結衣から一瞬にして笑顔が消えた。そして
『わたし・・・行きたくない!』と
ピンキーは全てを承知していた。
結衣が、ある出来事以来、ディズニーランドには、行けなくなっていたことを。
それでもディズニーランドを選択したのだった。
大好きな結衣のために。
ピンキーは、行きたくない!と、答えた結衣にゆっくりと語りかけた。
「ねぇ、結衣・・・」
『・・・・・』
「一歩、前に進もうよ」
『えっ?』
ピンキーのその言葉で、結衣は全てを察した。
それでも
『いやっ! 今日は、ピンキーと出かけるのよ』
『だから・・・いやっ! 行きたくない! ディズニーランドだけは』
と、ピンキーの気持ちを受け入れようとはしない結衣
「ねぇ、結衣・・・」
「分かっているんでしょ? 結衣も・・・自分の気持ちが」
『えっ? 私の気持ち?どんな気持ち?』
『私が、ディズニーランドに行きたくないという理由が、ピンキーには理解できていたとしても、それと、今の私の気持ちとやらが、ピンキーが考えているものと同じだとしても・・・私の昔のことはピンキーには関係ないよ!』
「結衣・・・」
「それが、関係あるのよ」
『なに? いったい、ピンキーに何が関係してるって言うの?』
「仲間だからよ・・・結衣」
「みんな、仲間だから」
『ピンキー・・・』
千里 (木曜日, 11 2月 2016 09:11)
もう、その頃には、結衣は涙でいっぱいになっていた。
『どうしてよー、ピンキーのバカぁ!』
と、背中を向けようとする結衣
ピンキーは、その結衣の肩を押さえて
「そうやって、目をそらさないのよ! 結衣」
「わたしを見て」
「ねぇ、結衣・・・あなたはこれまで充分過ぎるほど苦しんできたわ」
「自分のことを責め続けてね」
「わたしは、そんな結衣のことを、ずっと見守ってきたの」
「わたし・・・結衣には、幸せになってもらいたいの」
ピンキーも、涙でいっぱいになっていた。
『バカぁ・・・』
と、向かい合ったピンキーの膝の上に顔を埋めて、結衣は声をだして泣き出した。
ピンキーは、結衣の頭をそっとなでながら
「ねぇ、結衣・・・」
「でもね、今日は・・・、うん、今日だけは、わたしのための一日にして」
「それで、あなたは強くなるの」
「あなたなら、出来るわよ、・・・結衣」
「だって・・・」
「だって、わたしがついているんだもの」
結衣は、ピンキーの膝の上でうなずいて
『ピンキー・・・ありがとう・・・ピンキーのバカぁ・・・ありがとう・・・ピンキーのバカぁ』と
そして、結衣は
『ピンキー・・・私からもお願いするね・・・今日は、二人だけのデートにしよう』
ピンキーは、目を閉じて、ひとしずくの涙を流し
「うん、分かった。そうしようね」
「思いっきり、楽しもうね」と
そしてピンキーは、そっと結衣の身体を抱きかかえるようにおこした。
顔を見合わせた二人は
「結衣・・・ブスよ! 可愛いけど・・・ブス!」
『もぉ~・・・ピンキー! お化粧していないピンキーだって、見られたもんじゃないわよ』
「・・・知ってるけど・・・いいから! 早く顔を洗って、もう一度お化粧し直しよ、結衣」
結衣が、化粧直しをして戻ってくると、ピンキーはデニムを着替えていた。
『あれっ? おめしかえしたの?』
「うん・・・だって・・・」
と、ピンキーは、さっきまではいていたデニムを差し出して
「は・な・み・ず あなたの!」と
結衣は
『さぁ、早くお出かけしよ!』
と、それをスルーして
二人は、笑顔でピンキーのマンションを出発したのだった。
千里 (金曜日, 12 2月 2016 06:41)
二人は、昔の曲を一緒に唄いながら歩いた、駅に向かって。
『ねぇ、ピンキーは学生の頃、どんな曲聴いていたの?』
「えっ? 曲? う~ん・・・小中学生の頃とかは、きっとみんなと同じよ! ザ・ベストテンとか観てさ・・・今週の1位は誰だろうとか、予想したりしてさ・・・でも、高校生になったら、もっぱら洋楽だったわよ」
『へぇ~、洋楽? どんな?』
「キッス、クィーン、ビリージョエル、イーグルスとか」
「結衣は?」
『わたしは、ごくごく普通・・・長淵、オフコースとか、チューリップとか聴いてた』
「でもさ、昔の曲の歌詞って今でも覚えているわよね」
『ホンとよね・・・』
と、結衣が歌いだし、ピンキーもそれに合わせた。
≪あ~、だから今夜だけは 君を抱いていたい~
あ~、明日の今頃は、僕は汽車のなか~≫
「懐かしいね」
『この曲は、わたしたちが、小5の時の曲よ。チューリップ・・・財津さんかぁ・・・高校時代は、やっぱりこの曲だったわよね・・・』と
≪我がままは、男の罪 それを許さないのは 女の罪
若かった 何もかもが あのスニーカーはもう捨てたかい~≫
「ねぇ、結衣、この曲ってすごい歌詞だと思わない?」
『そう?』
「だってさ、白く浮かんだ水着の跡を指先でなぞっていたと思ったら、もつれた糸を引きちぎるように、突然ふたりは他人になっちゃうんだよ」
「ぼくらには、どうしてもできなかった“大人の恋は”ってさ」
「これって、どんな状況よ?」
『フフッ、確かにね。でも、これが財津ワールドじゃないの?』
「ねぇ、結衣・・・男の罪と女の罪って何なんだろうね」
『う~ん、難しい質問するわね・・・』
すると、結衣はいたずらな表情を浮かべて
『あっ、ピンキーは両方分かるんじゃないの?』
「そうきたわね! うん、確かに、わたしは両方の気持ちが分かるのかもね」
「結衣も知ってるかな? この『虹とスニーカーの頃』っていう曲は、元々の曲名は『わがまま』っていうタイトルだったのよ」
『え~、知らな~い。 なんか『わがまま』っていうタイトルじゃ、売れなかったかもーって感じね』
「フフッ、そうかもしれないわね」
と、それからピンキーが語る“男と女”の話に、結衣は聞き入ることになるのだった。
ヒロ (金曜日, 12 2月 2016 12:34)
ピンキーは、心のどこかで、結衣に何かを伝えようと話していたのかもしれない。
「男と女って、とても不思議よね」
「だって、男は女に、女は男に魅かれるでしょ!」
「まぁ、わたしの場合は、特殊なんだけどさ・・・」
「ところで・・・、虹とスニーカーの頃の歌詞だと、“我がまま”が、男の罪だって言ってるけど・・・」
「基本、男も女もみんな“我がまま”なんだと思うけどなぁ・・・わたしは」
「お互いに相手に頼りきった時に、その愛情表現の一つとして我がままな自分が現われる訳でしょ?」
「なかには、“私、あなたのこと好きだから、他の人には見せない我がままな自分をさらけ出せるのよ”とか言っている女性もいるわよね、もちろん、それと同じように男性もね」
「それで、そんな我がままなところが、好きだという人が、まれにいるわけよ・・・、確かにね」
「でもね、それって、自分にみせる我がままが、自分への信頼の強さだと勘違いしているだけなんだと思うの」
「・・・あれ? 話が、それちゃったかしら?」
「えっと、話を戻すと・・・、あっ、そうね。虹とスニーカーの頃では、男の痛々しいまでの身勝手さが描いてあると思わない?」
『えっ? あっ、うん・・・そうなのかな?』
「“男に我がままを許してやらないのは女の罪だ”って言ってるけど、許さない女が悪いんだなんて、それ自体が男の我がままなのよね」
「さらにだよ、この曲では、その我がままも、身勝手もみんな若かったせいだと言っていて、女性に謝る気は全くないんだものね・・・財津さん、すごいわよ」
「結局は、この歌の最後のように、“大人の恋ができなかった”、“男の我がまま故”に男女は別れたんだから・・・、財津さんは、いくらお互い信頼し合っていても、やはり我がままは程々にしないと、たどり着く先は別れだよって、言いたかったのよね、きっと」
『なるほどねぇ・・・ピンキーの話は、説得力があって納得できちゃう』
さらにピンキーは、どこかの変なスイッチが押されてしまったかのように、話を続けた。
ヒロ (金曜日, 12 2月 2016 12:38)
「わたし・・・最近の男性は、本当にだらしないと思うの」
「それは、男性だけの責任じゃなくて、女性も変わってきちゃったからなのかなぁと思うんだけどね・・・」
「“優しい男性が好き”なんて言う女性が多いけど・・・」
「一見、もっともらしい意見のようにも聞こえるけど、実際にはそうではないのよね」
「“優しい”という言葉は、本来の意味ではなく、どちらかといえば“都合のイイ”という意味で使われているんじゃないのかしらね」
「家事もちゃんと手伝ってくれる、重いものも持ってくれる、もちろん子育てだって・・・」
「普段は私の時間を邪魔してほしくはないし、必要な時だけそばに居てくれればそれでいいみたいな・・・それを“優しい人がいい”って感じで表現しているんじゃないのかな?」
「そういえば、かつて「アッシー」とか「メッシー」なんて言葉があったわよね。」
「挙げ句の果てに「貢ぐクン」なんて言葉まで・・・」
「今の世の中、本当に「我がまま」なのは女性の方なんじゃないの?・・・いや・・・今は、誰もが自分勝手で「我がまま」なヤツばかりのような気がするの」
「結衣は、どう思う?」
『う~ん、確かに私たちの若いころと、今の若い人では違うかもしれないわね』
『我慢ができないっていうか・・・我慢することすら嫌って感じなのかなぁ』
『でも、ひとつ言えるのは、“男だから、女だから”って、区別することは、なくなってきているのよね、きっと・・・』
「そうね・・・」
「ところでさ、結衣は男性の我がままを許せる人?」
『え~・・・』
『・・・許せるよ』
『・・・好きな人ならね』
「そっか、うん、そうよね」
「私の知っている結衣は、優しい女の子だもの」
結衣は、ピンキーに向かって嬉しそうにVサインを出した。
その日のピンキーにとって、そんな結衣の笑顔が何よりものご褒美だった。
「やっぱり笑顔の結衣が一番可愛いよ」と
話をしながらの駅までの道のりは、あっという間だった。
千里 (金曜日, 12 2月 2016 20:39)
二人は、京葉線・舞浜駅までの乗車券を買った。
ピンキーが「のど渇かない?」と、二人でキヨスクの前まで行くと
『えっ?』
・・・結衣が、そこに並べてある多くの新聞に「泉建設事件・・・」の活字が並んでいることに気づいた。
結衣は、急いで無造作に新聞を選んで買い、そして記事に目を通した。
みるみる結衣の顔は強張り、そして新聞を持つ手は、震えだした。
それを隣で見守るピンキーは、結衣を見守った、なぜか慌てる様子もなく。
そして、結衣が震える手でピンキーに新聞を渡し、ピンキーもそれを読んで
「そっか」と
ピンキーは
「ねぇ結衣・・・、確か、誠也も公判を傍聴していたって言ったわよね?」
茫然自失の結衣は返事も出来なかった。
やむを得ずピンキーは
「確か・・・そう、四系新聞だったわよね」と、独り言を言って
「おねえさん、これください」と、手にした四系新聞を買い、その場で
「・・・なるほどね」
「結衣・・・結衣ってば! いいからこっちの新聞も読んでごらん!」と
結衣は、返事をすることもなく、ピンキーの言う事を聞かなかった。
千里 (金曜日, 12 2月 2016 20:41)
ピンキーは、震える結衣を優しく誘導して、一旦、人であふれている駅を出た。
近くに喫茶店を見つけて、二人はそこに入った。
「美味しい珈琲を二つ、いただこうかしら」
と、店員さんに
そして、ピンキーは優しく結衣に語りだした。
「結衣・・・大丈夫よ」
「ねぇ、結衣・・・」
『あっ、ごめんなさい・・・ピンキー』
「大丈夫よ・・・心配しないで」
「あのね、結衣、聞いて」
「わたしはね、昨日、結衣から公判のことを聞かされてね、実は、ある程度、こんなふううになることが想像できていたのよ」
「結衣・・・世間って、今は、そういう時代なの。何か、どこかで大きな力が働いているのかもしれないわね・・・私達には、分からない裏の世界で・・・」
「わたしは、職業柄、たくさんの方にお目にかかるでしょ」
「それこそ、いろんな業種の方たちよ」
「そこで、見て、聞いて・・・少なくとも、普通の人より世間の隅々まで知っているつもりよ」
「だからね、ある程度・・・予想も」
そして、ピンキーはうなだれる結衣に
「結衣・・・これをお読みなさい」と、誠也の書いた記事を読ませた。
それを読み終えて結衣は
『誠也君・・・』と、ひとしずくの涙を流した。
ピンキーは
「結衣・・・分かった? これが仲間っていうことじゃないのかな?」
「よく分からないけど、誠也も、相当の覚悟をもって、この記事を書いているはずよ」
「おそらくは、いろんな圧力なんかも・・・例えば・・・そうね、政治家とかね」
「それでも、それに屈しないで記事を書いた誠也の気持ちが分かる? 結衣」
『・・・えっ?』
「あなたを信じているのよ、誠也は・・・結衣、あなたをね」
結衣は、少しずつピンキーの話すことを理解していったのだった。
千里 (金曜日, 12 2月 2016 20:44)
ピンキーは、話を続けた。
「結衣・・・あなたは、昨日から携帯の電源を切っているんじゃないの?」
『えっ? ・・・・ うん』
「でしょ! 今朝、浩市からの電話・・・きっとあなたが私と一緒にいると思って、電話してきたと思うの」
「みんな、心配していると思うわよ」
「だから・・・いいわ! 私から浩市に連絡するからね! いいよね、結衣」
『・・・うん』
ピンキーは、喫茶店から外に出て浩市に電話した。
「浩市? ごめんね、返事が遅くなっちゃって」
「・・・うん、分かってる。大丈夫よ、結衣なら私と一緒にいるから」
「・・・うん、・・・うん・・・そうだったの・・・うん、分かった」
「みんなに、心配しないように言って」
「ねぇ、浩市・・・いや・・・、なんでもない」
「うん、大丈夫」
「任せてね、わたしに」
「・・・うん、分かった」
ピンキーは電話を切って
「・・・浩市のバカ、大バカよ、あなたは」
「あなたって人は・・・」
そう言ってまたお店に入って行ったのだった。
千里 (土曜日, 13 2月 2016 09:18)
ピンキーが戻ってきた。
「結衣・・・浩市からの伝言よ」
『えっ? なんて?』
「みんな、あなたを信じているから、大丈夫だって」
「仲間がついているからって、そう言ってくれって」
結衣は、ゆっくりと下を向いて「ありがとう・・・みんな」と
それから、啓介や琴美も、そして誠也も結衣のマンションに行ったこと
浩市は、結衣の帰りを、ひとりでずっとマンションで待っていたことを伝えた。
ピンキーは、目の前に置かれてある珈琲を口にして
「美味しい~~ あぁ、しばらく茶居夢の珈琲も飲んでないなぁ・・・」と
そしてピンキーは、表情を変えて
「さっ、結衣・・・今日は私とのデートなのよ」
「どうする? ディズニーランド・・・もちろん行くでしょ?」
『・・・うん・・・行く』
「そうこなきゃ!」
「もう、今日は、このことを考えない! 約束よ、結衣」
「大丈夫! わた・・・」
『わたしが、ついているんだからでしょ!』
「う~ん、おしい!」
『あっ、私達がついているんだからだね』
「当たりよ! 結衣」
ピンキーは席を立ち、店員さんに
「お会計をお願いします」
「・・・美味しい珈琲、ありがとう」
「こんな美味しい珈琲をいただけて・・・今日は最高の日になりそうよ、ありがとう」と
店員さんは「はい、また、いらしてくださいね」と
「結衣・・・行こう」
結衣は、ピンキーの左側に立ち、そっとピンキーの左腕に自分の右腕を
「わぁ・・・アベックみたい」
『・・・ピンキー・・・それは、もう言わないから』
「いいの! だって、私達は無理して若い人の真似をしないのよ」
「いいじゃない、この歳になっても、昔と同じようにアベックで」
『・・・そうね、ピンキー』
と、ようやく、結衣の笑顔が戻った。
それを見てピンキーも笑顔に
ようやく二人は、ディズニーランドへと向かった。
千里 (土曜日, 13 2月 2016 20:47)
ピンキーが結衣に視線を向けると、その表情は、どうやら新聞記事のことが頭から消えていないように思えた。
そんな時にピンキーは、「考えないって約束したでしょ!」と、結衣を叱ったりはしない。
とにかく会話をして、結衣の頭から、そのやっかいな代物を取り除こうとしたのである。
「ねぇ、結衣・・・」
『なぁに、ピンキー』
「男と女の話、もっとしましょうよ!」
『う、うん』
「ねぇ、どうして女性は痩せたがるの?」
『えっ、いきなり?・・・それを私に聞くのか~い! ・・・う~ん、だってさ、ほとんどの女性の願望だと思うんだけど・・・』
「えっ? ということは、結衣も?・・・そんなにスタイルのいい結衣も思ってるの?」
『い・や・み・か!』
「違うわよ~、うらやましいのよ、結衣のスタイル。完璧だもの」
『えっ? そ、そう?・・・照れるなーーー!』
「うん、ほんとよ! たくさん食べるわりには・・・」
『それ、ほめてない!』
「確かに、女性ってさ、三人集まればダイエットの話に花が咲くって言われるぐらい、痩せることに一生懸命よね」
「それってさ、痩せている女性の方がスタイルがよく、カッコいい、そのほうがモテる、という人間の本望が働いているからなのかな?」
『う~ん、そう言われちゃうと、確かに、健康のために痩せたいっていう人より、多いわね、スタイルを良くしたいっていう人の方が』
「でもね、男の立場からいわせてもらえば、少なくとも私は、女性を見るときに、“痩せているかどうか”だけで、その人を判断したりしないわよ」
「きっと、女性の痩せたい願望は、男性とは関係のないところでふくらんでいるのね」
『ふ~ん、そうなのかぁ』
「でさ、反対に男性は、女性にモテるには“お金を持っていなければ”とか、“知識や権力”、“社会的成功”とかっていう、つまらないものが必要だと思って、それで必死にがんばっているのよね」
『ピンキーの言葉を借りて言えば、女性の望みとは関係ないところでふくらみすぎているのよね』
「そうね・・・でもさ、最近では男性も女性も少し変わってきていてさ、男性も痩せようとダイエットをする人がいるし、女性でも社会的成功を求める人はいるのよね」
「こうなってくると、欲望がますます増えて、人間は大変なことになっちゃうわよね」
「男性も女性も、美しく、スタイルがよく、賢く、社会的にも有能なことで価値がはかられる!みたいな」
「努力する科目が今までの二倍になってしまって・・・大変だぁ、みんな」
『ねぇ、ピンキー・・・』
「なぁに、結衣」
『女の子は、何歳になっても綺麗でいたいと思っていていいのよね~?』
「それは、もちろんそうよ! そうでなかったら、男性陣に失礼なのよ!」
「だから、夕べの結衣・・・偉いなぁって思ったわよ」
『えっ?私の夕べの何が?』
「あれ、“赤坂式パック”って言うの? 白塗りお化けみたいなやつ・・・」
『み・た・ん・か・い?』
「うん・・・見たわよ」
「いつまでも可愛い結衣でいてね」
『あ・り・が・と・う…ピンキー』
千里 (土曜日, 13 2月 2016 20:49)
「まっ、美容のお話はそれぐらいにして・・・」
「わたし、男の子と女の子で明らかに違うなぁって思うのは、男の子はね、友達と張り合うことはまず少ないのよ」
「友達がイケメンなら、“いいな、あいつは羨ましい”といった感じの考え方になるのよ」
「それが、女の子の場合は、友達であろうがライバル視しちゃうことが多いのよね。自分が一番になりたいという心理が働いちゃうのかな」
「男の子からチヤホヤされる友達に嫉妬して、つい悪口を言っちゃったりして・・・」
ピンキーは、機嫌悪そうな結衣に気付いて
「あくまでも、一般論だからね」と
「男の子と女の子の考え方の違いで、一番分かりやすい部分といえば、喧嘩した時じゃないかな」
「男の子の場合は、喧嘩した後に話し合ったりして、どっちが“正しかったのか”ということを確認するの」
「それで、その結果、間違っていた方が謝って、それで仲直りするの」
「ところがさ、女の子の場合はとてもやっかいよ。どちらが正しいかではなく、ただその場で言いたいことを全て言っちゃったりするのよね」
「どっちが正しいなんて、女の子の場合は、全く関係ないんだもの」
「女の子の喧嘩は、だから長い間引きずるのよね」
『ピンキーの言う通りかも・・・え~ん』
その時のピンキーは、結衣を諭すつもりで話していたのだった。
「結衣・・・大丈夫? 少しは分かってよ」と
千里 (土曜日, 13 2月 2016 20:51)
「ねぇ、結衣・・・見えてきたわよ!」
『えっ? ヤッター!!!』
舞浜駅で降りて、二人は、また腕を組んで歩いた。
「ねぇ、結衣・・・ディズニーランドって、また今度の4月に値上がりするんだって知ってた?」
『うん、ネットで見て驚いたわよ』
「そっか、でさ、オープンした時の料金っていくらだ?」
「5・・・4・・・3・・・
『え~』
「2・・・1・・・
『5,000円!』
「ブッブー! はい残念!3,900円よ」
『そっかぁ・・・約半分ね』
『あっ、でもさ、昔って、何だっけ? ほら! あれ?・・・』
「AからEの5種類のアトラクションチケットのこと?」
『そうそう、それ! あったわよね。人気のアトラクションにはEチケットがないと乗れないみたいな』
「そうねぇ」
「ついたわね、結衣」
『うん』
入場チケットを買って、ゲートをくぐると、早速にチップとデールのお出迎え
結衣は、それまでピンキーとずっと組んでいた腕をほどいて、飛び跳ねていった。『チップだ~!』
ピンキーは、そんな子供のようにはしゃぐ結衣を見て
「楽しもうね、結衣」
と、少し遅れて
「わたしを置いていかないでよ~」と、結衣を追った。
二人のディズニーランドデートが始まった。
千里 (日曜日, 14 2月 2016 00:26)
二人のディズニーランドデートは終わった。
ディズニーランドでの二人のデートの様子は、それぞれの思い出に重ね合わせて想像してほしい。
そう、楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうのだ・・・夢のように。
帰り道、ピンキーは、一変して無口になった。
「ピンキー・・・急に静かだし!」
と、結衣の言葉にも「あっ? ・・・うん」と
ピンキーは・・・別人になっていたのだ。
そう、結衣のことを守るために、心の強い清史になっていたのだ。
清史は、結衣が帰る新幹線のホームまで一緒に来ていた。
その時の表情が、もうピンキーではなく、清史になっていることを物語っていた。
「楽しかったな、結衣」
「結衣、いいか、聞くんだ!」
『えっ? え~、どうしたのピンキー・・・え? 清史なの?』
「そうだ、結衣。よく聞け!」
『えっ? あっ・・・、うん』
「これから、結衣は、世間の大きな荒波に飲み込まれることになるだろう」
「それは、朝、少し話したことだ。何か、どこかで大きな力が働いているのかもしれないと言ったことだ」
「俺達には、到底理解の出来ない世界での、大きな力がな」
「結衣は、それに耐えて行かなければならないんだ、分かるか?」
「確か、東京地検の神崎が、結衣のところに来たって言っていたよな?」
「いいか、神崎がどう出てくるか分からないが、今日の新聞報道から推測する限り、結衣は、相当たたかれることが予想されるんだ」
「きっと、辛いぞ!」
「それでも、そこから逃げたら終わりだ」
「だから、闘うんだ。闘うと言っても、相手に向かっていけという意味ではないんだ。自分と闘うんだ」
「自分に負けたら、終わりなんだ!強い心で、世間がなんて言おうとも」
「いいか、結衣!」
「大丈夫だ。俺たちがついている」
「信じてくれ!」
「だから・・・負けるなよ!」と
結衣は、清史が言った言葉の意味の、半分ぐらいは理解できた。
だから、清史に向かって、凛とした表情で答えた。
『そうよね、あんなふうに新聞に書かれたら・・・まるで、私は犯罪者だもの』
『風当りが強いことぐらいは、私にも理解できるわよ』
『それでも・・・わたし・・・えっ? もしかしたら、逮捕されたりしちゃうのかな・・・』
「結衣・・・、それは、俺にも分からない」
「ただ、ひとつ言えることは、政界への疑惑をそらすために、世間の目を結衣に向けさせることが、考えられているのかもしれない」
「それは、とてつもなく大きな力だ」
「俺は、罪もない人が、同じようなことで、人生を変えられた人を、何人も見てきたんだ・・・冤罪でな」
「いいか、結衣・・・決して一人で苦しむなよ! 俺から啓介にも話しておく」
「だから、絶対に一人では、いいな結衣」
「返事するんだ!結衣」
『清史・・・うん、分かった、ありがとう』
清史は、ためらった。でも、自分の気持ちは抑えられなかった。だから
「結衣」
と、言って強く結衣を抱き寄せた。
新幹線のホームで
結衣は、清史の胸の中で、目を閉じて、清史に体を預けた。
『清史・・・ありがとう』と
発車した新幹線が見えなくなるまで見送った清史は、小さくつぶやいた。
「とうとう、越えちまったな」と
千里 (日曜日, 14 2月 2016 23:26)
結衣は、新幹線の車窓から見える明かりを眺めていた。
その日、一日がとても楽しかった分、込み上げてくる淋しさは、計り知れなかったが、それでも、清史が抱きしめてくれたぬくもりが残っているようで、不思議と孤独感はなかった。
女の子は、幾つになっても優しく、そして強く抱きしめられれば、心が暖かくなるものだ。
昔の話で、もう覚えていないという者は、・・・一度、試してみるがよい。
とても心が温まることが、実感できることであろう。
『優しかったなぁ・・・今日のピンキー』
と、フローズンファンタジーパレードを少女のような瞳で見つめ、そして、クリストフに向かって、両手を振るピンキーの笑顔を思い出された。
『フフッ、なんかピンキーって、クリストフに似てるかも』
『きっと、このことに気づいているのって・・・世の中で私一人よね』
と、結衣は笑みを浮かべた。
ディズニーランドの様子を、一通り思い返した結衣は
新幹線のホームでのピンキーを思い出した。
『初めてよね、・・・わたし、ピンキーのあんな表情を見たの』
と、男らしく強く語るピンキーの顔が思い出された。
そして
『どうして、最後は清史になっていたんだろう・・・ピンキー』
と、その謎は、結衣の想像では解けるはずがなかった。
こうして二人の時間が過ぎた。
ピンキーに背中を押されて、ディズニーランドに行った結衣は、
そう、一歩前に踏み出していた。
それは、思い切り楽しめたことで、昔の思い出を少しだけ消し去ることが出来たからだ。
結衣と、一日デートをして楽しんだピンキーは、
そう、自分の中にある“一線”を飛び越えてしまったことに気づいていた。
それは、新幹線のホームで清史に戻って、結衣を抱きしめたことが物語っていた。
この二人の変化が、この後、仲間達の絆を断ち切ることになってしまうことなど、その時の結衣には、知る由もなかったのだった。
ヒロ (月曜日, 15 2月 2016 12:31)
マンションに戻ってきた結衣は、郵便受けから二日分の新聞と郵便物を手に取り、エレベーターに乗り込んだ。
自分の部屋の前まで行くと、
『えっ? 誰?』
そこに体育座りで眠っている男を見つけた。
「あっ、結衣・・・」
それは浩市だった。
『えっ? ピンキーからは聞いていたけど、え~? もしかしてずっと待っていてくれたの?』
「あっ、う、うん・・・でも、いつの間にか眠っちゃったみたいで・・・おかえり、結衣」
『浩市・・・とにかく、入って』
と、結衣が部屋の鍵を差し込もうとすると浩市は
「あっ、今日は結衣の顔を見れたから、もう帰るな」と
結衣は、浩市が待っていてくれたことで、一人の部屋に戻らずに済むと思った。
それは、その日の結衣にとって、何よりもの贈り物だった。
だが、予想もしない浩市の「帰る」の言葉に
『えっ? なんで? ずっと待っていてくれたのに、どうして?』と
結衣は、もう時間も遅いことは、頭では理解していた。
それでも、ずっと待たせてしまったことへの、お詫びの気持ちと
一人ではいたくないという気持ちから、浩市の言葉を簡単には受け入れることが出来なかった。だから
『え~、どうしてよ? いいから入って』
「いやっ、本当に今日は・・・明日、仕事に行くんだろう? だから・・・じゃぁ」
と、浩市は振り向いて歩きだした。
結衣には、その浩市の行動が理解出来なかった。
『どうしてよ? 一日中待っていてくれたんでしょ?』
『私が、これだけ頼んでいるのに・・・』
人は、ときに、
“どうしてそんな事を言ってしまったんだろう”
と、後で悔やんでも、もうどうにもならない言い方をしてしまうときがある。
この時の結衣が、まさしくそうだった。
歩きだした浩市に向かって結衣は、強い口調で言った。
『それとも何? 浩市は、もしかしてピンキーに嫉妬でもしているの?バカじゃない!』
『ピンキーは、私にとても優しくしてくれたわよ! 浩市と違ってね』
『別れ際には、私を強く抱きしめてもくれたの。 頑張れって』
『あなたに出来る? 出来ないでしょうね。 意気地なしの浩市にはね!』
『分かったわ! どうぞ、帰ってください。そして、もう私のことなど、お構いなく!』
『浩市なんて、大嫌いよ!』
結衣は、そう言い放って部屋に入り、強めにドアを閉めた。
浩市は、結衣に言われるだけで、何も言葉を返すことが出来なかった。
閉められたドア越しに
「結衣・・・」
「ごめん・・・ゆっくり休んでな」と
しばらくは動けなかった浩市だったが、ひとつ大きく呼吸をして、そして帰って行ったのだった。
千里 (月曜日, 15 2月 2016 23:33)
部屋に入った結衣は、無造作にヒールを脱ぎ、そのまま浴室に直行した。
鏡に映る自分の姿を見ると、そこには、ピンキーの想いが残っていた。
『似合ってるよね・・・このニットのセーター』
『ありがとう・・・ピンキー』
シャワーを浴びようと、洋服を脱いでも、さらにそこにはピンキーがいた。
『わっ、そうだ・・・下着もピンキーのものだった・・・』
『・・・・・あれっ?』
『ギャー!』
『私の赤○○! ピンキーの家に置いてきちゃった』
『まっ、次のお泊りの時でいいわね』
シャワーを終えた結衣は、いつものバスローブに身を包み、ソファーに座りこんだ。
部屋の隅にある間接照明だけの明かりの中、結衣は、携帯を取り出した。
『ずっと、電源を切ったままだったしなぁ・・・』
と、電源を入れると、LINEアプリへのメッセージ有りが表示されていた。
4人グループへのメッセージには
「結衣・・・どこにいるんだい?(啓介)」
「結衣・・・大丈夫? みんな心配しているわよ(琴美)」
「結衣・・・ピンキーと一緒なんだってな! ディズニーランドか・・・いいな! 楽しんでこいよ!(啓介)」
「結衣だけ、ずる~い! 私も行きたかったのに(怒) 今度は、私とも行こうね(笑:琴美)」
「結衣・・・まだ帰ってこないのかな? 帰ったら連絡くれよ!(啓介)」
「結衣・・・こらっ!早く読みなさい! みんな心配してるのに・・・(琴美)」
と、仲間達が結衣を心配する送信が続いていた。
『みんな、ごめんねぇ・・・私は元気! 大丈夫だから』
と、そこに返信しようと思ったが、結衣は思いとどまった。
『浩市になんか、もう連絡したくないし!』
そう言って、啓介と琴美あてに、それぞれにお詫びの返信をした。
その時の啓介も、琴美も、グループへの返信ではなく、わざわざ個人あてに返信してくれたんだと、そのことに対しては、何も不思議にも思わなかった。
浩市と結衣の間にあった事を知らない二人だったからだ。
結衣は、LINEでのやりとりを終え、ソファーに横になった。
すると、しみじみと込み上げてくる思いがあった。
『わたし・・・ひとりは、もう辛いかも・・・』
と、涙を流したのだった。
千里 (火曜日, 16 2月 2016 21:47)
翌日
結衣は普段通りに出勤した。
『さっ、今日から頑張らなきゃ!』
会社が近づいてくると、そこには清史が言っていた光景が、あからさまに起きていた。
泉建設の前で待ち構えていた記者達が、結衣に気づき、「二階堂さんですね!」と、走り寄ってきた。
「今回の事件で、二階堂さんが、不正経理に加担していたのではないかという報道…見ましたよね? そのことでお聞きしたいのですが」
「二階堂さん! 二階堂さん!・・・」
もう、それ以降の記者達の声は、複数名の質問が入り混じって、結衣の耳では聞き取ることさえ出来なかった。
結衣は、ただ一言だけ
『私は、何もしていません』
『仕事がありますので、失礼します』と、小走りに記者達を振り切った。
『このことなのね、清史が言っていたことは』
結衣が、自分のデスクまでたどり着くと、早速に部下たちが近寄ってきた。
「二階堂課長・・・」
『ごめんね・・・、みんなにも迷惑かけちゃっているのかしら?』
「いいえ、迷惑だなんて・・・私達は、新聞記事のことなど、気にしていません。私達が、一番に分かっていますから!課長の元で働いてきた者として」
『・・・そう、ありがとう、みんな』
『でもね、みんな良く聞いてね』
『私の肩を持つと、あなた達も辛いことになるかもしれないから・・・』
「えっ? それって、どういう意味ですか? 二階堂課長! まさか、私たちに知らん顔をしていろということですか?会社のどこで、どうなってこんなことになったのかは、分かりませんが、私たちは二階堂課長の部下ですから!」
『みんな、ありがとう。みんなの気持ちは分かったわ』
『でもね、今回のことは私にも何がどうなっているのか分からないのよ』
『とにかく、社員として会社を守るのが、私達が今やるべきことなの!』
『阿部部長の公判のことは、私にもよく分からない。ただ、証人として証言台に立ち、聞かれたことに答えようと思っていただけなのに・・・』
『私が、これからどうなっていくのか、私自身にも分からないけど・・・あなた達は、とにかく、普段通りに仕事に取り組んでちょうだい! お願いね』
「二階堂課長・・・」
部下たちは、結衣を心配そうに見つめたのだった。
ヒロ (水曜日, 17 2月 2016 12:14)
部下達とのやりとりを終えた結衣は、自分のデスクに置いてある決裁文書に目を通し始めた。
普段通りに仕事をしていると、結衣のデスクの奥の方にある常務室のドアが開いた。
「二階堂課長、ちょっといいかい」
それは、取締役の錦織常務の声だった。
『はい・・・』
と、結衣は、席を立ち、常務室に入った。
「二階堂君・・・大変なことになったな」
「まっ、そこに座りなさい」
「どうだ? 大丈夫か? とりあえず、新聞報道がどういうことか聞かせてくれないか」
結衣は、公判であったことを全て話した。
錦織常務とは・・・
名前は錦織瑛太、年齢は結衣の1歳年上、泉建設錦織社長の長男である。
そう遠くない時期に社長就任が予定されている人物でもある。
結衣と瑛太は、入社当初から互いに切磋琢磨しあう存在として、一緒に仕事をしてきた。
瑛太は、社長の息子でありながらも、おごることなく、いち社員として働いていた。
無論、仲間との付き合いもごく普通に、多くの仲間を持つ好青年だった。
だが、会社が大きく成長するにつれて、ワンマンな社長が瑛太を特別扱いしだしたのである。
瑛太は、それを拒絶し続けたが、社長は絶対的な存在で権力を振りかざした。
実は・・・
瑛太の妻は、望月小梅である。
そう、結衣の同級生なのだ。
瑛太と小梅は、いわゆる政略結婚で結ばれた夫婦だ。
四井・四菱グループ会社の社長令嬢である小梅と瑛太を結婚させ、さらに泉建設の成長を目論んだ父である社長の企みにより、結ばれた夫婦なのだ。
父に強引に結婚話を進められた瑛太には、その当時好きな女性がいた。
そう、その女性こそが結衣なのである。
小梅との結婚話を進めるために、父親がとったごう慢なやり口は、瑛太を、そして結衣も苦境に追い込むことになっていくのであった。
ヒロ (水曜日, 17 2月 2016 12:35)
社長のやり口は、至極強引なものだった。
ある日、社長室に呼ばれた瑛太は、一枚のお見合い写真を渡された。
「この人と、お見合いをするんだ! 日取りも決まっている、いいな!」
『えっ? 社長・・・自分は、今は仕事に情熱を傾けていて、結婚など考えられません』
社長は、笑った。
「いいんだ! お前の人生は、父親である私が決める」
「そうだ、もちろん結婚相手もな」
「だから、断ることなど許さん!」
写真の女性が、四井・四菱グループ会社の社長令嬢であることを聞かされて、全てを察した瑛太だった。
瑛太は、勇気を振り絞って社長に言った。
「自分には、好きな人がいますから」
社長は、瑛太が予想もしていなかった返事をしてきた。
「分かっているよ!」
「私を誰だと思っている! それぐらい調べてある」
「いいか、瑛太・・・」
「お前が、この見合い話を断れば、お前が好きだという人が、どうなるだろうなぁ・・・」
「それが分かったら、黙ってお見合いしろ! いや、お見合いは単なるセレモニーだ。結婚だよ、結婚! もう決まっているんだ!」
「分かったら、それを持って仕事に戻れ!」と
瑛太は、真っ先に一人の女性の笑顔を想い浮かべた。
「結衣・・・」
千里 (水曜日, 17 2月 2016 20:48)
その頃の結衣にとって、優しい瑛太は輝いていた。そして、
『もしかして瑛太君、私のことを・・・』
そんな勘違いを始めていた頃だった。
もちろん、それは結衣の勘違いではない。
事実、瑛太は結衣に想いを寄せていたのだから。
瑛太と結衣は、よく仕事でぶつかった。
「なに、言ってんだよ! 違うだろう二階堂!」
『先輩! 私は、譲れません、絶対に!』
周りの人間は、二人のそんなやりとりには慣れっ子になっていた。
「あの二人、大丈夫かしら?」
『いいから、構うなよ。あの二人は、いつもあんなふうに激論を交わして、そして最高の結論を導き出す、最良のパートナーなんだから。あの二人の中には、入れないよ!それに・・・最後のセリフも決まっているんだしな!』
「えっ? 最後のセリフ?」
『あぁ』
「なに? 教えて?」
『まぁ、いいから黙って聞いててごらんよ』
と、周りの同僚たちが聞き耳を立てていると
「分かった! 今回は、二階堂の考えで行こう」
『ありがとうございます。錦織先輩』
「じゃぁ、今晩は、飲みながら戦略会議だ!みんなを誘ってな!」
『フフッ、そうですね』
と、聞き耳を立てていた同僚は
「ほらっ、来るぞ!」
瑛太は、早速に
「今晩、付き合えよ!」と
そんなふうに、同僚達は、仕事中も仕事を終えてからもいつも一緒に頑張っていた。
結衣は、そんな瑛太を「尊敬できる人」として、想い始めていたのであった。
千里 (水曜日, 17 2月 2016 20:51)
ときに、女性で
「尊敬できる男性が好き」と、言う人がいる。
それを聞かされた男性はこう思う。
「じゃぁ、俺も女性に尊敬されるようにすればいいんだ」と
これが、男が単細胞だと言われる所以だ。
だが、勘違いされては困る。
男性は、女性に好かれていたい生き物であり、そこに男性の頑張りがあるからこそ、男女が仲よくできていることも、高い比率であるのだ。
もちろん、この頃の瑛太の行動が、結衣に尊敬されたいがために、意識してなされていた訳ではない。
そして、結衣も、瑛太を尊敬できる人と思いながらも、それを恋愛までには発展させてはいなかったのだ。
「尊敬できる」というのは、もちろん人として素晴らしい魅力である。
女性の言う「尊敬できる男性」とは、人間的な魅力を持つ男性のことであり、それはあくまでも理性で判断しているものだ。
この時の結衣は、理性の中で瑛太を「尊敬できる男性」と判断したまでであり、結衣が持ち合わせていた“本能”は、瑛太を好きだとジャッジしていなかったのである。
女性が本能で好きになる要素とは、男性のステータスだけだ。
本能的な男性的魅力である「行動力」「決断力」「頼りがい」「統率力」などを兼ね備えている男性をステータスの高い男性と女性の本能はジャッジする。
また、男性のステータスには、お金や地位といった別の形のステータスもある。
こちらのステータスは、運が良ければ努力もせずに手に入ることもあり、また、失うときは、あっという間に失うものだ。
だが・・・
もし、お金や地位といったステータスを目当てに人を好きになる人がいたとしても、それを否定することなどできない。
それは、その人が、人間的な魅力のある男性よりも、お金や地位のある男性をステータスの高い男性と本能でジャッジしたのだから。
女性は、本能で人を好きになり、そして、好きになった理由を後から付けたがる。
このことが、男性にとっては、結構やっかいものだ。
恋愛は理屈でするものではない。
そのことは、男性にも理解できる。
普通の女の子の場合は、「わたし・・・あの人のこんな処が好きなの」
と、同性にも異性にも言いたがる。
それを聞かされた相手の男性は、もし違った見立てをされたとしたなら、そこに無理な努力をしなければならなくなるのだ。
女性からすれば、自分の恋愛が正しいものだと思いたいがために言うことなのか・・・あるいは、男性を手の上で転がそうとするために言うことなのか・・・
いずれにしても、間違いなくこれだけは言えるであろう。
男女の恋愛は、不思議であり、また、とても面白くそして魅力的なものであると。
結衣の場合は・・・
結衣の恋愛感には、理屈も理由も必要なかった。
結衣は、一途な女の子であった。
この時の結衣の中で始まった勘違いが、恋愛に変わることはなかった。
結衣が瑛太を尊敬しながらも、それを恋愛に発展させなかったのには、明確な理由があったからだ。
それは、結衣の心の中でずっと想い続ける人がいたからだ。
結衣の本能が理屈抜きで選んだ人だ。
千里 (木曜日, 18 2月 2016 19:51)
瑛太と、四井・四菱グループ会社の社長令嬢との見合い話は、あっという間に社内の噂として広まった。
そうである。結衣を瑛太から引き離すために、社長が秘書を使って、噂を広めさせたのである。
『ふ~ん、そうなんだぁ・・・』
と、噂を軽く受け入れた結衣であったが、なぜか、心のどこかで
『結婚しちゃうのかな・・・瑛太君』
と、ひっかかりを覚えたのだった。
そんなある日のこと、昼休みに瑛太が結衣のところに来て
「二階堂・・・」
『あっ、はい先輩』
「今日、仕事が終わったらちょっと付き合ってくれないか?」
『あっ、いいですけど・・・なにかありましたか?』
「・・・いや、その時に話すから・・・ここで、待っていてくれ!」
と、メモを渡し、急ぎ早に去っていった。
結衣が、瑛太から渡されたメモに目をやると、そこには赤坂のホテルの名前が書いてあった。
『ふ~ん、珍しいな先輩、ホテルで待ち合わせなんて・・・』
『いつもなら居酒屋なのにな』と
仕事を終えた結衣は、赤坂のホテルに向かった。
おそらくは自分では気づいてはいなかったのであろうが、その足取りはとても軽かった。
結衣が、ホテルに着くと、瑛太の姿を見つけることは出来なかった。
壁にある鏡で、髪の乱れがないことなどをチェックしていると
「二階堂・・・」と、瑛太が現れた。
「すまない、突然に」
『いいえ、大丈夫です』
その日の結衣は、仕事中とは全く違って、エレガントという形容詞がぴったり合う様相だった。
「二階堂・・・なんか、いつもと雰囲気が違うな」
『え~、先輩! おだてても何も出ませんよ!』
と、それまで瑛太には見せたことのないような素敵な笑顔を返した。
これまでのこんなシチュエーションの中で、二人の男女がホテルで会えば・・・
普通の女の子だったら、少しは考えるところがあるだろう。
結衣の場合は・・・
もちろん、結衣だって、普通の女の子
その日の成り行きを思い描いていた。
『瑛太君に強引に誘われたら、どうする気なの?結衣!』
と、そんなことも考えていた結衣であった。
そして、ホテルのロビーであった二人が、この後の行動を決めるときがきた。
緊張気味に瑛太が口を開いた。
「二階堂・・・黙ってついて来てくれ」
と、瑛太の後ろをついていく結衣
歩きながら、ふと、瑛太の右手に目をやると、そこには・・・
千里 (木曜日, 18 2月 2016 21:34)
瑛太が右手に持っていたのは
なんと・・・
結衣の赤○○だった。
『ギャー!』
『あ・の・さ・・・それで物語が続く訳ないでしょ!』
『普通、こんな状況だったら“部屋の鍵”でしょ!』
と、結衣は筆者に向かって鬼の形相で、言ったのだった。
千里 (土曜日, 20 2月 2016 08:00)
結衣は、黙って瑛太の後ろをついていった。
エレベーターに乗り込み、瑛太が最上階行きのボタンを押した。
それを見た結衣は
『えっ?最上階?・・・スィートルーム? いや~ん』と
エレベーターのわずかな時間が、結衣には、とても長く感じた。
それは、心臓の鼓動の音を聞かれやしないかと、呼吸を止めていたからだ。
「さぁ、ついたぞ! 二階堂」
と、瑛太に導かれたのは最上階にあるラウンジだった。
瑛太は、キョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探しているようだった。
店員に誘導され、二人は席に着いた。
瑛太は
「二階堂に会いたいっていう人が来るから、楽しみに待っていてくれ」と
結衣は『あっ、そ、そうなんですか・・・』
と、それまでスィートルームを思い描いていた頭の中を、今度は誰が来るんだろうと切り替えた。
二人が仕事の話をしていると
「こんばんわ」
と、待ち人が現れた。
結衣が振り向むくと、そこには・・・
『えっ?』
千里 (土曜日, 20 2月 2016 21:08)
『えっ?・・・』
『小梅だよね?』
「久しぶりぃ~ 結衣」
『キャー、久しぶりぃ、小梅~』
と、瑛太の代わりに? 小梅に抱き着く結衣
『え~、でも、どうして?』
と、結衣は自分で聞いておきながら、すぐに気づいたのだった。
『あっ! 錦織先輩・・・四井・四菱グループ会社社長のご令嬢とって聞いたけど、そのお相手が・・・小梅だったの?』
小梅は、笑顔で「うん」と
瑛太が
「見合いのときに、いろんな話を聞かせてもらって、二階堂と小梅さんが同級生だっていうことが分かって・・・二階堂の話をしてあげたら、小梅さんがどうしても会いたいって・・・」
『そうだったのね。わぁ~、でも卒業以来よね』
「うん。錦織さんから聞いたわよ。 仕事、頑張ってるみたいね」
『うん、まぁ・・・それなりに』
それからは、瑛太は、二人の思い出話の聞き役にまわり
結衣と小梅の二人の同窓会は、ずっと続いたのだった。
結衣の終電の時間が、近づいてきた。
『わたし、終電の時間が・・・』
と、結衣が、てっきりお開きになるものと思って言ったつもりの言葉に
「そっか、今日は突然に悪かったな、気を付けてな、二階堂」
と、瑛太に返されてしまった。
『それって・・・私には帰れ! 俺達は・・・っていうことよね』
と、何故か寂しさを感じてしまった結衣だった。
『またねっ、小梅』
「うん、またねっ、結衣」
と、席を立って歩きだした結衣の後姿をみて小梅は
「結衣・・・私が来ることを知らずに、瑛太さんとホテルでの待ち合わせに応じて、それで着飾って来たのに・・・寂しいって、今の顔に出ていたわよ結衣・・・」
と、ぽつりとつぶやいたのだった。
この時の出来事が、結衣の運命を大きく変えることを結衣は知る由もなかったのだった。
千里 (日曜日, 21 2月 2016 08:23)
小梅も瑛太との会食を済ませ帰宅した。
「ただいまぁ」
小梅の母親が、『おかえりぃ、小梅』と出迎えた。
『どうだった? 錦織さんとお会いしてきたんでしょ?』
実は、小梅は、お見合いの時には、すでに瑛太の優しさと男らしさに魅かれていたのであった。
だが、結衣と会ったことで
「わたし・・・結衣の彼を奪うことなど出来ないわ」
と、勝手に思い込んでしまったのだった。
だから
「う~ん・・・わたし・・・」
小梅が、母親に今日の出来事を正直に話すと
『そうだったの、あなたの性格だと・・・それは出来ないわね、小梅』
と、母親は小梅を優しく包んでくれたのだった。
だが、問題はここからだった。
小梅の母親から、錦織には付き合っている女性がいると聞かされた小梅の父親が、激高してしまったのである。
翌日・・・
小梅を溺愛する父親は、
「おたくの息子さんには、彼女がいるそうじゃないか」
「とんだ、馬鹿げた話だ! 泉建設との付き合い方も考えさせてもらう」
と、取りつく島もなく一方的に電話を切られた瑛太の父親は
「彼女? 二階堂って子のことか」
と、今度は、小梅の父親以上に瑛太の父親が激高したのである。
インターホンで秘書に「経理の二階堂君に社長室に来るように」と命じたのだった。
この後に傲慢でワンマンな社長がすることで、結衣の悲劇が始まるのであった。
千里 (日曜日, 21 2月 2016 08:26)
結衣は、秘書からの電話で社長室へ呼び出された。
『・・・なんだろう・・・社長が?』
と、思い当たることもないままに社長室へと向かった。
『二階堂です、失礼します』
「入りなさい」
『社長、何か御用でしょうか?』
「そこに座りなさい」
「君は、うちの瑛太と付き合っているという話だが、そうなのかね?」
『えっ? いえ、社長・・・錦織先輩とお付き合いなどしていません』
『実は、昨日、錦織先輩とお見合いされた望月さんとご一緒させていただきました』
『望月小梅さんは、高校時代の同級生なんです』
『望月さんが、私と会いたいということで、それで・・・』
社長は、ようやく理解したというような顔をして
「そういうことだったのか」
「二階堂君・・・君は大変なことをしてくれたな」
「望月社長が、大変ご立腹で、私のところに電話をしてきたんだ」
「小梅さんが、君にひどいことを言われたと」
『えっ? そんな・・・小梅が』
「望月社長に、もううちとの取引はしないとまで言われたんだ!」
「うちは、もう終わりだよ! どう責任を取ってくれる? うん? 二階堂君よ」
『私は・・・小梅にひどいことなど何ひとつ言っていません』
『社長、信じてください』
「信じろと? 信じてどうなるっていうんだ。事実、望月社長が、断ってきたんだ」
「君には、責任をとってもらうことになる」
『責任? って、おっしゃいますと・・・』
「もちろん、辞めてもらうよ」
『社長・・・誤解です』
『私が、小梅に説明しますから』
「余計なことをするな!」
「今すぐ、辞表を出したまえ!」
結衣は、ゆっくりと返事をした。
『分かりました』と
千里 (日曜日, 21 2月 2016 21:48)
「お~、物分かりがいいな、二階堂君」
結衣は、凛とした表情で
『はい、辞表は出しますが・・・もちろん不当解雇で、訴えさせていただきます』
と、社長をにらんで言った。
「訴える? 私をかね?」
『いえ、違います。会社をです』
「本気かね? 二階堂君」
『はい、もちろんです。私は、この会社で生涯働きたいと思っていましたから』
「・・・そっか、君は私を脅す気なのだな」
結衣は、黙って席を立ち、社長室を出ようとした。
すると、社長は
「分かった。君を首にするという話は撤回しよう」
「二階堂君・・・私を助けてくれやしないか」
「いま、望月社長との付き合いがなくなったら、いくら君が働きたいと言っても、うちの会社は終わりだ」
「私を、いや、会社を救うために瑛太とは別れてくれ!」
「君には、それ相当の慰謝料を出す」
結衣は、小梅の顔を思い出していた。
『小梅・・・どうして・・・』
結衣は、小梅に裏切られたと思った。
だから、その悲しみを断ち切るために、あえて、自分を悪者にしてしまったのだった。だから
『社長・・・分かりました』と
社長室を出た結衣は、涙が止まらなかった。
千里 (日曜日, 21 2月 2016 21:50)
こうして結衣と小梅の仲は、社長の身勝手な言葉で引き裂かれた。
幾日かが過ぎて、結衣は再び社長に呼ばれ、慰謝料の説明を受けた。
結衣は、社長からどんな提示をされようが、二つ返事で承知しようと決めていた。
「二階堂君・・・君には東京を離れてもらうことになる」
「君の実家のある栃木に、会社名義のマンションを用意した」
「そこに住んでもらうことを条件に、君への引っ越し代として2千万円を渡す」
「それで、納得してくれるな?」
結衣は、もう何も考える気にもなれなかった。
だから、決めていたとおり、二つ返事で
『分かりました』と
結衣は、すっかり変わってしまったのだった。
瑛太は会社を救うという名目をつけて、小梅との付き合いを始めた。
瑛太から
「結衣には、二股をかけられ、もてあそばれた」
と、聞かされた小梅が、結衣を嫌いになったのは、言うまでもない。
その全てが、瑛太の父親が書いた筋書きだった。
半年後、瑛太と小梅は結婚したのだった。
千里 (日曜日, 21 2月 2016 21:53)
結衣は、栃木からの通勤にも、決して音を上げなかった。
意地があったからだ。
当然、結衣と瑛太が、同じ仕事をすることもなくなり、瑛太は、当然のように若くして課長、部長、専務へと昇進していった。
だが・・・
それは、結衣が課長に昇進するちょっと前のことである。
結衣と瑛太のちょっとした会話で、小梅と結衣が互いに憎み合っていたこと全てが、社長によるものだと知ったのだった。
『わたし、ずっと小梅のこと・・・』
「でも、良かったじゃないか。小梅も、これで誤解だと分かって喜ぶだろう」
その後すぐに、結衣と小梅が会って、仲直りしたのは言うまでもない。
結衣は、瑛太の推薦も受け、課長へと昇進した。
瑛太も常務となり、会社は順調に年商を伸ばしていたところだった。
そんな時に、今回の事件がおきたのである。
瑛太に呼ばれた結衣は、公判で聞かれたことの全てを語った。
目を閉じて結衣の話を聞いていた瑛太は
「なるほどな・・・分かった」
瑛太は、しばらく考え込んでいた。
そして、結衣にこう言ったのである。
「二階堂君・・・」
「なぜ、うちの顧問弁護士である東條先生が、君を悪者に仕立てようとしたのか、それが謎だ」
「それで、阿部部長のことが守れるのだろうか・・・」
「分からないことだらけだな」
「なぁ、二階堂君・・・」
「ただ、これだけは言わせてくれ。私は、会社を守ることを一番に考えなければならないんだ」
結衣は、
『常務・・・それは当然のことです』
と、そう答えて、常務室を出たのだった。
千里 (日曜日, 21 2月 2016 21:55)
その日の仕事も終わり、会社を出ようとすると、結衣にどうしても話を聞こうと、記者たちが待ち構えていた。
『どうしよう・・・』
と、ためらっていると、結衣の携帯が鳴った。
それは、メモリーにない番号だった。
『誰だろう・・・』
と、それでも勇気を出して電話に出ると、それは宮崎誠也だった。
「結衣か? 誠也だ」
「啓介に結衣の番号を聞いたんだ」
「いま、お前の会社の地下駐車場にいる」
「正面から出たりしたら、大変なことになるぞ」
「俺の車で、送るから」
『ありがとう・・・誠也』
結衣は、誠也の車の後部座席に乗り、身をかがめた。
「そのままにしていろよ!結衣」
少し走ったところで
「結衣・・・もう大丈夫だ」
『助かったよ、誠也、ありがとね』
「結衣・・・もしかすると、今日は、自宅にも記者たちが押しかけているかもしれないぞ」
「どうする?」
結衣は、少し考えてこう答えた。
「ピンキーのところに送ってほしいな」と
誠也の車で、ピンキーの店の前まで送ってもらった結衣であったが、この後、思いもよらぬことになるのだった。
千里 (月曜日, 22 2月 2016 19:44)
『ピンキー! 来ちゃった』
と、明るく店に入っていくと、ピンキーは
「はい、いらっしゃい結衣」
と、普段通りに結衣を迎えてくれた。
結衣は、席に着くなり、記者たちに追いかけられていること、誠也に助けられてここまで来たことを、早口でピンキーに説明した。
ピンキーは
「そう・・・大変なことになってきちゃったけど、私があなたに負けないでよと言ったのは、こういうことなのよ」
「頑張りなさい、結衣! いいわね」
と、ここまではいつものピンキーであった。
だが、結衣が
『だからさ、今日もピンキーのところに泊めてね』
の言葉に、ピンキーの態度が急変したのである。
「だめよ!結衣」
『・・・えっ?』
結衣は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で
『えっ、訳わかんないし・・・だって、ピンキー、私の事を守るって言ってくれたわよね!』
ピンキーは、黙って返事もせずに
「はい、これ! 洗濯してあげたわよ」
と、結衣の赤○○を差し出した。
そして、ピンキーは、ゆっくりと語りだした。
「浩市が、私のところに連絡してきたわよ」
「結衣の事を頼むって」
「様子がおかしかったから、聞いたの」
「もちろん、浩市のことだから、何も話してはくれなかったわよ」
「それでも、結衣のことを守るためにはと、白状させたの」
「結衣・・・」
「あなたは、また昔と同じ過ちを犯す気なの?」
『えっ?』
「結衣も本当は、気づいているんじゃないの?」
『えっ? 何に気づいているっていうの?』
「浩市のことよ」
『・・・浩市なんか嫌いよ』
『あいつ、最後はいつも逃げるのよ』
『昔からよね、あいつの臆病なところは』
「臆病? 浩市が?」
「結衣・・・」
「日光での、あの事故のこと、忘れた訳じゃないでしょ?」
『忘れる訳ないわよ・・・忘れたくてもね』
「そう・・・ならいいけど」
「とにかく、あなたを泊めてあげる訳にはいかないの!」
「終電に間に合うように帰って」
結衣は、言われるままにピンキーの店を出た。
その日は、瑛太にもピンキーにさえも、突き放された結衣であった。
千里 (月曜日, 22 2月 2016 23:36)
結衣は、最終の新幹線で帰宅した。
恐る恐るマンションの周りを見渡してみたが、誰かが待ち構えている様子は伺えなかった。
『良かった・・・』
部屋の前までいくと、
『もう、私の事を構わないで!』と、言ったにもかかわらず、
『・・・いるわけないよね』
と、浩市の姿を探してしまった自分に、なぜか、いらだちを覚え、そして部屋に入ると・・・やはり一人であることに、寂しさを感じてしまった結衣だった。
『明日はお休みだから、琴美のところに行こう』
そう決めて、その日は何もせずに眠った。
翌日結衣は、考えていた通りに茶居夢に向かった。
『おはよう、琴美』
「結衣ーーー!」
「あんた、おはようじゃないわよ!」
「グループLINE・・・読んでるくせに返事もよこさないで! どういうつもりなの?」
『・・・ごめんんさい。 なんか、どう返していいのか・・・』
と、その場を取り繕った結衣であったが、真意は、浩市とつながりを持ちたくなかっただけなのである。
結衣は、話題を変えようと、記者たちが会社に来ていることを琴美に伝えた。
「そうなの・・・誠也が言っていた通りね、しばらくは・・・って」
「負けないでね、結衣」
『うん』
『ねぇ、琴美・・・いつもの頂戴!』
「はいはい」
しばらくは、互いの近況報告をしていたが、琴美が
「ねぇ、結衣・・・持ってきた?」
『えっ? なにを?』
「写真よ」
『・・・う、うん・・・約束だからね』
「そう、・・・八千代さん、もうすぐ来ると思うんだけど・・・」
と、二人は、八千代さんが来るのを待った。
千里 (火曜日, 23 2月 2016 21:32)
八千代さんは、間もなくしてやってきた。
「こんにちわぁ」
と、カウンター席に結衣がいることに気づいたようで、とても嬉しそうな表情で入ってきた。
その足取りは、高齢ゆえに、一歩一歩ゆっくりであった。
「いらっしゃいませ、八千代さん」
『こんにちは、八千代さん』
と、二人に迎えられて、八千代さんは、さらに嬉しそうな表情を浮かべて、いつもの席に座った。
「今日は、結衣さんもお休みでしたか?」
『はい』
『もうそろそろ八千代さんが来る頃かなって、話していたところなんですよ』
と、結衣も、久しぶりに心穏やかな笑顔で答えた
その日は、他にお客様もなく、三人で同じ席で会話を楽しんだ。
しばらくして琴美が
「結衣・・・写真・・・」
『あっ、うん、そうね』と
結衣は、鞄の中から
啓介、清史、収一、浩市、琴美、結衣、そして八千代さんの娘である鈴子の7人で撮った写真を八千代さんの前に
『八千代さん・・・この写真を見てください』と
「あれぇ、この写真は? もしかしたら、結衣さんが女学生さんだった時のお写真でしたかぁ」
と、背中を丸くして写真を見た。
ヒロ (金曜日, 26 2月 2016 12:12)
突然であるが、八千代さんが言った。
「インフルエンザにでも、なったんですか?」
「書き込みがなくて淋しかったですよぉ」
「そう言えば・・・リレー小説に、パスワード入力して、そして最後の書き込みを見に行くのに、いつも苦労しているんですよぉ」と
結衣が、笑顔で答えた。
『それなら、“コメントをお書きください”という箇所を押してみてください』
『最後の書き込みのところにいって、とても便利ですよ』と
「あれぇ、そうだったんですかぁ・・・ありがとねぇ結衣さん」
『いいえぇ』
『・・・って』
『ところでさ・・・早く物語進めて頂戴よ!』
「・・・はい、すいません (-_-;) 」
ヒロ (金曜日, 26 2月 2016 12:40)
八千代さんは、結衣から渡された写真を見て
「あれぇ、可愛い女の子ですねぇ」
「これが結衣さんで・・・こちらの“おかっぱ髪”の女の子が琴美さんでしたかぁ?」
八千代さんの前で、二人は微笑んだ。
『はい、そうです』と
そして、結衣が
「八千代さん・・・もうひとり写っている女の子が、娘さんの鈴子ですよ」と
二人は、八千代さんが喜ぶ顔を想像して待っていた。
だが・・・
「そうでしたかぁ」と、驚きも喜ぶこともせずに写真を結衣に返したのである。
『えっ?』
『鈴子さんですよ、八千代さん・・・先日、お話した、あなたの娘さんですよ・・・』
八千代さんは、結衣の顔を見て、ゆっくりと話を始めた。
「結衣さん・・・」
「先日、結衣さんたちと娘の鈴子が、同級生だったと伺って、正直、嬉しかったんですよぉ」
「でも、わたしは、その話をされた時の結衣さん・・・あなたの顔をお見受けして、きっと鈴子があなた達に、何かご迷惑をおかけしたのではないかと・・・」
そう静かに言って八千代さんは、背中を丸めて下を向いてしまった。
『えっ?・・・』
結衣は、言葉が出なかった。
隣にいた琴美が、結衣の顔をみて
「結衣・・・ちゃんと八千代さんにお話ししてあげようよ」
「ねぇ・・・結衣」
結衣も黙ったまま下を向いた。
琴美は
「結衣・・・八千代さんもこれまで鈴子と離ればなれで暮らしてきて・・・」
そこで、琴美は言葉に詰まって、泣き出してしまった。
それでも・・・
「わたし・・・八千代さんにお話しするよ・・・いいよね、結衣!」
結衣は、黙ってうなずいた。
この先、昔のことが琴美によって語られていくのであった。
ヒロ (金曜日, 26 2月 2016 17:59)
琴美の話は、鈴子が転校してきたころの話から始まった。
鈴子が、施設から学校に通う子であるというだけで、周りの男の子からいじめられ、それを救った自分と結衣も、いじめの標的とされて・・・
それを救ってくれたのが、写真に写っている啓介、清史、収一、そして浩市の4人だったと。
八千代さんは、初めて聞かされた“鈴子が児童養護施設に預けられていた”という話に、もうすでにハンカチが手放せなくなっていた。
琴美は、ゆっくりと八千代さんのペースに合わせて、話を進めていった。
男の子4人が、いつも体を張って自分たちを悪ガキ達から守ってくれこと。
男の子4人と、結衣、鈴子、そして自分の7人で、いつの日かスクールメイツセブンと呼びあうようになり、いつも一緒に遊んでいたこと。
そして7人は、同じ中学校、全員が一緒に同じ高校に進学したこと。
頭の悪い浩市が、ようやく合格できたことも含めて話したものだから、八千代さんには“浩市は馬鹿な子”とインプットされた。
高校に進学した7人は、それぞれに勉強と部活に励み、友達も増えていったこと。
それでも・・・、
体と心が大人に成長していくにつれて、7人の友人としての付き合いが、微妙に変わっていってしまったこと。
それは、決して仲が悪くなったからではなく、思春期を迎えたごく普通の感情が芽生えてきたことからであること。
そして、バレー部の天宮多香子が鈴子に勧められて、浩市に想いを伝えるために一緒に遊びに出かけることになったこと。
スクールメイツセブンと、多香子、そして、おまけの玉袋真と9人の面々で、日光に出かけたこと。
バスに乗った面々は、いろは坂手前で猿の群れと遭遇し、結衣が
『わたしなら、ここにいるけど?』
と、間の悪いボケをかまして、大すべりしたこと。
多香子が車酔いで体調を悪くしたことで、浩市が運転手と乗客に頭を下げて、目的地の途中、明智平で下車したこと。
そして、気分の悪い多香子と高所恐怖症の結衣以外の者は、ロープウェイに乗って出かけていったこと。
八千代さんは、琴美から一度も視線を外すことなく、ハンカチを右手に持ち、うなずきながら聞いていた。
するとその時結衣が・・・
『琴美・・・そこからは、私が・・・』
と、話を始めたのであった。
まるで映画の回想シーンのように
千里 (金曜日, 26 2月 2016 20:23)
ロープウェイで出かけていった面々をベンチで待つ二人
多香子が
「カッコよかった!浩市君」
結衣は
『えっ?』
「私が気持ち悪いって・・・そしたら運転手さんのところに行って、お願いまでしてくれて・・・」
『・・・そっかぁ、初めての多香子には、カッコよく見えたのね』
「うん! カッコいいよ。私には出来ないもん、あんなこと・・・」
『なんかさぁ、小学生の時から一緒にいる私達には、浩市の行動って、ごく当たり前のことだと思っててさ・・・』
多香子は、結衣を見つめてこう言った。
「わたしも、結衣たちのように、浩市君に守ってもらいたい・・・ずっと」と
『えっ?それって・・・』
そして、結衣は思った。
『浩市が多香子の方を向いてしまったら、私のことなんか、もう・・・』と
それを考えると、居ても立ってもいられい感情に駆られた。
だから結衣は、自分の中で決着をつけようと、多香子に言ったのだった。
『ねぇ、多香子・・・私ねっ・・・』
『浩市のこと、好きかもしれないんだ』
「えっ?・・・」
「好き・・・かも?」
「ねぇ、結衣・・・好き…かもってどういう意味なの?」
「それって、好きかもしれないし、好きじゃないかもしれないってこと?」
「それと、今のタイミングで私にそれを言ったっていうことは・・・」
「私には、浩市に手を出すな!って、予防線をはったっていうことなの?」
多香子は、少し強めの口調で言ったのだった。
結衣は、多香子の言葉にハッとした。
『えっ? 別にそういう意味で言ったんじゃないわよ』
『ただ・・・』
「ただ、なによ? 言ってよ、結衣!」
『わたし・・・』
結衣は、そこで言葉が出なくなってしまった。
千里 (金曜日, 26 2月 2016 20:25)
結衣・・・ まだ、15歳の可愛い女の子
“惚れた腫れた”の話をするには、まだまだ子供であった。
それまで必要のなかった、○ラを・・・、それもスポーツ・○ラ(Aダッシュ・小)をやっと付け始めたお年頃
しかも・・・
『わたし、好きかも?・・・』と、思ってしまった相手が、小学生の頃からずっと一緒にバカをやって過ごしてきた浩市
正直なことを言えば、
『浩市のことなど好きになるはずがないのよ・・・わたしは』
と、思うところもあったのであった。
だから、多香子に、
「今のタイミングで私にそれを言ったっていうことは、予防線をはったっていうことなの?」
そう聞かれても、正直な自分の気持ちすら分からなかったのであった。
ただ、ひとつ言えることは、自分のそばから浩市がいなくなることだけは、嫌だったのである。
言葉に詰まった結衣を見て多香子は
「結衣・・・私は結衣を責めたりする資格もないし、ましてやそんな気持ちもないのよ」
「ただ、わたしは・・・浩市君のことが・・・」
と、その時だった。
下りのロープウェイに乗って、仲間達が帰ってきた。
「結衣ぃ~ 多香子ぉ~」
と、仲間達が窓を開けて、大きく手を振っていた。
慌てて結衣も多香子も手を振りかえした。
こうして、二人の会話は途中で終わってしまったのである。
そして、この後おきる事故を暗示するかのように、日光の空には雪雲が立ち込め始めていたのであった。
千里 (金曜日, 26 2月 2016 20:31)
「きゃぁ~、とっても綺麗だったよ! ねっ、真!」
と、清史と真が最初に走り寄ってきた。
『そう・・・よかったわねぇ・・・私も高い処が苦手じゃなかったら、行きたかったなぁ』
と、結衣が出迎えた。
仲間達は、それぞれに嬉しそうな顔をして帰ってきた。
浩市は、生まれて初めて乗ったロープウェイに興奮冷めやらずに
「すっげー! すっげーよ! たけーんだよ!」
と、浩市のその姿は、まるでランニング姿の山下清のようだった。
啓介が
『どうだ? 多香子・・・気分は?』
「あっ、うん、もう大丈夫! みんなごめんねぇ」
『いや、いいんだよ。多香子のおかげっていう言い方もなんだけど、この明智平で降りたから、ロープウェイに乗れたんだしさ』
と、啓介は笑った。多香子は
「ねぇ、啓介君・・・行きたいところがあったんでしょ?」
「わたしは、もう大丈夫だから次のバスが来たら・・・」
『そっか、うん、多香子が大丈夫なら・・・う~ん、せっかくだから中禅寺湖まではいきたいよなぁ・・・』
「うん、大丈夫! みんなごめんね」
仲間達は、口をそろえて
「オッケーだよ~」と
結衣は、黙っていた。
さっきの多香子との会話に詰まってしまった、自分が、なぜかとても不甲斐なく思えてならなかったからだ。
バス停で仲間達は、次のバスを待った。
多香子が、浩市に近づいて
「ねぇ、浩市君・・・ロープウェイ、そんなに楽しかったの?」
『あっ、うん・・・うん・・・楽しかった・・・うん、うん、うん・・・』
と、浩市は、まだまだ興奮が冷めない山下清状態であった。
多香子は、そんな浩市を見て、あたかも自分までロープウェイに乗ってきたような楽しい気分になれた。
「浩市君って、楽しいね」
その会話を聞いていた収一は
『浩市は、ただのバカだから、いつもこんな感じさ!』と
それでも多香子は
「え~、いいじゃない・・・だって、楽しいことを素直に楽しいって言えるのって」
『まっ、それもそうだけどな・・・おっ、バス来たぞ!』
仲間達は、バスに乗り込んで中禅寺湖を目指したのである。
千里 (土曜日, 27 2月 2016 07:39)
仲間達を乗せたバスが中禅寺温泉駅で停車した。
「着いたぁ」
冷たい空気が、仲間達を出迎えた。
12月の中禅寺湖には、既に雪が舞っていた。
「寒~い」
「え~、でもなんかロマンチックじゃない、雪景色が」
中禅寺湖の湖畔には雪が積もっていた。
「ねぇ・・・綺麗ね」
「あぁ・・・」
仲間達は、神秘的ともいえる中禅寺湖の景色に酔いしれた。
この時期には、さすがに遊覧船は運休だった。
仲間達は、湖畔を思い思いに歩きだした。
結衣は、どうしても納得がいかずに、さっきの決着をつけようと
『多香子・・・』
と、呼び止めた。
「わたし、浩市君と歩きたいの! 浩市く~ん!」
と、結衣を無視して行こうとした。
それを追って結衣は
『多香子! なんで、私と、話しなさいよ!』と
その様子を知ってか知らずか分からないが、啓介が
「集合写真撮ろうぜ~ 集まってくれ~」
と、ポケットから“写ルンです”を取り出した。
隣にいた浩市が
「すっげー、これがカメラなんかい?」
と、初めて見る“写ルンです”に興味津々
「見しち~」
と、啓介から借りて見ていると、ようやく仲間達が集まってきた。
そのまま浩市が
「おれ・・・カメラマンやるよ!」
と、中禅寺湖を背景に、ベストアングルを見つけて歩き出した。
浩市以外の仲間達が、並び始めると啓介が
「浩市は、なんて掛け声かけるかな? やっぱり“はい、チーズ”かな?」と
すると収一が
「でも、あいつのことだから“はい、チーズ”の意味も知らないで言うだろうな!」
『え~、意味?』
「あれ? 琴美も知らないのかよ?」
『・・・うん』
「英語で「乾杯」っていう意味のcheers・・・つまり、「チアーズ!」と言ってアメリカ人が写真を撮るところを見て、それを「チーズ」と聞き間違えた日本人が真似して使い始めて、いつの間にかみんなに“はい、チーズ”って広まったんだぜ!」
「もしかして、食べるチーズだと思っていたのか?」
『・・・・・』
『・・・まじ?・・・それって、都市伝説?』
「あぁ、そうかもな! 王様ゲームが宇都宮の小さな飲み屋さんから広まった! その店で初めてやったのが、俺達の同級生なんだぜ! っていう有名な都市伝説もあるけどな!」
『・・・まじか』
「あぁ、まじだよ!」
『ねぇ、誰? だれ?』
と、浩市が
「はい、みんな チーズ!」
「・・・・・」
「押せねーけど・・・」
『浩市! まけ! まけよ!』
「はっ? 負け?・・・俺・・・勝だけど・・・」
『ボケてねーで、そこの回すところを巻けって!』
「・・・・・???」
『ったく!』
啓介が『ここをな・・・こうやって・・・こう!』
「なるほど、少し頭良くなったかも、んじゃ、もう一回 チーズ!」
と、なんとか撮影できた。
すると、清史が「スクールメイツセブンの写真も撮ってもらおうぜ!」
そう言って「浩市! お前もこっちに来いよ!」と
そして・・・
結衣、琴美、八千代さんの前に置かれた写真が撮影されるのであった。
千里 (日曜日, 28 2月 2016 01:58)
「私が撮るね!」
と、多香子は、浩市に走り寄って“写ルンです”を受け取った。
「あっ、す、すみません・・・」
と、後頭部に右手を添えて、至極すまなそうに「お願いします」と“写ルンです”を多香子に渡し、浩市もみんなのところに行って、スクールメイツセブンが揃った。
多香子が可愛らしい笑顔で
「はい、スクールメイツセブン・・・パシャ!」
それぞれが、それぞれの決めポーズで
浩市は、腰をおろしてキャッチャースタイルで
何故か、高校の体育の授業用の緑のジャージ姿が印象的だった。
琴美が
「初めてだよね! 7人が揃って撮ったの」
『あぁ、そう言われてみればそうだな』
この時のスクールメイツセブンのメンバーが、もう二度と7人揃って写真を撮ることがないなどとは、夢にも思っていなかった。
生涯、最初で最後の写真撮影だった。
多香子は、写真を撮り終えると、“写ルンです”を持ったまま、何かもじもじしているようだった。
それに気づいた女の子がいた。
そう、鈴子だ。
鈴子が、多香子に近寄り
「カメラマン、ありがとう・・・ねぇ、多香子・・・あなた、もしかして?」
『えっ? な、なに? 鈴子』
「なんか、もじもじしてるけど・・・もしかして、トイレに行きたいの?」
『・・・鈴子・・・それじゃ、物語が続かないんだけど (-_-;) 』
「そっか・・・いや、なんか言いたそうな、でも、それを我慢しているようにみえたの! もしかして、浩市と一緒に写真を撮ってもらいたいんじゃないの?」
『・・・うん』
「やっぱりね! もう、水臭いな多香子・・・待っててよ! 浩市に言ってあげる」
だが・・・
この時の鈴子の気配りが、この後の仲間達の人生を大きく動かす出来事に結びついていくのであった。
実は・・・
多香子と鈴子の会話が、結衣に聞こえてしまったのである。
結衣は、ようやくスポーツ・○ラ(Aダッシュ・小)を付け始めた胸を押さえて
『えっ? 浩市と一緒に?』と
この後、まだまだ子どもであった結衣は、こともあろうに鈴子に八つ当たりをしてしまうのだった。
15歳の女の子の八つ当たりなんて、とても可愛いものだろう。
それでも・・・
結衣が言った。
『ねぇ、鈴子!』
千里 (日曜日, 28 2月 2016 19:43)
『ねぇ、鈴子!』
『浩市は、女の子と二人でなんか撮らないよ! 俺、恥ずかしいから! とか言って』
「え~結衣、もしかして私と多香子との話を聞いてたの?」
『聞いてたっていうか・・・聞こえちゃったの!』
「浩市に頼んでみなきゃ分からないでしょ!」
『ふ~ん、鈴子は、多香子に対して随分と一生懸命なのね!』
「え~、なによ! もしかして多香子にやいてるの?」
『違うわよ! 浩市は、そういう奴だから・・・多香子が断られたって思っちゃったりしたら、可哀想だと思って・・・』
と、その時の結衣は、純粋にそう思った。
だから・・・
『いいわよ! 分かった。 じゃぁ、まずは私と撮ってって頼んでみるから!』と、結衣はそそくさと浩市のところに行ってしまった。
しかし、鈴子には、結衣のその行動が
「多香子が浩市に近寄ることを邪魔したいのね!」
と、思ってしまったのだった。
『浩市! 私と一緒に撮ろうよ!』
浩市の返事は結衣の予想通りだった。
「え~、やだよ!」
『写真ぐらい、いいじゃない!』
「恥ずかしいし・・・」
『私とでも?』
「・・・・・」
『・・・だ・よ・ね・・・そう言うと思った』
そして、その時の15歳の女の子は、こう言った。
『ねぇ、浩市!』
「なんだよ?」
『せめてさぁ・・・』
「だから、なに?」
『Aは仕方ないけどさぁ、せめて「ダッシュ」は取って! しかも「小」って・・・どうして知ってるの?』
「その事か・・・それは、ここじゃ言えないよ」
『はぁ?言えない? みんな変に誤解するでしょ! 言いなさいよ!』
「・・・耳・・・つかまない?」
『うん! つかまないから、言いなさいよ!』
「あくまでも、15歳の可愛い女の子のイメージだよ!」
『はぁ? イメージ? って、物語に必要のない描写じゃない!』
『せっかく、ダッチューノ! で、喜んでいたのに!』
「・・・って、やっぱり喜んでいたんだ!」
『!!!』
「い、い、痛い! つかまないって言ったのにぃ~」
『早く、話を進めなさいよ!』
「・・・は、は、はい」
と、ようやく耳を放してもらった浩市だった。
思わぬところで、脱線してしまったものだ。
千里 (日曜日, 28 2月 2016 21:30)
脱線ついでに・・・
今どきの高校生は、男の子と女の子で、街中を普通に肩を並べて歩いている。
いや、中学生でさえ、恥ずかしいということもなく歩いている。
TULLY'S COFFEEで、二人仲良く勉強している学生もみかける。
昔なら考えられないが、それが今ならごく普通の光景なのであろう。
小中学生の頃から、携帯電話を持ち・・・
今どきの学生は、簡単に連絡し合えるのであろう。
「遊びに行こうぜ!」
「俺とつきあえよ!」
と、気持ちを伝えることも、文章や絵文字を使ったりして伝えることも容易に出来るのであろう。
でも、昭和53年の頃は全く違った。
女の子の家に電話をすれば、その黒電話に親がでて
「君は誰だ! うちの娘とどういう関係なんだ!」
と、言われようものなら、もう・・・
ラブレターという手段を選んだ者もいたであろう。
友達に、仲を取り持ってもらった者も
そう、この時の多香子ように
とにかく、好きだという気持ちを相手に伝えるのは、至難の業だったのである。
この頃の高校生にとっての告白とは、一大イベントだった。
それはそれなりに、決して楽しかったとまでは言えないのかもしれないが、何年経った今でも、良い想い出として残っているものもあれば、悲しい過去の記憶として、忘れられないものもあるだろう。
ただ、ひとつ言えるのは、決して軽はずみで出来るものではなかったということだ。
“ダメもと”で、こいつが駄目なら、あいつ!
あいつが駄目なら・・・奴でいいか!
などと、軽い“ノリ”で、出来るものではなかったはずだ。
多くの時間悩み、そして意を決しての告白
だから、告白に失敗した者の落ち込みようは、半端なものではなかった。
小田和正さん・・・
佐野元春さん・・・
財津和夫さん・・・
いっぱい世話になったものだ。
しかし、どうしてだろうか。
男の子からの告白が、当たり前のように思われるのは・・・。
恋愛ドラマを見たり、恋のことを考えている時間は圧倒的に女性の方が長いと思うのだが・・・
女の子は、肝心の告白になるといつも受け身に回ってしまう。
ちなみにではあるが・・・
女の子からは、なかなか告白出来なかったこと
清史はこれを『Jの悲劇』と呼んでいる。
J・・・うん。清史が残念がった気持ちも分かる。
千里 (日曜日, 28 2月 2016 21:31)
これは、あくまで推測だが、
3人に1人ぐらいの男性は、女性からの告白に抵抗はなく、むしろ期待しているだろう。
もっと、多いかもしれないが・・・。
結婚しない人が増えているのは、こんな男が増えているからなのかもしれない。
「玉砕覚悟で告白?」
「そんなの、とんでもない!」
「傷つくのはごめんだね!」と
決して、女の子からの告白を否定するものではない。
ただ、女の子からの告白は、男の子の自発的な「好きになる」気持ちをクールダウンさせてしまう危険性がある。
男の子は、どんなに草食だろうが、受け身だろうが、好きな女の子にはちゃんと行動に出るものだ。
それがどんなに分かりにくかろうと。
ストレートに好きとは言わないにしても。
男の子は、なんとか会えるように誘ったり、電話がかかってきていたら必ず折り返したり、予定がキャンセルになるときは代替案を出したり・・・
好きな女の子にアプローチして、自分を好きになってもらえるよう頑張るものだ。
それが、男という生き物の恋愛に対する醍醐味なのだ。
“好き”と思う気持ちだけではダメなのだ。
男の子の場合は、獲得行動に出て、自ら努力することで、より相手に対する気持ちが盛り上がり、「独占したい」「付き合いたい」というピークまでいくのだ。
そう、どんな生き物にも本能が存在するが、男の子には“狩猟本能”があるのだ。
自分の力で口説き落とした!という実感こそが大事で、簡単に手に入るものにはイマイチ気持ちが入らなくなる。
“釣った魚には”と、昔から言われているが、付き合っている頃は「大好きだよ」「愛しているよ」と、よく言ってくれていた旦那も・・・
・・・と、そのことまで説明すると、とても長くなってしまうので割愛するが。
いずれにしても、女の子から告白しなくても、進む恋は進むものだ。
お互いの気持ちさえ向き合っていれば、進んでいるはず。
逆に、告白しなきゃいけないと思いこんでいる時点で、その恋は成就にはほど遠いとも言えるのかもしれない。
ちなみにではあるが・・・
男の子の場合、女の子から確証を与えられないまま、好意をチラ見させられるのが、一番に弱いのかもしれない。
いわゆる“ピンポンダッシュ”だ。
そういう相手の気持ちを上手に引っ張るような行動をされるほうが、告白されるよりぐっとくるのだ。
先に、恋は勘違いから始まると言ったのも、そのひとつである。
ところで、
結衣の『せめて、「ダッシュ・小」は取って! ・・・何で知ってるの?みんなが変に誤解するでしょ!』
から脱線してしまったが・・・
この時の多香子の場合は、決して告白という重たいものではなく、ただ、浩市と仲良くなりたかっただけなのである。
浩市の場合が、またこれがやっかいで・・・
「恥ずかしい」という高い壁が、全てをシャットアウトしてしまう男なのだ。
そう、何を考えているのか、全く分からない面倒な奴だった。
浩市が、結衣と一緒に写真を撮らなかったことで、15歳の仲間達の人生を大きく変えることが起きてしまうのであった。
千里 (日曜日, 28 2月 2016 21:33)
結衣は、浩市から断られた時の会話で、全てが吹っ切れた。
『私にとって浩市は、とても大切な存在』
『でも、浩市は・・・うん、やっぱり浩市だった!』
『ずっと、良い友達・・・親友でいたい!』
『そうでなかったら・・・浩市との付き合いが変わってしまうもの』
『もし、多香子と浩市が付き合うようなことになっても、浩市は変わるような奴じゃないわ!』
『そう決まったら・・・うん! 多香子に、うまく伝えてあげなきゃ!』
そう心の中で決意し、多香子のところに行った。
『ねぇ、多香子・・・浩市はねっ、恥ずかしがりやでね・・・』
『女の子と二人の写真は、勘弁してくれって・・・小学校から一緒にいる私でさえ嫌だよって、断られちゃったの・・・』
『多香子のことも、うまく伝えたんだけど・・・』
と、結衣は、精一杯にうまく伝えようと頑張った。
多香子が傷つかないようにと。
だが・・・、
それを少し後ろで聞いていた鈴子が
「ねぇ、結衣! あなた、やっぱり多香子と浩市のことを、邪魔しようとしているのね!」と
実は、浩市は、小学生のころから“女の子女の子”している鈴子とは、あまり話さずにいたのである。
ましてや、あの白新学院の受験の日に、二人きりでいた日からは、浩市の恥ずかしがり方は、尋常ではなかった。
鈴子は、そんな浩市のことを“ただの無口な男の子”と思っていたのだ。
悪く言ってしまえば、浩市のことをちゃんと理解していなかったのである。
そんな鈴子であったがために、ましてや、その日のお出かけが、多香子のために自分で啓介に頼んだものであったから・・・
鈴子は、鈴子なりに多香子のために・・・、そして、結衣に食ってかかってしまったのだった。
15歳の女の子同士の、ちょっとしたすれ違いだった。
男子からすれば、そんな他愛のないことで・・・と、言いたくなるようなことである。
でも、その時の二人が、二人とも多香子のために一生懸命な気持ちでいたために、言わなくてもいいようなことを言ってしまうのであった。
千里 (月曜日, 29 2月 2016 06:37)
結衣は、鈴子の顔をちゃんと見て
『私・・・ちゃんと浩市に伝えたのよ!』
「どうだか・・・」
『え~、鈴子、それは心外だわ! わたし・・・ わたしは、多香子のこと応援しようと決めたの! だから・・・』
それを聞かされても鈴子の気持ちは収まらなかった。
そして、浩市が二人のやりとりに気づいて、走り寄ってきた。
浩市が走ってきたことに気づいた鈴子は
「多香子、行こう!」
と、背中を向けて多香子の手を引っ張って、走り出した。
結衣のところまで来た浩市は、鈴子と多香子の後姿を見て
「俺が、断ったからだ」と、思った。だから
「俺・・・、二人に謝って来る!」
と、二人を追いかけようとした。
その時の15歳の女の子には、辛いシーンに写ってしまったのであろう。
結衣は
『いいのよ! ほっときなさいよ浩市!』
「でも、おれ・・・」
と、浩市は二人の方を向いて
「れ、鈴ちゃん!」と
それを見た結衣は、つい、口走ってしまったのである。
鈴子に聞こえるように。
『鈴子は、浩市のことを何ひとつ分かっていないんだから!』
その言葉は、鈴子には
「あなたは、仲間じゃないのよ!」
と、聞こえてしまったのである。
だから鈴子は、立ち止まり、そして振り向いて
「二人で、仲良くお撮りなさいよ!」
と、“写ルンです”を結衣に向かって投げたのである。
しかし・・・
「あっ!」
中禅寺湖に舞う雪で、鈴子は手を滑らせてしまった。
“写ルンです”が、道路の方に
「スクールメイツセブンの写真が収められている大切なカメラが・・・」
浩市は、“写ルンです”を受け止めようと素早く動いて道路まで・・・
『あっ! 浩市危ない!』
ヒロ (月曜日, 29 2月 2016 12:48)
キー、ドン
“写ルンです”を守ろうと、道路に飛び出した浩市は、走ってきた車にはねられてしまったのである。
道路に横たわる浩市に結衣が走り寄った。
『浩市! ねぇ、浩市ってばぁ・・・』
浩市は、目を閉じて返事をしなかった。
『浩市! 浩市ぃ~』
間もなくして、救急車が到着し浩市は運ばれていった。
結衣も、鈴子も・・・
『私が、鈴子にあんな言い方をしなければ・・・』
「私が、カッとなって、投げたりしなければ・・・」
と、二人とも自分自身を責めた。
それでも、心のどこかでは・・・
それぞれが、“私が”ではなく、“結衣が…鈴子が…”と、言いたかった。
でも、15歳の女の子は、二人ともそうは思わないようにした。
15歳の女の子達には、酷な出来事だった。
その時の二人は、ただただ浩市が無事であることを願った。
そして、この事故を境に、二人とも、自分の殻に閉じこもってしまうことになるのであった。
警察の事情聴取では、二人とも泣いていて、支離滅裂な説明になっていた。
警察は、浩市から聞くしかないと考え、二人からの聴取は簡単に終わった。
仲間達は、誰も何もしゃべることなく、バスと電車を乗り継いで帰っていったのだった。
浩市が守ってくれた“写ルンです”と一緒に。
千里 (月曜日, 29 2月 2016 21:28)
日光の事故から、1週間が過ぎた。
それは、高校1年二学期の終業式の日だった。
「二階堂君・・・今すぐ校長室に行ってきなさい」
結衣は、そう担任から告げられた。
『えっ?先生・・・校長室って、どういうことなんですか?』
「先生には分からん。とにかく、行ってきなさい」
結衣が校長室の前まで行くと、日光に行った者全員が、もう呼ばれて集められていた。
先に来ていた啓介が
「結衣・・・」
「お前も呼ばれたのか・・・」
『啓介・・・どういうことなんだろう・・・』
「分からない」
「もしかしたら、浩市になにかあったのかもしれない・・・」
『えっ? やめてよ!啓介』
結衣は、啓介のその言葉で、その場に立っていることさえ出来なくなった。
座り込んで、精一杯に不安からくる体の震えと闘った。
『浩市・・・』
「とにかく、日光の事故のことで呼ばれたのは、間違いなさそうだよな」
入り口のドアが開き、校長先生の「中に入りなさい」の言葉で、全員が校長室に入った。
校長は、ゆっくりと話し出した。
「君たちだね、1年10組の橘 浩市君と一緒に日光に行ったのは」
8人は、全員軽く頭を下げて、返事した。
『そうです』と
すると結衣は、もう我慢できずに
『校長先生・・・橘君に何かあったんですか?校長先生!』と
校長は、
「そうだな、こうして急に呼ばれたら、それが真っ先に心配することだろうな」
「いいか、君たち・・・良く聞いてくれ」
「橘君は・・・」
千里 (月曜日, 29 2月 2016 23:57)
校長は、ひとつ大きく呼吸をして言った。
「橘君は、今日で学校を退学することになる」
それを突然聞かされた仲間達は、言葉を失った。
とても予想できるようなことではなかったからだ。
結衣が
『校長先生、どうしてですか? 橘君がなんで退学しなければならないんですか?』
啓介も、清史も・・・
『校長先生、おかしいですよ、どうして・・・高校生は、事故にあうと学校を退学させられるっていうことなんですか?』
校長は、黙って仲間達の言葉を聞いていた。
そして、仲間達を諭すようにゆっくりと
「このことは、もう決まったことなんだ!」
「いいか、君たちは、もう、今回の日光での事故のことについては、何もしゃべるな!」
『校長先生、納得できません!』
その時だった。結衣が
『橘君は、何も悪いことをしていません。それに・・・』
少しためらい、
『私がいけないんです、事故が起きたのは、私の責任なんです!』
と、言おうとした。
だが・・・校長は、結衣の表情を見て、話すことを阻止するように
「いいか、二階堂君・・・」
「橘君の不注意で、事故が起きた。これは紛れもない事実なんだ!」
「それに・・・」
『先生・・・それに、何ですか?』
「事故を起こした責任として、私は、君たちも罰することが出来るんだ!」
「いいか、それが嫌だったら、もう二度と事故のことを口にするな!」
「以上だ、教室に帰りなさい!」
そばで一緒に聞いていた教頭先生に促され、8人は校長室を出て行った。
8人を見送った教頭が、また校長室に戻ってきて
「校長・・・本当にこれで良かったんですかねぇ・・・」
「橘君が・・・」
校長は、椅子に座って黙っていた。
そして
「すまんが、君も出て行ってくれないか・・・」と
この時以降、浩市の事故のことが、学校で語られることはなくなった。
スクールメイツセブンは、浩市が退学したことによって解散された。
気まずくなった結衣と鈴子は、それ以降、目を合わせることはなかった。
仲間達も、校長の言いつけを守るかのように、日光で起きたことを口にしなくなっていった。
時間が仲間達を救った。
仲間達は、勉強も部活動も頑張り、普通の高校生として、多くの友をつくった。
鈴子にいたっては、卒業まで首席を守り通した。
「わたし・・・司法試験にチャレンジしたいの」
鈴子は、そう言い残して卒業していった。
仲間達は、それぞれの大学に進学し、新たな道を歩みだした。
その頃の浩市は、何をしているのか、ましてやどこで暮らしているのかさえ、誰も知らなかった。
仲間達の高校時代は終わった。
ヒロ (火曜日, 01 3月 2016 12:29)
琴美は、カウンターに戻って温かい緑茶をいれて帰ってきた。
「八千代さん・・・どうぞ」
『あれぇ、すみませんねぇ、ありがとうございます』
八千代さんは、そのお茶を美味しそうにゆっくりといただいた。
『琴美さん・・・とても美味しいお茶ですよぉ』
そして、八千代さんは、お茶をゆっくりとテーブルに置き、これまで琴美が話してくれた高校時代の話に、初めて質問をしたのである。
「どうして、浩市さんは退学させられたんでしょうかねぇ・・・」
「今のお話をお伺いするかぎり、娘の鈴子が一番に悪い子だったんでしょうね・・・」
「なんか、浩市さんという方に、大変なご迷惑をおかけしちゃったんですねぇ・・・鈴子は」
と、背中を丸めて、とても申し訳なさそうに下を向いた。
結衣は、悲しそうにする八千代さんに
『鈴子ではなく、私が悪かったんです』と、言うべきか悩んだ。
でも、それをいま言ったところでと、思いとどまってしまった。
八千代さんは、テーブルに置いてあるスクールメイツセブンの写真を手に取り
「浩市さんは、この緑のお洋服の方でしたかぁ・・・」と、涙ぐんで
「うちの鈴子が、とんでもないことをしたばかりに、申し訳ないことをしましたねぇ」と、浩市に謝るように頭を何度も何度も下げた。
八千代さんのその様子を見た結衣は、もう限界だった。
だから今度は
『八千代さん・・・私が悪いんです。私が、鈴子にあんな言い方をしなければ・・・』と
すると琴美が
「結衣!」と、それを止めた。
そして琴美は八千代さんに
「八千代さん・・・浩市は、今は、私達ととても仲良くしているんです」
「高校1年のあの事故以来、ずっと行き先も分からなかったんですけど、3年前に、急に私たちの前に現れて・・・35年ぶりに」
「私たちの仲間は、皆、驚いて・・・もちろん、どうしてあの時、退学しなければならなかったのかも、みんなで尋ねました」
「でも、何度、誰が聞いても一切話してくれないんです・・・浩市は」
「本当に忘れちゃったんかもしれないですよね・・・事故の時に頭を打ったからかもしれないし・・・」
「浩市は・・・う~ん、そう、ちょうどドラマの山下清さんのような風貌で、“すっとんきょう”なことを言う、本当にバカな奴なんですけど・・・」
「ほら、八千代さん見てください、この写真」
「信じられないですよね! みんなでお出かけするのに、学校の体育のジャージ姿なんて・・・」
「きっと、何も考えていないんでしょうね、結衣のことも、ましてや鈴子さんのことも、恨んでいないようだし・・・」
「浩市って、そんな奴ですから!」
「だから、気にしないでください。そうでなかったら、今日のお話は、八千代さんには、お話ししませんでしたよ」
と、琴美は、八千代さんが気にしないで済むように言った。
千里 (火曜日, 01 3月 2016 20:08)
琴美の話を聞いていた八千代さんは、
「琴美さん・・・もう、いいんですよ、鈴子のことは・・・」
と、琴美の話を止め、そして
「結衣さん・・・琴美さん・・・いろいろとありがとうございました」
「娘の話を聞かせていただいただけで、私は、もう十分ですよぉ・・・」
「わたしは、そろそろおいとましようかと思います」
「お二人とも、お元気で・・・」
そう言って、八千代さんは、ゆっくりと席をたった。
『えっ? 八千代さん・・・お元気でって・・・』
八千代さんは、二人をみてこう言ったのである。
「浩市さんは、とても優しい青年ですよ・・・お二人は、どこか勘違いなさっているのかもしれませんねぇ」
『えっ?』
『八千代さん・・・それ、どういうことですか?』
『もしかして、浩市のことを知っていたのですか?』
その時の八千代さんに聞こえていたのか、聞こえてはいなかったのか分からないが、そのまま丸い背中をさらに丸くして、頭を下げて帰えろうと歩き出した。
と、その時だった。
八千代さんが、急に胸を押さえて、苦しそうに倒れこんでしまったのだ。
「八千代さん!」
『八千代さん、大丈夫ですか、八千代さん!』
千里 (火曜日, 01 3月 2016 23:11)
琴美は急いで救急車を呼んだ。
救急車が到着するまでも、八千代さんを呼び続けるが
ただ苦しむだけで、八千代さんが返事をすることはなかった。
救急車が茶居夢に到着し、結衣も一緒に徳京医科大学病院へ向かった。
結衣は、ただ祈るように
そして、少し遅れて病院に来た琴美と一緒にドクターの診察が終わるのを待った。
待っている間は、とても長かった。
結衣の頭の中では、様々なことが思い出されて
合わせた両手には、幾つもの涙がこぼれ落ちた。
『八千代さん・・・』
琴美は、自分が浩市の話をしたときの、とても寂しそうな表情が、頭から放れなかった。
待合所の二人は、何も語らずに、ただ八千代さんの無事を願った。
どれくらいの時間が経っていたのかも分からなかったが、ようやくドクターが出てきた。
付けていたマスクを外しながら結衣たちの方に近づいてきた様子では、二人と同世代ぐらいの女医であった。
そして結衣が、そのドクターが誰であるのかに気づいたのである。
『えっ?』
ヒロ (水曜日, 02 3月 2016 12:50)
女医も結衣に気づいた。
「えっ?」
それは、同級生の宇都宮繁子だった。
『繁子?』
「え~結衣でしょ? えっ? それに琴美じゃないの」
結衣は、繁子との久しぶりの再会よりも八千代さんのことが心配で
『八千代さんは? ねぇ、繁子・・・』
繁子は、
「う、うん・・・いまは措置して眠っているわよ」
「結衣の身内の方なの?」
繁子のその質問には、琴美が答えた。
『わたし、喫茶店をやってるんだけど、お客様なの・・・お店で急に倒れて』
「そう、そうだったのね」
「わたし、次の患者さんのところに行かなきゃならないんだけど、さて、どうしたものかな・・・ご家族の方に、説明してあげなきゃならないんだけど・・・」
『八千代さん・・・いまは、おひとりで暮らしているようなんだけど・・・』
『繁子・・・あのね、八千代さんは・・・鈴子・・・朝比奈鈴子のお母さんなの』
「鈴子? 同級生の? そうなの・・・で、鈴子には? 連絡してあるのよね?」
『・・・・・』
『ねぇ、繁子・・・』
『八千代さんの容態は・・・』
「ち、違うわよ、変な心配はしないで! この後の入院の手続きやら、いろいろあるからさ」
「でさ、鈴子には?」
『・・・・・』
「ごめん、次の患者さんのところに行かなきゃ! でさ、二人にお願いしてもいいわよね、鈴子への連絡。じゃぁ、担当ナースが来るから、後はよろしくね」
そう言い残して、繁子は急ぎ早に次の患者さんのところに行ってしまったのだった。
「結衣・・・どうしよう」
『うん・・・どうしよう、琴美』
千里 (水曜日, 02 3月 2016 22:10)
どうしたものか考えていた二人であった。
結論がでないまま
しばらくして結衣が
『ねぇ、琴美・・・』
「うん? なに、結衣・・・」
『八千代さんさぁ、浩市のことを悪く言われて、それで怒って帰ろうとしたのかしらね・・・』
「わたしも、ずっとそのことを考えていたの」
「わたし・・・八千代さんを安心させようと思って、浩市のことをバカとか・・・」
そう言って、琴美は泣き出してしまった。
『琴美・・・私は分かっていたから大丈夫よ』
『・・・泣いてもしょうがないでしょ、琴美ぃ』
『でもさぁ・・・』
『どうして、浩市は退学させられた理由を教えてくれないんだと思う?』
「分かんない・・・けど、なんで、いま、その話?」
『・・・・・』
『あのね・・・琴美』
『琴美が、高校時代の出来事を、八千代さんに話しているのを聞いていてさ・・・』
『私も、その頃のこと、ずっと思い出していたの』
『浩市ってさ、・・・うん、琴美が言うように山下清さんみたくてさ、バカぁぁぁな奴だけどさ・・・中卒だし・・・』
『それでも、いつも私たちのことを守っていてくれたわよね・・・』
『わたし・・・』
と、今度は、結衣が涙を流し始めたのである。
それに気付いた琴美が
「結衣・・・どうかしたの? もしかして浩市と何かあったの?」
「最近はさ、グループLINEもご無沙汰だし・・・」
「読んでも、返信してこないし」
「ねぇ、結衣・・・」
ようやく、涙をふいて結衣は、
浩市がマンションで一日中待っていてくれたこと
そばにいて欲しいと思ってお願いしたけど、帰っていってしまったことを告白し、
『わたし、浩市にひどい事言っちゃったの』
「えっ?なんて?」
『もう、わたしのことは構わないでって』
「・・・そうだったの」
千里 (水曜日, 02 3月 2016 22:47)
と、そこに担当ナースが二人の前に現れた。
「すみません、朝比奈八千代さんのお付添いの方ですか?」
『あっ、・・・はい、そうです』
結衣も、琴美も、その時初めて八千代さんの苗字が鈴子と同じ朝比奈であることを知ったのだった。
「ご家族の方で、よろしかったですか?」
『・・・いえ、あのぉ・・・家族ではありません』
「そうでしたかぁ・・・それではご家族の方への連絡は?」
『まだ、していません、と、いうより、八千代さんのご家族と私達は・・・』
「ご面識がないのですか?」
結衣も琴美も返事に悩んだが
『あっ、・・・はい、ありません』
と答えた。
「それは、困りましたねぇ」
「朝比奈さんには、入院していただくことになるのですが・・・」
「ご家族の方に、なんとか連絡をとっていただくことはできませんか?」
『なんとか、手をつくしてみますけど・・・』
「お願いします」
『八千代さんと、会うことはできますよね?』
「いえ、それは・・・今日はいずれにしてもお話はできないと思いますので」
「それでは、ご家族への連絡お願いしますね」
そう言ってナースは、行ってしまった。
結衣と琴美は、その場に座って
『ねぇ、琴美・・・どうしよう』
「結衣ぃ~」
「浩市・・・、浩市が、八千代さんのことを知っているかもしれないのよね」
「浩市に連絡してみようよ!」
『それは・・・琴美が連絡して』
「結衣ぃ・・・いいチャンスじゃない! 浩市に連絡するには」
『・・・無理』
「どうして?・・・そんな子どもみたいなこと言わないの!」
「それともなに? ずっと浩市から離れていたいの?」
『えっ?』
千里 (水曜日, 02 3月 2016 22:49)
結衣は、本当は、とても寂しがりやの女の子なのである。
寂しがりやの女の子・・・
寂しさは決して悪い感情ではない。
“寂しがりやな人”は、裏を返せば“愛情深い人”である。
だから、結衣は周りに与えるパワーをたくさん持っていた。
この時の結衣に足りなかったのは、自分の気持ちを上手にコントロールする器用さだった。
ちなみにではあるが・・・
一番の寂しがりな女の子の星座は、統計上“魚座”らしい。
魚座の人はとても寂しがりやさんだ。
一人で行動することはめったにない。
いつも誰かにそばにいてほしいため、一緒にいる相手を常にキープするらしい。
もし、悩みを抱えている時や嫌なことがあった日に、ひとりぼっちだったら、さびしくて泣いてしまうかもしれない。
孤独に弱く、一人では生きていけないのが魚座の人らしい。
結衣は、魚座だ。
孤独感はどんな女の子も持っているものだろう。
一番厄介なのは、その扱い方を誤ると、他人に依存しがちになってしまうということだ。
女の子の依存を嫌う男の子も多いために、寂しさは満たされず、さらに心の傷を深めてしまうことも少なくない。
だけど、結衣は、寂しがりやでありながらも、気丈な女の子
他人に依存することは、したくないと思う自分と、それでも寂しさ故に、浩市にすがりたいという自分
その葛藤に、これまでも幾度となく闘ってきたのである。
「ねぇ、結衣!・・・結衣ってば!」
「何、ぼーっと考えてるのよ?」
「また、大宮駅エキュートのスィーツのことでも考えてるの?」
『えっ? なに? エキュート? はっ?』
「浩市に早く連絡しなさいよ!」
『・・・無理』
「・・・あっ、そっ!」
「分かったわよ! 私がするから! もうぉ」
千里 (水曜日, 02 3月 2016 22:51)
琴美が、病院の建物から外に出て、浩市に電話した。
「もしもし、琴美だけど」
『うぃっす!急にどうしたの?』
「浩市、突然の質問で申し訳ない・・・八千代さんって知ってる?」
『あぁ、3丁目のアパートに住む八千代さんのこと? 一人暮らしの』
「あっ、そう」
「あのさ、私、いま徳京大学病院にいるの」
「八千代さんが、うちのお店で急に倒れて・・・」
『えっ 八千代さんが? で、八千代さんは・・・』
「あっ、うん、いま診てもらって、休んでいるところ」
「でね、浩市・・・」
「もしもし・・・もしもし・・・お~い・・・」
「・・・って、切れてるし (-_-;) 」
「えっ? ところで、どうなるの? 来てくれるの? え~ なんなのよぉ~~~」
「もぉ~」
「・・・お掛けになった電話は、電波の届かない場所に・・・」
「あのさ・・・結衣も結衣だけど、浩市は・・・もっと世話が焼けるわ」
琴美が、結衣のところに戻ると、なにか、一生懸命に「わたしは、あなたのご機嫌をよくしたいのですビーム」を出している女の子が待っていた。
『琴美ちゃんお疲れ様でした』
『琴美ちゃん?』
『琴美ちゃん・・・浩市は・・・』
「・・・・・・」
『ねぇ、琴美ちゃんってば・・・』
「・・・・・・」
『もしかして、すこ~しだけ、怒っているのでしょうか?』
「・・・・・・」
『電話、つながった? 浩市、来てくれるって? 琴美ちゃん?・・・』
「もぉ~知んない! 結衣も結衣だけど、浩市は、もっと世話が焼けるわよ!」
「黙って、そこに座って待ってなさい!」
『・・・はい』
千里 (水曜日, 02 3月 2016 23:55)
それから30分後だった。
「琴美ぃ・・・」
『あっ、浩市!』
浩市が、ジャージ姿で現れた。
「で、どういうことなんだ、説明してくれ!」
琴美は、その日の出来事を全部浩市に説明した。
「・・・そっか、・・・鈴ちゃんのお母さんだったんだぁ・・・」
「分かった、あとは任せてくれ!」
そう言って、ナースステーションに向かった。
琴美と結衣は、ナースに声をかける浩市の後姿をみて
「浩市・・・鈴子の母親だって知らなかったみたいね・・・」
『うん・・・でもさ、どうして浩市は八千代さんのことを?』
「???知んない・・・って、気になるなら自分で聞きなさいよ!」
『・・・だって、浩市・・・私のこと、一度も見なかったもん』
「それはそうでしょ! だって、もう構うな!って、言われたら!」
『・・・・・』
浩市は、身振り手振りで、一生懸命にナースに説明しているようだった。
「分かりました、お願いします」
と、言って二人のところに戻ってきた。
『浩市・・・』
「あぁ・・・これからドクターに病状を聞かせてもらえるようお願いしてきた」
『そ、そうなの・・・』
『ねぇ、浩市・・・そのドクターって、繁子よ!』
「繁子?」
『そう、宇都宮繁子』
「・・・そっか、わかった」
琴美は、聞かずにはいられなかった。
『ねぇ、浩市・・・八千代さんのこと、どうして?』
「あぁ、そのことかぁ・・・それは、今、説明しなくてもいいだろう!」
「とにかく、八千代さんの状態を聞いて、その後のことを考えるのが先だろう」
琴美の目には、浩市の冷静さが、とても頼もしく映った。
結衣は・・・その琴美の背中に隠れて浩市から見えないところで
『浩市のケチッ!バカ!コケ!マヌケ!トンマ!オタンコナス!』
と、陰口をたたいていたのであった。
と、そこに
「やぁ、浩市! 久しぶりじゃない」と、繁子が現れた。
「ナースから聞いたわよ! どうぞ、入って」と、診察室に入っていった。
浩市は、二人の方を向いて
「一緒に聞くか? 琴美」
『あっ、う、うん・・・』
『ねぇ、浩市・・・結衣も・・・』
「あぁ、もちろん」
琴美の背中に張り付いていた結衣に
「ほらっ! 行くわよ!」
『・・・うん』
「ったく、めんどくさいんだから!」
ヒロ (木曜日, 03 3月 2016 12:43)
三人は、繁子の待つ診察室に入った。
『どうぞ、そこに座って』
『浩市、久しぶりねぇ』
「あぁ、・・・いつ、こっちに帰ってきたんだい?」
『先月からよ』
「そっか、で、八千代さんの病状を聞かせてくれないか」
『う、う~ん・・・虚血性心疾患、あまりよろしくない状態ね』
「そっか・・・で、カテーテルでどうにかなる状態なのか?」
『う~ん、まだなんとも』
「冠動脈バイパスが必要になるかもしれないっていうことか?」
『それも・・・なんとも・・・年齢が年齢だけにね』
「そうだなぁ・・・それで、今後は?」
『うん、当分、薬物治療で様子をみるようかしら』
「急変するようなことは?」
『・・・しっかり状態を管理していくわよ』
「そっか・・・頼むな!宇都宮!」
『え~それはもちろんよ』
「会えるか? 八千代さんに」
『う~ん、今日は勘弁して』
「分かった」
「なぁ、宇都宮・・・」
『なに?浩市』
「・・・急いだ方がいいか?」
『・・・そうね』
「ありがとう・・・八千代さんのこと頼むな」
『うん』
結衣も琴美も、二人の会話についていけずに、ただ茫然と聞いているだけだった。
「さて、帰ろう。宇都宮の仕事の邪魔になるからな」
『あっ、う、うん・・・繁子・・・お、お願いします』
「うん、任せて! 琴美、結衣」
千里 (木曜日, 03 3月 2016 21:04)
三人は、診察室から出てきて、待合所の椅子に座った。
琴美が
『ねぇ、浩市・・・なんか別人かと思えるぐらいに頼もしいんだけど!』
「えっ? そっけ? そんなことねーせ」
『あのさっ、その話方からして別人なんだって』
「そっけ?・・・」
『ねぇ、なんか繁子のこともさぁ“いつ、こっちに?”とか聞いていたけど・・・どうして知っていたの?』
「う~ん、宇都宮のことは、風の便りで東京で医者やってるって聞いていたから・・・」
『病気のことも・・・詳し過ぎやしない?』
「・・・そっけ?たまたまだよ」
『はぁ?たまたま? 猫じゃあるまいし!』
『まぁ、それはいいとして、教えてよ! 八千代さんのことをどうして知っているのか』
「あぁ、そのことな・・・」
「う~ん、お友達だよ!」
『はぁ?お友達?』
「うん、お友達!」
『どういう?』
「どういうって、ただのお友達!」
『あのさ、ちゃんと話してくんない!』
「ちゃんと? ちゃんとって・・・たまたま知り合ったんだよ。街中で困っているところを、ちょっと手助けしてあげて」
『それでかぁ、浩市のこと優しい青年だって・・・でもさ、鈴子の母親だったって、知らなかったの?』
「うん、初めて知ったよ!」
『で、鈴子には、浩市から連絡してくれるんでしょ?』
「えっ? 鈴ちゃんに、まだ連絡していないの?」
『・・・うん』
「もしかして、八千代さんは、子供の頃に別れてから、ずっと鈴ちゃんに会っていないの?」
『・・・うん、たぶん』
「そうだったんだぁ・・・」
「ところで二人は、八千代さんに鈴ちゃんを逢わせてあげなきゃって思っているんだべ?」
『えっ? う、うん、それが・・・』
『実は、八千代さんがどう思っているか、今日、確かめようと思っていたんだけど・・・』
『この騒ぎに・・・だから、まだ八千代さんが望んでいるのかも分からないの』
「そっか・・・それなら、鈴ちゃんがどう思うか、聞いてみることからかな」
『・・・そ、そうね』
「じゃぁ、あとはよろしく!」
『えっ?』
『そ、そんなぁ・・・見捨てる気なの?浩市』
「見捨てる? いや、それは女の子どうしでお願いするよ!」
「友達だろう!」
『・・・・・友達?』
「あぁ、それと・・・ 鈴ちゃんに連絡するのは、さっきの宇都宮の返事のとおりだから・・・」
『えっ?』
「・・・急いでね」
「じゃぁ、俺は帰る」
『こ、浩市ぃ~』
ヒロ (金曜日, 04 3月 2016 12:25)
そう言って浩市は、振り向いて歩きだした。
と、その時だった。
『浩市! 待ちなさいよ!』
「えっ?」
結衣が、浩市に走りよって、腕をつかんだ。
『ねぇ、浩市・・・待って・・・お願い』
「どうしたん?」
結衣は、突然に泣き出して、その場にお嬢さん座りしてしまった。
(こんな時だけは、とても可愛くみえる結衣なのだが・・・)
「どうしたの? 結衣」
『わたし・・・ごめんなさい』
『浩市に、ひどいことを言っちゃって・・・』
「ひどいこと? なんだっけ? それ」
『・・・・・』
「まぁ、とにかく、椅子に座りなよ、結衣」
『・・・う、うん』
結衣が落ち着くまで、様子をみていた浩市は
「どうしたの?」
『浩市・・・浩市は、知らないかもしれないけど・・・』
『あなたが、高校をいきなり退学になって、私達の前から姿を消して・・・それからっていうもの、わたし・・・鈴子とは一度も口もきいていないの』
『浩市! あなたのせいよ!』
『・・・って、言いたいと思ったときもあったわ』
『でも、それは、違うのよね・・・わたし、それは分かっているの』
『・・・ねぇ、浩市・・・どうして、私達の前から、いなくなっちゃったの?』
「どうしてって・・・」
『どこで、何をしていて、今まで、どんな暮らしをしてきたの?私や、鈴子のこと・・・恨んでないの? お前らのせいで退学させられた! って』
浩市は、笑った。
そして・・・
ヒロ (金曜日, 04 3月 2016 12:33)
浩市は、笑って結衣にこう言ったのである。
「結衣・・・もう昔のことだよ・・・忘れなよ!」
『いやっ! わたし、もうそれじゃ嫌なの!』
『あなたは、いつもそう! 肝心なことになると、全てをうやむやにして』
『さっきの、繁子との会話では、すごい頼りがいがあるって思わせといて、でも、いざ鈴子のことになると、知らん顔』
『自分は、何も悪くないのに退学までさせられても、その理由すら話してもくれない!』
『あなたの人生・・・あの事故で、変わっちゃったのに・・・』
『それに・・・一日中待っていてくれたのに、わたしが浩市に・・・ それでも帰っちゃうし・・・』
『私は・・・、あの事故の時からずっとあなたのことを・・・』
『もぉ~・・・あんたは、なんなのよ!』
「困った子だなぁ・・・」
「いいかい、結衣・・・退学したのは、誰のせいでもないよ。俺自身で選んだんだ」
「勉強嫌いだったし・・・」
『うそ! 浩市の嘘つき!』
『あなたには、勉強以外に高校野球があったはず!』
「そ、それは・・・」
「あぁ、でも、野球は別の形で続けていたから」
『ねぇ、じゃぁ、どこにいたの? 学校をやめて? せめて、それぐらい教えてよ』
「日本・・・」
『はっ?ちゃんと言って!』
「本州・・・」
『はぁ? あのさ!』
「関東・・・イタィ、イタタタタ・・・耳は、つかまないで!」
『ちゃんと答えろ! 浩市!』
「・・・東京だよ」
『東京? 東京で何をしていたの?』
「働いてた」
『何のお仕事?』
「・・・(-_-)zzz 」
「イタィ、イタタタタ・・・もう耳は、つかまないで!」
「ごめん、そ、それは・・・言えない」
『どうして? 言えないようなことしていたの?』
「そうじゃないけど・・・」
『ねぇ、浩市は、どうして私達に何も教えてくれないの?』
『本当は、憎んでいるんでしょ! 私のこと・・・』
その結衣の言葉に浩市は・・・、
真顔になって少しためらうように言ったのだった。
「・・・あぁ、そうだよ」と
千里 (金曜日, 04 3月 2016 20:15)
浩市の、その言葉に結衣は絶句した。そして
『やっぱり、浩市は、私の事を!』
そう、言って、涙をいっぱいにためて走り出そうとした。
すると、浩市は、結衣を制止して
「あのさ!結衣」
『なによ! 憎いんでしょ! わたしのことが』
「・・・ばぁ~か! おかちメンコ!」
『・・・はっ? ・・・なによ、ばぁ~かって、おかちメンコ???』
「あのさ、憎んでるやつのこと、心配して一日中、待ってると思うか?」
『えっ?』
「イテ~、イテ~よ~ 助けてくれーーー! 耳がもぎれるーーー!」
そんな二人のやり取りを、少し離れたところで見守っていた琴美は
『あのさ!・・・あんたら、もう、いい加減にしなさいよ!』
『今は、そんなことしてる場合じゃないでしょ!』
『・・・はい』
「はい、すみません」
『あなた達はさ、どうして、いつもそうなのよ!』
『もぉ~』
琴美は、そう言って、真顔にもどり浩市に
『ねぇ、浩市・・・鈴子に連絡どうしよう・・・』
「う~ん・・・琴美は、どう思うんだい?」
『私は、鈴子に連絡してあげるべきだと思う』
「そっか・・・結衣は?」
『・・・わたしも』
「なら、答えは簡単じゃん!」
『簡単?』
「うん!」
『どうするの?』
千里 (金曜日, 04 3月 2016 20:16)
浩市は、二人にこう言った。
「鈴ちゃんに連絡すればいいんだよ!」
『そ、それはそうだろうけど・・・でも、どうやって連絡するの?』
すると浩市は
「俺に任せなよ!」
と、携帯を取り出し、建物の外に出ていった。
少しして浩市が戻ってきた。
「大丈夫だよ、お願いしたから」
『えっ? お願いした? 誰に?』
「小早川さんに」
『えっ? 範子に?』
「あぁ、・・・事情を全部説明したら、分かった、任せてって」
『そうなんだ・・・でも、よく範子のことが思い浮かんだわね』
「えっ? あっ、う、うん・・・ノンちゃんと鈴ちゃんとは、仲良しだったよなぁって思い出してさ・・・」
『すご~い! ・・・高校一年の時しか、二人の付き合いのこと、知らないはずでしょ?』
「あっ、う、うん・・・なんとなく、思い出して、ダメもとで電話したんだけど・・・」
「鈴ちゃん、今、東京で弁護士事務所を開いていて、ノンちゃん、最近、一之瀬美子ちゃんと一緒に、相談に行ってきたらしいよ」
「だから、すぐに連絡とれるんだって」
「明日、パーマやさんお休みにして、必ず、鈴ちゃんを連れて、病院にいくから! って、約束してくれたよ」
『驚いたぁ・・・浩市・・・すごいよ~』
そして、浩市は結衣に向かってこう言ったのである。
「なぁ、結衣・・・」
『うん? なに? 浩市・・・』
千里 (金曜日, 04 3月 2016 20:19)
浩市は、結衣の真正面に立ち、結衣の顔をみながらこう言ったのだった。
「明日、鈴ちゃん、きっと来てくれるから」
「できたら、結衣に鈴ちゃんを迎えてもらいたいなって思うんだ」
「もちろん、それは結衣が決めることだけど・・・」
「なぁ、さっき、俺言ったよな!」
「あの事故は、誰のせいでもないんだよって」
「だからさ・・・」
「結衣・・・もう自分を責めるのは、終わりにしよう、なっ、結衣」
『浩市・・・』
結衣は、涙でいっぱいになっていた。
本当は、浩市の胸に飛び込んで、思いっきり声を出して泣きたかった。
でも、それをしなかったのは・・・
「じゃぁねぇ! 俺、今度こそ帰るっ」
と、浩市は、今度は足早に帰っていってしまったからである。
その後ろ姿を見送った結衣は
『浩市・・・』
『・・・ありがとう』と
琴美がそばに来て
「結衣・・・」
『琴美ぃ~』
と、浩市の代わりに琴美の大きな胸に顔をうずめて結衣は、泣きじゃくった。
その結衣の背中を「ポンポン」と、柔らかくたたいて
「結衣ぃ・・・浩市の言う通りだよ!」
「だからさ、明日・・・二人で一緒に鈴子を迎えてあげようよ、ねっ、結衣」
『・・・う、うん』
二人は、ナースステーションに声をかけ、病院を後にした。
琴美の車に乗り込んだ二人は
「ねぇ、結衣ぃ~」
『うん? なぁに、琴美ぃ』
「なんか、浩市って、とても不思議なんだけど・・・」
『なにが?』
「うん? だってさ、八千代さんのことも、繁子のことも、それに・・・範子と鈴子の関係とか・・・範子の電話番号まで知っていたのよ」
「八千代さんの病気のことだって、あんなに詳しく繁子に問いただしてさ・・・」
すると、結衣は笑って、こう答えたのであった。
『だって、浩市だもん!』
千里 (金曜日, 04 3月 2016 20:20)
マンションまで送り届けてもらった結衣は
『琴美、明日ね!』と、車を降りた。
すると、結衣のマンションには、数えきれないほどの報道関係者が待ち受けていたのである。
「二階堂さんだ! 二階堂さんが帰ってきたぞ!」
結衣に気付いた報道陣たちが、結衣を取り囲んだ。
まだ、車を降りたばかりの結衣に
「二階堂さん、お話を聞かせていただきたいのですが!」
『えっ? なんのお話しをですか?』
「阿部容疑者が、昨日、保釈されて、その足で自殺をされたんですよ!」
「泉建設の本社ビルの屋上から飛び降りて!」
『・・・えっ』
『ぶ、部長が自殺を?』
記者達は、矢継ぎ早に質問を結衣にぶつけてきた。
「二階堂さん! どう思われますか? あなたは、もしかして不正経理に加担していたのではないかと言われていますよね!」
「もし、阿部容疑者が、自分の無実を訴えるために、抗議の自殺をしたとしたら、あなたは、大変なことになりますよ!」
「二階堂さん! 答えてくださいよ!」
「どうなんですか? 二階堂さん!」
「あなたには、ちゃんと話す義務がありますよ!」
「話してくださいよ、二階堂さん!」
結衣は、多くの報道陣に囲まれ、身動きもできずに、記者達の心無い質問を、ただ聞くだけだった。
琴美は、車から降りることもできず、ただ、結衣を見守るしか出来なかった。
と、その時だった。
黒塗りの車が数台、マンションの駐車場に入ってきた。
数人の背広姿の男たちが、結衣に駆け寄り
「二階堂結衣さんですね! 東京地検特捜部です」
「あなたに聞きたいことがあります! 地検まで任意同行願います」と
『えっ?』
その様子は、記者達の格好の餌食となった。
数えきれないシャッター音が鳴り響いた。
地検に腕を持たれ、黒塗りの車までいくと、そこに神崎遼祐が立っていた。
『・・・か、神崎くん』
「地検まで、来てもらうよ!」
神崎は、それだけを結衣に告げ、結衣が乗せられた車とは別の車に乗り込んだのだった。
ただ、茫然とその様子を見守っているだけの琴美は
「なんで、どうして結衣を連れていくの・・・神崎くーーーん!」
車から降りて、叫んだが神崎達には届くこともなく、結衣を乗せた車は猛スピードで記者を振り切って出て行ったのであった。
琴美は、ただ茫然と、それを見送るしかできなかった。
「結衣・・・」
そして、物語は、いよいよ最終章を向かえるのであった。
千里 (土曜日, 05 3月 2016 18:32)
黒塗りの車の列は、神崎の乗った車を先頭に東北道を走っていた。
結衣は、ずっと、窓の外を見つめていた。
『部長が、自殺?・・・どうして』
と、その理由をみつけながら。
結衣は、意を決して地検の刑事に尋ねたのである。
『阿部部長が、自殺されたというのは本当なんですか?』
だが、刑事は、返事をしなかった。
それ以降、結衣が、車の中で口を開くことはなかった。
都内に入り、東京地検が近づいてくると神崎が
「正面ではなく、地下駐車場から入るんだ!」
と、運転手に告げた。
「はい、分かりました」
駐車場につくと、神崎が先に降りてきた。
結衣が、刑事に腕をつかまれて神崎のところまで来ると神崎は結衣に向かって
「二階堂・・・いろいろ聞かせてもらうから覚悟してろよ!」
『私が、何をしたっていうのよ?』
「だから、それを聞かせてもらうのさ」
『腕を放してもらっていいかな! これは任意同行のはずよね!』
「逃げられては困るからな!」
『いい加減にしてよ! なんでこんなことをされなきゃならないのよ!』
神崎は、結衣のその言葉に不敵な笑みを浮かべて
「同級生だと思って、気心を加えてもらえるとでも思っているのか?」
「なんだよ、その顔は」
「悔しかったら、ビンタでもするか? うん?」
「ピシャ!」
結衣の右手が、気持ちいい音を立てて、神崎の左ほほにヒットした。
「おぉっと、本当にぶったんだ!」
「相変わらず、勝気な女だな!」
と、神崎は、腕にはめた高価そうな時計に目をやり
「19時52分、公務執行妨害罪で二階堂結衣!現行犯逮捕する」
「手錠をしろ!」
「カシャッ!」
結衣の右手、そして左手にも手錠がかけられた。
結衣は、もう抵抗する気力もなくなっていた。
「連行しろ!」
「いいか、二階堂! これで、ゆっくりと事情聴取させてもらえることになったからな! 覚悟しろよ!」
結衣は、返事をすることもなく、刑事二人に両腕をつかまれて、地検に入っていったのであった。
千里 (土曜日, 05 3月 2016 18:37)
結衣が、神崎によって逮捕された。
ただ、これは、いわゆる別件逮捕だった。
結衣は、取調室にいた。
そこに、神崎と、もう一人の刑事が入ってきた。
結衣は、神崎をにらんだ。
「おぉ、怖い顔だな!」
と、言いながら神崎は、結衣の向かいの椅子に座って話を始めた。
「刑法第九十五条、公務執行妨害罪で、君を逮捕した」
「もちろん、君には黙秘権があるが、今回は現行犯逮捕だからな!」
「公務執行妨害罪を甘くみるなよ! 三年以下の懲役又は禁錮刑だからな」
「任意同行を求めたことについて説明しておくが・・・」
「二階堂・・・検察にタレこみがあったんだ・・・匿名でな」
「泉建設が知らない会社名義のマンションが、栃木にあって・・・そうだ! 二階堂が住んでいるマンションだよ」
「それから、以前、2,000万円の使途不明金があって、どうやらそのお金も君が受け取っているようだという情報だよ!」
「どうだ? 身に覚えはあるか?」
結衣は、一切、返事をしなかった。
「まぁ、いい!」
「阿部部長が、昨日の夜、泉建設の本社ビル屋上から飛び降りてな・・・」
「それも、申請が認められて、保釈されたその日にだ!」
「世間の見方は、今回の逮捕が不正であったという抗議の自殺だと・・・」
「それで、あんなに多くの報道機関が、君のところに押しかけていたという訳だ」
「君は、世間の注目の的となったんだよ」
「あらかじめ伝えておくが・・・」
「逃亡・罪証隠滅の恐れがあるので、もうすでに二十日間の拘留請求を裁判所に請求してある」
「もちろん、口裏合わせの恐れもあるから、接見禁止もな」
「ゆっくりと聞かせてもらうよ!」
「今日の取り調べは以上だ!」
「留置場で、ゆっくり休むがいい!」
そう言って、席を立ち、先にもう一人の刑事を取調室から出して
神崎が、部屋をでる前に、結衣に背中をむけたままこう言ったのだった。
「二階堂・・・接見禁止は、家族や友人や会社の人との面会を拒むものだ」
「ただ、弁護士なら接見が認められるがな・・・」
そう言って、部屋を出ていった。
結衣は、すぐに留置場へ連れていかれた。
結衣は留置場の中で、神崎の最後の言葉を思い出していた。
『弁護士?』
『そう言えば、鈴子がいま、弁護士事務所を開いているって・・・』
結衣は、眠りにつく前に、何故か不安から解き放たれたような気になった。
それは、とても頼もしく思えるときの、浩市の顔を思い出したからだ。
『私なら、大丈夫!』
『だって・・・浩市がいてくれるから!』と
千里 (土曜日, 05 3月 2016 23:19)
翌日になった。
ほとんどの新聞が、結衣が地検の刑事と車に乗り込む写真が一面を飾っていた。
琴美は、その新聞を手にして
「わたし、どうしたらいいの・・・」
と、今までに経験をしたことのない不安感に襲われていた。
「どうしよう・・・今日は、鈴子が来るし・・・」
琴美は、とにかく病院に行く事を決めた。
病院の待合所にいると、範子と一緒に鈴子が現れた。
『琴美・・・』
「鈴子・・・」
鈴子は、琴美に近寄り、
『琴美・・・35年ぶりになるのかしら? 変わらないわね、琴美』
「結衣も」
そして範子に
「ありがとう、範子」
『お安い御用よ!』
三人は、椅子に腰をおろした。
鈴子が、琴美の隣に座って
『琴美、ありがとう。範子から聞いたわ! 母を救ってくれたそうね。わたし・・・実は、いまだに母親の顔も知らないの・・・母を憎んだ時もあったわ・・・でも、大人になるにつれて、その憎しみも消えていったの・・・きっと、母も私と引き離されて辛かったに違いないって・・・。琴美のおかげよ、こうして母に会えるのは』
琴美は、笑みを浮かべて
「それより鈴子・・・どうする? 私からお母さんに説明してあげようか?」
鈴子は、首を横にふり
『大丈夫よ、わたし・・・一人で行ってくる』
と、鈴子は八千代さんの病室に向かったのだった。
範子と琴美は、ずっと待合所で鈴子が戻ってくるのを待った。
二時間ぐらいは経っていたであろうか
鈴子が戻ってきた。
『琴美・・・』
「・・・どうだった? お母さん」
『うん・・・』
『私を、ちゃんと受け入れてくれた』
『繁子も部屋に来てくれたの。それで、母の病気のことも聞くことができたわ』
『繁子は、母は私と会えたことで、必ず元気になるはずよ! って、言ってくれたの』
『わたし・・・これからずっと、母を守っていくから』
『琴美・・・本当にありがとう』
「いいえ、私はなにも・・・それに、私だけじゃなく・・・結衣も」
『結衣も?・・・』
『そうだったの・・・』
『ねぇ、結衣っていえば・・・今朝のニュースを見たわ! 結衣が、逮捕されたって』
『わたし・・・もし、結衣が私を受け入れてくれるなら、結衣の弁護をしたいと思っているの』
『だから、今からすぐに結衣のところに向かいたいと思っているの』
「えっ? 鈴子・・・本当に?結衣の弁護を?」
『うん、もちろんよ!』
「鈴子、ありがとう。 結衣を絶対に救ってね!」
「結衣が、悪いことをするはずがないもの」
「絶対に、なにかの間違いだもの!」
「鈴子! あなたの力で! お願い!」
『えぇ、分かっているわ』
『じゃぁ、これから向かうから』
「ねぇ、鈴子・・・私も一緒に行きたい!」
『う~ん、結衣には私しか会えないけど・・・それでも行く?』
「うん、行きたい」
『分かったわ、一緒に行きましょう!』
そうして、範子も一緒に
三人は、結衣のいる東京地検に向かったのだった。
千里 (土曜日, 05 3月 2016 23:22)
三人は、地検に着いた。
『じゃぁ、行ってくる!』
と、鈴子は力強い言葉を残して地検に入っていった。
鈴子の胸には、金色のひまわりの花弁の中央に銀色の天秤が彫られている弁護士バッジが光っていた。
鈴子は、そのバッジに手をあて
「よしっ!」と、気合を入れなおした。
受付で、
「刑事訴訟法39条の規定に基づき、弁護士接見を要求します」
鈴子は、小さな部屋に通された。
その部屋に結衣が現れた。
『えっ? 鈴子?・・・』
「結衣・・・」
もうその時には、結衣の目には涙があふれていた。
鈴子は、向かいの椅子に結衣を座らせて、ゆっくりと話を始めた。
「結衣・・・まずはお礼を言わせてもらうわね」
「お母さんのこと・・・ありがとう」
「今日、ここに来る前に琴美と範子と・・・病院で母に逢うことができたの」
「母を救ってくれて、本当にありがとう」
『お母さんと会えたのね! 良かった・・・八千代さんも』
『それで、八千代さんの容態は?』
「うん、繁子にも会えて、説明も聞けたの」
「楽観視はできないけど、しっかり治療していきましょうって」
「・・・これからは、わたしが、母を守っていくって、約束してきたのよ」
『良かったぁ、八千代さん』
『それに・・・鈴子・・・鈴子も良かったわね、お母さんに会えて』
「うん、ありがとう・・・結衣」
もう、その時の二人には、一切のわだかまりはなかった。
鈴子は、いろいろなことを結衣から聞きだして
「分かったわ!結衣・・・私が、必ずあなたの無実を証明してあげる、私を信じて!」
『ありがとう、鈴子・・・よろしくお願いします』と
しかし、結衣が次に言った言葉で、その場の雰囲気が一変してしまうのだった。
千里 (日曜日, 06 3月 2016 22:00)
二人は、手を握り合って、この先の苦難と一緒に闘っていくことを確認した。
そして、その時に結衣が、ポツリとつぶやいたのだった。
『でも、こうして鈴子がお母さんと会えたことも、私が鈴子に弁護をお願いできるのも、浩市のおかげよね! やっぱり頼りになるわ! 浩市は』
「えっ? 浩市? 浩市って、もしかして橘浩市君のこと?」
『そうよ! 浩市が私を守ってくれているの!』
「結衣・・・あなた何を言っているの?」
と、鈴子の表情が強張り
「あなた、わざと言ってるの?」
「私への、嫌がらせのつもりなの?」
と、急につないだ手を放し、態度を急変させたのである。
『えっ?』
『なに? なんか私、変なこと言った?』
『鈴子が、お母さんと会えたのも、浩市が範子にお願いしてくれたからなのよ!』
「はぁ?」
「浩市が、範子に? なに、適当なこと言ってるの?」
「分かったわ! 結衣、あなたは私の事をまだ憎んでいるのね!」
と、その時に部屋のドアが開いた。
地検の刑事が入ってきて
「時間だ!」と
結衣は、不思議そうな顔をしたまま連れていかれてしまったのだった。
鈴子は、結衣の顔を見ることもなく、怪訝そうな表情のまま下を向いていた。
「結衣・・・」
地検から、鈴子が出てきた。
それをずっと待っていた琴美が、鈴子に駆け寄り
「鈴子、結衣どうだった? 元気だった?」
鈴子は、琴美の言葉に返事をしなかった。
少しの間、黙っていた鈴子は、琴美にこう言ったのだった。
「琴美、私は・・・」
千里 (日曜日, 06 3月 2016 22:02)
『えっ? 鈴子・・・いま、なんて言ったの?』
「私には、結衣の弁護を引き受けられないわ!」
『えっ? なんで? どうしてよ? ねぇ、鈴子、理由を言ってよ!』
「理由? 琴美なら分かるでしょ! もしかしたら琴美だって、結衣と同じじゃないの?」
『同じ? はぁ? どういうことよ、鈴子』
「結衣は・・・いえっ、あなた達は、まだ、私の事を憎んでいるんでしょ! 38年経ったいまでも」
『えっ? 何よ、それ! どういうこと?』
「・・・浩市君のことよ」
『浩市のこと? 浩市の事故が鈴子のせいだって、私たちが思ってるということ? バカなこと言わないでよ! 結衣は、そんなふうに思っていないわよ! もちろん、私だって』
と、売り言葉に買い言葉で、つい、声を荒げてしまった琴美だった。
だが、「ふ~」と、ひとつ大きく呼吸をして、自分を落ち着かせた。
そして
『ねぇ、鈴子・・・』
「なによ?」
『結衣は、浩市のこと、なんて言ってた?』
「結衣は、こう言ったのよ・・・浩市が、私を守ってくれているって・・・」
『うん、そうね。 で、それだけ?』
「あと、・・・私がお母さんと会えたことも、自分の弁護を私が引き受けることになったのも、浩市のおかげだって・・・しかも、浩市が範子にお願いしてくれたからだって!』
琴美は、もうその時には涙をいっぱいにためて
『そう・・・そうだったのね。鈴子ぉ、ごめんね・・・ちゃんと、あなたにお話してあげないとね』
「えっ? ちゃんと?・・・ねぇ、琴美、どういうことなの?」
千里 (日曜日, 06 3月 2016 22:59)
琴美は
『ねぇ、鈴子・・・範子も・・・』
『ねぇ、ここじゃなんだから・・・』
そう言って、三人は近くの喫茶店に入り、店の一番奥の席に座って、珈琲を頼んだ。
鈴子が、先に話し出した。
「結衣は、あまり落ち込んだ様子はなかったわよ、元気だった」
「逮捕したのは、神崎君だったのね」
「以前、別の裁判の時に、話したことあるんだけど・・・」
「神崎君、事件のことになると、それはやっぱり厳しい態度になるけど、仕事を抜きにして話をしている時の神崎君は・・・うん、ちっとも変っていない、高校時代の頃の神崎君のままよ! 友達想いの」
「そんな神崎君が、結衣にビンタされたことを理由に公務執行妨害で逮捕するなんて・・・」
「まぁ、よくある別件逮捕で、事情聴取の時間を稼ぐってことだったんでしょうけど」
「神崎君らしくないのよ!」
「彼が、絶対にそんな乱暴なやりかたするはずがないもの」
「もちろん、結衣は不正経理なんて否定していたし、話を聞いていて、信用できるもの」
「今回の事件で、結衣の上司の阿部被告が保釈を認められたけど・・・普通ならあり得ないもの、公判中のこの時点での保釈なんて」
「きっと・・・なにか理由があるはずなの」
「結衣から話を聞かせてもらって、絶対に結衣のこと守ってあげようと決意したのに、それなのに結衣ったら・・・」
そう言って、鈴子はハンカチで目頭を押さえた。
琴美も範子も、鈴子の話を聞いて、少しだけ安心できた。
と、同時に結衣を守ってあげられるのは、鈴子しかいないと思った。
そして、琴美は・・・
結衣の言葉の誤解を解くために、鈴子と範子に“結衣の思い”を伝えたのである。
それは、結衣の一番の親友である琴美しか知らないことだった。
琴美が、ゆっくりと話を始めた。
「結衣はね・・・」
琴美の話に、途中からは、鈴子も範子も涙が止まらなかった。
琴美は、最後に
「だから、鈴子・・・結衣を許してあげて」と、言って話を終えた。
鈴子は、下を向いてハンカチで顔を覆っていた。
そんな鈴子に範子が
『ねぇ、鈴子・・・結衣のことを守ってあげて・・・わたし・・・結衣が、そんな思いでいたなんて、まったく知らなかった・・・』
と、範子も涙で鈴子に願いしたのだった。
鈴子は
「うん、もちろんよ・・・ わたし、結衣に謝らないと・・・結衣の気持ちも知らずに、わたしは・・・」
そう言って、大粒の涙をいくつも流した。
琴美が
「ありがとう、鈴子・・・範子・・・」
「私たちで、結衣を守ろうね」と
話を終え、三人は喫茶店を出ようとした。
すると、琴美が
『ねぇ、鈴子・・・化粧室に行ってきなよ!』
「えっ?」
『だって、弁護士らしからぬ顔してるわよ!』
と、目のあたりを指さして
「そんなにひどい?」
範子も、鈴子の顔を覗き込み
「うん、ひどいわ!」と
三人は、笑顔で喫茶店を後にしたのだった。
千里 (日曜日, 06 3月 2016 23:00)
ご愛読者さまへ
小説を読み進めていくとき、残されたページの枚数で、小説が終わりに近いことを理解しながら、結末を迎えることだろう。
リレー小説が始まって、約11か月間
これまで800を超える書き込みで、小説のページを重ねてきましたが、
いよいよ、残りわずかな枚数で、終えようとしていることを、あらかじめお伝えしておきます。
ご愛読いただいた方々に、先にお礼を述べ、エンディングへと向かいます。
いよいよ、小説の終わりを迎えようとしている時
そう、それは結衣が逮捕された時から・・・、
浩市が姿を消してしまったのである。
結衣を守ってくれるはずの浩市が・・・
ヒロ (月曜日, 07 3月 2016 12:18)
結衣が逮捕されて、ちょうど一週間目の日、
神崎は、東京地検特捜部トップの特別捜査部長に呼ばれた。
『失礼します、神崎です』
「入りたまえ!」
部屋に入った神崎は、部長の前に立った。
「神崎君、今回の泉建設事件で容疑者を保釈してすぐに自殺されたのは、うちとしても大変な失態だが・・・」
「事件のその後は、どうなんだ? 聞いたぞ! 君は、二階堂という経理課長を逮捕したそうじゃないか?」
『はい』
「で、なんだ? 公務執行妨害での逮捕だそうじゃないか」
『はい、そうです』
「いつもの君らしくないじゃないか。 世間は大変な騒ぎになっているようだし・・・それで、その二階堂という女課長を起訴できるんだろうな?」
『それは・・・まだ、捜査中です』
「それが、いつもの君らしくないんだ! 君は絶対的な自信と確信がなければ、逮捕などしないだろう!」
「報告によると、タレこみだけで、裏付けもないままの逮捕らしいが・・・」
『あっ、はい・・・そうです』
「これで、二階堂という女課長を起訴できなかったら、君には責任をとってもらうようになるぞ! 覚悟のうえでやっていることなんだろうな!」
『はい、もちろんです』
「分かった。君のことを頼りにしているんだ! 頑張ってくれ、東京地検の名誉をかけてな」
『はい、・・・それでは失礼します』
神崎は、部屋からでて
『時間が足りないな・・・なんとかしないとな』
そう、つぶやいて仕事に戻ったのであった。
千里 (月曜日, 07 3月 2016 22:24)
結衣が逮捕された後の取り調べに、神崎が現れることはなかった。
それが、結衣には不思議でならなかった。
一日に、一時間程度、別の刑事による、それもありきたりな質問の繰り返しであった。
神崎は、事件を追っていたのだ。
神崎の事件の読みは、こうだった。
「阿部が、保釈されたのには、政治的な圧力があったはずだ」
「そして、阿部は自殺などしていない・・・消されたんだ」
「今回のタレこみが、事件のカギを握っていて、タレこみの内容からして、結衣をおとしめようと意図するもの、それは会社の人間でなければ知り得ない情報であること」
「事件の背景には、黒幕、政治家も間違いなく関わっているはずだが、そこに行きつくには、相当の時間を費やさなければならない・・・」
その時の神崎には、政治家は謎のままであったが、実行犯である男の予想はついていたのである。
あとは、証拠をつかむだけなのであるのだが・・・
それは、明日で、結衣の拘留期限を迎える日だった。
捜査会議で、神崎は、部下達に
「主犯は、泉建設錦織社長で間違いないんだ!そして、顧問弁護士の東條が、社長の指示で動いているはずなんだ」
「どうにか、手掛かりは見つからないのか・・・」
捜査会議に出席していた者から、神崎が期待するような返事はなかった。
と、その時だった。
二人の刑事が、捜査会議に飛び込んできた。
息を切らして
「神崎さん、目撃者を見つけました。阿部はやはり突き落とされていました」
「よしっ、良くやった!」
それから、一気に事件は解決に向かったのである。
泉建設錦織社長と、顧問弁護士の東條が逮捕された。
神崎の取り調べに、二人とも観念し、全ての犯行を認めたのである。
神崎の仕事は終わった。
そう、二つの仕事を成し遂げたのである。
結衣を逮捕した翌日からは、神崎の背広の内ポケットには、ずっと辞表が入っていた。
事件の解決を確認した神崎は、
「やっと終わったな」と、特別捜査部長のところに行った。
部長の前に立った神崎は、
「申し訳ありませんでした。私の見込み違いで無実の人を逮捕、拘留してしまいました。責任は自分にあります、本当に申し訳ありませんでした」
と、辞表を部長のデスクに置いて、深々と頭をさげた。
部長は、「そうか」と、辞表を手に取り、神崎に向かってこう言ったのだった。
「神崎君・・・あまり私をがっかりさせないでくれ!」
「君は、私が気づいていなかったと思うのか?」
『えっ?』
「二階堂さんは、君の高校時代の同級生だそうだな」
「良かったな、神崎君・・・友達を守れて。 事件解決と二つの仕事を同時に成し遂げたな!」
『部長・・・』
「分かっていたよ、阿部容疑者が消され、次は二階堂さんが狙われると思ったんだろう?」
「しかし、君も無茶なことをするよなぁ・・・」
「私は、ずっとハラハラものだったぞ!」
「まぁ、それだけ、友達を守りたかったということなんだろうけどな」
「自分の上司まで騙し、そして、自分の首をかけてでも・・・なっ!」
そう言って、神崎の目の前で辞表を二つに破ったのである。
『部長・・・』
『無実の人間を・・・それは紛れもない事実です! ですから、私は・・・』
部長は、優しそうな顔で笑った。そして
「痛かったか? 彼女のビンタは」
『えっ? あ、はい痛かったです』
「わざと挑発まですれば、そりゃぁ、痛いビンタだったろうよ」
『あっ、それは・・・』
そして、部長が、今度は真面目な表情になって
「君は、地検にとって必要な存在なんだ!」
「だから、途中で仕事を投げ出すようなことは許さん!」
「君には、ちゃんとした罰を与えるよ!」
「いいか、神崎! 今回の事件の黒幕まで、一日も早く逮捕するんだ!休日返上だ!」
「それが君への罰だ! 分かったら、直ぐに取り掛かれ!」
『部長・・・ありがとうございます』
と、神崎は一礼し、部屋を出ようとすると、
部長が、今度はまた優しそうな表情になって
「それから、神崎君・・・」
『はい』
「朝比奈弁護士・・・」
『あっ、朝比奈鈴子ですか? 私の同級生ですが、彼女がなにか?』
「あぁ、彼女とは、以前、ある事件で闘ったことがあるんだが・・・相変わらず頭の切れる人だな! 二階堂さんと君が同級生であることは、朝比奈弁護士から聞いたことなんだ」
『えっ?』
「私のところに電話してきてな・・・朝比奈弁護士は、全てお見通しだったよ。それから、おそらく君は辞表を出すだろうとな」
「その時は、寛大な処分をと、一生懸命に頼まれたよ」
「弁護士に守られる気分はどうだ?」
『あぁ・・・』
「神崎君・・・ということで、もうひとつ罰を追加させてもらうよ!」
『あっ、はい?・・・』
「二階堂さんに、ちゃんと謝るんだぞ! 君の性格だと・・・それから、朝比奈さんには、しっかりと礼を言えよ! 誤認逮捕で騒がないことを約束してくれたんだからな!」
『あぁ・・・はい、部長』
千里 (月曜日, 07 3月 2016 23:26)
部長は、神崎を見送ると、すぐに鈴子に電話をしたのである。
「明日、二階堂さんが釈放されます・・・はい、申し訳ありませんでした・・・はい・・・そうです・・・」
「それで、お迎えに来ていただけないかと・・・はい・・・はい・・・そうです」
「おそらくは、うちの神崎の性格だと・・・あぁ・・・はい・・・たぶん」
「申し訳ない、神崎は、仕事に関しては、非の打ちどころがないんですが・・・」
「はい・・・はい・・・そうです」
「よろしくお願いします」
と、鈴子に結衣のお迎えをお願いして、電話を切った。
翌日、結衣は釈放された。
神崎は、地検の建物の外で結衣が出てくるのを待っていた。
出てきた結衣に向かって、ぶっきらぼうに言ったのだった。
「良かったな、釈放されて」
『神崎君!』
『はぁ? 良かったな? あんたね、逮捕された日のあとは、一度も顔を出さずに・・・』
『これって、誤認逮捕って言うんでしょ!』
「それは、違うな! 俺は結衣にぶたれた! どこが、誤認逮捕なんだい?」
「それに、なかなか留置場になんか、入れないんだから、いい体験しただろう!」
「また、何か悪いことをしたら、次も俺が逮捕してやるよ!」
もう、その瞬間だった。
「ピシャ!」
結衣の右手が、気持ちいい音を立てて、神崎の左ほほにヒットした。
と、少し息を切らして鈴子が現れた。
「あちゃぁ~、間に合わなかったわ・・・」
「やっちゃったの?」
鈴子に気づいた結衣と神崎は同時に
「鈴子!」
鈴子は、笑顔でこう言った。
「結衣、よかったわね、無事に釈放されて」
「まぁ、すでにびんたしちゃったんだから、もう手遅れなんだけど・・・」
「神崎君の名誉のために結衣に教えてあげるわね」
「結衣・・・今回の逮捕は、神崎君があなたを守るために、自分の首をかけてまでしたことなのよ」
「だから、神崎君のことを許してあげて」
『えっ? 私を守るため? どういうことなのよ、神崎君』
「はぁ? 結衣を守るため? とんでもない! なに訳の分かんないこと言ってるんだい? 鈴子は」
鈴子は、少し斜め後ろを向いて
「部長の言う通りだわ、ほんと、めんどくさいわ、神崎君」
「えっ? 何か言ったか?」
「なんでもないわよ!」
「じゃぁ、神崎君に聞くけど・・・どう考えてもびんた程度で二十日間の拘留請求は横暴すぎるわよね!」
「どうする? 不当逮捕で、訴えてもいいのよ! 私の追及は厳しいわよ!」
「そ、それは・・・」
「いい加減、素直になりなさいよ、神崎君」
「・・・・・」
「さぁ、言いなさい、神崎君! 結衣を逮捕した理由はなに?」
「・・・仲間だから」
「はい、よく出来ました。 結衣、聞いての通りよ!」
『神崎君・・・本当なの?』
「あ、あっ、あぁ・・・」
「結衣は、まだ知らされていないだろうけど、阿部部長さんは、自殺ではなかったのよ。それを直ぐに察した神崎君が、次は結衣が狙われると考え、留置場で守って・・・それで、その間に無事に事件を解決してくれたの。 全ては社長と顧問弁護士の犯行、そして、二人は、神崎君の手によって逮捕されて、事件は解決した」
「結衣・・・これが全てよ! あなたが一番の被害者だったの」
「これからは、私が、結衣の全てを守ってあげるから安心して」
「あやうく、濡れ衣を着せられて殺されるところを、救ってあげたのよね」
「そうよね! 神崎君!」
「・・・そうかな、いや、違うかも」
と、言ってるそばから、結衣が神崎に抱きついてきた。
「神崎く~ん、ありがとうーーー」と
少し、身長の低い神崎は、結衣の大きな大きな胸に顔面をうずめられ
「く、く、苦しいよ、結衣!」
「おい、離れてくれないか結衣! 公務中なんだ!」
『おやっ、なら、さっきの結衣のびんたは? また公務執行妨害で逮捕するの? 神崎君』
「あっ、それは・・・さっきは、公務中じゃなかったから・・・」
『そう、なら、単なる痴話喧嘩ね!』
「あぁ、そうだよ」
『神崎君・・・まだ、事件は終わってないんでしょ? 頑張ってね』
「あっ、う、うん・・・」
「なぁ鈴子・・・ありがとな」
鈴子は、笑みを浮かべて
「うん、こちらこそ・・・ありがとう、結衣を守ってくれて」と
神崎は、照れを隠すように、「仕事があるから!」
そう言って、帰って行った。
神崎の後姿を見送った鈴子と結衣は
「結衣、帰ろう」
『うん、鈴子』
と、二人で歩き出した。
すると、まだ、少し距離はあったが、異彩を放つ4人組が前から歩いてきたのだった。
Gメン75のように・・・、横並びで。
ヒロ (火曜日, 08 3月 2016 12:25)
その4人組は、琴美、啓介、収一、そしてピンキーだった。
ちょっと、申し訳ない言い方になってしまったが、どうしてもピンキーが加わることで、“異彩を放つ4人組”という表現になってしまうのである。
『みんなぁ、来てくれたの?』と、笑顔の結衣に、琴美が、一番先に駆け寄り
「おかえり、結衣」
『うん』
と、二人は満面の笑みを浮かべて抱き合った。
「結衣ぃ~」
『琴美ぃ~』 ムギューーー!
だが、結衣は、3人の男の子たちに目をやり
『えっ?浩市は?』と、小さな声で琴美に尋ねたのである。
『浩市がいないと、スクールメイツセブンは揃わないわよ、琴美』
琴美は、困った表情を浮かべた。
それに気づいた鈴子が慌てて
「みんなぁ・・・久しぶりぃ」
「おぉ~鈴子、琴美から全部聞いたよ」
と、啓介が鈴子と握手を交わした。
それに継いで収一も
ピンキーは
「鈴子・・・久しぶり」と、最初は神妙な顔で握手していたが
「もぉ~、私より綺麗になっちゃって! 相変わらず美人ね! 鈴子は」
と、いつものピンキーに戻ってハグをした。
結衣は・・・、浩市がいないことに気付いて、下を向いて淋しそうにしていた。
それに気付いた鈴子が
「ねぇ、みんなで結衣の出所祝いしてあげようよ!」と
それが聞こえた結衣は
『え~、出所祝い? わたし・・・留置場にはいたけど、刑務所には、行ってないし!』
と、鈴子の気遣いボケに、乗ってきてくれたのだった。
「行こう! 結衣」
『うん! 飲むぞーーー!』
6人は、個室のある居酒屋に入った。
「カンパ~イ!」
それぞれがお気に入りの飲み物を、一気に飲み干した。
「うめぇなぁ・・・やっぱり、こうして仲間と飲む酒は」
と、啓介も他の仲間達も無事に結衣が戻ってきてくれたことにご満悦。
浩市は、その場にいないが、久しぶりにメンバーが揃って、出所祝いの時間は、楽しく過ぎていった。
結衣の両隣には、琴美と鈴子が座った。
そう、結衣を守るように。
時間も遅くなってきて・・・
留置場での疲れと、久しぶりのアルコールが、結衣を夢の世界へと手招きしていた。
そしてそれは、結衣が睡魔との戦いに敗れそうになった時だった。
小さな声で
『ねぇ、琴美・・・浩市は? どうして、今日は浩市がいないの?』
『ねぇ・・・琴美・・・ねぇ・・・』
そう言って、結衣は眠りについた。
「結衣ぃ・・・」
琴美は、その結衣の言葉が男の子たちに「聞こえていませんように!」と、願った。
だが、収一に聞こえてしまったのである。
「なぁ琴美・・・ 結衣は、いま、なんて言った? どうして、今日は浩市がいないのって言わなかったか?」
「えっ? あっ、そんなこと言ってないんじゃないの?」
と、その場をやり過ごそうとしたのだが・・・
琴美と収一の会話に気づいた、啓介、ピンキーが結衣に目を向けると、
眠っている結衣のほほが、涙でぬれていた。
そして結衣は
『浩市・・・どうして、今日は来てくれないの?』と、今度は、寝言で言ったのであった。
その言葉に、男の子達は
「結衣・・・」
「なぁ、琴美・・・結衣は、もしかして・・・」
琴美は、もう、涙でいっぱいになっていた。
そして、鈴子も涙をいっぱいにためて
「琴美・・・今までひとりで抱えてきたこと・・・」
「私と範子に話してくれたこと・・・みんなに話してあげなよ」
「琴美・・・」
琴美は、下を向いて、必死に涙を見せぬようにしていたが、啓介が
「琴美・・・よかったら、俺達にも聞かせてくれないか・・・俺達・・・仲間だろう!」と
琴美は、啓介のその言葉で、大きくゆっくりとうなずいたのであった。
「うん」
そして、このあと琴美が話す“結衣の想い”で、全ての謎が解き明かされ、物語が終わりを告げるのである。
次の、最終話で・・・
千里 (火曜日, 08 3月 2016 22:55)
琴美は、ゆっくりと話し出した。
「結衣はね・・・」
「今でも・・・あの日光での事故が自分のせいだと・・・ずっと自分を責め続けているのよ・・・38年経った今でも」
「あの事故で、浩市が、いなくなってしまったことを受け入れられていないのよ・・・結衣は」
「浩市は・・・、結衣の心の中で生き続けているのよね・・・ずっと」
「自分が辛い時や、自分を支えてくれる人が必要になった時には、必ず、結衣の心の中に浩市が現れて・・・」
「マンションで、一日中待っていてくれたり・・・鈴子とのわだかまりを解いてくれたのも、浩市が私を守ってくれているから・・・そう考えて」
「だから、頼りない自分を支えてくれるかのように、浩市が現れて、繁子に病気のことを尋ねたり、鈴子に連絡するのを範子に頼んでくれたり・・・」
「全部、結衣の頭の中で・・・、結衣の浩市に対する想いから起きていることなの」
琴美の話に、全員が涙していた。
「結衣・・・」
15歳の結衣にとって、浩市は“青春のひかり”だった。
そして、それはいまでも。
「きっと、結衣は分かっているはずなの」
「もう、浩市はいないんだって、頭の中では理解できているんだと・・・」
「それでも、結衣の心の中で生き続ける浩市を、消し去ることはできないんだと思うの」
「今日は、スケールメイツセブン・・・浩市はいないけれど・・・そのメンバーが揃って・・・でも、浩市の姿を想いうかべることが、出来なかったのね、結衣は」
「だから・・・」
そう言って、全員が結衣に目を向けると、今は、優しそうな穏やかな寝顔の結衣が、そこにいた。
「結衣・・・きっと今は、浩市に守られている夢を見ているのね・・・すごい、優しそうな寝顔だもの」
啓介が、泣きながら
「なぁ、琴美・・・それって辛すぎやしないか? 俺たちが、結衣に“もう、浩市はいないんだから”って、しっかり伝えてあげてさ・・・」
『・・・うん、私も、何度もそう考えたの』
『でもね、啓介・・・結衣の想いは、私達には想像もつかないような、大きな愛情に包まれた想いなんだと思うの』
『だから・・・』
『だからさ、これからも私達で・・・仲間達で結衣を守っていこうよ』
『それじゃ、だめかなぁ?』
誰も、何も返事が出来なかった。
そう、あまりにも辛すぎて。
しばらくは、誰も黙っていたが、ようやくピンキーが
「ねぇ、琴美・・・結衣のそばにいて、ずっとひとりで抱えていたのね・・・琴美も辛かったでしょ・・・」
「でも、もう大丈夫よ! これからは、私も結衣のこと守り続けるから」
「男も女もないわよね! ・・・私達は、これからも、ずっとスクールメイツセブンよ!」
「・・・ずっと仲間よ・・・うん・・・」
「あの頃の浩市が、いつも私達のことを守ってくれていたように・・・う~ん、浩市のように出来るかどうか分からないけど・・・」
「辛い時こそ、そばにいてくれる、そんな仲間でいましょうよ」
「私達なら、できるわ! 仲間だもの!」
全員が、「うん」と、うなずいた。
そして
「さぁ、結衣を連れて帰ろう!」
と、仲間達は居酒屋をあとにしたのであった。
それから、一カ月が過ぎた。
泉建設も、ようやく落ち着きを取り戻し、その日からは結衣も、出勤することになっていた。
結衣は
『さぁ、今日からまた頑張って働かないと!』
そう、気合をいれて、マンションを出ようと玄関まで来た。
『おっとぉ~』
と、結衣は、あることを思い出し、またリビングに戻った。
そして、ソファーに置いてある人形を手に取り、今度はその人形と一緒に玄関まで来た。
その人形は、結衣のために琴美が手作りしてくれた人形だった。
結衣は、人形を玄関の下駄箱の上にそっと置き、そして人形に向かってこう言った。
『ここで、私の帰りを待っててね・・・ 浩市 』
『おっとぉ、違った・・・浩市じゃないんだっけ』
『しっかりしろ! 結衣!』
『やり直し!』
『待っててね! こうちゃん』
≪ 仲間・第二章 ~さらば青春のひかり編~ ≫
***** 完 *****
ピンキー (火曜日, 08 3月 2016 23:17)
『小説を読む時間が、食べる時間に変わって、太ったらどうしてくれんのよ!』
「ど、どうしてくれんのよと言われましても」
「そりゃぁ、“合点承知の助”と、お答えしたいところなのですが・・・」
(少しは手伝えっつうの! 太ったら、やせればいい・・・)
『はぁ? なんか言った?』
「あっ、いやっ・・・なんでもないです」
今度の小説は、奇想天外な展開で、結末の全く読めない、そんな物語になることを願って・・・そのためにも、願わくば、筆者として参加いただくことを熱望し
仲間・第三章 ~青春協奏曲(コンチェルト)編~をスタートさせます。
ピンキー (火曜日, 08 3月 2016 23:45)
「青春協奏曲(コンチェルト)編かぁ・・・」
「なんか面白そうなタイトルじゃないの!」
「・・・って、ゴメンゴメン」
「わたしは、誰って?」
「そうね、まだ名乗ってもいなかったわね! それでは、自己紹介から!」
「私は、進藤萌仁香(シンドウ・モニカ)、53歳よ!」
「小さな、お花やさんの店主」
「あのねっ、私のお友達がさぁ、これがまた、楽しい面々なの」
「ぜひ、みんなに知ってもらいたくて、こうして筆を執ったのよ!」
「少しずつお話していくからねっ!」
「って、ごめん、お客さんが来ちゃったみたい」
「・・・って、早速、私がみんなに紹介したい女の子が来たわよ!」
「あらら、それも、二人も」
「ごめんね、少しお仕事してくるね、じゃぁ、また!」
「いらっしゃい、杏恋、深音」
それは、萌仁香の同級生の景山杏恋(カゲヤマ・アレン)と、柴原深音(シバハラ・ミノン)だった。
『こんにちは、萌仁香』
『明後日の卒業式のお花をお願いしたいの』
「はい、どんな感じにいたしましょうか! って、一応、お客様ふうでのご対応!」
『なによ、それ!』
と、三人は、笑いながら店の奥のテーブルに腰をおろして、早速のご歓談タイムに突入した。
ピンキー (水曜日, 09 3月 2016 12:43)
「ねぇねぇ、健心の話、聞いた?」
『健心? って、小野寺君?』
「そうそう」
≪これから、私、萌仁香が、時々登場して、仲間達の紹介やら、必要な時には、みんなに詳しく説明してあげるから、感謝しなさいよ! な~んて、偉そうなこと言っちゃった≫
≪いま、深音(ミノン)が話してる小野寺健心(オノデラ・ケンシン)は、私の高校時代の同級生なの。これが、また面白い男の子でね・・・まぁ、きっと物語でたくさん登場してくると思うから、名前は覚えてあげてね≫
「ねぇ、萌仁香・・・いま、誰と話してるの?」
『あっ、ゴメンゴメン、独り言だから、気にしないで!』
≪危ない、危ない! 私(萌仁香)が、読者の皆さんと時々会話してるのは、物語の登場人物達には秘密なの! くれぐれもバレないように、よろしくね!≫
『で、健心がどうしたの?』
「え~、知らないの? 健心・・・美子都と婚約するらしいわよ!」
『え~、ほんとに?だってそれじゃ・・・』
「そ、そうなのよ!」
『ということは・・・健心の元妻が、希咲でしょ・・・で、その希咲の婚約相手が、玲飛・・・で、玲飛の元妻の美子都が、健心と婚約するのぉ~~??? 』
≪はいはい! まぁ、聞かされた私も驚いたんだけど・・・また登場人物の紹介をしておくね≫
≪ようは、ぜ~んぶ同級生なのよ! でね、健心(ケンシン)と大槻玲飛(オオツキ・レイト)が大の親友、そんでもって、希咲(キサキ)と美子都(ミコト)も大の親友なのよ!≫
≪面白いと思わない? 親友同士が親友同士のパートナーを取り換えて、夫婦になるってことなの!≫
≪さてさて、どうなることやら・・・皆さんも、この二組のアベックの行く末を見守ってあげてね≫
ピンキー (水曜日, 09 3月 2016 19:55)
≪そうそう、読者の皆さん、ちょっと聞いて! 萌仁香のところにね、問い合わせが殺到して困ってるのよ!≫
「萌仁香! 教えなさいよ!」
「萌仁香は、もう誰のことか分かっているからいいけど・・・」
「杏恋(アレン)って誰よ?」
「深音(ミノン)? 美子都(ミコト)? 健心(ケンシン)? 希咲(キサキ)? 玲飛(レイト)?」
「もぉ~、この歳になるとね、こんなハイカラな名前じゃ、ついていくのが大変なの!」
「オマツとか、琴美とか・・・もぉ、これじゃ覚えるのが大変なんだモン!」
「今までの小説の流れだと、 ガッツは・・・あぁ」
「間塚久司は、まぁ、文字の通りよね!」
「モンなんか、シマリスのようにという表現だけで、十分に想像できたし・・」
「第二章の、結衣なんかも、“赤パン”で分かったでしょ!」
「前の筆者は、それなりに、ちゃんと分かるようにヒントを書いてくれたのよ!」
「だから、萌仁香・・・先に教えなさいよ!」
ってね。
≪私は、こう答えたのよ!≫
「それは、前の筆者のやり方でしょ!」
「それに、小説はまだ始まったばかりだし・・・なにより、私の友達の名前をハイカラだからを理由に、勝手に変えることなんか出来ないでしょ!」
「・・・でも、どうしても知りたいなら、メールしてちょうだい! 特別に教えてあげるから」
「アドレスはね、“多摩象・どっと混む”よ」
「でもね・・・、勝手に想像して、えっ?これってもしかして私のこと? って、読むとね、楽しいかもよ!」
「まずは、当てずっぽうに、杏恋はK子、深音はN子、美子都はM子とかって、決めて読んでみてよ!想像が膨らむわよ!」
「まっ、私が教えなくても、きっと、物語の中で、正体がばれていくんじゃないかな」
≪そう、答えてあげたの。そしたら、分かった! って、納得してくれたの。ほっとしたわよ≫
≪それなのに・・・5分後よ! “早く教えろ!”ってメールが届いたの≫
≪まぁ、こんな感じで、今度は私が仲間達の“波乱万丈” ”抱腹絶倒“な人生を、小説の中で語っていくから、よろしくね!≫
ピンキー (水曜日, 09 3月 2016 19:57)
≪美子都と希咲は、高校時代からの親友、その日も、一緒に食事をしていたのよ≫
「ねぇ、美子都・・・」
『なぁに、希咲』
「良かったわね、健心と正式に婚約したんでしょ?」
『うん』
「それで、式はどうするの?」
『式って、結婚式のこと?』
「違うわよ! 結納式よ」
『え~、今どき、結納式なんて、やる人いるの?』
「いるわよ! ・・・目の前に!」
『ゲッ! まじで? やるの? 希咲と玲飛・・・』
「だってさ、前の旦那とは、そういうこと全部省略してさ、結局、失敗したからね!」
『・・・って、それ、私の今度のパートナーなんだけど!』
「そっか、ごめんごめん」
『ふ~ん、・・・面倒くさがり屋の玲飛がねぇ・・・ふ~ん、・・・ねぇ、ねぇ、それは分かったけど、それよりも結婚式はどうする気なの?』
「え~、まだ秘密」
『恥ずかしがる歳じゃないでしょ! 言っちゃいなよ!』
「・・・まだ決まってないの・・・え~、そういう美子都たちはどうするの?」
『エヘッ! ハワイで式を挙げようかって相談してるのよ!』
「ゲッ! まじで? あの面倒くさがり屋の健心が?」
『ねぇ、希咲・・・いっそのこと一緒にやらない? 結婚式』
「え~、それはないでしょ! だって、それぞれが前夫、前妻、んで、こっちをみても前夫、前妻よ・・・あり得ないでしょ!」
『そっかなぁ・・・別に、みんな嫌いになって別れた訳じゃないんだし・・・式に出席してもらう友達だって・・・ねっ、一緒でしょ!』
「それは・・・うん、確かに」
『だから、考えてみようよ!』
「・・・わかったぁ、考えてみる」
『ねぇ、せっかくの食事が冷めちゃうから、食べよう!』
「そうね!」
ピンキー (水曜日, 09 3月 2016 23:10)
≪そしたらさ、早速、お相手の健心と玲飛に、希咲と美子都から話がいくわけよ! でさ、この健心と玲飛が、大の親友で、よく二人で飲んでいるんだけど・・・ほら、今日も、いつものように、飲んでるみたいよ≫
「なぁ、健心・・・」
『なんだよ、玲飛』
「まいったぜぇ、希咲のやつが、ハワイで結婚式やろうよ!って、騒ぎ出してさ」
『すまん! それ、美子都が希咲にかっつけたらしい・・・』
「あぁ、知ってる」
『あの二人が、つるむと、俺達・・・つらいよな』
「あぁ・・・まったくだな」
『で、どうする?』
「どうするって、もしかして、一緒に結婚式をやろうって話か?」
『あぁ、それ!』
「それは、ねーよなぁ・・・だってさ、それぞれが前夫、前妻、んで、こっちをみても前夫、前妻だぜ・・・あり得ねーべ!」
『まったくだ・・・、女ってやつは、男には理解不能な生き物だよな』
「・・・まったくだ」
≪と、まぁ、こんな感じになるわよね≫
≪でもね、この健心と玲飛のやり取りが、この後、厄介なことになるんだなぁ≫
≪・・・でね、私にまで八つ当たりが飛んで来たら嫌だから・・・この先は、当分の間、小説の中でお話していくから、よろしくね≫
≪じゃぁ、またあとでね!≫
ピンキー (木曜日, 10 3月 2016 12:52)
住宅地の中にひっそりとある小さくてかわいいお店
表通りなのに路地裏のお花屋さんのような、隠れ家的な佇まい。
自然の中でお花をいけたり、おしゃべりしたり、
日頃の疲れをリセットできる空間
2012年にオープンして以来、フラワーデザイン教室など、熱烈なファンで賑わうお店、それが、
花風莉(ハナカザリ)である。
そう、萌仁香のお店
杏恋も、深音も・・・花風莉が大好きだった。
「ねぇ、杏恋・・・卒業式のお花、どんな感じにする?」
『いつもので!』
「はいはい・・・」
杏恋が言う「いつもので」とは、“萌仁香にお任せ”という意味だ。
「今年はね、桜をメインに蘭やダリアを使ってアレンジしたいなって思ってるんだけど、それでいい?」
『うん? だから、いつもので!』
「もぉ~、杏恋は、毎回そうなんだから! たまには、こんなふうにして! って、言ってみたら?」
と、毎度、萌仁香もぶつぶつ言いながら
「はい、できたわよ! こんな感じでいいかしら?」
『キャー、ステキィ~ ありがとう萌仁香』
花風莉では、いつも、こんな感じで仲間達の声が絶えなかった。
ピンキー (木曜日, 10 3月 2016 19:48)
今日の花風莉のお客様は、
新城可夢生(シンジョウ・カムイ)と片桐壮健(カタギリ・ソウケン)だ。
また、この二人が面白いやつらだ。
二人とも、教職でありながら、教員らしからぬ人間臭い男気のあるやつらだ。
今日も、二人は仕事帰りに、申し合わせたように花風莉に立ち寄った。
学校であったことを互いに愚痴り合い、その聞き役が萌仁香の仕事
可夢生は、同級生達のまとめ役だ。
「壮健よ、最近、集まって飲んでねぇよな」
『あぁ、そうだなぁ、可夢生』
「何か、計画すっか!」
『去年の12月に、カラオケ部で飲んだきりだもんな!』
「そう言えばさ、去年の3月には、“春の会”という名目で飲んだよな!」
『あぁ・・・その時には、萌仁香の誕生祝いしたよな? なぁ、萌仁香!』
「えっ? あ、うん! してもらった。・・・美子都と二人一緒にお祝いしてもらって、嬉しかったなぁ」
『あれから、一年経つんだなぁ・・・早いよなぁ』
「最近さぁ・・・一年が早くね?」
『・・・うん、早い』
こんな話になると、得意の壮健の語りを、可夢生と萌仁香は聞かされることになるのだ。
「なんで、歳をとると、1年が短く感じるようになるんだと思う?」
『え~、なんでだろう・・・』
「俺が思うに、時間の早さって、思い出や記憶の濃さなのかなぁって思うんだよ」
(-_-;)始まっちゃった(可夢生と萌仁香の心の声・・・“俺が思うに”から始まる壮健の語りは…長い)
「大人になるにつれて、社会というものを一通り経験し、理解していくと、新鮮さや驚きに出会う機会は、目減りするだろう?」
「もう、50を過ぎて、あと数年で高齢者となる俺達だもん、目減りもしてきたよな」
「よく、口にするやついるだろう? “まだこんな時間かよ” “ この会議なげーな”みたいなやつ」
「歳をとるにつれて、時間の経過を遅いと感じているやつが、増えていくんだろうな」
「あぁ、今日も、何事もなくて良かった! みたいな事、平気で口にするようになっちゃってさ」
「思い出や記憶に残る出来事が少なくなるのも、その理由のひとつだろうけど、過去の同じような体験と混同されて、う~ん、思い出が上書きされるっていうか・・・」
「それに引き替え、子どもや、まぁ大人でも若い頃なら、見るもの、触るもの、やること、成すこと、すべてが初めての経験や出来事の連続だったりして、若い頃なら、その1つ1つが、強烈な思い出や記憶となって心に刻まれていたんだろうな」
「でもさ・・・これから先、俺達だって、毎年、1年を振り返った時に、充実感や満足感をしっかりと実感できた! そんな生活を送っていれば、年齢に関係なく、時間は平等に流れてくれるんだよ! 高齢者に近い俺たちにもさ」
「・・・って、結局は何が言いたいかというと・・・、飲み会やろうぜ!」
(-_-;) 終わった。(可夢生と萌仁香の心の声・・・案外、短かったな)
『うん、そうだよね! みんなで集まって飲んでるときなんか、あっという間に時間が過ぎちゃってさ・・・』
『あぁ~、でもさ、あっという間っていうのも、ある意味充実していたからっていうのもあるんじゃないの?』
『私がお店を始めて、もう、まる4年・・・あっという間だったもの』
「そうだな。それは、毎日が初めての経験や出来事の連続だった、お客様にも、いつも違った緊張感で、接してきた証じゃないのかな?」
「これからも、変わらず頑張ってな」
『ほいきた!』
『で、可夢生・・・また、飲み会計画よろしくね!』
ピンキー (木曜日, 10 3月 2016 23:08)
今日の花風莉のお客様は、
我妻衿那(ワガツマ・エリナ)だ。
衿那も、2年前にお店を始めた女の子
お店は小さいが、とっても大きな癒しを与えてくれるカフェだ。
「萌仁香~ 久しぶり~」
『きゃぁ~衿那、遠いところ、来てくれたの? ありがとう』
「聞いたわよ、萌仁香」
『えっ? なにを?』
「関東東海花の展覧会での銀賞受賞! おめでとう!」
『え~、ありがとう衿那』
「それが言いたくてね、来ちゃったの」
『まぁ、座ってよ! いま、珈琲いれるね』
「うん、ありがとう、萌仁香」
「ねぇねぇ、萌仁香・・・そう言えばさ、美子都・・・婚約したんだって?」
『そうなのよぉ・・・これがまた、お相手が健心って、ほんと、驚きよね』
「ほんと、玲飛と希咲だけでも驚きなのにね」
『ねぇ、・・・』
「なぁに、衿那」
『うまくいくと思う? 特に、・・・美子都たち』
「うまくいくと思って、婚約したんだろうし・・・正直、当事者にしか分からないわよ」
『それも、そうね』
「まぁ、私たちは、見守るしかないわよね」
それから、二人は互いの近況報告をして、あっという間に時間が過ぎた。
「あぁ、もう、こんな時間! わたし、もう帰らなきゃ」
『そっかぁ、ほんと、あっという間ね。また、遊びに来て! 私も時間を見つけて、ランチにお邪魔するね』
「うん」
そして、衿那が、花風莉をでると、来るときには気づかなかったものが、目に飛び込んできた。
「えっ? ねぇ、萌仁香! あの電話ボックスなに?」
それは、花風莉の庭の隅にぽつんと立っている電話ボックスだった。
『あれ、衿那は、知らなかったんだっけ? 誰とでも話せる電話ボックスよ』
「まぁ、それは確かに誰とでも、話せるんでしょうけど・・・いまどき、公衆電話なの?」
萌仁香は、笑ってこう言った。
『あのボックスの中に入って、好きな人と話すのよ。 愚痴を聞いてもらうもよし、例えば告白するもよし、もう一度・・・逢いたい人に電話しても・・・』
『でもね、衿那・・・あの電話ボックスは、電話線がつながっていないのよ』
「えっ?・・・え~、なんか、素敵!」
「あっ、わたし、電話で話したい人がいる~!」
「借りてもいいの?」
『もちろんよ、どうぞ、好きなだけ、好きな人と話してきて』
「うん」
と、いうそばから、もう衿那は、ボックスに向かっていた。
萌仁香は、店の中に入って、衿那の様子を見守っていた。
衿那は、最初は笑いながら話していたが・・・途中からは、涙をたくさん流しながら、萌仁香が「時間は大丈夫なの?」と、心配するぐらいの時間、ひとり、ボックスの中にいた。
「ありがとう・・・萌仁香」と、衿那が戻ってきた。
萌仁香は、何もいわずにハンカチを差し出した。
「ねぇ、萌仁香・・・ときどき、借りてもいいの?」
『はい、いつでもどうぞ』と、笑顔で衿那に返した。
萌仁香から借りたハンカチが、もう必要なくなったころには、衿那は、もとの笑顔以上の明るい衿那になって、そして帰っていった。
ピンキー (金曜日, 11 3月 2016 06:55)
≪はい~、読者のみなさん、萌仁香だよ≫
≪まぁ、当面の登場人物は、こんなところかな! 当面のね≫
≪と、言っても、私を含めてもう10人も登場したわよ! どう?大丈夫?覚えた?≫
≪何故、そんなことを聞くかというと・・・、このあと、仲間達の中で人間関係が複雑に入り組んでいくのよ!≫
≪しっかり、仲間達の生き様を見守ってあげてね! 見捨てないであげてよ≫
≪って、萌仁香ちゃんは、久々に登場したと思ったら、あっという間のご退場で~す!≫
その日も、申し合わせたように、可夢生と壮健は、花風莉に立ち寄った。
「なぁ、壮健・・・」
『おぅ、どうした? 可夢生』
「おしゃキャンやろうぜ!仲間達でさ」
『おぉ~、いいねぇ~!おしゃキャン。で、メンバーどうする? いつだ? どこでやる?』
「まぁまぁ、そんな慌てるなって! とりあえずは、参加者の意向調査からだな!早速、みんなにメールするから」
遅れて、萌仁香も話に加わってきた。
「ねぇ、聞こえたわよ! なにやら、楽しそうな話をしていたわね」
「って、おしゃ??? なんて言ったの?」
可夢生と壮健は笑って、別の話を始めてしまった。
温厚な萌仁香も、さすがに、それには切れた。
「あ・の・さ! ここは、お花屋さんなんですけど! 決して、あなた達の喫茶店ではありませんから! ざんねーーーん!!!」
『・・・萌仁香・・・いつから、ギター侍の波田陽区になった?』
「まぁまぁ、萌仁香も、そう怒るなって! おしゃキャンやるから、女子のメンバー集めてくれよ!」
ピンキー (金曜日, 11 3月 2016 17:17)
おしゃキャンとは、“おしゃれなキャンプ”のことである。
なんじゃそりゃ! 普通のキャンプと、どう違うんだい? そう、言いたくなるであろう。
作業や、キャンプのアイテムまで全部手作りで作り上げるのが、おしゃキャンの鉄則らしい。
それは、事前準備、そう、相談・打ち合わせからすでにおしゃれにしなければならないらしい。
打ち合わせは、オープンカフェで、バックにはボサノバBGM・・・
あげくのはてに、テント、タープ、ランタン・・・、様々なアイテムをおしゃれな道具を使うのが鉄則となれば、まぁ、言葉は悪いが、そんなのなんでもよくねーと言いたくなる。
可夢生の場合は・・・単におしゃキャンという言葉を“知ったか”をしたかったらしい。
だから萌仁香と壮健に
「・・・すまない、普通のキャンプで・・・」
と、直ぐに言いなおしたのであった。
「キャンプかぁ・・・楽しそうね!」
『おぉ、ほんとだな!』
早速、仲間達にお誘いメールが一斉に配信された。
メールを早速読んだ健心が
「まじかぁ・・・楽しそうだなぁ!」
『なになに~ お父さん、どうしたの?』
と、健心の一人娘の望愛(ノア)が、尋ねた。
一方、メールを早速読んだ美子都が
『え~、楽しそう!』
「なんだよー おふくろ、どうしたの?」
と、美子都の一人息子の虎太朗(コタロウ)が、尋ねた。
そして、両方の子どもたちとも、
「私も(俺も)、・・・キャンプに行きたい!」
と、なったのである。
実は、望愛と虎太朗は、同い年、大学1年生の19歳だ。
ようは、健心と美子都が、このまま結婚することになれば、義理の兄と妹になる二人なのだが・・・、
親の恋愛に関しては、ご自由にどうぞ!という、二人であったため、まだ、顔を合わせたことがなかったのである。
ちなみにではあるが・・・望愛は、希咲の娘、虎太朗が玲飛の息子であるのは、いうまでもない。
望愛は、健心が
虎太朗は、美子都がひきとって、一緒に暮らしていたのである。
「えっ、望愛・・・まじで行きたいのかよ?」
『えっ、虎太朗・・・本当に行きたいの?』
両家で、同時刻に、こんなやりとりがあったのである。
早速、健心は美子都に電話した。
「なぁ、美子都・・・メール読んだか?」
『健心・・・私も、話があるの!』
「なぁ、」
『ねぇ、』
互いに先に言った者勝ちだと思ったかどうかは知らないが、それは同時だった。
「キャンプ、望愛も行きたいって!」
『キャンプ、虎太朗も行きたいって!」
「まじかぁ・・・」
『ほんとにぃ~・・・』
でも、この二人の良い処は、考え方がとても前向きであるとう点だ。
「いいよな!」
『いいわよね!』
望愛と虎太朗は、ほぼ同時に、別々の家で飛び跳ねて喜んだのだった。
ピンキー (土曜日, 12 3月 2016 07:18)
可夢生から一斉送信されたメールには、すぐさま多くの仲間達から返信があった。
可夢生が選んだ施設は、塩原グリーンビレッジだ。
15人の参加申し込みがあり・・・
キャンプといいつつも、この年齢になると・・・
悩んだ結果、コテージ3棟を借りることを選んだのだった。
女の子棟
進藤萌仁香(シンドウ・モニカ)
景山杏恋(カゲヤマ・アレン)
柴原深音(シバハラ・ミノン)
我妻衿那(ワガツマ・エリナ)
安生沙月(アンジョウ・サツキ)
男の子棟
新城可夢生(シンジョウ・カムイ)
片桐壮健(カタギリ・ソウケン)
広岡有音(ヒロオカ・アルト)
一瀬雄利(イチノセ・ユウリ)
そして・・・
小野寺健心(オノデラ・ケンシン)
朝倉美子都(アサクラ・ミコト)
大槻玲飛(オオツキ・レイト)
奥谷希咲(オクタニ・キサキ)
朝倉虎太朗(アサクラ・コタロウ)
小野寺望愛(オノデラ・ノア)
6人の・・・家族棟に分かれることになった。
5月のゴールデンウイークのキャンプに向けて、仲間達はそれぞれに準備を始めることになった。
ピンキー (土曜日, 12 3月 2016 07:21)
今日、3月12日の花風莉へのお客様
久しぶりに美子都がやってきた。
「お誕生日おめでとう、萌仁香」
『ありがとう、・・・一日早いけど、お誕生日おめでとう、美子都』
と、互いに一日違いの誕生日を祝い合う二人だった。
「萌仁香、相変わらず、忙しそうね・・・体調はどう? 風邪ひいていたようだけど・・・」
『うん、なんとか・・・お花屋さんにとっては、頑張らないとならない時期だから・・・』
「そうねぇ、でも、無理しないでね、萌仁香」
『うん、ありがとう』
『座って! いま、珈琲いれるわね』
「あ、うん、忙しいんだから・・・お構いなく」
『そうだ! 美子都・・・聞いたわよ! おめでとう。健心とうまくやってる?』
「うん・・・うまくっていうか、互いに忙しいし・・・何かあったら電話で話すぐらいよ」
『そうなんだぁ・・・いっそのこと、健心の家に転がり込んじゃえばいいのに?』
「そうも、いかないわよ! 望愛ちゃんもいるし、うちには、虎太朗がいるしね・・・それに、相変わらず健心は健心のままだし・・・」
『そっか、まぁ、なんとなく分かる気がする・・・はい、どうぞ珈琲』
「ありがと~ 萌仁香」
『ねぇねぇ、キャンプ、楽しみよね!』
「うん」
『しかしさぁ・・・家族棟って、可夢生も面白い事考えたわよね』
「そうねぇ・・・はたから見たら、別れた夫婦と別れた夫婦が、子どもと一緒にひとつ屋根の下で・・・って、不思議に思えるだろうね」
『まぁ、それはそうだけど・・・美子都、健心、希咲、玲飛の場合は、全員が親友というか・・・まぁ、でも確かに不思議か』
「今でも普通に会って相談事もしてる面々だし・・・夫婦という枠にとらわれないで・・・う~ん・・・でもやっぱり、はたから見たら不思議かな」
『まぁ。いいじゃん! 仲間達でやる初めてのキャンプなんだから、楽しくやろうよ、ねっ、美子都』
「うん、そうね、萌仁香」
と、二人でティータイムをしているところに、お年をめした白髪のご婦人が店先の階段を、一段一段ゆっくりと上がって、やってきた。
ご婦人は、店に入ってくると、少し曲がった腰を伸ばすようにして、
「こんにちわぁ」と
『いらっしゃいませ。階段・・・大丈夫でしたかぁ』
「はいぃ、なんとか上がってこれましたよぉ・・・ようやく、着いてほっとしましたぁ」
『おひとりで、歩いて来られたんですか?』
「はいぃ~、わたし・・・ひとりです」
美子都が、気をまわし
「あのぉ、どうぞ、お座りいただいて・・・って、私のお店ではないんですけどね」
と、愛嬌をふりまいて、ご婦人に休んでいただこうとした。
すると、その白髪のご婦人は
ピンキー (土曜日, 12 3月 2016 18:38)
「お電話をお借りしたくてねぇ・・・私の足では、半日かかりました、このお店まで」
『あぁ、そうだったのですかぁ、・・・どうぞ、ごゆっくりお使いくださいね』
「ありがたいことですぅ・・・」
『電話は、こちらなんですけど、少し、寒くはないですか?』
「大丈夫ですよぉ・・・お話ができるのなら」
そんなやりとりを聞いて、美子都が、また気をまわし、自分が付けていたストールをはずし、薄手のジャンバーを脱いで
「あのぉ、よかったらこれを使って下さい・・・あと、いま椅子を・・・」
美子都の優しさにふれ、ご婦人は、涙声で
「ありがとうございますぅ・・・」
と、萌仁香に導かれ、電話ボックスの中へ
美子都のジャンバーとストールに身を包んで、美子都が置いてくれた椅子に、ゆっくりと腰をおろした。
「あのぉ、少しお寒いですから、お気をつけて」
と、萌仁香がボックスの扉を閉めた。
中で、白髪のご婦人は、黒電話の受話器をそっと取った。
店に戻った萌仁香と美子都は
「私たちの母親よりも、ずっとご高齢よね、きっと。・・・初めての方なの?」
『うん、そう・・・少し寒いから、心配ね』
「ねぇ、・・・私が見ているから、萌仁香は仕事してて」
『あっ、うん、ありがとう、じゃぁお願いするね』
美子都が、見ている限り、ご婦人の口元は、動いてはいないように見えた。
「誰と、お話ししたいんだろう・・・」
と、徐々に心配だけが増していった。
ピンキー (土曜日, 12 3月 2016 18:40)
美子都の心配も、いよいよピークに達した。
「おばあさん・・・寒い中で・・・」
と、声をこけようと席をたつと、それとほぼ同時にご婦人は、ゆっくりと立ち上がり、そしてボックスから出てきた。
それに気づいた萌仁香は、暖かいお茶をいれて、ご婦人が店に入ってくるのを待った。
すると、そのご婦人は
「ありがとうございましたぁ」
と、丁寧におじぎをして、帰ろうとした。
「あのぉ、お茶をおいれしたので良かったら・・・」
少し驚いた表情を見せて、申し訳なさそうに、ようやく店へとゆっくりな足取りで入ってきた。
美子都が、優しい表情でゆっくりと
『どちらに、お電話されたんですか?』と、尋ねると、ご婦人は涙を浮かべて
「何も、聞こえませんでしたぁ・・・やっぱり、あの人は、もうこの世にはいないんですかねぇ」
『聞こえませんでしたかぁ、それは、お寂しかったですねぇ・・・もし、良かったら、誰とお話しをしたかったのか、聞かせてくれませんか』
「おじいさんです・・・3年前に亡くなった」
『そうですかぁ・・・おばあさんからは、なにか、お話しされなかったんですか』
「待ってましたぁ・・・おじいさんが、なにか私に言いたいことがあるのかなぁと思いましてねぇ・・・」
寂しそうに話すご婦人の涙を、美子都もいただいて
『電話の受話器からは、聞こえなかったかもしれませんけど、きっと、おばあさんのこと、天国から、見守ってくれていますよ』
「ありがとねぇ、おねえちゃん・・・おねえちゃんの、その言葉をきけただけで、今日、こちらまでお邪魔させていただいた甲斐がありましたよぉ」
そんな会話をして、ご婦人は、萌仁香がいれてくれた暖かいお茶を、美味しそうにゆっくりといただいて、そして、帰っていった。
ご婦人を見送った二人は
「おばあさん・・・、寂しそうだったわねぇ」
『うん・・・』
店の角を曲がって、ご婦人が見えなくなるまで見送ったのだった。
ピンキー (日曜日, 13 3月 2016 07:47)
今日の花風莉のお客様は、安生沙月だ。
沙月は、小説を読むことが何よりも好きな女の子だ。
その日も、花風莉にお邪魔して、ただ小説を読んでいた。
「沙月は、本当に小説が好きよね!」
『うん。私の楽しみって、ほんと、小説を読むことぐらい・・・他に無いって言ってもいいかも』
萌仁香は、仕事に追われ、小説を読む時間もない日々を送っていた。
だから、沙月がうらやましく思えた。
小説を読むことで、人はその物語の登場人物たちの体験を、“追体験”することができる。
TVドラマを観ながらでは、なかなか主人公に自分を置き換えることはできない。
だが、小説では、それが容易に可能なのだ。
日本人として生まれたら、途中でフランス人になったりすることは、なかなか困難である。(不可能ではないけれど)
また、昭和や平成に生まれた人間は、明治や大正の人々の生活を体験することはできない。
だが、小説を読むことで、フランス人やロシア人、明治や大正に生まれた人々の生活を、“追体験”することができる。
それは、人にとってとても幸せなことだ。
幸せに感じることとは、人によって様々だ。
宇都宮でボンゴレトマトラーメンを食し、帰り道にコメダ珈琲に寄り道、デザートをいただいたことで、復活した食欲を満たすための焼き肉食べ放題!
それも、その人にとっては、とても幸せな時間であることは、間違いないであろう。(小生には、とても真似できないが)
人の一生には、限りがある。
間違いなく終わりが来る。
一日一日、その時に向かって進んでいるのである。
同じ一生なら、願わくば、多くの様々な体験をしたいと思うのは、至極当然なことだ。
沙月は、その体験を豊かなものにするために、小説を読む。
様々な“追体験”を積んでいくと、「現代の日本で生きる自分」という存在が、非常に限定的なものであることが分かるのだ。
古今東西の“追体験”を積むことで、「明治の頃のフランスで生きる自分」もありうるし、「戦後の日本で生きる自分」もありうる。
結果、自分のなかに、様々な視点をもてるようになるのだ。
なら、その様々な視点が何の役に立つんだ!ということになるのだが、ただ“追体験”をたくさんするだけでは、小説をどんなにたくさん読んでも、あまり意味がない。
たくさんの“追体験”のなかから、「この“追体験”は最高だ!」と思えるような体験を見つけ出し、選ぶことがポイントなのだ。
そのためには、多くの小説を読む必要がある。
そのために、沙月は小説を読むのだ。
『ごめんねぇ、萌仁香は忙しく働いているのに、私だけ、こんなのんびり読書してて・・・』
「いいのよ! お好きなだけ、どうぞ」
ピンキー (日曜日, 13 3月 2016 23:10)
ようやく、萌仁香も仕事が一段落し、沙月のもとにやってきた。
「お休みしよ~っと」
『お疲れ様ぁ、萌仁香』
「ねぇ、そう言えば、お孫ちゃん、大きくなったでしょ!」
『うん! 来月で1歳になるのよ!』
と、孫の話になるとさっきまでの物静かな沙月から一変し、目の色を変えて話に食いついてきた。
『私ね、孫には期待しているのよ!』
「えっ? 孫には期待って?」
『孫は可愛いっていうけど、ホントよねぇ・・・』
『でさ、自分が子育て中には、周りがよく見えずに、無我夢中だったっていうか、失敗の連続だったんだなぁって思えてさ・・・大学も、あまりいい所に行けなかったし、就職だって・・・』
「あ、あぁ~、そうなの?・・・」
『そうよ! もっと勉強しっかりやらせれば良かったのよね』
「え~、そんな言い方したら、息子さん・・・なんか可哀想な感じがしちゃうけど・・・」
『まっ、旦那のDNAを引き継いだんだから、しょうがないって途中で諦めたけどね』
「・・・あぁ、そうなの・・・」
『だからね、孫には、たくさん勉強させるよう、嫁には今から言ってるのよ!』
「・・・・・・」
「ねぇ、沙月・・・」
「沙月の親も、沙月に勉強しろ!って、うるさかったの?」
『えっ? ぜんぜん』
「それで、自分にもっとうるさく勉強しろって、言われていたら・・・もっと違った人生を歩んでいたと思う?」
『思わないわよ! だって、自分のことは自分に決めさせてくれた親だもの』
「それって、とても幸せなことじゃない?」
『・・・そうね』
『はっはぁ・・・萌仁香は、もしかして、孫に勉強を強要させることは間違いよ!って、言いたいのかしら? 萌仁香・・・それもまた、大間違いよ! 今は、私たちのころと違って競争社会なのよ! それに勝っていくには・・・人より努力しなきゃだめだと思うの! 私は』
「いやいや、勉強させることがいけないっていう意味じゃないのよ。う~ん、ちょっと難しい話になっちゃったわね・・・」
萌仁香は、もうそれ以上その話を続けるのをやめたのだった。
ピンキー (日曜日, 13 3月 2016 23:13)
萌仁香は、沙月の言葉を聞いていて、沙月のところの嫁が、沙月に強要されて、結果、教育虐待に陥りやしないかと心配になった。
虐待・・・それは、現実、世の中に起きている大きな社会問題である。
科沼市のような小さな街でさえ、年間150件の虐待の対応に追われている。
虐待は4つに区分される。
身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、そしてネグレクトと呼ばれる育児放棄だ。
虐待の定義に「教育虐待」という“くくり”はないが、この目に見えない虐待も、深刻な問題であろう。
「教育」という名の「虐待」が、子供の人生を狂わせることがあるからだ。
親は、“過去の自分へのダメ出し”から、それを子供に向けようとする。
自分には学歴がなくて苦労したと考える親は、子供になんとしても学歴を授けようとする者が多い。
子供にテストの点数を取るためだけの教育だけに全身全霊を傾けさせる。
子供が望んでいようがいまいが、親の絶対的な力で。
「子供には成功してほしい」と、願わない親はいないであろう。
ただ、それが、行き過ぎたものにならないことを、切に願うものである。
この時の萌仁香は、少しだけほっとした。
「ただ、勉強だけできても、社会にでてからは、駄目なのよね!」
と、笑って萌仁香に、沙月が返してくれたからだ。
『うん、そうね・・・でも、孫が大人になった頃の日本って、どんなふうになっているのかしらね』
「ホンとね」
『ねぇねぇ、そう言えばさ、キャンプ楽しみよね!』
「うん、楽しみ」
『聞いたわよ! 家族棟に6人!』
「うん、どうなることやらね!」
『ねぇ、萌仁香・・・私もいろいろお手伝いしたいから、言ってね!』
「うん、よろしくね、沙月」
ピンキー (月曜日, 14 3月 2016 12:19)
今日の花風莉のお客様は、広岡有音(ヒロオカ・アルト)だ。
「よっ! 萌仁香」
『久しぶりねぇ、有音』
いつもと様子が違って、元気のない有音だった。
『有音、どうかした? 元気ないけど・・・』
「あっ? うん? あぁ・・・ちょっと、嫁と喧嘩してな・・・」
『あらら、そうだったの・・・良かったら、話を聞いてあげるわよ!』
萌仁香は有音の夫婦喧嘩の話を聞いてあげた。
『なるほどねぇ、まぁ、夫婦だからこそ喧嘩するんだろうけど・・・』
『ねぇ、有音、いいこと教えてあげる』
『まぁ、今回は、奥さんが有音に不満をぶつけてきたことで始まった喧嘩だろうけど・・・』
『喧嘩はねぇ、売るものなの! 買うものではないのよ! 奥さんが特売に出した喧嘩を有音がお買い上げしたから・・・だから、喧嘩になったのよ!』
「はぁ?俺のせいかい?」
『そういうことじゃないのよ!これは、お互いに言えることだけど、“ここは相手の地雷だから譲ろう”って、常にどちらかが思っていれば、喧嘩も大事にならずに済むでしょ!』
「まぁなぁ・・・夫婦喧嘩は犬も食わない!って、・・・旨いものじゃないしな!」
『??? 有音・・・あんた、もしかして??? それ意味間違ってるよ!』
「はぁ?」
『夫婦喧嘩は犬も食わない!って、旨いものじゃないからっていう意味じゃないし、夫婦喧嘩はくだらないことだっていう意味でもないよ! 夫婦なら、じきに仲直りするんだから、他人が仲裁に入るのは愚かなことだというたとえよ!』
「 まじか(-_-;) 」
『まぁ、ひとつ年下の奥さんなんだから、大事にしてあげなきゃだめよ!』
「そうだよなっ! 金のわらじを履いてでも探せっていうんだもんな!」
『有音・・・それも間違ってるけど(-_-;)』
『ねぇねぇ、そう言えばさ、キャンプ楽しみよね!』
「おぅ、楽しみだよな! 萌仁香・・・俺もいろいろ手伝うから、言ってくれよ!』
『うん、よろしくね、有音』
「萌仁香・・・最近、忙しそうだな!」
『うん、まぁ、3月は特にかな』
「一斗二升五合だな!」
『そういうのは、知ってるんだ (-_-;) 』
「はぁ? なんか言ったか? おいおい、まさか俺が“一斗二升五合”の意味を知らずに言ってるとでも思ってんのかよ?」
『いやっ、使いどころ間違ってないから・・・大丈夫よ有音』
と、別に説明はいいわよ!と、言ったのに
「いいかぁ、“一斗”とは“五升の倍”だから『御商売』だろう、で、“二升”は“升(マス)が二つ”だから『益々』、“五合”は“一升の半分で半升(はんじょう)”だから『繁盛』
よってだな、「御商売益々繁盛」・・・どうだ!」
萌仁香は、商売人ならだれでも知ってるしと、思いつつも、犬も食わないを挽回しようとしている有音が、なんとなく可愛いくも思えたのだった。
こんな時の萌仁香は、こう言うのである。
『さすがね! 有音!』
と、男の子の扱いを心得ている萌仁香であった。
ピンキー (月曜日, 14 3月 2016 21:40)
今日の花風莉のお客様は、一瀬雄利(イチノセ・ユウリ)だ。
「よっ! 萌仁香」
『久しぶりねぇ、雄利』
いつもと様子が違って、元気のない雄利だった。
『雄利、どうかした? 元気ないけど・・・』
「あっ? うん? あぁ、親の介護疲れかなぁ・・・」
『そっかぁ・・・親の介護が始まって何年になるの? 』
「う~ん、5年かな」
『そっかぁ・・・まぁ、今日は、ゆっくり出来るんでしょ?』
「あぁ、萌仁香の顔をみているだけで、ほっとできる気がするよ!」
『そ、それは、どうも(-_-;) 』
萌仁香のお年頃になると、仲間達の親の介護が、身近な話になってくる。
ひと言で「介護」といっても、介護を受ける親の状態や家庭の事情などによって、苦労も抱える悩みも大きく異なる。
それが、短期か長期か、同居か別居か、一人っ子か兄弟ありか、在宅で終わるか施設に入るか、加えて父と息子、母と娘の違いもあるだろう。
介護をすることで良くも悪くも親と子の関係は濃密になるだろうし、感情をぶつけ合うことも・・・、それによって自己嫌悪に陥ることもあるだろう。
雄利の場合、母親が転倒、そして骨折を繰り返していた。
だが、寝たきりにはならず、なんとか自力で日常生活はできた。
その頃の雄利には、骨折治療の病院通いをする日々で、要介護認定を申請して介護サービスを受けるという発想はなかった。
そもそも、介護保険制度自体、よく分かっていなかったのだ。
そして、3年前に寝たきりとなり、その対処に困ってSOSを出す形で初めて介護の窓口に連絡し、介護が始まった。
最初は、ケアマネージャーがどのような役割をする人なのかということや、どんな介護サービスがあるのかということも知らなかった雄利だった。
「介護サービス」を受けるという発想にならない人は案外多いようだ。
骨折すれば病院に行って治療をする。
治れば元の生活ができる。
そう考えれば要介護認定を受けようとは考えない。
介護は実際に自分の親など身内が、要介護状態にならなければ切実に考えないものだ。
それは、「それまでは考えないようにしよう」と先送りしているのが、一般的な姿勢なのかもしれない。
だから、いざ親などの身内が要介護状態になると、「え、まさか・・・」「ど、どうしよう・・・」と慌てるわけだ。
介護はほとんどの人が素人だ。
だから、その現実に直面すると慌て、右往左往することになる。
そして、そうなった時、介護サービスの利用の仕方をわかりやすく導いてくれる完全なシステムはまだないのだ。
では、そんなことに直面した時には、どうすればいいのだろうか。
ひとつだけ、いい方法を知っているので、伝授しよう。
市役所に勤める者に頼るがいい。
それは、無理を聞いてくれるという意味ではない。
知り合いがいるだけで、窓口にいく不安が減るだろう。
それだけでも、大きな違いだ。
そして、萌仁香は
『大変だけど・・・自分のリフレッシュも忘れずに、頑張って! あっ、そうだ! キャンプ楽しみよね!行けるんでしょ?』
「おぅ、楽しみだよな! 萌仁香・・・俺もいろいろ手伝うから、言ってくれよ!』
『うん、まぁ、親の介護で苦労してるんだから・・・出来る範囲でよろしくね、雄利』
その日の雄利は、萌仁香に話を聞いてもらい、癒しをもらって帰っていったのだった。
ピンキー (月曜日, 14 3月 2016 21:41)
花風莉に、久しぶりのお客様が訪れた。
『健心じゃない、久しぶり~』
「押忍!」
『聞いたわよ! 婚約、おめでとう、健心』
「あっ、う、うん。 まぁ、婚約と言っても、俺達は正式にお付き合いしていますよ! と、みんなに公言したっていうか・・・そんな感じだからな」
『あら、なんか、美子都も同じような言い方していたわ。 それでも、うらやましいわよ! 自分を一番に心配してくれる人が、そばにいるなんてさ』
「・・・そっかな」
「まぁ、世間からみたら、とっても不思議だろうな!二組の夫婦が、それぞれにパートナーを交換するっていうか・・・それに、互いに旦那同士、妻同士が親友同士とくれば、まぁ、普通じゃ考えられないよな」
「まっ、それに約束を交わしただけで・・・うん、あまり、これまでと生活が変わる訳じゃないからな」
『えっ? 一緒に生活しないの?』
「一緒にかぁ・・・まぁ、これまでのように、別々の方が・・・いいかもな! なにせ、みーんな × がついている“夫婦生活の失敗経験者”だからな」
『ふ~ん、面白いの』
『あっ、そう言えば、キャンプに健心の娘さんと美子都の息子さんも行くって、聞いたわよ』
「あぁ、そうなんだよ! お父さんだけずるいじゃん! とか、言われてさ。 きっと、ミーの息子さんも、同じようなこと、言ったんじゃないのかな?」
『ミー? へぇ、健心は美子都のこと、ミーって呼ぶようになったの?』
「あっ、う、・・・うん」
『ずっと、名字でしか、しかも“さん付け”でしか呼べなかったのに・・・変わったわね、健心』
「・・・まぁ」
『でさ、話は戻るけど、娘さん、希咲とは大丈夫なの?』
「大丈夫って?」
『いや、キャンプの時・・・みーーーーーんな一緒になる訳でしょ! なんか気まずくなったりしないの? こっちが、余計な心配しちゃうわよ』
「全然、心配ないさ! だって、娘も母親としょっちゅう一緒に出掛けているし」
『あぁ、そうだったのね! なら、心配ないわね』
「心配と言えば・・・ミーの息子が、うちの娘に一目ぼれとかしちまったら・・・こりゃぁ、困るかもな! だって、一応、兄と妹になる訳だし・・・」
『なるほど・・・でも・・・案外、あるかもよ!』
「ま、まじか (-_-;) 」
ピンキー (月曜日, 14 3月 2016 21:42)
春、3月は、とても特別な時期である。
退職、入社、転勤、異動、お引越し・・・、
周りの環境が大なり小なり移り変わっていく時期だ。
出会いと別れ。
喜び、悲しみ、期待と不安、そして寂しさ・・・と、いろいろな気持ちを胸に、新しい季節を迎える時期なのだ。
よくも悪くもストレスフルな時期だろう。
新しい環境、人間関係、仕事・・・などなど、今までとは違った新しい状況に、なんとか自分を適応させようと、普段以上に頑張ってエネルギーを使う。
知らず知らずの内に頑張りすぎて、人によっては、いわゆる「五月病」や、うつ状態になる人も・・・
どんな人間にも、時間は等しく進む。
そう、神様が決めたからだ。
自分に1分間が与えられ、好きなことをしていいと言われたとしたれ、何をするだろうか。
1分間あれば、いろんな事ができるだろう。
それが、一日ともなれば、1,440回ものチャンスがあるのだ。
こんな、時期であればこそ、仲間達は“時”を大切に使う。
忙しいことを理由とせず、万難を排して互いを支え合おうと努力する。
そして・・・
幸いなことに、日本では、こんな季節の変わり目に合わせてくれるように、美しい花が咲く。
桜だ。
仲間達は、互いに互いのことを思いやり、心配し、あるいは、ストレス発散、仲間達から元気をもらうために、集まるのだ。
そう、花見だ。
ピンキー (月曜日, 14 3月 2016 21:43)
花見の開催は、簡単に決まった。
4月最初の土曜日、万手山公園
いつものように、可夢生からの一斉配信メールにより、告知され、仲間達は、すぐにそれに答える。
そう、待ちわびていたかのように。
「ねぇ、美子都・・・」
『なぁに、萌仁香』
「どうしよう、わたし・・・」
『あっ、萌仁香、もしかしたら、お花見の準備のことを心配しているの?』
「う、うーん」
『それなら、心配には及びません! 私が中心になって、他の女子たちにも手伝ってもらって、準備するから』
「ごめーーーん」
『なんで? だって、萌仁香はお仕事! 私は、その日お休みだもの!当然よ』
「なに、用意するの?」
『えーっとね、まぁ、定番のから揚げでしょ、ポテト、焼きそば、カツサンド、出し巻き卵・・・まぁ、あとは、みんな何か適当に作ってきてくれるでしょ』
「え~、なんかすごーい。男の子たち、大喜びね!」
『大丈夫! 男の子達には、ちゃんとお仕事与えるから!』
「え~、なに?」
『もちろん、飲み物は、男の子達が準備するでしょ、あとは、場所とりよ! 午前中から、行ってもらって、女の子達は・・・そうね、3時ぐらいでいいかしら?』
「え~、でもみんな夜じゃないと行けない人もいるわよ!」
『みんな、来れる時間に集まればいいのよ! 早く来れる人から来て・・・9時まで、灯りついてるからね』
「・・・なるほどね」
ピンキー (火曜日, 15 3月 2016 12:26)
萌仁香は、その日も忙しく仕事をこなしていた。
お客様もひと段落し、少しほっとできた時だった。
『こんにちわぁ』
早春の匂いを身につけたような、本当に“綺麗”という言葉がぴったりな女性が店先に立っていた。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
萌仁香は、心の中で
(綺麗なひと・・・女優の有村架純さんに、そっくりなんだけど・・・)
そう、つぶやいていた。
じっと見ていると、心のいちばん深い部分に小石を投げ込まれたような気になった。
(なんて、綺麗な人なの・・・)
有村架純さん似のその女性は
『こちらで、お花のいろんな教室をやられているとお伺いしたのですが・・・』
「あ、はい」
『想像していた通りのお店です。とても素敵なお店ですね』
「ありがとうございます」
『わたし、ぜひこのお店の生徒さんになりたいと思って・・・あっ、ごめんなさい・・・わたし、御子柴 栞(ミコシバ・シオリ)です』
『53になります』
「あ、店主の進藤萌仁香です・・・(わたしも)・・・」
と、萌仁香は、そのあとに「わたしも53歳です」と言いたかったのだが、心の中では・・・
(おいおい、やめてくれよ!その美しさと若々しさで、53って、なんだよ?まじ、53歳ってことかよ? え?もしかしてウエストのサイズ? いや、ちょっとさすがに53センチはないだろう・・・っていうことは、股下サイズ?それもないわなぁ、っていうことは・・・あっ! 頭の寸法か?)
と、おそらくは、相当すっとんきょんな顔になっていたのであろう。
栞が、
『あのぉ・・・、』
と、声をかけられ、我に返った萌仁香は、慌てて
「栞さん」と笑みを浮かべ
「あ、今日、これからフラワーアレンジメント教室があるんですけど、一人キャンセルがあって・・・もし、良かったら、見学されていかれますか?」
『えっ、ホンとですかぁ・・・嬉しいです、ぜひ、見学させてください』
「どうぞ、奥で休んでください、いま、珈琲いれますね。ちょうど、わたしも少し休もうと思っていたところなんですよ」
と、栞を店の奥に案内した。
萌仁香は、珈琲をいれながらも、栞をチラ見し
「うそ! うそよ!53歳のはずがないわ」
と、ティーカップから珈琲が溢れそうになっていることにも気づかないほど、いまだ、ショックから立ち直れなかった。
「どうぞ」
『あぁ、ありがとうございます・・・う~ん、美味しい~』
テーブルで向かい合わせに座った萌仁香は、おそらくは、まだ、すっとんきょんな顔をしていたのであろう。
栞が気をまわし
『あのぉ・・・』
「あっ、はい?」
ピンキー (木曜日, 17 3月 2016 12:20)
栞は、とても優しそうな笑顔で
『大変、ぶしつけなことを言って、ごめんなさい・・・萌仁香さんは、私と同じか、2、3歳お若い感じにお見受けできるんですけど・・・』
萌仁香は、決定的なことを聞かされたのだ。
(やっぱり、53になったって、頭のサイズじゃなくて、53歳ってことだったのね! しかもなに? あなたより2、3若いですって?????? たいがいにしてよ!!!!!!!)
「あ、実は私も53歳なんです」
『やっぱり~、なんか嬉しいです。私達、同い年なんですね』
「え、あっ、そ、そうですね」
(あなたと二人一緒に並んで、歩きたくはないけど!)
でも、話しているうちに、栞がとても気の優しい女の子であることが分かってきた。
だから、もう途中からは、仲間達と同じように話すようになっていた萌仁香だった。
まだ、かろうじて、互いに“さん付け”で呼び合っていたが。
しばらく、和気藹々に話していると、栞が店の外に目をやり
『萌仁香さん・・・』
「なに? 栞さん」
『あの、電話ボックスは・・・』
「あ~、あれね」
と、そこにボックスが置いてある理由と、使い道を栞に伝えると
『わたし・・・お借りしてもいいですか?』
「え~、どうぞ・・・好きなだけ使って」
栞は、ゆっくりと席を立ち、店を出て、そしてボックスに入った。
・・・だが、栞は、受話器を取ることさえためらっているようだった。
「誰と話したいんだろう・・・」
と、萌仁香が気にしていると、栞は受話器を取ることもなく戻ってきた。
萌仁香が、栞に声をかけようとすると、栞は涙でいっぱいになっていた。
萌仁香は、
「ここに座って、栞さん」
と、そっとハンカチをだし・・・、そして、戸棚から仲間達の集合写真を取り出し、栞の前に置いた。
そして萌仁香は、栞の涙の理由を聞くこともなく
「みて、この写真・・・私の同級生たち」
「すごーくバカな男の子達と、優しい女の子たち」
「美女達と野獣軍団? ・・・違うか!」
と、栞に笑いを誘うように言った。
栞は、写真を手に取り、しばらくの間見て
『・・・見ただけで、どれほどの仲良しか、分かります』
『素敵なお仲間さんたちですね』
と、ようやく、涙はとまったようだった。
萌仁香は、そんな栞に、こう言ったのだ。
「ねぇ、栞さん・・・」
ピンキー (木曜日, 17 3月 2016 12:57)
『えっ?』
栞は、思いもよらない萌仁香の言葉に
『どうして・・・』
萌仁香は、笑顔で
「えっ? だって、同級生でしょ!」
萌仁香は、仲間達の写真を栞にみせ、そして
「私達の仲間に加わってよ!」
と、栞を誘ったのだった。
『だって、今日、初めて会ったばかりの私なのに・・・』
「え~、こう見えてもね、私には人を見る目があるのよ! 栞さん・・・きっと私の仲間達と気が合うわよ! それに・・・」
『それに?・・・』
「・・・美人だもの!」
『はぁ?』
「あのね、うちの男の子たちはね、すごい美人には優しいのよ! ほんと、憎らしいぐらいにね!・・・あぁ・・・ごく、一部に、慣れるまでなかなか口をきかない男の子もいるけど・・・そいつだって、一回なれれば・・・大丈夫!」
栞は、笑って萌仁香の話を聞いていた。
そして萌仁香は
「ねぇえ、栞さん・・・あぁ、めんどくさい! 栞!でいいわよね」
『う、うん、萌仁香さん』
「はい~、やり直し!」
『えっ?』
「もう一回、私の名前を呼んでみて!」
『・・・萌仁香さん』
「はぁ? だめ~! もう一回 栞!」
『も、も、萌仁香・・・よろしくね!』
「はい、それでは、栞にご案内!」
『えっ?なに?』
「4月の最初の土曜日に“お花見”があるから、そこから参加してみたら?」
『えっ?ホンと? 嬉しい~、萌仁香、ねぇホントにいいの?』
「うん! ぜひ!」
「ねぇ、ねぇ、栞~ 一緒に写メ撮ろうよ!」
カシャ!
こうして、栞もお花見に参加することになったのだった。
ピンキー (金曜日, 18 3月 2016 12:28)
仲間達に衝撃が走った。
その、震源地は萌仁香のスマホだった。
グループLINEに萌仁香が
「私達の仲間になった女の子を紹介するね!」
「お花見から、参加するから、仲良くしてねーーー! 同級生の栞で~す!!!」
と、萌仁香と栞が一緒に撮った写メをUPしたからだ。
男の子たちは、一斉に色めきだった。
「あ、あ、あ、有村架純だ!」
だから、男の子たちからの返信は
「おい、まじかよ! なんで、有村架純が?」
『うっそだろう! おいおい、そっくりさんだろう?』
「栞ちゃんって言うんだぁ・・・いやいや、俺は・・・“かぐちゃん”って、呼ぼう!」
『じゃ、俺がもちろん“桃ちゃん”だからな!』
「何言ってんだよ! 俺だ!」
『壮健は、“金ちゃん” んで、有音が“浦ちゃん”だな!』
「いや、俺こそが“桃ちゃん”だ!」
そんな、LINEの書き込みが延々と続いた。
と、それをしばらくは静観していた女の子たちであったが
「いい加減にしろーーーーーーーー!」
とうとう“萌仁香火山”が噴火した。
「すみません」(可夢生)
「ごめんなさい」(健心)
「わりぃ」(玲飛)
「ごーーめんなさーーーい」(有音)
「だって・・・」(壮健)
『だって、なに?!』(萌仁香)
「・・・可愛いんだもん!」(壮健)
『・・・確かに!』(萌仁香)
そして、そんなやりとりの最後に
『みなさん、よろしくお願いします。栞です』
『グループLINEにも、参加させてもらいました』
当然、男の子たちが、ほぼ一斉に返信してきて、延々と自己アピールが始まったのは言うまでもない。
そして、“萌仁香火山”は、二度目の大噴火をしたのだった。
ピンキー (金曜日, 18 3月 2016 17:41)
彼岸の入りの日
花風莉に、今日も、栞がやってきた。
『こんにちは』
ここのところ、頻繁に花風莉にやってくる栞だった。
いろんな教室の生徒として、他の生徒さんとも、すぐに馴染んで
その場にいるだけで、周りの誰もを癒してくれる存在に。
控えめで男性をたて、それでも、明るく朗らかで、とても女性らしい栞だった。
「座って・・・いま、珈琲いれるね」
と、いつものように店の奥へと誘うと、その日の栞は少し、いつもと様子が違った。
『あっ、いやっ、今日は、お花をいただきに・・・』
「あら、そうなの? で、お花はどんな?」
『・・・・・・』
「栞? お花は、どんな?」
『・・・えっ? あっ、お花を・・・』
「はぁ?」
と、話がかみ合わない栞
萌仁香は、栞がいつもと様子が違うことが気になって
「栞・・・なにかあったの? ねぇ、栞・・・時間はあるんでしょ? まぁ、座って・・・いま、珈琲いれるから」
と、ようやく、店の奥へと入る栞
萌仁香は、珈琲を入れながら
「ねぇ、栞・・・今日から彼岸の入りだから・・・お墓参りのお花かな?」
と、声をかけたが、栞からの返事はなかった。
あらためて、栞に目をやると、庭先にある電話ボックスを見つめる栞がいた。
「栞・・・」
萌仁香は、そっと珈琲をおき
「ねぇ・・・栞」
『あっ、うん? なぁに 萌仁香・・・』
「電話ボックスが気になるの?」
『えっ? いやっ、・・・』
と、あわてて『いただきます・・・う~ん、美味しい』
と、珈琲をいただいて、平静を装おう栞
萌仁香は、栞の前に座って
「こないださ、電話ボックスに入って、・・・でも、受話器を持つことも出来なかったでしょ・・・その栞の姿が、ずっと気になっていたんだ」
『えっ?』
栞は、ちょっと驚いた様子をみせ、そして、左手の薬指にはめてある指輪を右手で覆った。
「栞・・・私に聞いてあげられることがあるなら・・・良かったら話してみて」
栞は、すこしためらった表情をしたが
『萌仁香ぁ・・・わたし・・・』
そう言って、店の外の電話ボックスに目をやり
『わたし・・・ずっと待ち続けている人がいるの』
「えっ?待ち続けている人?」
『うん・・・』
栞は、そう言って、ひとしずくの涙を流した。
ピンキー (金曜日, 18 3月 2016 17:44)
栞の話に、萌仁香は、涙なしには聞くことが出来なかった。
それは・・・
栞の夫、神宮寺 理(ジングウジ・オサム)は、7年前に失踪し、ずっと行方不明であった。
栞の両親が、もう80歳を迎え、栞の将来のことを心配することから、栞に、理の失踪宣告の手続きを進めるよう、命じたのだ。
理を忘れることが出来ない栞は、当然、それを拒んだが、厳格な父親に押し切られ、失踪宣告の手続きをとらされたのであった。
失踪宣告とは・・・
所在不明な者につき、その生死が7年間明らかでないときは、家庭裁判所に申立てすることにより、失踪宣告をすることができる制度のことだ。
それは、生死不明の者に対して、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度である。
栞の夫、神宮寺 理は、正式に失踪宣告の手続きが済み、結果、その妻であった神宮寺 栞は、夫、理の死亡により、独身となり、旧姓の御子柴 栞に戻ったのである。
栞の父親は、再婚を考えるよう栞に命じていたのである。
しかも、失踪宣告となったことで、栞に気持ちの整理をつけさせるため、この彼岸に、墓参りをすることも命じていたのであった。
だが・・・
栞は、当然、気持ちの整理など出来ていなかった。
お墓参りなど、栞にとっては、あり得ない話なのである。
それでも・・・高齢となった両親を安心させたい気持ちもあり、栞の心は揺れていた。
「理さん・・・」
ピンキー (土曜日, 19 3月 2016 18:31)
萌仁香は、栞の手をとって、
「栞・・・ごめんね、辛いこと話させちゃって」
『萌仁香・・・いいのよ、ありがとう聞いてくれて』
萌仁香は、栞の左手薬指にはめてある指輪に、そっと触れ
「ねぇ、栞・・・あなたは最初に言ったわよね・・・わたし、待ち続けている人がいるのって」
『・・・うん』
「そしたらさ、栞・・・」
萌仁香は、庭先の電話ボックスにそっと目をやり
「思い切って電話してごらんよ・・・栞」
『えっ? だって、理さんは・・・』
「栞、あなた言ったじゃない!あなたは信じているんでしょ! ご主人は生きているって。だからさ、栞が思っていること、全部、言葉にしなさいよ!」
『・・・でも』
「ねぇ、栞・・・勇気を出して、全部思っていることを言葉にするの! あなたに、ご主人の声が聞こえるか・・・聞こえないかは、分からないわ! それでも逃げないで」
「栞は、自信をもって言えるんでしょ? ご主人に愛されていたって」
「それに・・・ご主人は、あなたに別れの言葉を言ったの?」
『・・・わたし・・・あの人に愛されていた、自信をもって、そう言えるわ・・・それに・・・あの人、私に別れの言葉なんか、言ってないもの・・・』
「なら、逃げないで! さぁ、栞」
栞は、萌仁香のその言葉で、ゆっくりと立ち上がり、電話ボックスに向かった。
歩きだし、店の外に出たところで
『ねぇ、萌仁香』
「うん?」
『一緒に来て!』
「一緒に?」
『そう、私の言葉を聞いた証人になって!』
「・・・うん、分かった・・・行こう、栞」
ピンキー (土曜日, 19 3月 2016 18:33)
二人で電話ボックスの前まで行った。
ボックスの扉に手を伸ばした栞だったが・・・
『・・・やっぱり、わたし・・・』
と、入ることを躊躇し、その場を動こうとはしなくなってしまった。
そんな栞に萌仁香は、優しく
「ねぇ、栞・・・人はね、逃げることを一度覚えると、たたかうことが怖くなるのよ」
「あなたは、いま、どこにも行けずに、ただ、立ち止まっているだけよ・・・そう、いま、そこで立ち止まっているようにね・・・」
『萌仁香・・・』
萌仁香は、栞に向かって優しく微笑んだ。「大丈夫よ」と
栞は、萌仁香の笑顔に背中を押され、ボックスに入った。
ゆっくりと、受話器に手を伸ばし
そして、受話器を持った。
『もしもし・・・あなた・・・私、栞です・・・』
栞の本当の気持ちを全て聞いた萌仁香は、ボックスの外で泣き崩れていた。
受話器を置いて、栞がボックスから出てきた。
萌仁香は、両手を広げて栞を胸の中に呼び込み、そして抱きしめた。
「おかえり・・・栞」
『ありがとう・・・萌仁香。わたし・・・』
「いいのよ、何も言わなくて。 戻ろう」
二人は、店の中に戻って椅子に座った。
すると、栞は持っていた鞄から、一枚の写真を撮りだし、萌仁香の前に
『・・・理さんです』と
その写真を見た萌仁香は、愕然とした。
「えっ?」
驚きのあまり、それ以上の声を失ってしまったのである。
その驚いた様子をみて栞は
『萌仁香・・・どうかしたの?』と
「ねっ、栞のご主人・・・」
ピンキー (土曜日, 19 3月 2016 18:38)
萌仁香は・・・、
「いや、・・・あまりにも素敵な人で、驚き~」
と、本当の言葉を飲み込んで、その場をやり過ごしてしまったのである。
萌仁香は、
「コ、珈琲、冷めちゃったわよね、入れ替えてくるね」
と、栞の前を急いで離れた。
珈琲をいれながら
「驚いたぁ・・・あそこまで似てるなんて・・・本人かと思うぐらいに似ていたわ」
と、ひとつ大きく呼吸して、珈琲を持って栞のところに戻った。
二人で一緒に珈琲を飲みながら、萌仁香は悩んでいた。
「どうしよう・・・」
その萌仁香の表情を察したからではないのだろうが
栞は、電話ボックスに目をやり、曲を口ずさみ始めた。
ビルが見える教室で ふたりは机並べて 同じ月日を過ごした・・・
すこしの英語と バスケット、そして 私はあなたと恋を覚えた・・・
卒業しても私を子供扱いしたよね・・・
「遠くへ行くなよ」と・・・
そこで、栞は涙で歌うことが出来なくなってしまった。
「栞・・・」
ピンキー (土曜日, 19 3月 2016 18:41)
「会いたいよね・・・栞」
『・・・うん、逢いたい、・・・あの人に』
萌仁香は、立ちあがり、カウンターに立って
「栞・・・ごめんね、わたし・・・、あなたにお花を売ってあげられないよ」
『えっ?』
「今日、わたしのところに来たのは、お花を買いに来たんでしょ?」
『・・・うん』
「わたし、栞の想いを聞いた証人として・・・あなたの今の気持ちのまま、お墓参りになんか、行かせるわけいかないから」
『でも、・・・わたし、父親の言葉に従って・・・』
「栞・・・私にはね、難しい法律のこととかは、よく分からないわ! でも、これだけは、分かるの・・・栞は、今でもご主人を愛していて、そして・・・これからもずっと帰ってくることを待ち続けるんだっていうことを」
『萌仁香・・・』
ピンキー (土曜日, 19 3月 2016 19:06)
栞は、帰っていった。
萌仁香は、店先まで栞を見送って
「しかし、驚いたわぁ・・・栞のご主人・・・」
萌仁香は、仲間達の写真が置いてある戸棚を開けて、前に栞に見せた写真を取り出した。
「そっかぁ・・・この写真には写っていないのね! あいつは、カメラマンだった訳か」
と、このあいだ、どうして栞が騒ぎ出さなかったのかの理由を見つけたのだった。
「・・・あっ! お花見・・・来るのよね、あいつ!」
「どうしよう・・・」
「突然に目の前に現れたら、栞は・・・」
「どうしよう・・・」
≪はい、みなさん! 萌仁香だよ! 久しぶりの登場!≫
≪この時の私はね、栞のご主人、理がね、私の仲間の一人に、そっくりだということを、栞にも、もちろん、その似ている本人にも伝えられずに、一人で悩んでいた訳よ≫
≪世の中には自分に似た他人が三人いると言われているでしょ! 栞のご主人・・・うん、本当にそっくりなの! もし、私の彼のそっくりさんがいて、街で他の女性と一緒に歩いているところなんか見かけたら・・・って、想像しただけで、恐ろしいわ≫
≪それでね・・・私には、悪気はなかったのよ・・・だって、お花見で、あんなことが起きるなんて、考えもしなかったんだもの・・・≫
≪だから、読者の皆さん・・・この先、“あの時に萌仁香が伝えてさえいれば”なんて、間違っても思わないでね!≫
≪・・・えっ? そう言われたら、やっぱり萌仁香が悪いじゃん!って?≫
≪分かった! じゃぁ、お花見の事件の話は、話さないから!≫
≪勝手に想像しといてね! とにかく、大変なことになっちゃったっていうことだけ、教えておくから!≫
≪・・・となると、キャンプの話も出来ないじゃん・・・ごめん≫
≪ということで、次話は、2年後の話から再開します≫
≪どうしても知りたい人は・・・アドレス“多摩象・どっと混む”へ≫
≪異論がなければ!・・・だけどね≫
ピンキー (水曜日, 23 3月 2016 12:48)
異論がないようなので・・・2年後に話を進めます。ちょっと、残念ですが(T_T)
花風莉がオープンして5年が経ち、萌仁香は55歳になった。
教室の生徒さんたちも国際的になり、萌仁香も対応に苦労していた。
「グッド・ディスプレイ! エミー」
「フラワー・カット・ショート・ショート・・・ルシア!」
『モニカ・オハナ・キレイ・イロ・タクサン?』
「ノー・グッド・カラー・使い過ぎ」
『ラー・ツー・カイスギ?』
「・・・・・」
と、なかなか、言葉の壁を乗り越えるには苦労も絶えなかったが、萌仁香は、お花を通して、たくさんの仲間達を増やしていった。
ピンキー (水曜日, 23 3月 2016 22:50)
≪タ、タ、タイム~≫
≪萌仁香のところに“異論”が届いたのよ・・・それも、たくさん≫
≪いまさら?・・・もう、2年後の話に進んだわよ!って、言ったんだけど・・・≫
≪ダメなんだって!お花見やキャンプでどんなことが起きたのか、話して頂戴!って≫
≪ということで、もう気持ちが2年後に飛んでしまった読者の方には申し訳ないけど・・・また、2年前に、そう、萌仁香が53歳の春の話に戻るね≫
≪くれぐれも、私が、誰かに相談していれば、そんなことにならなかったのに!って、思わないでね!≫
≪ということで、また、しばらく萌仁香は、登場しなくなるので、おあとはよろしく!≫
お花見も、来週となったある日
花風莉に杏恋と深音がやってきた。
『萌仁香ぁ、お花見の相談しよっ!』
「うん! 座って、いま、珈琲いれるね」
『萌仁香、そういえばさ、栞さんだっけ? LINEの写真、見せてもらったけど、すごく綺麗な人ね!』
「あっ、うん! すごいね、気持ちの優しい女の子でね、直ぐに仲良くなれるはずよ!」
『そうなんだぁ、楽しみぃ~』
『あっ、でさ、お花見のお料理・・・どうしよう?』
『男の子達が喜ぶ料理をたくさん作ってあげたいわよね!』
『男の子達を驚かせてあげるからね! 私たちの女子力を見せつけてあげるの!』
「う、うん、そうね・・・でも、わたし・・・」
『あぁ、萌仁香は、お仕事頑張って! 私たちに任せてよ! いつもこうして美味しい珈琲いただいているんだもの』
『お花見は、萌仁香も普段のご褒美だと思って、手ぶらで参加するんだからね!』
「・・・ありがとう、杏恋・・・深音」
三人は、珈琲を飲みながら、お花見の話を続けた。
『ねぇ、そう言えばさ、美子都・・・お花見、来れないんだって?』
「あぁ、う~ん、なんか用事が出来ちゃったみたいでさ・・・でも、その用事が終わったら、後から来れるかもって・・・でも、なんか難しそうなことも言ってたけど・・・」
『そっかぁ・・・残念』
『仕方ないわよ、私と深音で頑張るわよね! 深音』
『うん! かしこまり~!』
『じゃぁ、料理のメニューは、私たちのお任せでいいわね!』
「はい!よろしくお願いします、杏恋様、深音様」
「あなた達の女子力に期待してま~す!」
「私は、栞と一緒に、途中から参加させていただきますので!」
この時の萌仁香は、料理のメニューの話題に気を取られ、栞のご主人の件について、杏恋と深音に相談しはぐってしまったのだった。
「大丈夫ね! また、きっとそのうち、相談できる誰か来てくれるでしょ!」
と、あまり気にせずに、その日を終えたのだった。
ピンキー (水曜日, 23 3月 2016 22:51)
萌仁香の計算は、狂った。
お花見の前日まで、誰も仲間達が花風莉にやってくることは、なかったのだ。
それも、やむを得ないだろう。
異動や、転勤などなど・・・この3月末は、特別にいろんな用事が増える時期なのだから。
萌仁香も3月という忙しい時期を過ごしていたため、結局は、栞のご主人の件については、誰に相談することもなく、当日を迎えることになってしまったのである。
お花見の当日、萌仁香はいつものように、忙しくしていた。
気が付くと、もう午後5時になっていた。
「あれっ? 栞とは、ここで待ち合わせなんだけどなぁ・・・」
と、思ったときに丁度、栞がやってきた。
『萌仁香ぁ、遅くなっちゃった、ごめんなさい』
「栞、いらっしゃい。いま、片付けしちゃうから、少しだけ待ってて」
『うん』
萌仁香は、ちゃっちゃと片付けを済ませ、
「さぁ行こう! きっと、みんな驚くわよ~」
『え~、何に驚くの?』
「決まってるじゃない! 栞の美しさに!」
『も~う、萌仁香ったら! 私、行きづらくなっちゃうでしょ』
「うそよ! みんな、最高の仲間達だから、安心して私についてきて!」
『うん、萌仁香』
そう言って、二人は万手山公園に向かった。
もう、その頃には、仲間達が集まってお花見は盛大に開かれていた。
参加者を、時計回りに言うと
景山杏恋、奥谷希咲、大槻玲飛、小野寺健心、我妻衿那、新城可夢生、柴原深音、片桐壮健、広岡有音、安生沙月、一瀬雄利の11人
何気に、男の子の隣には女の子が座って、円を作って盛り上がっていた。
「おい、玲飛! いつになったら希咲と籍を入れるんだい?」
『って、元旦那に悪いんかい?そういう話は・・・健心よ!』
「いや、めでたいことだよ! 玲飛は気にしてないもんな?」
と、健心の言葉に玲飛は
「あぁ、そういう健心だって、早く美子都と結婚しろよ!」
『いやぁ、でもほんと、不思議な人達よね! 普通、あり得ないでしょ! お互いに親友同士で、その元お相手と、それぞれに結ばれるなんてこと』
「・・・何が普通かは、分かんないけど・・・」
『まぁ、いずれにしても、こうして昔からの仲間が集まって、楽しく花見が出来てるんだから、いいじゃん!』
「それもそうだな! じゃぁさ、もう一回カンパイしようぜ!」
『そうね! 玲飛と希咲、あと美子都はいないけど健心にカンパイ!』
「カンパ~イ!!!」
ピンキー (水曜日, 23 3月 2016 22:53)
花風莉から万手山公園は、歩いて10分ぐらいのところにある。
萌仁香は、歩きながら
「どうしよう・・・」と悩んだが
「いいか! あまりにも似ていることに、栞も、きっと笑っちゃうわよね」
と、これから数分後におきる場面を、そんなふうに想像していたのだった。
『ねぇ、萌仁香・・・』
「うん?なぁに、栞」
『わたし、緊張してきちゃった』
「大丈夫よ! ほんと、最初だけ。私の仲間達だもの・・・って、栞・・・きっとね、あなたの奪い合いになるから、気を付けてね」
『奪い合い?』
「そう! あなたの周りに男の子たちが、集まってくるはずだから!」
『きゃぁ~、恐ろしい・・・』
「フフッ、大丈夫よ! 人畜無害な奴ばかりだから」
『そうなの?』
二人は、明るくそんな会話をして歩いていた。
「あっ、いた! あそこよ!栞」
『もう、すっかり盛り上がってるみたいね』
「そうね、・・・さぁ、行くわよ!」
そして、二人は仲間達に合流したのだ。
「じゃーん! 萌仁香様の御出座し~」
「そして、隣にいるのが栞です! 仲良くしてあげてね!」
『みなさん、初めまして。御子柴栞です』
と、深々とおじぎをして、仲間達ひとりひとりに視線を送った。
と、その時だった。
『えっ?』
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016 06:40)
栞は、健心と目を合わせた瞬間に
『お、理・・・』
萌仁香が、「栞のご主人にそっくりでしょ!」と、説明する時間も与えられないまま
栞は、健心の胸に飛び込んでしまったのである。
『理・・・理・・・どこに行ってたの? ねぇ、理』
仲間達は、何が起きたのかも分からず、ただ、その様子を見守った。
一番驚いたのは、もちろん健心だ。
「あ、あのぉ・・・」
と、ここが、健心の最大の欠点だった。
栞を払いのけ「誰と間違ってるんだい?」
と、言うのが普通であろうが、とにかく、健心はこういう場面には、めっぽう弱い男なのである。
健心に抱きついて、ただ泣きじゃくる栞をみて、仲間達の全員が、健心と栞が知り合いだったんだと思い込むのも無理はない、そんな状況だった。
と、その時だった。
『健心・・・何してるの?』
美子都が、立っていた。
こんな時の友達というのは、変にその場を取り繕うとしてしまうものだ。
「えっ?」
「み、美子都・・・来れたんだ」
「美子都、これには事情があってね!」
と、逆に変な言い訳を仲間達がしてくれたものだから、
「私は、健心に聞いているの! 栞さんでしょ?・・・健心は栞さんとそういう間柄だった訳ね! 健心、答えなさいよ!」
「あっ、いやっ、・・・なんていうか、そのぉ・・・」
と、健心のそんな中途半端な態度を見て美子都は、走り去ってしまったのである。
「美子都ーーーーー! 待ってーーー!!!」
萌仁香の叫び声も、美子都には届かなかった。
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016 12:21)
「おい、萌仁香・・・どういう事なのか説明してくれよ!」
萌仁香は、美子都を追いたかったが、この場は、栞をなんとかしなければと考えた。
そっと、栞の肩に手を置き
「栞」
「栞・・・」と
その時の栞は、愛する理、7年間待ち続けた理が帰ってきてくれたと信じて疑うことはなかったのである。
萌仁香の声も届かず、栞は健心から離れようとはしなかった。
やむを得ず萌仁香は、栞に
「栞・・・その人は、あなたのご主人ではないのよ!」
「ねぇ、栞・・・」
萌仁香の言葉で、健心も仲間達も事情を察したのだが・・・
一人だけ、それを信じなかった者がいた。
そう、栞だ。
「萌仁香・・・あなた、何言ってるの? 私の理だよ! えっ? もしかしたら、あなた達は、私を苦しめようとしているの?どういうこと? 理なのに・・・」
そう言って、栞は萌仁香をにらんだのである。
「おい、健心・・・お前がちゃんと栞さんに言ってあげろよ!」
「あっ、う、うん・・・栞さん・・・俺は健心です・・・」
『何言ってるの、理! あなたは、7年間も私の前から姿を消していて、ようやく戻ってきてくれたのよ! 理』
と、健心の言葉でさえ、聞き入れようとはしなかったのだった。
壮健が
「萌仁香・・・お前、知っていたのか? 栞さんのご主人と健心が、そっくりだっていうことを」
萌仁香は、黙ってうなずいた。
「萌仁香が、栞さんに、ちゃんと説明しておけば、こんなことにならなかったんじゃねーのかよ!」
と、壮健の言葉に、萌仁香は返す言葉がみつからなかった。
この場を、どう対処したらいいものか、誰も分からずに、ただ、泣きじゃくる栞を見つめる仲間達であった。
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016 22:59)
愛情や、親しい友との友愛は、裏切られたという想いによって、大きく逆転してしまうことがある。
そう、深い憎しみに変わってしまうのだ。
この時の栞がそうだった。
仲間達の誰もが分かっていたが、この時の栞は、冷静な判断をする能力を奪われていたのである。
それもそうかもしれない。
7年間、待ち続けた人が、突然目の前に現れたのだから。
少しだけ落ち着きを取り戻した栞は
『理・・・いなくなった理由は聞かないわ! だから、ちゃんと言って、あなたは理なのよね!』
健心は、ゆっくりと首を横にふって
「俺・・・健心です。それだけは信じてください」
と、やさしく栞に返したのである。
それなのに・・・
栞は、『そう』と笑って
『あなたは、私を苦しめるために戻ってきたのね・・・分かったわ! ・・・じゃぁ、あなたを後悔させてあげる!』
栞はそう言って、立ち上がり、
『一生、悔やんで生きていくがいいわ! 私がこの世からいなくなったことをね』
と
そして、今度は萌仁香に向かって
『善人ぶっていたけど、とんでもない人だったのね! あなたも、地獄に落ちるがいいわ!』
この時の栞は・・・
きっと、頭の中では、分かっていたのだろう。
・・・理ではなく、健心であるということを
それでも、それを認めたくない想いが、栞から冷静さと一緒に優しさをも奪ってしまっていた。
栞は、“愛情と友愛”を“憎しみ”に変えることでしか、その場をやり過ごすことができない、そんな精神状態であったのだ。
栞は、そう言い残し、仲間達の制止を振り切り、帰ろうと振り向いた。
と、その時だった。栞の振り向いた先に、一人の女の子が立っていた。
「栞さん!」
ビシャ!
と、ほほをひっぱたいたのである。
それは・・・
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016 23:00)
美子都だった。
『いい加減に目を覚ましなさいよ!栞さん』
美子都は涙をいっぱいにため、ためらうことなく栞をたたいたのだった。
栞が健心に抱きつき、健心も曖昧な返答をしたことで、とっさにその場を立ち去った美子都だったが、直ぐに我にかえり、万手山公園の入り口で立ち止まっていたのだった。
その美子都を心配して、元旦那の玲飛が追いかけてきていたのだ。
「美子都・・・お前、健心のことを信じてやれないのかよ!」
『だって・・・』
「おい、美子都・・・俺は健心の親友として、それはとても悲しいことだぞ! いいから、戻って来い! そして、いま、健心が苦しんでいるのを救ってやれよ!」
『えっ? 苦しんでる?』
「あぁ、そうだ。苦しんでるよ! あいつの優しさは、お前が一番知っているんじゃないのかよ」
『・・・わかんないもん』
「馬鹿か、お前は! いいから、戻って来い!」
そう言って、玲飛が美子都を連れ戻していたのだった。
そして途中からではあるが、健心の言葉と、萌仁香に対する栞の言葉で、無意識のまま栞をたたいてしまったのだった。
ただ・・・
この、美子都のとった行動が、栞の精神状態をさらに悪化させることになってしまおうとは、この時の仲間達には、誰も分からないことであったのだった。
栞は、その場で意識を失い、倒れてしまった。
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016)
栞は、意識を取り戻すことはなかった。
医学的なことに、少し明るい薬剤師の希咲が
「ちょっと、まずいかも・・・」
『えっ?』
「とにかく、救急車の手配をした方がいいわ」
救急車が来るまでに、萌仁香は栞から聞いた全てのことを打ち明けた。
それを聞かされた希咲が、仲間達に説明したのは
栞は、夫・理に対する深い愛情と、自分が失踪宣告の手続きをしたことに対する自戒の思いと、そこに突然、健心が現れて
全て救われたところから、全てを否定され、突き落とされ・・・、自分で自分の感情をコントロールすることが出来なくなってしまった。
要は、精神疾患に陥ってしまったのだろうというのである。
さらに、仲間達は、聞き慣れない言葉を希咲から聞かされた。
「おそらく・・・措置入院になるはずよ!」
『措置入院?』
「えぇ、そうよ」
『どういうことなの? 希咲』
「うん、措置入院ってね・・・、入院させなければ自傷他害のおそれがある時に、精神保健福祉法で、県知事の権限と責任において強制入院させるのが措置入院と言うの。要は、栞さんが望むか望まないかには関係なく入院させられるっていうことなの」
仲間達は、希咲の説明で事の重大さにようやく気付いた。
ただ、希咲の言葉は、それだけでは済まなかった。
仲間達をさらに追い込む、言葉が・・・
「傷害罪で訴えられることになるかもしれないわ・・・」
ピンキー (木曜日, 24 3月 2016 23:07)
“傷害罪”というその言葉に、一番反応したのは、もちろん、栞をたたいてしまった美子都だ。
『わたし・・・栞さんに目を覚ましてもらいたい一心で・・・』
と、栞の隣で泣き崩れていた。
だが、壮健に
「栞さんに、ちゃんと説明しておけば、こんなことにならなかったんじゃねーのかよ!」
と、言われた萌仁香は、美子都以上に罪の意識にさいなまれていた。
『私が、ちゃんと栞に言っておいてあげれば、こんなことには・・・』
と、栞にかける言葉すら出せないで、抜け殻のようにたたずんでいた。
ところが・・・、
美子都と萌仁香以上に、深く傷ついていたのは健心であった。
「俺が、ちゃんと最初に栞さんを支えてあげられていたら・・・」
と、救急車がくるまで、栞のそばを離れず、ずっと声をかけ続け、健心自身、今にも倒れてしまいそうな表情だった。
救急隊が到着し、隊員には希咲が、全ての成行きを説明した。
当然、救急隊は事件性を疑い、警察に連絡
「警察の事情聴取がありますので、全員、ここに残ってください」と
救急車には、希咲が同乗し病院へと運ばれていった。
万手山公園でお花見を楽しんでいた者全てが、仲間達の動向を見つめていた。
お花見は、救急隊と警察がくるとなったことで、ほとんどの者がお開きを余儀なくされたのだった。
仲間達のお花見会場だけが、万手山公園に広げられたままだった。
ピンキー (金曜日, 25 3月 2016 12:35)
仲間達の誰もが口を開くことはなかった。
ブルーシートに座ったまま警察の到着を待った。
1時間ほど経って、ようやく刑事3人が、仲間達の前に現れた。
現場を確認し、そして、ひとり一人の事情聴取が始まった。
予想はついていたが、美子都、萌仁香、健心の3人とも
「私が悪い、自分が悪い」と主張した。
もう、栞が救急車で運ばれてから3時間近くが経っていた頃
一人の刑事の携帯がなった。
「はい、 はい、 分かりました」
その刑事は、他の二人の刑事に電話の内容を伝え、そしてそのことは仲間達にも伝えられた。
「御子柴 栞さん、無事に意識を取り戻したようです。ただ、精神的に不安定な状態なので、少し入院するということです」
仲間達は、その言葉にまずは一安心した。
と、そこに高齢の男性が現れた。
それは、栞の父親だった。
おそらくは、病院で希咲から事情を聞きだしたのであろう。
仲間達のもとへ、現れたのである。
「君たちだね! 栞を大変なめにあわせてくれたのは!」
「いいかね、私は君たちを絶対に許さん! 全員、訴えて、娘をこんな状態にした責任を追及させてもらうから、覚悟しておけ!」
と、すごい剣幕でまくしたてたのである。
仲間達は、誰一人としてその言葉に反論する者はいなかった。
と、その時だった。
ピンキー (金曜日, 25 3月 2016 20:25)
3人の刑事のうち、一番偉そうで、しかも強面の刑事が、栞の父親に向かってこう言ったのである。
「お父さん・・・この中に、栞さんの幸せを願っていない人が、一人でもいると思いますか?」
『はぁ? 刑事さん、娘はたたかれて精神を病んだんだ! きっと、娘を憎んでいる奴がこの中にいるはずなんだ!これは、列記とした傷害罪だ! なぁ、刑事さんよ』
「お父さん・・・それは、どやら違うようですよ! いま、全員から事情を聞きましたが・・・ここにいる全員が、栞さんを本当に心配していて、仲間に加わってもらい、そして、仲良くやっていこうとしていた矢先の出来事のようですよ」
『そんなのは、私には関係ないことだ! 娘が病んだのは事実なんだからな!』
「お父さん、ひとつお尋ねしますが・・・栞さんは、ご主人の失踪宣告を望んでいたと思っていますか?」
『はぁ? 望んでいようが、いまいが、そんなのは私には関係ないんだ! 娘の幸せのためにしたことだからな!』
「栞さんは、自責の念に駆られていたんだと思いますよ。 相当、辛かったんでしょうね・・・この人たちに、涙ながらに後悔していることを、そして、これからもご主人を待ち続けると言っていたようです。そして、ここにいる人達は、それをずっと支えようとしていたようですよ」
『・・・そ、そ、そんなの信じられん!』
「お父さん・・・いま、何を考えるのが一番なのでしょうかねぇ・・・娘さんが一日も早く元気になってくれることじゃないんでしょうか」
「まずは、そこを考えてやってください。警察としては、事件性は全くないものと判断させていただきますから」
そして、その刑事は、美子都、萌仁香、健心の3人がいる方を向き
「お父さん・・・あそこで、うつむいている3人を見てください」
「あの3人は、3人とも、自分の責任だと私に言いました」
「そして、その後、こうも言っていましたよ・・・栞さんを救ってあげたいと」
「あの人たちは、きっと逃げも隠れもしないことでしょう。そして、娘さんのために、一生懸命に力を貸してくれるはずです」
「まぁ、お父さん・・・お父さんのお気持ちも理解できますが、まずは、娘さんの回復を願って・・・それからでも遅くはないでしょう! 責任がどうのこうのっていうのは」
刑事は、そう栞の父親に説明し、そして仲間達の方を向いて
「君たち・・・どうか、栞さんが一日も早く元気になるよう、ずっと支え続けてやってくれ! きっと、君たちなら出来るはずだ」
そう言って、刑事3人は帰っていった。
残された仲間達は、全員が父親の前に行き
「栞さんのことを支えさせてください。お願いします」
と、深々と頭を下げた。
それを見た栞の父親は
『・・・勝手にするがいい!』
そう言い捨てて、帰っていったのだった。
ピンキー (金曜日, 25 3月 2016 20:39)
美子都、萌仁香、そして健心は、入院中の栞を毎日のように見舞った。
だが、栞には決して合わせてはもらえなかった。
それは、医師の判断によるもので、まだ、現実と空想の世界が、はっきりと判断がつかない状態が続いているということからだった。
それでも、健心は、一日たりとも欠かさず病院に行って、栞の様子を聞いていた。
「小野寺さん・・・毎日、おこしいただいても・・・」
と、看護婦が気の毒がるほどだった。
そんな健心は、担当医から状況を聞きたいと看護師に懇願した。
そのことは、担当医に伝えられ、担当医も栞の治療に何か役立てばと、健心の申し入れを受けたのである。
『君だね、健心君・・・栞さんのご主人とそっくりだという人は』
「はい・・・」
『これをご覧なさい』
と、医師は一枚の写真を健心に差し出した。
その写真を見て、健心は、言葉が出なかった。
その写真とは、医師が栞本人から預かっている理の写真だった。
『どうかね?』
「・・・私も間違えるかもしれません・・・自分の写真だと」
『そうだなぁ・・・栞さんが信じて疑わなかったのも分かる気がするだろう・・・健心君』
「・・・はい」
「先生・・・これから栞さんは、どんな・・・」
『どんな? 治療法のことかね?』
「はい」
医師は、窓の外に視線をやり、
『そうだなぁ・・・』
と、栞の治療方法などは、教えてはくれなかった。
「先生・・・自分に何か出来ることはないのですか?」
『・・・健心君・・・君は、どうしてそこまで栞さんのことを心配してくれるのかね?』
「そ、それは・・・栞さんが、私の胸に飛び込んできた“その時”に、しっかりと“違うんだよ”と、言ってあげられなかったのが、一番の原因だと思っているからです」
『そうなのかぁ・・・それじゃ、いくらなんでも君が辛すぎやしないか?』
「私なら、大丈夫です。栞さんの苦しみに比べたら・・・」
『君は、すごい人だな・・・』
と、また、窓の外に視線をやり、しばらく考えていた医師だったが、ようやく決心がついたのか、健心を諭すように話し出した。
『健心君・・・よく聞いてくれ』
『栞さんが精神を病んだのは、自分が失踪宣告をしてしまったという後悔からくる自責の想いが、一番の原因なんだよ』
『だから、君が、はっきりと“違う”と言えなかったことなど、関係ないことなんだ』
『だから、絶対に自分を責めるようなことだけは、しないでくれ』
『それが、守れるなら・・・』
「先生・・・私なら大丈夫です。その先を言ってください」
『健心君・・・絶対に守れるんだな?』
「はい」
『なら、来週のこの時間に私のところに、また来てくれないか? その時に、君に出来ることがあるなら、お手伝いしてもらうよ』
「来週ですか?・・・はい・・・分かりました」
『健心君・・・君は、もしかしたら・・・』
「はっ?」
『いや、なんでもない。とにかく来週もう一度、ここに来てくれるかい?』
「はい・・・先生・・・ありがとうございます」
ピンキー (土曜日, 26 3月 2016 00:35)
一週間が過ぎた。
健心は、同じ時刻に病院を訪れた。
待合所で、順番を待っていると、そこに栞の父親が現れた。
「君・・・たしか、健心君といったね?」
『あっ、はい。栞さんのお父さんですよね?』
「あ、あぁ、そうだ。 君と話がしたいんだが、ちょっといいかね?」
『いやっ、このあと栞さんの主治医の先生とお話が・・・』
「あ、それなら、いいんだ。その先生から、私から君に伝えるよう言われているんだ」
『でもぉ・・・』
と、その二人のやりとりに、いつも健心の話を聞いてくれていた看護師が現れ
「小野寺さん・・・お父さんの言ってることは、間違いありません。先生は、お父さんと小野寺さんで、話すようにと・・・」
『そうなんですか、分かりました』
二人は、病院から出て、病院の敷地に植えてある、全て散ったあとの桜並木の下を並んで歩いた。
しばらく黙って歩いていたが、栞の父親が急に立ち止まって、頭を深々と下げた。
「健心君・・・君には、本当にすまないことをした。君を責めるようなことを言ってしまって・・・この通りだ、許してくれ」
『いやっ、そんな・・・私が、ちゃんと出来ていれば・・・』
父親は、笑みを浮かべた。そして
「先生の言っていたとおり、君は、本当に優しい人だ。 私は、先生にこっぴどく叱られたよ! まぁ、私の気持ちも理解はしてくれたが・・・少し、強引に失踪宣告の手続きを進め過ぎたようだ。 いまだに娘には会わせてもらえんのだよ」
『えっ? そうなんですか?』
「先生が言うには、娘には私を憎む気持ちがあって、自分をコントロールできないひとつの理由なんだそうだ。それが、消えるまでは、私を娘と会わせることはできないと・・・」
『そ、そんなぁ・・・』
「私が、全て悪いんじゃ。だから、娘のためなら、私はどんな我慢でもする。だがなぁ・・・」
と、父親は、こらえきれずに、肩を揺らして人目をはばからずに泣き出してしまった。
健心は、桜並木に沿って置いてあるベンチに父親を座らせ、自分もその横に並んで座った。
父親が、ようやく落ち着いてきたころ
『お父さん・・・よくは分かりませんが、もし、私が栞さんの父親だったとしたら、お父さんと同じようなことを考えたかもしれません』
「健心君・・・君っていう人は・・・」
『お父さん・・・自分に何かできることはないですか?』
二人は、夕方暗くなるまでベンチで話した。
父親は、医師から言われたとおり、健心に相談をしたのである。
途中、健心は、父親の話に言葉を失い・・・
そして、健心は話の最後に
『分かりました・・・自分が』
と、細い声で答えたのだった。
父親は、立ちあがり
「健心君・・・よろしくお願いします」
と、深々と頭をさげたのだった。
ピンキー (土曜日, 26 3月 2016 19:48)
翌日・・・
健心は、栞の病室の前に立っていた。
主治医と看護師も一緒だった。
「健心君・・・いいんだね?」
『はい』
主治医、看護師、そして健心の順に栞の病室に入った。
栞は、ベッドから飛び起きて
「お、理・・・来てくれたのねーーー、理」
健心は・・・
『あぁ、栞』
と、優しく微笑んで、栞のそばに立った。
栞は、涙をいっぱいに
「理・・・わたし・・・ごめんなさい・・・お花見のとき、あなたにとんでもないこと言っちゃって・・・」
『あぁ、いいんだ。気にするなよ』
「ねぇ、理・・・」
『なんだい、栞』
「もう、どこにも行かないわよね?」
『・・・あぁ、・・・どこにも行かないよ、栞』
そんな二人の会話を主治医と看護師は、ずっと見守っていた。
そして、健心は
『なぁ、栞・・・お願いがあるんだ』
「なぁに、理」
『お父さんのこと、許してやってくれないか・・・お父さんは、栞のことを思って言ったことなんだし、なにより、7年間も戻ってこれなかった僕が悪かったんだから・・・だから、お父さんのことを許してやってくれ・・・栞』
「もちろんよ、理・・・わたし、もうお父さんの言ったことなど、ひとつも気にしていないわよ」
その栞の言葉を聞いて、健心は主治医を見た。
主治医は、軽くうなづいて、
「栞さん・・・良かったねぇ、ご主人帰ってきてくれて」
「体調も良さそうだし・・・どうかね? お父さんにも会ってみるかい?」
『先生、もちろん会いたいです』
「そうか、なら・・・」
その会話を病室の外で聞いていた父親が、栞のもとに現れた。
「栞・・・」
『お父さん・・・いつになったらお見舞いに来てくれるのかと、ずっと待っていたのよ・・・何か、忙しいことでもあっての?』
「あっ、いや・・・すまなかったなぁ、栞」
栞は、健心と父親の両方に視線をおくり
『良かったぁ、今日は理とも、お父さんとも会えたわ! 先生、ありがとう』と
そして、栞は優しく微笑んだ。
「よかったなぁ、栞さん・・・もう、理君と喧嘩はするなよ!」
『先生ったら!』
その言葉を残して、主治医と看護師は、部屋を出ていった。
栞と栞の父親は、いつまでも話をした。
それを、そばにいてずっと見守る・・・健心がそこにいた。
ピンキー (土曜日, 26 3月 2016 20:15)
健心が病院から出てきた時には、駐車場には健心の車しか残っていなかった。
車に乗り込もうと、ドアに手をかけると、健心の携帯が鳴った。
胸ポケットから取り出すと、ディスプレイには{美子都}の文字が表示されていた。
健心は、電話に出ようと、ディスプレイに人差し指を添えたが・・・
「美子都・・・ごめん」
と、鳴り続ける電話を受けることなく、健心は携帯をそのまま胸ポケットに入れてしまった。
家に着くまでに、美子都からの電話が二度、健心の携帯を鳴らした。
それでも、健心は電話を受けることは無かった。
そして、家に着いた健心は、携帯の電源を落とし、そのまま眠りについてしまった。
翌日は、休日だった。
健心は、午前中から栞を見舞った。
栞は、昨日より元気そうに健心を迎えた。
「理・・・早くから来てくれたのね、ありがとう」
『食事は、ちゃんと食べたのか?』
「う~ん、それがさ・・・きっと理が帰ってきてくれたことで、胸がいっぱいになっちゃったのね・・・あまり、食べられなくてさ」
『じゃぁ、一緒に食べよう、そのうち、うるさいお父さんが来て、きっと、叱られるぞ!』
「はぁ~い・・・あまり食べたくないんだけどなぁ・・・分かりました、理さん!」
ようやく、食事を済ませた栞は
「すこし、眠ろうかなぁ・・・」
と、少し辛そうな表情を浮かべた。
『あぁ、それがいい。僕は、用事を済ませて、また午後に来るから』
すると、栞は、とても寂しそうな表情を浮かべて
「理・・・嘘つかないでね」
『あっ、う、うん・・・大丈夫だよ、栞』
そう言い残して、健心は病室をあとにした。
健心と入れ替わるように、父親が栞を見舞った。
栞の寝顔を、ずっと横で見守る、父親がそこにいた。
ピンキー (土曜日, 26 3月 2016 23:36)
その日は、美子都もお休みだった。
一人で居たくなかった美子都は、早々に花風莉に出かけていった。
『ねぇ、萌仁香ぁ・・・今日さぁ、栞さんの病院に、一緒に行こうよ!』
「うん、私も行きたいと思っていたの。 一緒に行こう! 早めに店じまいするから、待ってて」
『うん、待ってる』
「今日は、会わせてもらえるといいなぁ・・・わたし、栞に会って早く謝りたいよぉ」
『・・・私もよ』
『ねぇ、萌仁香ぁ・・・』
「うん? どうしたの?・・・なんかあったの? 元気ないみたいだけど」
『あっ、う、うん・・・あのね・・・最近、健心がね・・・』
と、美子都は、萌仁香に健心のことを相談したのだった。
美子都と健心は、婚約したと言っても、それはあくまで、将来、そういうタイミングが生まれたら、籍を入れようかと、二人で話し合ったに過ぎないものだった。
それは、結婚という形にこだわるのではなく、互いの愚痴や、仕事の話など、どんなことでも話せる、そんなパートナーであることを二人とも望んでいたものであり、事実、毎日のように電話したり、時には一緒に食事したり、遊びに行ったり
いつも健心の心には、美子都が
美子都の心には、健心がいた。
好きという感情より、もっと上の大切な存在だった。互いに。
昨日の美子都の二度の電話に、健心が電話を折り返してこないことなど、今までに一度もなかったのだ。
美子都の話に萌仁香は
「そっかぁ・・・きっと、健心も辛い思いをしているのよ!・・・私たち以上かもしれないわよ、・・・だって、健心の性格からしたらさ」
『そうねぇ・・・でも、いつもなら、その辛いっていうことを正直に私に話してくれるはずなの・・・でも、栞さんのことは、私に一切話してくれないのよ』
「だから、それだけ辛い思いをしているっていうことよ! こんな時こそ、美子都が健心を支えてあげなきゃだめじゃないの?」
『え~・・・だってさぁ、私は、栞さんをたたいてしまった張本人よ! 私だって、十分に責任を感じていて、落ち込んでいることを、健心は分かっているはずなのに・・・私の方こそ、健心に支えてもらいたいわよ』
「・・・う~ん、美子都の気持ちも分かんなくもないけどさ・・・」
「そうだ! 私から玲飛に話してあげるよ! 親友の玲飛なら、きっと何かいいアドバイスをくれるはずよ! まぁ、元旦那には、相談しにくいでしょうから!」
「お片付け終了! 行こう、美子都」
『え~・・・なんかさぁ、萌仁香、あっさりなんだけど・・・』
「まぁ、深く考えないのよ、美子都。あなた達は最良のパートナーなんだから!」
「行くよ!美子都」
ピンキー (土曜日, 26 3月 2016 23:40)
二人は、萌仁香の車で病院に向かった。
病院の東側にある駐車場に車を停めよと、入り口ゲートでチケットを受け取って、進んでいくと
『えっ? あれ、健心の車じゃない?』
「どれ? あ、ホンとだ! あらぁ・・・良かったわね、美子都! 帰りは、健心と一緒に帰れるわよ! 念じれば通じるものね! 私はお邪魔虫だから、一人で帰るとするわ!」
『えっ? あ、う、うぅん・・・』
駐車場に車を止め、二人は病棟に向かって歩き出した。
美子都は、もう、この時から健心の姿を探していた。
『あいつ・・・すっかり電話も忘れて・・・ こらしめてあげないと!』
と、健心と会った時のことをシミュレーションしながら歩く美子都だった。
それでも、
『健心、ずっと仕事で遅いからと言っていたから、電話も控えていたけど・・・なんか、ホンと久しぶりに会えるわ』
と、自然と笑みがこぼれる美子都だった。
萌仁香と美子都が、いつものナースステーションに向かう廊下を歩いていると
『あれ、健心じゃない? うん、そうよね、健心見っけ!』
病院の中でなければ、「けんし~ん!」と、声を発し、呼び止めたいほどの距離のところを健心は歩いていた。
その時の健心は、約束していた通り、栞のところに戻るところだったのである。
萌仁香が
「健心も私たちの行き先と同じところに向かっているみたいね」
と、同じ方向に歩いていくと
前を歩く健心は、『内科病棟』と書かれてある方に曲がってしまったのである。
『えっ?・・・栞さんのことを聞きに来たんじゃないの? ・・・健心』
美子都は、歩くスピードを速め、健心が曲がった場所まで行くと、もう健心の後姿を見つけることが出来なかった。
『健心・・・』
ピンキー (日曜日, 27 3月 2016 17:38)
健心を見失ってしまった二人は、健心を探すことはせずに、ナースステーションに向かったのだった。
目的地のステーションについた二人は
「あのぉ・・・、御子柴栞さんの面会をお願いしたいのですが・・・」
看護師の返答は、その日も同じであった。
「残念ですが、まだ・・・」
それでも、二人は粘った。
「様子だけでも、聞かせてください」と
看護師たちは、幾度となく訪ねてくる萌仁香と美子都に、
「実は・・・」
と、本当のことを知らせてあげたいと心の中では思っていた。
それでも、病院として話せる限界は
「ゆっくり、療養されていますよ」だった。
二人は、その日も二人が望むことを叶えられずに帰るしかなかった。
覚悟して足を運んでいる萌仁香と美子都であるが、やはり帰り道は足取りが重かった。
「ねぇ、美子都はどうする? 健心に会いたいんでしょ?」
『う~ん、どうしよう・・・』
「せっかく、同じ場所にいるんだから・・・ 私は先に帰るからさ、あなたは、そこで待ってなさいよ! 病院からの出口は、ここ一か所だけなんだからさ。待っていれば、健心、来るから」
『・・・うん、わかったぁ・・・ありがとう、萌仁香』
「じゃぁ、私はお先にねっ!」
と、振り向いて歩きだした萌仁香だったが
「ねぇ、美子都・・・」
『うん?』
「ダメよ! 健心を問い詰めちゃ! 分かっているわよね!」
『う、う、うん・・・分かってる』
「じゃぁね、美子都」
一人椅子に座って、いつ来るか分からない健心を待つその時間は、とても長く感じた美子都だった。
携帯を取り出し、これまで健心とやりとりしたLINEを、ずっと昔から読み返した。
LINEに書かれてある健心の言葉は、いつも優しく美子都を支えてくれる文章ばかりだった。
「そっかぁ・・・」
「大変だったなぁ・・・」
「大丈夫かぁ・・・」
「一緒に行こう・・・」
「俺がついているだろう・・・」
美子都自信、どうしてなのか分からなかったが、LINEで送ってくれた健心のひとつひとつの言葉に涙が溢れてきた。
『健心・・・早く逢いたい』
そう言って、また、最初から読み返し、健心の優しさに触れた美子都だった。
ピンキー (日曜日, 27 3月 2016 17:42)
面会時間も、あと5分となり、美子都の前を通って帰る人の数が、急に増え始めた。
見舞いを終えて、帰る人達の表情は、様々だった。
中には、ほほを濡らして帰る人もいた。
足音が近づくたびに、視線を上げる美子都であったが、その先に健心を見つけることが出来ない美子都
何故か、不安ばかりがよぎった。
『えぇ、もしかして健心、先に帰っちゃったのかなぁ・・・』
と、その時だった。
「美子都・・・」
美子都が、ずっと待ち続けた健心が現れた。
『健心・・・』
自然と、涙が溢れていた。
「どうしたぁ?」
『栞さんのお見舞いに来たんだけど・・・、駐車場に健心の車があったから・・・』
「待っててくれたのか?」
『・・・うん』
「たくさん待たせちゃったのかなぁ・・・、ごめんなぁ美子都」
『いいの・・・で、健心は誰のお見舞いに来たの?』
「えっ? あっ、う、うん・・・とにかく、ここから出ないとな・・・」
二人は駐車場に向かって歩きながら
「車で来ているんだろう?」
『違うの・・・萌仁香と一緒に来たの! そしたらさ、健心と一緒に帰りなよ~って・・・まったく、大きなお世話よね』
と、その時初めて健心に笑顔を見せた美子都だった。
『でも、良かったぁ・・・こうして健心に久しぶりに逢えたんだもの』
「あぁ、そうだな」
『ねぇ、健心・・・ところで誰のお見舞いに来たの?』
「・・・・・」
『ねぇ、健心・・・』
健心は、明らかに困惑の表情を浮かべていた。
『・・・えっ? ねぇ健心、もしかして言えないような人なの?』
ピンキー (日曜日, 27 3月 2016 22:57)
駐車場を照らす街灯の下で二人は向き合った。
そして、健心はうつむいて美子都の質問に答えたのである。
「栞さんだよ・・・」
『えっ? ・・・えっ、嘘でしょ! 健心』
「いや、本当なんだ・・・美子都」
『嘘! 嘘よ! だって、健心が内科病棟の方に行ったの、わたし、見たのよ! 健心、適当なこと言わないで!』
「嘘じゃないんだ、美子都。 ・・・栞さんは内科病棟に移ったんだ」
『え~、じゃぁどうして? どうして、私と萌仁香で行った精神科病棟の看護師さんは、そう言ってくれないのよ』
「そ、それは・・・」
『じゃぁ、分かったわ! わたし、明日また病院に来て、内科病棟にいる栞さんを見舞ってくるわ!』
「美子都・・・それは出来ないんだ」
『え~、どうして? 健心が会うことを許されて、私が会えないなんて、おかしいわよ! ほら、嘘をつくから、ぼろが出るのよ! 健心の嘘つき!』
『・・・あぁ、分かった! 健心は、栞さんに乗り換えたということなのね! だから、私に栞さんのところに行かれると、困るわけね!』
健心は、もうそれ以上、説明することをやめてしまったのである。
『そっかぁ・・・だから・・・、だから、私からの電話にも出てくれないし、折り返しもしてくれなかったのね・・・わたし・・・わたし、バカみたい。 気が付かないで、健心のことずっと待っていたなんて・・・』
少しの間、必死に涙をこらえながら考えていた美子都は、小さな声で、健心に最後の言葉を言ったのである。
『それならそうと、言ってほしかった・・・健心』
『さようなら・・・栞さんと幸せになってください・・・』
美子都は、そう言い残して、暗闇に消えていった。
健心は、ただ黙って美子都の後姿を見送ることしか出来ずに、街灯の下でずっとたたずんでいたのだった。
美子都の最後の恋は、終わった。
ピンキー (月曜日, 28 3月 2016 21:04)
健心に別れを告げ、歩きだしたその時の美子都は、全ての思考能力を失っていた。
左側の歩道を歩いていると、大きな交差点で、赤信号にその歩みを止められた。
無意識のうち、交差点を左に歩きだし、しばらくは立ち止まることなく歩き続けた。
二つ目の交差点で、また赤信号に止められた美子都が、信号機に目をやると
そこには、「天神町交差点」と書かれてあった。
『えっ? わたし・・・こんなところまで歩いてきたんだ・・・』
と、思考回路が、少しだけつながった美子都
その場所から近いところに花風莉もあった。
それでも、誰にも会いたくなかった美子都は、交差点を北に向かい、ある場所に向かった。
そう、そこは万手山公園だった。
美子都は、仲間達がブルーシートを敷いていた場所に立った。
思い浮かばれたのは、栞を受けとめていた健心の顔だった。
『困ったような顔しちゃってさ・・・内心は嬉しかったのね・・・』
仲間達が、お花見を楽しんでいる様子も思い浮かばれた。
『私も、一緒にいたかったなぁ・・・みんなと』
美子都は、流れる涙をぬぐおうともせず、ずっと、その場所を見つめていた。
と、その時に
「美子都・・・」
と、呼ばれたように思って後ろを振りむいた。
ピンキー (月曜日, 28 3月 2016 21:12)
だが、・・・そこには、誰もいなかった。
美子都には、何かの音が、健心が自分を呼んでくれたように聞こえてしまったのだった。
その声は、何万回も呼んでくれた健心のそのままの声だった。
それでも・・・、
強く生きてきた美子都が、落ち込んでいたのも、その時までだった。
ようやく、その場所から離れる気持ちになった美子都は、ゆっくりと歩きだした。
歩きながら、今日、萌仁香に最後に言われた言葉を思い出した。
「健心を問い詰めちゃダメよ!」
『・・・って』
『だってさっ、萌仁香・・・健心は、私に隠し事をして、嘘までついて誤魔化そうとしたのよ・・・』
『それに・・・何ひとつ言い訳もしないなんて、わたし、いい加減に愛想が尽きたわよ』
と、親友に語りかけるように、自分を正当化したのだった。
自分を正当化できた時の女の子は、一気に強くなれるのである。
その時の美子都も健心と別れてきた理由を思いだしたことで
『私、やっぱり許せない! 嘘や誤魔化しの健心なんて大嫌い!』
『そうよ、だから私が落ち込む理由なんてないのよ!』
『そっかぁ・・・健心は、嘘で固めた生活を送っていて、それで希咲にダメ出しされたのね』
『・・・うん、そうよ・・・そうに決まってるわ!』
美子都は、そう心に刻み、今度はいつもの表情に変えて歩き出した。
家に向かって歩き出して間もなくだった。
美子都の携帯がなった。
『えっ? 玲飛・・・珍しいわね』
ピンキー (月曜日, 28 3月 2016 21:14)
玲飛は、萌仁香に頼まれて美子都に電話をしてきたのだ。
萌仁香に
「ねぇ、玲飛・・・栞のことがあってからさ、健心と美子都がなんかおかしいのよ」
「あなた、健心の親友なんだから、ちょっと健心に聞いてみてくれない? なにかあったの? って」
そう、頼まれた玲飛は、健心に電話をした。
だが、美子都に別れを告げられ、落ち込む健心が、玲飛の電話に出ることはなかった。
玲飛は、やむを得ず先に美子都に電話をした。
電話にでた美子都に
「萌仁香から聞いたぞ! 最近、健心とうまくいってないんだって?」
と、その問いかけに美子都は
『萌仁香・・・もう、その心配いらないのに・・・』
「はっ?」
『いや、こっちの話』
そして、美子都は普通の言い方で、こう言った。
『うまくいってないんじゃなくて、もう別れたわよ!』
「えっ?・・・別れた? 嘘だろう!」
『嘘じゃないわ! 私は、嘘つかないもん! それも、今日、別れたんだ』
それから、玲飛は、別れた理由を美子都から聞かされた。
「そうなのか・・・」
電話を切った玲飛は、こうつぶやいた。
「美子都らしいな・・・」と
ピンキー (月曜日, 28 3月 2016 21:16)
美子都との電話を切った玲飛は、今度は、萌仁香にその報告をした。
「萌仁香・・・美子都と健心なっ・・・別れたんだってさ」
『え~・・・ なにそれ、はぁ? 何言ってんの? 玲飛』
「・・・それが、・・・本当なんだよ」
『だって、・・・だってだよ! 今日、栞のお見舞いに行って、その時に偶然に健心のことを見かけて・・・美子都は、健心と一緒に帰ってきたはずだよ』
「あぁ、それが・・・その時にな・・・」
玲飛は、電話の向こうで明らかに動揺している萌仁香に、ゆっくりと美子都から聞かされたことを伝えた。
全てを聞かされても萌仁香は、
『そんなぁ・・・』
と、萌仁香自身納得がいかない様子だった。
それでも玲飛は萌仁香を諭すように
「まぁ、また後で健心には聞いてみるけど・・・美子都は、ふっきれたように元気だったよ! ・・・少し、そっとしておいた方が、いろいろ面倒にならなくていいかもなぁ・・・」と
次の日
玲飛は、偶然を装って健心を待ち伏せした。
「よっ!健心」
『れ、玲飛・・・』
「近くに仕事に来たからさ・・・なぁ、久しぶりに飲もうぜ!」
『・・・俺・・・ちょっと用事があって・・・ゴメン!』
「なぁ、健心・・・行くのか?・・・栞さんのところへ?」
『えっ?』
ピンキー (月曜日, 28 3月 2016 21:18)
いつもと違って、余所余所しい健心に玲飛は
「なぁ、健心・・・聞いたよ! 美子都にふられたんだって?」
『・・・お前、どうしてそれを・・・』
「みずくせーなぁ、健心」
『どういう意味だよ? みずくせーって・・・』
「うん? ・・・お前、何か隠しているだろう!」
『隠す? お前に隠さなきゃならないことなんか、何ひとつねーよ!』
「健心よ・・・俺は、何年お前と親友やってると思うんだい? お前が、何か隠し事をしようとするときの癖ぐらい分かってるぜ!」
『癖?・・・』
「なぁ、俺にも話せないようなことなのか? 言ってくれよ、何か俺にも役立てることがあるかもしれないしさ」
そう言われた健心は、観念したのか、ようやく本音を口にしたのであった。
「・・・おれ、栞さんが好きになっちまったんだ・・・それを、美子都にずっと言えなくてさ・・・もちろん、お前にも話せなくて・・・すまなかったな、美子都とのことは、もう終わったことだから・・・」
「それと・・・玲飛に頼みがあるんだ。 キャンプ・・・ちょっと参加しにくくなっちゃったからさ、玲飛からうまく可夢生に伝えておいてくれ!」
その言葉を残して、健心は玲飛をその場に残して帰っていってしまった。
「あいつ・・・」
玲飛は、健心が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。
ピンキー (火曜日, 29 3月 2016 12:16)
そんなことがあったあと・・・
仲間達は、いつもと変わらずに、日々の生活に追われていた。
数日が経ってからだった。
美子都が、萌仁香のところに健心との別れを伝えてきたのは。
萌仁香も、
「仕方ないか、また、きっといい人が現れるって!」
と、慰めで慰めになっていないような、そんな言葉をかけるしかなかった。
仲間達が楽しみにしていたキャンプは、健心が欠け、他の一部のメンバーにも都合が悪くなった者が出て、結局のところは、『秋』に延期された。
仲間達が、一番元気を失くすのは、“先にある楽しみ”が無くなることだった。
ある日
花風莉に杏恋と深音が来た。
「ねぇ、萌仁香ぁ・・・聞いたわよ、美子都と健心のこと」
『あっ、う、う~ん・・・』
「男女のことは、当事者にしか分からないからさ、私達にはどうにもならないわよね・・・」
『・・・そうね』
「でもさ、まぁ、健心のせいばかりじゃないけど、キャンプが延期されちゃってさ・・・つまらないよ」
『うん・・・そうね』
「健心・・・もう、仲間達の集まりには参加してこないかもしれないわね!」
『えっ? うそぉ~、そうなの?』
「だって、参加しにくいでしょ! 美子都のことがあるんだもの・・・」
『・・・そっか・・・えっ? でも、それってすごく淋しくなるわよ!』
「・・・仕方ないんじゃないの・・・みんな、それぞれにいろんな事情を抱えて生活しているんだもの・・・私達の付き合い方は、家族との生活がベースにあって、そのうえで成り立っているわけだし!」
『・・・分かってるよ! そんなの、言われなくたって』
「なんか、萌仁香・・・機嫌わるっ!」
『えっ? そ、そんなことないよ。・・・ただ、私達の仲間の関係って、ずっと続くものだと信じていたし・・・あっ、違う! 信じているの、わたし』
「そうね・・・そうあって欲しいわね・・・」
「ねっ、萌仁香! ここはさ、私達で音頭を取って、なにか集まり作ろうよ!」
『集まり? “フラワー講習会 in花風莉”は、連休前にあるけど・・・』
「それはそれ! 集まろう、みんなで! いつも、可夢生にお願いばかりしている私達だからさ、今回は、私達で!」
『・・・う、うん・・・分かった』
ピンキー (火曜日, 29 3月 2016 22:39)
早速、杏恋、深音そして萌仁香の三人で知恵を出し合って考えた。
「どうしよう・・・」
『やっぱり、ここはカラオケしかないか?』
「・・・うん、そうね! 在り来りだけど・・・一番に盛り上がるもんね!」
『・・・ってさ、連絡だけは・・・』
「そうね・・・そこだけは、お願いしよう・・・可夢生に」
早速、その日のうちに仲間達にメールが一斉送信された。
「楽しみが出来て良かった!」
『うん、私も』
やはり、健心からの参加の返信はなかった。
「・・・仕方ないよ・・・萌仁香」
『・・・うん』
そして、それはカラオケのスタート時間30分前だった。
美子都から“土壇場キャンセル”の連絡が入った。
『えっ? 美子都・・・なんで?』
それでも・・・
時間通りに集まってきた仲間達は、いつも通りにカラオケを始めた。
その日は杏恋、深音そして萌仁香の3人が仕切った。
いつもと、そう変わらない仲間達のカラオケの風景だった。
萌仁香が、少しだけ元気のなさそうな沙月に気づき、沙月の隣に移動すると
沙月が、ぽつりとつぶやいたのだった。それは決して悪気はなく。
「去年は、3月にカラオケしたのよねぇ」
『あっ、そうだったわね』
「いいなぁ・・・」
『えっ?何が?』
「うん? 萌仁香は、その時に誕生会してもらったのよね・・・わたし、今月が誕生日だったんだけどなぁ・・・残念!」
『えっ?あっ、う、うん・・・』
萌仁香は、返す言葉が見つからなかった。
あらためて、男の子たちの優しさに気付かされた萌仁香だった。
ピンキー (火曜日, 29 3月 2016 22:41)
少し遅れて、玲飛もやってきた。
『遅いぞ! 玲飛』
「ごめんゴメン」
もう一度、乾杯し、早速に“駆けつけ3曲”を披露した玲飛だった。
席について、ようやく落ち着くと、萌仁香が隣に座った。
『ねぇ、玲飛・・・』
「うん? どうした? 萌仁香」
『美子都・・・今日、ドタキャンだって』
「おぉ、そう言えば、いないわな」
『え~、もう少し驚いてよ!』
「あっ? うん・・・まぁ、仕方ないよな、何か用事でも出来たんだろうし・・・」
『それは、そうだろうけど・・・ねぇ、玲飛・・・』
「うん? なんだい?」
『美子都・・・健心と別れて、どうしているんだろう・・・電話もしにくくてさ』
「あぁ、まぁ、大丈夫だろう、きっと、そのうち・・・」
『そのうち? そのうちに何?』
「あっ、いや、時間が経てば、前の美子都にすぐ戻るよ」
『なんか、玲飛、冷たいの! あなたの元妻でしょ! 心配じゃないの?』
「元妻のこと、普通はそんなに心配しないだろうよ!」
『違うでしょ! あなたと美子都は、確かに元のつく夫婦だけど・・・あなた達は仲間でしょ!』
「・・・そうだな・・・萌仁香の言う通りだけど・・・」
と、玲飛は、カラオケが途絶えていたことをいいことに
「俺、もう一曲歌ってくるわ!」
と、萌仁香の問い詰めから逃げていったのであった。
ピンキー (水曜日, 30 3月 2016 19:33)
実は、玲飛は・・・
健心から聞かされた
「栞さんが好きになっちまったんだ! 美子都とのことは、もう終わったことだから・・・」
と、そんな言葉を簡単には信用しなかった。
だから、直ぐに栞の入院する病院に行き、看護師に事情を説明して、主治医に合わせてもらっていたのである。
本当の事を知るために。
「君が、健心君の親友の・・・」
『はい、大槻玲飛と言います。 先生・・・』
「あぁ、看護師から聞いたよ。 健心君には、あれほど言っておいたのに・・・自ら辛い思いをしてまで・・・」
『えっ? 先生、それってどういうことですか・・・』
そこで、主治医から聞かされた言葉に、玲飛は涙をこらえることが出来なかった。
主治医が語ったのは・・・
栞は、主治医のもとに運ばれてきた時には、もう、余命3か月と診断されたのであった。
最初は、精神を病んでいたように思われたが、それはそうではなく、ただ単に、健心を理であると信じ込んでいただけだったのである。
栞は、理を法律上抹消させた父親を許すことが出来ずに、父親の面会も全て拒絶していたのであった。
日に日に弱っていく栞を、どうにか安らかな思いでと望んだ主治医は、健心の「自分に何かできることがないのか」という熱意に負け、それを父親に伝えたのである。
「栞さんのご主人とそっくりな青年が・・・」
父親は、眠れずに悩んだ。
だが、どうしても栞に会いたかった父親は、主治医の
「健心君には、絶対に無理をさせないという条件で、相談しなさい」
という言葉に甘え、そして桜並木の下で話をしたのである。
全てを知った健心が
「僕が、ずっと理さんになります・・・だから・・・、」
その健心の想いを聞かされた父親は、苦渋の選択をしたのであった。
そして、健心が、理に成りきったことで、栞は父親を許すことができたのである。
健心は、美子都や萌仁香、そして親友である玲飛にも、真実を伝えずに、栞を守ったのだった。
その時の玲飛には、その答えを出すために、健心がどれほどまでに苦しんだのか、容易に想像がついた。
『健心ってやつは・・・』
肩を揺らして泣く玲飛に、主治医は深々と頭をさげて、最後にこう言った。
「健心君の親友であればこそ、話したことなんだ」
「健心君には、本当に申し訳ないことをした・・・今でも、本当にこれで良かったのかと・・・」
「どうか、健心君の気持ちをくんでやってほしい」
「そして・・・」
玲飛は、主治医に次の言葉を言わせずに、自ら答えた。
『その時がきたら・・・僕が、健心を支えますから』
「すまない、本当に・・・ありがとう玲飛君、頼むな・・・健心君のことを守ってやってくれ」
主治医は、そう言ってもう一度深々と頭をさげた。
『先生・・・』
『先生、もちろんこのことは他言もしませんし、健心にも・・・』
『僕も、健心と一緒に・・・もちろん、仲間達も守らなければならないですから・・・』と
玲飛のその言葉に主治医は、医者になって、患者さんのことで初めて涙を流したのだった。
ピンキー (水曜日, 30 3月 2016 19:36)
その日は、朝から雨が降り、少し肌寒い一日だった。
病室の栞は、弱々しい声で
『お父さん・・・お願いがあるの』
「なんだい? 栞・・・言ってごらん」
『・・・萌仁香に会いたいんだ』
父親は、車を飛ばし、栞から聞かされた場所にある花風莉に急いだ。
『えっ? 栞が・・・はい、分かりました』
父親の車で病院に向かう途中、全ての事情を聞かされた萌仁香は、
『健心のバカ! どうして言ってくれなかったの・・・』
と、泣きながら健心のしたことを責めた。
萌仁香の涙は、止まらなかった。
『栞・・・早く会いたい』
父親は
「どうか、健心君のことを責めないでやってください・・・」
『分かっています・・・今は、健心のことを信じてあげられなかった自分自身を・・・』
「萌仁香さん・・・出来れば、それもやめてもらえると、栞も・・・」
『えっ? あ、そうですよね・・・栞』
萌仁香の涙は、ずっと止まらなかった。
病院についた萌仁香は、一人で栞のいる病室に入った。
そこには、やせ細った栞がいた。
『栞・・・』
萌仁香は、車の中で固く誓ったように、平静を装った。
眠っていた栞であったが、萌仁香が来てくれたことに気付いた。
「萌仁香ぁ・・・」
『ごめん、起こしちゃったかな?』
少しの時間、萌仁香と話していた栞だったが、話す言葉が、段々に弱くなっていった。
そして、栞は最後の力をふりしぼって、栞にこう伝えた。
「お願いがあるの・・・」
『なに、栞・・・』
「ありがとう。 そう伝えてほしい人がいるの」
『誰? 誰に伝えればいいの? 栞・・・』
「・・・健心さん」
『えっ?』
「わたし、最期まで幸せだった。 全部、健心さんのおかげ・・・」
「わたしは・・・理さんのところに・・・」
その言葉が栞の最後の言葉だった。
栞の命をつないできた機械が、警告音を鳴らし始めた。
『栞、何言ってるの!・・・ねぇ、栞・・・いま健心が来るから・・・ねぇ、栞』
ピンキー (水曜日, 30 3月 2016 19:38)
父親から連絡をもらった健心は、病院に急いでいた。
健心が、走って栞の病室の前まで来ると、廊下に父親と萌仁香が立っていた。
「お父さん・・・」
その健心の言葉に、父親はうつむいて首を横にふった。
「そんな・・・」
慌てて病室に入ろうとする健心を、栞が止めた。
『健心!・・・いま、先生が・・・』
と、健心の右腕をつかみ、栞もゆっくりと首を横にふった。
健心は、廊下にひざから崩れ落ちた。
その横に、萌仁香もひざまついて
『健心・・・聞いて』
『わたし、栞さんの最後の言葉を聞いたの』
「えっ? なんて?・・・」
『・・・うん』
『栞・・・最後に私にこう言ったの』
『ありがとう。 そう伝えてほしい・・・健心さんに・・・って』
「えっ?・・・栞さん・・・“健心に”って言ったのか?」
その言葉に、こらえていた涙が、健心の目からあふれた。
『・・・うん。 最期まで幸せだった。 全部、健心さんのおかげ・・・私は、理さんのところに・・・って。 それが、栞の最後の言葉だったの』
健心は、両手も廊下の床につけ、泣きじゃくった。
父親が、健心に近寄り
「健心君・・・栞が、今日、突然に萌仁香さんに会いたいと言い出したんだよ」
「栞は、ずっと分かっていたのかもしれない・・・自分の病気のことも・・・」
父親も涙ながらに、健心に聞いた。
「健心君・・・栞の最後の言葉を許してくれるかい?」
健心は、ゆっくりと父親の顔をみて
「・・・もちろんです」
「自分こそ、栞さんに許してもらえるのでしょうか・・・」
ピンキー (水曜日, 30 3月 2016 19:41)
その時・・・
病室から主治医と看護師が出てきた。
「健心君・・・」
健心の顔を見たとたんに、主治医の目からも涙があふれた。
そして、主治医は健心に深々と頭を下げ
「君には、本当に辛い思いをさせてしまった。お詫びを言わせてほしい。 栞さん・・・最期まで幸せだったんだと思う。安らかな顔で・・・」と
そして、1通の手紙を健心に手渡し
「栞さんから、君への手紙のようだよ。 枕の下から・・・」と
父親にも深々と頭を下げて、
「栞さんのところへ行ってあげてください」
と、言って、主治医と看護師は戻っていった。
萌仁香も栞のところへ行こうと、健心に声をかけようとしたが、もうその時の健心は、手紙を読み始めていた。
手紙を読み進めるにしたがって、健心の肩の揺れは大きくなっていった。
「栞・・・」
と、手紙を読み終えた健心は号泣した。
萌仁香が、健心に近寄ると、そっと手紙を萌仁香に差し出した。
『えっ? 私が読んでいいの・・・』
栞の手紙には、こう書かれてあった。
< 親愛なる理さん・・・に、似た健心さんへ >
その書き出しに萌仁香は、もう涙が止まらなかった。
手紙には、たくさんのことが書かれてあった。
途中で理ではなく、健心だということに気付いたこと。
それでも、健心の優しさに、それを言うことができずに、ずっと甘えてしまったこと。
健心がいてくれたから、父親と最期を過ごすことができたこと。
萌仁香に出会えて、とても楽しい時間を過ごすことができたこと。
そして、手紙の最後には、こう書かれてあった。
「健心と出会えて、健心を愛することができて、私は、本当に幸せだったよ」と
健心を憎む言葉など、ひとつもなかった。
そう、それは、栞が健心に送った“最初で最後のラブレター”だった。
手紙を読み終えた萌仁香も、しばらくは動けなかったが、ようやく涙をふいて
『健心・・・行こう・・・栞、待ってるよ』と
健心は、萌仁香と一緒に、栞のところへ
病室の外まで、健心の嗚咽が響き渡った。
ピンキー (木曜日, 31 3月 2016 06:12)
それから、1時間ぐらいが経った頃には、主治医から連絡をもらった健心の仲間が、病院の出口で、健心が出てくるのを待っていた。
健心が、まったく表情のない顔で、病院から出てきた。
「健心・・・」
そう声をかけてきたのは、玲飛だった。
「えっ? 玲飛・・・」
『健心・・・大丈夫か? 大変だったなぁ・・・』
「どうして・・・」
玲飛は、笑ってこう言った。
『みずくせーな! って、言ったろう!』
『全部、主治医の先生から聞いていたんだよ』
『まったく・・・お前らしいっていうか・・・知らないふりしているの大変だったんだからな!』
『さっき、先生から栞さんのことを連絡もらってな・・・』
と、うつむいた玲飛だったが、少しだけ表情を明るくして
『めったに見られない、落ち込んでる健心の顔でも見ようかと思ってさ』
と、健心は
「あのさぁ・・・もう少し、言い方っていうものがあるだろうよ!」
と、この二人であればこその会話で、もう二人の気持ちはつながっていた。
そして、玲飛は、
『あのさ、健心には申し訳ないと思ったんだけど、もう一人、お前の落ち込んでる顔を見たいっていう奴、連れてきたから』
「えっ?」
と、そこには玲飛の大きな背中に隠れて、ひとりの女の子が立っていた。
ピンキー (木曜日, 31 3月 2016 06:16)
『健心・・・』
それは、美子都だった。
「美子都・・・」
『健心・・・実は、私も玲飛から聞かされていたの・・・』
『でも、絶対に、健心には言うなって・・・主治医との約束を破って、教えたんだからな!って、脅されてさ・・・』
『玲飛には、たくさん叱られたの・・・自分勝手だ!って』
『でもねっ、私にだけは話して欲しかったの・・・っていうか、話したくても話せなかったんだよね・・・えっと、だから・・・あれ、わたし、何が言いたかったんだっけな???』
と、その時
「美子都」
と、健心は、美子都の身体を抱き寄せた。
「美子都・・・ごめん・・・俺・・・」
『いいの! 何も言わないで! 私が、健心をちゃんと信じていれば・・・だから・・・』
美子都は、健心の胸で泣きじゃくった。
玲飛は、「萌仁香、行こうぜ! こいつらには、付き合ってられねーよ!」
と、萌仁香の手を引き、その場を健心と美子都の二人きりにしたのだった。
健心は、泣きじゃくる美子都の肩を持ち、身体を引き離して
「でも・・・、俺は、美子都を裏切っていたんだ・・・だから・・・許されないと思う」
『えっ? ・・・でもそれは健心だから、でしょ! 私がそれを許しちゃいけないのかな・・・栞さんのためにも・・・』
「えっ?」
『健心の気持ちが、栞さんのところになかったと言うなら、それは、きっと嘘よ。 だって、そうでなかったら、栞さんに優しくできないはずだもの。 健心って、そういう人だもの・・・ それでも・・・、私は・・・、健心を許したい。だから、健心も私を許して・・・信じてあげられなかったことを・・・』
「美子都・・・」
二人を離れたところから見守っていた萌仁香が
『ねぇ、美子都・・・、健心・・・一緒に帰ろう』
『私達の仲間全員で、栞を見送ってあげようね・・・理さんのところに行く栞を』と
病室の窓から、栞の父親が、4人が帰る姿を見送っていた。
そして安らかに眠る栞に
「栞・・・最後に素敵な仲間と出会えて良かったな・・・」
と、仲間達に、深々と頭をさげて
「ありがとう・・・皆さん」
「ありがとう・・・健心君」
父親と、そしてきっと栞も・・・
4人の姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
ピンキー (木曜日, 31 3月 2016 20:45)
≪萌仁香だよぉ・・・とても悲しい出来事だったけど、わたし・・・最後の最後に栞とお話しができて、本当に良かった≫
≪栞のことを、たくさんのお花で飾ってあげたの・・・そして、みんな“栞、またね”って再会を約束して、そして、さようならしたの≫
≪とっても辛かった≫
≪辛くて、淋しくて、でも・・・ちょっとの間だけ、お別れしたの・・・ちょっとの間だけね≫
≪今でも、栞に健心のことをお花見の前に伝えておいたらどうなっていたのかなぁ・・・って、思うの。栞は、お父さんのことを許してあげられたのかな? 結局は、栞に辛い思いをさせちゃったんじゃないのかな、健心にも辛い思いをさせずに済んだのかなぁ・・・って≫
≪それでも、栞からの手紙を、健心が私にも読ませてくれたことで、私は救われたの・・・栞の“幸せだったよ”の気持ちを知ることができたから≫
≪仲間達はね、普段、何げなく過ごしていたけど、栞のことで、みんな本当に健康に注意するようになって、積極的に人間ドックにも行くようになったし・・・仲間達の集まりも、精一杯に大切にするようになってさ・・・≫
≪私達にとって、栞は、名前のとおりの存在なのよね≫
≪栞・・・“しおり”は、私達の人生の分岐点の目印となって、そして人生の教科書となってくれたのよね≫
≪何か困ったことがあったら、いつでも戻れるのよ、栞が示してくれている場所に・・・
≫
≪だから栞は、私達の心の中で、いつまでもいつまでも生き続けていくんだよ≫
≪ありがとう、そして、これからもよろしくねっ・・・栞≫
≪あぁ・・・それからね、まだ、ひとつだけ心配なことがあるの≫
≪やっぱり健心の落ち込み方は、半端じゃなくてさ・・・美子都が、精一杯に支えているの・・・健心のことを≫
≪美子都は、分かっているのよね、・・・健心の栞に対する気持ちが≫
≪そしてね、健心も分かっているんだと思う・・・美子都の健心に対する気持ちを≫
≪そんな急には、元の二人には戻れないかもしれないけど・・・私も、玲飛も、希咲も、杏恋や深音だって、もちろん可夢生や壮健だって・・・≫
≪み~なで守ってあげようねって、お話ししたの≫
≪この先のことは、ここではお話しできないけど・・・ ずっと、ずっと見守ってあげてね・・・萌仁香からのお願いだからね≫
≪それから余談だけど・・・明日から、新しい年度になるんだねぇ≫
≪読者のみなさんにも、お仕事を終えられた方、転勤で新たな職場に移る方など、環境が変化する人もいるのかなぁ・・・≫
≪私は、分かれと出会いに添えるお花を、心を込めて作らせてもらったの・・・すべて、贈る人と、それを受け取る人の気持ちになって≫
≪明日から、また、新たな生活の始まり。 全ての人が、幸せに暮らしていけますように、そして、お花のように色鮮やかに輝いていれるよう、心から願っています≫
≪みんな、頑張って・・・でも、無理はしないのよ!≫
≪私達には、守ってくれる仲間達がそばにいるんだからね≫
マコト (木曜日, 31 3月 2016 20:48)
「健心・・・」
それは、玲飛からの電話だった。
『よぉ、玲飛!』
「久しぶりに飲まねーか?健心」
『おぉ、いいな! 俺も、玲飛には心配かけどうしで申し訳ないと思っててさ・・・今日は、俺がご馳走するぜ!』
「おぉ、ずいぶんと“しおらしいこと”言うじゃん! それは、いいとして・・・なぁ、健心・・・」
『なんだい?』
「美子都も連れてこいよ! 俺も、希咲を連れていくからさ・・・」
『う~ん・・・、 まぁ、今日は二人で飲もうぜ、玲飛』
「・・・あぁ、分かった。無理には言わねーよ、じゃぁ、いつものところでな」
『おぉ』
そこは、二人の行きつけの居酒屋
店の名前は【居心家】 (イゴゴチ)である。
店長は、高校は違ったが、二人と同い年の佐々木清吉(ササキ・セイキチ)
常連客の健心と玲飛とは、気心知れた仲間である。
居心家についた玲飛は、
「俺の方が、先だったか・・・いつもなら健心の方が早いんだけどな」
と、ぶつぶつ。そして、お決まりのカウンター席に座った。
『らっしゃ~い、玲飛!』
「清吉、どうも!」
『あれ? 健心と一緒じゃないのかい?』
「いや、後から来るよ!」
『そっかい! まずはビールでいいかい? 今日はね、初鰹のいいところが入ってるぜ!』
「おぉ、いいねぇ~ 任せるから! 今日は、健心のゴチって話だからさ、じゃんじゃん造ってくれよ!」
『はい、合点承知の助だい!』
玲飛は、清吉が手際よく初鰹をさばき始めた様子を、カウンター越しに見ていると
『いらっしゃいませ』
と、玲飛の左側から女の子がおしぼりを出した。
いつもの店員さんではなく、聞きなれない声に、玲飛は振り向いた。
「えっ、・・・」
振り向いた玲飛の視線の先に・・・
玲飛は、女の子の顔を見て、愕然とした。
マコト (木曜日, 31 3月 2016 20:56)
玲飛が驚いた理由は、その女の子が栞にそっくりだったからである。
「どうして、このタイミングで・・・」
驚いたまま視線を外さない玲飛に、女の子は
『あのぉ、・・・』
「あっ、はい」
『どうかされましたか・・・わたし、昨日からここでバイトさせていただいてる“蒼”(アオイ)といいます。 よろしくお願いします』
「あっ、こちらこそ・・・す、すみません・・・友人にあまりにも似ていたものですから・・・」
と、玲飛は、出されたおしぼりで、思わず首の汗をふいた。
と、その時の玲飛に、ある思いが湧いた。
「だめだ! 絶対に健心に会わせちゃいけない!」
「よりにもよって、このタイミングで・・・、しかも、ここまで似ていたら、健心・・・だめだ! 絶対にだめだ!」
そう、考えた玲飛は慌てて
「清吉、話があるんだ! すまん、料理してるところ」
『どうしたい? 玲飛、慌てて・・・』
「あぁ、実はな・・・」
と、アルバイトの蒼が、栞と双子のようにそっくりで、ここで会わせたら健心が・・・
と、事情を説明した。
『そんなことがあったのかい・・・ここのところ来ないなと思っていたんだけど・・・分かった。 健心が来る前に、早く店を変えな!』
「すまない、清吉・・・この穴埋めは必ず・・・」
『なに、みずくせーこと言ってんだよ、玲飛!』
「・・・最近、そのセリフ良く聞くな・・・」
『なんか言ったかい?』
「いや、こっちの話。すまない、必ず、健心を元気にして、来られるようにするからな、清吉!」
『はいよ~』
と、二人で話をまとめて、清吉が
『蒼さん、このお客様、急用ができたそうで・・・お帰りだよ!』と
「あっ、は、はい・・・」
玲飛は、慌てて携帯を取り出し、{健心}をアドレス帳から呼びだし、発信ボタンを押した。
マコト (金曜日, 01 4月 2016 12:28)
出口の扉の向こうで、携帯の着信音が鳴っていた。
「うそ! まじか? 嘘であってくれ!」
と、願った玲飛だったが
『よっ、玲飛、いま店に着いたところだよ!』
と、その声が、携帯と生の声との音声多重になっていた。
機転を利かせた玲飛は、慌てて店から出て
「お、おぉ・・・健心・・・来たか・・・あのさ、今日満席だってよ!」
『まじかよ~残念だなぁ・・・じゃぁ、清吉に挨拶だけしてくるわ』
「あ、あっ、あのな、清吉忙しそうだったよ!」
と、言ってるそばから健心は、もう店の中へと
『いらっしゃいませ』
と、玲飛には、その声が蒼の声であることが分かった。
万事休すだった。
玲飛が、恐る恐る店の中を覗いた視線の先には
ただ呆然と、蒼を見つめる健心が立っていた。
だが、驚かされたのは健心にではなく、蒼にだった。
マコト (金曜日, 01 4月 2016 12:32)
健心を見つめて蒼は
「えっ?・・・お、理さん・・・理さんでしょ?」と
健心も玲飛も言葉を失った。
「どうして・・・」
それでも健心は
『いや、自分は、小野寺健心と言いますが・・・』
実は、蒼は、栞と双子の妹なのである。
その優しそうな眼差しは、栞そのままだった。
マコト (金曜日, 01 4月 2016 12:37)
御子柴 蒼・・・
一卵性双生児として、栞と一緒に生を受けた。
蒼は、物心ついた頃から、姉の栞と比較され、厳格な父親からは、いつも叱責され続けていた。
それでも、いつも仲のいい姉と妹だった。
「蒼・・・ごめんね・・・同じことをしているのに、どうしてお父さんは、蒼のことばかり叱るんだろう・・・」
『いいのよ、栞・・・ っていうか、栞の方がお父さんに期待されて、なんか可哀そう・・・』
と、生まれたときに誰もがもらう肩書・・・“長”と“次”の違いだけで、その他は何も変わらないはずの二人の人生は、厳格な父親によって、差別され続けていたのだった。
義務教育を終えた栞と蒼は、一緒に同じ高校に進学した。
双子にありがちな、性格の違いもなければ、友達も同じ。
いつも一緒にいた二人だった。
ただ、ひとつだけ違いがあった。
それは・・・
蒼は、全てのことで栞をたてていた。
勉強も、点数は栞よりもいつも下で
部活動も同じテニス部だったが、栞はレギュラーで、蒼は常に補欠として
それは、決して無理をした訳ではなく、自然と植え込まれてしまったものだったのかもしれない。
父親に
「どうして、お前が蒼より成績が悪いんだ! どうして蒼より・・・」
と、全ての場面でそれを聞かされ続けていれば・・・
『栞・・・私が悪いの・・・ゴメン』
「違うよーーー、蒼・・・ 私こそゴメン。蒼に嫌な思いさせちゃって・・・もっと私が頑張らないといけないのよね」
と、姉妹はいつも互いを支え、励まし合っていた。
二人は、姉妹であるとともに、親友だった。
社会人となり、二人はそれぞれ違った会社に就職した。
始めて違った環境に置かれた二人であったが、栞も蒼も、何も変わることはなかった。
だが・・・、
ある出来事が二人の人生を大きく変えたのであった。
マコト (金曜日, 01 4月 2016 22:09)
その出来事とは、高校を卒業して、25年ぶりに初めて開催された同窓会だった。
その頃の栞も蒼も、それぞれに働く会社で、キャリアウーマンとして第一線で働いていた。
栞は、父親に勧められ、若い頃から幾度となく見合いをさせられていた。
当然、そのお相手は父親の御眼鏡に敵う者ばかりで、当たり前ではあるが、栞が“この人”と、思える出会いは一度もなかった。
蒼は・・・、あることを理由に独身を守り続けていた。
その頃の二人は、
「私には、蒼がいるから!」
『え~、それって、独身でいる理由にはちょっと・・・って、そうね、私には栞がいるからね~』
と、互いに生涯独身でいる覚悟でいたのであった。
そんな二人の元へ・・・
同窓会の案内が届いたのである。
二人は、43歳になっていた。
「え~、すごーい! 卒業して以来、初めてよね!」
『うん!』
「ねぇ、蒼・・・行くでしょ?」
『うん、 もちろん行きたい!』
と、二人は、仲良く一緒に参加することを確かめ合った。
だが、この後、栞がいたずら半分で口にした言葉で、二人の人生が大きく変わってしまうことになろうとは、この時の二人には、知る由もなかったのである。
「ねぇ、蒼・・・」
マコト (金曜日, 01 4月 2016 22:21)
栞が、ぽつりとつぶやいた。
「ねぇ、みんな私達のこと、間違えずに分かってくれるのかなぁ・・・」
と、双子にしか分からない、ちょっとした不安を口にしたのだった。
『う~ん、どうかしらねぇ・・・25年も経ってるんだし』
「ねぇ、蒼・・・ ちょっと、いたずらしてみない?」
『えっ? どんな?』
「同窓会って、きっと名札をつけると思うの。 それをさ、最初、取り換えっこしようよ!」
『え~、でも、直ぐに気付かれちゃうと思うんだけどなぁ・・・』
「もちろん、誰かに気付かれたら、そこでいたずらは終了! あれ~、名札、間違えちゃった!って、笑って許してもらおう!」
『・・・う~ん、・・・うん、分かった! やってみよう! なんか、楽しみね』
楽しみに待ちわびていた、同窓会の日になった。
二人は、あえて同じ洋服をまとった。
会場について、受付まで進むと、二人の不安でもあり、また、ある意味期待していたとおりに
「御子柴・・・」
と、受付をしていた男の子が
「えっと~・・・」
受付にいた他の女の子たちも
「久しぶり~・・・って、え~~~ ごめ~~ん、どっちが栞? え~蒼?」
と、一人としてどちらが栞で、どちらが蒼なのか、断定してくれる人はいなかった。
二人は、いたずらが出来ると言う喜び反面、25年という月日で、高校時代の友も、確信が持てなくなってしまったことに、少しだけ淋しい気持ちにもなったのであった。
受付で、名札を受け取った二人は、“計画どおり”に名札を取り換えっこした。
そして、期待と不安を抱えて会場に入ると
「しおり~! あおい~!」
もちろん、名札のとおりに呼んでくれた仲間達であった。
初めの頃は「フフッ、やっぱりみんな気が付かないわね!」と、楽しんでいた姉妹であったが、懐かしい友との再会に
『ねぇ、栞・・・なんかさ・・・』
「そうね、もう白状しちゃおう!」
と、二人で話して名札を外そうとした、その時だった。
「蒼・・・」
と、その時は、名札だけ栞になっていた蒼に向かって、本当の名前を呼ぶ男の子がいた。蒼が、振り返るとそこには・・・
マコト (土曜日, 02 4月 2016 07:03)
後に栞と結ばれ、そして栞の前から姿を消してしまった「理」が立っていた。
今回の同窓会の参加者は、185人
その中で唯一、蒼を蒼と気づいてくれたのが理だったのだ。
せっかくの懐かしい友との再会でありながら、嘘をついていることに、直ぐに意味のないいたずらであったことに気づいた二人。
「もう白状しちゃおう!」と、そう決めた矢先の出来事だった。
「蒼・・・」
と、突然に、そしてその相手が理であったため、頭の中が真っ白になり、つい
『あっ、いや・・・わたし・・・栞だけど・・・理君、久しぶり~』
と、思わず嘘をついてしまった蒼だった。
理は
「ご、ごめん・・・栞・・・」
「その、後ろで手を組む癖・・・あの頃の蒼のままだと思ってさ、・・・つい・・・、ゴメン」
と、とても申し訳なさそうな表情で蒼を見た。
理のその言葉を聞いて、蒼は、一瞬にして自己嫌悪に陥った。
『自分でさえも忘れていた癖を、25年経った今でも、覚えていてくれたのね・・・ごめん、本当は・・・私は蒼なの』
と、直ぐにでも言いたかった。
だけど、隣でそのやりとりをみていた栞が
「もう、理ったら・・・私が蒼だよ!」
と、話を合わせてしまったのだった。
もう、どうすることも出来なかった蒼であった。
マコト (土曜日, 02 4月 2016 08:31)
理は、今回の同窓会の代表を務めていた。
進学校にありながら、唯一、就職した、いわば“落ちこぼれ”の生徒だった。
それでも、面倒見の良かった理は、皆に担ぎ上げられ代表を引き受けたのだった。
蒼と理は、3年間同じクラスだった。
授業中、居眠りばかりしていた理に
『はい、ノート・・・少しはテスト勉強しないと、進級出来ないよ!』
と、蒼は、何故か理をほっておけなかった。
蒼は、いつも理を見ていた。
ようやく、それが理に対する恋心であることに気づき始めた時だった。
栞が
「わたし・・・野球部の理のことが好き」
と、蒼に告白したのだった。
『えっ? ホンとなの?』
「・・・うん」
蒼は
『だめよ! わたしが、理のことを好きなんだから!』
と、栞に言いたかった。
でも、この双子の姉妹の場合、好きになった異性に対しての絶対的なルールがあった。
それは、二人で相談して決めたルールではなく、いつも妹として、一歩ひいてしまう蒼の中でだけのルールだった。
だから、その時も
「ねぇ、蒼はどうなの? いつも仲良く二人でいるけど・・・」
『え~ ただのクラスメイトよ! なんとも思ってないわよ! 理のことなんか』
と、答えてしまったのだった。
マコト (土曜日, 02 4月 2016 08:33)
栞と蒼
その仲間達の高校生活は、本当に楽しかった。
もちろん理も、その中にいた。
蒼に「私は理が好き」と“釘を刺した” 栞だったが、理に告白することはなかった。
部活動が終わったあと、よく3人で帰ることがあった。
栞と理が並んで、蒼は、いつも一歩さがって歩いていた。
3人が向かい合って話すときは、いつも蒼は手を後ろで組んでいた。
そう、その仕草は、本音を隠したいという、深層心理の現れだった。
それでも、蒼は理と一緒にいる時間が、何よりも好きだった。
結局は、栞が理と付き合うこともなく卒業式を迎えた。
卒業式も終え、3年間過ごした学び舎を出ようとした時だった。
「なぁ、蒼・・・」
『なぁに、理』
「今日で、お別れだな・・・」
『えっ? ・・・う、うん・・・』
「なぁ、高校生最後の日に。蒼とどうしてもやりたいことがあるんだ・・・ちょっと、つきあえよ!」
『えっ、あ、・・・うん』
二人は、校舎の屋上に上がった。
『理・・・何するの?』
と、蒼は、胸の高鳴りを抑えることができなかった。
マコト (日曜日, 03 4月 2016 22:00)
校舎の屋上に立った二人
理は、部活動で使っていたバッグから、グローブとキャッチャーミットを取り出し
「これ」
と、グローブを蒼に手渡した。
『えっ?』
「キャッチボールしようぜ!」
『え~~~』
と、蒼の返事を聞かずに、理は離れていってしまった。
「行くぞ! 蒼」
『・・・う、うん!』
理の投げたボールが、蒼の構えたグローブに収まった。
「うまいじゃん!」
『でしょ!』
蒼は、幸せだった。
高校生活の最後の日に、初めて理と二人きりになることができた。
理は、1球投げるたびに、蒼に言葉を送った。
「なぁ、蒼・・・」
『おぅ、また捕れた。 なに? 理』
「おい、ちゃんと、投げろよ!・・・蒼・・・東京に行っても、変わるなよ!」
『えっ? どういう意味?』
「ずっと、優しい蒼のままでいてくれよ! って、ことさ」
『なによ~ それ! 私は、ずっと私のままだよ!』
そんな会話を幾度となく繰り返していたが、理が、ふと真面目な顔になって
「大好きだったよ! 蒼のことが」
と、言われた瞬間に頭が真っ白になってしまった蒼は、投げられたボールを、初めて受け取ることが出来なかった。
『えっ?』
「お~い、ボール、後ろに行っちゃったよ!」
『えっ、あ、・・・もう、変なところ投げるからだよ!』
と、ボールを拾いに行きながら、一生懸命に、次に投げ返す言葉を考えていた。
マコト (日曜日, 03 4月 2016)
ボールを拾って、戻ってきた蒼は、ボールを持ったまま手を後ろに組んで
『なに、わけの分からない事、言ってんの? ・・・理は、栞のことが・・・』
と、小さな声で答えた。
すると、理が
「なぁ、蒼・・・」
「蒼は、俺と栞と三人で話すときは、いつもそうして、後ろで手を組んでさ・・・」
「なぁ、蒼・・・自分にもっと自信を持てよ!自分を一番に好きになれよ!きっと、その方が、蒼はもっと輝いていれると思うから」
『えっ?』
と、蒼は手を前に戻して
『なに? これ、私のただの癖よ!』と
理は、蒼のその言葉に
「あぁ、そうかもな! でもな蒼・・・、俺はずっと見て来たぜ! 栞が隣にいないときに、その癖とやらのポーズをしている、蒼を見たことがないよ! ずっと、見てきたけどな・・・」
と、優しく微笑んだ。
『えっ? ・・・ずっと?』
その言葉に、蒼の目には、涙がいっぱいになっていた。
『理・・・』
すると、理が
「お~い、ボール! 早く投げ返してこいよ!」
蒼が、慌てて投げ返したボールは、理が受け取ることが出来ないところに行ってしまった。
「おいおい・・・」
ボールを拾ってきて、そして、理はこう言った。
「おれ、蒼が好きだ! 蒼を守りたい! それに応えてくれるなら・・・」
「俺からの最後のボールだ! 応えてくれるなら受け取ってくれ」と
「行くぞ! 蒼」
と、理はボールをゆっくりと受け取れるように投げた。
マコト (月曜日, 04 4月 2016 06:15)
これまで、ずっと恋に臆病だった蒼は、人生初めてのシチュエーションに、気持ちの整理もできないまま・・・
それでも、あえて考える間をおかずに投げてくれた理のボールを
絶対に受け止めようとグローブを差し出した。
心の中で『私も理が好き』と、言い切って
だが、涙に濡れた蒼の目は、ボールを二重に見せた。
『あっ・・・』
たたずむ蒼の後ろを、ボールが転がっていた。
そのボールを理は、ゆっくりと拾いに行った。
帰ってきた時の理の表情は、初めて蒼に見せた真面目な顔から、いつもふざけ合っていた頃の顔に戻っていた。
そして
「へったくそーーー!」と、蒼を茶化した。
理が蒼に「へただな!」と、言った意味は
「断るなら、もっとうまくやれよ!」という意味だった。
それは、理から見ていて、そのままグローブを動かさなければ、ボールがグローブに収まるところを、最後に蒼がグローブを動かしたのが見えたからだ。
その動かし方が、今までと全く違って、ぎこちなく見えたのだった。
蒼の想いは、グローブを動かしたことで、逆の意味に伝わってしまったのだった。
何も、言えなくただ、たたずむ蒼に
「蒼・・・ごめんよ」と
「あぁ、でも楽しかったよ、キャッチボール」
そして、蒼の前に立ち
「蒼・・・東京に行っても頑張れよ! 俺は、地元に残って一所懸命に働くからな! 仲間達が戻ってきたときに、誰もいないんじゃ寂しいだろうからさ!」
と、ボールを蒼に手渡し、蒼の頭を“いい子いい子”した。
蒼は、理の胸に飛び込みたかった。
そして、ギュッと抱きしめてほしかった。
それでも・・・、
蒼の中にいるもう一人の“臆病な蒼”が、それを許さなかった。
二人は、3年間過ごした校舎をあとにした。
マコト (月曜日, 04 4月 2016 06:17)
二人が校舎を出ると、他のクラスの仲間達が待っていた。
その中には、もちろん栞もいた。
「おぉ、みんなぁ・・・教室に忘れ物しちゃってさ、最後になっちまったな」
と、理が何事もなかったかのように、その場を取り繕った。
仲間達は、それぞれにハイタッチをして、互いの卒業を祝い合った。
栞が蒼のところに来た。
栞は、蒼が泣いた後であることに、直ぐに気づいた。
「蒼・・・何かあったの?」
『えっ? なんで・・・』
「涙・・・」
『えっ? あ、 卒業式でたくさん泣いちゃって・・・』
と、蒼はうまく誤魔化せたと思った。
だが、明らかに元気のない蒼を見て栞は、勝手な想像を膨らませてしまったのである。
「蒼・・・きっと、理に告白したんだわ。 そして、ふられたのね。 理も、どこか様子がおかしかったもの」と
でも、それは決して蒼に対して嫉妬心を抱いたものではなかった。
いつも、自分を守ってくれる蒼が、好きになったのなら、それを応援してあげたいと思った栞なのである。
そう、互いが互いのために、自分の気持ちを抑えてしまう。
蒼も栞も、そういう女の子だったのである。
栞は
「蒼・・・帰ろう」
と、高校生活の思い出話をしながら、一緒に家路についた。
そして、途中、栞は蒼に向かって
「大学に行ったら、新たな出会いがあるのよね・・・私にも・・・蒼にも」
「その出会いを大切に、頑張って行きましょうね」
と、互いに前を向いて歩んでいこうと誓い合ったのだった。
マコト (月曜日, 04 4月 2016 12:18)
高校を卒業した理は、輸入販売関連の会社に就職した。
社長に類い稀な才能を見出され、入社3年目にして、アメリカ本社への転勤
それは、異例の抜擢だった。
理は、必死に働いた。
気が付けば、22年間、一度も日本に帰ることが出来なかった。
そして、40歳になった理は、関連企業の社長となって日本に戻ってきたのであった。
従業員300人を抱える会社のトップとなって。
一方、栞と蒼は・・・
栞は、父親に勧められるままに、お見合いを繰り返し
時には、お見合いの帰り道に、相手に強姦されそうになったこともあった。
父親の身勝手な振る舞いに、栞は、人を愛するという感情を持てなくなっていた。
いつしか、父親も栞の政略結婚を諦めていた。
「もう、栞の好きにするがいい!」と
それは、栞の幸せを願ってではなく、栞に対するダメ出しだった。
蒼は、たくさんの出会いがあった。
でも、一歩踏み出そうとするとき、必ず、あの時のシーンが思い出されてしまうのであった。
そう、それは、差し出したグローブの横をすり抜けるボールだった。
それは、スローモーションで、ボールが自分の横を通り過ぎるものだった。
誰と恋をすることもなく、大学を卒業した蒼は、理の
「俺は、地元に残って一所懸命に働くからな! 仲間達が戻ってきたときに、誰もいないんじゃ寂しいだろうからさ!」
その言葉を信じて、地元の会社に就職した。
そう、それは、理が待っていてくれるはずの地元に戻ってきたのである。
だが、そこに理はいなかった。
マコト (火曜日, 05 4月 2016 06:22)
そして、43歳になったときに、同窓会を案内する手紙に書かれてあった、代表を務める理の名前を見て、蒼は、理が日本に帰っていたことを初めて知ったのだった。
『理・・・帰ってきていたのね』
だから蒼は、理との再会を何よりもの楽しみにして、この同窓会に出席していた。
もちろん、その時の栞には、蒼のそんな想いを知る由もなかった。
そして、同窓会に・・・
ちょっとしたいたずら気分で、栞を演じていた時に、しかも心の準備もないままに突然・・・、
理が、「蒼だろう!」と、声をかけてくれた。
蒼は、咄嗟に
『あっ、いや・・・わたし・・・栞だけど・・・』と、口にしてしまった。
いまは、目の前で栞が自分に代わって、蒼となって理と話している。
理は、25年経ったいまでも、蒼の癖を覚えていてくれた。
蒼は、理からもう一度投げられたボールを、また、掴み損ねてしまったと思った。
蒼の頭の中は、真っ白になっていた。
「栞・・・ねぇ、栞ってば・・・」
『えっ? な、なに? 私?』
「そうよ、栞! なに、ぼーっとしてるのよ! 三人で写真を撮ってもらおうよ!」
『えっ? あ、う、うん』
それは、栞がぼーっとたたずむ蒼に気づかって、声をかけてくれたのだった。
そこに、その日のカメラマン担当が来てくれた。
「ねぇ、近藤君! 写真、お願い」
それは、三人が一緒に撮った最初で最後の写真だった。
その写真は、理を中心に
その右側には、理の右腕をしっかり両手でつかむ栞が
そして、左側には・・・
胸に「御子柴 栞」の名札をつけ、後ろで手を組む蒼が写っていた。
蒼の精一杯の笑顔で。
マコト (火曜日, 05 4月 2016 06:28)
蒼が、とても楽しみにしていた同窓会
だが、この出来事のあと蒼は、持病の片頭痛に見舞われてしまった。
そう、突然に。
頭を押さえながら、栞を会場の隅に連れて行き
『栞・・・ごめん、わたし、片頭痛が・・・』
「え~~~どうする蒼・・・部屋に行って休もうか?」
『・・・うん・・・ごめん、栞』
蒼の片頭痛は、中途半端なものではなかった。
一度、片頭痛が始まると、三日間は起き上がることができないほどだ。
その時も、理に嘘をついてしまった自己嫌悪が引鉄になってしまったのか・・・、立っていることができないほどの痛みに見舞われた。
同窓会の会場は、西日本宇津宮ホテル。
実は、ゆっくり同窓会を楽しもうと、そのホテルに宿泊の部屋をとっていた栞と蒼だった。
部屋に行き、蒼は、洋服だけを抜いて、下着姿でベッドに横になった。
『栞・・・戻って、私は大丈夫だから』
「いいの?」
『もちろんよ、せっかくの同窓会だもの・・・栞は、楽しんできて』
「・・・うん、蒼・・・ゆっくり休んでね」
蒼が眠る部屋を出た栞
その胸には「御子柴 栞」の名札がつけられていた。
同窓会会場に戻った栞は、身近にいた仲間たちに
「ごめん・・・わたし、栞です。 いたずら気分で・・・」と、謝った。
仲間たちは、笑って許してくれた。
「もう、あなた達ったら!」
「・・・ところで、蒼は?」
片頭痛で部屋に行って休んでいることを正直に伝えた。
その頃・・・、
理は、代表としての仕事をこなしていた。
もう、理に近づくことも出来なさそうな忙しさだった。
だから、栞が、もう一度理と話す機会もなく、同窓会は終わった。
参加者たちは、二次会の会場へと移動し始めていた。
栞は、それには混ざらずに、蒼の様子を見に行くために会場を出た。
栞が、会場を出たその時だった。
「栞!」
『えっ?」
栞を呼び止める者がいた。
マコト (火曜日, 05 4月 2016 12:30)
「栞!」
それは、理だった。
理は、栞に走り寄って
「聞いたよ! 蒼が体調崩して休んでいるんだって?」
『あっ、う、うん・・・』
「行くんだろう? 蒼のところへ」
『うん』
「俺も連れて行ってくれ! 代表として、責任あるからな!」
『えっ? あっ、・・・うん』
二人で、エレベーターに乗り込んだ。
栞が
『理・・・あのねっ、さっき話したとき・・・』
理は、微笑んでこう言った。
「あぁ、分かっていたよ! 二人が入れ替わっていたことだろう?」
『えっ? ・・・分かっていたの?』
「あぁ・・・」
『だって、仲良かった女の子でさえ、誰も気づかなかったのに・・・』
「えっ? そうなのか? まぁ、25年も経っているんだし・・・、それだけ二人がそっくりだっていうことなんだろうからさ・・・、みんなを悪く思わないでやってくれ!」
栞は、理の言葉に、自分たちのした事の愚かさを知った。
『それって、本当なら私たちが悪く言われても仕方ないことなのに・・・それなのに、理は気づかなかった同級生たちをかばって・・・ごめんなさい』
そう、心の中でつぶやいた。
そして
『ねぇ、どうして気づいたの?』
と、理に尋ねようとしたときに、ちょうどエレベーターが8階に着いてしまった。
「ここか?」
『う、うん・・・』
部屋の前についた二人
栞が
『ちょっと、先に入って様子見てくるね! 理は、ここで待ってて』
「あぁ」
理を残して、栞は部屋に入っていった。
「蒼・・・」
マコト (火曜日, 05 4月 2016 23:04)
栞の呼びかけに、蒼は返事をすることさえ辛そうだった。
『栞・・・ご、ごめ~ん・・・心配かけて』
栞は、蒼が片頭痛に襲われている様子を、これまで幾度となく見てきた。
だから、この時の蒼の様子で、それ以上の声掛けも出来ないと思った。
蒼は『栞は、二次会に参加してきて』と
蒼の気持ちを考えれば、そうせざるを得ないと栞は思った。
『・・・うん、ごめんねぇ、私だけ・・・』
蒼は、その会話と同時に布団を深くかぶり直して、寝返りをしてしまった。
栞は、
「理が部屋の外で待ってるのよ!」
と、伝えようとしたが、蒼の後姿が、それを拒んでいるように思えてしまったのである。
やむを得ず、栞は、何も言わずに部屋から出て行った。
部屋から出てきた栞は
『ちょっと、無理みたい・・・ごめん』
「無理って? 大丈夫なのか? 医者に行くとか・・・なぁ、声をかけてあげることだけでも出来ないか・・・なぁ、栞!」
その時の栞には
「理って、本当に責任感が強いのね、 さすが代表ね!」
と、理の本当の気持ちなど、考えにも及ばなかった。
だから、栞は、首を横に振って
『蒼の片頭痛は、直ぐには治らないの』
と、理を部屋に入れようとはしなかった。
蒼が、ずっと楽しみにしていた同窓会
25年ぶりに再会できた理と会話を交わしたのは
「蒼・・・」
『あっ、いや・・・わたし・・・栞だけど・・・理君、久しぶり~』
「ご、ごめん・・・栞・・・その後ろで手を組む癖・・・あの頃の蒼のままだと思ってさ、・・・つい・・・ごめん」
この、会話だけだった。
蒼と理
あの時、蒼がボールをキャッチすることさえ出来ていれば・・・
理が、海外で働くことにならなければ・・・
名札を取り換えるようなことをしなければ・・・そして、ほんのわずかでも、理が声をかけるタイミングが遅ければ、名札を元に戻していた蒼と話すことができたのに・・・
そして・・・
片頭痛さえ、おきていなければ・・・
幸せになることは許されないと、誰かが決めたかのように二人の人生はすれ違った。
この同窓会で『栞だよ!』と、嘘をついてしまった会話を最後に、もう会話を交わすことが出来なくなることなど、知る由もなかった蒼だった。
同窓会は、全て終わった。
マコト (水曜日, 06 4月 2016)
同窓会が終わって、2週間が過ぎた頃、
蒼のもとに1通の手紙が届いた。
少し厚みのある手紙のその差出人は、同窓会カメラマンの近藤だった。
そう、同窓会の写真が送られてきたのである。
蒼が、封を切ると数枚の写真が入っていた。
蒼は、1枚1枚丁寧に写真を見ながら、仲間達とのわずかな時間の同窓会を思い出した。
『滋子、範子、慶子、淑子、麗ちゃん、・・・みんな相変わらず可愛い~』
『孝子・・・いいなぁ、克也と仲良しだったなぁ、うらやましいよ~』
『お~、ヤヨーーべだ!・・・お花、ありがとう、ホンとに嬉しかったぁ』
『おっ、春実だ!・・・一人で料理と格闘していたわよね! 女子は、ほとんど食べていなかったのに・・・でも、相変わらず綺麗! 細いしさ』
『きゃぁ、真人だ! 相変わらずしこってるって言われていたわね』
そして、それが最後の一枚だった。
『あっ・・・』
自然と涙が出てきた。
理に笑顔で寄り添う栞、そして
『わたし・・・理の言うとおりなのね・・・後ろで手を組んでる』
涙で、写真がにじんで見えた。
『わたし・・・あなたに嘘をついたままなのね・・・ごめんなさい、わたし・・・あなたに逢いたくて同窓会に参加したのに・・・』
しばらく写真を見ていた蒼は、箪笥の上に置いてあった写真立てに手を伸ばした。
そして、栞と二人で撮った昔の写真を抜き取り、そこに・・・
理と栞と三人で撮った写真を、その写真立てに入れて、そしてまた箪笥の上にそっと置いた。
『理、わたし・・・』
その時の蒼は、ある想いを抱いていたのだった。
マコト (木曜日, 07 4月 2016 20:09)
蒼に写真が送られてきた日、同じように栞のところにも、1通の手紙が送られてきていた。
それは、やはり近藤カメラマンからだった。
三次会まで参加した栞の手紙には、蒼の3倍にもなる写真が同封されていた。
栞は、「うわぁ~、嬉しい」
と、喜び勇んで封を切り、写真をみた。
人生において・・・
あの時に“…たら、…れば”と言いたくなる出来事が、幾度か訪れる。
それは、その人生の主人公が、それを望んでいようが、いまいが・・・
この日の出来事は、栞と蒼の人生に、すでに生まれてきたときから準備されていたかのように、二人の人生のレールの上には、ポイント(分岐器)が置かれてあったのだ。
そう、そしてそのポイント(分岐器)を父親が操作したのである。
それは、本当にたまたまだった。本当に・・・
その日、父親が栞のマンションに来ていたのである。
喜んで、写真を見ていた栞に
「なんの写真を見ているんだい?」
『あぁ、これ? 同窓会があってさ・・・』
「おぉ、同窓会に行ってきたのか? お父さんにも見せてくれよ!」
『どうぞ!』
と、栞は写真を父親に手渡した。
写真を父親に見せることによって、栞の人生が大きく変わろうとも知らずに。
父親は、一枚一枚食い入るように写真を見ていった。
「なんだ、蒼とまったく同じ服装で行ったのかぁ」
「素敵な男性も、たくさんいるじゃないか! みんな既婚者なのか?」
「おぉ、栞も蒼も楽しそうじゃなぁ」
と、父親も娘たちの笑顔の写真を見て、嬉しそうだった。
だが、次の瞬間だった。
「えっ? この人は・・・」
と、理と蒼、そして栞の三人で撮った写真を栞に差し出して
「これは、うちの会社と一番に取引のある会社の社長さんじゃないか!」
と、理を指さして、そう言った。
『えっ? お父さんの会社と?』
マコト (木曜日, 07 4月 2016 20:11)
人の“思い込み”というものは、ときに恐ろしいものに化ける時がある。
そこに、変な先入観が交じり合うと、それはとてつもなく、的外れな思い込みへと膨れ上がってしまうのだ。
写真を見たときの父親の思い込みが、ひどいものだった。
理と腕を組む栞をみて
「栞は、社長と嬉しそうに腕を組んで・・・社長のことが好きなのか?」
そして、一歩下がって手を後ろで組む蒼を見て
「それに引き替え、蒼は、なんだ! いやいや写ってるじゃないか!」と
そう勝手に思い込んでしまったのである。
栞は、長女として生まれた、ただそれだけで蒼と比較され父親から厳しく育てられてきた。
社会的に地位の高い人とのお見合いを強要され、結果、これまで独身を通すことになってしまった。
父親は、それが間違いであったことに、ようやく気付いたのであった。
だから、この頃には
「栞の好きな人と結婚しなさい」と、ただ栞の幸せを願う、どこにでもいるような父親に変わっていたのであった。
もちろん、栞と蒼、差別することなく、二人の幸せを願っていた。
それなのに、写真を見せられ、的外れな思い込みをしてしまったがために・・・、
この後、父親の行動によって、栞、蒼、そして理の人生が大きく変わっていってしまうことになるのであった。
マコト (金曜日, 08 4月 2016 20:02)
写真を見終えた父親は、携帯を取り出して、電話帳で誰かの登録を探し始めた。
「おぉ、あった、あった!」
「なぁ、栞・・・」
『なぁに、お父さん・・・』
「ちょっと、社長に電話してみようと思うんだが、何か、伝えてほしいことはあるか?」
『えっ? 社長って? 理のこと?』
「あぁ、そうだよ!」
『えっ? どうして電話するの? 理に何か用事でもあって電話するの?』
「いやぁ、これまで栞たちと同級生だったことも知らずにいたなんて、申し訳ないことしたなと思ってさ・・・ご挨拶だよ!」
『ふ~ん、それならどうぞご自由に・・・』
「それじゃ、さっそく・・・」
栞は、父親の会話を耳ダンボにして、聞いていた。
「御子柴です。 社長、ご無沙汰して・・・はい・・・はい・・・そうです」
「いやぁ、うちの娘達が・・・えっ? 分かりませんか? 御子柴 栞と蒼です」
「はい・・・そうです・・・いやぁ、まったく知らずに・・・えぇ、・・・そうです」
「いやねっ、いま、栞のマンションに来ていまして・・・はい・・・写真を拝見させてもらって・・・はい・・・はい、その写真ですよ・・・はい・・・いやぁ、栞と腕を組んで、いやぁ、お似合いだと・・・いやぁ、そんなご謙遜を」
「栞は、社長のことを、とても良く言っていますよ・・・えぇ・・・はい・・・はい」
「いやっ、社長、お似合いだと思いますよ! ・・・えぇ・・・はい」
「どうです、一度、二人で食事でも!・・・えっ?・・・いや、栞とですよ、もちろん!」
その会話を聞いた栞は
『えっ? お父さん、何言ってんの、辞めて!』
と、止めたい気持ちと、
『え~、理と二人で食事が出来るかも』
と、二つの気持ちが混じり合って、栞は、結局父親の暴走を止めることが出来なかったのであった。
マコト (金曜日, 08 4月 2016 20:04)
意識的な思考が、自分の行動をコントロールしていると考えている人は多いだろう。
だが、そうではなく、意識とは、すでに決定された物事を認識して、それを自分が行ったと主張するだけの受動的なものでしかないのだ。
“意識しないようにしよう”と思えば思うほど「してはいけない」という方向に囚われるのが人の心理である。
意識は、人に「気付かせる」だけの、脳の仕組みのほんの一部でしかなく、実際の機能のすべては無意識下で動いているって、えら~い学者さんが言っている。
この時の栞は、父親と理の会話をさも “聞いていませんよ”と、意識的に昼食の用意を始めていた。
それは、心の奥の“嬉しい”という気持ちを悟られたくないと無意識のうちに思ったからだ。
「おい、栞・・・」
『えっ? あっ? な、な~に…お父さん・・・』
「あのな、社長さんが栞と二人で食事をしたいそうだ! ちょっとしたお見合いだな!」
『えっ? なに? いきなりそんな話をしたの? 私・・・そんなこと一言も言ってないけど!』
「まぁ、まぁ、いいじゃないか! せっかく社長が、そう言ってくれたんだから、行ってくれるよな! 栞」
『え~・・・』
栞は、困ったような素振りで返事をしたつもりであった。
だが、栞の『え~』が、父親には
「なんだ、栞も行きたかったんじゃないか!」
と、思えてしまったのであった。
マコト (金曜日, 08 4月 2016 20:06)
実は、栞の父親から電話を受けた理が、「栞と一緒にご飯でも」と言われたことに、二つ返事で了解したのは、その頃の理のおかれた状況から、そう返事せざるを得なかったからなのであった。
理が社長を務める会社は、栞の父親が社長を務める会社の傘下にあった。
しかも、円安による株価下落など、その頃の会社経営は自転車操業だった。
そう、父親からの依頼を受けないわけにはいかない立場にあったのである。
だが、父親は、決して権力を振りかざして、理にお願いした訳ではなかったのである。
ただ、理が勝手にそう思い込んでしまっただけなのであった。
その勝手な思い込みが、後に理自身を苦しめることになろうとは、夢にも思っていなかった理であった。
数日後、理が栞に連絡をして、二人きりの食事会の日程が決まった。
栞は、純粋に嬉しかった。
そして、その喜びを蒼に伝えたいと思った。
ちょうどその頃・・・
蒼は、理に会って、同窓会で心配をかけたことを謝りたいと考えていた。
そして・・・
『あの時・・・ボールをキャッチすることが出来なかったときから、ずっと理のことが・・・』
そう、告白したいとも考えていた。
それを、栞に相談しようと思った蒼は、栞に電話した。
二人が、電話しようと思うタイミングは、恐ろしいくらいに、いつも一緒だった。
だから、いつも「私も電話しようと思っていたの!」から、会話がスタートするのである。
しかも、何か相談事があるのも、いつも一緒だった。
「え~、私も相談事があるの」と
そして、二人の中には、自然とあるルールが出来上がっていた。
聞き上手の栞が、先に蒼の相談事を聞いて、それから栞が蒼に相談するという順番である。
だが、悩み事は、いつも似たようなものだった。
蒼が先に悩みを打ち明けたことで、栞が蒼に譲る場面がこれまでも幾度もあったのである。
それなのに・・・
マコト (土曜日, 09 4月 2016 22:35)
『もしもし、栞、元気してる?』
「蒼ぃ~、私も、いまちょうど電話しようと思っていたところ! 元気よ! 蒼は?」
『私も、元気!』
その次の会話は、まったく同じタイミングだった。
「相談があるの・・・」
『えっ? 栞も?』
「蒼も?」
この時も、これまでに自然と培われた二人の中のルール通りに、
「蒼、なに? 聞いてあげるから、先に話してごらんよ!」
と、栞は言ったのである。
ところが、まだ、ほんのすこしだけためらいの気持ちがあった蒼は
『・・・う~ん、栞から話して』
と、初めて栞に先に話すように返したのである。
「珍しいわねぇ・・・蒼」
この時に、今まで通りに蒼から相談していれば・・・
栞は、理と食事の約束をしたことなど話さず、そして、蒼と理のことを応援する立場になっていたはずなのである。
そう、今までもずっとそうしてきた栞だから。
栞は、蒼が理に逢いたいと願っていることなど、夢にも思わなかった。
だから、正直に、その時の栞の気持ちを蒼に伝えたのであった。
「じゃぁ、私から話すね! あのね、蒼・・・」
マコト (土曜日, 09 4月 2016 22:36)
栞は、理から食事の誘いを受けたことを話した。
それを、ただ茫然と聞くことしかできなかった蒼だった。
「ねぇ、どう思う? 蒼・・・ねぇ、蒼ってば」
『えっ? あっ、すご~い! お父さんが、もし来ていなかったら、こんな展開にはなっていなかったかもね・・・お父さんに感謝しな、栞』
「あぁ、そうなるのかな・・・そうね。 で、どう思う? 二人で食事してきてもいいのかな?」
『えっ? なに? もしかして、私に変な気を使ってるの? それは、お門違いよ、栞』
「そうなの?ホンとに?」
『もちろんよ!』
蒼の目には、自然と涙が流れ落ちていた。
蒼は、栞に悟られないよう、精一杯に、適当な相談事をみつけ、そして電話を切ったのだった。
電話を切った蒼は、誰のせいでもなく、自分が決めたことだからと、そう、自分に言い聞かせるしかなかった。
『栞は、ちゃんと、私を気遣ってくれたのよね・・・ 栞が、幸せになって』
そう言って、箪笥の上に置いてある三人の写真に手を伸ばし
『理・・・』
しばらく、写真を見つめていた蒼は、その写真立てを箪笥の奥にしまって、そっと引き出しを戻した。
ひざから崩れ落ち、じゅうたんが濡れるほど涙を流した蒼だった。
マコト (月曜日, 11 4月 2016 18:06)
そして・・・
それから10年が経っていた。
居酒屋・居心家 (イゴゴチ)で、蒼に『理でしょ?』と、声をかけられた健心は、
「自分は理さんではないです。 以前にも同じことを言われたことがあります・・・あなたと、そっくりな方に」
蒼は、それを聞かされて、やっと我に返った。
『ごめんなさい、あまりにも理と似ていたものですから・・・あなたが、健心さんなのですね』
「えっ? 僕のことを知っているのですか?」
『・・・はい、姉の最後の手紙に、あなたのことが書かれてありましたから・・・』
「お姉さん? 最後の手紙? もしかして、それは・・・」
『はい、私は、栞の妹です。栞は、双子の姉です』
『・・・そうでしかた』
その二人の会話を見守っていた店長の清吉が
「なぁ、健心も玲飛もさ、まずは座れよ! 蒼さんも、他のお客様がお待ちだよ!」
『あっ、す、すみません』
「いや、いいんだ。 お店の営業が終わったら、ゆっくり話すといいよ、健心と」
『あっ、はい』
蒼は、自分の持ち場に戻り、健心と玲飛は、いつものカウンター席に座った。
「あれっ? なぁ玲飛・・・」
『なんだい?』
「お前・・・今日は満席だって言っていなかったか?」
『・・・・・』
「玲飛、お前・・・なんか、変な心配したんだろう!」
ずばり当てられた玲飛は、自称“誤魔化しの貴公子”の本領を発揮したつもりで、調理場に立つ清吉に向かって
『なぁ、清吉・・・さっきの、初鰹のいいところ頼むよ! 今日は、健心のゴチだからさ!』
と、話題を変えようとした。
が、健心は、そんな玲飛に
「ありがとな、心配してくれたんだろう・・・でも大丈夫だから」
と、煙草に火をつけた。
そして、それを聞こえないふりをするのも、玲飛のいつものこと
『あれっ? なんだっけ? あぁ、ビールだ! ビールを頼んでねーじゃん!』
二人は、蒼が運んでくれた中ジョッキーのグラスを合わせた。
マコト (月曜日, 11 4月 2016 22:57)
健心と玲飛は、面白い二人なのである。
健心からすれば、元妻であり、親友玲飛の今カノの希咲
玲飛からすれば、元妻であり、親友健心の今カノの美子都
この二人の話題を、酒の肴にして飲むのである。
『なぁ、健心、知ってるか? 美子都のスキーリフト落下事件の話』
「あぁ、聞いた、聞いた!」
『笑えるよなぁ、恥の上塗りっていうんだろうな』
「あぁ、まったくだな! 美子都がリフトに乗り損ねて恥をかいているところに、次に乗ろうとしていた“バテオ”が、先に乗って状況の分からないやつに知らせてさ」
『あぁ、それもリフトを止めたやつは“猿だよ!猿!” だもんな!』
「想像しただけで、笑えるよな!」
普通であれば、別れた元妻のことを好んでは話さないだろう。
あるいは、嫌いになって別れた訳ではないのなら、嫉妬心のようなものがおきるであろう。
だが、この二組のカップルには、一切、そういうことはなかった。
もちろん、一緒に暮らしていた元夫の方が、元妻のことを知っていることが多かった。
だから互いの元夫が
『おい、それはあいつの地雷だぜ!』
「まじか! やっべ、やべっ!」
『まぁ、美子都は、好きなだけ食わせておけば、そこそこご機嫌いいからな!』
「・・・確かに」
健心と希咲
玲飛と美子都
夫婦という肩書を取ったことで、以前より仲良くなっていたのかもしれない。
なんでも、好きなことを言い合って、それでも、ちゃんと思いやりをもって
この二組のカップル4人組みは、かけがえのない仲間として、いつもそばにいたのであった。
マコト (月曜日, 11 4月 2016 22:59)
その日の居酒屋「居心家」は、いつになく混んでいた。
健心が、ふと店を見渡すと、蒼が忙しそうに接客に追われていた。
「なぁ、玲飛・・・蒼さんって、栞の葬儀にいたか?」
『いやっ、気が付かなかったなぁ・・・』
「栞さんを何度も見舞ったとき、栞さん、よく昔の話を聞かせてくれたけど、一度も妹がいるなんて、言ってなかったよ」
『そうなんだぁ・・・』
健心は、グラスを持ったまま蒼を見ていた。
その様子をみて玲飛は、やはりその話題に触れないわけにはいかなくなった。
『なぁ、健心・・・』
「なんだい?」
『まだ、辛いか?』
「・・・栞のことか?」
『あぁ、そうだ。・・・美子都が心配しているよ』
「美子都には、本当に申し訳ないことをしたと思っているよ」
『健心は、美子都を裏切ってしまったようなことを言っていたけど・・・それは、違うんだろう? 美子都が嫌いになった訳じゃないよな?』
「あぁ、もちろん、嫌いになんかなっていないよ! ただ・・・」
『ただ? なんだい?』
「最初は、栞の余命を聞かされて、それで、理になり切ろうとしていた自分だったけど・・・毎日のように見舞っているうちに・・・」
『愛情に変わったのか?』
「・・・分かんない。 あれを愛情というのか。 ただ、一日でも長く、そして俺がそばにいることで、穏やかな気持ちでいてほしいと、ただ、それだけを願っていたよ」
『そっか・・・毎日、辛かったろう?』
「いや、辛いというか・・・」
健心は、そこで言葉を詰まらせ、一粒の涙を流した。
玲飛は、ただ黙って空いたコップにビールをついだ。
『飲もうぜ! 健心』
「・・・あぁ」
マコト (月曜日, 11 4月 2016 23:01)
店の営業の終了時間が近づいてくると、客もまばらになってきた。
店長の清吉が
「蒼さん、今日はもう仕事はいいよ! その代り、そこの二人の酔っぱらいを面倒みてくれるかい?」
『店長・・・』
「お疲れ様、蒼ちゃん」
仕事着から、着替えて戻ってきた蒼をみて、二人は愕然とした。
ポニーテールにしばってあった髪を降ろし、ニットのセーターにスキ二ーのジーンズ姿に、二人は見とれてしまったのだ。
「あ、あのぉ、蒼さんは栞さんと双子だって言っていましたよね?」
『はい、私が妹です』
「いや、そういうことじゃなくて・・・」
『はっ?』
「ということは、僕たちと同い年ということになるのかなと・・・」
蒼は、愛想笑いを浮かべて、その場をやり過ごした。
そこに清吉が、
「なぁ、レディを立たせたままで、お前たちも、情けねーやつらだな! カウンターじゃ、なんだから、そっちの席に移動してくれないか! いま、俺もそっちに行くからよ!」
と、笑って三人を、店の一番奥の席に誘導した。
健心と玲飛は、自ら自分のコップと料理皿を運びながら、
「なぁ、希咲とも同い年だぞ!」
『ばぁか、美子都とも同い年だよ!』
ぶつぶつ言いながら、移動する二人に蒼は
『なにをお話ししているんですか?』
それは、同時だった。
「いえっ、なんでもありません!」
何もなければ、そんなに直立不動にはならないのである。
その二人の様は、あからさまに、“僕たちは嘘をついています”だった。
蒼は、そんな健心と玲飛を見て
『お二人は、仲良しなんですね』
と、優しく笑った。
マコト (火曜日, 12 4月 2016 23:02)
三人は、四人掛けの席に、健心と玲飛が並び、蒼は健心の前に座った。
健心は、蒼を気遣って声をかけた。
「蒼さん、お腹すいてるんじゃ・・・」
『あっ、いや・・・』
その会話を聞いた玲飛は
「お~い、清吉~」
調理場で『はいよ~』と、清吉の声が
そして、直ぐに清吉がやってきた。
「・・・って、もう持って来たんかい!」
清吉は、もう既に蒼の食事を作って運んできたのであった。
『えっ? 店長・・・』
「まかない料理だけどな!良かったら食べてくれ! よく働いてくれて、ありがとね」と
蒼は、至極申し訳なさそうな表情を浮かべ、そして『いただきます、店長』と、嬉しそうな表情に変えて、清吉の作ってくれた料理をいただいた。
健心は、その時に思った。
「美子都なら、“お腹すいてるかい?”って、聞かれる前に“お腹すいた!”って、自分から言ってたろうな」と
それを前夫である玲飛がダメをおした。
美味しそうに食べる蒼に
「美味しそうに食べるね! いやぁ、俺の別れた妻で、で、今は健心の婚約者の美子都という女の子がいるんだけど」
蒼は、その話にすぐに食いついた。
『えっ? それって、玲飛さんの前の奥さんが、健心さんと婚約されたということですよね?』
「あぁ、そうだよ。 その美子都はね、食べることが何よりも好きでねぇ」
『え~、いいじゃないですかぁ。 女の子は、食べたいものを食べている時が、一番幸せですもの』
「そうだよな! でもな、それが半端ないんだよ! 夕飯にラーメン! 帰宅途中、小腹がすいたと、珈琲専門店でサンドイッチ! その後、焼き肉食べ放題だぜ!」
その玲飛の話を隣で、うなずきながら聞いていた健心
健心のうなずきは途中までだった。
『ちょっと待った! サンドイッチまでは知ってるけど、その後の焼き肉食べ放題は初耳だぜ! まじかぁ・・・』
「あぁ、まじだよ!実話だよ、実話!」
『・・・・・』
「ほら、たしか去年の花見のとき、差し入れの“桜餅”と“みたらし団子”、参加女子10人分、結局全部食べちゃって、二次会から参加の女子が食べられなかったじゃん!」
『あぁ・・・そんなこともあったなぁ』
と、まさしくそれは同時だった。
健心と玲飛が、
「花見!」
「花見で、栞さんと初めて会ったんだよな! 俺たち」
健心と玲飛は、急に真面目になり、そして蒼に向かって
「ごめん・・・二人で盛り上がって」
『栞さんとは、仲間たちでお花見をした時に初めて会ったんです』と
その時の蒼は、健心から聞きたいことがたくさんあった。
それでも、その気持ちを今日は、抑えようと思った。
それには、二つの理由があった。
一つは、健心がそれなりに飲んでいたこと
そして、もうひとつは
『健心さんと二人で会いたい・・・』
と、思ったからだった。
だから、その時の蒼は
『姉のこと、いろいろお聞きしたいので、また、今度お時間を作ってくれますか?』
と、健心に願い出たのであった。
ごうごうかつお (水曜日, 13 4月 2016 12:20)
蒼の言葉に、健心は揺れた。
それは、栞のことから早く立ち直りたい自分と、結局は最後まで栞を騙してしまったことを悔いている自分
決して、栞を忘れたいという思いではなかった。
だが、蒼と会うことで、必然的に栞のことを必要以上に思い出すことになれば、今、自分を支えていてくれる美子都を、もう一度裏切ることになってしまうのではないかと。
蒼の頼みに返事が出来なかった健心
それを玲飛が救った。
「蒼さん・・・健心が栞さんをどんな思いで支えてきたのか分かる?」
『えっ? あっ、はい・・・私は、姉の手紙に健心さんという人を最期に愛することができて幸せだったと書いてあって・・・それで、姉のことをいろいろ聞きたいと、ただ、それだけの思いで・・・』
「健心が、辛い思いをしていたことは、分かってくれるよね?」
『はい・・・』
「実はね、今日、蒼さんを見かけたとき、健心を会わせてはいけないって思ったんだ。 それは、蒼さんを見れば間違いなく栞さんを思い出すことになるだろうし・・・健心には、一日でも早く、立ち直ってほしいからさ・・・」
蒼は、玲飛の言葉に涙した。
『わ、わたし・・・勝手なことを言ってしまって・・・ごめんなさい』
その二人の会話を、今度は健心が止めた。
「玲飛・・・いいんだ!」
「蒼さん、ごめんなさい・・・玲飛も、別に蒼さんを責めようと思って言ったことではないので・・・」
「蒼さん・・・ひとつ聞いてもいいかな?」
『・・・はい』
「自分は、栞さんから、蒼さんの話を一度も聞かされたことがなかったんだけど・・・、それには、何か事情があるんじゃないのかな?」
「僕のことも、栞さんからの手紙で知ったということは、栞さんとは会っていなかったっていうことになるんだと思うけど・・・」
蒼は、うつむいて黙っていた。
いや、返事が出来なかったのである。
そんな栞の様子を見て、健心はこう言った
「話していて分かったけど・・・、きっと蒼さんは、優しい人なんだと思う」
「お姉さんと、何かあったの? 良かったら聞かせてよ」
「それとさ・・・」
たらちゃん (水曜日, 13 4月 2016 19:15)
「次に会うときも、このお節介な友達を同席させてもらえるかな。俺達を会わせないよう目論んだり、口を挟んだり…こいつを安心させたいんだ。」
ごうごうかつお (水曜日, 13 4月 2016 21:30)
『あっ、も、もちろん』
さらに健心は、優しい表情を浮かべて蒼を諭すように話しを続けた。
「蒼さん・・・事情はよく分からないけど、もし、良かったら僕たちの仲間になってくれませんか?」
『えっ? 仲間に?』
「はい」
それを聞いた玲飛が、隣で“アキラ先輩”のように
「何言ってんだ、オメ!」という顔で健心を見ていた。
それに気づいた健心は「大丈夫だ」と言わんばかりに、笑顔を玲飛に返して話を続けた。
「栞さんは、僕たちの仲間に加わるために、花見の会場に来たんです」
「みんな、栞さんと会うことをすごく楽しみにしていて・・・」
「そこで、僕を理さんだと思い込んでしまったために・・・」
「栞さんの葬儀にも仲間全員で参列させていただきました」
「栞さんは・・・、今でも僕たちの仲間です」
健心の言葉に、蒼は肩を揺らして泣き出していた。
「大丈夫、僕の仲間を信じてください。きっと蒼さんも仲良くなれるはずですから」
『でも、私は・・・』
「少しずつでいいから、僕たちを頼ってください。 おれ・・・二度と同じ過ちを犯したくないんです」
『過ち?』
「はい・・・僕は、栞さんのことをひとりで抱えて、仲間の誰にも相談せずに・・・それが間違いだったと気づいたときには・・・」
健心も泣いていた。
『でも、どうして初めて会った私なんかを仲間に・・・』
「どうして? 簡単だよ! 同級生だからだよ」
玲飛も隣で、笑顔で「そうだ!そうだ!」と、うなずいていた。
『ありがとうございます・・・わたし、健心さんたちと会えて良かったです』
蒼は、立ち上がり、そして健心と玲飛に深々と頭を下げた。
健心と玲飛は、
「また、ここに来るから、その時に」と蒼に伝え、店をでた。
店を出て、歩き出した健心は、玲飛にこう言ったのである。
「なぁ、玲飛・・・ 次は、美子都と希咲も連れて来ような!」
『そうだな、健心』
二人は、肩を並べて歌いながら帰った。
しかし・・・蒼が仲間に加わることで、仲間たちを巻き込んだ大騒動に発展しようとは、歌いながら歩く二人には、知る由もなかったのである。
ごうごうかつお (水曜日, 13 4月 2016 21:35)
それから、一週間後の週末
居酒屋・居心家の前に7人の仲間たちが立っていた。
「揃ったか?」
『あぁ、今日は、これでばっちりだぜ!』
「だな! ・・・でもなぁ、ちょっと違うような気がするけど・・・まっ、いっか!」
と、健心は少しだけ怪訝そうな顔をしたが、納得するしかなく・・・7人は、のれんを潜って店に入った。
「いらっしゃいませ」
それは、蒼だった。
『あっ、健心さん、玲飛さん、こんばんは』
蒼が明るく出迎えてくれた。
さすがに、健心と玲飛以外の面々は、驚きを隠せなかった。
「そ、そ、そっくり・・・さすが双子ね」
調理場からは、清吉の「らっしゃい!」の威勢のいい声が飛んできた。
「おっと、今日は・・・ひ~、ふ~、み~・・・7人かい?」
『あぁ、ちょっと大勢でお邪魔したよ! で、清吉! さっそくお願いがあるんだけど・・・』
「なんだい? 玲飛」
『蒼さんのバイト、今日は、休ませてほしいんだ!』
「はぁ? いきなり何を言うんかと思えば・・・いやぁ、それはちょっと・・・今日は、店が混みそうだしなぁ・・・困ったなぁ」
『もちろん、ただ休ませてくれとは言わないさ!』
と、玲飛は、二人の女の子に視線を向けて、清吉に訴えた。
清吉は、まじまじと二人を眺めて
「なるほどなぁ・・・」
それでも、清吉は納得がいかないような表情だった。
すかさず健心が小声で
『やっぱり、服装に課題ありか?』
「・・・あぁ」
清吉と健心の視線の先には、
白の割烹着と白い頭巾をかぶった杏恋と深音が立っていた。
「健心・・・お前たちの企みは分かったよ! だけどさ、その支度は・・・」
『やっぱり、そうだよな・・・どうも、あの二人が思う居酒屋でのバイトは、白の割烹着姿だったらしいんだ・・・どうする?』
「・・・しゃーねーべ・・・どうぞ、蒼さんの話を聞いてやってくださいな!」
『すまねーな、清吉』
「あぁ・・・でもやっぱりなぁ・・・せめて、その白い割烹着は・・・」
それを聞かされた健心は、いたずらな顔をして
『杏恋!深音! あのな・・・』
清吉は、慌てて
「わかった、わかった健心・・・いいから!」
『すまねーな、清吉』
「そのかわり、しっかり働いてもらうからな!」
『あぁ、それは大丈夫だよ! 居酒屋のバイトに憧れていた二人を選んで連れてきたんだからな!』
「・・・そっかい」
そして、清吉は蒼に向かって
「蒼さん! 今日は、もう仕事は終わりだよ! そのかわり、健心たちと一緒にお客さんになってくれ!」
『えっ? 店長、でも・・・』
「あぁ、心配いらないよ! 肝っ玉母さん風の二人が来てくれたからな!」
杏恋と深音は、さっそく練習の成果を披露した。
「いらっしゃいませ、お客様は、6名様でよろしかったですか?」
「こちらです、どうぞ、ご案内します」
と、練習通りに5人を店の奥へと案内したのだった。
ごうごうかつお (木曜日, 14 4月 2016 12:50)
杏恋に案内されて、6人は席に着いた。
杏恋の割烹着姿は、清吉が首をかしげるほどではなく、意外と店に馴染んでいた。
仲間たちは、まずは蒼を真ん中に座らせた。
その向かいの席に健心、そしてその横に美子都が
玲飛の前に希咲が、そして、蒼の隣には萌仁香が座った。
席に座って、最初に玲飛が口火を切った。
「希咲、自己紹介しな」
『は~い。 え~奥谷希咲です、よろしくね!』
「・・・って、それだけかい! まっ、いっか。 次は、健心頼むよ」
と、それぞれに自己紹介をしていった。
蒼の順番になった。
『蒼です。皆さんにお世話になった御子柴栞の妹です』
緊張した様子の蒼を、仲間たちは拍手で盛り上げた。
玲飛が、思い出したように
「ちょっと待って! すいませ~ん」
と、店員さんを呼んだ。
今度は、割烹着姿の深音が、やってきた。
「店長に、お任せで料理をお願いしますと伝えてください。あと・・・」
『はい、で、 あと?』
「申し訳ない、蒼さんに自己紹介して!」
『あっ、そっか!』
と、次に料理を運んできた杏恋が、自己紹介をして、仲間たちの紹介は無事に済んだ。
蒼は、杏恋と深音に深々とお辞儀をして、今日のお礼を言った。
と、バイトの持ち場に戻ろうとした杏恋を美子都が呼び止めた。
メニューで顔を隠して、杏恋と何か話をしていた。
10分後・・・
お任せで頼んだ料理のほかに、さらに料理が大量に運ばれてきた。
テーブルいっぱいに並べられた料理で、飲み物のグラスを置く場所も占領されたが、仲間たちは、いつものことと諦めるのだった。
仲間たちの視線の先には、ご満悦の美子都がいた。
蒼の驚いた様子に、健心は
「いつも、こうなので・・・」
『あっ、・・・はい』
と、焼き肉とみたらし団子の話を思い出し
『そっか、この人が美子都さんなのね』と、微笑んだ。
蒼は、努めて明るく、仲間たちの会話に加わった。
最初の頃は、萌仁香の花屋さんの話を聞いたりして・・・、
そんな蒼が、意を決したように栞とのことを話し出したのである。
ごうごうかつお (金曜日, 15 4月 2016 05:42)
蒼は、まずは、仲間たちに礼を言った。
『姉は、最期は皆さんに見送られ、幸せだったと・・・本当にありがとうございました』
『実は、姉は亡くなる前に、私に手紙を残していました。その手紙には、理さんとそっくりな健心さんと会って・・・と』
『健心さんには、本当に辛い思いをさせてしまったようで・・・、本当に申し訳ない思いでいっぱいです』
『私は・・・訳あって告別式にも参列できませんでした』
『今になって、私が皆さんとお会いできたのは、栞が、皆さん達と私を引き合わせてくれたのかなと思っています』
そして、蒼は、
『私と栞は・・・』
と、そこで蒼は涙で言葉を詰まらせてしまった。
「大丈夫だよ、蒼さん・・・ゆっくり話していけばいいさ」
と、健心が助け船をだした。
すると美子都が健心に“ひそひそ話”を
「まじかぁ・・・」
「みんな・・・あのな、美子都が腹減ったって!」
ビタッ!『違うから!』
美子都の平手打ちが、健心の頭をヒットした。
「痛ぇ~」
「すまん、すまん。 ・・・尿意だって!」
ビタッ!ビタッ!
美子都の平手打ちが、2発、健心の頭をヒットした。
「痛ぇ~ まいった、まいった、ごめん」
『・・・(間違いではないんだけど)・・・』
一瞬にして、張りつめていた空気が和んだ。
健心の「トイレ休憩~!」の掛け声に、仲間たちは我先に席を立とうとした。
「みんな、行きたかったんじゃん・・・」
美子都は、蒼に声をかけた。
『蒼・・・』
「あっ、み、美子都さん・・・」
『違うでしょ! 美子都って呼んでよ!』
「でもぉ・・・」
そんな会話をしていると萌仁香が
「フフッ、栞と同じね!」
『えっ? 同じ?』
「うん! 栞も最初に私を萌仁香さんとしか呼べなくてさ・・・」
『そうだったんですかぁ』
美子都が、蒼を和ませようと、こう言った。
『一緒に行こう! 関東の連れション!』
「・・・はっ?」
ごうごうかつお (金曜日, 15 4月 2016 05:45)
ウォータークローゼットで、三人は鏡の前に立った。
化粧直しに余念のない萌仁香と美子都
薄化粧の蒼は、特に何をする訳でもなく、二人は、あらためて思った。
「蒼って、ホンとに綺麗」と
おそらくは、その時に変なスイッチが押されてしまったのであろう美子都は、いつになく、濃い目の化粧を始めた。
それに気づいた萌仁香は、美子都のパフを忙しく動かす手を押さえて、ただ黙って首を横に振った。
美子都は、そっとパフをしまって
『そうね・・・』と
二人の、その絶妙な掛け合いに、蒼が気づいたのかは分からないが
「本当に、皆さん仲良しなんですねぇ・・・私、本当に皆さんとお友達になれるなら、嬉しい」と、二人に微笑んだ。
そんな蒼に、萌仁香が栞との出会いを語った。
「蒼・・・栞と私の最初の出会いはね、私のお店に栞が来たことから、始まったの」
『えっ? そうだんんだぁ』
「うん。初めて栞と会ったときに、私、思ったの! 栞とならいいお友達になれるって」
「その後は、直ぐにうちのお店の生徒さんになってくれてね、何度も教室に足を運んでくれたのよ!」
『そうだったのねぇ・・・』
「うん! あとで、たくさん栞とのことは話してあげるね!」
『うん、萌仁香さん』
「はい、違うでしょ!」
『あっ、そっか・・・よろしくね、萌仁香』
と、三人は笑顔で、健心たちのもとへ戻っていった。
ごうごうかつお (金曜日, 15 4月 2016 12:44)
明るい表情で戻ってきた蒼を、健心たちも笑顔で迎えた。
蒼は、「さっきは、ごめん・・・少し感情的になっちゃって・・・」
と、仲間たちに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
健心が「大丈夫だよ~」と、言おうとしたより先に
おそらくは動いたことで、お腹が空いたのであろう、美子都が料理を頬張りながら『だいじょぶ! だいじょぶ!』と
そんな美子都のおかげで、蒼は、明るく話を再開することができた。
蒼は、栞との幼少の頃の出来事から話しだした。
厳格な父親に、蒼と比べられながら厳しく育てられた栞のこと
それでも、二人支えあいながら頑張ってきたこと
蒼は、いつしか栞をたてて、自分を抑えるようになってしまったこと
二人同じ高校に通って、理と出会ったこと
理を最初に好きになったのが、蒼であり、でも、そのことを栞に言えずにいたこと
仲間たちは、丁寧に話す蒼の話に引き込まれていった。
飲むことも、食べることもやめて蒼の話に聞き入った。
(ただ、美子都だけは、まだ食べ続けながら聞いていたことは、あえてこの場では触れずに先に進めることをご了承願う)
蒼は、理への想いを語った。
高校の卒業式の日・・・
理が蒼に言った「蒼が好きだった」
そして、校舎の屋上で理が投げたボールを受け止めることが出来ずに・・・その、すべてを鮮明に話した。
理の「地元でみんなのことを待っているよ」の言葉と、蒼が地元に戻った時には、理は転勤で海外へ
それから、ずっと理を忘れられずにいたこと
そして・・・
10年前の同窓会で、ちょっとしたいたずら心から二人が入れ替わって、栞として理と再会してしまったこと。
理だけは、自分が蒼であることに気づいてくれた。だが、それにもかかわらず、嘘をついてしまったこと
片頭痛で、途中で同窓会を退席してしまったこと
それから数日後に、同窓会の写真が送られてきたこと
父親が、写真を見て、栞が理のことが好きなのだと、勝手に思い込んでしまったこと
理が社長を務めていた会社が、父親の会社の傘下にあり、父親が勧めるがまま、理は、栞と二人で逢うことになったこと
蒼は、理への想いを栞に伝えようとしたが、栞が理と逢うことを嬉しそうに話したことで、自分は、栞の幸せを願って、それを黙って受け入れてしまったこと
仲間たちは、双子として生まれてきた栞と蒼の人生が、ちょっとしたことがきっかけで、いたずらに翻弄され、辛い想いをしてきたことを知った。
もう涙でいっぱいになってしまった蒼を、萌仁香が
「大丈夫? 蒼・・・」
と、いたわるように蒼の背中にそっと手を添えた。
ごうごうかつお (金曜日, 15 4月 2016 21:48)
≪萌仁香だよ~、久しぶりの登場ね≫
≪あのね、この後、理と栞が結ばれたこと、蒼がどうして栞のそばを離れていたのか・・・蒼が自ら語ったんだけど・・・≫
≪なんか、あまりにも可愛そうでね≫
≪だからね、私が、小説風に語るから、みんなには、それで、理解してほしいんだ≫
≪ごめんね、私のつたない話に付き合わせて・・・≫
≪じゃぁ、またね≫
泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった蒼
目を覚ますと、もう部屋は暗かった。
ゆっくりと立ち上がり、部屋の電気をつけた。
理と栞と三人で撮った写真
いつも箪笥の上に置いてあったはずなのに、蒼が視線を送ると、そこに理の笑顔はなかった。
ようやく、箪笥の奥にしまったことを思い出した。
「・・・そっか」
蒼は、鏡に自分の顔を映し、泣き続けて、はれ上がった瞼を押さえて
「・・・ブス」と、つぶやいた。
蒼の頭の中は、栞と理が楽しそうに食事をする場面が浮かび上がっていた。
それは、蒼の意志とは無関係に、消そうとしても、それが蒼の頭の中から消えることは無かった。
ごうごうかつお (日曜日, 17 4月 2016 23:37)
栞と理が逢う約束の日の前日・・・
栞の携帯が鳴った。
それは、理からだった。
「栞か? 理です」
『あっ、うん、こんばんは』
しばらく、互いにつたない話をしていたが、急に理が声のトーンを下げて
「栞・・・あのな、明日なんだけど・・・」
その言葉と、理の申し訳なさそうな言い方を聞いて、栞はとっさに思った。
『えっ? 行けないの?・・・そんなの絶対にいやっ!』
栞は、自分でも大人げがないのは、分かっていた。
それでも、どうしても理に「行けないんだ!」と、言われまいと
『あっ、明日よね! 楽しみだなぁ・・・着ていく洋服、悩んだりしちゃってさ、まるで、高校生よね!』
『あっ、理も楽しみにしていたでしょ?』
『少し、お酒も飲みたいなぁ・・・』
『理は、何が好きなの? お肉派? それともお魚派なのかな?』
そして、決定的なセリフを言ってしまったのである。
『・・・お父さんから、ちょっと前に電話があって、社長さんに、粗相のないようにな!だって。 まるで、子供扱いよね! もう、お父さんったら、心配性なのよね!』
理は、そんな栞に
「蒼のことも誘ってあげようよ!」
と、その言葉を飲み込むしかなかったのであった。
マコト (月曜日, 18 4月 2016 12:19)
「じゃぁ、明日・・・栞」
『うん! 理』
電話を切った栞は、なんか、とても自分が嫌な女になってしまったような、自己嫌悪に陥っていた。
『もしかしたら、明日逢うことを断るつもりだったのかしら・・・理は』
『それでも・・・私は逢いたい、理に』
栞は、消去法で残していき、そして、最後まで決められなかった二つの洋服に視線を送り、そのうちの明るめで、少し胸元のあいた洋服を手にとった。
『明日は、これにするね・・・理』
そう言って、その洋服を身体に合わせて鏡の前に立った。
『理・・・私、初めてよ! 男の人と逢うことが、前の日にこんなに楽しみに思えるなんて』
『理・・・ぜ~んぶ準備出来ているからね! 心も・・・身体も・・・』
普段なら、上から下まで“ネイビーブルー”の洋服を着ている栞であったが、栞が最後に選んだのは、明るい緑色の洋服だった。
その洋服を、クローゼットに戻して、
そして、最後の仕上げに“赤坂式パック”をしてベッドに横たわり、女性ファッション誌“Domani”を読む栞であった。
電話を切った理は、ぽつりとつぶやいた。
「・・・これが、最後のチャンスだったんだよな・・・蒼」
それは、同窓会の時だった。
一次会が終え、片頭痛をおこして部屋で休む蒼を、栞と一緒に見舞ったが、結局は会えなかった理。
二次会、そして三次会と、責任ある立場から、その場を離れることが出来ずに、結局は最後まで蒼と会えずじまいだった。
ホテルに泊まった理は、朝方近くまで部屋で仲間たちと飲んでいたこともあり、目が覚めた時は、もうチェックアウト間近の時刻になっていた。
慌てて、蒼と栞の部屋に行ったが、もう二人はホテルを出た後だった。
「蒼・・・」
同窓会の代表という立場になければ、一次会、二次会・・・と、蒼とずっと話していたいと願っていた。
それでも、もちろんそれは許されるわけもなく、
同窓会が終わって、写真の整理や様々な事後の雑務を終えた理は、蒼と逢いたいと思っていた。
そこに・・・父親からの電話だったのである。
「栞と二人で会ってやってくれないか!」と
その時の理が社長を務める会社は、栞と蒼の父親の会社の後方支援がなければ、倒産もあり得るような、危機的な状態にあった。
そんな理の立場にあって、父親の願いを聴かないことなど、選択肢にはなかったのである。
ただ・・・
栞の父親は、以前の若いころのような父親ではなかった。
決して、理に対して無理にお願いしたものではなかった。
ただ、ごく普通の父親と同じように、娘の幸せを強く願うばかりに・・・、
理の勝手な思い込みだったのである。
理が“蒼への想い”を、その時に父親に伝えてさえいれば・・・
おそらくは、父親はそれを快く聞いてくれたはずなのである。
高校を卒業して、直ぐに就職し、若くして渡米した理が、蒼のことを忘れたことは一日たりともなかった。
実は・・・同窓会を企画した一番の理由も、蒼に逢いたいと願ったからだった。
明日、栞と二人で逢うことによって、もう蒼に気持ちを伝えることは止めようと決めた理だったのである。
マコト (月曜日, 18 4月 2016 23:00)
理は、ダークグレーのスーツを身にまとい、宇都宮西武ホテルグランデのロビーにいた。
『理~』
それは、明るい表情で目立たぬよう腰の付近で手を振る栞だった。
『待たせちゃったかなぁ・・・』
「いやっ、自分も今来たばかりだよ!」
何故だろうか・・・
人を待たせることを好まない栞のはずなのに。
その日に限っては、近くのコンビニで時間調整をして、待ち合わせの時間から2分だけ遅刻して現れたのであった。
理も、30分も前について待っていたにもかかわらず
「今来たばかりだよ!」と、答えた。
二人は、待ち合わせの場所は決めていたが、その後の予定は決めていなかった。
理が
「まだ、店は決めていないんだけど、どうする? うちの会社で、取引が多いホテルなので、いろいろ無理を聞いてくれるから・・・ 日本料理の“簾(レン)”というお店で、個室でも借りようか?」
その時の栞は、ある程度の覚悟はしていたが
『げっ、よりにもよって? そこ?』
その日本料理の“簾(レン)”というお店は、父親のご用達の店でもあった。
だから、幾度となくその店で見合いをさせられた苦い思い出の店だったのである。
少し、悩んでいるような雰囲気に気付いた理は
「それとも、お肉が良かったら“鉄板焼 下野”というお店もあるよ!・・・って、個室はないけどな」と、笑った。
栞は、個室という言葉に魅力を感じた。
だから、初めて行くような雰囲気をだして
『あっ、わたし、その日本料理のお店に行ってみたいな』
と、答えたのである。
「うん、分かった」
そう言って、理はフロントに行った。
フロントで、一番偉そうなマネージャーらしき人が理を応対していた。
『やっぱり、社長さんともなると違うのね』
と、栞は理にずっと視線を送っていた。
と、理がフロントでキーを受け取るのが目に留まった。
『えっ? あれっ・・・部屋のキーじゃないの?』
マコト (火曜日, 19 4月 2016 12:14)
キーをあからさまに見えるように右手に持って、理が戻ってきた。
栞は、何を言われるのかと、身構えていると
「俺、今日はここに泊まる予定なんだ! 明日、朝からここで仕事があってさ」
「朝から仕事があるときは、いつもそうなんだ! ホテルが部屋を用意してくれてさ・・・シングルの一番小さい部屋だけどな!・・・あっ、栞のことは、ちゃんと駅までは送るから心配するなよ!」
と、明るい表情で言ったのだった。
『あっ、う、うん、そうなの・・・さ、さすが社長さんね!』
と、何故か、すっきり言葉が出てこなかった栞だった。
エレベーターに乗って、日本料理の店に着くと、店長らしき人が出迎えてくれた。
『いらっしゃいませ、有栖川(アリスガワ)様、いつもごひいきにありがとうございます』
理は、おごることなく
「あっ、こちらこそ、今日はお世話になります。よろしくお願いします」
と、丁寧に頭を下げたのだった。
そんな、理の一挙手一動が、全て栞のハートをえぐった。
これまでの見合い相手は、皆、自分の身分を偉いものだと決めつけ、大きな態度で相手が頭を下げることを当然としか思わぬような人ばかりだったからだ。
個室に通された二人。理が
「あらためてだけど、今日は、ありがとね」
「俺も、楽しみにしていたんだよ」
「まぁ、ミニ同窓会のつもりで、気兼ねしないでやろうよ!」
と、栞の緊張をとるようなことを言ってくれた。
『あっ、う、うん! 私もすごく楽しみにしていたんだ!』
『そうね、今日はミニ同窓会! 二人で盛り上がろう~!・・・なんてね』
『でも、理も楽しみにしていたなんて、嬉しい!』
明るい栞が、とても可愛く思えた理だった。
「今日は、飲めるのか?」
『もちろんよ!』
料理が運ばれてきた。
それは、栞が想像していた料理とは、全く異なっていた。
ホテルの高級日本料理店を象徴するかのような懐石料理ではなく、居酒屋風のいつも目にしているような料理だったのである。
「ごめんなぁ、なんか勝手に料理が用意されちゃったんだけど・・・いつもここでは、こんな感じで料理を作ってもらっているんだ」
『あっ、私もこういう家庭的な料理が好き! 嬉しいよ、理』
理の好きな日本酒も出された。
「あっ、栞は何飲む? 栞の好きな物を飲んでくれよ!」
栞は、普段、あまり日本酒は飲まなかった。
それでも、理と一緒という感覚を大切にしたかった栞は
『私も、理と一緒にいただくわ』
と、答えたのだった。
「それじゃ、乾杯しよう!」
『何に乾杯するの?』
「・・・う~ん」と、理が返事を探していると栞が
『二人の再会に! でしょ』
「えっ? あっ、そうだよな」
かんぱ~い
二人きりのミニ同窓会が始まった。
マコト (火曜日, 19 4月 2016 18:06)
『同窓会、お疲れ様でした。代表として、大変だったでしょう』
「いやっ、クラス幹事のみんなが、頑張ってくれたから。 俺は何もしていないよ」
『それでも、代表はいろんなところに気を使ってさぁ・・・』
「みんなと一緒に遊んでいただけだよ。 みんな、嬉しそうに・・・それが何よりだったなぁ」
『そうねぇ・・・みんな本当に楽しそうにしていたわよね! あっ!あれは驚いたわ』
「えっ? なに?」
『男子から女子へのお花のプレゼント! それもサプライズでさ』
「あぁ、あれは、お花屋さんの皐月の提案でさぁ・・・しかも、皐月が全部費用をもってくれて・・・申し訳ない思いでいっぱいだよ」
『そうだったのぉ、すご~い』
「同窓会当日、皐月のお店に幹事が集まってさ・・・不器用な俺も手伝ったんだぜ! って、途中で女子にダメだしされて“代表は、そこで見てて!”って言われたけど」
『フフッ、目に浮かぶわ!』
『幹事さんって、大変そうだけど・・・なんか、いいなぁ、私もやってみたかったなぁ・・・』
「なんだ、そうなのか! なら、次は5年後だから、その時は手伝ってくれよ!」
『え~、ホンとに? やりた~い、 わたし、やる!』
もう、その頃は、普段飲まない日本酒に少し酔いがまわって、顔を赤くしていた栞だった。
時間も経って、食事が運ばれてきた。
それは、鮭とイクラの親子太巻きロールだった。
『うわぁ~、すごい量だよ~理』
「あぁ、ホンとだなぁ・・・ひ~、ふ~、み~・・・20個もあるじゃないか!」
『え~、きっとお店の間違いよねぇ・・・これじゃいくらなんでも・・・』
「うまいな! 鮭とイクラの親子太巻きロールが、いくらなんでもって!」
『・・・ボケてないし! ねぇ、これ、お店の方に言わないと・・・』
「おっ、あっ、そうだよな!」
理が、仲居さんに確認すると、やはり、お店の間違いのようだった。
だが、一度出したものを下げるのもと
「良かったら、召し上がってください」と、仲居さん
「いやっ、この量は、いくらなんでも・・・」
だが、栞は
『え~、お店の方がせっかくそう言ってくれてるのに、それじゃ申し訳ないわよ!』
「って、俺は、そんなに食べられないぜ!」
と、言ってるそばから、もう既に栞が美味しそうに食べ始めていた。
・・・で、結局は20個のうち、16個を栞が食べたのだった。
理は、そんな栞が可愛く思えた。
「偉いなぁ、栞は・・・」
(この、鮭とイクラの親子太巻きロールの話は、ある女子会のノンフィクションです。5人×4個で計20個・・・でも、このほとんどを一人で食べつくした女の子がいたんだモン!)
こうして、二人の時間は、楽しく流れていった。
栞には、ひとつ気になることがあった。
『理は、どうして蒼の話に触れないんだろう・・・あの時は、あんなに心配してくれていたのに・・・』
『もしかすると、もう、すっかり忘れちゃったのかな?』
理が、蒼の話題に触れることはなかった。
それは、自分からは、決して蒼の話題を口にしないと、決めていたからである。
そして・・・
結局のところは、栞も、蒼の話題に触れることはなかったのであった。
マコト (火曜日, 19 4月 2016 22:16)
たとえ、それが高校時代の同級生であろうと、男女が二人でいる空間には、ある程度の緊張感があった。
そして、電話やメールでは気づかないようなことも、向かい合わせでいる二人になら、表情の変化や、ちょっとした仕草で気持ちが読み取れてしまうものだ。
その時の、理も例外ではなかった。
『ねぇ、ねぇ理・・・理は、高校時代に誰かとお付き合いしていたの?』
「いやっ、俺には野球しかなかったから・・・」
『へぇ~、そうなんだぁ・・・でもさ、好きな女の子はいたでしょ?』
「えっ? まっ、そりゃぁ、人並みに好きな女の子ぐらいはいたよ」
『え~、知りたい!』
「教えるかぁー!」
『え~、けちぃ~ ・・・きっと、体育会系の理のことだから、運動部よねぇ~・・・』
それを聞かされた理は、少しニヤリとした。
栞は、あたかも“メンタリスト DaiGo ”のように
『へぇ~、違うんだぁ』と
慌てて理は
「えっ? 俺は、何も答えてないぜ! 違うとも言ってないし! なんだよ~」
『ほらねっ! その慌てようが、運動部じゃありませんって言ってるのよね!』
「えっ? まじかっ・・・」
それからは、二人は勝負の世界に入った。
「じゃぁ分かった! どうぞ、言ってみてくれよ! 絶対に当てられっこないからさ!」
『そう来なくちゃ!』
理は、無表情を作って「さぁ、こい!」と
『運動部の女子を外すとなると・・・やっぱり生物部の芽衣ちゃんかな! あの子、学年で一番可愛いって有名だったもんね!』
理は、表情を変えずに「違う」と、答えた。
『じゃぁ、落研のフー! 』
「違う」
『じゃぁ、フォークソング愛好会の雅子かな? 雅子~』
「違うし」
理の心の中では「確かに、雅子は可愛いかったけど・・・」
と、微妙に動揺してしまったように思った。
でも、栞は
『ふ~ん、違うんだぁ・・・』と
「なぁ、このまま全員の名前を言ってく気なのか?」
栞は、笑ってこう言ったのだった。
『もう、やめようか・・・ なんか、分かんない! 理、表情を変えないし・・・』
そして、ぽつりと言った。
『ちなみにだけど・・・私じゃないよね?』
マコト (火曜日, 19 4月 2016 22:18)
理は、不意をつかれて
「ち、違う・・・かなぁ・・・」
と、どう表情を作っていいのかも分からず、とりあえずは、一度は否定したのだった。
『嘘でもいいから、当たりって言ってよー』
そう、返されることも覚悟していた。
だが、栞は
『・・・理は、優しいのね』
そう言って、もう二度とその話題には触れなくなったのだった。
理は、ほっとした。
それは『蒼でしょ!』と、聞かれなかったからだ。
もしも、その時栞に『蒼じゃないの?』
と、聞かれていたら、おそらくは、動揺を隠すことができなかったであろう。
嘘をつく自信がなかった理には、ほっとした反面、聞いてくれないんだという残念な気持ちも、心のどこかにあったのだった。
これは、あくまでも憶測であるのだが・・・
女の子が、男の子に
「誰が好きだったの?」
と、関心を持つ場合には、その男の子が気になっている証拠である。
もちろん、この時の栞も、“理の過去”を知りたくて尋ねたことだった。
女の子は、好きな男の子の過去を知りたがるようである。
ただし、その恋が終わった後においては、相手のその後を気にしないのが、女の子のようだ。
それとは逆に、男の子は、付き合う前のことは、さほど気にせず、ただし、別れたあとは気になって仕方がないようである。
いつまでも・・・
ということは、立ち直りが早いのは、女の子ということになるのだが・・・
これは、あくまでも一般論である。
蛇足であるが・・・
ただ単に「飲み会の酒の肴」にするために、
『誰が好きだったの?』
と、話題集めをしている女の子もいるようなので、くれぐれも注意されたし。
それはそれで、ある意味楽しいのかもしれないけど。
二人のミニ同窓会は、あっという間に時が流れ、もう栞の終電の時間が近づいてきていた。
栞には、理が時々、時計を気にしているのが分かっていた。
理が
「なぁ、終電で帰るんだろう?」
『えっ? あっ、・・・うん』
「だとしたら、ぼちぼちお開きにしないとなぁ・・・」
『もう、そんな時間なのね・・・ありがとう、気にかけてくれて』
「いやっ、大切なお嬢様をお預かりしているんだから、粗相をしたら社長に、何を言われるか・・・」
と、理が父親の話をだした途端に、栞は急に態度を変えた。
『お父さんとは関係ないでしょ!』
『わたし・・・帰る!』
と、不機嫌な態度で、理に言ったのである。
「ご、ごめん、栞・・・別に、変な意味で言ったんじゃないんだ。そんな、怒らないでくれよ!」
栞は、黙ったまま帰りの身支度をやめようとはしなかった。
栞は、父親に頼まれたから、今日の食事会に来たんだと言われることが、何よりも悲しいと思っていた。
理の気持ちで、逢いに来てくれたと思っていたかったのである。
だから、さっきの理の言葉は、何よりも悲しく聞こえてしまったのであった。
返事もしないまま栞は、急に立ち上がった。
急に立ったものだから、足のしびれもあって、ふらついてしまった。
『あっ!』
それを理が、受け止めた。
栞は、理の胸の中にいた。
理は、慌てて
「あっ、ごめん・・・大丈夫? さっきは本当にごめん。デリカシーのないことを口にしてしまって・・・」
ようやく、落ち着きを取り戻した栞は、理の胸の中から少しだけ離れて
『わたし・・・帰りたくない・・・』と
マコト (水曜日, 20 4月 2016 12:25)
ふらついて、倒れそうになった栞を受け止めてくれた理
理の胸は大きくて、温かかった。
栞にとっては、初めての感覚だった。
『理・・・』
次の瞬間、理の両手が、自分の両肩に添えられ、そして引き離されるのが分かった。
それでも、目の前にいる理に
『私、今日は帰りたくないの』
・・・そう、言いたかった。
栞の心の中では、その言葉が外に出たいと騒いでいた。
だが、栞の口は閉ざされて、それを許さなかったのである。
「大丈夫か? 栞・・・ごめんな」
理は、こんな場面での女の子の扱いを承知していた。だから
「ごめん、そうだよな! 今日のことは、お父さんとは関係ないんだよな! 俺が、栞に逢いたくてお願いした食事会なんだ! つまらないことを言ってごめん、栞」
そう、この時が・・・
栞が、理に100%恋に落ちた瞬間だった。
女の子が、100%恋に落ちると、状況が変わってくる。
自分のことよりも、まずは相手のことを考えるようになるのである。
だから栞は
『・・・ごめん、わたし、どうしたんだろう・・・日本酒に酔っちゃったのかなぁ、 理・・・ごめんね、そしてありがとう。 大丈夫よ! お父さんにも、ちゃんと楽しかったって報告するし・・・私こそ、ごめんなさい』
そして、少し“センチ”な言い方で
『ねぇ、理・・・また、逢えるのかなぁ・・・』と、理を見た。
でも、急に恥ずかしさがでたのか、それを誤魔化そうと
『だってさっ、めちゃくちゃ楽しかったんだもん! ミニ同窓会』
『こらっ! 言ってみろ!理・・・俺も楽しかったぜ!って』と
理も笑顔になって
「あぁ、もちろん楽しかったよ!」
「また、やろうな! ミニ同窓会」
本当であれば、ミニ同窓会ではなく、デートと言ってほしかった栞だったが、次を約束してくれたことで、その時の栞には十分だった。
『うん! 約束ね』
栞は、ホテルの前でタクシーに乗り、見送る理に手をふって帰っていった。
火照った身体を冷やすかのように、窓を少しだけ開けて、流れるネオンの光を眺めた。
『理・・・わたし・・・ありがとう、またね、理』
マコト (水曜日, 20 4月 2016 20:10)
父親が、栞に直ぐに連絡してきて、その報告に喜んだのは言うまでもない。
おせっかいな虫が復活した訳ではなかったが、父親は、嬉しさのあまり、理に直ぐに電話をしてしまった。
そのことで、理は、もう覚悟を決めたのである。
栞は、あきらかに自分に好意を寄せていてくれた。
二人は、43歳
そういう年齢で付き合うとなれば、必然的に最終的なゴールを目指すことになるだろう。
しかも、父親がそれを明らかに望んでいることを理は理解したからである。
人は、相手の容姿で、その人を好きになることがある。
“一目ぼれ”がそうだろう。
なら、蒼と容姿がまったく同じである栞のことを、理が好きになることは時間の問題と思える。
だが・・・それは、そうではなかった。
それでも、理は栞の良いところをみつけては、それをひとつひとつ好きになっていった。
もしかすると、それは、好きになろうと努力していたのかもしれない。
始めの頃は。
二人で、会うようになって、2ヶ月が過ぎていた。
二人で食事をしたり、時には、居酒屋で愚痴をこぼしあったり
二人でカラオケにも行った。
理は、大好きな小田和正さんの曲を歌った。
同い年の二人は、高校時代に流行ったオフコースの曲を一緒に歌ったりもした。
眠れぬ夜、愛を止めないで、Yes-No、言葉にできない・・・
栞は、理の歌ってくれた YES-YES-YESが、生涯忘れられない曲となった。
『君が思うよりきっと 僕は君が好きで
でも君はいつも そんな顔して
あの頃の僕は きっとどうかしていたんだね
失くすものはなにもない 君の他には
YES-YES-YES
消えないうちに 愛を預けておくから
切ないときには 開けてみればいい
YES-YES-YES
振り返らないで 今 君はすてきだよ
WOO… 僕のゆくところへ あなたを連れていくよ
手を離さないで』
二人でいる時間は、とても楽しい時間だった。
栞にとって、もちろん理にとっても
そんな二人の同級生としての付き合いは、自然と流れていった。
ある日、
仕事に行き詰ってしまった栞の話を聞こうと、理は栞を散歩に誘った。
二人で公園を歩きながら
「・・・そっかぁ、う~ん、大変だなぁ・・・でも、栞のやりたいように頑張ってみればいいさ!」
『そうねぇ・・・でもなぁ・・・』
栞は、立ち止まって、まだ自信を取り戻せなかったようだった。
二人の先には、花たちが綺麗に咲き誇っている花壇が見えた。
『あっ』
と、栞は一人で花壇に向かって歩いていった。
理は、立ち止まったまま、そんな栞の様子を見守った。
花壇を見つめる栞
その様子に理は
「えっ・・・」
そこには、手を後ろで組み、花を見つめる栞がいた。
「・・・蒼」
理は、その思いを消し去ろうと首を横に振り、栞のもとへと走った。
栞は、横に立ってくれた理に
『理・・・ありがとう。 わたし、頑張ってみるね』
と、微笑んだ。
理は「うん」とだけ返事をして、二人で綺麗な花たちを見つめた。
マコト (水曜日, 20 4月 2016 22:37)
ある日、理と栞が居酒屋で飲んでいると
「お~い、栞じゃないか」
栞が振り向くと、そこに父親が立っていた。
『え~、どうしたの? お父さん』
もちろん、父親が偶然を装って現れたのだった。
「あぁ、社長もご一緒でしたか、うちの栞がいつもお世話になっているようで」
理は、直ぐに立って
「社長、お世話になります」と、お辞儀をした。
「いやっ、まったくのプライベートな時間なのだから、そんな堅苦しくしないでください、社長・・・栞が、社長にご迷惑をかけてやしないかと、いつも心配しているんですよ」
と、父親は優しい笑顔で言った。
そして父親は、栞に
「栞、すまん、すまん、まったくの偶然でなぁ、お前たちもここで飲むことがあったんだなぁ・・・二人のところを邪魔してはなんだから、私は、お店を変えるとしよう」
と、栞と理に申し訳なさそうな顔をして、店を出ようとした。
『いや、社長、そんな・・・もし良かったらご一緒に』
結局は、三人で飲むことになったのだった。
父親は、至極申し訳なさそうに席に座った。
いたって、普通に過ごそうと考えた父親は、
「こんな席で社長とお呼びするのもなんだから、有栖川君でいいかな?」
『あっ、はい』
「有栖川君、どうかね? 会社の方は?」と
理にとって、その台詞が、何よりものプレッシャーだった。
いま、栞との付き合いが、うまくいかなければ、それが、どういうことになるのか、理は、そればかりを気にしていたのである。
従業員300人を路頭に迷わせるようなことは出来ないと、必死になって会社を守っていた理にとって、父親の会社の後方支援が無くなれば・・・
理は、
「はい、従業員全員、様々なことにチャレンジして、頑張っています」
と、それでも胸を張って父親に答えた。
何度も言うが、その時の父親は、娘二人の幸せをただただ願う、優しい父親に変わっていた。
だから、決して、圧力をかけるような事ではなかったのである。
それでも、理にとって父親の存在そのものが、プレッシャーだった。
実は、二人が付き合い始めて半年が過ぎた頃には、父親は栞の気持ちを聞いていたのである。
「栞・・・どうなんだい? 理君との結婚は考えているのか?」
『えっ? う、う~ん・・・もちろん少しは考えているけど・・・』
「おい、そうなのか? 本当か?」
『・・・うん』
「そっかぁ・・・私から理君に、栞を頼む! って、お願いしたい気持ちもあるけど・・・もちろん、父親として娘の幸せを願ってのことだが・・・ただなぁ、それをしたんでは、理君が可愛そうだろう・・・栞、それは分かってくれるよな?」
『もちろんよ、お父さん』
「そっかぁ、さすが私の娘だ! 昔の私なら、力任せに命令形で話をしていただろうけど・・・それでは、お前の本当の幸せにはならないということに、ようやく気付くことができた私だからな」
『ホンと、お父さん、変わったわよねぇ・・・今のお父さん、私、大好きよ!』
「おいおい、それって、昔は嫌いだったって聞こえるけど・・・」
『あらっ、そう聞こえたなら、それはご自由にご想像ください』
こんな親子の会話をしていたのだった。
だから、互いに会社の社長としてではなく、父親は娘のフィアンセとして、理と会っていたのだった。
マコト (水曜日, 20 4月 2016 22:39)
それは、父親のちょっとした気遣いの言葉から、始まったことだった。
「有栖川君も頑張っているようだね。偉いよ有栖川君は、その若さで、リーダーシップをとってやれるんだから! お互いに、頑張っていこうな、これからもよろしく頼むよ、有栖川君」
『はい、社長、こちらこそよろしくお願いします』
「頼もしいな、有栖川君・・・で、あれだな、こんな楽しい席で、仕事の話はしない方が良かったかな、すまん、すまん」
『いえっ、そんなことありません。社長とのお話は、大変勉強になりますし』
「そうかねぇ、なら、いいんだが・・・」
「しかし、なんだなぁ・・・こういう席で、社長と呼ばれるのも、なんか、堅苦しくて嫌だなぁ・・・もうちょっと気楽に呼んでくれても構わんぞ、有栖川君」
「まぁな、いきなりお父さんと呼んでくれとは、さすがに頼めんがな」
『え~、いきなり何言ってるのよ! お父さんったら! 失礼でしょ、理に、謝りなさいよ!』
「おっと、ごめん、ごめん栞・・・お前たちがとても仲良しだから、ついな」
『もう、お父さんったら!』
父親は、つい、自分の願望を口にしてしまった。
ただ、それは理に対して、社長の娘という枠を取り除いて、ひとりの女性として見てほしいと願ったからであり、それを、理にフランクに伝えようとしただけだったのである。
もちろん、その時の栞も、深い意味での会話ではないと感じていたから、二人とも笑顔で「すまん、すまん有栖川君」、『もう、ごめんねぇ、理・・・気にしないでよ!』
と、笑顔で話を終わらせたのだった。
だが・・・
理には、まったく異なった雰囲気で伝わってしまったのである。
「まぁな、いきなりお父さんと呼んでくれとは、さすがに頼めんがな」
それが、“お父さんと呼ぶようになりなさい”と、言われたものとして、理には届いてしまったのだった。
理の頭の中には、不眠不休で頑張っている300人の従業員の顔が思い出された。
そして、それは突然に理の口から出た言葉だった。
「社長・・・栞さんと結婚を前提にお付き合いをさせてください、お願いします」と
マコト (水曜日, 20 4月 2016 22:41)
理の言葉を聞かされた二人
二人の反応は、両極端だった。
父親は、飛び跳ねるように嬉しそうな笑顔で
「本当なのか? 有栖川君・・・いや、こちらこそ、娘をよろしく頼みます、なんだ、そうだったのかぁ、栞」
と、父親が栞に目をやると、そこには無表情の栞がいた。
「どうした、栞・・・あまりにも驚いて言葉が出ないのか?」
栞は、その場の雰囲気をちゃんと読んでいたのだった。
「理は、お父さんのさっきの言葉で・・・」
しかも、理から「付き合ってくれ!」という言葉も、もちろん「好きだ!」という言葉も聞かされていなかった栞には、当然、素直に聞ける話ではなかったのだった。
だから、そっと理に尋ねた。
『ねぇ、理・・・あなた無理しているんじゃないの?』
「えっ?」
『私は、理のことが好き・・・愛してる・・・そして、私は、理にも愛されたいと願っています』
栞の目には、涙が光っていた。
そして、こう続けた。
『私・・・理に愛されるような人になりたいと思っているの。あなたに相応しい女性になりたいと・・・わたしは・・・』
と、理が栞の言葉に
「栞・・・俺、栞のことを守っていける人間になる。だから、これから、二人で愛を育んで行きたい! それじゃ、だめか? ・・・栞」
栞は、理の誠実な言葉に胸を打たれた。
『これから、始まるの?』
「あぁ、これから二人で先を見て進んで行こう、栞には、いつも隣にいてほしい!」
思わぬところで、しかも父親の前での、理のプロポーズだった。
栞は、理の言葉を受け入れた。だから
『理・・・わたし、あなたに相応しい女性になるからね! 見てて』
と、全てを理解しての返事をしたのであった。
その様子を見守った父親は、若い二人にエールを送るように
「これからだぞ! 二人で頑張るんだ!」
そう、言葉を贈ったのだった。
マコト (水曜日, 20 4月 2016 22:46)
理の言葉は、いい加減な気持ちではなかった。
当然、栞の素敵な一面を見つけては、好きの度合いを上げていった。
そして、周りの人間にも“フィアンセ”として紹介するなど、責任ある行動をしていった。
そして、理の住むマンションで、二人は初めて結ばれた。
「好きだよ、栞」の言葉と一緒に。
栞が、朝、目を覚ますと隣で眠る理がいた。
その寝顔を見て、
『ありがとう・・・理』
『わたし・・・やっとあなたに愛してもらえることが出来たのね』
と、幸せな気持ちで涙があふれた。
もう、その頃になると、栞は理のマンションから出勤するのも頻繁になっていった。
栞の作る料理は、最高だった。
理は、疲れて帰ってきたときの、栞の作る晩御飯が、何よりもの楽しみになっていた。
その日も栞が晩御飯を作って待っていた。
『おかえりなさ~い、理』
「ただいま、栞」
『ご飯にする? お風呂が先? それとも・・・』
「えっ? ご飯とお風呂の他に、何があるの?」
『・・・・・』
「え~、なに、その“だんまり”は?」
『もう、理ったら! 私に言わせるの?』
「え~、分かんないし・・・」
『・・・・・』
「もしかして、クイズなの? う~ん・・・でも、やっぱりご飯が食べたい!」
『さすが、私の愛した理ね! 正解!』
「はぁ? ・・・なら、三つ目があるようなこと言うなって~」
『だってぇ、今日の料理も、とびっきり腕を振るって、手の込んだ料理を作ったんだものぉ、早く食べて欲しかったの!』
「栞・・・いつもありがとうなぁ」
『いいえ、どういたしまして、さっ、食べよう!』
二人は、どんなときでも「ありがとう」の言葉を欠かすことはなかった。
それは、決して、他人行儀からではなく、心の底から感謝している証として、自然と出る言葉だった。
栞は、理が食べる様子を、期待して“ちら見”していた。
もちろん、期待して待っていることを理に悟られないように。
そして、その瞬間が訪れた。
「栞・・・ごめん」
『えっ? どうしたの 理・・・ダメ? ダメなの?』
「あのなっ・・・、“美味しい”としか言えない」
いつも理は、栞の作ってくれた料理に、恥ずかしさを隠すように、ボケを交えて言葉にしてくれるのであった。
ありがちな「まいう~」や、「・・・の宝石箱や~」、「うまくて、こてらんね~」
と、言った具合に。
栞は、いつもその言葉で幸せを感じていた。
その時の理は、心の底から美味しいと感じて、ボケの言葉では表現できないと思ったのだった。
だから“美味しいとしか言えない”と、栞に言ったのだ。
栞が言っていた“私、理に愛される人になるように頑張る”の言葉が、こんなところでも栞を奮い立たせていたのだった。
もちろん、無理にではなく、栞の理に対する愛情が、自然にそうさせていたのだった。
『ありがとう・・・理』
「いやぁ、俺の方だよ、その台詞の権利者は!」
『いいの、いつもそうやって、感謝してくれる理が好きなの!』
「そっか・・・でも、本当に美味しい! 旨い! 最高だよ、ありがとう、栞」
食事を終えた理は、栞に尋ねた。
「泊まっていけるんだろう?」
『うん! もちろん! ねぇ・・・、理』
「うん? どうした、栞」
『・・・明日もお仕事だよね?』
「栞は、休みなのか?」
『うん・・・あっ、勘違いしないで! 休んでほしいってお願いしたんじゃないからね!』
「あぁ、分かってる。栞のことは、全部分かってるつもりだよ!」
『エヘッ』
「あのな・・・栞・・・ごめん・・・明日は、俺も休みーーー!」
『え~うそぉ、ホンと? ・・・って、どうしてごめんなの?』
「明日、一日、俺と一緒にいなきゃならないよ! ごめん! って、いうこと」
『えっ? お休みがとれたの? もぉ~ 理ったら!』
『でも、会社の方は、大丈夫なの?』
「あぁ、・・・久しぶりだよなぁ、お休みをもらうなんてさ」
『ホンとねぇ・・・理、頑張っているよ・・・理の身体が心配』
「明日は、従業員、全員お休みにしたんだ!」
『え~、すご~い』
理の会社が、ようやく元の軌道に乗り始めたのが、栞の父親のおかげだということは、理は、あえて触れなかった。
それが、栞に対する理の優しさだった。
マコト (木曜日, 21 4月 2016 12:25)
食事が済むと、栞が
『ゆっくり休んでいて、 すぐに後片付けしちゃうね!』
と、理に休んでいるように促したが、
「いやっ、一緒にやろう、栞だって働いてきたんだから、同じだろう!」
と、いつもそんなやりとりで、結局は並んで後片付けをする二人だった。
『ありがとう、理・・・いつも手伝ってくれて・・・理は、ホンと優しいね』
「おだてても、なんも出ないよ~」
『ば~か、本当の気持ちだからね~だ!』
後片付けも、そこそこになると
『ねぇ、理、お風呂入ってきちゃえば?』
「あっ、うん、そうする」
『着替えは、もう用意してあるからね』
「ありがとう、栞」
理は、先に後片付けを切り上げ、浴室に向かった。
と、その浴室のドアを開けようとしたときに
「なぁ、栞・・・一緒に!・・・待ってるから!」
『えっ? 一緒に???・・・無理!絶対無理!・・・だって、恥ずかしいよ~、無理だって!』
だが、理は「待ってるよ!」
と、言って先に浴室に入ってしまった。
栞は、『無理だからね~』と、断るため浴室に向かった。
そ~っと浴室をのぞくと、脱衣所の灯りだけをつけ、浴室は、その灯りでようやく見えるぐらいの明るさの中に理は待っているようだった。
『もぉ~、理ったら』
「きっと高校時代の野球部の合宿以来かなぁ・・・背中を流してもらうなんて」
『って、私は初めての経験なんだけど!・・・でも、理の背中、とっても大きい!』
「そっかぁ?・・・そろそろ代わるよ!」
『えっ? ・・・いやっ、・・・ない! ないから! ・・・私はいいよ!』
「遠慮するなって! ほら!」
『・・・もぉ~』
入浴を済ませた二人は、ドレッサーの前にいた。
そのドレッサーは、栞が泊まるようになってから、理が買ってくれたものだった。
理は、栞の背中にいてバスタオルで髪を乾かす手伝いをしていた。
そして、理は栞にこう言ったのだった。
「なぁ、栞・・・あとでお願いがあるんだ!」
『えっ? あとで?』
「あっ、うん、あとで」
『え~、なんだろう気になるじゃん! 今、教えてくれないの?』
理は、時計に目をやり
「うん、髪が乾いたら・・・栞」と
マコト (木曜日, 21 4月 2016 22:13)
栞は、『え~、なんだろう、お願いって・・・』
と、理の言葉を気にしながらも髪の手入れを終えた。
理が
「なぁ、栞・・・そこに座ってくれないか」
と、ソファーに視線を送った。
『あっ、・・・うん』
そして理は、栞の前にゆっくりと立ち
「栞・・・お誕生日おめでとう」
『えっ?』
「ほらっ・・・」
と、時計のある壁の方に視線をむけると、日付が変わって栞の誕生日を迎えていた。
『あ、そっかぁ・・・私の誕生日になったのね・・・ありがとう、理』
「栞・・・お願いがあるんだ」
『あっ、うん、さっき言っていたお願いのことね』
「・・・うん」
理は、少し緊張した表情でこう言った。
「俺は、栞を必ず幸せにする。だから・・・」
『えっ? えっ、なにぃ・・・理』
「結婚してください」
もう、栞は涙でいっぱいになっていた。
涙で、返事も曖昧なときに理は、一枚の紙を栞の前にそっと置いた。
「栞・・・お願いとは・・・ここに、栞の名前を書いて欲しいんだ」
それは、婚姻届だった。
栞は、ソファーから立ち上がり、理の胸に飛び込んだ。
『理・・・わたし・・・あなたの奥さんになれるのね・・・』
栞は、理の胸で泣きじゃくっていた。
理は、そっと栞を抱きしめ
「栞・・・明日、いやっ、もう今日だね、栞の誕生日に婚姻届を出したいんだ、俺の願いを聞いてほしい」
『・・・うん、・・・ありがとう、理』
二人の休日
理より、一足先に44歳になった栞の誕生日は、父親に結婚の報告をし、その足で婚姻届の手続きを済ませた一日になった。
理は、栞と父親に結婚式と披露宴を、その年のうちに挙げることを約束した。
手続きを済ませて、区役所を出た理と栞
栞が、立ち止まり
『ねぇ、理・・・』
「うん?」
『わたし、・・・今日から 有栖川 栞になったのね』
「あぁ、そうだよ・・・栞」
歩きながら、理はこう言った。
「栞・・・俺は、いつまでも変わらない、栞を必ず幸せにする。栞は、ずっと今のままでいて欲しい。無理する必要もない、今のままの栞が好きなんだ」
栞は、そっと手をつないで、『うん』と照れ臭そうに答えた。
「なぁ、・・・栞の誕生日だし、どこかで食事していこうかぁ」
その言葉に栞は
『ねぇ、理・・・今日は、私の誕生日だから、私のわがまま聴いてくれる?』
「あぁ、もちろん! 栞の行きたいお店でも、どこでも栞の言う通りに!」
『それなら、もう決まったわ』
「えっ、もう考えてあったの?」
『うん! 私の料理を食べて欲しい!』
「栞・・・」
『だって、私の料理で幸せそうな顔をしてくれる理が、何よりものご褒美なんだもの』
「そっかぁ、分かった。 じゃぁさぁ、せめてもの贅沢で、ワインでも飲もうよ!」
『うん!・・・初めてよね、理の家で・・・あっ、もう違うんだ! 私たちの家でお酒をいただくのは』
「そうだったなぁ・・・いつも仕事に追われて、ゆっくりさせてあげられずに、すまなかったなぁ、栞」
『そんなぁ・・・私こそ、理に支えられて頑張ってこれたのよ』
「そっか・・・なぁ、栞・・・」
『うん?』
「俺・・・同窓会、やって良かった。 栞とこうして、一生一緒にいられるようになった」
『うん、・・・私も同窓会を開いてくれたみんなに感謝したい』
理の誠実な思いが、栞に伝わった。
栞は、泣きたいと思うぐらいに、理の言葉に幸せを感じた。
「帰ろう、栞・・・俺たちの家に」
『はい・・・あなた』
「はっ? いま、なんて?」
『あ・な・た!』
「う~ん・・・理のままがいいなぁ・・・」
『え~、私の夢だったのにぃ~・・・でも、わたし、理から言われたのよね!』
「えっ?」
『ずっと、変わらずに、今のままの私でいて欲しいって』
「あぁ、お願いした。 今のままの栞でいて欲しい、ずっと」
『分かりました! 同窓会代表様!』
「・・・って、こらぁ!栞」
栞は、走って理から少し離れたところに行っていた。そして、理の方に振り向いて
『愛してる・・・理』と
マコト (金曜日, 22 4月 2016 12:28)
家に戻った二人は、栞の愛情のこもった料理をいただいた。
入浴を済ませ、それから、二人だけの結婚祝賀会を開いた。
「乾杯! 栞・・・いつも、ありがとう。 これからも、ずっとよろしくお願いします」
『こちらこそ、理・・・“ふしだらな娘”ですが、よろしくお願いします』
「・・・・・それは、ボケてるのかな?」
『えっ?』
「それを言うなら、“ふつつか者の娘”だと・・・」
『あっ! そっか、間違えちゃったぁ・・・やだぁ、私ったら!』
と、二人で大笑い。
もちろん、それは栞のボケであった。
『理・・・大好きだよ』
「あぁ、俺もだよ・・・愛してる、栞」
二人は、ソファーに肩を並べて座り、ワイングラスを傾けた。
『美味しい!』
「そっか、安いワインだけど・・・あぁ、俺も最高に旨いよ、栞」
理の左肩に、栞がそっと寄り添い、
そして、理が栞に視線を向けるように体の向きを変え・・・そして、二人の唇が重なりあった。
間接照明の灯りが、二人のシルエットをとても優しく窓に映しだしていた。
二人は、いろんなことを話した。
同じ価値観で話せる相手が、そばにいてくれる幸せを、二人は、しみじみと感じていた。
話しても話し足りない二人だった。
いつまでも話をしていたかったが、ワインボトルが空になりそうになった頃には、二人とも酔いに後押しされた睡魔に襲われ始めていた。
「なぁ、栞・・・」
『・・・・・・』
「あれっ?」
栞は、理の肩に寄り添い、眠っていた。
その寝顔は、とても愛らしく、理にとって、この上なく幸せを感じることができた。
「寝ちゃったのか、栞・・・たくさん話したけど、まだまだ話足りないなぁ」
「これから、ずっとそばにいてくれるんだなぁ、栞」
そう、眠っている栞に話しかけた。
聞こえていないはずの栞が、ふと嬉しそうな顔をしたように見えた。
理は、ずっと栞の寝顔を見ながら、少しだけ残っていたワインを飲み干した。
「起こさないで連れていけるかなぁ」
と、そっと抱きかかえようとしたが、それに栞は目を覚まし
『あっ、わたし・・・寝ちゃったの? ごめんなさい、理』
「いいんだよ、栞・・・おかげで寝顔をずっと見ていられたから」
『え~・・・もぉ、理ったら!』
もう見ちゃいや!と、ばかりに理に抱きついてきた。
「ごめん、ごめん・・・だって、とても愛おしい寝顔だったから・・・」
栞は、理が言ったことと同じ経験があったことを思い出した。
だから、寝顔をずっと見ている時の気持ちが分かった。
『ありがとう・・・理』
「えっ? 何にありがとうなの?」
『いいの! とにかく、ありがとうなの!』
「よく、分かんないの! 栞は」
『いいの! ・・・ねぇ、理・・・ギュッとして!』
「・・・栞」
「栞・・・」
「栞・・・」
「えっ? また眠っちゃったのかい?・・・栞」
「もぉ、可愛いなぁ栞は・・・ありがとうなぁ、栞」
「・・・って、これじゃ、いつまでたってもベッドに行けないじゃん」
「お~い、栞・・・ベッドに行くよ!」
『えっ? あっ、は~い』
栞は、理の左腕を枕に、幸せそうな寝顔で眠った。
理は、しばらくの間、いい子いい子をしながら、ベッドの中でも栞の寝顔を見ていた。
そして、ずっとこの幸せが続きますようにと、栞のおでこにキッスをして眠りについたのだった。
マコト (金曜日, 22 4月 2016 12:31)
二人が眠りについて、いくばくの時間も経っていなかった。
理が寝返りをしたことで、栞は目を覚ました。
栞は、隣で眠る理の背中に手を添えて、その温もりを感じていた。
『わたし・・・理の奥さんになれたのね・・・幸せだよ、理』
と、その時、ふと蒼のことが思い出された。
『わたし、理と結婚したことを蒼に報告しなきゃ・・・』
考えてみれば、蒼と話したのは、理と二人で食事をすることになったと伝えた電話以来、蒼とは連絡をしていなかったのである。
そして、
『あっ、今日は蒼の誕生日だよ・・・わたし・・・ごめ~ん、蒼』
栞の誕生日は、もちろん蒼の誕生日でもある。
これまでは、お互いの誕生日を、お互いが祝うように、必ず連絡を取り合っていた二人であった。
44回目の誕生日は、栞は理の妻となり、人生で一番幸せを感じた一日だった。
だが、蒼は・・・、おそらくは一人で。
二人が話すこともなく、その日が終わってしまったことに、栞は、すごく自分を責めた。
そして、いろんなことが思い出された栞は、寝むれなくなってしまったのだった。
すると、その時だった。
「蒼・・・ごめん、俺が悪かったんだ」
それは、理の寝言だった。
『えっ・・・』
栞は、自分の耳を疑いたかった。
だが、理は、確かに「蒼・・・ごめん」と、言っていた。
『ねぇ、理・・・どうして・・・』
栞は、眠っている理を叩き起こして問いただしたいと思った。
でも、直ぐに、蒼の顔が思い出され、冷静になることができた。
栞は、理を信じていた。
理が、言ってくれた言葉の全てを
その時に栞が出した答えの一つに、絶対的な自信を持てることがあった。
それは、“理は、間違いなく自分のことを愛していてくれる”だった。
それだけは、疑う余地はなかった。
なら、どうして蒼の名を
栞は、理が何故、蒼の名前を呼び、そして「ごめん、俺が悪かったんだ」と、夢の中で謝っていたのか、ゆっくりと考えた。
ひとつひとつ過去の思い出をひも解くように。
高校時代に、栞と蒼と、そして理の三人で仲良く話していたこと。
卒業式に、蒼が目を腫らして理と二人で校舎から出てきたときのこと。
蒼が、大学を終え、地元に戻って就職したときに、理が海外赴任していて、そのことがとても寂しいと言っていたこと。
25年ぶりに開催された同窓会の時、栞の名札をつけた蒼に、
「蒼・・・だよな」
と、同窓生の中で唯一、蒼と気づいたのが理だけだったこと。
そして、片頭痛で寝込む蒼を心配して、部屋まで来てくれたこと。
もう、その頃はすでに栞の目には、涙があふれていた。
それは、決して“理に裏切られた”という思いではなく、優しい理が愛おしくての涙だった。
そして栞は、“蒼の理に対する気持ち”に気付く決定的なことを思い出した。
『理と二人で食事に行くんだと、私、嬉しくて先に言っちゃったけど、・・・あの時、蒼も相談事があるって言っていたのよね・・・』
『あの時・・・、初めてだった。 蒼が「栞が先に言って」と、順番を譲ったのは』
『ねぇ蒼・・・もしかしたら、あなたは、理とのことを私に伝えたかったんじゃないの? ・・・蒼』
『だって、何かあれば直ぐに電話をしてくる蒼でしょ! それなのに、あれからは電話一本もよこさないなんて・・・』
そして栞は、全てのことを理解した。
『理は、蒼のことをずっと好きだったのかもしれない・・・』
『それでも、お父さんとのことがあって・・・優しい理だから、これから私と愛を育んで行こうって、言ってくれたのよね・・・きっと』
『でもね、理・・・私は、信じているよ。今は、私を愛してくれているって・・・心の底からね』
『それだけは、私は自信があるの』
『蒼・・・』
『私・・・あなたの気持ちなんか、ひとつも考えずに、理と逢える嬉しさから・・・』
『ねぇ、蒼・・・私、もう理の奥さんになっちゃったのよ・・・』
『私・・・蒼の気持ちのことなんて、全く考えずに・・・私が、蒼の気持ちを少しでも聞いてあげていたら・・・』
『蒼・・・』
それに気づいた栞は、今度は、蒼を思っての涙が止まらなくなった。
声も抑えることができないほど、涙があふれてきた。
「おい、栞・・・どうしたんだ?」
理が、栞の泣く様に気付いて、目をさました。
「どうしたんだぁ、栞・・・」
『ごめん、理、わたし・・・なんか、あまりにも幸せ過ぎて、涙が止まらなくなっちゃったの・・・』
と、その涙の訳を理には伝えなかった。
「栞・・・おいで」
と、理は、胸の中に栞を包み込み、強く抱きしめた。
栞は、その暖かい理の胸と、強く優しく抱きしめてくれるその温かさに、
理が、自分を愛していてくれることに間違いがないと思った。
そう思えば思うほど、涙が止まらなかった。
『理・・・』
栞の、細い腕が理の背中に
栞も、同じぐらいに強く理を抱きしめた。
『理・・・』
マコト (月曜日, 25 4月 2016 12:56)
理の胸の中で栞は、どうしても涙を止めることが出来なかった。
理は、ずっと肩を揺らして泣き続ける栞を、そっと離して
「栞・・・」
「なぁ、何かあったのかぁ・・・俺には何でも話してくれ! 俺は栞には、全てを話していこうと決めてあるんだ! だから、栞も何かあるのなら、話してくれないか、・・・栞」
栞も、理の言うようにしたいと願っていた、もちろん。
それでも、理のこと考えると、正直に話すことがいいのか、それとも自分の胸にしまい込むことがいいのか、決められなかった。
返事の出来ない栞に対して、理は決して曖昧にして逃げようとはしなかった。
それが、二人のためだと考えたからだ。
「栞・・・起きよう」
そう言って、二人はベッドからソファーへと
そして理は、優しく栞に言った。
「なぁ、話してくれないか・・・ ただ、勘違いはしないでほしい! これは、栞を問い詰めているんじゃなく、栞を苦しめている何かがあるとしたら、俺も一緒になって悩みたいんだ! ・・・俺は、栞を守りたい! だから・・・なぁ、栞、何かあったんだろう?」
もう栞が一人で抱えるには限界だった。だから・・・
『理、私ね・・・』
と、蒼に対する栞の想いを全て話したのだ。
ただ・・・理の「寝言」のことだけは、自分の聞き間違いであったと、自分の心の奥にしまい込んだ。
栞は、全てを正直に話した。
理の寝返りで、ふと目を覚ますと、理が隣にいてくれて、しみじみと幸せを感じたこと。
その時に、ふと、蒼のことを思い出し、理と結婚したことを、まだ報告していなかったことに気付いたこと。
そして、考えてみれば、もう随分と蒼と連絡をとっていなかったこと。
今日が、蒼の誕生日であり、今までなら、二人でお祝いを言い合っていたのに、今年は・・・その蒼の誕生日を忘れてしまったことに、自分を責めたこと。
栞が理と二人で逢うことになったと蒼に伝えてからは、連絡をよこさなくなってしまったこと。
そして・・・
他の記憶と全部を結びつけると、ある想いにたどり着いたこと。
それは・・・蒼が、理をずっと想っていたのではないかということ。
それに気づかず、自分だけこんな幸せになってしまって・・・
それを考えていたら、蒼に対する思いから涙が止まらなくなってしまったのだと。
理は、栞の話を涙なしには聞くことが出来なかった。
それをみて、栞は理に聞いたのである。
『ねぇ、理・・・嘘をつかないで言ってほしいの・・・私とのことが始まる前は、理も蒼のことを想っていたんじゃないの?』と
理は、下を向いたまま、黙って・・・そして、うなずいた。
『・・・理・・・ありがとう、正直に言ってくれて』
理は、その言葉にハッとして、
「なぁ、栞・・・これだけは信じてくれ! 俺は、栞のことを心から愛している。栞と離れることなど、あり得ないんだ!」
栞は、優しく微笑んで
『うん、分かってるよ、理。 それだけは、私も自信をもって言えるの! 理は、今の私を愛してくれているって! そこに偽りはないって! だって、私の愛した理のことを一番に理解しているのは、私だもの』と
「栞・・・」
「栞・・・俺が栞を守る。必ず栞を幸せにする、栞・・・」
それは、栞に初めて見せた理の涙だった。
『ありがとう、理・・・私、理に話して良かった』
『私・・・蒼と、ちゃんと向き合ってみる』
『蒼に祝福してもらえるかどうか、分からないけど・・・それでも、私は理と生きていくことを選びたい』
『理・・・それで良いよね?』
理は大きくうなずいて、理の方から栞に抱き着いた。
「栞・・・ありがとう」
『理・・・』
マコト (月曜日, 25 4月 2016 19:54)
理の言った寝言・・・
「蒼・・・ごめん、俺が悪かったんだ」
理のその夢の正体は、あの時のシーンだった。
校舎の屋上で「俺は、蒼が好きだ! このボールを受け取って俺の気持ちを受け止めて欲しい」と、投げたボール・・・
だが、そのボールを蒼は、受け取らなかった。
立ちすくむ蒼に、
「下手だなぁ・・・」と、言った理
その時の理は、キャッチしないために、蒼は手を動かしたのだと思った。
だが、そのシーンを何度も夢で見るようになり、理は気づいた。
「あの時、蒼は、精一杯にキャッチしようとして・・・」
「受け取らなかったのではなく、受け取れなかったんだ・・・」
「だから、涙をいっぱいにためて、立っていたんだ」と
そう、気づいたときには、蒼は大学進学のため上京していた。
理は、その夢を25年経った今でも見るときがある。
というより、頭の中から消えることはなかったのである。
そして、その夢は、決まって「理に良い事」があった夜に見るのであった。
おそらくは、蒼の気持ちに気付いてやれなかったという自責の念にかられてのことだったのであろう。だから・・・
「蒼・・・ごめん、俺が悪かったんだ」と
理は、栞にプロポーズをしようと決めた時から、蒼に対する想いは断ち切ったつもりだった。
それでも、心の奥では蒼を想う気持ちは消えていなかったのだった。
栞と夫婦になったその日の夜に、また、同じ夢を見た理
もちろん、寝言を言っていたとは知るはずもなく、ましてや、それを栞に聞かれていたとは・・・
ベッドに戻って、栞は、また理の胸の中にいた。
理は、そっと栞のほほに触れ、そして唇を重ねた。
理は、その時に固く心に誓ったのである。
「俺は、栞を一生愛していく。たとえ、何度蒼の夢を見ようとも・・・」
「栞・・・俺は、お前を必ず幸せにするから」と
その想いが、栞に伝わったのであろう。
もう一度だけ、確認するかのように、
『理・・・私、本当に幸せになってもいいんだよね?』と
枕に向かって流れ落ちる栞の涙を、理はそっとぬぐって、
「あぁ、栞・・・俺が幸せにする」と
今度は、栞が唇を重ねてきたのだった。
マコト (月曜日, 25 4月 2016 19:57)
ここで、ある夫婦の話をする。
とても有名な話であるから、知っている人も多いと思うが、理と栞が本当の夫婦になれた夜だからこそ、この夫婦の話をしよう。
宮崎県に、芝桜が満開を迎える4月になると、多くの見物客で賑わう民家がある。
その数は、土日になると1,000人を超える人が訪れている場所だ。
その芝桜は、ひとりの男が20年の年月をかけて育てあげてきたものなのだ。
ピンクに染まる芝桜の一輪、一輪には、夫から妻へ捧げる、真実の愛が込められていた。
昭和31年、二人の出会いは見合いの席だった。
恥ずかしがりやの2人は、一度も会話を交わすこともなく婚約し、結婚。
小さな家で新婚生活が始まった。
二人は、畑で芋や麦などを育てたが、大した収入にはならなかった。
どれだけ生活が苦しくても、夫は決して人に頼ろうとはしなかった。
実は、7歳の時に父親を亡くした夫は、わずか10歳で地元の大農家に奉公に出され、結婚するまでの16年間を、奉公で育てられた。
朝5時に起き、働きづめの毎日。
だが、どんな辛くても、奉公の身である以上、甘えることなど出来ない。
そんな生活をずっと続けてきた夫は、独立した以上、人に頼らず自分の力で生きていこうと心に誓ったのである。
そんな夫に妻は黙ってついていった。
そして、二人の間に、三人の子どもが生まれ、ようやく生活が軌道にのりはじめたそんな矢先、ある出来事が・・・
台風が直撃し、畑の作物がすべてダメになってしまったのだ。
家族にとって危機的な状況。
しかし、夫は「悪い事もいいふうに考えればいいんじゃ! 牛だ! 牛をやろう! 牛なら天候に左右されることもなくなる!」と言った。
実は昭和30年代、高度経済成長にともない、乳製品の需要が高まるとともに畑作から酪農へ切り替える農家が増えていたのだ。
夫は、借金をして牛10頭を買い、酪農を始めた。
生活は一変。朝は四時起き。
掃除、えさやりにはじまり搾乳、さらに飼料づくり。
365日働きづめで年間を通して1日たりとも休みはない。
それでも妻は不満などなかった。
それは、地元の農家の会合に夫が出席していた時のこと、会合では毎回弁当とビールが振舞われていたが、つきあいの悪い夫。
実は、弁当を家に持ち帰り、妻と一緒に食べていたのだ。
夫は、妻がいないところで、自分だけ贅沢するのが耐えられなかったのだ。
そんな夫の優しさが、厳しい生活を生きる妻を支えていたのである。
働きづめの生活は、その後20年以上も続いた。
その努力は実を結び、牛の数は10頭から50頭に。
3人の子どもは、立派な大人へと成長した。
夫婦となってから30年。
2人には、ささやかな夢があった。
それは、いつか二人で世界一周の旅をすること。
結婚当時、新婚旅行にも行けなかった二人は、いつか旅に出ようとずっと貯金をしてきたのだ。
そんな矢先のこと、妻の視界はかすんだようになり、牛がいることすら判別できないまでに視力が落ちていたのだ。
夫は、直ぐに妻を連れて眼科へ行ったのだが、明らかな原因は分からなかった。
そして1週間後・・・
なんと、異変を感じ始めてからたった一週間で、妻の目は、完全に見えなくなってしまったのだ。
妻は、宮崎市内の総合病院に移り、直ぐに検査入院。
診断の結果は、遺伝からくる、糖尿病の合併症。
視力を失ったショックは大きく、妻は別人のように無口になり、笑顔を見せることもなくなった。
そんな中、夫は一人、酪農を続けていたのだが、長女に酪農は一人では無理だから辞めてくれと懇願され、夫は持っていた牛を売り払い、酪農を辞める決心をした。
それは、苦渋の決断であった。
自分のせいで、大切な妻から光を奪ってしまった。
そして二人で必死に築いてきた酪農までも失った夫は、自分のふがいなさに涙が止まらなかった。
それから数か月後、妻を見舞ったあと夫が姉の家に立ち寄ったときのこと。
庭先に当時ではまだ珍しい、芝桜が咲いていた。
早速、わけてもらった芝桜を庭先に植えた。
斜面に植えたみかんの木の土止めとして使うには、ちょうど良かったのだ。
そして、妻が1年ぶりに退院。
夫として出来る限り元気付けようとするのだが、明るく、人と話すのが好きだった妻が、家に閉じこもるようになってしまった。
そして、不安の中で迎えた翌年の春。
昨年植えた芝桜に人が集まっていた。
夫の頭に、ある考えがひらめいた。
そして何かに取り付かれたように、芝桜を増やし始めた。
畳一畳分もない芝桜を、どうすれば庭いっぱいに増やせるのか?
これまで全く知らなかった花の栽培。
土や肥料の配分をはじめ、さし芽の方法など、芝桜に関係することは何でも覚えた。
そんな中、夫の芝桜は近所でも話題になっていた。
必死に芝桜を増やそうとする夫、しかしたとえ綺麗に花が咲いても、妻にはそれを見ることが出来ない。
それでも夫はやめることはなかった。
夫にはハッキリとした目標があったのだ。
その目標を果たすために翌年も、その翌年も、芝桜を増やしていった。
杉林だった自宅の裏山をたった一人で切り開き、そこに芝桜を植えた。
芝桜が、より美しく見えるに斜面に土を盛り、ユニークな起伏にとんだ斜面をつくり、そこに芝桜を植えた。
盛った土が大雨で流されてしまうこともあった。
一進一退の芝桜づくりは何年も続いた。
そして、芝桜を植えてから10年以上が経った春・・・
庭にはピンクのじゅうたんが広がった。
敷地一杯に咲き誇る芝桜。
夫はたった一人でこの光景を作り上げたのだ。
すると、芝桜を見に人が集まってきた。こうして、夫の芝桜は評判を呼び、いつしか県外からも人々が集まって来るようになったのだ。
芝桜の周りに集まって来た人と話をする妻。
その顔には、いつしか、あの朗らかな笑顔が戻っていた。
芝桜を庭一面に育てることで見物客を集め、ふさぎ込んでしまった妻を元気づけたい!
それこそが、夫の願いだったのだ。
そして、現在、芝桜は600坪の敷地全体に広がっている。
夫は、少しでも多くの人にこの景色を見て欲しいと、庭を無料で開放しているのだ。
庭に響く妻の笑い声。
妻は、お客さんとの交流を毎日楽しみにしている。
夫が、芝桜にかけた深い愛。
それは、しっかりと妻の心に届いているのだ。
妻の朝は、夫が作った遊歩道を散歩することから始まる。
夫の愛を感じながら、多いときは1日1万歩、家の周りを100周歩く。
目の不自由な妻が、安心して歩けるように設置された手すりは、もちろん夫のお手製。
80歳を超えた夫、妻を支え続けた人生
人生の二人三脚は、これからも続いていく。
理と栞の二人の歩みは、いま、始まったばかりなのだ。
マコト (火曜日, 26 4月 2016 20:58)
理と栞が入籍してから、1週間が経っていた。
『ねぇ、理・・・わたし明日、蒼のところに行ってこようと思っているの・・・理とのこと、ちゃんと報告してくるね』
「それなら、俺も行かなきゃ・・・蒼は、自分の妹になったわけだし」
『うん・・・でも、理は仕事でしょ?』
「あっ、う、うん・・・」
『大丈夫、また、ゆっくり三人で会いましょう! 明日は、わたし、ひとりで行ってくるから』
「そっかぁ、それじゃ申し訳ないなぁ・・・でも、また、少しの間忙しくて、お休みは・・・」
『ホンと、大丈夫よ、理』
「・・・すまない、栞、よろしく伝えてくれなぁ」
『うん!』
翌朝、
『行ってらっしゃい、理』
と、栞は、理のほほにキスをして送り出した。
薄化粧に、カジュアルな服装で、直ぐに栞も家をでた。
蒼のところまでは、車で30分ぐらいのところだった。
車の中では、栞の大好きなaikoのカブトムシが流れていた。
“少し背の高いあなたの耳に寄せたおでこ 甘い匂いに誘われたあたしはかぶとむし”
栞は、蒼の元気そうな顔を思い浮かべながら車を走らせた。
蒼の住むマンションが見えてきた。
駐車場につくと、そこに蒼の車を見つけた。
『あっ、蒼いるわねぇ~良かった』
車を止め、蒼の部屋に向かった。
マコト (水曜日, 27 4月 2016 12:14)
蒼の部屋の前についた栞は、ひとつだけ大きく呼吸をして呼び鈴を鳴らした。
応答は、なかった。
『あれぇ?』
もう一度・・・そして、もう一度と呼び鈴を鳴らしたが、ずっと応答もなく、
『蒼の車あったのになぁ・・・コンビニでも行ったのかしら?』
『・・・出直してくるしかないかなぁ・・・』
と、車に戻ろうと歩き出したとき
「栞・・・」
部屋のドアが開いて、蒼が栞の名を呼んだ。
『あぁ、蒼~ 良かったぁ、いてくれて、久しぶり~ 』
と、嬉しそうに蒼のところに走り寄った栞
寝起きだったのか、それは分からないが、蒼は表情ひとつ変えずに、うつむき加減
その蒼の様子を見て、栞は
『蒼・・・ごめん、早くにアポなしできちゃって・・・』
と、表情を曇らせて謝った。
「栞・・・どうしたの? 突然に、何かよう?」
『あっ、う、うん・・・』
そして蒼の次の言葉に栞は驚きを隠せなかった。
「理とのこと?」
『えっ?』
マコト (水曜日, 27 4月 2016 20:12)
蒼の言葉に驚いた栞は、予想をしていなかった言葉に、返す言葉を見失った。
すると蒼が
「理と入籍したそうね・・・」
『えっ? あっ、う、うん・・・でも、どうしてそれを? わたし、今日は、そのことを蒼に報告しに来たの』
「・・・そう」
その日に栞が思い描いていた
『蒼、喜んでくれるといいなぁ・・・』
という、わずかばかりの期待は、その時の蒼の表情を見て、もろくも崩れた。
「お父さんが、直ぐに電話してきたわよ・・・私の・・・あっ、私たちの誕生日の日にね」
『えっ? お父さんが?』
「お父さん、きっと相当嬉しかったのね! 栞と理が、今日入籍することになったんだと、ひとりで興奮して電話してきたわよ!」
『蒼、あのねっ私・・・、直ぐに蒼に連絡しようと思っていて、でも、こうして会って報告したいと思ったから・・・だから、今日になっちゃって・・・』
「別にいいのよ! 栞のことだもの」
『・・・蒼』
『ねぇ、蒼、久しぶりに会ったんだし、ゆっくり話せない?』
「・・・何を話すの?」
『えっ?・・・蒼・・・』
蒼が栞を部屋に招くことなく、部屋の外で話す二人であった。
マコト (水曜日, 27 4月 2016 21:37)
蒼が、既に父親から聞いて知っていたことで、想いを伝える手順が狂ってしまい、栞は、その場をうまく取り繕うことが出来なくなってしまったのだ。
ただ立ちすくむ栞であった。
それは、一週間前のこと・・・
蒼の携帯が鳴った。それは父親からの電話だった。
「おい、蒼かぁ・・・なぁ、驚くなよ! 栞が結婚したぞ! あっ、式は年内のうちに挙げるらしいが、今日の栞の誕生日に、入籍することになったんだ! さっき、保証人の欄に私が署名したんじゃよ!」
『えっ? 栞が・・・』
「あぁ、そうだ! 相手は理くんだよ! 蒼も知ってるだろう? 高校の同級生だもんな!」
『う、うん・・・』
突然に受けた報告で驚きはあったが、純粋に栞が幸せになることを喜ぶことが出来た。だから
『そうだったのねぇ、栞からは理くんとお付き合いを始めると聞いていたけど・・・良かったねぇ、栞』
「あぁ、良かった。うん、良かった、良かった!」
電話は、それで切れた。
『そっか・・・』
『おめでとう・・・栞』
と、栞の幸せを喜んでいながらも、何故か涙がほほをつたった。
『バカ! わたし、なに泣いてんのよ! 私は、もう理のことは・・・』
蒼は、しばらくは何もせずにソファーに座っていた。
気が付けば、もう外は暗くなっていた。
『そうだ、今日は私の誕生日だったんだ・・・』
と、自分の誕生日を一人で祝おうと、買ってきてあった、小さなケーキにローソクをたて、火をつけた。
ローソクの灯りを見つめていると、これまで栞と二人で祝ってきた誕生日のことが走馬灯のように思い出された。
『栞・・・』
涙が止まらなかった。
溶けたローソクがケーキに流れ落ちそうになったことに気付いて、慌てて
“Happy Birthday to you, Happy Birthday to you”
と、一人でゆっくりと歌い、そして火を消した。
蒼は、誕生日には必ず栞と一緒にいた。
時には、同級生の集まりで、サプライズでケーキを用意してもらって、二人一緒にみんなに祝ってもらったこともあった。
誕生日を一緒に祝ってくれる人がそばにいてくれることが、どれほどまでに幸せなことであるのか、初めて知った蒼だった。
『栞、今頃は、理と・・・』
そう考えると、耐えられなかった。
まだ、理への想いが完全には消えていないことに気付かされてしまった蒼だった。
そして、今度は父親の喜ぶ声が、耳から離れなくなってしまった。
これまでは、自分の誕生日には、必ずお祝いを言ってくれていた父親が、今日に限っては、栞のことだけで、その言葉もなかったことが、とても寂しくて仕方なくなった。
『お父さん・・・もう、栞のことだけで、私のことなんか・・・』
実は、父親は蒼に電話をするまでは
「今日は、栞と蒼の誕生日だな! お祝いを言ってあげないとな」
と、しっかり覚えていたはずなのに、栞の結婚報告ですっかり舞い上がってしまい、言いそびれてしまったのだ。
電話を切って直ぐに
「おっと、やらかしたなぁ・・・蒼におめでとうを言うのを、すっかり忘れてしまった・・・」
と、電話をもう一度かけ直そうとした矢先に、別人からの電話が・・・
それで、結局は言わずに終わってしまったのだった。
その時に、父親が電話をかけてさえいれば・・・
そこまで、落ち込むこともなかった蒼であったのかもしれない。
だが、結局は、蒼に残った思いは
『わたし・・・一人になっちゃった』
という、辛い思いだけであった。
人と人の間には、言葉にしなくても伝わる思いと、言わないと伝わらない思いがある。
ただ、これだけは言える。
“大切な思いは、言葉にして伝えるべき”であると。
そんな経験をしたことが、あなたにも一度や二度・・・あるのではないだろうか。
「あの時にちゃんと話をしておけば・・・」
という過去が
マコト (木曜日, 28 4月 2016 12:57)
蒼は、一人でケーキを食べた。
甘いケーキのはずが、涙で味も変わっていた。
蒼の44回目の誕生会は、ほんの数分間だった。
ソファーに座って、テレビを観ていても、ただぼーっと観ているだけの蒼だったが、ふと何かを思い出したかのように立ち上がった。
そして、それまでずっと守ってきた“約束”を、とうとう破ってしまうのであった。
そう、箪笥の奥にしまってある三人の写真を取り出してしまったのである。
『理・・・』
笑顔で写る理と栞がとても楽しそうに見えた。
そして自分は・・・、
手を後ろで組んで少し困ったような表情
その時の自分を思い出して、とめどもなく涙が流れた。
『見なければ、良かった』と、思った。
それまで以上に理のことが恋しくて仕方がなくなってしまったからだ。
それでも、栞が何ひとつ悪いことをした訳ではないということが分かっていたから、
『理・・・栞を幸せにしてあげてね・・・あなたが選んだ栞を・・・』
と、自分に言い聞かせるように、写真の理に語りかけた。
ベッドの中でも、涙が止まらなかった。
次の日も、次の日も・・・
いろんなことが思い出され、そしてそれらのこと全てが、蒼の思考を狂わせ始めていた。
それからの日々が、蒼の精神状態を普通のものではなくしてしまうのである。
蒼は、解離性同一性障害と呼ばれる病魔に侵され始めていたのである。
そう、かつては多重人格障害と呼ばれていた病である。
解離性障害とは、栞にとって堪えられない状況を、離人症のように、それは自分のことではないと感じたり、解離性健忘などのように、その感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで、心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害のことである。
この時の蒼は、解離性同一性障害、つまりは、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れてしまう状態になり始めていたのである。
それほどまでに、蒼には辛い思いが重なってしまったのである。
あれほど優しかった蒼が・・・
結局は、その“優しさ”を病魔が食い物にしたのである。
マコト (木曜日, 28 4月 2016)
それからの蒼の一週間は、とても同じ人とは思えぬように、
『栞は、絶対に幸せになって!』
と、もとの仲のいい姉妹のままの蒼であったり、
次の日には、「私の理を奪った栞のことが許せない!」と、栞を憎んでしまったり・・・
ただ、ふと、我に返り
『えっ? わたし・・・栞のことを悪く言うつもりなんかないのに・・・』
と、まだ、その病状は最悪の状態までにはなっていなかったのである。
それなのに・・・
二人の運命をあざ笑うかのように、栞が訪ねてきたその日には、栞を憎んでいる精神状態の蒼であったのである。
『ねぇ、蒼、久しぶりに会ったんだし、ゆっくり話せない?』
そう言われた蒼の頭の中では、栞と久しぶりに会えた喜びから、
「うん、入って! ゆっくり話そうよ、栞!」
そう、思いたいと願う蒼もいた。
だが、精神を患った者には、それを簡単には処理させてもらえないのだ。
もう一人の自分に、『あなたを苦しめた栞を遠ざけなさい!』と、命ぜられたかのように、
「わたしは、栞と話すことなんかないから! 帰って!」
蒼は、そう言い捨てて部屋に入ってしまったのである。
『蒼、待って・・・』
栞の言葉は、蒼には届かなかった。
栞は、車に戻って大声で泣いた。
『蒼・・・ごめんなさい・・・わたし・・・』
それは、自分自身を責める思いの涙だった。
涙で前が見えない栞は、車を運転することすら出来なかった。
確かに、覚悟はしていた。
もしかしたら、自分の思い過ごしで、蒼は自分を祝福してくれるかもしれないという思いと、そして、もう一つが、二人の縁を断ち切るまでに、自分を憎んでいるかもしれない。
そして、その日の答えが、後者であったことに、栞は涙が止まらなかった。
『やっぱり蒼は、理のことを・・・わたし、どうしたらいいの・・・』
それでも、次の瞬間には理の顔が思い出された。
『栞のことは、俺が絶対に幸せにする! 栞のことは、俺が絶対に守るから』
思い出された理は、そう栞に語ってくれた。
『理・・・わたし・・・』
そして、この後・・・
栞が考えて出した結論が、三人の人生を大きく変えることになってしまうのであった。
マコト (金曜日, 29 4月 2016 00:53)
小生は、“大切な思いは、言葉にして伝えるべきである”と言った。
確かに言ったが、それでも
「相手のことを思うからこそ、敢えて言わない」
ということも時には必要なのだと、この先の出来事を語るにあたって、先に言っておかなければならない。
ただ・・・、
それは、誰かを悪者に仕立てるために、先に言うのでは決してない。
何故ならば、この時の蒼は、その優しさと辛い思いから逃げ出したいと思う気持ちとのバランスが崩れてしまったがために、病魔に侵されていた訳であり、
また、栞も妹の蒼を好きだからこそ、自分だけが幸せになっていいのかと、自分を責めていた訳であり、
そして理も、蒼への想いが全て消え去っていた訳ではないながらも、栞への愛を貫き通すことを決めていた訳であるのだから。
あくまで私見であるが・・・
小生は、夫婦だろうが、親子だろうが、親友同士だろうが、秘密はあって当たり前と思っている。
ただ、もちろん理解もしている。それは、
「えっ? 夫婦間では、ひとつも秘密がないことが一番なのよ!」
と、自信を持って言える人がいることを。
こんな場面を経験したことがある人がいるのではないだろうか。
妻が「なんでそんな大事なこと言ってくれなかったの?」と言えば、
夫は「別に言う必要がないと思ったからさぁ・・・」と
男と女では、必要なことの基準すら違っていることもあるのだ。
そして、
「相手のことを思うからこそ、敢えて言わない」であるのだが・・・、
夫婦だからと言って、お互いを傷つけるようなことを平気で言ってしまっていい訳ではない。
信頼関係があるから大丈夫と思っていても、元々他人同士の夫婦の信頼関係なんて、どこで崩れてしまうか分からないのだ。
相手のことを全て知りたいというのは、相手を自分の思いどおりにしたいという気持ちの裏返しである。
夫婦といえども他人であり、他人を自分の思いどおりにすることなど出来ないのだ。
人と人の間では、隠しごとがあるかどうかよりも、お互いを尊重する気持ちがあるかどうかの方が、よっぽど大切なのだ。
本文に戻る前に、ひとつ付け加えておく。
“秘密と嘘は違う”ということを。
そして・・・
「相手のことを思うからこそ、敢えて言わない」と同じように、
「相手のことを思うからこそ、嘘をつく」ことも、長い人生のなかにあっては、必要になる時があるのかもしれないということを。
そして・・・
栞が考えて出した結論は、
『わたし・・・理には嘘をつきたくない!』だったのだ。
家に戻った栞は、何もせずにただ理の帰りを待っていた。
「ただいまぁ・・・栞、どうだった? 蒼と会えたんだろう?」
と、その時の理は、精一杯の笑顔で言った。
『おかえりなさい・・・理』
もう、その栞の声のトーンで理は、半分以上を理解した。
それは、会えなかったのではなく、おそらくは、栞が望んでいた結果ではなかったのであろうと。
『理・・・』
玄関まで出迎えた栞は、理の胸の中へと歩みを進めた。
「栞・・・」
理は、もう一度「栞」と名を呼び、そして抱きしめた。
マコト (金曜日, 29 4月 2016 17:01)
理は、何も聞かなかった。
そして
「車の運転、久しぶりだったから疲れたろう!」
と、栞と離れて、“クンクン”と部屋の中の匂いを探った。
「よ~し! 今日は、俺が有栖川家の料理長だ!」
「オーダー! 卵を使った得意料理~!」と
『えっ?・・・理、何も聞いてくれないの?』
と、栞は一旦は驚いたが、直ぐにそれが理の優しさだと気付いた。
だから、少しいたずらな顔で
『ねぇ~、理・・・もしかして?』
「えっ? なにか御不満でも?」
『不満なんかないわよ! ただね・・・』
「な~に?」
『卵を使った得意料理って・・・もしかして?』
「えっ? 英語の料理だぜ!」
『・・・・』
・・・・一時間後
結局は、二人でキッチンに立ち、食卓いっぱいに料理を並べていた。
「か・ん・ぺ・き!」
と、理が唯一担当した料理を最後に並べた。
そう、スクランブルエッグだった。
「いただきま~す!」
『いただきま~す・・・理、ありがとねぇ』
「うん? なに? スクランブルエッグかい?」
『もぉ~ ・・・まっ、いっか! どれどれ????? あらっ、意外といけるじゃない!』
「だろぉ~」
『わたし、知ってるモン! 理は、料理があまり得意じゃなくて、ずっと外食ばかりしていたって』
「・・・えっ? やっぱり?」
『だって、キッチンを見れば分かるわよ! 調理器具がほとんどなかったんだもの』
『ねぇ、理・・・本当は、卵焼きが作りたかったんでしょ?』
「・・・ちげーよ!」
『正直に言ってごらん?』
「・・・ちげーし」
『だって、わたし、見ていたのよ!』
「・・・はい、・・・そうです。いつも、そう! 最初は卵焼きにチャレンジするんだけど・・・途中で・・・ぐちゃぐちゃって」
『あぁ、美味しい!』
「って、途中でぶんなげるなって!」
栞は笑って
『ずっと私が、愛情を込めて作るからね!理のために』
「うん、俺も、これからは料理にチャレンジしてみるよ!」
『・・・それは、あまり望んでないけど・・・』
「・・・えっ? やっぱり?」
二人は、見つめ合って、いつもの笑顔に戻っていたのであった。
マコト (土曜日, 30 4月 2016 08:19)
食事を終えると、後片付けも理が隣に立っていてくれた。
それは、その日に限っての特別なことではなかった。
けれども、その時は本当に理が隣にいてくれることに幸せを感じた栞だった。
実は、野球部だった理は、栞にある特訓を命じていた。
それは、ブロックサインを読み取る特訓だった。
「盗塁、バント、ヒットエンドラン、スクイズ!」
高校野球の監督が、ベンチからバッターやランナーに送る、そのサインだ。
いまだに恥ずかしがり屋の理は、口では言いづらいことを、ブロックサインで栞に送るのだった。
それには、3種類あった。
「愛しているよ! 今日は、一緒にお風呂に入ろう! と、」
後片付けを終えた理は、TVの前に立ち
「栞!」
と、ブロックサインを始めた。
「うん、ありがとう」
「え~、恥ずかしいよ~」
「・・・うん」
理の送った三つのサインに、栞が答えるルール。
サインを読み取った栞は、顔を少しだけ赤くして、右のほほと、右耳、そして左耳を触った。
やった!とばかりに嬉しそうな顔をして、理は
「待ってるよ~」
と、浴室に向かった。
『もぉ~、理ったら』
栞は、涙が出るほど幸せだと思った。
『いま、行くね! 待ってて理』
その時の栞は、理の優しさに包まれて、蒼との辛い出来事から、ほんの少しの時間だけでも解放されていたのであった。
マコト (月曜日, 02 5月 2016 12:35)
栞は、その日の夜はずっと眠れずに、理の寝顔を見ていた。
すると理が
「栞・・・」と、寝言を言って、つないでいた手を、ギュッと強く握りしめてくれた。
おそらくは、夢の中でも自分と過ごしていてくれるのだと思うと、栞は、自然と涙が流れてきた。
この幸せを絶対に失いたくないと思った。
理は、今日、蒼と会ってきたことを聞こうとはしなかった。
でも栞は、ちゃんと分かっていた。
それが、決して自分のことを考えていてくれない訳ではなく、理の優しさであると。
それでも、栞には理の「何でも、隠さず話してくれ!」
と、その言葉が気になっていた。
それを考えていたがために、眠れずにいたのであった。
そして、栞は、ある想いを心に決めたのである。
『わたし・・・あした、理に全部話すね』と
マコト (月曜日, 02 5月 2016 21:17)
そして・・・とうとうその日が来てしまった。
『おはよう、理』
「おはよう、栞」
『ねぇ、理・・・』
「うん? なんだい」
『昨日、蒼と会ってきた時のことなんだけど・・・』
「あっ、うん・・・なぁ、栞・・・先に言っておくけど、栞の話を聞きたくないんじゃないんだ・・・栞が、話したいというなら、俺は喜んで聞くよ」
『あっ、理・・・それは私は、ちゃんと分かってる』
「そっか、ならいいんだけど・・・どうだったんだい?蒼は・・・」
『う、う~ん・・・蒼・・・私と話したくないって・・・』
「えっ?・・・蒼が?」
『うん、蒼・・・きっと理のことが忘れられないんだと思うの・・・』
「それで、蒼の様子はどうだったの?」
『無表情で・・・、私のことを憎んでいるのかもしれない』
「えっ? 無表情で? 普通に話してくれなかったの?・・・無表情で?・・・」
『・・・うん』
理は、しばらく考え込み・・・そして栞にこう言った。
「蒼・・・もしかすると苦しさのあまり、精神的に滅入って・・・会ってみないと分からないけど」
『・・・うん、普通の蒼じゃなかったのかもしれない・・・』
「なぁ、栞・・・栞は、俺を信用してくれるか?」
『えっ? 信用?』
「あぁ・・・俺は、栞を愛している。そして、ずっと栞を守っていくって」
『もちろん、信じているよ、理』
「なら、聞いてくれ! 俺・・・、蒼と会ってくる」
『えっ? 蒼と?』
「あぁ・・・」
栞は、悩んだ。
もちろん、理を疑っていた訳ではなかった。
だが、優しい理が、もしも蒼に責められるようなことにでもなったら・・・と、それが心配でならなかった。
だが、返事が出来ずにいた栞に、理は、こう言ったのだった。
「俺・・・蒼が苦しんでいるんだとしたら、それを救ってあげたい。そして、出来ることなら、栞と蒼は、ずっと仲の良い姉妹でいてほしい・・・ずっと」
「だから、俺は、蒼の様子を見てくる。会って話せば、何か分かるかもしれないから」
「栞・・・俺は、大丈夫だ! 万が一にも蒼に責められるようなことがあったとしても、それはそれで、しっかり受け止める」
「そして、俺は栞を選んだこと、栞の夫として、一生、栞を守っていくことを、妹である蒼に話をしてくる」
「だから栞・・・信じて待っていてくれ!」と
マコト (火曜日, 03 5月 2016 10:00)
理の、その言葉で栞の気持ちは決まった。
『分かったよ、理・・・私は、あなたを信じているからね』と
二人で朝食を済ませると理が
「なぁ、栞・・・俺、今日の仕事の帰り道に蒼のところに行ってこようと思う」
「今日は、出張で出かけなきゃならないから、その帰り道に・・・」
栞の気持ちは、決まっていたから、今日と言われたことに驚く様子も見せずに
『うん、分かった。 ・・・出張って? 遠いところなの?』
その会話が、理を栞のところに行かせないようにするには、最後の会話だったのかもしれない。
「あぁ、群馬県の山手の方なんだ」
『えっ? 結構遠いところじゃないの?』
「いやっ、高速を使えばすぐのところだよ!」
『そっか・・・でも、大丈夫? 長い距離の移動で疲れているんじゃ・・・』
「大丈夫だよ、栞・・・ありがとなぁ」
『・・・本当に大丈夫?』
「あぁ・・・」
『・・・分かった。 じゃぁ、気を付けてね、理』
そして、出勤の時間になった理は、玄関先で栞にブロックサインを送っていた。
『・・・えっ? うん』
と、栞は左のほほを触るサインを返して、小走りに理に抱き着き、そしてキスをした。
キスをして理は
「栞・・・愛しているよ、待っていてくれ!」
『理・・・私も愛してる、待ってるね!』
その時の会話が、二人の最後の会話になろうとは・・・
玄関を出て、理の車が見えなくなるまで見送った栞だった。
『気をつけてね、理』
マコト (水曜日, 04 5月 2016 07:12)
理が、出張先の群馬での仕事が終えた時には、あたりはすごい雨だった。
蒼のところに向かおうと、高速の入り口までいくと、大雨により交通規制がかけられていた。
どうしても、その日のうちに蒼に会いたいと思った理は、雨がやむのを待つのではなく、高速を使わずに帰ることを選択したのであった。
それは、山越えの、普段は交通量も少ない県道であったが、その経路が一番の近道であると考えた理は、悩むことなくその県道を栃木に向かって車を走らせた。
山道に入ったころには、さらに雨も強く、しかも夕刻となり、理はスピードを出すこともできずに、それでも着実に蒼のもとへと向かっていた。
「気を付けてね!」
栞の声が、耳から離れなかった理は、自分に言い聞かせるように安全運転を心掛けた。
と・・・
ちょうど、山越えに差し掛かったときだった。
一匹の子犬が、雨に打たれながら歩いているのに気付いた。
「えっ? 子犬が・・・」
それは、おそらくは捨て犬であったのであろう。
ゆっくりと車を走らせた理は、その子犬が震えながら歩いているように見えた。
「危ないよ、こんな道を歩いていたら・・・」
理は、子犬を見捨てることができなかった。
ちょうど、路肩に車を停車させる場所があったのに気付いた理は、そこに車を止め、そして子犬のところに近づいていった。
すると、子犬が・・・
「あっ、危ない!」
次の瞬間だった。
道の中央に行ってしまった子犬を救おうと理が・・・
「キー・・・ドン!」
子犬を抱えた理を、トラックが・・・
道の中央で、倒れる理
その手から逃げるように、子犬は走り去った。
理は、子犬を救って・・・
トラックから、二人の男が降りてきた。
「・・・おい・・・おい」
理が返事をすることはなかった。
「だめだ・・・呼吸していないぞ」
二人の男は、考えたあげくに、その場から理をトラックの荷台に乗せ、別の場所で遺棄することを選択したのである。
理の身体を荷台に乗せ、トラックは走り去っていった。
そこには、理の車に隠れるように子犬だけが震えて雨を恨めしそうに見つめていた。
トラックが、走り出して直ぐだった。
「うっ・・・」
荷台に乗せられた理が、意識を取り戻したのである。トラックとぶつかったダメージで一時的に呼吸が止まっていただけなのであった。
頭の痛みと体中の痛みが理を苦しめた。
うずくまり、痛みと戦って、どれくらいの時間が経過していたのであろうか。
理は、トラックが止まったことに気付いた。
荷台にかけられた“ほろ”から、顔をだし、あたりを伺った。
「どこだろう・・・」
理は、荷台から降りて歩き出した。
そこは、長野県にあるサービスエリアだった。
理をはねた二人は、トラックにはいなかった。
理は、夢遊病者のように、駐車場を歩き、そしてついにそこで倒れ込んでしまった。
「おい、おい・・・」
理が、目を覚ましたときには、病院のベッドの上だった。
「僕は・・・」
理が意識を取り戻した連絡で、ドクターが直ぐに現れた。
『気が付いたようだね』
『君は、サービスエリアの駐車場で倒れていたところを、救ってもらって、この病院に運ばれてきたんだ。何があったのか聞かせてくれるかな? きっと、車にはねられたか、なにか・・・洋服もびしょ濡れだったし・・・どうかね?』
理は、ドクターの言葉の意味がまったく分からなかった。
「僕は・・・先生・・・僕は・・・」
『君の名前を聞こうか』
「僕は・・・分かりません・・・僕は、・・・誰ですか」
トラックとぶつかり、道路に頭を打ち付けた理であったが、奇跡的に大きなケガをすることもなく・・・ただ・・・それまでの記憶を全て失ってしまったのである。
ドクターは、ゆっくりと
『頭を、強くうっていたようだから・・・大丈夫だよ、ケガは大したことがなかったから、ゆっくりと記憶を取り戻すように・・・』
その言葉の意味すら理解できない理であったのである。
マコト (木曜日, 05 5月 2016 00:05)
理が、事故に巻き込まれ、そして、理をはねた運転手が、悪意に満ちた行動をとろうとしたがために、理は、理を誰も知らない病院にいることになってしまったのである。
無論、子犬を救おうと車を降りただけの理は、理が理であることを教えてくれるものを、何一つ持っていなかったのだ。
そして・・・
『理・・・』
栞は、夜の12時を過ぎても帰って来ない理を案じていた。
『ねぇ、理・・・栞と、何を話しているの?』
もう、耐えられなくなった栞は、理の携帯を鳴らした。
理の車の中で鳴る携帯の持ち主は、そのころは、もう病院に運ばれていたのである。
出ることのない携帯に何度も何度も電話をかける栞
信じてはいた。
栞は、理を信じていたのであるが・・・
仕事柄、携帯に出ないことがなかった理
栞は、徐々に不安が増していった。
何度もかけ続けたために、理の携帯は、充電がなくなってしまった。
『えっ?・・・電源を切ったの? ねぇ、理・・・』
そして、その不安は、いつしか“疑い”に変わっていってしまったのである。
『ねぇ、理・・・あなたは蒼と・・・』
マコト (金曜日, 06 5月 2016 01:20)
結局、栞は一睡もせずに朝を迎えた。
『帰って来なかったわね・・・理』
『ねぇ、理・・・昨日のあなたの最後の言葉は、なに? ・・・栞、愛しているよ、待っていてくれ!なのよ・・・ねぇ、理、 電話も切ってしまって、何をしているの・・・』
人は、こんな時には、いろんな想像が、冷静な判断を狂わせ、そして、別人となってしまったかのような行動をとってしまうのである。
栞は、蒼の家に車をとばしていた。
『蒼・・・わたし、あなたを許さない!』
蒼の家についた栞は、
『ドンドンドン!ドンドンドン!』
呼び鈴ではなく、ドアをたたいた。
その音で、蒼は目を覚まし、何事かとドアスコープから、様子を伺うと、そこに栞が立っていた。
「えっ?」
この時の蒼は・・・
また、二人の運命をあざ笑うかのように・・・
冷静な、優しい蒼の精神状態にあったのである。
それが、かえって蒼の病状を悪化させてしまうことに・・・
「おはよう、栞・・・、どうしたの?」
栞は、蒼がドアを開けた瞬間に、家に入り込み
『理! 理~! いるんでしょ!! 出てきなさいよ!』
と、怒りとも悲しみとも言えないトーンで、理の名を呼んだ。
蒼も、あとを追って来た。そして
「ねぇ、栞、どうかしたの? 理が、ここにいるはずがないでしょ!」と
マコト (金曜日, 06 5月 2016 12:59)
栞は、平常心を失っていた。
「ねぇ、理いるでしょ! 隠していないで、出しなさいよ!」
『えっ? ・・・ねぇ、栞、どうしたの? 何かあったの? 理は、このマンションに一度も来たことがないわよ・・・もちろん、今だってここにいないわよ』
「嘘よ! 理は、昨日の仕事帰りにここに来ると言って、家を出たのよ! 夕べも途中で電話を切って・・・ ねぇ、とにかく理をだしなさいよ!」
『・・・栞、信じてよ、私は、あなた達を祝福したいと思っているのよ・・・』
と、蒼は涙を流して栞に言った。
それでも、理を信じたい栞は、蒼の言葉を受け入れることが出来なかった。
「じゃぁ、理が私に嘘を言ったといいたいの?」
売り言葉に買い言葉だった。
『それなら、家中を好きに探せばいいわよ! そして、一刻も早く、ここから出て行って! 私は、そんな栞を見たくないから、外にいるわ! 探すだけ探して勝手に帰ってちょうだい!』
「そうさせてもらうわ!」
きっと、心の奥底では、蒼の言葉が正しいと思えていたのであろう。
それでも、押入れから、お風呂場の浴槽まで・・・
どれくらいの時間が経っていたのであろうか、栞は、座り込んでいた。
蒼の帰りを待ったが、結局は蒼が戻ることはなかった。
家を乗っ取られた蒼は、あてもなく歩き続けていた。
自分を信じてほしいと願ったにもかかわらず、それを拒絶した栞の態度が、頭から離れなくなっていた。
その時間は、蒼の病状を悪化させるには、十分すぎるものだった。
そして・・・
「わたし・・・栞を許さない!」
もうその時の蒼は、能面のような表情に変わっていた。
夢遊病者のように、ただ、歩き続け・・・
他の人たちが赤信号で歩みを止めていた交差点で・・・
危なく、救ってもらった蒼は、そこで気を失ってしまったのだった。
そして、救急車で病院へ運ばれ・・・
理が、病院に運ばれた翌日に、蒼も入院することとなった。
それは、精神科病棟であった。
蒼が入院したことも知らぬまま、栞は、自宅へと帰るしかなかったのであった。
マコト (土曜日, 07 5月 2016 08:15)
それから、二日後だった。
「有栖川さん・・・有栖川さん・・・群馬県警です」
ドアが開くと、そこからは憔悴しきった栞が出てきた。
『どちらさまですか?』
「群馬県警です」
と、二人の刑事が警察手帳を栞に見せた。
『・・・警察?』
「有栖川理さんは・・・」
『えっ? は、はい、私の夫です! もう三日も戻ってこないんです! どうして、警察の方が・・・』
「奥さん、ゆっくり説明しますので落ち着いて聞いてください」
と、一人の刑事が、理の車が峠道で発見され、あたりに持ち主がなく、車のナンバーから持ち主が理であると、それで、訪ねてきたことを説明した。
『それで、夫は?』
栞は、かすれた声で、それでも精一杯に刑事に尋ねた。
「それが、分からないんです・・・」
『分からないって、どういうことですか?』
「車を、道路脇の路肩に停車させたまま、行方が・・・」
『えっ? 理が?』
「それで、事件事故・・・もしくは・・・」
『若しくはってなんですか? 若しくはって!』
「・・・お伝えしにくいのですが、そこは自殺の名所でして・・・」
『はぁ? なに、言ってるんですか! 夫が自殺などするはずがありませんから!』
「そ、そうですか・・・思い当たることはないと?」
『もちろんです! ねぇ、刑事さん、それで今、理は? えっ? 探してくれているんですよね?』
「・・・とりあえず、事件事故、それと大変申し上げにくいのですが、自殺と・・・捜査に入るかどうか、これから・・・」
『これから? 』
栞は、今にも刑事に飛びかかろうという剣幕で・・・
刑事は、何故にその場所に車が乗り捨ててあったのか、事情を聴き帰っていった。
栞は、直ぐに父親に連絡し、初めて理が帰って来ないことを知らせた。
父親が、翌日に群馬県警を訪ねると、もうそこでは結論めいたものがでていた。
理が、トラックにはねられたのが雨の日であったことから、スリップなど、あたりに痕跡は一切なかった。
そして、刑事は、事件性も感じられないと判断した。
結果、群馬県警は、自殺、あるいは、その他の事情により、車をそこに放置したままどこかに・・・
父親は、警察であっさりと言われたのであった。
「栃木県警に家出人捜索願を出してください」と
父親は、もちろん事件性を訴えたが、それは受け入れてはもらえなかった。
家出人捜索願は、日本全国で年間に10万人を超える件数が出されているのである。
そのうち、約3割は、“特異家出人”として、犯罪に巻き込まれたり自殺したりするおそれ等がある家出人として、受理されるのである。
が、しかし、その件数から考えても、その後のことは説明するまでもないであろう。
父親は、群馬県警から渡された理の車で、栞のところへと戻っていったのだった。
マコト (日曜日, 08 5月 2016 21:18)
父親から全ての話を聞かされた栞であったが、当然のように理は必ず帰ってくると信じて待った。
父親は、分かっていた。
家出人捜索願で、警察が動かないことを。
そのため、探偵を雇ってと考えたが、それを栞が快く受け入れるはずがないことも分かっていた。
本来であれば、二人の娘を同時に苦しめている理を恨みたかった。
それでも、理の誠実さは父親なりに理解していた。
しかも、栞と理を結びつけたのが、自分にも責任があると考えた父親は、苦しみから栞を救おうと、栞には内緒で探偵を雇ったのだった。
父親は、蒼の見舞いにも通った。
治療は主治医に任せるしかないと考えたが、何か自分にしてあげられやしないものかと、毎日のように蒼を見舞った。
だが、蒼の病状は芳しいものではなかった。
父親は、蒼を疑った栞を決して責めることはしなかった。
時間が、栞の心を変えた。
蒼に対する自分の行動がいけなかったことをようやく理解した栞は、蒼を見舞った。
しかし、蒼はもちろんのこと、主治医もそれを拒絶せざるを得なかった。
それぐらいに、蒼が栞を憎む思いは、激しいものであった。
理の事故は、栞と蒼の仲を引き裂き、二人が会話することさえも遮り・・・、無駄に時間だけが過ぎていったのであった。
蒼は、1年の入院後に退院した。
父親は、蒼をアメリカにある自分の会社の関連会社に勤めさせることを選択した。
蒼もそれを受け入れた。
蒼は、アメリカで穏やかな気持ちで暮らすことを選んだのであった。
栞は、理の分のご飯も毎晩用意して、理の帰りを待った。毎日、毎晩。
父親には、それが耐えられなかった。
だが、そのことが、かろうじて栞が生きる理由としていたことも分かっていた。
そして・・・、7年が経った。
父親は、栞に半ば強制的に理の失踪宣告の手続きをさせたのであった。
それからの話は、先に語った通りであり、栞は萌仁香と出会い、そして健心と・・・
栞は、自分の死期を知っていた。
栞は、健心と、そして蒼にも手紙を残していたのであった。
父親は、栞の死を蒼には告げまいと決めていた。
だが、人伝えに蒼が知り、蒼は日本に帰ってきたのであった。
父親は、日本に帰ってきた蒼に栞が残した手紙を渡した。
手紙を読む手が震えだし・・・蒼は、父親に願い出たのであった。
「お父さん・・・栞の墓参りに行きたい」と
墓前で蒼は、
「・・・ごめんね、栞・・・ずっと一緒にいられなかったね」
「安らかに、眠ってね・・・栞」
と
マコト (月曜日, 09 5月 2016 21:53)
≪萌仁香だよ~、またまた、久しぶりの登場ね≫
≪居酒屋・居心家に健心と美子都、玲飛と希咲、それと萌仁香、杏恋、深音の7人で行って、蒼の話を聞かされて・・・≫
≪どう? 私のつたない小説風の説明で、理解できたかなぁ? ・・・どうして、栞と蒼が離ればなれに暮らさなければならなかったのか≫
≪ただね・・・蒼は、理が事故に巻き込まれて行方不明になってしまったことは、もちろん知らない訳で・・・≫
≪それでさ! この後、仲間たちが、またまた大変なことになっちゃう訳よ≫
≪それじゃ、居酒屋・居心家に7人で行った時の話に戻るからね≫
≪この後の仰天の展開に・・・驚かないでね!≫
≪じゃぁ、また後で! 萌仁香でした≫
仲間たちは、蒼の話に涙していた。
少し、重たい雰囲気になってしまったと感じた萌仁香が素朴な質問をした。
「ねぇ、蒼・・・でも、どうして居酒屋さんでバイトなんか始めたの? 蒼だったら、父親の会社とか、たくさん働くところがあるんじゃないの? 」
『あっ、う、う~ん・・・わたし、ずっと6年間もアメリカ暮らしをしていたから・・・なんか、日本の世間がどうなっているのかも分からなかったし・・・それに、一度このお店に来たときに、とてもいい雰囲気で、お客さんもすごく楽しそうな方が多かったから・・・元気を分けてもらえそうかなと思って』
「そっかぁ、それで、この居酒屋で・・・」
そこに美子都も加わってきた。
「ねぇ、蒼・・・今度さ、仲間たちでバーベキューやるんだけど、おいでよ!」
『えっ? ホンと? 行きた~い!・・・でも・・・』
「でも? な~に?」
『皆さんの“食べる集まり”って、美子都が全部企画しているの?』
「・・・そう。 ・・・そうだけど、どうして? 蒼は、なんか知ってるの?」
『えっ? あ、あのぉ~、先日、健心さんと玲飛さんがお店に来てくれたときに・・・』
と、美子都は、顔色を変えて
「あのさ! 蒼! ちょっと待っててね!」
そして、美子都は、健心の背後に立ち、健心を羽交い絞め
「なに、蒼にしゃべった? うん? 正直に白状すれば許してやる!さぁ、白状しなさい!」
『・・・あ、あ、あのぉ・・・ラーメン → デザート → 焼き肉コースと、みたらし団子の話を少々・・・』
もちろん、健心は許してもらえるはずがなかった。
しばらくの間、店の床にお座りさせられていたのであった。
「ねぇ、美子都・・・もう、許してあげてよ~」
と、蒼の言葉があるまで。
「じゃぁ、6月の最初の土曜日ね! バーベキュー」
『うん! 楽しみにしてるね!』
こうして、蒼は、仲間たちの友達に加わったのであった。
マコト (火曜日, 10 5月 2016 13:01)
7人の仲間たちは、居心家での会食を済ませ、健心は、美子都の車で送ってもらった。
車中、健心がそっと尋ねた。
「ぁ、あのぉ・・・怒ってますか?」
『怒ってないよ!』
「って・・・その言い方が怒ってるけど・・・」
『怒れないでしょ! だって、事実だモン! それに、わたしは“いじられキャラ”で来ちゃったんだから・・・』
「あのぉ・・・せめてもの言い訳だけど、デザートの後の焼き肉食べ放題は、玲飛が言った訳でして・・・自分は、初めて聞かされた訳でして・・・」
『あれ? 言ってなかったっけ?三次会の焼き肉食べ放題の話』
「・・・二次会のデザートまでしか」
『あっ、そっか! 言っても信用しないと思って、言わなかったんだわ』
「・・・確かに・・・誰も信用しないかも」
「ところでさぁ、美子都・・・」
『なぁに? 健心』
「理は、どうしていなくなっちゃったんだろう・・・」
『うん・・・私もずっと同じこと考えてた』
「だってさぁ、自殺するなんて、絶対におかしいよ!」
『私も、そう思う』
「自殺じゃないんじゃないのかなぁ・・・」
『え~、でも蒼のお父さんが、いくつもの探偵社にお願いして、もうこれ以上無理っていうまで、調べたんでしょ? なら、やっぱり・・・理さんが車を乗り捨てた場所は、自殺の名所で、近くに滝があって、その滝っていうのが・・・発見されない滝なんでしょ?・・・だから・・・』
「う~ん、やっぱりそうなのかなぁ・・・」
『ところで、健心!』
「なんだい? 美子都・・・」
『蒼は、ホンと綺麗だよね』
「あっ? う、う~ん、綺麗な人だね」
『健心は、美人に弱いからなぁ・・・』
「えっ? そ、そんなことないよ!」
『そんなことあるって!』
「ないって!」
『へぇ~、じゃぁ、もし、蒼に言い寄られたらどうする?』
「・・・寄られないし!」
『寄られたら! どうするの?』
「・・・それは、もちろん・・・」
『もちろん、なに?』
(-_-)zzz
『まったく、健心ったら』
マコト (火曜日, 10 5月 2016 21:21)
それから、美子都は、ずっと理と蒼のことを考えながら車を走らせた。
すると、“タヌキ”から生還した健心が、突然
「なぁ、美子都・・・」
『あらっ、起きてたのね』
「俺は、理は生きているような気がするんだ」
『・・・そうね、私もそんな気がする』
『ねぇ、健心・・・』
「うん?」
『蒼のこと・・・』
「あぁ、分かってる! みんなで、支えてあげような!」
『うん!』
健心を送り届け、美子都はひとり帰っていった。
一方、
希咲の車で送ってもらった玲飛は、車中、
「なぁ、希咲・・・」
『なぁに、玲飛』
「蒼さぁ、ホンとに栞にそっくりだったべ!」
『うん、びっくりした! 美人よねぇ・・・って、玲飛は、美人が好きだからなぁ・・・心配』
「ば~か、俺は希咲だけだよ!」
『エへッ! ・・・って、昔は同じことを美子都にも言ってたんでしょ?』
(-_-)zzz
『まったく、玲飛ったら』
それから、希咲は、ずっと理と蒼のことを考えながら車を走らせた。
すると、“タヌキ”から生還した玲飛が、
「ところでさぁ・・・理は、やっぱり自殺しちゃったんだと思うか?」
『う~ん、分かんない。でもさ、もう失踪宣告は受理されたんでしょ?』
「うん、そう言っていたよな」
『失踪宣告って、自分の戸籍が無くなっちゃうってことだよね?』
「あぁ、そういうことになるな」
『そしたら、いろいろ不便だよねぇ・・・パスポートを取ったりとか・・・一度、失踪宣告された後、生きていることが分かったらどうなるの?』
「あぁ、その時は、裁判所が失踪宣告を取消してくれるんだって! 物知りの可夢生が言ってたよ」
『ふ~ん』
すると、希咲が突然に、こんなことを言ったのだった。
『でもさ、栞も蒼も、健心のことを理と間違えるなんてさ、そんなに似ているのかしらね?』
「あぁ、世の中には自分に似ている人が3人いる!って、言うからなぁ・・・」
『ねぇ・・・、もしかしたら、健心と理は双子の兄弟だったりして!』
「はぁ?・・・」
「・・・そんなぁ・・・理と健心が双子の兄弟? ・・・ない! ない!」
「ある訳ないよ!」
『そうよねっ! って、健心は私の元旦那だけど、そんな話は聞いたことなかったわ』
「だろう! 他人の空似だよ!」
『・・・そうよね』
玲飛を送り届けた希咲は、
『・・・双子である訳ないか!』
と、ひとり言をいいながら帰っていったのだった。
マコト (火曜日, 10 5月 2016 23:07)
仲間たちのバーベキューが近づいてきた。
その相談のために、美子都は花風莉に来ていた。
『ねぇ、萌仁香・・・バーベキューのことなんだけどさ』
「うん、楽しみだよねぇ~」
『ねぇ、萌仁香・・・この写真見て!』
「どれ~」
美子都が見せた携帯の写真に、萌仁香は驚いた。
「ねぇ、ここはどこ? 」
『来月、バーベキューやるところだよ!』
「すごいお庭! お花がたくさん植えてある~」
『ここね、健心の従兄弟の家なんだよ! でさ、ここにお邪魔するのに、何か、地植えのお花を持っていってあげたいなぁと思って』
「あぁ、それはいい考えね! だって、ここまで手入れしてある人なら、お花好きな人よね」
『うん! だからさ、花風莉のお花、見繕ってほしいんだ! バーベキューの会費でね!』
「そっか、うん、分かった」
「でさぁ、美子都は、もっと別に心配なことがあるんじゃないの?」
『えっ? 心配なこと?』
「そう! お肉をどこで買おうか? とか、どこの部位が美味しいの? とか」
『萌仁香! あんたまで、そんなこと言うの~・・・それ、健心が同じこと私に言ったわよ!』
「・・・やっぱり」
そして二人は、ある程度の必要な物を書き出し、それぞれに役割分担を決め始めたのだった。
ちょうど、その時だった。
『こんにちは~』
それは、蒼だった。
「え~、蒼・・・来てくれたの? 嬉しい! ねぇ、入って! 今ね、美子都も来ているのよ!」
『ホンと? 良かった』
と、笑みを浮かべて蒼は店の奥へと入っていった。
「こんにちは」
『きゃぁ~、蒼じゃない!』
「一度、来てみたかったの~、素敵なお店ね」
『でしょ! 座って、座って』
「あっ、うん・・・」
と、美子都の隣の椅子に座った蒼は、
「これ・・・」と、どうやらお土産らしきものをテーブルの上に置いた。
普通なら家主の萌仁香が「ご馳走様」と応えるところだろうが、美子都がいる時は、ちょっと事情が違って、
「え~、ありがとう、蒼」
「ねぇ、萌仁香いただいたわよ! お茶にしよう~!」と
萌仁香も、仕事を休憩し三人でティータイムとなったのであった。
マコト (火曜日, 10 5月 2016 23:09)
三人は、バーベキューの話で盛り上がった。
美子都の話によると、千葉だろうが、氏家だろうが、東京だろうが、そこにお肉があれば、いやっ、お肉に限らずそこに食べ物があれば、どこまでも出かけていくらしい。
そんなパワフルな美子都が、蒼は羨ましかった。
「いいなぁ、美子都は」
『えっ? なんで?』
「私は、食が細くてさぁ・・・思いっきり食べたいなぁって思っても、あまり食べられないのよ」
『そっかぁ・・・大丈夫! 今度のバーベキューには、私が伝授してあげるから!』
そんな会話で、盛り上がっていたが、蒼が、店の外にある電話ボックスに気付いた。
「ねぇ、萌仁香・・・」
『なぁに? 蒼』
「あの、電話ボックスはなに?」
蒼のその問いかけに萌仁香は、
『あのね・・・』
と、その電話ボックスの意味と、栞も同じことを聞いて、そして理と話そうと・・・その時の様子を全て蒼に教えた。
蒼は、涙をいっぱいにためて
「そうだったの・・・で、栞は、理になんて言ったの?」
萌仁香は、ゆっくりと首を横にふって
『分からない・・・それでも、理と話したいと思っていたのは間違いないわ』
蒼は、ゆっくりと立ちあがり
「ねぇ、萌仁香・・・私も電話を借りたい・・・」と
萌仁香は、同意を求めるように美子都を見た。
美子都は、ゆっくりとうなずいた。
そして萌仁香は、
「行ってきな! 電話ボックスに・・・蒼の好きなように使って」
その言葉と同時に、蒼は店を出て、電話ボックスに向かったのであった。
マコト (火曜日, 10 5月 2016 23:12)
萌仁香と美子都は、蒼をずっと見守った。
すると蒼は、電話ボックスの前で歩みを止め、動けなくなってしまった。
「萌仁香ぁ・・・」
『うん、行こう! 美子都』
二人が、蒼に近寄ると
「わたし・・・理と話したいのに・・・」
と、肩を揺らして泣きだしてしまった。
萌仁香が、蒼の背中にそっと手をやり
『無理しちゃだめよ。 気持ちの整理がついてからでもいいんじゃないの? 蒼』
と、優しくアドバイスを贈った。
美子都も、蒼の背中に手をやり
「そうね、蒼・・・自分でこのボックスに入る自信がついたら、いつでもここに来ればいいんじゃないの」
と、そして「戻ろう」と、蒼を支えるように店に戻ったのだった。
萌仁香も、そして美子都も、それ以上、理の話には触れなかった。
蒼は、二人の優しさに胸を打たれていた。
「きっと、二人は私にいろいろと聞きたいはずなのに・・・」
「二人の優しさなのね」と
美子都は、なんとか明るい蒼に戻ってもらおうと、蒼にいただいたケーキを半分に切って
「食べて~、って、蒼にいただいたものだけどね」
と、笑った。
・・・美子都にとっては、断腸の思いの行動だった。
だが、
「美子都・・・ありがとう」
と、蒼も笑顔になってくれたのだった。
家に戻った美子都は、今日の出来事を報告しようと、健心に電話をした。
「そっかぁ・・・偉かったな、美子都・・・半分あげられて」
『・・・って、そこぉ~?』
「うそ、うそ、冗談だよ! 美子都」
『蒼・・・まだ、忘れられないのね・・・理さんのこと』
「うん、そうなんだなぁ・・・」
そして、健心は、何やら考え込み、
「なぁ、美子都・・・俺さぁ・・・」
と、美子都が驚くようなことを言い出したのである。
美子都は直ぐには返事が出来なかった。
そして、
『ねぇ、本気なの? 健心』と
マコト (水曜日, 11 5月 2016 20:54)
美子都が、直ぐには返事が出来なかったのは、健心が蒼の父親に会ってくると言いだしたからだった。
「お父さんに会って、蒼のことを相談してくる」
『えっ? どうして?』
「う~ん、このままだと、蒼が立ち止まったままで、どこにも行けないんだと思うんだ」
『・・・そうね』
「お父さんも、きっと心配しているんだと思うんだ」
『そ、それは、そうだろうけど・・・』
「お父さんに会って、理がいなくなった時のこととか・・・とにかく、聞いてこようと思う」
『ねぇ、本気なの? 健心』
美子都には、時々、健心のすることが理解できない時があった。
『あなたは、どうしてそこまで出来るの? ・・・』
それは、栞のときも同じであった。
美子都は、蒼のことに一生懸命になる健心が、栞のことを思って病院に見舞っていた時の健心と重なったのであった。
ただ・・・
今回は、栞の時とは違った。
それは、健心がちゃんと美子都に説明をしてくれたからだ。
「なぁ、美子都・・・よく聞いてくれ」
『・・・うん』
もう、その時の美子都は、半べそ状態だった。
「俺な、栞のことでは、本当に美子都に心配もかけたし、すごく反省しているんだ」
『反省?』
「あぁ・・・そうだ、反省・・・だけなら猿でも出来る! ・・・って、そうじゃなくて・・・どうして美子都にちゃんと相談して、行動しなかったんだろうって」
『健心・・・』
「だから、美子都・・・」
『うん?』
「俺と一緒に、蒼のことを支えてやってほしいんだ! 俺は、蒼のお父さんとは、幾度となく栞のことで相談してきたんだ。 お父さん・・・本当に栞のことを心から心配して・・・優しいお父さんなんだ」
『健心・・・私も一緒になの?』
「あぁ」
『うん! 分かったよ、あ~ぁ、心配したら、なんか急に・・・』
「お腹すいたか?」
『もぉ~』
たらちゃん (木曜日, 12 5月 2016 12:41)
健心、「一緒に」と言ってくれてありがとう。
最初は栞や私達に気を遣って言わなかったのが、栞に向いてしまう自分の気持ちを抑え切れずに、言えなくなってしまったんだよね…
今度は最初から言ってくれるのって
葵に向いてしまうかもしれない想いを牽制してるのかな…
健心は自分の思いのまま行動して
私も全力で葵を支えるから…
反省と言ったら、私も同じだもん
「何、食べよーかなぁ…」
と言いながら、胸の中で健心に語る美子都だった。
マコト (木曜日, 12 5月 2016 21:39)
それは、9年前のこと・・・
背広を着た男が、ある病院の受付に訪れた。
その背広の男は、病院の受付で礼儀正しく丁寧に、
「すみません、人を探していまして・・・私の弟なんですが・・・」
「弟は、年齢は44歳になります、この写真の右側に写っている男なんですが・・・」
と、一枚の写真を受付で出した。
『えっ? この人は・・・少々お待ちください。あっ、この写真お借りしてもいいですか?』
「あっ、・・・はい」
受付の事務員は、写真を受け取り、慌てて奥へと小走りに消えていった。
マコト (金曜日, 13 5月 2016 06:59)
戻ってきた受付の事務員が、
『お待たせしました、どうぞこちらへ』
と、来客用の部屋に入るよう促した。
「あっ、・・・はい」
背広の男は、部屋に入り、しばらく待っていると、ドクターらしき白衣の男が現れた。
『お待たせしました』
そのドクターの右手には、写真があった。
『お借りしたお写真、お返しします。 で、この方とご兄弟と伺いましたが・・・』
「あっ、はい・・・突然に行方が分からなくなってしまい、いま、家族、親戚総出で探しているところなんです。 ・・・弟は、こちらの病院でお世話になっているのですか?」
『総出で?・・・そうだったのですか。 いやっ、実は残念なことに、もうこの病院にはいないんです』
「えっ? それは、どういうことですか・・・」
『はい・・・いま、その説明をしますが、まずは、この方のお名前を伺ってもいいですか?』
「はっ? 名前って、入院している? いやっ、入院していたんですよね?」
『はい・・・お名前が分からないまま、入院していました』
「えっ? 分からないまま? ・・・名前は、有栖川 理といいます」
『有栖川さんとおっしゃるんですか・・・そうでしたかぁ』
「それで、退院して弟は、どこへ・・・」
『いやっ、実は退院はしていないんです』
「はっ? なんか、よく分からないんですが・・・」
『そうでしょうなぁ・・・実は、私どもも困っていまして・・・有栖川さんが、救急車で運ばれてきたときには意識もなく、翌日、ようやく、意識を取り戻したときに、聞き取りをしましたが・・・過去の記憶を全て失っているようで、おそらくは、事故かなにかに巻き込まれたんではないかと・・・』
「えっ? 記憶を?・・・全て?」
『あっ、はい。 詳しく検査する前でしたから、正確なところは分かりませんが・・・病院としましては、事件性を感じたものですから、すぐに長野県警に連絡をさせていただいたのですが・・・』
「・・・それで、どうして?」
『あっ、はい・・・警察が事情聴取に来る前に、有栖川さんは、病院を勝手に出ていってしまったんです』
「勝手にですか? 普通に歩けたんですか?」
『いやっ、それが、打撲もありましたし、頭も強く打っているようでしたから、絶対安静が必要だと、本人にも伝えてあったのですが・・・』
「そんなぁ・・・」
『ご家族の心配はお察ししますが、病院としましては、勝手にいなくなられて、困っていたところなんです』
「困っていた? それは、理を心配してのことですか? それとも・・・」
病院の返事は、治療費の支払いを意味していたのであった。
背広の男は、怒りを抑えてひとつだけ聞いた。
「そのときの理は、どんな様子だったのですか? どうして、病院を出なきゃならなかったんでしょうか・・・」
『自分の名前も分からず、記憶のほとんどを失っていたようなのですが・・・なにか、自分を待っている大切な人がいるような、そんな気がしてならないと・・・ それが、すごく印象的でした。 ゆっくり治療すれば・・・と、お話させていただいたのですがねぇ・・』
背広の男は、ぐっと拳を握りしめ、
「そうでしたか・・・大変、ご迷惑をおかけしました」
と、頭を下げたのであった。
本来であれば、患者を見守る義務を果たしていなかったと訴えたいと思うところであったが、背広の男は、
「治療費は、今日お支払させていただきますから」と
会計を済ませて、背広の男は病院を後にした。
その背広の男は、栞の父親から依頼を受けた探偵社の人間だったのである。
そして、探偵は、こうつぶやいたのだった。
「やはり、事故に巻き込まれていたのか・・・」
「病院をしらみつぶしに探して、ようやくここまでたどり着いたのに・・・これは、厄介なことになったなぁ・・・」
と
マコト (金曜日, 13 5月 2016 13:00)
実は、9年前・・・
栞の父親は、3つの探偵事務所に理の捜索を依頼していた。
理が群馬県の山中で事故にあい、荷台に乗せられ運ばれた長野県のサービスエリア。
そこで、意識を失い、救急車で運ばれた病院。
その病院に、3つの探偵事務所のうちの一つが、たどり着いたのである。
その探偵の名は、津路俊成(ツジ・シュンセイ)。
実は、健心たちと高校の同級生なのである。
津路は、栃木県警を訳あって早期退職し、宇都宮に探偵事務所を開いた。
特に、不倫調査を得意としていた。
津路の調査の成功率は高かった。
だが、津路には大きな欠点があった。
それは・・・依頼者のご婦人に、直ぐに“ほれてまう”のであった。
理の調査依頼が来たときも、栞の美しさに驚き、
「この人のためなら!」
と、二つ返事で依頼を受けたのであった。
もちろんその時の津路は、後に栞と健心が出会うなどとは、夢にも思っていなかった。
マコト (金曜日, 13 5月 2016 23:11)
津路は、調査に没頭した。
調べれば、調べるほど、理の人柄の良さが見えてきた。
「こんなにも社員思いの男が、自殺などするだろうか・・・」
津路は、理の車が乗り捨ててあった場所に立った。
「ここで、何があったんだ? ・・・なぁ、理君」
しばらく、その場に座り込んでいると、そこに一匹の子犬が。
みるからに、やせ細り、体を震わせながら津路に近寄ってきた。
「おい、こんなところで、お前、ひとりぼっちなのか?」
「震えてるじゃないかぁ・・・お腹すいてるのか?」
と、自分の昼食用に買ってあった、パンと牛乳を子犬に差し出すと、子犬は、すごい勢いでパンを食べ始めた。
「お腹すいてたんだなぁ・・・たくさん食べな」
と、自分は、おやつに買ってあった「森永・ぬーぼ~」を食べ始めた。
すると、子犬は
「それも美味しそうだよぉ~」
と、言わんばかりの目で津路を見た。
「おいおい、なんだよ~、こっちもかぁ?」
と、ぬーぼ~を二つに分け、子犬に食べさせた津路だった。
もらったパンと牛乳、そしてぬーぼ~を食べ終えた子犬は、津路のひざの上で、すやすやと気持ちよさそうに眠ってしまった。
「お前・・・誰かに捨てられたのかぁ?」
津路は、持参した水筒に水が入っていることを思い出し、その水でタオルを濡らし、子犬の身体を綺麗にしてあげた。
そう、その子犬は、理が救った子犬だった。
マコト (金曜日, 13 5月 2016 23:14)
津路は、子犬の頭をなでながら、
「なぁ、ここに理君という男が来たんだけど、お前は知らないかぁ・・・」
と、何気に理が写っている写真を子犬に見せた。
すると、子犬はその写真の理が写っている箇所を体を震わせながら鼻で、
『クン、クン・・・クゥ~』
子犬は、写真の理を見て、自分を助けてくれた人だと分かったのだった。
「おい、もしかして、お前・・・」
津路は、確信した。
「この子犬は、理を見ている」と。
そして、津路は
「なぁ、今日から俺の相棒になってくれないか? 子犬クン」
子犬は、少しだけ首をかしげて、津路の顔をみていた。
「おっ、あっ、そっか!」
「子犬クン! じゃ、返事してくれないよな!」
「う~ん・・・」
「チビ! チビでどうだ? 小っちゃいから!」
子犬は、さらに首をかしげたのだった。
「なんだよ~、気に入らないのか? って、そうだよな! 大きくなってからも“チビ”じゃなぁ・・」
「太郎! どうだ日本人らしい名前だろう!」
子犬は、さらに首をかしげてしまった。
「もぉ~・・・」
それから、いくつも名前を提案した津路だったが、子犬は、両足の上に顔を乗せて、あきれ顔。
「なんだよ~、どういう名前がいいんだよ?」
「・・・でもなぁ、お前は本当によくこんなところで一人で、・・・ガッツある奴なんだなぁ!」
すると、子犬は顔を上げ、弱った体で精一杯に
『ワン』と、返事をしたのだった。
「はぁ?・・・あぁ、ガッツがいいのか?」
『ワン』
「ガッツ!」
『ワン』
ガッツは、嬉しそうな顔で津路を見て、精一杯に尾を振った。
「よし! お前は今日からガッツな!俺は津路俊成、よろしくな!」
『ワン』
「なぁ、ガッツ・・・お前はこの人と会ったのかぁ?」
と、もう一度写真に写る理を指さした。
ガッツは、『クン、クン・・・クゥ~』と
津路には、ガッツが悲しそうな顔をしているように見えた。
「ガッツは、何か知ってるんだな、・・・お前と話すことができればなぁ・・・」
すると、ガッツが・・・
マコト (土曜日, 14 5月 2016 20:32)
「お前と話すことができればなぁ・・・」
と、言われたガッツは立ち上がり、やせ細った体で、ヨロヨロと歩き出したのだ。
それは、山道を下るように群馬県側に向かっていた。
津路は、「おい、ガッツ! どこに行くんだ?」
と、それでもガッツは、歩みを止めなかった。
そして、ガッツは20mほど先まで行き、振り向いて『ワン、ワン!』と津路を呼んだのである。
「どうしたんだガッツ? 理君は、そっちに行ったということなのか?」
その声にガッツは、もう一度『ワン!』と
『自分を助けてくれた理は、こっちの方角に連れていかれたんだよ!』
と、教えているようだった。
「分かった、ガッツ! 俺は、お前を信じるよ! 理君は、栃木とは逆の方に行ったんだな!」
津路は、このことで理が山に入って自殺したのではなく、何かの理由で群馬方面に向かったのだと、この先の調査場所を絞ったのであった。
津路は、ガッツに走り寄り
「ありがとう、ガッツ! 俺はお前と会えて良かった」
と、ガッツを抱き上げた。
ガッツも、それに応えるように、嬉しさを体で現していた。
その様子は、まるでガッツが、津路が来てくれるのを待っていたかのようだった。
マコト (日曜日, 15 5月 2016 17:02)
津路は、理の捜索方法について、様々なことを考えた。
その一つに
「もしや、理はガッツに気付いて車を降り・・・事故に巻き込まれたのかもしれない」
という、想像もあったのだった。
だから、その後の聞き取り調査は、その土地の病院の全てに立ち寄ったのだ。
病院に立ち寄るときは、ガッツはいつも車の中でお留守番だった。
「行ってくる! おりこうに待っててくれよ」
聞きとりを終え、戻ってきた津路は、相棒に全てを語りかけた。
「だめだった・・・次にいくよ、ガッツ」と
ガッツは、津路のがっかりした表情が読み取れていたかのように
『・・・クゥ~』と、寂しそうな表情を浮かべるのであった。
津路は、何かに取り付かれたように、理探しを続けた。
宿泊は、車のシートを倒して、ガッツと一緒に眠った。
「また明日、ガッツ・・・おやすみ」
ガッツの弱っていた体も、津路のおかげで随分と元気になってきていた。
津路にとって、ガッツはかけがえのないない存在になっていたのだ。
そして・・・
調査も長野県に入り、あの病院にたどり着いたのだ。
理の治療費を払い、ガッツの元へ戻ってきた津路は、いつもと様子が違って、小走りに車に戻ってきた。
「ガッツ! 理君は、この病院にいたよ! でも・・・いまは・・・」
「でもさ、お前が教えてくれた通りに探してきて、ようやく手がかりを掴めたんだ!」
『ワン! ワン!』
と、ガッツも飛び跳ねていた。
すると、ガッツが、ドアを開けてくれと言わんばかりに車の窓をひっかき始めた。
「おい、ガッツ! どうしたんだよ?」
マコト (月曜日, 16 5月 2016 13:02)
ガッツが、車の外に出して欲しいと言っているのだと思った津路は、車から降りて助手席のドアを開けた。
すると、ガッツは勢いよく車から飛び降り、そして
「くん、くん、・・・くん、くん」
と、何かの匂いを探しているかのように歩き出したのである。
「おい、ガッツ! まさかお前! ・・・理の匂いを探しているのか?」
そう、ガッツは、津路が帰ってきたときに、わずかではあるが理の匂いを感じたのであった。
津路は、車にロックをかけ、ガッツの後を追った。
ガッツは、途中、首を上げ、そしてあたりを見回すように、そしてまた匂いを嗅ぎ続けた。
「ガッツ・・・頑張れ! きっと、お前と理の間に何かあったんだろう? 俺は、そんな気がするんだ」
まだ子犬であるガッツが・・・
ガッツは、あの事故があった時に、理がトラックの荷台に乗せられ連れ去られたのを、理の車の下で、ずっと見つめていたのであった。
雨に打たれ冷えた体で震えながら。
ガッツなりに、理が自分を救ってくれたことが理解できていたのであった。
津路は、祈る思いでガッツを見つめていた。
だが、ガッツは、同じ場所を何度も歩き始めていた。
「ガッツ・・・」
おそらくは、そこにかすかではあるが、理の匂いを感じたのであろう。
津路は、ガッツに近寄り、そこで動けなくなったガッツを、そっと抱き上げた。
ガッツの表情は、まるで人間のようだった。
その表情が津路には、すごく申し訳なさそうなものに見えた。
「ガッツ・・・理君の匂いを感じたんだな・・・きっと、お前を助けようとしてくれたんだろう?」
「ありがとうなぁ、ガッツ・・・」
『・・・クゥ~』
津路は、ガッツを抱きかかえ、車に戻った。
助手席で、窓の外を眺めるガッツに
「ガッツ・・・お前、理君に会いたいんだな! 俺は、お前のためにも理君探しを続けるから・・・これからだぞ! よろしくな、ガッツ」
『ワン、ワン!』
と、津路の言葉を全て理解したかのように、尾を振って津路に返事をしたガッツであった。
津路は、理の車が乗り捨ててあった場所で、一匹の子犬と出会った。
それは、偶然ではなく、必然だったのだ。
子犬に「ガッツ」と名付け、共に理探しの旅を続けながら・・・理が運ばれた病院までたどり着いた。
そして、これからさらに旅が続こうとしているときだったのに・・・
ガッツの小さな体に病魔が忍び寄ってきていることを、津路は知る由もなかったのである。
そう、津路は犬について、その知識が皆無であったのだ。
食事も・・・予防接種も・・・
マコト (月曜日, 16 5月 2016 20:06)
津路は、一度、宇都宮の探偵事務所に戻って、依頼主である栞の父親に理の手がかりを掴んだことを報告しようと考えた。
「きっと喜ぶだろうなぁ・・・だって、山中で自殺なんかしていなかったんだからな」
そんなことを考えながら、その日の晩御飯の買い出しに向かった。
津路の食事は、ガッツがいたため、お店に入ることも出来ずに、ほとんどがコンビニ弁当であった。
「さぁ、ご飯だぞ、ガッツ!」
それは、津路が食べる弁当を二人で食べるものだった。
「美味いだろう! このハンバーグ・・・」
「疲れたか? やっぱり、疲れたときは甘いものだよな! 美味いぞ、このチョコレート」
そう・・・
津路は、犬に絶対食べさせてはいけない玉ねぎやニンニク入りの餃子、カカオまで与えてしまっていたのである。
昔から犬にとって最危険食物の一つと言われる“カカオ”
カカオは、心臓血管や中枢神経に作用する物質が含まれ、人間は反応しないが犬は敏感に反応してしまうのだ。
下痢や嘔吐、酷くなれば死に至ることもあるのだ。
もちろん、犬の予防接種についても知識を持っていなかった。
犬ジステンパーウイルス、犬アデノウイルス、犬パルボウイルスに対するワクチンなど・・・
また、「狂犬病予防法」によって、生まれてから91日以上の犬には、犬の登録と狂犬病予防注射が義務付けられており、それを怠ると罰金20万円か科料の罰則があることなど、犬を育てたことのない津路が、知るはずがなかった。
さらに、ガッツは首輪をしていなかったのである。
津路と離れてしまえば、また“野良犬”に戻ることになってしまい、野良犬として保健所に捕獲されれば・・・
ガッツは、そういう状態にあったのだった。
マコト (火曜日, 17 5月 2016 00:00)
ガッツと晩御飯を食べていた津路であったが、飲み物を買ってこなかったことに気付いたのである。
「しまったぁ・・・飲み物買いはぐったぞ! ガッツ、ここで待っててくれ! 確か、ちょっと行ったところに、自動販売機があったから、買ってくるから」
『・・・クゥ~』
と、ガッツは少し寂しそうな、いや、不安そうな表情を浮かべたのであった。
それは、あたかも「一人にしないで」と、言っているようだった。
その日は、長野県の山中にある公園の駐車場を借りて車中泊し、翌日、宇都宮に帰ろうと決めていたのであった。
「ここで待っててな!」
そう言って、津路は自動販売機のある方に向かって歩き出した。
ガッツは『・・・クゥ』と、津路の後姿をずっと見ていたのだが・・・
ふらふらと立ち上がり、津路の後を追い始めたのだ。
そして・・・
これまで、続けてきたリレー小説
その書き込みも、次は、いよいよ1,000という節目の書き込みとなる。
そんな、記念すべき書き込みなのに・・・
ガッツは、理にその命を救われ、そして、津路と出会って幸せであったのだ。
たとえ、ガッツとの永遠の別れが来ようが・・・
津路を責めることなど、誰にも出来ないのだ。
衝撃的な話となってしまうことを、前もって深くお詫びしておく。
マコト (火曜日, 17 5月 2016 22:15)
津路が、飲み物を買って戻ってきた。
「お~い、ガッツ~~ 買ってきたぞ~」
「・・・あれっ? ガッツ・・・どこ行った?」
津路が、周りを見渡すと・・・
「えっ? ガッツ・・・」
食事をしていた所から少し放れた場所で、ガッツが倒れていたのである。
「ガッツ!・・・おい、ガッツ、どうしたんだよ!」
ガッツは、目を閉じたまま呼びかけには応答しなかった。
津路は、慌てふためいて・・・
「もしもし、もしもし」
『はい、こちら救急! 火事ですか? 救急ですか?』
救急車を呼ぼうとした津路が、叱られ、そして、動物病院に行くように言われたのは、容易に想像がつくであろう。
「動物病院?」
津路は、車に戻ってすぐにナビ検索をした。
「一番、近い病院は・・・よし!」津路は、車を飛ばした。
助手席で、ぐったりとしたままのガッツに、ずっと声をかけながら。
ナビに誘導され、『関口動物病院』に着いた。
ドンドン! ドンドンドン!
動物病院のドアを何度もたたいた。
「すみません、お願いします・・・すみません・・・すみません・・・」
ようやく、家人が出てきた。
『なんですか! こんな時間に!』
「あっ、すみません・・・あのぉ、ガッツが急に・・・」
『ガッツ? あなたの飼い犬のお名前ですか?』
「あっ、はい」
『診察は、もうとっくに終わっていますから!』
「先生、なんとかお願いします。ガッツが、ガッツが・・・」
そんな会話をしていると、その病院の先生と思われる人が家の奥から出てきて
『どうしたの?』
「いや、妙(タエ)先生、こちらの方が、この時間に診てほしいと・・・」
『いいわよ! 直ぐに診察室へ』
「えっ? 本当ですか? ありがとうございます」
それからの、妙先生と津路のやりとりも容易に想像がつくであろう。
妙先生は、津路に
『あなたは、この子を殺す気なの! なんとか救ってあげたいけど・・・あとはこの子の生命力を信じるしか・・・』
津路は、事の重大さにようやく気付き、
「先生・・・俺、とんでもないことを・・・先生、お願いします、先生!」
と、泣いて頼んだのであった。
津路は、廊下でお座りをして待っていた。
「ガッツ・・・ごめん」
しばらくの時間が経っていた。ようやく、津路が呼ばれて診察室に入ると、そこに点滴をつけられてガッツが眠っていた。
「先生・・・」
『・・・もう大丈夫よ』
「ありがとうございます、先生、ありがとうございます」
と、津路は号泣しながら、ガッツのもとへ行こうとした。
すると、妙先生が津路に向かってこう言ったのである。
『あなたには、犬を育てる資格はありません!』
『あなたに、この子を返すわけにはいきませんから!』と
妙先生は、津路を許してはいなかった。
津路は、診察室の床に土下座して、
「本当に、ごめんなさい・・・」
妙先生は、そんな津路を見て、話だけは聞くと言ってくれた。
津路は、ガッツとの出会いを初めから丁寧に説明した。
妙先生は、津路の話を真剣に聞いてくれた。
『そうだったの・・・確かに、育てた経験のないあなたには大変だったのかもしれないわね』
『それに・・・運命的な出会いだったのね、あなたとこの子は』
妙先生は、少し考え、そして・・・
『そう言えば、あなたのお名前を伺っていなかったわね!』
「あっ、津路です。津路俊成といいます」
『津路さん・・・もうひとつだけお尋ねしてもいいかしら?』
「あっ、・・・はい」
妙先生は、無表情で津路にこう尋ねた。
「津路さん・・・この子にガッツと名付けた理由は?」
津路は、その時の様子を鮮明に説明した。
すると妙先生は、
『そうでしたか・・・この子が気に入っているなら・・・』
「はっ? それは、どういう意味ですか?」
『津路さん・・・この子は“女の子”ですよ! ガッツという名前だから、てっきり男の子かと思いましたけど・・・』
「えっ? ・・・」
『この子はどうやって、おしっこをしていますか?』
「しゃがんで・・・って、えっ? 犬は男の子と女の子で、おしっこの仕方が違うんですか?」
『・・・はい、普通は・・・って、一般常識ですけど・・・』
津路は、立ち上がって眠るガッツに近寄り、妙先生の方を振り向いてこう尋ねた。
「名前を変えてあげないとならないですかねぇ・・・」
『さぁ、それはどうかしら?』
「・・・俺、やっぱりこの子の父親にはなれないんですよね」
するとその時だった。
ガッツが目を開け、津路を見つけて
『・・・クゥ~』と
「ガッツ!・・・あっ、あのぉ・・・ガ、ガッちゃん・・・ごめん、俺・・・食べさせちゃいけないものをお前・・・あっ、いやっ、君に。 君・・・女の子なんだってな・・・」
『・・・クゥ~』
妙先生は、こう言った。
『この子に、あなたの声が届いたのね・・・父親になれないなんて、言わないで! って、思っているのかしらね』
「先生・・・ガッ・・・ガッちゃんに触れてもいいですか?」
『どうぞ』
それから、妙先生が津路にガッちゃんとの接し方を延々と説教したのは、容易に想像がつくであろう、津路にお座りをさせて。
そして妙先生は、ガッちゃんに近寄ってこう言ったのだった。
『もう、大丈夫よ! あなたの飼い主は、ホンとに頼りない人だけど・・・これからは、あなたが支えてあげてね!』
『・・・クゥ~』
津路には、そして妙先生にも、ガッちゃんが微笑んでくれたように見えたのだった。